444.魔女の弟子エリスと知識のダアト
「こちらへどうぞ、ああそう警戒しないで。手なんか出しませんよ」
「…………」
コツコツと音を立てて、灯りのない寺院の中を歩きエリスと共に無人の食堂へと訪れ、無警戒に椅子に座る女。
自らをダアトと、知識のダアトと名乗るのは黒いローブに黒い帽子、そして銀色の直棒を手に不敵に笑う…よくわからない女だ。自分はモース大賊団の一員ではないと言いながら食客として与しているとだけ説明してくれたのだが…。
異質なのは、この女。エリスの思考を先回りして口にしたのだ。まるでナヴァグラハの手記のように…識確の力を持つ奴のようにだ。
今エリスは最上位の警戒をこいつに向けている、こいつがただのモース大賊団の幹部でここを襲いに来ましたとかならまだ分かる。だがこいつは違う。モース大賊団と魔女の弟子達の戦いの中に放り込まれた正体不明の異物。
警戒するなって言われて、はいそうですねと気を抜けるわけがない。
「ふむ、警戒と言うよりは私を恐怖している感じですかね。されどそれは弱さからではなく…貴方自身の長きに渡る経験則から、つまり強さから来る恐怖に今貴方は従っている。強かですね」
「貴方敵なんでしょう、それがいきなりフレンドリーに話しかけてきたら怖いに決まってるでしょ」
「あはは、確かにその通りです。ごもっとも」
「ふざけないでくださいよ…、今エリスはブチギレ寸前なんです。あんまり怒らせないでください」
キレてんだよこっちは、子供達の住まう寺院に何山賊に与する人間が踏み込んでだよ。何平和な街に攻め入って略奪の限りを尽くしてんだよ。ぶっ殺すぞこのやろう…!
「怒らせるつもりはなかったのですが、…何。私は貴方と話したかっただけですよ」
「話したかったか?…山賊の味方をする貴方が?」
「それは因果関係が逆です、山賊の味方が貴方と話したかってるんじゃない。貴方と話したかったからこうして私はこの山賊団に知恵を授けたのです」
「知恵を?」
「ええ、貴方達がこの街にいる事を予測し、貴方達が一番無防備になる瞬間と場所を予測し、そこを突くよう山賊達に命令したのは私です」
つまり、エリス達が入浴しているタイミングを狙ったのも、エリス達がこうやって動くのも織り込み済み。いやそれ以前にエリス達がこの街にいることもそもそも分かっていた?だからモース達に味方をしていた?
…なんだそりゃ、もうそれは先読みどころか未来予知だろう。
「貴方は何者ですか」
「態々確認をしますか?おおよそ見当はついているんじゃないんですか?」
「…………」
エリスは静かに机に着き、ダアトと向かい合う。ああ、分かっている…こいつは恐らくだが。いや信じられないが…だがこう考えるしか可能性がない。
「貴方はもしかして、エリスと同じ…」
「識確の力を持つ者…ええそうですよエリス、私は貴方と同じ力を持っている」
「ッ……!」
識確、エリスとナヴァグラハしか使い手がいないと言われていた力を…目の前にいるダアトもまた持っていると?だがそう言われればこの果てしない予測も納得がいく。
識確を用いれば常軌を逸した『知識』が手に入る。その知識は時として未来さえ見透かす。魔術でさえ不可能な未来予知を…。だが…。
「ありえない、師匠は有史以来識確魔術の使い手はエリスとナヴァグラハしかいないと言っていた。貴方の名前は師匠は出していない…貴方は識確魔術の使い手じゃない」
「ええそうですよ」
「え?いやでも貴方さっき」
「ええ、識確の力は持ってますよ」
「……どっちですか」
「識確の魔術を持つ者はエリスとナヴァグラハ大師のみです、そこは変わりません。ですが私は識確の力を持っています…これは両立する。矛盾しない」
「よく分かりません」
「あはは、ちょっと難しかったですかね。ならもっと簡単に言うと…」
そう口にした瞬間、食堂の奥でガタン!と音がする。物音だ、まさか山賊がいたのか?と思って見てみれば…。
「あ…ぅ」
「コゼットちゃん!?」
ハッとする、食堂の奥に寺院の女の子コゼットちゃんがいた。しまった…失念していた、子供の魔力の小ささを、魔視で見ても単独でいたら見落とすほどに小さい事を。
きっと彼女だけ寺院の奥に逃げ遅れてしまったのだ。それで暗闇の中迷子になってここで隠れていた。そこに人が来て驚いてしまったんだろう。
しまったな、…エリスだけなら良かったのに。今は…。
「………………」
ダアトがぬるりと立ち上がり無表情でコゼットに近寄る。まずい…!
「やめなさい!ダアト!」
「……お嬢ちゃん…」
「ヒッ…!」
エリスの制止を聞かずダアトは怯えるコゼットに手を伸ばし───。
「大丈夫、怯えないで。お友達はみんな寺院の奥に逃げて行きました、きっと祈りの間でしょう。そこに行けばきっと大丈夫ですよ」
「へ…?」
「でも今寺院の中は暗いですから、これを持って行きなさい。くれぐれも外に出ては行けませんよ?…一人で行けますか?」
「う、うん…」
「よしよし、強い子ですね」
そう言ってダアトは燭台の上の蝋燭に火をつけてコゼットに渡し、あちらですよと指で指示してコゼットを部屋から出してあげたのだ。その様に思わず呆気を取られる…。
「貴方、コゼットを襲わないんですか?」
「襲う意味がありません、話したいのは貴方だけなので。それにもしこの寺院に山賊が押し入っても子供達には手出しさせませんよ。私が保証します」
「…………」
読めない、この女が。何を考えているんだ、何がしたいんだ、敵なのか?…それとも。
「さてと、子供も行ったようですし…続けましょうか」
「エリスと話したい…でしたよね、何を話したいんですか?コゼットちゃんを見逃してくれたお礼に聞いてあげるくらいなら聞いてあげますよ」
「ふふふ、これはラッキーですね。とはいえ話したいことは色々あるんですよ?」
すると、ダアトは再びエリスの前に座ると行儀悪く机に肘を突き、トントンと机を叩きながら。
「まず、そうですね。共有しておきたいことがあります」
「なんですか?」
「私は確かに貴方の敵ですが、それは飽くまで立場上の話。私個人としては貴方と友好的な関係を築きたいんです」
「……信用出来ません」
「でしょうね、ですが事実です。私と同じ識確の力を持つ人間たる貴方とは…悩みを共有出来るので」
「……悩み、まさか貴方も…」
「ええ、私も物を忘れられない人間なんです。多分ですが記憶能力なら貴方よりも上だと思いますよ」
するとダアトはチラリと真横に置かれた窓ガラスを見る。そこには街で巻き起こる喧騒と反転するような静寂に満ちた星空が映る。
「忘れられないって辛いですよね、みんなは便利とか言いますけど。忘れたいことなんて誰だってあるはずです。けど他の人は忘れたいことがある事を忘れている…この悩みを真に理解してくれる人間はいません」
「……ええ、そうですね。エリスも時々昔の記憶に苦しめられることもあります」
「幼少期何か辛いことでも?」
「貴方に言う義理はありません」
「ふふ、確かに。因みに私は幼い頃飢饉で両親が死にました、その時の両親の死骸の…腐った匂いがまだ鼻の中から消えません」
ニコッと微笑みながら言う彼女に、エリスは今共感しかけている。分かるんだよ…彼女の気持ちが、辛いことも苦しい事もエリス達は踏み越えられない、一生抱えて生きていかないといけない。
そこに同情してくれる人はいる。けど理解してくれる人はいない。そこもまた辛いんだ。
「私は世界で一番あなたを理解できる、そして貴方もきっとそう。私達友達になれますかね」
「さぁ、どうでしょうね」
「強情ですね…、まぁ答えは分かっていたので別にいいですがね。言ってみたかっただけです、私と同じ力を持つ人間にあったらこう言おうって決めていただけなので」
チェッと唇を尖らせる彼女を見て、エリスは眉をしかめる。まさか…それだけか?
「ダアト、それだけですか?」
「何がです?」
「貴方はエリスと話す為にモース大賊団に力を貸したと言いましたね。そしてこの状況を作る為にこの街に攻め入らせたと」
「ええ、そうですね」
「その結果が、このなんの意味も見出せないただの世間話と?…貴方、ナメてるんですか?」
「………………」
「本当の目的を言いなさい」
するとダアトは机の上から肘を退け…。
「私がモースに力を貸した理由はこれだけじゃありませんが、貴方には関係ないので言うつもりはありません。そして、私が貴方と会いたかったのはただ顔を見たかっただけです…それ以上の意味はありません、先ほどの会話は…まぁ単なる知的好奇心です、友達になれそうならなりたいなとは思いましたが…」
「……なるほど」
「これは無理そうだと…貴方の目を見て今悟りました」
先程友達になれるかと言ったな、確かにエリスとこいつは似ている可能性はある。こいつが本当に識確の力の持ち主なら或いはエリスを理解出来るのだろう。
だがそこまでだ、同じ力を持とうとも、エリスとこいつは根本的に違う。目的の為に街の被害を厭わないお前と…エリスとでは。
「怒らせてしまいましたか?」
「いえ、じゃあエリスも一つ聞いていいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「お前マレフィカルムの人間だろ、それもセフィロトの大樹の大幹部」
「ッ……!見ましたか」
ああ、『超極限集中状態』…使わせてもらった。この状態ならエリスもよくお前が見える、識確の力を使ってダアトを見ればの素性が次々と頭に入ってくる。
マレフィカルムの中枢に位置する組織…始まりの組織『セフィロトの大樹』十人の幹部の一人、つまりこいつはエリスが今まで見てきたどの人間よりもマレフィカルムの真実に近しいところにいる…。
どれ、このまま本部の場所も調べて…ん?
「見えなくなった?」
ダアトを凝視するが、ダアトからなんの情報も得られなくなった。なんだこれ?いやまさか…これが識確の力?同じ識確を使える者同士なら情報の制限を意図的に出来るのか?だとしたらこいつ本当に識確を使えるのか。
「それ以上はダメですよ…」
「まぁ…必要な情報は得られました」
ゆっくりと席から立ち上がる、結局必要だったのはこいつが誰か…ただそれだけだ。そしてこいつはマレフィカルムの人間だと言うじゃないか。
ジャックさんが言っていたらしい、ジズ・ハーシェルはモース・ベヒーリアにも声をかけていたと。つまりモースがマレフィカルムの手の者と一緒にいる可能性は非常に高く、こいつがモースの動きの元凶である可能性もまた高い。
ならやることは一つだ、こいつがマレフィカルムの人間でエリスが魔女の弟子なら…一つだけなんだ。
「…やめておきなさい、私は貴方の顔を見に来ただけですよ。戦いを挑むべきではない」
「関係ありません、貴方がマレフィカルムでこの事件の元凶なら…エリスはエリスの敵を撃滅する」
「…………」
ダアトが杖を手にゆっくりと立ち上がり、食堂の中でエリスとダアトは睨み合う。バチバチと二つの視線が交錯し徐々に敵意が膨らみ始める。
「どうしても…ですか?」
「言わなくても分かるんでしょう、貴方なら」
「…………はぁ、仕方ありません。ならば魔女排斥の名の下に…貴方をここで殺すとしましょう」
「…やれるものなら……」
……静寂の中、パツンと小さく家鳴りが響く。
その音を合図に、エリスとダアトは────────。
……………………………………………………
「ぐぅぅうっっっ!!!?!??」
刹那、轟音と共にエリスの体は寺院の壁を突き破り一気に無人の庭に叩き落されザリザリと砂埃を上げて着地する。
「くっ…!!」
なんて速い蹴りだ、受け止めるどころか何にも出来なかった。オマケにこっちは仮にも魔力覚醒してるってのに…。
「だから言ったでしょう…」
もくもくと煙をあげる寺院の穴の壁から、片足を上げ蹴りを放った姿勢のダアトが姿を見せる。あの蹴りがエリスを蹴り飛ばし吹き飛ばしたんだ、…しかもあいつは魔力覚醒も何もしてない。覚醒をしたエリスを相手に覚醒をしてないダアトが一撃を入れダメージまで与えてきた。
冗談だとしても、悪い冗談すぎるぞ。
「今の貴方には私の相手は早過ぎますよ、それとも相手の力量も見抜けませんか?」
コツコツと穴をくぐって銀の杖を片手にダアトがこちらに迫る。だというのに異質なのは…やはりダアトの体から魔力を感じない。
比喩じゃない、感じないくらい少ないとかではなく全くないのだ。魔視の魔眼で見たら全く姿が映らないくらい奴の体からは魔力が発されていない。故に力量を測るもクソもない…。
けどあり得るのか?全く魔力を持たない生命体って。だってそこらの草花でさえ魔力を持ってるんだぞ?生きてる者ならみんな魂を持っていて、魂があるならみんな魔力を持ってるはずなのに。
こんな存在、異質過ぎて他に該当する例がない。
「貴方、どんな体してるんですか」
「ん?ああ、すみませんね。私ちょっと特殊な体質でして…ですが大丈夫、私の実力は…」
そう言った瞬間、ダアトの体から一つだけ情報が抜き出される。情報の抜き取りを意図的に制限していたダアトが敢えてエリスに見せたその情報…それは。
『魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムに於ける、現行最強の使い手』
という、唖然とする情報。つまりこいつ…魔力を一切持たない身の癖に、レーシュやシンと言ったアルカナも八大同盟も何もかも全てを下に見る…敵対勢力最強の存在、ってことか?
嘘だろ、こいつが…?
「ケンカを売る相手、間違えましたね…」
「ッ…!」
速い!また目に見えなかった、見えない速度でエリスの目の前に肉薄したダアトは…。
「っと!」
「ぐぅっ!?」
三発、エリスの胸部に弾痕の如き傷が生まれ弾き飛ばされる。あの手元の杖で三度突いたのだ…が、やはり見えない。というより奴から情報を抜き出すことが出来ないから行動の先読みが出来ない、超極限集中状態の旨味が完全に死んでる。
これならまだ…。
「『ゼナ・デュナミス』!」
「ほう、それが噂に聞く二つ目の覚醒…!」
全速力の突風に体を乗せてダアトの目の前で滑空する、何度も何度も軌道を変えジグザグと折れ曲がる光芒を残しただただ速く、ただただ鋭く加速する。
されどダアトは動かない、魔力も見えないから今ダアトが何をしようとしているのか分からない。分からないから今は…!
(攻めまくる!)
不動のダアトの背後に回り、そのまま斬りつけるような袈裟蹴りを放──。
「そこですね?」
「ぅぐぅっ!?」
飛んできたのは再び杖だ、微動だにしないダアトは杖だけをちょいと動かし蹴りかかったエリスの顔面を打ち付け返り討ちにする。
見切られた!?速度じゃダメか!?なら物量で!
「はぁぁぁああああ!!」
再度加速、からの怒涛の攻勢。一撃加えたら離れもう一度突っ込みさらに一撃、ヒットアンドアウェイを意識した超高速の撹乱攻撃。それを前にダアトは静かに目を閉じ。
「無駄です」
やはり動かない、目を閉じ足を動かさず、ただ手だけを動かし杖を振るい的確にエリスの頭を叩き伏せ攻撃を全て初動から潰し押し返す。攻める都度エリスの傷が増えていく。
これが識確の力?いやでもエリスだって超極限集中で情報を抜かれないよう意識してるはず、ならばエリスとダアトの土台は同じはずだ。なのになぜエリスばかり読まれて…。
「まだ、覚醒に頼っている段階ですか。想像していたよりも…弱いですね。貴方」
「げはっ!?」
刹那、蹴りを加えようと突っ込んだところを逆に掴まれ、頭を引っ掴まれたままエリスの体は地面に叩きつけられ。
「そんな半端な実力で何をしようというのですか?マレフィカルムの撃滅ですか?やめておきなさい。貴方程度ではセフィロトどころか八大同盟の一つさえ潰せない…ジズかそこらに殺されるのが関の山です」
「ぐぅ…」
更にそこに杖が降り注ぎ、エリスの背中を押さえつけるように打ち付けられる。
まるで太刀打ちができない、アスタロトの時は全力じゃなかったと言い訳できるが…こちらは無理だ。こっちは覚醒を二つ使って全力を出してるのに、さっきからダアトの足一つ動かすことが出来ない。
まるで師匠と模擬戦してる時のようだ。それほどまでに差があるのか…こいつとエリスでは。これが…マレフィカルム最強の存在。
「もうやめますか?今逃げれば私も手出ししませんが?」
「逃げるわけ…ないでしょう!」
「ふむ…なら仕方ありません」
ダアトの足を払いながらゴロゴロと転がり距離を取るとともに、両手に電流と火炎を集め…。
「『真・火雷招』ッ!!」
体術でダメなら魔術で攻める。どれだけ言ってもダアトは魔力を持っていない、魔力を持っていないなら魔力防壁もない。魔術に対する有効な手立てを一つも持っていないんだ。
ならば、と全力で炎雷をぶっ放すと。
「それが古式魔術ですか、なるほど…次は魔術勝負ですね。いいですよ」
するとクルリクルリと杖を回転させたダアトは…静謐なる言葉を、轟音の中響かせ…。
「『フレイムアロー』」
「え……?」
今、なんて言った?フレイムアロー?炎系魔術の中で最も位階の低い初心者用の魔術…魔術?ダアトが魔術?魔力を持っていないお前が何故─────。
と、疑問に思うまでもなくダアトの杖から発された一瞬の煌めきは…エリスの火雷招に大穴を開けエリスの横を通過し地面を融解させ、更に背後の夜空に向けて飛び、空を覆う巨大な雲に吹き飛ばすが如き穴を開け、星海の彼方へ消えていった。
「……え?」
思わず背後を見る、空には穴、地面にはスプーンで抉ったような後、そしてエリスの魔術はまるで手で払った煙のように霞と消える。
なにこれ、これが現代魔術?これが初心者でも使える最低ランクの魔術の威力?…こんなの魔女様が放った魔術並みじゃないか…。
え?なんで?どうやって?ダアトからは魔力を感じないのに。
「手加減をし損ねました、すみませんね。私…魔術戦が苦手なんですよ。一度として…戦いになったことがなくて」
「貴方…本当になんなんですか…」
今のがエリスに当たってたら、その時点でエリスは消滅していた。たかがアロー系で…エリスの魔力防壁は消し去られこの体は燃えカスさえ残らなかった。
アロー系でこの威力なら、もっと高位の魔術を使われていたら…どうなるんだ。
「恐怖…しましたね」
ギラリとダアトの瞳が煌めく。
「今度は、相手との力量を悟った…弱さ故の恐怖」
一歩、踏み出す。ただそれだけで地鳴りが起こったかのような重圧を受ける。
「いや、それは恐怖ではなく…」
そして杖をこちらに向け…。
「絶望か?」
続けようと宣言するように構えを取る。ヤバい…ここまで力量差があるやつと戦った経験はない、下手をすればこいつ…三年前のシリウス並みにヤバいかもしれない。
どうする、逃げるか?だがこいつを逃がしたくない。こいつはマレフィカルム本部に繋がる最大の手掛かり、打ち倒して…少しでも目的に向けて進まなくては。
「エリスはまだ、負けてませんよ」
「負けてないだけです」
「負けてないなら、勝ちの目もありますよ!」
全身に魔力を滾らせ、記憶の奥底に沈むシンの記憶を呼び覚まし…生み出すは雷電、変ずるは雷神。エリスの全身全霊、こいつをぶつけてダメならもう出来ることがなにもない!
「行きます!『ボアネルゲ・デュナミス』!」
「ッ…記憶の具象化!?そんな芸当が…!」
シンの覚醒『アヴェンジャー・ボアネルゲ』を再現し加えるエリスの現時点の最強形態、それを見たダアトの顔色が初めて変わる…と共に、動き出す。
「『ライトニング・ステップ』!」
足先に紫電が這う超高速の疾走、雷の足跡だけを残しダアトに雷電の一撃を加える。
「ぐっ!これは効きますね…!」
がしかし防がれる、杖を盾にエリスの蹴りを防ぎながら後方に向けて飛び衝撃を和らげながらダアトは痺れる手をプラプラと振りながら笑う。
「凄まじいですね、記憶の中の事象を実在化させるなんて芸当私には出来ません。御見逸れしましたよ!」
「これからもっと御見逸れしますよ!!!」
全身を雷電に変化させながらドンドン攻める、全身から電流を放ちながら次から次へと拳を放つ。一撃一撃が雷速の連打…それはダアトに命中すると共に。
「ですが魔力覚醒の力に頼っている段階では所詮その程度の出力。スピードばかりが先行して肝心のパワーが足りてませんよ!」
「これにも、対応してくるのか…!」
防がれる、杖を振り回しエリスの拳を一発一発丁寧に弾き返し拮抗させる。ここまでやってようやく拮抗…いやダメだ、まだダアトは全く本気を出していない。拮抗すらしていない!
どんだけ…差があるんだよ…!
「では貴方が本気を出したようなので、私もそろそろ攻めますよ…」
すると片手で杖を振るいながら、ダアトはもう片方の手をギュッと握り締めて…。
「『速の型』」
すると、魔力を一切持たないはずのダアトの体に…いや、その握りしめた拳に…一瞬だけ、膨大な魔力が宿る。
「『時雨』ッ!」
「ぐぶっ!?」
そして飛んでくる拳による連撃はエリスの雷速すら上回る速度で飛び。無数の拳跡を残し吹き飛ばす。
なにかの魔術かと思ったが、違う。受けたからこそ分かる。これはただの拳撃、ただ目に見えないくらい早く ただ覚醒者をぶちのめす事ができるだけの威力を持った拳。いや…ただの拳撃じゃないのはわかるがタネが分からない。
あり得るのかそんなの、圧倒的急加速と絶大な威力…一瞬見えた魔力と言いダアトの言う『体質』にこそタネがあるように思えるが、識確の力を持ってしても見抜けないんじゃどうしようもない。
「ぐっ!ぅぐ…」
その威力にヨタヨタとエリスがたたらを踏んだ瞬間、ダアトの瞳が赤い光芒を残し…。
「速の型『孤月』ッ!」
「ッ…そう何度も…!」
振り上げられたダアトの蹴りを雷速で背後に飛び回避する、そう何度も食らうか…と離れた瞬間見る。
ダアトの足元、蹴りの発生点。大地を蹴って足を振り上げただろう大地に描かれた不可解な跡。大地を抉るような跡がダアトの背後に向けて伸びている…普通逆じゃないか?前へ蹴りを放っているんだから跡は前に向けて伸びるべきなのに、なんで背後に伸びて──。
「剛の型…」
「あ!やべ…!」
「『神槍』ッ!」
「げぶぅっ!?」
そんな風に気を抜いたエリスに向けて放たれるのは掌底。どう考えても足を振り上げた直後にこれは出せないだろうってレベルの加速を見せたダアトの掌底がエリスの腹を太鼓のように打ち抜き、エリスの体は一直線に吹き飛び寺院の庭を超えて街の只中に叩き落される。
今までの攻撃が差し詰め牽制なら、今のはまさしく本命の一撃…雷になっても回避しきれない速度での攻撃とかどうやって出してるんだ。まるでエリス達とは全く別の物理法則で動いてるみたいだ、全く理解できない、全く想像がつかない。
「ぐっ、ぐぶぅ…」
立ち上がろうと地面に手を突くが、その拍子に口から血が溢れる。ここまで追い詰められたのは久しぶりだ、ここまで何もかも通じないのは久しぶりだ。
まさかボアネルゲ・デュナミスを解放しても手も足も出ないなんて…。
「ぜぇ…ぜぇ…」
「まだ立ちますか、これは予想外です」
「ッ…!」
「その耐久力はどこから来るのか、興味がある」
結構な距離飛ばされたはずなのにな。もう目の前を悠然と歩いてるよ…。
エリスが知るどんな加速法よりも速い…。おまけにさっき見せた体術…あれも相当なものだ。全てに技術と技量がある、全てに合理と真理がある。
特殊な魔術を使っているから強いのはではない、強力な覚醒を持つから強いのではない、特異な出自だから強いのではない。
ただ、ただ鍛え、ただ高め、ただ磨いた物。それが奴の武器なんだ、エリス達魔女の弟子と同じ…鍛錬の数こそが彼女の強さを証明している。
強敵、少なくともエリスが出会った誰よりもこいつは手強い…なんて今更いう必要は無いな。こんな差を感じたのはシン以来だ。
「しかしその耐久力は厄介です、貴方はきっとその命ある限り私を追ってくるでしょう。私としてもそれは避けたい」
「なら…どうします、洗いざらい吐いてくれるなら…助かるんですが」
「そうもいきません。私…これでも面倒くさがりなので、もっと簡単な手段を取らせてもらいますよ」
「はっ、ならやってみなさいよ…エリスが簡単に折れると思ったら大間違いですよ」
再び体を電流に変える、どの道ここでごめんなさいして逃げるつもりはどこにも無いんだ。こいつには一発入れなきゃいけない理由がたくさんある!けど…。
冷静になれ、このまま怒りのままに真っ向勝負で挑み続けていつか有効打を与えられるほど楽観的な相手か?違うだろ。
やり方を考えろとエリスの中のシンが文句をつける。…やり方か……。
「…ッ!行くぞ!粛清してやろう!」
「おや口調が…」
シンとの親和性を高め、エリスは飛ぶ。全力で飛ぶ、それを受けたダアトは再び静かに杖を構えるが…。
違うんだよな、エリスの狙いはそこじゃ無い。
「はぁぁぁあああああ!」
「…なんですか?ヤケクソですか?」
ひたすらに飛び回る、ダアトに狙いを定めず街の中を乱反射するゴムボールように場所を留めず上へ下へ右へ左へとにかく飛び回り、その上で四方八方に電撃を放ちまくる。
当然、そんなヤケクソな攻撃を受けてもダアトが揺らぐわけもなく。彼女は呆れた様子で飛び回るエリスを呆然と眺める。
「ひたすら私の射程内に入らず。遠方から雷を乱射…ですか、ここに来て妙に悪手ですね…、…ッ!いやまさか!」
そう、そのまさかだよ。ダアトはようやく気がついたようだ、飛び回るエリスが…雷芒を空中に残していることに。無数の雷が線となって網のように周辺に張り巡らされるそれを見てダアトはエリスの意図に気がつくが…もう遅い!
「『凝固』!」
……シンが体から放つ雷は魔力が変換された物だ。エリスはその特性を一時的に再現しているからこの雷も元は魔力だ、魔術によって変換されたそれよりももっと魔力に近い雷…それがこの雷。
ならば、これは同じことが出来るんじゃ無いのか?魔力を風に変換し物理的な干渉能力を持たせるエリスの技『捷鬼魔風の型』と同じことが。
つまり、この雷にも物理的干渉をさせることが出来る。そこに気がついたエリスは空中に残る雷の網を素手で掴み…一気に引っ張り上げる。
「どぉぉらっしゃぁっっっ!!」
「ぐっ!岩盤を釣り上げた!?」
大地に突き刺さった雷が地面を引き上げ。街の地面を空中へと引き上げる、そう、エリスが用意したのは雷の檻では無い。以前海の上で見た漁網…その再現だ。
雷により上へ上へと引っ張り上げられた大地はやがて空へと打ち上げられた瓦礫となる。それと共に持ち上げられたダアトは空中で両足をばたつかせる。
ダアトの武器は体術だ、そして奴は空を飛ぶすべを持たない…なら。
(空中戦に持ち込めば!)
瓦礫が空へと打ち上がる夜空へと移行したエリスとダアトの戦場、周囲を眺め着地できる瓦礫を探すダアトの隙を突き、エリスは瓦礫を掻い潜り一気にダアトに肉薄し。
「ッ…そこ!」
咄嗟にダアトは杖を剣のように振るう、流石の反応だ。だがこっちだってあんだけボコボコにされりゃお前の動きくらい覚えるんだよ!反撃が来ることは想定済み!ダアトが打ち払ったのはエリスの雷で出来た残像だけ…!
空振る杖を見てキッと表情を変えるダアトの背後にバチバチと電流が迸り…。
「そこじゃあありませんよ!」
「ぅぐっ!?」
電流となってダアトの背後に回転蹴りを加える。いつもならばここですぐさま反転して防御を行なっただろう、だが…この空中ではそんな機敏な動きも出来ない。
無防備にエリスの蹴りを受けたダアトは苦悶の表情で空中を錐揉む。
…やはりだ、この手応え!やはりダアトは魔力防御を持ってない!攻撃の瞬間に一時的に魔力が現れるだけで防御には使われていない!この段階に至った者同士の戦いで魔力防御を持たないのは鎧を着ないで剣で斬り合うような無謀!
このまま一気にに攻める!!
「っ厄介ですね!この一瞬で私の弱点まで把握するとは…やはり油断ならない!」
「ダアト!のこのこエリスの前に出てきたことを後悔しなさい!」
デッドマンに反撃さえ許さなかったエリスの空中殺法。空中何度も相手を蹴り上げる怒涛のヒットアンドアウェイにダアトの服に傷が生まれ始める。
追い詰める、叩き込む、ただそれだけを意識して何度も何度も瓦礫を蹴って加速し加えるの飛び蹴り膝蹴り両足蹴り。それらを全て雷速で叩き込み続け跡形も残さない勢いで攻め立て──。
「『認識改編』」
刹那、エリスの目の前のダアトの姿が…幾多にブレてその姿を捉えることが出来なくなって…え?何これ。
「『意識撹乱』」
声が響く、それと共に今度はダアトの気配をそこら中から感じる。何だこれ…何が起きて。
「悪いですね、これ以上遊ばせていると本当に危なさそうなので割と本気出します」
「ッ!」
突如目の前に現れたダアトに咄嗟に蹴りを加えるが、攻撃した後気がつく。
目の前にダアトが居ると思ったのは…『勘違いだった』事に。居ないと分かって居ながら居ると思ってしまった。そんな不可解な現象を前に面を食らった、その瞬間だった。
「『権限』」
「なっ…!」
その手に…黒い剣を携えたダアトが一瞬にしてエリスの目の前に現れる。いや違う、黒い剣じゃない…あれは何だ。そもそも物質ですらない、というか…アレは、この世にあっていいものでも…。
「『神経接続端末』」
刹那、その剣状の何かで体を叩き斬られる…。が体に傷はない、寧ろ触れられた感覚すらない、あの剣そのものには実態がないんだ…けど。
けど……。
けど………痛い。
「ッッ───────!」
それを認識した瞬間エリスは声にならない悲鳴をあげ頭を抱え絶叫する。痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
脳が激痛に支配される、何も考えられないくらい痛い、何だこれ!なにがおきてるんだ、痛みの原因はどこだと脳が必死に探すが見当たらない。ただただ全身が痛い…!
「ぐぎゃぁあああああ!?!?!?」
「苦しいでしょう、辛いでしょう、人が感知出来得る凡ゆる痛みを今…貴方の意識に直接叩き込みました。どんな感覚か…想像を絶する痛みのはずです」
────ダアトが生み出したのは、識確の力を用いて抜き出された認識情報体である。つまり人間の感覚器にて捉える事が出来る痛覚情報、世界が予め想定して作られたものから人類の発展により随時更新されていった新規の情報。それら現時点でこの世界に存在し得る『全ての痛み』の情報をその手で掴んで剣のように振るったのが今の行動の正体である。
ダアトにはエリスのように記憶の具象化は出来ない、だが代わりに知識の具象化は出来る。内的世界の象徴たる記憶の対極に位置する外的世界の象徴たる情報…それは即ち星の言葉であり、振るえば如何なる人間であれ耐えることの出来ない武器となる。
「ぅぎぃぃぃぃ!」
浮力を失い降下するエリスを今襲う痛みは、さながら肋骨をこじ開けられ内臓を引っ掻き回されるが如き激痛、それに加え火傷 感電 凍傷などの自然現象に伴い剣で斬られ槍で突かれ槌で指先を潰される痛みが全身を駆け回るのだ。
人の感覚に作用する幻惑魔術でもここまでのことは出来ない、或いは出来たとしてもそれは『まやかし』である。それに対して…こちらの痛みは外部から直接『本物』が用意されているに等しい。
耐えられる故もない、地面に叩き落とされてもそんな痛みさえ忘れるほどにエリスは悶え苦しむ。
「これが、識確の力です。六大元素の空が世界を表すなら、識は人を表す。人である以上 この星の生命体である以上、逃れられないのです」
「ぅ…ぐぅ…」
白目を剥き体を痙攣させるエリスを眺めダアトは一息つき、パンパンと自分の服に着いた土汚れを払い除ける。
「軽い遊びのつもりで接触しましたが、存外に恐ろしい人でしたね。もし貴方がこのまま進み続けるならいずれ私とも相見えることもあるでしょう、その程度で八大同盟を倒せるなら…」
クルリと踵を返しコートをはためかせながら倒れ伏すエリスから目を逸らし…。
「いえ、その前に貴方がその痛みの中正気を保って居たら…ですがね」
さて、個人的な遊びは終わった。後は組織的な仕事を行うとしよう、ジズの言葉を受け動いているモース・ベヒーリアの監視。彼女の行動を観察すればその奥にいるジズの真意をも分かる。
ジズがマレフィカルムに対して敵意を抱いているのは分かっている、敵意を持つ分には構わない、我々は仲間ではない。だが行動に移されるとなると話は別だ、もし彼が反旗を翻すつもりならその前に殺さなくてはいけないだろう。
だからその為にも、今は地道に…。
「……おや?」
ふと、ダアトが振り向くと。そこには…エリスが立っていた。
「驚きました、今の痛みを受けて立ちますか?まだ痛みの感覚が抜けてないでしょうに…」
まだ立ち上がってきた、エリスとダアトの実力差はどのくらい離れてる…なんてレベルの差じゃない。存在している次元がそもそも違う、そんな事どっちも分かってる。
だが、エリスは立ち上がり ダアトはエリスの常軌を逸した耐久力に嘆息する。
(素晴らしいですね、その耐久力はなんですか?…いや、そうか。ここまでの戦いで傷を受け続けそれを記憶し続けた彼女はそもそも…痛みに対する耐性が異様に強いのか。ふふふ、識確の力で読み切れない存在というのは初めて見ましたよ…楽しいですね)
エリスがダアトの情報を抜けないように、ダアトもまたエリスの情報を抜く事ができない、故にその絶対値を図ることも出来ない。だからこそ彼女は…ここまで遊び呆けてしまい、その上で痛みで屈服させるという手を取ってしまった。
「ふぅー…ふぅー…」
「ん?意識はないのですか、それでも立ち上がってくるというのであれば…もう取れる手があまりありませんね」
白目を剥きながらも立ち上がるエリスを止める手を、ダアトは持っていない。これ以上遊んでいる暇はないのだが…仕方ない。
「残念ですが、貴方には消えてもらいましょう」
「ふぅー…ぅがぁああああ!!」
意識を失い忘我の状態にありながら凄まじい速度で飛びかかるエリスに向けて、ダアトは動く。するりと岩を避ける流水の如くエリスの拳を避けると…その手に、力を込め。
「『抹消』ッ!!」
「がぶふぅ……」
深々と突き刺さるダアトの掌底が、エリスの胸を…魂を射抜く。ゆらりと息を吹きかけられた蝋燭の火のようにエリスの体から魔力が吹き消え、その身から…力が抜け、やがて糸の切れた人形のようにエリスは動かなくなる。
「……残念ですがこれで終わりです。孤独の魔女の弟子エリスは…今日この時をもってして…」
倒れふすエリスを見て、ダアトは心底残念そうに溜息を吐き…。
「死にました。それではさようなら」
「まだ死んでないですよね」
「…………」
エリスではない別の誰かが街の奥からツカツカと歩いてくる。杖で地面を突き、やや紫がかった髪を揺らし、こちらに向けて…女が歩いている。
「お前は…………」
それを見たのは初めてだった、だが同時に識確の力を持つダアトは…全てを察した。
あの女は…。
「ケイト・バルベーロウ…ですね」
「ええ、御機嫌よう」
冒険者協会最高幹部にして、かつて伝説の魔術師と称えられた世界最高峰に座っていた…ケイト・バルベーロウが漆黒の外套を羽織りながら宵の街を一人で歩き、こちらを見た後…エリスを見下ろし。
「エリスさんはまだ死んでいませんよね」
「定義によります」
「小難しい話を。全く…老人はね、寝るのが早いんですよ…、その癖小さな物音で起きてしまう繊細な生き物なのですよ?それなのに夜中にドッカンドッカンバッカンバッカン…騒がしいったらありゃしない」
そう語るなりケイトはその手の豪奢な杖を手に…。
「どうやら、他の弟子の皆様も苦戦しているようなので…文字通りの老婆心、見せてやりますか」
「まさか我々とやる気なのですか?」
「ええ、ここでなんの働きもしないと…流石にラグナ様達に怒られちゃいそうですし。何より…」
杖を構え、魔力をその身から溢れさせるケイトの表情は…怒気に満ちて。
「ここは我が朋友の眠る地であり、朋友の故郷。その街を穢されては…私とて怒りを隠せません」
「……なるほど、では」
銀の錫杖を再び構えるダアトと、溢れる魔力にて大地を揺らすケイト…両者が対峙する。
ダアトはマレフィカルムという超巨大な機関に於ける最強の存在だ。並大抵の存在ならそもそも勝負にもならない。
だが、今目の前にいるのはかつて世界最高峰に位置していた存在…否、訂正しよう。彼女はまだ…現役だ。魔術王ヴォルフガングが未だ世界最強の魔術師と呼ばれるように、彼女もまた…魔女の弟子達が加入した今も、冒険者協会最強の魔術師なのだ。
これは、ちょっと面倒だなと…ダアトは静かに瞑目する。