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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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438.星魔剣と覚醒請負人


「ということがあってさ、一先ずエルドラドへの旅のお供として三人追加されることになった」


「へぇ〜」


「そうなんだ〜」


「真面目に聞いてねぇな」


「大丈夫ですか?ステュクス」


「一応な」


あれから色々あって、一先ず事態が落ち着いた頃俺達はみんな揃って練兵場へとやってきていた。


先程あった事件、レナトゥスが連れてきた謎の三人組 ラエティティアとフューリーとラブ。いまいち信用出来ないが…俺達はそいつらを連れてエルドラドへ向かうことになったのだ。


というのを報告する為に、俺たちは今練兵場にいる。先程の騒動に全く関与していなかった怠惰な仲間である…リオスとクレーに伝える為だ。


「お前らなぁ、もうちょっと真面目に聞けよなぁ」


「だって」


「僕達今の状況が不満なんだもん」


「その件については謝ったろう?」


リオスとクレーは先程から練兵場に入り浸り訓練に明け暮れている。レギナの護衛をするつもりは毛頭ないらしくいつも二人でここに居る。だからさっきも俺達と一緒にいなかったんだ。


その理由は単純…。


「私達、近衛騎士になるのが嫌だったから冒険者になったのに」


「結局近衛騎士になっちゃったら意味ないじゃん」


リオスとクレーは父の教育によって王に仕える戦士になる事を強いられてきた。それが嫌だから抜け出して冒険者になったのにその先でまた近衛騎士になっちまってたら意味なんかないと…ごもっともだ。


「だからここで訓練して時間潰してるの」


「マレウス王宮の訓練施設も中々にいいね!いるだけで楽しいや!」


「そうかい…」


一応カリナやウォルターは快く近衛騎士になる事を引き受けてくれたが、まだ小さい二人にとっては受け入れられる話ではなかったようだ。けど一応俺が言うならと近衛騎士になる事自体は承諾してくれたんだけどな…。


「ごめんなさい、リオスさんクレーさん。私がステュクスにワガママを言ったから」


そうレギナはリオスとクレーが近衛騎士になる事を嫌がっていると察知すると、申し訳なさそうにおずおずと二人に近づき頭を下げると…。


「…………」


「…………」


「あ、あの…なんでしょうか。そんなに見つめて」


「レギナさん…だっけ、貴方本当に王族?」


「へ?」


「王族はメチャクチャ強い人のことでしょ?レギナさんあんまり強くなさそうだけど?」


「え?え?」


「ああ、悪い…こいつらアルクカース人なんだ」


アルクカースってのは戦闘能力=権力だからな。その権力の頂点にいる王族は当然…戦闘能力的にも国内トップになるわけだ。イかれた話だが王位継承戦で戦争するような国だぜ?おかしいぜあそこは。


「アルクカース…お二人はアルクカース人なんですか?」


「そうだよ!、私達強いんだから!」


「この間はよく分からない人に負けちゃったけど今度は挽回出来るようにもっと強くなるんだ!」


「まぁ、とても頼りになりますね。私はお二人のいう様に強くないので…頼りにさせていただきます」


「えへへ…!」


「でへへ…!」


ニコニコと微笑む二人を見ていると、レギナとの関係性自体は悪いものの様に思えない。単純に国王に仕えるというのが嫌なだけなのだろう。


何だかんだ楽しそうにやってる三人を見てポヤーッと思うのは…リオスとクレーの赤髪。あの赤い髪…アルクカース人特有のものだよなぁ。


そういえば、…デッドマンのアジトに居た…メグさんと一緒に現れたあの男もリオスとクレーみたいな髪色してたな。というか顔そっくりだったな。


結局あの人が何者なのか聞けずじまいだったけど…、魔女の弟子であるエリスやメグさんと一緒にいるって事はアイツも魔女の弟子?うーん、魔女の弟子のメンバー全員を知ってるわけじゃないから何ともいえないが…。


「でも国王様がそんなんじゃダメだよ!お父さん言ってたもん!王様は国の誰よりも強くないとダメだって!」


「あらまぁそんな事を…、アルクカースの国王であるラグナ様は凄い方ですもんね…。聞けばアルクカース建国の王に並ぶほど偉大であると既に讃えられているとか。確かに私では見劣りするでしょう」


「うん、おじさ…ラグナ様は凄いんだよ!めちゃ強いし!」


「レギナさんにも一回会わせてあげたいなぁ」


…会わせてあげたいなぁって…ああ、そういえば。


「言ってなかったか?リオス クレー。俺達が今から行くエルドラドにお前らの王様も来るみたいだぞ」


「…………え!?!?!?」


「嘘おッッ!?!!??」


ギョォッ!と顔を青くして戦慄き始めるリオスとクレー。やっぱり自国の王が来るってなると恐れ多い的な感じになるのかな…?いや二人の怯え方は敬う感じのものではなく。


もっと純粋で、単純な…恐怖か?


「そんなに怯えるなんて、ラグナ様はそんなに怖い方なのですか?」


「怖いというか…いつもは優しいの、ニコニコしてるしみんなにも好かれてるし、でも…お父さん曰く、マジになると凄い怖いって…」


「うん、お父さん昔ラグナ様に丸焼きにされたって言ってたし!」


おいおいどんな王様……ん?父親が丸焼き?


前そんな話聞いたな。確か…リオスとクレーの叔父さんがお父さんを丸焼きにしたとか、…ってことはだ、もしかして…。


リオスとクレーの父ちゃんって…王様と叔父さんにそれぞれ一回づつ丸焼きにされてるってことか?


「ど、どうしましょうステュクス。わ…私もラグナ様に丸焼きにされてしまうのでしょうか」


「いや他国の王を丸焼きにしたらそれは国際問題だと思うが…」


そこまで分別のつかない奴じゃないだろ、流石に…。



「何やら無駄な話をしていますね、こんなところで遊んでいる場合なのですか?」


「っ…お前らは…」


すると、そんな俺達の話の中に割って入るように、城の方から歩いてくるのは三つの影。一人は嫌味な態度の男、もう一人は根を背負う大男、そしてもう一人は…白い仮面を被った謎多き女。


「ステュクス…もしかしてあれが」


「ああ、あいつらが…」


レナトゥスの送り込んできた三人の部下。論客ラエティティアと猛将フューリー…そして影武者ラブ。俺達の会議に同行することになっている奴らだ。


能力的には申し分ないんだろうが…それでも油断ならない。なんせあいつら俺のこと普通に殺そうとしてきたしな。


「なんですかその視線は、それが一仕事終えてきた者に対する態度ですか?んん?」


「いや別に…ってか一仕事?」


「ほら、貴方達が欲しがっている資料ですよ。各地の諸侯と招く予定になっている六王の細かな近況や情報。一晩でこれだけ調べ上げ纏めた私の苦労を王は買ってくださらないのですか?」


「嘘…もう資料を纏めたんですか?」


「疑うならば、こちらをご覧ください?」


そう言ってラエティティアはレギナに頼まれていた資料の作成を一晩で終えて俺達の元に戻ってきた。正直驚きだが…こういうところなんだよな。


ラエティティアがただの口だけ野郎ならよかったのだが、こいつはこれで仕事が出来る。それも俺数千倍は…。だから面倒なんだよなぁ。


「この程度の仕事、やる気と環境があれば誰でも出来ますよ誰でも。おおっと失礼誰でもは言い過ぎたかも知れません、何事にも例外がありますからね。例えば目の前とかに」


「やかましいわ…」


ニタニタとこちらを見てくるラエティティアの言い草はやはりムカつく、だがそれでも正論なのが悔しい。俺がレギナの下に着いてそれなりに経ったのに俺は何もしてやれてない。それをラエティティアは一晩でやり遂げた。


結果でものを語るならラエティティアは正義だ。


「…凄い、全て書いてある。諸侯の情報も…六王の政策や重視する傾向も…」


「フフフ、しかし驚きましたね。まさかエルドラド会談に王貴五芒星のみならず六王まで呼び寄せようとするとはね」


「それに、その上で魔女大国との融和を声高に叫ぶとは…、いやぁ感服しましたなぁ」


「流石です、女王」


…一応、こいつらにもレギナの目的は言ってある。と言うより言わざるを得ない状況に持ち込まれたからレギナがゲロった。


するとこいつらの返答はどうだったか。『魔女大国との融和なんてとんでもない!』とでも言うかと思えば、返ってきたのは『それもそれでいいでしょう』だとさ。


どうやら、レナトゥスはとっくにレギナの目的に気がついていたようだ。そして分かった上で手伝われているようだ。俺達はどこまでもレナトゥスの掌の上だな。


「しかし女王よ、私が集められるのは六王の情報まで…。六王へのコネクションは流石の私も持ち合わせません。いや?ともすればこの国の誰もあの国々へのコネを持っていないかも知れませんが…どうやってマレウスに呼び寄せるので?」


ラエティティアが余裕の笑みを見せる。呼べるのか?無理だろ?とでも言いたげな顔つきだ。まぁ確かにマレウスと魔女大国は国交が断絶してより久しいし、何より反魔女思想が根強いこの国では魔女大国と関わりを持つ人間はいないだろう。


と、思うのは普通だ…けど。悪いがそこはクリアしてんだよなぁ。


「ふふふ、ラエティティア。物知りの貴方でも知らないようですね」


「は?何が…おほん、失礼。何を仰られているのですか?女王。まさか…」


「ええ、ありますよ?コネクションがね?ふふふふん」


「そんなまさか……何処に」


「それは」


と言うなりレギナがドンと俺の背中を両手で押して前に突き出し…って!?おい!まさか言うのか!?こいつらに!?


「彼です!」


「…この馬の骨が?魔女大国とのコネクション…?…ふむ、なるほど」


するとラエティティアは何か納得したように、驚くまでもなくふむふむと小さく頷き始める。てっきり『どひゃー!?そうだったのかー!?』と驚くような反応を期待していたレギナは目を丸くして首を傾げ。


「驚かないのですか?」


「ええ、驚きません。むしろ納得しました」


「納得?」


「はい、…こんな馬の骨もといチンピラもどきがどうやって女王に取り入ったかと思えば。そんな虚言で女王を籠絡していたとは…」


「きょ!?虚言!?虚言じゃありません!ねぇ!?ステュクス!」


「え、いや…俺は…」


「女王、普通に考えたらこいつが魔女大国とのコネクションを持っているとは思えません。精々魔女大国に親戚か何かが住んでるとかその程度でしょう?そんなものコネクションとは言いませんよ、この嘘吐き」


やぁーい嘘吐き〜とばかりに手元に手を当て馬鹿にしてくるラエティティアに流石の俺もムッとする。なんでそこまでお前に言われにゃならんのだ、第一嘘だと決めつける証拠がお前にしては弱いんじゃねぇの?…仕方ない。


「嘘じゃねぇよ」


「ほう、なら一体どう言う人物と関わりがあると?」


「…エリスだよ、あれが姉貴なんだ」


「……エリス?エリスと言うと…あのエリス?」


「そうです!あのエリスです!魔女の弟子の!よく知りませんが!」


ピタリとラエティティアの動きが止まる。数秒瞳を泳がせた瞬間…スッと何か切り替わるように表情を変え。


「あり得ない、彼女に肉親はいない」


「え?知ってるの?」


「知ってるも何も、魔女の弟子だぞ…!その上誰よりも危険度の高い魔女の弟子!奴について調べるのは災害の研究と同レベルで重要なんだ…!」


災害扱いって…まぁそうなんだけどさ。


「エリスは天涯孤独だ、孤独の魔女の弟子の名を冠するように彼女もまた孤独なんだ。それに弟?聞いたこともない」


「仲悪いんでな、お互い言いふらしてない」


「馬鹿な!こんな馬鹿な話があるか!居るわけがない…だが、『居ない』と言う証明もまた出来ない…!」


ラエティティアは何やら一人でブツブツと呪文でも唱えるかのように独り言を始める。こういう時律儀な賢者というのは損だな。


実際、姉弟と言える関係かは怪しい。父親違いだし、人生のうち顔を合わせていた期間なんて一ヶ月にも満たないし、この間殺されかけたし。


だがそれでも俺とあれは姉弟であり、そしてあいつを使えば六王を招致出来るとは間違いないんだ。


「それより、エリスの言葉があれば六王は呼べるだろ?」


「それは…確かにそうだな。エリスは六王全員と面識があり中には大恩を売った相手もいる。事実奴の影響力はアド・アストラ内部でも六王に匹敵する…奴を動かせれば六王の招致も可能だ、だが…」


「だが?」


「そうなれば六王だけでなく魔女の弟子エリスもマレウスに招きかねないぞ!奴がこの国に訪れた時どのような被害を叩き出すか…私でも想像が出来ん!危険過ぎる…」


え?ああ、そっか。知らないのか、こいつらエリスがもうマレウスにいる事を。なら言っちまうか?


いや、なんかエリス…極秘の用事があってこの国に来てるみたいだったし、俺が変にチクったら…。


『エリスの事バラしましたね、殺します』


とか言って無表情のエリスが出刃包丁持っていきなり俺の家の扉をノックする場面が普通に想像出来る。…うん、やめとこう。


「ま、まぁいいじゃん。六王呼べれば」


「くっ、…エリスのことについて調べ上げねば。奴に何か弱みが何かあれば暴れるのを防げるかもしれない…!」


まるで津波でも迫ってきているかのようにラエティティアは慌てて書庫の方へと走って行ってしまう。とんでもない怖がられようだな…、アイツ何したんだよ。


「ふぅ〜ん、魔女の弟子エリスねぇ。俺としちゃ一回会ってみたいねぇ、帝国の軍人をボコボコにして回ったって猛者を俺が倒したら、面白いことになりそうだしなぁ」


だはははははは!と語りながらフューリーもラエティティアを追うが…。無理だと思うけどな、まぁ確かにフューリーも強かったが、エリスほどじゃなかった。


エリスは得意なんだよ、相手に『喧嘩を売るんじゃなかった』と思わせるのが。むしろ俺としてはエリス個人よりもフューリーがエリスを刺激してブチ切れさせないかが不安だよ。


「…ステュクスのお姉さんって怖い方なんですか?」


「いやぁ、まぁ…うん。怖いかな…」


「ラグナ様と言いステュクスのお姉さんと言い、魔女の弟子とは怖い方々なのですね」


「そうかも…」


改めて思うが大丈夫か?六王のうち半分は魔女の弟子なんだぞ?その一人一人が一級の達人だと言うし、特にアルクカース大王のラグナに至ってはアルクカース最強との噂もある。あのアルクカース人の中でだ。尋常じゃねぇよ。


「さて、では私はその怖い方々の勉強をしてきます。会議に呼んでも気分を害してしまっては意味がないので」


「あ、ああ…じゃあ俺も…いや」


ふと、レギナについて行って仕事でも手伝おうかと思ったけど。思うんだ、別に俺が出来ることなんてないって。


ラエティティアがいる以上、そう言った方面で俺が今更レギナにしてやれることはない。アイツらもいくらレナトゥス派とは言え表立って邪魔してくることはないだろうし、そもそも邪魔してきても俺にはなにも出来ないし…。


「どうしました?ステュクス」


「…ちょっと時間をもらってもいいかな」


「へ?いいですが…どちらに行かれるので?」


「お前の役に立てる男になる為に…」


やるべきこと、やれること。俺がレギナに対してしてやれることは何か…今の俺に足りないのは何か、エルドラド会談までにそれを補っておく必要がある気がして。


俺はレギナに一旦別れを告げ…あの人の元を訪ねることにした。


…………………………………………………………


「鍛錬を、つけて…欲しい?」


「はい!エクスさん!貴方に指導してもらえたら俺…もっと強くなれると思って!」


「う…心底困ったの顔」


それから俺はエクスさんの元を訪ねて頭を下げる。内容は指導をして欲しいという事。俺にとっての師匠はヴェルト師匠だけだ、けど今そのヴェルト師匠が行方不明である以上他の人に指導してもらうしかない。


じゃあヴェルト師匠の代わりにエクスさん…というと物凄く失礼な話になりかねないが、この人はマレウスで一番の使い手だ。そんな人に指導してもらえたら俺は今より強くなれる気がするんだ。


「そんなこと言わずに!お願いします!」


「ステュクスは既に強い、とお世辞を言う顔」


「お世辞って口に出したらダメなやつですよ!」


「まぁ、正直今のステュクスは第一線から見れば虫ケラもいいところだけど…の顔」


「正直過ぎて傷つきます!」


「防壁も使えないし、魔術も使わないし、魔力もろくすっぽ扱えないし、取り立てて褒める部分があるとするならこれっぽっちの実力で今まで生きてこれた幸運くらいなもの…と言うことは言わないでおこうと思っている顔」


「言ってますよ!バリバリ!全部口に出てます!」


この人本当に…、いや言うまい!悪気はないし!事実だから!けど傷つくよ!分かってたけどさ!


「だからせめてレギナに何かあった時…守ってやりたいんです。けどもし相手が魔力覚醒の使い手だったら、今俺じゃあ太刀打ちも出来ない!」


「そういう奴は私が倒す…の顔」


「それはそうなんですけど…そうなんですけど…」


「……?」


「折角、レギナが俺を頼ってくれたんです。なんにも出来ないままじゃ俺…アイツの側に居られない…」


「ッ……」


今俺にはなにも出来ない、賢くないからラエティティアみたいに働けないし、強くないからエクスさんみたいに戦うことも出来ない。これからレギナを助けていくにあたって…俺は俺が倒せるくらいの丁度いい雑魚だけを相手にして、レギナの役に立ってるってしたり顔で言えるのか?


言えるはずがないだろ、そんなの。アイツは命懸けで国を変えようとしてるんだ。だったら…命懸けで自分変えるくらいやらないと、俺はアイツの言葉に答えることも出来ない!


「…分かった」


すると、エクスさんは徐に立ち上がり…小さく頷く。受けてくれるのか…!


「ありがとうございます!」


「けど、指導するのは私じゃない…の顔」


「え?何故?」


「私はほら…よく知る通り、誰かに何かを教えたり伝えたりするのが…苦手の顔」


「ああ…」


レギナのレクチャーでなんとなくエクスさんの伝えたいことはわかるようにはなっている。けど指導となるとより踏み込んだコミュニケーションが必要になる。それはエクスさんにはやや荷が重いか。


「じゃあ誰が指導を?」


「私の師匠だ…の顔」


「エクスさんの師匠?そんな人がいるんですか?」


「ああ、いる…私が近衛騎士になってから私を育ててくれた教官、それを紹介する…の顔」


「凄い人なんですか?」


「うん、巷では『覚醒請負人』と呼ばれてる…、今までその人から指導受けた人間は全員魔力覚醒している…の顔」


「か、覚醒請負人…!?」


指導した人間全員魔力覚醒を!?そんな…そんな凄い人がここに!?流石はマレウス王国軍…そんなすげぇ人材を抱えているとは!その人から指導を受ければ俺も魔力覚醒を!


「是非!紹介してください!」


「ん、では案内する…マレウス王国軍名誉教官長、アレス・フォルティトゥドさんのところへ…の顔」


そう語りながら、エクスさんは…王城の外へと向かっていく。…ん?その人城の中にいないのかな?まぁいいや。


ともかく俺はエクスさんについて行き、アレスと呼ばれる覚醒請負人の元へと向かうのだった。


……………………………………………………………………


そうして俺はエクスさんについて行き、城の外へ出て…更に街を歩きサイディリアルの街を出て、郊外の森の中へと連れ込まれる。


…い、いやいや、何処にいるんだよその覚醒請負人って。もう帰り道も分からないくらい森の奥に来ちゃったんですけど…。


「あの、エクスさん?こんなところにその覚醒請負人が?」


「その人はもう教官を退職して、今はここで隠居している…の顔」


「え?引退済みなんですか?それなのに俺の指導とかしてくれるんですか?」


「分かんない…の顔」


「わ、分からないんですか…?」


「元々かなり気難しい人、現役の時もかなり好き嫌いで人を見てたから…、指導する人間も絞ってたから受けてくれるかはステュクス次第の顔」


「そんな気難しい人なんですね…」


うーん、やっぱり凄い人って変わり者が多いんだなぁ。エクスさん然り…そのアレスさん然り。


「見えてきた…の顔」


「え?」


すると、鬱蒼とした木々の隙間に見えて来るのは森の中にぽっかりと開いた空間。小さな川がチョロチョロと流れそこを中心に生い茂る花々、そして蝶がひらりはらりと舞い踊る天国のような広場。


そこの中心に立つ小屋が、視界に入る。


ここに覚醒請負人が…、ん?誰かいる?


『…………』


女性だ、麗しい…或いは美しい、思考せずに口を開けばそんな感想を抱いてしまうような美女がそこには立っていた。太陽のようなオレンジの髪を腰まで伸ばした旅人風味の装束を着た女性が俺たちに背を向け立っている。


まさか…。


「あれが、覚醒請負人?」


「肯定の顔」


思ったよりも若いな、後ろ姿から察するに俺より数歳年上…確実にエクスさんよりも歳下だ。意外だな、もっとこう…厳格なお爺ちゃんを想定していたんだが。あんなにも可憐な女性が名誉教官とは。


…っ!そうと決まれば!


「失礼します!」


「あ、ステュクス…!」


エクスさんは言った、指導してもらえるかは俺次第だと。つまり覚醒請負人アレスさんに気に入ってもらえるかどうか、そこに掛かっているのだ。


昔ジュリアン社長が言っていた。目上の人間に気に入られるには第一印象が大切だと。そして俺みたいな若者は快活に活発に、意気地を見せるように元気に挨拶していれば気に入られやすいと。ならばこそ俺はアレスさんに駆け寄り。


「アレスさんですね!」


「…ん?あら?」


アレスさんは俺に気がついたのか首を回し肩越しに俺を見て…。


「俺!近衛騎士ステュクスっていいます!是非!アレスさんに指導していただきたく!どうか俺を強くしてください!」


「え…えっと、それ私に言ってます?」


「はい!どうかお願いします!」


「…困りましたね」


…なんか、印象悪かったかな。一人で突っ走ったのが良くなかったかな。


アレスさんは俺を見てなんだか困ったように眉を八の字に曲げており、承諾の声は返ってこない。やらかしたか…!


「えっと、そう言うのは私ではなく祖母に直接言ったほうが」


「…へ?祖母?」


祖母?なんでお祖母ちゃんの話が…と困惑していると、俺の後ろからエクスさんが花畑を踏み越えて現れて。


「すまない…の顔」


「あ、エクスさん!お久しぶりです!」


「ん、ハルモニアも元気そうで何よりだ…の顔」


「ハルモニア?この人…アレスさんじゃない?」


「そんなこと一言も言ってないの顔」


いや言ったじゃん…え?じゃあこの人はアレスさんじゃなくてハルモニアという名前の方…なら、アレスさんは一体何処に…。


「ステュクス、改めて紹介する…次は先走るな…の顔」


「ごめんなさい」


「…ハルモニア、アレスさんを…の顔」


「はい、お祖母ちゃんの客人ですね。では…」


すると、ハルモニアさんはクルリと振り向く…と共に彼女が握っていた車椅子が姿を現し…。


「紹介する、この人が…アレス、マレウス王国軍名誉教官長…伝説の軍人アレス・フォルティトゥドだ…の顔」


そう言って紹介されたのは…車椅子に乗った、小さなお祖母ちゃんだった。髪はまばらで重力に負けて縮んでいる体と折れ曲がった腰。そしてブルドッグのようにダルダルに垂れた頬肉…。常にクチャクチャと口を動かし続け、その隙間から見える歯は数本しかなく、まさしくお婆ちゃんと称する以外無い女性がここにはいた。


これが…この人が、アレスさん。覚醒請負人…。


「え、えっと…この方が」


「もう八十歳の後半に差し掛かる老齢だ…の顔」


「……………」


老齢なのはなんとなく分かってたけど、思ってた以上に歳がいってるな。大丈夫なのかな…いや、エクスさんが紹介してくれているんだ!


俺は勢いよくアレスさんに向けて頭を下げて。


「アレスさん!俺ステュクスって言います!どうか俺に指導をお願いします!」


「くちゃくちゃ…んぉ?」


するとアレスさんは俺をチラリと見ると表情を動かして。


「アンテロスちゃんかい?」


「へ?」


「久しぶりだねぇ、何処行ってたんだい?」


「いや、俺ステュクスって…」


「久しぶりだねぇ…」


誰だよ…アンテロスって…。しかも久しぶりもなにも俺初対面…。


「すみません、お祖母ちゃん最近ちょっとボケてきてて、アンテロスって言うのはお祖母ちゃんの数多くいる息子一人で、家出したっきり帰ってきてないんです」


「ボケてきてるって…」


「そろそろ仕事に行かないといけないねぇ…、まだ家に小さな子供が何人もいるんだよ」


「お祖母ちゃん?もう仕事は引退したし、息子さん…お父さん達はみんないい歳でしょ?」


「そうだったかい?それよりあんた誰だい?ケイトかい?」


「違いますよぉ〜」


…バッ!と俺は振り向きエクスさんを見る。


ボッケボケじゃないですか!エクスさん!これ指導とか出来るんですか!?そう問いかけたい気持ちになるが、相変わらずエクスさんはなにを考えているか分からない無表情でジッと俺を見続ける。え?まだなんかあるの?俺まだなんかしたほうがいいの!?


「あの、本当にこの人が覚醒請負人なんですか?」


「はい、お祖母ちゃんは昔凄腕の冒険者でして、その腕を買われて王宮に勤め…今まで数人の方々に指導してきたんですよ」


「…数人?」


「はい、今まで指導したのは…そこにいるエクスさんとマクスウェルさんの二人ですかね」


「へぇ〜!あのマクスウェル将軍の指導もしてるんですかってちょっと待って下さいよぉっ!?二人だけ!?指導したの二人だけ!?それで覚醒請負人!?!?」


「そうだ…の顔」


それって今マレウス王国軍にいる唯一の魔力覚醒者達じゃないですか!しかも最初からえげつなく強かった人達!それを指導して覚醒請負人って…いいのか!?そんなので!


「この人に指導してもらえたら、ステュクスもきっと魔力覚醒出来る…の顔」


「………」


ホンマかいな…。俺今物凄く不安なんですけど…本当にこの人に指導してもらって覚醒出来るんですかねぇ。


「えっと…じゃあその、指導…してくれますか?アレスさん」


「んんぅ?なんだって?」


「だーかーらー!指導してくださーい!アレスさーん!!」


「ああ指導、いいよ」


いいんだ、軽いな。


「はぁ〜指導、指導ね。はて?どうやってやるんだったかな…?最近物忘れが酷くってねぇ、ひょひょひょ…であんた誰だい?アンテロスかい?」


「違いますってー!!」


進まん!話が一向に!これ指導云々以前の問題じゃないんですかねぇ!エクスさんの事を疑うわけじゃない、だがそれにしたってこれはやばいですよね!なに一つとして安心出来る要素がないんですもん!!


「ひょひょひょ、取り敢えずなーんも分からんから素振りでもしててね」


「素振りっすか…?でも俺そのくらいなら毎日…」


「剣持ってきてない?大丈夫、私の貸してあげるから…」


「いや持ってきてるって…」


なんで言ってると孫のハルモニアさんが家の中から何やら野太い剣を持ってきて…。


「はい、ステュクスさん。取り敢えずこれでお祖母ちゃんが満足するまで素振りしてあげてください」


「いや俺剣持ってきてる…って重ッッ!?なにこの剣!!」


ハルモニアさんから受け取った剣は鉄剣を振り慣れている俺でさえバランスを崩し両手でなければ持ち上げられないほど重かった。試しに鞘から剣を抜いてみると刃は真っ黒で…なんだこの剣。


「それはお祖母ちゃんが現役時代使ってた特注品です。ひたすら重くひたすら硬い剣…こう言う特別な剣じゃないとお祖母ちゃんの剛腕には耐えきれなかったそうですよ」


「この人昔はすごかったんですね」


「今も凄いですよ」


「あ、すみません…。ってかハルモニアさんもさっきこの剣片手で持ってませんでした?」


ニコッと微笑み何かを誤魔化すハルモニアさん。えっと…もしかしてこの場で一番雑魚なのって…俺?


…いいのかこれで、このままでいいのか俺は。


「……………」


重たい剣を持ち上げ漆黒の刃を見る。そこに映るのは弱く間抜けな俺だ。思い出せよ、俺はここになにをしに来た。


レギナの役に立つ為に、強くなる為にエクスさんを頼ったんだろ。そこでエクスさんはアレスさんを紹介してくれて、アレスさんは俺に素振りをしろと言った。


…ヴェルト師匠も言っていた。『疑うならば一人でやれ、信じるならば師を信じろ』と、俺は教えてもらわなきゃ強くなれないからここに来たんだろ。なら疑うな、やり尽くせ!そうでなきゃ文句を言う資格も疑う資格もないじゃないか!


「っしゃっ!素振りしてきます!見ててください!アレスさん!」


「すぅー…ぐぴー…」


「寝てるしー!!!チクショー!!やってやるーー!!!」


全力で走り、開けた場所に向かい腰に差した鉄剣と星魔剣を地べたに置き、渡されたクソ重たい剣を抜いて…大上段に構える。それだけでフラフラとよろける体を根性で抑え。


「おっしゃぁぁあーーー!どりゃぁああーーーい!!こんちくしょぉらぁいっ!」


全力でやり尽くす。全力で全うする。それが教えられる者の仕事だ、けど今んところ何かを教えてもらっている気配はないが…それでも信じろ!強くなる為に!レギナを守れる男になる為に!!


……………………………………………………



『ぅぉぉおおおおお!しゃぁあああああ!!』


「元気ですね、ステュクスさん」


「ああ、すまないがハルモニア、ステュクスが怪我をしないように見ててやってくれ…の顔」


「はい、分かりました」


ブンブンと黒剣を振り回すステュクスを眺めながら、彼の面倒をハルモニアに任せる。ハルモニアも元は軍人、祖母の介護の為引退してはいるがそれでもマレウス王国軍で十番以内に入る使い手だ、彼女ならばステュクスが怪我しないように見ていてくれるだろう。


『頑張ってくださいステュクスさん』


『ぅぉおおおお!俺頑張ります!頑張ります!』


『ふふふふ、気合いですよ〜』


「………………」


懐かしい、私も昔あの修行をやらされた。アレス教官と出会い指導を受けるに当たってあの黒剣を振り回させられたのだ。まぁ私はあんなの片手で振り回せたが…私が容易く出来る事を他人に強要するのはよくないと…レナに教えられたからな。


「………アレス教官」


「……………」


チラリと車椅子の上で眠る…いや、狸寝入りを決めるアレス教官に目を向ける。


「…そのボケた演技は、私やハルモニアの前でも必要ですか?…の顔」


「……チッ、何処で誰が見てるかも分からないからねぇ」


片目を開けて舌打ちをするアレス教官は先程迄の惚けた雰囲気はなく極めて理性的…いや、元よりこの人はボケてなどいない。あれは演技だ、それは分かっていた。


「大丈夫です、この森には今、誰もいません…の顔」


「そうかい…なら」


するとアレス教官はしっかりとした手つきで車椅子の後ろから紙巻きタバコを取り出し口に咥えると共にマッチで火をつけぼうぼうと煙を吹き出し。


「ふぅ、寿命が伸びるよ…」


「健康を害しますよ、教官…の顔」


「喧しいね、いつからアタシに指図出来るくらい偉くなったんだい」


「失礼」


「ふん…ふぅ〜」


煙を燻らせながらアレス教官はステュクスをじっと見つめ…。


「お前が人を連れてくるなんて珍しいね、あれは信用出来るのかい?」


「はい、彼は元老院の手の者でもマレウス・マレフィカルムでもありません。女王陛下の命の恩人です…の顔」


「ふぅーん、…ったく世知辛い世の中になったもんだよ。人と関わるのに一々腹の探り合いをせにゃならんとは、ババアにはちと荷が重いよ」


「…まだ、疑っているんですか?の顔」


「疑っているんじゃなくて事実なのさ。こうしてボケたフリをしてなにも出来ない老婆を演じてなければ…マクスウェルとレナトゥスはアタシを殺しに来る。昔ならいざ知れず今アイツらと戦ったらアタシは呆気なく殺されるよ」


「私がそれを阻止します…の顔」


「無理だね、あんたは組織を甘く見てるよ。人が地上の覇者たり得るのは如何なる生物よりも効率よく群れを形成でき、何よりも効率よく群れを運用出来るからなのさ。例え個がどれだけの力を持とうとも統率が取れた群の前では無力…でなきゃこの世の覇者は熊かライオンになってるよ」


「………………」


「今この国で最も強大かつ膨大な群を保有するのはレナトゥスだ、アイツが表の支配者として立ち続ける以上誰もアイツに逆らえない。アタシもアンタもね」


痛感する、確かにその通りだと痛み入る。私はかつて女王を危機に晒した、迫り来る無数の刺客を前に私は女王を守り切れなかった。もしあの場にステュクスが現れていなければ私は今頃女王を失っていただろう。


私がどれだけ強くても、私一人では限界がある…。


「…本当はあの坊主の指導をするのも嫌なんだけどねぇ」


「…指導してくださらないのですか?の顔」


「元よりアタシは素質がある奴しか面倒は見ないよ。けど今はそれも違う…素質だけに目を向けていたから、アタシは力を与えるべきではない奴まで育ててしまった」


「…マクスウェル将軍ですか…の顔」


「ああ、アイツは才能だけで言えばピカイチだった。若い頃のアタシさえ超える逸材だと気合を入れた、けどどうだい?今はその時の恩も忘れてアタシを監視してやがる。見る目がなかったのさ…アタシには。だからまた同じような過ちを繰り返したくない、もう誰も指導するつもりがなかったのさ」


マクスウェル…奴は私の次にアレス教官に指導を受けた男だった。教官言う通りマクスウェルには才能があった、それも凄まじいまでの才能が。だが結局奴はそれを護国の為ではなくレナトゥスの目的の為に使おうとしている。


レナトゥスの目的が何かは分からない、マクスウェルがなぜレナトゥスにそうまでして従うのかは分からない。だが確実に…あの二人はこの国を顧みない何かを成そうとしている。


破滅の両翼、その片翼を育ててしまった事をアレス教官は悔いているのだ。


「けど、…まぁアンタの頼みだしねぇ。試しに見てやるくらいはしてやるよ」


「本当ですか?教官…の顔」


「ああ、と言っても素質がなけりゃこの話はなしだ。アイツに覚醒出来るだけの才能があれば指導する…なけりゃ面倒は見ない」


「…で、ステュクスに才能は?」


「それを今見てんだろう」


「………?」


今見てる?今はただ剣を振らせているだけだろうに。それとも剣を振る形を見てアレス教官は覚醒出来るか否かの判別が出来るのだろうか。


「…まさかアンタ、気がついてなかったのかい?」


「私も昔、あの修行をやらされました。貴方に指導を受ける前に…の顔」


「そうだよ、あれで覚醒の才能を見てるのさ。マクスウェルにもやったよ」


「なるほど、剣を振ったら覚醒出来るかどうかがわかるんですね、流石です教官…の顔」


「はぁ、アンタ腕はあるけど頭はからっきしだね。剣振るだけで分かるわけないだろうが」


「…んー?」


分からない、教官がなにを言いたいかが分からない。そうやって首を傾げていると教官は大きく煙を吸い込み、一気に吐き出すと。


「アタシが見てるのは剣をどう振ってるか…じゃない。そいつがどこまで本気かを見てるのさ」


「本気か…?」


「あのクソ重たい剣を取り敢えず眠りこけた老婆の前でひたすら振り回せ…なんて言われて、馬鹿正直に答えられるのは余程のバカか超が三つ四つ付く間抜けだけだよ」


「…むぅ」


「けど、そう言うバカでなきゃ覚醒は出来ない。張らなきゃいけない一線を前に小賢しく色々考える奴に新たな段階の扉を開く権利はない。一生懸命…がむしゃら…そう言う一本筋の通った根性を見せられる奴じゃなきゃいくら懇切丁寧に育ててやっても半端になるだけさ」


「一生懸命…」


「そう、簡単にやめられちゃ困るのさ。その点あの坊主は…どうなるか。


そう言って中頃まで灰になった紙巻きタバコで剣を振るうステュクスを指す。その導きに乗るように私もステュクスを見つめる。


一度振るうごとに内臓が根っこから引っこ抜かれるような感覚を味わうほどの重さ。ステュクスはまるで一振りする都度一歳歳を取っているかのようにみるみる顔が崩れていく。


それを…彼は、続けていく。


『しゃぁぁぁあ!!おりゃぁあああああ!』


「いつまで続くか、見ものだね」


そう言ってアレス教官は嬉しそうに、楽しそうに…ステュクスが根を上げるのを待ち続ける。さて、今回はどれくらいでアレス教官は満足するかな…私の時は。


半日かかったっけ。


…………………………………………………………………


『だぁぁぁあああ!…ぜぇ…ひゅ…ぅお…おおお!』


振り上げ、振り下ろす、そんな作業を続けるステュクスを見つめ続けどれほどの時間が経っただろうか。既に夜空には星が輝きステュクスは汗を吸って重くなった服やそもそも重たい鎧を脱ぎ捨て、上半身裸で汗だくになりながらもまだ粘っている。


『型が崩れてきてますよ!』


『ひぃ…ひぃ!ぅぁあああああ!』


ハルモニアの言葉に反応する余裕さえなく、ステュクスは剣を振るう…が、剣がふらつき、剣が深々と地面に突き刺さってしまう。…あれを引き抜くのは大変だ、あの剣はただでさえ重たいのだから。


『剣が埋まっちまった…抜けねぇ…ぇぇえ!!』


『もうやめますか?ステュクスさん』


『ぬぐぐー!いや…でも!まだなんでしょう!?まだ…俺を認めてないんでしょう!』


『…まぁ』


『だったら引けねぇっす!!俺…死んでも強くならなきゃいけないんです!レギナの為に…俺を必要だって言ってくれる友達の為に!俺!なにがなんでも強くならなきゃいけないんですッ!!』


もう殆ど力も入っていないだろうに、ステュクスはそれでも剣を全力で引っ張る。地面に突き刺さった剣を引き抜くために全身を使い思い切り引っ張り続ける。


「さて、どうなるか…!」


その様に注目するアレス教官は身を乗り出してステュクスを見守る…ここが、正念場だと。


そんな中ステュクスは剣を両手で掴み…両腕の筋肉が軋むほどの勢いで。


『ぬぐ…うぐぐ!弱いままじゃダメなんだ!強くならないとダメなんだ!だから今…弱くても、ダメダメでも、それでも!逃げるわけにはいかねぇんだよッッ!!だから…だからぁぁ!』


…何処から、そんな力が湧いてきたのか。ステュクスはブチブチと音を立てて剣を地面から引き抜き、振り上げる。もうスタミナも体力も残っていないのに…どうやって。


『っどりやぁぁああ!…はぁはぁ…ぅぉおおおお!!』


そして振るう、全身汗まみれになり既に型は崩れ、もう剣を振り上げ振り下ろすだけの状態になり、鼻水と涎をダラダラ垂らしその水滴が汗なのかなんなのか分からない程になりながらもステュクスは続ける。


強くなる為に、女王の期待に応える為に。


「フッ、やめる理由を…やめない理由が上回ったね」


「彼は、一本筋の通った根性を持っていますよ…教官」


「のようだね、はぁ…もうお迎えを待つだけだってのに。この歳になってまだ仕事があるなんて思いもしなかったよ」


そう言うのだ、仕事があると。教官たる彼女の言う仕事は一つしかない…それはつまり。


「受けてくれるんですね…の顔」


「ああ、いいよ。やれるだけやってやろうじゃないか。レナトゥスとマクスウェルが幅利かせるこの国に、何の肩書きも持たないアイツが…どんな影響を及ぼすか。今から楽しみだ」


ニタリと笑い口の端から白煙を溢れさせるアレス教官に頭を下げ一礼する。ありがたい、私もステュクスの覚悟には答えてあげたいから。


私は…出来る事なら、人は力など持つべきではないと思っている。力を持たなければならないと言うことはある意味悲しいことでもあるんだ。力もなく一生を終えることが出来たならそれは幸福なのだ。


だがそれでも、ステュクスは力を望んだ。戦えば死ぬかも知れない、辛い目を見るかも知れない、どの道痛い目に会うのは確実だ。それでも…ステュクスは望んだ。


「…ステュクス、強くなりなさい…」


強くなる道とはその過程のみならず、行き着く果てもまた地獄である。それでも望むなら…ステュクス、私は君を応援する。


だからどうか、レギナ様を守ってやってくれ。


「…ハルモニア」


『っ、お祖母ちゃん…分かりました。ステュクスさん、もういいそうですよ』


『もういい?どう言う意味?頭働かない…』


『もう剣を振らなくてもいいと言うことで…ひゃあ!?』


剣を振らなくてもいい、と言われた瞬間彼は糸が切れたようにハルモニアに抱きつくように倒れ伏し、息を引き取るように動かなくなる。


…大丈夫かな、いや…多分大丈夫だろう。これからエルドラドに向かうまでの間、これよりきつい修行をすることになるだろうが、彼が望んだことだしね。

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