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423.対決 海魔の従者ティモン&ヴェーラ


曰く、世界最強の悪党達と呼ばれる三魔人には…彼らを世界最強垂らしめる優秀な配下が居るという。


海魔ジャックには二人の魔力覚醒者が付き従う。


山魔モースにも二人の魔力覚醒者が随伴する。


空魔ジズには至っては四人も魔力覚醒者を保有するという。


一つの組織に複数人の覚醒者、ただでさえその界隈でも最強と呼ばれる者の他にも大国を一人で相手取れる怪物が二人以上いる。だからこそ彼等は裏社会で最強と呼ばれる。


王を支える玉座たる幹部達こそが、彼等が王である象徴なのだ。


……………………………………………………


『ほほう!何やら仕掛けるみたいだよ!ティモン!』


『無駄なことを、俺とヴェーラの連携を崩せると思うか!』


海上で暴れ狂うティモンの魔力覚醒『オーバーウェルム・オールドロジャー』によって支配された巨大艦船キングメルビレイ号。


天上で荒れ狂うヴェーラの魔力覚醒『風雲霹靂雷王』によって支配された雷雨を秘めた超巨大な積乱雲。


この二つが海を制圧する絶望的状況下にて戦うことを強いられたエリス達魔女の弟子は、二人の連携を破壊するため二手に分かれることとなる。


そこで天空へと飛翔するのは…エリスだ。


「ヴェーラ!!貴方の相手はエリスですよ!」


『ほう!君か!面白いねっ!!どぉれ!お手並み拝見といこう!』


辺り一面真っ黒に染め上げる雷雲に挑みかかるエリスのなんとちっぽけな事か。嵐と人が喧嘩するようなものだ、勝負にもならない…が、それでもそんな絶望すら砕いてエリスはここにいる。


ならば今回も同じだ…叩いて潰して道を作る!!


「魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス』!!」


『魔力覚醒…君も使えるか、ならいい勝負が出来そうだッッ!!』


人型の積乱雲はエリスに襲いかかる、振るわれるその腕は高速で移動する台風だ。突風は渦巻き雷撃が網目のように張り巡らされ弾丸のような雨が降り頻る動く天災。


それが魔力覚醒を解放したエリスに叩きつけられる。


「負けませんッッ!!『旋風圏跳』ッッ!!」


足先にて渦巻く螺旋はエリスに神速を与える。周囲の雲を引きずって空に白い線を引きながら巨大な風雲となったヴェーラの周囲を飛び回り回避する。


…巨大だ、エリスはしょっちゅう巨大な奴と戦ってますけど、これはその中でも特別デカイ。なんたって人型の積乱雲ですからね、ちょっとレベルが違う。


ましてや今回は蹴って殴ってというわけにはいかない。さてどうしたものか!


「一先ず試してみますか!追憶!『多重火雷招』!」


高速で飛び回りながらヴェーラを囲むように無数の火雷招を連射し打ち据える。一撃一撃が落雷にも勝る攻撃性能を持つ古式属性魔術。…しかし。


『効かないよ!そんな攻撃!』


雷を巻き取るように回転する積乱雲は魔術を巻き取り吸収すると共に、内側でゴロゴロと光を響かせたかと思えば…。


「ッッ!?」


打ち返してきた、火雷招と落雷を同時に水飛沫のように体の内側からブチまけ制圧射撃を行うヴェーラ。なるほど、雷属性は無効ですか…まぁなんとなくそんな気はしていましたが。


「っと!よっと!にしても…そういう性質ですか、厄介ですね」


雷の雨を掻い潜りながら考察し答えを出す。そもそもの話エリスは彼の魔力覚醒の名前を聞いた時から…一つ引っかかる点があったんですよ。


『風雲霹靂雷王』…確かこの魔力覚醒、エリスは一度見ているなって。


そりゃヴェーラさんと戦うのは初めてですし、エリスの記憶が正しければ彼が覚醒を使ったのはこの場が初めて。だがエリスは見ている…それも三年も前に。


……そうだ、風雲霹靂雷王はシリウスが一度使っているんだ。


シリウスが使った全ての魔力覚醒の力を扱えるという反則技『イデアの影』の権能の一部にその名があった、あれはヴェーラの覚醒だったんだ。そしてここで問題となるのが。


あのシリウスが、数多ある雷属性系の魔力覚醒の中からヴェーラさんの魔力覚醒を選んで使ったという事実。つまりシリウスに太鼓判を押されに等しいレベルですよ。


その性質はおそらく他の雷を取り込んでさらに発電に強力にするという性質。文字通りの雷雲となる覚醒。エリスの考察が正しければ雷系統の魔術は全てヴェーラには無効化されるという事。


はい、この時点でエリスのメインウェポンの大半が封じられましたね。多分雷響一脚も効果がないでしょう。


相性は最悪…でも、やりようはあります。だからこそエリスはヴェーラを引き受けたんですから!


「行きます!」


……………………………………………………………………


「飛ばせ!ナリア!追いつかれる!」


「それ以上加速したらボートが崩れちゃいます!」


「『ウインドアロー』!『ウォーターフォール』!キリなくナーイ!?」


一方、海上で争うはナリアたち魔女の弟子とキングメルビレイ号と同化したティモンだ。いや争っていると言えるのかは分からないな。


だって。


『甘い!甘いぞ!海の上で海賊に勝てると思うか!!』


「うわーん!怖いよー!」


凄まじい速度で海上を駆け抜ける怪物船キングメルビレイが数十にも及ぶ錨を高速で振り回して海の上をちょこまか逃げるナリア達のボートを攻め立て続けているのだから。


これはもう戦闘ではなくチェイスだ。


「参ります!メグセレクション No.71 『空域制圧型魔装 槍霰』!」


ピクシスが居なくなった事により時界門による武器の呼び寄せが解禁されたメグが倉庫から呼び寄せるのは槍の雨。巨大な筒から空を制圧するが如き勢いと物量で放たれる鉄槍の突風がキングメルビレイに着弾し風穴をあけるが…。


『痛くも痒くも無いな…!』


「あら、見てくださいませ、傷が治っています」


「再生能力も持ってるのか!?」


穴を開けた船体がまるで時間が巻き戻るような元に戻っていく。まさか再生までするのかとメルクは口を開く。どこまでメチャクチャな魔力覚醒だ、こんなデタラメがあってたまるか。


『さぁドンドン行くぞ!一斉砲火!!』


ハリネズミの棘の如く突き出た無数の砲塔が全て火を噴く、狙いを定めない一斉砲火。対艦船用にも使われる巨大な砲塔がそんな種まきみたいにばら撒かれれば海だって形を変える。


「うわぁぁぁぁぁあ!?!?」


ボコボコに隆起し陥没した海が元に戻る拍子に生まれた波がナリア達の乗る船を大きく扇ぐ。直撃せずともその余波だけで全滅は必至…それほどまでに力の差があるのだ。


「こ、このままじゃ横転するーー!?!?」


デティがテンパって叫ぶ、このままじゃ船がひっくり返る。ひっくり返ったらそこにティモンの集中攻撃が飛んでくる、動けないところに集中攻撃が飛んできたら全滅する!


そんな危機に真っ先に動くのは…。


「ナリア君、退いて…」


「ネレイドさん…!?」


ネレイドだ、その大きな手で傾いた船を持ち、有り余る巨体を余す事なく使い思い切り船を引き横転を防ぐ。船ごと受け身を取ったのだ。そのあまりの手際に思わずナリアとデティは拍手をしてしまう。


「うまーい…」


「流石です…」


「受け身はレスリングの基本…、でもこのままじゃ船が持たないね」


「ああ、どうにか出来ないものか…」


危機は凌いだ。だが所詮は一時的なもの、ティモンをなんとかしない限りこの危機は永遠に続く。このまま真っ向から攻めても魔力覚醒をしたティモンを相手に戦い続けるのはかなりの無理が伴う。


「作戦を考えたいですね」


「作戦ですか…ですがじっくり考えてる暇はないですよ」


作戦を考えたいというメグの言葉は最もだ。だがそれをさせてくれないのがティモンの猛攻、砲撃に錨の連打、手数は多くそのどれもが広範囲…これを凌ぎながら色々考えるのは…。


「なら、私が時間を稼ぐよ…」


「ネレイドさんが…?」


「うん、相手が魔力覚醒をしてるなら…こっちも使うだけ、私が相手をしてる間に…みんなでティモンを倒す作戦を考えておいて」


こちら側の覚醒戦力たるネレイドが立ち上がる。しかしネレイドがいくら大きいとはいえ船と比べたら…なんて心配することはない。


ネレイドがやると言ったらやる。彼女は出来ない事は口にしないし出来ると思った事は必ずやり抜く女だと全員が信頼しているからこそ、送り出す。


「分かった!すまんネレイド!頼んだぞ!」


「ネレイド様、必ず作戦を考えつきますので…それまで」


「うん、わかってる…じゃあ、行ってくるよ!」


飛び上がる、ナリアの手繰るボートから駆け出し青い海へと飛翔するネレイドは目の前でその威容を晒すキングメルビレイ号へと挑みかかり…。


「魔力覚醒!『闘神顕現・虚構神言』!」


『むぅ!魔力覚醒を…!』


ネレイドの魔力覚醒『闘神顕現・虚構神言』が解放される。霧を用いて世界を騙し、実在の存在として顕現させる特級の魔力覚醒。


発動と共にネレイドの周囲に吹き上がる霧は濃度を増して海にもたれ掛かる白雲の様に一気に広がり伸びる。


『…何をするつもりだ?』


海を包み込むように広かった霧が、一気に凝縮し形を作る。前途の通りネレイドの霧は世界を騙す。この霧は本来は魔力が変化しただけの存在であり触れる事は出来ず、物理的影響力も持っていない。


しかし、そこに加わる世界を騙す力によりこの霧は如何なる物にも変化する。炎にも、水にも、魔力にも、ならば当然…作り出すことが出来る。


擬似的な…神さえも。


「『デウスウルトラ・ギガンテス』ッッ!!」


『ッ…霧が、体を…!?』


天を衝く、その頭。


海に突き刺さる、その足。


巨大なキングメルビレイ号に相対せしは霧の巨人。それが半身を海につけながらも上半身を猛々しく屹立させながら立ち塞がるのだ。


全長は如何程か、最早測る事さえバカバカしく感じるほどの超巨体。これこそが…ネレイドの魔力覚醒の真骨頂。


シリウスとの戦いの中咄嗟に編み出した霧による巨大化だ。霧にて世界を騙し…ここに巨神がいると錯覚した世界は、ネレイドにその通りのサイズと力を与えるのだ。


『私が相手だよ、ティモン』


『ほう…一体どういう魔力覚醒なんだ?ここまでメチャクチャな覚醒は見たことがないぞ!』


『でしょ…?私も…そう思う!』


激突する、巨大戦艦と巨神。海から半身を覗かせるネレイドが巨大な戦艦を抑えるために組みつくが、組み付かれたキングメルビレイ号も暴れる様に身を震わせ、錨を手のように使いネレイドを殴りつける。


そうやって二人が組み合っただけでザバザバと海が爆裂する。まさしく怪獣大決戦…そう呼ぶに相応しい巨大対決を前にしたナリア達魔女の弟子達はその凄絶なる力のぶつかり合いに呆然とする。


「す、凄い…やはり覚醒が出来るのと出来ないのとではここまで差があるか…」


「やはりネレイド様のパワーは一級品でございますね…ですが」


「うん、ネレイドさんの魔力がドンドン減ってる!あれかなり無理してやってるよ!」


デティは察知する。巨人となったネレイドの体からドンドン魔力がなくなっていることに、魔力覚醒をしてもネレイド自身の魔力は有限であることに変わりはない。そこを度外視して時間を稼いでくれているんだ。


「ネレイドさんがティモンさんを抑えてくれている間に!作戦を!」


「ああ、そうだな…と言っても、現状の火力であれをどうするか…だが」


ネレイドが時間を稼いでいる間に少しでも対抗策をと策を講じる魔女の弟子たち、しかし…簡単ではない、あの巨大な船に有効打を与えるなんてのは。


それでも考えなくてはならない、そうするしか勝つ方法がないのだから。


………………………………………………………………


「はぁぁぁああああああああ!!!」


『ほう!風で雲を散らす気かい!豪胆だね!』


そして、天上で繰り広げられるのはもう一人の巨人…雲の巨人と化したヴェーラとエリスの激戦。


高速で風を噴射しながら積乱雲を切り裂きながら暴れ、ヴェーラへの攻撃を加え続けるエリス…だが。


(うーん、雲の方にいくら攻撃を仕掛けても効いてる気配がしない…もしかして雲の方はヴェーラさんの体とは関係ない?)


先程から風で雲を飛ばしたり魔術で吹き飛ばしたりしているのだが、全くダメージが入っている気配がしない。もしかしたら雲の方はヴェーラとの肉体とはまた別の存在なのかもしもしれない。


ネレイドさんが放つ霧とか、シンが放つ雷とか、そう言った魔力覚醒に付随するエフェクトのようなものなのか。だとしたら厄介だぞ…ヴェーラ本体はあの巨大な積乱雲の中の何処かにいるということになるんだ。


あの中からヴェーラを探し出す。文字通り雲をつかむような話だ、闇雲にやっていては霧がないだろう。


『おっと!隙を見つけてしまったよ!』


「ッ…!」


刹那、飛んでくるのは横向きの豪雨。エリスの体目掛け高速で飛来する雨粒は一粒一粒が銃弾の如き威力を持ち凄まじい勢いでエリスの魔力防御を削りその身を吹き飛ばしバランスを崩させる。


「くぅ〜…!」


『まだまだ!『雷雲砲』ッ!』


続くように動き出した人型の積乱雲となったヴェーラは右腕を突き出す。突き出された右腕はまるで砲塔の如く穴が開き、内側から数度稲光が煌めいたかと思えば一気に雷の乱打が飛んでくる。


凄まじいのはその電力、ただでさえ強力な落雷が一気に数百本纏めて飛んでくるのだ、喰らえばどんな船だろうが人だろうが一撃で消し飛ぶ。そんな攻撃をぶっ放してくるんだ。


「くっ!追憶!『神速旋風圏跳』!!」


慌てて風を掻き集め雷から逃げるように下へ下へと滑空する。寸での所で雷光を回避すれば、頭上より天を打ち鳴らす雷鳴が轟き向こう側の入道雲に莫大な風穴をあける。威力だけで見ればエリスの火雷招の数倍の規模だ。


なんて破壊力、なんて魔力、この人こんなに強かったのか…!


「ヴェーラさん!貴方メチャクチャ強いじゃないですか!そんなに強いならレッドランペイジの時やサミュエルの時に傍観してないで貴方も戦ったらよかったじゃないですか!」


『あはは、言われちゃったね。でも仕方ないだろ?この魔力覚醒は規模が大きい過ぎるんだ、船をひっくり返すかもしれなかったし、何よりレッドランペイジにはこの魔力覚醒も効かなかった』


「詭弁です!」


『そうかもね!これは言い訳だ!…私は臆病者なんだ、あまり脅かさないでくれよ!』


下へと下がるエリスに影が差す。頭上に迫るは拳を構えた積乱雲…まずいッ!


『神鳴落しッッ!!』


刹那、叩きつけられるは雷雲の拳。めい一杯電撃を貯めた雷雲を拳として固めてエリスに叩きつけのだ。それにより海は割れ海底は焼け焦げ破裂する。


圧倒的な破壊を以ってして、天へと続く巨大な影が齎す一撃は虫けらを潰すようにエリスを叩く。


「ぐぅ…ゴボボッ…」


凝縮された雷を叩きつけられ深海へと沈むエリスは苦しそうに顔を歪め…。


「ッ……!」


目を見開く、まだ終わっていない。この程度で終わるわけがない。水の中から見上げる雲の巨人を見据え再び飛び上がり海上を超え再び天上へと飛翔する。


『い、今の食らっても平気なのかい?』


「頑丈なので!…今度はエリスの番!行きますよ〜!!!」


上昇しながら回転、回転しながら飛翔、体全体を使ってエリスを飛ばす旋風圏跳の風を伸ばし螺旋を描きながら両手に風を集める。


今のは効いたよ、凄い痛かったよ、だから本気で返します。エリスが持つ風系統の魔術の中で…古式風魔術の中で最も高い威力を持つ最大奥義を!


風よ、集え…耳あらば我が声を怖れよ 目あらば我が威を恐れよ、心あらば我が力を畏れよ!、那由多の凛風は今この号に従い天籟響かせその轟で天趣へ至り、無辺万象へと吹き荒ぶ大颪となりて 一条の破壊を地上に為せ…」


大空が揺れる、あり得るはずもない天空の地鳴りが起こる。風を使いただ一点に大気を集結させる。集めれ凝縮された風はエリスを中心に光り輝き真っ直ぐヴェーラ目掛け飛び。


放つは奥義…エリスの起こせる最大級の颶風!


「『九霄巨門 神天壊』!」


『なっ─────!』


まるで、城の門を開くようにゆっくりと解放される風。魔力による拘束を砕きキラキラと光り輝く粒子を伴った高密度の気圧放射。それは最早風というよりは…天を突き刺す一本の巨槍。


風を扱う魔術…それを究極と呼べるまでに高め極限と言えるほどに磨き上げた一撃。この広大な天空一つ分に相当する風と空気を一気に圧縮してから放たれるそれは凡ゆる物を押し流す。


巨大極まる積乱雲さえも押し飛ばし散らして行き、青空の向こう側へと消えていく。これ以上の風はエリスだって用意出来ない、そんなレベルの大気を一気に叩きつけたんだ、当然、形のない雲では耐えることも出来やしない!


となれば当然、中から出てくるのは…。


「くぅ!メチャクチャな魔術使うね君も!こんな強力な風使えるなら風読士の仕事を手伝ってくれても良かったのに!」


慌てて雲を切り捨て出てくるのは…、全身に綿のような淡い雲を身に纏ったヴェーラの姿!見つけた!そこかぁっっ!!


「見つけたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「チッ、サメか何かかい君は!」


積乱雲を失ったヴェーラ目掛け加速し、突っ込むように蹴りを加えればフワリと宙を旋回し回避される。でも…回避したな?回避したってことは当たると痛いってことだよな!よし!殴り続ければ倒せる!


「ヴェーラ!散々やってくれましたね!ぶっ潰します!」


「ああもう、殴り合いは苦手なんだけどなあ!!『ヴァジュラボルト』!」


手に持った杖に電撃を纏わせエリスの蹴りを相殺するヴェーラ、押し切れない。何が殴り合いは苦手だ!きっちり強いじゃないか!


「『雷電乱舞・暴烈』ッ!」


「ッ『スプラッシュバースト』!


拳に電撃を溜めて繰り出すは怒涛の連撃エリス、そこから逃げるように全力で後退しながら弾丸の如き雨粒を連射するヴェーラ。二人の魔術が交錯し天上で何度もぶつかり合う、エリスと同じく風魔術を得意とするヴェーラの速度はエリスに負けず劣らず速い…いや、巧みさなら向こうの方が上か?


悔しい〜な〜!エリスだってずっと風を使ってきたのに、普段から船を動かし続けてきた彼の方が風で何かを動かすという一点では熟練ということか!


「驚きですよ、ヴェーラさん!」


「なにがっ!」


エリスの雷とヴェーラの雷が激突し天に轟く。驚きだ、正直びっくりしてますよエリスは。


「エリスは色んなところを旅して魔女大国の達人達を多く見てきました!魔女排斥機関の実力者とも多く戦ってきしました、でも…そのどちらにも所属することなくここまでの力を持った人間がまだこの世界に居たなんて!」


「フッ!みんな必死なのさ、この世界を生きていくのにね。その過程で力をつけた者も多くいる。この世界は魔女に付き従う者とそれに反目する者だけで構成されているわけじゃない…この世の誰も知らない強者がまだまだこの世にはいるのさ!」


「ぅぐっ!」


殴りかかった手を杖で払われ叩き込まれた蹴りにエリスのバランスは崩れ転落するように空に落ちる。強い…三年前の時点で戦っていたら勝てなかったんじゃないかと思えるくらい強い。アリエ級と言いはしたが…こいつアリエより強いぞ。少なくとも戦闘能力だけならレーシュより上だ。


こんなのがまだ世界に…魔女大国と魔女排斥のぶつかり合いに混ざることなく力を磨き続ける強者がいたなんて。


「集えや雷雲!」


「っ…しまった!」


怯んだ隙にヴェーラは天に再び雷雲を呼び寄せる。しまった…風読士として船に乗る彼は、ある意味誰よりも海の天候に詳しいんだ。当然雲を呼び寄せ招く事も容易!一度払ったからと言ってた油断は出来ないんだ。


迂闊だったと己を責めると同時にヴェーラは羽衣のように巨大な暗雲を招き寄せると共に、全力で発電し。


「『雷鳴壺』ッ!」


グルリと杖で雲を掻き回し攪拌すると共に全方位から放たれる落雷、まるで壺の中にいるエリスを焼き尽くすように四方八方から落ちまくる電撃の嵐、防御も回避も許さない絶技に閉じ込められ破壊される、エリスの肉体が。


「ぐっ…がぁっ!?」


落ちる、力なく落ちていく体。全身から黒い煙を上げながら墜落し、水飛沫を上げて水底に消えるエリスを見送ったヴェーラは。


「雲よ、まだ終わっていない…もう少し付き合ってもらうよ」


油断なく積乱雲を整形し巨人を作り上げる、終わってない。普通の人間ならあれを喰らえば立ってこない…普通は。


ヴェーラとティモンは以前マレフィカルムから送りつけられた刺客…魔力覚醒の使い手と戦ったことがある。結果は楽勝、如何に覚醒の使い手とはいえこの海の上でヴェーラに勝てる者などジャックしかいないからだ。


故にこそ思う、エリスは油断ならないと。確実に以前戦ったマレフィカルムの刺客よりも強い、何より…あの鋼のような闘争心。あれをへし折るには痛みだけではダメだ。


いくらダメージを与えても戻ってくる…そう理解しているからこそ、再び構える。


今度はきっと、必勝の策を携えてくるだろう。


…………………………………………………………


「バンカーラッシュッ!!」


「ぐっ…!」


海上で繰り広げられる超ビッグサイズの殴り合い。キングメルビレイ号と霧の巨人のどつき合いは続く。キングメルビレイ号と言う弩級の艦船を繋ぎ止める為使われる錨。通常の物より数倍は大きいだろうそれを自身の手のように振るい霧の巨人に痛烈な一撃を見舞うティモン、そしてそれに食らいつき続けるネレイド。


「この…!!」


ネレイドがギリギリと拳を握り、振るう。ただそれだけで烈風が吹き荒れ海が歪む。そんな強烈な一撃を前にしてもティモンは怯む事なく…。


「マストシールド!」


なんと帆をグルリと動かしネレイドの拳をそれで防ぐ。ただの布であるはずのマストがティモンの同化にて硬質化し巨人の一撃を防ぐだけの防御能力を得ているのだ。


これがティモンの魔力覚醒『オーバーウェルム・オールドロジャー』。船と同化し己の肉体へと変質させ操る覚醒、ただ自由自在に船を動かせるようになるだけでなくティモンの魔力が宿る事により船そのものの性能が飛躍的に向上、戦闘能力もまた比較にならないほど高まることとなる。


錨は岩を破砕する拳となり、マストは鉄の盾となり、大砲は無限に砲弾を吐く剣となる。また内部に貯蓄した木材がある限り自動で修復を行い動き続ける。


まさしく海洋戦最強の魔力覚醒と呼んでもいい。ここにジャックとヴェーラの援護が入ればキングメルビレイ号は無敵の移動城塞と化す。これがジャック海賊団が世界最強と呼ばれる所以だ。


…ただ、問題が一つあるとするならティモンがこの覚醒の存在をあまり良しとしていない事くらいだろうか。船を武器とする…それはつまり海賊団の総力戦を意味する、安易に使いティモンが敗れるようなことが万が一あったなら、そのまま海賊団の全滅に繋がる、


故に安易に使わない、安易に使わないそれを…今は躊躇なく使う。ジャックがやれと命令したならば従う、それが操舵手の仕事だからだ。


「動きが鈍重だなネレイド、お前…その姿をあまり使いこなせていないように見えるぞ!」


「うっ…!」


続けざまに放たれる無数の砲弾が霧の巨人を爆風で覆い隠す。ネレイドの動きが鈍重だ、とてもじゃないがキングメルビレイ号と張り合えていない。


それもそうだ、ティモンは元よりこれが覚醒本来の姿、無理をすることなく大規模な攻撃を行うことができる。対するネレイドはあくまでこれは覚醒の応用に過ぎない。


本来のキャパシティを超えて霧を操り、普通は不可能な巨人の体を生み出す…その時点でネレイドは相当無理をしている。この上で普段のような機敏な動きは出来ないのだ。


だからこそ、彼女は時間稼ぎを進言した。この状態ではティモンを抑えることは出来ても倒すことは出来ないから。


でも…。


「最初から…負けるつもりでなんか、戦ってない…!」


「ぬっ!?砲弾を無視して…!?」


今もなお続く砲撃を無視して、全身を砲火に焼かれながら巨人はキングメルビレイ号にしがみつき、その船底を掴み…。


「ぬぬぬ…ぅぐぐぐぐ!!」


「も、持ち上げているのか!?」


持ち上げる、船を前から持ち上げ海から揚げひっくり返そうと力を込める。キングメルビレイ号の重量は如何程か?など言う必要もないくらい暇重いはずのそれを巨大になった己の肉体だけで引揚げようとしているのだ。


「船は。ひっくり返したら、沈む、よね…!」


「まさか沈没させる気か!?キングメルビレイ号を!させるか…させてたまるか!!」


あってはならない、それはあってはならないと怪物船となったティモンは荒れ狂う。キングメルビレイ号は世界一の海賊を乗せる世界一の海賊船、それを任された者として死んでもこの船だけは沈めさせるわけにはいかない。


かつて…ジャックがこの船を買った時、いや作り上げた時言っていた。


『…キングメルビレイ号は、俺とお前の為の船だ。この船で俺は夢を見る、だからお前はそこへ俺を連れて行ってくれ。お前がいなきゃ俺は何処にも行けないんだ、一緒に夢…見てくれよな』


そう語ったあの日の事を俺は今でも昨日の事のように思い出せる、俺に夢を託してくれたお前の顔を…今でも思い出せる。


俺の夢はお前の夢を叶える事だ、その為にはこの船が居るんだ。ジャックにこの船を任せてもらった者として…例え死んでも…。


「死んでも…この船だけは!沈めさせるわけにはいかんのだッッ!!」


「……お…?」


開く、船の前部が大きく口のように開くのだ。ギシギシと音を立てて解放されたその内側より現れるのは…キングメルビレイ号に搭載されるどの砲台よりも巨大な砲身。ティモンの魔力覚醒にて船の内部を改造して作り上げた魔力砲塔。


それが船を持ち上げる為力むネレイドの腹部に突きつけられた、その瞬間。


「『海魔大砲哮』ッッ!!!」


「なッ…!?」


放たれる。轟音をあげ魔力弾が爆裂し巨大な砲身が弾け飛ぶほどの勢いで発射されたそれは霧の巨人の腹を吹き飛ばし風穴を開ける。その傷はあまりにも大きく、霧の巨人の形を崩すのには十分過ぎる程で…。


「うっ…もう、維持できない…!…無念…」


まるで煙のように消えていく、霧の巨人を動かすだけで精一杯だったネレイドにとって深過ぎる痛手はみるみるうちに霧の巨人全体に広がってやがて露の如く後を残さず掻き消えてしまう。


ネレイド自身に傷はない、されど魔力を使い果たし力尽きた彼女は霧の巨人の中から吐き出され海へと墜落し、水飛沫を上げる…前に、海とネレイドの間に開いた時空の穴がネレイドの体を飲み込み。


「ほい『時界門写し』」


「うっ、助かった…ありがと、メグ」


「いえいえ」


メグだ、咄嗟に落ちるネレイドを時界門でキャッチしボートの上に移動させたのだ。小さなボートにぐったりと横たわるネレイドは申し訳なさそうに下唇を尖らせる。


「お疲れ〜ネレイドさん!凄かったよ!」


「ああ、やはりネレイドの闘いぶりはいつ見ても凄まじいな」


「ん…それより、作戦は…?」


ネレイドがここまで粘ったのはみんなに作戦を考えてもらう為、時間にして数十分程ティモンと格闘をし時間を稼いだ結果…なんの作戦も練れていなければネレイドの奮闘は完全に無意味ということになる。


デティより古式治癒を受け魔力を回復しながら徐にナリアの顔を見るネレイドは…確信する。


(ああ、思いついたんだ…)


ナリアは何も言わずに静かに…それでいて強かに笑っていた。このイタズラを思いついた少年のような笑み、恐らく何か秘策があるんだろう。


「すみません、何も思いつきませんでした。ティモンさんの魔力覚醒は無敵です、付け入る隙は何処にもありません」


「……そっか」


ナリアはティモンに背を向けて悲観的な事を言いつつも、その表情は変わらない。敢えて悲観的なセリフを聞かせるように不自然にならない程度のよく通る声で淡々と語る。


『当然だ、この魔力覚醒は打ち破られてはいけない覚醒…弱点などない』


勝ち誇るようにティモンの声が響く、当のティモンは先程ネレイドを打ち破った一撃の反動か、やや崩れた船体を修復する為一時的に停止しているようだ。またすぐ動き出す…その時がお前達の終わりの時だと言いたげなティモンから視線を外しネレイドはなるべく無表情を貫く。


どうやらティモンは知らないようだ、サトゥルナリアという男の戦い方を。


「こうなったら僕達の総力をぶつけて一か八かの勝負に出るより他ありません、ネレイドさん…倒れてすぐにはなりますが、一緒に戦ってくれますか?」


「…うん、行けるよ」


「ありがとうございます、では行きましょうか…僕達の底力ならばきっとティモンも打ち倒せるはずです!」


なんて嘘をつきながらナリアはティモンに見えないように…両手でとあるジェスチャーを行う。私達にはそれだけで十分だった、ナリアが何をしようとしているかすぐに分かったから。


なるほど、考えたねナリア君。君は軍師のようにずる賢くなければ参謀のように知識に富むわけでもない。けれど…やはり劇作家としては一流のようだ。


「ん、…デティありがとう、もう立てるよ」


「そう?なら行こう!見せるぞー!私達の底力〜!」


「ああ、数ではこちらが勝っているのだ、劣ることなどない!」


「では、私が先陣を切らせて頂きます。皆々様はどうぞ…私のエスコートに続いて」


鋭い動きで立ち上がるメグが両手を構える。最早何の策もなくただ突っ込むより他ないと言った形で彼女が取る行動は…。


「『大時界門』!」


押し拡げる。空間をグイッと強引に抉じ開けるような動作を取れば…ティモンの目の前に現れるのは超特大の時空の門。その向こうより見え始める巨大な影は…ティモンもよく馴染んだシルエット。


…船影だ。


「召喚!カノープス級戦艦 三番艦アスピディスケ!」


『帝国戦艦だと!?』


帝国海軍が保有する海の守護者カノープス級戦艦。今現在アド・アストラが保有する海洋戦力の中でも主力中の主力たる戦艦を惜しげもなくメグはこの場に投入する。


鋼の装甲を持ち、大口径の三連砲塔を装備したそのシルエットはまさしく海賊達にとっての悪夢。未だ帆船が主流の海賊達に対して帝国は魔力機構による推進力を得た鉄甲戦艦を使ってくるんだ、襲われればひとたまりもない…故に悪夢。


今まで帝国の海域を自らの縄張りとして占領しようとしたバカな海賊を沈め続けてきた海の悪魔カノープス級戦艦の登場に思わずティモンも声を上げて驚愕する。


「おや、ティモン様はやはりこれをご存知でしたか」


『ご存知って…そりゃあ、いやそもそもなぜお前がこれを!というか何処から出した!?』


メグは狙っていた、ティモンがこの戦艦アスピディスケを…否、カノープス級戦艦を知っていることを知っていたから。


そうだ、海魔ジャックの伝説の一つにもあるだろう…『海の上で将軍にも引けを取らなかった』と。そうだ、ジャックは一度帝国の海域に侵入し将軍から攻撃を受けている。その時相手をしたのがこのカノープス級戦艦の一つだったのだ。


一度勝ちを得た船だからティモンも余裕…というわけにはいかない。そうだとも、メグが知っているのはジャックと将軍が戦ったと言う事実だけに留まらない。


その内容も知っているんだ。


『くっ…カノープス級戦艦か…』


ティモンは想起する、あの時のことを。ジャックと共に帝国海軍と戦ったあの日の事を。



……はっきり言おう、確かにジャックは将軍と張り合っていた、だがジャック海賊団が帝国海軍と互角だったというわけではない。寧ろ海戦ではズタボロに負けた。


何せ船の性能が違い過ぎる。帆船たるキングメルビレイ号と魔力機構船のカノープス級戦艦。時代が数百年規模で違う船同士の戦い、勝負になるわけがない。あの時はジャックが全力でアーデルトラウト将軍を抑えヴェーラがそれを援護し、ティモンが魔力覚醒を行うことで全力で逃亡を図りなんとか逃げ果せることが出来ただけ。


…海の上という圧倒的不利な状況下でも絶望的なまでの魔力を振り回しジャックと渡り合った将軍の方が異常だったんだ。もしあの女将軍がキングメルビレイ号に乗り込むか、カノープス級戦艦に接近を許していたらジャック海賊団は全滅していただろう。


そんな苦々しい記憶の蘇る船を前にしたティモンは未だかつてない程に焦っていた。


(まさかここに来てカノープス級戦艦だと…、砲火力も馬力も速度も段違いのアレをもう一度相手にするのは骨が折れるぞ…!)


戦艦アスピディスケを前にしたティモンは停止してその出方を伺う、どう出る、何をする、どう対処する。巡る思考の中で注意深くアスピディスケを観察したその時。


「ッ……!?」


ティモンを襲ったのは何か。海を焼き尽くす砲火か?島をも砕く衝角か?それとも未知の魔力機構か。


どれも違う、ティモンを襲ったのは『強烈な違和感』。


(あの船…乗組員が居ない?)


当然と言えば当然ではあるが、船は独りでに動くことは決してない。人を乗せるが故に船であり、人がいるからこそ船は船足り得る。されどどうだ?目の前に跨る荘厳な鋼鉄の戦艦には人が…乗組員が居ない。


乗組員が居ないと言うことはどう言うことか、歴戦の船乗りであるティモンにとっては凄まじく違和感を感じる光景であると共に、一つの答えが脳裏を過る。


そうだ、これは…囮。


(しまった…!囮か!)


「『錬成・烽魔連閃弾』ッ!」


『ぐっ!?」


突如として側面に襲い来る衝撃。まるで大鑑の砲撃を受けたかのように燃え上がる船体。慌てて視線を向ければそこには衝波陣を推進力に海を滑るサーフボードに乗り銃を構えるメルクリウスの姿があった。


囮なのだ、あの戦艦は。メグはティモンが帝国の戦艦に対してただならぬ感情を抱いているのを知っていた、目の前にすれば無視出来ない事を知っていた。それ故に虚仮威しとして使ったのだ。


戦艦という巨大な的に目を奪われれば必然、小さな人間たるメルクリウス達の動きを見逃し溢す事となる。魔女の弟子とティモンの激突のイニシアチブを魔女の弟子達側が奪取する事となる。


ただ、先手を取るためだけ。その為だけに帝国から戦艦を持ってくる。その大胆極まるメグの奇策にティモンは物の見事に嵌められたのだ。


『この…小癪なァッ!!』


「フッ、あまり我々を侮らない方が良いぞ。ティモン!」


ティモンは怒り狂いながらメルクリウスただ一人目掛けてその身から生える大砲を連射し鎮めようと火を噴き続ける。だが…ここではその攻撃範囲の広さが裏目に出る。


船の大砲で海の上を高速で移動する個人を狙い撃つ、それはさながら砂粒を針の穴に投げ入れるが如き繊細さを要求される。元より巨大な船に対して用いる大砲ではボートに命中させる事自体苦慮していたのだ。ならばメルクリウスが駆るサーフボードに命中させるなんてなおのこと無理。


「いいぞ、血が騒ぐ。気が乗ったぞ!」


されど大砲によって海は爆裂し大波がメルクリウスを襲うことに変わりはない。ナリアの乗るボートはこれによって苦戦させられたが…。


メルクリウスは砲弾の雨の中笑い、錬金術によって己の服を変容させ身軽な水着へと着替えると、サーフボードを巧みに動かして波に乗る。


ラグナやネレイドと言った肉体的超人の影に隠れがちにはなるが、メルクリウスだってこれでも昔は軍人として修練に励んだ身。今でも自作のスポーツセンターで体を動かしている身。


運動神経と言う点では並みの人間から見れば十二分に天才たり得る領域にいる。初めて挑戦するサーフィンを一瞬で物にし、砲撃が巻き起こす大波津波を見事に克服して退ける。


「フハハハハハハ!案外いいものだな!サーフィンも!帰ったらプライベートビーチで興じてみるのも悪くない!」


一際大きな波を受けクルリと空中を翻ると共に両手の銃をティモンに向け、滾る魔力を銃口に乗せ、輝く光を一点に集中させる。


「光輝なる黄金の環、瞬き収束し 閉じて解放し、溢れる光よ 永遠なる夜を越えて尚人々を照らせ!『錬成・極冠瑞光之魔弾』!」


そして放たれる瑞光は七色の輝きを螺旋状に混ぜながら一条の光弾となってティモンへ、キングメルビレイへ着弾し爆裂する。熱エネルギー 光エネルギー 運動エネルギーなどその他複数のエネルギーを錬成し一点集中で放つ大技の錬金術を受けた船体は大きく揺れる。


『くっ、これが一個人が出す火力か…?だが!まだまだ!』


ティモンに肉体が残っていたならば、きっと血の気が引いていただろう。メルクリウスの叩き出した火力はどう考えても一個人が素で所有していい段階のものではなかった。


だがそれでもティモンは、キングメルビレイ号は沈まない。即座に船内の木材を組み上げ損傷部分を再生させる。この為に常にキングメルビレイ号を後三隻は作って余りある資材を備蓄してあるのだから。


そうして再生すると共にティモンは動きを変える、砲撃でダメなら錨で叩き潰すのみ。腕の代わりとして機能する錨を振り上げメルクリウスへと叩きつけようと…した。


その瞬間。


「『デウス・アプセウデス・ヘッドバッド』ッ!」


『ぬぉっ!?今度はなんだ!?』


メルクリウスとは反対側から強烈な一撃が船体を叩き再び大きく揺らす。まるで岩礁にぶつかったかのような衝撃。危うく沈むところだったと肝を冷やすティモンは慌ててそちらの方角を見る。するとそこには。


「えっほ…えっほ…えっほ…」


『ネレイド…なのか!?』


そこには海原を犬かきで高速で泳ぐネレイドの姿があった。シスター服を着た上での着衣水泳…とは思えない速度での水泳速度。まるでフナムシが床を這うような速度で海の上を移動するネレイドにティモンは呆然とする。


あの状態から今の強烈な一撃を放ったのか?いやそれも出来るだろう。ネレイドはどう言う原理かは分からないが既に魔力も体力も回復している。故に再び万全の魔力覚醒を解放しているんだ。霧の巨人を作る奴の不可解な魔力覚醒ならば船を揺らすだけの何かを飛ばすことも。


「えっほ…えっほ、『デウス・アガウエ・スマッシュエルボ』!」


『ヌゥッ!?』


また飛んできた、今度は見えた。霧で構成された巨大な腕が肘を突き出して飛んできた。犬掻きをしながら片手間に出していい威力じゃないぞ!


先程の霧の巨人は余程無理をしていたんだろう。普通に戦えばこれほどまでに強いのか。


『ええい!邪魔だ!』


「えっほえっほ…すぅ〜…ッ』


追い払おうと砲撃をすればネレイドは大きく息を吸い込んでそのまま海底に潜り込んで出てこなくなる。一瞬溺れ死んだ?と思うくらい長い潜水時間。そこから砲撃が止むまで水の中に隠れて凌ぎ終わればまた出てくる。…それを繰り返すのだ。


ネレイドという人間は体が大きい…と言えばそこまでなのだが、そこにこそ彼女が超人足り得る理由がある。当然だが体が大きいければ肺も大きく、当たり前のように肺活量も常軌を逸している。ただでさえ人類トップクラスの身体能力を持つ彼女からすれば、水の中も外も変わらないのだろう。


(挟まれた…か)


そこでティモンは漸く焦り出す。戦艦による目眩しからの挟撃。メルクリウスとネレイド…双方共に無視していい火力ではないそれを持つ二人が今ティモンを挟むように陣取っている。この状況を作り出すことがメグの狙いだったのだと悟る。


そしてそこに迫るは更なる追い討ち。


「おっしゃー!私もやるよ!」


立ち上がるのはデティフローアだ、ボートの上にただ一人立ち杖を持って仁王立ちでフンスと鼻息を吐く彼女はその小さな体躯を思いっきり大きく見せる為気合を入れて顔を硬ばらせる。


何が来る?とティモンはやはり警戒する。いやでもデティだし…と侮る心もやっぱり何処かにある。が…そんな侮りは一瞬で消し飛ばされることとなる。


「行くぞーーー!!魔力解放!!」


『なッッ!?』


刹那、ティモンは幻視する。今…自分の目の前に大魔神がいる幻覚を。


ネレイドが作る霧の巨人よりも、ヴェーラが作る雲の巨人よりもなおも大きい。星の巨人。上半身を海から突き出し天を超えて空を覆いこちらを見下ろす巨大な何かを。


魔力の解放…ただそれだけで巨大ななにかを幻視するほどに凄まじい威圧を感じる。魔力と言う一点で見るなら…ティモンがこの人生で見てきたなによりも『大きい』。


あんな小さな体躯の何処に、これだけの魔力が…。


「近くに街もないし、一般人もいない、これなら…全力でやれる!『ミトスホーミングレイ』!」


そんな絶大な魔力を持つデティの手から放たれる光弾は、まるで束ねた髪を切ったかのように無数に広がり数えきれない量の光となってティモンに降り注ぐ。


『ぅぐっ!?マストシールド!』


硬質化したマストで防ぐが、防げているだけだ。それ以上の事が何も出来ない。強い、デティ…お前はこんなにも強かったのか!?


そうティモンは焦るものの、ある意味当然である。デティフローアという人間は確かに体は小さく威厳は無く戦いになれば一目散に一番後方に下がる。だが…弱くはない、その戦闘能力は十分魔女大国でも上位に位置取る事ができるくらいには強い。


何せ彼女は、世界最強の現代魔術師なのだから。


「『錬成・乱鴉八咫御明灯』!」


「『デウス・カリアナッサ・スレッジハンマー 』!」


「『オールスイーパー』!」


集中砲火、前、右、左、三方向から加えられ続ける猛攻。キングメルビレイ号がいくら巨大で堅牢とは言えこの怒涛の連打に耐え切れるわけではない。みるみるうちに体内の資材が尽きていくのを感じるティモンはギリと歯を噛み締め。


『侮るな…侮るなっ!侮るなァッ!!ジャック海賊団をッッ!!』


ブチギレる、あまりに心外だったからだ。この程度でジャック海賊団のNo.2たる自分を打ち負かせると思われていることに。


轟く咆哮、揺れる海面。それと共に放たれるのはティモンの奥の手の中の奥の手…。


『海暴大戦回ッ!!』


奥の手だ、本来は使いたくないし使わずに勝つ事が基本的には最良の結末と言えるティモンにとっての苦肉の策。


それは…船への負担を考えぬ高速旋回。その場でまるで駒のように回転し砲弾をばら撒くという極めて単純な技。されどそれによって掛かる船体、特に船を支える竜骨への負担はバカにならない。これでもし竜骨に負荷がかかり過ぎればキングメルビレイ号が沈みかねない、よしんば沈まなくとも船そのものの寿命を大幅に削るまさしく自爆技。


されど、それでもこの技の威力が洒落にならないのは事実。何せ。


動くんだ、あのキングメルビレイ号が…生半可な豪華客船を子供扱い出来る巨大戦艦が、竜巻のように回転し動くんだ。巨大な物質が動けばそれだけで周囲に甚大なエネルギーを生み出す。


特にこの、生まれたエネルギーを確実に伝搬する海の上では、それは一種の災害となる。


「うぉっ!?津波か!?それに砲弾まで…!」


空を覆うような大津波を前にしては流石に波に乗り切る事が出来ずメルクリウスが吹き飛ばされ。


「これやばいか〜…も〜…」


あーれーと叫びながらクルクルと波に流されて消えていくネレイド。


「アァーッ!?それナシー!!反則ぅーっ!ウボァーッ!」


そして呆気なくボートごと津波に飲まれて沈むデティフローア、目の前の無人のアスピディスケをも後方へと押しやり一気に包囲網を破壊し振り出しに戻す。


リスク覚悟の大技、今ので全身の節々に痛みが走ったが…それでもティモンは打ち破った、魔女の弟子達の決死の大攻勢を。


「『時界門』!皆さま!無事ですか!」


するとアスピディスケに乗り込んだメグが時界門を作り出し、海に沈んだ弟子達を救出する。全員口から海水を吐いてぐったりと倒れ、力なく横になる。


「ぅ…すまん、メグ…助かった」


「生まれて初めて溺れた…」


「うぅー…流されるトイレットペーパーの気分…」


ダウンだ、三人ともダウンした。回復役のデティも動き出すのに些かの時間を要する…そして、アスピディスケにはそれを動かせる乗組員はいない…となると。あとは。


『終わりだお前達、いくら戦艦に乗り込もうと…それを動かす船員がいない以上、船は海に浮かんだ棺桶にしかならない』


沈めるだけだ、あの戦艦を真っ向から叩き砕き今度こそ魔女の弟子達を踏み潰す。それでこの戦いは終わりだ。


いくら弟子達が強かろうともここはティモンの領域…海賊の庭園 海洋だ。その上魔力覚醒をした者を倒すのに覚醒出来ない者をどれだけ引き連れていようとも意味がない。


これが覚醒しているティモンと覚醒していないメグ達との差だ。唯一覚醒出来るネレイドも海の上では何も出来ない。


終わりなのだと語りながら大きく口を開き、再び超巨大砲塔を覗かせるティモンは勝ちを確信する。


このまま砲撃で沈めて勝ちを……勝ちを。


『待て、ナリアは何処だ』


居ない、ナリアがいない。そう言えば先程デティがボートに立った時点で…あのボートにはデティしかいなかった。ナリアは先ほどの攻勢にも参加していない。


じゃあ…何処に。


(…待て、いや待て。そもそも…)


ティモンは先程メグが戦艦アスピディスケを出したのを囮だと見抜いたが…、そもそも囮はあのアスピディスケだけだったのか?


もしかして、さっきの攻勢自体が…囮だったのではないか、本命というナリアから目を背けさせるためだけの。だから規模の大きい攻撃を三方向に分けて行ったのではないか。


だとするならナリアは何処だ、何処に行った…。


「ここですよ、ティモンさん」


『ッッ!?まさか!!』


声がした、何処から声がした?…異様に近く、そしてその気配を肌に感じる。ナリアの気配をすぐそこから感じる。


まさか…こいつ!


『俺の中に居るのか!?』


中だ、キングメルビレイ号の中に居るんだ。ナリアは今…キングメルビレイ号の甲板に立っている。船の中に居る存在を感知する事は出来る…が、先程のメルク達の攻撃に意識を割きすぎていた所為で気がつけなかったというのか!?


『貴様!どうやってそこに!いや待て…違う、何をするつもりだ!』


「決まってるじゃないですか…船を倒すなら、狙う場所は一つしかありませんよね」


「っ……」


全ては、ナリアの作戦通りだった。


口では策などないと嘯きながら伝えた作戦。それはナリア以外の者達が攻撃に集中しその間にナリアがメグの時界門でティモンの中へ、甲板へと転移することから始まっていた。


メグがアスピディスケを召喚し意識を外に集中させている間にナリアは船内に転移、その後外から加えられるメルク達の攻撃を回避しながらとある場所に向かう。船が大きく揺れ、爆炎や衝撃が嵐のように飛び交う中を躊躇なく進み。


ナリアは勝つ為に必要な場所へとたどり着いたのだ。全てはティモンを倒す為、皆がナリアを信じ、ナリアが皆を信じたのだ。


そう、ここに辿り着けば、ティモンは打ち倒せる。それは…。


「ティモンさん、これが無いとダメなんですよね」


そう言って手を当てるのは…キングメルビレイ号の舵。最初に会った時にジャックが言っていた…『ティモンは舵を握っていないと動けなくなってしまう』と。それは単純にティモンの精神的な支柱が船である事を意味する。いついかなる時も舵を掴んでいるのティモンさんの姿はこの航海で何度も見てきた食事中も睡眠中もトイレ中も舵を取り外して持ち運んでいた。それは…覚醒の最中にも適用されるんじゃ無いか?


…事実、不自然なことに…今この船は一人で動く事ができる筈なのに。ティモンの意思で操られた縄が…がっしりと舵を掴んでいるのが何よりの証拠。


『や!やめろ!降りろ!降りろ!!』


「その焦りもまた答え…ですね、ならば!」


ナリアは抜き放つ。先程預かったアマルトの手荷物の中にあったマルンの短剣を。


今から慌ててナリアを振り落とそうとしてももう遅い。ティモンは見入ってしまっていたのだ、ナリアが見せる劇に。そして今から見ることになるのは。


サトゥルナリアの劇的な勝利に他ならない。


「さぁ、終幕ですッッ!!」


『やめ─────!!』


まるで幕を下ろすように振り下ろす短剣は、驚くほどあっさりと舵を握る縄を切り裂き…ティモンと舵を切り分け、その衝撃で舵が外れ…地面に落ちる。


その瞬間、ティモンの動きは止まる。


『な……あ……』


……なんてことはない、舵を取り上げられただけだ。覚醒している最中なら舵を取らずとも動くことはできる、船を動かすことはできる。だから大丈夫、ナリアの小賢しい考察は無駄に終わる。


…そうティモンは言い聞かせるが、無駄に終わるのはその抵抗の方だ。



襲う、唐突なトラウマ。ティモンが舵を手放せない理由は一つ…ティモンという男は周りが思っているよりも強い男ではないからだ。


(あ…ああ、ああああ…!!)


視界が染まる、過去の映像を投影して見せる。かつてレッドランペイジによって大勢の仲間が死んだあの日のことを。酒を分け合った仲間がみんな死んだ、ジャックとヴェーラ以外みんな死んだ、二人はなんとか立ち直れたようだったが…ティモンはダメだった。


一度、本気で海賊をやめようかと思いもした。だが今もこうしてあれるのは俺が操舵手だからなんだ。


必死に言い聞かせる、俺は海賊なのだと。自分は船を御する存在なのだと。船を御する身なれば不安も吹き飛ぶ、あの日のように恐れ知らずになりきることも出来る。


だがティモンは弱い男だ、証拠がなければ信じられない。証拠がなければあの日のように船が波にさらわれ大事な人達が死ぬかもしれないというか不安をぬぐい切れない。


そしてその証拠はティモンにとって二つしかない。一つは舵…船を御する者の証明。


そしてもう一つは…ジャック、海より強く海より大きい男。ティモンが誰よりも信頼する『航海』の象徴。俺に夢を見せてくれた男。それらが側にあればティモンは海を恐れる男から海を恐れぬ海賊になれる。


けど…今は、その二つとも…この場には。


(あ…ああ。ジャック…何処だ、何処に行ってしまうんだ…俺には、…俺にはお前が…)


力が抜ける、もうダメだ…これ以上は押し殺せない、弱い自分では…ジャックの意思を尊重し己の意思を喰い殺すだけの力が湧いてこない。




気がつけば、ティモンはキングメルビレイ号から切り離され、甲板の上で大の字になって倒れていた。なんと弱いのだ…なんと脆いのだ、精神的支柱を奪われただけで、この有様か。


「バカか…俺は…」


「無理もないんじゃないですか?」


「ッ…」


ふと、見上げれば。ティモンの舵を手に立つナリアがそこに居た。


「みんな、何かを柱に立ってるんです。それは己の夢であったり、目的であったり、自分の中にある何かだったり…或いは、誰か大切な人だったりします」


「…………」


「それを失えば、誰も立てません。戦うなんて怖い事なんか出来ません。怖くても辛くても痛くても戦えるのは…そう言うものがあるから、じゃないですかね」


そう言いながらナリアはティモンの上に舵を置く。それを徐に手に取れば…今まで頭の中を掻きむしっていた不安が収まっていく。弱い自分から海賊へと戻る事ができる。


…いや、俺は弱い男のままか。


「……ナリア、お前は…やろうと思えば俺を沈めることも出来たはずだ」


口を開き、聞いてみる。出来たはずなんだ、ナリアは卓越した魔術陣の使い手だ。あの時点で舵を取り上げると言う選択肢を取らずにこの船体に陣形を書き魔術を発動させればキングメルビレイ号は真っ二つに裂けて再生出来ずに沈み、ティモンを打ち倒すことも出来たはずなんだ。


けどそれをしなかった、何故か。分からないんだ。


「まぁそうですね、沈められましたよ。けどそれをしなかったのは…僕もこの船が好きだからです」


「…………」


「ジャック海賊団もティモンさんもヴェーラさんもピクシスさんも大好きです、そして当然…ジャックさんも」


「…………」


「だから、僕は捨てられなかったんです。ティモンさんを…キングメルビレイ号を」


「……そうか、強いな…お前は」


強い、ナリアは強い。俺が出来なかった事をやり遂げた。捨てるしかない物を捨てずに掴み続けたまま勝ち通した。過去の不安とジャックの存在に未練を残したままの俺では勝てないのは当然か。


「別に、強くなんかありません。ただ…意地っ張りなだけです。…ティモンさんは違うんですか?」


「……別にそんなことは」


「ジャックさんを、諦められるんですか?」


「…………それが、言いたかったのか?」


「はい、それを伝えるために。あなたを傷つけなかったんです」


そうか…その為に、舵を奪い取り無力化するに留めたのか。


ティモンは空を眺める。どうやらもう自分はこの戦いの為に…ジャックを送り出す戦いの為に、頑張ることは出来ないようだ。


俺は…ジャックを、あいつを…失いたくないんだ。


「負けだ…、負けだよ、ナリア…完敗だ」


目を伏せ、敗北を噛みしめる。だけども不思議と辛くはない。


仲間を失うことに比べたら…辛くはない。


…………………………………………



(ティモンはやられたか…)


ヴェーラは空からキングメルビレイ号の様子を眺めて戦いの行く末を悟る。舵を奪われ戦意喪失か、…やはりティモンはあの日の惨劇を乗り切れていなかったんだ。それを舵に依存し己を『ティモン』ではなく『キングメルビレイ号の操舵手』に置き換えることでトラウマから逃げていたんだ。


舵を奪われると動けなくなるのは知っていたがあれほどだったとは。友達として彼の不安に気がつけなかったのは情けない。


けど…。


(悪いけど、私はまだ続けるよ…)


それでも引くわけにはいかなかった。ヴェーラはまだ引き下がるわけにはいかなかった。例え最後の一人になろうとも…ジャックの為に戦うと決めたから。


チラリと海水を眺める。エリスは沈んだまま現れない。もしかしてあのままやられたのか?もう彼女は浮上してこないのか?だとしたら…。


「ヴェーラの代わりにあちらに行こうかな」


今度は私がナリア達を叩き潰す…そう敵意をナリア側に向けた、その瞬間だった。


「っ…?なんだこれは…」


風だ、風が吹いている。だが風読士として長く船に乗っているヴェーラをして不自然と思える程に変な風。これは…下から吹いているのか?


「海が、風を放っている…」


海から吹き上がる風、下から吹く風…それが徐々に己を取り巻く積乱雲を乱していく。なんだこの風は…一体どうやって。


「…まさか…!」


見る、魔視眼で見る。エリスが落ちていった海の底を…するとどうだ?海の中で溢れんばかりの魔力が荒れ狂っているではないか。


まさかエリスが海の中で何かしているのか、とそこまで考えた瞬間思い浮かぶ。まさかエリスは…。


「まさか、海水を温めているのか…!?」


海の中で赤い光が煌めく。それと同時にまるで沸騰した鍋の中のように海水がグツグツと煮え滾る。エリスだ…エリスが海水を温めて…上昇気流を発生させているんだ!海水が温まりそれにより気温も上昇し空気が軽くなり上へ上へと空気を流しているんだ。


いやそれだけじゃない、水蒸気が更に上へ方向へと風を起こし雲を散らせている。このままでは雲が散ってしまう。エリスが起こした風よりも更に大規模な気流、なんせ海全体が息を吹きかけてきているような状態なのだから。


「これが狙いか…!」


刹那、煌めくは雷光。嘶くは雷鳴。青い絨毯を引き裂いて黄金の矢がヴェーラの下まで飛翔する。あれは…エリス。なのか!?


「『ボアネルゲ・デュナミス』!!」


「更なる覚醒!まさか極・魔力覚醒…!?じゃない!?まさかそれ!?」


海中から現れと同時にヴェーラの目の前まで飛んできたのは黄金の雷神と化したエリスだった。既に覚醒している状態からもう一段階の変化!?極・魔力覚醒とは違う。


ということはまさか、エリスも出来るのか!?ジャックやラグナのような魔力覚醒を行なった上での強化形態への進化を!


まずい、これは雲が散った状態じゃ相手出来ない!今すぐ雲を集めて…いや間に合わない…!


「ここからは容赦しない!徹底的に粛清する!」


「ぐぶぅっ!?」


エリスがグルリとその場で縦に回転すると、彼女の足が雷を纏い尾を引くように光芒を残すと共に叩きつけられる。まるで落雷に蹴られたかのような衝撃を受けながら一気に海に向けて吹き飛ばされる。


「ぐぅっ!この…!『サンダースプリット』!」


「遅い!」


咄嗟に落下しながら雷を放つが、ダメだ。エリスが雷よりも速い!電流のようにジグザグと軌道を描きながら落下するヴェーラに追いつくと。


「真・雷電乱舞!『雷神鳴滅』!」


「ごはぁっ!?」


高速の蹴り、それが雷を伴い豪雨のように叩きつけられる。強い…畳み掛けるように攻めてくる。雲を散らし防御を壊しその上で叩き込める最高火力を容赦なく叩きつけてくる。容赦も情けも無い。


これほどか…!この!


「侮るなッッ!!『霹靂雷雲』!」


ぐるりぐるりと回転し自らの魔力を雷雲に変えると共に全方位目掛け雷撃を放つ。避けられるなら避けるだけの余裕のない密度の雷撃を!


「もうそれは、攻略しましたよ」


「なっ!?」


しかし、エリスの動きはヴェーラの予測の外をいった。雷の嵐に隙間はなく、回避することも突破することも許さない。近づくこともこの攻撃を凌ぐ事も難しい。


そんな状況下でエリスが取った行動は…急降下だ。


「海に!?」


潜ったのだ、海中に。その瞬間やられたと直感する。雷は水中へは行けない、電流は海面に触れると共に海中へは向かわず水面を伝搬し拡散されてしまう。つまり…雷を武器とする以上 海中はヴェーラに取って触れることの出来ない絶対領域となるのだ。


普段ならば意識することなど全くなかった、天高く飛翔するヴェーラにとって海面はあまりに遠い存在だから。されど今は違う、エリスによって蹴り落とされ海面を背にして戦うことを強いられている。


先ほどの一撃は、私をこの戦場へと引き込むために…!?


「ぐっ、何処だ…何処からくる!」


海面を必死に観察する、何処から出てくる。魔視眼を使ってエリスを探すがエリスは海の中で無数に魔力を掻き回して自分の位置を悟らせないよう立ち回っている。


(ダメだ、分からない。けど今のうちにまた空の上に戻ってしまえば…!)


そうヴェーラが首を上へ向け再び風を掴んで空へと飛び上がろうとした瞬間…水音がする。


水飛沫を纏わせ、光を反射する水滴が金の粒子となって眼前を飛ぶ。照らす陽光の下体を伸ばし水を侍らせ空を舞う姿を見たヴェーラは目を見開き、思考を停止させ…感じる。


(人魚…!?)


違う、エリスだ。脳では分かっているのに視覚が人魚を見てしまう。そのあまりの美しさに…唖然とする。そして同時に気がつく、エリスが飛んでいるのが自らの頭上であることを。


……退路を断たれていることに。


「ッしまった…!」


狙っていたのか、こちらが諦めて上昇しようとする瞬間を。我慢比べで負けたのか私は…!エリスから目を離し空を見た時点で、私はエリスに自由に行動する時間を与えてしまった。


雷撃の嵐が途切れ道が出来た以上、エリスは進んでくる…。


そして今、私は…目の前にエリスを置いてしまった。これはもう…。


終わりか…!


「『ライトニングステップ』ッ!!」


「ぅがぁっ!?」


叩きつけられる蹴り、再びヴェーラの標高が下がる。海の中へと叩き込まれれば集めた雲は海に溶け身から溢れる雷は海水に吸い取られていく。無力化された、魔力覚醒が…。


水中では詠唱も出来ない、エリスがどうやって魔術を使っていたかは知らないが少なくとも水の中に叩き込まれた時点でヴェーラに出来る事は何も無い。


チェックメイトと言うのだろう。恐ろしい速度で巻き返されひっくり返された、これでも海賊としてはジャックとティモンの次くらいは強いと思ってたのに、まるでエリスには通用しなかった…。


ここまで強いとは…だがある意味これは当たり前なのかもしれない。私は戦闘員では無い、それが無理して戦場に出たっていいことなんか。


(……ん?)


ふと、海水の中から空を見る。見上げる…。するとそこには太陽があった。


おかしいな、あの太陽…異様に近く無いか?…いや、あれもしかして太陽じゃなくて。


(…エリス?)


黄金の光を溢れんばかりに輝かせこちらを見るエリスの姿を太陽と見間違える。と言うかなにやってるんだ?…え?まさかまだなんかするつもり?いやいやもう私戦えないんだけど?抵抗する手段もないんだけど?


(ちょっ!?ちょっとエリス!?もう僕は……)


「『霹靂 雷神双脚』ッッッ!!!」


私の制止は意味をなさず、エリスは降り掛かる。聞いた事もないような轟音をあげて海を吹き飛ばし私に向けて雷の蹴りを放ち海水ごと私を吹き飛ばし─────。




……………………………………


「ぷはぁっ、悪いですね…ヴェーラさん」


「……………………」


それからエリスは海の中に沈んだヴェーラさんを引き上げ海面に浮上し謝罪を入れる。必殺の一撃を叩き込み既に意識を失った彼を持ち上げ…ちょっとやり過ぎたかなと思いつつも目を伏せる。


「少し、気合いを入れ過ぎました」


別にヴェーラが憎かったわけじゃない。ただこの戦いの趣旨を聞いた時に…エリスの中に後悔の炎が灯ってしまっただけなんです。


人魚を守る戦い、そう言われた時頭に過ったのはあの日エリスが守れなかった麗しい人魚の背中だった。彼女もまた人魚の名を持ち水の中を駆けて戦う人だった。


でも守れなかった、エリスの手の中で息絶えたあの日の光景を思い出してしまったからには、やらざるを得ない。もう二度とあの日の悲劇を繰り返させない事…そして。


あの時よりは、少しはマシになれたと思いたかったから。


まぁ色々言いましたが、結局ん所ただの八つ当たりでした。ごめんなさいね、ヴェーラさん。


『おーい!エリスー!』


「ん、メルクさん!」


すると、キングメルビレイ号に乗り込んだメルクさん達がこちらに手を振っているのが見える。どうやら向こうも向こうで終わったようだ。


よかった、流石はメルクさん達だ。黒鉄島の方でもさっき凄い爆発がありましたし、きっとアマルトさんは勝ったのでしょう。


三幹部は全員倒しました。後は…。


「ラグナ、貴方だけですよ」


ジャックを倒すんでしょう、きっと貴方ならそう言うはずです。だから海賊団と戦う道を選んだのでしょう?


なら、決めなさい。この戦いの趨勢は貴方に委ねられました。


ま…ラグナなら、勝つでしょうけどね。だってラグナですから。


……………………………………………………


「…………………」


海岸沿いで、腕を組んで待つ。仲間達は三幹部を倒しただろう…海賊団はアイツを残して全滅しただろう。仲間達ならきっとやり遂げてくれる。


なら、後は俺たちしかいないよな、ジャック。


「やっぱ待ってやがったか…」


「ッ…」


俺の予測通り、黒鉄島の裏手に奴の声が響く。それは偶々か…或いは俺を探して来てくれたのかは分からない。


だが、事実として奴は…ジャックは今、俺の前にいる。


「ジャック…!」


「よう、ラグナ。生きてたんだな…って別に死んだとは思ってねぇがな、だはは」


ジャックだ、巨大なカトラスを肩に背負い海の上を歩いてこちらに向かってくる。その歩みに迷いはない、何処までも迷いがない。…こいつ、仲間達がやられてももう御構い無しか。


「ジャック、諦めろよ…もうお前の仲間は全員倒した。陸に上がれないお前じゃどうやっても黒鉄島の人魚は探し出せない」


「へっ、関係ねぇな…そんな島軽く沈めちまえば済む話だ。巣を突かれれば人魚だって湧いて出てくるだろう」


「…人魚を探してもムダだ、人魚はお前が思ってるような奴じゃない。食ってもお前はテトラヴィブロスを克服出来ない」


「それも、関係ねえ。俺は他人の冒険譚に興味を持たねぇ、俺は…俺の目で確認しない限り満足出来ねぇ、だから海賊やってんだよ…俺はな」


聞く耳無し…か、まぁ元々説得なんかしても意味がないことはわかってたけどさ。


だから俺は上着を脱ぎ捨て、徐に海へと歩みを進める。


「…お前は、俺の邪魔をしたいのか?それとも人魚を守りたいのか?」


「両方だ」


「欲張りな奴め、だが分かってんのか?それが意味することを」


それはつまり、この海最強の男の行く手を阻むと言う事であり、海魔に喧嘩を売る事になる…そんなのは分かってんだよ、もう覚悟だって決めて来てんだよ。今更くだらねぇ事を聞くなよ…、そう俺が視線で物語ると、ジャックはくつくつと肩を許して笑い始める。


「くっくっくっ…かっかっかっ、やっぱお前は俺が見込んだ男だぜ…ああ、最高だ…くくくく」


海へと進む俺を見てジャックは満足そうに口を開け広げ、手で顔を覆いながら笑う。


「だーはっはっはっ!こりゃあ傑作だぜ…なぁおい」


巨大なカトラスを肩に背負い、奴は笑う。そんな高笑いを聞きながら俺は砂浜を踏み越えさざなぐ白波を踏みつけ海辺へと向かっていく。潮風を引き裂きながら奴の領域へと…向かっていく。


それがどれだけ無謀なことかは理解している、けど…それでも。


「まさかお前、海で俺に喧嘩を売ろうってのか?…この海魔ジャック・リヴァイアに」


「ああ、そのつもりだよ」


「クックック…豪胆だよなラグナ、俺ぁお前のそういうところに惚れてんだぜ」


太ももまで海水に浸かった状態で俺はこの海最強の生命体…海魔ジャック・リヴァイアと向かい合う。対するジャックは揺れる波の上に足を下ろし海の上に立ちながら顎を撫で俺を見下ろす。


わかってるさ、ここでアイツに喧嘩を売る事の危険度の高さを。この海は丸々ジャックの物だ、出来るなら陸に上げて戦った方がまだ勝ち目はある。


だが、それは出来ない。


「そうまでして、お前は守りたいのか?その島を…黒鉄島の秘宝を」


「そうだって言ってんだろ、黒鉄島は俺が守る、テメェにゃ手は出させねぇ!」


この島にジャックを上げるわけには行かない。黒鉄島にジャックを上陸させればその時点で奴の目論見が叶ってしまう、目論見が叶ったらアイツは……。


だから俺はここで戦うんだ、ここで戦ってこいつを倒す。張った意地は押し通す、二度と折ってたまるか。


「手は出させないねぇ、いいじゃないか。やってみろよ…だがな、例え何が立ち塞がろうとも!何が進路を阻もうとも!それを砕いて奪うのが俺の流儀!海賊の掟だ!守ってみろよラグナ!この俺から!世界一の大海賊から!」


刹那、ジャックの咆哮と共に大洋が轟音をあげて鳴動を始める、ジャックの放つ威圧はまさしく海そのもの。ちっぽけな人間一匹が喧嘩を売っていい相手じゃない。


海の上でなら本気の将軍さえも跳ね除ける海魔ジャック・リヴァイア。この広大な海に勝利した唯一の男…野郎の強さは十分に分かっている、確実に俺よりも強いってのも分かりきってる。


(でも、それでも…俺はここから一歩だって後ろには下がれねぇんだよ、ジャック…お前には分からないだろうけどな)


潮風も白波も刃と化したその只中で…俺は一人、上着を脱ぎ捨て拳を叩き合わせる。


「上等だよ、ここで決着つけてやる…沈む覚悟は出来てんだろ!海賊!」


「だはははははは!俺ぁ沈まねぇよ!飲まれるのはテメェの方だ!魔女の弟子ィ!」


押し寄せる波濤、響き渡る怒号、久しく味わう格上との決戦。


今ここに、海洋最強の男と魔女の弟子最強の男の、夢と意地を懸けた最後の戦いの幕が切って落とされた。


「ケリ…つけようや、ラグナァッ!!」


「ああ、これでテメェとの因縁も終わりだ!ジャックッッ!!」


そして、これが…この海での俺の冒険の…終焉なのだ。

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