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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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431.魔女の弟子と毒蛇の舌舐めずり



「さて、夜も更けて参りました。夜の闇はこの世ならざる者を招き寄せ、人の恐怖を糧にして…今宵、闇の宴が…!!」


「メグさん、声大きいです」


一人、はしゃぎ回るメグさんに自制を促す。なんたってもう夜ですからね。


北部カレイドスコープ領を目の前に控える蛇の街シュランゲに伝わる怪しい伝説、その出どころとなったこの巨大な石城にて、肝試しをしましょうと提案し出したメグさんによってエリス達は今夜この城に忍び込むこととなった。


一応調べてみたところ、今この城は誰の持ち物でもなく、遺跡と殆ど同じ扱いを受けているようなので入る事自体は問題ではないようだ。


「肝試しかぁ、俺初めてだなぁ、アマルトは?」


「俺?…俺は昔一回だけ似たようなのをやったことあるな、ヴィスペルティリオの収穫祭でさぁ、お化けに仮装した奴らがなんか見世物やっててさぁ」



「おっきなお城…立派だね」


「ああ、所々に蛇の彫刻が為されている、美しい城だ」


「ですねぇ、これ何百年も前のお城なんですよね。う〜ん…五十点!…五十点満点中」



「………………」


「ん?デティ、もう泣かないんですか?」


「え?、あ…うん、怖いけど…まぁいいかなって」


既に石城を前にして準備万全、とりあえず今からエリス達はこのお城を探索するようなのだが、うーん。


…バッチリだな。夜…暗闇は人を自然と恐怖させる、そこに加えて恐怖を煽るバッグボーンと二十年に渡って管理されていない城という最高のステージ。これ以上恐怖を煽るのに適切な場所があるだろうか、いや多分ない。


エリスもちょっと怖いなって感じてしまうくらいなんですから。


「ではルールの説明を致しますね」


すると、この肝試しの発起人たるメグさんが軽く手を掲げながらルールの説明をするという。肝試しを楽しむためにもルールの確認は必要だろうとそちらの言葉に傾聴する。


「まず二人一組に分かれてチームを組み、それぞれが時間差でこのお城に入ります。そしてこの城の中を探索して『厨房』『玉座の間』『領主の寝室』そして最上階にある『宝物庫』をそれぞれ巡ってこのメダルを置いてくる、この四つのポイントはどのような順番で巡っていただいても構いません」


「う、結構回るな」


「はい、ちなみにこのメダル。私の時空魔術で所在を確認出来るようにしてあるのでズルしても分かりますからね。ズルしたら…」


「ズルしたら?」


「時界門でキングメルビレイ号に送り返します」


「ジャックに迷惑かけるなよ!」


「組み分けはこちらに用意しましたくじ引きを使いましょう!さあさあ自由に好きなのを引いてください、同じ色が出た方同士が組みですよ」


ズイと押し付けられるコップに差し込まれた八本の棒、それを遠慮なく引いていくと…棒の先にそれぞれ色がつけられていた。


くじ引きによる組み分け…その結果は。


「うぅ〜よかったぁ〜ネレイドさんでよかった〜、服の中に隠れてていい〜?」


「いいよ、よろしくね、デティ」


ネレイドさん&デティコンビ。その組み分けが決まった瞬間デティはいそいそとネレイドさんの上着の裏に隠れていってしまう。虫か何かですか…。


「僕とラグナさんですね、よろしくお願いしますラグナさん」


「おう、やるなら最速目指そうぜ!ナリア!」


「はいっ!」


ラグナ&ナリアさんコンビ。あまり幽霊を怖がっていないナリアさんとそもそもあんまり怖がること自体しないラグナのコンビは目の前の肝試しを前に寧ろ楽しそうだ。


「俺とメルクか…」


「む、なんだ。なんか文句でもあるのか?アマルト」


「いやお前絶対怖がらないじゃん」


「まぁな、お前は?」


「俺怖いの苦手ぇ…」


アマルトさんとメルクさんのコンビ。そういえばこの二人が一緒にいるところはあまり見たことないな。仲が悪いことはないが何だかんだ二人とも一緒に行動することが少ないコンビだ。


そして、エリスが引いた色を確認しつつ、残った相手を確認する。まぁ言うまでもなく。


「よろしくお願いしますね、エリス様」


「はい、メグさん」


メグさんだ。ん?この棒…よく見たらなんか番号が振ってあるな。…二番?なんだこれ。


「では同じく棒の先に刻まれた順番で城に入ってくださいね」


ああ、入場順か。と言うかこんな棒いつのまに用意してたんだ。ともあれ二番と言うことはエリス達は二番目の入場ということだ。そして一番は。


「ん、…私とデティが一番だね…」


「エェーッ!?」


「じゃあ行こっか」


「ヒィーン!怖いよー!」


悲しいかな、ネレイドさんにくっついているせいで抵抗が出来ず。何故か妙に乗り気なネレイドさんに連れられて石の城の中、その闇へと消えていくネレイドさんの大きな背中を見送り一息つく。


しかし、本当におどろおどろしい城だなぁ。建物というのは人が住まなくなっただけで急激に朽ちる物だ。もう二十年近く人が住んでいないというのだから…中身はきっと惨憺たるものなんだろうな。


「エリス様エリス様?」


「ん?なんです?」


ふと、メグさんが寄ってくる。肩を寄せ合い耳元に口を近づける異様な距離感でメグさんは声を囁き。


「エリス様はこういう怖いのって苦手ですか?」


「別に苦手じゃありませんよ、むしろワクワクします」


「おや、幽霊とか平気な感じですか?」


「昔は怖かったですが、シリウスを見てからは特に何も」


「シリウス?ああ…あれも幽霊みたいなものでしたね」


その通り、師匠が言っていた。死んだ魂は魔力として世界に溶け幽世と言う世界へと向かうのだと言う。幽世の誘惑に逆らえる魂は存在しない、史上最強のシリウスでさえ幽世の入り口で踏ん張るのが精一杯なんだ。


それなのにそこら辺に幽霊だなんだが居るわけがない、と言う理屈を教えられてからは幽霊とか亡霊とかそう言うのは怖くなくなった。


しかし、幽霊か…。


(死者の魂は幽世に行くって言ってたけど。幽世って…どこにあるんだろう)


師匠はシリウスの魂はこの世に留まっていると言っていた。つまりあの幽世の入り口が見える空間はこの世のどこかと言うことになる。つまり此の世と幽世は地繋がりで通じていることになる。


死んだ魂が向かう場所…幽世、以前チラリと中を垣間見たことがあったけど。どう言う場所なんだろう。


「私、幽霊とか苦手でございます」


「嘘でございましょう?」


「あら、なんでバレたのですか?」


「メグさん本当に苦手な物はバラさないじゃないですか。ゴキブリとか」


「そ、その名前はストレートに出さないでくださいますか?」


メグさんはこれで意地っ張りだ。本当に苦手な物や本心はあまり口にはしない。そもそもこの人幽霊とか怖がらないだろ。


『ぎえーーーーーーーーー!!!』


「あ、デティの悲鳴だ」


「ふむ、そろそろ時間ですね。我々も向かいますか、エリス様」


「いやデティの悲鳴については無視なんですね…」


「今のデティ様は石が転がっても絶叫しますし」


それはそうだが…。なんて言う暇もなくエリスはメグさんに手を引かれてシュランゲの石城の中へと引っ張り込まれていく。


元々ここには木製の巨大な門があったんだろう。だが既にそれは朽ち果て門としての役割を果たすことなく倒壊しており、代わりに蔦が蔓延り誰でも入れるようになっている。


そんな蔦と雑草だらけの入り口を超えて、中に入れば…真っ暗な城内へと視界が移る。なんとも禍々しい。


「暗いですね」


「灯りを用意しましょう」


そう言うなりメグさんはどこからか蝋燭を取り出し視界を確保する。そうして見えてくるのは…ボロボロに朽ちた赤い絨毯と崩れた石柱、埃や塵で汚れた地面と、逆に喧しくも感じるほどの静寂だ。


…埃臭い。


「うふふ、二人っきりですね。エリス様」


「そうですね、なんか久しぶりですねメグさんと二人っきりになるの」


「そうでございますね、ロストアーツ事件を解決する為に奔走していた時以来でしょうか」


「エリス的には帝国での一件を思い出します」


「なるほど、ふふふ。あの時はエリス様とこんなに仲良くなれるとは思ってもみませんでしたよ」


「第一印象は最悪でしたもんね」


二人で談笑しながら取り上げず廊下を歩く、厨房に行くか玉座に行くか或いは領主の寝室に行くか。場所が分からないから取り敢えず隅々まで探索しないとなぁ…。


あ、そうだ。


「ねぇメグさん」


「なんでございますか?」


「メグさんってこのお城の下調べとかしたんですか?」


「いいえ?なんでですか?」


「そうだったんですね、そういえば今日は一日エリス達と一緒にいましたもんね。なら以前この街に来たことがあるとか?」


「……いいえ?」


メグさんの顔色が変わる、…エリスとメグさんは付き合いが長いもんね、なら分かりますよね、エリスがこうやって質問を繰り返す時、エリスが何をしようとしているかを。


「エリス様、何が言いたいんですか?」


「いえ、ただ気になっただけですよ」


「……何がです?」


「下調べもしてない、この街に来たこともない、なのに…なんで城の間取りを知ってるんですか?」


「…………」


「メグさんが指定したスポットは厨房や領主の寝室、玉座の間…ここまでなら分かります。けどなんで『この城の最上階に宝物庫がある』って知ってたんですか?」


メグさんは態々この城の最上階に宝物庫があると言った。宝物庫なんて何処にあるか分かりっこないのに、何故最上階と限定したのか。


そこが気になるんだ、なんで知っているんですかと。


「そもそもいきなり肝試しを提案したのも、この街に来てからずっと無口なのも、気になっていました。メグさん…貴方何か隠してますね?」


「まさか、そんなことあるわけないですよ」


「そうですか?エリスはてっきり聞いて欲しいのかと思いました。だってさっきのくじ引きイカサマでしたよね?メグさんの時界門があればそのくらいのイカサマ出来ますし、こうしてエリスと二人っきりでこの話をしたかったから…この状況を作ったのかと思ってましたが?」


「…………フッ」


ニコッと微笑むメグさん、すると彼女は決心したのか徐に口を開いて大人しく告白を…。


「それっ!」


「え!?ちょっ!?」


…する事はなく、何故か一瞬で態勢を切り替え凄まじい速度でダッシュをし、城の奥へと消えていってしまった、何考えてるんだあの人は…!くそっ!追いかけるか!


「ちょっと待ってくださいよー!メグさーん!!」


………………………………………………………………


それから数分後、メグエリスペアが入り、しばらくしてから城に入ったアマルトとメルクリウスは前の組みのようにランタンを持って石城の内部の探索を行っていた…のだが。


「あーくそ、無駄に広いなこの城…」


「そ、そうだな」


「迷っちったよ。俺こんなところで何やってんだろ…」


「そ、そうだな」


迷っていた、まずは厨房を見つける為色々と歩き回っていたのだが…ただでさえ暗い上城の内部が原型を留めていなかった為直ぐに道に迷ってしまった。


帰り道も分からないし厨房の場所も分からないし、これは企画段階から問題があったとしか思えない。


「俺の勘じゃ厨房はこの辺にあるはずなんだよ、向こうにダイニングがあったから…あんまり遠くないと思うんだが」


「そ、そうだな」


「台車で料理を運ぶ事を考えたら…こっちか?」


「そ、そうだな」


ランタンを左右に動かし周りを見る。今は朽ちかけの廊下の中で色々と推理をしてる最中だ。こりゃもう肝試しと言うより間取り推理ゲームだな。


しかし、この城…壁の質感からして多分だが数百年前、シュランゲが街になる前のシュランゲ王国時代からあった物だと推察出来る。これでも歴史大好きコルスコルピ人だからこの手の遺跡の鑑定術ってのは心得ているし、歴史的知見もそれなりにある。


この城の作りは当時マレウス地方で流行った所謂『城塞兼任型築城』に似ている。つまり乱世を生き抜くために王城そのものを籠城などに特化させた防衛拠点としての役割に特化させた作り方だ。


アルクカースから建築家を呼び寄せて作られたというこのタイプの城は、得てして内部の作りそのものは単純である傾向が強い。


「…この城、結構力を入れて作られてるな」


特にこの壁、かなり丁寧に作られている。八百年経っても形を残しているのは持ち主がずっと大切にしてきた証だろう。改築した後もいくつか見受けられるし…、なんだか悲しいな。


大切にされてきたものが、こうして放置されてるってのはさ。


「なんて歴史に思いを馳せても状況は変わらねえな。なぁメルク?お前はどう思うよ」


そう言いながらメルクにランタンを向けてその顔色を確認すると…。


「そ、そうだな」


……真っ青で涙目だった、両手で体を抱きしめガクブル震えていた。こいつ…まさか、ビビってるのか?


「お前、入る前は怖くないとか言ってただろ…」


「こ、怖がってなどない!」


「涙目だぞ」


「埃が目に入っただけだぁ!」


「お前もう三十手前だろ、こんなのにビビっててどうすんの」


「今のは普通に傷ついたぞアマルト…」


「ごめんね…?」


「いいよ」


「しかし意外だな、お前こう言うのを怖がらないタイプだと思ってたぜ、聞いた話じゃデルフィーノ村の館?の幽霊騒ぎにも動じなかったとか言ってたじゃないか」


「あれはマスターの持ち物だからな、そこは怖がらん、が…いやここは普通の感性を持ってたら怖いだろ。実際に人が死んでるんだぞ…」


「あー、たしかに」


思い返してみればここは普通にガチの曰く付きだったな。怖がりだから怖がってると言うより…ここは普通に怖い場所なのだ。普通の感性をしてたら怖いのは当たり前、俺はさっきからこの城を歴史的文化遺産として見てたからあんまり恐怖を感じなかっただけなんだ。


「うう、情けない。この手の物には強いつもりだったんだが…思いの外怖い。あ アマルト…手を繋いでもいいか」


「別にいいけど…」


手汗すご…。マジで怖がってたんだな、あんまり長居させるのは可哀想だ。とは言えズルしてメダルをその辺に捨てたのがバレたらメグにまたキングメルビレイ号送りにされるしな。この間感動的に別れたばっかりなのにまた甲板掃除とかさせられる羽目になる。


それは恥ずかしいし、ここは大人しく厨房を探して…。


「…ん?」


「ど、どうした!アマルト!」


なんか、居る。ランタンを向けた廊下の奥…誰かいる。誰だ?そう思い更にランタンを掲げ様子を確認すると。


あれは、女の影…か?


「おい見ろ、誰かいる」


「なに?誰だ?エリスか?メグか?」


「うーん…」


目を凝らすがよく見えない、シルエット的に女に見えるが…絶妙に誰とも一致しない。背格好はエリスに似ているがアイツはスカートを履いていない、じゃあメグかと思ったがメグはあんなに髪が白くない。デティ?論外、ネレイド?目を凝らすまでもなく分かるわ。


…白い髪と白いワンピースの女、うん?うちにいなくない?そんな人。


「やべ、知らん奴だ」


「ヒェッ!?そ…それってあれじゃないか!?ケイト殿が言っていた…」


「…発狂して両親を殺した女…?まさか、マジでまだこの城にいたのか…!?」


そんなまさか、でも完全に符号は一致している。じゃああれ…マジで。


ッ…!あ!女が動いて…。


『ぎぇぇぇぇぇええええええ!!!!!』


「うぉっっ!?こっち来たァッ!?」


「ぎゃぁあああああああああ!!!!!」


突如として叫び声をあげてワンピースの女がこっちに猛ダッシュで突っ込んできた、スゲェー早え!スゲェーいいフォーム!やっべ!なんか手に刃物持ってる!応戦を…って!


「おい!メルク!抱きつくな!前が見えん!」


「逃げようアマルト!もうダメだー!!」


「ああくそ!!」


ダメだ、メルクが完全にダメな感じだ。俺に抱きついて離れない、こりゃ落ち着くまで逃げるしかねぇか!


咄嗟にクルリと反転してメルクを抱えたまま走る、あの女がなんなのかまるで分からないが…ヤベェな、この城に敵対存在が居たのは誤算だ、まさか他の連中はやられたりしてねぇよな。あいつらに限ってそんなこと…。


「だぁー!くそ!メルク落ち着けー!!」


「ひぃぃぃいん」


『までぇぇぇえええええええ!!!』


「テメェも追ってくんな!!!」


全力で走り女から逃げる、もう厨房だなんだは関係ねぇ。今はとにかく逃げないと。



…………………………………………………………


「ひぇぇぇえ…石ぃ…」


「デティ落ち着いて、私が石蹴っただけだよ…」


一方デティネレイドコンビは玉座の間を目指して探索をしていたところ。ネレイドがふと足元の瓦礫を蹴ってしまい、少し大きめの音が出たことによりデティが絶叫。腰を抜かして気絶しかけてしまったのだ。


「うぅ、ごめんねぇ…私怖がりで」


「大丈夫、私も、怖いよ」


「そうは見えないけど…」


メソメソと泣く、申し訳なくて泣く、デティは泣く。一番最初に城に入ったのに城の探索が遅々として進まないのは自分がこうしてビビり散らかしているからだ。


ネレイドさんはその都度足を止めて『大丈夫だよ』『安心して』と声をかけてくれるのだ、優しいことこの上ない。


「うう、やっぱり怖いの苦手だなぁ」


「でも、苦手なのに…どうしてここまで来たの…?メグも無理に言えば…無理矢理参加は…させなかったと思う…」


「それはそうなんだけどねぇ…」


チラリと視線を逸らす、デティには感情を察知出来る力がある、即ちメグさんが何を考えこの肝試しを提案したかを理解出来るのだ。彼女はただ娯楽の為に提案したわけじゃない、何か考えがあってやろうとしていた。なら私はそれを尊重したい…そう思い無理に反対はしなかったのだが、それはそれとして怖いものは怖い。


「それより!チャーッ!と探索済ませちゃおう?」


「そうだね、…今は大体、うん…通りが豪華になってきたし、そろそろ玉座の間かな」


「だね」


玉座の間というのは一種の作品だとデティは考える。客人を招き出来る限り自分を大きく見せるよう演出する、その様はさながら芸術に似る。そしてその演出は玉座の間だけで完結しない。


そこに至るまでの道もまた演出、今デティ達がいる廊下は他よりも広く柱も大きく、また廊下を彩る甲冑が兵士のようにずらりと並んでいる。多分招いた人に自国の武力を見せつける演出の一つだろう。


つまり、この道をまっすぐ行けば玉座の間だ。


「玉座の間にこのメダルを置けばいいんだよね」


「そうだね、でもここ……領主のお家のはずなのに、玉座の間があるんだね」


「多分シュランゲ王国時代の名残なんだと思うなぁ。セレーネ城にも玉座の間があるって聞いたことがあるし」


「セレーネ城…?」


「うん、シュランゲ王国と同じで…昔からマレウスにあるお城。私のお父さんの師匠…トラヴィス・グランシャリオが住んでるお城だよ」


「グランシャリオ…王貴五芒星の」


その通り、今現在の魔術界に雷名を轟かせる魔術師の一人、帝国のヴォルフガング冒険者協会のケイトと並ぶ世界最強の大魔術師の称号を受けるトラヴィス・グランシャリオの居城こそセレーネ城なのだ。


元々マレウス魔術御三家と呼ばれるような由緒ある家柄であるグランシャリオ家、そのルーツはシュランゲ王国と同じくマレウス南部一帯を占めていたセレーネ王国にある。当時の荘厳な城をそのままに残すグランシャリオ家の権威は凄まじく、だからこそ王貴五芒星の一角に選ばれたんだろう。


昔、聞いたことがあるんだ。グランシャリオの保有する美しい城の話を…。


「そっか、デティのお父さんがお世話になった人が今は王貴五芒星なんだっけ」


「うん、お父様だけじゃなくて、今の魔術界に多大な影響を与えてくださったお方だよ。マレウスを旅し始めた時から、一目お会いしたいと考えてるんだ」


昔一度だけお会いしたことがある、けどトラヴィス卿は長年の激務が祟り足を悪くしていて、その上マレウスとアド・アストラの関係悪化によって…最近ではマレウス国内での活動をメインにしてるからしばらく会えていないんだ。


出来るなら、もう一度会っておきたい。


「いいね、じゃあこの依頼が終わったら…会いに行く?」


「行けたら行きたいね、でも私の一存で決められないよ」


「そっか…」


「それより早くこれ終わらせよう?今この空気感で談笑を続けられ度胸が今の私にはありません」


フッと我に帰れば今この空気がとても雑談に最適な環境とは言えないことを思い出す。早く終わらせよう、もしこの状況でおトイレ行きたくなった地獄だとデティは顔を青ざめさせる。


「ん、じゃあ行こう」


その言葉を合図にデティはメダルを持ってトコトコと奥へと向かう。その先に見える扉…きっとあの奥が玉座の間で────。


「え!?」


刹那、デティが足を止める…と同時に。


「危ない!!」


ネレイドが動く、デティの危機を察知し身を乗り出し防ぐ。突如として動き出した甲冑が振り下ろした戦斧の一撃を。


「え!?え!?何!?」


「…デティ、なんかおかしいよ…これ」


周囲に目を走らせれば、異変に気がつく。周囲を囲むように配置されていた甲冑がガタガタと動き出し一人でに歩き出し、ネレイド達に武器を突きつけ始めたのだ。


「ええ!?あの鎧中身空っぽじゃ…もしかして、殺されたこの城の亡霊がぁーっ!?」


「なんでもいい…でも、デティに手を出すなら…全部捻り潰す…!!」


両手を広げ襲い来る甲冑達を迎え撃つ。いきなりの事態で何が何だか分からないが、武器を構え突っ込んでくるなら全部敵だ。小さな友人を守るため…ネレイドは奮起する。





「んへへへへ……」


そして、そんなネレイドとデティを見て…天井のシャンデリアから覗く顔はニタリと笑う。



…………………………………………………………


「そろそろ俺達の時間かな」


「みたいですね、あ!光源の準備出来ました」


「お?器用だな」


一方外で待機しているラグナ達はそろそろ城へと入る時間になり腰をあげる。暗い城の中を探索するためナリアが用意したそれを見てラグナは思わずほうと唸る。


「なんだこれ?」


「これは『光明陣』を書き込んだ紙を追って作ったランタンです、ブルーホールにいたトツカの職人さんに教えてもらった『折り紙』って言うトツカの文化らしいですよ」


紙を折って形を作り、簡易的なランタンのようなものを作るナリアにラグナは思わずほうほうと唸る。その手があったか、確かに紙に書き込んだ魔術陣そのものが損なわれなければ紙の状態は問われない、なら折って形を変えてもいいわけだ。


「折り紙と魔術陣を掛け合わせた新技『折紙陣』です、これで僕の戦法も益々増えましたよ」


「いいもん教えてもらったな、ナリア」


「はいっ!紙があればこう言うのをたくさん作れますから、これから紙をいくつか携行しないと」


「だな、よーし!んじゃあナリアの新技抱えていざ!古の幽霊城へ!」


とラグナが目の前の城を指差した瞬間…感じる。


「あ?」


何かを感じて、背後に目を向ける。嫌な気配を感じるな…これは、殺意か?


ギロリと鋭い視線で背後を見れば、見えるのは…闇の向こうに無数に灯る小さな光の群れ。違う…あれは。


「なんだありゃ…」


人だ、凄まじい量の人間が群れを成して松明や鍬を持ってこちらに向かってゾロゾロ歩いてきている。まるで農耕一揆だな。


「ラグナさん、あれ…シュランゲの街の人達ですよ」


「…………」


言われて気がつく、昼間は殆ど反応を見せていなかったシュランゲの街の人間が、今松明片手にこちらにやって来ている。城に忍び込まれたのを怒って襲撃に来た…って感じじゃねぇな。


『殺せぇ…殺せぇ…殺せぇ…!』


「ナリア、後ろに。援護頼む」


「は、はい!」


手に持つのは鍬やスコップ、斧やピッチフォークを持った街人がやってくる、どう見ても普通じゃない…なんかヤベェな。


「なぁ!おい、もしかしてこの城に忍び込んだの悪かったかな!別俺らここから何か盗もうってわけじゃ…」


「死ねぇぇぇえええ!!」


「いや聞けよ…」


対話を試みるが、やっぱり聞く気配はない。オマケに斧を振りかぶって突っ込んできやがる。危ないだろうと振り下ろされた斧を軽く叩いて弾いてそのまま流れるように街人の頬にビンタを加え……。


「え?」


「ああ!?」


その瞬間、ラグナのビンタを受けた街の頭がぐるりぐるりと何周も回転する。こ…殺した!?いやでもなんか感触が…。


「ラグナさん!?殺しちゃったんですか!?」


「い、いやいや!そんな力入れてないって!というかなんかおかしい!骨が折れる感触どころか…肉を叩いた触感すらしなかった!」


「え…」


そうだ、今叩いたのは肉じゃない、むしろ硬い陶器のような…。


そう思い再び街人を見ると、首が何度も回転したというのに…倒れる気配もなく、寧ろ少しずれた首を自分で直し、再び斧を持つ。


もしかしてこいつら…。


「人間じゃねぇのか…」


『殺せぇ…殺せぇ…殺せぇぇえ…』


囲まれる、武装した街人…いや人の形をした何かに囲まれる。これはどういう状況なのか…よく分からないが。


「へっ、面白え…よくわかんないけどやるってんなら相手になるぜ!」


「ラグナさん、これメチャクチャ居ますよ!シュランゲの街の人達全員います!」


「なら街一つ全部が相手ってことか!なおのこと燃えてくるな!」


「うぉお…勇ましい」


相手が人間じゃねぇなら、武装して襲ってくるなら、徒党を組んでやってくるなら、遠慮する理由は何処にもない。全部纏めて叩き潰す!


……………………………………………………


「メグさーん!メグさんってばー!…待ってくださいよぉー!」


走る走る、全力で走る。メグさんを追いかけてひたすら走るエリスは気がつけば城の最上階付近にやって来ており…何度も何度も階段を駆け上がった末に、窓から街が一望出来る高さまで到着した時点でようやくメグさんを追い詰める。


城の最上階…『宝の部屋』と書かれた巨大な扉の前に立つ。メグさんがここに入っていくのが見えた。


そして、メグさんは迷うことなく一直線にここへ駆け込んでいた。階段の場所も廊下の曲がり角も、一つとして違えることなくここに来た。初めて来る城でそんなこと出来るかを何も知らない場所でそんなこと出来るか?


…やはり、メグさんは何かを知っている。そう確信したエリスは…静かに扉をあけて。


「メグさん…居るんでしょ?お?」


扉を開き、中を確認すると…なんかイメージしてたのとちょっと違ってびっくりする。


この部屋の名前は宝の部屋…即ち宝物庫の筈だろ?なのに、この感じは宝物庫というより、子供部屋だ。


古びたおもちゃが転がり、子供用のベッドが二つ並び、落ち着いた雰囲気のカーペットが…今はカビと塵で汚れてる。そんな奇妙な部屋に面を食らいつつも…奥を見る。


街を見渡せる、大きな窓…その前に立って、外を眺める…メグさんの姿を。


「メグさん…」


「…失礼しましたエリス様。強引にここまで連れてきてしまって」


「いえ、何か考えがある様子だったので」


メグさんはこちらを見ない、けどその様子からいつものおふざけって感じじゃなさそうだ。それを察しててエリスはメグさんの隣に立つ。


「申し訳ありません、自信がなかったのです。だから確認したくて…肝試しなんて口実を使って…」


「いいんですよ、みんなきっと楽しんでますし…」


「ありがとうございます…」


「それでメグさん、やっぱり貴方…ここに来たことがあるんじゃないんですか?」


普通はない、メグさんは帝国から外に出たことは少なくともエリスに出会うまではなかったと言っていた。その後一緒にオライオンを旅して、アド・アストラの成立に立ち会って、その頃から既にマレウスは魔女大国からの干渉を嫌っていたからメグさんが入り込める余地はなかった。


だからない筈だ、けど…。メグさんは静かに頷く。


「ええ、あります。というより」


そう言いながらメグさんは壁を見る。子供用ベッドが並んだその奥の壁、そこに立てかけられた…絵画を見やる。


「え!?」


それに追従してエリスもまたその絵画を見て、ギョッとする。だってそこに掛けられた二つの絵画…そのうちの片方はどう見ても。


「メグさん…?」


メグさんだ、まだ幼く小さな幼児ではあるものの、確かに髪色や目の感じからその絵のモデルがメグさんだとはっきり分かる。なんでここにメグさんの絵が?…なんて考えるまでもない。


まさか、この城は…。


「もしかして…メグさん」


「ええ、どうやらここは…私の生まれた場所、故郷のようですね」


「………………」


思わず言葉を失う、そうだ…メグさんは帝国の生まれではない。いつか言っていた…自分はカストリアの出身だと。


何故か?それは…以前教えてもらったメグさんの素性。そう…彼女は。


両親を空魔ジズに殺され、誘拐されて暗殺者に仕立て上げられた存在なんだ。ならば必然存在する、彼女が本来生きる筈だった家と家族が。


じゃあもしかしてここが、メグさんが生まれた本当の家で…ウィリアム・テンペストがメグさんの本当のお父さん?


「メグさん貴方貴族の娘だったんですか!?エリスと同じ魔女の弟子の庶民仲間だと思ってたのに…」


「それ、エリス様が言います」


「いやまぁそうなんですけど…」


まぁ確かにエリスもアジメクの大貴族の娘ではあるんですけども…。ん?待てよ?


「ちょっと待ってください?ウィリアム・テンペストがメグさんのお父さんなら、あれはなんなんですか?ほら!娘が発狂して…城の人間を皆殺しにしたってやつは」


「…もう記憶が朧げなので、確かなことは言えませんが…あの日、私の両親を殺したのは…」


目を伏せる、遣る瀬無く力なく…メグさんは目を閉じる。されどそこには確かな怒りが燻る。震える手で拳を握り何かを必死に押し殺すようにメグさんはようやく口を開き。


「ジズです」


そう…仇敵の名を告げる。




───────────────────


思い返すのは十数年近く前、まだシュランゲの街が豊かで…栄えていた頃の話。


今も瞼の裏に染み付く、子供部屋から眺める…街の景色。


「きれーい…」


「街がキラキラしてる〜!」


そこには、仲の良い姉妹がいました。この城の持ち主は子供を『未来を作る宝』と呼んでとても愛していました。子供部屋に『宝』なんてつけてしまうくらいには…愛していました。


子供部屋から一望出来る街はいつも綺麗で、姉妹は毎日のようにそこから街を眺めるのが好きでした。この景色を共有できる姉のことが好きでした。


そして。


「どうだい、リーガン…コーディリア。綺麗だろう?私の街は」


「うん!お父さん!」


姉妹はこの街を作った父のことが好きでした。いつも父と母は私たち姉妹のことを後ろから見守り…姉をリーガン、私をコーディリアと呼んで愛してくれた。


「いつかはお前達が治める街だ、だからよく見るんだ。そして愛せ、愛こそが人を惹きつけ人を生かすのだから」


「ふふふ、あんまり身を乗り出すと危ないですよ」


金の鬣を持つ獅子のように勇ましく、朝露のように優しい父ウィリアム。


紫の麗川のような髪を持つ婦人、多大な愛で姉妹を育ててくれた強く母ゴネリル。


二人の間に生まれた子供達は、二人の愛を受けて愛を育みそれはもう幸せに暮らしていました。日々は笑顔に彩れ、毎日が花のように咲き誇る。そんな日々を生きて来た。


「お父さん!私!この街が好き!」


「私も!」


「はははは、ああ。それでいい、お前達は私がイージス様に仕えたように、彼の御子たるネビュラマキュラの次代の王を支える柱となる…、その為にもこの国を愛し慈しむのだ」


「もう、貴方ったら…まだこの子達にはそういうのは早いですよ。今はただ元気に育ってくれるだけでいいんですから」


「む、そうだったな。はっはっはっはっ!よし!今日はいい天気だ、せっかくだから表に出てピクニックでもするか」


「いいですね、では街に出てパンを買って来ましょうか」


毎日が楽しかった、あの頃はこんな幸せが無条件にずっと続くと思っていたし、私はいつか姉と一緒にこの街を統べる領主になって、いつか父みたいに優しい人と結婚して、子供を産んで、テンペスト家を永遠に続かせていくと…思っていた。


「よし、ではオズワルド?厨房にサンドイッチをお願いして来てくださるかしら?」


「御意に、奥様」


母は柔らかく微笑んで近くに立っていた執事に命令する…、その命令を執事は笑顔で受ける。その笑顔の裏に…何があるかも理解せずに。


………………………………………………………………


「サンドイッチ美味しい〜!」


「だね!お姉ちゃん!」


シュランゲの街の近くにある御花畑にて家族と一緒にピクニックを楽しむテンペスト一家。芝生の上にシートを引いて、厨房の料理人が作ったサンドイッチを姉と一緒に楽しむコーディリア。


私はこの花畑から見えるお城の景色が好きだった。この街には私の好きが溢れていた。


「お城、綺麗だね」


「ああ、そうだな…」


父ウィリアムの膝の上に座りお城の景色を見守りながら一緒にサンドイッチを食べる、厨房の作るサンドイッチはとても美味しい、ハムとチーズの挟まった絶品のサンドイッチだ。


けど…。


「ウィリアム様、王宮より伝達が…」


「オズワルドか…今は仕事の話はしたくない。見ての通り家族と楽しむ時間なんだ」


「しかし、元老院よりレナトゥス様を至急国の要職につけるよう、言伝が…」


「またその話か、レナトゥスに役職を与えたければ元老院からイージス様に直接伝えれば良いだろう。彼がそれを良しとしないのはレナトゥスに良からぬ物を感じているからだ」


「しかし…」


「くどい、何よりレナトゥスは元老院の息がかかり過ぎている。奴を国の要人とすれば瞬く間にネビュラマキュラの悪習が確たるものになる。それだけは許してはならん」


私は、父の食べているサンドイッチの方が美味しそうだった。ハムとチーズではなく、赤いソースが溢れるくらい入ったそのサンドイッチがとてもとても美味しそうだった。


だから、執事のオズワルドと何やら難しい話をしている父の隙を突いて、パクリと父のサンドイッチに齧り付く。


「イージスは帝国との和解を望んでいる。そもそも元老院の理屈が正しいのなら元老院には彼の決定を覆すだけの力はないはずだ、服従すべきは彼等の方だ」


「…ですが…あ、コーディリア様が」


「ん?何!?こら!コーディリア!」


「ッッ〜〜〜!?!?」


辛かった、凄まじく辛かった。赤いソースが舌を刺しバタバタと悶え苦しむ。それを見て父が顔を真っ青にして水を持ってくるのを慌て受け取り飲み干す。


「コーディリア、これは大人用なんだから食べちゃダメだと言っただろう」


「ひぃ〜ん…辛いの嫌い〜」


「もう貴方、いくら好きだからって子供達の前で激辛ソース入りのサンドイッチを食べないでください」


「いやすまん…、コーディリア?大丈夫かい?」


「うん…辛かった」


「だろう、もう勝手に食べたらダメだからな」


「もう二度と食べない…」


「ふふ、よしよし食べ終わったし今日は随分遊んだからそろそろ帰ろうな、オズワルド…話は後でする」


「…………ええ」


帰り支度を始める父ウィリアムと母ゴネリル。そんな中私は水で舌を冷やしていた。すると。


「大丈夫?コーディリア」


「リーガンお姉ちゃん…」


綺麗な紫髪が私の顔を覗き込む。私の好きなリーガンお姉ちゃんだ、いつも私の事を気遣ってくれる優しい姉だ。リーガンお姉ちゃんは私の頭をよしよしと撫でて。


「大人ごっこはもう少し大きくなってからね」


「はーい」


ニコリと微笑み私を嗜める。そんな姉に私は擦り寄りそんな私を姉は抱き締めてくれる。


もし今この時の情景を私が絵画として残し、名をつけるならば『幸せ』と呼んだだろう。得難く…尊き日々、それこそが幸せなのだと今の私ならば言える。


「リーガン、コーディリア、そろそろ帰ろう」


「はい!」


「お父さん!手繋ぎたい!」


「ああ、いいぞ」


「ふふふ、コーディリアはお父さんが大好きね」


「うん!大好き!」


なんて私が言えば父は嬉しそうにいつもの厳格な顔を崩し照れ臭そうに目尻を垂れさせて笑う。そんな父の顔がおかしくて私も笑う。


父は立派な人だ、尊敬していると言ってもいい。こうやって休日には私達との時間を作ってくれるし、母の事は愛しているし、何より…。


「お!領主様だ!」


「領主様!家族サービスですか?」


「ああ、みんな」


ピクニック帰りに街を歩けば街人達が皆父を見て親しげに声をかけてくれる。厳格でありながら親しみがあり、庶民的な感覚を持ち合わせながら大貴族としての気品も持ち合わせている。そんな稀有な人でした。


「休日に家族の為にピクニックとは、全くウチの亭主にもウィリアム様を見習ってほしいよ!」


「フッ、シートンはいい男だろう?あまり亭主を貶してやるな」


「ウィリアム様!大したもんじゃないけどうちの肉使ってくれよ!」


「感謝するマーシアス」


「じゃあうちの野菜も使っとくれ!」


「キャスカ、いつもありがとう」


変わる変わる街人達がやってきて父に物を渡していく、献上品というにはやや質素だ、だがそんなものよりもずっと心の篭った贈り物に父は一人一人街人達の名前を告げながら目を見て礼を言う。


古くよりこの地を治めるテンペスト家にとって、この街の人達は謂わば遠い親戚のような間柄だ。一緒に街を守り作り上げてきた仲、そこに本来は上も下もないのだと父は民衆を下に見ない。


そんな父の在り方が、人を惹きつけるんだろうと私は父の裾を掴みながら思っていた。すると。


「コーディリアちゃんだね」


「あ、コスモスのおばちゃん」


近くの花屋のおばちゃんが私に寄って来て…ニコリと微笑みながら。


「綺麗なお花が入ったんだ、是非持っていっておくれ」


「え?いいの?」


「ああいいとも、お父さんにはいつもお世話になってるからね」


そう言って綺麗な白いマーガレットを手渡され、私はなんだかとても嬉しくなって受け取った花を胸に精一杯のお礼を告げる。父ほど威厳にあふれたものではなく拙い礼の仕方にコスモスのおばちゃんは微笑む。


「…見て!お姉ちゃん!お花もらった!」


「綺麗な花だね」


「うん!えへへ!」


美しい花だと思った、野に咲く花には野に咲く花の美しさがある…だが、こうして手渡された一輪の花には、そこに感謝と気持ちが付随する。幼いながらに街の人達の優しさを感じ取った私は綺麗な白と目に映える黄色を持った花を手に、いつかこの花に相応しい人間になり、父のように人に好かれる大人になろうと誓ったものだ。


「悪いみんな、今日はピクニックで疲れているんだ。話はまた今度聞く。それでいいか?」


「こっちこそ引き止めて悪かったよ!」


「またねー!領主様〜!」


「ああ、また今度。さぁ帰ろう、ゴネリル リーガン…コーディリア?」


「うん、お父さん」


城に帰れば父はまた仕事だ、宰相である父は忙しいのだ、この頃は理解していなかったがこうして休日を設けて娘や家族との時間を作っていた父は偉大なのだと今なら理解出来る。


強く、優しく、信念を持つ、立派な父…そんな父との別れの日は。


本当に唐突に訪れた。ケイトさんが語ったように…悲劇とは通り雨のように唐突にやって来て、避けようがないものだった。


………………………………………………………………


それから幾月かの時が経ったある晩の事だった、いつものように父が仕事を終え次の休日の為、城に帰って来た夜。


いつものように子供部屋で姉と一緒に寝ていた日。窓の外でガラスを打ち付ける暴風雨の騒音に紛れて…。


『ぎゃぁぁぁぁあああ…』


「ん…んん?」


悲鳴が、聞こえて来たんだ。その頃の私はその悲鳴の意味に気がつかず、ベッドをするりと降りた。


「ん、どうしたの?コーディリア…」


「お姉ちゃん、何か聞こえる」


「え?」


リーガン姉さんに声をかけつつ、私は…そろりそろりと忍び足で、子供部屋の扉に耳を近づけ、その音を聞いてみると。


『オズワルドッッ!!どういうつもりだ!貴様ァッ!!』


『どうもこうも、この通りですが?』


父と執事が言い争う声、それと共に甲冑の兵士達がドタドタと慌ただしく走る音、剣が振るわれる音、そして不気味な水音が響いていた。


『誰の差し金だ!元老院か…!?』


『フフフフ、あの元老院が手ずから殺し屋に依頼をするわけがないでしょう。ですが…まぁ似たようなものですね、貴方が元老院の言うがままに動いていれば、殺されずに済んだのですが…』


『ッ!子供部屋に近づけさせるな!捕らえろ!!』


「え…え?」


分からなかった、何も分からなかった、何も経験していない当時の私には何が起こっているのか分からなかった。ただ…見てはいけないもの、聞いてはいけないものを聞いた気がして、とても恐ろしくなって…涙を流してその場から動けなくなってしまったんだ。


けど、現実とは厳しいもので。子供が一匹泣いた程度では小揺るぎもしない、ただただ無情なまでの未来が…着実に近づいて来た。


『ぐぁぁぁあああ!?!?』


『貴方っ!』


『ご安心を?テンペスト夫妻。貴方達の娘は…私が責任を持って育てますのでね』


父の悲鳴、母のか細い悲鳴、それらが聞こえた後…城の中はまるで無人になったような静かになった。


ただただ、ポタポタと垂れる水滴の音と…カツカツと音を立てて上がってくる靴音が、着実にこの部屋に近づいてくる。


「っ…コーディリア、ベッドの下に隠れて!」


「お、お姉ちゃん…」


私よりも早くこの異常事態に気がついた姉が咄嗟に私をベッドの下に隠そうとしたが…それよりも早く、奴は…扉を開けた。


「失礼、お嬢様方?」


「お、オズワルド…さん」


扉を開けたのはオズワルドさんだった、両手には鉈を持ち、全身を返り血で濡らし、狂気の笑みを浮かべる…オズワルドさんがいた。いつも見ているのに、もう見慣れたはずの彼の顔なのに。


まるで、別の人に見える…。


「残念ながら私はもうオズワルドではありません…」


「ひっ…!」


そして、扉の向こう、階段の下に見える…血溜まりに沈む、父と母の姿。目を暗闇の中光らせ、刃を携えこちらに手を伸ばすオズワルド…否。


空魔ジズの姿に私は全てを察した。


ああ、終わったんだな。私の幸せは…もう一生戻らないのだな。と…。


「そして今日からお前達は、トリンキュローとマーガレット…私の影だよ」


伸ばされる手が視界を覆い…私は、コーディリアは死に。空魔の影マーガレットとしての人生が始まった。


全ては、あの日の晩。父と母を殺し、私たちを連れ去り、この城の人間全員を殺した…ジスによって、私達の人生は捻じ曲げられてしまったのだ。


────────────────────────



「ジズの殺しは完璧です、ジズが殺した…という事実は依頼主にしか伝わらない。この城に伝わる呪いの伝承はジズが用意したバッグボーン…父と母を殺したのは私達娘だと言う謂れなきまやかしを置いて、私達はジズに連れ去られたのです」


「…………っ!」


メグさんから聞かされた話に、思わず拳を握る。怒りとやるせなさに拳を握る。そんなことが許されるのか、こんなことがあっていいのか。全身に滾る怒りが身を燃やし歯を食い縛って吠えるのを堪える。


エリスがここでどれだけ怒っても事実は変わらない、メグさんとそのお姉さんがジズに連れ去られ両親を殺された上に捨て駒として使われていたと言う事実は変わらないんだ。


「そんなのって…無いです!」


「…泣いてくれるんですか?優しいですね」


気がつけばポロポロと涙が頬を伝っていた。ぐしぐしと腕を顔に押し当て鼻を啜り、一息吐いて怒りを再認識する。


メグさんはその人生をジズに狂わされた、本当なら家族と一緒に幸せに生きていくはずだったメグさんの人生はジズによって壊されてしまったのだ。優しい両親は殺され、慕っていた姉とは引き剥がされ、地獄を味合わされて…、許せない。


「…私は、ジズを許せません。父も母も奴に殺され…剰えジズの流した嘘で愛していた街は今やあんな風に様に。何もかも…奴に奪われてしまいました」


チラリとメグさんが視線を向けるのは、ベッドの上に置かれた二つの髑髏。先程メグさんが回収してそこに置いたであろうその髑髏が…誰のものであるかは言うまでもない。


まさか、そのままだったのか?…街人達が見に来たと言っていたが。


「姉とも引き剥がされ、私の人生をめちゃくちゃにしたジズを許せません」


「それは…」


「絶対に許せません…!絶対に、絶対に!」


刹那、メグさんが拳を壁に叩きつければ、壁に拳の跡が残り天井から塵が落ちてくる。怒りだ…エリスが抱いた怒りよりもずっと純度の高い、濃厚なまでの怒り…。胸の奥にずっと隠し続けて来た憎悪と激憤が溢れ出しメグさんの体から溢れる。


そのあまりの勢いに思わずエリスもたたらを踏んで息を飲んでしまう。怒ってるのは分かってたが…どうやらこれは、かなり来てる。


これは恐らく、エリスがハーメアに抱いていたものと同種の憎悪。対するこちらは正真正銘の外道が相手だから…多分、余計憎いし…余計やるせないんだと思う。


「ジズという男を私は許せません、一時はあの男の言いなりになっていたことも許せませんし…何よりあの男が未だのうのうと生きている事が許せないんです。私から全てを奪ったアイツが…!」


「…………」


彼女がここまで憎しみや怒りを露わにするのは、ぶっちゃけ初めて見るかもしれない。だからなんかこう…気の利いた事とか言えずに、エリスは黙ったまま…彼女の怒りを見届けることしかできない。


今こういう時に、口先だけの慰めとか尤もらしい正論とか言われても、余計腹立つだけだしね。憎しみは理屈じゃないんだ。


「…エリス様」


「なんですか?」


「私は確かに、貴方とここでこうして二人きりで話す為に細工をしました。それは貴方に聞きたいことが…あったからです」


強い視線がこちらを向く、なるほど…つまりこれからが本題というわけか、ならば聞きましょう。そうエリスが頷くとメグさんは再び窓の外を見る、今度は街ではなくその向こうに見える地平線を。


「我々は今マレウス・マレフィカルムの本部を追い求めています。その最中…もしかしたらジズ・ハーシェルと相見える日が来るかもしれません」


「ジズは八大同盟の一人ですからね、大いにあると思います」


「ええ、…もしその日が来たら。私は…ジズにこの手で裁きを、いいえ…復讐を遂げようと思っています」


「…………」


ジズ・ハーシェルは八大同盟の一人だ、それにジャックやモースに声をかけて何かをしようとしているようだし、もしかしたら旅を続ける最中立ち塞がる日も来るだろう。 その時メグさんはその手で復讐を果たすという…それはつまり。


「殺すってことですか?」


「…………」


静かに頷く、そうか…殺すのか。


「確かに私は陛下との約束で、殺しを戒めるよう言われています。もし人を殺せば私はもう無双の魔女カノープスの弟子は名乗れません、魔女の弟子で無くなる以上もう皆様と一緒にはいられないでしょう。それでも…私は」


「…………」


「エリス様は、どう思いますか?…復讐なんて、くだらないと思いますか?」


…なんて事を聞くんだか。エリスがここで何を言っても貴方は止まらないでしょうに。


まぁいい、不貞腐れるな。彼女が聞きたい事に答えよう。もしエリスが同じような立場だったらどう思うか…ふむ。


「そうですね、復讐なんてくだらない、相手を殺しても死んだ人間は戻ってこない…。なんて綺麗事はよく耳にしますが、エリスは別に復讐しようが何しようがその人の勝手だと思ってます」


「…………」


「こっちは大切な人殺されてんですから、怒りとか悲しみを押し殺して泣き寝入りする必要はないです。そういう意味では復讐はくだらなくなんかない。大いに結構だと思います」


「……そうですか」


「けど、くだらないのは復讐する事そのものではありません。復讐の為に自分の全てを投げ打つ事です」


復讐は大いに結構、やられたらやり返すのが人のサガってもんだ、そこを否定する気は無い。だが復讐に全てを投げ打つのはダメだ。


復讐を果たした後、自分の手元に何も残らないなら…結局はその復讐相手の勝ちになってしまう。人は何かを残して生きるもの、それを全てかなぐり捨ててしまった時点で…その人は死んだも同然。復讐相手に自分を殺されるようなものだ。


そんな話、良しとしていいはずがない。


「復讐するなら、しこたま其奴のこと殴り倒して、踏みつけて唾吐きかけて笑いって立ち去って、その後自分の道を歩けるようでなくては意味がないと思います」


「…全てを投げ打たなければ復讐を果たせないとしたら?」


「全てを投げ打たなくてもいいくらい強くなります、少なくとも…エリスならそういう答えを出しますかね」


「…エリス様が言うと、説得力がありますね」


「そうでしょうか、好き勝手言ってるだけです…結局決めるのはメグさんですから。でもエリスとしてはずっとメグさんと一緒にいたいですけどね」


「…………そうですね」


その時が来たら、メグさんは選択を迫られるだろう。己の中に渦巻く憎悪を取るか…或いはそれを捨て去るか。簡単な話ではない、だが同時に今決めなければいけない話でもない。


飽くまでその時が来たらの話、その時が来たら…また考えればいいんだ。


「…ありがとうございました、話を聞いてくれて」


「いえ、でもなんで態々二人きりに?もしかしてみんなには内緒に…」


「皆さんには私から追って話をします、ただここが私の故郷である確証が持てなかったのと…もしそうだったとしても勇気が出なかったから、最初にエリス様に聞いておきたかったんです」


「エリスに…ですか」


「ええ、同じく大切な人を目の前で奪われ…それでも折れずに戦いに挑んだ貴方にね」


「あ……」


そう言うことか、そう言うことだったのか。なるほど…メグさんはエリスを重ねているんだ。リーシャさんをヴィーラントに殺されたエリスに。


まぁ、同じではないとは思う。エリスの悲しみとメグさんの悲しみが同じだとは思わないし、ヴィーラントは殺しても死ななかっただけだ。あいつが普通の人間だったらどうなってたか分からない。


でもこれが、メグさんの勇気に繋がったなら…幸いだ。


「さて、では…肝試しを再開しましょうか」


「あ、それはそれでやるんですね」


「勿論、皆様と肝試しをするのは楽しいですからね!」


なんて二人で子供部屋を後にしようとした…その時だった。


ツツツーと、背筋に何か冷たい物が走る感覚を覚える。長き旅の経験と戦いの中培われた直感が告げるのだ…危ないと。


「…ッ!メグさん!」


「分かっています!」


咄嗟に走る緊張、響き渡るエリスの怒号。それと共にエリス達は二人同時に飛び上がり飛んできた何かを回避する。見えない、見えないが何か飛んできた…敵意を秘めた何かが。


「何者ッ!」


「おやまぁおやまぁ、もう少し間抜けなら…楽に死なせてあげたんですけど」


刹那、周囲の物体が奇麗な断面を晒しながらすっぱりと切れる。飛んできた何かが部屋の中の物を両断したのだ。


飛んできたのはなんだ、斬撃?にしては切断面が綺麗すぎる…というより。


「…なんですか貴方は」


「うーふーふーふー?」


部屋の扉が折れた板チョコのように割れ…奥から現れるのは黄色と黒の縞々ゴスロリの女。知り合いではない…となると、まぁ敵だろうが…こんな奴知らないぞ。


「お初にお目にかかります、私…『悪来の白蛇』最強の使い手…女郎蜘蛛のシュピネと申します、あなた方には死んで頂きたく、この都度派遣されて参りました」


「悪来の白蛇…?」


聞いたこともない組織だ、聞いたこともない組織だが…結局。


「敵、でいいんですよね」


「ええ、そうですよ?」


「なら丁度良かった。今エリス死ぬほどむしゃくしゃしてるんです…ちょっと八つ当たりさせてください」


「私もです、嫌なこと思い出してしまったので…サンドバックにさせていただきます」


互いに構えを取るエリスとメグさん、御誂え向きの殴り相手が来てくれたと…凶暴に笑う。

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