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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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429.魔女の弟子と覚醒修行


大地の街ガイアを目指す旅路の中、北部カレイドスコープへ着々と近づくエリス達旅路に…今。九人目の乗客を迎えたエリスたち。


名をケイト・バルベーロウ。冒険者史上最強の魔術師であり今なお語り種とされる伝説の存在だ。


そんな彼女が同席するマレウス東部クルセイド領を目指す道行は一時的なもの。ケイトさんはいつまでもエリス達と同行してくれるわけではない。ならば…今のうちに彼女に聞いておきたい事があるのだ。


それは………。


「魔力覚醒ですか?」


「はい、ケイトさんに聞きたくて」


いつものように移動の合間に行われる休憩時間。みんなで組手をして実力向上に努める停車時間の中…エリス達はみんな揃ってケイトさんに聞いてみる。


内容は単純、魔力覚醒のコツだ。


「ケイトさんって魔力覚醒使えますよね」


「昔はね、老いて魂が劣化した今では覚醒なんて無茶出来ませんが。経験はあります」


冒険者史上最強と呼ばれる彼女なら魔力覚醒をしていた経験があると踏んでいたが、どうやらやはり彼女も覚醒者の一人だったようだ。


ならば。


「どうやったら覚醒出来るか、教えてくれませんか?」


「ええ…」


彼女は嫌そうな顔で答えるが、これは我々にとって急務なのだ。今現在魔力覚醒が出来るのはエリスとラグナとネレイドさんの三人だけ。メルクさんは擬似的ながら覚醒出来るものの本当の意味で覚醒出来るのは三人だけなんだ。


これから戦いが激化するのは容易に想像出来る。なら少なくとも八人全員が覚醒を使える段階に行くのが目標とも言えるだろう。


そう伝えるとケイトさんはココアを飲みながら。


「そんなもん魔女様に聞けばいいでしょ。私なんかよりずっと頼りになるでしょうし」


「そりゃ俺たちだってお師匠には聞いてるし指導だって受けてるよ。けど『ここからはお前自身が道を切り開かないとダメ』つって詳しく教えてくれないんだよ」


「ならそういう事でしょ、私に言える事はありません」


師匠達の方針は基本的には『魔力覚醒は自分でやらなきゃ意味がない』というのが基本方針だ。エリスの時もそうだったように師匠は詳しいやり方は教えてくれない。


それはみんな同じようで皆試行錯誤しているのだが…上手くいっていないが現状だ。


「何かあった時エリスさん達に頼り切りというのは嫌なんです、僕達も覚醒を使いたいんです!」


「いやそう情熱的に言われましても…」


「せめて、覚醒の条件について…貴方の知見を聞きたい。何かヒントを得られるかもしれん」


「…はぁ、まぁお世話になって身ですし、少しくらいなら」


やった!とエリス達は互いに喜び合いながらケイトさんの前に皆座り話を聞く姿勢を取る。


「うお、みんな指導され慣れてますね…魔女様がどれだけキツく躾けてるか分かりますね」


「いいから、お願いします」


「はいはい、まず魔力覚醒の条件は基本的には『心技体』の充実が知られていますよね。心を万全とし技を磨き体を鍛え、そして初めて覚醒の段階へと行き着ける」


「それはマスター達から聞いている。我々は既に実力だけならば覚醒の条件を満たしていると言うが…それでも覚醒は出来ていない」


「そうですね、この三つが揃った瞬間『条件達成!覚醒解放!』とは行かんのが覚醒の難しいところ…飽くまでこれは必要な条件でしかない」


するとケイトさんは人差し指を立てて。


「ところで聞きますが、この中で覚醒してるのは誰ですか?」


「エリスとラグナとネレイドさんです」


「ならエリスさん、貴方はどういう状況で覚醒しましたか?」


どう言う状況か…、それはエリスの記憶力がなくとも鮮明に思い出すことができるだろう。あれはコルスコルピにいた頃の話だ。


「敵との戦いで、歯が立たず友が傷つけられているところを見て、怒りと自身の無力さを痛感したその瞬間…体の中から力が噴き上がってきたんです」


「なるほどなるほど、ならネレイドさんは?」


「私もだいたい同じ、負けられない戦いの中…敵に喰らつくために、無我夢中で」


エリスはアインとの戦いの中、デティが殺されたと勘違いして…ボンッ!と一気に力が噴き出してきたんだ。


ネレイドさんも同じ、まぁ相手はエリスなんですけどね。あの時のエリスもネレイドさんも共に極限状況の中それでも立ち上がり続けて覚醒を手に入れたんだ。


「なるほど、じゃあラグナさんは?」


「なんか修行してたらいつのまにか出来た」


「………、まぁラグナさんは天才なのでは除外するとして」


確かにラグナもなんかいつの間にか覚醒出来るようになってましたよね。彼は本当に天才だと…いつも思わされるよ。


「エリスさんとネレイドさんの例のように。魔力覚醒を行った者の中で凡そ八割以上の人間が『戦闘の最中、重要な局面で、必要に迫られ』覚醒をしています」


「戦いの最中…重要な局面で…必要に迫られて…か」


「ええ、なのでこういう言い方はあまり良くないかもしれませんが…まぁ、ぶっちゃけ巡り合わせです。力を持っていようともそれを必要とされる場面に出くわすとは限りません。傘を持って出かけた日に限って雨が降らないようにね」


傘を持っていても、雨が降りならければ傘は開かない。それと同じように魔力覚醒する条件が整っていても必要とされる場面に出くわさなきゃ覚醒は発生しない。エリスもネレイドさんもそういう場面に出会したから…か。


「そんな事言ったら三年前の戦いで覚醒出来てそうなもんだけどな」


「三年前の戦い?ああ、なんか世界危機を救ったんでしたっけ?詳しい話は出回ってませんが」


「ま、そんなとこ」


「でも、その三年前戦いが如何程の物だったかは知りませんが。八人一緒に戦ったんでしょう?後ろに保険抱えてる状況じゃダメですよ」


…そう言えば、エリスが覚醒した時アマルトさんとデティが側にいたものの仲間達の殆どは分断されていた。ネレイドさんも神将達と分断されてたな。シリウスの時のようにみんなで同時に…って状況じゃなかった。


つまり、これらの話を統合すると。


「じゃあ、孤軍奮闘で必要に迫られたら覚醒する…ってことか?」


「飽くまで割合の話ですよ?近年は魔力覚醒者の数も急増してるのでそっちのデータを参照したほうがより条件の解明は進むでしょうが、これは飽くまで私が今まで見てきた事例を話しているだけです」


冒険者協会にも覚醒者は何人もいるので、と語るケイトさんの理屈は師匠達とはまた別の角度の話だった。つまりはそういう状況に身を置く必要がある。


師匠達が自分でやらなければならないと言ったのはそういう事。最も覚醒しやすいのは一人で戦ってる時…ということなのだから。後ろで師匠が見ている状況じゃ…まぁ無理だな。


「よし分かった、ありがとよケイトさん」


「お役に立てたようで何より…ってどちらに行かれるので?」


すると、一人立ち上がったラグナは顎に指を当てて少し考える素振りを見せると。


「みんなで話し合ったんだ、そろそろ覚醒の為の修行に取り掛かろうってさ、ただその為に何をするべきか定まらなくてさ…だからちょっとジョギングでもして考えてこようなって」


「考えるって、まさか今のを実践するつもりですか?『孤軍奮闘で必要迫られる』というシチュエーションを…そんなもの意図的に作り出せるとは思えませんが」


「だよなぁ…難しいよな、修羅場ってのは来てほしくない時にばかり来るもので、望んで招けるものでもないし…、ケイトさん。いい方法知らんかね」


「知りませんよ、あ…でも私の知り合いに一人いますね。指導した人間全員を魔力覚醒の段階にまで導いている『覚醒請負人』が」


「そ、そんな便利な人がいるのか!?」


「ええ、ですが多分会えないですよ。この国の中央都市のサイディリアルに在住してますし、それにかなりの老齢なので…」


「サイディリアルか…ここから立ち寄るのは面倒だな…近くないし、はぁ…なーんかいい方法ねぇかな」


そうラグナが悩みを吐露すると…ふと、メグさんが何かに気がついたのか。


「あ、そう言えば。それなら良いものがあるかも知れません」


「え?なんか便利な魔力機構とかあるのか?」


「いえ、これは魔力機構ではなく…いや魔力機構なのかな。すみません私もよく分からないのですが…」


そう言ってメグさんが時界門から取り出すのは…。埃を被ったスーツケースだ。


「なにこれ」


「これは私がまだ無双の魔女の弟子になりたての頃…陛下から授かった修行道具、その名も『人魔儒』でございます」


「じんまじゅ…恐ろしい名前ですね、なんか」


「カノープス様の?」


「はい、この鞄の中には陛下の作り上げた一つの世界が広がっているのです。それを使えばきっと修行の助けになるかも知れません…少々危険ですが」


「ふぅむ」


この鞄の中に一つの世界が…、カノープス様らしい豪快な修行道具だな。にしてもメグさん…こんなアイテムを使って修行していたとは、なんというかリッチだな。


「で?これを使うとどうなるんだ?」


「まぁ物を試しです。一旦やってみましょうか」


そう言うなりメグさんは問答無用で鞄を…『人魔儒』をガバリと開く。するとそこにあったのは何か。どんな修行道具が入っているのか。皆期待して鞄の中を覗き込むと。


そこにあったのは。


「ボードゲーム?」


マス目が大量に刻まれたボードゲーム…それがスーツ系の中に展開されていた。これの何処が修行の道具────。


「むっ!?」


刹那、鞄が動く。いや違う…動いているのはエリス達だ!突如として鞄の中に体が引き寄せられる、なんだこれ…!?やばい、エリスじゃ抵抗しきれないくらい強烈だ!


「あっ…!」


ずるりと手を滑らせ体をスーツケースの中に落とす。そう、落ちるのだ。エリスの体よりも小さいスーツケースに体が落ちていくのだ。訳のわからない感覚に混乱していると…瞬く間に視界が暗転し。



……………………………………………………………………………



そして、次に気がついた時…エリスは馬車の中ではなく、よく分からない空間にいた。


「え?」


上を見る。星空がまるで照明のように大地を照らす。


下を見る。足元にはフカフカの絨毯が敷かれ『スタート』と刻まれている。


周りを見る。そこには…そこに広がっているのは。


「ぼ、ボードゲーム…!」


そう、先程鞄の中に広がっているのを確認したボードゲーム…それが巨大化しエリスの目の前に広がっていたのだ。まるでエリスが小さくなってボードゲームの中に入り込んだような…いやまさか、『ような』じゃなくて本当に小さくなって…。


「皆さまお気づきですか?」


「メグさん!?これどう言うことですか!?」


「いきなり吸い込まれた…ってもしかして俺ら今ボードゲームの中にいたりする感じかなぁ!?」


「いや、これくらいの事、先に質問してくれてもよかったんじゃないか…?」


見ればみんなもこの『スタート』と書かれた部屋の中におり。メグさんだけが訳知り顔で佇んでいる。そろそろどう言うことか説明してくれませんかね。


「はい、こちらは人魔儒…陛下をこれを『人生と魔術について教える物』と呼んでいました。内容は見ての通りボードゲーム風の修行カリキュラムでございます。我々は今このボードゲーム世界の中にいるのでございます」


「ボードゲーム風…とは」


「陛下が手ずから作り上げたこの盤面世界は、まさしくボードゲームのようにサイコロを振って出目の数だけ進み、その止まったマスで巻き起こる試練をクリアしていく…と言うものでございます」


「すげぇな…、サイコロを振って試練をか…」


チラリと横を見ればいつの間にか巨大なサイコロが置かれており、如何にも振ってくださいと言わんばかりだ。これを振って出た目の数マスを進んでゴールを目指す、その過程で試練をクリアしていく…か。


面白そうな修行じゃないか。


「これは私がまだ陛下の弟子になりたての…子供の頃作っていただいた物で、まだ子供だった私の為に陛下が『楽しんで修行出来るように』とお心を裂いて下さった結果なのでございます。懐かしいですね…あの頃は一日中これをやっていました」


「へぇ〜、俺なんて師範抱えて山登り降りしてたのに」


「エリスは本の内容を朗読しながらマラソンでした」


師匠によって修行内容っては違うんだなぁ。…なぁんて思っていると。


『来たか、メグよ』


と、いきなり地鳴りのような声が響き渡るのだ。空間どころか体の芯から揺らすような巨大な声…それにエリス達はまるで巣を突かれた蟻のように慌てふためき。


「今度はなんだ!?」


「あ!皆さん!上を見てください!」


そう言って上を指差すナリアさんに続いて上をみんなで見ると。


そこには、もうあり得ないくらい巨大なカノープス様の石像が目を光らせ天からエリス達を見下ろしていたのだ。…いやなにあれ。


「あれはこのゲームの管理者ですよ。お久しぶりです!今日も修行に付き合っていただいてもいいですか?」


『良かろう、して…難易度は何にする』


「な、難易度?」


目を点にする他のメンバーを無視してメグさんはカノープス様そっくりの管理者に向けて声を届け。


「難易度はアルティメットでお願いします」


『む、承知した。難易度はアルティメットだな』


「な、なぁメグ?難易度って何?つーかアルティメットって何?いや物物しいのは分かるけど」


「難易度とはこれから行われる試練に登場する敵キャラの強さですよ。私は小さい頃からイージーモードからスーパーハードモードしかやったことないのでどれくらい強いかは知りません」


「知りませんって、どれくらい難しいんだよ…」


「イージーの二倍の強さがハード、ハードの二倍がベリーハードでその二倍がスーパーハード、その二倍がハイパーハードで…」


「イージーの何倍!?」


「アルティメットはイージーの七百五十倍です」


「難易度刻みすぎぃッ!」


「ともかく、これからサイコロを振ってマスを進んで登場する試練をクリアしていくのです。そしてボードゲームですので一度に進めるのは一人まで…つまり」


「一人で危機に陥る…ってのはクリアできるわけか、なるほど」


ほう、結構使えそうな修行道具じゃないか。子供の頃のメグさんでスーパーベリーまでクリアできるなら今のエリス達ならアルティメットも適正だろう。


うん、これならエリス達の覚醒修行にも使えそ…う…うん?


「あの、メグさん。エリス達もやるんですか?」


「勿論」


「これ覚醒の修行ですよね、エリスとラグナとネレイドさんは既に覚醒してるんですけど…」


「ん、そう言えば…そうだった、私も…覚醒してた…私もやるの?」


「そ、そうだよメグ。取り敢えず俺達だけでも出してくれよ。出口は何処なんだ?」


「ありません、誰かがゴールするまで永遠に解放されません」


「なら説明してから使えよ!?」


とんでもないことに巻き込まれてしまった。どうするんだ…エリス達はもう覚醒してるのに、いや…でもまぁ、面白そうだしいっか。カノープス様の修行がどんな物か体験するいい機会だし。


「まぁ、ぐちぐち言っても仕方ないですよラグナ様」


「う…、別にぐちぐちは言わないけどさ…」


「それより始めましょう、ラグナ様が一番ですよ」


「いつの間に決まったんだよ…、仕方ない。やってやるか!」


するとラグナは諦めたのか近くのサイコロをヨイショと抱えると…そのまま大きく振りかぶり…。


「どりゃぁっっ!!!」


全力で投げ飛ばす。するとサイコロは音速を超え壁に激突するなり反射しボイーンと音を立てて反対側に飛ぶ。先ほども言ったがこの空間には屋根がない、だからサイコロはそのまま星空の彼方まで消えていき…。


「いや手加減しろよ!」


「ごめーん!」


スコーン!とアマルトさんに引っ叩かれると。ラグナの目の前にサイコロが転がってくる…どうやら向こう側に飛んでいったものは一周すると反対側に現れるようだ。


「あ!見ろよアマルト!戻ってきた!結果オーライ!」


「お前そのサイコロぶっ壊してたら俺たち二度とここから出られなかったかもしれねぇんだからな…」


「ご、ごめん…」


『サイコロの出目は…6、だな』


「ん?」


すると、天の管理者がラグナの振ったサイコロを覗き見ると…その瞳が真っ赤に光り輝き。


「ん?お?え?体が宙に浮いてる!俺飛んでるー!」


「ラグナ!?何処にいくんですかー!」


「わかんなーい!」


スルスルとラグナは何かに引っ張られるように何処かへとすっ飛んでいく。ラグナの意志を無視して飛ばされる体はマス目を四つ五つ六つ超えたあたりで減速し、落とされる。


結構遠くに行ってしまったな…。大丈夫そうかな。


「大丈夫ですかー?ラグナさーん」


「なんともねーぜー!」


「いいえ、これからですよ。油断されないように…ラグナ様!」


「え?何?全然聞こえん!」


その瞬間、ラグナの立つマスがギラリと真っ赤に煌めくと共に虚空に巨大な文字が浮かび上がる。その内容は。


『戦闘試練・超一級剣闘人形を三分以内に撃破せよ』


「なんだこりゃ…、戦闘試練?超一級?」


文字読み上げ首を傾げているラグナ、すると彼のいるマス目がまるで闘技場のように広がりその中心に…現れる。八本の腕と八本の剣を持った…悪鬼の如き剣士人形が。


あれ、魔力機構か!いやゴーレム?分かんないけど…凄い魔力だ。


「出ました!剣闘士人形!あれは陛下が魔力で作り上げた魔力兵士でございます!それも超一級…」


「強いんですか?それ」


「はい!そして戦闘試練は決められたお題となる敵を指定時間以内に倒さねば不合格に────」



「なんだこれ」


その瞬間、ラグナが向かってきた剣闘士人形に軽く平手打ちを入れた瞬間、人形は脆くもバラバラに吹き飛び、爆発四散。おまけに吹き飛んだ部品もまた爆裂し跡形もなく消し飛んでしまう。


「…どんな威力のビンタだよ」


「一撃で人形が吹き飛んだんですけど…」


「どんな怪力〜!?けど実は私なんとなくわかってたー!」


「ま、まさか超一級剣闘人形をでさえ相手にならないとは…」


呆然とするメグさんとなんかもうなんとなくわかってた弟子達。そしていまだに状況が掴めないラグナを放置して天の管理者からピンポーンと音が鳴り響く。


なんだか分からないが、ラグナは試練を乗り越えたようだ。


『試練合格、引き続き励め』


「あ、はい」




「…おほん、と一連の流れはこのようになります。マス目に止まればそれぞれ『戦闘試練』『日常試練』『精神試練』など複数のお題を出されます。そのお題をクリアしたらその人はそのマス目に居座ることができ、失敗すると振った出目の倍の数戻されてしまいます」


「なるほど…、難しそうだね…」


「私やれるか不安だよ〜!」


「ぼ、僕も。あんなの出てきたら僕で勝てるかな…」


「だが、これくらいでなければ…修行にはならんか、次は誰だ?決まっていないなら私が振るうぞ!」


すると次はメルクさんが転がっているサイコロを片手で持ち上げクルリと目の前に転がす。どうやら次はメルクさんが行くようだ。


そうして出てくる出目は。


『出目は…8、だな』


「六面ダイスなのに!?」


思わずメルクさんがダイスの出目を見ると確かに八つの出目が出てる。おかしいだろ…どう言う出目してんだ。


「ああ、言い忘れましたがこれどう振っても出目がランダムになる魔術がかかってるのでイカサマは出来ません。そして出目は一から十までで構成されていますので」


「むぅ、このサイコロにも魔術が…ってもう移動が始まった!」


出目が出てからは早い。メルクさんの体が浮かび上がり、ラグナを飛び越え八個先のマス目に止まると…ラグナの時同様地面が赤く輝き、試練が映し出される。


『戦闘試練・ガンマンとの決闘に勝利せよ』


「ほう、ガンマンとは。面白い…狙撃勝負と行こうか」


すると、メルクさん立つマス目が広がり、乾いた大地とタンブルフィードが転がりサボテンが生える大地と言う謎のフィールドが出来上がり、その中心に…アウトロー風味の戦闘人形が拳銃を持って現れ…。


「お前が私の相手…だ…な……」


メルクさんは絶句する、確かに現れたのはガンマンだ。



ただし、その数はおよそ千…千人近いガンマンがメルクさんに拳銃を突きつける鉄火場が作り上げられ…。


「ってぇ!これはもう決闘じゃなくて戦争だろうがぁーっ!!!」


『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』『シネッ!!』


寸分違わぬ動きで同じセリフを吐くガンマンズは一切の躊躇なくメルクさんに向けて拳銃の掃射を始める。その威力はもう個々人の決闘のレベルではなく、城とか砦とかを落とす時に用いられる火力だ。


「ちぃっ!『Alchemic・steel』!!」


咄嗟に目の前に鉄の壁を作り上げ、遮蔽物を作り上げたメルクさんはそのまま魔力を集中させ…。


「擬似覚醒!『マグナ・カドゥケウス』!!」


発動させるのは擬似覚醒、魔力で体を満たし擬似的に覚醒状態を再現する荒技。覚醒には及ばないがそれでもメルクさんは今…最も魔力覚醒に近い位置にいるのかもしれない。


「決闘だと?ならば応じてやる!『総員!』」


擬似覚醒を用いた時に生まれる翡翠色の王冠を軍帽のように被り直し、ビッ!と手を前に出すとその瞬間メルクさんの背後に大量の軍銃が生み出され…。


「ッてぇーーっ!!」


号令と共に生み出された軍銃が一人でに動き出し、目の前のガンマンズを次々と打ち抜き破壊していく。狙いの精度、銃の威力、そして何より戦略面。あらゆる点で戦闘人形に勝るメルクさんの一斉掃射はガンマンズの連射を遥かに上回り、瞬く間に千体近いガンマンを全滅させてしまう。


「凄い…メルク凄い」


「メルクさんかっこいいですー!」


「あいつもう殆ど覚醒してるようなもんじゃねぇか」


『無論だ!このくらいわけない!』


「ところでメルク様ー!覚醒出来そうですかー!?」


『この程度ではダメだ!もっと続けないと!』


メルクさんは強い、そんじょそこらの敵では追い詰められることもない。例え最高難易度とは言えエリス達はそもそも負けないために修行してきてるんだから、このくらいの危機では動じないか。


「では、ドンドン行きましょう!お次はネレイド様!」


「ん…分かった」


そして次はネレイドさんだ。とは言え彼女はもう覚醒しているし…。


『出目は3、だな』


浮かび上がり送られる先で起こる試練など…、簡単だろう。


『戦闘試練・巨大ドラゴンを討伐せよ』


「ん…ドラゴン」


現れる巨大な機械ドラゴン。それがドスンとネレイドさんの目前に現れた咆哮を響かせ─────。





「ん、倒した」


「あ…と言う間だな」


予想通り、ネレイドさんは瞬く間にドラゴンをぶっ潰した。一撃で機械ドラゴンの首を掴みそのままゴキンのへし折り、片手で首を引き抜き頭を捨てて終わらせた。


ラグナもメチャクチャだがこの人も大概だな。


「なんか楽しくなってきたな。次は俺だな!」


すると今度はアマルトさんがサイコロを掴み、全力で放り投げると…。


『出目は10、だな』


「やりぃー!!」


パチン!と軽く指を鳴らして十マス先まで飛んでいくアマルトさん。流石の豪運、カードやサイコロを使わせれば魔女の弟子中最強だな、あの人は。


ラグナ達を頭上から超えていき、先頭に立つアマルトさんは、クルリとマルンの短剣を抜き放ち。


「それで、俺の相手はなんじゃらほい」


まだ見ぬ敵に対し迎撃の姿勢を見せるアマルトさん、しかし…彼の足元は彼の期待とは裏腹に、青く光る。


「青?赤じゃなくて?」


『精神試練・耐え抜け』


「なにそれ」


そして浮かび上がる精神試練の四文字、お題もなんか分かりづらいし…と思っていると。ぬらぬらと周辺の景色が変わり…。


アマルトさんの周辺が、まるで…そう。ディオスクロア大学園に近しい雰囲気の景色に変わるのだ。


「いやいやなになに?なにが起こってる感じ?」


「アマルト様!それは精神試練です!トラウマを刺激し貴方の精神を試す事柄が起こります!気をつけてください!」


「トラウマぁ!?なんだろう…色々ありすぎて分からん」


『そんな間抜けヅラで大丈夫なのかなぁ、当主サマ?』


「あ?」


現れる、まるで幻惑魔術のように虚空が歪み…その内側から現れるのは、見たことないくらい邪悪な顔をした…タリアテッレさんだ。アマルトさんの親戚たる彼女がダル絡みするように現れれば流石のアマルトさんも視線が鋭くなる。


「トラウマって、こいつかよ」


「ねぇアマルト、君はさ?アリスタルコス家の伝統を継ぐ為の道具なのにくだらない夢とか持たれても困るんだよねぇ。なに?生徒の理想?くだらない…君ほんとくだらないね」


あれは、イオさんから聞いた…アマルトさんの過去の情景に近い気がする。タリアテッレさんによってアマルトさんの心が歪められたあの惨事。それを彷彿とさせる場面だ。


やっぱり…あれはアマルトさんにとってトラウマだったんだな。


「そんなんだからサルバニートにも都合のいい財布扱いされるんだよ。情けないったらありゃしないよ、先祖代々アリスタルコスの英霊達が泣いているよ?」


「……サルバニート、懐かし〜」


しかし、あの時からどれほどの時間が経ったか。あれからアマルトさんはどれほど成長したか。少なくとも…トラウマとされる場面を目の前に笑顔を見せるくらいには彼は強くなったんだ。


「な、なに笑ってんだよアマルト」


「笑うだろ、ちょうどいい機会だから言わせてもらうけどなぁ…」


すると、静かにアマルトさんは偽タリアテッレさんに指を差しつつ何処からともなく四角いメガネを取り出して徐にかけると。


「そもそもお前、分家の人間が宗家の人間に聞いていい口かね?それは」


「え?あ…いや」


「それに教育を任されているのに俺を満足に育てられなかった側の責任についての追求はしないのかな?」


「でも…」


「というかそもそも理事長にはなるつってんだからごちゃごちゃ言うなや!伝統は理事長になるまででどんな理事長になるかは自由だろうが!その意欲をテメェが削いでくるんじゃねぇ!!」


「あぅ…」


「なにが心を殺せだテメェをぶっ殺すぞ!!」


バキィッ!と叩きつけるような言葉に反撃出来なくなった偽タリアテッレさんがアマルトさんの言葉の一撃に粉砕されガラスのように砕け散り消えていく。


「っしゃあ!軽く捻ったぜ!」


『試練クリア、三十点』


「今まで採点なんてしてなかったよね!?しかも低いし!」




「うう、アマルト。トラウマを乗り越えるくらい強くなってたんだな」


「立派になったな、アマルト」


「よかったよー!アマルトー!」


「そしてお前らは何故泣く!」


アマルトさんの過去を知るラグナやメルクさん デティやエリス的にはアマルトさんがちゃんと過去を乗り越えてくれていたことが嬉しくてたまらないのだ。だからハンカチ出して涙ちょちょ切れでもしょうがないんだよ。


にしても、アマルトさんも余裕のクリア…覚醒の兆しは当然ない。ラグナもネレイドさんも余裕綽々でメルクさんも全く苦戦する素振りもなかったな。


最高難易度…とはいえ、所詮はカノープス様が幼少期のメグさんのために作った試練…って感じだな。


「ううむ、思ったよりヌルいですね」


「どうやら想像よりも我々の実力が高まっていたようで…。申し訳ございませんエリス様。アテが外れてしまいました」


「いえ、でもいい機会ですし、楽しませてもらいますよ」


周囲を見る。スタートラインに立っているのはエリスとメグさんとデティとナリアさんだ。デティとナリアさんに目を向ければ『お先にどうぞ』とばかりに手を差し出され、メグさんに目を向ければ『貴方の番です』とばかりにキョトンとする。


じゃあお言葉に甘えて、次はエリスがダイスをロールしていきましょうかね。


「それじゃ、エリスが行きますね」


「はい、頑張ってください。エリス様」


「勿論です…よっと!」


ダイスの角を下にして、クルクルと回転させるように振るえばダイスは竜巻のように回り回り…やがて失速の後サイコロは上を向き。


『出目は1、だな』


「…………」


分かってたよ、大きな出目が出るわけないと。でもいいんだ、これは別にサイコロの出目で勝負が決まるわけでないのだから。


「お、体が浮い…たかと思ったら落ちました」


「目の前でございますね」


スタートの部屋から一つマス目を移動して、エリスは試練に挑む。


さぁ、なんでもかかってこい!全部ぶっ飛ばしてやる!!


………………………………………………………………………………


「さぁ!なんでもかかってこーい!」


(エリス様、張り切っていますね)


目の前のマスで腕をぐるぐる回すエリス様を眺め、小さく安堵の息を吐く。正直この道具が皆様の役に立てれば良いと思って出したのだが…どうやら時間の無駄に終わりそうだ。


けど…。


『しっかりやれよー!エリス〜!』


『お前に限って負けることはないだろうが、油断はするな』


『てか出目1って…お前ほんとゲーム運ないのな』


「皆さんうるさいですよー!」


何やら楽しんでくれているようだからいいか。


みんなの野次にぷりぷり怒っている間にエリス様への試練内容が告知される。


内容は…む、日常試練か。


『日常試練・正しい行いをしろ』


懐かしい、陛下は私に力を与えると共に力の使い道…即ち道徳の教育を丹念に施してくれた。何が正しくて何が正しくないかを一つ一つ教えてもらわねばならないくらいには…当時の私はジズに染まっていたからなぁ。


『あ…ああ…ぁ』


「ん?」


すると、エリス様の目の前に傷だらけで倒れ伏した老人が現れる。そのうめき声に気がついたのかエリス様はクルリと振り向き。


『あ…あぁ、水を…』


「…水……?」


エリス様は気がつかない。背後に水が入っているタンブラーが出現していることに。あれを老人に渡してあげるだけでクリアの簡単な試練だ。正直エリス様は当たりを引いたと言っても差し障りは……。


「あらよっと!」


「え…?」


思わず口を開いてしまう。エリスが突如として倒れ伏した老人を掴み引き起こしたのだ…と思えば。


「どりゃぁあああああああ!!!」


と、裂帛の気合と共に老人をグルリと背負い投げし、地面に叩きつけたのだ…叩き、つけ……え?


「ぇぇぇええええええ!!!???」


「ぅぎゃぁあああああああ!?!?!」


当然、老人の体はガラスのように砕け散り消滅してしまう。い、いやいやいや…何、何?何してるの?エリス様…?


『ってお前なにしとんじゃーーー!!』


「ブイ!エリスの勝ちですよ!皆さん!」


『頭おかしいんかお前は!ってかお前試練内容見てなかっただろ!』


「え?戦闘試練では?」


『どっかどう見ても違うだろ!』


はっ!まさかエリス様、試練内容を見てなかったのか?いやだとしても先程の老人を敵だと思うとか…私ドン引きですよエリス様。闘争心を持て余しすぎでは。


『ブブブー!失格!』


「え!?なんで!?」


『倒れている老人を投げ飛ばすなど言語道断、お前は悪魔か。死神でももう少し情けがあるぞ。この鬼』


「そこまで言う?」


『試練に失格したお前にはペナルティ!出した目の倍戻ってもらう!』


「出した目の二倍?二個戻るんですか?でももう一個前がスタートですし…」


そうだ、幸エリス様は一回目のダイスロール。二倍戻されてもスタート地点に戻るだけ…。


「お…おお、浮かび上がって…え?」


「え?」


フワフワと浮かび上がったエリス様が私達の頭上を通り越し、スタート地点よりも前の何もない…奈落の底に向けて。


放り投げられた。


「ちょっ!?ええぇぇぇぇぇぇえ!?!?!」


「え、エリス様!?」


「エリスちゃん!?」


ひゅるひゅると落ちて奈落の底へ消えていくエリス様を追いかけスタート地点にいる弟子達で彼女を追うが…、ダメだ。どう言うわけかエリス様も空を飛ぶことができず、そのまま闇の中へと消えていってしまった。


「ちょっと!?メグさん!?これどう言うこと!?」


「わ、分かりません。私が以前使った時はこんなことは…」


「エリスさんどうなっちゃったんですか!?」


「…………」


言わないようにしていたが、もうこの際仕方ないか。


「いえ、死んではいないはずです…この人魔儒には命の危険はありませんから」


「そうなんだ…ん?」


「それだと修行の意味がないんじゃ…」


「ええ、だから言わないようにしていたのです。けど…どう言うことなんですか。これは!エリス様は何処へ!」


そう吠え立てるように天を仰ぎみれば、陛下によく似た管理者はにたりと笑い。


『メグよ、お前は今まで…単独でしかこの人魔儒をプレイしていなかったな』


「え?ええ…そういえばそうですね」


『つまりはソロプレイ、ソロプレイの場合はマイナスが超過しても特にペナルティはない…だが多人数プレイの場合は違う。ペナルティにてスタート地点を超えて戻された者には…相応の罰が降る!』


「罰!?」


そんな、多人数でプレイした場合はそんなペナルティがあるなんて聞いてないですよ!?スタート地点を超えてしまった者には罰が降る。そう語る管理者はある一点を指差す。


そこはゴール地点…その一つ前のマスに。現れる。


エリス様が。


「エリス様!?」


「エリスちゃん!」


「ダメです!気絶してるみたいで…」


縄で縛られ宙にぶら下げられたエリス様は意識を失っているのか、ぐったりと脱力したまま動く気配がない。


『其奴は今回のゲームから除外された。助けたければゲームをクリアするか奴のマスに止まってその試練をクリアするより他ない!』


「そんな…!」


「クリア出来なかったらどうなるの!?」


『当然!此奴は永遠に囚われ続けることになる!』


「なんてこと!」


そんな、と言うことはもう我々はゲームをクリアするしかないではないですか!




「……いや、そもそも俺達ゲームクリアしなきゃ外に出られねーんだから、別に状況変わってなくね?」


「アマルト…そう言うこと、言わないの…」


「ふむ、まぁつまり簡単に言えばエリスはゲームオーバー。今回のゲームには関われないと言うことだろう。助ける為にはと言っているがどの道クリアしなければ終わらないなら結果は同じ、重く受け止める必要はなかろう」


向こうはなんだか冷静だが…まぁそういうことだ、結局のところクリア出来れば問題ないし、実はクリア出来なくても最初からになるだけで別段命の危険とかはなかったりする。ただそう言うこと言い出したらさぁ、無いじゃん…元も子も。


私が罷り間違ってもエリス様達を命の危機に晒すようなことはしない。


それをなんとなくみんな分かっているのか、だんだん冷静になりつつある…が、そんな中。


「え、エリス…!」


一人、冷静になれない男がいる。


「エリスぅぅぅッッ!!今助けるからな!!」


ラグナ様だ。もう完全に周りの話が耳に入ってない、ただエリス様が捕まっていると言う事実だけしか目に入っていないのか。必死にエリス様の所に駆け抜けようとするが…、この空間は陛下の空間魔術に支配されている。


陛下はこの世界に一つの不文律の掟を定めた。それが『進む為にはダイスを振らねばならない事』、どれが唯一にして絶対の掟。故にラグナ様は見えない壁に阻まれ…。


「っ!進めない!」


「落ち着けよラグナ、それより早く助けたいならロールを早めるべきだ。つーわけで!巻きで頼むぜ!御三方!」


アマルト様の声が響き渡る。確かに…これ以上このゲームを長引かせてもあれですし。


「では、とっとと進めますか!」


……………………………………………………………………


そこからはトントン拍子だ。


『戦闘試練・超一級魔術師人形を撃破せよ』


「あ、楽勝な奴〜!はい初手『カリエンテエストリア』」


デティ様は魔術師人形を消し飛ばし。


『戦闘試練・超巨大人形を撃破せよ』


「えぇ〜、僕行けるかなぁ…」


とか言いつつもナリア様も危なげなく人形を撃破し。


『日常試練・踊れ』


「そいやーー!!帝国で鳴らした私の舞踊を見よー!!」


『合格・九十九点』


私も、軽くブレイクダンスを一つ披露し難なくクリア…。我々は破竹の勢いでボードゲームを進んでいきます。


『日常試練・人助けをしろ』


「う…うう、お助けください。家に病気の母が…」


「ならこれで薬を買え、近くに薬屋がないならマーキュリーズ・ギルドの権限を使って君の家の隣に薬屋を建てよう」


「え…え?」


『日常試練・合格』


「メルク様流石でございます〜!」


懐から金貨が山程入った袋を投げ渡すセレブリッチゴージャス大富豪のメルク様の活躍に手を叩き。


『戦闘試練・超々一級阿修羅人形を撃──』


「邪魔ぁッッ!!」


一撃、ラグナ様の拳が熱を放ち一瞬で巨大な人形の体に穴が開く、いやあれは穴と言っていいのか?だって胴体が完全に消え去り行き場を失った腕がボトボトと地面に落ちてるんだよ?


相変わらずあの人はメチャクチャだ。


『精神試練・耐え抜け』


「そんな間抜けヅラで大丈夫なのかなぁ、当主サマ?」


「またこれかよ!俺のトラウマ…レパートリー少なすぎだろ…」


なんかまたおんなじ試練を繰り返しているアマルト様を尻目に、私はゴールを見遣る。


(全員ゴールまで後数マス。特にラグナ様なんかは射程圏内だ)


このままゴールするか、或いは一歩手前のエリス様のマスに止まりその試練をクリアすればエリス様の救出は完了する。


だが…。


「もう直ぐエリスを救出できそうだな」


「ええ、ですがメルク様…お気をつけを。エリス様を救出するならゴールの方を選んでください。絶対にエリス様のマスに止まってはダメです」


「…何故だ?」


隣のマスに止まるメルク様に私は語る。このゲームの試練は『戦闘試練』『日常試練』『精神試練』の三つで構成されている…が、唯一例外としてゴール手前のマスだけは別の内容になっている。


所謂ハズレのマスだ。そこに止まればまず間違いなくペナルティは避けられない。私もよくそこに止まって弾き返されていた。


「ゴール手前のマスはハズレマスです!絶対に踏まずに!ゴールまで駆け抜けてください!」


「そんな事言っても出目はランダムなんだろ?防ぎようがない…」


とメルクさんが言った側から、ラグナ様がダイスを振り終え。


『出目は5、だな』


「よしっ!エリスのマスだ!」


「あ!」


ものの見事にラグナ様はエリス様のいるマスを踏んでしまう。こればかりは運だから仕方ない…と言えるが、ぶっちゃけこれもラグナ様の天運故なのだろう。王たる彼が望んだから…叶えられた。


だが今はそれがマイナス方面に働きましたよ…!


『では試練を始める…』


「ああ、これをクリアしたらエリスを解放してくれるんだろ!」


『勿論、では…決戦試練・魔王から姫を救助せよ』


「ま、魔王?姫?」


すると縄で縛られていたエリス様が、いきなり光り輝き美しいドレスに強制的に着替えさせられたが思えば…、即座に檻に閉じ込められ暗闇の中に引き摺り込まれていく。


…ん?魔王?姫?こんな試練…見た事ないぞ。いつもはルートヴィヒ将軍の動きをコピーした将軍人形が立ち塞がるのに…。


まさか…。


『難易度アルティメット限定試練だ。楽しむように』


「ああ?なんでもいいよ。それより魔王ってのを出せや!」


『そう急くな、それよりお前のここまでの戦闘試練での成績…満点だ。ここまで戦えるやつはそうそうおらん。なのでお前が知り得る限り最も強い試練を用意することとする…』


魔王…その言葉と共にぬるりと広がる空間のど真ん中に現れるのは、黒い鎧を着て、真っ赤なマントをつけ、漆黒の角田をつけた悪魔…否。


あれは…。


『では、決戦試練始め!』


「お、おいおい…これって」





「ぬぅーーははははははははは!魔王シリウス様参上じゃあ!世界の半分ごとぶっ飛ばしてやるわァッ!!」


シリウスだ…正確に言うなればレグルス様の肉体を乗っ取っていたあの時のシリウスだ。それが魔王の装束を着てラグナ様の前に立ち塞がるのだ。


「な、なんじゃそりゃあ!?そりゃなしだろ!?」


思わずラグナ様も足を引く、どれだけ勇ましくとも流石にシリウスを前に無謀に出れるほどではない。寧ろ奴の強さを知っているからこそ…ラグナ様は恐れているのだ。


しかし、シリウス?こんな試練があったなんて知らなかった…。


「む、あれは…」


「おや?何か知っているんですか?ネレイド様?」


「うん、あれはきっとお母さん…リゲル様の幻惑魔術を模倣してるんだと思う。お母さんの魔術には相手の記憶を読み取ってかつての敵との戦いを蘇らせるものがあるから…」


「なるほど、だからあのシリウスなのですね」


そういえばエリス様がオライオンでの旅路でそんな技をリゲル様から食らったと言っていましたね。多分あれと同じものでしょう…いや劣化コピーか。


如何に全知全能の陛下でも幻惑魔術の達人のリゲル様と同じことが出来るとは思えません。


つまり。あの時のシリウスから大幅に弱体化していると見ていい…。


まぁそれでも怪物級なのは間違いないが。


「勇者よ!姫を助けたければワシを倒してからにせえ!無理だろうがのう!ぬはは!」


「うぅ、俺お前の顔もう見たくなかったんだけどな…、いや顔はレグルス様なのか。今のなし」


「ぬははははは、どうしたどうした!怖いか?んん?ワシ怖い?ん〜?怖いでちゅか〜!?」


やたらシリウスの人格コピーが上手い気がするが…まぁいいだろう。


「っ関係ねぇ、俺もあの頃から強くなったんだ!テメェに一泡吹かせてエリスを助ける!!」


「ぬっはー!!ええのうええのう!それでこそ勇者よ!魔王を倒してみい!!」


そこからラグナ様は気合を入れ直し大きく踏み込むと共に突っ込み…。


「『蒼乱之雲鶴』ッ!!」


いきなり本気モード、蒼乱之雲鶴だ。体内エネルギーを爆裂に消費し覚醒による身体能力向上を数倍に跳ね上げる荒技。それを用いてシリウスに突っ込み…。


「かぁぁあーーー!!小賢しいわ!!」


「くっ!ぅぉおおおおお!!!」


殴り合う。一撃一撃が空気の壁を突き破り爆音を鳴らし衝撃波が大地を砕く、古式魔術級の拳の応酬…。弱体化してるとはいえシリウスとまともに打ち合ってる!流石ラグナ様…いや。


「よっ!」


「ぅぐっ!?」


咄嗟に突き出されたシリウスの足がラグナ様の足を引っ掛けラグナ様のバランスが崩れる。フラリとラグナ様の頭が揺れた瞬間を狙って魔王シリウスは…。


「魔王パンチッ!!」


「ふぐぅっ!?」


殴り飛ばされる。なんて生優しいレベルではない、あれはもう射出だ。ラグナ様の顔面を撃ち抜いた拳によってその体は一直線に飛び、マスの境目にぶつかり倒れ伏す。


「いや強…」


「ぬははははは!甘い甘い!甘いのう!」


やはりと言うか、まだ我々ではあのレベルに行き着けていないようだ。ラグナ様では百回やってもシリウスには敵わないだろう、そして我々ならば千回やってもチャンスは来ないだろう。


あれがハズレマス、攻略不可能な死の絶壁…。


「ふぅ〜〜……」


力の差を思い切り味わったラグナ様、しかし彼は弱音を吐くでもなくただ静かに息を吐き出し立ち上がる。


まだ、戦いは終わってない…とばかりに。


…………………………………………………


「ふぅんむ…」


ラグナは見る、魔王シリウスの姿を。相変わらず恐ろしい奴だし恐ろしいくらい強い。今の俺では奴に勝つのは無理だ…そもそも前回だって八人がかりの上に勝利と言えるか分からない内容だったんだ。


当時のシリウスに比べればメチャクチャ感は薄れるが、それでも格上…勝負にならん。


(このまま降参を選んだなら、俺は10個マスを戻るのか。結構戻されるな…)


正直、俺が勝たなくてもアマルト当たりがゴールを抜いてくれるとは思ってる。だからここで俺が意地を張らなければ直ぐに終わる話だ…だが。


(エリス………)


檻の中で眠る姫君を見て、拳を握る。意地を張らなきゃ終わる…だが、好きな女の前で意地を張らねぇ奴は、そもそも男として終わりだよ。


「ぬほほほ!おっほー!…ええ目じゃのう。そう言う目をした奴は決まってワシの障害となるし、ここで殺しとくか」


「ッ……!」


魔王シリウスが目の前で手をクルクルと捏ね回す、舐め腐った動きだ…だが。


(凄い魔力、来るか…!)


「火天炎空よ、燦然たるその身 永遠たるその輝きを称え言祝ぎ 撃ち起こし、眼前の障壁を打ち払い、果ての明星の如き絶光を今!『天元顕赫』!!」


目の前に作り出す灼熱の赤。それを握り潰す事で拡散させ周囲に全てを焼き尽くす熱線を撒き散らす。まるで簾のような熱線の雨…貰えば俺の魔力防壁さえも焼き尽くすだろう。


防御は不可、逃げ場はなし、直撃は死を意味する。


……だが。


「『蒼乱之雲鶴』…解除!」


「むぅっ!?」


蒼乱之雲鶴を解除する。それはつまり俺の身に魔力覚醒『拳神一如之極意』の流れの操作が戻ると言うこととなる。目前に殺到する熱線を腕の一振りで屈折させ…道を作る。


…シリウスは強い、例え偽物であろうと本来の肉体でなかろうと、アイツは間違いなく最強だ。そしてそれは俺が求める座でもある。


いつか、シリウスを超え…史上最強と呼ばれるまでに強くなる。それが俺の到達点。その為にも今は────。


「ぬはァッ!!向かってくるか!良い!それでこそじゃ!!炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ『煌王火雷』!」


「ッッ……!」


光線の雨を掻い潜り、シリウスに肉薄する。握られる拳が炎雷を纏い俺目掛け振るわれる…のを。俺は…。


「『蒼乱之雲鶴』!」


「へぇっ!?」


迎え撃つことなくするりとシリウスの脇を抜けて通過する。


いつか、シリウスを超え…史上最強と呼ばれるまでに強くなる。それが俺の到達点。その為にも今は…負けないことを選ぶ。


「何を!敵前逃亡か!ワシと戦わんかい!」


「断る!だって…試練の内容は… 」


頭上に浮かぶ文字に書かれているのは『決戦試練・魔王から姫を救助せよ』…そうだ、何処にも『魔王を倒せ』とは書かれていない。だから最初からシリウスとは戦わなくても良いのだ…だから。


「エリスっっ!!!」


目の前に迫る檻を引きちぎり…中からエリスを引き摺り出した瞬間。背後に迫っていたシリウスが動きを止める。


「…これで、試練はクリア…だよな」


「……………」


すると、シリウスは構えを解き…その身から光を放ち、形を変えていく。


変化し続ける肉体、その結果…俺の前に立っていた魔王シリウスは。


「うむ、見事なり」


「カノープス様?」


カノープス様へと姿を変える。これは一体どう言うことなんだろう…そう言う演出か?


「よくやった、ラグナ。見事であったぞ」


「……あんたも偽物、か?」


「さぁてどうかな、しかし随分懐かしいものを引っ張り出してきたかと思えば、こんなものを今更修行に用いているとはな」


チラリとカノープス様は背後のマスで目を白黒させているメグさんを見遣ると。


「紆余曲折しているようだな」


「え、ええ。そろそろみんな魔力覚醒を使いたいって…だから覚醒の為の訓練をと」


「覚醒の為の訓練な、そんなもの必要あるまい」


「え?なんでですか?」


「条件は満たされている。ならば後は時が満ちるのを待つだけで良い、お前達は今戦いの運命の中にいる、時は直ぐに満ちる。故に慌てず基礎を復習するだけでいい」


「なるほど…」


覚醒ってのはややこしいが、詰まるところやはり『覚醒が必要になる場面』ってのは意図的には作れないってことだ。


力が必要になる場面ってのは、それだけその人にとって大切な場面。まさしく運命の転換点なのだから。


「しかし、何故このような修行を?」


「え?ああ、ケイトさんから話を聞いて…」


「ケイト?冒険者協会最高幹部のケイト・バルベーロウか?」


「はい、知り合いですか?」


「………いや、会ったこともない」


ふむと空を見上げるカノープス様は一瞬怪訝な顔をするものの、直ぐに笑顔を戻し。


「まぁよい、それよりこのゲームを終わらせるが良い。魔王を倒し、姫を助けた勇者に残されている仕事と言えば」


そう言ってカノープス様は俺の背後を指差す。それに合わせて俺は踵を返し…カノープス様が指し示す方を見ると。


そこには…。


「なぁっ!?」


「勇者と姫が結ばれる、人生のゴールラインを駆け抜ける事だけだろう?」


リンゴンリンゴンと鐘が音を鳴らす純白の教会が目の前には広がっていた。


え、いや…なにこれ。


「人魔儒とは魔道を教え導くものであると同時に、人生についても学ぶ物だ。そして人生のゴールといえば結婚しかあるまい。魔王を倒したならもう結婚くらいしかやる事ないしな」


「う…」


お…おお?エリスと結婚?今から?


視線が自然と下を向く、気絶して俺の腕の中ですやすやと眠るエリスの綺麗な顔が目に映る。輝くような唇、刻まれるような二重、絹のような肌、ずっしりと強さを感じる体重。


エリスと…エリスと、け…けけ…結婚…!?


「あわ…あわわ…」


めくるめく妄想の嵐。エリスとの婚姻、エリスとの日常、エリスが俺を伴侶と呼び俺に寄り添ってくれる未来。そんな幸せが…一生続く…う、うおおおおお。


「ん?どうした?ラグナ」


「は…は…はひぃ〜〜…」


キャパシティオーバー…とでも言おうか、ぶびゅっ!と音を立ててラグナは鼻血を噴き出し…その場に倒れ伏してしまう。それでもエリスだけは地面につけないあたり最後に意地を見せたようだが…。


「はぁ、思ったよりも意気地なしだなお前は…先が思いやられる」


そんなラグナとエリスを見て、本当にこの先やっていけるのか…ただただ不安になるカノープスなのであった。


………………………………………………………………………


「というわけで、人魔儒は不発に終わってしまったわけですが」


「いや、楽しかったよ。一風変わった修行というのは新鮮味がある」


「俺なんかずっとタリアテッレの事論破してたんだけど」


「はー楽しかった〜、けど覚醒は出来そうになかったね」


「ん…そうだね」


それから普通にアマルト様がゴールを踏んで人魔儒のゲーム世界から解放された弟子達は皆一時の不思議な体験の余韻を味わっていた。


ちなみにだがエリス様はそのまま気絶中、ラグナ様も何故か気絶中。何処からどう見ても本物の陛下にしか見えない存在と会話してたかと思ったらいきなり気絶するんだからびっくりですね。


「覚醒の道は遠いって事ですかね…、それとも僕達は一生覚醒出来ないのかな」


ふと、不安を吐露するナリア様に皆の注目が集まり…。


「そんな事ないと思うよ」


と、デティ様が小さく首を振り否定する。


「私達は魔女の弟子だよ?魔女様に鍛えられている私達が魔力覚醒出来ないわけないし、魔女様達が出来ると言っている以上いつかはきっと出来るようになるよ。だからそんなに慌てなくていいんじゃないかな」


「おお……」


ね?と慈しみの笑顔を見せるデティ様に思わず口が開く。この方が時たまに見せる大人の余裕に溢れた顔つきはギャップ満点。…シリウスの呪縛により成長が止まっているといえ話だったが。


この方がもし、そんな呪縛などなく他の方と変わらない成長をしていたら、一体どれほど威厳あふれる人物になっていたか、ちょっと想像出来ない。


「あーんだよデティ、お前随分余裕だなぁ!そういうお前は覚醒出来そうなのかよ〜!」


「アマルトよりは先にね!」


「ンだとこのヤロー!」


キャイキャイと騒ぎ始めるデティ様とアマルト様により真面目な空気が何処かに行ってしまったようなので、ここらでお開きにしておこうか。


それにしても、やはり由々しき事態だなぁ。


最強の魔女カノープス陛下の弟子である私がいつまでも覚醒出来ていない…というのは。出来るなら次に覚醒するのは私でありたい…いや私であるように、自主的な修行時間を増やすとしよう。

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