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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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440.魔女の弟子と孤児院での生活


「ええー、というわけで今日からこの人達が皆さんと一緒に遊んでくれますので、みんなも仲良くしてあげてくださいね〜」


『はぁ〜い』


ズラッと集う子供達、その総数を四十と少し。皆年齢的にはまだまだ小さく…一番小さな子で四歳…一番上でも十二歳頃。孤児院のルールとして十三歳以上は孤児院に残ることが出来ず、その歳から教会で働けるということもあり十三歳を超えた子は近隣の教会に働きに出て行くのだそうだ。


そんな子供達をズラリと眺めるエリス達は今日からこの子達のお世話をする。全てはアルトルートさんがお葬式の準備を終えてケイトさんが友に別れを告げる為、延いてはその後に報酬をもらう為だが…。


エリスとしては手段が目的化しつつありますね、ここの子供達に寂しい思いをさせたくないので。


「おじさんよろしくね〜!」


「おう、よろしくな!」


「おじさん冒険者なの〜?」


「まぁな、ここまで馬車で走ってきたんだ」


「すごーい!」


「あっははははは!いやいやぁ〜」


基本的にみんな乗り気だが、中でも乗り気というか生き生きしているのは…本職のアマルトさんだ。さっきからやたら子供に話しかけられているし…なんだかエリス達の中で一際子供達から注目されているような気がする。


羨ましい、エリスももっと子供達から頼りにされたい。何かコツとかあるのかな。


「それでは皆さん、早速ですがお願いしますね」


「ああちょい待ち、アルトルートさんや。一応一日のスケジュールだけでも教えてくれないかい。何時に飯食って何時に寝てるのか…それくらいは知っておきたい」


「あ、でしたら私が普段使ってるスケジュール帳をお渡ししますね」


そう言ってアルトルートさんはエリス達にボロボロのスケジュール帳を渡してくれる。そこには…。


「うっ、びっしり」


「やめてくれ、私は敷き詰められたスケジュール帳を見ると蕁麻疹が出るんだ」


メルクさんが青ざめる様な勢いで書き込まれたスケジュールがもうびっしり。朝起きて食事をしてその間にあれをしてこれをしてと…これを一人でやっていたのか?食事の用意も洗濯も掃除も子供達の遊びの付き合いも…。


当然ながら子供達のお世話に休日はない、…こんなの続けてたら過労死するぞ。


「うへーやっぱ大変そうだな、けど…勉強とかも教えてんだな」


「はい、孤児院を出てからも人生は続きます。大人になってからは我々は関与出来ませんから…少しでもいい生活を送ってもらいたいですからね」


「なるほど立派だ、よし!任せときな!アルトルートさんは儀式の方をきっちり終わらせてくればいい」


「本当にありがとうございます…!」


「いいってことよ」


「それでは私はここらで失礼します」


ペコリと頭を下げてアルトルートさんはトコトコと寺院の奥へと向かっていく、…さて。ここからはエリス達が子供達の面倒を見るわけだが…。


『なぁなぁ、向こうで遊ぼーよ』


『えー、でも怒られるんじゃないの?』


『私お腹すいたー!』


『トイレ〜!』



「しかし凄い量の子供だな、俺ぁ子供を育てた経験ってのがないんだが…、いやリオスとクレーとも遊んだ経験はあるか…でもアイツらあれでいて教育はされてたしな」


「私もだ、寧ろ子供の扱いはやや苦手だ、嫌いではないがな」


「私も、エリスちゃんはある?」


「うーーーーん、……無いですね」


目の前には四十人強の子供達、この子達をお世話すると言っておきながらエリス達には経験がない。知識もないしノウハウもない。


「ケイトさんはありますか?」


「私?まぁ…ありますが」


「じゃあ…!」


「いやですようこんなお年寄りに子供の相手なんか出来るわけないでしょう?私はアルトルートさんの儀式のお手伝いをしてきます。この歳になると他人の葬式に出る回数だけは増えますからね、そういう知識はあるのでそれではさようなら頑張って」


「あ…!」


そそくさと逃げやがった…。まぁ…エリス達が勝手に引き受けた仕事ですからいいですけど。知識があるならもっと協力してほしいですよ。


「ここは、頼んだぜ?アマルト」


「任されるほどじゃないけどな。そうだな…それじゃあまずは」


ふむふむと子供達を見遣り考え込むアマルトさん、今の時間に該当する部分をスケジュール帳で確認すると…今は『お勉強の時間』だそうだ、ならば今やるべきは…そう。


「よっしゃぁっ!『鬼ごっこ』するぜぇーっ!」


『わぁーい!!』


「えぇっ!?鬼ごっこなんですか!?勉強は!?」


「いーんだよ、それよりほれ最初は俺達が鬼だ!逃げていいのは寺院の中だけ!さぁ逃げろ逃げろ!」


『キャッキャッ!』


バタバタと一斉に逃げていく子供達を前に呆然とする。い、いきなりスケジュール帳に反したことやって…大丈夫なんですか?アマルトさん…。


………………………………………………………………


「わーーー!!」


「ま、待て〜!」



「きゃーー!捕まった〜!」


「ふふふ、僕から逃げようなんて百年早いです」


寺院の中から響き回る子供達と弟子達の声。そこかしこでタカタカ逃げ回る子供達を一人一人丁寧に捕まえる様にエリス達は走り回る。


「よしっ!二十人抜きでございます!」


「子供相手に本気出すなよメグ…」


「何言いますやら、私はどんな時でも全力全開!子供扱いしてもらえると思ったら大間違いでございます…そこぉっ!」


「きゃー!きゃきゃ!!」


スパーン!と後ろを通りかかった子供を捕まえるメグさん、あれはあれで子供達に受けているからいいのだろう…。


「勉強しなくてもいいんでしょうか…」


エリスとしては子供達の笑顔のために働けるなら嬉しいことこの上ないが、それでも受け取ったスケジュール帳にいきなり反して大丈夫なのか。


「お姉さん追いかけてこないの?」


「え?あ、追いかけます!追いかけますよ!」


ともかく今はアマルトさんの言った通りにしよう。それにボーッとしてたら子供達も面白くないだろうし…全力でそこそこ手加減しつつ追いかけよう。


パタパタと走り回るエリス、魔術を使い全力で追い回すメグさん、そして…。


「ぜぇ…ぜぇ…ま、待てやクソガキ〜!」


「やーい!チービ!お前本当は僕達と同じ歳なんじゃないのー?」


「ンッな訳あるかボケェッ!」


「わーい!怒ったー!」


「くそっ、なんで背丈は同じくらいなのに向こうの方がスタミナあるの…」


息も絶え絶え、死に体でヨロヨロと子供達を追いかけるデティがとうとう限界を迎え壁にもたれかかりヒーヒーと息を吐く。


同じ背丈なのに、スピードとスタミナが違い過ぎる。なんで子供ってあんなに疲れ知らずなの。


「っていうかぁ、授業するんじゃないの!?アマルト〜!」


「おん?お前もうバテたのかよ、情けないな」


「なにおう!」


ふとデティの声に反応してアマルトが顔を上げる…とそこには。


「ねぇねぇアマルトさん!向こう行こうよ!」


「ねね!もっと遊ぼ!」


「アマルトさーん!」


「まぁまぁ待て待て」


「うへぇ、アマルトなんであんたそんなに好かれてるわけ?」


子供達が物凄い数屯してた。なんで?私たちと同じタイミングで遊び始めたのにそんなにどうやって好かれたの?なん釈然としないだけど!


「好かれてるっていうより、警戒する必要がないことを知ってもらったんだよ。子供達は基本的に『他人』か『身内』かでしか見ないからな、一度身内になれば受け入れてもらえるのさ」


「流石本職は違うわね、子供の懐に入るのが上手い」


「嫌な言い方だな…」


「で、勉強はしないの?」


「勉強勉強とは言うが、今の状況はそれ以前だろ」


そう言うとアマルトは寺院の中で走り回る子供達を見て、静かに目を尖らせる。あれは仕事モードの目だ、アマルトの仕事モードというのは初めて見たが…なるほど。あれは確かに教師の目つきだ。


「それ以前?」


「ああ、お前さっきそこの大通りで歩いてたおっさんに街の事教えてもらってこいって言われて、気ぃ乗るか?」


「乗るわけないじゃん、怖い人かもしれないしどんな人かも知らないんだから」


「そういう事、俺達はまだ子供達にとっては知らない人なの。知らない人からあれこれ教えてもらって真面目に聞くわけないじゃん?真面目に聞く気のない授業ほど面白くないもんはないぜ」


「ふーん…」


こいつ、結構真面目に子供達に向き合ってるんだ。子供の事を考えていると言えばエリスちゃんだけど…もしかしたらアマルトはエリスちゃん以上にこの寺院の事を考えてたのかもしれないな。


「だから取り敢えず今日はこの子達と親睦を深めるのが先だ、一緒に遊んで話して自分のことを知ってもらうんだ。あと子供のいうことは否定すんなよ?どんなことでも笑顔で分かりやすくオーバーリアクション…分かったか?」


「うーい!」


「よしよし、んじゃあみんな!攻守交代だ!今度はみんなが鬼で…あのチビを捕まえるんだ!」


『はーい!』


「誰がチビだッッ!!って!ちょちょっ!?待ってよ!?」


突如として反転する攻守、今まで逃げていた子供達が逆にデティに襲いかかり始める。子供とは言えこの数に追いかけられたら怖いんだけどー!!


そうして、弟子達は子供達と親睦を深め…そして。



……………………………………………………


『うぎゃぁぁあーーーーー!!捕まったーーー!!』


『キャキャキャ!!』


『シャァッ!チビを吊るせぇっ!』


「向こうの方はすごい騒ぎのようですね」


「だね……」


寺院の奥、普段子供達には立ち入ることを禁じている神聖なる領域にてケイトとネレイドは静寂の中振り返り、孤児達の声を聞く。アマルト達は上手くやってるみたいだ。


本当なら私も手伝った方がいいのかもしれないが、私には私でやることがある…それに、私の体は大きいから子供達を怖がらせかねない。下手をしたら踏み潰してしまうかもしれない、だから私は寺院の仕事の方を請け負ったのだ…請け負ったのだからきちんとやり遂げよう。


「みんな元気だね」


「はい、健やかに育ってくれていることが何よりの喜びですね」


そうアルトルートさんと共に歩むのは…寺院の最奥。祈りの間のさらに奥…アルトルートさん曰く『静謐の間』と呼ばれる部屋、簡単に言えば霊安室だ。


陽光が差し込み、厳かというよりは清廉な空気が漂う一室にて、私達は歩んでいる。


「この孤児院事業はヒンメルフェルトが始めたものですか?」


ふと、ケイトさんが声をかける。するとアルトルートさんは振り向くことなく。


「はい、私の祖父の代からこの寺院は孤児院としてやってます」


「でしょうね、ヒンメルフェルトも孤児でしたから…まぁ昔は今と違って孤児院もそれなりにありましたし、何より教会がもうちょっとマトモだったので孤児の居場所もありましたがね」


孤児を引き取る…というのはオライオンのテシュタル教もやっている。それはテシュタル様の教えに独りの子を見捨てるなかれという教えがあるからだ。私も孤児歴は短いけど元孤児として何度か孤児達の支援はやったことがあるからよく知っている。


「祖父は自分のような一人で寂しい思いをする子供が少しでも減るようにと、特に孤児の引き取りに力を入れてましたからね…。最期もここの孤児達に看取られながら息を引き取りました」


「そう、きっとそれが最もよい終わり方だったのでしょう」


ケイトさんはいつになく真面目…というか、なんだかいつも見せている気安い雰囲気とは違う不思議なオーラを纏っている。もしかしたらこれが…本来の魔術師ケイトの顔なのかもしれない。


「私もそう思います、あ…祖父の棺桶はこちらになります」


そう言って案内されたのは、既に肉を焼かれ骨のみとなったヒンメルフェルトが収められた棺桶。オライオンテシュタルでは土葬が一般的だけど…真方教会は火葬なのか。


焼いて骨だけになった個人の遺骨を遺品と共に棺桶に収め、墓地へと埋葬する。それはこの地域が温暖で肉の腐食がオライオンよりも早いからそういう処置をせざるを得ないからだろう。


「ここにヒンメルフェルトが…」


すると、ケイトさんはヒンメルフェルトさんの入った棺桶に近づき、ゆっくりと手を当てると。


「………………メル」


とだけ、口にする。ケイトさんからすればヒンメルフェルトさんは私にとってのエリス達みたいなものだ。そんな友達と棺桶越しに再会…か、想像も出来ないしあんまり想像したくないけど。


きっと、今のケイトさんは…とても寂しいんだと思う。


「まさか貴方が一番早く死ぬとはね、ロレンツォもアレスも私もまだ現役ですよ、エースは外に出ちゃったので生きてるかも死んでるかも分かりません…、そんな中貴方が一番最初に向こうに行くとは…ちょっと意外ですね」


かつてマレウスで活躍した伝説のパーティ『ソフィアフィレイン』そのメンバー達の名前を口にする。


外大陸に旅に出た『勇者』エース・ザ・ブレイブ。


冒険者協会の幹部になった『魔術師』ケイト・バルベーロウ。


マレウス王国軍の教官になった『戦士』アレス・フォルティトゥド。


王貴五芒星に上り詰めた『商人』ロレンツォ・リュディル。


そして真方教会の神官になった『僧侶』ヒンメルフェルト・ケントニス。


伝説として語り継がれる旅路を静かに懐古する魔術師ケイトはスッと息を吸い、片手の指を合わせる見たこともない祈り方を見せて。


「より善い眠りを祈ります、我が真なる友」


真なる友…その言葉が私の中で木霊して…。


「なーんて言う風に死者に話しかけるのは好きじゃないんですけどね。死体に話しかけても意味なんかない、死んだ時点でその人は終わりなんですから」


「そう?…届いてると思うよ」


「…そうですか?まぁ、想うだけなら勝手ですが」


コンコンとまるでノックでもするように指の付け根で数度棺桶をノックするケイトさん、その顔はもういつもの親しみ易い朗らかな笑顔の仮面を被っており、真意の程は悟れなくなってしまった。


死者に話しかけるのは好きじゃないか…、テシュタル教の私には分からない感覚だな。


「取り敢えず、言うこと言ったので私はとしては満足です。西部から東部への大縦断もこの為と思えば呆気ないですが…あとはお葬式に参列して軽く拝むだけで終わりですね」


「本当にありがとうございます、祖父の魂もこれで報われます」


「私の一言なんかで報われますかね…」


「勿論、山賊に狙われていると言うのに態々来てくださってありがとうございます」


「山賊に…ねぇ」


すると、ポクポクとケイトさんはこめかみを指で叩きながら腕を組み、くるりと棺桶に背を向けこちらを見ると。


「そう言えばですが、私が山賊に狙われていると言う話…あれはどう言うことなんですか?」


「へ?どう言うこととは?」


「アルトルートさんは私に手紙をくれたじゃないですか。その手紙に書いてあったでしょう?山賊に命を狙われてるから気をつけて…って」


「あ、はい、書きましたね。それが何か?」


「いや、何かも何も、私…ここに来るまで狙われてないんですけど」


そうだ、私もエリスもみんなも不思議に思っていた。私達はケイトさんが狙われていると聞いて同行し護衛していたのだ。けど…いざ東部にきてみれば確かに治安は悪いものの山賊達がケイトさんを狙うそぶりは見せなかった。


寧ろ、何度も遭遇した山賊達の口から『ケイト・バルベーロウ』の名前の一つさえ出てこなかったんだ。これで狙われてるはおかしくないか?


「ですが本当にお祖父ちゃんが言っていたんですよ、死の間際に」


「ヒンメルフェルトが?なんて?」


「え?いや…『ソフィアフィレインの魔術が邪な思想を持つ良からぬ者達に狙われているから気をつけてくれ』って、ソフィアフィレインの魔術ってケイトさんですよね、そしてここらで邪な者といえば思いつくのは山賊ですし…」


「………………」


ケイトさんは小さく目を見開く、何かに気がついたように…そしてゆっくりとケイトさんは棺桶を見ると。


「なるほど、つまり…いや、その前に聞きたいことがもう一つ。ヒンメルフェルトの遺品はもう棺桶の中に?」


「え?はい」


「なるほど…全て、合点がいきました。すみませんねネレイドさん…私が狙われているというのは、こちらの勘違いのようです」


「か、勘違い!?いやでも実際お祖父ちゃんは…」


うん、分かるよケイトさん。勘違いというのはつまり……。


「いいえ勘違いです、ヒンメルフェルトの言った『ソフィアフィレインの魔術』とは私のことではなく、彼が冒険者チーム『ソフィアフィレイン』時代に発見した…魔術そのもの、つまり彼の遺品が良からぬ者に狙われているということです」


「へ…?」


そう、つまり…狙われていたのはソフィアフィレインの魔術師ではなく、文字通りソフィアフィレインの『魔術』なのだ。それを聞いたアルトルートさんが勝手に『魔術=魔術師』『良からぬ者=山賊』と解釈し『魔術師ケイトが山賊に狙われている』とケイトさんに手紙を出してしまったのだ。


「え?え?、お祖父ちゃんの魔術?どういうことですか…!?」


「我々ソフィアフィレインが伝説のパーティと呼ばれる所以の一つ…難攻不落と言われた『血獄之洞』の攻略の際見つけた…とある戦利品があるのです」


ソフィアフィレインの伝説の一つ『血獄之洞』…マレウスのとある場所に存在すると言われる難攻不落の地下迷宮の名だ。そこは無限とも言える数の魔獣が出現し跋扈している魔境、マレウスにいる魔獣の三割がそこから出現していると言われる最悪の穴がある。


その最下層に史上初めて赴き…古の遺物を発掘したのがソフィアフィレインなのだ。…とエリスが言っていたっけ。


「その洞窟は…八千年前から存在する地下迷宮でしてね?その最奥でいくつもの過去の遺物を見つけ歴史的な発見の一助を担ったのですが、その際…ヒンメルフェルトが見つけた『とある魔術文献』があるのです」


「魔術文献?魔術を作るのに必要な…設計図でしたか?そんなものを祖父が…え?でも祖父は魔術なんて作ってませんし、ましてやそんなものを発見したならお祖父ちゃんの名前は魔術の歴史に名を残してるんじゃ…」


「ええ、公表してませんからね。魔術を作らないまでも公表すれば大儲けできる利権を手に入れられたのに…彼はその文献を見た瞬間」


『…ダメだ、ケイト。これは君には見せられない、いや…他の誰にも見せられない。こんな恐ろしい魔術が世に出れば…ひっくり返ってしまう。我々の世界が根底から』


「って言って懐に隠して、以降ずっと隠し持っていたんですよ。あの魔術の存在を知っていたのは先代教皇アデマールと先代国王イージスくらいじゃないですかね」


世には出せない魔術…、その設計図を見つけてしまったヒンメルフェルトはその恐ろしさに慄き、生涯秘匿することを誓い…そして事実その通りにした。


未発見の魔術がこの世に沢山あることはジャックが証明している。ジャックの使う海洋魔術みたいな…世に出ていれば人類の繁栄が根底から覆されるような最悪の魔術はこの地には沢山眠っている。


つまりヒンメルフェルトさんは、そんな恐ろしい魔術が世に蔓延ることを阻止する為に棺桶の中までそれを持って行ったのだ。


「つまりヒンメルフェルトが口にしたソフィアフィレインの魔術とは、彼がソフィアフィレイン時代に見つけた魔術文献の事。それを山賊ではない何者かが狙っている可能性がある…ということです」


「そんな…お祖父ちゃんがそこまで忌避するなんて、どんな魔術なんですか?」


「さぁ、私がどれだけ頼んでも見せてくれなかったので私は知りません。けど…彼はその魔術をしてこう呼んでいました」


指を一本立て、ギロリと視線を尖らせるケイトさんが口にするのは…。


「『羅睺の遺産』…とね」


「羅睺…!?」


ゾッと皮膚が粟立つのを感じる。今なんて言った?羅睺?つまり…ヒンメルフェルトさんが見つけた魔術文献とは…。


魔女の天敵『羅睺十悪星』が残した古式魔術…ってこと…?


…………………………………………………………


「よーし!たーんと食えよ!」


「わーい!アマルト先生大好きー!」


「全員に皿は行き渡ったな!?もう貰ってない子はいないな!?ラグナ!」


「待て待て、今名簿確認してる…えぇ〜と!クリスはいるしナットもいるし…よし!全員いるな!オッケーだ!」


お昼、子供達に食事を振る舞う時間だ。故にエリス達は寺院の食堂を借りて子供達にシチューをご馳走しようと奮闘していました。子供とはいえ四十人前…軽い団体客並みの料理を作るのは大変でした。


メグさんが持ってきた人を三人くらい同時に煮込めそうな超巨大な鍋を使い、その中でいっぱいシチューを作って一人一人にパンを用意して…弟子達総動員でようやくみんなにシチューを行き渡らせることができました。


「美味しい!美味しい!」


「僕こんなに美味しいの食べたの初めて!」


「なははははは!だろ?だろ〜?」


「うん!幸せ!」


シチューを受け取った子供達はみんな大喜びです、やっぱり作ったものを笑顔で食べてもらえると嬉しいもんですね。


なんてシチューを食べている子供達を笑顔で眺めていると…ふと、エリスの近くにいる一人の女の子が何やら俯いているのに気がつく。


「ん?どうしたの?君」


「あ…う……」


もしかしてシチューが嫌いだったのかな?と思ったが、彼女の持っている皿は既に空だ。きちんと完食しているようだけど…どうしたんだろう。


「お腹痛いの?」


「ううん…その、美味しくて…全部食べちゃったの…でも、まだ…もっと食べたくて」


「え?ならおかわりすれば…」


「ダメなの、私お姉ちゃんだから…私が食べたらみんなの分がなくなるから…我慢しなきゃなの…だから」


「っ…!」


思い至る、街の様子を、そして子供達の体が痩せ細っている事を。そうだ…今この街は山賊達の嫌がらせのせいで一ヶ月近く困窮している。その上ずっと昔から孤立無援でやってきたこの寺院だ…経済状況もよくないだろう。


きっと、満足に食べらない日が…ずっと続いていたんだ。だからこの子は他よりも年上だからとずっとおかわりを我慢してきたのだろう。


くっ…くぅ〜!!


「大丈夫!エリス達は山ほど食材を持ってきてますから!」


「でもそれだと明日の分が…」


「明日も明後日もその次もずっと無くならないだけあります!十回だって百回だっておかわりしていいんです!好きなだけ食べていいんです!」


エリス達にはメグさんの時界門がある、帝国からいくらでも食材は持ってこれる!無くならないから遠慮もいらない、何より…年上だからって…貴方もまだ子供じゃないですか。こんな小さな子供が…我慢なんてしちゃいけない。


我慢は大人になってから好きなだけすれば良い、だから今は…少しでも。


「い、いいの…?」


「はい!アマルトさん!シチュー具沢山大盛りで!」


「はいよぉっ!」


その声と共にドン!と他よりも大きなお皿に並々と注がれたシチューと焼きたてのパンが目の前に置かれる。それを目にした少女の目はキラキラと輝き始め。


「わ…わぁ、いっぱい…いっぱいある…!」


「ええ、全部食べていいんですよ」


「っ…ありがとう!ありがとうお姉ちゃん!」


少女の頬を流れる涙。キラキラと輝くそれは…いいんだ。子供の涙は嬉しい時に流すもんだよ。


「お、俺もおかわり!」


「私も!」


「僕も!」


「ッシャァ!ドンドン来いや!ラグナとネレイドを普段から食わせてる俺の腕前ナメんなよぉっ!」


それに触発され次々と空のお皿を持って立ち上がる少年少女達、みんな我慢してたんだな。みんなお腹が空いてたんだな、いいんだよいくらでも食べて。好きなだけ食べてそしてお腹いっぱいで眠るんだ…それでいい。


「なんか、色々流れでやったけどさ」


「ラグナ?」


ふと、子供達の名簿片手にこちらに歩いてきたラグナは、嬉しそうにシチューを食べる事達を見て…。


「いい事したな…って思えるな」


ニッと笑う。そうですね…それは本当にそうです。この世界は子供達に厳しすぎます、本当ならもっと守られるべきなのに、世界や人々は子供を守らない、だからこんな風に誰かが子供達の未来を守らなきゃいけない。


子供達の笑顔を、大人が守るべきなんだ。


「ですね」


「へへへ、よし…昼飯が終わったら、次は昼寝の時間か、メグさんが既に寝床の用意はしてくれてあるからこっちは準備の必要はないな」


既にメグさんが子供達の寝床の準備をしてくれている。普段はそこまで気が回っていないのか子供達の寝床も結構酷い状態でしたからね、メグさんがまとめてシーツを取り替えデティが魔術で換気と掃除を行い健やかな状態で寝れるようにしてくれてるから、子供達が食べ終わったらそのまま寝室に誘導すれば……。



そうエリス達がお昼ご飯の時間に見切りをつけ始めたその瞬間だった。


食堂の扉が勢いよく開かれたのは…。


「……………!」


「え?」


いきなり扉を開き、ムッとした様子で部屋にズカズカ入ってくるのは…これまた子供だ。土で汚れたシャツと土で汚れた肌、そして大振りのツルハシ…。


(この子、ガイアの街の外で地面を掘っていた…)


そうだ、この街に来た時一番最初に見かけたツルハシで地面を掘っていた子。あの子が難しい顔をしながら部屋に入ってきたんだ。


もしかして、いやもしかしなくてもこの子…テルモテルス寺院の子だったのか。


「あ、バルネアにいちゃん…」


「おかえりバルネアにいちゃん」


「ニーナ、コゼット…こいつら誰だ」


ギロリとツルハシを持った少年…バルネア君はエリス達に敵意を見せるよう睨めあげる。こ…怖い子だな。


「この人達、私達にご飯くれるの」


「ご飯?クサレ山賊じゃねぇだろうな…!」


「ち、違います!エリス達はアルトルートさんの頼みで来た冒険者ですよ」


「冒険者?街の警護してるアイツらみたいな?」


え?エリス達の他にもこの街に冒険者がいるのか?…あ、そういえばアルトルートさんが数週間前から冒険者を雇ってるとかなんとか言ってたな。その人達のことかな?まだ会ってないけど。


「ええ、そうですよ」


「ふーーーん、…まぁいいや」


するとバルネア君は徐に空のお皿を取ると…。


「ん、飯くれるんだろ?早くくれよ」


「あ、はいはいお待ちを」


慌てて皿を受け取り中にシチューを入れて、焼きたてのパンと一緒にバルネア君に渡すと。彼は受け取った料理にスンスンと鼻を近づけ…って、別に変なもの入れてないですよ。


「そんなに警戒する必要ないですよ」


「フンッ、大人は信用ならねぇ。食いもんで吊られると思うなよバーカ」


大人は信用ならないか、悲しいことだがきっと彼にとっては事実なんだろうな…。


バルネア君はエリス達には悪態を吐くと、一人でテーブルに座りガツガツとパンとシチューを噛まずにドンドン飲み込むと。


「ん、食い終わった」


「え?もう?おかわりは?」


「いらね、行くとこある」


「行くところ?…何処に?」


「お前らにゃ関係ねぇだろ、じゃあな」


するとまたバルネア君はツルハシを持って空のお皿をテーブルの上に置いて再び出て行ってしまう。食うもん食って出てった…なんだったんだろう。


「えっと、コゼットちゃん…でしたか?」


「ん?」


先程おかわりを躊躇っていた子、バルネア君によるとコゼットと呼ぶらしき子に声をかけると可愛らしく首を傾げて口元にシチューをつけて返事をしてくれる。可愛い。


「えっと、さっきの子は?」


「バルネアにいちゃん、ウチで一番年上なの。アルトルートさんの言うこと聞かないでいつも街の外に出て温泉掘ってるんだ」


「いつも温泉掘ってるんですか?なんで?」


「知らない、教えてくれない。けど一回も出たことないんだって」


「そりゃ……」


そうでしょうよ。子供の手じゃ温泉なんか掘り当てられない…しかし不思議だな。外からやってきて温泉の利益目当てに地面を掘る商人ならまだしも、この街には温泉なんか山ほどあるだろうに。


そんなもの掘り当てて何になるのか。


(よく分からないけど、伊達や酔狂でやってるようには見えない…)


バルネア君…彼は何か、確たる信念を持って温泉を求めてるような気がする。


「おーい!エリスー!そろそろみんなの食事が終わりそうだ、お前は俺と食器洗いを頼む!」


「え?あ!はい!」


見れば既にポッコリお腹を膨らませた子供達が眠そうに目を擦っているのが見える。どうやら昼寝の時間らしい、十歳を超えてる子はまだしもまだ小さな子には睡眠も重要なんだ。


その為にも役割分担、メルクさんとラグナ、そしてナリアさんが子供達を寝室に連れて行く。その間にエリスとアマルトさんで食器を洗う…と言うわけだな。


…しかし多いな、まぁ四十人前だからな…これは気合が必要そうだ。


「よし!やるぞ!」


クルッと一回転してコートを腰に巻き、両頬を叩く。ファイトだ!エリス!


………………………………………………………………


「ふぃー、一服一服」


「お疲れ様ですアマルトさん」


「へっ、このくらい訳ねぇぜ」


とまぁエリスとアマルトさんのコンビなら四十人前もなんのその、あっという間にチャチャっと片付けられる訳なんですねこれが。エリスが常に温水を魔術で用意しつつ油汚れを落とし洗い終わったそれをアマルトさんが超高速で拭き上げお片づけは完了。


オラオラって感じで二人で声を張り上げて食器は全て綺麗に棚の中に収められました。


「ふぅ、さて…」


「あれ?アマルトさんまだ何かするんですか?」


「ああ、子供達が寝てる間に俺達の分の飯を用意しないとな。一応シチューはそこそこ残してあるから、これにプラス何品か。あんまり悠長に食ってる暇はないが…食わなきゃ動けんからな」


「確かに!」


しかしこの人は、本当に働き者だな。元々人の役に立って褒められるのが好きな性分だったが…なんていうか、彼自身の役職のこともあって今回はかなり真面目だな。いつも不謹慎なことばっか言うのに。


「はぁ〜、ようやく寝てくれたぜ」


「眠くても眠くても中々寝付いてくれなくて苦労したぞ」


「ふふふ、見知らぬ人達が来てそわそわしてたのかもしれませんね」


「あ、三人とも。おかえりなさい」


すると子供達を寝かしつけたラグナ達が帰ってきて…。


「そちらもお仕事が終わったようでなによりです」


「はぁ、子供達と全力鬼ごっこした疲れがまだ残ってるよ、これは明日筋肉痛かな」


そして筋肉痛に喘ぐデティと…あれ?メグさん?


「メグさん?その…なんでその人達が」


そう指差す先はメグさんの隣。そこには…メグさんの部下のアリスさんとイリスさんが居る。その人達馬車の警護をしてるはずじゃ…。


「ああ、しばらくこの街に滞在するようだったので…馬車とジャーニーは帝国の方に移しました。なのでフリーになった二人には孤児院の仕事の手伝いをしてもらおうかと」


「アリスでございます、皆さんの為にお役に立ちたいです」


「イリスでございます、戦いのお役には立てませんが雑事ならば何でもできます」


なるほど、確かにそうだ。寝泊まりはこの寺院ですることになってるし…移動もしばらくはない、なら使わない間 馬車を山賊が跋扈する荒野に放置するのは危険だ。


ならば帝国の倉庫に閉まっておけば安全だし、何より戦闘以外の面においてはメグさん並みに万能なアリスさんとイリスさんが仕事に加わってくれるならこれ以上ない戦力だ。


「へぇ、これは助かるな。頼りにさせてもらうよ、アリス イリス」


「はい、ラグナ様。海魔ジャックに囚われていた際はお助けできませんでしたが今回は違います」


「はい、我等精鋭メイドが子供達の健やかな生活を保障します」


「ではアリス、貴方は子供達の洋服の洗濯を。イリス、貴方は散らかった寺院内の清掃を。私は午後からの活動に用いる諸々の物品の準備と入浴の支度をしてまいります」


『はい!メイド長!』


とだけ言い残しまた仕事へと消えていく三人のメイド達を見て呆気に取られる。やっぱりあの人たち…頼りになるなぁ。


「んじゃ、俺達もいくか」


「え?ラグナ達も?何処へ?」


「さっきメルクさんと話し合ってこの庭に子供達が遊べる遊具を作ろうと思ってさ」


「スペースだけはあるんだ、私の錬金術で安全性の高い素材を用意すれば遊び場くらいは作れる」


「おお、確かに…」


「じゃあ僕は後で子供達に見せる用の紙芝居でも作りますかね」


「じゃあ私は筋肉痛治してから、適当にお庭の掃除でも…」


なんかみんなドンドンやること見つけてるな、流石だ。…じゃあエリスは何しようかな。


……そうだ。


「じゃあ、エリスはさっきの子…バルネア君の様子を見てきますね」


「お?そうか?じゃあ昼飯食ってからにしろよ、お前らも!」


「はーい!」


子供達が寝ている間…といっても時間はあまり長くない。その間だけでもバルネア君の様子を見てこよう。東部の治安は悪いし…もしものことがあったら大変だしね。


故にエリス達はそれぞれの仕事場に向かう前に軽くシチューを食べて補給をしてから動き始めるのだった。


……………………………………………………………………


街の外は治安が悪い、もしかしたらもしかしてって事もあるかもしれないからバルネア君を見に行こう。彼はエリス達のことをな信頼してないかもしれないが、そんなもの助けない理由にはならないからね。


そう思って様子を見にいったのだが。


「このガキィ…生意気吐かしやがってぇ!」


「この山蛇のコンダ様に対して上等な口聞くじゃねぇか…!」


「とっちめてやろうか…!」



「うるせぇ!クソ山賊共!全員ぶっ殺してやる!」


ふつーに早速、山賊に絡まれていた。エリスが街を出た瞬間見たのは三人のガラの悪い男に囲まれながらもツルハシを構えるバルネア君との姿、それで済んだなら良かったのだがなんとバルネア君は山賊達に負けじとツルハシを振り回し相手に怪我をさせたのだ。


これにより山賊達は激昂、子供相手に大人気ないにも程がある。しかしバルネア君…ちょっとそれは無謀ではないですかね…。


まぁいいか、別に…どうでもいい。



だって、やる事は変わらない。


「お前ら山賊さえ居なけりゃ…みんなもっと飯を食えるんだ!お前達が居なくなれば!」」


「このクソガキ…!…いや、こいつ攫って行けばモース様に取り入れるかもしれねぇぜ?」


「そうだよ、こいつどうせテルモテルス寺院のガキだろ?人質にすれば大手柄じゃん!」


「んじゃ、軽く誘拐してやる…ぐげぇっ!?」


「え…!」


バルネアを誘拐しようと伸ばした手が…後ろへと吹き飛ぶ。いや吹き飛んだのは手を伸ばした山賊自身だ。吹いた突風と共に炸裂した蹴りが男を後方まで吹き飛ばしたのだ。


「子供を傷つける奴は…許さん!」


疾風と共に砂塵を巻き上げ、男を蹴り飛ばし金髪を踊らせる。エリスの視線が吹き飛ぶ男の行く末を見据え、そのまま敵意を爆裂させる。


そう、やる事は変わらない。今目の前にいる男達がバルネアと言う子供を傷つけようとしている時点で、やる事は変わらないのだ。


「コンダ様!テメェ何者だ!」


「ッ……!」


山賊は三人組、一人を傷つければ当然それを察知し残りの二人が動く、事態の把握はまだ出来ていないがそれでも襲撃を受けたことを理解した二人は、バルネアから襲撃者エリスへと標的を切り替える。


至近距離故に腰の武器を抜かず拳での迎撃を選択した山賊達は、握り拳を固く締めエリスの顔面目掛け暴威を振るう。


「オラァッ!!」


しかし、所詮はテレフォンパンチ。雑に振り下ろされた拳はエリスに触れる前にエリスの手で軽く払われ行く末を失い、カウンター気味に放たれたエリスの拳が逆に男の顔を変形させて異音を響かせ吹き飛ばす。


「なっ!?なんなんだよおま…!」


残った仕事は簡単だった、もう一人の反応は遅く仲間が二人倒されてなお呆然として文句を垂れることしか出来なかった。お互いに拳を握り締めたらよーいドン!…で始まる喧嘩は何処にもない。


二人ブチのめし誇る標的に視線を合わせたエリスの流れるような蹴りが的確に男の鳩尾を打ち抜き、その衝撃で男が着込むコートの背部が大きく膨らみ。その体は地面に吸い寄せられるように力なく倒れる。


かかった時間は凡そ八秒。目にも留まらぬ早業で山賊を三人仕留めたエリスは崩れた髪を直し…見下ろす、バルネアを。


「無事ですか?」


「え…あ…」


バルネアの泳ぐような視線がエリスと地面に倒れ伏す男達を見る。今目の前で脅威として映っていた山賊が、電光石火の如く訪れた女によって瞬く間に撃滅されたのだ。これに動揺しないのならバルネアを子供と呼ぶ事はできないだろう。


「た、助けてくれたのか?」


「ええ、子供を傷つける奴は一人として生かしちゃおけませんから」


「こ、子供じゃねぇ…」


「そうですか、そう思うのは勝手です。エリスも貴方を勝手に子供だと思うので」


「なんだよお前…ッ!」


しかし、バルネアの顔はすぐさま恐怖に変わる。エリスが怖かったのか?といえばまぁ怖いだろうが、見ている先はそこではない。


先程エリスが吹き飛ばした男の一人…コンダと呼ばれた大男が立ち上がったのだ。


「イッテェ〜なぁ、しかも俺の大事な舎弟をぶっ飛ばしてくれやがって…このアマァ…!」


「ほう、立ちますか…」


ザリザリと音を立てて振り向く。見ればコンダはエリスの蹴りを顔面に受けながらもピンピンしており…ちょっとエリスも驚く。割と本気で蹴った、最悪死んでもまぁええやろくらいの感覚で。


こうやって蹴ったら大体のチンピラはお休みする。のだが…コンダは違う。


(こいつ、雑魚じゃない…結構タフだ)


構えを取る、この男は雑魚じゃない。少なくともエリスがこの旅路の中で相手をしてきた追い剥ぎまがいの山賊達とは一線を画する強さだ。


「…丁度いい、口が聞けるのが一人残ったのなら聞きましょう。貴方は何者ですか」


「へっ、俺はモース大賊団の分隊序列三位の山蛇コンダ・アナコンだ…、みみっちいシノギで本隊に上がったオオテングやショウと違って…本格派山賊としてやらせてもらってるモンだ、ヨロシク!」


「分隊…?いやモース大賊団ですか」


想像はついていたが、やはりこいつはモース大賊団のメンバーか。何やら目的を持ってこの街を襲撃し物流を食い止め街を干上がらせている犯人達。大方その嫌がらせの最中にバルネア君を見つけて攫おうとした…と言ったところだろう。


「テメェ、まさかアルトルートが雇った冒険者か?」


「あ?…あー…そう言うことになるのか?」


ん?そう言うことなのか?エリス達の雇い主はケイトさんだ。でもケイトさんはアルトルートさんの為にエリス達を雇ったから結局エリス達の最終的な雇い主はアルトルートさん?でもアルトルートさんには報酬の支払い義務はないから依頼には関係なく…。


だぁー!面倒くさい!しかも…。


「貴方には関係ないでしょう。今ここでエリスが貴方をぶっ殺す事に何の変化があるんですか?」


「関係あるに決まってんだろ、テメェらがいなけりゃこの街なんかなんか簡単に落とせるんだ。ガキ一匹攫うより余程手柄になるぜ」


「…よくわかりませんが、取り敢えず生まれてきた事後悔してください」


「そりゃテメェの方だ、山賊を怒らせたら怖いってよぉ…身に刻めやぁ!!」


刹那、コンダは懐のナイフを抜き放ち凄まじい速度でエリスに向けて刺突を放つ。抉りこむような腕の回転で小規模な竜巻が生まれる程の剛腕。ギリギリで回避したエリスの髪が巻き込まれるくらい強烈な突き。


こいつ、やっぱり強い。


「フッ!」


「おっと!なかなかやるじゃねぇか!」


回避と共にカウンターを放ち沈めるエリスの黄金パターンはコンダの前に呆気なく防がれる。突いた腕を戻しながらもう片方の手を振るい懐に潜り込むのを防ぎつつ、牽制の斬撃を数度振るい的確にバッグステップで距離を取る。


素手のエリスと武器持ちのコンダ、この関係性を活かせる絶妙な距離管理に思わず感服する。


「ステゴロで俺に勝つのは無理だぜ?」


「そうですか…なら」


手元に魔力を集め螺旋を描く。舞い上がった砂が手元に集まり形を成す。ステゴロで無理なら魔術を使う…そしてそのまま西部辺りまで吹っ飛ばしてやる。


「ッ…魔術か!?テメェ魔術師だったのか!?」


「『颶神風刻大……」


そうエリスが手をかざした、次の瞬間だった。


『何やっとんじャァッッ!!』


「っ!?」


即座に魔術を引っ込め全力で後方に飛ぶ。突如として響いた声…それと共に降り注いだ濃厚な敵意を感じ取ったからだ。そんな直感に従った結果は即座に現象として現れた。


吹き飛んだんだ、コンダがじゃない。コンダの立っていた地面ごと空から降り注いだ隕石の如きそれにより地面が炸裂し、ガラガラとエリスの足元に瓦礫が転がる。


新手か…?でも山賊を攻撃したし…。


「チッ、少し街から出ただけでこれか、油断も隙もない」


ザリ…と立ち上がる土煙の向こうに見えるのは、天空からの一撃を受け倒れ伏したコンダ、そして空から降り注いだと思われる攻撃の発生源たる…三つの影。


「それで?お前は何者だ?モースの仲間には見えないが…同時に見覚えも……ん?」


山賊達より一回り大きい体格、アルクカース人特有の浅黒い肌を持った男達は、土煙から姿を現しエリスに向けて武器を突きつけるが…即座に悟った。


エリスもまた、新手の可能性を感じて構えを取っていたが…それを解く。だってその人達が絶対に敵じゃないってわかったから。


だって…エリス、この人達を知ってるから。


「あ、貴方達…まさか、アルトルートさんが雇っていた街を警護する冒険者って…」


「その声、そのコート…まさかお前」


「あ、兄貴!俺こいつに見覚えあるぜ!」


「そうだよ兄ちゃん!こいつ確か…」


そう、その三人組の冒険者とは、いや『三兄弟』の冒険者とは。


「アルザス三兄弟!?!?」


「エリスかお前!」


アルザス三兄弟だ…、エトワールで戦ったマルフレッドの用心棒だった三ツ字冒険者達、


ドレッドヘアーの長男ラック・アルザス。


スキンヘッドのすきっ歯デブの次男リック・アルザス。


そして一番美男子な末弟ロック・アルザス。


アルザス三兄弟が…エリスの前に現れたのだ。


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