441.魔女の弟子と静謐の祈り
「まさか、またお前と再会出来るとはな。エリス」
「はい、お久しぶりですね。ラックさん」
「…………」
あれから、エリス達はガイアの街に戻り久しい再会を喜ぶようにみんなで街の日陰に集まって談義をしていた。
再会したのはまさかのアルザス三兄弟。長男ラックと次男リックと末弟ロック、エトワールで戦ったマルフレッドの用心棒だった元三ツ字冒険者達だ。当時のエリスを苦戦させた実力者たる彼らが山賊コンダと戦っている最中にいきなり現れてエリスを助けてくれたんだ。
そこで互いを認識して、後はもう流れるように取り敢えず山賊を拘束してお話タイムよ。一応バルネア君も一緒に連れて街の入り口付近の壁にもたれかかり三人とお話ししていた。
「久しぶりだなエリス!エトワールじゃお前に酷い目にあったぜ!」
「でもまぁ、貴方のおかげでマルフレッドからも解放されて、お陰でこうしてまた元の冒険者稼業に戻るキッカケが出来たので…恨んではいないですけどね」
「にしてもまた大きく強くなったな、俺達も強くなったつもりだったが…こりゃまたやっても同じ結果になりそうだ」
「えへへ、皆さんもお元気そうで」
前会ったときはこんな風に楽しく会話なんて出来る仲ではなかったが、最終的に和解というか和平というか、互いに敵対関係を解消して別れることが出来た、それに彼らはアルクカース人だ、戦いが終わればカラッとしているのがいい所のアルクカース人なんだ。
しかし、それにしたっても意外だったな。
「でも意外ですね、もしかしてアルトルートさんの言っていた街を守る冒険者がアルザス三兄弟だったとは」
「フッ、まぁ色々あってな…」
前はマルフレッドという権力者に雇われてクリストキントという弱者を虐げる側だった彼らが今は子供を守る守護者とは。なんというか昔のイメージが如何にもこうにも拭えないのでギャップが凄い。
「何があったんですか?」
「む?まぁ…あれだな。簡単に言えば捨て置けなかったから…かな」
長男のラックは静かに腕を組みながら街を見据える。
曰く、エリスと別れた時の言葉通り彼らは用心棒をやめてまた冒険者に復帰したらしい。三人揃って元三ツ字という事もあり特例でかつての待遇のまま冒険者に戻ることが出来た彼らは数年間冒険者としてマレウス中を旅していたらしい。
そんな中、出会ったのがこのガイアという街。
「元々東部は俺達アルクカース人にとっては過ごしやすい環境だったからな。何度か立ち寄って温泉で戦いの傷を癒している時にこの街の話を聞いたんだ」
「領主クルス・クルセイドに虐げられているって街をな、んで兄貴の一声でちょっと見に行こうってなって実際見に行ったら…」
「これが想定以上に悪くてね、聞けばクルス以外にも山賊達にも襲われてるっていうじゃないか、だから放って置けないと思って…ここの街を仕切っているアルトルートさんに話して、一時的にこの街の警護の依頼を出してもらってそれを受けているんだよ」
「なるほど…」
「まぁ、言ってみればまた用心棒に逆戻りとでも言おうか。だが昔のような嫌気のさすような仕事でもない、寧ろ…かつてのお前のように弱き者を守る為に剣を振るえるというのはとても心地がいいよ」
ニッと笑うラックさんの顔は、以前見た時に比べて幾分明るく見える。いやもしかしたら彼という男は元来こんな気風の良い男だったのかもしれない。
エリスが知っているラックさんは、気の向かない仕事を嫌々やっている用心棒としての顔しか知らないしな。
「しかし、なんでエリスがここに?噂ではディオスクロア文明圏を一周したとか聞いていたが…何故今はマレウスに?まさかもう一周しようとしているとか?」
「いえ、まぁ色々あって…今はエリスも冒険者に復帰してとある依頼をこなす為にこの街に来たんです。そこで寺院の惨状を知って力を貸そうと…」
「なるほど、俺達が出ている間に…。助かるよ、俺達はあまり子供の扱いが上手くない…アルトルートの手伝いはしてやれない」
「そうですか?前会った時も何だかんだ子供は傷つけてませんでしたよね」
「そりゃ必要最低限の話だろうに。…俺達には子供を守ってやることしかできない。だが、その子供が自分から山賊に絡み行ったら守れる物も守れないんだが?」
「…………」
ラックさんは厳しい目でバルネア君を見下ろす。怒っているんだろう、でもまぁ怒られても仕方ないと思いますよ、今この東部の状態を知っているなら気安く街の外に出てはいけないし、山賊を見かけたからと言ってケンカを売るなんて言語道断だ。
エリスとアルザス三兄弟が偶然立ち寄らなければ本当に誘拐されていたかもしれないんだ。
「バルネア、何度言えば分かるんだ。街の外には出るな」
「……嫌だ、俺はやらなきゃいけないことがあるんだ」
「生意気な事を言うな、やらなきゃいけない事なんて自分一人の手でやれるようになってから言え!今のお前は駄々をこねる赤子と変わらないんだぞ!」
「っ ……!」
ラックさんの厳しい言葉に咄嗟にバルネア君はギッと目を鋭く尖らせ何か言いたげに何度か口を開くが、すぐに閉ざしてそっぽを向いてしまう。聞く気は無い…と言った感じか。
だが、やらなきゃいけない事があるならとりあえずチャレンジするより、やれる様になるまで待つなり努力するなりした方がいいのは確かだ。でなきゃ命をポイ捨てする様なもんだし。
「ま、まぁまぁ兄貴。バルネアもそんな遊びでやってるわけじゃ無いんだし…もうちょい優しく」
「リック、遊びでやっていたなら首根っこ掴んで寺院に放り込んでいるぞ、俺は」
「でもよう、俺はバルネアの努力は良いものだと思うし…出来るなら応援してやりてえよ…」
「ッ……!」
「あ!待てバルネア!まだ話は…チッ」
リックさんがバルネア君を庇った途端、バルネア君はつるはしを片手に寺院の方へと走って行ってしまう。逃げたか…説教されてもなんのそのって感じだな。
「全く、何度言っても聞きもしない。そのうち本当に取り返しのつかないことになるぞ…!」
「バルネア君って、ああやっていつも外でつるはし振るっているんですか?」
「ああ、温泉を掘るって言ってな…周りがどれだけ止めても耳を貸さず、毎日毎日ああやってツルハシで地面を叩いている。少なくとも俺が来た時には既に始めていたな」
つまり数週間前からか、それでも成果が出ているようには見えない。子供の非力な手でツルハシを振り回して、なんの知識もノウハウもない状態で地面を掘っても温泉なんか湧くわけないんだが…それでもか。
「なんで、そこまでして…」
「…………バルネア自身の口から聞かされたわけじゃないが。…アイツはこの街の温泉が嫌いなんだ」 ろう」
「嫌い?」
ラックさんは見る、この乾いた大地を。恵みなど何処にもない乾いた大地を…それを嫌うバルネアを想って。
「この街をクルス・クルセイドが狙っているのは知っているか?」
「え?ええ、アルトルートさんがアデマール派の人間だから…」
「それだけじゃない、いやある意味それも関係しているのか。クルスはな…この街が欲しいんだよ、他の街はクルスの一存で好きに出来るがこの街だけはクルスに従わないアデマール派のアルトルートが仕切っているからクルスはこの街に手出しを出来ない。だからアルトルート達を追い出してこの街を手に入れたいんだよ」
「なんで、そんな事…」
「温泉だよ、この地方にある温泉はどれも高い効能を持つ。それはライデン火山を中心として広がるマグマ溜りから噴き出るガスが染み出しているからだ。中でもこの街は火山の麓ということもありそれが特に濃い、おまけに数多の鉱物資源の成分も浸み出しているから…効くんだよ」
「疲れとかにですか?」
「ああ、俺達も半信半疑だったが試してみたらこれが異様に効く。恐らくだが鉱物資源やガス以外にも魔力的な要因か何かあるんだろう、俺達は学者じゃないから詳しいことは言えんが…治癒のポーションによく似た効果がある」
ポーションか、ふむ。確かに火山と温泉の関係はポーションを作る際の工程によく似ている。火で水を温めながら沢山の薬草や素材を入れて混ぜ続け魔力を与えれば水と成分が魔力的な結合を持って効果を得る。
この火山も同じ、マグマが地下水を温め、素材となる鉱物資源とガスに魔力が加われば…地下水は天然のポーションにもなるだろう。それは他の温泉とは違う…明確な効果を持った物になるはずだ。
「……魔力は何処から、いや…そうか」
じゃあ地下の魔力は何処から?と思ったが、多分だがあれだ。シリウスだ…奴の魔力は常に地下の奥底から溢れてきている。魔蝕の際地面から魔力が立ち上るようにこの星の地下奥深くにはシリウスの魔力が渦巻いている。
その魔力と火山の成分、そして地下水の温度が奇跡的に重なり合い…擬似的な天然ポーションを作り上げたんだ。まさしく奇跡の塩梅とも言える。
「そんな効果のある温泉をクルスは狙っている、温泉を一気に組み上げて他の地方や他国に売り捌けば莫大な資金を得る事ができる」
「アジメクが世界一の医薬大国として荒稼ぎ出来たのはポーションによる利益が大きいですからね、ここの温泉は言ってみれば取っても取っても無くならない無限のポーションみたいなもの、そこから発生する利益は…ちょっと想像がつかないですね」
「ああ、だからクルスはこの街に執拗に嫌がらせをして街から人を追い出そうとしている。全てはこの街の温泉が貴重だからだ」
「…………」
金のために、そこまでするか。この温泉が生む莫大な金が目的でクルスはこの街の人達を苦しめているのか。何処までクズなんだ…!
「だからだろうな、バルネアは自分の手でクルスからこの街を守れないと理解しているから。クルスの目的たる温泉を全て地表にブチまけ台無しにしてやりたいんだろう」
「え?じゃあ彼は…」
「そうだ、温泉を掘り当てそれを全て大地から抜き取りクルスがこの街を狙う理由を消し去りたいんだ。そうすればクルスがこの街から手を引くと信じているから」
……実際、そうなるかは分からない。目的を失ったクルスが『じゃあ仕方ないか』で諦めて帰るとは思えない。だがそれでもバルネアは今この状況を変えたいから温泉を掘り当てようとしていると。
…全ては、この街と寺院の子供達とアルトルートさんを守るために。どれだけ無茶だとわかっていてもがむしゃらに…。
「なるほど、理解しました」
「どれだけ無茶でも、奴は続けるだろう。だが今は状況が悪い…山賊達が跋扈する荒野で子供が一人で居たらどうなるかはさっき見ただろう?」
「ええ、危険ですね…山賊達だけでもなんとかしないと」
「ああ、故に俺達は先日街を離れ山賊達のアジトを探していたんだ。その甲斐あって奴等の寝ぐらのような物を見つけられたんだが、この街を空ける訳にもいかずどうしようかと悩んでいたのだが…」
確かに、アルザス三兄弟がこの街からいなくれば山賊達は嫌がらせどころかこの街に攻めてきかねない。コンダの口ぶりからして今まで山賊達が嫌がらせ程度で済ませているのはこの三人が戦ってくれていたからだろう。
だがアジトを叩きに行けばその間に街がやられかねない、それが悩みのタネだったが。
「だが、どうやらアルトルートの言うように神様とやらは本当にいるらしい。エリス…お前が来てくれたのなら安心だ。お前がこの街を守っている間に俺達がアジトを叩きに行けば良いだからな」
「ええ、そうですね。人手があるなら…あ!そうだ、エリス他にも仲間がいるんですよ」
「何?仲間?…そう言えばあれか?お前がいつぞやの連れてた黒髪の子供か?あれから何年も経っているから彼女もいい歳になっているだろうし、戦力にはなるか」
黒髪の子供?…ああ、あれか。レグルス師匠のことか、確かにあの時はプロキオン様の魔術陣の所為で子供の姿になっていたからアルザス達にとって師匠は『黒髪の子供』なのか。
まぁ、師匠が居たらそりゃあ大層な戦力になるでしょうよ。寧ろ師匠に全部お願いしてもいいくらいだ…いや、こういう場合師匠は手出ししないか。
「あはは、あの子は居ませんよ」
取り敢えず、師匠の尊厳の為に本当のことは伏せておこう。
「まぁ何にしても、取り敢えず紹介したいので寺院に行きましょう」
「ああ、君の仲間なら強いだろうしな。…山賊達の件も相談したいし、行くぞ リック ロック!」
「あいよ兄貴!」
「ああ!兄ちゃん!」
ともかく、アルザス三兄弟という頼りになる仲間が出来たことをみんなに教えてあげないと。そう思いエリスはみんながいるだろう寺院に向かいつつ。彼らにエリス達の目的を話しておくとしよう。
……………………………………………………
エリス達が寺院に戻ると、まだ子供達は昼寝をしておりみんなもそれぞれの仕事を終えて何をしようかと相談している最中にあった。
そんなみんなの元にアルザス三兄弟を連れて行き、紹介したところ…。
「な…ぁっ!?」
「ああーっ!あなた達は!」
「ん?知り合いか?ナリア」
顔を合わせ、紹介をし終えたところで、アルザス三兄弟とナリアさんが互いの顔を指差しあい。
「サトゥルナリア・ルシエンテス!?何故エトワール人のお前がこんなところに!?」
「アルザス三兄弟!!!なんでお前達がここに…!?」
そう、ナリアさんもまたアルザス三兄弟を知る身なのだ。いやエリス以上に因縁があるとも言えるかな…、正直ここが一番不安だった、ナリアさんがアルザス三兄弟を見た瞬間殴りかからないかって。
だって、この三人はマルフレッドの部下だった男だ。ナリアさんからすれば憎い相手だ。
「ぼ、僕は今エリスさん達と一緒に旅してるんです!」
「いや、だが…お前は役者だろ!?クリストキントは!?やめたのか!?」
「やめてません!そんな事よりあなた達こそ何やってるんですか!?まさか今度はクルスに雇われて寺院を壊しに来たんですか!?」
「違う!俺達はこの寺院を守る側だ!ってエリスがさっき紹介してただろ」
「そ、そうでした。すみません…どうしても皆さんを見ると敵だ!って感じになっちゃって」
「フッ、やめておけ。いくら味方とは言え殴りかかられれば俺たちも応戦する。お前では勝てないぞ」
「いや、ナリアさんあれからプロキオン様の弟子になったのでめちゃくちゃ強くなってますよ」
「な、何!?」
あの頃に比べてナリアさんは強くなりましたからね、それでも流石に四ツ字級に匹敵するアルザス三兄弟と戦って勝てるかは分かりませんが、もう無力なだけの男の子ではないのです。
「えーっと、よくわからねぇけど。つまりこの三人がアルトルートさんの雇ってたって言う冒険者達でいいのか?」
「はい、そうですよラグナ。この人達の実力の高さはエリスが保証します。なんせ一回戦いましたからね」
「へぇ、アルザス三兄弟だったか?よろしくな?」
「あ、ああ…というか今ラグナって…いや深くは聞かないでおく」
フレンドリーに話しかけてくるラグナにたらりと冷や汗を流しながら応対するアルザス三兄弟はコホンと咳払いをして話を切ると。
「さて、聞いたところによるとここにいる八人で寺院の子供達の面倒を見てアルトルートの手伝いをしてくれているようだな」
「ああ、ヒンメルフェルトの葬式をやってもらわにゃ困るんだ」
「そうか、助かる。…だがそれと同時にこの街を救う手助けをしてもらえまいか」
「街を助ける?ガイアの街を…俺達でか?」
「ああ、もう伝わっているだろうが今この街はモース大賊団による攻撃を受けている。今までは俺達でなんとか耐えていたが…物流を山賊達に食い止められている現状が長引けば街が干からびてしまう。事実この街で暮らすことを諦めて外に逃げ出す住人が多発し…おかげで今ガイアの街はこの有様だ」
窓の外に映るのは閑散とした街の様子。皆空腹と貧困で無気力気味だ…、全ては物が入ってこないから、この痩せこけた土地では何も手に入らない、外から物が入ってこないと食べることさえままならないんだ。
こんな状況で平気でいられるわけがない。されどクルスの助けも望めない…ならば。エリス達でなんとかするしかないか。
「先程俺達で荒野をウロついていた山賊達を尾行し、奴等が物流を食い止めているだろう拠点を見つけた。だがそこを攻めるとなると俺達だけでは人手が足りない…だから」
「いいぜ、頼まれるまでもない。そこにいる連中をぶっ潰せば少なくとも街の状態は少しでも回復するんだろ?」
「い、いいのか?そんな即答で…いやありがたいが!危険なことなのに」
「危険か危険じゃないかで論ずる段階じゃねぇだろ?今はさ」
な?と腕を組みながら椅子に腰を下ろすラグナは笑う。ラグナの言う通りだ、もしこのまま葬儀が終わってエリス達が街を去っても…街が滅びたら意味がない。エリス達がこの街に居られる間に少しでも状況をよくしておかないと。
「ありがたい、俺達もこの街の事が気に入っているんだ…出来るなら助けてやりたい」
「改心したんですか?貴方達」
ふと、ナリアさんに問いかけられるとアルザス三兄弟はちょっと微妙そうな顔をする。別に改心も何も元々彼らは悪人だったわけじゃないんだけどね…。
「そうだな、改心…というものなのかもしれないな」
「皆さーん、午前の仕事を代わって頂いてどうもありがとうございます〜」
「ん、みんな揃ってる」
「あ!ネレイドさん!」
するとそこに更にネレイドさんとアルトルートさん、そしてケイトさんも戻ってきて…皆で揃ってアルザス三兄弟のことを見る。特にネレイドさんを見たアルザス三兄弟は口々に。
「な、デカ…」
「象か…!?」
「つ、強そう…」
と圧倒されてしまう。アルクカース人の彼らから見たらネレイドさんはさぞ凄まじかろう。まぁそれはそれとしてネレイドさんはキョトンとしながら首を傾げているわけだが…。
「それよりどうでしたか?儀式の方は」
「ああはい、ようやく皆さんのおかげでちょっとだけ着手出来ました…けど。やはり時間がかかりますね」
「うん、儀式の内容はオライオンテシュタルと殆ど同じだった。何時間放置するとか何時間送り歌を聞かせるとか、何日祈りを捧げるとか…そう言う直接的に時間を指定されているものが多いから、どれだけやっても短縮は出来ないと思う」
なるほど、進んでいるには進んでいるが、その一つ一つの工程にしっかり時間をかけないとダメなのか。もう面倒だからとっとと終わらせようぜ!って訳にも行かないのが面倒なところだ。
「まぁでも皆さんが子供達を見てくれているお陰で確実に進められそうです」
「よかったな、アルトルート。俺達では子供達の相手は出来ないからな…」
「あ!ラックさん!おかえりなさい!」
「ああ、さっき帰還したよ。ようやく奴等のアジトを突き止めた、もうすぐこの街に物資を届けられるようになるはずだ」
「本当ですか!ありがとうございます!子供達に食べさせてあげるご飯がもう底を尽きそうだったので…」
「また明日、ここにいるエリス達と共にそのアジトに襲撃をかけるつもりだ。それまでなんとか耐えきればなんとかなるだろう」
な?とラックさんがこちらを見る。しかしこの人…味方になると本当に頼もしいな。流石は歴戦の傭兵にして冒険者、なんというか…どっしりしている所はこういう有事の時に頼りになる。
ラグナもそうだけど、こういう時のアルクカース人の胆力は凄まじい。
「食料については俺達がなんとか出来るアテがあるから暫くは心配しなくてもいいぜ、さっきも子供達にシチューをご馳走してやったとこさ」
「え!?シチューを!?そんな豪華なものを…良いんでしょうか」
「いいっていいって、それにあんたもいいもの食えてないんだろ?あんたの分も残してあるから、後で食っておきな」
「嗚呼……」
すると、アルトルートさんはハラハラと涙を流してブツブツと祈りの言葉を唱え始めてしまう。彼女からすれば今の状況は至れり尽くせりだろう。
アルザス三兄弟が助けに来てくれて、その上でエリス達が駆けつけて、次々と問題を解決するための人達がアルトルートさんの元に集い始めている。それは偏に彼女が敬虔に祈り続けていたから…ではなく。
真面目に教徒として教えを守り、人として褒められる在り方を貫いてきたからだ。だからエリス達も味方をしようと思えたんだ。彼女の人徳のなせる業ってやつだな。
「ありがとうございます…」
「いいっていいって」
「…ところでエリス?」
「はい?」
ふと、泣き始めたアルトルートさんを他所にラックさんがエリスに顔を近づけ。
「あの御仁は誰だ?見たところ君達とはかなり歳が離れてるように見えるが」
と言って指差すのは…ケイトさんだ。そう、冒険者協会の最高幹部。ラックさん達にとっては雲の上の存在。
そっか、あの人の事も紹介しないといけないのか。はぁ…また長くなりそうだ。
………………………………………………………………
『けけけけケイト・バルベーロウだとぉっ!?』
『冒険者協会最高幹部がなんでこんなところにぃ〜!?』
『や、やば…無断で依頼受けたのバレた!?』
『元気ですねぇ〜…』
遠巻きに先程紹介されたアルザス三兄弟とケイトさんの声が聞こえる、そんな騒ぎを背にネレイドとアルトルートは一足先にその場を離れ、二人で寺院の祈りの間へと向かう。
みんなが子供達の面倒を見てくれている間に…私達はまた明日行う儀式の準備をしなくてはならないのだ。
「ありがとうございます、ネレイドさん。色々手伝ってくれて」
「ん、いいの」
祈りの間…ステンドグラスから陽光が差し込み古びた石像に降り注ぐ。それを仰ぐような椅子がずらりと並ぶ部屋の脇に設置された棚や倉庫から物を取り出し埃を払う。死者の魂を天へ導くのに使う燭台や神への祈りを捧げるのに使う法衣、そのどれもが埃を被っている。
由緒ある物ではあるが、これの出番といえば必ず死者が出た時限る。なら埃を被っているのは良い事なのか…。
「あまり、良い顔をされてませんね」
「え…?」
ふと、アルトルートさんが申し訳なさそうな口にする。別にそんな難しい顔をしていたつもりはない、私はいつもこんな顔だ。そう否定しようとしたが、それよりも先にやや困ったように微笑む彼女の顔に私の言葉は押し潰されてしまう。
「これは祖父の代からある祭具です。言ってみればこれも形見のような物…本当なら毎日でも磨いてあげたいんですけど」
そう言って彼女は愛おしそうな手で祭具を撫でて、目を伏せる。そこにあるのは悲しみか…或いはもっと別の感情か。私は人の機微に聡いわけではない、寧ろベンちゃんからよく言われる…『御大将はもっと人に興味を持て』と。
でも、そんな私でも…なんとなくわかることが一つある。
「アルトルートさんは、お祖父さんの事を尊敬してるんだね」
「え?…そうですね、はい。尊敬しています、祖父のことを」
すると彼女は磨いた祭具を横に置き、ステンドグラスから降り注ぐ陽光を受けキラキラと輝く埃の中鎮座するテシュタル像を見遣り。
「実は私、両親の顔を知らないんです」
「え?」
「物心ついた時から私はこの寺院にいて、祖父によってここの寺院の孤児たちと共に育ってきました」
そう言えば、居ないな、アルトルートさんの両親。普通なら彼女の親がヒンメルフェルト様の跡を継いでこの寺院を運営していて然るべきなのに。なのに居ない、だからアルトルートさんがこの寺院を運営している。
なら、彼女の両親はどうなったのか…まず思い浮かぶのは。
「もしかして、アルトルートさんのお父さんとお母さんは…」
「分かりません、終ぞ祖父は私の両親について教えてくれませんでしたから…。だから私にとって祖父が私の父であり母なのです」
「……そっか」
「祖父はいろいろなことを教えてくれました。孤児達と共に分け隔てなく私を愛してテシュタルのなんたるかを教えてくれた。私はそんな祖父の姿に僧侶たるべくはどうであるかを見た…だから、この寺院を守りたかったし 受け継ぎたかったんです」
つまり、彼女にとってのヒンメルフェルト様は私にとってのリゲル様だ。本当の親ではないけれど…親も同然の人。だからこそ彼女は祖父を送り出す事に大切な意義を見出しているし、この埃を被った祭具にも思い入れがある。
そう思えば、彼女の気持ちもよく分かる。もし私が同じ立場に立ってもきっと同じ顔をするはずだから。
「私は、祖父の意思を継いで…この寺院を存続し、子供達を送り出す義務があるんです」
「うん、そうだね」
「まぁでも、ご覧の通り情けない限りですがぁ〜…」
とほほーと涙を流してがっくりと項垂れる。まぁ確かに彼女は特別な存在でもないし、たった一人で何かを変えられるくらい凄い人でもない。だからこうして今ここで躓いて私達の助けを借りているわけだが…。
でも…。
「そんな事無いよ、立派だよ。アルトルートさんは」
「へ?」
「立派に意思を継いでいる、ヒンメルフェルト様の在り方は貴方の中に引き継がれている。ただ血を引いただけではそうはならない、貴方が努力したからこそ…ヒンメルフェルト様に代わる存在として、今ここにいる」
「私が…努力を」
「したでしょう?憧れの人に近づくための努力を」
アルトルートさんは静かに自分の手を見つめると…ギュッと握りしめて。
「はい、しました。たくさん勉強しましたし、この寺院を守る為に戦いもしました。まだ僧侶として未熟ですが…そこだけは誇れます!」
「なら胸を張ればいい、貴方は…立派にやっている」
「ネレイドさん…!」
よく、母が…リゲル様が言っていた事だ。意志を継ぐとは簡単な事ではない、例え血を引いていても意思までは引き継がれない。努力を重ね信念を貫き確たる自分を持たなければ誰かの意志を引き継いでいくことは出来ない。
でも、直接の親じゃなくとも努力さえすれば人は意志を引き継ぐ事ができる。だからこそ私達魔女の弟子は努力に努力を重ね、親代わりでもある師匠達の意志を継ごうとしているんだ。
そんな私達の姿にアルトルートさんが重なるのは、彼女もまた頑張ってきたからだよ。
「うう、ネレイドさんはいい人ですね…」
「そ、そんな事…言われると照れる」
「そんな事ありますよ!人を導く言葉の力強さ。もしかしてネレイドさんって元は名のある僧侶様なのですか?」
「わ、私は…その」
言わないほうがいいかな、神将って。うん、言わないほうがいいよな、相手を混乱させるとかそういう意味合いではなく、私の彼女の神将じゃない。このマレウス東部では私は神将とは名乗れないんだから。
「えへへ…」
「わ、笑って誤魔化した…」
「それより儀式の準備をしようよ、出来る事は今日のうちに」
「そうですね、えっと次は…えっと」
そう言いながらアルトルートさんはパラパラと手元の手順書を巡り次の儀式について調べていく。けど確か次は…。
「次は、セラクによる焚き上げじゃない?」
「あ!それです!」
肉を焼き、骨だけになった体には未だ魂が残っているとされている。その魂が健全にかつ恙無く神の下まで行くには導きが必要だ。
そこで行われるのが『セラク』という植物を用いての焚き上げ。棺桶の下でセラクを燻し煙を浴びせる事で魂は立ち上る煙を道筋として見て天への行き方を知ることが出来る。大切な儀式だ…これをちゃんとやらないと魂は天へ登れず逆に地中に引き込まれ魔獣になって供養してもらえなかった怒りを人々にぶつけると言われてる。
だから明日はセラクを使って燻さないと。確か庭先に埋めてあった木がセラクの葉をつけていたはずだから明日はあれを回収して…。
「うう〜ん、あるとるーとさん…」
「ん?」
「あら?コゼットちゃん?」
すると、祈りの間に目を擦った女の子がよちよちともたつく歩き方で現れる。どうやら昼寝から起きてきたようだ。
「あるとるーとさん…抱っこ…」
「どうしたの?怖い夢で見た?」
「うん…、ママが死んじゃう夢…」
「そう…」
するとアルトルートさんはコゼットを抱きしめ優しく頭を撫でて愛を与える。
ママが死んでしまう夢…か、それは悪夢だ。子供には耐え難い夢だろう…いや、耐え難い記憶か。
「大丈夫、私は居なくならないから…ここにいるわ」
「んん…」
ここにいる子供達はみんな孤児だ。親がいない、死んでしまったか捨てられてしまったか、こんな世の中だ…親がいないなんてことは珍しい話ではない。事実として魔女の弟子はみんな母がいないし、両親が既に他界している者も多い。
悲しいことだが…人なんてものは呆気なく死ぬ。例え誰かにとってかけがえのない人でも、等しく平等にいなくなるのだ。
「この子達には、私が必要なんです…」
「アルトルートさん?」
「祖父が私を育ててくれたように、子供には育ててくれる誰かが必要なんです。その身に秘める悲しみを受け止める…皿になってあげられる人が」
アルトルートさんは静かにコゼットを抱きしめながら口にする。そうだ…必要だ。悲しみとは涙のように流れてくれるものではない、体の中に残り続ける毒のようなものだ。誰かが抱きしめ受け止めないといつまでも残り続ける。
それを受け止める親はもうコゼット達にはいない。その代わりに…アルトルートはなろうというのだ。
「私はこの子達を愛しています、本当の親にはなれないけれど。この子達がいつか大きくなって世界を恐れずに旅立てるようになるまで…私は彼女達を受け止め続けたい」
「…そうだね」
「街がこんな有様で、私もいつまでここで孤児院を続けられるか分からないですが…出来るならいつまでも、こうしていたいです…なんて、いきなりすみません」
「ううん、大丈夫」
「さ、コゼットちゃん。向こうでお兄さん達が遊んでくれるからそちらに行きましょう?」
「アルトルートさんは?」
「私はこっちにいるお姉さんとお話があるから」
「おねーさん…」
するとコゼットちゃんは私をぬぅーっと見上げると…パッ!と表情を明るくして。
「もしかして、てしゅたる様!?」
「へ?」
「凄い!本物!?」
「いや、私は…」
そう思いながらふと後ろを見ると、陽光に照らされるテシュタル像が見える。彼女達が日常的に拝んでいるテシュタル神像だ。しかしよく見てみると…確かにあの像と私、大きさ的には同じくらいか。テシュタル様のように私も筋肉モリモリだもんね…似てるといえば、まぁ類似点はいくつか見受けられる。
けどやめてほしい、私はシリウスじゃないんだ。あいつみたいに神を自称出来るほど罰当たりじゃないよ。そう否定しようとすると。
「おねがいします、てしゅたる様…アルトルートさんとこの街を助けてあげてください」
そう、手を合わせながら私を拝んでいた…。祈り…祈りを捧げられてしまった。これじゃあ私が本当に神様みたいだ。悪い気はしない…わけはない、なんか申し訳ないよ。私は神様じゃないんだ…。
けど…その願いくらいなら、叶えられるよ。
「ま、任せなさい…敬虔なる信徒よ」
「ほんと!やったー!」
「あ、こら…コゼットちゃん。もう…すみませんネレイドさん」
「いいんだよ、元々助けるつもりだったんだから…それに祈りが加わっただけ」
私が神様の真似をして答えるとコゼットちゃんは喜んで跳ねまわり部屋を飛び出して行ってしまった。しかし…悪夢に苛まれていたにも関わらず、神を前にした時別の誰かの為や街のため祈りを捧げられるなんて。良い子じゃないか。
アルトルートさんが、彼女をより良い方向へと導いている証拠だ。
「いい子達だね」
「…はい、そうですね。とても良い子達です」
「…早くあの子達の所に戻れるように、儀式を終わらせようか」
「はい!」
祈りか…いいものだ、私達信徒の祈りを受けている神様もきっとこんな気持ちなのかな。
そう思い、私はテシュタル像を見上げる。神よ…彼女に代わって祈ります、どうか…敬虔なる子供達の未来に、幸あらんことを。