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425.魔女の弟子と海洋最強の男


底を見せていた、それが敗因だった。レッドランペイジとの戦いの最中にラグナにとっての底である『蒼乱之雲鶴』をジャックに見せていた。


ラグナの座右の銘…と言うか、師範の教えにあった。


『先に底を見せた方が負ける』


その言葉は正しかった、先に限界を見せた方が負ける。それを知っているからこそ俺は底を見せるのを嫌い力を温存していたのに。ここ大一番で大ポカをやらかした。


結果として、俺はジャックの底である『海心同化』を上回れなかった。全力でぶつかり合い、全力を掛けて戦い、俺は敗北した。


一度目の戦いでも敗北し、二度目の戦いでも敗北し、そして今三度目の戦いでも敗北しようとしている。いや…今回の負けは一度目と二度目とは違う。全力を出しての負けだ…意味が大きすぎる。


…くそ、バカだった。俺はなんてバカだったんだ。


俺より強い奴なんて居ないんじゃないかなんて危惧を覚えていたのが今となっては恥ずかしい。ジャックはまず間違い無く俺より強い、こんなにも強い奴がいるのかって信じられないくらい強い。


その全てが俺の想像を上回り、俺の目的を悉く潰してきた。こんなにも勝ち目のない戦いは初めてだ……。


「ぅ……」


俺は一人、名もなき島のジャングルの中でなんとか意識を保つ。ジャックとぶつかり合い、ここまでぶっ飛ばされたんだ。起き上がろうにも力が湧かない、蒼乱之雲鶴も途切れちまった。


がむしゃらに攻めて、エネルギーを使い果たしてしまったんだ。もう俺にはジャックに対抗する手段がない。


負けだ…完膚なきまでの敗北。


俺が負けたらどうなる、ジャックは黒鉄島を襲う、そして人魚達を殺しその肉を食い…ジャックという男も死ぬことになる。


それが認められないから全力で戦ったのに、結局…俺は何一つ守れなかった。守る為に強くなったのにこれじゃ意味がない。


「ッ…はぁはぁ…!」


無理くり起き上がる、体が重い…ヤベェ…マジでエネルギーが尽きる。この倦怠感はカルステンと戦った時と同じだ。このままじゃ俺はここから動くことも出来なくなる。


そうなりゃ…俺も死ぬ。


「…ッ…まだ…」


まだ…と諦めを殺す言葉が口を突く。けど実際どうするよ、今のまま戦いを挑んで勝てるか?もう一度立ち上がったら劇的に強くなれるのか?


負けってのはそんなに軽くねぇんだよ、実力に差があったから負けたんだ、もう一回やっても…勝てるわけが……。



「前にも、こんなことがあったな…」


思考が巡る、ジッとしているとやけに昔のことを思い出す。


そうだ、前にもこんな事があった。雨の中…俺は敗北に打ちひしがれ、戦う事自体を諦めそうになった事があった。


…王位継承戦だ、あの時もこんな土砂降りだった。あの時もこんな惨敗だった。真っ向からやって兄様に負けて…もうどうしようもないと膝をついた事があった。


その時俺はどうやって立ち直った?…決まってる。彼女が起こしてくれたんだ。


俺の手を取って、俺を励まして、俺の頬をぶっ叩いて目を覚まさせてくれた。


エリスは、そうやって立ち上がって。一度負けたベオセルク兄様にもう一度挑み…そして勝っちまった。だから今の俺がある。


いやそれだけじゃない、エリスは何回も何回も負けている。聞いた話じゃ同じ相手に三回も負かされた事もあったと言う。それでもエリスは挫けることなく立ち上がり四度目で勝利を得た。


そうやってエリスは立ち続けて旅を続けて、俺はそんな彼女のあり方にもうどうしようもないくらい惚れて憧れたんだ。あの日俺を立たせてくれた彼女の瞳に…俺は惚れたんだ。


「…エリス」


彼女みたいになりたいとあの時死ぬほど思ったのを思い出す。あの日のエリスの言葉を今ありありと思い出す。


彼女は負けても負けても戦い続けた、倒れても倒れても立ち続けた、あの日俺に語った言葉は嘘偽りではないことを証明し続けた。


…そうだ、そうだよ。俺は何がしたい、俺の夢はなんだ。エリスを守る事…その先にあるものはなんだ!


「ぅ…くぅぅぅ…!」


立ち上がれないくらい打ちのめされて負けたとしても。


例え立ったとしてもジャックに勝てるくらいいきなり強くなれなかったとしても。


それでも…立て!立てるなら戦える、勝てるほど強くないなら今この時から強くなればいい。負けても負けても立ち続け戦い続け挑み続ける事そのものが強さなのだから。それを彼女が教えてくれたのだから。


「諦められねぇよなぁ、エリス…」


『立て』とあの日のエリスが俺に力をくれる、あの日の記憶が俺の力になる。重く気だるい体を引きずってまた戦場に戻る為歩みだす、そうだ。俺は負けた、けど。


「俺はまだ全部を出し切ってない…まだ、なら…やれるよな」


絶望的だ、絶望的だが立ち上がれた。立ち上がれたならまだやれる。まだやれるなら何かを変えられる。立ち上がったことにこそ意味があるはずなんだ。


けど、戦うためにはエネルギーが必要だ…、だがどうする?こんな島にそこまで大量の食料があるとは……。


「…………ん?」


ふと、顔を上げる。何かを感じたからだ。敵意の気配…獰猛な息遣いを、何かいるのか?


その何かを探すようにジャングルを見回し、周囲に目を走らせると…。


『ブゴォ…!』


「…あ?お前…」


ふと、ジャングルの木々をへし折ってそいつは顔を覗かせ俺を睨みつける。雨を受けて水浸しになったそいつはヌルリと影を伸ばし、見上げるほどの巨大さを露わにする…けど、驚きはない、むしろその姿には見覚えがあった。


丸々と太った巨大な…豚。こいつは…。


「アングリービックピック…?」


いつか俺がぶっ飛ばした豚によく似た丸い豚が現れる。こいつアングリービックピックだよな…このジャングルにも居たんだ。ん?でもこいつ確か珍しい個体じゃなかったか?と思って見ると…アングリービックピックの額に拳の跡が残っていた。


まさか…こいつ、俺があの日ぶっ飛ばしたやつと同じ個体か?空の果てまでぶっ飛んでいったと思ったら、こいつエンハンブレ諸島にまで飛んでいたのか!?それがなんの因果かこの島にいて…なんの因果か俺の前に現れて。


…ああ、そう言えば。


「……お前、確かメチャクチャ美味いんだったな?」


『プギィッ!?』


ジュルリと涎が出る。…やっぱ立って正解だった、どうやら俺はまだ…やれるみたいだ!


………………………………………………………………


「………………」


ジャックはラグナの消えた方向をしばらく眺めた後、物悲しげにそちらに背を向ける。もしかしたらラグナがまた現れるかもと思っていたが…どうやら本当に力尽きたらしい。


あれほどの力の差を見つけられたら、誰だって諦める。そうでなくともアイツは満身創痍、今度こそ完璧に死んだだろう。


「もう、俺を阻む者は何もない…」


後はもう人魚を確保するだけだ、再び俺は黒鉄島に目を向ける。あそこに人魚がいる…ならあの島を沈めてもいいし、海流で持ち上げて逆さにしてもいい。どの道海にいる以上俺からは逃げられねぇ。


「…さて、…終わりにするか」


この戦いを、そして海賊としての己を終わらせる。その為にジャックが一歩…踏み出した瞬間。


『待て!!ジャック!!』


「ッ…ティモン!?」


見れば、荒れ狂う海の中を進み、死ぬような大時化の中を切り裂く我が愛船キングメルビレイ号がこちらに迫ってきていた。そして、その舵を握るのは…俺の相棒、ティモンだ。


アイツ何してんだ…、っていうかこんなところに来たら危な…。


『やめろ!行くな!ジャック!!』


「ティモン…何言ってんだお前は」


「それはこちらのセリフだ!お前…人魚の肉を食ったら一人でマレムィカルムに行くつもりなどと言っていたそうだな!馬鹿野郎!馬鹿野郎!何を勝手なことを言っているんだ!』


「…テメェにゃ全部話しておいただろ!納得してたんだろ!だからここまで来てんだろ!」


『そうだがやっぱり考え直した!心変わりした!行かないでくれジャック!!俺にはお前が必要なんだ!』


「だぁぁあ!くそ!ここぞって時に縋ってくるんじゃねぇ!」


『見せてくれるんじゃないのか!海の果てを!』


「ッ……!?」


ティモンの言葉にハッとする、見せてくれるんじゃないのか…海の果てを…だと?そりゃ…お前…、俺…は…。


『約束が違うぞジャック!!お前の夢は…俺たちの夢なんじゃなかったのか!なのに…置いていくのか、俺達を…!』


「……仕方ないだろ!テトラヴィブロスに行くには人魚の肉が必要だ!だがお前らまで食っちまったら…テメェらをマレムィカルムに引き込む口実をジズに与えちまう!」


『なんで…付いて来いって言ってくれないんだ…!俺は魔女なんか怖くない!魔の海も怖くない!死ぬことだってなんとも思わない!お前が…側にいてくれない事に比べれば!』


「…………そうは、言ってられねぇんだよ。俺は…もう、仲間が死ぬところは…見たくねぇ!」


腕を振るい、拒絶するように波を作り出しこれ以上ティモンが近づけないよう隔絶した領域を作り上げる。これ以上邪魔をしないでくれティモン、やっぱり考え直したとか、やっぱり一緒に行きたいとか、そんな揺らぐようなことを言わないでくれよ。


俺は嫌なんだよ、夢を叶えずに死ぬのが…夢を叶えられずに力尽きるのが。人間は呆気なく死ぬ…特に海の上では。それを思い知ったんだよ俺は。


俺だって、いつまでも海の上で冒険してられるわけじゃない。呑気に構えていて…それで夢を取り逃がすようなことがあったら。


俺は…あの宝物庫に、俺の宝物庫に顔向けが出来ない。


「俺は誓ったんだよ、あの日散っていった仲間達に。海の秘宝アウルゲルミルを必ず手に入れると、でなきゃあの日死んでいった仲間達が…仲間達とやってきた冒険が!全部無駄になる!」


『お前…そんなことを…!』


レッドランペイジの襲撃を受けて、みんな死んだ。俺が誘って船に乗せたやつ全員が死んだんだ、これで俺がやっぱり無理だ…って諦めたら、アイツらの魂はどこへ行く。アイツらは何のために死んで何のために俺が生き残ったんだ。


許されねぇんだよ、もう…俺は夢叶えないといけないんだ。


『ジャック!!勘違いするな!奴らが死んだのは皆己の夢の為に海と戦いその中で果てたんだ!お前が夢を叶えようと叶えまいと関係ない!それを他でもないお前が言ってたじゃないか!そいつの夢は!そいつだけのもの!お前の夢もお前だけの物だと!』


「わかってるよ、矛盾してることくらいな。みんなして責めるなよ…それでも俺ぁもう決めちまったんだ。今更曲げられねぇ。誰も止められねぇ…」


『…誰も?…お前、ラグナはどうした!』


ラグナはどうしたって?俺を止めようとしたアイツの話か、ンなもん決まってる…。


「俺が殺した、…やめてくれよティモン、お前まで俺を止めようとしないでくれ。アイツを殺した以上…俺はもう目的を達する為に手段を選べないんだ…」


『お前……』


そうだ、ラグナは殺した。もう俺を止めに来ない、そして俺を止める者がいるなら…そいつも殺す。同じことだ。


そう踵を返そうとした瞬間、船の手摺に…影が立ち上がる。腕を組み時化の中を強く立ち続けるそいつは、俺を睨む。


今度は何だ…。


「…なんだ、何が言いてぇ、エリス」


『…………』


エリスだ、ラグナ達の仲間の中で…多分ラグナの次くらいに強いアイツが、今度は立ち上がるんだ。まさか…。


「今度はお前が相手をするか?やめとけよ。お前じゃ俺には勝てねぇぜ…?」


『いいえ、エリスは戦いませんよ。貴方の相手はラグナです…ラグナが貴方を倒しますから』


「はっ、話聞いてなかったのか?ラグナはもう…」


『ラグナは負けてません、彼はこのくらいじゃ死にません…!』


「ッ……!?」


ハッとする、エリスの顔を見て…だって、メチャクチャ冷徹な顔つきをしながら、鋼のような鋭い目つきをしながら。


エリスは…ボロボロと泣いていたからだ、鼻先を赤くして、肩を震わせながら…それでも強く立ち続けていたからだ。


「お前…」


『ラグナは負けてません!すぐに戻ってきます!そして貴方を倒します!エリスはラグナの邪魔はしません!だから…手は…出しません…!』


違う、腕を組んでるんじゃない、自分の体を抱きしめて止めているんだ。ラグナが殺されたと聞いて…一直線に俺に向かって挑みかかろうとする己の体を必死に止めているんだ。それでも…そんな怒りと悲しみさえも抱き殺して、ラグナを待つ 信じると口にするあの姿は。


同じだ、ティモンとヴェーラが俺を信じてくれている姿と。そこではたと気がつく。


俺は今…ティモンの顔を見れていないことを。きっとエリスと同じように涙を流しているだろうアイツの顔を見ることが出来ないことに気がつく。


だって、相棒のそんな顔を見ちまったら…俺はもう進めないから。


「くっ…!」


『待ちなさい!ジャック!!直ぐに…直ぐにラグナは戻ってきますから、だから…そこで……!』


『ジャック!行くな!くそッ!波が激しくて船が進まん!』


「ウルセェ!そこで見てろ!テメェらは!」


『ラグナは来ますから!!』


そんなエリスの叫びに呼応して船に乗った魔女の弟子達が吼えたてる。次々と奥から現れ子供のだだのように…現実を認められないように叫び散らすんだ。


「そうだー!エリスちゃんの言う通りだー!ラグナ負けてないぞー!ここを立ち去ったらアンタ負けたの確定すっからね!」


「あまり油断しないことだ、ラグナは簡単に折れてくれるような男ではない…今頃お前の寝首を掻く算段を立てていることだろう!」


「ラグナは…任せろって言ったんだ、アイツは自分で言ったことは必ずやり通す男だぜ?」


デティとメルクとアマルトがエリスに続き。


「ラグナさんは直ぐにきます!そして今度こそ貴方達に勝ちます!絶対に!」


「ラグナ様の凄さを知っているのは、我々だけではないでしょう」


「…ラグナ、彼は…私達の中で一番強い。そして…一番強い事を誰よりも深く考えている。彼は強者としての義務を…必ず果たす」


ナリアとメグとネレイドが声を上げる。ただ一人に信頼を寄せ ただ一人の勝利を願って…否、信じて声を上げる。ラグナが死んだ事を 負けた事を否定する。まだ戦いは終わってないと言い続ける。


……懐かしい、と言うべきか。かつては俺も『あの言葉』を投げかけられる側だった。俺を信じて『ジャックは必ず勝つ』と言い続けてくれた仲間は今…涙を浮かべながらこちらを見ている。


けどな、現実ってのはそう簡単にひっくり返るもんでもない。もう終わりなんだ。


「フンッ…」


その言葉を無視して黒鉄島に向かう為更に歩みを進める。もういい加減終わりにする、そうすりゃアイツらもティモンも諦めるだろう。俺も…諦めがつくだろう。


これ以上ここにいると後ろ髪を引かれる、ここで止まるわけには……。


そうジャックが迷いを押し殺して進み続ける中、それでもエリスは声を張り上げる。


『ラグナは来ます!来てくれます!いつだって…エリスの声に彼は答えてくれました!…ねぇ、そうですよね…』


体を抱きしめ、祈るように膝をつきポタポタと雨にも負けぬ落涙を膝の上に落とし…ジャックの背に、いやその先に…エリスが想う男に向けて、それは捧げられる。


『ラグナーーーーッッ!!!』


「ッ……」


豪雨の慟哭を引き裂くエリスの声に、ジャックは再度足を止める。エリスの言葉に何かを思ったか…?


違う、足を止めたのは…止めざるを得なかったからで───。


「ッ何だ!!」


刹那、ジャックが側面に向けカトラスを振るえば、バカンと音を立ててカトラスが何かを両断する…何かが飛んできた、高速で。これは…ヤシの実…?


何でヤシの実が飛んできて…ッ!


「まさか!」


目を向ける、そちらに…居るはずがない、もう立てるはずがないと確信した、生きているはずのないと思い込んだ男が…海を切り裂き、雨を貫き、こちらに真っ直ぐと…。


「悪いみんな!ジャック!待たせたわ!」


「……ラグナ!?」


『ラグナッッ!!』


ジャックの驚愕に満ちた声が、エリス達の歓喜の声がその名を呼ぶ。


ラグナだ、ラグナが海を引き裂いてこちらに向かって真っ直ぐ走ってきていた。バカな…あれを喰らって生きてたのか?アイツはもう力尽きたんじゃないのか…!?


「ムグムグ…ゴクゴク…!」


ふと、見てみればラグナは何やら巨大な骨つき肉を喰らい、ヤシの実の果汁で肉を流し込み、飯を食いながらこっちに走ってきていた。何だあれ。


いや、もうそんなことはどうでもいい!


「ラグナ、もういい加減にしてくれ!」


「ヘッ、いやだね!…さぁ…」


喰らい尽くした骨つき肉をポイと海に捨ててヤシの実を海面に打ち捨て、ラグナはペロリの舌なめずりをし…再び蒼い炎を携えて構えを取る。


「続けようぜ…!」


「……ラグナ…テメェは」


どこまで追ってくるんだ…。何がお前を…そうさせる。


…………………………………………


最後の力を振り絞りアングルービックピックを捕まえて丸焼きにした、幸い塩は取り放題だったからな。雨の中で付与魔術を使い火を起こしアングルービックピックを丸焼きにし喰らい尽くした。ついでにヤシの実もあったから一緒に飲んだ。


アングリービッグピックの塩焼きとヤシの実の果汁。単純なメニューだったがこれがまぁ美味かった、アマルトの言う通りアングリービッグピックの肉は極上だったよ。肉を噛み締めれば無限に肉汁と味が染み出してくる。


若干脂っぽかったがそれもヤシの実の果汁で流し込めばさっぱりとした後味に変わった。


幸いだった、脂っぽいってのは俺の体に良く馴染むって事なんだ。肉の脂は最もエネルギー効率がいい、脂身だらけのアングリービッグピックはまるで俺の為にあるような最高の肉だったと言える。


そいつを丸焼きにして骨だけにしつつ俺は再びジャックの所に向かった。今度は勝つためにな。


「続けようぜ…!」


「……ラグナ…テメェは」


アングリービッグピックで補充したエネルギーを使い蒼乱之雲鶴を再度発動させる、エネルギー補給は出来たが…それでもこれを使ってられる時間はさして長くない、これが最後だ。


これで決めなきゃいけない。


「…ラグナ、何度来ても結果は同じだ。お前の限界は既に見ている…それじゃあ俺を超えられない」


「さぁて、そいつはどうかな」


相変わらずジャックの力は凄まじい限りだ、けど…。


既に遠視の魔眼で確認は済ませてある。方角もちゃんと確認済みだ、後は上手くいくかどうかだけ…。


そうだ、俺はまだ全部出し切ってない、全部全部出し切ってからじゃないと諦められねぇよ!


「はぁ…なら今度は確実に、ぶっ殺してやるよ!!」


刹那、再び俺の足元が動く。引き離す海流が俺をジャックから遠去ける。これでヤキモキしているとただでさえ少ない残り時間がすぐに使い果たされてしまう。


その上。


「『海龍八岐大蛇』ッ!!」


「ッ…!」


飛んでくる、八俣に裂ける海流が天に昇り大蛇のように荒れ狂い俺に向けて飛んでくる。このコンボにさっきはやられた、海流による拘束と怒涛の攻撃に。


海の上にいる限りジャックの魔の手から逃れる術はない、かといって陸地は無いし上がるわけにもいかない。ならばどうすればいい…決まってる!行き先は一つしかない!


「ッッりゃぁぁああああああ!!!」


「なっ…飛んだ!?」


全力で飛び上がる、全力で飛翔する…。その場で海を踏みしめ思い切り空へ空へと飛翔し海から抜け出す。海上がダメなら天上へ行けばいい、ここは…ジャックの領域じゃないからな!


「馬鹿野郎が!上に逃げたかって…俺から逃げられるわけねぇだろうが!!!!」


その瞬間、眼下の海全てが流動する。対面するは大海洋…その全てが俺に牙を剥く。


まるで海が一つの生命体のようだ、ジャックという意思を中心に敵意が伝播し俺一人に対してあまりにも大きく過ぎる殺意が吹き上がるんだ。すげぇ迫力だよ、これが世界最強の三魔人の一人と呼ばれる男の力。


「逃げねぇよ…死んでも逃げねぇ!だからお前ももう逃げるな!!」


「ッ……!」


別に俺は回避の為に空に逃げたわけじゃねぇ。つける為だよ…蹴りを。ここで、お前を倒す…この拳で、全てをぶっ壊す!


「好き勝手言いやがって…上等だ!ならここで決めようや!どっちが強えかを!!」


ジャックが天に向けて吠える。その声に呼応し海どころか天の暗雲さえも形を歪め渦巻いていく。エンハンブレ諸島の中心に巨大な渦潮が生まれどんどん水嵩が増し周囲の島の砂浜が海の中へと消えていく。


海水を集めているんだ、エンハンブレ諸島全体から。今のジャックにはそれが可能だ、あれこそが海魔の真の権能…もはや災害とも呼べるほどの魔力と海水を集めたジャックは、その手を…拳を天に突き出し。


「『海厳之八百比丘尼』ッ!!」


放つ、果てしなく続く海原を歪め天に向けて無数の水柱、その総数を八百の水柱…否、天を貫く海槍が一斉にラグナに向かっていく。


ジャックにとっての最大最強の奥義、最早出し惜しむ必要もない。一度ラグナを殺したと錯覚した時点でジャックは己の殺意に誤魔化しを効かせられなくなった。殺すしかない、ラグナを止めるには殺すしかないと最強の切り札を切ってきたのだ。



「真っ向から、受けて立ってやる…でなきゃ意味がないもんな!!」


故にラグナも全霊で答える、両拳に蒼炎の如き魔力を集中させる。全部だ、自分の中に残った全部をここに込める。一歩も引けないから…全霊で一歩を踏み出す為に。もう二度と折れない為に!


「我流奥義…!『蒼拳天泣龍咆』ッッ!!」


ラグナが今出せる最大の火力を叩き込む。拳圧と魔力防壁を相手に向けて放つ『蒼拳龍砲』を、怒涛のラッシュを叩き込む『蒼拳天泣激打』で打ち出す強引極まりない合わせ技。巨大な拳型の防壁がまさしく天の落涙の如く海面に向けて打ち出されジャックの海柱とぶつかり合う。


「ぐっ!意地の張り合いか…?バカなやつだよお前は!どこまでも!」


連撃と連撃のぶつかり合い、天から放たれる拳風の嵐と海から放たれる海槍の津波、それが天と海の狭間で激突し押し合うのだ。


側から見た限りでは互角、だがその内情は…圧倒的にジャックが有利だ。


時間制限があり、残り少ないエネルギーを全て乗せているラグナと、海洋からいくらでも魔力と水を補給出来るジャックとではあまりに持久力に差があり過ぎる。このまま撃ち合いを続ければいつかラグナは息切れを起こし再び負けることになる。


ジャックの攻撃に対して受けて立つ時点でラグナにとってそれは自殺行為に成り得てしまうのだ。


「ぐぅぅうううう!!届けぇっ!届けッッ!!」


それでも続ける。そんなことは分かっているんだラグナも、このまま続けてもジャックの方が有利なことなど。我慢比べで事実上の無限の魔力を持つジャックを相手に勝てるわけがない。


「届け…届けッ!」


「無駄だ!!届かねぇんだよ!テメェの拳は!そこが!テメェの限界だ!」


目を瞑り、祈るように叫びながらラグナは懸命に拳を振り回す。されど拳が打ち据えるのは飛んできた海水…海ばかりだ、決してその拳撃がジャックに届くことはない。


これが限界か、いくら立ち上がろうとも限界は変わらないのか。ここがラグナの『底』なのか。


「ぐぅぅぅううう!頼む!届いてくれ…届いてッッ!!」


…底、ある意味ラグナはその言葉に囚われ過ぎていたのかもしれない。確かに底を先に見せた方が負ける…そう師範は口にした。


だがきっとその言葉の真意は…。


「だぁぁあああああああ!!!」


「いい加減にしろ、いい加減に諦めろ!俺は…俺は夢をッッ!!」


……ピシリとヒビが入る。ラグナとジャックの無限の殴り合いの中…何処かでヒビが入る。


激突する拳と海、永遠に続くような錯覚を覚える激闘をキングメルビレイ号から見上げるエリスは、静かに…両手を合わせ。


「ラグナ…貴方ならきっとやれます。エリスは…信じてますから!!」


祈る、神にではない…ラグナに。愛する者の無欠の勝利を信じ声を張り上げ祈りを捧げる。その声に呼応してか…ピシピシとヒビは広がっていく。


ああそうだ、底だ…底を見せた方が先に負けるならとアルクトゥルスは笑うだろう、そしてこう続ける筈だ。


ラグナ、お前はオレ様の跡を継ぐ男なんだ。そいつが限界なんぞに囚われるな、底なんぞに阻まれるな。行け…どこまでも行け、お前の道を阻む底なんぞ。


底なんぞ抜いて、底無しの男になってやれ!


「ぃぃぃいけぇぇええええええ!!届けぇぇえええええええ!!!」


ミシミシと、ピシピシと音を立てて、ヒビが押し広がる。咆哮と拳撃が打ち付けられる。ラグナの叫びが増していく、天に轟く雷鳴すら掻き消すほどの想いの絶叫が響き渡る。



届け、届け、届け。


届かせる、届かせる、死んでも届かせる。


例え体の中に一滴の力も残らず、全てを出し切り、明日立ち上がる事が出来なくなっても…今この時勝つ為に。


その一拳は、万象を打ち砕く。それはラグナを蝕み縛り付ける『底』さえも…今。


「ッッッッッ!?!?!」


打ち砕いた。


その瞬間ジャックの顔色が変わる、今の今まで優勢を保っていた…いや今も優勢を保っているはずのジャックの顔色が驚愕と驚嘆によって彩られる。


……勘違いしていたのだ、ジャックは勘違いしていた。ラグナが必死に拳を振るい届かせようとしていたのは、ジャックにではない。


最初から狙っていたのは。


「まさか…砕いたのか、底を……『海底』をッ!?!?」


轟音を当て、ドゴンと一つ爆発音を響かせて、ジャックの周囲の海水が消失する。


そうだ、そうだよ、その通りだ。ラグナの狙いは…ラグナが砕いた底は、自分の限界だけじゃない。このエンハンブレ諸島の海底の岩盤を砕いたのだ。


彼は最初から狙っていた、真上から殴りつけジャックの海水を用いた連撃を相手に真っ向から受けて立ったのはこの為。


ジャックが打ち上げた海水を殴りつけ、その衝撃波をひたすら海底に向けて放ち続けた。そうやって届けた衝撃は海底に累積し、やがてヒビ割れ打ち砕かれる。…海底を砕いた先にあるのはなんだ?


……ラグナは知っていた、エンハンブレ諸島の…いや黒鉄島周辺の地底に大穴が開いているのを。


それはあの時見た…。


(翡翠島で見た地下洞窟!ようやく衝撃が届いたか!)


翡翠島で偶然見つけた地下の大空間。そこへ落ちた時ピクシスが言っていた。


『この穴は黒鉄島から伸びている』と。方位魔術を使いピクシスが言うのだからそれはきっと事実なんだとラグナは思い立ち、実際調べてみた。地下遺跡の最奥に開いた大穴…それはやはりピクシスの見立て通り例の地下洞窟に繋がっていたんだ。


つまり、黒鉄島周辺の海底、その下には広大な空間がある。ならばその海底を砕いてしまえば必然…海水は一気に下に流れ込み。


「ッ…しまった!?」


ジャックは力を失う。


地下空間に一気に海水が流れ込んだ影響でラグナが開いた小さな穴は一気に押し広がりジャックが集めた海水を下へ流し、海そのものに穴が開く。当然その真上にいたジャックは空中に身を投げ出され。海水の援護を失ったジャックの魔力覚醒が解除される。


やはりそうだ!レッドランペイジが海から投げ出された瞬間力を失ったように!ジャックの魔力覚醒も海から投げ出された瞬間に解除されるんだ!


今、ジャックはその身を海から切り離され魔力覚醒を失った、それだけじゃない。奴を最強足らしめる魔術もまた封じられた。


今しかない、今がその時だ、今を掴んだのだから、今動かねばならない。叫び、祈り、意地を張り、拳を振り続け掴んだ今を…ラグナは見逃さない。


「ッジャァァァァクッッ!!!」


「ラグナぁ…!テメェ!!」


海のど真ん中に開いた穴、その中に落ちるように落下するジャックを追いかけラグナもまた落下する。残った分の魔力を吹き出し推進力兼火力として使う。


それを見たジャックは咄嗟に下を見る。このまま落ち続ければまた海水の溜まっている穴の底に落ちる。そうなればまた海水を武器として扱える、魔力覚醒も使えるようになる。


だが……。


(そりゃあ、逃げだよな…、俺は…逃げねぇぞ、ラグナ…!!)


カトラスを構える、落ちながら巨大なカトラスを抜き放ちその刃に魔力を纏わせ、魔力防壁を何重にも重ね鋭く研ぎ澄ます。それを大上段に構え向かってくるラグナを迎え撃つ。


「これでケリだ!来いや…ラグナ…!!」


「ジャック!俺は…守るぞ、全部…全部!人魚も!仲間もォッ!!」


弾丸のような速度で肉薄し拳を握るラグナ、一秒にも満たない一瞬の世界で二人の視線が交錯する。


既に満身創痍、魔力もほとんどスッカラカン。これ以上はないラグナと。


魔力覚醒を失い、海水から切り離され最強の所以を失ったジャック。


例えどれだけ追い詰められても諦めぬ二人の影が限りなく一つに交わる程に激突し。


「ぅぉぉおおおおおおおお!!」


「っっがぁぁあああああああ!!!」


動く、ラグナが射程範囲に入った瞬間を狙いジャックが剣を振り下ろす。ラグナはどこまで行っても拳が武器だ。剣を武器としているジャックよりも射程範囲で劣る。結局近づけさせなければいい…故にジャックはラグナよりも早く動く。


ましてやラグナはもう殆ど力が残されていない、今だってほぼ自由落下だ、動きも直線…。


「貰った…ッ!!」


振り下ろされる刃が今…ラグナの頭を。


捉えた。


「ぐっ!!??」


苦悶に歪むラグナの顔、剣が突き刺さった後頭部から血が吹き出て、一気に失速。ラグナの最後の賭けでもある拳は無情にも空を切り空振りで終わる。


終わった…ラグナにこれ以上はない、もはや魔力もなくなり拳も不発に終わった。最後の最後…その局面でまたもジャックの力がラグナを上回って──────。



「ゔぅぉぉぉおおおおおおおお!!!!!」


「なっ!?」


否…否!否である!


ラグナの最たる武器は何か、その魔力か?その強さか?その拳か?どれも否である。


例え魔力を失い、例え強さで上回られ、例え拳が空を切ろうとも。ラグナにはまだ残されているものがある。


それは…師の教え、仲間の声、そして…。


それを背負い立つと言う…覚悟…!


「ッッっけぇぇえぇ!!」


ジャックの剣が食い込んだ頭がぐるりと回転する、ラグナの体が縦に回転する。両断されるよりも前にラグナはその勢いを受け流し全身を一回転させたのだ。


それは、アルクトゥルスの残した奥義ではない、ラグナの考えた我流の武術でもない。そもそも技ですらない。


ただ彼の覚悟がこの土壇場でさえ諦めを食い殺し、無意識のうちに彼の体を動かしたのだ。故に空を切るのはジャックの剣の方…代わりに回転したラグナの体はそのまま一回転、空を回り。


足を突き出す。まるで振り上げた槌のように…。


その影が、ジャックの体を覆う。


「……マジかよ…」


もはや、声しか出なかった。この場で…ラグナは上回ったのだ。


ジャックという、海洋最強の男を打ち破り、最強の名を…ジャックから奪う。


「ッッはぁぁぁぁぁああああ!!!」


「─────!!!」


打つ手なし、剣を空振り無防備になったジャックの肩にラグナの渾身のかかと落としが炸裂する。


ジャックの剣の勢いと自分に残された物をかけた執念の一撃が今、ジャックを捉え…衝撃が芯の芯まで響き渡り。


今、爆発した────────。


「ごはぁっ…!?」


全てを賭けていたのはラグナだけではない、魔力防御を攻撃に全て乗せていたジャックは一切の防御を行うことが出来ず、ラグナの一撃を身に受けることとなった。


奇しくも全霊を賭けた一撃にカウンターで返されたジャックは必死に歯を食いしばり意識を保とうと投げ出された体を懸命に支えようと力を込めるが。


(力が入らねえ…だと、この俺が…こんな若造に…真っ向勝負で…負けるってか…!)


レッドランペイジの時のような敗走ではない、将軍を相手にした時のような撤退ではない。逃げずに全力をぶつけての初めての敗北。


この俺が…世界最強の海賊と呼ばれた俺が、よりにもよって海の上で負けた。


その事実にジャックは…静かに笑う。


(ああくそ、面白え…面白えよラグナ、やっぱお前は……)


刹那、ジャックは同じく力尽き意識を失うラグナの背中を見ながら…穴の奥へ、海水の中へと…落ちるのであった。



…………………………………………………………


「…………ぁー…」


俺が、もう一度目を開けると、そこには暗雲が過ぎ去り陽光を眩いばかりに輝かせる青空が広がっていた。


ジャックとの戦い。その最終局面で後先考えずに突っ込んで、穴の奥に落ちて…そっから意識を失って、どうなったんだ?


カモメがきいきいと鳴き、波が静かにさざめく海洋のど真ん中でプカプカと大の字になった俺は、最早体を動かすだけの体力も残っておらず流されるがままに漂流する。


…けど、今そんなことはどうでもいい、ジャックは…どうなったんだ?


まさか、俺が意識を失ってる間に…。


「よう、ラグナ…」


「ん…ジャック?」


ふと、隣を見ると俺と同じように海の上に倒れ浮かぶジャックの姿があった。俺同様もう動くこともままならないとばかりにぐったりと。どうやら奴の体も疲労とダメージで限界なようだ。


それに…、なんだか表情も…柔らかい気がする。


「…負けたよ、俺の負けだ」


「は?そうなの?」


「ああ、効いたぜ…さっきの一撃はよう…もう動けやしねえ、ここまでボコボコにやられたのは初めてだ」


へへへと笑うジャックの体を見ると、まぁ傷だらけだ。何よりその肩…俺が渾身のかかと落としを叩き込んだ肩はひしゃげ腕があらぬ方向に曲がっていた。もう戦えないとはそういう意味だろう…。


…勝ったのか、最後は気絶してて意識がないからあんまり勝った感はないが…勝てたのか。何よりの証拠にもうジャックは黒鉄島を目指そうとしていない、それはつまり…そういうことだ。


「そっか、…はぁ…よかった。お前強すぎるぜジャック」


「そりゃこっちのセリフだ、テメェもしぶとすぎだぜ!だはははは…」


「へへへ…」


笑った…またジャックが笑った、あの時みたいに…いつもみたいに、…やっぱお前は…そうでないとな。


なんてほくそ笑んでいるとジャックは首をこちらに向けて…。


「なぁ、一つ聞かせてくれや」


「ん?なんだよ」


「お前、なんでそこまで論必死になって俺と戦った?そんなに黒鉄島を守りたかったのか?それとも人魚に惚れたか?…或いは、仲間のためか?」


「んー…」


ある意味全部正解だ、人魚たちは守りたかったし…エリス達の期待にも答えたかった。けど一番は…。


「お前のためだよ、ジャック」


「は?俺?」


「だってお前、人魚の肉を食ったらマレフィカルムに加入することになっちまうんだろ?…俺は嫌なんだよ、お前がマレフィカルムに入る以上に、お前が海賊で無くなるのが」


大事なのは、ジャックがジャックであり続ける事。海賊ジャックは多くのものを背負っているのと同時に…こいつは海賊として在る時が一番輝いている。人間やりたくない事やってる時よりもやりたい事やってる時の方が輝いて見えるもんだ。


だから…。


「ジャック、俺は国王としてこんな事言うべきじゃないのかもしれないけどさ。…海賊を続けろよ、お前の力はお前が夢を叶える為だけに使え、マレフィカルムの口車になんざ乗るな」


「……つまり何か?お前、俺の為に俺と戦ったのか?」


「ああ、そうかな」


「こうやって俺を納得させる為に、態々陸地に揚げず海で戦ったのか?」


「真っ向から負けりゃ、俺の言葉も聞くかなって思ったんだけど…違ったかな?」


「……お前バカかよ…」


マジかよ…と呆れた視線を向けるジャックから目を逸らす、でも実際そうだろう?だって俺がジャックを陸地に引き揚げて動けなくなったジャックに説教かましてもこいつは納得しない。不完全燃焼で終わった以上ジャックの執念は破壊出来ない。


やるだけやって、出せるもの全部出して、歯を食いしばって本気出して、そうやって全てを燃やし尽くしてからじゃないとジャックは納得出来ないだろう。少なくともこいつはかこう言う男だと俺は思ったから…、命を懸けて海の上で戦ったんだ。


この戦いの勝利条件はジャックに勝つ事じゃない、止める事なんだから。


「ああそうかいそうかい、そう言うことかい、島に上陸させなかったのはそう言うことかい、なんかそこにも作戦でもあるのかと思ったが…そんな理由かよ、くくくく」


「……そこまで言う事無いだろ!?俺お前のこと考えて…」


「だははははははははは!」


笑う、大きく大きく口を開けて天を見上げて大いに笑う、くだらない冗談を聞いたみたいに目の前の全てを笑い飛ばすようにジャックは声を張り上げて笑い。


「ラグナ!取り消すわ」


「へ?何を?」


「俺の負けだって話をさ、こりゃあ負けじゃねぇ…完敗だ!まさか戦う理由のバカらしさでも上回られるとはな!だははははは!……そりゃあ、負けるわけだ」


上陸する島から目を背け、後ろから響く声を必死に無視するジャックと。真っ直ぐとジャックを見据え、後ろから響く声を力に変えていたラグナとでは…そもそもここに立つ覚悟の重みに差があったのだ。


だからこそ、最後の最後で違いが出た。ジャックの一撃を乗り越えてラグナの一撃が芯を貫いた。あれはそう言う差だったのだと認めたジャックは憑き物が落ちたようにフッと息を吐き。


「わーったよ、諦める。人魚の肉は諦めるよ」


「…マジでか?」


「ああ、俺が挑むのはテトラヴィブロスだぜ?それをお前…こんなところで負けてるようじゃやっぱ勝ち目なんてないぜ。俺は生きて帰ってくるのが目的なんだ、目的地もきちんと見つめられないような状態じゃやるだけ無駄だ、海はそんなに甘くない。だから…諦める」


「…ッよっしゃァッ!!」


拳を突き上げる、力は残ってないはずなのに…自然と拳が勝手に動いた。勝利した…勝っただけではない、目的を果たしジャックを止める事が出来た。それが心の底から嬉しいんだ。


ジャックはマレフィカルムになるべきではない、これ程の男をマレフィカルムにくれてやるのは惜しいんだ。だから…だから。


『ラグナ〜!!生きてますか〜!!』


『ジャック!無事か!!』


「ん?エリス…!」


ふと顔を上げると、すぐそこにキングメルビレイ号が見える。心配する仲間達の顔、船長の身を案じる海賊達の顔、それが…見える。


…ここでようやく俺は悟る。この戦いは…終わったのだと。

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