436.魔女の弟子とモース大賊団
「つまりぃ?纏めると…エリス達はオケアノスに会い、アマルト達はクルスの話を聞いて、俺たちはそのクルスと会ったと…なんでクルスがあの街にいたんだ?」
「知らねェ〜!俺が聞きてェ〜!!」
あれから、ラグナ達と再会したエリス達は色々と話したいことがある中で取り敢えず街を急いで出ようと急かすラグナというがままに街を出発し目的地たるガイアを目指す。
ガラガラと音を立ててナリアさんの御者にて動く馬車の中で、あの街であった事を纏めるエリス達は互いに起こった事件を聞いてちょっとビビる。自分が遭遇した事件が一番衝撃だろうなぁ…と思ってきたらみんなそれぞれやばいのに遭遇していたようで。
エリス達、つくづく事件を引き寄せる才能がありますね…。
「なんて話だ、クルスめ…ロクでもない奴だと思っていたがそこまでロクデナシだとは思わなかったぞ!」
「ええ、その話を聞いていればあの場で無視なんかしませんでした…!」
「ってかお前らもクルスと会ってたんだ…。ラグナに至っては斬りかかられたみたいだし、領主以前に人としてどうなんだよ」
「もう本当に許せない!本当に!サイテー!」
「なるほど、クルスがいたからオケアノスさんもあの街にいたんですね」
「思い至るべきだった…」
何より驚きなのは東部の支配者神司卿クルス・クルセイドがあの街にいた事だ。エリス達が合流する直前に何処かに行ってしまったようだが、しかも教会のシスターを殺して平気な顔をしていたというのだ。
剰え懲りている様子もなくラグナに斬りかかったって?ラグナだから無事で済んだがもし相手がデティだったら…。エリスはこの国滅ぼしてましたよ。まぁその前に国際問題でアジメクがマレウス滅ぼしてたかもですが。
「なるほどな、通りで納得だよ」
そう言いながらラグナは何やら懐から欠けた鉄の刃を取り出してエリス達に見せる…え?何それ。
「なんですか?ソレ」
「クルスが持っていた剣の破片だ。なんとなく気になったから拾ってきていたが…この刃、結構人の血を吸ってるぜ?」
「分かるんですか…?」
「ああ、人の脂の匂いがする…」
どんな匂いだ、でも剣に血の匂いが染み付くくらい確実に人を斬り殺しているという事ならば…クルスは統治者以前に人殺しという事だ。そんなのが平然と陽の下を歩いて領主として振舞っているなら大問題ですよ。
「でさ!ラグナ!」
「おう、どうした」
「どうするはこっちのセリフだよ!どうするの?クルスの奴!」
「……そうだな」
するとラグナはチラリとソファの上でココアを飲んでいるケイトさんに目を向ける。当のケイトさんは我関せずとココアを堪能していたところにいきなり話に巻き込まれギョッとしながらも咳払いをし。
「おほん、言っときますけどやめてくださいよ。クルスをぶっ飛ばしに行くとか」
「ぶっ飛ばしたら具体的にどうなる?」
「んなもんマレウス中が敵になるに決まってるでしょう。レナトゥスがすっ飛んで来ますよ、エクスヴォートとマクスウェル将軍を引き連れて」
「その二人は強いのか?」
「二人とも貴方達の百倍は強いですよ。戦うとかそういうような事をするまでもなく皆殺しです、言っておきますが王貴五芒星を直接傷つけたらその時点で問答無用で冒険者資格も剥奪ですからね」
「だとさ、デティ」
まぁ、分かってはいたが現実的ではないわな。王貴五芒星は言ってみればこの国の統治者そのものだ、それを傷つけられればレナトゥスも黙ってはいない。
エリス達がソニアとマレフィカルムの関連を疑いながらも明確な接触方法を見つけられずにいるのはこれが原因なのだ。マレウスそのものが敵になれば旅どころではない。
「えぇ〜!ってことは放置〜?」
「今はな。なぁにこの旅が終わって俺達がまた元の玉座に着いてから、正式な声明を以ってしてマレウス王政府に訴えかければいい。テメェんところのクルスがこんなことしてるらしいけどそれはいいのか?ってな」
そっちの方が殴ったり蹴ったりするよりアイツには効くだろうというラグナの言葉に納得する。確かにその方が良さそうだ、権力を笠に着てる奴には暴力ではなく同じ権力でぶつかる方が良い。
逆らえない権力を前に蹂躙される辛さを、味合わせるにはその方が良いだろう。
「確かに…」
「正直、王貴五芒星の有様には俺も驚愕してるよ…、いくらレナトゥスの指示とは言えこんなとんでもないのを統治者に置いてその上に放置と来た、中央政府は機能してないのか?」
「まぁ、色々あって今王宮は麻痺してるに等しい状況ですね」
「そうなのか?おたくも大変だな」
「全くですよ、お上のゴタゴタで割りを食うのはいつも下々の人達なんですからね」
ふんす!とケイトさんはココア堪能タイムに戻る。…今マレウスの王宮は麻痺してるに等しいか、確かにここまで聞いた限りだとレナトゥスが幅をきかせているようだが…。
もしかして、あの噂は本当なのかな、バシレウスが王宮から消えたって話は。だとすると今は誰が王宮を統べてるんだ?
「まぁこの話はそこまでとして…エリス」
「はい?」
「オケアノスに会ったってのは…本当か?」
「……ええ」
そうエリスが深く頷く。みんなオケアノスが何者かを知っている、そして今となっては彼女が何故あの街にいたのかも理解出来る。神司卿の最たる剣…神将オケアノスはクルスの護衛として側にいたのだ。
そんなテシュタル真方教会の最高戦力と、偶然邂逅した。そう聞けばラグナは腕を組み。
「強かったか?」
「ええ、かなり。肉体面ではネレイドさんと同格かと」
「ってことは素の身体能力は俺以上か」
そう言われると凄まじいな。確かにネレイドさんは肉体強度という面ではラグナより上だ、そんなネレイドさんと同程度ならオケアノスさんもまたラグナ以上ということになる。
まぁラグナはそこに武術と付与魔術が加わるから、本気で殴り合いをすれば流石にラグナが勝つし、オケアノスさんはパワー面ではネレイドさんに大きく劣る印象を受けた、彼女はどちらかというとスピードタイプだし。
「彼女もまた神に愛された肉体を持ってた。本気で戦ったら勝てるか分からない」
「ネレイドさんが言うなら事実なんだろう、そんな奴がクルスの護衛をねぇ…。まぁ家臣は君主を選べないとも言うし、傑物の上官がまた傑物とは限らんのが世の常だしな」
「うん、あの子がクルスに従ってる図が見えない…」
けど、きっとやれと言われればオケアノスはやる。そんな気がする。
彼女は何処か…全ての物事を他人事のように捉えている節がある。それはある種の優しさにもなり得るが、同時にこれ以上ない残酷さにもなる。クルスがもしラグナに対して攻撃を仕掛ければそこにオケアノスも追従してくるのは間違いない。
「ふぅ、つくづく敵対を避けて正解だったな。神聖軍との追っかけっこはもうこりごりだ」
「大丈夫…私が付いてるから」
そうネレイドさんは強く胸を叩くと…。
『わわっ!なんですか貴方達!?』
「ん?どうしたナリア」
突如、馬車が止まる。同時に響くのはナリアさんの驚いたような悲鳴、ただ事じゃないことは確認するまでもないとエリス達は慌てて皆で馬車の外に顔を出すと…。
「どうした?」
「ああ!ラグナさん!なんか道を変な人が塞いでて…」
「変な人ぉ…?」
『ひっひっひっひっ』
ほんとだ、なんか居る。辛うじて整備された道もどきのど真ん中で変な人が立っている。具体的どう変かと言うと…まぁ基本的には全てなのが、腰に羽飾りをつけ両手に羽型の剣を持ちクネクネとサンバを踊っているんだ。
変というより他ない。
「なんだあれ」
「分かりません、さっきからずっと笑いながらヘッタクソなサンバ踊ってて…轢いていいんでしょうか」
「いや良くはないかもしれないが…」
『ひっひっひっ!中々に金を持って居そうな馬車なんじゃあ!』
すると羽飾りの男は剣を大きく広げながらエリス達の前に再度立ち塞がり…。
『俺の名は『山孔雀』のピーコック!追い剥ぎだ!金目のものを出すんじゃあ!』
「ああ、山賊か」
まぁだろうとは思ったけど山賊のようだ。山と付く異名を名乗る以上山賊じゃありませんなんて言い訳は通じないし、本人も追い剥ぎだって言ってるし。
『ひっひっひっひっ!今更怯えてもしょうがないんじゃあ!さぁ!金品を差し出すんじゃあ!』
「しかし、こんななんでもないところで山賊に会うなんて…」
「本当に今東部は山賊だらけなんだな」
ラグナ達も街で山賊に会ったとか言ってたし、本当に今東部は山賊で溢れているらしい。まぁ東部を治めてるのがあのクルスだしなぁ。クルスは自分を守ることにしか神聖軍を使わない、なら山賊達はクルスにかち合わないように盗みを働いていればいいわけだ。やり易い仕事場だろう…。
エンハンブレ諸島が海賊の楽園なら、さながら東部クルセイド領は山賊の天国と言うわけだ。
『キェーッ!無視するんじゃないんじゃあ!』
「で?どうするんだ?ラグナ」
「うーん、じゃあメルクさん、お願い」
「ん、分かった」
そういうなりメルクさんは軍銃を取り出しピーコックに突きつける。いきなり取り出された大型の銃にピーコックはギョッと顔色を変え。
『キェッ!?ちょ!ちょっと待つんじゃあ!?』
「喧しい」
制止するピーコック、しかし無情にも引き金が引かれ放たれた弾丸がピーコックの額を捉え…。
『グエー!死んだんじゃあー!』
「死んでない、麻酔弾だ」
「取り敢えず退かして先進もっか」
今更山賊一匹に時間を割く必要もない。というかこいつ一人で追い剥ぎしようとしてたのか?もしかしてバカ?
魔術で風を起こし気絶したピーコックを道の脇に退けてエリス達は再び馬車の中に戻る。話の腰が折られてしまった…。
「なんだったんだアイツ」
「もしかしてだが、これからあんなのが都度都度襲ってくるのか?」
「それはウザいな…」
どうやら山賊は街の中だけでなく平原でも普通にウロついているようだ。移動中は勿論だが…夜もきっと夜襲をかけてくるだろう。これからは夜の番も気を張らないといけないな。
「取り敢えず、東部にいる間は夜の番の警戒度を高めるとしようか」
「では帝国より防壁魔力機構を取り寄せて置きます。それで一先ず初撃は防げると思うので安全に夜の番が出来るようになるかと」
「ん、サンキュー」
「でも治安が悪いってのも怖いねぇ」
全くだ、これならまだエンハンブレ諸島がの方が安全だったかもしれない。それもこれもクルス…と、山賊達を引き入れた山魔モース・ベヒーリアのせいなんだろう。
そういえば。
「ケイトさんは山魔モースに命を狙われてるんですよね」
「へ?ええまぁ」
なんだその軽い返答は。エリス達がこうして東部に来てるのはケイトさんが山魔達に狙われてるからなのに…それにしては。
「それにしては今の今まで狙われてる感はないですけど」
「そう言われましても…『山賊達がソフィアフィレインの魔術師を狙っている』という連絡が来ましたよ?ソフィアフィレインの魔術師って私でしょ?」
「まぁ、そうですね」
ソフィアフィレインは一応エリス達も所属しているが、表沙汰になって居ない以上エリス達でないのは明白だ。それにソフィアフィレインのメンバーはみんな『勇者』『戦士』『魔術師』『僧侶』『商人』と言ったようにその職業を異名をしていた。
そして、魔術師に該当するのはケイトさん…なのだが。なーんか引っかかるんだよなあ。
違和感があるんだよ。
「連絡が来たって…なにで来たんですか?言伝?それとも手紙?」
「……何を疑ってるか知りませんが事実ですからね、ほらここに手紙もあります」
「見せてください」
「お好きにどうぞ」
そう言って受け取った用紙には確かに『山賊がソフィアフィレインの魔術師を狙っているようです』と書かれている。
しかしやはり妙だ、なんで『ソフィアフィレインの魔術師』なんて曖昧な書き方をするんだ?ケイトさんの名前を知ってるから連絡出来ただろうに、それなら『ケイト・バルベーロウが狙われている』と書けばいいじゃないか。
だが事実としてこう書かれている以上…それ以外ないのはまた明白。
なんだろうこの違和感は…。
「何か分かりまして?」
「いいえ、何も」
「でしょう?まぁ確かに私も妙な書き方だとは思いましたが、一応私もそれなりに恨まれる身の上なのであり得ない話ではないなと思ったので」
「恨まれてるんですか?」
「名前が売れるだけで、恨まれる理由になるんです」
そういうもんか?そういうもんか。エリスもなんか会ったこともない人間によく恨まれてるし。
「すみません、ケイトさんがなんで狙われてるかよく分からないのと…なんか書き方が妙だったので」
「気持ちは分かります、私も狙われる理由そのものについては分かりませんから。でもそれも…地の街ガイアに行けば分かるかもしれませんね」
地の街ガイア…ケイトさんの友人『僧侶』ヒンメルフェルト氏の葬儀が執り行われる街だな。例のライデン火山の麓にある街としても有名であり、火山のすぐそこということもあって世界でも有数の温泉街としても名を馳せている。
ちょっと楽しみだなぁ、温泉…楽しみだなぁ!
「ガイアに行けばヒンメルフェルト・ケントニスの孫娘アルトルート・ケントニスが葬儀を執り行っているそうです。テシュタル教式の葬式で弔うのでやや時間がかかるでしょうし…その間にお話を聞けばよいでしょう」
「え?時間がかかるんですか?テシュタル教の葬儀って」
「そこは、本職さんに聞いては?」
と、ケイトさんがハラリと手で差す先には…本職のテシュタル教徒のネレイドさんが『私?』と言った様子で自分の顔を指差している。そうですね、貴方しかテシュタル教徒はここにはいませんね。
「えっと…真方教会の葬儀って…オライオンテシュタルと同じなの?」
「細かな部分に差異はあるかもしれませんが、大まかは同じかと」
「なら…時間がかかるね。普通の教徒なら略式でやって三日くらいだけど。そのヒンメルフェルトさんは教会でもそれなりの地位にいたんでしょう?…なら正式な形でやるから、一ヶ月はかかる…かも」
「い…一ヶ月!?そんなに!?」
そんなにやってたら死体腐るぞ!?しかもそんなになにするんだ!?
「えっと、参考までに聞いてもいいかな。一ヶ月もなにするんだ?」
そうアマルトさんが問いかけると、ネレイドさんは一生懸命手順をあれこれ思い出して…。
「えっと、オライオンテシュタルのやり方は…まず木の棺桶を用意して、その中にご遺体と雪を一杯に敷き詰め腐ってしまうのを防止して、それから一週間…神の御座に魂が行けるように祈りながら儀礼や儀式を行うの」
「儀礼や儀式?」
「うん、細かいことは覚えてないけど…とにかく色々やるの、ご遺体を焼いてしまうのはその後から、…葬儀が終わってからもお別れの期間が長く設けられるから、もしかしたらもっとかかるかもだし…」
「そういやあんまり考えてなかったが、ヒンメルフェルトさんが死んでから結構経ったよな。まだ間に合うのか?」
「多分間に合う」
どんだけかけるんだ…。テシュタルの正式なお葬式というのは大変そうだな。
「まぁお葬式に関して我々がしなきゃ行けないことなんてなにもないのでご安心を、アルトルートさんも真方教会の司教様なので詳しいことは彼女に任せて、我々はお葬式が終わるまで街にいればいいので」
「え?エリス達も一緒にいるんですか?」
「らしいですよ、ね?ネレイドさん」
「うん、祈りを捧げた人は出来れば葬儀が終わるまで街にいた方がいい。まぁ無理にとは言わないけど…最後のお見送りだし」
「つまり護衛の俺達も一緒にと…りょーかい」
なんか面倒なことに巻き込まれた、死ぬほど面倒なことに巻き込まれた。ただでさえエリス達には時間制限があるのに、ここから更に葬儀が終わるまで一緒にとか…。
まぁでも、ヒンメルフェルトさんが亡くなられてもう結構経ってますし、葬儀も結構進んでいるでしょう。だからそんなにかかることはない…ですよね?
「ともかく、今は地の街ガイアを目指すところからだな。ここからなら三日も掛からず向かえるだろうし、それまではみんなでケイトさんの護衛を…」
『わぁー!今度は何ですかー!』
『ケケケー!俺様は山子犬のパピー!荷物置いてけー!』
「……あぁー!くそ!」
またしても止まる馬車、顔を叩いてもう呆れ返るラグナ。…三日でガイアまでつけば御の字ですね。
………………………………………………………………………………
「と…いうことがあったんでさぁ」
「俺達じゃ手も足も出なくて、情けねえ限りっす…ハイ」
「ふゥ〜ん」
「えっ…とぉ…」
山黒猩猩のショウと山天狗猿のオオテングは酒場にて正座をし、周りから突きつけられる鋭い視線に串刺しにされながら冷や汗をかく。おかしい、こんなはずじゃなかったのに…と口の中で小さく呟く。
自分達は今報告に来ているんだ、ドゥルークの街で出会ったあの赤毛のガキ。アイツに報復する為に今…モース大賊団の仮アジトとして機能しているこの酒場に駆け込んでこう言ったんだ。
『聞いてくれよ!今ドゥルークの街で俺達を殴った奴がいて…』と。可愛い子分である自分達が傷つけられたあればきっとみんなリベンジに参加してくれると思っていたのだが、返ってきた反応は思ったものの真逆。
『テメェら、取り敢えずそこ座れや』と…先輩に詰められショウとオオテングは地面に座らされ、状況の説明をさせられ…今に至る。
俺達がボコボコにされたと聞いても、先輩達は同情するような素振りも見せず。あちこちから舌打ちとため息が聞こえてきて…空気感は地獄だ。
「お前らさぁ、そんな事話す為にここまで走ってきたのかよ」
「情けねえ、本隊に加えてもらって早々にボコられて返ってくるなんてよ…」
「こりゃまた分隊送りか?」
「なっ!?そりゃあ勘弁してくださいよぉ〜!」
「俺達頑張ってようやくこの本隊に参加できたのに…!」
モース大賊団は世界最強の山賊団であり世界最大の山賊団だ。その名は山賊界隈に轟きモース山賊団に所属している事自体が一種のステータスにさえなる。
ここで一つ、山賊達にとっての夢の物語をしよう。山賊達にとっての夢とは『モース大賊団の本隊に加入し自分の隊を持つこと』だ。その為にはまずモース大賊団に加入しなければならないがただ入れてと言っても入れてもらえない。
加入には上納金が必要だ。金貨数十枚規模の上納金、これをそのまま払える奴は山賊なんかやらない、故に山賊達はまず自分の山賊団を作って稼ぎを得る必要がある、ここで捕まったり頓挫すればそこまで。一握りの成功した山賊達はその稼いだ金を持ってモース大賊団に加入するのだ。
だが加入出来てもまだ本隊には入れない。まずは分隊からだ、分隊は世界各地でモース大賊団の為に略奪や詐欺などを行い金を得る必要がある、そして毎月行われる評価会にて本隊メンバーからの推薦を得てようやく本隊に入れる。
本隊は謂わばモース大賊団の精鋭の中の精鋭だ。ただの隊員であっても魔女大国から懸賞金をかけられるような大物ばかり、一人一人に武勇伝があり場末の山賊達の語り草になるような奴らばかりがここにはいる。
「そんなこと言わないで仇討ちに付き合ってくださいよぉ〜」
「そ、そうですよぉ」
ショウとオオテングも元はとある国にて最強と呼ばれた山賊コンビだった。だが地元で最強程度ではここでは雑魚も雑魚。周りにいるのは国境越える程の名を持つ山賊ばかりなのだ。
「ナメたこと言ってんじゃねぇぞガキどもッ!!」
「テメェら山賊やって何年だ!俺達山賊が団の看板で生きてることくらい分かってんだろ!テメェらその看板に泥つけたんだよ!!」
「ひぃぃ…!」
その威圧に思わず泡を吹きそうになる。怖い、あまりにも怖い。これが本隊メンバーの威圧感…つい最近本隊に加入したばかりの二人は今初めて本隊というものの恐ろしさを理解する。
だが、それでもまだ…生易しいのだ。なんせ飽くまでここで恫喝しているのは本隊の隊員に過ぎない…つまり。
居るんだ、上が。
「あっはっはっはっ!こりゃ面白えや!聞いたかよ!街でカツアゲしてたら逆に返り討ちにあったってよ!まるで素人だな!こりゃ!」
「あ…う…」
笑い声が聞こえる。この地獄のような空気の中でヘラヘラと笑える人間はそうはいない。もしここで笑えばその瞬間先輩からの拳が飛んでくるからだ。
だが、咎めない。誰も咎めない。いないから…彼を咎められる人間は本隊にはいないからだ。
「ええっと、なんだっけ?お前らの名前」
「オオテングです」
「ショウです」
「そうそうそんな名前だったな、まぁ落ち込むなよ。先輩にどやされて凹むかもだけどこういうこともあるって…まぁ、今回はかるーく落とし前つけて、次から頑張れや」
「お、落とし前…!?」
「それは勘弁してくださいぃ!」
ポインポインとトレードマークのアフロを揺らして歩み寄ってきたその男に縋りつこうとショウとオオテングが動いた瞬間、周囲の先輩方の目が鋭く尖り。
「馬鹿野郎テメェ!テメェらみたいな三下がシャックス様に触れていいわけねぇだろうが!!」
「ヒッ!!すみません!」
「まぁまぁ、別にいいけどさぁ…」
そう、触れることは許されない。何せ彼こそが本隊メンバーの中にあって頂点に立つことを許された…『五人の隊長』の一角。
五番隊隊長『山凰』のシャックス…。無人のシャックスの名を受ける男が彼なのだ。アフロにファンキーな服装をしたこの男は数千数万いる山賊達が夢見る本隊の隊長を任されるだけの実力を持った…謂わば二人にとっての天上人だ、触れることさえ許されない。
「別に触れるくらいいいんだけどさ。それより落とし前つけないってのは如何なもんかね、俺としちゃ別にいいんだけど…他がなんていうか」
チラリとシャックスが視線を後ろに向ければ、二人を囲んでいた先輩方が慌てて道を開け…視界を開く。その先にいるのは、酒場の一角で一つのテーブルを囲み飲んでいる四人の山賊達。
山賊達にとっての憧れにして夢の体現者。五番隊の隊長シャックスの上を行く使い手がその視線を受けて皆こちらを見る。ただそれだけでショウとオオテングは喉を鳴らす。
「…え?僕に聞いてますか?…」
「ホホホホ、ゴミカスの処分など勝手にやっておるが良い」
「…スゥー…プハー…」
「…………」
視線がこちらに向いただけで、嵐のような威圧が飛んでくる。一体何をどうすればこれほどの強さを得られるのか、二人には理解できないまるで理解出来ない。
山賊の王に仕える五人の隊長達が、椅子をずらしてこちらを向く。
「え…ええ!?そんなの僕には決めようがないですよ!落とし前とか…そういうのは勝手にやってもらって…」
オドオドと目を逸らす黒髪の青年、一見すれば寧ろ山賊のカモになる側の気弱な青瓢箪にしか見えない所謂いじめられる側の人間がそこにいる。
されど、彼を見た目でナメて馬鹿にした山賊は全員死んだ。気弱な姿勢は傲慢の証明、圧倒的強さがあるからこそ無関心を決め込む。
「そういうなよベリト、ちょっとは関心持ってやれよ。可愛い部下だろ?」
「え…別に可愛くないです」
彼の名をモース大賊団四番隊の隊長…山虎のベリト。又の名を山崩しのベリトと呼ばれる彼はその一撃で山を崩すのだ。もし彼と戦えばここにいる山賊達の大半は手も足も出ずに圧殺されるだろう。
「オホホホホ、ならばわえがやろうかえ?酒のつまみに血が見たい気分ゆえ」
そんな中立ち上がるのは、トツカの和服を着込む麗女。金の髪をスラリと伸ばす女がチロリと舌を出しながらショウとオオテングの始末の仕方を考える。
山賊団屈指の残虐性を秘めると言われる彼女の好きにさせれば、二人は骨も残らないだろう。
「ええ、?いやですよオセさん始末するの下手くそじゃないですか!」
「何を言うかベリト!わえはただ血が見たいだけゆえ」
彼女を呼ぶならこう呼ぶべきだろう。モース大賊団三番隊の隊長…山狐のオセ。又の名を地獄のオセと呼ばれる彼女は、その手で街を一つ…消したことがあるとさえ言われている。
「ねぇ!姉さん!どうするの!?このままじゃオセさんがまた床を汚すよ!」
「スゥー…プハー…」
そんな喧騒にあってベリトの言葉を無視するのは、ベリトと同じ黒髪の女。明らかに他とは一線を画する筋骨隆々の肉体を持ち、黒くテカる黒革のジャケットを着込みながらサングラスを輝かせ、葉巻を吸い上げる。
「ねぇ!アスタロト姉さん!」
「…ベリト…、細かいことは気にするな」
「こ、細かいことかな…」
「ああ、重要なのは…そこじゃあない」
アスタロト、その名を聞いて惚ける山賊はいない。かつてモース・ベヒーリアと真っ向から張り合い終ぞ背中を地面につけなかったとの武勇伝を持つ大賊団切っての武芸者の名は世界の裏にまで響き渡るだろう。
モース大賊団二番隊の隊長、山龍のアスタロト。又の名を龍を背負う女。それがサングラスをズラして紅の瞳をこちらに向けるだけで何人のか山賊が腰を抜かし、ショウとオオテングの足の下に水溜まりができる。
殺される、そんな明確なビジョンを見せながらアスタロトは…サングラスを戻し、意見を請う。
「由々しき事態だ、本隊メンバーがどこの誰とも知らぬ者に無様を晒した。今まで我等で積み重ねてきた権勢が崩れかねない不祥事。どう対処する…」
「…そうだな」
そして、そんな隊長達さえ下に見る唯一無二にして最強の座に座るのが一番隊の隊長。最もモースに近しい座に居座り続ける男は静かにウイスキーグラスを傾けて中の氷を揺らす。
銀灰の髪と性格を示す真四角のメガネ。白いコートを着込んだ羅刹はウイスキーを飲み干すと。
「処断しかないですね」
「ヒュー!相変わらずカイムはおっかねぇ〜!流石は鬼!」
「シャックス、喧しいですよ」
一番隊の隊長 山鬼のカイム。又の名は無い、ただ山鬼の名のみが彼の全てを表す。その強さも規律への厳しさも全てが鬼そのもの。生まれる時代が違えば彼こそが魔人として名を馳せていたとさえ讃えられる、世界で二番目に強い山賊だ。
「しょ…殺すんですか!?俺達を!?」
「ただ負けただけなのに!?」
「負け方が悪い。誇りある本隊の人間が通行人にカツアゲを仕掛けたのも悪い、そもそも我等の命令も聞かずに街に出ていたのも悪い、何より…負けた後いの一番に助けを求めにきたのが悪い。何故独力で怨敵の首を取ろうとは思えないのか」
「そ、それは…!」
「お前達風情を本隊に招き入れたのはこちらの不手際。ならば…この手で斬って捨てるまで」
スラリと現れるのは銀の剣。カイムが愛用する自身の身長よりもなお長い片刃の直剣を取り出しオオテングとショウの前に踏み出す。
何が敵討ちだ、何がリベンジだ、お前達の虚栄心を満たしプライドを守る為に我等モース大賊団の本隊があると思われていることそのものに腹が立つ。この本隊をその言葉でのみ動かしていいのはこの世においてただ一人のみ。
例え傷つき負けた仲間の言葉であっても、聞き入れることは絶対にない。
「さぁ首を出しなさい、一太刀で切り落としてやりましょう」
「あぁー!カイムがやる気だぜー!ハイ皆さん!お手を拝借!みんなで手拍子しようや!」
「おいっ!カイム!やるならわえ!わえがやる!」
「どうしよう姉さん!カイムさんが殺すよ!血が吹き出るよ!血が吹き出たら床が!床が汚れる!床が汚れたらどうなるの!?床が!あぁ!あああ!!!」
「ベリト…細かいことは気にするな、スゥー…ハァー」
どいつもこいつもイかれてるとショウとオオテングは青褪める。本隊に入ることが夢だったのに、こんなイかれた狂人と集まりだったのか!?こんなはずじゃなかった…本隊に入れば毎日酒を飲んで気に入らない人間をボコボコに出来る毎日が待ってると思ってたのに!こんな…こんな!
「さぁ…さぁっ!!」
「ひぃぃい!!」
剣を振り上げ鬼の形相を向けるカイムに謝ることも出来ずやめてくれと手を前に出すことしかできない二人は必死に叫び声を上げ…………。
「騒がしいでごす…」
「ッ…これは失礼、モース様」
しかしそんな地獄もすぐに収まる。酒場の最奥から響いた鶴の…いや魔の一声によって。
あの声には誰も逆らえない、山賊の先輩方もシャックスもベリトもオセもアスタロトもカイムも逆らえない。全ての山賊が首を垂れる存在の前では、如何なる山賊もまた等しく同じ。
山のように巨大な体を動かし、騒ぎを聞きつけて現れたのは…。
「も、モース様…!」
「………………」
海魔ジャックと対を成すと言われる陸の絶対者、世界最強の山賊…山魔モース・ベヒーリア。それが黒緑の髪を揺らして立ち上がりショウとオオテングを見遣る。
「…話は聞いていたでごす。勝手に続く勝手…その果てに助けを請う身勝手。見ていて見苦しいでごす」
「あ…ああ…!」
「だけど、あーしはこの山賊団のみんなを家族として見ているでごす。家族が死ぬところは見たくない…」
「モース様!嗚呼!なら…」
「んん、だから…どうしたら良いか、知恵者に聞くとするでごす。ねぇ?ダアト?」
チラリと横に目を向ければ、最近モース大賊団の食客として招かれいきなり五隊長と同格の扱いを受けている正体不明の女。黒髪黒コートの魔術師『知識のダアト』が視線に気がつきはたとジョッキを片手に立ち上がる。
「なんですか?」
「いや意見を聞きたいと………ダアト?それはなんでごすか?」
「それ?これですか?」
そう言ってダアトが見せるのはその手に持ったジョッキの中、てっきり他の山賊同様酒でも飲んでいるものかと思ったが…どうやら違う。
なんと、中に入っていたのは生卵なのだから。それも五つほど黄身が浮いている有様でジョッキの中でプルプル揺れている。
「それ、飲む気でごすか?」
「ええ、健康に良いようなので。最近本で読みました」
「悪そうでごすが…、体にも…気持ちも」
「卵は健康的な食事なんですよ、あ!でも茹でた方がいいかな…」
「ま、まぁ…貴方ほどの知恵者が言うなら…、オホン!それよりも問いたいでごす。彼ら二人を殺すべきでごすか?」
そう問われるとダアトはグビグビと生卵を飲み干し。ふむと小さく考える。
彼女は知恵者だ、何処からともなく現れすぐさまモースの信頼を勝ち取った知恵と知識を持つ。それ故に小さく考えた後…こう述べる。
「彼等を叩き潰した者達の素性が気になります。今東部にそれだけの戦闘能力を持った人間はいないはずですから」
「確かにそうでごすねぇ…、オケアノスなら少なくとも口が聞ける状態では返さないでごすし」
「はい、なので彼らから色々話を聞きたいので、黙らせるのはそのあとで」
「ん、分かったでごす。カイム」
「承知しました」
た、助かった、なんだかよくわからないけど助かった。あのダアトとか言う女、いきなり現れてデカイ顔して気に食わないと思っていたが、なんだ。役に立つじゃな……。
「ああでも、口が聞ければいいのでそれ以外の場所はお好きにどうぞ」
「へ?」
「じゃあカイム、左手」
「承知しました」
「…へ?」
ふと、左手を見る兄弟達。見れば左手の手首から先が無く…カイムはその剣の血を拭っていて……。
「ぎゃぁぁああああ!?!?」
「ぅぎぃぃいいいい!?!?」
「取り敢えず今回の一件はそれで良しとします」
「ひぃ!ひぃぃ!クソがぁぁあ!!ふざけやがって!ふざけやがって!俺の!俺の腕がぁあ!!」
「狂人共がぁ!いつか覚えてとけよ!!」
「このくらいで済ませてやるのはモース様の温情だと思うのですが」
腕を切り落とされたオオテングとショウは地の池に沈みながら悶え苦しむ。
元より彼らに期待している人間などどこにも居ない。彼らは確かに分隊所属時はそれなりの上納金を持ってきて本隊メンバーの酒代に貢献してくれた。そこは確かに良い部分ではあった。だがそれだけだ。
ここは本隊、実力至上主義の世界。喧嘩の腕はチンピラレベル 頭の方も恫喝と暴力くらいしか取り柄のないバカ。ただ運良く金づるを多く持っていただけの奴が本隊昇格を望んでしまったが故の結末だ。
ここでやっていきたいなら自分の事は自分で守らなければならない。死んでも負けるなとは言わないが他の誰かに守ってもらおうと思っていけないのだ。
「おんやおんや、その程度の罰では不服かえぇ?」
「ヒッ!!」
「ならぁ、仕方がない…わえが罰を下してやろうぞ」
生意気な口を聞いた二人の兄弟は己の口が災いを招いたことを悟る、クソだの覚えとけだの言えば当然…更なる罰則を受けても仕方ない、というより更なる罰則を求められても周りも止めようがないのだ。
そこで近づいたのは地獄のオセ。五大隊長の中で最も残虐と言われる女がくつくつと笑いながら袖元で口を隠しニヤリと笑い近寄ってくる。
逃げなければ殺される、普通はそう思う。だが違う、オセに関しては違う。彼女の前で…『血を流した時点』でもう逃げようがないのだ。
「そぉれ、贖えよ?命で…!」
その口で詠唱を唱えながら、オセはゆっくりと…二人の流した血だまりを踏みつける。
二人の肉体ではない、既に打ち捨てられた血液を踏みつけたのだ。本来ならそこに意味などない、痛覚など刺激されようはずもない。
だと…言うのに。
「ごぉっ!?ぐぇっ!?ぎゃぁぁぁああああ……!」
「ぎっ!?げぇ…ごぼぼぼ…!」
二人の体がみるみるうちに赤く染まり、血液がブチブチと破れ、口元から溢れるように血を吐き、まるで何かに焼き切られたかのように血液が吹き出し…事切れ倒れ伏す。全身から白い煙を上げて。
「うひゃはぁー!!!殺した殺した!気持ち良い気持ち良い!極楽極楽!お主らは地獄であろうがなぁ!ひゃはははははは!!」
『ヒュー!流石はオセ様ー!』
『ドッ派手ー!!』
「きゃははははははは!」
振袖をくるりくるりと回して大喜びするオセとそれを見て呆れるカイム。そして…大きく溜息を吐いて椅子に座るモースは顔を手で覆う。
これで、三回連続だ。
「不作でごすなぁ、最近の若いのは…」
「おやおや、山賊業界も大変みたいですね。しかも殺すなと言ったのに結局殺しましたし…」
「ああ、そこには関しちゃあすまなかったでごすなぁ」
「まぁ結構ですよ、もう大体分かったので」
するとダアトが隣に座りやや苦笑いでモースに語りかける。最近は不作だ、これで三回連続…本体に入った若手が大ポカやらかして死んだ。どいつもこいつも…山賊というものをナメているとしか思えない。
やれ詐欺がどうの、やれ金づるがどうの、金を稼ぐために人を貸してくれ…だの。金金金…金ばかり、阿呆らしい。山賊がそんなに稼いでどうするというのか。剰えそれで失敗して醜態まで晒して何がしたいのか。
その点で言えばここにいるダアトは逸材だ、賢く強くそれでいて弁えている。昔はこういうのが沢山居たんだが…全員マレムィカルムに取られてしまった。もう山賊に良い人材は回ってこないのか。
「そうでごすか、で?分かったのは?」
「ええ、恐らく彼らを倒したのは魔女の弟子ですね」
「魔女の弟子…でごすかぁ」
ああ、そう言えばそんな事をジズが言っていたが、まさかそれがマレウスに?何故…いやまぁどうでもいいか。
「それは、あーしらの計画の妨げになるでごすか?」
大事なのは一つ、我が生涯をかけた計画の妨げになるかどうか。それだけだ。
それをダアトに聞けば彼女は静かに立ち上がり…。
「ええ、なるでしょう。彼らは必ず貴方の前に立ち塞がる。それは川が流れ海に向かうが如き必定」
「随分確信めいていうでごすな、まるで予言でごす」
「予言ではありません、コップから水が溢れる先を予め識っているように…私もただ物事の結末を識っているだけです」
「よくわからんでごすが、妨げになるなら…殺すしかないでごすな」
「ええ、その件に関しては勿論。…なのでモースさん?そろそろ動き始めた方がいいかもしれませんよ」
「……というと?」
「物事には静と動があります。静の時は今のように待つに限り、動の時は動くべき、あまりまごまごしていると事を仕損じます」
「…………」
ダアトはそういうのだ、我が計画がついに始動の時が来たと。この計画の為に私はジズに魂まで売った、ならばもう後に引くことは出来ない。奴と私の目的は奇跡的に一致している…ならばとっとと動いてしまおう。
いや違うな、あーしは…この時をずっと待っていたのだ。
「では…やるでごすか、あーしから…私から我が子を奪った街…地の街ガイアへの復讐を…!!!」
今思い返しても気が狂う程に苛立つ。何故あの時あーしはもっと子供を大切にしていなかったのか。誰も信じていないくせに何故あの時あーしは奴等を信じてしまったのか。
奴等に…ガイアの街にまだ言葉も喋れなかった娘を預けた結果、我が娘は売り飛ばされ…行方が分からなくなってしまった。あの日から二十年ずっと探し続けても見つからない所に愛しい娘は行ってしまった。
今も見つかっていない娘の為にできることはもう、奴等への復讐しかないのだ…!
「ええ、計画の仔細は私が詰めます。私の言う通りに進めれば…きっと上手くいきますよ」
ニコリと微笑むダアトの笑顔に、ややムッとした様子を見せるモース。
これは我が人生をかけた復讐、我が子を奪われた怨嗟の凶行、それを果たして昨日今日ポッと現れた女の言う計画に乗って行ってもいいのだろうかと。これでも裏社会に身を置き続けて数十年…悪い奴は山ほど見てきた。
そんなモースから見てダアトという女は…。
(あまりにも清廉潔白過ぎる)
ダアトはいい奴だ、信頼も出来るし実力もある。だがここまで清廉な人間がいるのか?あーしはかつて真方教会の清廉な人間を信じて裏切られた事がある、その時と同じ轍を踏んでもいいのか…。
「大丈夫ですよ、モースさん。私は真方教会の人間とは違いますし…貴方が思ってるほど私は清廉な人間じゃありません。もしそうならここにいませんし」
「っ……!?」
こいつ…今あーしの心を読んで…っ。本当に何者なんだ…いや今はいい、そんなことは。寧ろここまでの能力があるのなら…。
「分かったでごす。なら…今からあーしらで地の街ガイアを目指すでごす。そして…まずは第一段階、その街にいるアルトルートという女を…攫う」
「ええ、そうすべきです」
目的は必ず達成する、達成するしかない。
だから、まずはアルトルート・ケントニスの身柄が必要だ。故に…攻め入る。
我等でガイアの街から全てを略奪する…!




