437.星魔剣と運命の奴隷
荘厳な雰囲気を漂わせるサイディリアルの中心に位置する巨城マレウス王城。民衆にとって絶対不可侵の銀の領域。普段は未知のヴェールに包まれたこの城に…今日は珍しく妙な喧騒が響いていた。
「お前さぁー!これからエルドラド会談の準備を始めよって時になってなんの準備もしてない事が発覚したりするかなー!?」
「ごめんなさいステュクス〜!会議内容ばっかり考えてて旅の準備何にもしてませんでしたー!」
バタバタと城の中を駆け回って必要なものをかき集めているこの薄汚い騎士もどきは…そう、俺です。ステュクスです、なんやかんやあって工場の警備員から無職に転がり落ちて色々あって国王直属の近衛騎士に転身しました。
けども待っていたのはそれはもう大変な日々。今俺が護衛しているこのドジっ子女王レギナちゃんはそりゃあもう国王とは思えないくらいお転婆でじゃじゃ馬で鈍臭かったのだ。何をするにしても手間取る。本来なら従者とかがやるべきこともレギナは一人でやらなくてはならない。
なので、こうして今日からエルドラドで行われる会談の内容を詰めようっていうタイミングで旅の支度が何にも出来てない事が発覚しててんやわんやしなくてはいけなくなるのだ。これが遅くなればなるだけ出発も遅れるし、最悪遅刻もあり得る。時間的余裕はほとんどない。
「これはいるかな?これはいるかな?ああ!何を持って行っていいかわかりません〜!助けてくださいカリナさん〜!」
「あんた本当に女王なの!?持ち物も決められないのに国の行く末とか決められる!?」
「手厳しいです〜!」
「ほらほら、泣くよりも早く手を動かすんだ。取り敢えず持ち物は必要最低限、余計なものは持たない、最悪パンツだけあれば旅には出れるから…」
「ありがとうございますウォルターさーん!」
同じく冒険者から近衛騎士に転職したカリナとウォルターを加え賑やかになった女王の個室にて、スーツケースにバタバタと乱雑に荷物を詰めていく。しかしこれでいいのだろうか、俺達は冒険者として旅の支度の心得はあるが国王として会議に赴く人間の支度についてはまるで知識がない、ヘタをやればレギナが恥を書くかもしれないし。参ったな。
「姫ッ!馬車の借り受け!完了しました!…の顔」
「あ!エクス!ありがとう!」
すると扉を跳ね飛ばしてエクスさんが報告に来る。よかった、馬車の予約出来たんだ。
なんでも当日は一番いい馬車をレナトゥスが使ってしまうということもあり王宮に自由に使える馬車がないという異常事態にあるらしく、民間の業者から借りなければならないという事だったのだが。
「よくこんな急な話で貸してくれるところがありましたね」
「何処も断ってきた、だからレナの…レナトゥスの名前を出した、そうしたら簡単に貸してくれた…の顔」
「ああ、そっすか…」
国王であるはずのレギナの頼みではダメで、宰相であるはずのレナトゥスの名前なら即OKか。民間の支持がどちらに傾いているかありありとわかる事例で…。
「う、レナトゥスに借りを作るのは嫌ですが。今は緊急事態です、仕方ありませんね」
「それより準備は出来ましたか?今日から本格的にエルドラド会談の内容を詰めていく大事な日…顔」
「それがまだなんですよぉ〜!エクスも手伝ってェ〜!」
「畏まりました、私も尽力します…の顔」
ともかく今は出発するための準備が出来ていなくては話にならない。考えるの後だ、やるだけのことやってから考えよう。
…………………………………………………………………………
そして、朝日が登り始めた頃から始め、終わったのは頭の上に太陽が来る頃だった。レギナがあれもこれもと後から色々出してくるもんだから変に時間がかかってしまったのだ。
取り敢えず荷物を馬車に積み込んで馬を用意して、一週間後にエルドラドに旅立つ予定なのだが。
「何の用ですか…レナトゥス」
「いえ、ご報告に参ったまでですよ、女王」
一仕事終えて玉座の間にて休んでいた俺たちの所に突如として現れたのは宰相レナトゥスだった。いや普通は玉座の間で休むべきではないのかもしれないが、ここ普段は人こないし床がひんやりしてて気持ちいいんだよね。
そう言うこともあり地面に座ってエルドラドへの旅路を計算していたところに…バァーン!と扉をあけて入ってくるもんだから驚いて俺もカリナもひっくり返っちゃったよ。ウォルタさんだけはいつのまにかスッと姿勢良く立ってるんだから流石とは言えるが。
「にしても、また周りに駒が増えたようですね。そう、使い捨ての」
チラリとレナトゥスがこちらを見る。増えていると言うのはカリナとウォルターさんの事だろう。本当は最初から居たんだが…顔を合わせるのは初めてだったか。
ウォルターさんは静かに一礼をし流すが…カリナはややムッとしている。けどやめろよ、口喧嘩なんかしたらタダじゃ済まねぇ。こいつはこの国の…マレウスのトップなんだからな。
「違います、彼らは駒ではありません。私と志を同じくしてくれる同志です」
「同志?…このような者を引き連れて同志とは、志が安く見られますよ」
「なにを…!」
咄嗟にレギナの隣に控えていたエクスヴォートさんが無言で制止し食ってかかろうとするレギナを止める。そうだ、レナトゥスを相手にまともに取り合っても無駄だ。
「レナトゥス…今のは王に対して無礼…の顔」
「これは失礼、王の身を案じる余り道化に身を落とすとは一生の不覚。この罰と償いは何なりと?」
「…良いのです、私に貴方を罰する資格など…どこにもありませんから」
「慈悲深い王よ、感謝します」
「それよりなんですか、貴方が私にただ雑談をしに来たとは思えません。その報告とやらを急ぎなさい。私はエルドラドの会談の準備で忙しいですから」
そう問いかけられればレナトゥスはニタリと笑う。いつも見せる微笑みではなく、やや…含みのある顔。
嫌な顔だな、あれは賢い人間が自身の思惑通りに事が進んでるときに見せる特有の顔だ、ジュリアンもよくあんな顔をしていた。つくづくレナトゥスとジュリアンは似ている…まぁ格で言えば比べるまでもないのだが。
「ええ、報告とはそのエルドラド会談に関する事です」
「…なんですって?」
「実は、ネビュラマキュラ元老院より言伝がありまして。エルドラド会談に臨むに当たって同行させて欲しい者がいる…と」
「元老院が…!?」
元老院…正式名称をネビュラマキュラ元老院。王宮で働くようになってから幾度となくその名を聞いてきた、レギナ曰く…このマレウスの真の支配者こそがこのネビュラマキュラ元老院なのだと言う。
ネビュラマキュラの血族達で構成されたこの組織は、マレウスの公的機関のほぼ全てを掌握している。マレウス理学院も星影隠も軍部も、全てに自らの手駒を送り込み意のままに動かしているんだと言うんだから驚きだよ。
おまけにネビュラマキュラ家の長老達でもあるが故に国王であるレギナも逆らう事が出来無い。レギナは飽くまで表の国王でしかない、彼女が執政の殆どから締め出しを食らっているのはこの元老院がレギナを王として認めていないからだ。
…序でに言うと、今目の前にいるレナトゥスも元老院の忠実な手駒なのだとか。彼女をディオスクロア大学園に入れて教育したのも、彼女を宰相に育て上げたのも、宰相の座につけたのも…全て元老院のおかげ、レナトゥスも元老院には頭が上がらないんだ。
勢力的にはどちらかというとレナトゥス寄り、というより敵方の総大将たる元老院が態々この会談に当たって同行させたい人間がいるなんて、そんなの易々と受け入れられるわけがない。絶対にロクでもない事になる。
「そんなの、信用できるのか?」
「んん?」
ふと、俺が小さく呟くと耳聡くレナトゥスがこちらを向く。やべ…聞こえてたか…!?
「信用出来る出来ないの問題で言えば私は貴方達の方が信用出来ないがね」
「お、俺たちは正真正銘レギナの味方だ」
「青臭い、味方だからなんだというのだか。薄汚い冒険者上がりが陛下のどんな役に立てる?文字の読み書きさえ危ぶまれるというのに」
「薄汚い冒険者上がりでも、宰相様より頭は悪くても、俺たちはレギナの夢の為に命を懸けて戦うつもりだ…いくら能力があってもここぞで信用出来ない人間なんかより、役に立てるつもりだ」
「す…ステュクスぅ…、か…かっこいい…!」
何やらレギナがキラキラした瞳で口元に手を当ててこちらを見ているが、一応緊迫した場面なんだからもうちょいシャンとしてくれ…。
「フッ、そういうところが青臭いと言っているんだ。元老院が引き合わせたい人材とは即ち陛下の会談の助けになるであろう超一級の者達だ。実力は私が保証する、当然家柄もな」
「助け?貴方が…いえ、元老院が?」
「入りなさい」
パチンッ!と華麗に指を鳴らすレナトゥス。その合図に従い彼女が開いた扉を潜り…三人の男女が現れる。
その立ち姿は優雅、歩む姿は典雅、一目見て由緒ある家の出だと分かる服装と所作…、貴族か…或いはそれよりも更に上か。そんな歩くだけで空気が燦めくような三人組はレナトゥスの後ろに立ち姿勢を正す。
「おお!ここがネビュラマキュラ栄光の歴史の原点!マレウス王城の玉座の間!なんと光栄な事だろうか!」
「ぐわははははは!よもやまたオレにこのような大役が巡って来ようとはな!」
「…………」
一人は黒髪のニヤケ面の青年、もう一人は筋骨隆々の鎧武者、そしてもう一人は…なんだあれ。白いフルフェイスの仮面を被った…女か?全身を白い外套で覆っているせいで性別すら分からん。
というか、なんかユニークなのが来たな…大道芸人みたいだぞ。
「彼等は元老院が選別したマレウス王宮に於けるエリート中のエリート。雑多な冒険者のことなど忘れるほどに活躍してくれることでしょう」
「…私は、そのような人達の事など知りませんよ?本当にマレウス王宮の人間なんですか?」
「おや?知りませんでしたか?では一人づつ紹介しましょう…まずは。
そう言ってレナトゥスが最初に手を指すのは、黒髪ニヤケ面の胡散臭い男だ。ああいうタイプの男は嫌いだ、なんかギアールの工場で勤めていた時知り合った営業部の人間に似てる。出来ないことを出来るといい、口八丁手八丁で相手を騙眩かす事を『仕事をした』と宣うタイプ…信用が出来ない。
「彼は舌将ラエティティア、マレウス王宮切っての論客でございます。ところでレギナ様は論将リーススはご存知でしょう?」
「え、ええ…確かデルセクトとの国交協議にて、デルセクト側を譲歩させた…マレウスの舌と呼ばれたお方ですよね。まさかその…」
「ええ、その孫にあたる人物です。彼の論客としての実力は既にお爺様を超越していると…元老院からのお墨付きをいただいています」
誰?リーススって…と思ったらウォルターさんが説明してくれた。なんでも八十年程前にデルセクトの商人とマレウスの商人が喧嘩して、そこから国際問題にまで発展しあわや戦争一歩手前まで行った事があったらしい。
そこを解決したのが、マレウス随一の学者貴族として名を馳せたリースス・リングアなる男だった。彼は持ち前の頭脳で的確に相手の弁論の矛盾点を突き、最後には論破し謝罪までさせたというのだから驚きだ。
そんな論客リーススの血を引き、超えたとさえ称されるのが…このラエティティア・リングア…か。
「お初にお目にかかります女王よ、私は普段からレナトゥス様のお側にて様々な執政の助言をさせていただいている身です故。此度の会談も貴方様の望む通りの結果へ導いて見せましょう」
「お…おお…」
スラリと綺麗にお辞儀をするラエティティアに思わずレギナがキョドる。彼女はああいう礼儀正しいのが苦手なんだ、なんでかって?彼女はそういうマナーに疎いから目の前で礼儀正しくされると自分も礼儀正しくしなきゃいけないと思い込み、動きがギクシャクするんだよ。
「そして、こちらは我らがマレウス王国軍の誇る精鋭、豪将フューリー・ドルスムでございます」
「え!?豪将フューリー!?…確か、兄様の近衛騎士を勤めていた…」
「ぐわははははは!然り!バシレウス様のお側に仕えていたフューリーでございます!我が顔をお忘れとはショックですぞレギナ様!」
「い、いや…貴方、いつも私の方を見てなかったじゃないですか…」
「おや?そうでしたかな?」
豪将フューリー、こちらは知ってる。なんせマレウス王国軍に名を馳せる勇猛果敢な百人隊長様だからな、かつてはあのバシレウス・ネビュラマキュラの護衛の近衛騎士を勤めていたエリート。バシレウスが居なくなった今はその任を解かれレナトゥスの護衛をしていたそうだが…そんなのまで出てくるのか。
「オレが来たからにはもう安心ですぞ!このようなもやしの寄せ集めなど、ナムルにしてくれましょう!」
「ああ?」
俺たちを見て鼻で笑うフューリーにムッとする。何がもやしだこの野郎、だったらてめーはゴーヤだこの野郎!
「フューリーがいれば急拵えの近衛騎士など必要ないでしょうな、これで女王の身に何かあっても大丈夫、そう!安心安全!」
「す、ステュクス達は特別ですから!」
「そうですか、では最後の一人と行きましょうか…ラブ。前へ」
「はい、レナトゥス様」
「……ん?」
ふと、何か痺れるような違和感を感じる、今…ラブと呼ばれた白仮面の女。あの女の発した声…何処かで聞いたことがある気がする。
レギナだ…そうだ、レギナにそっくりなんだ。よく似た声だなぁ…なんてレベルじゃねぇ、話し方から何から全部レギナにそっくりで…。
「こらこらラブ、仮面を外さなければ意味がないだろう?」
「そうでした」
そう言って、ヘルメットを外し髪を振りほどく彼女を見て…彼女の顔を見て、目を見開く。俺もカリナもウォルターさんも、レギナ自身も…何せ。
「え…レギナ?」
その顔は、レギナにそっくりだったからだ。赤い目も白い髪も…何もかもが同じ。強いて挙げるならあの不敵な笑みはレギナには出来ないだろう…けど。
なんじゃありゃ、声も顔もそっくりな人間なんてこの世にいるのかよ。
「な、な、な…!」
「紹介しましょう、彼女はラブ・ネビュラマキュラ…貴方の従姉妹に当たる子ですよ。仲良くしてあげてください」
「え?あ!レギナの親戚なのか…」
親戚…つまり血族なのだ。だからあんなにそっくり…というのはやや納得出来ないが赤の他人とも思えない。しかし、従姉妹でネビュラマキュラの名を持つなら彼女もつまり王族なんじゃないのか?と思いレギナの顔を見ると…。
「い、従姉妹?…従姉妹ですって…」
その顔は、初めて会う従姉妹との出会いを祝って喜びに満ちているようには、とても見えなかった。
怒りだ、激しい怒り、ギリギリと歯を食いしばってラブを睨んで玉座から立ち上がり息を荒くしながら…指を突きつける。
「レナトゥス!何を言っているんですか!!」
「何とは?」
「いるわけがないでしょう!私に従姉妹なんて!」
「それが居たのですよ、驚きですが実は地方の片田舎に隠し子がいたようでして、それを元老院が影武者として連れてきてくれたのです。もし何かあったら彼女と入れ替わって…」
「そんな存在がいるはずがない!貴方だってわかっているでしょう!ネビュラマキュラの子が…私と兄様以外に居るはずがないのです!そんな存在が…居ていいはずがない!」
「お、おい!レギナ!」
咄嗟に止める。このままいけばラブに食らいついて食い殺さんばかりに激昂していたからだ。らしくもない、こんなにも狂気じみた怒り方をするなんてレギナらしくもない。
それに、居るかもしれないじゃないか。そんな…存在そのものを否定するようなのは、悲しいだろ。
「止めないで!ステュクス!ラブと言いましたね!貴方は何者ですか!」
「貴方の義理の妹でございます、レギナお姉様」
「やめろ…やめろッッ!!汚すな!!私を…ネビュラマキュラの魂を!!」
「これは異な事を…」
「っ…お前達はどこまで…!人をどこまで…!命を軽んじれば気が済むんだ!!」
レギナの空虚な叫びが木霊する。涙ながらに訴えられるその言葉を受けても、レナトゥスもレギナも表情一つ変えやしない。まるでこいつらには…心がないようだ。
「…ラブはレギナ様と同じ顔を持っていますので、影武者としての使い道もあるでしょう。何大丈夫ですよ?ラブは元老院が育て上げた戦闘マシーンですので、三ツ字冒険者十人程度なら一分もあれば皆殺しに出来ます」
「み、三ツ字を…」
三ツ字ってあれだよな、理想街で戦った放火魔 火炎焱のティンダーぐらいの奴を、十人相手にして一分?俺でも星魔剣の力があって命からがら勝てたのに…。
ラブ…アイツもしかしてクソ強いのか?
「元老院は…そんなに腐り果てているんですね」
「オホン、ラブ?どうやらお前の顔はレギナ様の心を乱してしまうようだ。普段は顔を隠しておきなさい」
「はい、レナトゥス様」
「…まぁ、そういうわけです。エルドラドに貴族が集うなら良からぬ事を企む輩がいるかもしれませんので、念には念を入れて警護をつけようと思ったまでです」
…レナトゥスは当日元老院の元に赴かねばならず現地に来ることは叶わない。故に彼女は手駒である将軍マクスウェルと、ラエティティアとフューリーとラブを送りつけてくるようだ。
それが何を意味するのか、レナトゥスの企み…元老院の目論見がなんなのかはまるで分からない。だが…。
「我等三人の力があれば如何なる艱難も打ち崩される事でしょう!」
「ぐわはははは!何が来ようともこのフューリーの手にかかれば脅威など無いも同然!」
「…レギナ様は私が守ります」
…一応味方…って事でいいんだよな。うん、一応。
「では、私はこれより仕事がありますので。女王は引き続きエルドラド会談の準備を進める方がよろしいでしょう」
「…分かりました」
「また私の力が必要になったら遠慮なく言ってくださいませ?」
「貴方の力なんか、本当は借りたく無いですがね…!」
「おやおや、では失礼します」
相変わらずレギナはレナトゥスの事が嫌いみたいだ。というよりレナトゥスの後ろにいる元老院が嫌いなのか?何があったかは知らないがどうやら彼女は元老院に相当な恨みを抱えているようだ。
まぁ俺もあんまり信用できる存在だとは思ってないけどさ。
カツカツと靴音を鳴らして玉座の間を去るレナトゥスによって、…玉座の間には俺たちだけが残される。
…えっとぉ。
「あー、えっと…ラエティティアさんとフューリーさんとラブさん…でしたっけ?」
「ステュクス?何を…」
「いや、味方だろ?この三人はさ。これから会談に臨むあたって人手はとにかく欲しい…だからさ、思うところはあるかもだけど、仲良くしておいたほうがいいじゃんか」
信用出来ない、といえばそこまでかもしれない。けどこのまま険悪な人間を連れて旅に出るほうが怖い。俺たちはこれから一つのプロジェクトに向けて進んでいく謂わばパーティメンバーだ、仲良く手と手を取り合って行こうじゃ無いのよさ。
そう友好の意思を示すために、三人に近づくが…。
「君が、ステュクス君かな?」
「え?ええ、ステュクス・ディスパテルっす」
ラエティティアがこちらを眺めるように見据え、またも仰々しい身振り手振りで…。
拒絶の意思を示す。
「やめてくれ、近づかないでくれ、君からは疫病神の匂いを感じるよ」
「へ?疫病神?」
「ああ、君がいると会談が上手くいかない」
「はぁっ!?ちょっとそれどういうことよ!」
ラエティティアの不遜な物言いに思わずカリナが吠える…が、そんな反論、お見通しとばかりにラエティティアの弁論は川の流れのように恙無く進む。
「そうかな?では聞くが君は帝王学は修めているかい?領地運営の経験は?会談に臨むというのだからそう言った会合の場に出席したことくらいはあるだろう?」
「え…いや、どれも無いけど…」
「無い!?なのに君は何を以ってして上手くいかせる 女王に協力すると言っているのかな?その具体的な根拠は?当日の計画は立ててあるかい?出席する貴族の皆様の名前趣向政治的理念価値観運営方針総資産領地事情諸々くらいは当然把握してあるんだろう?」
「い…いや…」
「何も無いのかい!?じゃあ君は行き当たりばったりで当日を迎えようとしていると?今までなんの準備をしていたんだい?まさかピクニックの?おいおいそれじゃあ君…支えるどころかお荷物だよ」
「う……」
何にも言い返せない…、これがマレウス一の論客の腕前…いや舌前か…!くそう!やっぱり俺こいつ嫌い!
「ステュクスはレギナ様の副官では無い、近衛騎士だ。当日の流れや会談の方針を決める権利は彼には無い。そこについて責め立てるのはお門違い…の顔」
「そ、そうだそうだ!エクスさんの言う通りだ!俺に聞かれても困るっての!」
「ふぅむ、では君は護衛が自らの本懐と言うのかな?」
「そ…うだけど?」
「当日は国内最強のエクスヴォート様とそれに匹敵するマクスウェル将軍、そしてマレウス王国軍の精強な兵がエルドラドの警護を担当するが…君の必要性は?」
「う…」
「ヒョロヒョロの腕、ヘナチョコな顔、覇気も闘気も感じない間抜けな立ち姿…まるでチワワみたいな君が女王の側にいたらマレウス王室の品位が疑われる!」
次から次へとこいつは人のレゾンデートルを傷つけるようなことばかり言いやがる。もうちょい歯に絹着せられんのかね…!傷つくよ!流石の俺もさ!
「あんたさっきからうるさいわ!女王のレギナが必要だと言っているんだからいいじゃ無い!」
「ああ、君がケチをつけているのはステュクスの存在意義ではなく、国王の方針そのものだと思うが…そこについてはいいのかな」
咄嗟にカリナとウォルターさんの援護射撃が飛ぶが。
「国王が必要と言っても事実として必要性の見出せないものが目の前にあるなら削減するよう進言するのが我々忠臣の役目だよ。第一私は国王に命令してないし彼に対して『君は必要なのかどうなのか、君はどう思うんだい?』って聞いてるだけじゃないか。否定されていると思い込むのは君達自身が自分達の存在意義を見出してないからだろ?」
「よく回る舌!!」
「そもそも当日君達の仕事がないのは紛れも無い事実だと私自身の主観で物申させてもらっているだけで誰の意見を否定したつもりもないがね。私はレナトゥス様から会談の成功を任じられている以上ここに関しては突っ込む権利と義理がある。だから私は君達問うているのさ、君達は必要なのかどうなのか。喚き立てる前に私を納得させればそれで済む話なのに何故それをしないのかそちらの方が私は疑問だが」
「だ、だから俺たちは…」
「国王から信頼されているとかなんだとか口にする前にその信頼に応えられるだけの力を示したほうがいいよ。君達は今現在なんの実績もない素人同然なのだから次の会談は君達にとって国王からの信頼に応える絶好の機会だ、そこを棒に振ろうとする怠惰な人間は国勢を決める重要な会議の場には必要ないんじゃ無いかな?まあこれは飽くまで私個人の意見であって答えでは無いが君達はどう思う?」
疲れる、こいつと話してると…。頭がおかしくなりそうだ…。こいつの言葉を聞いていると傷つく云々以前になんか呆れ返る。よくもまぁそんなに舌がくるくる回るな…と。
「ぐわはははは!相変わらずラエティティアの言葉は相手の反論を許さないな!」
「フューリー、私は反論を封じているつもりはないよ?ただ的確な答えが欲しいだけであって雑談をするつもりがないだけさ。こちらが聞いている事に関して論点のすげ替えを行うような精神論や信頼どうのこうのが一番嫌いなタチでね」
「ああはいはい、オレは逆に醜い口喧嘩をする方が嫌いだな」
「口喧嘩ではなくこれは討論だよ」
「そうか?だが…結局こいつらが必要かどうか。こうすれば分かるだろ?」
ヌルリとフューリーが動く。その背に背負った巨大な棍を振り上げ…ってこいつ!」
「どぉりやぁっ!!」
「ッ危ねぇ!?」
「ステュクス!!!」
咄嗟に後ろに飛べば大理石の床が崩れ弾け飛ぶ。フューリーがいきなり攻撃を仕掛けてきたのだ。
この野郎…いきなり何しやがるんだ…!
「これは躱すか、素人じゃないんだな」
「ッたりめぇだボケ。テメェ…王の御前でいきなり武器振り抜くとか頭おかしいんじゃねぇのか!」
「あーあー聞こえねえー、…お前らが必要かどうかオレが試験してやる。当日なんかあった時…無様に逃げられたらたまったもんじゃねぇしな。仕事ができない奴は必要ないんだよ、職場ってのはよ」
「つまり、やろうってのかよ…」
「そう言ってるが?」
星魔剣を抜く、こいつら…人が仲良くしようって言ってんのに、そっちがそう言う態度ならこっちにも考えがあるからな、いや嘘、ないわ。どうしよう。
「そぉら、行くぜッッ!!」
「ッッ!!」
即座にフューリーが攻め立ててくる。自らの背丈程の大きさがある巨大な棍を振りかぶり突っ込んでくる。形としては単純極りない、速度も見えないほど速いわけじゃない。
けど…。
(すげぇ威圧だ!!)
裂帛の気合い、踏み込み一つで相手を竦ませる。師匠も見せたことのある所謂脅しの技…それをこいつは自然にやってのけている。恐らくはその手の達人…俺より武芸としては上。
だけど…。姉貴程怖くねえ!
「っと!」
「っまた躱した!小癪な…!」
「テメェより怖いもんをこっちは見てきてんだよ!」
姉貴はもっと怖い、姉貴は踏み込まずただひと睨みしただけでこれと同等の威圧を飛ばしてくる。おまけに動きは見えないし攻撃ももっとコンパクトだった。
人間すごいね、明らかに自分より強い奴を前にしてもこれより恐ろしいものを前に見てると『あれよりマシ』と思えてむしろ冷静になれるのだから。
「最初にやってきたのはお前だからな!」
そう俺が斬りかかる。フューリーの動きは鈍重だ…これならいける!こいつ姉貴程強くない!ならば…。
「甘い!」
「へ!?」
しかし、俺の斬撃はいとも容易くフューリーの籠手に防がれる。そこで思い至るのは…。
確かに姉貴程フューリーは強くない、あれに比べればマシだと思える。だが今比較されているとは姉貴とフューリーではなく、俺とフューリーだと言うこと。
別に以前怖いものを経験していたからといって、別に俺自身が強くなったわけではなく…。
「死に去らせぇっ!!」
「ぐへぇっ!?」
叩きつけられるフューリーの棍が俺の腹を打ち、一気に俺は吹き飛ばされ大理石の柱にめり込み倒れ伏す。…痛い、なんで俺こんなことしてんだ。
「へっ、クソ弱え!こんな奴らいるだけ無駄だぜ!」
「う…くそ…!」
「ちょっと!ステュクス!大丈夫なの!?」
大丈夫じゃねぇよカリナ、こいつ俺と相性最悪だ。俺…魔術を使ってくる相手に関してはそれなりに優位に立てるんだ、魔術メインの奴に関してはマジで有利なんだ。けどこいつは違う、魔術抜きの身体能力だけで戦ってくる。
俺はこう言うのに滅法弱い、弱いと言うかこれに関しては俺も実力勝負をしないといけなくなるが…残念ながら俺、そこら辺の兵士よりちょい強いくらいだからこういう特別に強い奴とは全然勝負にならんのよね。
「居るだけ無駄な奴は、掃除しちまうか…」
「え?いや終わりじゃないの?」
「ああ終わりだぜ?テメェの人生のな」
あ、この戦い命かけたヤツだったんだ!ボコられたらバカにされて終わりだと思ってた!殺されるんだ負けたら!それ先言っといてくれんかな!
ズシンズシンと大地を揺らしてこちらに向かってくるフューリーから逃げようにもちょいと動けそうにない。やばい…冗談抜きで殺される!
「ステュクス!」
「ちょ、ちょい待ち、あと三秒待ってくれたら立つから」
「どこまでも甘ったれだな…、まぁいいや、ちょいと腕試ししたら死にましたってお上にゃ報告しとくぜ」
何が腕試ししたらだよ、お前最初から俺を殺すつもりだっただろ……いや、そうか。そうだよ、最初からそのつもりだったんだ。こいつら…ハナっから俺たちをレギナから引き剥がすつもりで…!
ダメだ、死ねん。こんなところで死ねん…!俺が死んだらレギナの味方が…居なくなる!
「さぁ!死にな!」
「っ…!」
振り上げられる棍、それが真っ直ぐ俺の頭に向けて振り下ろされる…前に。
流石に見過ごせないと、動く影がある。
「やめろ」
「あ?」
棍が受け止められる、振りかぶった棍が受け止められて虚空で止まる。
エクスさんだ、彼女が腕を組んだままフューリーの背後に立っている。ただそれだけでフューリーの攻撃は微動だにしなくなる、手で掴んでいるわけでもないのに棍がその場でピタリと止まっているんだ。
「は?…ッ!どう言うことだ、俺の武器が…動かねぇ」
「絡んでいるからだ」
「いや何が!?」
そう、絡んでいるんだ。エクスさんが常に周囲に展開している魔力防壁は通常の物とは異なり網目状に広がっているんだ。細かい糸の束のような壁に武器が当たるとただ受け止められるどころか触れた武器が空中で固定されてしまう。
そんな特殊な防壁を展開出来るほどに、エクスヴォートという人間は魔力の扱いに長けている。
それが、マレウス最強の座に就く女の…技量というものだ。
「ステュクスを試すというのなら、近衛隊長である私の実力も試したらどうだ…の顔」
「い、いやお前は疑う余地もなく国内最強で…」
「喧しい…!!」
刹那、フューリーの体が弾け飛ぶ。エクスさんの身に纏う魔力防壁が爆ぜフューリーの体を吹っ飛ばしたのだ。一流の戦士であるフューリーがまるで紙切れのように空を舞う程の衝撃だというのに、驚きだよな、エクスさんからしたらあれは攻撃でもなんでもない…ただの威圧でしかないのだから。
「ぐぅっ!ッ〜!やっぱ…違うか!レナトゥス様が単独で脅威としてあげる女は…!」
「さぁやろうか、…私が相手をしてやる…の顔」
「あー無理だよ降参だ!分かったよ…手は出さねえ」
「…?まだ戦いも始まってないのに、降参?不思議だ…の顔」
フューリーは両手を挙げて許してくれと武器を地面に置く。勝負にならないと判断したのだろう。何せエクスさんは武器も魔術も使っていない、ただ魔力を炸裂させただけ…攻撃ですらない。なのにフューリーは明確にダメージを負い剰え壁際まで吹き飛ばされているんだから。
そんな状態でさぁこれから戦いましょうなんて言われてもやる気になんてなれない、見えないはずの未来が見えてしまうくらい戦力差は絶望的なのだ。
「全く、フューリー…君は仕事が雑だよ」
「うるせぇ、けどこれではっきりしたろ…」
「ああ、まぁね」
「チッ…」
フューリーとラエティティア…アイツらマジで油断ならねぇ。元老院の差し金だから警戒してたレギナの判断は正しかったんだ。こいつらは一緒に行動するだけで味方じゃない、何か起きた時…その鋒が向かう先が何処かは明白だ。
最悪だ、こんなのがレギナの人生を賭けた会談に同行するなんて…。
「…大丈夫ですか?」
「え?」
ふと、気がつくと俺の隣に其奴が立っていた。白い仮面の女…ラブだ。奴らの仲間であるはずのラブがレギナと同じ声で俺に手を差し伸べている。
いやいやいや、誰が取るんだよその手を。掴んだ瞬間投げ飛ばされるんじゃないのか?
「…いいよ、一人で立てる」
「そうですか、…では」
そう言いながら懐に手を伸ばし…ラブは何かを取り出し…。
「っ!」
ナイフでも取り出すか!?すわ暗殺か!と身構えるが…ラブが取り出したのは殺傷能力のなさそうなハンカチだ。いやハンカチ見せかけたナイフとかじゃないのか?或いはハンカチ型ナイフとかハンカチみたいなナイフとか…。
「頬に汚れが…」
「ん…ん?」
ゴシゴシと優しい手つきで俺の頬の汚れを拭ってくれる、これはどういう殺し方だろう…。ここから死に至るビジョンが見えん、読めない…ラブという女が。
「な!な!な!な!貴方私のステュクスになにしてるんですか!」
「なぁー!ステュクスから離れなさいよ!」
レギナとカリナの女性陣が文句を言うがてんで無視。ラブは俺だけを見つめ甲斐甲斐しく汚れを拭い去り。
「これでよし…」
「…どう言うつもりだ?」
「…私はただ、貴方に同意の意思を伝えたいだけ。目的の為に仲良くしよう…と言う、貴方の意思に」
「仲良くして後から殺すのか?」
「フューリーとラエティティアの無礼は謝罪します。ですが我々も会議に向けて気を入れているのは確かなのです…ですので、仲良くして欲しいです」
「……………………」
怪しいけど…跳ね除ける理由がない。正直ここで仲良く一緒に目指していこう!が出来るならそれでいいけど。今さっき殺されかけたばかりだぜ俺は。
ま、いいんだけどね。殺されかけたから仲良く出来ないとか言っちゃうと、俺色んな人に殺されかけてるから誰とも仲良く出来なくなっちゃうよ。
「分かった、よろしく頼むよ。ラブさん」
「語感が悪い、ラブでいい」
「分かった、ラブ」
「うん」
「えぇーっ、なんか急にあっちで仲良くなってるんだけど!?」
「ぐぅー!エクス!ラブを引き剥がしてください!」
「ステュクスにはステュクスの交友関係があるので…の顔」
ラブの手を取り立ち上がる。しかし不思議な感覚だ、声や体格…そして顔もレギナそっくりなのにレギナと違って理知的で理性的だ。彼女と仲良く出来るならそれは頼りになりそうだ。
「それでは、レギナ姉様…一週間…いや念の為に二週間後のエルドラド会談に向けて、準備を進めましょう」
「言われなくても…っていうか姉様とは呼ばないでください!貴方とは姉妹ではありません!というか私に無断でスケジュールを変更しないでー!?」
こうして俺たちは新たに怪しい三人を加えてエルドラド会談に向けて準備を進めていくことになったのだが…果たして、俺たちは無事会談を終わらせることが出来るんだろうか。