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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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430.魔女の弟子と蛇の街シュランゲ


「…そろそろ、肌寒くなってきましたね。夏も終わり収穫の季節ですか」


馬車が進む街道の横に視線を向ければ、エリスの視界に映るのは赤く染まり始めた木々の色鮮やかな光景。そろそろ秋だと世界がエリスに耳元で囁いているような。そんな心持ちになりながらエリスは御者席に座って手綱を握り直し、コートの裏側に手を伸ばし、地図を見る。


「そろそろ蛇の街シュランゲですね…」


エリス達が向かうのはマレウス東部クルセイド領…へ行く為にまずはマレウス北部のカレイドスコープ領を経由しなくてはならない。かなりの大回りだがこれでも一番時間がかからないルートなのだ。


なので、先ずはカレイドスコープ領に入る為、その直前の街である蛇の街シュランゲへと向かう。北部カレイドスコープ領は西部チクシュルーブ領と違ってそこまで栄えた街が多くないらしく。しばらくゆっくり出来る街がないそうだ。


だから一旦落ち着ける街に滞在して身を整理する。いくら馬車の中が快適だからと言っても、やはり移動中では出来ないこともありますからね。


「場所的にそろそろ見えてきてもいい頃だと思うんですけど…」


今エリス達はシャランゲへ続く街道を進んでいる。地図を見る限りもうすぐシュランゲが見えてきてもいい頃なんだが…ん?


「なんだあれ…」


目を凝らす、エリス達の進む街道の先にうっすらと何かが見えてくる。あれは…。


「城?立派な城ですね…」


お城だ、それもかなり立派なお城。石造りの巨城が景色の向こうに見えてくるけど…なんだあれ。なんであんな所にお城なんかあるんだ?別に中央都市でも無ければ王貴五芒星がいるわけでもないのに…。


「…なんか面白そうですね、よし!分からないなら行って確かめる!はいよー!ジャーニー!」


「ヒヒーン!」


なんだか面白そうな気配がするな、どんな街なのか行って確かめるとしよう。そう踊る心を抑えることなどせずエリスは鞭を振るいジャーニーと共に蛇の街シュランゲを目指すのであった。


………………………………………………………………


蛇の街シュランゲ、カレイドスコープ領の目の前にある街であり、特徴のない至って普通の街。唯一特徴を挙げるなら街の直ぐそこにある巨大な石城くらいか。


そんな街にエリス達は辿り着き、街の前に馬車を止めた瞬間だった…


「よし、到着…」


「ようこそおいでくださいました旅のお方。何もない街ですがどうぞごゆっくり為されよ」


「え!?」


シュランゲの街に辿り着いた瞬間、何故か馬車を見た街の人たちがゾロゾロと集まってきて代表と思われる老人がエリス達を歓待してくれた。まだ街にも入ってないのに…まるで待ち構えていたかのように集まり両手を広げ微笑みながらエリス達を囲む街人に…ちょっと顔が引きつる。


…何?この人達。全然気配を感じなかったんだけど…ってかいつからそこに…。


「んん?こりゃ驚いたな、まさかただ立ち寄っただけで歓迎してもらえるとは思ってもみなかったよ」


馬車から降りたラグナはシュランゲの街を見ながら目の前にゾロゾロと集まった街人達を見て驚く。本当に、ただ立ち寄っただけなのに歓迎の言葉をもらえるとは思ってなかった。


「いえいえ、この街に旅人が訪れる事も珍しいので」


「へ?そうなのか?」


「ええ、冒険者の方も商人の方もこの街は基本的に避けて通られるので」


「えぇ…」


突如として聞かされるなんか不穏な話。商人どころか冒険者まで避けて通る?…なんで?


普通、旅をする冒険者や行商人は街を経由するように動くのが常識。街が近くにあったなら余程のことがない限り避けて通るようなことはしない。ましてやこの付近には街という街はない、カレイドスコープ領に行くならこの街で補給してから行くほうがいいだろうに。


それでも立ち寄らない理由がこの街にはあると?


(見た感じ普通の街に見えますけど…)


街の規模は普通、街の様子は石材を用いたやや寒い色合いではあるものの建造物が立ち並ぶそこそこに発展した街の印象を受けるが、…見た感じ、立ち寄らない理由は思い当たらない。


「なんで冒険者が立ち寄らないんだ?なんか…やばいことでもあるのか?」


「来たら呪われるとか?呪われるとか!?」


「税金くそ高いとか!?」


「常に毒の煙が充満してるとかー!?」


アマルトさんとデティが怯えたように抱き合って老人を見遣るが、その様子を見た老人は快活に笑い。


「ありませんよ、何も。まぁ怖いかもしれませんがこの街は至って普通の街ですので」


「そう言われると余計怖い…」


「ともあれ、何かご不明な点がございましたら街の中央にある街長の家を訪ねられるとよろしいでしょう…それでは」


それだけ言うと街人は集まるだけ集まって再び散っていく。本当に歓迎の言葉を言いに来ただけなのか…。最初はいい人達だと思ったけど…不気味だな、ここまでくると。


「な、なんだったんだ…?」


「この国、変な街しかねぇのかよ」


「どうしますか?エリスさん、街…行きますか?」


「いや…あんなこと言われたら、勘繰りますよ…例え何もなかったとしても」


「…親切な人達…じゃないの?」


そそくさと居なくなった街の人たちを前に呆然とする弟子達、何もないと敢えて言われれば本当に何もなかったとしても人はそこに何かある可能性を幻視する。逆にあの街の人たちはエリス達に街に来てほしくないんじゃないかと思うレベルだ。


「どう思いますか?メグさん」


取り敢えずこの街に立ち寄るかどうか、まずはそこから意見を纏めようとエリスはメグさんに視線を向けると。


「…………」


「……?」


メグさんは、エリスの声も耳に入らないようで。何処か遠くを眺めてボーッとしていた。視線の先にあるのは…城?蛇の街シュランゲの直ぐそこにある例の巨大な城だ。


それを見て、ただ…呆然と立っていた。


「おや、蛇の街シュランゲに着きましたか…」


「ケイトさん?」


すると、馬車の中からココアを飲みながら顔を出すケイトさんが周りの景色を見て、ズズッと一口啜る。


「よくもまぁシュランゲなんかに立ち寄ろうとしてるなぁとは思ってましたが、まさか知らなかったんですね。シュランゲがどんな街か」


「え?ケイトさんは知ってるんですか?」


「勿論、私は皆さんよりこの国に詳しいと何度も言ったじゃないですか。まぁ…私もこの街に来たのは初めてですがね。だって気味悪いですし?」


「この街…冒険者も商人も立ち寄らないって、何でなんですか?」


「ふぅむ、色々要因はありますがねぇ…」


ケイトさんはこの国の住人で、何よりこの国を長く旅してきた冒険者だ。エリス達の知らない話を知っている可能性は大いにあると話を聞けば。ケイトさんはココア片手に視線をちらりと横に向ける…その先には、やはり例の石城がある。


「蛇の街シュランゲ…この街は元々蛇龍王国シュランゲという国でした」


「それって他の街みたいに滅んだ非魔女国家の難民達が流れ込んで出来た街ってことですか?」


「いいえ、この街に限っては違います。この街は…マレウスが出来るよりも前、マレウス建国八百年前からあったのです」


「え!?マレウスが出来る前…?」


すると、ラグナが何かに気がついたようにハッと顔を上げ。


「そういや聞いたことがあるな。マレウスのあった地は昔武装した小国が乱立する群雄割拠の紛争地帯だったって」


「ということは、シュランゲは…」


「ええ、元々このマレウスの地で覇権を握ろうと鎬を削っていた国の一つでした。あのお城は八百年前からあった要塞の名残ですね、歴史的かつ文化的な価値のあるお城ですよ」


なるほど、複数の国が割拠し激突し合う紛争地帯だった…というのは初めて聞きたな。シュランゲは当時からここにあった国で、この街はその名残…か。


「シュランゲは他の国と違って比較的強力で、アウグストゥス・ネビュラマキュラが建てた新興国マレウスの勢いに飲まれながらもその形を残し続けた…ある意味、マレウスで最も古い街の一つと言えるのかもしれません」


「ほえぇ〜、由緒ある街に思えるけど…そんな立派な街が何で今そんなに嫌われてるの?」


「それはシュランゲの伝説が由来ですねぇ、シュランゲ王国の王は…実は巨大な蛇で、夜な夜な変身して人の頭に齧り付き脳味噌を啜り出して殺して回ってたんですよ!」


「えぇーっ!?ウソォーッ!?」


「はい、嘘です」


「嘘なんだっ!?」


「というより、当時敵対関係にあったマレウス王国が流した情報戦の一つですね。シュランゲ王国の王は人ならざる怪物だから討伐するために軍を率いる必要がある!って大義名分作るためにマレウス王国が用意した嘘っぱちです」


「なるほどな、よくある話だ。戦争する為の大義名分を用意する、国民を一致団結させる為の言い訳を用意する、敵国の国民を混乱させ国勢を二分する。戦争するにあたってカバーストーリーによる牽制はいつの時代も常套手段だからな」


と語るのは戦争の専門家アルクカースの大王様だ。確かにそういうデマみたいなのは敵国間でやり取りされることはよくある。それがどれだけ荒唐無稽でも信じる奴は一定数いる、その一定数だけでも引っ掛けることが出来れば御の字なんだ。


「その情報戦によって流れたデマが今でも形を残してるんですかねぇ、あのお城にはまだその蛇が住んでるなんて言われてて…」


「え?住んでるの?」


「バカデティ、それはデマだって言ってんだろ」


「あ、そっか」


「という具合に嘘だと分かっていてもそう言われるとそんな気がしてしまうのが人間というものでしてね。シュランゲは気味悪がられてるんですよ」


難儀ですよねぇとケイトさんは呑気にココアをちゅるちゅる吸い続ける。そっか…当時はシュランゲを倒せればそれで良しとされていた嘘がシュランゲという国が滅んで街になった後も残り続けてるんだ。


それなら誰も近寄らないのは納得…か?本当にそうか?それだけか?


「本当にそれだけか?蛇がいるなら退治してやるって言い出す冒険者とか出そうだが…」


「…………ええ、それだけじゃありません。この話は飽くまで前提の謂わば土台です。誰も近寄らない理由は別にあります」


「別の理由が…それがあるから誰も近寄らないと?」


「ええ、あれは何年前でしたかね…私が冒険者協会の幹部になって間もない頃だから二十年くらい前かな、それまではこのシュランゲの街も普通の趣ある街として栄えていたんです」


語るのは、二十年前に起きた事件。今ならシュランゲの街に影を落とし続ける…災厄の事件。


「昔、この街にはとある領主が居たんです。高貴で高潔で、賢く強く民を思う心優しき領主…当時の国王イージス・ネビュラマキュラの右腕として宰相を務めていた男です」


「宰相、レナトゥスの前のですか?」


「ええ、名はウィリアム・テンペスト。美しい妻と愛らしい御息女に囲まれてあの石城で幸せに暮らしていたんです、ですが…悲劇と言うのは通り雨のように降りかかるもの、今の街の状況を見れば分かるかもしれませんが…彼の幸せは突如として壊されることとなる」


「……何が」


「御息女の乱心です、愛する娘が突如として発狂してウィリアムとその妻…そして城の従者全員を殺してしまったのです。街の人たちが城の様子に見に行った時には…外まで血の匂いが漂うほどの惨劇が繰り広げられていたと言います」


「…随分な話だな、国王が蛇でした…なんてデマ話と同じくらい眉唾に聞こえるが?」


「ですが事実ですよ、宰相ウィリアムはその日死に、代わりにレナトゥスがその後釜として宰相の座に座った…これはまぎれもない事実です」


こればかりは嘘ではないのだろう。何せここに歴史の証人がいる。そしてウィリアムという人物が死んでレナトゥスがその座に就いたのもまた事実。ならばあの城で悲劇が繰り広げられたのもまた…事実。悲しい話ですがね。


「その発狂した娘ってのには、何が起こったんだ?」


そうアマルトさんが聞くがケイトさんは静かに首を横に振る、そこばかりはどうにも分からないらしい。


「分かりません、城に人が駆けつけた時には既に娘の姿は無く…血みどろの城には無数の死体が転がり、領主の死体なんかもう見分けがつかないくらいぐしゃぐしゃで…」


「その娘は何処かに消えたのか?」


「ええ、或いはまだあの城にいるか。それが蛇伝説の正体か。何にせよこの奇々怪界な惨劇にあれこれ尾びれがつきましてね。色んな都市伝説が実しやかに囁かれる内に…誰も近寄りたがらなくなったんですよ」


「なるほどな、未解決の殺人事件か…」


「もしかしたら幽霊がいるのかも」


「ゆゆゆゆゆゆゆ幽霊!???」


「落ち着いてくださいデティ、幽霊はいないってコルスコルピで思い知ったでしょう」


「そそ、そうだけど」


しかし、そのコルスコルビの…デルフィーノ村での話によく似ているな。あの時も館に変な殺人事件の話が纏わり付いて気味悪がられていたんだ。まぁ結局あれは隠者ヨッドが流した嘘でしたが…。


「ま、そういうわけです、結局はあるかも分からない伝説や嘘に振り回されてるのがこの街…、なのでこの街自体には特に何もないのでご安心を」


「あ、そこは事実なんだな」


「ええ、なので探索するならご自由にどうぞ。私は気分的にあんまり近寄りたくないので馬車で待ってますね」


この老人が言ったようにこの街には本当に何もないのだろう。多分あんまりにも人が来ないから客人をもてなしたくて…安心させるつもりで言ったのだろう。逆効果だったが。


「んじゃ、軽く気分点がてら街をみんなでぶらつくか」


「賛成〜」


「いいですね、僕もこの街見て回りたいです」


「うう、私も気分的になんかやだなぁ…」


「取り敢えずこの街のレストランで何か食べましょうよ」


ともかくこの街を見て回ろう、そんな風に話がまとまったのを見てケイトさんは『若いなぁ』と微笑み馬車の中に戻ろうとした瞬間。


「あ、そうだ…」


「ん?なんですかケイトさん、まだ何かありますか?」


「いえ、この街に人が寄り付かないのは先程の伝説が由来ですが。先程の街人達が不可解な態度を取った理由については心当たりがありません。本当に何もないか分かりませんので…気は抜かない方がいいかと」


「え…」


「それじゃ、…アリスさ〜んイリスさ〜ん!ココアのおかわり淹れてくだっさ〜い!」


何やら不可解な言葉を残して…行ってしまった。街の人たちのさっきの言動が不可解なのには理由があるかもしれない、けどその心当たりはない?


ほ、本当にこの街…大丈夫なのか…?





「……ふむ、発狂の御息女…悲劇の領主…呪いの石城…ですか」


そんな中メグは一人、石の城を見て…首を小さく傾げるのであった。


……………………………………………………


「蛇の街シュランゲ…ねぇ」


街の大通りを歩くエリス達は八人で纏まって周囲を見回す。あれから街の中に入り込み観光気分で街の様子を見て回ったんですよ。いくら不穏な噂があっても所詮は噂、歩いて見て回れば大した事ないと思ってたのだが…。


「…なんか、妙な街…だな」


「ああ」


アマルトさんとラグナがコソコソ話をしている。妙な街…一時間ほどみんなで街を見て回った結果の答えがそれだ、この街は何処か変だ。


「………………」


「………………」


「………………」


「やっぱなんか変だよな…」


店の前に人はいる、けどそこから一歩も動かず張り付いた笑みのまま虚空を眺めている。一応話しかけると応対はしてくれるけど…それ以外の時には微動だにしない。


こりゃ気味悪がられるのも当然だよ。


「何考えてるんだ?ここの人達は…なぁデティ、分かるか?」


「分かんない、一応魔力は感じるけど…それも全部一定なんだよね」


「一定?」


「うん、揺らぎがない…まるで人形みたいに何も感じてないみたい」


「そんな事あるのか?」


「一応心的ショックや魔力的な疾患で魔力が動かなくなるとか、そう言う事もあるけど…。街の人たちみんなが同じ状態ってのはちょっとおかしいかな」


「人形を演じてるというより人形そのものですね、表情筋も動いてませんし…ちょっと役者の目から見てもあれは恐怖を覚えます。勉強になるなぁ」


「まるで街から生気を感じない…」


蝋人形の街だ…それがエリス達の感じた感想。何がどうなったらこんな状態になるのかさっぱりだが…、エリス達は何処かで思い始めてる。


『こんな事もあるのかな?』と。ぶっちゃけマレウスという国は何でもありだ、こういう街もありますと言われればそうなんだと思うより他ない。



「…試しに声でもかけてみるか」


と、思い立ったかのようにアマルトさんがエリス達の列から外れて近くの花屋『アネモネ』の看板の下に立つ老齢の店主に近寄り。


「おいーっす!いやぁ綺麗な花っす…ね…ぅげえ…!?」


しかし、そこでアマルトさんが見たのは綺麗な花の列ではなく、店先に並べられた枯れ切った花の数々。その地獄のような景色にアマルトさんは固まって動かなくなり…。


「あ、えっと…その…この花、枯れてますけど…も」


「いらっしゃいませー、お求めですか?」


「なにを…?なにを求めたらいいんかねこれ…」


「こちらのコスモスは銀貨三枚になります」


「しかも金取るの?いらないよ…」


「…………」


「しかも無視…怖いよぉ」


結局、声をかけるどころの話ではなく…すごすごと戻ってくる。


「やっぱおかしいぜこの街」


「見れば分かる」


「よく見るとこの街の商品…どれも埃をかぶってる」


ネレイドさんが見回すそれらの店、肉屋に八百屋に道具屋、全て埃が被っている。とても整備されているようには見えない…いや偶にしか整備されていないと言ったところか?


街の形をしてるだけだ、人が住んでいるように見えるだけだ、こんなの街でもなんでもない…なのに人はいるし住んでもいる。こんな奇妙な街があっていいのか?


「…不気味だ」


なんだがそこしれぬ恐ろしさを感じながら身を寄せ合う、そんな中ラグナは。


「ま、どういう事かは分からなけどさ。この街を使う分には支障が無さそうだし…取り敢えず腹減ったし飯でも食うか?」


「お前凄い胆力だよな…」


「この状況下でよく食欲が湧くな…」


ラグナ的には変だと思いつつもどうでも良さげだ。丁度近くにレストランもあるし飯にしない?と呑気に仰られる。まぁ確かにラグナの言う通りではあるな。


別にエリス達はこの街で何かしようってわけじゃないんだ、街の人達が変でもどうせすぐに発つわけだし、気にしなければ大した問題もない。


「そうですね、エリスお腹空いちゃいました」


「そうだな、一応店の人達も応対はしてくれるようだし」


「さんせーい!私もお腹ペコペコりーん!」


「んじゃ、飯にするか」


そう言いながらエリス達は近くに看板を掲げる『大蛇亭』へとつま先を向けて歩き出し、そのスイングドアをぼんっ!と押して店の中に顔を突っ込み。


「失礼しまーす!」


『……………………』


「…客もいやしねぇ」


ラグナがポツリと呟く。店の中には人っ子一人おらず咄嗟にスイングドアに掲げられた看板を確認してしまうほどだ。もしかして閉店してんのか?と思いきや看板にはきちんと『Open』と書かれている。


「いらっしゃいませー!」


「あ、店員はいたんだ」


「…客が居ないってどういう事だ?」


「分からん…」


アマルトさんとメルクさんが怪しむのは客が一人もいないという事。この街の人も利用するだろうレストランに人が居ない。一応店員は居るようだが…思えば街には通行人もいなかった。


…奇妙もここまで極まれば大したもんだよ。


「悪い、八人なんだが…」


「ではそちらのテーブル席にどうぞ」


「おう…、なぁ?俺たち以外に客って…」


「どうぞー」


「……問答無用かい」


一応テーブルには通してくれるが、それ以外の会話はしないようだ。仕方なしとエリス達は八人揃って大型のテーブルに着いてメニューを確認し、それぞれの注文を行う。注文を取りに来た店員さんは特にそれ以外何か言う事もなく直ぐに店の奥へと消えていってしまった。


「愛想ねぇ店員だな」


「ねぇー、ピクリとも笑わなかったよ」


「まともな料理が出てくればいいが…」


「…………」


街に活気がなければこちらにも活気など生まれよう筈もない、なんか新しい街に来たのに陰鬱な気分になってしまったな。あんまり長居するとエリスもあんな感じで笑えない人間になりそうだ。


「ねぇ皆さん、このご飯食べたら早めにこの街から離れませんか?」


「だな、街の入り口では歓迎してくれた割にこの街の人達はあんまり俺達を歓待してくれる感じでもないし」


「うん…なんか、怖いね…」


エリスが提案すればラグナとネレイドさんが同意するように首を縦に振り、それに続くようにメルクさんもデティも賛同する。みんなあんまりここに居て楽しいわけでは無さそうだし。


「俺も賛成、ただでさえ気味の悪い話が蔓延ってる上にこれだ。お前もそう思うだろ?ナリア」


「え?僕は楽しいですけど…」


「どういう感性…?ってかメグ、お前さっきからずっと無口だけどどうしたよ」


ふと、さっきからメグさんが一言も発してないことに気がつく。いつもならもっと賑やかなのに…そう思い皆でメグさんを見やると、彼女は何かを考えるような素振りを見せて。


「そう言えば、忘れていましたね…」


「へ?何を?」


「我々はこの夏を満喫しました、海水浴をして大いに楽しみました」


「お、おう、そうだな?」


「でもまだ…夏に相応しい事を一つ忘れてませんか?はいエリス様、それはなんでしょう」


「え!?エリス!?…夏に相応しい事ってなんでしょうか」


突如としてメグさんから向けられる質問の矛先にギョッとしつつも考える、が…何も思いつかない。咄嗟にアマルトさんに目を向けるが…『分からんからこっち見るな』とばかりに拒絶される。


「すみません、分かりません」


「……肝試しでございます」


「肝試し?」


「ええ、ぶっちゃけて言ってしまえば、怖い所へ赴いてその恐怖に耐える、肝を冷やして体を冷やす、夏の文化でございます」


「聞いた事ない上に今秋だし…」


「ええ、トツカの文化なので。そして我らは肝試しをしていない…それなのに秋を迎えつつある。こんな事…許されるのでしょうか?いえ断固として許されません!肝試しをしない夏があっていいんでしょうか!?否!否!」


バッ!と立ち上がり拳を握るメグさんはいきなり目を燃やしながら吼えたてる。だだでさえ静かなシュランゲの街にメグさんの声が響き渡り…。


「丁度ありますよね、目の前に、怖い場所」


「え?それってまさか」


「ええ、シュランゲ古城です…今晩、あそこで肝試しをしましょう!」


「えぇっ!?そんな唐突な上に強引な!」


「いやです!やりたいです!」


「いやいや、あそこで人死んでるみたいだし流石に入り込むのは罰当たりすぎる気がするが?…」


「そんなこと言ったら我々が普段冒険してる平原でも人死んでますよ、魔獣に食べられたりして。その理屈だと我々平原を歩くだけで祟られますよね」


「屁理屈だろそりゃ…」


なんか急にグイグイくるな、ただメグさんは是が非でも肝試しがしたいようだ。こうなったらメグさんは面倒だぞ…。


「ね!皆さんでやったらきっと楽しいですし、やりましょう!」


「むぅ、まぁ…別に構わんが」


「あの城気になってたし、中に入って探検するのもいいんじゃね?」


「私も…別にいいよ…、寧ろ…楽しそう」


「イヤダァーッ!ヤリタクナイーッ!デティオウチカエルー!!」


五体投地で嫌がるデティ以外は概ね賛成寄りのようだ、確かにあそこで人が死んでるのは事実なんだろうが、それはそれとしてあの城の中を探検してみたい気持ちはある。それ以上に。


「いいですね、やりましょうか、メグさん」


「フッ、エリス様なら賛同してくれると思いました」


意図を感じる、メグさんから何らかの意図を…メグさんがこういう風に振る舞う時は、その内側に何か考えがある時。友達思いの彼女がエリス達に本心を明かさないという事は…何かあるんだろう。


ならば乗ってあげよう、彼女がエリス達に害を与えるわけがないんだから。


…………………………………………………………


「おいちい、おいちい、ココアおいちい」


「ケイト様…、もう三杯目ですよ。もうお年なのですからあまり飲みすぎるのは良くないですよ」


「分かってますよう、ちゅるちゅる」


「はぁ、よく分からない人です」


アリスさんとイリスさんに淹れてもらったココアをちゅるちゅる飲みながらソファに腰を下ろす。いやぁ快適な馬車ですねぇ、頼めばなんでも出てくるし、ソファもふかふかだし、本当に旅してるんですかねぇ?って気持ちも湧いてきますよ。


「では我々はメイド長から頼まれた食材を持ってくるので、お留守番お願いしてもいいですか?」


「ええ、大丈夫ですよ〜、ココアおいちい」


それではとダイニングの奥へと消えていくアリスさんとイリスさんを見送ります。ダイニングの奥に時空魔力機構によって開けられた穴が存在しており、そこから帝国の倉庫にアクセスして物を持ってくるようだ。


便利なもんですねぇ、皇帝陛下の魔術は本当に便利極まりない。


「ふむ、…居なくなりましたか」


アリスさんとイリスさんの気配が消える、どうやら向こうに行ったようだ。


さてと…。


「………、シュランゲの街ですか」


ソファから起き上がり馬車の外に顔を出す。しかしこの街に訪れる日が来ようとは。


外界から隔絶され、マレウス王宮や冒険者協会も内部事情を把握していない街、それがシュランゲです。


……本当に、悪さをするにはもってこいの環境ですよね。


「どれどれ…」


ちょいと遠視の魔眼を使って街の周辺を探りつつ、魔力探知を街全体に張り巡らせる。すると街のあちこちから気味の悪いくらい硬い魔力を感じる…ここの街の人達は妙な魔力を。


「いや、まさか…これは。あはは、なるほどなるほど…面白い事を考える奴が居たもんですね、何をしたいんだか、ん?…」


面白い事をしようとしてる奴がいるようだ、何を考えているのかは分からないが、察するまでもないだろう。それより気になるのは…そこの丘の上で、街の様子を見てる一団ですねぇ。


「アイツら、誰なんですかね」


気配を消しつつ、私は其奴らの様子を伺う。人数は二十人…いや違うか、ふむ。


「『ソナーイヤリング』」


遠視の魔眼と同時に集音魔術を耳に集め、その集団を確認する。


……………………………………………………


場所は丘の上、そこから街を一望しながらくつくつと笑う女とそれに付き従う者の影が複数揺らめく。


「罠にかかった子羊が…八匹」


ペロリと細長い舌を出して笑う銀髪の女は、蛇のように細長い瞳孔を開いて遠視の魔眼にて街の中で呑気に食事をする八人の旅人の顔を確認する。


「愛…愛、これもまた愛の証左。彼ら彼女らにも愛を授けねばなりませんね」


蛇皮の靴、蛇皮のコート、極め付けは蛇の刺青をした女が虚空を抱きしめるようにうっとりと恍惚の笑みを浮かべる。


その背に広がるのは蛇の旗印。その手に宿すのは悪意の炎。愛を口にしながらも下卑た笑みを浮かべる蛇女の背後にて…ぐずぐずと音を立てて猫背の女が口を開く。


「ウィーペラ様」


「ああ、ラナ。愛していますよ」


ラナ…と呼ばれた女が傅く。汚い緑の髪と泥に汚れた泥のローブを引きずるその姿はまさしく泥蛙。そんな彼女にウィーペラと呼ばれた蛇女はチュッと投げキッスを放ちつつ微笑む。


「ありがとうございます、して…あの侵入者達はどうしますか?」


「そうですね、あの愛らしい子らに優しく抱擁を加え親愛の接吻をしてあげたいところですが…見たところ、かなりの使い手の様子。ならば…至上の愛にて、もてなしましょう」


「…クヒヒ、御意」


ギラリと銀のナイフを取り出す蛇女ウィーペラは殺意を滾らせながら愛を囁く。その様にラナは不気味な笑みを貼り付けて一礼。やる事は決まっている、一つしかない、この街に入り込んだ人間に与えられる物などはなっから一つしかないのだから。


「シュピネ、貴方も準備を…この『悪来の白蛇』最強の使い手たる貴方の力があれば愛なき子らにも愛を…そう、愛を与えられる事でしょう」


「う〜ふ〜ふ〜ふ〜、はぁいウィーペラ様ぁ〜」


そしてもう一人、黄色と黒のドレスを着込んだ令嬢シュピネもまた応える。このようなナリをして、このような間の抜けた声色をしておいて、彼女は『悪来の白蛇』最強の使い手…。


そう、このマレウス最強の盗賊マフィア『悪来の白蛇』に於ける最強の使い手なのだ。


「この街の存在、そしてこの街の裏側、それらを知られたのなら生きて帰すわけにはいかないのです。それに私の計画のこともありますしね…愛なき子らには愛を与え、我が崇高なる計画の一端を担っていただきます」


「ええ、ウィーペラ様…例のブツも、用意は出来ております」


「ならば尚のこと丁度良いと言う物…くふふふ」


くつくつと口元を手で隠しながら笑うウィーペラは街を見下ろす。


…悪来の白蛇、その名を聞いて怯えぬ者はいない。少なくとも裏社会を知る者ならば誰もが一度は耳にしたことのある最悪のマフィア達だ。


神出鬼没、何処にでも現れ何をも奪って消えていく盗賊マフィア。金品のみならず彼女達に襲われた街は住民さえも姿を消すと言われ、その様から『蛇』の名を冠する組織。それらがニタリと笑うように毒牙を剥き。


「では、今宵動くとしましょう…最強の盗賊、『盗魔』ウィーペラの名において、この世を愛で…愛で満たすのです!!」


それは愛、毒と言うの名の愛であり、愛と言うの名の毒。全てを侵し尽くす最悪の毒が街に迷い込んだ鼠達に向けられる。




…………………………………………………………


「あれ?三魔人ってジャックとモースとジズじゃなかったっけ?盗魔ウィーペラなんて聞いたこともないけど」


うーんとケイトは唸る。そんな名前の魔人は聞いたこともない。魔人の名は裏社会ではある種の尊称だ。王や皇帝にも似る最高の称号だったはず。


業魔クユーサーの偉業を称えて、その名を名乗るには裏社会で頂点に立たなくてはならない。今はもう海と陸と空で席が埋まってるから名乗るにはこの三人の誰かを殺さなくてはならないのだが…。


「ふーむ、…ま!ど〜でもいっか!それより確かそこの棚にデティフローア様が隠してたマシュマロがあったはず〜」


別にどうでもいい、アレが実際に魔人であろうともそうでなかろうとも、どうでもいいんだ。だって私には関係ないのだから〜!ふんふんふふん〜ん。


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