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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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442.魔女の弟子と大地の恵み


「というのがテシュタル教聖典に伝わる創世神話な訳だが、みんなはテシュタル様が何か分かるよな?」


「はーい!」


「分かりまーす!」


「はいはーい!」


エリス達がテルモテルス寺院の子供達の面倒を見るようになってから、早くも数日の時が経ちました。エリス達は子供達の生活をより恵まれたものにする為尽力しネレイドさんはアルトルートさんの儀式の準備を手伝う。


そんな生活が続くうちにエリス達はこの寺院の子供達に受け入れてもらったようで、毎日楽しく子供達と共に暮らしています。


今日はアマルトさん主導の…いや今日もアマルトさん主導の授業が繰り広げられている。


「てしゅたる様は僕達を見守ってくれているお方です!」


「お空の上から星と一緒に見守ってくれてます」


「よーし!よく分かってるなぁ?」


アマルトさんが教室の真ん中で子供達に聖典の内容を読み聞かせている。しかしなんというか…やはり彼は凄いなと毎日感じさせられる。


エリスも子供は大好きですがそれは気持ちだけ、アマルトさんの場合はそこに技術と経験が乗る。三年間小学園の経営と子供達の教育に時間を割いてきた彼は門外漢であるはずの宗教関連の授業も難なくこなし、ましてや子供達の自主性を育んでいる。


ここにエリス達の出番はなく、他のメンバーはみんな横からアマルトさんの授業風景を眺めることしかできない。


「じゃあテシュタル様が何をしたか、分かる人はいるか?」


「えっと…ええっと…」


「この世界を作った…んだっけ?」


「よし、ならこっちも勉強していくか」


そう言いながらアマルトさんは聖典を開いてメグさんが用意した黒板にチョークで色々と書き上げていく。


オライオンテシュタルとテシュタル真方教会ではそれぞれ教えに差はあるもののその中枢に位置する存在である『星神王テシュタル』はどちらも共通のものらしく、その創世神話も同一のものであるらしい。流石に真方教会もここら辺はいじらなかったようだ。


曰く、星神王テシュタルはこの世界という名の星を作り上げた存在で人々を創り世界を拓いた偉大な存在なんだとか。


「その手を振るえば空を引き裂き、岩を砕いて山を創り、怪力で空の海から水を引っ張り海洋を作ったと言われており…」


そして存外にパワー系。不思議な術で星を作ったわけではなく、休みの日にお父さんが犬小屋を作るような感じで材料を繋ぎ合わせて成形して星を作ったのだとか。だからこそオライオンテシュタルはスポーツを通じて健全な肉体を手に入れ、力を持ってして星を作ったテシュタルに近づこうとしているのかもしれない。


だからテシュタル像はどれを見ても筋肉ムキムキ。やはりこの世は力こそストロングなのだ。


「先生ー!質問でーす!」


「はいタルシオ君!何かな?」


「神様は僕達を創って見守ってくれてるんですよね、なら…なんで試練を与えるんですか?」


「ううん、いい質問だ。ネレイドに聞かせてやりてえよ」


暗にそんなこと俺に聞くなと言いたげだが、彼は今先生なのだ。手を挙げた幼気な少年の純朴な質問をに応えられずして何が教師か。そしてこちらを見るな、エリスも知らないんだから。


「そうだな、試練か…。確かに世の中大変なことに満ちてるし、何気なしに生きててもとんでもない事に巻き込まれるよな。ダチ助けに行ったら帝国と喧嘩することになったり、ダチに会いに行ったらいきなり異国に飛ばされて孤児院で教師させられたり…ほんと大変なことばっか…」


「先生?」


「でも、それは試されてるんだ」


「試されてる?…」


「そう、その試練を前にして諦められるような物なら最初から必要なかった。神はお前達に本当に必要なものだけを与えようとしている。だから試練に満ちているのさ、大変な事柄の向こうにはきっと…お前達にとってかけがえのないものがある。だからかな」


「よく分かりません!」


「だよなぁ、パッとした思いつきで浅いこと言ってもダメか。ま!試練だなんだと考えるから物事ややこしくなるのよ。取り敢えず今出来ることだけ取り組んできゃ人生なんとかなるってことで。そろそろ時間だから次の授業に移行するぞ〜」


「はーい」


「次はデティの奴だ、こいつが終わったら今日の勉強は終わりだから気ィ入れろよ」


テルモテルス寺院は子供達が将来的に働きに出た時困らないようにする為に勉強の時間を多く持っている。それは学ぶ内容がどうこうよりも日常的に学ぶ習慣を作るためでもある。だから本来は分からないだろう五歳や六歳の子供にも同じ内容の勉強をつけさせているようだ。


その甲斐あってか子供達は非常に勉学について意欲的だ。アマルトさんが次の勉強の用意をしろと言えばみんなお利口に次の魔術の勉強の用意をする。よく出来た子達だ。


「ふぃ〜、んじゃデティ?パース」


「はーい、十分くらい休憩時間を持たせてからでいいんだよね?」


「おう、脳みそは胃袋と同じで入れたものを消化するのに時間がかかる。それくらいの時間でいいだろ」


弟子達はこうしてそれぞれの授業を受け持つ事で負担の分散をしている。


アマルトさんが宗教及び言語学の授業、ラグナが運動、メルクさんが数学、デティが魔術、ナリアさんは絵本の読み聞かせ、メグさんは…よく分からない授業をしてる、紅茶の淹れ方とか美しい礼の仕方とか。メグさん曰く一人で生きていくのに必要な技術らしいが…。


ちなみにエリスは担当科目は無い。エリスが勇んで『では旅に必要な技術を教えます!』と言ったら『それは別に教えなくていいかな』とアマルトさんに言われた。エリスも子供達にかっこいいところ見せたかったのに。


「それじゃあちょっと授業してくるね」


「はい、いってらっしゃい」


そう言ってエリスは部屋の隅っこの椅子に座りながらデティを送り出す。どうやら今日の授業は屋外でやるらしく子供達を引き連れゾロゾロと外へ向かっていく。一応追いかけるか…とエリスが立ち上がると。


「そう言えばラグナのやつどこ行ったんだ?」


ふと、アマルトさんが昼食を作るためエプロンを装着しながら口にする。この場にいるのはエリスとメルクさんとナリアさんとメグさん…。つまりラグナが居ないのだ。


「ラグナは今バルネア君の様子を見に言ってくれています」


「なんだと?バルネアの姿が見られないと思ったら…、また外に?この間あんな目にあったばかりなのに?」


「あんな目にあった次の日から普通にツルハシを振るいに行ってますよ」


信じられんとメルクさんは絶句する。バルネア君はこの間山賊に襲われたにも関わらず平然と荒野に温泉を掘りに行っている。一応エリスとラグナで交代しながら様子を見に行っているから大丈夫ではあるし、街の周辺はアルザス三兄弟が固めてる。もうあんなことは起きないだろう。


「ふーん、ってかラグナのやつバルネアを見に行ってるって…山賊のアジトに攻め込むって話はどうなったん?」


「一応ラグナ曰く明日あたりにでも攻め込もうという話が出ています」


山賊のアジトがある場所はここから数日の巨体渓谷の付近だということは分かっている、だからそのルートを考えどう攻めるかの作戦を考え中だ。やや忙しさを理由に遅れてしまっているのが現状だ。


「明日ね、ほいほい。まぁ俺は行くか分からんけどな。ガキどもの面倒を見る奴も必要だし」


「モース大賊団…強いのでございましょうか」


「知らねー、けど陸の王者なんて呼ばれてるんだろ?雑魚じゃねえと思うが…まぁいいや、ちょっくら飯作ってくるから子供達の事頼んだぜ」


「あ、じゃあエリスが見てきます!」


なんて言葉を置き去りにしながらエリスは子供達の様子を見るために走って寺院の外に出る。するとそこには教鞭を持ったデティが子供達を相手に授業をしていた。


「魔力とは人を動かす魂から出た余剰エネルギーであり、強い魔力を持つ者はその分強力な魂を持つことを意味する。ここまでで分からない人いるー?いないよねー?」


「むむむ…」


子供達はやや難しそうな顔をしたりつまらなさそうな顔をしているな。デティの話はやや難しいらしい。まぁ彼女はあれで魔力学界の権威でありその道の頂点に立つ者だ、話がやや専門的になってしまうのは無理からぬことかもしれない。


にしても、魔術導皇から直々に教えを賜るって…考えてみれば凄い話だな。


「えっと、魂から魔力が出てるってことは…魔力は魂ってこと?」


「分類上は違うけど定義上は同一の物だよ」


「??、えっと…じゃあ魔力も生きてるの?」


「生存の定義によるけどそういう風に捉える人もいるかな」


「???」


それにしてもデティ、容赦なく教えすぎですよ…。もうちょっと噛み砕いて教えてあげないと…。


すると、一人の男の子が勇んで立ち上がり。


「先生!俺!世界一の魔術師になるのが夢なんです!」


「へぇ、面白いね。相談に乗るよ」


「魔術師って!魔力をたくさん持ってたらいいんですよね!それで魔力が魂なら…魂をいっぱい作ってそれを持ってれば魔力もその分増えるんですか!?」


「…………ほう、面白い質問だなあ」


デティがふむふむと腕を組む。魔力とは魂から滲み出る物だと師匠も言っていた。つまりたくさん魂を持っていればその分出てくる魔力も倍々に増えていくことになる…か。発想自体は確かに面白い。


だが、それで強くなれるかと言えば…エリスはそうは思わないな。


「出来る出来ないはこの際言わないでおくとして、確かにその手法を取れば魔力は増えるよ。魔力の生産ラインが増えるからね、理論上は増加が見込めると思う」


「おお!じゃあ魂は作れるんですか?」


「作れるよ、一番簡単なのはまぁセックスだけど。技術的に作り出すことも可能とはされているかな。難しいけど魔力を掻き集めてそこに意味と意義を持たせ媒体となる肉体を用意すれば人造人間が出来る、その方法を流用すれば人の中に新しい魂も作れる」


「じゃあ…!」


「でもやったら犯罪だからね。それにこれは出来る出来ないの話になるけど…肉体はね、魂の状態によって偏移するの。魂が経年により劣化すると肉体もまた老いていくように。魂の状態で人間の体は簡単に変わってしまう。だから一つの肉体に魂が二つあると体の再生機能がおかしくなって心臓が二つ出来たり胃袋が二つ出来たりして…人体の構造に悪影響をもたらしてしまう」


「そ、そうなの…?」


「そう、時たまに魂を二つ持って生まれる『双極性魂魄分離症』という現象はあるよ?他にも魔力のベクトルが常に内側に向いてる『魔力閉塞』や魔力の生産量が生まれつき多い『過剰魔力放出』もある。そういうのを先天性魔力異常と呼ぶ、これはとてもシビアな話で。こういう特異な魂を持つ子はの殆どは生まれた後すぐ魂の負荷に耐えきれず死んでしまう。これをなんとかするのが…今の…いやずっと前から魔力学界が掲げる大目標かな」


「じゃあ、どうすれば強い魔術師になれるの…?」


「そうだなぁ、少なくともたくさん魔力を持ってれば強いってことはないかな」


そう、沢山の魔力を持っていてもその扱いを知らねば強くはなれない。大事なのは一度にどれだけ出せるかの出力だ。例えば1000の魔力を持ってるけど一度に1しか出せない人と100の魔力しか持たないけど一度に10出せる人がいたなら、その攻撃能力の差は十倍の差が出る。


だから人は修練を積み一度に出せる魔力の量を増やしていく必要があるのだ。つまり必要なのは…。


「修行して沢山の魔力を一気に出せるようになるのが一番の近道かな」


「修行かぁ…手っ取り早く強くなりたかったんだけどなぁ」


「世の中そんな甘くないって」


なんて話をしていると、ふと近くに座り込む子供達がデティの話を聞かず手遊びをしたりコソコソと雑談しているのが目に入る。質問していた子向けの内容ではあったが…あまりデティの話に集中出来ていないようだな。


デティの話は子供達にとってはつまらないようだ、エリスとしては中々に面白い話だったんですが…。それでも飽くまでこの場の主体は子供達だ、彼らが楽しめるよう工夫すべきか。


「あの、デティ?」


「ん?どうしたの?エリスちゃん」


「いえ、子供達が退屈しているようですが…」


「知ってる、失礼しちゃうよね」


「もっと分かりやすい授業にしたほうがいいのでは?」


「結構分かりやすく話してるつもりだけど」


ああいや、そうじゃなくて。ってあれで分かりやすいつもりだったの?デティはあんまり教育者には向いてないかも。


「いえ、話の分かりやすさ云々ではなく内容そのものが分かりやすいほうがいいかなと。例えば…魔術の実践授業とか、視覚的に分かりやすいし退屈もしないかなって」


座って話を聞くよりも、実際にやってみて試してみる方が子供達としてはやり易いし楽しいだろう。それにデティがいるならもしものこともないし、座学より体を動かした方がいいのでは?と提案してみるが。


「実践って…子供達に魔術使わせるの?」


「はい、エリス達で教えてあげましょう」


「十歳以上の子供ならまだしも五歳六歳の子供には魔術を教えるのは無理だよ」


「でもエリスは五歳の頃には既に火雷招撃ってましたよ、デティだって当時から沢山魔術撃ってたじゃないですか」


「それは私やエリスちゃんが世間一般的な観点から見たら超天才なだけ」


「あ、…そうですか」


エリス天才だったのか?あんまり実感はない。でも確かに五歳くらいの歳で魔術使ってる子はエリスとデティ以外あんまり見ないな。アルクトゥルス様をして付与魔術の天才たるラグナも魔術を習得したのは九歳かそこらって話だし。


あれ?じゃあひょっとするとエリス…あの時結構やばいことしてたのでは。


「でも魔術を見せて興味を引くってのはナイスアイデアかも、さすがエリスちゃん!」


「えへへ!でしょう?なら早速エリスが渾身の火雷招を…!」


「それはダメ、普通に危ない」


「……はい」


エリスも子供達から尊敬されたいよう…。


「はいはーい!子供達注目〜!魔力の話だ魔術の話だはもうこの際後でいいや、そもそもみんな魔術がどんなものか見たことある?」


『なーい』


「よろしっ、なら私が一丁見せたりますか!」


するとデティはクルリと杖を一回転させ…。


「『オートクリーナー』!」


そう詠唱しながら箒に杖を向け…ん?聞いたことない魔術だな。


そう思って箒を観察していると、なんと誰も持っていないはずの箒が一人でに浮かび上がりクルリと空中で一回転するとともに地面に着地し、勝手に地面の掃除を始めたのだ。


「おおおー!」


「すごーい!」


「ホウキが勝手に動いてるー!」


「ふふん、でしょう?凄いでしょう?」


この魔術…箒が勝手に地面を掃除するって、もしかして。


「もしかしてデティ、これって…」


「お、エリスちゃん流石、覚えてたね。そう、これは私が長い月日をかけて作り上げた…生活魔術だよ」


デティと最初に出会った時…もう何年も前になるが、彼女が話していた事。それは魔術をより人にの生活に根ざしたものにするという大目標。当時は失敗してとんでもない目にあったが…これはまさしくその完成形。


魔術を使えば箒が勝手に掃除してくれる夢の魔術。より人の生活の助けになる魔術、デティの夢の形だ。


「完成してたんですね」


「まぁね、私もコツコツ作ってたんだ。まぁアド・アストラが出来て魔力機構が一般的になったお陰で生活レベルが格段に向上したから、前程必要なものではなくなったけど…それでもこれを一般に流通させれば、きっと人の生活の役に立つとは思ってるよ」


「なるほど…」


デティもデティで夢を叶えるために頑張ってたんだな。…でも。


「にしてもあの箒、ずっと何もないところを掃いてますが」


「…………まだゴミを感知する能力はつけてないからね」


それは掃除ではないのでは…。ま…まぁでも夢に対して進んでいるのは事実だしな。うん。


「凄い!凄い!デティ先生凄い!」


「ふへへへ!でしょでしょ!みんなにはこれを教えてあげようかなぁ〜」


「…………」


なんて喜ぶデティを尻目に、数人の男の子達が立ち上がる。年齢的には六歳から七歳くらいだろうか…、そんな少年達は動く箒を取り囲むと…。


「ていっ!」


「あ!ちょっ!?」


なんと、子供達が一人働く箒に蹴りを入れたのだ。子供のキックとはいえ魔力で辛うじて立っている箒が耐え切れるはずも無く、一撃を貰い呆気なく倒れた箒は数度地面の上でのたうつと…そのまま生き絶えたように動かなくなる。


「なーんだ弱っちいの!」


「魔術って強いやつじゃないの?これ弱いじゃん!」


「掃除する魔術に強いも弱いもあるかー!待ち腐れこンのガキクソー!」


「デティ、怒っちゃダメです」


ギィー!と歯ぎしりをしながら杖で殴打にかかるデティの襟を掴み上げて制止すると、その間にも少年達はくすくすと笑いながらデティから逃げていく。どうやら退屈さが極限に達して悪戯の方向で発散することにしたらしい。遊びたい盛りの悪戯っ子なのだろう、真面目に話を聞かないのは良くないけれど怒鳴り声をあげて応戦するのも良くない。


「お前さっきから難しいことばっかり言って実は大した事ねぇーんじゃねぇーのー?」


「そうだそうだー!箒動かすなんて俺でも出来るぞー!」


「それはそうだ、確かに箒を動かすだけなら誰でも出来るな…魔術でやる必要ないか…、使ってもらうなら別の付加価値をつけるべきか。なかなかいい意見かも」


「もー!男子ー!真面目に先生の話を聞きなよー!」


「うるさいぞ女子共ー!」


何やら騒ぎが始まりつつあるな、女の子と男の子達で対立して喧嘩が始まりそうだ。というか喧嘩がしたいんだろう、体を動かして発散させたいんだろう。流石に箒を動かす魔術だけじゃ退屈みたいですよデティ。


「はぁ、仕方ない。エリスちゃん…一発ど派手なのお願い」


「いいんですか?」


「黙らせてやって」


「分かりました…」


ゴーサインが出た、ならばとエリスが一歩前に出れば悪戯っ子達の視線がエリスに集まる。この子達を楽しませるような…見栄え的にも感覚的にも派手な魔術。何がいいかな…規模だけなら天満自在八雷招が一番だけど、普通に余波で寺院ごと子供達が吹き飛びそうだし。


「な、なんだよ…」


「あのチビに顎で使われてる女が、なんか用かよ」


「………………」


「なんか言えよ!」


うーん、考えれば考えるほどエリスの魔術って危ないのばっかだな。…子供達を一発で感動させられる魔術とか師匠に教えてもらってないしなぁ。


…よし、ここはひとつ。自分の経験に則って…エリスが師匠に見せられて感動したものを使うとしよう。


「皆さんは、強そうな魔術が見たいんですよね」


「そ、そうだよ。お前は使えるのか?」


「まぁ、それなりに…えへへ、じゃあ特別に見せてあげるのでちょっと下がっててくださいね。変に近づきすぎると死ぬので」


「死…!?」


両足を開いて構えを取り、極限集中を開眼し両手を前に突き出し、魔力を集中させ、胸元で腕をクロスさせ魔力を現象へと変換する。十年以上にも及ぶ旅の中でエリスを何度も助けてくれた相棒とも言えるこの魔術…、それを全霊で放つ為のルーティンを踏みながらエリスはクロスさせた腕を頭の上まで持っていき。


「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 」


「ちょっと!?エリスちゃん!?その詠唱って…」


バチバチと魔力が電流に変わり、腕が燃え上がる。それと同時に周囲の温度が急激に上がり現象としてそれは完成し始める。そうだ、この魔術は…エリスが師匠に正式に見せてもらった古式魔術!


「『火雷招』ッッッ!!!」


轟ッ!と音を立ててと手元で燃え上がる炎雷を必死に押さえ込み…子供達に見せつけるように前に出す。確か師匠もこんな感じでエリスに魔術を見せてくれたんだ、懐かしいなぁ…。


に、にしても…難しいなこれ。手元に火雷招を留めておくってこんなに難しいんだ、師匠は良く片手でこれを御していたな…。


ともあれこれで子供達にかっこいいところを…。


「ジャジャーン!どうですか?強そうですか?」


「…………」


「あ、あれ?」


「なにそれ…」


しかし、帰ってきたのは、ドン引きの声。なにそれと顔を青くしながらエリスを怖いものでも見るかのようにギョッとした顔で子供達は見ていた。




意外な反応に思わず驚く、え?そうなるの?と。


「い、いや!カッコよくないですか!?火雷招ですよ!火雷招!」


「手から雷が出てる」


「ってか腕燃えてる、熱くないの?」


「いやこういうもんですし…、というか貴方達魔術見るの初めてなんですか?」


「ひ、ヒンメルフェルト様が使ってたやつはもっと優しかったよ!」


そう言われても困る、エリスはこういうことしかできないし。


「おほん!まぁエリスちゃんが異常ではあるものの魔術とは大体こういうモンだよ。魔力とはそもそもそれ単体が高度なエネルギーなの、それを最大効率で現象に変換すれば通常のエネルギー保存の法則からかけ離れた超スーパーエネルギーを生み出す事が出来るの。つまーり!魔術は危ない物なのです!」


「魔術ってこんなに危ないんだ…」


「そう!だからこそ魔術とは勉強もせず安易に使ってはいけないのです!でもきちんと勉強をすればさっきの箒を動かす魔術のように人の役にも立てられます!なので皆さん!真面目に勉強しましょー!」


「おお…!」


デティが上手くまとめてくれた。彼女の言う通りだ、師匠もエリスに魔術を教える時はその使い方や道徳も一緒に教えてくれたもんね。魔術は安易に破壊に使ってはいけません、気にくわない悪人をぶっ飛ばすためだけに使いましょうって。


「流石デティです、蘊蓄のあるお言葉です」


「でしょ?ってかエリスちゃん、それ危ないからそろそろ消して」


「はい、消したいのは山々なんですがちょっと気合い入れて作りすぎたので掻消せません、なのでどっかにぶっ放しますね」


「は?」


「大丈夫、誰にもぶつけませんから…ねッッ!!」


と振り向きながらエリスは思い切り振りかぶり…何もない大空に向けて、ボール状に纏めた火雷招を全力で投げ飛ばす。


すると轟くのは雷鳴、ギャリギャリと空気を削るような爆音を上げて天へと雷が立ち上り。雲の上で巨大な爆裂を発生させ…虚空へと消える。


うーん、しかしまだまだだなぁエリスも。師匠の火雷招は天に打ち上げても地上まで衝撃が轟いたのに。…いつになったらあの背中に手が届くのか、果てしないなぁ。


「さ!授業を続けま…しょ…う?」


「………………」


「………………」


「………………」


見れば、周りのみんながひっくり返っていた。子供達もデティも…あれ?おかしいな、余波は届いてないはずなのに。


そんな中デティが徐に立ち上がり…。


「エリスちゃん、エリスちゃんが私の親友じゃなきゃなんらかの罪に問うてるレベルだよ」


「えぇ!?」


「取り敢えず、貴方は危ないので寺院の掃除でもしててください」


「がーん!」


本気で怒られた…うう。失敗してしまいました…。やはり魔術とか自分の力は見せびらかすものではないな。


とほほ、調子に乗りすぎてしまいました。ここは大人しく寺院の掃除でもしてましょう。




「あのお姉さん、もしかしてマジで強いのかな」


「そう言えば昔一人でアルザスさん達を倒したとか、そんな話聞いたよ」


「え?アルザスさん達って山賊にも負けないくらい超強い人たちだよね…」


「……何者…?」


ゾッとした顔のまま、寺院へ戻っていくエリスの背を視線で追いかける子供達の言葉すら耳に届かないくらい、エリスは深く落ち込みながら寺院に戻る。


「うう、…落ち込みましたよエリスは、こうなったら…今日こそアレを実行するしかないですね」


……………………………………………………………………


「…………」


「フッ…フッ…フッ!」


「飽きもしないでよく毎日やるもんだな」


街の外の荒野に座り込み、目の前でツルハシを振るうバルネアを眺める。曰く温泉を掘り当てぶち撒ける事でクルスの狙いを台無しにしたいとかなんとか。よくやるよ本当に。


「よう、進んでるかよ」


「フッ…フッ…フッ!」


無視か、とラグナはバルネアを眺め続ける作業に戻る。


バルネアの志は認める。彼はこの街を守りたい一心なのは認める。だが…出来ないことに時間を割くのはどうなのか。エリスは『出来ないなんて決めつけちゃいけません!』と言うが…俺は普通に出来ないと思う。


バルネアのツルハシが地面を砕いていない、恐らく毎日ツルハシを振るう作業を繰り返しているせいで肉体的に疲労しているんだ。しっかりした作業をしたいなら休息は取るべきだし、もっと考えて色々やるべきだ。


だがバルネアはそれをしない、ただ何かしないといけないと言う闇雲な衝動に身を任せているだけ。あまり褒められたやり方じゃ無いな。


「なぁ、もうやめにしないか?バルネア」


「…いやだ、どっか行けよ」


「ってもなぁ、お前がここで温泉掘り当てたってクルスはきっとこの街を狙い続けるぞ?ならもっと別のやり方を考えたほうがいいと思うが」


「クルスって誰だよ」


「へ?お前クルスの邪魔したいんだろ?」


「そんな奴知らない、俺は…ナールに……」


「ナール?」


誰だそれ、クルスじゃ無いのか?ナールなんて奴テルモテルス寺院に居たか?んん?わからんなぁ…。


まぁ、何にしてもこのままじゃバルネアは作業をやめそうに無いな…仕方ない。


「しょうがねぇ、…バルネア。ツルハシ貸してみろ」


「はぁ!?なんで!」


「手本を見せる」


そう言うなりバルネアからツルハシを奪い取り、構える。この手の炭鉱作業はやったことがないから知識はないが…結局地面に穴開ければいいんだろ?なら…。


「ふぅーっ…」


ツルハシを剣のように構え…大上段に振り上げ、魔力を練り上げ力を込め、狙うは真下…大地のど真ん中!


「ここッッ!!」


「───────ッッ!?!?」


振るわれたツルハシは一瞬で大地に食い込み、そこから更に踏み込み体重を込め衝撃波を生み出す。要領としては骨法の型、一撃に更に相手に通す衝撃を撃ち放つようにツルハシの先から大地を引き裂く力を加える。


するとどうだろうか、まるで大地は絹のように引き裂かれ…目前に巨大な地割れが一本…大地に刻まれる。


「っと、こんなもんよ。ここまでやってもまだ温泉は湧いてこない辺り、お前のやり方で温泉を掘り当てられるとは思わないが?」


「ッッ!すっげぇ…俺のツルハシで…こんな」


「要はやり方だよ、バルネア。志は結構だが思うだけで実現するほど世の中は甘くない、それ程までの志があるなら…回り道だって出来るだろ」


バルネアにツルハシを返す、分かるだろうバルネア。お前に俺と同じことができるかといえば出来ない、それは悪い事ではなく…単純に今手元にある力の有る無しでしかない。


「回り道って…俺は、この街を守りたいから…」


「守りたいなら、他にもやり方はある」


「…どんな?」


これが力を示したからか、バルネアは俺の話を聞く気になったらしく意見を述べてくる。やり方…色々あるな、例えば金貯めてもっといい器具を買うとか、鍛えてもっと屈強になるとか、でも一番手っ取り早いのは。


「テルモテルス寺院の子供たちを守ってやることだ」


「……そんな事?」


「そんな事って、大層なことじゃないか。お前はここで一番の年長なんだろ?そんなお前が毎日外に出て…その間アルトルートは一人で子供達の世話をしてる。このままじゃアルトルートは倒れるぞ?そうなったら守る以前の話じゃないのか?」


「…………それは」


「強くなるには、ただ腕立てをすりゃいいってもんじゃない。守りたい物を…しっかり認識しないと人は強くなれない。ただ闇雲に取り組む前に…お前はもう一度、何を守りたかったか、それを確認してこい」


「………………」


「分かったか?」


「……うん」


「よし、じゃあ帰ろうぜ?そんで子供達の面倒を見てやるんだ。それだけで…救われるのさ」


さぁ行こうか?とバルネアの背中をトンと押してガイアの街に戻ろうとすると…。


「ラグナ様」


「ん?ああ、ラックか」


ふと、荒野の向こうから帰ってきたラックが神妙な面持ちでこちらに手招きしている。何か話があるらしい。俺は先にバルネアに帰っているように命じた後、ラック達の元へ走り。


「どうした?」


「はい、実は先程ガイアの街の周辺をパトロールしていたのですが…」


「なにか居たか?」


「いえ、それが何も…一切山賊を見かけませんでした」


ふむ、いい事じゃないか。街を取り囲むように嫌がらせをしていた山賊達が消えたなら、これ以上ないくらい平和な事……。


なわけねぇよな、今までずっと街に嫌がらせを続けてた山賊達が纏めて消えただと?妙過ぎる。


「何処に消えたんだ…いや、違うな。なんで消えたか…か」


「はい、今までこんな事は一度もありませんでした」


「……街への嫌がらせは一度もなくなったことがない、なら今まで一度も起こったことの事件が起こる可能性が高いな」


「何が起こるのでしょうか」


「………………」


山賊が引き上げたのか、或いは引き上げさせられたのか…とすると何者かが山賊達に撤退するよう命じたと言うことになる。つまり指揮系統がなんらかの干渉をしてきたと言うことになる。


つまり……。


「…ちょっとまずいかもな、下手したら…」


そう俺が口を開こうとした瞬間。


『ラグナ〜!ラグナ〜!何処ですか〜?』


「ん、エリスか?」


ふと、街の方からエリスが走ってくる。どうしたんだろうか、彼女がこっちに来るなんて珍し…いわけじゃないな、彼女は基本どこにでもいるから。


俺がこっちだとエリスに伝えるように手を振ると、エリスはパッと顔を明るくしてこちらには走ってくる、かわいい。


「ラグナ!」


「ん?どうした?」


「実はみんなと話して、今日みんなで温泉に入らないかってことになって」


「温泉かぁ…」


正直茹だるような暑さからガイアの街にきて一度として温泉には入ってないかった、だが同時に汗まみれでべたべたして気色悪かったし…入ってもいいかなぁなんて気持ちも湧いてくるわけだ。


みんなと話してってことはみんなも入るんだよな、なら。


「分かった、入ろうか」


「やった!じゃあ今晩!アルトルートさんに紹介してもらったとびきりの温泉に入りましょう!ね!」


「ああ、分かったよ」


凄いはしゃいでいるな。ピョンピョン跳ねて、余程温泉に入れるのが楽しみらしい。彼女はこう言う無邪気な面もあるから可愛いんだよなぁ。


「……兄貴、あのエリスが女の子みたいな顔してるぜ」


「ああ、驚きだ。あのエリスに乙女の顔をさせるとは…流石はラグナ様」


「すごいね、と言うかエリスにもそう言う面があったんだね」


「なんですか?アルザス三兄弟、今失礼なこと言ってません?」


「い、いや…それよりラグナ様、我々も温泉に同伴しても良いですか?」


すると、ラック達も温泉に入りたいと言ってくる。別に俺の許可なんか取らなくてもいいと思うが…。


「いいけど、お前ら温泉好きなのか?」


「実は以前エトワールで仕事してる時、蒸し風呂という物を堪能しまして。それ以来温泉や蒸し風呂のような物が我々のマイブームになりましてね」


「あ!それエリスも知ってます、エトワールの蒸し風呂気持ちいいですよね」


「おお、エリス。君も話が分かるじゃないか」


「今度ナリアさんに頼んで作ってもらいますか?」


「いやアレはエトワールの雪があってこそだろう」


「それもそうですね」


む、俺の知らない話してる。俺混ざれない。…しかしヤゴロウの件と言い今回と言い、エリスは本当に顔が広いな。一体どれほどの交友関係があるのか…しっかり把握してる奴はいないんじゃないかってくらいエリスは文字通り世界中に知り合いがいる。


なんか、そのうちヤバい奴とも知り合いとか言い出しそうで怖いな…。なぁんて思いながら俺達はガイアの街に戻るのだった。今晩はみんなで楽しい温泉だ。


………………………………………………………………


それから午後もエリス達はまた子供達のお世話に奔走する事となりました。と言っても午後は起きた子供達にナリアさんが紙芝居を読み聞かせたりラグナ達が作り上げた遊具で遊ばせたり。


夕ご飯はエリスとアマルトさんとメグさんの三人で作った手料理を子供達や何故かその場にいたアルトルートさんに振る舞い。そのまま就寝という流れになった。


アルトルートさん曰く『いつもは私一人で子供達を見ているのでもっと時間がかかっていましたが、皆さんがいてくれたお陰で早く終わりました』と言っていた。


子供達は日が沈み始めた頃に就寝となり、そこからはエリス達の時間だ。儀式の手伝いを終えたケイトさんとネレイドさん。街の警護を終えたアルザス三兄弟と共に街で一番の宿を貸してもらいそこで夕ご飯を食べ宿泊する運びとなる。


この宿の主人はかなり速い段階からこの街を脱出していた為今は無人となった大宿。その為好きに使っていいとのことだったのだが…。


……そして、紹介していただいたこの宿に『ある』というのだ、例のものが。


例のもの…それは何かって?決まっている。


それは……。




「温泉だーっ!ヒャッホーウ!」


バシャーンと音を立てて湯船の中に飛び込むデティによって水柱がドカンと上がる。


そう、温泉だ。それも溢れる温泉を贅沢に使った超巨大温泉、しかも露天!…といっても四方を壁に囲まれ夜空しか見えない限定的な露天だが…素晴らしい。


「ほう、これが温泉か。最初は暑くてとても入れたものではないと思っていたが…良いものだな」


「ふふふふ、みんなと入れてエリス幸せですぅ〜」


メルクさんと一緒にタオルを頭の上に乗せて湯船に浸かれば…染みる。ラックさんの言った『効く』という言葉がよく分かる、骨身に染みて体の芯まであったまる〜。


「旅の疲れが一気に癒されるね…」


そう言いながら湯船の中で横になるネレイドさんが気持ちよさそうに目を細める。湯船の中で横になるのはあんまりよろしくないのかもしれないが、彼女の場合ああやってないと肩まで浸かれないのだとか。


「嗚呼、本当に癒される。エリスの言っていた天然のポーションという話は…比喩や例え話ではないようだな。私も…執務でバキバキになった肩がみるみるほぐれていくよ」


「エリスもです、なんか…体がスポンジのように温泉の効果を吸い上げて見るたいですね」


ふぅとメルクさんと一緒に肩を並べて一息つく。一日働き詰めだったがこれなら疲労を残さず次の日も動けそうだ。


しかし…と真横のメルクさんを見る。


「……じー…」


「ん?なんだエリス。そんなじっと見て」


「前、水着を着た姿を見た時から思ってましたけど…メルクさんっておっぱい大きいですよね」


大きいな…おっぱい、というかそもそもメルクさんは体つきがなんともいやらしい。まるで砂時計のように出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。昔ちょっと太ってしまった経験を教訓にダイエットしているらしいが…。それにしても魅惑のボディ過ぎる。


そうエリスが胸を凝視していると、メルクさんは呆れたような視線をこちらに向け。


「お前なぁ、そんなおじさん臭いことを言うな。胸のデカさがなんだというんだ…第一デカさで言えばあれに勝てる気はせん」


クイッと顎先で指すのは…。


「むーーん…」


気持ち良さそうにプカプカ浮かぶネレイドさん。の頭の奥に浮かぶ二つの浮島。デカい、ネレイドさんの体が大きいことを加味してもなおデカい、ネレイドさんの頭と同じくらい大きい。思い切り体を振るってあれを人の頭に叩きつけたら殺せそうだ。


「おや?助平な話ですか?でしたら私を混ぜてくださいませ。陛下より賞賛頂いた絶世のプロポーションを」


バッ!と湯船の外で何やらポージングしているのは…メグさんだ。皇帝陛下のお墨付きということもありやはりその体は美しいの一言に尽きるだろう。肌のきめ細かさに余分なところの無い体つき、完璧な彼女は体型管理も完璧ということか。


でもなんで湯船の外にいるんだ。


「取り敢えずお前は湯に浸かれ」


「はい」


「それにしたってもメルクさんのおっぱいって綺麗ですよね、触っていいですか?」


「まだこの話続けるつもりか!?…ええい、好きにしろ。触って減るものでも無い」


「じゃ遠慮なく」


こういう機会がなければ人の胸なんか触らないからね。と思い強引にメルクさんの胸を鷲掴みにすると…。


ふむ、柔らかい。こういうもんなのか、しかし不思議なもんですよね、ただの脂肪の塊なのに何故男の人はこんな物に惹かれるのか。


「満足したか?」


「もっと生娘みたいな声を期待してたんですが」


「ならご期待に添えそうに無いな。じゃあ次はお前のを触らせろ」


「え?嫌ですけど」


「私だけ乳繰られただけだとバカみたいだろ、別に減るものでも無いんだ、触らせろ」


と、エリスの了承も得ずにメルクさんはエリスの胸をガシガシと掴み、手の上に乗っけてたり、色々と弄ってくる。


こ、この人…やけに慣れてないか?ちょっと怖いんだが…というか、く…くすぐったい。なんか変な声出そうだ。


「…………」


「ど、どうですか?」


「どうもこうも…硬いわ、何が入ってるんだ?筋肉か?どうやったらそんなところに筋肉がつくんだ…、しかしそうか。やけに形が整ってると思ったら…なるほど。乳首つねっていいか?」


「それは最早意味が分かりませんよ!」


「メルク様もエリス様も…お二人とも、こんなところで何してるんですか…?」


それは本当にそうだよ。でもなんかこういうことって互いに裸じゃ無いとできないじゃ無いですか。んでお互いに裸を晒す場面って中々無いと思うんですよね。


裸の付き合いをしたことのある人って弟子の中だとナリアさんだけですし。彼にはおっぱい付いてませんし。


「…何してるの?」


ぷかぁ…とお湯の中から現れる小さな頭がエリス達をジトっと見つめる。デティだ…ちなみに彼女には揉んでもいいかとは聞かない。聞けない。何処からが胸で何処からが腹か分からないから。


「いや別に、ちょっとしたお遊びですよ」


「どんな欲求不満な遊びなの…、それよりさぁ。この温泉…凄いね」


するとデティは手で皿を作り中に溜まったお湯を凝視する…。


「ここのお湯、本当にポーションになってるよ。よく見て、お湯に色がついてる」


と言って見せてくるお湯には確かに色がついている。綺麗な琥珀色とでも言おうか…これをそのまま瓶に詰めてリビングに飾ったらそれだけで美しい調度品として使えそうなくらい綺麗だ。


「本当だ、綺麗ですね」


「色合い的にはそこまで濃くないから効果としては通常のポーションより低いけど、それでも確かにポーションそのものとしての機能はある。湯船にポーション張ってそれに浸かるなんて魔女様でも出来ない贅沢だよ」


「確かに、…ちなみにこのお湯って飲めるんですか?」


「飲めないよ、鉱物資源を使って作ったポーションは基本的に経口摂取は出来ないの、お腹壊すからね。だから口にする場合は薬草をメインに…塗り薬として使う場合は鉱物資源をメインにするの」


「なるほど…あんまり石を素材にしたポーションって聞かないですもんね」


「実費も嵩むからな」


そう思えば、ここのお湯は本当に希少価値の高いものなのだろう。クルスが欲しがる理由も分かるというものだ、こんな希少な物が取れる場所があったら是が非でもモノにしたいだろう。


「ところでこの温泉の効能はなるですか?」


「疲労回復、傷病治癒、金運上昇、美肌効果、魔力活性、恋愛成就、夜間安眠、冷え性改善と健康促進」


「おお、そんなに」


「というか見ただけで分かるのか?デティ」


「いやそこの看板に書いてあった」


「ああ…」


しかしそれだけ効果があるなら旅の疲れを癒すのには最適だな。それにここに滞在してる間はこの温泉に入り放題と来た。


そう思えばちょっとお得な気も…。


「あとおっぱいも大きくなるんだって!」


「もう胸の話はいい…」


胸か…、メルクさんのおっぱいを触って思った。自分の胸があまりに色気がないことに。


ラグナは、どういう胸が好きなんだろう。


………………………………………………………………


『エリスちゃん!私のおっぱい触っていいよ!』


『はい、では遠慮なく…」


『いやそこ鳩尾…』



「アホかアイツら」


ポツリとアマルトが呟く先には壁が一枚ドカンと置かれている。女子風呂と男子風呂を別ける壁だ…が。


うちの女性陣は考えないのか、天井がないってことは向こうの話はこちらに筒抜けだということに。別に女性陣の入浴シーンを思い浮かべて鼻の下伸ばすような性分でもないし、そもそもアイツらの会話そのものに色気もないし別にいいんだが。


「うちの女性陣、女子力低すぎだろ…」


一応公共利用施設に部類される場所で何乳繰り合ってんだアイツら。


「…………」


別に、こういう場面で…それじゃあ覗きでもしますかね、と言う命知らずな提案をするつもりはない。というかバレたら比喩じゃなく殺される、向こうにはエリスとネレイドがいるんだ。あれに襲われたら真面目に死ぬ。


だからそんな恐ろしい真似しないし、そもそも興味もない。だが…。


チラリと湯船に浸かりながら背後を見る。そこには…。



「つまり、やはり貴方はアルクカース王家の…」


「ほぁえ〜!まさかラグナ大王とこんなところで会えるなんて俺ぁ思わなかったなぁ」


「我々国外のアルクカース人にも貴方の勇名は轟いてますよ。ご一緒出来て光栄です」


「いやいや、別に敬わなくてもいいんだって。今は同じ敵を前に戦う同志だろ?対等に行こうぜ、ってかお前ら昼間の時点でラグナ様って言ってただろ」


「いえ、ラグナという名前を呼び捨てにするのは何か気がひけると言うか…」


ラグナだ。アルザス三兄弟と呼ばれるアルクカース出身の冒険者達に囲まれて色々と話をしている。故郷の話や冒険者の話、そして今までの話。色々真面目な話を語り合っている。


ちなみにナリアは温泉に半身だけ浸かって汗を流すという不思議なスタイルで楽しんでいる。


…この際アルザス三兄弟もナリアも関係ない、俺がターゲットにしているのは、ラグナだ。


「よければまた時間が空いたら我々と手合わせしてくれませんか、ラグナ陛下」


「ああいいぜ、聞けばエトワールじゃエリスと戦って苦戦させたんだって?面白い。その腕前ってのを見てみたい」


「ほほう、豪胆な方だ。それでこそ我らが王」


「というかさぁ兄貴、これで俺たちが勝てたら俺達アルクカースの王様になれんのかなぁ!」


「おいリック…流石に不敬じゃ…」


「あはははは!いいじゃないか気に入ったぜ?リックだったか?勝てたらお前に王位を譲ってやるよ。勝てたらな」


「うひひぃ〜!すげぇ威圧。俺楽しみだよ兄貴!」


「全く…」


…アイツ、さっきからずっとアルザス達との会話に集中して態と壁の向こうの事を忘れようとしてるな?


…からかってやろう。


「おーい、ラグナ〜」


「ん?どうした?アマルト」


スイスイと泳ぎラグナに近づきながら。気軽に手を挙げて…。


「今から向こう覗きに行かね?」


そう言ってやるのだ、そうすりゃラグナはブフッ!と何かを噴き出し立ち上がり。


「向こう…向こう!?なっ!?何言ってんだお前は!」


みるみるうちに顔真っ赤にしてやんの、こいつエリスのことになるとすーぐ真っ赤になるから揶揄い甲斐があるんだよなぁ。


軽く冗談を言っただけでこの有様なんだ、ウブだよねぇ。


「バカ!アマルト!そういうのはだな!公序良俗がなぁ!」


「なはははは!冗談じょうだ…」



「ふむ、覗きですか。では我等が手伝いましょうぞ、ラグナ大王」


「……は?」


冗談です、はいこれで終わりです。そんな風に終わるはずだったこの話が…一人の男によって押し広げられる。


ラック・アルザスだ。俺の冗談を真に受けてじゃあ今から覗こうぜって立ち上がったのだ。


…マジかこいつ。


「あ、いや…今のは」


「英雄は色を好む者、女の裸に欲情せずして何が男か、何がアルクカースの男児か。ラグナ様ならきっとやってくれると信じていましたよ」


「いや、だから…」


「リック、ロック、アルザスフォーメーションゼータだ。あの壁を登れるよう我等が足場になるのだ」


「あいよ兄貴」


「はい兄ちゃん」


みるみるうちに壁を前に四つん這いになりその上にリックが乗り、さらにその背にロックが乗り、瞬く間の内に男式覗き櫓が完成する。絵面はガチムチの男が三つ重なる地獄絵図だけどな。


「さぁラグナ様、どうぞ!」


「どうぞって…マジで言ってるのか?」


「ええ、アルクカースの王たる者 女子の裸一つ見ずして一体どのような顔で玉座に座れましょうか。まぁラグナ様ならば既に幾多の女性とも経験があるでしょうが…」


「うっ…」


いや俺童貞だよ。と言うだけの胆力は…どうやらラグナにはないようだ。いや普段なら平気な顔で言うんだろうが…相手が悪い。自分を王と慕ってくれている自国民に対してまさか女性の経験がありません、女の裸を見るのが恥ずかしいです…なんて言えないんだ。


少なくともアルクカースの男は豪胆さが売り。日和った事を言えばその時点で尊敬を失う。ラグナは自分自身のメンツは気にしないが王としてのメンツは非常に大切にする男だ。だから王として…あるべき姿と期待される姿を国民に見せる義務があるのだ。


「……分かったよ」


「え!?マジでやんの?ラグナ」


「テメェが言い出したんだろうが…!」


ギリギリと歯を食い縛りながら睨まれた、怒んなよ…知恵授けてやるから。


「まぁまぁ、取り敢えずやるだけやってアルザス納得させりゃいいって。この湯気だ、エリス達には気づかれないだろうし、お前自身も目を瞑ってりゃ何にもないだろ?」


「そう言う問題じゃないだろうに…はぁ、仕方ない。すまんみんな」


そう言いながらラグナは静かになるべく音を立てないように男櫓を登っていく。また今度埋め合わせしてやらないとなぁ…となんとなーく思いながら俺は再び湯船に浸かろうとジャバジャバとお湯を蹴飛ばして歩く。


「…………」


そうしている間にラグナは櫓を登り切り…壁の頂上に手をかける。


アイツはきっと見ないだろう、そう言うやつだ。それを分かってたんだが、悪い事を言ってしまったなぁ…。


しかし罷り間違ってエリス達には気づかれたら、マジでやばいな。いやラグナだから殺されることはないだろうが、多分気づかられたらラグナ自身が自殺するかも…エリスに嫌われたって言って。


「…………」


ヒタリとついた手に力がこもりラグナの体が持ち上がる、その様を緊張の面持ちで眺める俺と気がついていないナリア。場に異様な緊張感が走り…ラグナの頭が壁を超えた。



……ん?あ、そういえばいくら霧で見えなくても気配に敏感なエリスには気付かれるか?というか気付かれなくても魔力を察知出来るデティには確実にバレ……。


その瞬間だった────────。






「……え?」


突如として吹き上がる風が温泉の湯気を消し飛ばし視界を一気に明瞭にする。流れ込んでくる外気に晒されて身震いする俺は何が起きたかを理解せず間抜けにも声を上げる。


何が起きた、何がどうなった…。


「ッ……!」


その瞬間俺は轟音が響き渡ったことに気がつく。ガラガラと崩れる音…そうだ、壁が崩れたのだ。


どこの壁か?…ラグナが手をかけている壁。


…ではない、外部に通じる奥の壁が外側から粉砕され大穴を開けたのだ。舞い上がる土煙と転がる瓦礫、その奥から…人影が歩み寄ってきて。


「……ん?」


「え……?」


女が出てきた、いや…いやいやいやいや?待て待て待て待て?なんだ?あれ?何が起きてるんだ?


周りを見回す、そこにはギョッとしたナリアと男櫓を崩して倒れるラグナとアルザス達…。、


あまりの事態に状況が飲み込めない。えっと?奥の壁が壊されて?外から女がやってきた?なんで?というか誰だあの女。知らない女がいきなり銭湯に入ってきたんですけど…。


この女に見覚えはない、筋骨隆々の逆三角形のたくましい肉体を持ち革のジャケットとサングラスをかけた勇ましい顔つきの女。招待雰囲気のそいつは俺達を見るなり…小さく口を開け…。


「……フッ、貧相な体だ」


「キャーーーーー!?!?!」


こここここいつ人の裸体見て何言ってんだよ!ってかいきなり風呂場に突っ込んできて何言い出してんだこいつは!最新鋭の痴漢か!?最上位の変質者か!?というか誰だよテメェー!


あまりの恥ずかしさに生娘みたいな悲鳴をあげて咄嗟に体を隠す。くそう、覗かれるのって恥ずかしいのな!反省します!


『アマルトさん!何事ですか!』


『今の轟音はなんだ!悲鳴は!どうした!』


『敵襲ですか!』


刹那、女湯から駆けつけたエリス達が扉を勢いよく開け…。


「ってお前らは隠せよ!!!」


お前ら羞恥心無いんか!揃いも揃って真っ裸で突撃してくんな!というか全員男湯から出てけや!!


「…何者ですか、と聞く必要はなさそうですね」


「テメェ、どういうつもりだこの野郎…」


「………………」


裸で立ち上がるラグナと隠す物も隠さないエリスが前に出てジャケットの女を睨み付けると…、件の女は…。


小さく指を立て。


「私は、モース大賊団…二番隊隊長アスタロト、と言えば用件はわかるだろう」


「モース…大賊団?」


お、おいおい、モース大賊団?それがなんで…こんな街中に。


「用件は一つ、アルトルート・ケントニスは何処にいる。あの女を出せば…見逃してやる」


腕を組み、不遜にもそう宣うアスタロト、突如として襲撃を受けた俺達はただただ呆然とすることしか出来ない。


だが、分かることは一つ…どうやら、始まってしまったようだ。


戦いが。

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