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427.魔女の弟子と海千山千の魔術師


チェスを動かす、大局相手はいない。ただただ静かに駒を動かし自らの持ち駒を確認し、相手の配置を確認し、もう一度長考に至る。


暗く窓の閉ざされた部屋の中、…この館の主たるジズ・ハーシェルは思う。こちら側の戦力は十分なのかと。


「海魔ジャック、山魔ベヒーリア、そしてこちら側にはエアリアル。…単一の戦力としてみれば十二分、されど…ふむ」


静かに考える。はっきり言おう…ジズはマレフィカルムからの離反を狙っている。いや離反というより叛逆か。長きに渡りマレウス・マレフィカルムの頂点に君臨し続けこの魔女排斥機関の行く末を見続けてきたジャックは思うのだ。


このままマレフィカルムに任せていても魔女は殺せない。今や絶大な戦力を保有し魔女大国に比類し…或いは戦争を仕掛け勝てるだけの組織力を保有しながら、未だ日和見に走り行動を起こさなかった総帥に対して疑念を抱いているのだ。


最初はただ機を伺っているのかと思いっていた、だが…今の歴代最強メンバーとも呼ばれる八大同盟が出揃い、八大同盟に匹敵するかそれ以上の力を持つ大組織『五凶獣』を抱え、自らの下にセフィロトの大樹という最強組織を携えながら…総帥ガオレケナはなにも動かない。


これだけの戦力があるなら帝国相手にも全面戦争を仕掛ければなんとかなった筈なのに、機を伺い過ぎて機を逃し、結局アド・アストラと言う史上最大規模の敵対組織を生むに至ってしまった。もうこうなっては全面戦争を仕掛けても勝ち目は薄い。


この事態を招くに至っても未だ総帥ガオレケナには焦りが見られない。まるで彼女の狙いは…『魔女を討滅する事以外にある』、とでも言いたげな顔つきに最早愛想を尽かしたジズは叛逆を決意。


その為に下部組織への根回しは済ませてある、ジズが離反すれば同時に大量の魔女排斥組織がジズ側に付く事になっているが…所詮は下部組織、戦力的には物の数にもならない。


八大同盟と五凶獣、そしてセフィロトの大樹が総帥側にある限り例え九割の組織が離反し敵対しても数日で殲滅出来る。歴代最強の布陣の名は伊達ではない、だからこそジャックはマレフィカルムに所属せず八大同盟に匹敵する戦力として海魔と山魔の取り込みにかかった。


彼等が八大同盟の相手をし、自らが育てた最高傑作の影達がセフィロトの大樹を撹乱している間に…この手でガオレケナを殺す。そうすれば後は統率を欠いた烏合の衆に成り下がり…バラバラになった八大同盟をこちら側が吸収すれば、マレフィカルム全体の強奪は可能。


問題があるとするならセフィロトの大樹の幹部達、特に…知識のダアト。マレウス・マレフィカルム最強の名を持つ彼女がどう動くかが全く読めない所にある。


とはいえ、ダアトの思考や行動を理解出来る者はマレフィカルム内部にも居ない。下手をすればガオレケナでさえその真意を理解していない節がある。ならば最初から計算に入れるだけ無駄だ。最悪鉢合わせても私なら奴を巻くことが出来るしな。


「戦力は上々、ならば後はいつ仕掛けるか…」


仕掛けるなら、最も効率が良い瞬間を狙う。初動が趨勢の八割を決める、ならばやはり日取りは『例の日』が丁度良いか。だとするならあまり時間がないな、海に居るジャックには早い段階から動いてもらう必要があるが。


奴はテトラヴィブロスから帰り海の秘宝アウルゲルミルを手に入れるまでマレフィカルムには正式加入しないと言い切り、今も頑なに私の命令を聞こうとしない。どうするべきか…。


「……影よ」


小さく呟き、トンと指で机を叩く。それが合図であることはこの館に居る者全員が知っている。そしてジズの言う影が誰を意味するかも…知っている。


故に、それは闇からヌルリと姿を現わす。闇の中にあってなお黒き四つの影…。


「父よ、ファイブナンバー…ここに」


ファイブナンバー…ジズが育て上げた無数の影達の中で、最強の五人。最上位の五つの番号を独占する次代の世界最強の殺し屋達が一斉に現れたのだ。


水色の髪に赤い目のメイド、ファイブナンバー筆頭…ハーシェルの影の壱番 五黄殺のエアリエルが恭しく例をすれば、その後ろに居る三人もまた例をする。


「悪いね、いきなり呼びつけて」


「いえ、我等は父の手足故。いついかなる時もその声に応えましょう」


「フッ…」


ジズはエアリエルの様子に満足したように背凭れに体重をかけて目の前のファイブナンバー達を見遣る。


「いいね、では差し当たって君達には仕事を…」


「あー…父上?その前に一つ報告いいですかねぇ」


「…なにかな、アンブリエル」


おずおずと手を挙げるのは紺色の髪を肩まで届かせるメイド、エアリアルに続くもう一人のファイブナンバー、ハーシェルの影 弐番…暗剣殺のアンブリエルだ。


『完全模倣』と呼ばれる唯一無二の固有奥義を持ち得る彼女が、ジズの話を遮り。申し訳なさそう日指をツンツンと合わせて。


「そのぉ、実はさっき…ジャックから連絡がありまして…」


「ジャックから?まさか海の秘宝を確保したのか?」


「いえ、それが…」


と言いながらアンブリエルは『あはー』と苦笑いしながら一枚の紙を…ジャックからの手紙を取り出し、ジズに差し出すと。


そこには。


『悪い、やっぱ人魚の肉食うのやめた。だからお前らにも従わん、例の話、あれなかったことで』


そう…書かれていた。


「……………………」


「あの、父上〜?」


「………………」


なにを言っているんだ、あのバカは。


何を勝手な…!やめた?あの話はなかったことに?…若造がこの私を愚弄するなど、同じ三魔人などと持て囃され調子にでも乗ったか…!


「……ッ、ふざけおって…!」


手紙を真っ二つに引き裂く。いや…バカは私か、あのような自分勝手な賊を戦力の一つなどと換算していたこと自体がバカだった。…まぁ良い、ジャックはどうせ陸には上がってこれない。戦力としては申し分ないが影響力は低い。


「…父よ、ジャックを始末しますか?」


ふと、エアリエルが聞いてくる。裏切ったならどうなるかの見せしめをするか…そう聞いているのだ。確かにジャックの暗殺は必要だろう、奴を生かしておく理由はない…だが、一つ問題があるなら。


「…ジャックを暗殺するには、私かエアリエルが出る必要があるだろうな」


ジャックはバカだがその強さは本物だ、その部下の三幹部もまた相当な使い手、船という限られた状況下での暗殺はかなりの難易度だ、それにもし暗殺が発覚しあれらを一斉に相手取ることになれば…私かエアリエルでもなければジャックを殺すことは難しいだろうな。


「あれは曲がりなりにも裏社会で私と同格の評価を受けている男だからね、本当に互角かはさておき実際に海の上のアイツを消すのは面倒極まる」


それでもジズかエアリエルが出ればジャックを消せるのは確かであることに変わりはない。だがそれは切るわけにはいかない切り札でもある、ジャックを消すために今動かせない手札を動かせば、それこそ予測の出来ない事態を産むかもしれない。


ジャックの始末は計画を完遂してからだ…。


「それより、進捗の方はどうかな」


「アァッ!問題ない。とだけ言っておこうかな。マイダディ」


「…………」


ビッ!と突き出されるのは一輪のバラの花、勝手にメイド服を改造し執事服へと仕立て直した男装が特徴の金髪の麗人は、鋭く尖ったアイシャドウとその奥に見える蒼の双眸でジズを覗き見る。


「…チタニア、君はいつになったら私の指定した服を着てくれるのかな」


「従者と言う点で見るならば、これもまた給仕服ですよマイダディ」


チッチッとバラを左右に揺らす彼女もまたファイブナンバー、第三の影…『破壊殺』のチタニアがキラリと白い歯を見せつける。殺し屋には似つかわしくない目立ちたがりの性格と殺し屋らしからぬド派手な戦闘方法を持つ彼女の勝手を本来はジズは咎めなければならないのだが。


それも許される程度には、彼女は強いのだ。


「流石チタニアっ!カッコいいわぁ〜!」


「フフッ!だろう!オベロン!」


「ええ!最高よチタニア!自らを彩る事さえ忘れぬその姿勢、まさしく…愛ッ!」


そして、そんなチタニアと最も相性がいいのが…この女だ。腰まで伸びるブロンドの髪と殺し屋とはとても思えないほにゃほにゃした顔つき、どこぞの姫か王女であると錯覚するほどの気風を持った彼女の名はオベロン。


彼女もまたファイブナンバー、第四の影…『本命殺』のオベロン。相棒のチタニアと同じく殺しに華やかさを求める気質と、チタニアとは正反対に非常にスマートな殺しを得意とする殺し屋。ハーシェルの影におけるNo.3のチタニアとNo.4のオベロンのコンビはまさしく無敵…。


下手をすればジズでさえ手がつけられないのではないかと思えるほどにこのコンビの強さは異常だ。


…まぁ、性格的な面もかなり相性がいいらしく。二人はいつも勝手に盛り上がり勝手に自分達の世界に陶酔し、こうして話し合いをしている最中だと言うのにいきなり手と手を取り合ってフォークダンスを始めてしまうんだから…頭痛の種とも言える。


「…ともかく、進捗は恙無く進んでいる…と言う見解で問題ないかな」


「はい、父よ」


「あの二人、バカっぽいけど仕事はマメだからね」


相変わらずの無表情で一礼するエアリアルとあはあはと笑うアンブリエル。そしていつのまにかフォークダンスを始めるチタニアとオベロン。この四人のファイブナンバーの報告を聞き…取り敢えず一安心する。


根回しは順調、となれば後は…。


「モースの方はどうかな?」


ジズが声をかけたもう一人の大戦力…山魔モース・ベヒーリアの様子を伺う。あれもまたジャック同様交換条件にて加入を持ちかけたんだ、アイツも急にやっぱやめますと言い出す可能性はある。


すると、エアリエルが…。


「そちらは、ミランダの担当です」


そう口にする、その瞬間…ここに集うた四人の背後に…キラリと一抹の光が灯り。


『あーはっはっはっ!ワタシの名前を呼んだかな?エアリエルお姉様?』


「…ミランダ、見ていたのなら父の号令に従い顔を見せなさい」


『顔ならこうして見せているだろう?不服かな?』


現れた光は瞬く間に人の形を取り声を発する。紫のボブカットと丸いメガネが特徴のメイドが如何にもナメくさったような顔つきでエアリエルを挑発する。


彼女が最後のファイブナンバー、第五の影…『月命的殺』のミランダ。又の名を『死亡遊戯』のミランダの異名を持つ殺し屋だ、その類稀なる頭脳とジズも感嘆するほどの残虐性を持ち合わせる殺しの天才…。


されど唯一難点があるとするなら、ジズの言うことを聞いて顔を出さない点にあるだろう。確かに姿や声はこうして確認出来る。だがミランダは事実としてこの場にいない。


アレは『幻像魔術』だ、別の場所に自分の幻影と声を届ける魔術、それを使いミランダは自分の領域から動く事なくこの場に現れているのだ。


詰まる所、引きこもりだ。


『モースは非常に忠実に動いてくれているよ。彼女はジャックと違ってその目的達成には我々の協力が不可欠だ、故にこちらが彼女の願いに応える姿勢を見せるだけで彼女はこちらの思うがままに動いてくれる…と言うわけさ!アハハハハハ!』


「だ、そうです。父よ」


「…モースの動きは引き続き観察を…、いやもっとよく注視してくれるかな?ミランダ」


『おや?いいけれど…何か気になることでも?』


「まぁ…年の功というやつさ」


モースはよく動いてくれている。私の頼んだ計画を忠実に実行して着実に進めている。


だがどうしたものか、私はどうにもモースの動きに対して安心することが出来ない。理屈や理由などない、単なる直感でしかないが。今のモースの・ベヒーリアは異常だ、何をしでかすか分からない危うさがある。


その危うい人物に火をつけ動かしている以上、不測の事態は起こり得るものとして考えた方が良いだろう。


『分かった、もしモースに離反の動きがあるようなら…デズデモーナを送ることにするよ』


「デズデモーナか…、まぁ彼女も少々不安定な所があるが…そう言った殺しなら彼女も得意だろう」


「ところでさぁミランダちゃん」


ふと、アンブリエルが腕を組みながら幻像の方を向いて声をかける。ただそれだけでミランダの機嫌がかなり悪くなる。陽気なアンブリエルと陰気なミランダの相性は…まぁ良くはない。


『なんだよ、アンブリエル』


「姉様をつけろよ?上のNo.は姉…って扱いだろ?ここではさ」


『……はいはいなんですか、アンブリエルお姉様』


「よろしい、所で引きこもりのミランダちゃんは一体どうやってモースの監視を行っているんだい?」


『はぁ?決まってるだろ?私の配下を使ったり遠視の魔眼を使ったり、色々さ。方法はいくらでもあるからね』


「ふーん…」


アンブリエルは観察力に長けた殺し屋だ。その持ち前の観察眼で相手を見れば癖や細かな動き、息遣いまでも完璧に模倣することができる。そんな彼女が訝しげな顔をする…それを見ればミランダは一層機嫌を悪くし。


『なにかご不満かなお姉様。まさか此の期に及んで仕事は足でやるのが基本…なんて言わないよね?』


「まさかぁ、引き続き頑張ってくれたまえよミランダ君」


『チッ、言いたいことがあるならサッサと言えよ…』


「何かな?」


『別に…?』


「こらこら、喧嘩はよしてくれよ?君達は姉妹なんだろう?」


そう手を軽く上げて制止する。ミランダに限ってアンブリエルに対して攻撃を仕掛けるような無茶はしないだろうし、アンブリエルとてミランダの挑発に乗るほど愚かではない。だが…見ていて不快だ、私の意思の及ばない所で喧嘩など。


「ともかく、引き続き任務に励んでくれ。そして…来たる日に備え仕込みは入念に頼むよ」


「はっ!父よ」


「かしこまりまり〜!」


「アァッ!我が愛しのオベロン!」


「カッコいいわ〜!チタニア!」


『私の仕事は完璧だよ父上、心配しなくても万全にやるとも』


ファイブナンバー達の返事を聞きため息を吐く。…長い回り道をしているのは自覚している。私の目的はマレフィカルムの強奪ではない、それは飽くまで過程…その本懐は未だに奴、無双の魔女カノープスを置いて他にいない。


奴を殺す為にマレフィカルムに入ったのに。なんて長い回り道をしているんだ。


…それもこれも、マーガレット…奴の裏切りがあったからだ。


忌々しい裏切り者め、奴もまた…いつかこの手で殺してやる。


………………………………………………………………


「はぁー、おーわった。長い船旅だったよなぁ」


「だいたい時間にして一ヶ月とちょっと…まさかこんなにも長い間海の上にいるとは」


「ですが、良い経験が出来ました」


ボヤージュの街の大通りを八人揃って歩くエリス達は、ジャックさん達との別れを終えてこうしてまた陸地に戻ってきました。アレからラグナがレングワードさんにバナナを渡し、すぐさま商人に化けたナリアさんがレングワードさんからまたバナナを貰う…というやけにややこしい事をした後、エリス達はこうして帰路に着くこととなりました。


本当は一日で終わる予定だったのに、まさかこんな事になるなんて思いもしなかったと皆少しだけ疲れた様子で通りを進む。


「っていうかさ、ずーっと気になってたんだけども」


「なんですか?アマルトさん」


「いや、俺たち結構長いこと馬車を離れてたけど…ジャーニー大丈夫かな、そもそも馬車盗まれたりしてない?」


「そこについてはご安心を、以前にも言いましたが我々が不在の間はアリスとイリスが馬車のメンテナンスをしてくれるので、ジャーニーも馬車も無事でしょう」


ブルーホールに居た時隙を見て馬車の様子を覗いたらキチンと二人が馬車を守ってくれてましたよ と語るメグさんにエリス達は胸をなで下ろす。これで帰ったら何もなかったとかジャーニーの変わり果てた姿とか見たらエリス心折れちゃいますからね。


ジャーニーやあの馬車が無事ならそれで良い。


「取り敢えず帰ったら今後の方針について話し合おう。黒鉄島のアテが外れてしまった以上俺達は次の目的地を決めなきゃいけない」


「って…言っても、実際…難しい…、今私達…ノーヒント…だから」


「ま、まぁそうなんだが…」


ネレイドさんの現実的なツッコミにがっくりと項垂れるラグナ。黒鉄島は既に放棄されたアジトだった、長い間マレフィカルムを離れていたロダキーノはそれを知らなかったんだ。だからあいつは結果として嘘はついていない事になる。


だが問題があるとするなら…マレフィカルムがどこに行ってしまったか。だが…さて、どうしたものか。


「あ、馬車見えてきたよ」


そうデティがエリス達の思考を打ち破るように街の外にある馬車を指差す。どうやらアリスさんとイリスさんはキチンと仕事をしてくれていたようだ。


はぁ、ともかく今はゆっくり休みたい。いくら船の上で居住出来るからと言っても我が家のベッドに勝る落ち着き空間は無い。最早あの馬車はエリスの…エリス達の我が家と言ってもいいんだ。


みんな馬車を目にするなりやや駆け足になる。さぁ…エリス達のか我が家が目の前に…。


「ッッ…お待ちください!皆様!!」


刹那、メグさんがエリス達を止める…その声の緊迫した様子に、エリス達は咄嗟に足を止める。するとメグさんは何かを警戒するように周囲を見回し…。


「どうした?」


「空間震動です」


「なにそれ?」


「来ます!」


「なにが!?」


「備えてください!」


「その前に説明を────」


そう…ラグナが口を開いた瞬間。エリス達の視界がグニャリと曲がり…目の前の景色が変貌する。


落ち着いた、牧歌的な街の景色が一転…薄暗い石室へと変わり、…ハッと意識が活性化する。なんだ!?なにが起こって…。




「すまんな、いきなり呼びつけて」


「へ?」


そこで気がつく、この石室を見たことがある…という事実に。


そうだ、ここは石室じゃ無い…この部屋の名前は、六王の間。そう…友愛の国アジメクの中心にある星見街ステラウルブス、さらにその中心…白銀塔ユグドラシル、の…頂上に位置する部屋だ。


さっきまでマレウスに居たのに、何故ここに。そう疑問に思うまでもなく、答えはそこに座っていた。


「カノープス様…?」


「うむ、久しいな」


カノープス様だ、カノープス様がそこにいる。いやカノープス様だけじゃ無い、六王の席にそれぞれ魔女様達が座っている…そして当然、そこには何処からか椅子を持ってきたレグルス師匠も…。


「師匠!」


「ああ、元気そうで何よりだ。エリス」


「ちょっ!?師範!?そこの俺の席!」


「悪いな、借りてるぜ?お前ら呼びつけるためにこの部屋も貸切にさせてもらった」


「呼びつける?」


そうだ、この異常な現象…先程メグさんが感じた空間の震動は恐らくカノープス様の力。それでエリス達を空間ごとここへ転移させたのだろう。


相変わらず、凄い力だ…。


「えっと、それで…何故我らはここに?まだ期日には遠いかと」


「経過報告だ、お前達の進捗の方はどうだ?」


「いや、進捗と言われましても…まだ全然」


「…あれから数ヶ月経ったというのにまだ進展なしか、もう少し急いだ方がいいと思うが?まぁ実力の方はかなり向上しているようだが」


まぁ、詰まる所お叱りの言葉だろう。エリス達がマレウスでの旅を初めてそこそこ経っているのに全く進展がない現状に、叱咤の言葉をかける為呼びつけたんだ。耳の痛い話である。


「ま、そう言う建前はあるとしてだ…実は別に本題がある」


「本題?なんですか?」


本題、そう切り出され何やら妙な空気を悟り弟子達の空気が重くなる。そしてそれが正解とばかりに…魔女様達は、カノープス様は重苦しく口を開く。


「実はな、先月…天番島が消滅した」


「へ?」


全員に走る衝撃、天番島が…消滅?いやいや…え?消滅したの?


天番島はそこそこ大きな島だ、規模で言えば黒鉄島以上、あの島が丸々消えるって…まさか魔女様達がそこで喧嘩でもしたのかな…と思ったが、それならこんな重苦しい空気では話さないよな。


まさか、ウルキさんか?三年前から姿を消している彼女がまた動き出した?…だとしたら旅なんかしてる場合じゃ無いぞ。


「一応先月から魔伝を送っていたのだが、どうやら受け取れる状況になかったようなのでな」


「あ…そうっすね、丁度馬車から離れてて」


「良い、…内容は口頭で話す、…先月天番島にマレウス・マレフィカルムからの襲撃があった。それにより師団長アンとアジメクのクレアが重傷を負い、天番島は消滅した」


「クレアさんが!?」


エリスとデティが顔を見合わせる、クレアさんって…アジメク最強の騎士でしたよね!?あの人…エリスよりもずっと強いはずだよ。しかも師団長のアンさんもかなりの使い手のはず…それが二人揃って重傷!?どう言うことなんだ。


「襲撃者は一名、それが天番島にいたアド・アストラ側の戦力を全滅させ、見事に逃げ果せた」


「一名…一体何者なんですか?仮にも魔女大国最高戦力と師団長が軍団諸共やられるなんて異常事態があっていいはずがない」


「其奴の名は、お前達もよく知っているだろう…今お前達のいる国ととても縁深い男」


「…?」


そりゃ、マレフィカルム関連なんだからマレウスに縁深いだろうと心の何処かで思いながらも…感じるのは薄ら寒さ、嫌な予感…それが舌を出してエリスの背中を舐めるように、体が自然と一つ震える。


「襲撃してきたマレフィカルムの構成員の名は…いや其奴の名は、バシレウス…バシレウス・ネビュラマキュラだ」


「バシレウス…!」


久しく聞いた、その名を。マレウスに初めて訪れた時出会った…あの男、白髪赤目…まるでシリウスのような見た目をした男、マレウスの国王であるバシレウス・ネビュラマキュラが、マレフィカルムの構成員として天番島に…!?


「ちょ!?ちょっと待ってくださいよ?僕の思い違いだったらすみませんが…バシレウスって確かマレウスの国王でしたよね!?」


ナリアさんが声をあげる、そうだ…その通りだ、エリスもそう思っている、いやいた。でも風の噂で聞いたことがある。嘘か真か確かめる術が無かったため不確定な情報として頭の片隅に留めておいたとある噂が。


「いや、バシレウス・ネビュラマキュラは三年前に突如失踪している、今は行方不明…世間一般の扱いでは死亡したと言われていたんだ、だから今は妹のレギナ・ネビュラマキュラか。国王を代理で引き継いでいるんだ」


「えぇ…」


ラグナが語る、噂の真相。やはりバシレウスは国王の座から退いていたのか、あの怪物大王みたくな奴が死んだと聞いた時は『流石に嘘だろ…』と思っていたが。


どうやら、死亡ではなく失踪し…よりにもよってマレフィカルムに行っていたらしい。


「そのバシレウスが、天番島に赴いて…こっち側の最高戦力をぶっ潰したと…」


「ああ、奴の強さは尋常ではなかった。レグルスが対処に当たりながらも…そのレグルスを相手に抵抗をして見せ、剰え天番島の地表を融解させてしまったんだからな。恐らくだがお前達次世代を担う者達の中では…我々魔女はバシレウスが最強であると睨んでいる」


「師匠が…?」


次世代を担う者、エリス達魔女の弟子を含めた若き魔術師の中で…バシレウスこそが最強。それはつまりこちら側の最強の使い手であるラグナさえも…バシレウスには及ばないと言う結論。


以前マレウスを訪れた時点で…バシレウスはエリスの二倍以上の魔力を持っていた。強い強いとは思ってたが…まさか師匠を相手にして戦えるほどに強いだなんて。


「マジかよ、そんなのが今マレフィカルム側に?…ヤベェんじゃねぇの?魔女様相手に殴り合い出来るようなのが少なくとも向こうには一人いるってことだろ?その上八大同盟だのなんだのまで加わって…これ、マレフィカルムとの全面戦争が起こったら…」


「アド・アストラもタダでは済まんかもな…、最悪…ひっくり返されるかも」


「バシレウス……」


慄く弟子達を差し置いて、一人エリスは思い耽る。バシレウスがマレフィカルムに?一体なんで?…今のところマレフィカルムとの関わりが濃厚なレナトゥスとも近い関係のようだったしそこからか?


だが、だとしたら今の国王であるレギナちゃんは?彼女もまたマレフィカルムの関係者なのか?…全体像が見えない、見えないけれど。


(バシレウス…、出来ればもう会いたくなかったですけど…やはりエリスの前に立ち塞がりますか)


なんとなくだがアイツとはあれで終わる仲だとは思えなかった。だがまさか明確な敵としてか…憂鬱だ。


「ラグナよ、我が弟子達よ、急げよ…?本部を探すのもそうだが至急力を付けよ、ともすればバシレウスは今この世で最も魔女の座に近しい人間がもしれぬ、どこぞの馬の骨とも知らぬ男に頂きへ至るのに先を越されるなよ」


「…分かってますよ、カノープス様。俺達最も強くなります、バシレウスが何考えてるか…どれだけ強いかはこの際関係ねぇ、立ちふさがるならぶっ潰す、それが今無理ならそれが出来るだけ強くなる。それだけです」


「そうか…、うむ…任せたぞ。…いやすまんな、些かバシレウスの様子に我等も危機感を覚えてしまった故、本来は書簡で済ますべきところをこうして呼びつけてしまった」


「でも私は久し振りに陛下の顔が見れて幸せでございますよ」


「我もだ、メグ」


ニッコリ、と見つめ合う二人は置いておくとして。魔女様もそれほどに危機感を覚えるくらい今のバシレウスはやばいってことか。少なくとも本気の師匠と殴り合って無事で済ませるだけの実力があるのだから当然か。エリスだってまだ師匠の本気には全く対応できないんだし。


しかもバシレウスはエリス達同様未だ『発展途上』だ、今こうしている間よ奴は着実に強くなっている可能性がある。もしこのまま強くなり続けて…魔女様と同じ段階に、いや魔女様をも超える『魔王』になってしまったら…本当にメルクさんの言うようにマレフィカルムとアド・アストラの力関係をひっくり返してしまうかもしれない。


そうなったらこの世は終わりだ、…なんとかこの三年の間にバシレウスより強くなって、奴を倒せるまでになっておかないと。


とはいえ、差は絶大だ。エリスよりずっと強いラグナよりずっと強いクレアさんよりもずっとずっとずっと強いレグルス師匠と殴り合えるレベル…なんて、三年でたどり着けるのか?甚だ疑問だ。


「ともあれ用件はそれだけだ、バシレウスの件を共有したかった。お前達にも危機感を持ってもらいたかったからな。故にそれだけ、だからこれよりお前達をマレウスに送り返す、良いな?」


「本当はもうちょい師範から色々話聞きたいけど…、取り敢えず俺達も休みたいし、お願いしていいですか?」


「うむ…では」


とカノープス様がエリス達に手をかざした瞬間、フッと思い出す。


「あ!待ってください!」


「……む?」


違う違う、エリス達も魔女様達に聞きたいことがあったんだ。本当は機会があればと思ったが…その機会が今来ているのなら今聞こうじゃないか。


「なんだ?エリス」


「そうだエリス、何か用でもあるのか?」


そうメルクさんは聞いてくるが…忘れてるんですかメルクさん、貴方が持ってるんでしょう?アレを。そうウインクで合図するもメルクさんは口をぽかんと開けたまま首を傾げて。


ああもう!


「メルクさん!例の黒い鉱石!魔女様に意見を聞くんでしょう!?」


「ああ!そうだ!すっかり忘れていた!」


「そうだそうだ、そういやそんな話だった。いやぁ俺すっかり忘れてたわ、あの後も色々ありすぎてさ」


「エリスちゃん流石の記憶力!」


「黒い鉱石?」


慌ててポーチの中を弄るメルクさんは、以前翡翠島で見つけアマルトさんが回収してきた黒い鉱石…不朽石アダマンタイトを削り出して作り上げた剣を取り出し、魔女様達に見せる。これがなんなのか、少なくとも八千年前の古代に由来するものと思われるそれの正体を出来れば聞いてみたいと思っていたんだ。


エリス達の目的に関係あるものでもないし、知ったからどうこうと言うわけではないが。もしこれの正体が分かれば何かに使えるかもしれないしね。


そう思い、アダマンタイトの剣を魔女様に差し出す。


「これを見て欲しいのです、実は我々は訳あって海ぞ…船乗りと共に行動していまして、その時たどり着いた無人島にて発見した代物です」


「あ、もしかして師匠達は遠視の魔眼で見てたりしますか?」


「…いや見ていないな、我々もお前達を常に見張っているわけではない。何やら妙な船に乗っているのは知っていたが…、これは」


アダマンタイトの剣を見たカノープス様は目を丸くして、また珍しいものを見たように『ほう』と息を吐く。


そんな中、誰よりも速く動き、メルクさんからアダマンタイトの剣を受け取ったのは。


「あらまぁ、これ不朽石アダマンタイトではありませんの」


フォーマルハウト様だ、フォーマルハウト様が恭しく、そして丁寧な手つきでアダマンタイトの剣を受け取り、隅々まで観察するように手で撫で触り、確認する。


やはり、知っていたか。


「へぇ、懐かしいもん拾ってきたな」


「わぁ、確かに懐かしいねぇ。まだ残っていたんだ…意外だなぁ。もう全部吹き飛んでしまった物と思っていたよ」


「知っているのですか?マスター」


「ええ、知っていますわ。これは八千年前に存在した…人工鉱石ですもの」


「じ、人工ですか??」


え?これ…やっぱり自然のものではないとは思っていたけど。人工?人の手によって作られたものなのか?それが今も残り続けてるって…。


そう驚いている間にもフォーマルハウト様は他の魔女様達に回し見せるようにそれぞれ手渡して回る。アルクトゥルス様は懐かしそうに牙を見せ笑い、プロキオン様はクスクスと笑い、レグルス師匠はなぜかギュッと眉を顰めてアダマンタイトを睨む。


「あの、それでそれは…」


「ふむ、レグルス?説明を」


「私はお前の従者では…いやいいか、いいだろう。特別授業だ」


仕方ないと立ち上がったレグルス師匠は嫌々アダマンタイトを掴み、エリス達の前に差し出すと。


「これはな、八千年前…技術大国ピスケスが開発した人工鉱石。奴らの持つ卓越した技術によってこの世に生み出されたこの星には存在しない未知なる鉱石なのだ」


「ピスケスが…やはり」


「八千年前はこれを使ってピスケスが城を作ったり、街を作ったり色々なものをこれで作り上げていたんだ…、当然武器もこれで作られていた」


ピスケスは八千年前…師匠達と敵対していた国の名前だ。なんでも暴走する前のシリウスを付け狙い殺そうとしていたらしく。師匠達はそれを止めるためピスケスまで乗り込む旅をしていたらしい。師匠が嫌そうな反応をしたのは多分これを使って敵が攻撃を仕掛けてきたから…なのだろう。


「しかしそんな昔のものが今も残っているなんて…」


「当たり前だ、これを作り上げた『碩学姫』レーヴァテインは朽ちること無く未来永劫残り続ける物を…と言うコンセプトでこれを作り上げたんだ。この世の如何なる鉱石よりも硬く、そして永遠に劣化することがない。形そのものが残っていたなら例えどれだけ昔のものだろうが残っているだろうな」


「へぇ…、ん?碩学姫…レーヴァテイン?」


レーヴァテインって…アレだよな、マレウスにある巨大遺跡迷宮レーヴァテイン…と同じ名前だ。レーヴァテインって人名だったのか?とエリスが首を傾げると、流石は師匠。エリスが疑問に思っていることを察知して説明を続ける。


「レーヴァテインとはピスケスの次期国王だ、いや最後は王位を継承していたから正式に王女か。奴はこの世に科学技術を齎し魔力を使わぬ数多くの発明品を作り上げた天才発明家だったのだ」


「天才発明家…ですか」


「ああ、…奴の知能は少なくとも一万年は先を行っていると言われる程で、あの時代は『シリウスの作り出した魔術』と『レーヴァテインの作り出した科学技術』のどちらが先の時代の覇者になるかを決める時代でもあった」


師匠が語るに、レーヴァテイン姫が作り上げる発明品のどれもが魔力を用いないものでありシリウスの作り出した『魔術』とは完全なる対極に位置する存在であったと言う。


時に炎を、時に電気を、時に太陽の光を、この世のありとあらゆる物をエネルギーとして動くそれらはシリウスの魔術同様世界に拡大していき、そしていつしか世界の覇権を争いぶつかり合うこととなった。


ピスケスがシリウスを狙ったのもそれが由来だ、魔術の祖であるシリウスを討ち取りこの世から魔術を消し去り…この星を科学の世界にする為に、それが人類にとって適切な道であると考え『魔術』そのものに対して戦争を仕掛けてきたのだ。


魔術と科学の大戦争、その中心にいたのがレーヴァテイン姫…。さしずめ『科学技術側のシリウス』とでも呼ぶべき存在が、このアダマンタイトの開発者だと。


「奴らの兵器はどれも魔力を用いないのに凄まじい威力でな、我らもお姉様…シリウスを守る為、魔術を守る為必死に戦ったものだ。まぁ今となってはそれが正しかったのかは分からないがな」


「え?そうなんですか?だって師匠達が負けてたら魔術がこの世になかったんですよね」


「ああ、だが魔術は強力過ぎるとレーヴァテインは語った。そして奴の言う通り魔術によって人類は一度滅亡の瀬戸際まで追いやられた。もし世界が科学を選んでいたら…人類は自ら生み出した力によって滅亡の危機を迎えることはなかっただろう」


そう言われても、エリスにはよく分からない。だって魔術がない世界とか想像出来ないし、魔力を使わない道具で有り触れればいつしか人類は魔力を忘れ…今とは全く違う文化形態が築かれていた…とか言われて、それのどっちが正しかったかなんてエリスには判別のしようもないし、多分…魔女様達にも確たる事は言えないだろう。


「まぁ我等では確たる事は言えんが、少なくともレーヴァテインにも未来を想う心はあったと言うわけだ」


とカノープス様が締めたことにより師匠の特別授業は幕を閉じる。ともあれこの石とあの遺跡の正体はわかった。やはりこれらはピスケス由来もので…偶然それがエンハンブレ諸島に残っていたのだろう。


師匠曰く、ピスケスはシリウスとの戦いで跡形もなく吹き飛び当時の科学技術は軒並み消し飛んだらしいし、まさしくこれは古代の遺物…と言うわけだ。


「なるほど、その正体は分かりました。しかし魔力を使わない技術とはデルセクトの人間としては興味がありますね」


そんな話に最も興味を持つのは同じく魔力を使わない技術『蒸気機関』の国であるデルセクトだ。同じ科学技術の国であれどもレベルはかなり違うように思えるがそれでも想うのだ。


きっとメルクさんは、その科学技術を獲得し自国の発展に活かそうとしているんだ。


「ほう、興味を持つか。確かにデルセクトはピスケスという国を基にしてフォーマルハウトが作ったものだし…当然か」


「はい、マスター?このアダマンタイトは作れないのですか?これを用いればデルセクトの繁栄は更なる躍進を…」


「無理ですわ、先ほども言いましたがこれは魔力を用いない物質…魔術などの技術を使って作る事は出来ないのです。故に錬金術でも生成は不可…製法を知るレーヴァテインもここには居ませんし、複製は無理でしょう」


「そんな…!」


「と言いたいところですが…」


すると、フォーマルハウト様はショックを受けるメルクさんの胸をその指先でトン…と叩く。魔力を用いない物質故今現在の魔術文化形態での生成は不可能…だが。


「貴方なら或いは作れるやもしれませんよ」


「へ?私なら?…何故ですか?」


「貴方の胸の中にある『ニグレド』と『アルベド』…それはピスケスの技術を流用して作られた『生成機構』と『破却機構』を魔術的アプローチで再現しようと、わたくしが自ら計画して作られた発明品ですもの」


「え…ええええええ!?!?!?」


バババッ!と自分の胸を触るメルクさんは驚愕の声をあげる。技術大国ピスケスが作り上げた技術を魔術的なアプローチで再現しようとしたプロジェクトの産物が…ニグレドとアルベド?え?そうなの?


確かにこの二つはそもそも誰が発案したものかも、そもそもいつ誰が何のために作り上げたものかも不明だったのだ。その発端が魔女様と言われれば…まぁ、納得できなくもないが。


「そうなのですか!?」


「そうですが、言ってなかったかしら?」


「言ってないかと…!」


「あらそう、まぁそのプロジェクト自体すごい昔に凍結してわたくしもすっかり忘れてた奴なのでイマイチ覚えてないのですわ。どうやってもニグレドとアルベド止まり…その先はどうやっても進めませんって状態でしたので、オホホホ」


「オホホホ…って」


「でもそんなものが今更出てきてビックリしたのは覚えてますわ、どっかの誰かが研究者を焚きつけて引っ張り出してきたのでしょうね」


…多分それヘットだな、アイツはかなりデルセクトに馴染んでいたし、兵器開発局に干渉して魔女を殺せそうな兵器を探す中でニグレドとアルベドの存在に気がつき…。それを預かるジョザイアさんとセレドナさんに攻撃を仕掛けてきたのだろう。


色々巡り巡ってメルクさんの所に辿り着いたニグレドとアルベドはメルクさんと同化し、今その力となっている。その力のルーツが…ピスケスとは。


「私の力が…ピスケス由来…だと」


「まぁメルクの力、どう考えても魔術じゃ説明つかなかったしな」


「デセルクトの技術は凄いと思っていましたが、ピスケス由来でしたか」


「……なんか複雑だ!ニグレドとアルベドは我が国の技術の至宝だったはずだぞ!なのにこんな!実は他国の真似でした!?納得いかん!」


「とわたくしに言われましても…、勝手に『同化』したのは貴方ですし。そんなこと言うなんて…『どうか』してる、ってやつですわね。オホホホ」


この人凄いな、この状況で親父ギャグ飛ばせる根性はまさしく魔女級だ。


まぁそんなこと言われても当然メルクさんも納得出来るものではなかったようで、夢の物質を作れる可能性を秘めていると言う喜びと、自国の技術の最高峰が他国の真似だったと聞かされて喜べない…そんな悲喜交々の様子だ。


「……まぁ、疑問に答えられたようで何よりだ」


なんかもうカノープス様も飽きてるし、まぁ質問には答えてもらったからよしとしようかな。うん…じゃあ帰ろうか。


そうラグナに目配せすると、彼もまた苦笑いしながら頷いてくれる。


「それじゃあカノープス様…」


「ああ、送還しよう…おっと、そうだ。一つ頼みごとをしても良いか?」


「へ?なんすか?」


ふと、カノープス様は空間転移を始めながらエリス達に対して頼みごとが一つあると指を立てて。


「いや何、酷く懐かしいものを見て思い出したことがある。…もしマレウスの旅の最中にレーヴァテイン遺跡群に立ち寄ることがあれば、その最奥を覗いて来てくれまいか?」


「へ?覗くだけでいいんですか?」


「ああ、もしかしたらそこに、我等の忘れ物があるやもしれん。まぁこれは課題には関係のない我ら個人の頼みごと故無視しても良い、だがもしも…と言う話しだ」


「まぁ、そのくらいなら…」


「うむ、感謝する。ともすれば…お前達の力になってくれるかもしれんしな」


「へ?…」


「では送り返すぞ、今日は休み、また明日からの修行の日々に備えよ…ではさらばだ!!」


「あ!ちょっ!もうちょい説明を─────」


そうして、またも説明が為される事はなくエリス達の視界はかき混ぜられたココアのようにグルリと一転し色を変える。何が何だかよく分からないが久々に師匠に会えてよかったな…と言う感情と、もしかしたらまたバシレウスに会うかもしれないと言う陰鬱な心地が混ざり合い、エリスもまた複雑な気持ちになるのであった。


………………………………………………


「戻ってきた…!」


そして気がつくと、エリス達は先ほどと同じボヤージュの街の目の前に戻されていた。あっという間に大国間を行き来させるカノープス様の力には驚くばかりだが、同時にその問答無用さも凄いなとは思う。


「はぁ、久しぶりに陛下に会えてメグ幸せでございます」


「お前ら師弟…いろいろ説明してくれないのな」


「ってかうちのお師匠さんずっと黙りこくってたな、ありゃ絶対無理矢理連れてこられてたぜ」


「コーチも元気そうでした、まぁコーチに限って風邪とかは引かないんでしょうけど」


なんて、久々に顔を見れた師匠達に弟子達は何だかんだ嬉しそうな顔を見せて、和気藹々と馬車に戻ろうと歩みを進めた瞬間…気がつく。


「……あ?」


ふと、見れば。エリス達が六王の間に飛ばされる直前にはなかった光景が、そこには広がっていた。


場所は馬車の手前。先程までなかった『変化』がそこにはあった。その余りにも異様な光景にラグナが眉をひそめ…。


「何やってんだ?」


警戒する、何せ馬車の手前で…人が取り押さえられていたからだ。取り押さえているのは馬車の警護をしていたアリスさんとイリスさん、二人が一人の不審者の背中に飛び乗り腕の関節を極めグリグリと地面に押し付け拘束していたんだから。


「あ!メイド長!みてください!不審者です!」


「メイド長!馬車に入り込もうとした不審者を捕まえました!どうしますか!」


「不審者って…」


そして、そんな二人に取り押さえられている不審者というのにもまた…見覚えがあった。ダラダラと伸びた黒い髪とベソベソと目から滝のように涙を流す情けない顔。あれは…うん。


「いや何やってるんですかケイトさん」


「ゔぇぇぁぁああああ…だずげでぐだざい、わだじゔじんじゃじゃあでぃまぜん」


「……あー、アリスさん イリスさん、その人エリス達の知り合いです」


「えっ!?ご友人様でしたか!?」


「いえ、顔見知りです」


「びどぃでずよぉえでぃずざん、わだじどあだだのながじゃあでぃまぜんがぁ〜!」


「いい歳してギャン泣きしないでください」


ケイトさんだ、アマデトワール支部にいるはずの冒険者協会最高幹部のケイトさんがアリスさんとイリスさんに取り押さえられてゔぇゔぇ泣いているんだ。この光景を異様と呼ばないならペンギンが空飛んでても日常になっちゃいますよ。


エリスの知り合いだと知ればアリスさんとイリスさんは慌てて拘束を解いてケイトさんを解放する。この人なんでこんなところこんなことしてるんだ…。


「うう、いきなり取り押さえるなんて酷いですよ…」


「いやケイトさん、貴方こんなところで何してるんですか」


そうエリスが問いかければケイトさんは赤くなった目でギラリとこちらを睨むなりものすごい勢いで摺り足をしエリスに肉薄し胸ぐらを掴み上げ。


「何してるじゃありませんよ一ヶ月も音信不通になって!ガチで心配したんですよ!私!まさか本当にジャック・リヴァイアに殺されたんじゃって本気で心配して様子を見にきたらこんなのほほんと『ァ何してるんですきゃぁ?鼻ホジー』じゃねぇって感じですよはい!」


「エリス様に詰め寄るとはやはり不審者!」


ぁああああああああ!!」


そして再びアリスさんとイリスさんに取り押さえられギャン泣きを始める…。この人…エリス達を心配してくれていたのか。なんか意外だな、もっとクレバーな人かと思ってたら…。


「心配してくれてたんですか?」


「当たり前ですよぅ、一応私から持ちかけた話ですし、それで死なれたら大変ですし、しかも私の話がきっかけでラグナ大王やメルクリウス首長が死んだってなったらほら…私断頭台に直行ですし」


「あー…なるほど」


確かに考えてみれば責任重大なんだったなこの人。もしケイトさんの依頼が元でラグナやメルクさん、デティが死んだとあってはもう魔女大国としてはケイトさんは許しておけない状態になる。確実に罪に問われる、そこんところエリスはあんまり意識してないから気にしてなかったな。


「エリス、もしかしてこの人が?」


「あ、そういえばラグナ達は初対面でしたね。そうです、この人が冒険者協会の最高幹部、ケイト・バルベーロウさんです」


アリスさんとイリスさんに取り押さえられたままほっぺを地面にグリグリと擦り付けるケイトさんを紹介する。威厳もへったくれもないが。事実なんだからしょうがない。


「こ、この人が…あの伝説の魔術師ケイト・バルベーロウ…?」


「あ!ラグナ様!ラクレス様には大変お世話になっておりますですはい!」


「本物か?これが?」


「ああ!メルクリウス様!お会いしとうございました!お噂に違わず…いやそれ以上にお美しい」


「相変わらずだねケイトさん、私のこと覚えてる?」


「はいぃ勿論でございますデティ様、ああ昔はあんなに小さかったのに今はこんなに大きくなって…なって、なってないな」


「喧しいわ!」


これがケイト・バルベーロウだ。その肩書きや腕前はまさしく世界トップクラス、されどその性根は実に小市民、立場を得て役職を得て仕事に明け暮れるうちにこんなにも俗世に染まってしまったのが…この人なのだ。


見る人が見ればいろいろがっかりしそうだな…、まぁそれでも油断できない何かを秘めている人ではあるんだけど。


「へぇ〜、この人が冒険者協会の最高幹部か〜」


「は?あんた誰ですか」


「俺?俺はアマルトだけど、知ってるよな?」


「知らん、話しかけるな」


「俺一応コルスコルピの大貴族の出なんだけど…。アリスタルコス家の」


「ははぁ〜!アマルト様〜!靴舐めますね!ぺろぺろ」


「お前権力に靡き過ぎだろ!」


流石にアマルトさんは知ってるでしょケイトさん…。いやいやまぁそこはいいんだ。いやいいのか?


しかし驚きだな、いや心配してくれたのは嬉しいけど、まさかこの人が直々にやってくるほどとは。…本当にそれだけにやってきたのか?なんか裏があってここまで来たんじゃないのか?


そう疑ったエリスは…。


「それでケイトさん、用件ってそれだけですか?」


「あ、違いました。まだあります」


「うわぁっ!?」


「川魚にみたいに滑る!」


そういうなりスルリとアリスさんとイリスさんの拘束をすり抜けると、懐から一枚の紙を取り出し。


「実は、一つどうしても頼みたい仕事が出来まして…護衛をお願いしたいのです」


「また護衛の依頼…ですか?今度は誰を護衛するのですか?」


「私です」


「は?」


「依頼です、私を護衛してマレウスの東部…『クルセイド領』まで送り届けて欲しいんです!」


そう言って突き出されたのは依頼書、そこに書かれた依頼主は間違いなく『ケイト・バルベーロウ』のものだ。依頼内容は…なになに?


『旧友の元を訪ねる用事が出来たのですが、実力的に信頼出来る冒険者が今出払っているので是非ともエリス様達に護衛をお願いしたいです』って…。


「ケイトさん!あなた護衛必要ないでしょ!?ここまで一人で来てるじゃないですか!」


「そりゃこの辺は平和ですもん!でも…東部は違うんです。どうしても旧友に会いに行かねばならない用事が出来たのですが…今東部の情勢がかなり悪いらしくて」


「悪い?…クルセイド領ってマレウス真方教会の総本山ですよね、そこが…治安悪いんですか?」


「ええ、悪いですとも…なんせ今、マレウスの東部には奴がいますから」


深刻な面持ち、伝説の魔術師が冷や汗を浮かべながら…奴がいると、そう苦々しくケイトさんは体を持ち上げ、マレウスの東部の方角を見ている…つもりなんだろうが、そっちは西です。


「奴?」


「ええ、今マレウスの東部には…山魔モース・ベヒーリアが居るのです、お陰で東部は今山賊天国です、そして…えへへ、私なんかがモースに命狙われてる臭くて」


守って!と手を合わせながら頼み込むケイトさんのあまりの軽さに驚愕する。モースって…あのモース・ベヒーリアですよね。以前エトワールで会った痩せぎすの背高のっぽの女。


そして、あのジャック・リヴァイアと双璧を成す陸の王者…世界最強の山賊、いや…こう呼ぶ方が適切か…三魔人の一角と。


今でも脳裏に浮かぶジャックの圧倒的強さ、現役だった魔女大国最高戦力のカルステンさんを殴り倒したと言う逸話を持つバケモノ。ジャックや魔女大国最高戦力と同等の怪物が…ケイトさんを狙ってる?それから守れって?…また、無茶な依頼を…。


「また無茶な……」


「無茶でもなんでもやってもらわないと困るんですよ〜!私まだ死にたくない〜!!」





「…山魔……」


そう、騒ぐエリスとケイトを他所に、一人…深刻な顔を浮かべるのは。


ネレイドだ、彼女はただ一人…山魔との邂逅の時を恐れ、ゴクリと固唾を飲むのであった。


……………………………………………………



「ぎゃはははははは!」


「お前本当にバカな奴だな!あはははははは!」


「うっせぇよ!がはははははは!」


酒を飲み、ジョッキをテーブルに叩きつけ、笑う。


そこはマレウス東部、神司卿クルス・クルセイドの領地であるマレウス東部のとある町のとある酒場は今…貸切状態なんだ。


街の人間は恐れて酒場に入れない、何せこの酒場を占領しているのは。


「おうおう店主!酒が足りねぇぞ!モース大賊団を怒らせてぇのか!!」


「ひ、ひぃ!ただいま!」


天下にその名を轟かせる最悪の輩、海にジャック海賊団があるならば陸地にはモース大賊団ありと讃えられた世界最強の山賊団なのだから。


店いっぱいに山賊達がひしめき、マチェットやら大振りのナイフやらを振り回し酒に酔った勢いで暴れて回る、中には拳銃ぶっ放して天井に穴を開けるバカまでいる始末。


だが誰も咎めない、なんといっても彼らはモース大賊団。魔女大国の最高戦力さえ殴り倒す世界最強の山賊が率いる賊達なのだから。


「も〜!団長ももっと食べましょうよ〜!飲みましょうよ〜!せーっかく酒場貸切にしたのにぃ!」


そして、酔っ払った山賊が絡むのは、カウンターに一人座る巨大な背中。引き締められた体には筋肉しか浮かんでおらず、まるで岩肌がそこにあるかのごとく荘厳に屹立し、在るだけで周囲を威圧する。


そんな不動とも思える岩肌は山賊達の言葉を聞いてぐるりと振り向いて。


「あーしは水だけで結構でごす、酒は今飲む気になれんので」


そう深緑の髪を揺らしコップに注がれた水をコクコクと飲む。あれこそが…この山賊達を取りまとめる存在、世界中の山賊達の憧れの的であり崇拝の対象。


山魔モース・ベヒーリアである。


「…皆は存分に騒ぐでごす、店主がご好意で酒代をタダにしてくれるようでごすから…ねぇ?」


「ひ、ひぃ…」


椅子に座っていると言うのに頭が天井に届きそうなその巨躯に睨まれれば、誰だって首を縦に振らざるを得ない。あの大きな手で軽く叩かれればそれだけで頭蓋骨が肋骨に食い込むであろうことが容易に想像出来る店主は恐れ戦き涙目になりながら文句も言わず酒を運ぶ。


これがモース大賊団の日常だ、ふらりと街に立ち寄り、気まぐれに酒を飲み、気まぐれに奪い、気まぐれに施す。歩く災害とまで呼ばれることもある山賊達は今日も酒場で同じように騒ぐ…。


「すっげー!」


いや、今日ばかりはいつもとは違うか。何せ…今日はモース大賊団に『お客様』が居るのだから。


「あんたすげぇな!」


「マジだ、こんな凄いの見たことないぜ!」


そんな騒ぎの中心にいる『お客様』は。黒いコートと黒い三角帽を目深く被ったまさしく女魔術師といった風貌で銀の杖を片手に置いたまま椅子に座り、目の前の卓を囲む山賊達に褒め称えられる。


彼女は数日前からモース大賊団の食客として招かれている人物、その腕前をモースから買われ一時的に『この仕事』を共にすることを許された実力者だ。


そんな彼女が見せる『芸』に山賊達はもう興味津々だ。


「どうやってやってんだ!?」


「あはは、だからタネも仕掛けもないと言っているじゃないですか」


「でもよぉ!チラッと見ただけのカードの配置を全部覚えて同じ柄を全部揃えちまうなんて、あんたすげぇ記憶力がいいんだな!」


「なぁ団長!こいつすげぇぜ!完全記憶能力…ってやつか?本物だぜ!」


「褒められるとやや照れますね、ただ識っているだけなのですが」


そう言いながら照れるように帽子を被り直し椅子に座り込む、彼女はその凄まじい記憶能力で次々と山賊達をカードゲームで負かし続けているのだ。特に神経衰弱なんかは凄まじい強さだ。


一度見ただけで、全てを記憶する。その特技の物珍しさから山賊達は大興奮だ。それを見たモースはチラリと黒コートの女を見つめ。


「凄いでごすな、あんたみたいな記憶力の持ち主はウチには居ないからありがたいでごす。うちのはみんな一晩経ったら全部忘れちまうでごすからな、バカばっかでごすから」


「だははは!ひでぇー!」


「…それで?力を貸してくれるんでごすな?」


「ええ、もちろん。私も貴方には興味がありますので」


「ふーん…」


そう言いながらモースは視線を外し、黒コートの女の言葉を聞きニタリと笑う。


興味か、その言葉がどこまで真意かは分からないが。彼女が味方をしてくれるならありがたいことこの上ないでごす。


なんせ彼女は…。


「では、頼りにしてるでごすよ、知識のダアト」


「ええ、山魔モース。仲良くしましょう」


マレウス・マレフィカルムを統率する中央組織セフィロトの大樹の幹部にして、マレフィカルム最強の魔術師と呼ばれる人物なのだから。


マレフィカルム最強が付いてきてくれるなら、あーしの本当の目的を果たせる…。


そう笑うモースは水を飲み干し…起き上がる。


大山が鳴動し、陸を蹂躙する支為動き出すのであった。





……………………第十三章 終

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