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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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439.魔女の弟子とテルモテルス寺院



ギコギコと、乾いた地面を車輪が傷つけ。熱波降り注ぐ灼熱の大地を征く馬車はその旅路の果てたる街を見据える。


「ようやく到着ですね、地の街ガイア…」


そう小さく呟くエリスは目の前に見える巨大な街を見て一息つきながら手綱を握り直す。ケイトさんから持ちかけられた依頼によって始まった東部の果て地の街ガイアを目指す旅。マレウスを一刀両断する様な旅路はようやく終わり…エリス達は目的地へと到着したのだ。



ライデン火山の麓に位置する地の街ガイア。他のどの街よりも乾き切ったこの街を一言で表すなら…砂岩の街々だろうか。砂を固めて作った資材を積み重ねて作られた軒並みから感じる情緒は静謐そのもの。暑苦しいこの東部の果てにあるだけあって栄えているとはいえないがそれでも街の規模でいうなら東部にある街の中で二番目の大きさだ。


街の中央に聳える寺院を中心に広がる様に山の麓を囲む街のあちこちから水蒸気が立ち上り、独特の匂いを発している。


これが地の街ガイア、エリス達の目的地…僧侶ヒンメルフェルトの葬儀が執り行われている街だ。


(火山が目の前にあるだけあって、他の街や地域よりも特段暑いですね)


見上げるライデン火山、既に活動を休止してより長いらしく噴火の危険性は愚か溶岩も吹き出ることはないらしい。まぁ溶岩ドロドロ!マグマどっかんどっかん!だったら麓に街なんか作れないけどね。


「皆さん!着きましたよ!」


「お、ようやくか?」


「もう準備は出来ているぞ、む…うむむ、やはりというか何というか、暑いな」


「うへー、暑いねー!」


「うん、ナリア君の冷却陣がなかったら…溶けてた」


ゾロゾロと馬車から降りてきて皆一斉に顔をしかめる。流石のラグナも暑いのかやや眉を顰める。


東部が暑いのは地底の溶岩が地表を集めているから。そしてその溶岩の出所はこのライデン火山だ…そりゃどこよりも暑いよ。軽く例えるなら夏の一番暑い日よりもさらに暑い感じだ。


だが幸いというか何というか。湿気そのものは全然ない為倒れる様な暑苦しさは感じない。むしろオーブンの中のように皮膚を焼かれる感触だけが残る。活動する分には問題なさそうですね。


「おやおや、ようやく着きましたか。皆さんのおかげで安全に到着することが出来ました、ありがとうございます」


「いえいえケイトさん、…それより報酬は」


「先に葬儀を終わらせてからですよ」


むむむ、報酬だけ受け取って『じゃあねー!』とは行かないか。まぁそんな事しないですけどね、エリス達もそんな非道な人間ではありませんよ。


「しかしあちこちから水蒸気が上がっているな」


「あれかマレウス東部の温泉か…なんか、変わった匂いがするな」


「入らないとは言いましたが、いざこうして目の前にすると入りたくなりますね」


「んふふ、じゃあみんなで温泉を楽しみましょう〜…お?」


ふと、街に入ろうとその入り口に足をかけたところ何か…甲高い音を聞きつけ、視線を左右日揺らす。なんだ?なんの音だ?


そう気になってみれば、…音の出所は街の外にあった。街の外壁の外側、何もない荒野のど真ん中で…。


『っ…っ…っ…!』


青髪の子供が一人で、ツルハシを振るって地面を叩いていた。いや掘っているのか?…大人用のツルハシを頑張って振り上げ振り下ろす都度キンと甲高い音がなるものの…対して掘り進められている様には見えない。


「子供が…」


「ん?あ、本当だ。何やってんだあんなとこで」


「近くに親御さんがいる様には見えないが、…それにあの様子。遊んでいる様にも見えんぞ」


皆で足を止めて子供に注目すると、ケイトさんが『ああ』と小さく口を開き子供を一瞥すると。


「ああ、あれは温泉掘ってるんですね」


「温泉?」


「ほら、ここら辺って適当に掘ってるだけで温泉出てきますから。よくいるんですよね、事業に失敗した商人が一か八かで温泉掘り当てて温泉運営しようってこの東部にツルハシ一本持ってやってくるのが」


温泉を掘り当てられれば、無限に湧いてくる商品を片手に商売が出来る。ある意味初期費用と得られる利益が全く釣り合っていないこの世で最も旨い話とも言えるだろう。


とはいえ、そんなことして…果たして本当に温泉が掘り当てられるかといえば、ちょっと怪しいところだ。地面を軽く小突いただけで温泉が湧いてきたら、それはそれで生活もままならないよ。


地下水ってのはそもそも、人が一人頑張ったとて手の届かない領域にあるんだ。


「でもそれは大人の話ですよね、あの子はまだ子供です」


「あの子も温泉が欲しいんでしょ」


「エリスちょっと手伝って…」


「おおっと、エリス…待った」


あのままじゃ可哀想だ、エリスが手伝えば温泉だろうがマグマだろうが噴き出してくる様な大穴を地面に開けられる。そう思いあの子の手伝いをしに行こうとするが…ラグナに止められる。


「なんで止めるんですか」


「あの子を手伝ってどうするよ、まさか温泉掘り当てるまで一緒にいるつもりか?」


「魔術で岩盤を吹き飛ばします、一瞬です」


「やめろ、街に入れなくなる」


「う…!」


仰る通りだ…そんなことしたらエリス達は『動く天災一座』として街に迎え入れられることになる。そうなったらケイトさんも葬儀に参加出来なくなってしまう…。


「この街からは直ぐに離れるわけじゃないんだ、一先ず腰を落ち着けたら…様子を見にくればいい」


「…分かりました」


「納得したか?」


「一応」


「よしよし、いい子だ。ならとっとと腰落ち着けるためにも葬儀会場に行こうぜ?アルトルートさんだっけ?その葬儀を執り行ってるのは」


「はい、彼女はこの街の教徒を束ねる立ち位置にいるので、どーせあそこにいるでしょ」


そう言ってケイトさんが指差すのは…街のど真ん中にある巨大な寺院。テシュタル風味の建造物とはやや違う気もするが…まぁ街一番の人に会いに行くなら街一番の建物に行くのが一番手っ取り早いってやつだね。


「よし、じゃあとりあえず、あそこを訪ねよう」


そんなラグナの言葉によって…エリス達のガイアでの冒険、そして…過酷な戦いが幕を開けるのだった。


…………………………………………………………


地の街ガイア…この街は古くからライデン火山と共にあった。元はライデン火山近辺から噴き出る特別な温水を独占するため、とある商会がこの街の近辺を占領したのが始まりだった。それ故にこの街の至る所から今も温泉が湧き続けているんだ。


しかし、いつしか時は経ちこの街を占領していた商会が消滅して、街だけが残り。残った人達がテシュタル教を崇め始めた事により街全体がテシュタル教の街となったのだ。


マレウス特有の街ごとの文化の違いは東部ではあまり見られない。街の殆どがテシュタルを崇めているから価値観が統一されていることもあり、この街もドゥルークと似た様な感じだ。けど…。


「うぅむ、思ったよりも酷いな…」


思わずメルクさんが呟いてしまうくらいには、街の状態は悪かった。


あちこちで痩せ細った人達が力なく座り込んでおり、店という店は見当たらず、栄えている…とはいえない様子だ。


それに…。


「ねぇエリスちゃん」


「ん?どうしました?」


「この街、異様に人が少ないよ。あちこちに並んでる家…三件に一つは空き家だよ」


人が少ないのだ。街という箱は大きいのに、その中に居るはずの人がなんだか少ない。


異様…というよりは異常だな。


「ケイトさん、ガイアという街は…こんな感じなんですか?」


「………………」


ナリアさんがケイトさんに聞くが、答えはない。いや言うまでもないのだ、彼女の表情を見ればわかる。


『これは確実に何かおかしい』…そう疑う様に眉を強張らせ周りを見回している。


「おかしいですね、前来た時はこんな寂れた感じじゃなくて。温泉目当てのお客さんや楽しそうな方とか…沢山いたんですけど」


「前来た時?何年前ですか?」


「半世紀くらい前」


そりゃあ絶妙に参考にならないな。50年もあれば街一つくらい滅びてもおかしくない気がしますが…。


「それにヒンメルフェルトの葬儀が行われているならもっと人が来ていてもおかしくない筈。一体この街に何が…」


「…………」


ちらりと見る。街の一角。そこには…子供がいる、小さな子供だ…兄妹だろうか?またも親がいる様には見えない、そんな子がこちらの様子を伺い目を合わせるとササっとどこかへ消えてしまう。


こんな感じの親が見当たらない子供が異様に多いんだ。大人だけしかいない街というのは見たことあるが…子供の割合が異様に多い街ってのは見たことない。だって子供は大人がいないと産まれてこないだろう。


「まぁ、歩いてるだけで山賊に声かけられるよりもいいだろ」


「それはそうですね」


そういえばこの街には山賊がいないんだな。ここに来るまでエリス達は五十人近い山賊をぶっ飛ばしてきましたが、ここに来て街の中も外にも山賊がいないとは。珍しいというか、ここも異常だな。


「アルトルートに聞かなくてはいけないことが、一つ増えましたね」


真剣な面持ちで歩みを進めるケイトさんに連れられて、エリス達はようやく街の中心である寺院に到着する。


寺院…オライオンじゃあんまり見ない感じの建物だ。年季の入った建造物からは神聖堂にも似た雰囲気を感じる。それに結構大きいし…なんて言うか。


荘厳だな…。


(っていうか、ここで葬儀が行われてるんですよね。の割には…)


耳を澄ませば、うっすら聞こえてくる。寺院の中から…笑い声。


テシュタルの葬儀はそんなに笑えるもんなんだろうか。というか葬儀が行われているにしてはこう…空気感があまりにも日常的すぎる。


なんだ、なんなんだこの変な感じ。なんなんだこの街…。


「…悩んでいても仕方ありませんね、失礼しますよ!」


そう言いながらケイトさんが寺院の敷地に足を踏み入れ声を張り上げるも。寺院から返ってくる返答は…シーンと響く様な静寂。


寺院のだだっ広い庭に風が吹き、砂塵が舞い上がる。


「えぇ…人いないのぉ…?いやいましたよね、声聞こえてましたよ…」


まさかの無視に呆然とするケイトさんを置いて、ふむふむと両手を組むのは…アマルトさんだ。


「ここ本当に寺院か?」


「なんでそう思うんですか?アマルトさん」


「いや、デザインというかこの庭の感じというか。似てるんだよな」


「似てる?何に…」


「小学園…ガキの通う学校にさ。いやこの場合はもっと…」



「ケイトでーす!ケイトですよー!ケイト・バルベーロウですよー!呼ばれたから遥々西部地方からやって参りましたー!居留守しないでー!」


そうダカダカケイトさんがその場で両手を振り上げながら地団駄を踏んだ瞬間…寺院の扉が小さく開かれ。


『ケイト……?』


「お?おお!子供!」


扉の隙間から小さな子供が覗いてる、なんだよ人居るんじゃないか…と思いきや。


『ケイト?』


『ケイトさん?』


『誰?』


『違う?』


「お?…お?」


続々と子供達が隙間からヒョコヒョコ顔を出して来る。これ…一人二人じゃないぞ、十人?二十人?いやもっと?いやいやここ寺院ですよね!?テシュタル真方教会の由緒ある建物ですよね!?


これじゃあ…これじゃあまるで…。


『誰…?』


「い、いつから…いつからガイアの寺院は託児所になったんですかー!?!?」


『あぁ!ごめんなさいごめんなさい!あ!退いてね?ごめんね?』


すると玄関の向こうから子供達を懇切丁寧に横に退けて何者かが駆け寄ってくる。その声は…大人だ、子供しかいないと思われた寺院の中から大人の女の声がする。


その声はケイトさんの叫びに答える様に慌てて扉を開き。


「す!すみません!ケイト・バルベーロウ様!遅れてしまいました!」


「あ…えっと、貴方が」


「はい!私がヒンメルフェルトの孫娘のアルトルート・ケントニスです!」


現れたのは、ボサボサの緑髪をそのままにメガネをかけた疲れ切ったシスターが一人…寺院から出てきた。しかしなんていうか…酷い格好だな、野党かクマにでも襲われたのかって感じだが。


この人が例のアルトルートさん?街一番の僧侶と聞いていたが、なんか…思ったより威厳のない人なんだな。


「えっと、あれ?ケイトさんはどちらに?」


「私がそのケイトですよ、アルトルートさん。貴方のお爺さんとは古い知人でして…って説明するまでもないですよね。ヒンメルフェルトから話は聞いているでしょうし」


「え、ええ!?若い!?」


「それより、色々と聞きたいことがあるのですが…いやその前、ヒンメルフェルトの葬儀は何処まで進んでます?もしかしてもう終わっちゃいました?」


アルトルートさんはあたふたしながら想像の十倍くらい若かったケイトさんの姿に手をバタバタさせながら話を聞いていた…かと思えば。


葬儀の話になった瞬間…ピタリと、その動きが止まる。


「……え?なんですかその反応」


「そ、葬儀ですか?…その…えっと…、実は…」






………………………………………………………


「ま、まだ何にも進んでない〜〜!?!?!?」


「はいぃ、すみませんぅ…!」


あれからエリス達はガイアの街のシンボルである寺院…通称テルステルモ寺院の内部へ案内されて開かれた門をくぐって…寺院で一番広い空間である祭壇へとやってきたのだが。


目の前には巨大なテシュタル神像、それを崇めるための長椅子が無数に並び、厳かな空気が漂う部屋に座るエリス達は…この寺院の『状況』をありありと目にする。


『待て待てー!』


『キャッキャッ!』


『あははは!』


「すげぇ子供の数…」


「騒がしい…」


ラグナが呆然としメルクさんが眉を震わせるその光景とは即ち。


寺院中を駆け回る子供の量だ、ざっと見た感じ四十人近くいるんじゃないか?それがみんな好き勝手思いのままに駆け巡り遊びまわり騒ぎまくってるんだからもうすんごい騒音だ。


しかもアルトルートさん以外の大人がいる様には見えない、つまりアルトルートさん一人でこの数の子供を見ているということか?ならば疲れた様子も納得できるが…。


納得出来ない点もある、それは。


「い、いやいや!ヒンメルフェルトがおっ死んでからどれだけ経ってると思ってるんですか!?私も葬儀にギリギリ間に合うかどうかと不安に思ってたくらいなのに…まさか葬儀を開く準備すら終わってないと!?」


「返す言葉もないですぅ…!」


シクシクと申し訳なさそうに泣き始めるアルトルートさんを見ているとなんか居たたまれなくなる。けどいくらなんでも時間がかかりすぎじゃないか?


だってヒンメルフェルトさんが亡くなってもう随分経った。もう始まっているどころか終わりが見えていてもおかしくないくらいなのに、まさか始まるどころかその準備すら出来てないって…。


「一応、お爺ちゃんの遺体は焼いてはいるのですが、それ以降の…葬儀の為の儀式が何も終わってなくて」


「何も?ほんとに何も?」


「はい、一切手付かずです…」


「何故…ああいや、なんとなく想像はつきますよ」


「はい…そうです、実はこのテルステルモ寺院は…孤児院も兼任しているんです。いやまぁ最近はもう孤児院一本みたいなところはあるのですが、この数の子供達を毎日見ているだけでもう手一杯で…」


たった一人で四十人近い子供を見る、壮絶だろう…エリスでは想像も出来ない。たった一人の子供の面倒を見るだけでも大変なのに、単純計算でその四十倍だ…とてもじゃないがたった一人の人間に任せられるものではない。


そこに更に葬儀の話なんて舞い込んでこようものなら…もう何も出来ないだろうな。


「本当なら私以外にも何人かこの寺院の僧侶が居て、前までは役割分担して子供達を見ていたらそれでも遺体を焼くまでは出来たのですが…」


「今、この寺院には貴方だけ…。街も結構酷かったですがこの寺院もこの有様。一体この街に何があったというのですか」


「…………何から話したらいいんでしょうか、最近色々ありすぎて、もうメチャクチャで…でも。明らかに日常が変わったのは、あの日からですかね」


眼鏡の奥にキラリと光る眼光が、強かな輝きを秘める。昔は街にも活気があったし、寺院にも人がいた、こんなんじゃなかったと彼女は語る。


「あの日、そう…お祖父ちゃんがこの街に来た直後くらいから、東部に山賊が現れ始めたんです」


「山賊が…」


「はい、山魔モース・ベヒーリアが到来したんです…」


アルトルートさんは語る、あれは歩く厄災そのものだと。彼女は常に複数の山賊を連れている。『本隊』と称されるエリートメンバーで固め、その周辺で『分隊』と称される山賊団を動かし金を持って来させる。そしてそんな山魔のお零れをもらう為全く関係ない山賊もまた追従して現れる。


結果、山魔モース・ベヒーリアが居る場所には尋常じゃない数の山賊が現れることになるのだ。


「モース達が東部に現れ始めた頃はただ『怖いなぁ』って思うくらいだったんですけど…、どうやら…モースの狙いはこの街のようなんですよ」


「え?この街?」


「はい、目的は分かりませんが…このガイアという街をとにかく敵視しているらしく、それを聞きつけた山賊がモースに取り入る為にひたすらこの街に嫌がらせをするようになりまして。お陰で物流も途絶え街は干からびる寸前ですよ、一応数週間前から冒険者を雇って警護をしてもらっているのですがそれでも限界があって…」


「なんと、あれはモースの…いやモースの取り巻きの仕業だったのか」


「でも所詮山賊だろ?王国軍に助けを求めれば答えてくれるんじゃないのか?流石に」


そうラグナが言えば、アルトルートさんは静かに首を横に振り。


「ダメでした、…私達の助けを求める声を…クルス・クルセイドに握り潰されたからです」


「……またクルスか」


まただ、またクルスの名前が出てきた…。


「元々この街は私の祖父のヒンメルフェルトと元教皇のアデマール様の二人が懇意にして面倒を見ていた街でして。言ってみれば…アデマール派の街なのです」


アデマール派…先代教皇の方針に従い続ける派閥であり、今の教皇であるクルス・クルセイドには従わない姿勢を見せる一派の事だ。エリスが以前マレウスを訪れた時出会った優しい神父やシスター達…言ってみればあれがアデマール派、かつての民衆と共に歩む道を選んだ真方教会本来の姿を継承する者達の事。


されど、裏を返せばそれは現体制への反逆に他ならず、現体制を敷く側であるクルスからすれば目の敵。そんなアデマール派を掲げるの街からの助けを…クルスが受ける道理はない。


「クルスが我々の助けを無視して、そればかりか…秘密裏にテルステルモ寺院に働きかけて、ここで働く修道女達を恫喝し…この寺院から離れなければ死罪、或いは破門と」


「それで、ここにはアルトルートさんしかいないと…」


「ええ、私の所にも来ましたからね…手紙が、アデマール派の看板を下ろせば助けてやるって」


「え?それでどうしたんですか?」


「分かってましたからね、きっと私が助けを求めてアデマール派の看板を下ろせばこの寺院を…潰すのでしょう。そうすれば私が助かるとしても…ここに居る子供達にはこの寺院しか居場所がないんです、寺院を潰されたら…意味がなくなる、私が生きている意味が」


アルトルートさんが見遣るのは寺院で遊ぶ子供達。ここが孤児院としての役割を持つということは…つまり彼らは孤児、親のいない子供達ということになる。


そうか、街にいた子供達…あれもこの寺院を頼りにした孤児達だったんだ。


「東部はこの有様ですからね、人が亡くなる事は不思議ではありません。子が死んだなら…親は後悔と悲しみの中生きてくことになる、でも子供は違う。親が死んだなら後悔と悲しみの中…生きていくことさえままならない」


「そんな子供達の…最後の寄る辺がこのテルモテルス寺院ってことか」


「はい、この寺院の話を聞きつけて子供をここに送ってくれる人もいれば、自分達でこの寺院に命懸けで来てくれた子もいる。私はそんな子供達が健やかに生きていけるよう…最後の最後まで頑張らなきゃいけないんです」


だからこの寺院を潰すわけにはいかない。例えモースの脅威とクルスの嫌がらせを受けても…絶対に引けないラインがあるのだ、そのラインを自らの踵が超えれば、この寺院…この街にいる子供達全員が死ぬことになるのだから。


「なるほど、寺院の惨状はモースに取り入りたい山賊達の嫌がらせ、そこにクルスの妨害が重なり人員も物資も全て無くなった所為でこの有様。そしてその所為で儀式の手筈も整えられなかったと…」


「凄い話だな、山賊を取り締まらないどころか加担までするなんて許せねぇよ…なぁエリス…」


「………………」


「エリス?」


ああ、酷い話だ。クルスはこの街の人達と子供達をなんだと思ってるんだ?山賊達が自領の民を虐げているのにそれが気に入らない人間だからとこれ幸いと嫌がらせに加わるなんて、一体どんな人間性をしていたらそんなことができるんだ。


…それに比べて、比べて…アルトルートさん、貴方は…貴方は…ぁっ!


「ず、ずばらじいでず!!あるどるーどざんっ!!えりず…がんどうじまじだぁぁあ!!」


「へ?へ!?」


「うぅっ!グスッ、卑劣な嫌がらせにも屈さずに子供達の未来の為に立ち続け守り続けるその姿…エリスは、エリスは貴方の事が大好きになりましたぁぁ!!」


「そ、そんな…私はただ、お祖父ちゃんが残したこの寺院とその寺院を頼ってきてくれる子供達を守りたかっただけで…」


「それが素晴らしいんです!今まで大変でしたね…今まで一人でよく頑張りましたね、でもエリス達が来たからにはもう大丈夫!…エリスが、この孤児院の面倒を見ます!!」


「えぇっ!?」


「はぁっ!?エリスお前何言ってんだよ!?」


何とは何か!己が正義に従い真実を口にしたまで!このままアルトルートさん一人に任せていてはいつか彼女が倒れてしまうかもしれない!そうなったら一体誰が子供達の面倒を見る!?アルトルートさんが倒れればきっとクルスは追い討ちをかける筈だ。


その時、人一人殺して平気な顔をしているクルスが子供達には甘い対応をするとはとても思えない…。それだけはなんとしてでも避けねばならない結末だ。


「エリス達で孤児院の子供達を守るんです!」


「いやだが……ん?いや、悪い提案じゃないのか?」


「おいおいラグナ、お前まで何を言っているのだ」


「いいやメルクさん、よくよく考えてみろよ。俺達ぁ葬儀が終わらなきゃ報酬の情報を貰えない。けどこのままじゃ葬儀は始まる気配もない、ってなったらさ?俺達でアルトルートさんの仕事を手伝ってその間に彼女が儀式を進めればいいんじゃないか?」


「む、それは…名案かもな」


流石はラグナ!そうですそうです!その通りです!エリス達が孤児院の子達を見ている間に、アルトルートさんが儀式を進めれば万事解決じゃないか!


彼女の負担を減らすんだ、エリス達ならそれが出来るはずです。


「ね!みんな、エリスのわがままかもしれませんけど…このままアルトルートさんや孤児院の子達を見て見ぬ振りで放置は出来ません!」


「…そうかもな、ぶっちゃけ俺らも今の話は酷いと思ったしエリスの意見に賛成だ」


「エリスさんが言わなくても僕が提案してかもしれません、それくらい僕もこの孤児院は放っておけませんから!」


「さんせーい!儀式の件もそうだけど やっぱり困ってる人達は助けてなんぼよ!」


「ふふふ、エリス様らしいですね」


「だね…、私も…賛成だよ。この寺院は…潰れるべきじゃない」



「み、皆さん…そんな、ありがとうございます…ありがとうございます!!」


孤児院を助けると意見が固まったエリス達にアルトルートさんは何度も頭を下げてお礼を言いだす。けどもそんなお礼を言われるほどの事じゃありませんよ、エリス達はエリス達の意思でアルトルートさんを助けたいって意見で固まったんですから。


「ですが皆さん冒険者さんですよね…子供達の面倒を見るのってとても大変で…」


「そこはお任せを、なんせうちには…ね!」


「あ?なんだよ」


ウインクする相手はアマルトさんだ、貴方言ってましたよね。寺院の空気が小学園に似てるって…それはつまり。


「ここにいるアマルトさんは子供の扱いならプロ級ですから、なんせ学校で先生もやってるんですからね!」


「ええ!?そうなんですか!?」


「いやいやまだまだ新米だけどもな、けど…まぁ丁度うちの生徒くらいの年齢のやつばっかりだし、俺…ちょいと気合い入ってるのよねん」


「心強いです!…あ、でもここには寺院の仕事そのものもありますし…」


「そこもお任せを!なんせうちには…ね!」


「……ね」


パチクリとウインクで返してくれるのは、ネレイドさんだ。そうだよ、この寺院はテシュタル教のもの…ならば彼女以上の適任はいない。


「えっと、そこの大きい人…そういえばシスターみたいな格好してますけど、もしかして」


「オライオンテシュタルの方だけど…教徒だよ。一応…エノスガリオス大司教の肩書きも持ってます、ぶい」


「だ、大司教様!?司祭の私より上じゃないですか…、しかもオライオンテシュタルの総本山エノスガリオスの…!?」


「だから任せて、大まかな仕事は分かるよ。儀式の方も手伝える」


「こ、心強い…あまりにも心強い、私が欲しがっていた全てをお持ちとは…!」


ネレイドさんはこれでもシスター…というか神将だ。祖国に戻れば英雄として讃えられるのと同時に敬虔な教徒としても有名。戦士としてでなく教徒としても彼女はオライオンテシュタルで相応の地位にいる偉い人なのだ。枢機卿が不在の今 立場的には教皇のべンテシキュメさんに次ぐNo.2だ。


祖国でなら、周辺の教会一帯を統括し管理する権限も持つ彼女がいれば寺院の運営くらいチョチョイのチョイのほいほいほいだ。


「それにまぁ言うまでもないかもしれないが、腕前も自信あるんだぜ?俺達」


「ああ、もし山賊がまた嫌がらせに来たら…叩きのめして撃退してやろう」


「お、おお…おおおお!これぞ…これぞ神の助け!ああ!毎日お祈りを欠かさなくてよかった…ありがとうございますありがとうございます、諦めずに頑張ってきてよかった。皆さんと出会えってよかったぁぁ…!」


もうわんわん泣き始めるアルトルートさんはようやく肩の荷が降りたのかその場でへたり込み脱力してしまう。ここまで大変だったろう…けどもう大丈夫ですよ。


エリス達がなんとかしてみせます、お葬式だって手伝います。だから…。


「よーし!頑張りましょー!みんなー!」


「応!せっかくだからここの子供達とアルトルートさんを助けて行こうぜ!」


「よっしゃー!やるよやるよー!」


「…久々の司教としての仕事、気合い入る…」


エリス達で子供達を助けるんだ。そんな決意の中…エリス達の地の街ガイアでの孤児院生活が始まるのだった。


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