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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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443.魔女の弟子とモース大賊団


『モース大賊団の目的は分かりません、何やらこの街を狙って執拗に攻撃と嫌がらせを繰り返してきているのです』


アルトルートさんはそう語った。何故東部にモースが来たのかアルトルートさん自身分からないと。だがエリスが昼間出会った山蛇コンダは確実にこの街に狙いを定めてやってきていた。


アルザス三兄弟が語るにこの街に幾度となく山賊が到来しているのは確かだった。


なら何か目的があるはずだ、クルスのようにここの温泉を狙っているのかまた別の目的なのかは分からない。だが奴等にはこの街に襲撃をかける理由があった。


だから何処かでモース大賊団と戦うことになるのは、エリスもみんなも予測はしていた。だが…。


「アルトルート・ケントニスを出せ、さもなくば…ここにいる全員を殺す」


突如、温泉に襲撃をかけてきた巨体の女 二番隊の隊長を名乗るアスタロトなる人物はエリス達に対してアルトルートさんの身柄の要求をしてきた。


そこでエリスは失策を悟る。やらかした…奴等山賊が昼夜問わず攻めてくるなら全員で温泉になど入るべきではなかった。


皆と一緒に入りたいという自己の欲求を優先したばかりに、アスタロトという山賊の到来を許してしまった。


それにこの女、昼間倒したコンダとは明らかにレベルが違う。身に纏っている魔力に意図が感じられる…確実に魔力防壁を会得している。


「…アスタロトだと…!!」


するとラックさんが顔を上げサングラスをかけたジャケットの女…アスタロトの顔を見てゾッと蒼ざめる。


「まずいぞ、奴は本隊の隊長だ!分隊クラスとは格が違うぞ!!」


昼間、コンダを倒した後ラックさんが教えてくれた。モース大賊団という組織の体制。


周囲を動き回り金を稼ぐ分隊とモースの周辺を固めるエリート中のエリート山賊達…謂わばモースの精鋭部隊とも言うべき本隊の存在。


分隊は金を稼ぎ本隊に入ることを夢見ている。その最中に多くの修羅場を潜り山賊としての腕を磨き実力をつける。その上で本隊に評価された序列上位の者が本隊に引き上げられるのだ。故に当然 分隊上位だったコンダよりも本隊メンバーの方が格段に強い。


そんな中でも更に別格とされるのが…隊長の存在だ。


本隊は大まかに五等分されており、それぞれに一人づつ隊長が割り振られている。精鋭と言われる山賊達を纏める五人の隊長は皆凄まじい実力を持ち、その強さは番号が小さくなればなるほど格上とされる。


と言うことはだ…奴の言った二番隊の隊長というのは、そっくりそのまま…モースを除いた本隊にて二番目に強い、ということを意味するのだ。


通りで、ただ立っているだけで凄まじい威圧を放っているわけだ。


だが…だからなんだっていうんだ。


「関係ありません、アスタロトと言いましたね…貴方、アルトルートさんをどうするつもりですか」


「お前達には関係ない、細かいことは気にするな」


「細かく無いです!貴方達モース大賊団がこの街に嫌がらせをしているのは分かっています!何が目的かくらい言いなさい!」


「嫌がらせ…別にそういうつもりはなかったんだが。あれは分隊メンバーが勝手にやった事だ…それより私は問答が嫌いだ、出すのか…出さないのか、決めろ…今」


踏み込んでくる、アスタロトが一歩。温泉の中にその野太い足を突っ込むように踏み込んでくる…その瞬間─────。


「『旋風圏跳』!!」


「エリス!」


先んじて動く、先手を取らせてはいけない。まずは状況を変えなくてはいけない。その一心でエリスはメルクさんの叫びを置き去りにして湯気を切り裂き一気にアスタロトに迫り、全身を捻りバネのように伸ばしながら回転を加えた蹴りをその無防備な側頭部に放ち……。


「…フッ」


刹那、サングラスの奥でアスタロトが笑う。


何か来る、そう思った時には既にエリスは…。


「え─────!?」


温泉の外に叩き出され、向かいの建物にめり込み瓦礫の中に倒れ伏していた。


あれ?おかしいな、エリスが蹴った側のはずなのに…なんでエリスが倒れてんだ。なんでエリスが吹き飛ばされてるんだ。


瓦礫を押しのけ視線を前に向ければ、そこにはこちらに手を伸ばしているアスタロトの姿が温泉の煙の中に見える。何をされたんだ…それさえ分からなかった。


なんだアイツ…!


「エリス!」


「テメェ!ぜってぇ許さねぇっ!」


吹き飛ばされたエリスの仇を討つようにラグナとアマルトさんが同じくアスタロトに飛びかかるが、先程と同じようにアスタロトは浅く微笑む。


と同時に、バッと袖を鳴らして両手を広げたかと思えば…。


「トロいな…!」


「な!?」


「はっ!?」


ラグナの拳とアマルトさんの蹴りがアスタロトの両手に受け止められた。いや…いやいや!アマルトさんならまだしもラグナの拳を受け止めた!?マジかアイツ!


いや、違う…受け止めたんじゃ無い。ラグナの拳を手で取った瞬間巧みに衝撃を後ろに逃したんだ!


「力が逃がされた…!?お前武術使いか!」


「然り、…『打閉門』!」


「ぐぅっ!?」


「ぅぐっ!!」


そしてアスタロトはその豪腕を振るい巨大な門を閉じるようにラグナとアマルトさんの体を引き寄せ激突させ───。


「『鉞断痕』!」


「ごはぁっ!?」


「いったぁっ!?」


痛みと衝撃で無防備になった二人を振り回し、まるで鉞を振り下ろし薪を割るようなフォームで地面に叩きつけた。力任せの投げに見えてその実凄まじい技量で行われる『技』。


間違いない、アスタロトはなんらかの武術を使っている…。そして風呂場の地面にめり込みながらも悶えるラグナはその正体に気がついたらしく小さく舌を打ち。


「ぐっ!テメェ…その技にゃ見覚えがある!柔道だな!」


「ほう、一目で見抜くか…然り。我は柔の道を征く者」


柔道…その武術の名はエリスも聞いたことがある、確かトツカ発祥の武道だ。一切の力を用いず相手の力を利用して投げ飛ばす事に重きを置いた武術で、投げ技 固め技 当身技多くの技を持つ不思議な技術だと聞いているが。


なるほど、アスタロトはその柔道を使うんだ。さっきエリスが蹴りかかった時もその力を巧みに受け流し投げ飛ばしたんだ。


「柔の道に生命を懸けた女の意地が火と燃える、飽くなき鍛錬を超えて我が征くは武道の最果て。お前達のような信念も矜持も無い力では私は倒せはせん」


「何が信念と矜持だ。山賊風情が偉そうな事吐かすんじゃねぇ…!」


「フッ、細かい事は気にするな」


グッ!と拳を握り。バッ!と手を開き。柔道特有の構えを見せ起き上がったラグナの拳を迎え撃つと…。


「『穿通拳』ッ!」


「大した力だ、だがどうやら…」


ぶつかり合うラグナとアスタロトの拳と拳…確かにラグナの方が力では上だ。力…『では』。


「貴様の拳は未だに道半ばにあるようだな!『地獄落とし膝車』!」


「うぉぉっ!?」


瞬間握った拳を開きラグナの手首を掴んだアスタロトはそのままもう片方の手でラグナの首を掴み足を払い、地面を真っ二つにへし折る様に叩きつける。


上手い…エリスでさえそう思ってしまうほどにアスタロトの技量は凄まじいものだ。武術の鍛錬を積みに積みまくったラグナのそれよりも…確実に技量では上だ!


「剛能く柔を制す、柔能く剛を制す、なればこそ…剛も柔も制する私は天を制する。我が『剛柔道』に敵は無し!」


「くっ!テメェ…!」


ラグナが地に伏している。ジャックさえ倒したラグナが…モースの部下如きに押し倒された。やばい…想像してたよりもずっと強いぞこいつ!


エリスもラグナもアマルトさんも倒れアスタロトが次なる目的を定めた瞬間…。


「『アガウエ・スマッシュエルボ』!!」


「む!?」


幻惑で姿を眩ませていたネレイドさんが虚空からヌルリと現れアスタロトの顔面に強烈な肘打ちを見舞いアスタロトのサングラスが爆ぜ散り彼女の顔から落ちる。綺麗に入った…けど。


「それだけか…!」


ダメだ、殆ど効いてない。ラグナの拳を受け止めた衝撃逃しを自分の首でやってネレイドさんの一撃を無効化したんだ。なんてシャレにならない技量だ、アイツが敵の幹部で二番手!?組織の強さじゃジャック海賊団よりも強いんじゃ無いのか!?


「貴様も我が剛柔道の前にひれ伏せ!」


「ッ…!!」


ネレイドさんを投げ飛ばそうと両手を伸ばすアスタロトだったが、その手はネレイドさんに受け止められ力比べの姿勢で両者の力が拮抗する。そうだ、確かにアスタロトは凄まじい技量の持ち主かもしれない…だけど。


(む!?この女…重心が深い…!)


投げ技という点ではネレイドさんの技量はラグナより上、なんせそこはネレイドさんの主戦場だから!


「うぉぉおおおおおお!!」


「なっ!?」


刹那、ネレイドさんの腕がアスタロトの前から消失し、そのベルトを掴むと共に一気に持ち上げる。取った!


(くっ!やられた!だが私を簡単に投げられると思ったら大間違─────…ん?この女)


「『レウコトエ・スロー 』ッッ!!」


投げ飛ばす、柔道家のアスタロトを逆にネレイドさんが投げ飛ばしエリスの頭上を越えて周りの家屋をぶち抜き遥か彼方まで投げ飛ばす!


よかった、なんか一瞬アスタロトが抵抗をやめたお陰で上手く投げ飛ばせた…!


「た、助かった!ありがとうございます!ネレイドさん!」


「……アイツ、一瞬力を抜いて…」


「だぁー!くそ!ネレイドに先越されたか!悔しい!」


ジタバタと暴れながら悔しがるラグナを余所目に何かを気にするネレイドさんは遥か彼方に消えたアスタロト見遣る。いやもう目に見えないくらい向こうに行っちゃったが…何を気にしてるんだろう。


というか、やばいな…。


「まさか、二番隊の隊長であの強さとは…」


「俺もしてやられたよ…、アマルト、大丈夫か?」


「痛いよ」


強すぎる、アガレスという女は強すぎる。単独で魔女の弟子三人を打ち倒して余裕綽々と言った様子。しかも恐らく魔力覚醒も習得しているだろう技量も持ち合わせていたし…本気を出されていたらどうなっていたか。


『ラグナ!エリス!アマルト!ネレイド!』


「あれ?メルクさん?」


すると、いつの間にか脱衣所で服を着ていたメルクさんが慌てて温泉の中に入ってくる…というか気がついたらエリス達以外みんな服着てる。そういえばエリス達裸で戦って…はっ!?ら…ラグナに裸見られたかな!?


「きゃっ!」


「今更乙女ぶってる場合か!エリス!それより早く服を着て外に出て来い!大変だ!」


「え?」


……………………………………………………………………






「なんじゃこりゃ…」


それから急いで服を着たエリス達が宿の外に出ると…そこに広がっていた惨状に、思わず口を閉ざす。アスタロトをぶっ飛ばして一旦それで終わり…な訳がなかった。


アイツが一人で来ているわけがなかったんだ!


『ヒャハハハハハ!盗め盗め!拐え拐え!』


『久々の略奪だ!腕が鳴るぜ!』


『やめて!その子は連れて行かないで!』


『うるせぇ!テメェも来い!』



「なんてことだ…!」


既に街の大通りには火の手が上がっていた。エリス達の戦っている側からは見えなかったが…街の正面から大量の山賊が入り込み略奪を始めていたんだ。


これは…これは…!


「くっ!エリスのせいで…エリスがみんなと温泉に入りたいなんて言った所為で!」


エリスのせいだ!こんなことになったのはエリスのせいだ!エリス達全員が休息を取れば街から見張りがいなくなるも同然じゃないか!なんてバカなんだろう…エリスは。


「待てエリス、違う…そこじゃ無い」


するとメルクさんは目を尖らせ周囲を見遣り。


「いくら我々が全員入浴していたとしてもタイミングが良すぎる、まるで狙いを定めたようじゃ無いか。我々が温泉に行っていた時間なんて精々が五分かそこら…」


「それは、偶然…」


「偶然、アガレスが温泉に突っ込んできたと?奴らは私達があそこにいると知っていたから来たんじゃ無いのか?」


「………………」


確かに言われてみると、妙だ。あまりにもタイミングが良すぎる。まるでこの事を事前に知っていないと出来ない事だ。けどこれはエリスが言い出したこと…事前に察知なんか出来ないはずなのに。


「エリス!メルクさん!今原因探しはどうでもいい!それより山賊共をなんとかする!」


「ああそうだな!手分けしてやるか!?」


「いや、奴等の目的はきっとアルトルートさんだ!アガレスは多分保険。俺達とアルトルートさんが一緒にいた場合を考慮してここに来たんだ、だから『出せ』と言った…なら、本命となる部隊がいるはずだ、ならそいつらはどこに向かってる?」


街で暴れている山賊は囮、アガレスは保険、なら…本命となると奴らは今どこに向かっているか。


決まってる、決まってるよ…そんなの!


「テルモテルス寺院…!」


バッ!と寺院の方を見る。まずい!今あそこには誰もいない!アルトルートさんと…子供達しかいない!あそこにアガレス級の使い手が向かっていたら…!


「助けに行かないと!」


「ああ、だからエリス!ネレイドさん!デティ!三人は俺と寺院へ!メグ!アマルト!メルクさん!ナリア!そしてアルザス三兄弟は街で暴れてる山賊を一人残らずぶっ潰しつつ街の人達の避難を!事態は一刻を争う!すぐにやるぞ!」


『応!』


突如訪れた緊急事態にエリス達は即座に二手に分かれて行動を始める。


奴等の目的はアルトルートさんだ、彼女を攫って何をするつもりかは知らないが絶対にそんな事させない。させてたまるか!


…………………………………………………………


「──────ふむ」


グルグルと視界が高速で流れていく、どうやら私はネレイドなる者に投げ飛ばされてしまったようだ。しかも天高く…不覚だ。


「……フンッ!」


ネレイドによってガイアの街の外まで投げ飛ばされたアスタロトは弧を描きながら背中から大地に叩きつけられる…瞬間、両手を開いて背中が触れるよりも早く大地を手で叩きその衝撃で体を浮かび上がらせ受け身を取り、何事もなく着地を果たす。


「思いの外やる」


先程、『奴』の指示を受け銭湯に行ったところ…本当に魔女の弟子達がいた。が、どうやら奴の言った誤算はないらしい。ということはアルトルートはテルモテルス寺院にいるのだろう。


テルモテルスには我が弟とカイム、そして奴が向かっている。何人足りとも止められる布陣ではない。


ならば私が今から戻る必要性はないか。


「しかし、魔女の弟子ネレイド…奴は」


暇を潰すため珍しく思考に時間を費やす。ネレイド…私をここまで投げ飛ばした女、私がああもたやすく帯を取られ投げ飛ばされるとは、ただの怪力木偶の坊というわけではないようだ。


そして何よりあの威容と巨躯。あれではまるで…モースのようではないか。


「まさか、そんなことがあるのか?…そんなことが…」


もしだとしたら、酷な物よ。モース…どうやら此度の計画は一筋縄では行かないようだぞ。


…………………………………………………………


「ヒャハー!来やがったな魔女の弟子!」


「やっぱこっちに来やがった!分かってたぜ〜!」


「退けやッ!クソボケ共がァッ!!」


テルモテルス寺院を目指し走り続けるエリス達を待ち受けていたかのように無数の山賊が大通りの端からワラワラと現れる。エリス達をここから先には行かせないと言った様子だ。


こうしている間にも、奴等の魔の手が寺院の子供達に向いているかもしれないというのに…こいつらは!


「邪魔ッッ!!」


「ぐぇっ!?」


勢い良く切りかかってきた山賊の剣をスルリと避けるとともに天を突くような蹴り上げをその顎先に加え吹き飛ばす…が。


「ッてぇ〜なぁ!」


「ッ嘘!」


エリスの蹴りを顎に受けてもなお反撃してきた!?こいつら…雑魚じゃない!


「ッこの人達…一人一人が強い…!」


「ナメんなよ!俺達本隊メンバーを!」


「本隊はなぁ!一人一人が世界に名を馳せる元大山賊達なんだよ!雑魚なんか一人もいるわけねぇだろ!」


ネレイドさんが両手に斧を持った山賊を投げ飛ばすも、投げ飛ばされた山賊はすぐさま起き上がり再び斬りかかってくる。


そうだ、こいつら本隊メンバーなんだ。世界中で活動する山賊達の中で一握りだけが加入出来るモース大賊団…の中でも更に一握りしか上がれない分隊の階段を上り詰めて、世界最高峰の領域に入った山賊達なんだ。


元々は一国を揺るがすような存在達がただの構成員として跋扈している。ジャックさんのところとは組織の質が違い過ぎる!これが…世界最強の山賊団!


「邪魔をするなぁぁッッ!!」


「げぶふぅぅぅ!?」


しかしそんな中でも無双するのがラグナだ、腕の一振りで巨大な衝撃波を作り出し山賊達を纏めて吹き飛ばし目の前にある無人の民家に斑状に突き刺さった山賊達の墓標を作り上げ道を作る。


「どんどん行くぞ!」


「はい!」


…ここは街の中だけど、そうだよ。人は殆どいないんだ、なら遠慮する必要なんか…どこにも無い!!


「きぇええええ!!山蛭と呼ばれたこの俺がお前らの血を吸い尽くす!」


「ラグナ!みんな!退いていてください!振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん!『薙倶太刀陣風・扇舞』!!」


世界を掴み、そのまま大きく薙ぎ払うように腕を振り回せばそれだけで大気が鳴動し大通り一面を余すことなく吹き飛ばす突風が爆裂する。当然人間一人に耐えられる容量では無い、山賊達はまるで紙吹雪のように吹き飛び、寺院を飛び越え街の外まで飛んでいく。


「邪魔です!」


「うぉぉー!エリスちゃん派手ー!!」


「エリスもラグナも凄い…」


道は開けた、また塞がれたなら同じことをすればいい。ともかく今は急がないと!


そう思い全力で駆け出す。大通りを走って走って走る。無事でいてくれよ…みんな!


「アルトルートさーん!みんなー!無事ですかー!!」


徐々に近づき始める寺院、その姿が視界の中に飛び込んできた瞬間エリスは叫ぶ。まだ寺院の周りに山賊はいなさそうだ…けど、中まで無事かは分からない。急いで寺院の中に入ってみんなの無事を確かめないと─────。


「エリス!危ない!」


「え……!」


瞬間、ラグナに襟を掴まれグイッと後ろに下げられた…と思えばエリスの目の前に銀の閃光が煌めき、回避が遅れたエリスの髪先がハラリと断ち切られ空を舞う。


…これは、斬撃!?


「外したか…」


「ッ…殺気」


まさかまた山賊かと思い斬撃の飛んできた方向を見れば、そこには…。


白いコート、銀灰の髪、そして身の丈程の直剣を片手に携えた一人の剣士が立っていた。しかも凄まじい魔力と殺気を全身から漂わせて。


その濃度と量は…あのアガレスよりも上だ。


「誰だテメェ!」


「モース大賊団一番隊の隊長『山鬼』カイム…と名乗れば満足ですか?」


「カイム…?」


あれ?こいつ見たことあるぞ。…そうだ、エトワールでモースと出会った時一緒にいた男だ!こいつ一番隊の隊長だったのか!?


「一番隊だあ?…アスタロトより上か」


「お前達の相手はアスタロトが担当しているはずだったが。流石に八人同時に相手はキツかったか、奴は死んだか?いやその様子からするに生きてはいるか…まぁ良い、やることは変わらない」


カイムが一歩踏み出すと同時にエリス達の周りを取り囲むようにゾロゾロと山賊達が再び現れる。しかも…さっきまで見た奴らよりも更に練度が上に思える。最早アド・アストラの精鋭軍隊並みの練度だ。


「アルトルートの回収は既に奴に一任してある。邪魔をするなら死んでもらうが…」


「させねぇってんだよ…!」


「エリス達はアルトルートさんを助けにいくんです!邪魔するなら死ぬのはそっちの方ですよ!」


「そうか、なら…」


すると、片刃の直剣を鞘に収めたまま、足を開いて構えを取るカイムはエリス達という敵を前にして目を閉じて────。


「真剣勝負を所望だな…」


刹那、爆裂する。カイムを中心に嵐のような殺気と斬撃が一気に殺到する。一刀一刀が必殺の斬撃、牽制や様子見をする気がない決めの大技。


それがエリス達の反応速度を大幅に超えて放たれるのだ、咄嗟にエリスの頭の中に回避方法を模索する選択肢が幾重にも浮かび上がるが…ダメだ。


(回避が間に合わない…!)


咄嗟にコートを広げ前面に出し斬撃を防ごうと試みるが…、それよりも前に。


動く、ラグナが。


「疾ッッ!!」


「む……」


幾多の火花がエリス達の前で爆ぜる。ラグナが鋼の拳を以ってして斬撃を全てかはたき落したのだ。その早業にはさしものカイムも驚いたのか目を開き。


「やるものよ…!」


「いきなり出てきて斬りかかって来てんじゃねぇぞクソボケが…!つーかそこ退けや。相手なら後でいくらでもしてやる」


「行かせる気がないのが分からんか」


「なら退かす…!みんな、先行け。アイツをちょいと退けるから」


コキコキと音を鳴らし歩み出るラグナ。分かっているんだ、彼も。今ここでカイムを倒そうと思えばそれなりに時間を費やす事を、奴はそう簡単には倒れてくれない事を。ここにいる四人でかかってもカイムは簡単にはやられない。


それだけの物を奴は秘めている。ならば…。


「分かりました!ラグナ!気をつけて!」


「……!」


走り出すエリスを送り出すように拳をグッ!掲げるラグナを置いて、走り出す。しかし当然それを許すまいとカイムは再び剣を鞘に収め居合の構えを取る。


「行かせんと言っている!」


根絶の剣、一切の生命を刈り取る刃が音を追い抜きエリス達に向けて放たれる…寸前で。


「やらせないと言っている…ってな」


「っ…いつのまに」


ラグナがいつのまにかカイムの目の前に肉薄しており、放たれようとした刀の柄をグッと押さえ居合を封じる。互いの息がかかるほどの至近距離で睨み合う二人の間に闘志が迸る。


「真剣勝負だろ、だったら余所見すんじゃねぇよ…」


「…それは悪かった、だが…テルステルモへの道を守っているのは私だけではないぞ」


「……何?」


チラリと、ラグナがエリス達の背中を目で追う…その瞬間。



「『土石龍波』!」


「なっ!?」


突如、真横の家屋が崩れ去り土石流のように津波となってエリス達の前に跨り寺院への道を塞ぐ。その土石流に乗って一つの影が自らのコートの裾を持って。


『あぁ!コートの裾に泥が!泥が着いた!これ洗ったら落ちるかな、落ちなかったら僕のコートの裾に永遠にこのシミがついたままなのかな!?わからない!分からないよ僕!誰か教えて!?』


「新手か…!?」


目を細め土石流を起こした神経質な優男の姿を見る。…なんかアガレスによく似た奴だが…性格は真反対だな。


しかしたった一人で止めにかかるとは、まさかアイツも隊長格か!面倒な!何人隊長が居るんだよ。


「真剣勝負は余所見厳禁…じゃなかったか?」


「ッしまっ…!?」


刹那、俺の手を振り払ったカイムが一瞬で数度剣を振るう。その様はまるで鞭を振るうようにしなやかであれ程の長物だというのに的確に目の前の俺を狙い振り回す。


咄嗟だったから、防御が殆ど間に合わなかった。いつもなら刃を流して弾けたのに防壁で受けちまった…だからかな。


「マジかよ…」


たらりと手の甲に血が垂れる。今の斬撃…俺の防壁を貫通して鋼剣も弾き返す俺の皮膚に傷をつけやがった。


「ほう、頑丈だな…。だが次はない、剣を弾くほど硬いというのならそれを織り込んで剣を振るえばいい、遠慮なしだ」


(こいつ…強いというより巧い、巧みに俺の防壁が浅い所を狙ってきやがった…。こいつもアスタロトと同じ技巧派か…モース大賊団、山賊集団と思ってナメたら痛い目を見そうだ)


剣を正眼に構えるカイムを前にこちらも拳を握る。アスタロトと言いこいつと言い…凄まじい技量だ。俺よりも武を突き詰めた奴なんて初めて見たぜ。


……………………………………………


「ぁぁあああああ!お前らあれかな!?テルステルモが雇った冒険者ぁぁあ!?!?君たち放置したらどうなっちゃうの!?どうなっちゃうの!?怖いよ!怖いよ僕!だからさぁ!消さないと!『Alchemic・broken』!!」


「チッ!こいつ錬金術師か!」


いきなり現れた神経質な男が手をブンと前に振るえばそれだけで大地が砕け散り地割れが起こる。恐らく…いや間違いなくあれは錬金術。


ただし作っているのは物質じゃない、作っているのは…『亀裂』だ。


「なんて滅茶苦茶な錬金術!?ど下手くそか!」


「うん!僕さぁ!錬金術の才能が全然なくてさぁ!何にも作れないんだよね!僕が弄ると全部滅茶苦茶になっちゃうの!僕変かな!?僕変かな!?」


「だいぶ変!」


エリスは風に乗り空中に飛び上がり、デティはネレイドさんに飛び乗りネレイドさんは自慢の肉体で崩れ去る大地を駆け上がって行く。


奴の錬金術は無理矢理なんだ、強引に物質同士を結合させようとして衝突して全てが台無しになっている。ただその規模だけがシャレにならないから攻撃として成立しているだけ。


さっき土石流を作ったのも周りの建築物を崩して擬似的な波を作っただけ。…破壊することに関しては天才的だ。


「貴方何者ですか!貴方も隊長…ですよね」


「うん!!!僕四番隊隊長の山虎のベリト!よろしくね!姉さんにはさっき会ったよね!え?会ってない?会ったよね?会ったでいいんだよね?僕アスタロト姉さんの弟なんだ!」


「性格真逆ですね…」


細かい事を気にするなと口する豪胆なアスタロトに比べてなんと神経質で情緒不安定なんだ。山鼠に改名したほうがいいんじゃないか?こいつ。


けど、そのオドオドした雰囲気とは裏腹にこいつの実力もまた高い。ど下手くそな錬金術の癖して範囲だけはバカ広いから回避するのも大変だ。


けど…時間をこいつに渡してやる程、今のエリスは暇じゃない!


「なら退きなさいベリト!『火雷招』!」


両手を構えて、放つ炎雷。一撃でアイツを吹き飛ばす…そのつもりで放った一撃なのにベリトはエリスの攻撃を前にしても慌てることもふためく事もなく、逆にどっしりと構えて。


「退かないかな!退いたら僕怒られるから!『Alchemic・broken』ッ!!」


ベリトのかざした手からバリバリと雷のような亀裂が虚空に飛び、エリスの魔術を引き裂いて霧散させる。


こいつ、魔術まで破壊できるのか。まるでメルクさんの破壊の力のようだ…!


「ここで君たちみんな粉々にさぁ!粉々にしてさぁ!そうしたらどうなるの!?どうなっちゃうの!?」


「テメェが自分で試してみろや!!『旋風圏跳』!!」


「ぃひやぁはぁー!来るかな!?来るか!来いよ!」


全力で加速しベリトに突っ込む。魔術がダメなら徒手空拳で挑む!錬金術にさえ当たらなければいいんだ!そうすれば…。


「エリスちゃん!!!」


「ッ……!」


刹那デティの声を聞く、名前を呼ばれた…ただそれだけでエリスは全てを察し。


「てやっ!」


「ぬぁっ!?」


急旋回、鋭角に進路を変えてベリトを前にして真横に飛ぶ…と同時に、呆気を取られたベリトの視界に映るのは…。


「これでも食らっとけ!『アイシクルインパクト』ッ!!!」


「うぁぁぁっっっ!?『Alchemic・broken』!」


デティだ、エリスの背後に待機していたネレイドさんの背中からデティが氷の礫をベリトに向けて放ったのだ。咄嗟の出来事にベリトは反射的に破壊の錬金術を使い氷を破壊しようとするが…それよりも速いのがデティだよ。


「『ヒートファランクス』!」


「嘘ぉっ!?」


ベリトも驚愕するデティの魔術発動速度、自分が撃った魔術に更に続けて放った魔術を命中させる離れ業を用いてベリトの目の前に迫った氷の礫が一瞬で誘拐…からの蒸発。


一気に拡散する水蒸気がベリトの視界を覆い尽くし…繊細な彼は瞬く間にパニックに陥る。


「見えないよ!何にも見えないよ!どうすればいいの!?誰か教えてぇぇ!!」


「エリスちゃん!先に行って!」


「分かりました!」


先に行け、今のうちにベリトを叩けではなく先に行けと言うんだ。それはつまり…今ここでベリトを倒すよりも優先すべき事が目の前にある、ということだ。


そう伝えられたエリスは一気に加速し水蒸気に穴を開けながら一直線でテルステルモ寺院を目指し、その庭先に着地すると共に門目掛け走る。


「はぁ…はぁ………」


息を整えながら目を開く、魔視の魔眼で寺院の中を確認するが…魔力がない、いや一番奥に子供達と思われる集団が見える。アルトルートさんも一緒だ。よし!まだ山賊は入って来てないみたいだ!今のうちに街の外に逃がそう!ここは子供達にとって危険過ぎる。


「誰もいない、間に合った…!みんな!助けに来ましたよ!」


そうエリスは出来る限り声を張り上げ、寺院の奥に届くように叫びながらエリスはその扉を引き千切る勢いで思い切り開き──────。


「やぁ、遅かったね」


「…………え?」


目を見開き、思わず固まる。


魔視の魔眼で見た、誰も中にはいなかった筈…けど、居る。


扉を開けた先で待ち受けていたその女が、黒髪黒コートの女が…ニッコリと微笑みながらエリスに向けて手を挙げて朗らかに挨拶をする。


…どういう事なんだ、確かに中に誰もいないのは確認した筈。いやそれ以前に。


(目の前にしてるのに、存在を感じられない。本当に目の前にいるのか?実態があるのか?というかそもそも…誰?)


「ああ、私は知識のダアト。モース大賊団で食客をさせてもらってる、まぁ言ってみれば君の敵だが…他に質問はあるだろうか」


…ッ!?心が読まれた!?いや思考すら先回りして答えられた。この感覚…前にも味わったことがある。


相手の思考を先読みして予め答える会話…そう、ヴィスペルティリオ大図書館で見た…ナヴァグラハの。羅睺十悪星ナヴァグラハの手記を読んでいると同じ感覚…。


「敵…ですか」


「ああ、そうだよエリス。君に逢いたかった…とてもね」


そうダアトは微笑みながら名乗った覚えのないエリスの名を口にしながら、手を差し伸べるのだった。


──────────────────────


「『九尾白閃』ッ!」


「うわわっ!?あぶねぇー!」


「チッ、外したか」


ラグナに頼まれて街人の救助および避難の助けをしようと街を駆け回ったアマルト達だったが、いざ街に駆けつけてみると…既に街人の大多数は一目散に街の外へと逃げ去っていた。


おいおい一応自分達の故郷じゃねえの?と思いもしたが、言ってみればこの街は『いつモース達山賊に襲われてもおかしくない街』であると同時に『いつクルス達真方教会が潰しにきてもおかしくない街』でもあるんだ、そりゃあこんな危険な街に住んでたらいつでも身軽に逃げられる準備くらいしてるかとも納得した。


それでも山賊達に捕まっちまった奴らはいるから其奴ら軽く助けて避難誘導をしていたのだが、そこに現れたのが…この女。


「次は殺してやる故楽しみにするが良い」


「お前、頭おかしいんじゃねぇの…?」


くつくつと笑うのは振袖を着た女、その背には光り輝く九本の狐尾が揺らめき全体的に狐っぽい印象を受けるこいつが突如として攻撃を仕掛けてきたのだ。


しかもこいつ、暴れ回る俺たちを放置して抵抗出来ない民間人を積極的に攻撃して殺しにかかるど畜生と来たもんだ。だからちょいと成敗してやろうと喧嘩をふっかけたんだが…これが強い。


それもそのはず、なんせこいつもまた隊長なのだから。


三番隊隊長『山狐』のオセ、そう名乗ったこの女の攻撃は一つ一つがまぁ強力。エリスと同じ大規模破壊型魔術を行使するこいつを相手に剣一本持っただけの俺は成すすべもないって感じだ。


(出来るなら『切り札』を使いたいが、今どこに誰がいてどれだけの民間人が残ってるか分からない状況で使うのは怖えよ…)


本当なら、懐に仕込んだレッドランペイジの毒針を使って変身してやりたいんだが、あれに変身すると場所を食う。ただ変身するだけで周囲のものをなぎ倒してぶっ潰してしまう。被害が出るんだよ、俺の意思に関係なく。


強いには強いが使いづれえ…!


「何を考えておるのかえ?わえを前に余所事を考えるとは随分余裕も余裕!殺してほしいと見える!」


「ンなわけねぇだろ!」


「喧しい!わえが殺したいんだから殺されろ!!『血煙狂い咲き』!」


バッ!と手元に持った扇子を開けばオセの背中に携えられた九本の尾の先が花のように開き、そこから純白の水蒸気が噴射され俺目掛け飛んでくる。


あれはやばい、あれを食らったらどんな人間でも蒸し焼きだ。そいつを際限なくぶっ放し続けるオセの攻勢は凄まじい、近寄る隙も見つけられない…だから。


「『ビーストブレンド』!」


「にゃぬ!?」


ベルトのバックルを叩いて魔獣の血をと出すとともにノータイムで変身呪術を使い変身するのは魔獣形態。高い耐熱性を持つこの皮膚ならあんな水蒸気食らったって全然平気…いや熱っ!?あっついわ普通に!どんだけ高温なんだよコンチクショー!!!


「うらぁぁあああ!」


「何だ何だ!?急に変身したかと思ったら妾の水蒸気を突っ切って来おった!?」


「熱くなーい!全然熱くねー!熱くないったらなーい!!」


九本の尾の集中砲火を受けながらも真っ向からオセに向けて走る走る、熱くないと唱えてないと泣いちゃいそうなくらい熱いが…関係ない、あの女ぶっ飛ばせば全部終わるんだ!


拳に血を集め硬質化させ、狙うは狐女のニヤケ面!一気に行く!このまま!


「『ル・プルミエ・クロワッソン』ッ!」


捻りを加えた硬質化した黒血の拳による一撃。それは水蒸気の波を打ち砕き真っ向から粉砕しそのままオセの顔面に食い込み……。


「うぎゃぁぁぁ!?!?やられたー!!」


食い込み…。


「は!?」


グニャリとオセの体が煙となって消える。…まさかこれ…偽物!?幻惑魔術か!?いやでも…え?なんだ!?なんだこの魔術!


「どうした?狐に化かされたのかえ?」


「ッッ!?」


拳を振り抜いた姿勢で硬直する俺の背後でオセが笑う。ニヤニヤと笑い、両手を地面に当てると…。


「さぁ死に去らせ!『地獄谷怨煎』ッ!!」


バキバキと地面がへし割れ、中から噴出するのは…温泉だ。それはまるで巨大な間欠泉のように瞬く間に地面を引き裂き俺の体をまるごと包み…。


轟音と共に夜空に突き刺さる一本の柱として屹立した。その爆音の最中でアマルトの苦悶の声は…かき消されるのだった。


……………………………………………………


「ッなんだ!?」


「おおっと!余所見してる場合かよ!セレブさんよぉっ!」


「ぐっ!?」


突如天に舞い上がった間欠泉に気を取られた瞬間、メルクに向けて無数の爆弾が降り注ぎ辺り一面…街ごと地面を吹き飛ばす。


咄嗟のところで錬金術を用いて壁を作りシェルターとしたことで難は凌げたが…、参ったな。


「やはり貴様もいたか…シャックス…!」


「嬉しいねぇ、世界一のセレブさんに顔を覚えて貰ってるとはよぉ!」


ボヨンボヨンと左右に揺れて喜びを露わにするアフロ頭。ファンキーな服装を着込んだナイスガイを前に私は警戒を強める。


モース大賊団と戦う事を覚悟した時点で、この男と再び相見える事になるのは分かっていた。私が唯一面識のあるモース大賊団のメンバーにして…五番隊の隊長。


名をシャックス、『山凰』シャックス。三年前のオライオンでの冒険の最中出会った曰く空き巣を専門とする無人のシャックスだ。あの時は村人を人質に取られていたから手出し出来なかった…だが今は違う。


「三年経ってますます美人になったなぁ、しかしまさかここで再会するとは思わなかったぜ?」


「フッ、何を言うか。貴様こそ…お前は空き巣専門だろ?襲えば強盗になるんじゃなかったのか?これの襲撃はいいのか?」


「確かに俺のモットーは空き巣だ、襲って盗めば強盗にだからやりたくないけどさぁ。こりゃ略奪じゃねぇしな、俺は何にも盗んでないから…これは強盗じゃなくて強襲さ」


「屁理屈を」


「元から俺個人のモットーだしこう言う言い訳が必要なのよ、だからほれ!死んどくれや!」


その瞬間シャックスは懐から一つ…綺麗な宝玉を取り出しこちらに投げつけてくる。


以前奴と出会った時に奴の手の内は見ている、故にあの宝玉の正体は知っている…奴が使う魔術、それは。


「『収納解除』!」


その合言葉と同時に宝玉が光り輝き、内部から数十個もの手投げ爆弾が溢れ出し私の視界を覆い尽くし─────。


「ぐっっ!」


爆風に押し飛ばされ背後の岩壁に叩きつけられ膝をつく。そう…あれがシャックスの武器。凡ゆる物を宝玉に変え手元に収納する魔術が奴の武器なんだ。宝玉に変えられる物は人であれ物であれ、量も大きさも問わない。


何より厄介なのはどんなものでも宝玉になると言う事。つまり宝玉の状態では中から何が出てくるか分からないということ。直撃の寸前まで攻撃の正体がわからないのだ。


中身が分かるのはシャックスだけ…、トリッキー極まるこの戦い方が…なんとも厄介なのだ。


「へっへっへっ、言ったろ?俺強いんだぜ?あん時戦ってなくてよかったな?」


「ふんっ…」


悔しいが事実だ、シャックスは強い。あの日出会った際私が攻撃を強行していたら…確実に敗北していたと思えるくらいには強い。


だが……。


(こいつを民間人に近づけさせるわけにはいかない、人を容易く攫う事ができる魔術をこいつが使える以上…こいつはフリーには出来ない)


チラリと横手に目を向ければそこにはメグとナリアが民間人を時界門の中に誘導しているのが見える。皆山賊達に囚われそうになっていた者達と言うだけあって身重の女だったり老人だったりと移動に手間取る者達ばかりだ。


今しばらくシャックスをここに留めておかねば…。


「横っちょ見てるな、もしかして民間人の心配をしてる感じかい?」


「……ああ、お前をあれに近づけさせるわけにはいかない」


「ブッははははは!じゃあ安心しろよ、俺は空き巣専門だから誘拐はやらねぇ。まぁ部下達はその限りじゃないが少なくとも俺は誘拐とかはしないぜ?」


「…なら何故私に攻撃を仕掛けてくる。民間人に用がないなら貴様はここに何をするつもりで来ている」


「そりゃお前、ウチのお頭がこの街にいるアルトルートに用があるって言うからよぉ。俺が行けばそりゃ簡単に連れてこれるが…お頭は優しいんでね、俺の信条を尊重してこうやって部下を総動員させてアルトルートの身柄確保に乗り出してくれたんだ。その心意気ってもんに応じなきゃ子分は名乗れねぇじゃろがい」


アルトルートに用が…先程アガレスが言っていたがやはりこいつらアルトルート1人を攫う為にここまで大掛かりにこの街に襲撃を?


だが妙じゃないか?確かにこの街にはアルザス三兄弟と言う守護者がいたが…。


「貴様らが纏めて攻めてきたのは…、私達を意識してのことか?」


「…まぁな、アルザス三兄弟よりも魔女の弟子の方が脅威だし、一人二人刺客を送ったところで返り討ちに合うのは明白だって言ってたし…」


「言ってた?何故貴様達は私達がこの街にいることを知っていた、この街に我々が来ることを知っている人間は誰もいなかったはずだ!」


ケイト殿がこの街に来ることは確定だった、だがそこに私達が付いてくる事を知っていた人間はいなかったはずだ。ならばこの街に魔女の弟子がいるかもしれないと言う発想そのものさえ出てこないはずだ。


エリスが捕まえたと言う山蛇コンダも外には出していない、ラグナが倒した二人の山賊も我々の正体を知っていたとしてもこの街に来ることは知らないはずだ。


一体何処から…、山賊達の動きがあまりにも効率的過ぎるのも不可解だ。まさか…誰かの入れ知恵か?


「…別に言ってもいいか、アイツ仲間じゃないし」


「なんだ…?」


「いや何、ウチに今居るんだよ。メチャクチャ賢い奴がな…そいつが言った通りに俺達は動いただけ。この街に来るまでマジで魔女の弟子がいるとは思ってもなかったし…正直アイツの言う通りに事が進み過ぎて怖いくらいさ」


「賢い奴?軍師か…!?」


「軍師?そんな生易しいもんじゃない、アイツは…知識の権化さ」


アフロを揺らしながらシャックスは忌々しげにテルステルモ寺院を見遣る。その表情に見えるのは敵意、複雑な敵意。


「知識の権化だと…?」


「ああ、俺としちゃあんな奴の力は借りるべきじゃないと思うんだが…それでもお頭がやるって言っちまった以上なぁ…」


「そうまでしてアルトルートを攫う意味はなんだ、お前達の目的はなんだ…!」


乗り気じゃないなら何故ここまで大掛かりに攻めてくる、そもそもなんでこの街なんだ。この街をどうしたいんだ、アルトルートをどうしたいんだ。そう問いかければシャックスは悪戯に笑い。


「んー、そりゃ詳しいことは言えないけど…まぁ行き着く先は…」


グッ!と親指を地面に向けるシャックスの目は、まさしく狂気の悪党そのもの。悪意と敵意をミックスした見ているだけで吐き気を催す視線をこちらに向けた彼はこう宣う。


「地の街ガイア、及びそこに住む人間全ての消滅さ。巻き込まれたくなきゃ…逃げた方がいいぜ」


「な……!?」


想像を絶する目的、略奪どころの騒ぎではない野望、こいつら…この街そのものを消すつもりだと?一体どうやって…いやもうそう言う話じゃない。


こいつら…捨て置けないぞ。


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