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外伝:天に輝く星光と地に蠢く悪意


魔女無き国マレウス、その成立は数百年前と言われており非魔女国家の中ではかなり古い歴史を持つとされている。また古の遺跡が未だ数多く存在している歴史の国としても有名だ。


そんな中でも特筆すべきはなんといってもその領土と特異な文化形態だ。


そもそもマレウスという国が出来る前、この地には無数の非魔女国家が乱立し群雄割拠の時代を築いていた。コルスコルピに隷属する事なく、デルセクト同盟に飲まれる事なく、人としての主権を主張する者達の戦乱の地であったこの地は…突如現れた勇将によって平定されることとなる。


その者こそマレウス王国を建国した初代国王アウグストゥス・ネビュラマキュラであった。彼は何処からか現れ軍を率いて圧倒的な力と冷酷無情な戦略を用いて瞬く間に戦乱の地を全て平らげマレウス王国を作り上げ、今日この日まで魔女達の支配を受けない独立した国家を貫き続けている。


そしてそう言った経緯を辿っているからか、国内で複数の民族的価値観を分け合うと言う非常に歪な国でもある。


元は複数の国が侵略されて出来上がった国という成立過程を辿っている為、元来より複数の民族的な思考が入り乱れる土壌があり、そこに滅びた非魔女国家の移民を受け入れるという姿勢を取っている為国内はさらに混迷、今では街ごとに価値観が違うという極めて統治しにくい国が出来上がってしまったのだ。


そういう意味では、真なる意味で『マレウス』と呼べるのは建国王アウグストゥス自らが打ち立てた街…中央都市サイディリアルだけなのかもしれない。



サイディリアルは他の混沌とした街々とは異なり極めてスタンダードな統治体制を取っている。やや独裁色が強いもののそれも魔女大国の侵食を防ぐ為、何より豊かであり今も数百万の住民が暮らす大都市として名を馳せているところだ。


…と、色々語ったものの簡単に纏めるならマレウスという国は歴史が深く、サイディリアルは建国当時から存在する古い街…という事だ。


なればこそ、この街の中心に存在するネビュラマキュラ城なんかは特段歴史的な価値はあると言える。コルスコルピの学者達も涎を垂らすような古さを持ちながらよく手入れさせれており、中に入ると磨かれた大理石が銀のように光っていてとても綺麗なんだ。


…そんな、綺麗な綺麗なお城の中に、今…俺はいます。


しかもただ中にいるわけじゃない、俺が今居るのはネビュラマキュラ城の…。


「ようやく貴方をここに招けました、ステュクス 」


「は、はぁ…レギナさん」


国王の個室だ…、俺みたいな小市民が入れる空間ではなく下手に入ればなにがしかの罪に問われるような部屋。そこに俺は居る、置かれた椅子に座ってなるべくスペースを取らないように、そして綺麗なカーペットを汚さないように足を浮かせてギクシャクした返答を返す。


なんでここに居るのかって?なんでだろうね、色々あった気がするんだけど色々ありすぎてよく分からない。


俺…ステュクスは貧乏臭い冒険者生活をやめて安定した稼ぎが望めるマーキュリーズ・ギルド傘下の工場の警備兵として雇われこれから社畜生活が始まると思っていた矢先。


リオスとクレーというガキンチョを拾い全てが一転。ジュリアン社長のクーデター計画を潰したり、アド・アストラに追いかけられたり、鬼神…もとい姉に殺されかけたり、人攫い組織と戦ったり、色々あった。ほんとーに色々あり尽くした。


その果てに出会ったのが…彼女。


「ふふふ、いい天気で良かったです。見てくださいステュクス 、いい景色ですよ」


「お、おう…」


白い髪赤い目、人形のように整った顔つきと陶器のような肌を持つ美しい女王…この国の女王様でもあるレギナ・ネビュラマキュラだ。二年前ちょっとした縁で知り合った俺たちは再び理想街チクシュルーブで再会し…こうして城に招かれたのだ。


「…………」


「…もしかして、仲間の皆さんのことを心配されてますか?」


「ああいや、そういうわけじゃないんだ」


因みにカリナ達は今城の外で待っている。というのも…ゾロゾロと薄汚い冒険者が城の中を歩いていると文句を言ってくるやつがいるからだ。え?国王のレギナのお墨付きで一緒に居たら文句言われないって?


そういうわけにもいかねぇんだな、今のネビュラマキュラ城は。


「なら、何故そんな硬い顔をしているんでしょうか…」


「あー…その、緊張してて」


「緊張…?」


コテンと首をかしげるレギナの隣に立つ。レギナは友達だ、二年前にレギナを狙う刺客を俺が追い払い彼女には命を助けた貸しがあるが、別にそんなのはどうでもいい、あれは俺が放って置けないと思ったから勝手にやっただけだしな。


そういうのを抜きにして、レギナの事は友達だと思っている。真面目に国のことを考えて自分に出来ることを直向きに頑張る彼女の事は、尊敬してさえいる。だから一緒にいる事は苦じゃないんだ。


ただ、ただね?緊張するよ、だってここ王城なのよ?普通の感性してたら普通は緊張するのよ。


「いやここ王城だしさ、俺みたいな小市民はほら…場違いってかさ?」


「…ぷふっ!あははは!」


「ちょっ!?何笑うのさ!」


「い、いえ、すみません。でも二年前…いきなり私の前に現れて手を引いて刺客から助けてくれた貴方が、今更緊張だなんて言うもんですから。王様の手を強引に取ったのに、そこには緊張しなかったんですか?」


レギナは悪戯に笑う。いやいや…だってあの時はただ精一杯で、なんか殺されそうな女の子がいたから助けただけで、それがまさかこの国の王様だったなんて思いもしなかったんだよ。


「まさか王様だとは思いもしなかったからさ」


「なら、私の事は王様だなんて思わなくてもいいですよ」


「いや事実王様じゃん」


「いいんですよ、この城にも私の事を本気で王様だと思ってる人なんかいないんですから。だったら私は貴方にも対等に見てもらいたいな。変に敬わず…二年前みたいに笑ってください、ステュクス 」


「…レギナ……、分かったよ」


二人で窓辺に立ちながら見つめ合う。レギナはあの頃から変わらず。優しい子だ、優しい子だけど…笑うと何故か悲しげなんだ。そう言うところはずっと変わってない。


「…ふふっ」


「今度はなんで笑ってるんだ?」


「久々に貴方に会えたのが嬉しいのと、貴方をようやく私の部屋に招けたのが嬉しいんです」


「そうか?そう言えば前回は結局お城には来れなかったしな」


「はい、…ずっと…貴方にここに来て欲しかった。だからずっと…貴方のことを探していたんです」


そりゃ悪いことをしたな、レギナが探してるなんて思いもしなかったから俺ぁ国の外で就職活動してたよ。でもまぁ…思ってみれば俺が魔女大国で腰落ち着けるなんて出来なかったんだ。


やっぱり俺には冒険者しかない、そこに気がつけだからこうして戻ってきたわけだしな。


にしても探してたか…、それかきっと。俺が今ここにいる理由なんだよな。


「なぁ、レギナ…そろそろ話してくれないか?俺達をここに招いた理由を」


「…………」


レギナはここに来る前に、マレウスを救うには俺の力が必要だと言っていた。けどぶっちゃけ俺には国を救えるだけの力はない、いや国を救うような事はした事はあるけども流石に今からこのマレウスを救え!って言われても無理だぜ。


そういうのは姉貴に頼んだ方がいい、受けてくれるかは分からんが。


「俺にこの国を救ってほしい…だったか?俺の力がいるとか。でも俺…そんな凄い奴じゃないぜ?腕には覚えがあるけど化け物連中には通じないし…」


「いいんです、ただ…側にいて欲しいんです。今の私にはあまりにも味方が少ない…心の底から信用出来る味方が…」


味方…か。レギナは確かにこの国の王様だが、その影響力は極々小さい。というのも彼女は本来の王様じゃないからだ。


本当は彼女の兄…バシレウス・ネビュラマキュラが国王として君臨するべきだったのに、無責任な事にこのバシレウスとやらが逃げやがってな。空位になった王座に代理としてただなんとなくそこに居ただけのレギナを座らせ出来上がったのが誰からも王として見られない孤独な女王様だ。


城の人間はみんなレナトゥスの味方だ、剰えレナトゥスの野郎…レギナが何かしようとすると悉く潰しにかかってきやがる。あの刺客だってもしかしたらレナトゥスが送った物かもしれないんだ。まぁ国王代理のレギナを殺す意味はよくわからないが。


「味方って…俺でいいのか?」


「はい、貴方は信頼出来ます。ステュクスは…私を裏切りませんから…」


そう言いながらその細い手でキュッと俺の手を握り涙ぐむ。きっとここまで…一人孤独に戦ってきたんだろう。


レギナは真面目な子だ、自分は国王代理で誰からも評価されてないからと言ってた責務を放り出せる子ではない。この国を少しでもよくしようと常に頑張っている、誰からも耳を傾けられずとも構う事な国の為に働き続けている。


そんな彼女のあり方は、やや俺には眩し過ぎる。


「側に居て、私を支えてください、もう貴方しか居ないんです。信じられる人間は…」


「わかった、やるよ俺」


「勿論報酬は用意させて頂きます、爵位などは与えられないかもしれませ…え?」


「いいよ報酬とかは、あーでもちょっと金銭を貰えないと仲間達に怒られるかも」


「え?え?引き受けてくれるんですか?まだ報酬の話もしてないのに、それに何をするかも言ってない…なのにそんな二つ返事で…」


別に報酬が欲しくてここまで来たわけじゃないし、俺ぁ貴族が嫌いだから爵位なんかも欲しくない。確かに人は褒美があった方が動くし、報酬があった方が良いのはそりゃあそうだよ。けどさ…。


「俺がここまで来たのは、君が助けて欲しいと言ったから…それ以上の目的は無いよ」


「ッ……!」


友達が助けてくれと言った、それ以上の理由はいらない。友達を助ける為なら俺は俺に出来る事はなんでもやろう。出来ない事でも可能な限りなんとかしよう、どうしようもない事でも転げ回って泥に塗れても取り組もう。


そうする為に、俺は来た。望まれたのだから、そうする為に。


「ステュクス…!ありがとう…!」


「いいって事よ」


なっ!と笑いかけ安心させる、涙ぐみグスグスと鼻を鳴らす彼女の手を撫でる、さっきから俺の手を掴み続けるその手を覆うように、ゆっくりと。


「…っは!?すみません!私さっきからずっとステュクスの手を掴んでましたね!」


「え?あ…ああ、そうだけど」


「ごごごごめんなさい!なんか私手汗凄いですね!あわわ」


咄嗟に手を離し顔を真っ赤にしてばたばたと手を振って離れていくレギナを見て静かに頷く。泣いてしまった時は余程衰弱しているのかと思ったけど、ワタワタ動けるなら大丈夫だろう、相変わらず元気な子だ。


「それで?話してくれるんだよな、俺に頼みたいことや…レギナの言っていた戦いの事」


「え?…あ、はい」


レギナが口にしたこの国を守るための戦い、それに俺の力が必要だという。そしてその話をする為には人目のない場所で、盗み聞きされない状況が必要だ。


だから俺は二人っきりでレギナの部屋に招かれカリナ達は外で待機させられている、部屋の外ではエクスさんが護衛をしているし…多分聞かれる心配はないと思う、というかここで誰かに聞かれてしまったらもう諦めるしかない、というのが現状だろう。


「実は、私には一つ…企みがありまして」


「クーデターとか?」


「ななっ!?そんなことするわけないじゃないですか!私王様ですよ!?いやまぁ実質レナトゥスの政権下ではありますが…しないです!」


よかった、今度は俺がクーデターをする側にならなくて。というかぶっちゃけクーデターなんか企んでも上手くいくわけない。こっちの戦力は俺たちとエクスさんしか居ないんだ、いくらエクスさんが強くても国一つひっくり返すのは無理だろ。


「オホン!…実は今度、黄金の都エルドラドにて王貴五芒星を集めた会議が開かれます」


「エルドラド?…って確か黄金卿が打ち立てた、あの?」


「それです」


黄金卿、かつてマレウスで活躍した伝説の冒険者パーティ『ソフィアフィレイン』にて『商人』として活動していた男だ。彼はその功績から爵位を得てそのままレナトゥスから黄金卿の名を賜り王貴五芒星へと上り詰めた。


俺もよく知っているよ、なんたって冒険者達の中でも有名だからね、一介の冒険者が国内屈指の大貴族にまで出世したサクセスストーリー…俺もいつかあんな風になんて夢見たい方がおかしいぜ。まぁ俺は全然そそられなかったわけだが。


そうか、エルドラドで…マレウス中部にある黄金の都で会議…。


「その会議に王宮五芒星全員とマレウスの有力な貴族達を全て集め…話します、マレウスと魔女大国の和解について」


「は!?和解!?魔女大国と!?」


マジかよ…、魔女大国とマレウス…この二国は敵対関係とは行かずとも互いに拒絶し合う仲にあった。手を取り合ってお話しなんか出来るわけない、それは向こうも同じだし…こっちにも反魔女感情を抱える貴族が主流なんだ。


「出来ないと思いますか?」


「忌憚なく意見を述べるなら、そうなるかな」


「分かってます、けど…このままマレウスが単独でやっていくのは不可能です」


「そうか?なんか上手くやってると思うけど」


「それは貴族間の反魔女感情が強烈だからです。魔女大国に負けてなるものかという野心や敵意を燃料に無理矢理国内を活性化させようとしているだけです。国は機械じゃありません、生き物です、無理に動かす続ければ何処かに皺寄せが行きます」


「まぁ、そうだな…」


「このまま反魔女感情を高めさせるのは危険です。もしアド・アストラを相手に戦争しよう!なんて誰かが言い出したら…終わりです」


アド・アストラとマレウスが戦争したら勝てますか…なんて質問ほど意味のないものはないと思う。


答えは簡単、勝てるわけがない。向こうはマレウス並みの国土を誇る大国が七つ同盟を組んでいる。国力も違うし兵力も桁外れ、技術力なんか差をつけられる一方で財力は…そもそもこの世界の財の証明たる魔女通貨の発行権利を向こうが握ってんだから意味のない話だ。


オマケに前にはデルセクト、後ろにはコルスコルピ、こんな状態で戦争なんさしたらタコ殴りだ。


「だから、エルドラドの会談で皆を説き伏せます」


「出来るのか?そもそも魔女大国との和解って…魔女大国側が拒否したら意味ないだろ」


「その為に、会談に…アド・アストラの六王も招きます」


「えぇっ!?」


アド・アストラの六王を招く?…そもそも呼べるのかって点を抜きにしてもまぁ大変なことになりそうだ…けど。


向こう側が、ある程度の譲歩を見せれば…形だけの和解でもいけないことはないのか?


「アド・アストラの決定権は六王にあります、魔女は既に隠匿を始め徐々に干渉を薄めています。ならば今…アド・アストラそのものと話をつければ和解もいけそうじゃないですか?」


「難しいかもしれないが、不可能ではないかもな」


「はい、だから…その会談にステュクスも付いてきて欲しいんです」


「俺?なんで?」


「一人では…戦う勇気が出るか、わからないので」


…なるほど、戦いとは即ちレギナにとっての一世一代の大勝負。国を守る為の会議という名の戦い、その場に俺も同席して欲しいと。


それに俺がいれば、最悪反魔女派が襲いかかってきてもレギナを逃してやることくらいは出来る。護衛…その為に俺が呼ばれたんだろう。信頼出来る護衛がたくさんいた方がレギナ的にも安心だろうしな。


「なるほどね、分かった 請け負うよ」


「ありがとうございます!エルドラドの会談は今も準備を進めている最中なので…是非ステュクス達にも手伝って欲しいのですが」


「手伝うって、何を?」


「それがその、マレウスの貴族は私が集められますが…六王となると私にもツテが無くて…」


……いやまぁそうだろうけど、なんでその話を俺にする?


「実はそのぉ…ステュクスは各地で旅をしていてたくさんの知り合いがいるとは思うのですが、その知り合いの中に…アド・アストラと連絡を取れたりする人って…居ませんか?」


「…………」


心の中でため息を吐く、なんちゅう無茶を言い出すんだこの子は、一介の冒険者たる俺に世界の支配者たるアド・アストラとのコネがあるわけないだろう。そもそも俺 アド・アストラ傘下の工場をクビになった身ですし…もうコネなんて。


「……あ…」


いや待て、あるかも。


姉貴だ、確か姉貴はアド・アストラで幹部をやってるとかって言ってたな。それに六王の半数は魔女の弟子…そして姉貴も同じく魔女の弟子。姉伝いならもしかしたら六王に連絡出来るかも…。


「あるんですかっ…!?」


「え!?いや…まぁ、一応」


「是非お願いしたいのですが!」


そう言いながらまた俺の手を取り頼み込んでくるが…いやぁ、無理っすよ。


だってそれって即ち俺がまた姉貴に会って頼みごとをするってことだろ?殺されるぜ…比喩じゃ無くてマジで。


軽く想像するのは…俺が姉と顔を合わせて『頼む姉ちゃん!俺の友達のために六王をマレウスに連れてきてくれ!』と頼む場面。


両手を合わせて頭を下げる俺に対して姉がかける言葉はきっとこれだろう。


『ふざけるな、死ね』


そして飛んでくるアイアンフィンガー、姉は有言実行の人だ。そのまま哀れにも俺の頭は砕かれ還らぬ人になるだろう。


「う…」


「えっと、ダメですか?」


「いや、ダメじゃないんだ。俺だって出来るなら助けてやりたいが…」


「その人では六王を連れてくるのは難しい…という意味ですか?」


「ああいや、そうじゃない。…一応知り合いにいるんだ、アド・アストラで幹部してる奴が…いや知り合いというか、姉だな…実の姉」


「ええ!?凄いじゃないですかステュクス!…あれ?でもステュクスってマレウスの人ですよね?ならお姉さんも…」


「色々あるんだよ、でもただ俺…姉貴と死ぬほど仲悪いんだ。メチャクチャ恨まれてるし…多分会ったら了承されるとかそういうの以前にまず間違いなく殺される」


「あらまぁ」


冗談だと思ってるな?残念ながら俺の姉は冗談みたいな人だが冗談では無く本当に殺してくるんだから冗談じゃない。


ってか姉貴も今はマレウスにいるんだよなぁ…、下手したらサイディリアルに来るかもしれないなぁ、いや流石に王城に乗り込んできてまで俺を殺しに来ることはないと思いたいが、…分からないからなあの人の場合。


…ん?そういえば姉貴って確か…。


「いや待て、方法があるかもしれない」


「へ?そうなんですか?」


「ああ、もしこれで姉貴が動いたらまず間違いなく六王に話が行くと思う」


「ほほほ本当ですか!?」


そこについては確かだ。姉貴はアレで魔女大国側からの信頼は厚い。嘘か真か六王全員と面識がありなおかつその全員に恩を売っているとの事。姉貴が俺に協力してくれれば六王を呼ぶこと自体は容易だ。


だから…多分行ける。


「凄いです!半分くらい『ダメかなぁ』と思いながら頼んだのですがまさか本当になんとかなるなんて!」


「ダメ元だったのかよ…」


「うふふ、流石はステュクスです。貴方を頼って本当に良かった」


「調子いいなぁ…」


ダメ元でとんでもないことを頼ってくるもんだと思いはするものの、俺の手を取ってピョンピョンと可愛らしく飛び跳ねる彼女を見てたらそういうのはどうでもよくなる。


威厳はないが、可愛らしい人だな。


「うふふ、ではステュクスのお姉さんもここに来るかもしれないのですね」


「えっ!?!??」


あ!そうなるのか!?ヤッベェ全然考えてなかった!え?…ええ…どうしよう、やっぱやめたい。絶対殺すじゃん…俺のこと。


『ああステュクス、貴方も居たんですね、死ね』


って言いながら俺を壁のシミにする姉の姿が今からでも見える。当日は顔とか隠しておこう…。


「ふぅ、…よし!光明が見えてきました!」


「そりゃよかった」


「本当に貴方が居て…よかっ…た……」


刹那、気がつく…というか我に帰るレギナ、徐に向く視線は下に。見遣る…自分の手と俺の手が重なる場面を。というかさっきからずっと手を繋いでるわけですが、その事に今更気がついたのか、まるでペンキで塗ったように一瞬で顔が赤くなり…。


「ひぎゃーっっっ!!??」


「どういう反応!?」


まるで斬り殺される雑魚みたいな悲鳴をあげてドッタンバッタン音を立てて転げ回り部屋の隅まで行ってしまう。いやいやどういう反応なのさ、そんなに俺と手を握るの嫌かい!?俺の事頼りにしてくれているのかそれとも嫌いなのか…一体どっち…。


「姫ッッ!!!」


「今度はなんだ!?」


その瞬間、部屋の扉が蹴り飛ばされ窓を突き破ってドアが宙を舞う。何事かと思い見てみればそこには部屋の外から伸びる鋼の足…。


「刺客ッ…!?」


「え、エクスさん!?」


ヌッと部屋に入ってくる甲冑の女、乱れるように空を舞う絹のような淡いブロンドの髪と切ったような鋭い紅の眼光、銀と金の装飾が施されたその鎧はマレウス王国軍近衛の証…今現在マレウス王宮に於ける『唯一の』近衛騎士。


鋼の面を被ったように表情一つ変えない絶世の女騎士はギロリと周囲を見回し俺を睨む。


「何があった…の顔」


「いや顔変わってないって…」


この人はエクスさん。レギナにとっての唯一の味方であり数少ないレナトゥスに服従しない者。…その名もエクスヴォート・ルクスソリス。


あの剛勇無双で知られるルクスソリス家の長女であり、このマレウスという国における最強の使い手だ。俺もこの人の強さはよく知っている、どのくらい強いかと言うともうマジ強い。


極・魔力覚醒に至ったその実力は他の追随を許さず、彼女に比類する使い手を探そうと思ったらアド・アストラまで赴かねばならないほどだ。


…強さは超一級、だがコミニュケーション能力は多分人類最下層。自分の口で何かを伝えることを苦手としておりその強面からいつも孤独に突っ立っている。


そんな彼女を助けたのがレギナだった。彼女に『口で伝えるのが苦手なら顔で伝えてみよう?笑ったり怒ったりすれば、少なくとも貴方の感情は伝わります』と言ってくれたのを律儀に守って、今どんな顔してるかを教えてくれているんだが…肝心の顔は不動なのだから仕方ない。


「姫、何があったのですか?エクスは心配して部屋の扉を蹴り破ってしまいました…の顔」


「あ、ああエクス。ごめんなさい、ただビックリしてこけただけなの」


「そうでしたか、お怪我はありませんか?…の顔」


「大丈夫」


その場に跪き倒れたレギナを抱え起すエクスさんを見て、まぁ何はともあれエクスさん自身はレギナに大恩を感じ律儀に忠義を貫いてくれている事に安心する。国内最強とあればレナトゥスだって是が非でも彼女をモノにしたいだろうに。


そういうのも全部跳ね除けてずっとそばに居てくれているんだから…彼女は本物の騎士なんだな。


「はふぅ、ビックリしました」


「…ステュクスが驚かせたのか?…の顔」


「いや俺は何も…」


「そう!何も!何もしてないからね!うん!」


「よく分からないがここは何も言わずに深く問うのはやめておこう…の顔」


「いやだから顔変わってないって…」


「それより、ステュクスからの協力は得られましたか?…の顔」


「あ、うん!ステュクスは私に協力して側に居てくれるそうです」


「それは良かった…の顔」


側にいる、けどぶっちゃけ戦力面だとあんまり頼りにはしないで欲しい。戦いになった時国内最強のエクスさんを押し退けて何か出来る程とは思えないし、前回レギナを守った時も刺客相手にほんと死んでもおかしくないくらいの戦いをしてようやく勝てたんだから。


因みに俺がレギナを守っている時、エクスさんはもっとどでかいモン相手にしてたらしい…。エクスさんを引き剥がされ敵としてももうレギナを始末するだけだったからロクなの寄越してこなかったんだろうし。


「それより、これからはステュクスは姫の護衛…という事になるのですか?…の顔」


「あ、そっか…身分もなく私の側には置けないよね、そうなったら…ステュクスには護衛になってもらった方がいいんだけど…」


「是非ともお願いするよ、俺達冒険者は根無し草だ。職があるならそっちの方がいい」


「やった…!じゃあステュクス達は今日から私の近衛騎士という事で!」


「いえ、姫の一存では決められません、キチンと手続きをしなければ…の顔」


「あ、そうだよね…」


カッと顔を赤くしてモジモジしてしまうレギナ、まぁ…いくら王様でも王宮の人事を一存では決められないよな。


しかし、俺やカリナ ウォルターさんも揃ってみんなで近衛騎士か、俺が勝手に決めちゃったけど…また怒られるかな。


「ではこちらに、練兵場にて面接します…の顔」


「め、面接?」


面接かぁ、俺苦手なんだよなあ。ギアールの工場に履歴書持って行った時もすごい緊張してギクシャクして絶対落ちる感じでカミカミだったんだよ。


でも…そこをジュリアン社長が『緊張するのも無理ないよ、君はまだ若く経験がないだけだ。若さなんてのは後からどうとでもなるし無いなら経験は積めばいいのさ、私の下でね?』と微笑みかけて合格にしてくれたんだ。


…思えばあの人も、やり方や考え方が行きすぎただけで嫌いな人ではなかったんだよなぁ…あんな風になって残念だ。


「さ、姫…ステュクス、こちらへ…の顔」


「はい、了解」


そして前職が工場の警備兵で、次が王宮の近衛騎士か、すげぇ人生だなぁと我ながら思うよ。


なんてボケっと考えながら俺はエクスさんの先導に着いて行き、レギナと共に練兵場に向かうのだった。


………………………………………………


面接か!と緊張したが、ぶっちゃけ形式上のものだ。レギナは王宮の人事に口出しできないが…逆にレギナの人事に王宮に口出しはできない。レギナが良しと言った時点で俺の合格は決まっており、エクスさんにいくつかの手続きをしてもらって、淡く光る鉛のバッジを受け取り…俺は近衛騎士になった。


「装備や制服は後日支給する、住処についてもこちらが手配しよう…の顔」


「ありがとうエクスさん、でも剣はいらないよ、愛剣があるからね」


「ほう、そう言えば以前見た時は鉄の剣一本だったが…今は変わった剣をももう一本持っているんだな…の顔」


「ああ、いい剣だよ…貰い物だけど」


「おめでとうございますステュクス!貴方が近衛騎士になってくれて嬉しいです!」


「俺も真っ当な職につけて両親に自慢できるよ」


そうして練兵場の兵舎から出てきつつ、俺達は三人並んで広大な練兵場を歩く。周りを見れば原っぱの上に打ち立てられた木人形に木の剣を打ち込む兵士がいたり、器具を使って筋トレする兵士がいたり。皆真面目に鍛錬に励んでいる。


…こういう王国の練兵場に来たのは初めてだが、なんていうか兵士達のトレーニングを見てたら、昔を思い出す。


(師匠の修行によく似てる)


ヴェルト師匠のトレーニングによく似てる、まぁあの人のトレーニングはもっとキツかったし、あの人自身が自主的にやってるトレーニングは更にその比じゃなかったんだが…。


懐かしいな、俺ももっと頑張らないと。


「練兵場が気になるか?…の顔」


「え?いや…はい、ちょっとだけ」


「少し鍛錬していくか?…の顔」


「いや、仲間を待たせてるんで先に合流したいです。近衛騎士の称号があればみんなも城の中を歩けるでしょう?」


「確かに!カリナさんやウォルターさんも城へ招きたいです。お二人にも助けられましたから」


カリナ辺りはまた勝手な事して!と怒りそうだな、ウォルターさんはなんだかんだで受け入れてくれるだろうか。リオスとクレーも一応近衛騎士になるんだが上手くやれるかな…。


色々なことを考えていると、ふと…目の前に人影の壁が出来た事に気がつき視線を向ける。何やら集団がゾロゾロと目の前を歩いているんだ。


「おや?」


「む…」


そして、その集団の先頭を歩く…深緑の豪奢な礼服を着込んだ灰色髪のおかっぱ男がこちらを見てやや驚いたような視線を向ける。そしてその視線を受けてムッとするのが…エクスさんだ。


「おや、これはこれは。今日も良い日取りですね、エクスヴォートさん」


「…………マクスウェル将軍…!」


「ッ…マクスウェル将軍、この人が…」


将軍…この男がマレウス王国軍を統括する将軍?


俺も聞いたことがある、国内最強…世界トップクラスの実力を持つはずのエクスヴォート・ルクスソリスと対を成す唯一対等な存在。その名も将軍マクスウェル・ヘレルベンサハル…それが今俺の前で眼鏡をかけ直し鋭い視線を向けている。


俺もさ、それなりに修行して、それなりに修羅場潜ってるから分かるよ。この人…クソ強え、どのくらい強いか明確に察知出来ないくらい強い。こんな化け物がまだこの国にいたのかよ。


少なく見積もっても、その辺の四ツ字冒険者じゃ太刀打ちもできねぇぞ…!


「何やら、見たことのない青年が…我が軍の軍証をつけているようですが。彼は一体誰なのでしょう…」


「う…!」


視線が重い、ただ見られただけなのに物理的な質量を感じるほどに重い。見つめられただけで…息が出来ねぇ…!


これほどか…!マレウスの将軍ってのは!ってかヤベェ!この人将軍だよな!?ってことは俺の今の上司だよな!?こえぇ〜!ジュリアンより千倍怖えよ〜!


「彼は今日より近衛騎士として働く事になったステュクスだ…の顔」


「今日からですか、私は何も聞いていませんよ」


「姫の判断だ、文句があるか?…の顔」


「姫が?…レギナ様。一応私は宰相からこの国の軍を任されている身でして、勝手な事をされると大変困るのですが…」


「………………」


レギナは何も答えない…いや違う!答えられねぇんだ!今マクスウェルは確実に俺達の事を威圧している。俺がこんなにも苦しいんだ、なら非力なレギナはもっと苦しいはずだ!


「っ…!」


「おっと…」


咄嗟にレギナを背中に隠すようにマクスウェルの前に立ち塞がりレギナを守る。その俺の態度を見てマクスウェルは怒りを込めた視線で俺を睨むが、直ぐに表情を柔和な笑顔に戻し。


「失礼、見慣れない人間を前に少々威嚇してしまいました。怖がらせてしまいましたか?姫」


「い、いえ。別に怖がってません」


「なら良かった」


ニコッと微笑むとその威圧を引っ込め、肩に乗る重圧から解放される。あぶねぇ〜死ぬかと思ったぁ〜。


「それより…ステュクスでしたか?今日から近衛騎士として働くのでしたら、私の事は覚えておきなさい。姫を守る近衛騎士とは言え軍の管轄であるなら貴方は私の部下も同然…あまりこう言う事を言うのは好きではありませんが、軍の規律は…守ってくださいね?」


変わらない笑顔、逆に薄気味悪いくらい感じない威圧、そこから繰り出される…脅し。


詰まる所『俺には逆らうなよ?』と。そう言いたいんだろう。レギナが今までエクスさん以外の近衛を持たなかった…否、持てなかった理由はこれだろうな。


「…勿論です将軍、これから共に姫様の未来の思い描く未来の為に尽力しましょう」


「…………、口の聞き方はちょっとなってませんがまぁ許しましょう。ええ、尽力しなさい」


おっかない人…、俺早速この職場嫌になったかも…。


「そ、それよりマクスウェル将軍?何故貴方は兵士を連れて歩いているのですか?」


するとレギナは俺の腕からひょっこり顔を出してマクスウェル将軍の背後に集う兵士達を見る。取り巻きって感じじゃないぞ?数は数百、おまけに武装済み、これでお散歩するんならマクスウェル将軍は余程呑気なんだろうが…。


「ええ、これより軍事演習を行うつもりなので」


「軍事演習?聞いてませんが…、こんな数の兵士を動員するなら私に一声かけて欲しいんですけど」


「そうだ、将軍…貴方は国の従僕、姫の御意思を無視して姫の剣たる兵士を勝手に持ち出すな…の顔」


兵士ってのは言ってしまえば全員レギナの部下だ。この城を守る為の兵士を勝手に将軍が独断で連れ回していいわけがない。例え将軍でも上の人間に声を掛け筋を通すのが…軍の規律ってやつじゃないのか?そうレギナとエクスさんに責められるとマクスウェル将軍は困ったように眼鏡に指を当て。


「困りましたね、ですが一応許可は取ってますよ?」


「ですから私はそのような事は知らないと…」


『いいえ!許可は出しましたよ!そう!私が!』


「ッ…!」


響く声、城の方から現れるのは紫髪の女。緑のコートには幾多の勲章が捧げられており、カツカツと地面を突くように歩くのはこの国の頂点…、そうだ。レギナではない、今この国を治める真の支配者。


「れ、レナトゥス…!」


「ご機嫌麗しゅう?レギナ様」


頭を下げず、レギナを見下ろすようにながら口元だけで微笑むこの女こそが…宰相レナトゥス。軍も法も行政も、この国の全権を任され動かしている真の王こそが彼女だ。


体から溢れる覇気はまさしく支配者のそれ。滲み出る自信とプライドは指導者のそれ。まさしく上に立つ者としての気風をたなびかせる彼女が…レギナから王としての全てを奪っている。


レギナが俺を迎えにチクシュルーブまでフラフラとやってこれたのも、レナトゥスがほぼ全ての仕事を独占し独断でやってしまっているから、レナトゥスの所為でレギナは実質国政から締め出しを食らっているんだ。


「貴方が、マクスウェル将軍に許可を?」


「ええ、いつ魔女大国が攻めてくるかも分かりませんので、軍の強化は常日頃から心がけるべきもの。将軍の向上心に胸を打たれたのでその場で許可を出しました。そう、二つ返事ですね」


「私、その話知らないんですけど…」


「姫の手を煩わせるまでもないかと」


ニコッと微笑むレナトゥスの顔を見ていると、自然とついて行きたくなるような…そんな頼りになる王者の光を感じる。言ってみればカリスマって奴だ。


レナトゥスは賢い、ディオスクロア大学園魔術科を首席で卒業しその頭脳をして『マレウスの知』と讃えられる程の知識力を持つ。


レナトゥスは強い、この国のどの魔術師よりも強い魔術を使い、並みの魔術師百人分の常軌を逸した魔力を持つ。


レナトゥスは偉大だ、彼女が宰相の座に就くと共に数多くの問題を解決し、マレウスは一気に列強と呼ばれる程の盤石さを得た。


レナトゥスはマレウスの指導者だ、部下に慕われ国民から尊敬されマレウスの未来を見定める王なのだ。


誰もが彼女を讃え、そしてその礼賛の声にレナトゥスは結果で答える。指導者として求められる全てを持ち合わせ、指導者に期待される全てをこなす。


はっきり言って国王代理のレギナとじゃ比べ物にもならない。ぶっちゃけ全部この人に任せておいてもそれでいいんだろう。


けど…この人、バチバチの反魔女主義の超過激派なんだよなぁ…。そこを除けば最高の宰相なんだが。


「……貴方は、私に隠れて何をしようと言うのですか」


「隠れて?心外ですね、私は常にマレウスとネビュラマキュラの為に仕えているというのに」


「そのネビュラマキュラは私ではないでしょう…」


「ふむ、しかし隠れて云々と言うのなら…姫も私に隠れて何やら大掛かりな会談を開こうとしているようですね?エルドラドで王貴五芒星を集め何やらするようで、内容は今後の国の行く末についてとのことですが…私は呼んでくださらないと?」


え!?会談の件レナトゥスに内緒で進めてたのかよ!?いや…この様子だとレナトゥスは知ってて見逃していたか?


「知っていたのですか!?」


「そりゃあ王貴五芒星は皆私直轄の者達ですので、彼らに連絡すれば私の耳にも届くでしょう」


「あ、…そうでした…」


「王貴五芒星は皆私でも手を焼く個性派揃いなのでね…姫が声をかけても皆無視して欠席すると言っていましたよ」


「ええ!?そんな!」


「ですがご安心を、姫が国の為に動いていると言うのにそれを無視するとは何事かと…王貴五芒星の方に私から声をかけて出席するよう命令しておきました。他の貴族達にも出席の厳命を課しておいたので、当日の空席はないでしょう。そう、会議は成功待った無し…でございます」


しかも見逃されてるどころか手伝われてるし。力の差があり過ぎるだろ…、しかし土台無理と言えば無理だったんだ。貴族も王国直轄の機関も全部レナトゥスの手の中なんだ、その中で動けば間違いなくレナトゥスに気付かれる、レナトゥスを除け者にして働きたかったんだろうが…。


そもそも、この会談だってレナトゥスがその気になれば跡形もなく吹き飛ばすことだって出来た。それでも許しているのはレナトゥスの余裕…いやそれ以上の感情。


檻の中で暴れるハムスターを見て脅威に思う者は居ないように、レナトゥスからしてみればレギナが何をしようが構わないのだ。


「………ありがとうございます」


「しかし残念です、国益の為の大会談となれば私も出席したかったのですが…その日はどうしても外せない用事がありまして」


「…知ってます、元老院に向かうのですよね。貴方はネビュラマキュラ元老院に逆らえない」


「あはは、なるほど。つまり私を除け者にする為にその日を選んだわけですね、では私は裏方に回りましょう、何かございましたら遠慮なくおっしゃってください、それに…当日の警護にはマクスウェルをつけます。彼ならば街一つ軽く守ってくれるでしょう」


「エクスが居るから大丈夫です…!」


「エクスヴォートが…」


すると、まるでレナトゥスの顔がまるで糸で引っ張られたように、ゆっくりとエクスさんの方を向く。その目は その顔は、レギナに向ける優しげな物とは違い…なんか、すごい複雑そうな顔だな。


「だとさ、エクス。君は姫に好かれているな」


「…………」


「何か言えよ、昔と違ってまともな口が聞けるようになったんだろ?それとも今度は君が私を無視するのか?」


「…………」


親しげ…なのか?俺はてっきりレナトゥスは国内最強のエクスさんを勧誘したくて媚でも売ってくるかと思ったんだが…。この口調や馴れ馴れしい態度、まるでかなり昔から親交があるような口ぶりだな。


俺、そう言えばエクスさんの事何にも知らないな。


「私は、今のお前が…嫌いだ」


「へぇ、そうかい。残念だよエクス…私は君の事をこんなに好いているのに」


「…姫の従僕足るならば、お前ほど心強い奴はいない…」


「嫌いなんじゃなかったのか?」


「私は、昔の、お前…違う。下を見ていない、顔も違う」


「ああはいはい、昔みたいに訳の分からない口調になってるぞ。姫から教えてもらったやり方で喋りたまえ。…いや、もういい」


相変わらず自分の意思を伝えるのがド下手なエクスさんに辟易して手を振るうと共に再び微笑みながらレギナを見やると。


「ところで、姫?そちらのドブネズミはなんでしょうか」


「ドブネズミ…?まさかステュクスのことですか?」


え?あ、俺のこと?まぁドブネズミはドブネズミなんだけど。ってかこの人さっきから俺のこと全く見ようともしないな。


「ステュクスは人間ですよ!」


レギナ、多分そういう意味じゃない。


「そうでしたか、ではドブニンゲンと訂正しましょう。…マレウス王宮は由緒ある場所なので、あまり外部の人間を歩かせないように…お願いしますね」


「ッ……」


「ともあれ会談の成功を祈っていますよ、姫の愛国心に幸あれ!マレウスの未来に栄光あれ!…それでは失礼します」


ニコッと最後に微笑むとレナトゥスはマクスウェル将軍を連れてコートの裾を翻し…。


「忌々しい顔だ…」


「へ?」


ボソッと何か、レナトゥスが呟いたような。それに振り向きざま俺の顔を見ていた気も…なんだろう、すごい嫌な気分だ。


テメェこの野郎!言いたいことがあるならちゃんと言えや!なんて。立ち去るレナトゥスとマクスウェルの背中に吼えたてるだけの度胸はなく、俺たちはそれを見送り…再び静かになった練兵場に三人で突っ立つことになる。


「…嵐のような人だな」


「はぁ、怖かった…」


「レナ……」


ため息を吐くレギナと、もう見えなくなったレナトゥスの背中をいつまでも見つめ続けるエクスさん。まるで嵐が過ぎ去ったようにさっきまでの和気藹々とした空気は消え失せた。


現れて去っただけなのに、すげー疲れたよ俺。


「というか、エクスさん」


「ん?」


「随分レナトゥスと親しげでしたけど。仲いいんですか?」


「…良くはないと思っている…の顔」


「ならなんで…」


「レナは…レナトゥスとは、同じディオスクロア大学園で学んだ学友なのだ…の顔」


「え!?同級生!?」


そう言えば聞いたことあるぞ…エクスさんもディオスクロア大学園出身って。確かに同年代に見えるけど、この二人同じ時期に学校に通ってたのかよ!すげぇ時期もあったもんだな。


「レナとは学科は違ったが、寮で同室だったんだ…の顔」


「マレウス最強の騎士とマレウスの宰相が同じ部屋って…聞いたことなかったんですけど」


「言いふらす必要がない、それに…当時のレナはもっと…違った…の顔」


「違った?どんな風に?」


「あぁ…あぅ…ぅお…」


なんか急におうおう鳴き始めたぞ、手をくるくるワキワキ回し始めて、まるで…ああ。


どんな顔をしていいか分からないんだ。俺達には分からないがエクスさんは自分の顔を感情に応じて表情を変えているつもりなんだ。そしてその説明を俺たちにして会話を成り立たせている。だから表情が分からなければ説明のしようがないのだ。


「すみません、難しい事聞きましたね」


「…こちらこそすまない、口下手で申し訳ないの顔」


「でも二人が学友ならどっかで協力しあえるんじゃないか?見た感じそんなに悪人には見えなかったし、エクスさんを悪いようにはしない雰囲気だったけど…」


「無理です、彼女とは相入れません」


「へ?」


レギナが鉄のように冷たい声を発する。それを残念そうに聞くエクスさんと…そして驚愕する俺。相入れない?そんなに?確かに反魔女思想は強そうだけど協力出来れば心強いと思うのに。


「彼女はの炎は強すぎます。彼女の言う通りに進んでいては…国が滅んでしまいます」


「そうなのか?」


「はい、彼女は…人を人として見ていない。銃の弾や…並べられた剣と同程度にしか見ていない。彼女はその目的を達するためなら民や兵がいくら死のうが構わないと思っている…そんな人と肩を並べるなんて出来ません」


「…そうか」


確かに、人格者には…見えた、だが見えただけ。彼女はまるで本性に薄い皮を被せて別のものに偽装しているようにも見えた。だから人格者には見える…だがその実は分からない。


レギナの言うように、内側には黒い物を抱えている可能性は大いにある。


「それにレナトゥスは…元老院の差し金で動いている。どの道私を認めるなんて事はありません」


「元老院?さっき言ってた?それがレギナを認めてくれないから…今こう言う状況なのか?」


「はい、私がいくら国の為に動こうとも『儀式』を終えていない私の事を、元老院は正式な王とは認めない。儀式を通過したのは…兄の方ですから」


「兄貴か…、確か失踪した先代王のバシレウス・ネビュラマキュラか?」


「先代じゃありません、今も正式な王は兄です。私は代理…」


そうだった。元々この国はバシレウス・ネビュラマキュラの物、レナトゥスが真なる王者と認め従うほどの凄い王だ、何せ十二、三歳で玉座についちまうくらいの生まれながらの王様だ。


でも何を思ったか、突如三年前に失踪。その前から都度都度消える事はあったが或る日突然帰って来なくなったらしい。そして空の玉座を見ていきなりレナトゥスが。


『今日から貴方が国王代理です、今残っているネビュラマキュラは貴方だけですので。大丈夫、貴方は何もしなくて結構。引き続きこの国は私が治めますので』と…言い放ったらしい。


「私は、今も兄が帰ってくることを信じて待っています。だからそれまでの間少しでも国を良くしたい、レナトゥスに任せていてはこの国が消費されてしまう…だから私は彼女に逆らわねばならないのです」


「なるほどな、レギナは真面目なんだな」


「へぇっ!?」


真面目だろ、だって。帰ってくるかも分からないバシレウスのために、私が動かすと宣言したレナトゥスに向けて、未熟なのを理解しながらも少しでも国を良くしようと言う信念を折らずこうして行動を続けてるんだから。立派だよ、一回信念をへし折った俺からしてみればな。


「ま、真面目なんて。私まだ何も出来てませんよ…実際今国を良くしてるのはレナトゥスはの方ですし…偶に私必要ないかなって思う日もありますし」


「でもいくらレナトゥスが国を良くしていても、あいつに任せてたら国が焼き尽くされるかもしれないんだろ?」


「そこは…間違いありません、奴はいずれ国を一振りの剣にして何かに戦いを挑むつもりです」


「なら、それをさせないためにもお前が頑張らないとな。レナトゥスが今の国を良くしてるのを横から掠め取って最後に良いところに着地させればいい。だから今は着実に物を進めていこう」


「ッ……」


な?と俺が言えばレギナはやや目を潤ませながら小さく頷く、大丈夫。その願いは間違いじゃない…だって。


「ッッ痛っってぇっ!?」


刹那、背後からドカンと殴りつけられて地面にめり込む。何事!?襲撃!?と思い頭を上げればそこには何故か拳を振り抜いた姿勢のエクスさんが…え?エクスさん俺のこと殴ったの?なんで?


「え?なんで殴ったの?」


「姫のことを、『お前』と呼んだから…の顔」


「口で注意して!?」


「口下手だから…」


「それ以前!死ぬかと思いましたけど!?!?」


「姫とステュクスは、今はもう王と騎士の関係、馴れ馴れしすぎるの…ダメ、の顔」


「そうですけども!!!」


この人怖いよ…、口下手にも程がある。人類最高クラスの実力者が人類最底辺クラスのコミュケーション能力を理由に殴って来るんじゃないよ!


「あはは、賑やかになりそうですね。エクス」


「はい、姫…の顔」


「俺、この先やっていけるのかな」


途方もなく不安だ、不安だがやっていくしかない。レナトゥスの企みが何かはわからないがレギナはレナトゥスの裏の顔を知っているような口ぶりだった。そしてそのレナトゥスはいずれこの国を消費すると…それを阻止するためにも、レギナとエクスさんと言う孤軍奮闘で戦う二人に味方が必要だ。


それが俺…と言うとものすごく心細いが、やるしかねぇよな。


「しかし、騎士かぁ…」


奇しくも師匠と同じ職についてしまった事に今更ながら気がつき、感慨深さを感じながら。俺は立ち上がる。


魔女と魔女を憎む者、その間で自らの意思を貫く者…三つ巴にもならないこの戦いに生まれた小さな光明は、今小さく産声を上げ始めるのだった。



…………………………………………………………………


「………………」


王宮の回廊を歩く影はただ一人、この国の王者にして支配者、レナトゥス・メテオロリティスはチラリと窓から見える練兵場の景色を足を止めずに眺め見る。


既にマクスウェルは兵を率いて城の外に向かった、軍事演習などと嘘をついて追っ手を差し向けた。まだ遠くに行っていないはずだが…恐らく見つけることは出来ないだろう。奴はあれでも相当な手練れ、それが本気で身を隠して逃げに徹したのなら…衆目と言う枷がある我等では見つけようがない。


だが見つけられなかったなら見つけられなかったでそれでいい。今はそれ以上に興味深い物を見つけてしまったからだ。


「ステュクスか…」


レナトゥスは小さく呟く、誰もいない日陰の中金髪の男を見遣り眉を顰める。


最近レギナが妙にコソコソと動き回っていたかと思えば急に連れてきたドブネズミ、何を企んでアレを連れてきたかは分からないが、気に食わない。


素性が知れない人間が王宮に入り込むのが気に食わない。行動パターンを把握していない人間がウロウロとこの城を歩き回る…そう考えるだけで浮かんでくるリスクは計り知れない。


何よりあの顔…、バシレウスの妹たるレギナがエリスそっくりの男を連れてきた。これは何かの偶然なのか?…全く。あの兄妹は。


「ふむ、カゲロウ」


「ここに…」


私が声をかければ、私の影からぬるりと男が現れる。闇に紛れる様な装束を身に纏い黒い布で顔を巻き目元だけを見せる妙ちきりんな格好、それが両手を合わせ人差し指だけを立てた姿でレナトゥスの背後に現れるのだ。


此奴はカゲロウ。マレウス諜報部隊『星隠影』の精鋭、表立って動けない星隠影の局長に変わりこの組織を束ねるマレウスの影にしてレナトゥスの耳だ。


「カゲロウ、今すぐあの男…ステュクスについて知っていることを話せ」


「あの男は以前発生した女王陛下暗殺事件を裏から解決した男。レギナ様の命の恩人なり」


「ほう、アレが例の…厄介なことをしてくれたものよ」


アレがレギナの命を助けた外野の男か。何が命の恩人だバカバカしい…ハナからこちらはレギナのの命を奪うつもりなど無かった。ただその身柄を確保し『完全なる傀儡』として調整しようとしただけだと言うのに。


奴が例の事件を解決してしまった所為でレギナは今も自由に動き回っている。二度も陛下暗殺未遂の事件を起こせば私自身の地位も危ぶまれるが故に最早手を出せぬと放置する羽目になった。それが奴の所為でだったとは。


「奴の実力のほどは?」


「大したことはないかと」


「ふむ、だろうな」


だが、どうやら大局に影響はなさそうだ。所詮は蟻…足元で這いずり回り、邪魔になったら踏み潰せばいい。


「消しますかな?」


「いやいい、好きに動かせ。奴の情報を集め常に監視はつけておけ。お前は…マクスウェルの援護を」


「承知」


ここでステュクスを消すは容易い、だがここで消せば確実にレギナは私を疑う。そんなあからさまに怪しい真似をして下手に波風を立てるとまた鬱陶しく私の周りを嗅ぎまわりかねない。


お姫サマがペットを手に入れ、はしゃいでいる間に私は私で動けば良いのだ。警戒すべきはエクスヴォートだけ…あの蟻と劣化品は放置でいい。


「では…」


「ああ、後…レギナが計画しているエルドラド会談にマクスウェルを送り込むつもりだ。もしかしたらそこで動きがあるやも知れん。お前もそこで監視を行え…良いな?」


「…邪魔立てするものが居れば?」


「そちらは消しても構わん」


「…承知也」


その言葉を最後にカゲロウは消える。取り敢えずこれで良い…後は。


「チッ、面倒な」


元老院に出向く準備をしなくては、面倒だ。あの老害共め…バシレウス不在の今の状況は奴らにとって願ったり叶ったり。故に嬉々として動き始めている…それが煩わしい。


老いさらばえて尚、届かぬ背中に手を伸ばし…夢を見るか。哀れというより他ない。


「だが逆らうわけにも行かんな、仕方ない…」


だがあの老害達の力は必要だ、奴らの後ろ盾があるからこそ私は宰相として立てている。今はまだこの地位を捨てるわけには行かない。


何より、我が真の目的の為にも今はまだ従順な犬のフリをしなくては。


そう、全ては…魔女シリウスの復活の為。

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