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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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433.魔女の弟子とただ、そこに居るだけでは



幸い、ピクシスさんが就寝中だったと言うこともあり時界門がキングメルビレイ号の中でも使えたので、エリス達は直ぐにシュランゲに戻ってくることが出来ました。


その後みんなドッと疲れた様子で馬車に戻り就寝。イタズラが過ぎた罰としてその日の夜の番はメグさんに強制変更となり、騒がしかったシュランゲの街の夜は過ぎていき。


「……んん…っと」


エリスはベッドのシーツを退けて起き上がる、時間はまだ早朝。早起きなメルクさんもネレイドさんも起きてない。まだ外がやや暗い中エリスはベッドから降りてリビングに向かう。


当然、まだラグナも起きてない。辛うじてダイニングの方から音が聞こえるからアマルトさんが朝ごはんの準備兼お昼ご飯の仕込みをしてるんだろう、昨日は一日遊んでたから仕込みができてなかったからね。


そんな中エリスは何をするかといえば、…少し気になることがあったのでまたあのお城に行こうと思っているんです。


あとメグさんの様子も気になりますしね、と馬車の外で夜の番をしているメグさんの様子を見ようと外に顔を出すと。


「あれ?いない?」


居なかった、馬車の外には山の向こうから顔を出し始めた赤い太陽が見えるばかりでメグさんの姿が無かった。どこへ行ったのだろうと慌ててダイニングに向かいアマルトさんに朝の挨拶をすると共にメグさんがどこに行ったか知らないかと聞くと。


『俺が起きてくるなり城に行ってウィーペラ達をアド・アストラに送りたいって言って出てったぜ』


と…言っていた。


なるほど、夜の番が終わると共に直ぐに城の方に…ならば。


とエリスは即座に靴を履いて馬車の外には駆け出し、段々肌寒くなり始めた明け方のシュランゲの街へと向かう。


街の様子はガランとしており、早朝ということを加味してもあまりにも人の気配がなさ過ぎる。どうやら本当にウィーペラはこの街の人達を残らず殺してしまったのだろう。


ラグナ達から聞いた、奴の狙いと行動を、本当に許せない。アド・アストラに向かう前に一発殴っておくかな。


…いや、よしておこう。一番怒ってるのはメグさんの筈なんだ、そんな彼女がもう殴ってるんだから、エリスがやるべきではない。


それよりもメグさんだとエリスは更に足を早く回転させてお城へと…メグさんが生まれた場所へと向かう。





「メグさん…」


「あら、エリス様」


城の前には、既にメグさんが居た。ウィーペラもシュピネもデティ達が倒したというラナも居なかった、ただメグさん一人が城の前で…人形の残骸を片付けていた。


「何をしてるんですか?」


「…こんな風になっても、この人形達はシュランゲの街の人達だというので…このままでは可哀想じゃないですか」


そう言って彼女は袋に人形の残骸を一つ一つ丁寧に集めて詰めていく、どんなに細かい部品も見逃さず、一つ一つ、手で拾って汚れを拭って回収する。


ラグナ曰く、この人達はもう元には戻れないという。肉体は無くなってしまっているならいくら魂だけになっても生きているとはいえない。そもそも魂は器によって変容するものだ。肉の器で無くなった時点で、この人達はもう人とは呼べ無くなってしまっている。


なのに、それでも…彼女は。


「こうなっても、この人達にはまだ魂があります。辛うじて意識や感情もあるでしょう。元に戻れないなら、せめて…私の手で集めて、帝国に送り火葬をしてあげようと思うんです。そして帝国に…立派な墓標を立ててあげる。それが私に出来る唯一のことですから」


「メグさん…、その…辛くないんですか?」


「よく分かりません、私はエリス様のような記憶力は持たないので…もうこの街にいた頃の記憶は殆どありません。もしかしたらこの街の人達も私のことは覚えてないかもしれません」


「でも…」


「ええ、それでも…この街は父が愛した街ですから。あの人は私にこの街を任せると言っていました、ならこのくらいの責任は取るべきでしょう。いくら私がもうコーディリアでなくなったとしても」


コーディリア・テンペストから、マーガレット・ハーシェルに、そして今はメグ・ジャバウォック。彼女には幾多の名前があり、幾多の生き方をしてきた。けどそれは同時にかつての名を捨てたわけではないのだ、過去は過去、変わらぬものとしてそこにある。


そこに彼女は責任を取る。メグとして魔女の教えを受け継ぎ、マーガレットとしてジズと決着をつけ、そしてコーディリアとしてシュランゲの街の人達に領主の娘としての責務を果たす。


その為に彼女は、街人達に終わりを与えるのだ。


「…手伝いますよ」


「ありがとうございます」


そう言って近くに落ちている手の残骸を持ち上げる、エリスにはそのくらいのことしかできないのだから…ん?


(この腕…、なんかどっかで見たことある気が…)


この球体関節の手を握った感触をエリスは何処かで味わったことがある気がする。初めての感触じゃない…けど記憶が現実と結びつかない。何処で触ったんだったか…うーん。


「エリス様?」


「あ、すみません…」


おっとっと、そんな事は今どうでもよかったな。それよりメグさんの手伝いだ。


エリスは淡々とメグさん手伝いをする、彼女も淡々と残骸を片付けていく。そんな彼女を見ていて…気になる事が一つ。


「…ねぇメグさん」


「なんですか?」


「泣きたかったら泣いてもいいんですよ?」


「…………」


メグさんの仕事を手伝いながら聞いてみる。泣いてもいいと思うんだけどな、だってそれだけの事があったわけだし。そう聞くと彼女は軽く微笑み。


「泣きませんよ、まだ何も終わってないんですから」


「そうですか…」


やや、軽率だったかなと反省する。そうだよな、まだ何も終わってないもんな。この責務もジズとの因縁も…何も。なら今はまだ泣いてる暇はないのかもしれない。



…そうして、エリス達はひたすらに散らばった人形を集め、袋に詰めて、帝国に送る。丁重に葬ってあげてほしいという伝言と共。そうやって終える頃には山の上に太陽が昇りきっており、城に太陽の光が差し込んでいた。


「……よし、と」


「これで残らず送れましたね」


「ええ、せめて…彼等の魂がこれで救われることを祈ります」


これはもう祈りでしかない。そうあれと祈るより他ない。エリス達は神でもないし魔女でもない、やれることと言えばこのくらいなのだ。


そんな事、態々口に出していうまでもなくメグさんは分かっているとばかりに、袋を送る為に開けた時界門を静かに閉じる。これで父より授かった責務は終わったと…。


「…………」


そう、終わったんだ。終わってしまったのだ。もうコーディリアには何も残されていない。家は崩れ朽ちて、故郷の街は無人となって、両親は死に…その名は奪われ、託された最後の責務も終わって、何も残らなかった。


顔には出ていない、相変わらず感情を表には出さない。ただ何もない空間を見て、何かを思う彼女にエリスは想いを馳せるしかなかった。


「メグさん…」


陽光を受け輝くブロンドの髪がキラキラと輝くのを見て、ふと…街の方を見る。どうやらこの街は登った朝日が街全体を照らすような作りをしているらしい。東から上がる太陽が照らす街と城は…それでも美しかった。


「綺麗な街ですね、メグさん」


「…ええ、そうですね」


共に街を見る。今はもう人のいない街を見る。誰も居なくなった街はいずれこの城のように朽ちていくだろう。名は忘れられて地図にも残らないだろう。


それでも、きっと…この日見た光景は。


「…本当に、綺麗な街です」


…エリス達の中で永遠だ。


……………………………………………………



ただ、そこに居るだけではダメだ。


ただ、そこに居るだけではダメだ。


ダメなんだ。


私は今、シュランゲの街にいる。記憶の彼方に消えかけていた情景が蘇ってくる、懐かしさと共にどうしようもない物悲しさが襲う。


本当に綺麗な街だ、人が居なくなって久しいというのにこんなにも綺麗なのは。きっとそれだけこの街を愛していたからだ。この街の人や父と母が。


そして私は今、ここに居る。けれど、既に全て失われていた。何処かでどうすれば良かったとかそんな生易しい話ではなく、どうしようもなかったとしか言えないくらい理不尽に全てが奪われた。


必死に唇を噛み締める。涙が溢れないように必死に堪える。泣くな、泣く資格はない、ここで泣き崩れてはダメだ。


私はまだ進まなきゃならない、ここに居るだけではダメなんだ。進まないとダメなんだ。


進まないと、…最早この執念は私一人のものではなくなった、命を奪われた民の為、民を奪われた両親の為、両親を奪われた我等姉妹の為、私は…。


ジズを殺さなくてはならない。例え全てを投げ打っても。あの日の全てに私は誓おう、あの日から始まった全てに決着をつける為に。


例え全てを失おうとも、…あの日見た光景を。


「本当に、綺麗な街です」


…私の中で、永遠にする為に。


……………………………………………………


「えぇっ!?じゃああの街の人って…メグの故郷の人達だったのか?」


それからエリス達は二人で馬車に戻り朝食を食べ終わった後、リビングでみんなで休憩がてらメグさんの全てを話した。このシュランゲの街がどういう街なのか、そしてジズとの因縁の始まりがなんなのか。全てだ…。


その話を聞いて真っ先に顔を青くしたのはラグナだ、自分がぶっ壊した人形がまさかメグさんの故郷の人々だったとは思わず咄嗟にソファから立ち上がりメグさんに謝罪する。


「いえ、いいんです。ああでもしないと止まらなかったでしょうし…寧ろ彼等を止めてくれてありがとうございます」


「そ、そうは言うけども…流石に気にしちゃうよ…、帝国に送るのも手伝わなかったし…」


「ふふふ、ラグナ様は優しいですね。犯人のウィーペラもきっちりぶっちめてくれましたし私としてはそれでいいんですけどね」


「うう、こんな事ならウィーペラの顔面変形するくらい殴り倒しときゃよかった…」


シュンと落ち込むラグナとは対照的にメグさんは笑ってる。もう平気なのかな、結構辛いことがあったと思うんだけど。


そのくらいではブレる人じゃないのはわかってる、だからエリスも下手に気を使うのはやめようと思う。彼女は彼女で努めていつも通りでいようとしてるんだし、エリスもいつも通り彼女に接しよう。


「しかし、ジズってのも許せねぇ奴だな。俺も前そいつん所から暗殺者差し向けられたことあるけどよ…。そいつ 自分で送り込んだ暗殺者の体の中に爆弾仕込んでやがった、人間のする事じゃねぇよ」


「アマルトさんもハーシェル家に殺されかけたんですもんね…」


壁にもたれかかりながらコーヒーを飲むアマルトさんが珍しく険しい顔で口にする。彼もまたハーシェルの影の刺客に襲われたことがあった。一応エリスもありますが…あいつらはみんな忠実にジズの命令に従って人を殺して回っている。


そしてジズはそんな人達さえも手駒として使い、時としては使い潰す。あまりにも巨大な死の螺旋の中心にいるジズが今ものうのうと生きて螺旋を広げている事に、この場にいる全員が憤りを感じる。


「血も涙もない、それがジズという男です。そして我々は今そのジズが所属するマレウス・マレフィカルムと戦っています…また、奴の影が我々の前に姿を現わすこともあるでしょうね」


「ああ、その時は取ろう、メグの故郷の人達の仇と両親の仇を」


メルクさんが深く頷きながらメグさんに言えば、彼女は軽く微笑んで会釈する。いつかジズがエリス達の前に立ち塞がる日が来るかもしれない、その時はきっとみんなで戦いましょう。


ジズがどれだけ強くて恐ろしくてもエリス達全員で戦えばきっと勝てますからね。


「ん、そう言えばさ」


ふと、ラグナが何かに気がついたように目を開き。


「なぁ、俺達はこれからメグの事なんて呼べばいいんだ?コーディリア?」


「いえ、そこはメグでもいいですよ」


「でも本名なんだろ?」


「別にメグも偽名ってわけじゃありませんって。これは陛下が名づけてくれた名前なのですから」


「そういう…もんなのか?」


「そういうもんですよラグナ、エリスもメグさんの気持ちはよく分かります。本当の名前も偽物の名前もありません、重要なのは誰に名付けてもらったか、今の自分を表すのはどんな名前なのか、これが重要ですから」


「そっか、確かにそうかもな。悪いなメグさん」


エリスも師匠から名前をつけてもらったからよく分かります、エリスだって今更タクス・クスピディータ家の書物からエリスの本当の名前とか出てきても名乗る気はさらさらありませんしね。


それと同じ、大切なのは今の自分は誰なのか。それを見据える事ですよ。


すると。


「ははぁ〜!まさかあのテンペスト家の御息女様が生きていたとは〜!コーディリア様〜」


「あの、ケイト様、話聞いてました?」


ただ一人ケイトさんだけは揉み手擦り手でメグさんに擦り寄ってくる。この間まで明らかにメグさんの事軽んじてたのに、元マレウス宰相の娘とわかった途端これか。本当に肩書きの割には俗物だなこの人は。


「いやいや、ウィリアム様とは何度かお話ししたこともあるんですよ?私、私が冒険者協会の幹部になれたのもウィリアム様が私を取り立ててくれたからですしぃ…、思えば目元とかそっくり」


「嘘つかないてください、言われるまで気がつかなかったじゃないですか」


「だって…仕方ないじゃないですかぁ、まさかガチで生きてるとは思わなかったわけですし。でもこれならテンペスト家の復興も?」


「しません、今なら私もエリス様の気持ちが分かります。例え大貴族の血を引いていても私は私ですから、今更テンペストの姓は名乗る気にはなれません」


「そうですか…………ん?え?エリス様も大貴族の血を引いてるんですか?」


やべ、嫌な人に嫌な情報が渡ってしまった。この人に実はタクス・クスピディータの家の出身ですとか知られたら絶対面倒な事になるよ。だってほらもう見てよ!手が揉み手だもん!なんか媚び売る気満々だもん!エリスには何の権利もないんですって!


「えぇっと?エリス様?貴方ももしかして貴族なんです?テンペスト家に匹敵する貴族って何です?アジメク出身でしたよね?アジメク出身で宰相クラスってなったらあの家しかないんですけど」


「知りません!」




「はぁ…」


「どうしたの…?ナリア君」


そんなエリス達の側でナリアさんとネレイドさんがコソコソと話をし始める。



「いや、こんな事言うべきではないのかもしれませんけど…なんか、同じ庶民仲間だと思ってたエリスさんもメグさんも実は大貴族の出だって話を聞いてたら…なんか僕だけ場違い感が凄いって再認識してしまって」


「ああ…、ラグナ達大王の他にも、アマルトのアリスタルコス家みたいな大貴族が三人だもんね…私とナリア君だけだね、庶民の出は」


「そんなこと言って、実はネレイドさんも実は高貴な血を引いてたりするんじゃないんですか?なんか疑心暗鬼です」


「……そうなのかな、分からんない」


そう言えばまだ出自が明らかじゃない人が一人いたな。


ネレイドさんだ、彼女は捨て子でどこから来たのか、誰の子なのかがまだ判然としていない。ここまで来たら実は彼女も古代王族の血を引いてましたとか言われても不思議じゃないが。


…なんか、ネレイドさんの顔が明るくない。寧ろ…暗いぞ、何かを気にしているような、そんな暗さだ。その事にハッと気がついたナリアさんは。


「ご、ごめんなさい。こんなこと言うべきじゃなかったです」


「ううん、いいんだよ。私は魔女リゲルの娘…だけど、私を産んだ人がどんな人なのか、興味がないわけじゃないから」


「…きっと優しい人ですよ、ネレイドさんみたいに」


「だといいな…」


フフッと微笑むネレイドさん。あんまり深く聞いていい話でもないな、彼女はあれでいて繊細だから、こう言うことを物凄く深く考えてしまうんだ。それでいて表情には絶対に出さないから抱え込みがちになる。


だから変に思い込ませるより、触れないでいてあげる方がいい。


「さてと、それじゃあそろそろ出発しますか」


「そうだねぇ、よし!このまま次の街に向かおーう!もうすぐマレウス北部なんでしょう?初めて行く地方だしどんなところか気になるね、エリスちゃん!」


「いやぁ、そんな魔女大国みたいにコロッと変わるわけではないですよ。ねぇ?ケイトさん」


「ええ、マレウスの北部は西部と同じで気候は穏やかで若干ここより田舎かな?ってくらいです。南部同様海を背にした地方ですので海産物が出回るくらいであとは普通の…ん?」


その瞬間、ケイトさんの顔色が変わる…『いや待てよ?』と、まるで今から行く北部カレイドスコープ領に何か懸念点があるような、そんな顔つきに全員の表情が固まる。


その視線を受けて、じっくりエリス達全員の顔を見回したケイトさんはみるみる青ざめて。


「ご、ごめんなさい…私、メチャクチャ重大なミスしました」


「え?ミス?」


「はい、時間がかかっても南部に行くべきでした…、北部を通って行くにはとある『大問題』があるんです」


遠回りして、結果的に時間がかかると言われた南部へ行った方がまだマシな問題があるとケイトさんは言うのだ。しかし…あったか?


エリスも昔マレウスの北部に行ったことはあったが、非常に牧歌的でいい場所だった記憶しかないんだが。魔獣が出るわけでもない、中部みたいに関所が大量にあるわけでもない、土地的に入り組んでるわけでもない…だとしたら後はどこに問題があるというのか。


しかし、何にしても今更じゃあ南部に回りますはあまりにも時間がかかりすぎる。ここは多少の問題があっても…。


「いや、このまま北部に行こう。なぁケイトさん、別に死ぬような問題があるわけじゃないんだろ?」


「そりゃ死なないですけど…怒らないでくださいよ?」


「別に怒りゃしないよ、ケイトさんだって一生懸命ルートを考えてくれてたわけだし…」


「違います、怒るのは私に対してではなく…『カレイドスコープ領に対して』です」


「……は?」


………………………………………………………………


北部カレイドスコープ領。西部チクシュルーブ領と同じく平穏な気候と平らな土地を持ちつつもここを統べるカレイドスコープ家が基本放任主義的な政治体制である為あまり反映しておらず。ケイトさん曰く文化的な発展度は王貴五芒星の領地の中で『二番目』に田舎だという。ちなみに一番発展していないのはこれから向かう東部クルセイド領だ。


基本的にそれぞれの領地を分ける線引きのような物は存在しておらず、ここからは西部でここからは北部です…というラインがあるわけではないので、大体シュランゲの街を超えたあたりからが北部カレイドスコープ領として扱われる。


シュランゲの街を超えて、ケイトさん曰く既に北部カレイドスコープ領に入っているらしいことは言っていたが外を見ても景色にあまり変わりはなく。


『ここがカレイドスコープ領かぁ〜』感はない。西部ほど街があるわけでもないので若干視界が開けている感を感じるだけで、エリス達は淡々と原っぱの真ん中にある道をひたすらに進めていく。


そんな毎日が続きに続く。北部を横断する旅を一週間程続けても人里が見えず。秋模様はそろそろ消えかかり本格的に寒い季節の入り口に来た今日この頃。エリス達はケイトさんの『怒らないで』の正体に気がつかないまま、エリス以外のみんなの頭から消え始めた頃。



……突如として、それはやってきた。



「ん?お!おい!みんな!街が見えるぞ!」


「何?一週間ぶりの街だな…シュランゲを超えてから本当に見かけなかったが」


「それはソニア…チクシュルーブが頑張って自領を発展させてたからでしょうね。カレイドスコープ家はそういう名声や富に興味があるタイプではないようなので」


「まじぃ?ようやく街ぃ?止まってこうぜ、気分転換したい〜」


「賛成〜!」


御者のラグナが立ち上がり、平原の向こうに見えた街に歓喜の声を上げる。ようやく人里が見えたと、永遠に変わらないと思われた景色の中に見えた変化にみんな興奮しだす。ここまでずっと変わらない景色の中で馬車生活でしたからね。


やることと言えば移動と修行だけ、おかげでみっちり修行出来ましたが人間頑張るだけでは生きていけない、どこかで気分転換が必要だ。というわけであの街に立ち寄ろうとみんなで言い合っていると。


「あぁ〜遂にこの日がきてしまったぁ〜、私は立ち寄らないほうがいいかと思います〜…」


ただ一人、ケイトさんだけが青い顔をして街に立ち寄らないほうがいいと部屋の隅で震えているんだ。…これはあれか、カレイドスコープ領にある問題というやつか?しかし…。


「ケイトさん、いい加減何があるか教えてくださいよ」


「えぇ、だって言ったら私殴られそうですし」


「殴りませんよ」


「じゃあ追い出す?」


「追い出しません」


「だとしてもいいたくないぃ〜!怖い〜!」


「言わないと殴りますし追い出しますよ」


「エリス様が一番怖い〜!」


この調子だ、散々不安だけ煽って内容は言いたくないって、そっちの方が殴りたくなりますよ。一体あの街に何があるっていうんですか。


「まさかあの街の住人にも襲われるのか?」


「いやそれはないですけど…」


「じゃあ物凄く無礼とか」


「それは個々人の感じ方なのでは…」


「では道行く人々が唾を吐きかけてくるとか」


「そんな街は滅んだほうがいいかとぉ…」


「じゃあなんなんだよ!いい加減教えてくれ!」


「…どうせ言っても立ち寄るんでしょ?なら自分達の目で見てきた方が衝撃は大きいと思いますよ。マレウス北部がどういう場所なのか…それを目に焼き付けてきた方がいいです。私達冒険者は特に何も思いませんが…貴方達にとってはどうでしょうね」


「……?」


よく分からない、みんなであれこれ聞いてみるがやはり問題があるようには見えない。こうして遠巻きに街を見ても特に変わった様子のないとても落ち着いた雰囲気の街だ。


試しに地図を開いて現在地点を確認しつつ、目の前にある街を確認すると…。


「あの街は『農業の街ラパヌス』と言うそうですよ。農業で北部を支える食料庫で、街人みんなが農民だそうです」


「特に問題があるようには思えんが…」


「普通のいい感じの街だよね」


「ちなみに名産品はニンニクです」


「マジで!?ニンニク!?行きたい!」


普通の街だ、変な街ではない。いや街そのものではなく北部そのものに問題があるのか?しかし…分からない。北部全体に蔓延るような問題が果たしてなんなのか。


ラグナはニンニクという言葉を聞いてジャーニーに発破をかけ馬車を一気に加速させ農業の街ラパヌスへ向かう。まぁどんな問題があってもいいだろう、それを目にして経験するのも旅の醍醐味だ。


寧ろ楽しみだ、どんな街なのか。初めて赴く北部の街だからね!


さぁ、北部カレイドスコープ領!マレウスに来て初めて向かう別地方の街!それがどんな感じか堪能させてもらうとしましょう!!!






…………………………………………………………


「……………………嘘だろ」


その後、瞬く間に街についたエリス達は行きたくないと駄々を捏ねるケイトさんを置いて馬車を降り、農業の街ラパヌスへと乗り込み。


……皆、揃って絶句をしていた。


「マジかよ……」


「……これは、なるほど…」


「……確かに、大問題…」


「これなら遠まりした方が良かったね…」


皆が理解する、確かにここには来るべきではなかった。ケイトさんが言った理由もその問題を失念してきた理由もわかる。


まず言おう、農業の街ラパヌスは非常に雰囲気の良い街だ。農村がそのまま街にレベルアップしたみたいな街だからこそ、農村特有の落ち着いた雰囲気が漂う街並みで、其処彼処に農具が置いてあり、道なんかは泥の足跡がたくさんついている。


雰囲気としてはとても良い、街には何の問題もない。



問題があるとするなら…。


『人』の方だ。


「…………ッ!許せません…!」


思わず奥歯を噛み締めて見やるのは、街の中であちこちに見受けられる光景。転がっている農具と同じかあるいはそれ以上の数並べられているそれだ。


例えば一つ例を挙げるなら、そこの家の壁に貼られているポスター。比較的大きめの紙が釘で打ち込まれ固定されている。


そのポスターに書かれている内容を…説明するとこうだ。



『魔女は死ね、この世の害虫を許すな』…だ。魔女と思われる女性のシルエットに赤い文字でバッテンが書かれ、その上からナイフや釘がメチャクチャに刺されている。そんな…見るに耐えない物が民家に貼り付けられているんだ。


「なんじゃこりゃ、其処彼処に魔女への敵意が満ちてるぞ」


「反魔女派の街…いや、これはあるいは」


そんな魔女の存在そのものを否定するような物がこの街には溢れかえっている。ポスターだけじゃない、魔女を模した等身大の藁人形が農具でボコボコにされてるし、魔女への罵詈雑言が書かれた看板に泥や糞尿がぶちまけられていて。


見ているだけで怒りで頭が破裂してこの街を滅しそうだ…!!!


『このッ!このッ!死ね!死ね!魔女!』


「…あ?」


ふと、見ればこの街の若い男が数人で魔女の顔が書かれた壁紙に石や泥を投げつけて遊んでいる。遊んでる?遊びでやってんのか?アイツら。


『あーあ!こんな事して憂さ晴らししてもなーんも面白くねぇよ、結局アイツらがこの世界にいるだけで世の中全然良くならねぇのにさぁ』


『ホントだよな、魔女大国の奴らは魔女なんか崇めて、頭にウジでも湧いてんじゃねぇの?ははは!』


『でも魔女って顔はいいんだろ?いつか玉座から転げ落ちた時ヤるだけヤり捨ててぇ〜、まぁその後ぶっ殺すけどさぁ!』


『はぁ?お前趣味ワリィ〜!』


『ギャハハハハハ!』



「ッ…!」


「待て!エリス!」


気がつくとエリスはラグナに掴まれていた。今にもアイツらを殴りに行きそうなエリスを止めてくれたんだ。ありがとうラグナ、そうやっておいてくれないとエリス…自分で言うのも恐ろしいくらいのことをしそうです…!


『しねー!魔女ー!』


「っ…!」


今度は子供だ、子供達が数人で遊んでる。よくやるごっこ遊びだろうか、数人の子供が兵隊の仮装をして、ボロボロのローブを羽織った女の子に攻撃をするフリをして遊んでる。


『ぐわー!やられたー!』


「やったー!これでこのせかいはすくわれるぞー!』


『バンザーイ!』


『もー!私ばっかりいつも魔女役イヤー!私もマレウスの兵士役やりたい!変わって!』


『いつもって一回だけじゃんか…まぁいいけどさ、今度は僕が魔女役やるよ…嫌だけどさ』


『わーい!覚悟しろー!魔女ー!』


『ちょ!まだ待ってよ!』


「…………っ…」


今度は力が抜ける、あんな小さな子供達までもが魔女を殺す遊びをしている。魔女を否定して笑ってる…、あんなのが子供の遊びなのか、この街…いやマレウスの北部では。


最早、怒りを通りして涙が出てくる。なんでこんな…こんなことが起きてるんだ。


「エリス…大丈夫か」


「ラグナ、…こんな、悲しいです…」


「大人も子供も、魔女への敵意が酷い。非魔女国家であることを加味しても度が過ぎているぞ」


「うん、…こんなに魔女にヘイトが向いてるの、初めて見たかも」


メルクさんもネレイドさんも絶句する。こんな異様な光景を見て衝撃を受けないわけがない、少なくともエリス達魔女の弟子には。


…ダメだ、見ているだけで体調を崩しそうだ。


「分かりましたか?マレウス北部…カレイドスコープ領の実態が」


「ケイトさん…」


すると、馬車の中に隠れていたケイトさんがやや深刻な面持ちでこちらに歩いてくる。憔悴しきったエリスや絶句している弟子達を見て、やや申し訳なさそうに視線を逸らす。


「ごめんなさいね、そこまでショックを受けるとは思ってなくて…軽く愚痴を言われる程度かと」


「…あんたは魔女大国の人間じゃねぇから、分からないのも無理はないよ」


「そうですね、…分かりません。けど同時にこの街の敵意の高さも私は理解できません、なんせこのマレウス北部カレイドスコープ領は『反魔女派王国』と言っても過言ではない場所だからです」


「反魔女派王国?マレウス自体そうだろうが」


「そのマレウスの反魔女思想が滲み出しているのがここなんです。他が魔女に対して好意的ではないのはこの地方から発せられる魔女のネガティブキャンペーンが由来なんですよ」


ケイトさんは語る、近年マレウスと魔女大国の溝が深まっているのはこのマレウス北部カレイドスコープ領から滲み出る魔女への敵意が由来なのだと。


基本的に統治を行わないカレイドスコープ家の方針をいいことに、各地の反魔女派の貴族や魔女排斥組織がドンドン街に干渉を行い、魔女への敵意を植え付け続けていった。もともとマレウス自体が魔女に好意的ではなかったことも由来してその敵意はドンドン育ち花開き。


今ではこの有様、この地方の人々の不満は全て魔女に向いている。


『不作なのは魔女が悪い』


『いい暮らしができないのは魔女が悪い』


『魔女が消えれば幸せになれる』


そんな思想が当たり前のように子供達に植え付けられ、大人達の間で共有され、ドンドン大きくなっているのがここ。ケイトさんはある意味この地方はマレウスの火薬庫だと称している。


「…普通に通過する分には問題はないんです。冒険者も大半はマレウス出身ですのでここの街の光景を見ても『まぁ過激かな?』で済まされます…勿論私も。だから問題視してなかったんです…が」


「でも俺たちは違う、この光景を見て平気じゃいられない」


「そう、だからこそ大問題だったのです。私が口で言ってもこの過激さは伝わらなかったでしょう?」


「…正直そうだな、こりゃ想像を絶してる」


反魔女思想の温床…それが北部カレイドスコープ領の実態。確かにこれはこの目で見ないと分からないかもしれない、口で言われても多分エリス達はどこか楽観視して受け止めていたかもしれない。


でも、これが現実だ。反魔女思想と言う炎をエリス達は初めて目にしたのかもしれない。


「っ……」


見ていて気分が悪くなる、一周回って怒りが湧いてこない。ただただ悲しい、物凄く悲しい。どうして魔女がこんなにも嫌われなきゃいけないんだ、魔女が何をしたと言うのだ。


魔女排斥組織の連中のように、何か割りを食ったと言うわけでもないだろうに。


口元を押さえラグナに寄りかかっていると、その姿をラパヌスの住人に…先程魔女に対して下品な物言いをしていた若者の集団に見られた。あいつらはエリス達を見るなり真っ先にこちらに駆け寄ってきて……。


「大丈夫ですか!?どうしました!?」


「え?…」


「口元を押さえて気持ち悪そうだ、具合が悪いならウチの家貸しますよ!」


「ここから辺の道って結構道が荒れてて、それで気分悪くしちゃう旅人さんが多いんですよ」


「あ、おい!お前井戸水汲んできてやれ」


「おお!」


「…………」


大丈夫ですか?と口元を抑えるエリスを見て心配そうにしてくれる青年達。…これで彼らが悪辣だったならまだ納得出来た部分があるかもしれしないのに…。


なんで、ここまで人の心配が出来るのに、魔女に対してあんなに…。


「あー、すまん。大丈夫なんだ」


「え?そうなんですか?」


「ああ、すぐに治る」


「そうでしたか、いやぁそれなら良かった。あ!旅人さんですよね、ウチでなんか買うなら俺の家商店やってるんで、案内しますけど」


「…いや」


ラグナがチラリとエリスの顔を見る、心配そうに、そしてやるせなさそうに。


「いいよ、もう直ぐに出ないと行けないんだ。親切にしてくれてありがとう」


「なるほど、じゃあお気をつけて。この辺は魔獣とかは出ないですけどそれでも旅は危険が伴いますからね」


それじゃ!と言って爽やかな微笑みで去っていく青年達に対して何も言えずエリス達は見送ることしか出来ない。


だって何か言うこともないし、何かすることもない。これはこの街では普通であり、日常の一部なのだ。


無垢な子供にとっても、心優しい青年達にとっても、魔女への悪意はなんでもない普通の物なんだ。そこに対して文句など言えやしない。


「………………」


ラグナがチラリと皆の顔を見る、少なくとも楽しそうな顔してる人はいない。ただただ遣る瀬無い、魔女様を信奉している者としては…受け入れがたい光景だ。だからラグナはフッと息を吐き。


「…帰ろっか」


その言葉に異議を唱える者は、一人もいなかった。


………………………………………………


「はぁ、酷い街だった」


「そんなこと言うもんじゃないよアマルト」


ラグナは…俺はエリスを抱えたまま馬車に戻ってくるなり、文句を言うアマルトを嗜める。あれから何をするでもなく馬車にみんな揃って戻ってきた。


悲惨な空気だ、アマルトはあからさまにイライラしてるし、メルクさんは深刻な顔をしてる。デティは言葉もないと言った様子で、ナリアはやや目元に涙を浮かべメグさんは珍しく眉を顰めている。ネレイドさんもちょっと目元が尖ってるし…みんな思うところがある光景だったのだろう。


特にエリスなんかは酷い、あの街の人達が悪人でどうしようもないくらいのクズ達だったならまだ良かったかもしれない。だがどうしようもないくらい普通の人達で、心優しい街人達たったからこそ…彼女はあの一件を消化出来ないんだろう。


「ラグナ、お前は随分冷静だな」


「メルクさん、あんたもわかるだろ。思想ってのは所や人によって変わる、思想そのものに良し悪しはないんだ」


『魔女を好きになれ!敬え!』と…思想統制をするつもりはない。為政者とは得てして嫌われるものだ、もしかしたら世界一の為政者たる魔女は世界一の嫌われ者かもしれない…と思ったことはある。俺だって自国民全員から好かれてるとは思ってないし、唾棄されると言うのならそれもまた良いのだろうと割り切れる。


「俺達が魔女排斥組織を倒そうとしているのは彼等が魔女の敵だからじゃないし思想的に相容れないからでもない。その思想を実現する為に手段を選ばないテロリストだから倒すんだ」


「それはそうだが…」


「でもみんなの気持ちも分かるよ、俺だって何も思わないわけじゃない…」


俺達はみんな魔女に救われた側だ、だから魔女の事を尊敬しているしなんだかんだみんな信奉している。


だから、ただただこの土地の人達とは思想が相入れないだけなのだ。悪い人間なんかどこにもいない、いや…いるとしたらこの土地に反魔女思想を植え付けた魔女排斥組織とか反魔女派の貴族達か?でもそいつらも基本善かれと思って啓蒙活動してるわけだしなぁ。


はぁ、この手の思想関連の問題はいつもややこしいから嫌いだ。具体的な解決手段が何処にもないからな。


「と言うかこんな有様でも黙認していると言うことはカレイドスコープ家も反魔女派なのではないか?」


チラリとメルクさんがケイトさんに問いかけるように視線を向けると、彼女はうーんと首を傾げ。


「うーん、というより物の大小はありますが基本的にマレウスの貴族は反魔女派ですよ」


「む、そういえば…」


「でもカレイドスコープ家自体はそこまで魔女が嫌いってわけじゃないないんです、ただただ自領に干渉しないだけで自領の人間が何を好いて何を嫌おうとも関係ないって感じで」


「そういえばそんな事も言っていたな。放任主義とか」


「ええ、クルリと言い返せば自領の人間に興味がないだけなんですけどね」


「ど、どんな家なんだ…」


「そうですねぇ、敢えて言うなれば『自分達以外の全てに興味がない』と言った方が良いのでしょうか」


ケイトさんは語る。


曰く、カレイドスコープ家は先祖代々まるで鏡合わせのように全く同じ家族構成をした二つの一族が一体となって活動する貴族なのだという。その様から名付けられたのが『鏡面卿』…、ただ不思議な仕来りがあるだけならまぁ奇人一族で済まされるが…そうもいかない理由がある。


「カレイドスコープ家は古くよりネビュラマキュラ家に重用されてきた歴史があります。その歴史の深さはグランシャリオ家 エストレージャ家 テンペスト家に匹敵し代々様々な大臣職を歴任してきた歴史がある…、言ってみればマレウス王政府の重鎮なんですよねぇ」


これが厄介極まりないと口にするケイトさんの言葉の意味、それはつまり…誰もカレイドスコープ家を無視出来ないのにカレイドスコープ家は他の全てを無視して動くことにある。


何故周りに興味を向けないのか、それはカレイドスコープ家の特異な性質にある。つまりこの家は…。


「こんなに偉いくせして、常にバチバチに家督争いしてるんです。外に意識を向けてる暇が全くないんです」


そう、『同じ家族構成の貴族が二つ』と言うことは『当主が二人いる』と言うことなんだ。国に置き換えれば国王が二人いるようなものだ、どちらかが常に主導権を握ろうと終わらない争いを続けているから外に意識を向ける暇が全くない。


放任主義なのではなく、そもそも手をつけていないしつけるつもりがないのだ。


…なんて歪な一族なんだ、しかもそれがよりにもよって国内でも屈指の重鎮でしかも国を五等分する王貴五芒星の一人だなんて。


こりゃ反魔女派が漬け込んで領地内が過激化するわけだ。きっとカレイドスコープ家は自領の状況さえ理解していないだろうな。


「歪過ぎるだろ…よくもまぁそんな有様で家名を存続出来て来たな」


「それだけ発言力があるってことですよ、それに下手に突くと家の中のゴタゴタが外にも波及する。爆弾みたいな家ですからね、誰も蹴落そうとはしないんです」


「しかもそれが王貴五芒星か…」


「ええ、レナトゥスにとっても都合がいいでしょうね。それに…なんか、あるみたいですよ?カレイドスコープ家にはレナトゥスも欲するような幻の秘宝が」


ばわわ〜と言いながら両手を広げてくねくね動く謎の動きを見せるケイトさんに眉が強張る。なんだそれ、秘宝?


「なんだそれ」


「さぁ?でもカレイドスコープ家みたいな歴史ある一族には…マレウスの秘宝なるものが預けられているとか。レナトゥスはそれが欲しくてカレイドスコープ家を抱き込みにかかったらしいですが…それがどうなったのかまではなんとも」


「はぁ、何処までも眉唾だな…」


しかし呆れて物も言えないぞ…。今マレウスを全ているのは王貴五芒星。


武器製造と商業の天才、かつてデルセクトの軍事力の中枢を担った理想卿チクシュルーブ。


古くからマレウスを支える魔術御三家代表魔導卿トラヴィス・グランシャリオ。


マレウスを割る程の影響力を持つテシュタル真方教会のトップ神司卿クルス・クルセイド。


ケイトさんの元パーティメンバーでマレウス諸侯で最も強い権威を持つ黄金卿ロレンツォ・リュディア。


そして、最後がこのカレイドスコープ家。


今のところチクシュルーブ、クルス・クルセイド、カレイドスコープ家の三家がどうしようもない事が確定してしまっているが、大丈夫なのかこの国。


「なるほど、だから王貴五芒星なのね」


ふと、アマルトが指を五本立てて何かに気がついたような口で語る。


「どう言う意味だ?」


「王貴『五』芒星…、『四』じゃないなら?」


「……?」


「『ロク』でもない…ってな」


こいつ…、真面目に聞いて損したわ…。


「あー、ともかく北部の街は全部この調子みたいだ。何かの間違いで俺たちの正体がバレたらマジでやばそうだからちょっと北部の街に近寄るのはやめておこうか」


「俺のとっておきのギャグ…無視ぃ…?」


北部の街は俺たちにとって危険だ。エリスなんかは立ち寄っただけで体調崩したし。もし俺達が魔女の弟子である事がバレたらなんか街ぐるみで襲いかかってきそうな程だ。


「どの道、街に立ち寄らなくても補給は出来る。このまま東部を目指して北部を突き抜けるぞ」


「そうだな、その方が良さそうだ」


「エリス様さっきからピクリとも動きませんね、相当メンタルにきてるみたいです」


「私もきてる〜」


「……ん、東部に直行した方が良さそうだね」


「僕も、もうあの街行きたくないです…」


みんな軽いトラウマになってるみたいだな。エリスなんかは本当にショックを受けているらしくさっきから微動だにしないし。


このまま北部の街に立ち寄り続けたら終いにはエリスが病気になりそうだ。極論を言えば俺達は無理に街に立ち寄る必要がないからこのまま東部に突き抜けるとしよう。


そう結論をつけるとともに俺達は北部を抜ける為に馬車を動かす決断をする。


「メグさん、エリス頼む」


「かしこまりました、エリス様〜?しっかりしてください〜」


「うう、…あの人達がアルカナみたいにどうしようもない奴らならぶっ飛ばして終わりなのに。なんであんないい人達まで師匠達のことが嫌いなんですか〜」


「こりゃ重症だな…」


エリスをメグに任せて俺は再び馬車の外の御者席に座る、しかしとんでもない目にあったな。ケイトさんがもっと早く気がついてればこんな思いしなくても済んだのに…!


と、怒りを抱くことはない。寧ろありがたかったとさえ俺は思う。


なんでかって?そりゃ決まってる…。


(マレウスがこう言う国であることは、最初から分かってた。いつかはああ言う場面を目にする時が来ることも分かってた。だから…今それと直面出来て良かった)


マレウスは何処までいっても反魔女国家だ。今までの旅ではあからさまに魔女に敵対するような場面を見なかっただけでマレウスという国はこういう国なのだ。


マレウスに来た時点でこういう場面を見ることは覚悟していた、もしかしたらこれからもこういう場面を見るかもしれないことも覚悟している。だからこそ今ああ言う酷い場面に出会えて良かった。


分かったはずだ、マレウスと魔女大国が相入れない理由…その根深さを。


逼迫した場面で直面するより今それと出会えたことは寧ろ幸運だった。一度見ればある程度耐性も出来るだろうからな。


エリスもすぐに立ち直って、次はある程度受け流せるようになるだろう。


しかし……。


(この分じゃ、マレウスとの和解は無理だな)


何処かでこの旅が終わった後、マレウスと和解できるんじゃないかと言う淡い期待を抱いていた俺の甘さは今完全に殺された。あそこまで激化した国民感情は中々消えない。


きっとマレウスとアド・アストラは永遠に敵対したままだろう。或いは暴走した反魔女感情が爆発していつかマレウスが魔女大国に宣戦布告してくることもあるかもしれない。


そうなったら、とんでもない戦争が起きるだろう。けど…俺達の世界を壊すって言うなら容赦するつもりはない。


その時は、遠慮なく…この国を滅ぼそう。


そう静かに決意した俺は、手綱を握り…馬車を進める。

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