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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
三章 争乱の魔女アルクトゥルス
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44.孤独の魔女と袋小路と起死回生


エリス達が戦士隊のバートランドさん達そして元戦士達のハロルドさん達に声をかけてから一週間ほど経った頃でしょうか


あれからエリス達は色々やりました、街中で喧嘩大会を開き腕っ節のある人を誘うのはどうとか、他の戦士隊をもう一度説得してみるとか 色々です


まぁそのどれもが不発に終わってしまったんですけれどね、喧嘩大会はとりあえず盛り上げ役で参加したエリスが優勝してしまいましたし、他の戦士隊には異様に警戒され 取りつく島もありませんでした


最初の成功が嘘のように何も上手くいかなくなっていったのです、…どうやらこれはエリス達が不甲斐ないから というだけでは無いようで、ラグナが精力的に動き始めたのを受けてラクレスさんが他の勢力への締め付けを強化したようなのです


配下の冒険者達を使い周囲の勢力全て…そして剰え市街地にさえ御触れを出したようだ、自分は勝利するから今のうちに私についておきなさい…そんな感じの張り紙だの手紙だのだ


こいつがまぁ効果覿面、エリス達が駆けずり回って掴んだチャンスや見つけた穴も、ラクレスさんは殆ど動かず全て封じてくる、当たり前だ 相手だって継承戦までの間にやれることは全部やってくる


こちらが本気を出せば向こうも出してくる、おかげさまでエリス達はこの一週間を物の見事に棒に振ったのだ


だが、悪いことばかりではない…締め付けが厳しくなる前に声をかけた人達、そうバートランドさん達とハロルドさん達がエリス達に合流したのだ


そう…それはある日の事だ、宿屋の扉を叩く音に反応してエリスとラグナが外に出てみると…



「おう、来てやったぞ…あのまま、アンタに発破かけられたまま逃げたら 、それこそ戦士隊の恥だからな、俺もみんなも覚悟決めてきたぜ、アンタと一緒に戦わせてくれや」


「バートランド!」


宿の前には筋骨隆々の巨漢 バートランドと他の下位戦士隊のみんなが武器を掲げて集まってくれていた、皆 あの日の時とは違い吹っ切れたように気持ちのいい顔つきをしている


「来てくれたんですねバートランドさん」


「ん?ああ、全員じゃねぇけどな…やっぱり戦いたくねぇって奴も大勢いた、十の戦士隊合わせて百五十人しか連れてこれなかった、悪ぃな…」


そう申し訳なさそうに謝る、確かに戦士隊はそれ一つで相当な人数だ もし全員が集えば千人くらい軽く集まるくらいに人数は居たはず、なのにここに来たのは10分と1程度…


しかし、少ないなどいう事はない…むしろ多いくらいだ、これだけ屈強な戦士達が一気に百五十、大躍進じゃないかラグナ!


「…いやありがとう バートランド、なんとお礼を言っていいか」


「やめろよそういうのは、その…勝ってからにしてくれ、俺たちも全力で頑張るからよ、もう情けねぇ事は言わねぇ」


そう言うとラグナとバートランドは固い握手を交わす、王とその兵士 など野暮な関係ではない、彼らもまたラグナと共に闘う 共闘関係なのだ、立場などないのだ


「それで、俺たちの他に仲間はいないのか?…もしかして本当に誰も勧誘出来てないとか…?」


「ああ、一応居るには居る…例えばほら、ここに一人いるだろう?、エリス 自己紹介してくれ」


そう言って前へ突き出される、そう言えば彼らには名乗ってなかったな…ああ、ほら見てくれラグナ 戦士隊の皆さんの『え?このチビが?』と言う顔を


「…こんな子供も仲間なのか?、大丈夫か?てっきりラグナ様の友達か何かかと…」


「大丈夫です、エリスはエリスです!師匠の弟子のエリスです!」


ナメるなおどれらっ!!!という気概を込めて頬を膨らませ叫ぶ、が…ダメ!効果がない!、みんなキョトンとエリスを見ている、むぅ…ま まぁ客観的に見てみよう


錚々たる面子が参戦する継承戦に勇んで乗り込んでみれば、自陣営には年端も行かぬ少女が一人頬を膨らませており それが味方だと言う、侮るなぁこれは …はぁ エリスも早く師匠みたいに威厳のある大人になりたい


「師匠?誰かの弟子なんですかね?この子」


「ああ、彼女の師匠は魔女レグルスなんだ、魔女レグルス様は参戦してくれはしないが 彼女は俺たちの味方として戦ってくれる、あまり侮らないでやってくれ」


「ま 魔女レグルス!?ってあの魔女レグルス!?こんな小さな子供がその弟子!?、と言うか魔女レグルスって実在したのか」


そうラグナが説明してくれれば皆揃ってビックリ仰天、そっか 師匠の名前出せばよかったのか、いやあんまり師匠の名前使って威張り散らすのは好きじゃないのだがハッタリにはなるのか?…


「まさかこの子、強いのか?」


「ああ 恐ろしく強い、腕前だけ見れば第一戦士隊と遜色ないと見ている」


「マジかよ…」


おお、みんなの目がエリスを尊敬する目に変わっ…てないな、むしろ不気味な物を見る目を向けられる、なんでだ…



「おおう、集まっとるのう 」


「んぁ?、なんだジイさん達 俺たちになんか用か?」


「ハロルドさん!!」


なんて首を傾げていると再び声がする、嗄れたお爺さんの声…いやハロルドさん達だ、綺麗に磨かれた剣を片手に 似たような老父老婆をゾロゾロ引き連れて意気揚々と合流してきたのだ


「おおう、エリスちゃん ラグナ様、ちゃんと言われた通り元戦士達の元エリート達 占めて百人連れてきたぞい」


「なんじゃなんじゃ?、他にもイキの良さそうなのが大勢おるのう!」


「いやいやまだまだ若い若い」


「ハロルドさん、こんなにも大勢…ありがとうございます」


連れてこられたのは皆全盛期などとっくに過ぎ去った老人達ばかり、だと言うのにその佇まいや面持ちは、立派な戦士のそれ 出会った時の落ちぶれた様子はもう見られない

そんなハロルドさん達はエリス達に軽く挨拶すると、すぐ目の前に屯しているバートランドさん達に目を向けて…


「お前さん達もラグナ様と一緒に継承戦に参加する面子かのう?、ワシはハロルドじゃこの老人軍団のリーダーやっとる、よろしく頼む 」


「ん?ああ、俺はバートランド 第九十戦士隊の隊長だ」


「きゅうじゅう!?ザッコォ〜」


「ウルセェ!クソジジィ!」


そう言い合いながらも二人は握手を交わす、バートランドさんは威勢良く そしてハロルドさんは快活に笑う、二人とも 失っていたものを取り戻したかのように活き活きとしている、うん…いがみ合ってはいるが拒絶しあってはいない 握手を交わしているなら認め合えているのだろう


「百五十人と百人…合わせて二百五十の軍勢か、悪くない数なんじゃないかな エリス」


「はい、元の状態から考えるに非常に良好かと思われます」


ラグナのまたお前のおかげだ と言う謎の視線が飛んでくる、何故エリスの手柄なんだ…彼らを説得したのは全てラグナだ、頭を下げ頼み込み 時に戦い説得したのはラグナだ、エリスは側にいただけ…何の役にも立ってないというのに


「ともあれ、バートランド ハロルド…よく俺の元に来てくれた、これから皆を交えて今後の事について話し合いたいんだが、いいかな?」


そうラグナが二人に問いかける、この一団のリーダー的な存在は二人だ、二人に声をかければ必然 その二つの軍勢にも声がいく、謂わば小隊長のような状態だろう

煽るハロルドとそれに釣られて怒るバートランドもラグナの声を聞けば表情を改め頷く、うん 頼りになるな


そうと決まれば行動は早い、みんな揃って宿に入って…なんて二百五十の軍勢じゃあとても出来ない、なのでもう宿をまるごと全部借り切ってしまい 庭先にテーブルを置きそこで話し合う事にした、最初はでかいテーブル一つ置かれているだけだったのだが


いつのまにかそして誰が置いたのか椅子やらボードやら色々置かれ始め、あっという間に野外軍議場が完成した、芝生の上に椅子とテーブルだけの青空軍議場は解放感抜群だ、寒いが

あとはテオドーラさんとサイラスさんも宿から叩き出して参加させる…


ちなみにレグルス師匠は今日もお出かけだ、いつもは昼頃に帰ってくるので 最近は昼頃から修行を開始している、だから帰ってくるにはあと少しかかるだろう、どこで何をしてるかまでは知らないが 師匠も師匠でラグナのために動いてくれているらしい


閑話休題


外に置かれた長机 、その手前に座るのはラグナとエリス そしてテオドーラさんとサイラスさん、それに続くようにハロルドさんとバートランドさん、他の者達は周りを囲むように立って貰う…こうしてみると大所帯だ


「うへぇ、若本当にこんな数の仲間を集めてたんスねぇ、流石若」


周りに集まった戦士達を見てほへぇ吐息を吐くのはテオドーラさんだ、ちなみにこの一団に名乗った時 テオドーラ・『ドレッドノート』と口にした途端皆騒めき立った、バートランド達はこれがあのデニーロさんのお孫さん…と戦慄し 、ハロルド達はこれがあのデニーロの孫かよ となんだか可愛らしそうに眺めていた


「こらテオドーラ、あまり気を抜くな…おほん!では僭越ながらこの我輩 サイラスがこの軍議のまとめ役をさせていただく、皆の者 拍手!」


静まり返る軍議場の中一人挙手して張り切りながら話すのはサイラスさん、彼はエリス達と一緒に行動していたことから この人数にはさして驚きはしないようだ

ちなみに彼がサイラス・『アキリーズ』と名乗った時の反応はバートランド達はこれがあのギデオンさんの孫…と呆れるように苦笑いされ、ハロルドさん達はこれがあのギデオンの孫かよ!と怒りの形相をぶつけられた…祖父も孫も揃って周りからはあまり尊敬されていないようだ


「さてさて、最初はここで我らが大将のラグナ様から一言頂きたいですが、多分一緒に戦ってくれると決意してくれてありがとうとの言葉が出ることが容易に想像でき、その上その手のお礼は既に言っているだろうから割愛する」


「か…割愛!?、いやお礼なら後で言えるからいいけどさ…」


とラグナは落ち込むが、確かにラグナはすぐにお礼を言いたがる…自己肯定感の低さからなのか、エリスにもすぐお礼を言う、悪い気はしないし礼を欠く事に比べれば百倍はいいのだが…


礼とは言いすぎると価値が下がる、程々でいいのだ


「では早速始めていきたいのだが、…まず 人員集めに関してだがこれは引き続き若が行う事になる、今でも十分人数は集まっているが、他勢力から見ればまだ半分にも満たないのが現状だ、故に人数の確保はこれからも続けるとして…、人数が揃い始めた事からそろそろ戦力集め以外のことにも着手していきたい」


戦力集め以外、つまり人員の確保以外のことにも手をつけていきたいと言うのだ


戦争とは兵の数でするものではない、もしそうだとするなら一番数を揃えているラクレスさんの勝利が確定してしまう、だが実際はそうではない 寡兵が大軍を打ち破った例など歴史にはごまんと存在する、兵の数も大切だが 他の要因で上回れば数の差など容易に覆せるのだ


だがエリス達は今までそれを怠ってきた、そちらに割けるだけの人員がなかったからだ…が今は違う、だから そろそろ本格的に動き出すという事


「しかし、まず何から手をつけたらいいか…何もかもが足りない我らは手当たり次第に用意をする時間も惜しい、故に最も大切なこと 優先的に行っておきたいものを定めたいのだが、何が必要か…それを皆で決めておきたい」


何が必要か分からない…だから知恵を絞るのだ、あらゆる事態を想定し あらゆる事柄に対応できるように、ここにある二百五十の頭を使って考え、出来る限り万全に近づく


何が必要だろうか?武器かな…あるいはそれを整備する道具かな、数を揃えようと思うとどれも時間がかかる、全部が全部揃えられるわけじゃない だからまず絶対に必要なものを決めておく…


すると、いの一番に声をあげたのはハロルドさん、継承戦の経験者だ


「そうじゃのう、何はともあれ必要なのは大量の木材とかじゃのう」


「木材?…何に使うのだ」


「継承戦はアルクトゥルス様がその日その瞬間に定めた場所で行われる、つまりどこでやるか分からんのじゃ、平原のど真ん中かもしれんし岩山かもしれん、普通の戦争みたいに先に定めた拠点を軸として行動ってのが出来ないんじゃ、そこで木材かなんかが大量にあると仮の防衛拠点をすぐに作れる、簡易的な砦とか作れりゃ勝率もグンと上がるんじゃ、腰を落ち着けられる場所が一つあるのとないのとでは全然違うからのう」


ワシらの時はそれを怠ったから負けた、継承戦が始まって最初にやった行動が防衛拠点を作るための木の伐採からだったと ハロルドは懐かしげに語る


確かに、拠点を作るために木を刈る作業から始めていては先手を打たれる上に体力も勿体無い、ならその場ですぐに拠点を編み込める木材があればその過程をショートカットできる…なるほどなるほど、さすが経験者だ エリス達ではそこまで頭が行かなかったろう


すると、ハロルドさんに続くように継承戦を経験した老兵達が口を開いていく


「あと食料だ、簡易的なのじゃなく結構豪華なやつ、昨日食った飯の良し悪しで兵の強い弱いはコロリとひっくり返るしのう、継承戦は長期戦じゃないから 保存がきかないのも持っていけるしな」


「あとは火打ち石とか油も必要かしら、火はどれだけあっても困らないからねぇ、逆に切らすと後が悲惨よ、魔術で出せるとはいえ 魔力の消耗は出来る限り抑えたほうがいいかしらね」


「それと何かあるかねぇ、ああそうだ 爆薬とかか?、虚仮威しにも武器にも使える、上手く扱えば敵兵まとめてドカーンも夢じゃねぇや」


口々にだ、皆昔の失敗談や経験談からあれこれと案が出てくる、おじいちゃんおばあちゃんみんなだ、ここにいる全員がその経験を元に必要なものを言うのをサイラスさんが一生懸命にメモをしていく


なんとなく聞いてて思ったのが、武器とかなんとかは後回しらしい 如何に万全に戦えるか、結局はそこにかかってるため 足元を固めるものばかり出てくる


「す…すげぇな、本当にみんな元戦士なんだな」


ポツリと呟くのはバートランド、疑っていたわけではないだろうが それでもこう目の当たりにすると驚くだろう、何せハロルドさん達の見てくれだけで語るなら、こうはなるまいと思わせるような小汚い老人達でしかないのだから


「それで、若い兄ちゃん達は何か欲しいものや必要なものはないのかえ?」


「え?、ああ…そうだな」


バートランドは思案する、彼とて戦争に参加したことがないわけではないが、この老人達と比べれば経験値的には雲泥の差だろう、だから直感で答える 今この場で戦いになったら何が欲しいか、それを考えるとやはり


「俺は武器だな、爺さん達の持ってる武器は型は古いが第一戦士隊に配られるような優秀な武器だ、対する俺達ぁかなり劣悪な武器を配られている…どれだけお膳立てしても、いざ敵と相対した時 数合打ち合っただけで武器がポッキリ折れた、なんてことになったら元も子もないからな」


アルクカースは実力主義の国だ、強いものには良いものを 弱いものには悪いものを、故に弱者は腕前を磨く以外強くなる方法がないのだだが今回はそんなことも言ってられない、絶対に勝たなきゃならないならやはり優秀な武器がいる


「武器か、…工面するのに苦労しそうだな」


そう呟くのはラグナだ、その苦しそうな顔を見てエリスも合点が行く…


兵力の追加をさせないよう各地の勢力に干渉しているラクレスさんが、武器屋に一切関わってないとも限らない、優秀な鍛治師や大量受注を受け付けている大型の工房をいくつか押さえるだけでも効果が望めるのだから、やらない手がない


となると武器探しもまた苦労しそうだ…、質が良いものとなると やはりかなり難しいだろう


「俺達からはそれくらいかね、やはり戦士たるもの戦いの場の事を考えておかねぇと」


「若いのう兄ちゃん、武器なんざなくても最悪その辺の木の枝を敵の首元にぶっ刺しゃ殺せるんじゃから、贅沢はいかんよ、ワシの若い頃は今ほどええ武器がなかったからのう…こう 拳大の石だけ持って戦争に出かけたもんよ」


「アホか!そんなもん持って戦いになるか!」


「まぁ待て、武器云々は確かに重要だ、あらゆる面でこちらが劣る以上 やはり武器の問題は避けては通れんだろう、だがハロルド達の案も中々に良いものばかりだ」


二人の喧嘩を仲裁しながら、何やら色々メモしているサイラスさん…メモ と言うよりは、何かアイデアのようなものをひたすら書き連ねているように見えるが、何を書いているんだろう


「よし、建材については我輩に妙案がある故任せてもらいたい、ただ武器云々はどうにもな…皆で手分けして武器の発注を受け付けてくれそうなところを探すほかあるまい」


武器に関してはエリスも妙案が浮かばない、国外に頼む手もあるが アルクカース製の武器に勝るものは世界中のどこを探してもないからな、やはり国内で探すことになるだろう

となると、エリスとラグナは人員探しの合間に武器のアテも探さねばならないことになる…仕事が増えたな


「他に何か案があるものは?」


む、サイラスさんが再び案を募る…実はエリスにも一つ必要なものが思い当たるのだ、それはアルクカースに渡ってきてからずっと思っていたもの、戦いにおいて絶対に必要なものがこの国にはないのだ


「はい!、サイラスさん!治癒のポーションは必要ではありませんか?」


「ポーションか…ふむ」


必要なもの それは治癒のポーションだ、アジメク出身のエリスからすればあって当然レベルの物


アジメクではポーションというものはあまり流行っていない、治癒術師がいればすべて解決する上製作に手間がかかるからだ、それ故にアジメク自体ではあまり必要とされていないが…、国外に出て分かったことが一つある


いないのだ、国外には治癒術師が殆ど それこそナタリアさんクラスの治癒術師は皆無と言っても良い、冒険者の中にはそれこそいるにはいるがそれでも数十人に一人二人程度の割合…


アジメクには溢れかえっていたからあまり意識しなかったが、そもそも治癒術師とは引く手数多なのだ 詠唱一つで傷が治せる、そんな存在を放っておけるはずが無い、故に殆どいない…特にこのアルクカースには治癒魔術という難しいものを扱える存在は少なくともエリスが見た限りではいない


そこで生きてくるのがポーションだ、あれは市場の流通に乗って国外まで流れてくるそれは、治癒魔術が使えなくともポーションがあれば傷を治せる、生傷絶えない戦いには必須の存在だ

となれば、確保しておくに越したことはないだろう


だが…


「ポーション…出来れば、確保したいが 難しいだろうな」


「え?そうなんですか?」


「ああ、まぁ当然 そこもラクレス兄様が押さえてある、アジメクのウィスクム大商会とラクレス兄様は昔からの付き合いでね、そこを握られている以上 こちらに回ってくるポーションの情報は殆どは兄様に筒抜けだ、故に…ポーションも向こうに先行して独占されていると見て良いだろう」


そんな、ポーションまで押さえられてるなんて…ウィスクム商会という存在は知らなかったが確かに大規模な商会なら国外に流れる商品のあれそれも知っていてもおかしくはない、ウィスクム商会の目を逃れ僅かに入ってきたポーションをかき集めるのは至難の業だろう


…ん?というかウィスクム?、確かクレアさんの姓もウィスクム…そこで浮かぶのはウィスクム商会と書かれた木箱の上にバナナを置いて『安いよ安いよ』と叩き売りするクレアさんの姿


うう、似合わない…やりそうではあるけど似合わない…多分関係ないだろう、あの人商人って感じじゃないし、あ!というか!


「そうです!ならエリスがデティに口利きして直接卸してもらいます、相手がコネや繋がりを使うならエリスもコネを使います」


アジメクの大商会か何か知らないがこっちにはそのアジメクトップと直接話をつける手段があるんだ、デティには苦労をかけるかもしれないが、戦争を起こさないためとあらば仕方あるまい


「やめておけエリス、アルクカースの王を決める戦いに、他国のトップを関わらせればキリがなくなる、最悪デルセクトに向いている矛先がアジメクにも向かいかねない」


「うっ、確かにそうですね…アジメクによる内政干渉があったとなればアルクカースにアジメクを攻める大義名分を与えてしまう、それじゃあこの戦いに勝ってデルセクト侵攻を止めても意味がないですね…」


下手をすればデティにも危険が及ぶ、それは嫌だ …危険があるならやはりデティは巻き込めない、じゃあウィスクム商会はいいのかとも思ったが、いいのだろう ラクレスさん的には


「まぁ、ポーションに関しては、こちらも毎日かかさず市場をチェックして出来る限り手に入れるように致しましょう」


そうサイラスさんが纏めた辺りで、この軍議の議論も収束する とりあえず必要な物資はサイラスさんが用意するが武器はその限りではないので、エリスやラグナ 他のメンツがなんとか受注口を探す…そういうことになった


それ以外の時間は、ハロルドさん達の歴戦の老兵が戦士隊のバートランドさん達をみっちり鍛えると言っていた、確かに自分たちで訓練するより経験豊かな彼らに指導してもらった方が遥かに有意義だろうし


「と…いうわけだ、とりあえず1回目の軍議はこれにて終了となる 次の軍議は…そうさな、一か月後 それぞれの進捗確認も兼ねて行うつもりなので、その時はまたこのように集まって欲しい」


「うむ分かった、いやしかし軍議とは久しぶりじゃがやっぱり楽しいのう」


「俺もこういう本格的な軍議に参加するのは初めてだったから、緊張したぜ」


本格的だったか?、いやエリスは本物の軍議に参加したことがないから分からないが、バートランドさんが本格的というならそうなのだろう


それでは軍議も終わりましたし今日のところはお開きに…なんて解散しようとしたその時、混沌の種は突如としてこの庭に現れたのだ


「今日は随分騒がしいじゃないか…こんなに集まってどうしたんだ?」


「ッ……!?」


その声を聞いて戦士隊が全員身構える、あまりにも唐突な事にたじろぐ者もいるが その圧倒的な気配に、思わず武器に手が伸びたのだ


老兵達は皆顔を青くする、目の前に死神でも現れたかのように慄く、歴戦の勘が告げるのだ 目の前に現れたソイツの、恐ろしきまでの力の大きさを


そしてエリスは勢いよく席を飛び立ち…ソレ目掛け駆け出し…!



「師匠!お帰りなさい!」


「ああ、エリスただいま」


師匠だ、レグルス師匠が帰ってきただけだ、ただ魔女と初めて対面する戦士達は 何のことかわからず思わず警戒してしまったのだ、いや ハロルドさんは会ったことあるから分かるよね、事実物凄くバツの悪そうな顔でそっぽ向いてるし…まぁ師匠はハロルドさんの事を覚えてはないだろうけど


「ああ、みんな警戒するな…このお方こそエリスの師匠、孤独の魔女レグルス様だ、戦いには参加しないが俺達のサポートをしてくれる…らしい」


「む?、なんだこいつらは…敵、というわけではなさそうだな」


「はい!エリス達の味方をしてくれる戦士隊の皆さんと元戦士隊の皆さんです!」


「ほうそうか、エリスとラグナが集めた…これだけの人数をよく頑張ったなエリス」


「えへへ…」


なんか褒められた、いや頑張ったのはラグナなんだけれど、だけど訂正はしない 、師匠撫でてくれるしもうどうでもいいや


「この人が魔女レグルス…」


「ううむ、かつて見たアルクトゥルス様に勝るとも劣らない威圧感、そして美しさ…こりゃ本物かもしれん」


「この人が戦ってくれりゃ全部解決するんじゃ…」


「というか一度戦ってみたい」


するとエリスの背後で戦士の皆さんが老若男女問わずギラギラした瞳で師匠を見つめている、ある者は畏れあるものは美しいと称え…ある者はこの人が戦えばと残念そうにし、そしてある者 というか大部分が戦ってみたい そう呟きながらレグルス師匠を見ているのだ


本当にアルクカース人の闘争本能は底なしだな、可能ならば魔女にさえ戦いを挑みたがるのか…


「それでエリス、今日の予定はどうなってるんだ?」


しかし師匠は気にも止めない、いや奇異の視線で見られるのはもしかしたら慣れているのかもしれない、それにもしいきなり襲いかかられても師匠なら不覚は取らないだろうし、むしろエリスが心配するのは戦士隊の皆さんが下手に師匠に襲いかかった結果 怪我して動けなくなる事だ


「今日の予定ですか、一応ラグナと一緒に戦力探しの予定です」


「後市場に出て武器や物資の確保できそうなところを探す…とかですかね」


「ふぅん、そうかそうか…」


ラグナの訂正を受けて、何か 考えるように顎に指をやりポツリポツリとなにかを呟いている、これは師匠の考えている素振り…ではなく何かを言い淀んでいる時の姿勢だ、師匠は考える時もっと真面目な顔で考えもっと上の空になる


すると決心したのか口を開き…


「ならば今日はその予定に、私も同行しても良いだろうか?」


刹那 、飛び跳ねる否 飛びつく、師匠に!


「勿論是非!」


考える間もなく首を縦に振り師匠の腰に抱きつく、やった!やった!師匠と一緒に行動できる!エリスはずっと我慢していました!師匠とずっと離れ離れでとても寂しかったのだ、エリスはもう子供ではないからもう泣いたりしないが…それでも寂しいのだ


それが今日、師匠も一緒に行動してくれる それだけでエリスは幸せだぁ


「うん、そういうわけだ 頼むよラグナ」


「え?あ…ああ」


しまったラグナに断りもなく許可してしまったが、別にいいだろう 師匠を拒む理由なんて存在しないし、きっとラグナも嬉しいはずだ


こうしてエリス達の新たな行動は始まった、今度は師匠と一緒にだ!


…………………………………………………………



結婚、という風習に関して、私は興味を持ったことがない 何せ悠久を生きる魔女だからな、伊達に孤独の魔女を名乗ってはいない


そもそも私は若い頃それほど他人に興味を抱くタイプじゃなかった、この世の人間は『敵』『味方』『友達』の三種類で分類出来ると本気で思っていたからな、そう言う誰かと一緒になるなど考えたことはないし それは今でも変わらない


だがエリスは違う、エリスは魔女じゃない普通の女の子だ…


男と女が付き合う上で、その関係性の終着点の中に 結婚という選択肢は常に存在する、別に男女だから必ず結婚するわけじゃないし必ず結婚しなくてはいけないわけでもない、ただ選択肢として存在するだけ…だか、存在するのだ選択肢として…故にあるかもしれない、結婚が



エラトスで出会ったアルベルはエリスのお眼鏡に適うような男ではなかったからあまり危機感は抱かなかったが、今私の目の前にいるこの子 ラグナはどうやらかなりエリスに慕われているようだ


事実 判断力があり決断力があり行動力もある、些か迷う節もあるが迷うのは賢いから迷うのだ…腕っ節もありトドメとばかりに王子様の肩書きも持っている、オマケに顔も悪くはない 聞いた話じゃラグナの兄は相当な美形だというなら将来も有望だろう


ケチのつけようがない…エリスとラグナがそういう関係になった時私が挟まる余地がないんだ


…ああそうだ、ケチだ 私はこの二人がもし交際しようとしたらケチをつけるつもりでいる、理由は単純 エリスに恋愛は千五百年くらい早い、あとなんか私が嫌だから…私のエリスが誰かに取られるのは我慢ならん


故にラグナには釘をさす、仲良くするのは構わん 共闘するのも構わん、だがエリスにそう言う目を向けてみろ 下心で触れてみろ…殺すぞと


「ラグナ あちらの武器屋などどうでしょう」


「いやダメだな、あそこの店主が以前城に出入りしてるのを見た、恐らく兄の息がかかってるだろう」


「………………」


エリスとラグナが私の前を和気藹々と話しながら歩くのを見る、私は今 ビスマルクの大通りをエリスとラグナを連れて歩いている、同行を申し出たのはラグナが普段エリスに対してどのようにに関わっているか見るためだ、最近は私用で外していたからな エリスをついつい放置しがちになっていた


しかし、二人とも仲が良さそうだ…デティの時も思ったが、エリスは興味ない人間にはとことん興味がないが 一度好意的に捉えると途端に距離を詰めると言う性質を持つ、距離感が零か百しかないのだ


だから勘違いを生む…


「それに俺たちは三桁単位の武器を工面しなきゃいけないからね、店頭に武器を並べているだけの武器屋より、もうそれを作っている鍛冶屋に直接話しをつけたほうがいいかもしれない」


「なるほど、確かにあそこの武器屋にある武器買い占めてもまるで足りませんしね」


「………………」


しかしラグナはエリスに下劣な視線も向けないし、隙あらば手を握ろうとかそう言った行動はしない、してたら音速で止めるからな


二人とも真摯に今後の戦略について話し合って…真面目だ、こんなこと考えてる私が馬鹿みたいに感じるくらいには二人とも真面目だ、まさか私の邪推か?それともエリスはラグナのお眼鏡に叶わなかったか?それはそれで腹立つな


ラグナの心情は上手く読めん、心を隠すのが上手いからと言うよりは頭の中がもういっぱいいっぱいなのだろう、故に読み辛い 何を考えているのやら


「師匠?師匠はどう思いますか?」


「…え?」


ふと私に会話が飛んでくる、しまった 何も考えてなかった、二人の関係を邪推してずっと悶々としてました、なんて答えようものなら師としての威厳が消え去る、それだけは避けねば


「そうさな…」


意味ありげに雲を見上げ、…考える 何かいい案はないか…


「こんな大通りで探しても意味はないのではないか?、ビスマルシアの大通りは言わばフリードリスのお膝元だ、そこにラクレスの手の及ばないところがあるとは思えん」


「確かに、では一体どうすれば…」


知るか私がそんなのこと、…いや恐らくエリスがラグナに吹き込んでいるんだろう、師匠がどれだけ偉大で賢い方なのかと、魔女とは絶対の存在 それはアジメクもアルクカースも変わらない…故にこそ背負う期待もまた同じ、期待されるなら答えねばならない


もう一度空を仰ぐ、…昔似たような経験をしたな あれは国を相手にした時だ、国を敵に回すと何が怖いってその国の商業施設が軒並み使えなくなるのが怖いのだ、エリス達の状況はそれに似ているとも言える


となると…


「…そうさな、第一王子は戦力も武器も一級品のものばかり揃えていると聞く、それに対抗するために二番手の武器三番手の武器を使っても意味がない、狙うなら第一王子と同じ一級品以外ありえない」


「ラクレス兄様と同じレベルの?、しかしそんなものどこにも」


「態々第一王子の息がかかった場所を避ける必要はない、むしろぶんどればいい 第一王子が使うということはその品質は太鼓判を押されているようなものなのだからな」


格上の相手と手っ取り早く互角に戦うなら相手の真似をすればいい、相手がいい武器を使うならそれをぶんどればいい、早い話だ


「つまり兄様が抱える工房を逆にこちら側に引き込むという事ですか?、出来るんでしょうかそんな事」


「工房の職人達も あれでいて商人の一種だ、より得のある方に流れるのは必然だ、つまり第一王子に味方するよりこちらに味方した方が得でいると思わせればいい、奴らは戦士ではないからな 義理人情よりもそちらを優先するはずだ」


我々も昔国を敵に回した時は 商会に国に属する以上のものを積み込んで味方に引き入れたことがある、戦士達は王子への忠誠や義理で味方するかもしれないが商人や職人は違う、得がある方へ動くのは自明の理だ


「得…出来るでしょうか俺に」


「簡単な話だ、金を求めれば金を出し 地位を求めれば出来得る限りのものを約束する取引など結局のところ相手を納得させれば良いのだ、…そこに出し惜しみをするな」


「それもそうですね、…うん 今あるカードでなんとか出来ないか、とにかく当たってみるとしましょう、近くに一層大きな工房があります、今は第一王子の派閥として名乗りを上げていますが、上手くこちらに引き込めないか 話をしに行きますか」


「はいラグナ!、それで上手く行けばこちらの戦力も大幅アップ間違いなしです、…さすがは師匠ですね!」


ふぅ、なんとか役に立つことができ 弟子からの尊敬は守られたか…ともあれ方針は定まったようだ、向かう先が決まった時のラグナとエリスの行動は早い、二人とも慣れた具合にお互い意見を纏めあっていく、…カップルというよりは名コンビだな


「しかし金か、…俺が動かせる範囲のもので間に合えばいいが」


「え エリスも手伝いますよ、あんまりたくさんお金は持ってませんが」


なんだか昔の私とアルクトゥルスの関係を思い出す、いやアイツとはこんなにも和気藹々と話さなかったが、それでも良いこうやって次の方針を話し合ったりしていた、なんだかんだ私はアイツを信頼していたし背中も預けていた


じゃあアルクトゥルスと結婚したいかといえばそうじゃない、きっとエリスもそうなのだろう、やめよう これ以上下衆の勘繰りは…みっともない、二人とも健全に付き合ってる、それでいいじゃないか


一先ずは彼…ラグナにエリスのことを任せようじゃないか、まぁその後もしエリスに惹かれでもしたら、…殺すがな


……………………………………………………


そうしてエリスとラグナを連れ立って歩くこと数分、ラグナ曰くラクレスが一番最初に味方につけた この国最高最大の武器工房へ向かうと言われ 、連れてこられた場所がある


大通りを少し歩き脇道にそれるとそれはすぐに見えてくる、どデカイ建物からドカンと突き出たデカイ煙突と、遠巻きでも伝わってくるような鉄を打つ熱と音…一目であれが鍛冶屋であると理解できる、それも超大掛かりな


ラグナが説明するには…


『この建物の名前はアルブレート大工房といってもアルクカース随一の生産率と品質を誇る工房で、普段はフリードリスの戦士隊お抱えの武器を作っているまさにアルクカースで一番の工房さ』


つまり世界で一番ということだ、このアルブレート大工房という巨大な施設はその端から端まで全て武器を作るためだけに存在している、私は普段から武器など使わんからその良し悪しなど分からないが 、ここで作られる剣…あれはまるで芸術品のような輝きを持っていた、きっと切れ味も相当なものだろう



そして今、我々はそのアルブレート大工房の待合室に通され、三人揃って無骨な椅子に座らされている、硬い椅子だ…武器を作る腕はあっても椅子を作る技術はないようだな


ここでラグナはこれから工房長に話を通していくらか武器を工面してもらえるよう説得をするらしい、上手くいくかは分からん…だがここに案内してくれた受付の女性の顔を見るに あまり歓迎ムードではないようだ


「…き 緊張しますね、師匠…ラグナ」


「緊張してるのか、エリス」


エリスは今まで領主 魔女 魔術導皇 国王 王子と様々な権力者に会って来てるだろうに、今更緊張することなどないだろうに、いや こうやって待合室で待つ経験は初めてか…


「大丈夫だよエリス、別に今日相手に結論を迫るわけじゃない…交渉のための素材も手に入ってないしね、今日はまず挨拶をしに来ただけだ、本題じゃないからね…断れても何度も頼み込むつもりだし」


「そうですね、うん…エリスが緊張してたらダメですね」


ラグナが軽く声をかければエリスも落ち着きを取り戻したのか 深呼吸を一回二回し、頬をペシペシ叩く、なんか本当に知らない間に仲良くなってるなこの二人


なんて考えていると扉が勢いよく開かれる、天井の埃がハラハラと落ちるような乱暴な開け方だ 、チラリとそちらの方に目だけ向ければ これまた筋骨隆々な男が苛立ちを露わにしながら部屋に入ってくる


職人でありながらその服装はある程度豪奢なものだ、服装の良し悪しはその人間の立場を表す…格好から見るにそこそこの地位の物が、恐らくだが彼が例の工房長とやらなのだろうな


「テメェらかい、俺に用があるってぇ奴らは、こちとら忙しくてたまらねぇんだ 早めに頼むぜ」


ヅカヅカと床を蹴るように歩く男は、名乗りもせず我々を値踏みするように見回しながら我々より豪華な椅子に音を立てて座る、む あっちの椅子にはクッションがついてる…


「貴重のお時間を割いていただきありがとうございます、俺はアルクカース第四王子のラグナ・グナイゼナウ・アルクカースです」


「え…エリスもエリスです!、魔女の弟子のエリスです」


両手を合わす抱拳礼で王族であるにも関わらず先手を取って挨拶をするラグナ、それにつられるようにエリスも立ち上がり頭を下げる……なんだ、男がジロリとこちらに目を向ける、お前は誰だと言わんばかりの視線だ、いやこちらは頼む側だ 先に名乗るか


「…レグルスだ」


「レグルス…ねぇ、ふん まぁいい」


魔女とは名乗らず、腕を組んだまま睨み返すように答える、まぁレグルスといえば私の正体に合点が行くだろう、…今まで私が孤独の魔女レグルスであると聞いた人間の反応は大きく分けて二つ 疑うか驚くかだったが、この男は違う ああやっぱりねというなんだか軽い反応だ

…恐らく、こいつは王国お抱えの工房長と言うこともあり、アルクトゥルスの相手をよくしているのだろう、確かにアルクトゥルスと私を比べれば 私なんぞ恐ろしくもなんともないかもしれないな


「しかしそうかい、あんたら やっぱり例の第四王子一行かい、ラクレスさんから聞いてるよ…俺ぁこのアルブレート大工房の代表 アルブレート・マッケンゼンだ」


親指を立てて偉そうに挨拶をするアルブレート、アルクカースじゃあ珍しくもない筋骨隆々の背格好、だがこいつのは戦いための筋肉じゃない 槌を振るい鉄を打つために鍛えられた体であることが容易に分かるほど腕がもう太い


しかしやけにイラついているな、今も貧乏ゆすりをして苛立ちを露わにしている、行儀のいい話の聞き方ではないな


「あんたらの言いたいことは分かるぜ、継承戦に向けて武器を作ってくれってんだろ?、だからこっちも先に言わせてもらうぜ、断る」


一も二もなく そしてこちらの要件を聞くことなく断られた、いや断れるのは想定済みだがここまで聞く耳を持たれないとは、しかしラグナも諦めない 断られたと言うのに毅然として立ち続け


「ただで、とは言いませんこちらからは…」


「そう言う問題じゃねぇんだ…、俺達はあの第一王子という人間を相手にしたくねぇ…ありゃ狂人の類だぜ、目的のためなら何をしてもいいと思ってやがる、あんたらにゃ悪いが 何をどう提示されても俺達ぁ答えられねぇ」


「狂人?兄様が?…」


返って来たのは意外な答え、ぜひ第一王子の彼に王様になってもらいたいからとか第一王子と先に手を組んだから…ではなく、敵にしたくない 恐ろしいという恐怖の言葉だった


その言葉に、ラグナは兄を貶された怒り半分と何故そのような事をと戸惑い半分の顔を向ける


「俺がこんなこと言うのは少し違うかもしれませんが…兄様は立派な方です、今は敵対してますが俺はラクレス兄様ほどこの国を思う人間を知りません」


「だろうな、事実誰よりもアルクカースという大国のことを想っている、…だが あれは誰よりもアルクカース人だ、このアルクカース八千年の歴史の中でアイツ以上にアルクカースの性に染まった男はいねぇ…、俺は そんなアイツを…」


そこでようやく気づく、彼は苛立っているのではない 不安に震えているのだラクレスという男のことを思い出し震えているのだ


「兄様に何か言われたのですか?、一体兄様に何を…」


「…悪いが詳しくは言えねぇ、どこに耳があるかわからねぇからな、ともあれ無理だ 手伝えねぇ…あんたらをここに招いたのだってキッパリ諦めてもらうためで…」


「オジキ!オジキーィッ!!」


すると今度はアルブレートとは真逆の甲高い 幼い声が慌ただしい靴音共に部屋に転がり込んでくる、少女だ…エリスやラグナよりほんの少しだけ歳上の、子供と大人の間みたいな女の子が息を切らしながら部屋に入り込んできたのだ


「オジキッ!なぁ!話を聞いてくれよ!」


「ミーニャ!今は話の途中だ!後にしやがれ!」


ミーニャ…そう呼ばれた少女は油と煤で汚れた汚いつなぎを着ており、その子供らしい幼顔には火傷や埃がこびりついており 濃い茶色の髪も熱にやられガサガサだ、首元にはアザ…いや刺青か?こんな歳で?…ともあれお世辞にも綺麗とは言えない見た目だな、事実可愛らしく愛嬌を振りまくならまだしも男勝りに腕を組みアルブレートを睨みつけるように牙を向いているのだから


「ミーニャ?、なんだこの子も職人なのか?」


「そんなわけあるか、ウチの腕利きの職人の娘だ…鉄と火の匂いが好きだってんで工房に入り浸ってるだけの ただのガキンチョさ」


アルブレートの言い方はきついが、少なくともその口調はミーニャを疎ましくは思ってないようだ、当のミーニャは怒髪天と言ったご様子だが


「話の途中って!アタシとの話だって終わってないじゃないか!、オジキが止めんならアタシゃ一人でラクレスんとこいってくる!文句つけてやるんだ!」


「ラクレス?兄様がどうかしたのか?」


「あん?、なんだようあんた!」


「いや、申し遅れました 俺はラグナ…その、ラクレス兄様の弟だ」


「あんたも…ッ!!」


ラグナが軽く挨拶をするなりミーニャはギリギリと歯軋りしながら睨みつけてくる、怒っている というよりは恨んでいるような目つきだ、ラグナはそんな視線に対して臆することなくそのような視線をつけられる謂れはないと毅然として見つめ返す


「あんたも職人をバカにしに来たのかい!、前線で戦わねぇ連中だってバカにする気か!」


「なっ!?やめろミーニャ!」


睨むだけならまだよかった、だがミーニャはその怒りに任せてラグナに向け、その胸ぐらを掴もうと取っ組み掛かったのだ…がその手はラグナに届くことはなく、その手を何者かに掴まれ阻まれる


「…ラグナはあなた達をバカにしに来たわけではありません、いきなり怒鳴りつけ摑みかかられる覚えはありませんよ」


エリスだ、ミーニャの手を掴み上げ ラグナへの行く手を阻んだのだ、いきなり怒鳴られ些か頭にきているのか 少し掴む手に力がこもっているが止めはしない、むしろエリスが止めなければミーニャは最悪ラグナに殴りかかっていただろう、何故かはわからんがそれほどの怒りを感じる


「なんだい!あんた!チビのくせに生意気だね!」


「エリスはエリスです、貴方の器の小ささには負けます」


「なんだと…!」


「エリス、そこまでにしなさい」


と思ったら今度はエリスとミーニャが殴り合いを始めそうだ、子供は喧嘩っ早くていけないな、慌てて立ち上がりエリスとミーニャを引き剥がす、最近はエリスも模擬戦に力を入れているため殴り合いをやってもまぁ強い、そこらのガキ大将くらいならのしちまうくらい強い…止めなければ大変なことになっていたろう


「チッ…もういい!」


「ミーニャ!おい!どこへ行くんだ!、ったく とにかくあんたらにこれ以上話すことはない、これ以上いられたら迷惑だ!帰ってくれ!」


「あ いや少し話を!というか兄様から何をされたんですか!」


なんてラグナの訴えも虚しく待合室から我々は放り出される、仕方ないとは言え これだけ話す気がないのならそもそも待合室に入れるなよ、…いや もしかしたらさっきの話…、そう第一王子云々の話を聞かせる為に我々を中に?…考えすぎか?



「ダメでしたね」


「ああ、思ってたよりも相手されなかったな、というか 兄様はここの人達に一体何をしたんだ…、あの兄様が職人を貶めるような真似するはずが…」


ともあれエリスとラグナは落ち込みを隠せないようで、いやラグナの場合は兄に対する不信感というか疑念を感じているようだ、兄様が一体何をと難しい顔だ…それこそ武器の受注を断れたこと以上に気にしているようだな


「……さっきの子、ミーニャとかいう子を探そう…何か事情を知っていそうだ」


「ミーニャですか、話を聞いてくれますかね」


「少なくともアルブレートよりは聞いてくれそうだ、…これは継承戦に関係ないけど、兄様が裏で何をやったのか 気になるんだ」


「分かりました、探しましょう」


はっきり言えば、ラクレスが裏でどんな小汚い事に手を染めていようが それを知っていようがいまいが、継承戦には関係ないだろう…だが それでもラグナは気になるのだ、彼の弟として


それから我々は手分けして工房内を駆け回り…なんて泥臭いことはしない、私が軽く透視の魔眼で辺りを見回せば一発で見つけられる、視線を右に左に動かせば ミーニャと思わしき影が工房の隅で何やらゴソゴソと準備をしているのを見かける


場所さえ分かれば後は早い、ラグナとエリスをそこに案内してやる…



そこは、工房の使われていない一室だった、いや使われてないというか倉庫か?雑多に荷物が置かれたその部屋でミーニャは ぐすんぐすんと鼻を鳴らしながら鞄に荷物を詰めていた



「…荷物をまとめてどこに行くつもりだい」


悲哀に満ちたそんな背中にラグナは一言声をかければ、びくりと肩を揺らし 真っ赤に腫らした目がギラリとこちらに向けられる


「あんた達…まさかつけてきたのか!」


「いや悪い、ただ…話が聞きたくて」


「…あんたも王族なんだろ、アタシを連れて行くつもりか!」


うむ、聞く耳を持たないというよりはラグナが王族だから敵視しているようだ、敵意とは時として目と耳を曇らせる、理屈を超えて相手を拒絶したくなるものだ、だがここでこちらも敵意や怒りを持って返せば先程のように争いになる、話をしたいなら 敵意も怒りも示さないことだ


「いや、兄様が君たちに何をしたかは知らないが、俺はただここにいる人たちの腕を見込んで武器の依頼に来たんだ、断れてしまったがね」


「本当かねぇ、そんな話信じられ…」


「本当だ、そこまで信用できない上に俺のことが気に入らないなら、俺の事を 二、三発殴っても構わない」


「…いいよ、別に アタシが気に入らないのは第一王子のラクレスの方だ、あんたみたいなチビじゃない」


ラグナをラクレスと同一視するのをやめたのか、その視線から敵意が消える…うん 二人を分けて考えてくれたようで冷静になったようだ、よくよく考えればラグナを恨む理由なんかない その事に気がつけたか


「なぁミーニャ、良ければ兄様が何をしたか 君がなんでそこまで兄様を恨んでいるとか教えてくれないかい?」


腹を割って話す為、埃やら煤やらで汚れた地面など構う事なく座り込む 、それを見てエリスも真似して座り込む、私は座らない 床汚いし…代わりに壁にもたれて事の顛末を見守る


「何をしたって知らないのかい?、アイツはここにいる職人達の半分を半ば脅すような形で連れて行ったんだ、その上で他の候補者に武器を渡さない為に金属の流通を制限して…今アタシ達の工房は人も素材もないから仕事の一つだってロクに出来なくされちまったんだ、アイツのせいで…」


「金属の流通まで制限してたのか…ん?いや待て、候補者に武器を渡さないように金属を制限したのはいいけれど、職人を連れて行った?それは継承戦とは関係ないのかい?」


「…そんなの分かんない、ただ なんか違う気がするんだ、アイツ 継承戦の事を『どうでもいい』って言ってたんだ、もっと別の何かに力を入れてるみたいな口ぶりだった、盗み聞きだけど」


「どうでもいいって…」


そんなはずない、ここまで大掛かりな事をやっておいて継承戦がどうでもいいことは そうラグナは考えているだろう、だが私は逆に合点が行く、ラクレスがあちこちに声をかけて回っているのは 『あの一件を隠す』為のカムフラージュなのだろう


あの一件とは…まぁ恐らく気がついているのは私とアルクトゥルスくらいだろう、この国に入った時点で感じた異様な気配 、もしこれをラクレスが先導しているのだとしたら…アイツは本物の狂人だ、権力をもたせちゃいけない類の



「ラクレスは多くの職人を半ば奴隷みたいに連れて行った、その中にアタシの父ちゃんも居たんだ…、父ちゃんは 捨て子で奴隷として売られていたアタシを拾って育ててくれた恩人でもあるんだ、…そんな父ちゃんを…アイツは 」


「連れて行ったってどこに?」


「知るかそんなもん!、だからアタシはこれからフリードリスに行ってラクレスを問い詰めるんだ、父ちゃん達をどこへやったんだってね!」


そう行って立ち上がるミーニャの背中には鞄、パンパンに膨れている事から中にはたくさんの荷物が入っていることが分かる…む、マズイな 荷物の中にナイフもある、何に使うか分からんが そういう目的で使うつもりなら止めねばなるまい


「やめておけ、兄様は言って止まる人じゃない 、優しい人だけど 誰よりも我が強い、門前払いが関の山だ」


「何を…っ!、いや そうかもな…でも、どうしたらいいんだよ オジキもラクレスにすっかりビビッちまって 、他所の戦士や傭兵に言っても みんなラクレスの味方だし、…アタシは親代りを取られて 泣き寝入りするしかないのかい!、アタシ達は仲間を奪われて 大人しくしてるしかないのかい!」


地団駄を踏む、行き場のない怒りを地面に叩きつけ叫ぶ、どうしようもない…ミーニャは父親を奪われても 仲間を奪われても、取り返すどころか文句一つつける力すらない、どうすれば良いのだと怒り散らす…


「…俺が君の父親を探すよ、今すぐは無理だ でも継承戦に勝てば俺の手に多大な権利が転がり込んでくる、それを使えば ラクレス兄様から君の父親や職人達を取り戻すことも出来る筈だ」


それに対してラグナは決意で返す、兄が何を企んでいるか分からないが、それでも彼女を見捨ててはおけぬと、なんとかするというのだ


「…そういやあんたも継承戦に参加するんだったね、…くくく そっかそっか!そりゃあいいや!、あんたはこれからラクレスと戦うんだった!、よしっ!じゃあアタシ達も協力するよ!」


「きょ 協力してくれるんですか!?」


「ああ!、ラクレスの敵はアタシ達の味方だ!、武器が必要なんだろ?工房に残った職人やオジキだって ラクレスの奴に一泡吹かせたいって心の中じゃあ思ってるはずだしな!アタシが説得して武器を作らせるよ!」


「おおぉぉおおお!ありがとうございます!ありがとうございます!、やりましたねラグナ!」


バンザーイと思わぬ収穫に諸手を上げて喜ぶエリス、だがねエリス 問題はそう簡単でもないよ?、事実ラグナはまだ難しい顔だ


「だけど、金属がないんだろ?素材がないと武器は…」


「あ…そうでした」


そう、金属がない 武器だって虚空から生えてくるわけじゃあない、一振り二振りくらいなら有り合わせの素材で作られるだろうが、百や二百となると…


「その辺は、あんた達がなんとかしな!王族なんだからそのくらいどうにでもなるだろ?」


「無茶を言うな…でもまぁ、なんとかしてみるよ」


「ああ、なんとかしな!…ああ あともしさ、いなくなった職人達をどこかで見つけることがあったらさ、父ちゃんをその中から見つけておいてくれよ ミーニャって名前か、或いはこの刺青のマークを見せれば 父ちゃんなら分かってくれるから」


そう言って首元の刺青、剣を加えた…龍?怪物?のマークだ、変わった刺青だな


「なんですか?この刺青は…」


「わかんねぇ、けど 父ちゃんがあたしを拾った時から首に入ってたらしい、よくわかんねぇけど 今じゃあたしのトレードマークだ」


にししとエリス対して笑いかけるミーニャ、もう敵意はかけらも感じない むしろあたしがこのチビ達の面倒を見るんだと姉貴気取りだ


ともあれ、この工房の説得はミーニャが引き受けてくれるようだ、我々は金属を探して それを渡すだけでいい、探し物が武器から金属に変わっただけだが 進歩は進歩だ


「分かった、見かけたら言っておくよ…それじゃ後は任せた、俺たちは俺たちで金属を探してみるよ」


「エリスも頑張ります、素材集めも並行していなくなった職人の足取りも探してみますね」


「おう!、…悪かったな チビとか言って!、あんたら 確かにあたしよりずっとデッケェ奴らだよ!」


…そして、我々は収穫があったんだかないんだか分からないまま、アルブレート大工房を後にすることとなる


アルブレート大工房の面々の説得はミーニャが行うと言う、上手くいくかは分からんが 少なくともミーニャ曰くラクレスに不満を持っている奴らは工房内にも多いらしい、ラグナがラクレスを倒すとなれば きっとそいつらも喜んで協力してくれるだろう、いやそういう風にミーニャが話を持っていくはずだ


後心配な点といえば金属…いわば武器の大本となる鉱石だ それを我々で確保する必要がある、そんなもの工房側で用意しろと思わなくもないが それが出来ないから困っているのだ


しかし工房でも確保出来ないものを我々で確保出来たものか、ミーニャは王族なんだからそれくらい出来るとやや押し付けるような形で頼んできたが、さてどうなるかと思いながら市場に出ると 驚くべき事実が発覚した


市場に出回る鉱石鉱物の類は全てラクレスが買い占めているらしいのだ、アルクカースは鉱石の名産地だ、出回る量もまた多いが…それを全てだ


これは異常だ、明らかにおかしい…継承戦の相手に武器を渡さない為?ここまでするか普通、完璧主義者だとしてもこの鉱石の買い占め具合は異様だ


商人に次はいつ鉱石を入荷するか聞いても 主要な鉱山の権限は全てラクレス手中にあるらしく見通しも立たないと…、大工房のもラクレスのせいで機能しておらず これは明らかに継承戦の範疇を超えている



一体なぜこんなことを そんな疑問だけを得て我々は失意のうちに夕暮れを迎えることになる、これ以上動き回っても成果は得られん そう言い含め今日は宿に帰ることとなった


序でに更に悪いことが起きた、方々巡ってヘトヘトになり宿に帰ってくると その庭先から怒鳴り声が聞こえてきたんだ…



「あんた達!さっきから偉そうなんだよ!」


「経験のない若者にアドバイスしてやっとるんじゃろう!、この調子じゃ継承戦など夢の中また夢じゃ!」


「何を…老いぼれのくせに!」


「落ちこぼれに言われたくないわい!」


庭先で喧嘩していたのはエリスとラグナが今朝方集めてきた戦士達、落ちこぼれの下位戦士と老いぼれの老兵達が真っ二つに分かれていがみ合っていた


なんでも庭先で合同で訓練していたところ、あれこれ上から目線で指図する老兵に若い戦士達が腹を立て対立したようだ、その場はラグナとエリスが間に入りなんとか事なきを得たが、まだ初日だぞ 出会って半日だぞ、それでここまで激しく対立するか?元エリートと現落ちこぼれ 老人と若者 引退者と現役 水と油…お互いの相性が悪すぎる


今日はエリス達がたまたま側にいて間に入ったからいいが いつもそうとは限らないし、お互い禍根を抱いたままでは意味がない…最悪軍団として機能しない場合もある



せっかく集めた軍団も上手く動かず、武器集めも上手くいかず新たな戦力も得られなかった、進んでいるようで 今我々は後退しているのだ、仲間を多く抱えたことでより多くの問題もまた抱えてしまった、それを一つ一つ解決するにはあまりに時間が足りない、果たしてどうなるものか…



………………………………


「ラグナ…元気出してください」


夕暮れの紅い光差し込む暗い部屋の中、机に突っ伏すラグナにエリスは必死に声をかけます


ラグナは落ち込んでいるわけではない、どうすればいいか分からないのだ…全てが上手くいっていない、仲間も武器も戦争に必要なもの全て上手く集められず もがきにもがき…力が及ばない場面が多すぎる


ラグナはこの状況で諦めず打開策を必死に練っている、しかし 軍団は早くも不和と価値観の違いから軋み始め、武器もそれを作るための鉱石も丸々手に入らず、剰え兄のラクレスが裏でやっている何かに気を取られている、いっぱいいっぱいのこの状況…ラグナの言う嫌な流れに乗っているのだ


「悪いなエリス、けど…足踏みをしている時間もない、早く軍団をまとめる策と鉱石の供給先を探さないと…」


今の状況を例えるならグルグルに絡まり玉のようになった糸のようなもの、解いて一本にまとめたいのに あれこれ乱雑に絡まりすぎてどこから手をつけていいか分からない、そういったところだ


エリスにも分からない、どうすればいいか…さっぱりだ


「…悩んでいるな、ラグナ」


そう声をかけてくれるのは師匠だ、今のこのラグナ軍の状況には師匠も苦い顔をしている、もしこのまま戦争に臨めば 勝つどころの騒ぎではない、最悪途中で空中分解する可能性まである


「レグルス様…俺はどうしたら」


「さぁな、しかし…今の戦士隊の余裕のなさは問題だ、奴らが苛立ち焦っている理由はわかるか?」


「焦っている?みんなが?」


そう言われて初めて気がつく、確かにバートランドさんもハロルドさんもやけに張り切っていた、最初はラグナの為に気合を入れてくれていると思ったのだが、それにしてもやる気が入りすぎだ その熱のせいで衝突しているとも取れる


「ああ、奴らは焦っているのだ…自覚しているかな、自分たちの力が足りないことを、お前の役に立ちたいと思えば思うほどドツボにハマり苛立つ、余裕のなさは諍いを生む 謂わば自信がないのだ、奴らはな」


「自信…それをみんなに与えれば 軍団は一つにまとまりますか?」


「ああ、だが口で言っても無駄だ、『ああこれなら勝てるぞ』という実感が奴らには必要だ、どうやって勝つかのビジョンも曖昧のままでは軍は纏まらん」


確かに…今エリス達はどうやって勝つか、その情景は浮かばない…このままではいけない 、そんな漠然とした不安だけがのしかかる


「どうやって勝つか…」


「一番手取り早いのはやはり主力の加入だな、今の軍は言ってはなんだが有象無象の烏合の衆でしかない、それを一介の軍たらしめるには必勝を齎す主力級の戦士達が必要だ、あとは武器かな 握っただけで勝利を確信できる上質な武器」


「やはり話はそこに戻りますか…」


無理だ、どちらもエリス達が方々巡って結局手に入れられなかったもの、そのどちらも必須であることはわかっている、だがどうにもできないのだから仕方ないのだ、武器と戦士が集まれば バートランドさんもハロルドさんも落ち着くのはわかるが…


「戦士がいる 武器がいる、戦争に勝つにはそのどちらもいる …そんなことはわかってますけれど、もうそんなものどこにもないんです…俺の手にはもう」


ラグナが弱音を吐きかける、ダメだ 弱音を吐いてはまた迷ってしまう、そうなればもうこの軍は成り立たない、今軍を支えているのはラグナの懸命な姿だ、それが崩れては根底から崩れ去る…慌ててラグナを止めようと口を開いた瞬間


ラグナの口を止めたのは、別の轟音だった…


「力が必要カーッッ!!」


「なっ!?何事っ!?」


勢いよく開け放たれた扉と 叫び声、猿叫のような声は力がいるかと叫ぶのだ 、何事かと慌てて立ち上がりそちらを見やるエリスとラグナ、そして息を飲む…だってそこに立っていたのは…


「フフフフ……」


…誰だ!、扉の前には知らない人が立っていた それもものすっごいドヤ顔で、真打ち登場と言わんばかりの面で、え…誰?


えっと落ち着こう、そこに立っていたのは女性だ、エリスとラグナよりは年上だろうがそれほど大人でもないのは背丈から分かる、黒く伸びた髪は腰ほどまで伸びており 浅く焼けた肌はなんとも健康的だ、口元から突き出た八重歯とツンツンととんがった目は彼女の元来の気の強さを表しているように見える


しかし何より目を引くのが、ピンクのふりふりのお洋服だ、フリルのワンピースと言うのだろうあれは、はっきり言おう メチャクチャ似合ってない、獣のような鋭い雰囲気を纏う彼女が着るにはあまりに似合わない


そして首にはその子供っぽい格好とは正反対の緑色の首飾りが揺れ輝いている、大人っぽいの子供っぽいのか …チグハグな印象を受ける女性がこっちを見ている、初対面の人だ…誰だ、ん?あれこの声どこかで…というかあの首飾りって…


「あの…誰ですか?、どちら様でしょうか」


「んナッ!?、アタシだ!果敢なりしリバダビア!もう忘れたノカ!?」


「り リバダビアさんっ!?」


リバダビアって カロケリ族のリバダビアさん!?、いやなんでここに…と言うかなんだその格好は、前会った時は半裸で獣の兜で顔を覆って…そういえばエリスってリバダビアさんの顔を見たことなかったな


「何故リバダビアさんがここに、カロケリ山にいるはずでは…!?」


「別にアタシはカロケリ山から出られ無いわけじゃないかラナ、お前達と別れた後山を降りて服を買いに来ていたンダ、どうだ 可愛いだロウ?」


にししと笑うリバダビアさんには悪いがびっくりするくらい似合ってない、だが言わない 彼女が傷つきやすいことを知っているから、というか やっぱ服装のこと気にしてたのか…


「なるほど、似合ってますよ とっても」


「だロウ?ヌハハハ!相変わらずエリスは良い奴ダ!、それで街で買い物をしてたらお前達がこの街で仲間を探していると聞いテナ?、周りに聞いて回ってこの宿を見つけたノダ!、この服を見せてやろうと思っテナ!」


「そういうことだったんですね」


「そシテ…、お前達 武器と仲間がいるらしイナ?、さっき聞いタゾ」


「なんだ?部屋の外で盗み聞きか?、随分と行儀がいいのだな」


「違ウ、部屋の壁に耳を当ててたら偶然聞こえて来たノダ!アタシの友が頭を抱えて困っているトナ」


それを盗み聞きというのだが…いやしかし、え?仲間と武器がいるらしいなって…もしかして


「おいラグナ!エリス!、仲間と武器が欲しいなら 一番最初に探すべき場所がまだ残ってるんじゃ無イカ?」


「も…もしかしてリバダビアさん…」


「アア、カロケリ山に来イ…族長に会わせてヤル、上手くやれば戦士も武器も 特上の物が手に入るかもしれンゾ?」



それは、起死回生とも言える一手…ラクレスさんでも手が出せない 、魔境カロケリ山への誘いであった、ようやく 全ての歯車がハマり 物語が動き出す


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