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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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434.魔女の弟子と東部クルセイド領


こんにちわ、エリスです。エリス達がボヤージュの街を出て早数ヶ月。旅立ちの頃は夏の香りが残るくらいの季節柄だったのですが、それももう昔の話となりました。


マレウスは大国です、それも横に長い大国です。真横に突き抜けていこうと思うとやはり時間がかかるもので、北部カレイドスコープ領を超える頃には季節的には冬と呼べるくらいにはなりました。


マレウスには魔女の加護がありません、なので季節の影響をモロに受けてしまうんですね。冬は寒く、木々が枯れ果て、雪が降り頻る忍耐の季節。東部の旅は寒さに耐える根性の旅路になるかもしれませんね。


そう思っていたのですが、…どうやら違うようです。


何故か…、単純ですよ。それはこの東部クルセイド領が、唯一…凡ゆる季節の影響を受けない季節だからです。




「あ、暑い…!?!?」


暑いんだ、エリス達は先日北部カレイドスコープ領を超えてようやく念願の東部クルセイド領に入ることが出来ました。その寸前では結構寒くみんな防寒具を着込んでいるくらいだったのですが。


今は全員がその防寒具を脱ぎ捨て尻に敷いています。デティなんかは暑苦しい法衣を脱ぎ捨て可愛い下着を見せながらデローと溶けてますね。


暑い、暑い、暑いと馬車の中にはみんなの声がぐちぐちと聞こえてくる。そのくらい暑いんだ、下手したらエンハンブレ諸島を旅していた夏頃より暑いかもしれない…。


しかもどうだ、今目の前に広がる光景は。


「どーなってるんですかね、これは…どういう原理?」


馬車の外に顔を出したナリアさんは周囲を見回し眉を顰める。カレイドスコープ領に居た頃は芝生と赤く染まり始めた木々が見えていたのですが、東部に入った瞬間それらは完全にエリス達の視界から消失した。


見えるのは…赤茶けた荒野だけ。草木一本生えない地獄。少し先に目を凝らすと薄ぼんやりと陽炎が揺らめいている。知らないうちにエリス達は別の国に来てしまったのかと錯覚するほど完全に別の景色に変わってしまった。


そうだ、西部と北部が穏やかな気候で南部が熱帯地帯なら、東部は…超乾燥地帯なのだ。


「うへぇ〜、折角寒い季節が来たと思ったのに、東部に入った瞬間これって…」


「まるで魔女大国だな、こんなにも環境が一変するなんてこと…あり得るのか?」


「暑い…アマルト…アイス…作ってちょーだい…」


「暑くてそんなやる気も出ねぇー…」


馬車の中は死屍累々、季節ばかりに目がいっていて東部の環境がどうなっているのかを皆失念していたのだ。


いや、皆ではないな。


「あはは、何度来てもマレウス東部は摩訶不思議ですね」


「人が住むところではありませんよ、ココアおいちい」


「なんでエリス様とケイト様は平気なんですか」


こんな暑い中でもメイド服は脱がないメグさんが何やら怪物でも見るような目でエリスとケイトさんを見る。確かにエリス達は暑がっていない。いや正確に言うならこう言う急激な環境の変化に慣れている…とでも言おうかな。


そう、マレウスを旅したことがあるエリスとケイトさんはマレウスの東部がどうなっているか知っていたんだ。というかみんな知ってる物だと思ってた。有名な話ですからね。


「なんで…こんなに暑いの…?」


「それはねネレイドさん、このマレウス東部にのみ存在する特殊事例があるからですよ」


倒れ伏して死んだ目をしているネレイドさんに向けてエリスは立ち上がり説明をする。このマレウス東部にのみ適用される特殊事例…それは。


「マレウスの東部には超巨大な火山があるんですよ。地下火山窟がね」


「地下…火山?」


「はい、東部の地下には巨大な溶岩流があるんです。その溶岩が東部全体を温めていて…そのせいでこんな温暖地帯になっているんですよ」


「え?…この下に溶岩があるの?地面割ったら溶岩出てくるの?」


「そんな簡単に噴き出るほど近くにはないですけどね。でもほら…外を見てください。外に巨大な山があるでしょう?」


そう言ってエリス達で揃って外を見る。するとカリカリに乾いた大地の向こう、陽炎の向こうでゆらめいている巨大な影が見える。


「あれがマレウスで二番目に大きな山、通称ライデン火山です」


「ライデン…雷電?」


「そう、昔は活発にマグマが吹き出て、その都度麓に雷鳴のような轟音が響いていたことから『雷を飼う大山』と呼ばれ、そこから名付けられたそうですよ」


「おっきい山だね…」


ライデン火山はマレウスで二番目に大きな山だ、いや…実際のところを言えばもしかしたら世界で一番大きな山かもしれない。


というのも、師匠曰く元々彼処には超巨大な大火山が聳えていたそうなのだが…八千年前の魔女達と羅睺達の激戦の最中陥没…マグマごと地底に埋まってしまいその半分以上が地面に隠れてしまった。だからこそ地底にマグマが拡散して東部全体の地下を温めるに至った。


地下火山なんてよく分からない物が生まれたのも魔女様達の戦いの所為、故にライデン火山は地下に隠れた本来の大きさも含めるならば世界一なのだ。


「一番大きな山は何処なの?」


「それはあちらに見えるテンプス山ですよ、アジメクのアニクスとアルクカースのカロケリに並ぶカストリア三大山岳として有名ですね」


「ああ、あのコールサック平原の向こうに見える…、東部からでも見えるってデッケェ山だよな」


「ネブタ大山みたい」


ちなみに、あの山の麓にはステュクスの生まれ故郷とハーメアの墓があるんだが…まぁ行くつもりはない。多分二度と。


「あはははははは!すげぇ山だよな!ライデン火山か!みんなで登ってみないか!?」


すると御者席に座って手綱を引いているラグナが快活に笑う…というか、なんか異様に元気じゃないか?


「なんだラグナ…お前、酷く元気だな、こんなに暑いのに」


「そうかな、なんていうか東部の空気感?的なのが凄い肌に合うんだよ。まるでアルクカースみたいだ」


ああ、確かに東部の環境はアルクカースによく似ている。乾燥した空気もうだるような暑さもそっくりだ、故郷に近い空気だからラグナも元気なのか。


「確かにアルクカースそっくりですね、東部は」


「ああ、俺ここに住めるかもしれない。…アルクカースのみんな元気かなぁ」


郷愁とでも言おうか、この地獄のような暑さもラグナ的には心地よい空気なのだろう。まぁみんなからすれば普通に地獄なんだが。


「はぁ〜!ちょっと外に顔だしてるだけで肌が焼けちゃいますよこれ」


「オライオンとは正反対…」


「ポルデューク組には辛いかもしれませんね」


サッとみんなで馬車の中に引っ込んで涼を取る。一応馬車の中は空調魔力機構と温度調整魔力機構でそれなりに涼しいことを再確認しつつ、皆ゴローンと地面に転がる。


「ともかく納得〜、言ってみれば東部はあれだろ?地下のマグマが地面を温めてるから暑い。火で熱された鉄板みたいなもんだ…いやこれはもうグリルだな」


「原理としてはポルデュークの寒冷と似ていますね、土地そのものが熱を持っているから環境そのものが温暖になっているんです」


「はぁ、私としては早く東部から出たいよ…」


「私も〜」


みんな既に東部の暑さにほとほと参っているようだ、確かに暑い…けどね。実は暑いだけじゃないんですよ、ね?ケイトさんとエリスはケイトさんにウインクをする。


「ふふふ、みんな東部の暑さはお嫌いなようで、でもねぇ?実はこの暑さも一転すれば恵みになるんですよ」


「恵み?何処が」


「地下に大量のマグマ溜まりがある…ということは即ち」


ビッ!とエリスはライデン火山を指差す。そうだ!火山がありマグマがある…ということはつまり!


「マレウス東部は!世界有数の温泉地帯なんですよ!」


「温泉?…オライオンにあったアレみたいな?私も昔入ったことがあるが…」


「マレウスの温泉は凄いですよ!マグマガスが吹き上がり大量の成分がお湯に溶けているからもうすっごい効能があるんです!それにこの東部にしか存在しない魔力鉱石が大量に埋まっていてそれが微量の魔力を放っていてこちらも効能抜群!しかもそれが其処彼処にあるから温泉入り放題なんです!」


実はマレウスに来た時から楽しみにしていた。以前師匠とマレウスを旅した時は入る隙がなかったが…話にだけは聞いていた。


師匠もマレウスとオライオンには風呂文化がある、言っていたようにマレウス東部には昔から温泉に入り体を温め清めるという文化があるように、一種の名物と言っても過言ではないのだ。


温泉に入れば滋養強壮、疲労回復、お肌スベスベ、学力向上、恋愛運爆上がりなどなど様々な効果がある。エリスはそれを楽しみにしてきたんだ、せっかく東部に来たなら温泉に入らないのは損ですからね!


「だから街に着いたらみんなで温泉に入りましょ〜!」


おー!とエリスが拳を掲げると…。


「……いや、俺パス」


「え!?」


「何故ただでさえ暑いのに熱湯になんぞ入らねばならんのだ」


「ええ!?」


「こんな中でお湯に入ったら私ゆで卵になって死んじゃうよ〜」


「えええ!?!?!」


全拒否、アマルトさんもメルクさんもサッと目を逸らしデティなんかは転がりながら全身で拒絶を表す。


唯一ラグナだけが馬車の外から『いいねぇ〜!』と乗ってくれるが…なんて事だ、みんな温泉に入りたくないなんて、そんなことあるのか…!?


「け、ケイトさん入りたいですよね!」


「ええまぁ、最近腰が痛くて痛くて堪らないので、ここらで湯治もいいもんかなとは思ってますよ」


「ほらぁっ!」


「何がほらなんだよ…」


「まぁまぁエリスさん、まだ街にも着いてないわけですし、ここで入る入らないの押し問答をしても仕方ないじゃないですか。それに入りたかったらエリスさんだけでも入ればいいわけですし」


「うぅー!エリスはみんなと入りたいんですよー!」


ケイトさんに窘められながらも反論する。みんなと入るの楽しみにしてたのにー!


『おーい!街!見えてきたぜ!』


「本当ですか!ラグナ!」


『ああ!結構でかいやつ!アレが目的地か?』


「いえ、目的地はライデン火山の麓なのでまだだと思います」


『ほーん、まぁいいや!寄ってみようぜ!もう北部じゃないし!』


ラグナは元気だなぁ、でも街に寄るのは賛成だ。北部ではとんでもない目を見たがそれでもアレは大切な通過儀礼であったことも否めない。マレウスはその土地土地によって特性が異なる奇怪な国だ。


新しい地方に来たらその地方の空気感を肌で味わう必要がある。普通に見えてもいざ赴いてみたらとんでもない街でした…って例はこの間味わいましたからね。


「……東部の街」


ふと、ネレイドさんの瞳に光が戻り…起き上がる。ああそう言えば…東部は彼女にとってもただならぬ因縁のある地、ということにもなるのか。


…ならなおのこと立ち寄らないとな。


………………………………………………………………



マレウス東部クルセイド領、神司卿クルス・クルセイドが統べるこの地はマレウスでも屈指の危険地帯としても知られる別名『灼熱の地』だ。


その名の通り地下にマグマ溜りがあり活発に活動する火山によって大地全体が温められ、大地は荒れ果て草木の実らぬ地獄のような景色が広がっている。その為動植物の数も少なく魔獣もこの地で生きていくことが出来ずそもそも生命の匂い自体が希薄なのだ。


ただ、どんな土地でも根付けば生きていける人間の強さというものは果てしないですね。こんな場所にもきちんと街はあるし文化ある。


でもやっぱり生きていくには辛い場所なので、人とは寄る辺を欲するもの。その寄る辺こそがテシュタル…否、テシュタル真方教会だ。


この東部にて根付いたテシュタルは独自の偏移を辿り全く別の宗派へと変貌した。それでも根幹は変わらない、人が神を崇めるという点は変わらない。


やはりこの地にも神の賛美歌が響き、街の人達は教徒服に身を包み、オライオンとは真逆の環境でありながらオライオンのようだと思ってしまうくらいには街全体がテシュタルに包まれている。



エリス達が東部に来て初めて辿り着いたこの『友の街ドゥルーク』もまたテシュタルの奇跡を信奉する街だ。


岩を切り出して作った家が軒を連ねるかなり大規模な街であり、皆教徒服に身を包み、いつぞやのオライオンで見たように聖典を持ち歩き、神に対する感謝の言葉を述べている。


それよりもなによりも目を引くのは街の中心、そこにはドゥルークのシンボルとも思える巨大な神の像が屹立しており、その足元からは神の賛美歌が木霊している。


うーん、どこからどう見てもテシュタルの街だ。オライオンの旅を思い出す。


「なーんか、懐かしいな」


「ああ、オライオンを思い出す」


「あん時は苦労させられたぜ」


「えへへ…」


街に辿り着き、その入り口に馬車を停め皆で街に足を踏み入れると、なんだか懐かしいその感覚にオライオンを旅した六人は感慨深さを覚え、その時立ち塞がったネレイドさんはなんだか誇らしげに笑い、デティは『仲間外れだー!』と地団駄を踏む。


ここは目的地の街ではない、ただ取り敢えず到着したのでみんなで降りてきたわけだが…、これからどうしよう。


「さてラグナ、みんなで降りてきたはいいものの…どうしますか?」


「うーんそうだな、折角なら東部の空気感を掴んでおきたいし…序でに」


チラリとエリス達を見遣るラグナはうんと小さく頷き。視線を移す…街の方へと。


「アレを買おう」


「アレ?」


そう言って指差すのは街人…いや、正確に言うなら街人が着ている服か。ここに居る人達はみんな教徒服を着ている、そこはオライオンと同じだ。それをラグナは買おうというのだ。


「前オライオンを旅した時に学んだ事だが、ここらの人間はみんな教徒服を着てるよな?そんな中俺達だけ別の服を着てると否が応でも目立つ。代わりに教徒服さえ着てれば目立たないし余計な厄介事からも逃げられるからな。一応ここで購入しておこう」


「なるほど、確かにそれは必要ですね。エリス達はよくわかりませんがどうやらネレイドさんの着ているオライオンテシュタルの教徒服と真方教会の教徒服はテシュタル側の人達から見ると全然違うみたいですし、ネレイドさんのも買っておきますか」


「全然違うよ…エリス…!」


エリスが違うが分からないと言えばネレイドさんはキュッと眉を吊り上げる。とは言えエリスからしてみればどっちも黒一色でダルダルの服って点は一緒なんだが…。


前回、真方教会の人達と諍いになった時…真方教会側はネレイドさんを見た瞬間一目で『仲間じゃない』と察知していたので、多分ネレイドさんの着ている服もこの街では偽装にはならないのだろう。


「そうだな、よし…じゃあ取り敢えず教徒服は買うとして、他にすることは?」


「私…アレ見に行きたい」


と、ネレイドさんは街の中央にそびえ立つ巨大なテシュタル像を指差す。確かに、あれエリスも気になってるんですよね、足元で見たらどんなに巨大なんだろう。


「む、それは困るのではないか?私達は通常サイズを買えばいいがネレイドのサイズは特注しなくてはならんし」


「では私がラグナ様に同行しましょう、私ならば皆様の身体的情報を全て把握していますので」


身体情報は事細かに把握しておりますと口にするメグさんに、エリスはやや呆れるというか怯えるというか。やっぱりこの人エリス達のスリーサイズ知ってたんだな…ぴったりの水着がホイホイ出てきた時点で何となくそうじゃないかとは思ってたけど。


「ん、じゃあメルクさんとメグは俺についてきてくれるか?」


「ではネレイドさんはエリスと一緒にあの馬鹿でかい像観に行きましょう、アマルトさん達はどうします?」


「え?俺ら?うーん…別になんも思いつかねぇな。取り敢えず市場でも観に行くかな、面白そうな食材が売ってりゃそれ使って今日の晩飯にする。よし!ナリア デティ 付いて来いよ」


「はい!アマルトさん!荷物持ち頑張りますね!」


「え〜!私行きたくない〜」


「牛乳と砂糖が手に入ったらアイス作ってやる」


「行く!」


「よし」


というわけで全員行き先が決まった、エリスとネレイドさんは観光、ラグナとメグさんとメルクさんは服屋へ、アマルトさんとナリアさんとデティは買い物へ。うーん、エリス達だけなんの生産性もない点には目を瞑るとしよう。


「それじゃあまた後で」


「ああ、変なことすんなよ」


「どんなこと…?」


取り敢えず三方に分かれるエリス達、そしてそれを見送るケイトさんは。


「いってらっさーい…ズズッ、ココアおいちい」


ココアを飲みながらエリス達を見送る。今回もまた私はお留守番ですよ。いやいや、あんな若い子達に紛れてキャイキャイ出来るフレッシュさは体のどこ絞っても出てきませんって。


そんなことよりココア飲みたい、せっかく居心地がいい場所を手に入れたんだ。一秒でも長く居座り続けるとしよう。大丈夫、シュランゲの時はなんか問題があったみたいだが今回はエリスさん達もすぐに帰ってくる筈だ。


なんせこの街には何も…。


「……ん?」


フッと気になって視線を横に向けると、近くにいくつかの馬車が停まってる。当然だ、ここは旅人用の馬車置き場なのだから、問題は…我々の真横に置かれていた馬車が出発して…視界が開けたことにより発覚する。


「……あ」


そう、隣の馬車が走り去り、その向こうに見えたもう一つの馬車…豪華絢爛な作りと我々の馬車の数倍はありそうな超豪華仕様のその馬車の、中央に刻まれた紋章は。


五芒星に十字架…確かアレは。


「クルセイド家の紋章…まさか」


アレはクルス・クルセイド専用の馬車…なんでそれがこんな所に停まってるんだ。


いや、なんでここにいるかはこの際どうでもいい。


それよりも…いるのか?ここに、クルス・クルセイドが…!


つくづく運がないですねエリスさん達…、同行頼んだの…間違いだったかな。


「わ、私…しーらない」


スゴスゴと馬車の中に引っ込む、くわばらくわばら…私は何もしりませーん。


…………………………………………………………


「これが皆さんのスリーサイズです」


「うむ、…というかいつの間に測ったんだ」


「いやですようメルク様、皆さんが寝てる時にメジャーでチョイチョイと…」


「油断も隙も無いな!?」


三人で街の大通りを歩く、俺とメルクさんとメグさん…アド・アストラ設立時から一緒に働いてきた二人と一緒に観光をするように街を眺めつつ服屋を探す。


しかし、なんていうかこの街…違和感がすごいな。どっからどう見てもアルクカースなのに内容がオライオンなんだ。ここがアルクカースならそこら中から殴り合いの轟音や爆音が響いて回ってるのに、それが静謐な賛美歌だけが響いてるんだから。


それに…。


(この街の人達は、オライオン人ほど屈強じゃ無いな…)


チラリと住人を見るが、あまり食べ物が足りていないのか…やや痩せこけているように見える。オライオンがあんな環境でもムキムキマッチョマンばかりなのは魔女の加護により食料供給が上手くいっているからという事と向こうの教えの中にある体を動かすべし!という教義に則りスポーツを嗜んでいるからだろう。


そう思うと、向こうのテシュタル教の方が教えとしては完成度が高い気もするが…これは優劣がつけられる話でも無いしな。


「それよりラグナ様?」


「ん?」


「何やらボーッと歩いてるようですが、服屋が何処にあるかのアテはあるので?」


「いや、無い。けど服屋なんて大通り歩いてりゃ一個は見つかるだろ」


「気ままでございますね、でもまぁ急ぐ旅路でもありませんので軽く見て回りながら歩きますか」


「最悪、この街の人に聞けばいいわけだしな」


服屋が何処にあるかなんて知るわけがない。俺達は初めてこの街に来たわけだしな。けどだからと言って血相変えて服屋を探す必要もない…。


『オイオイオイ、随分身なりのいい連中がメイド連れて歩いてるぜ』


「あ?」


すると、この清廉で静謐な街に似つかわしくない下品な声に呼び止められて俺は足を止める。なんだ?


「なあなあなあ、よく見りゃメチャクチャ美人だぜ兄貴ぃ」


「オイオイオイ、こりゃラッキーだぜ弟よぉ」


「ゴリラとチンパンジー…?」


すると、もう死ぬほど似合わない教徒服を着たゴリゴリマッチョの二人の大男がデカい顔よりなおデカイ手を向けて俺達に絡んでくる。顔も手振りも体つきも、どっからどう見ても猿だぜこりゃ。


「ああ!?なあなあなあ兄貴!こいつ今言っちゃあいけねぇことを言ったぜ!」


「オイオイオイマジかよオイ!俺達が誰だか知らねぇなんてこんな不幸なことがあるかよ弟よぉ!」


「あ、ラグナ様あれ見てください、綺麗な十字架が売ってます。アレ買いましょう」


「要らないだろどう見ても」


「無視すんなよォッ!?」


チッ、クソ喧しいな…。ってかそもそもこいつら本当にテシュタル教徒なのかよ、どっからどう見ても輩だろこれ。


それに、なんか周りの街人も怖がって蜘蛛の子散らすように逃げ帰っていくし…、あ。もしかしてこいつら。


「ヘヘッ!知らねぇなら聞いて恐れろ!俺は『山天狗猿』のオオテング!」


「同じく!『山黒猩猩』のショウ!」


ウッキー!と二人揃って力をコブを見せつける猿二人、兄と名乗る山天狗猿のオオテング、弟と呼ばれる山黒猩猩のショウ。山…それに動物の名前、なるほど…やっぱこいつら。


「お前ら山賊だな」


「ウッキー!如何にもぉ!」


山賊だ、こいつら山賊の間には伝統というか単なる流行というか。自らの名前に称号として『山ナントカ』と言った風に二つ名をつけるのが主流なんだ。それは自称であったり他称であったり色々だが。


元は山魔モース・ベヒーリアに対して尊敬の念を込めて真似をする事から始まったこの流れ。けど海賊には『海ナントカ』的な称号を名乗る奴はいない、それは単純にジャックが他の海賊からナメられてるからだろう、まぁあいつはナメられても仕方ないが。


思想が横に逸れた、つまり今現在俺たちは山賊に絡まれてるという事だ。


「なあなあなあ兄貴!こいつらどうしてくれようか!」


「オイオイオイ決まってんだろ弟よぉ!ぶっちめて!ぶっ潰して!ぶっ奪う!いつも通りだぜぇ!」


(こんな往来に堂々と山賊がいるってどうなってんだこの街の治安は…)


そう言えば東部には今モース・ベヒーリアが居るとか言ってたな。それに引っ張られて今東部には山賊が溢れかえり領主たるクルスもそれをなんとかしようとはしておらず結果今の東部の治安は鬼悪いと…。


ったく、アマルトじゃねぇが王貴五芒星は全員ロクでもねぇな!


「ラグナ、どうする」


「…別にどうこうするつもりはないよ、メルクさん達は下がってな」


「いいのか?」


「三人でかかるまでもない、軽く終わらせるから近くに服屋が無いか探しておいてくれ」


「ん、分かった」



「オイオイオイ!マジかよお前!一人でやろうって!?」


「なあなあなあ!兄貴!ナメられてるよ俺たち!ぺろぺろされてるよぉ〜!」


「こりゃあ分からせてやらないといけないなぁ弟よぉ」


「その通りだぜ兄貴ぃ」


パキポキと拳を鳴らし二人の山賊が寄ってくる、名前は…なんだっけ?もうよく覚えてないや。取り敢えず…怠惰な領主に変わって、仕事するかね。


「オラ、来いや」


「オイオイオイ、どこまで喧嘩を売れば…気ぃ済むんだよォッ!」


「ウッキー!ぶっ殺してやるぜぇ!」


迫る拳、飛んでくる巨体、力任せの殴打、気迫は上々 やる気も上等。されど…それより早く動くのはポケットの中に収められたラグナの手だ。


それはまるで抜き放たれた刃のように、煌めくが如く振るわれ…。


「よっと…」


「へぶっ!?」


スパーン!と音を立ててビンタが炸裂する。まるで巨大な風船が破裂したような勢いで兄貴の方に頬が射抜かれ、その瞬間兄貴の姿が目の前から消失する。


「へ…?あれ?兄貴どこ?」


咄嗟に周りを探る弟のショウは、真横…大通りの店先の壁から突き出た兄貴の尻に気がつき、ゾッとする。


「え?今…ビンタしただけだよな、なんであんなところに兄貴が…。こんなチビが…どうやって兄貴を…!?」


「逃げるなら見逃すが?」


「ぐっ、な…なんかの間違いだ、そうに決まってらぁっっ!!」


ウッキー!と殴りかかるショウ…けど、悪いが間違いでもなんでもないんだな。これが。




再び炸裂音が鳴り響き、兄貴の横に弟のケツが壁から生えて、騒動は幕引きとなる。


「はい、終わり」


「流石ラグナ様」


「ビンタ1発で人があんなに吹き飛ぶとは…」


絡む相手を間違えたな。しかし山賊がこんなところで平気で名乗りをあげるなんて異常事態もいいところだ、こりゃ東部の状況は俺達が思ってるよりもずっと悪いかもしれないな。


『ヒソヒソ…ヒソヒソ』


「ん?」


ふと、周りの街人がコソコソ話をしているのが聞こえてそちらを見る。あの山賊達を倒してくれありがとう!なんて強いんだ!…なぁんてお気楽な事話してる表情じゃねぇな。


寧ろ、顔は青ざめて最悪だ…と言った様子。耳を澄ませてその会話を盗み聞くと。


『アイツら、やっちまいやがった…』


『そんな、…アイツらって確か』


『ああ、モース傘下の山賊団だ…もしかしたらこの街に復讐に来るかも…』


『なんて事をしてくれたんだ…』


「……やべ」


やべっ、やっちまった。モースの傘下を殴った事がやばいんじゃない、この街の人達に『コイツらは厄介者だ』と思われた方がやばい、こりゃ長居できねぇな。やっちまった。


「メルク様〜!ラグナ様〜!服飾店を見つけて参りました〜!ついでにネレイド様専用の特注も終えてきました〜」


「お、ナイスメグ!悪いちょっとやらかした。直ぐにこの街離れた方が良さそうだ」


「ああ、街人の視線が痛くなってきたぞ。追い出されるかもしれん」


「山賊二匹ぶっ飛ばしてなんで俺が敵対視されなきゃならんのだ」


「そういうもんでございますよ、さささこちらにどうぞ」


取り敢えず、分かったことが一つ。


今現在東部で最も恐れられ絶対なる存在として君臨しているのはなんの干渉もしてこないクルス・クルセイドなんかではなく、モース・ベヒーリアの方だということ。それを街人の視線がありありと語る。


ともかく服だけで手に入れてとっとと帰ろう。


………………………………………………………………


「ううむ…、思ったよりも品揃えが悪いな」


「なんか、買うのが申し訳なくなるくらいでしたね」


市場からの買い物を終えたアマルト達はやや苦々しい顔で買い物袋を抱えるアマルトはその中に入った貧相な食料を手に更に表情を曇らせる。


先ほど市場を見てきたが、ここには食を娯楽として捉える余裕はないようだ。と答えるような貧相な食料品売り場を見てちょっとだけ買って退散してきた。


肉も殆ど無い、野菜もかなり痩せこけたものばかり、こんなもの食べていては元気など出ないだろう。まぁこんな環境で潤沢な資源が確保出来る魔女大国の方がおかしいのだ、普通はこうだ。


そこに食を娯楽として捉える俺達はさ、ズケズケと踏み込んで街の人達の大切な食料を根こそぎ取っていく程の傲岸不遜さは持ち合わせていなかった。


「だとしても…街の奴等もちょっと痩せてるし、あんまり贅沢な暮らしが出来てるようには見えないな」


「そう言う地域なんでしょ」


と、淡白に語るのはこの中で唯一統治者として君臨するデティだ。コイツはバカでガキだが五、六歳から大国を総ている超ベテランの王様だ。故に偶に…こう言う無情な顔をする。


そう言う地域なんだから仕方ないと言えばそうなんだけどさぁ、もっと言い方があるだろ。


「いやそう言う地域だとしてもだな…」


「この食糧難をなんとかするのは、この地域の統治を国王より任されているクルス・クルセイドであり、延いては国を統べる宰相と国王の責任だよ。民が飢えていてそれを放置しているんだから責任を感じるべきは彼等だよ」


「う…、反論出来んかも」


「裕福な土地から来た私達が彼等にそう言うことを言ってしまう点は、あんまり良く無いかもだけどね」


怖いぃ…王様モードのデティ怖い…。コイツ根はメチャクチャドライだよな…。


「デティさん、もしかして怒ってます?」


「…………うん、ごめんねナリア君、アマルトもごめん。ちょっと怒ってた」


「あ、キレてたんだ」


「そりゃそうだよ、民を痩せさせる王様がいていいわけがないよ。土地そのものが痩せ細っていても出来ることはある。他の地方から食料を移動させる事も必要だし、国内で足りないなら輸入に頼る事もできる。くだらない意地を張らないならマーキュリーズ・ギルドだって頼れる。けどそれをしないの、出来ないんじゃなくてやらないの、許される事じゃないよ」


国王とは常に国民の為に全霊を尽くすべきである。それはデティフローアと言う統治者が常に胸に秘めている決意であり信念だ。それ故に全霊を尽くさず見て見ぬ振りをするクルスがデティは許せないんだろう。


「けどよぉ、その土地にはその土地の価値観があるだろ?歴史的背景から来る街そのものの在り方もある。アジメクとは違う国民性や統治体制がな」


「まぁそうなんだけどね、だからこれは私の一方的な独りギレ。でも…それにしたっても変だよね」


「何が?」


「どう考えても食料が足りてなさ過ぎる。ここの街の人達だってただ口を開けて露が落ちてくるのを待つばかりではないはず。食料が足りないなら足りるように動くはずだよ」


「確かにな、ってことは…最近急激に食料が足りなくなったとかか?」


「多分ね、でもそんなの…急激に人口が増えでもしない限りあり得ないし」


「他には旱魃とかもあり得るが、この土地に限って旱魃もクソもねぇだろ」


「わわわ、アマルトさんとデティさんが難しい話してる」


なんて世間話をしながらトボトボと帰路についていると…。ふと、聞こえてくる。


『う…うう…』


「ん?」


聞こえてくるのは女の泣き声。見てみれば直ぐそこにはこの街の教会とも思われる建物が建っている…、けどおかしいな。ここはテシュタルが幅利かせてる街のはずなのに。


目の前にある教会はどうだ?酷くボロいぜ…。雨漏りもしてるし、壁にも穴が空いてる。街の象徴たる教会の修繕が出来ないほど困窮してんのか?


…そして、そのボロい教会の敷地内の庭先にて、シスターが一人泣いている。今さっき作りましたって感じのボロい岩の塔、いやあれは墓か?


マジか、こう言っちゃなんだが嫌なところを見ちまった。大方飢饉で死人が出たんだろう、しかも恐らくつい最近。あのシスターの泣きっぷりはまだ悲しみが乾いてない感じだ。


ああいうのは、なんていうか。見てて辛いんだよな、二、三日は脳裏から離れない。かと言って俺がしてやれることもないし、『可哀想に』なんて薄っぺらな感想を述べることしか出来ない。


向こうのシスターも、あんまりジロジロ見られて気分も良くないだろうし、ここは一気に立ち去って…。


「……どうしたんですか?」


「あ!おい!ナリア!」


なんて思ってるうちにナリアがトコトコとシスターに駆け寄り声をかけてしまう。おいおいどうしたも何もないだろ、見りゃなんとなく察せるだろ。


まぁでも、お前のそういうところ、嫌いじゃないんだよなぁ。


「貴方達は…?」


「あー、俺達は…冒険者だよ。ちょいと旅でこの街に立ち寄ってな。何があったかは知らないが、腹減ってると涙も引っ込まないぜ。食うかい?」


ナリアに続いて俺もシスターに歩み寄り、袋の中の人参を差し出す。馬じゃねぇんだからこんなもん食えるかと言われたらそこまでだが、このくらいしか生で食えるもんがないんだよ。生肉差し出すわけにもいかないし。


「……ごめんなさい、テシュタルのシスターがこのようなところを見せて」


「テシュタルのシスターでも、例え神様でも、悲しければ泣くものだよ。涙を罪に問う人はいないから、大丈夫」


「ありがとう、おチビちゃん…」


「ッ…!ッッ…!…!」


シスターの肩を撫でながら必死に堪えるデティ、偉いぞ。この空気感でチビ云々にキレ散らかしたら台無しだしな。


「よければ何があったか話してもらえませんか?きっと話せば楽になります」


「告解…でしょうか」


「ええ、そうです」


流石はオライオンで偽物とはいえ聖女と名を馳せた男だ。優しく寄り添うその姿はまさしく聖女…いや聖母、尊敬しちゃうよ。


その言葉を受けてシスターも何かを決心したのか、静かに頷き。


「旅のお方になら…言ってもいいですね」


「ええ、他言はしません」


「…実は私、姉妹同然に育ったシスターを失ったのです」


ポロポロと涙を流しながら…その墓石を眺めながら語るシスターの告解。



そして、その後語られる彼女の身に降りかかった悲劇は、あまりにも壮絶で…はっきり言って俺達の想像を絶するものだった。嫌な言い方をすると聞いたのを後悔するレベルの…最悪の状況。


その壮絶な告解の口火は、その言葉によって切られることとなる。


「…殺されたのです」


「え?」


「…殺されたのです、彼女は…神司卿クルス・クルセイドによって…!」


「な…!?」


憎悪の瞳を燃え上がらせるシスターは。項垂れながら地面を掴み…爪で土を抉りながら語る。


王貴五芒星の一人…クルス・クルセイドによってシスターが殺されたと。


………………………………………………………………


「は〜、すっごい」


「大きいね…」


天を見上げる、そこには天空を支えるが如き巨大さの岩の柱が立ち上がっている。この街の象徴 『テシュタル巨神像』だ。


「こんな大きな像はオライオンにもないんじゃないですか?」


「うん、悔しいけどない」


それを見るため街の中心にやってきたエリス達は岩を削り出して作り上げられたこの巨大な神像を見上げ、その圧倒的な神威に思わず拝みそうになる。


周囲にはテシュタル教の人達が両手を広げ神に祈る賛美歌を述べている。この威容だ、きっと神を前にして賛美する気持ちが味わえることだろう。


凄いなぁ、これどうやって作ったんだろう。前来た時はこの街に立ち寄らなかったから知らなかったなぁ。


「凄いですねネレイドさん」


「うん、凄いね」


「いいもの見れましたね」


「うん、見れたね」


一見無愛想にも思える返答だが、これが平常運転なんだ。エリスには分かりますよ、ネレイドさん今楽しんでますよね。うんうん、良かった。


しかし、立派な立ち姿だ。これが星神王テシュタルかぁ、とはいうがエリス昔プルトンディースでテシュタルの彫刻やったことあるから初めて見たわけではないですがね。だからこそ記憶と照合出来るが…。


はっきり言いましょう、このテシュタルとオライオンで見たテシュタルは顔が違います。髭の長さだったり顔つきだったり、色々違います。それはテシュタルという存在が本当は実在しないからだ。師匠の肖像画の殆どが想像で書かれてるから毎度顔が違うのと同じようにこれもまた信仰心と想像力で作られてるから若干違う。


ただ、それでも髭が生えていたり星の王冠をつけていたりする点は同じだし、屈強な肉体を持っている点は全て共通している。恐らく聖典の中に記述があるんだろう。


「星神王テシュタル様って…ムキムキなんですか?」


「…星神王テシュタル様は、曰く…天の先のその先に在わす星空の王様で、その手で光を叩いて星を作り出す役目を持っているの。所謂所の創造神だね」


「光を叩いてですか?随分力業で作るんですね」


「テシュタルの根幹にあるのは屈強な肉体と精神的身体的強さだからね。信仰対象であるテシュタル様もまた一番強くないと」


「なるほど」


そう言う点で言えばネレイドさんがオライオンで敬われてるのはその肉体的な強さからだろう。彼女は既に生きながらにして列聖しているから死後も像が建てられ崇められるのが確定している人だ、きっとその像はさぞ強そうに作られることだろう。


「私も、小さい頃はいつもテシュタル様の像に祈ってた」


「あったんですか?小さい頃」


「あったよ…」


揶揄われてムゥと頬を膨らませるネレイドさんを見ているとゾクゾクする、この人本当に可愛いな。


「…エリスも祈る?テシュタル様は祈る者に強さを与えると言われてるの」


「おお、ありがたいですね。エリスも祈りたいです、やり方を教えてもらえますか?」


「ん…まずこうやって」


そう言って静かにその場に膝をつくネレイドさんの真似をしてエリスも膝をつく。


その後両手を広げ、それらを徐々に閉じて両手を近づけ、最後は両手の平を抱き合わせるように合わせ、三度その手をシェイクした後目を伏せて。


「神よ、我等に加護をお与えください」


その言葉を真似るようにエリスも同じ動きをして神に加護を請う。これであってるかな?と片目を開けてネレイドさんを見ると…。


「………………」


まだ祈っていた、しかも物凄く真剣に。これはお遊びでやっちゃダメなんだ、本気でやらないとダメなんだ。


しっかりやろう。


(テシュタル様、エリスに加護をお与えください。エリスは強くならなくてはいけないのです、大切な物を守るために、大切な人と生きる未来を守る為に…誰よりも強くならねばならないのです。だからどうか…お願いします)


祈っていて気がつく。エリスってこんなに真剣に強くなりたいと考えていたんだってことに。それと共に最近の修行は惰性になってないか?初心を忘れてないか?強さに驕っていないか?など様々な考えが浮かんでくる。


なるほど、これが祈りか。自らの目的意識を再認識させることにより行動を促す。だから成就するんだ、神に祈ることで。


しっかりとした理屈のある行為だったんだな。


「エリス」


「あ、はい。何でしょう、何か間違えてました?」


「ううん、完璧。ありがとうね?真剣にお祈りしてくれて」


「いえいえ…」


それは貴方が敬虔だったからですよ、ネレイドさん。そして分かりましたよ、貴方がどうしてそんなに強いかを。小さい頃からずっとこうやって祈り続けて強くなる理由を明確にしていたからこそ貴方はそんなに強くなれたんですね。


流石です、ネレイドさん。


「エリスも得るものがありました、ありがとうございますネレイドさん」


「ううん、いいの…私もいつか、あんな風になりたいから、一緒に頑張ろう?」


「あんな風に?」


そう言って見上げる天を衝くテシュタル像。あんな風にと言うことはつまり天を衝くほど大きくなりたいってことか?ネレイドさんならいけそうだけど…なんて揶揄うつもりはない。


「みんなの心の支えになれるくらい、強くなりたいんですね」


「うん、その為にも修行…頑張らないと」


「ですね、よし!帰って組手しましょう組手!」


「いいよ、本気でやるから」


「エリスもです!」


そう言って見るものも見て帰路に着こうと大通りに向けて踵を返した、その瞬間だった。


『ひったくりよー!!』


「む!」


ひったくりだ、見れば倒れたお婆さんが指差す先に、大通りを駆け抜ける怪しい男がお婆さんの持っていたであろう荷物を抱えて逃げる姿が見える。あれは…壺?


「大丈夫ですか!?お婆さん!」


「嗚呼、あの壺の中には夫の遺品と遺骨が…これから埋葬するところなのに…!」


「待ってて、取り返す」


ネレイドさんと視線を合わせ頷きあう。絶対捕まえて縛り上げてやる!


『退け退け!山猫のキャーツ様のお通りだぜ!』


しかし既にひったくりはかなり遠くまで逃げてしまっている。旋風圏跳で追いかけるには周囲に人が多すぎる、周りの人達も蹴散らして進んでいいならいけるが…。そう言うわけにもいかない。


ならばと周りを見回し、見つけたのは食料品店。その店先に売られているリンゴを一つ手に取り。


「店主さん!これ貰います!」


「え?あ…」


リンゴを取り銀貨を数枚投げ渡すと共にリンゴを空に向けて投げ飛ばし…。


「ッでぇりゃぁっ!!」


全力で蹴り飛ばす、リンゴ一つをエリスの脚力で弾丸に変え目の前を走るひったくり犯に向けて射出するのだ。


『へへへ、やっぱり遺品が入ってやがった、しかも金になりそうなもんを…』


そして前を走るひったくり犯の山猫のキャーツは壺の中を開け中に入っている遺品を確認する。すると中には高そうな金の腕輪が、テシュタルの教徒はこう言う金になりそうな物を神の祈りに使うんだ。そして死んだらそれと共に埋葬される。だから骨壷を狙えばこんな風に簡単に金目のものが手に入る…。


やりやすい仕事だと笑う罰当たりな犯罪者に、神の鉄槌が迫っているとも知らずに…。


『へへへ、やっぱ噂通りこの街は稼げ…ぶげはぁっ!?!?』


刹那襲う衝撃、まるで鉄のハンマーにぶっ叩かれたようにキャーツは後頭部を撃ち抜かれ前のめりに一回転、血と果汁を撒き散らしながら気絶し、手に持っていた骨壷を天高く放り投げてしまう。


「きゃー!!骨壷が!」


「任せて!」


そこで動くのはネレイドだ、抜群の反射神経と広大な腕周りを生かして即座に壺に追いつき地面に落ちる前にギリギリでスライディングキャッチをすると言う神業を実現し骨壷を守り抜く。


連携だ、このくらいの連携エリス達には訳ないのだ。えへん!!


「ネレイドさん!流石です!」


「えへへ…」


「嗚呼、ありがとうありがとう、夫の死が賊に穢される所でした…」


「うん、大変だったね…お婆さん」


「ありがとうね、本当に」


「それより急いでお墓に持って行ってあげて、騒がしいと…ゆっくり寝られないから」


「ええ…」


お婆さんに骨壷を返したネレイドさんは報酬を求めることもなくお婆さんを墓地に急がせ、手を振って見送る。良かった、お婆さんの大切な人への最後の行いが…このクソ野郎に穢されずに済んで。


「しかし、こいつ…この敬虔な街でよくひったくりなんて出来ますね」


「よりにもよって神の御前で、…罰当たり」


「ですね、取り敢えず荒野に晒して死ぬまで天日干しにしましょう」


「それより憲兵に突き出そう?」


「そうですね」


ひったくりの体を魔術縄でふん縛って、取り敢えず街の人達にお任せする。このクソ野郎には牢獄がお似合いだ…。


「それじゃあこいつお願いしますね、皆さん」


「え?あ…おお…」


ん?なんか…街人の様子がおかしいな。なんでひったくりを牢屋に打ち込むのを躊躇するような視線でエリス達を見るんだ?もしかして捕まえたの、まずかったりした……。


「素晴らしいぃぃ〜〜!!!」


「へ?」


「なに?」


ふと、気がつくとエリス達を見守りながら手を叩く女性がいた。周りの教徒が微妙に顔をする中、ひったくりを捕まえたエリス達を見てパチパチと讃える黒い肌の女性がこっちによってくる。


なんだこの人。


「素晴らしい!素晴らしい!超素晴らしい!ブラボー!!」


「は、はぁ…」


教徒服ではなく動きやすそうな平服を着込んだ女性はエリス達の肩を交互に叩いた後凄い凄いと超絶ハイテンションで褒め称える。大したことをしたつもりはないけど…そこまで褒められると照れるな。


「ひったくりを捕まえる手際、その判断能力の高さ、君達二人とも凄いね!私が出るまでもなかったよ!」


「え?出るまでも?もしかして…この街の憲兵さんですか?」


「まぁ〜似たようなもんかなぁ」


黒い髪と黒い肌を持った明朗快活な女性はぽりぽりと頭を掻くと、決心したようにエリス達の方を見て。


「それより君達!さっきの動き見てたよ!素人じゃないね!?」


「え?ええ、一応冒険者やってますが」


「冒険者!そいつはクールだね!金髪の君のキック力は素晴らしいものだった!まさしく殺人シュート!ビシィッ!ってやったらバシュッ!って飛んでドカーン!相手は死ぬ!」


「一応死んでません」


「そしてそっちの高身長の君!」


「わ、私?」


「そうそう君!大柄なのにまるで鈍重さを感じない!さてはその服の下は筋肉でいっぱいだね!?瞬発力も常軌を逸してる!まさしく天才だ!ドンッ!と飛んでバシィッ!としっかりキャッチング!グググッ!って絶対に離さない!最高の仕事だったよ!」


「えへへ…」


凄い褒めてくれるな、しかも凄いテンションだし。と思いきや突如その女性はエリス達の手を掴んで引き寄せ…ってすごい力だなこの人!


「ねぇ!君達!」


「な、何でしょうか…」


「サッカーに興味ないかい!?」


「サッカー…?」


「そう!君達を是非ともスカウトしたい!ここまでの才能を持ちながらサッカーをしないなんてもったいない!!」


す、スカウト!?エリス達を!?なんかとんでもないことになってしまったぞ…。


ネレイドさんと顔を見合わせどう断ろうか逡巡する。サッカーは知ってるけど別に興味はない。寧ろエリス達は旅の身、直ぐにこの街からも発つつもりだ、サッカーチームになんて入ってる暇もサッカーをやる暇もない。


ここまでエリス達を買ってくれるのはありがたいけど、ここは断ろう。そう決意して苦笑いを浮かべ。


「すみません、エリス達サッカーチームに所属するつもりは…」


「もしかして私の実力を疑ってるかい?なら心配ご無用!なんせ私は!」


そういうなり、彼女はその場でくるりと回転しスラリと伸びる足を見せ…って、この人の足、凄い鍛えられてる。とてもじゃないが普通の人には見えない…。


そう戦慄すると共に彼女は答えあわせのように胸を叩いてにこやかに白い歯を見せて笑いかける。


「私はオケアノス!オケアノス・エケ=ケイリア!マレウスで一番の…いや、世界で一番のプレイヤーだからね!なんでも教えてあげられるよ!」


「お…っ!?」


「オケアノス!?!?」


うん!と名乗る彼女の名はオケアノス。その名は聞いたことがある…。


テシュタル真方教会…マレウスのテシュタルに於ける神将、ネレイドさんと同じ争神将の名を持つ最高戦力。クルス・クルセイドの懐刀。


それが今、目の前で胸を張っている。なんて状況だ、なんて事になってしまったんだ。


「君達にはサッカーの才能がある!是非一緒に…サッカーしようよ!」


なんか、どエライことに…巻き込まれた気がするぞ。これ。


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