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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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432.魔女の弟子と悪来の白蛇



『までぇぇぇええええええ!!』


「ぜぇ…ぜぇ!いい加減疲れたんだけど!?あいつ息切れとかしないのかよ!」


メグ発案の肝試し大会の最中、突如襲い掛かってきた謎の白いワンピースの女から全力疾走で逃げ続けて早くも十分程。いい加減メルクを抱えて走り続けることに疲労を感じ始めたアマルトは悪態を吐く。


正直わけがわからねぇ、いきなり女が襲いかかってきて?そんで全力で逃げて、どういう状況なんだよ!


「おいメルク!いい加減落ち着いたか!?」


「あ、ああ!すまん!ボーッとしてた」


「いいご身分だな!」


「観察していたんだ、あの女を…」


当初は恐怖に苛まれ正常な判断が出来なくなっていたメルクも既に落ち着きを取り戻し、アマルトに抱えられながらもジッと背後から追ってくる女を観察していた。


「アマルト、アイツなんか変だぞ」


「変って!?どういう風に!?」


「息切れしていない」


「そりゃわかるけど…!」


「そもそも呼吸をしてない」


「はぁ…?じゃあ何か?アイツ幽霊かなんかなの?」


「……確かめてみよう!そのまま走り続けろ!私が迎撃する!」


「お前耳元で銃ぶっ放したら許さねーからな!?」


銃を引き抜くと同時に錬金術で作り出した耳栓をアマルトの耳の穴に突っ込み照準を背後の女に向ける。あれがもし本当に生者であったなら命中させるのはまずい…だが。


「貫くッ!!」


『までぇぇぇ…グゲェッッ!?』


放つ銃弾は真っ直ぐ女の肩を射抜く、普通の人間ならば肩を貫かれただけでマトモに動けなくなる。軍人時代なに学んだ人間を無力化する知恵だ、肩は人の動きを支える根幹なのだ。


故に殺さずに動きを止めようとしたが。


『までぇぇぇええええええ!!』


「止まらない…か」


剰え、血が出ている様子もない。となると考えられるのは…。


「なるほどな、アマルト!もういい!」


「え?なんだって?うぉっ!?」


咄嗟にアマルトの腕の中から飛び出し、迫ってくる女を前に構えを取る。その手には大振りの包丁、それをギラリと煌めかせ立ち止まったメルクに向けて刺突を繰り出してくる。


一切の遠慮がない、人を殺す躊躇も恐怖も感じてない突き、だが…。


「甘いッ!!」


それでも、素人の突きにやられるほど甘くはない。突き出された腕をするりと逆に掴み返しそのまま女を引っ張り倒し地面に叩きつけると同時に取った腕を捻り上げ砕き、膝を倒れた女の背中に乗せて無力化する。


「随分単調な動きだ、それで殺せるのは同じ素人だけだぞ」


『ぐっ、げぇ…』


「おいおいメルク、お前…腕折っちまったのかよ」


耳栓を外し寄ってくるアマルトがドン引きする、いくらなんでもやりすぎじゃねぇ?と引き攣る。確かに私がへし折った腕はプラプラと脱力し垂れている。普通の人間ならば大惨事だ…だが。


「違う、アマルト…よく見ろ」


「え?あ…これ…人形か?」


私が女の袖を引きちぎれば、中から破損した球体関節が露出する。そうだ、この女…人間によく似せて作ってあるだけの人形だ。それが動いて走って追いかけてきていたんだ。


人形だから当然、息切れもしないし肩を貫かれても痛みなど感じない。


「人形が…なんで動いてんだ?」


「ただの人形じゃない、これは恐らく…魔導人形、オートマタだ」


「オートマタ?」


魔導人形、根本から言えばこれはゴーレムに良く似た技術と言えるだろう。魔力の核を埋め込み本来動かない物に生命の躍動を与える技術。ただこれが細かくゴーレムとは違う技術とされるのは…。


このオートマタには基本的に高い知能が付随するのだ。内部コアが言語や動きを学習して人のコピー品のように振る舞う。躯体となる肉体にも最適化出来るよう人工的な魔力動脈が植え付けられており、その動く様は人間と殆ど変わりはない。


「マレウスで発展した独自技術の一つだな。ゴーレム以上に人に近しい存在として重用されている。まぁ一体あたりにかかるコストも労力もゴーレムとは段違いに高いものだが」


「へぇ、偉く詳しいな」


「マスターの魔術にも同じもの…いやオートマタの上位互換となるホムンクルスの製造があるんだ。それ故に勉強したことがある」


魔力は感情を持たない魂のカケラだ、それで再び感情と思考を作るのは粉々に砕け散ったガラスの彫刻を寸分違わず組み直すのに等しい作業…いや或いはそれ以上に難しい所業となる。


私でもそうおいそれとは作れないホムンクルス…その下位互換とは言え同じ系統にあるオートマタが、何故こんなところにあって…そして何故我々に襲いかかってきたのか。


「ふむ、この城に何か…敵対者がいるのやもしれん」


「確かに、こいつは飽くまで人形ってんなら、人形を動かしてる奴が何処ぞに居てもおかしくないな…こりゃ肝試しどころじゃねぇかもな」


「ああ、急いで皆に知らせるぞ。私は向こうを探す、アマルトはそっちを、みんなを…特にデティを探すんだ。彼女が居れば敵の位置の特定など容易に出来──」


『ぐぎぃぃいいい!!』


その瞬間無力化した筈の人形が動き出す。へし折られた腕を捨てたかと思えば次は服を引き裂いて胴体から新たな腕を四本展開し口をぱかりと開けると。


『くしゃぁぁああああ!』


「ぐっ!?」


紫色の煙をブワッと吹き出してメルクの顔に吹きかけるのだ。その煙に怯んだメルクは堪らず人形から離れ尻餅をついてしまう。


「メルク!大丈夫か!」


「ゲホッ!ゲホッ!目が沁みる!毒か…!?」


『ギィィィ〜…』


そうこうしている間に人形は四つの手を円盤のように回転させギャリギャリと周囲の物を切り刻んでいく。


これがオートマタの利点、痛みを感じず命令ある限り動き続ける。ゴーレムよりもより戦闘に適した最強の戦闘兵器。それが二人に牙を剥く…が。


「テメェ…何俺のダチに手ェ出してんだ…!」


ギロリと更に恐ろしい眼光を向けるアマルトが黒血剣を抜き放つ。最早オートマタに恐怖はない、あるのは怒り…感情を持たないオートマタには出しようがない精神的なエネルギーが燃え上がる。


『ギィイイイイイ!』


「やかま──」


迫る人形、四つの腕が駆動音を鳴らしアマルトに切り掛かる…よりも早く数閃、空に線が迸り…。


「──しいってんだよ!」


アマルトの手が静止すると同時に、彼に向けて肉薄した人形の腕が飛ぶ、次いで足が切り落とされ胴体が両断され、最後に首が宙へ舞い上がり…クルクルと空中を回転する頭が真っ二つになり中からまろび出たコアが粉々に砕け散る。


見た目ばっかだ、大した強さでもない…。


「フンッ、ザマァみろ…メルク?大丈夫か?」


「問題ない、クシュッ!ただハクシュッ!ただの催涙スプレーだったようだ、問題ない」


「ならいいが…いや、取り敢えずこれで顔洗っとけ?」


「感フシュッ!感謝する」


取り敢えず水筒を渡しそれでメルクの顔を洗わせる。よかった、あんまりひどい毒じゃなくてとアマルトは静かに吐息を零す。


「よし、これでいい。それよりデティだ!探しにいくぞ!」


「分かった!」


とその場で二手に分かれて駆け出した瞬間。アマルトは咄嗟に立ち止まる。


「いや、待てよ?おいメルク、お前大丈夫か…?」


そういえばさっきまで怖がってたし、いきなり単独行動は怖いんじゃないか?と思い振り返るが。


そこには勇ましい足取りで廊下の奥へ消えていくメルクリウスの背中が…。


「へっ、大丈夫そうだな」


結局、場の勢いに呑まれてただけか。敵がいて仲間が聞きかもしれないと思えば、ああやって勇ましく動けるんだ。流石だよ、メルク。


「さて、俺も急ぐかな!」


………………………………………………


「甲冑が独りでに動いてる〜!なんかの祟りなの〜!?!?」


その頃、当のデティは玉座の間を前にして怯え竦んで蹲っていた。周囲に乱立するのは中身の無いはずの甲冑騎士。無人のはずの鎧が動くはずもないのに、そいつらが動いて武器を振るい襲いかかってくるのだ。


この異常事態にデティは恐怖し、とてもじゃないが動ける状態にない。そんなデティを守るように立つ振る舞うのが。


「来ちゃダメ…!」


ネレイドだ、腕を振るい甲冑騎士の剣を弾き返し、部屋の中を埋めつくさん程の鎧の群れを相手に鬩ぎ合っていた。


「数が多い…、それに…こいつら幻惑魔術が効かない…」


先程から何度か甲冑騎士に対して幻惑を仕掛けているのだが、一切効いている様子がない。人である限り防ぎようがないはずの幻惑魔術をこうもいとも容易く無効化するなんて、聞いたことがない。


まさか…とネレイドの脳裏に浮かぶのは。


(もしかしてこいつら…羅睺十悪星のミツカケと同じ?)


三年前の戦いに現れた蘇りし悪星…中身の無い鎧でありながら意志を持ちケタケタと笑い戦う不死身の魔神ミツカケ。それと目の前の甲冑騎士達が被るのだ。


聞いた話ではミツカケも周囲の鎧を操り自身として扱う事ができる能力を持っていたという。ならばこれもその一種か?そもそもミツカケがどういう存在かも判然としていない以上なんとも言えないが…。


「っと…!」


甲冑騎士の一撃を防いだ拍子に体感がブレる。こいつら思ったよりもウェイトがある…このまま防戦一方だと持っていかれるかな。仕方ない…あんまりこの城を壊すような真似はしたくなかったから派手な技は控えてたけど…。


(ウィリアム・テンペストさん。ごめんなさい)


今は亡きこのお城の持ち主さんに心の中で謝罪をすると同時に…。


「スゥーーーッ…フッ!!」


軽く力んで近くの騎士を掴むと共に、全力で振り回す。普段ネレイドが用いるプロレス技では無い、技ならざる技。人類が最初に生み出した原初の闘争術…。


『力任せ』にて、圧倒的破壊の嵐を生み出す。


「───────」


腕を掴み、濡れタオルでも弾くかのように一度甲冑騎士の体を振るう。ただそれだけでスパンッ!と音が鳴り響き甲冑の留め具が爆ぜ鎧がバラバラに吹き飛ぶ。


もし生身の人間相手にこれをやれば腕が千切れるだけに留まらず、急激な加速と刹那的なGの増加に耐えきれず内臓が尻の穴から飛び出て頭部が破裂するほどの剛力。当然そこから発せられる衝撃波は凄まじく、一撃で周囲の鎧も吹っ飛び脆くなった壁も崩れ、辺り一面に破壊の痕跡だけが散乱する。


「やり過ぎた…反省」


「な、何事!?」


「あ、デティ…もう大丈夫だよ」


「え?うわあ…凄いことになってる」


その轟音に咄嗟にデティが起き上がり周りを見れば、崩れた鎧や壁を見てドン引きする。魔力も使わずただ力任せに相手を振るうだけで幾ら何でもこれは行き過ぎだろう…と。


「あ!ありがと!ネレイドさん…お陰で助かったよう、これでお化けは去ったね」


「お化け…いないんじゃ無いの?」


「…そうだった、忘れてた…じゃああの鎧はなんで動いてたんだろう」


恐怖のあまり忘れていたが…幽霊はいないんだ。ならばあの鎧はなんだったのか…。


崩れた鎧に視線を向けると、その中に入っていたのは。


「…泥?デティ…鎧の中に泥が詰まってる」


「泥?…まさか」


ピクリと眉が上がる、先程の現象と今ここに残った証拠を合わせて考えるに…思い当たる事象が一つあったからだ。そして即ちそれが意味する所は。


「────ッ!」


視線を鋭く、魔力探知を一瞬で城全体に行き渡らせる。…見える、居る。直ぐそこに。


「情けないよ、恐怖のあまり最も大切な基礎が疎かになっていたなんてね」


「…デティ?」


「ねぇ、見てるんでしょう?…降りてきなよ、それとも叩き落とされたい!?」


吠える、天井に…否、天井より垂れるシャンデリアから覗く…ニタリと笑う顔に。


『気づかれちゃったか…』


その言葉と共にそれはピョンと飛び跳ね地面に降りるなり地鳴りを響かせる、今まで隠れてデティ達を見ていた其奴はヌルリと口の端から舌を覗かせ…ゆっくりと立ち上がり、その姿を見たネレイドは思わずこう呟く。


「…カエル?」


シミだらけの顔と目つき、何よりその口元から覗く長い舌かカエルのように見えたから。でもように見えただけ…カエルじゃないよあれは。


「違う違う、私は悪来の白蛇のNo.2…牛蛙のラナだよ」


「悪来の白蛇?牛蛙のラナ?誰それ、そもそもあんた何さ、いきなり攻撃を仕掛けてきて…喧嘩売ってんの?」


「んへへへ、生意気なチビィ〜?食べちゃおうか?」


人間だ、女だ、悪来の白蛇を名乗る牛蛙のラナはゲコゲコと笑いながら二人を睨む。突如現れた女にデティはやや面倒そうに目を細め。


「賊だね、あんた」


「いきなり輩扱いなんて失敬だな、それに私達は盗賊マフィア…、山賊や海賊みたいな古き良き伝統芸能と一緒にしてほしくないな…」


「マフィア?…ハッ、それがこんなとこで何やってるわけ?」


「決まってるよねぇ、ここ…私達のアジトなのよ」


「アジト…?」


その瞬間デティは己の失念を呪う。そんなの当たり前じゃないかとラナの言葉を肯定する。


誰も近寄らない巨大な城、普段は人目につかず管理もされておらず持ち主もいない巨大な建造物…こんなにも裏社会の人間に都合のいい建築物がこの世にあるだろうか。


放棄された城や砦はこの手の真っ当な手続きで居を構えられない犯罪者達のにとって根倉になりやすい傾向がある。ならばこの城もまたそうだろう、この手の廃城が危険とされるのは崩落などの危険性以上に…こういうのが居るからだ。


「私達は悪来の白蛇、いずれ三魔人の一角を崩し新たなる魔人として名を轟かせる予定の未来の魔人…盗魔ウィーペラ様の下僕。それがこんなところで観光客にアジトを見つけられました…は箔がつかんでしょう」


「ここは、ウィリアム・テンペストさんの家だよ…貴方達のじゃない」


「ブッ!アハハハ!死んだ奴がなんだって?ならあの世にまで土地の借用書を持って行ったほうがいいかな?君達に伝言役を頼むとしようか」


「…やめた方がいいよ、今手を引けばボコボコにするだけで済ませてあげる」


「手を引かなければ?」


「地獄を見せる…」


「そっかぁ〜じゃあ…」


ポキポキとラナが拳を鳴らす、即ちそれが返答だ。死ぬのはお前達、地獄を見せるのはこちら側…そう言いたいんだろう。


身の程知らずも良いところだとデティは内心笑う。なんたってこっちにはネレイドさんがついてるもんね!それに、…ラナの使う魔術の正体もわかっている。


そうだ、あの鎧を動かしていた泥…それがラナの魔術、即ち。


「先にお前達に下見を頼もうかな!『シュランムバタリオン』ッ !!」


ラナが大地に両手をついた瞬間、ボコボコと吹き出す闇の濁流…否、吹き出したのは…泥だ。


『シュランムバタリオン』、別名を泥濘魔術。土系統の魔術の一種であり文字通り泥を生み出し自在に操ることが出来る魔術。この魔術の強みは一つ…その操作性の高さだ。


「む、泥が人型に…!」


「人喰い沼に呑まれて死になよ、大丈夫…骨も残さず完食するからさあ!」


泥が人の形をとり軍勢となってネレイドさんに襲いかかる。泥であるが故に形は問わない、如何なる形にも変わるそれは人型を取れば兵となり突き立てれば壁となる。直接的な攻撃能力は持たないものの対人戦においては絶対な効力を発揮する。


先程の鎧を動かしていたのもこれだ。甲冑の中を泥で満たし操っていた、だから幻惑魔術が効かなかったんだ、なんせ泥自体には脳みそがないんだから、脳に直接訴えかける古式幻惑魔術は効かない。


「うえ…これ、壊しても壊しても直るんだけど…」


そして崩しても意味がない。泥だからね、形を崩しても元に戻せば直ぐに動き出す。物理攻撃完全無効化型魔術…確かに近接戦を主体とするネレイドさんとの相性は悪い。


「分かるか!これが!盗魔の力!海も山も空も呑み込む大蛇の力!さぁ恐れろ!恐れろ!」


確かに強い、確かに面白い、ネレイドさんとの相性は悪い。


だが逆に、私との相性は…最悪中の最悪だけどね。


「さぁ!そこのチビから飲み込んで…」


「チビって言わないでー、はい『シュランムバタリオン』」


「……へ?」


もう一度言おう、シュランムバタリオンは泥を生み出し…泥を操る魔術だ。この手の事象操作系統魔術全般に言える話ではあるが…。


操作権は常に強力な魔術師の手に渡る。故に格上の魔術師と戦う時は事象操作系は使わないのが魔術師の基本…そして。


そこらの賊と、魔術導皇で。どっちが上か…論じる必要があるだろうか。


はっきり言いましょう、勝負になりません。


「ちょっ!?私の泥が!?言うことかな…ギムュッ!?」


押し返す、ラナが両手を使い全力で操作権を奪取しようと力を尽くす中、デティは軽く指を振るい…それだけでラナが生み出した泥は一斉にラナに反旗を翻し、濁流となってラナをあっという間にさらに不細工な泥人形に変える。


「はーい、『ヒートファランクス』」


「─────!?!?!?」


トドメとばかりに熱波を送れば、目の前の泥人形は乾いてカチカチに固まり動かなくなる。ハイ終わり、…はぁ。


「情けない、恐怖に囚われてこんな単純な魔術を前に取り乱すなんて…。一生の不覚だよ」


「お、おお…デティってさ。いつも思うけど…メチャクチャ強いよね…」


「まぁ、一応魔術導皇なのでそこらの魔術師よりは強いですけども、ネレイドさんには負けるよ」


「…そうかな、私思うけど…デティってこの旅が始まってから…一回も本気出してないよね」


「………………」


ネレイドさんの視線が降り掛かる、本気出してないか…バレてたのか。


「……ずっと思ってたけど、もしかしてデティって実は」


「そ、それより!みんなを探そうよ!…さっき魔力探知したけど外でなんかラグナがめっちゃ暴れてるっぽい!もしかしたら悪来の白蛇に襲われてるのかも!助けに行かないと!」


「……うん、そうだね」


取り敢えずラナは放置、この状態なら動けないだろう。


しかし、第四の魔人ねぇ。とてもじゃないがジャック達と同格には思えないけど…夢見すぎじゃないかなぁ。


………………………………………………………


「よっと!こいつらオートマタか!初めて見た!」


拳を振るえば、それだけで人形が弾け飛ぶ。足を振り回せば、それだけで大地が爆ぜ散る。


ラグナさんは僕に援護を頼むと言ってたけど。これ必要ないよなぁとナリアは城の前で繰り広げられる虐殺を眺める。


「オートマタって確か、術者がいなけりゃ動かないよな…」


なんて余所事を考えながらもラグナさんは次々と人形をぶちのめす。見れば襲ってくる人形は全て街の住民と同じ顔をしている。


いや違うな、これは多分…街の人達が元々人形だったのだ。だから生気が感じられなかったのだ。気味が悪いと思ってたけど…まさか人がいない街だったとは。


「死ねぇぇぇえええ!!」


「うるさい」


ペシーンッ!とラグナさんがビンタを繰り出す。今度は全く容赦のない本気のビンタだ。その衝撃は人形を突き抜け奥で僕たちを囲もうとする人形を貫き、更に視界の奥に見える森の木々を吹き飛ばすほどの威力だ。


…しかしラグナさん、本当に強いな。そう言えばラグナさん…海洋最強のジャックさんを倒したんだから、今の海洋最強の男ってラグナさんなのかな。いやそもそもレッドランペイジも倒してるから…海洋最強の存在を名乗ってもいいんじゃないか?


いやいや、下手したら海洋どころか…そのうち世界最強になってしまうんじゃ。


「…しかし弱えな、歯応えがなさすぎて眠くなるぜ。これならまだみんなと組手をしていた方が余程有意義だ」


そうこうしてる間に人形の数は明らかに目減りして地面には無数の人形の残骸が転がる。まさしく無双…一人で全てを片付け怠いとばかりに首を鳴らすラグナさんを見て呆気にとられる。


いや確かにこの人は強いけど…こんなに強かったっけ?もしかしてエンハンブレ諸島の一件でまたメチャクチャ強くなったの?


そんな風に呆然としていると、ふと…ラグナさんの目つきが険しくなる。


「それで?人形師…テメェはいつまで隠れてんだ?」


「え…」


ラグナさんが見るのは…崩れ落ちる人形の壁の向こう。他の人形のようにぎこちない動きではなく、滑らかな動きでこちらに向かってくる…女の影。


「ああ、愛らしいわ…愛、愛、愛ですね」


「テメェが大元か…」


「ええ」


蛇革のスーツに蛇革の靴、蛇柄のネクタイに蛇の刺青を顔に入れた紫髪の女がポケットに手を入れたまま人形の残骸を蹴り飛ばして現れる。もしかしてこの人が…もしかしなくてもこの人が、この人形を操っていた張本人?


「見事です、我が愛の波を全て受け切りシュランゲの街の人々を余すことなく愛し尽くすとは」


「はぁ?ってか名を名乗れよ…無礼だろうが」


「失敬、私はマレウスの裏社会をいずれ統べることとなる闇の王…、第四の魔人 盗魔ウィーペラ!」


「第四の魔人?…三魔人的な感じか?」


「その通り、そしていずれその三魔人すら凌駕し唯一の大魔人たるクユーサーの跡を継ぐ存在です、愛してくださいね?」


ウィーペラと名乗った蛇革の女の立ち姿をチラチラと見回すラグナさんは、小さく肩を竦め。


「無理だろ、お前じゃ」


「フフフフ、まぁまぁ…私の真の実力を知ってもそう言えるか、私の実力は既に三魔人に届いているのですが…」


「お前が?…どう見てもそうは見えんけど」


「んふふ、実際にここに三魔人が居れば比べようもあるのですがねぇ、こればかりはどうにも」


いや、ラグナさんは実際に三魔人と戦ってるからわかるんだと思うんだけど…。というか僕にも分かるよ、この人ジャックさんくらい強いとは思えない。


もしかして、この中で三魔人と会ったことのないの…ウィーペラだけなんじゃ。


「つまり何か?三魔人(予定)ってわけか?」


「ええそうです、我が愛は全てを飲み込む。何もかもを飲み込み肥大化しいずれ裏も表も無くし全ての世界を制するのです。その為にもアジトが今見つかるわけにはいかないのです」


「アジトってのは後ろのボロい城のことか?ありゃあ二十年も前に持ち主がいなくなって以来管理がされてない。あんなもん手に入れて悦に入ってるようじゃ天下なんざ取れないと思うが?」


「関係ありません、我が愛は…いずれ天に届くので」


すると、足元の人形を見下ろし、クスリと笑うウィーペラは…ラグナさんに指をさし。


「オートマタ…素晴らしい技術だ」


「まさかこのオートマタを使って天下を取るつもりか?無理だと思うが」


「それはそうですね、これは…ただの一般人を素材にしただけの人形だから、弱くて当然です」


「……やっぱり」


「え?…え?」


今、アイツなんて言った?…一般人を素材にした?…それって、いや…でも。その言い方じゃまるで…!


「くっ、クフフ!驚きましたか?ええそうですよ!この人形は全て人を材料にしているのです。ここに転がっているのは元々この街に住んでいた人間です!」


「……想像よりも外道だなテメェ」


「なんとでも言いなさい、人体は最高の素材なのです。骨はオートマタの骨格に、血液は燃料に、魔力動脈はそのまま埋め込めばオートマタには必要とされる費用の殆どを削減出来る。何より魂を取り出して核にすればその人間が持つ力をそのままオートマタに移すことができる。これでも私はマレウスで一番のオートマタ技師でして…私の腕があればどんな人間でも100%完璧なオートマタに出来るのです!ああ!愛の賜物!」


「そのマレウス一の技師としての実力は…どこで培ったんだ?」


「ふふふ、練習台がここに転がっているでしょう?」


そう言ってウィーペラは人形の頭を蹴って転がす。なんてことだ…つまり、この街の人達全てを…オートマタ作りの練習台にして…殺したのか…!?


じゃあここに転がってる人形も元は人間…?うっ!…


「言葉もねぇよ、テメェ…救いようがないよ」


「そうですか?ですがオートマタの体になれば実質不死身です。こうやって壊れてしまっても直せば直ぐに元通り、死なず 老いず 永遠にその力を保ったまま永久に存在し続けられる。まさしく魔女?いいえそれ以上!」


「魔女をバカにすんじゃねぇよ…!こんな体で生きてるって言えるかよ!」


「くだらない倫理観だ、捨てた方が得でしね。まぁいいんですこんな雑魚人形の事は。それより言いましたよね、人を材料にすればその人間の力をそのままにオートマタに出来ると。雑魚を人形にすれば雑魚のままですが…強い者を人形にすればそれだけで強力な人形を作り出せる。私はいずれ三魔人全員を人形にして配下にする、その為にも今は強力な手駒が必要なんです…例えば、君みたいなね」


「…………読めたよ、お前が俺達に襲いかかってきた理由が。つまりお前…俺達をその手駒にしようってんだろ?」


「察しが良くて結構。城の中に入った奴等も私の部下が確保に向かっている。いずれ囚われ私の元に運ばれてくる…君達は中々に強いみたいですしね。いい手駒になりそうです」


「………………」


ラグナさんと一緒に城を見上げる、みんなが今あの城の中で戦ってる?…ウィーペラの配下に襲われてる。…けどきっと大丈夫だ、みんなはやられたりなんかしない。


それをわかってるから、ラグナさんもその場から動かず、仁王立ちでウィーペラを睨みつける。


「一つ聞きたい、この人形は人に戻れるか?」


「んん?戻れるわけないじゃないですか。元の肉体も材料にしちゃったし、君も言ったがこの状態では生きてるとは言えない。もう元には戻せないですが…それが何か?」


「いや聞いてみただけだ、どうせ結果は分かってたしな…」


この人達はもう元には戻れない、永遠に…形や魂は残っているかもしれないが生きているわけではない。ただ生きているように動いているだけ。感情もなくただ反応するように動くそれは生きていると呼ばない。


悲しい話ではあるが、命とは不可逆なのだ。産まれた物は産まれなかった事にはできないように死んだものは死ななかった事にはできない。例え魔女でさえも。


「…俺は葬い合戦ってのが好きじゃねぇ。そいつが命を賭して戦った結果死んだのなら、俺はその死を尊重し代わりに晴らすような事はしない、俺は死者の為だけには戦わない。だが…死んだのが戦う力のない民であったなら話は別だ」


「ほう?ならどうすると」


「ゴミカスをぶっ潰して、せめてもの慰みとする。痛い思いをするのがどちらか片一方って事はありえない、お前も…こいつらが味わった分痛い目を見ろ」


「ふっ…くくく、そんな道理はあり得ない。絶対なる強者の前では!」


刹那、戦いの始まりを告げるようにウィーペラが腕を振り上げる。それと共に先手は譲るまいとラグナさんが大地を砕く踏み込みと共に一瞬の間に肉薄する。


「─────ッ !」


あとは腕を振りぬきウィーペラを殴り飛ばせば終わる…という段階に至りながらラグナさんは急遽方向転換し、咄嗟にウィーペラから距離を取るんだ。一体何が…攻撃を止めた?


いや違う、攻撃よりも回避を優先したんだ。


「クッ…フフフ、目がいいのか?勘がいいのか?どちらにせよ益々欲しくなりました…」


ニタリと笑うウィーペラの背後から手が伸びる。無数の手が伸びる…あれは、人形?


まだいたのか?というより何か様子がおかしい。あの人形…他の人形とは違う!


「なんだそりゃ…」


「言った筈ですよ、三魔人を殺すための手駒を揃えていると…、何も君が最初じゃないんです。ここで人を殺すのは…」


ズラリと背後に並ぶ十数体の人形達。明らかに他の人形よりも大きく逞しい人形や杖を持った人形、剣を携えていたり…色んな人形が並べられウィーペラを守る。


「これは私が方々で集めた愛すべき強者達。元はマレフィカルムに所属するボスだったり四ツ字冒険者だったり、一国で最強と名を馳せた使い手もいるし…中には覚醒出来る奴もいる。そしてそれらを人形に変えて作り上げた我が兵団…『無血兵団』さ」


殴られても痛みを感じず、切られても血を流さず、殺しても死なず、恐れを知らず敵を殺す冷血にして無血の兵。それがウィーペラの武器にして力。それらを誇るようにウィーペラは両手を広げ人形兵の奥へと隠れてしまう。


「くだらねぇ、何処までいっても人形芝居だろうが」


「ほざくといい、この数の強者に囲まれても大口を叩けるのなら!さぁ!愛の凶劇!『開演』です!


「ッ…!」


速い!そう僕が口を開けるよりも前に人形兵が襲いかかる。剣を振るい斧を振るう人形達、その攻撃能力の高さはまさしく圧巻。


「っと!こいつら…魔力防壁まで使えんのかよ!」


「勿論!能力は全てそのままだと言った筈!」


振り下ろされた剣が大地を抉り、振り払われた斧が斬撃を飛ばし、その全てが魔力を纏っている。ラグナさんがよくやる防壁を用いた攻撃術、それをそのまま習得しているレベルの人達が纏めて人形となって襲いかかってきてるんだ。


流石のラグナさんも力押しとは行かず回避に専念する。


「ああ!逃げないで!我が愛から逃げられると思わないでください!?酸素を必要としない人形相手に根比べでは勝てませんよ!人形覚醒!『爆裂大舞踏会』!」


「覚醒…!?」


刹那、長い髪を持った女型の人形がウィーペラの声に反応して魔力を逆流させ覚醒を行うと同時に…。


「ぅぐぉっ!?」


ラグナさんの体が爆炎に飲まれる。いきなり爆発した!?いや多分飛ばした魔力を爆発させたんだ。恐らく任意の物体を自由に爆発させられる覚醒なんだろう、ウィーペラが言ったように自由自在に覚醒も扱えるようだ。



「いてて!」


「あの爆発を受けても四肢をもげないとは!素晴らしい防御力!愛おしい!ならこちらはどうです!?人形覚醒『天手己切々舞』!」


人形が更に覚醒する、指先が刃のように変形し振り下ろされると同時に斬撃が飛び、咄嗟に回避したラグナさんの背後の城の壁に五つの線が刻まれる。斬撃系の覚醒まで…!


「チッ…覚醒者が複数人!」


「それだけじゃない!『ディバインウィップ』!」


「なっ!?」


魔術師風の人形が杖を振るえば地面から巨大な蔦が這い出てラグナさんの体を縛り上げ拘束する…、あれかなり高位の魔術だ。


剣や斧を使う人形はラグナさんと同程度の魔力防壁技術を持ち、魔術師風の人形はラグナさんの体を拘束できる程の魔術を使い、覚醒を使える人がまで…。


どうしよう、こいつ思ったより強い。


「くっはははははは!!どうですか!我が愛は!」


「お前の力じゃねぇだろ!!」


「いいや、もう私のですよ」


「ッ気に入らねぇ!」


刹那、ラグナさんが力を込めればその体を拘束する蔦がブチブチと引き千切れ、少しの空間が生まれる。その空間をするりと抜けて拘束から逃れた瞬間。


「テメェは天下取りてぇんだろ!誰よりも上に立ちてぇんだろ!」


駆け出す、それを止めようと戦士人形が迎撃に走る。乱れ飛ぶ剣と斧、しかしそれよりも速いのがラグナさんだ。放たれた斬撃を前にフラメンコのような激しいステップを踏んで全て回避すると共に。


一撃…チューバを全力で吹いたような重音を響かせる拳がただの一撃で戦士人形を纏めて爆裂させる。


「だったらテメェが強くなれ!借り物の力でデカい顔するんじゃねぇ!」


「喧しい!人形覚醒…」


「遅ッ…」


再び構える覚醒者人形、魔力が逆流しまた覚醒が起こる。それよりもやはり速いのがラグナさんだ。彼は覚醒が来ることを事前に理解していたからこそグッとバネのように足を曲げて構えると。


「…せぇっ!!」


「はぁっ!?」


跳んだ、と思った瞬間には既にウィーペラの目の前にいた。彼女を守る人形はどうしたのか?…それは。


飛んでいた、首が。


すれ違いざまに腕を振るい射線上にいる人形全員の首をネジ切ったのだ。


遠慮がない、相手が人形だからラグナさんに全く遠慮がない。これが生きた人間なら彼は無為に殺す事をしなかっただろう、だが人形ならばそうはいかない。


相手の破壊に躊躇がなくなるだけでこんなにも強くなるのか、ラグナさんは。頼もしいのと同時に恐ろしいよ僕は…!


「あの人形、全員頭にコアがあるだろ…?」


「なっ!?何故それを…!」


「昔ゴーレム使いと戦ったことがあるから…対処法は知ってんだよ!」


「ぐへぇっ!?」


ラグナさんの拳がウィーペラを捉え吹き飛ばす。彼女を守るはずの人形は既に脱力したように倒れ伏しており動く気配がない。


オートマタ、それは系統としてはゴーレムと同じラインにある技術だ。ゴーレムはコアを中心として動く、故にコアがなくなればゴーレムは動けなくなる、それはオートマタも同じ。


いくら傷つけても倒れないが、代わりにコアを取り除かれればそれだけでオートマタは動けなくなるのだ。


「そのゴーレム使いは、コアの場所を動かしたりランダムにしたり、色々工夫してた。それにそいつ自身もお前よりずっと強かった…、借り物の力でイキってるお前より、アイツのがずっと強え」


「ば、バカな。複数の覚醒者を同時に操れる私が…覚醒も使わずに負けるだと…!?」


「どうやらお前自身は大した事ないみたいだな…」


「グッ…!」


ウィーペラは首を左右に振って人形を探す。動ける人形を探す。だがいない、一人として彼女を守ろうとするものはいない。その事にようやく気がついたのか…ウィーペラの顔はゾゾゾと青ざめて。


「ま、待て!分かった!悪かった!見逃します!君達のことは!これでいいでしょう?ねぇ!」


「……まだ終わってねぇだろ」


「は?」


「今のは単純に俺が気に入らないから殴っただけ、この街の人達の分が終わってねぇ」


「ひ、ひぃぃぃ…!」


「今は亡きウィリアム・テンペストに代わり、俺がテメェを罰する…!」


「な、何をバカな事を…っは!そうだ!」


刹那、ウィーペラは天を見上げる。この状況を打破出来る何かを見つけ天を仰ぎみると共に。


「来なさい!!シュピネ!ここに敵がいる!殺しなさい!!」


「は?シュピネ?まだ誰かに守ってもらう気か?」


「あはははは!シュピネは私の組織にいる最強最愛の存在!ここにいる人形も全てシュピネが連れてきた!そんじょそこらの魔力覚醒者とは一線を画する我が悪来の白蛇最強の使い手!そいつが…今からお前達を殺す!」


「最強…?…っ!?何か来る…!」


その瞬間、城の最上階が爆裂し、絶大な光と音を放ちながらこちらに向けて降ってくる。落ちてきたのは落雷だ…しかも。


凄まじい魔力を伴いながら、ともすればラグナさんさえ倒してしまうのではないかと思えるほど強力な気配を伴いながら、落雷が僕たちの目の前に落ちる。


「っ…強えのが来たな」


「はははは!女郎蜘蛛のシュピネ!やってしまえ!」


バチバチと地面が迸る、赤熱した大地が黒煙を漂わせ、その中から現れたのは……。







「ぁ…が…!」


「この程度か…」





「へ?」


倒れ伏す、黄色と黒のドレスを着た女と…。


電撃を身に纏うエリスさんが、そこにはいた。


エリスの手によって大地に叩きつけられ白目を剥くシュピネ、悠然と立ち上がるエリスさん。それを見たウィーペラは首を傾げ…口を開く。


「しゅ…シュピネが、やられてる…?」


あの倒れてる女がシュピネ?…一体何が…。


…………………………………………………………


「魔力覚醒!『世界を織るアトラクナクア!』」


「メグさん!こいつ覚醒が使えます!引いて下さい!」


「くっ…!」


部屋の中に張り巡らされる不可視の糸。衝突するのは悪来の白蛇最強の使い手を自称する女郎蜘蛛のシュピネとエリス、そしてメグさんの三人だ。


狭い部屋の中で二人で攻め立てて居たのだが、追い詰められたシュピネが発動させたのはなんと魔力覚醒。これはまずいとメグさんに退却を促すと共にエリスも。


「魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス』!」


「ほう、魔力覚醒を使えますか…!」


「貴方の手札は見切っています!このまま決めてやりますから歯ぁ喰いしばって覚悟決めとけ!!」


ぶつかり合う魔力覚醒同士の威容。ここまで戦ってきてこいつの戦法は分かっている。


『クラウィスフィルム』…それがシュピネの武器だ。


「『クラウィスフィルム』!」


その言葉と共に奴の手から放たれるのは『魔力糸』、エリスが使う魔力縄を出す『蛇鞭戒鎖』と同系統の魔術だ。違う点があるとするなら奴の出す糸は拘束用ではなく…。


「うぉっと!危ない危ない」


軽く頭を下げて糸を回避すれば、通過点にある全てが断ち切れる。そう、奴の魔力糸は常に高速で振動しており糸鋸のように触れたものを切り裂くのだ。


奴はその糸を常に指先から複数本出しており、さながら自由に操れる斬撃を部屋中に飛ばして回る戦法を得意としている。まさしく蜘蛛の戦い方だな…いや蜘蛛は糸で物は切らんけども。


「フフフッ!貴方強いですねぇ…ウィーペラ様も貴方の体を欲する筈です」


「誰ですか!そいつは!!」


刹那、地面にしがみつき足元の絨毯を思い切り引けばその上に立っている棚やベッド、そしてシュピネがグラリとブレて上を向く。


「くっ!?」


「貴方達が誰だか知りませんがね…!!」


爆裂するような風を背に受け一気に加速し、バランスを崩したシュピネの鳩尾に狙いを定め、突き立てるのは右肘。巨大な槌を振るうようにその無防備な胴体に一撃を見舞う。


「ぐふぅっ!?」


「ここで暴れないでください!!!」


下がった頭に更にアッパーが加わる。エリスの連撃にクラリとシュピネがバランスを崩した…かと思えば。


「痛いじゃないのさ!!『ジオメトリーショット』!」


「ッ!」


バッ!と開かれたシュピネの手からまるで蜘蛛の巣のように複雑に織り込まれた糸が一気に展開されエリスに迫る。糸を出してから展開するまでが異様に速い!これも魔力覚醒の力か!


「フハハハハ!触れれば八つ裂きになる魔力糸による蜘蛛の巣です!一口サイズにカットしてあげましょう!」


「………!」


確かにこのままだとエリスはずいぶん小さくなってしまうだろう。だが…関係ない、ミーニャさんの作ってくれたこの籠手ならば。


黄金の籠手で糸をつかめばギャリギャリと音はするものの切れる気配ない。


「なぁッ!?私の糸を…!」


「面倒です!一気にやりますよ!」


糸を掴んだままグルグル体ごと回転し糸を巻き巻き、籠手に蜘蛛の巣を巻き付けるように全身を回転させ、その全てを回収すると同時に。


「ほい!返します!」


「ぐびゅひゅっ!?」


その回転を生かして蜘蛛の巣のグローブでシュピネの顔面を殴り飛ばす。


するとそのままシュピネが吹き飛び、後ろの扉を括って階段を転げ落ちていく。ここにはメグさんのお父さんとお母さんが眠っているんです、ギャーギャー騒ぎたいなら他所でやれ…!


「一番暴れてるのはエリス様な気が…」


「メグさん!エリスはシュピネをボコってきますので少々お待ちを!」


「あ、はい…」


あんな奴でも魔力覚醒しているんだ、危険度はそこらのゴロツキとは比較にならない。それより下手に暴れられるとこの城が崩されかねない。


それだけは許すわけにはいかないのだ、ここはメグさんの両親の墓標であり彼女にとって大切な場所なのだから。そこでバカやろうとしているアイツをこのまま叩きのめしてやる。


そう敵意を滲ませながらエリスは一気に階段を駆け下り…。


「ッ…これは」


立ち止まる、階段のど真ん中で。…まずったかもしれない。


「クッ…フフフフ…いつもと同じ、そう…いつもと同じです」


階段の下でゆらりとシュピネが起き上がる。その手からは無数の糸が吹き出て…壁に張り付いている。


そう、目視では殆ど確認できないが、…今この階段にはあの糸が張り巡らされている。吹き飛ばされた拍子に受け身も取らずに両壁に糸を貼り付けていたんだ。


こいつ、まさかエリスをここに誘い出すために態と…。


「貴方のような力任せな魔力覚醒者を…私は既に五人も殺しています。私の魔術によって絡め取られた者は最早戦うことも逃げ出すことも不可能…、『ここ』で私と戦ったのが間違いでしたね」


ここは…シュピネにとって絶好の場所だ。屋内という限られた空間は糸を張り巡らせるのに最適、故にここはシュピネの独壇場となる。


なるほど、その五人の覚醒者もこんな風に自分が優勢に立ったと勘違いして奴の張った蜘蛛の巣に絡め取られたんだろう。


チラリと鼻先に張られた糸を見る。魔力で出来ているから肉眼では確認出来ないが、魔視眼で見れば一目瞭然。とてもじゃないがすり抜けられないくらいビッシリそこら中に糸が張られている。


しかもこれ…振動してる。


「気がつきましたか、私の魔力覚醒『世界を織るアトラクナクア』は私が作り出した糸に私と同じ特性を与える概念抽出型覚醒、私が触れずとも常に魔力が補給され、常に振動を続ける…触れれば肉如き簡単に断ち切れますので」


「なら…」


「ああっと!魔術をぶっ放して解決しようとしないほうがいいですよ?先程も言いましたがその糸は私と同じ特性を持っている、つまり私と同程度の魔力防壁を常に纏っているのです。一本ならまだしも…これだけの数の糸を一気に引きちぎれる程強力な魔術を貴方はお持ちで?まぁ持ってたとしてもそんなもの撃てばこの城が崩れますがねぇ」


「チッ、よく喋る口です…!」


つまり近づくないってことじゃないか。確かにこの糸…魔力防壁を纏ってる、一本くらいなら火雷招で引きちぎれるかもしれないが、仮にも覚醒を習得しているレベルのやつの防壁だ、それが数百本も束になれば、幾ら古式魔術でも貫通は不可能。


参ったな、後ろに引くか?と思い背後を見れば…既にそちらにも糸が回されている。


「クフフ、逃げ場は…ありませぇん」


こいつ…!


「さて、このまま嬲り殺しにしてあげましょう。心臓と体の魔力動脈さえ無事ならそれでいいんです…たとえ体をバラバラにしてもね『クラウィスフィルム』」


指一本動かせないエリスに向けて…ゆっくりとシュピネの糸が向かってくる。抵抗も出来ない、少しでも動けばエリスの体は引き裂かれる。


そうこうしてる間にもエリスの体はシュピネの糸で雁字搦めにされ身動きを縛られ…引き寄せられる。


「くっ!?」


「さぁこっちに来なさい、じわじわと切ってあげます。どこまで糸が通れば死ぬのか…よぉく観察させて?」


思い切り踏ん張って耐える、だがその間にもじわじわと糸はエリスの体を前へ前へと引っ張り、エリスの鼻先に糸が食い込み切り裂いていく。このまま行けばシュピネのところにたどり着く頃にはエリスの体は一口サイズにカットされてるだろう。


けど…悪手をとりましたね、シュピネ…!


「…フッ、甘いですよ、シュピネ」


「んん?どんな類の強がり?」


「今日はもうこれが終わったら寝る予定なんです、だから…別にここで使っても構わないですよね…!」


一日一回だけ使えるエリスの切り札、今なら遠慮なく切れる。そうさ、糸でエリスを拘束した時点で…負けるのはお前で確定してるんだ!


「双起覚醒…!『ボアネルゲ・デュナミス』!」


「なっ…!?」


双起覚醒…エリスの中に眠る審判のシンの記憶を元に再現される『アヴェンジャー・ボアネルゲ』を更に同時に発動させる。この瞬間からエリスの体はシンと同じ力を宿す。


…圧倒的な魔力を持ちながら雷電属性のみを使い続け極め抜いたシンの体は魔力変換現象によって常に体外に排出される魔力が電撃に変換されていた。常に電気を帯びていたのだ。その力をエリスが宿すということはどういうことか、つまり。


「まずい…!」


咄嗟にシュピネが糸を離そうとエリスの体を振りほどこうとするが、逆にそれを掴み上げ逃すまいと糸を掴んで力を込める。


そう、電気というのは流れる物なのだ、例え魔力の糸であっても電気の通る道はある。即ち、エリスとシュピネの間にある糸は今…電線となったのだ。


「甘いと言ったはずだ!!『若雷招』ッッ!!」


「し、しまっッッ!!?!?ぎぃぃっっ!!??」


バリバリと音を立ててエリスから流れた電流がシュピネに流れ、火花をあげながらシュピネが叫ぶ、光と共に体が透けて骨が見える程の電流に焼き尽くされるシュピネはガタガタと震え…。


「か…はぁ…」


もうもうと口から黒い煙を上げてアフロになったシュピネの体から魔力覚醒の輝きが消える。つまり壁に張り巡らされた糸は切断能力を失った…なら、このまま突っ切れる!


「シュピネぇぇぇええええ!!!」


「ご…ぁ…く、来る…な…!」


ブチブチと電気で糸を焼き切り猛ダッシュ、感電して動けないシュピネに向けて全力で拳を振るいながら体を電流に変換しながら雷速の一拳を叩き込み…、


「粛清だ!死んで詫びろォッ!!」


「こぶぁぁっ!?」


シュピネの顔面を掴みながら雷流となって一気に突っ込み向こうの壁を叩き割りながら外まで誘拐し、城の最上階から突き出ると共にそのまま叩きつけるように地面に向けて飛来する。


まさしく落雷の一撃、シュピネに反応の隙さえ与えることなく地面にクレーターを作りながら…エリスは立ち上がる。


「ぁ…が…!」


「この程度か…」


終わりか、何が最強の使い手だ。この程度で一つの組織で最強を名乗るなんて…組織その物の格も知れるってもんだ。


「しゅ、シュピネがやられた!?」


「あ?」


チラリと周りを見れば、エリスは城の外まで落ちてきていたことに気がつく。周りには木々…そして謎の人形の残骸と、なんかエリスのことを見て怖がってる蛇革スーツの女…そして。


「あれ?ラグナ?」


「エリス?お前何やって…」


「あ、なんかチンピラが喧嘩売ってきたんでぶっ潰してました」


ラグナ達がいる。何やってるはこっちのセリフなんですけど、肝試ししてたんじゃなかったのかな。


というかこれはどういう状況…ん?この落ちてる人形の顔。確かシュランゲの街の住民と同じ顔?…まさか。


「貴様ァッ!!この街の人達を人形に変えたのか!!」


「ヒィッ!?なんだお前ぇっ!?」


「剰え人形に変えた上にバラバラにしたのか!!!」


「そ、それは私じゃないぃ〜!」


「言い訳を吐かすなぁ!粛清してやるぅっ!!」


「神さま助けてぇ〜!!」


胸ぐらを掴み上げブンブン振り回す。こいつが誰かは知らないがどうせシュピネの仲間だろ、さっき名前呼んでたし、なら容赦する必要はない。このまま頭から地面に突き出して街の人達の墓標にしてやるっ!!


「…ま、頼みの綱のシュピネはやられたみたいだな?ウィーペラ」


「ひ、ひぐ…どういう事なんだ、なんなんだお前達…」


「取り敢えずエリス、ステイ」


「はい」


ラグナが言うなら…。


ともかく、なんかよく分からないうちに事件に巻き込まれたエリス達はよく分からないうちになんか組織をぶっ潰していたようです。


……………………………………………………


「で、この外道…どうしてくれようか」


「ひ…ひぃ…」


それから、ラグナ達から話を聞いたエリスはそのままウィーペラを縛り上げて木にくくりつける。聞いた話ではこいつ…シュピネと結託して街の人達を実験台にしてオートマタ作りをしていたようです。


酷い話だ、許せない。しかもそれで目指していたのが三魔人の座?くだらない。


「何が三魔人ですか、その程度の強さでよくほざけましたね。そんなに弱くて恥ずかしくないんですか?エリスなら恥ずかしくて表歩けないですけど。寧ろ可哀想ですよ、エリス貴方が可哀想になってきました、まぁ同情はしませんけどね。全部弱い貴方が悪いわけですし」


「エリス、言いすぎだ」


ラグナは腕を組みながら静かに怒る。エリスに対してではない、ウィーペラの所業に対してだ。こいつは言ってみれば街一つ滅してるようなものだ、罪なき人々を襲い人形に変えて殺した。


最早情状酌量の余地もない。エリスが裁判官なら一撃で死刑です。それもエリスが思いつく限りの方法で苦しめてから極刑を与えた後墓標に落書きしてやります。


それに何より…この街は。


「…………」


「ん?どうしたエリス、急に落ち込んで」


「…いえ、後で言います」


「……?」


今ラグナに言う気にはなれない、この街がメグさんの故郷であったことを。つまりこの人形達は…メグさんのことを知っていたかもしれない人達なんだ、謂わば友達の故郷の人間を皆殺しにされたに等しい。


エリスでさえこんなに許せないんだ、ラグナに言ったらその瞬間ラグナはこいつの頭を叩き割ってそれをでジャムを作るかもしれない。だから言えない。


「…まぁいい、それよりこいつは捨て置けない。直ぐにマレウス王政府に掛け合って監獄に叩き込んでもらおうか」


「…き、ききき…マレウス王政府ぅ?」


「あんだよ、腹立つ笑い方するんじゃねぇよ」


するとウィーペラは何かくつくつと笑い始めるのだ。滑稽と言わんばかりに。


「ああ、好きにするといいですよ。監獄なり何なり入れるといい。私は構いません」


「……まさかお前、あるのか?監獄にコネが」


「クックックッ…、法で裁かれるのは二流まで。生憎私は愛された一流なので…居るんですよ、マレウスの要人に口利き出来る知り合いが、彼の名前を出せば看守も看守長も私を檻の中に入れておこうとは思わないでしょう!!」


「そんな、酷いですよ!こんなに殺しておいて…!」


あはははははは!とげたげたと笑い始める。なるほど、どこまでも悪党だな…例え檻に入れられてもすぐに出てこれる、だから捕まって問題ない、か。


「どうしますか?ラグナ」


「……こいつを自由にしておいたら、割りを食うのは国民だ。例え他国とは言え無辜の民が殺されるのを黙って見てられない…」


「ならどうする?私を殺しますか?」


「テメェなんぞに殺しの童貞くれてやるのも癪だな…」


さて、どうしたものかと首を傾げていると…。


「エリス様、終わりましたか?」


そう言ってメグさんが背後に時界門を作ってエリス達の元にやってくる。それにいの一番に反応したのはエリスでもラグナでもナリアさんでもなく…。


「ゲェッ!?マーガレット!?」


「あ、メグさ…あ?なんであんたが反応するんですか?」


ウィーペラがダラダラと滝のように冷や汗を流し、カタカタと奥歯を鳴らしてメグさんを見る。…って言うかこいつ今マーガレットって言ったな、確かその名前は。


「な、なんですか!なんですか!?私の事を殺しに来たの!?ジズに言われて私を殺しに来たの!?やめろォッ!死にたくない…死にたくないぃ!!」


「あら?あなた何処かで見たことありますね…、ええっと…ウィー…ウィー…ウィ〜〜!」


「ウィーペラです」


「ああ!ウィーペラ!貴方…こんなところで何やってるんですか!」


メグさんはウィーペラを指差して叫ぶ。やはり知り合いだったか?


「知り合いでしたか?」


「んー、知り合いというよりは…」


するとメグさんは徐にウィーペラに近づき、恐怖に歪んだ顔を一瞥すると、そのまま。


拳を振るい鋭い一撃で頬を射抜き、ウィーペラの口から血が弾け地面にポタポタと垂れる。


「こいつ、ジズの部下ですよ、なので私の仇の一人です」


「ジズの部下?でもこいつ…」


「ぅぐぅ…違う、もう部下じゃない…」


「おや?ですが貴方は確かにジズの下に…ああ、クビになったんですね」


「…ああ、ジズの後継者としての『影』が育ってきたから、私はもう…用済みだと」


メグさんが語るに、ジズがかつてギャングファミリーとしての『暗殺一家ハーシェル家』を率いていた頃のメンバーがこのウィーペラなのだとか。ジズが子供をさらって自らの手駒とし始めたのが二〜三十年前から、その間…つまり子供が育つ前のハーシェル家の事だ。


当時のウィーペラはジズ御付きの部下としてよくメグ…マーガレットと顔を合わせていたという。昔はジズに重用されてそれなりの地位にいたそうだが、子供たちが育ちきると一転、ウィーペラは用済みだからとジズの組織を叩き出されたそうだ。


「奴に愛はない、あれだけ愛してあげたのに!何十年も忠誠を誓ってきたのに!…もっと優秀な手駒が出来たからお前は不要だと!嗚呼!私の愛は何処へ!」


「アイツはそういう男です、そもそも誰も必要としていないんですから…尽くしても従っても邪魔になったら排除する。寧ろ殺されなかったのは彼なりの温情かもしれませんよ」


「いやどうですかね…、また必要になる可能性を考慮して生かしてただけでしょう…、もう道具扱いはごめんです、奴の空魔の座は私が頂く!その為に戦力を集めてきた……なのに」


「ふむ、なるほど。そういう事でしたか」


なるほど、三魔人になるというのは即ちジズを殺すという意味だったのか。エリスとしては今絶賛ジズに対する敵意上昇中なので共感できる話ではありますが。


「そうだ!マーガレット!」


「メグです、メグ・ジャバウォック。私はもうハーシェルではありません」


「私と組もう!お前もジズに散々甚振られてたでしょう!?あそこに連れてこられていたということはお前も親を殺されたんだろう!?私と組んでジズに復讐しよう!ね?」


「…………」


目的は一致している。利害も一致している。組む条件は揃ってる…けど、足元に転がるこの人形は…。


チラリとメグさんを見ると、彼女は顎に手を当ててウンウン唸り…。


「そうですね、どうしましょうか…」


悩んでいる…。それを見たウィーペラはあと一押しといった様子で頼み込む。


「いいでしょ!?ジズがどれだけ強いかはお前だってわかってるはずです!真っ向から戦っても絶対に勝てない、あの人は無敵だ…伊達に半世紀近く裏社会の頂点に立ってない。だから私と組め、お前と私が組めばきっとジズも殺せる!」


「……ではいくつか聞きたいのですが」


「なんですか!?」


「まず、貴方以外の旧ハーシェル家メンバーはどこに行ったのです?」


「え?私の以外の?…アイツらはみんな魔女排斥組織を自分で打ち立てたり他の八大同盟の傘下に入ったりして軒並みマレフィカルムに飲み込まれたよ。まぁどうせ生きてないだろう。所詮アイツらはジズの仕事のサポート役だ、真っ当な実力を持った奴はいないからね」


「なら全員…?」


「……いや、多分リアは残ってると思う。アイツはジズの『子育て』に必須だからな」


「なるほど、やはり彼女は残ってますか…。後はジズの本拠地の場所は?」


「分かるわけねぇだろ、お前だってあの館の異常さは知ってるだろ」


「聞いてみただけです、では最後に…」


するとメグさんは静かに指をさす。街の方を。


「何故、この街を選んだのですか?」


「この街?…それはジズから貰ったからです。組織を追い出される時にここを好きにしていいって、人払いの偽情報は流してあるから自由にできるって。その時は喜んけど…こりゃ事実上の手切れ金、また必要になった時私の所在を探す手間を省くために家を用意したに過ぎない」


「なるほど…それもジズの仕業でしたか」


絶句する、ジズという男はどこまですれば気が済むんだ。両親を殺したばかりか、メグさんの人生を踏みにじったばかりか、故郷の街を滅ぼすようウィーペラを差し向けるなんて。


メグさんから全てを奪わないと気が済まないのか…!


「分かりました、では手を組むという話ですが」


「え?ええ、どうですか?私なら貴方を愛して──」


刹那、口を開こうとしたウィーペラの顔面にメグさんの拳が突き刺さる。今度は槍を突き刺すような…縛り付けた木がへし折れるほどの勢いで殴り抜く。


「が…ばぁ…、なん…で…」


「…組むわけないでしょ、貴方みたいな殺しをなんとも思わない人間と」


「何…綺麗事、言って…」


「貴方はマレウスの刑務所には送りません、アド・アストラに頼んでプルトンディースに送ってもらいます。そして一生をそこで過ごしなさい」


「ぐ…くそ…!」


鼻血を垂らして諦めたように項垂れるウィーペラ。組むわけがない、お前のようなクズとメグさんが。例えジズに一矢報いいるという目的が同一であれ、その過程と心持ちが違いすぎるんだよ。


「さて、皆さんお疲れ様でした」


「お、おう。肝試しどころじゃなくなっちまったがな」


「なんか、凄いことになっちゃいましたね…」


「…………」


手を叩いて一息つくメグさんを見ていると、なんか居た堪れない。ほんとは遣る瀬無くて泣きたくて堪らないだろうに。気丈過ぎるよ、貴方は。


すると…。


『おーい!お前らー!』


「あ、アマルトさん達だ」


城の方から残りのメンバーが走ってくる。みんなも異常を察知したのか、やや焦った様子で外に出れば。その様子を見て『やっぱり』と顔を歪める。


「ってやっぱり戦闘があったか」


「ああ、こっちも大変だったけど、みんなは?」


「こっちも大変だったんだよ!なんかカエル女に襲われたし!」


「カエル女…ラナも負けたのか…」


「で?何その木にくくりつけられてる人、あとなんかそこでローストになって倒れてる人もいるし」


駆け寄ってきたみんなもまた城の中で戦闘をしていたらしい。そこで城の中で合流して騒ぎの根源である城の外に向かい、こうして合流してきたと言う。


そんな彼らにエリス達は分かっていることを一つ一つ説明する。ラグナの言う通りみんな肝試しどころではなかったな。


「やはりオートマタを操る者がいたか」


「こっちも大変だったぜ?いきなり城の中でオートマタに追いかけられてさ、殺されるとこだったぜ」


「なんと…、こいつ城の中にもオートマタを入り込ませてたのか…」


そう言ってラグナがウィーペラを睨むと、顔を下げたままウィーペラがブツブツと、


「フッ、あれもか…やはり試みは失敗か、所詮はコピー品…完全なる再現は出来ないか…」


と、何かを言っているのを耳にするが、結局何を言っているのかは分からなかった。


「俺ぁてっきりあの城で居なくなった発狂したウィリアム・テンペストの御息女かと思ったぜ」


「ああ、アマルト様。それ私です」


「いやどういう状況だよ…!」


「メグにはとても似ても似つかなかったぞ!」


「えへへ!」


「あー、ともあれ今日はもう帰ろうぜ…ウィーペラに関しても取り敢えず一晩ここに置いておいてさ、もう遅いし俺寝たい」


「今から肝試し続行というわけにはいきませんもんね」


「確かにな、なんかよく分からんが取り敢えず今日は私も寝たいな。夜更かしは肌に悪いんだ」


敵が倒れ、みんなが集まったら急に解決ムードが漂ってしまった。考えてみればエリスもちょっと疲れてしまった。今からもう一回肝試しをする度胸も体力もない。


ウィーペラはこのまま放置でいいだろ、シュピネも縛ってその辺に放置でよし。帰ろう…。


「はぁー帰ろ帰ろ」


「でもなんだかんだで楽しかったね〜」


「そうか…?」


「あ!おい!待ちなさいお前達!?私をここに放置するな!夜だぞ!?森だぞ!?獣が出たらどうする!?」


「人形に助けてもらえ〜」


「そんな!?」


みんなでゾロゾロと歩き、城から遠ざかり馬車に帰ろうと動き始めた…その時だった。


「お待ちください皆様!」


「え?どうした?メグ」


ふと、メグさんが深刻そうな顔をしてエリス達を呼び止める。まだ何かあるのか?それともまだやりたいことが?…どの道エリスはもう疲れたので帰りたいのですが…。


気怠げにみんなで振り向いてメグさんの話に耳を傾けると…。


「そういえば皆様、メダルは?」


「メダル?…ああこれ?」


メダルとは、つまりメグさんが所定の場所に置いて来いと命じたあれだ。当然ながらこんな状況だからみんな所定の場所になんか置けるはずもなく、全員がメダルを全て所持しているとメグさんの前にメダルを出すと彼女は『まぁ!』と両手で口元を押さえ仰々しく驚いた仕草を見せる。


「まぁ!まぁまぁ!なんてことでしょうか!まさか全員…ズルをするなんて!」


「いやズルって、そんな状況じゃなかっただろ」


「うん…みんな、大変だったし…」


「それどころじゃなかったもーん!」


「シャラップ!…ズルはズルなので、有言実行…罰を受けてもらいます」


「は?罰?」


んん?とラグナがメグさんの言葉を思い出すように視線を受けに上げた瞬間…全員が思い出す。彼女がこの肝試しの前に言っていたことを。


…え?まさかやるの!?本気で!?あれ本当だったの!?ちょっとそれはシャレにならな…。


「ま、待てってメグ!」


「問答無用!全員まとめて!『時界門』!」


「ちょっ─────」


刹那開く、足元に巨大な時界門。行き先は決まってる…最初に言っていた。


あの場所へ、全員が……って!もう!メグさんバカじゃないですか!?!?!?


……………………………………………………………………




波の音を聞く、皆が寝静まった後。甲板の上からエンハンブレ諸島の海洋を眺め、今日も月見酒に耽るジャックは酒瓶を仰ぎながら輝く月の光を見つめ、独り笑う。


「ラグナ達が出て行ってから…もう結構経ったな…」


キングメルビレイ号から相棒が去ってからもう何週間か。ラグナと一緒にいた日々を思い出せばなんだか寂しくて涙が溢れそうになる。


別れてから気づく、俺…あいつのこと結構好きだったんだなぁ。


「ラグナ達、今頃元気でやってるかな…」


今頃マレウスの陸地を駆けて冒険してる頃だろう。兄弟に負けないように俺も頑張らないとな…と決意を新たにした瞬間。


「─────っ!?なんだ!」


突如、食堂の方からドタドタと音がする。今の時間帯は食堂には誰もいないはず、と言うか全員寝てるはず。しかし何かが倒れたにしては音が大きすぎる…!


なんかいるのか!?そう静かに警戒つつカトラスを抜き放ち、食堂に通じる扉を睨むと…その警戒に答えるように扉がゆっくりと開かれ…。


「……は?」


「……悪い、ジャック」


中から、ラグナ達が出てきた。……飲みすぎたかな。


「ご、ごめんなさいジャックさん夜中に!すぐに帰るんで!」


「マジでキングメルビレイ号に送られてるよ俺たち…」


「はぁ〜……冗談が過ぎるぞメグ」


「メグさん!早いところ時界門作って!ほら!早く!」


「ちょっ、エリス様!息出来ません!」


青い顔をしてピクピクと目元を痙攣させるアマルト、申し訳無さそうに涙目で何度も謝るナリア、頭を抱えるメルクに呆然とするデティとネレイド。そしてメグにヘッドロックを決めてギリギリと締め付けるエリスの姿が見える。


…酔ってるのか?なんでこいつらここにいるんだ…?


「あー…その、なんだ…うん。え?マジのやつ?」


「…はぁ、悪い…本当に」


本気で頭を下げるラグナを見て察する、なるほど。マジのやつか。


……マジでこいつら、色々めちゃくちゃだな。


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