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422.対決 航海士ピクシス


黒鉄島、平坦な地形のその島を中心に繰り広げられる魔女の弟子達と三幹部の決戦。


その前哨戦とも呼べる戦いが巻き起こるのは砂浜、対峙するアマルトと航海士ピクシスが互いに睨み合っている。…が。


「はぁ…はぁ」


「ふんっ…」


これは、戦いになっているかも怪しいところだ。


アマルトは全身汗だくで膝をつい、全身に切り傷を作り今にも倒れそうなのに対して、ピクシスは傷一つ作らず余裕の表情で未だに構えを取っている。


そりゃあそうだ、アマルトは武器どころかロクな防具も持たないのに対してピクシスは完全武装、装備の差が如実に出ているんだ。これは勝負にもならない。


「クソっ、もうちょい手加減しろよ!こっちは丸腰だって言ってんだろ!」


「お前、海賊に向かってそれいうか?」


「あー!もうー!」


本当なら、ここまで倒してきた海賊達の武器を奪うか、或いはナリアが俺の剣を持って帰ってきてくれる算段だったんだが。海賊達の武器はどれも大振りのものばかりで扱っても直ぐに弾かれるし、ナリアは帰ってこないし。


最悪だ、状況が悪過ぎる。


(真っ向から戦ってもこりゃあ勝てないな、剣も血のブレンドもないんじゃ戦えない…なんとか状況を変えてぇ)


膝をつきながら必死に頭を回転させる、この状況…なんとか打開できないものかと。方法があるとしたら…あそこしかないな!


「よぉピクシス、お前…三幹部って呼ばれてるんだよな」


「だったらなんだ?」


「お前、魔力覚醒は使えねぇの?」


静かに立ち上がりポケットに手を突っ込みながらアマルトは話しかける。ラグナ曰くヴェーラとティモンは魔力覚醒が使えてもおかしくないそうだ。ってことは同じ三幹部のお前はどうなの?と聞けば。


「お前に答える義理はない」


目を逸らす、あらまぁまぁ…海賊やってる割には分かりやすい性格だよなぁお前。


「ほーん、使えないんだ」


「ッ…喧しい」


「答え合せご苦労、まぁ気にするなよ、俺も使えないしさ。魔力覚醒使えないもの同士頑張ろうや?な?」


「気安くするな!」


「キレるなよ……ん?」


ふと、アマルトの顔色が変わり真っ青になり、目を見開き瞳孔を丸くしそれを視界に入れ驚愕の表情を浮かべる、その視線の先は…ピクシスの足元。


「ッピクシス!!お前!足元!」


「は?」


「見てみろ!デッケェダイオウグソクムシ!!」


「ッッ…!?」


アマルトの迫真の叫び声に驚いて咄嗟に足元を見るピクシス。が…しかし!


「なにもいないじゃないか!!」


ダイオウグソクムシが何かは分からないが虫と言われては反応せざるを得ないピクシスはまんまとアマルトのフェイントに引っかかり何もない場所を凝視してしまう。


しかし何もいない、引っ掛けられたとキレたピクシスは再度アマルトを見るが…既に彼は背中を見せて逃げ出しており。


「やーい!バーカ!」


「貴様…!逃すか!」


逃げるアマルト、追うピクシス、二人は砂浜に足跡を残してチェイスを始める。しかしここで武装の差が出る。そうだフル武装のピクシスに比べアマルトは身軽なのだ、走り合えば当然アマルトの方が早い、ただでさえ動きの早いアマルトの神速の逃げ足に距離をつけられたピクシスは剣を収め。


「死ね!」


「ちょっ!?」


銃をぶっ放す、アマルトの背中目掛け二丁拳銃を次々と連射し追い掛ける。自分の左右を通り過ぎる鉛玉の雨にアマルトの肝は冷える。


「当たったら死ぬよ!死ぬって!」


「だから死ねと言っている!」


「ヒィッ!」


鉛玉による攻撃を嫌ったアマルトは咄嗟に砂浜から飛び出しジャングルへと飛び込む。それを見たピクシスもまたそれを追いジャングルへと足を踏み入れ……。


「『肉呪転華ノ法』!!」


「っ!?」


茂みから飛んでくるのは毒針と化した髪の毛。先程海賊達を無力化した魔術。それを見たピクシスは咄嗟に剣を抜き放ちアマルトの呪術を切り払う。


不意打ちだ、先程まで逃げていた癖をして自分の領域に引き込んだ瞬間反転して反撃を仕掛けてきたのだ。


(やはり、油断ならない…アマルト、お前は恐ろしい男だ)


ピクシスは航海士として常日頃から船員の観察を欠かしたことのない生真面目な男だ。だからこそ当然船転がり込んできた魔女の弟子達もまた深く深く観察していた。


ラグナ…アイツは指導力に長け人から頼りにされる事を得意とする。持ち前の実力の高さとカリスマ的佇まいはある意味脅威であり、頼もしくもあった。


ナリア…か弱いながらも強かな心を持ち、如何なる時も怯えることなく物事に当たれる強い子だ。頭も切れるし警戒せねばならないのと同時に、話していて楽しい子だった。


ピクシスは二人を評価していた、だがアマルトは違う。


(こいつは、もしかしてずっとこうなる事を分かっていたのか?)


アマルトはピクシスが観察するのと同時にアマルトもまたピクシスを、海賊達を深く観察していた。弱点を探したり弱みを見つけたり、こんな風にいつか戦闘する時のため…戦法を編んでいたように思える。


ラグナがリーダーなら、エリスが副リーダーなら、…アマルトは差し詰め参謀。そんな印象を受けるくらいにはピクシスはアマルトと言う男を警戒していた。こいつは本当に何をするか全く読めない。


だからこそ。


「逃がさんぞ!アマルト!」


逃してはいけないと心に誓うピクシス、ここでアマルトをフリーにするのは怖い。ここで動けなくしておきたいとピクシスは剣を振るいジャングルの中へと入っていく。


「追ってきたな!ピクシス!」


「地獄の底まで追いかけるさ!」


「はっ!なら地獄で先回りする事をお勧めするぜ?」


茂みの中を走るアマルトは木に突き刺さったナイフを抜く、先程罠を起動させるために投げたそれを回収する為にジャングルの中に飛び込んだのだ。それにここなら銃撃による脅威も半減出来る。


ここから巻き返す!そんな意味合いを含めた吐息をシュルリと吐いたアマルトは森の腐葉土を踏みしめ一気に反転してピクシスへと飛びかかる。


「人を呪わば穴二つ、この身敵を穿つ為ならば我が身穿つ事さえ厭わず『呪装・黒呪ノ血剣』!!」


「っ!来た!」


指先を傷つけ血を溢れさせると共に吹き出た血をナイフに纏わせ漆黒の短剣へと変化させる。


アマルトが最も得意とする呪術『呪装』はその手に持つ武器の性質をモロに受ける呪術でもある。ある意味付与魔術にも通ずるそれは良い武器を持てば良い呪術に、悪い武器を持てば悪い呪術に変化する。


だからアマルトはマルンの短剣を重用する、されど今回使ったナイフはどうだ?劣悪も劣悪、劣悪極まるってもんだ。武器としてあまり信用出来ないレベルの短剣。


だが無いよりマシとばかりに短剣を逆手に持ちピクシスへと斬りかかる。


「フッ!」


「チッ!」


金属音を鳴り響かせ斬り合うアマルトとピクシス、武器を持てば互角に戦えるかと思ったが…ここで誤算が生じる。


強いのだ、ピクシスは。剣を持ってもアマルトが押し切れないくらいには強い。二本の剣を巧みに使いアマルトの攻勢を防ぎ、剰え切り返して来る。流石はあの船で幹部を名乗るだけはある、他の海賊達に比べて別格の勢いで強い。


「はぁっっ!!!」


「危ねっ!」


刹那、ピクシスの一線が煌めき咄嗟にしゃがんだアマルトの頭上を通過し、後ろにあった木々を数本一気に薙ぎ倒したのだ、こいつやばいよ、普通に強い。


「くそっ!普通に強えじゃねぇか!!」


「当たり前だ!私は…俺は!ジャック海賊団の!幹部だぞ!」


足を引いて飛翔するアマルトはこの木々が乱立する戦場を活かし、縦横無尽に駆け回りながら何度もピクシスに対する攻撃を繰り出す。上から右から左から、身軽さを前面に出した攻勢さえもピクシスは巧みな剣術と体捌きで弾き返す。


「オラァッ!!」


「ッ…!」


木を足場に足を曲げ、加速すると共に飛び蹴りを見舞う。がしかしそれさえ分かってるとばかりに腕を盾に深く腰を据えてガードするピクシスにはダメージが入っている様子がない。


ピクシスは幼い頃からジャックの船に乗っている。ジャックは敵の多い男だ、必然襲われる回数も戦闘の回数も多い。故にピクシスは幼い頃から『殺し合い』と言うものに慣れきっている。


その戦闘の熟練度はアマルトを優に上回る、その結果がこれだ。


「『羅神万剣・梳流』!」


「うぉっ!?」


更にそこから二つの剣を重ね交互に振るい水車の如き怒涛の攻めでアマルトを追い立てる。一つ一つの斬撃がアマルトの想像を絶するほどに素早く鋭い。咄嗟に態勢を立て直し逆手に持った短剣で弾いているが…。


「スゥ…はぁっ!!」


「げぶふぅ…!?」


蹴り飛ばす、ピクシスが体をくるりと回しての回し蹴りを放つ。ズシンと響くような蹴りに弾かれゴロゴロとジャングルの中を転がる。連撃と連打の応酬を制したのはピクシスだ、仮にも剣を持って挑んでその剣術で負けちまった…。


「いてて…」


「大した腕だよアマルト、だがそれだけだ。私には通じない」


「はぁ〜…これでも剣術には自信あったんだけどな」


「そうか、陸じゃあそれなりなんだろうな。だが…海洋を切り裂く我が剣には及ばないんだ。諦めろ」


剣を収め、再度銃を抜いてアマルトに突きつける。いつもの剣ならこうはならなかったと言い訳をしたいところだが、実際ピクシスの剣の腕は大したものだ。思い返してみりゃこいつラプラプ族の戦士相手にも一歩引いてなかったな…、ちょっと誤算かも。


「顔見知りを殺すのは気がひけるが、船長に楯突いたお前が悪いんだ。後悔はあの世でしろ…船長のために死ね」


「……………………」


チラリとピクシスの顔を見る。辛そうだが、説得が通用するほどに迷っている様子もない。覚悟決まってんなピクシス…けど。


「なぁ、ピクシス」


「言うな、聞きたく無い。また私を惑わせるつもりだろう」


「お前はさ、ジャックの為ジャックの為と言っちゃあいるが…分かってんのか?ジャックの願いを叶えたらどうなるか」


ピクシスの言葉を無視してアマルトは続ける。そんなに固く決意を決めてるけど…実際のところどうなの?と。するとピクシスは眉を顰め。


「人魚の肉を食らった船長が海を克服する、そして真なる意味でジャック・リヴァイアは海洋最強に…」


「お前の船長がそんな事の為に人魚の肉に固執してると思うか?海洋最強になりたいから…ここまで必死になってると本気で思うか?」


「ッ…だが何であれ関係ない、船長が欲するなら…」


「そもそも、人魚にそんな力はない。海の上で死ななくなる力がある?そんな肉が実際あるならお前見たことあるのかよ、人魚の肉を食べた事のある奴を。死なないんなら今も海にいるはずだろ」


「だから…!関係ないと…!」


「ジャックは人魚の肉に力があると思い込んでる!その上でテトラヴィブロスに行くつもりなんだぞ!」


「ッ!?」


ピクシスの表情が変わる、そうだよ…もしこのままお前が人魚の肉を持っていけば、ジャックはそれを食べるだろう、そしてその上でテトラヴィブロスに向かう。あの踏み入れば何人も生きて帰ることは叶わないとされる魔の海に。その意味が…海で生きるお前ならわかるだろう。


「このままお前が人魚持って帰れば、ジャックはテトラヴィブロスに向かい、そこで死ぬ。お前はジャックを殺したいのか…?」


「お前、まさかその為に…!?」


「まぁ…色々あるけど、理由の一つではあるよ」


「………………』


ピクシスは目を背けながら銃を下ろす、説得が効いたか!と思ったが違うなこりゃ。今ピクシスは迷ってるんじゃない、考えているんだ。


俺の言葉に対する反論を、つまり是が非でも俺を殺しジャックの願いを叶える…それはもうピクシスの中では決定事項なのだ。だから俺が何を言ってもなんか言い返してくる、頑固者だよこいつは。


「……信用ならん」


ほらね、また銃を向けてきた。


「人魚の肉に力があるかないか、それはこちらで判断する。その為には現物がなければ確かめようもないだろう」


「あのなぁ…」


「第一お前は私を惑わせようとする、そんな男の言葉を鵜呑みになんぞ出来るか」


「…そうかよ」


意思は固いか、まぁ仕方ないよな。そう言う覚悟でも決めてなきゃここまで来ないか…じゃあ仕方ない。


「これ以上お前の話は聞きたくない…死んでくれアマルト」


「そうかい?俺はもっとお前と話したいけど…そう言うんじゃ仕方ないよな」


「ようやく観念したか……」


その瞬間、ピクシスの脳裏によぎるのは…『嫌な予感』と称するに相応しい悪寒だった。


ピクシスはアマルトという男を油断ならない存在だと認識していたはずだ、なのに何故今自分はこいつの話に耳を傾けてしまった?こいつが最後の最後に説得でなんとかしようと思うか?


…もしかして今のは時間稼ぎだったのでは、そう悟るや否やピクシスは周囲を警戒する。


「なんだ、お前何をするつもりだ…!?」


「いや警戒しすぎだろ、ただ世間話しただけだって…」


「だが…」


「ああ、今のは世間話だ、行動は『今から』さ」


刹那、ピクシスの足元が空へと飛び上がった。


「ッ!?」


違う、ピクシスの足が勝手に地面から離れたのだ。見れば…巻きついている縄が。その縄の先にはグワングワンと揺れクレーンのようにピクシスの体を持ち上げようとするヤシの木…。


ヤシの木を用いた投石機と同じ要領だ。折れ曲がったヤシの木に括り付けた縄の先端をピクシスの足元に来るように配置し、ヤシの木が解放されて元に戻る際、その勢いで彼の足に縄が絡みつき、引っ張り投げ飛ばすよう仕向けたのだ。


アマルトが会話をして時間を稼いでいたのは、敢えて油断させる為。突撃する前にヤシの木を縛る縄に切れ込みを入れ時間差で縄が切れるように仕掛け、その後剣術による戦闘を行いピクシスを縄のある場所まで誘導。


後は話でもして時間を稼いでいるうちに切れ込みを入れた縄がヤシの木に引っ張られ引きちぎられ、ヤシの木が元に戻る際の勢いで縄が引かれピクシスの体が投げ飛ばされる…ってなわけよ。


アマルトはこれを『ジャングルに入った時点で考えついていた』。つまりここにきた時点でピクシスはどの道術中だったのだ。


「ッッッーーーーー!?!?」


いきなり足を引っ張られ空中へ投げ出されたピクシスは即座にそれを悟る、と同時に動く。足を引っ張る物の正体が縄であることは確認した、このままいけば海まで投げ飛ばされる。


ならばと剣を振るい縄を両断、縄の引力から解放され地面に転がりながらアマルトを探す。


「油断も隙もない!!」


怒り心頭、剣を振るい再びジャングルへと踏み込むピクシス…だが。


「ッ…!?」


頭上から降り注ぐヤシの実、マレウス大ヤシの実は固く大きいが故に頭に当たれば昏倒は免れないそれがいきなり頭の上に降ってきた。当然剣を頭上に振るいヤシの実を両断するが…気がつく。


罠だ、これはアマルトの仕掛けたブービートラップだ。先程のヤシの木を利用した罠をピクシスが突破することを折り合いで仕掛けられた罠だ。なら…このヤシの実に反応した時点で、私は……。


「術中なんだよ、ピクシス…!」


「ッ…!」


見失ったアマルトが、直ぐ目の前にいる。短剣を逆手に持ちピクシスの目の前で振りかぶっている。ヤシの実を敢えて防がせる事で…隙を作り出したのだ。


やられた、そうピクシスは考える。一瞬でも頭に血が上り罠の存在を考慮せず突っ込んだ時点でこの流れは確定していた…ということか。


「ッ……!」


屈辱、それと共に歯を食い縛る。剣による防御は不可、相手の加速の方が速いが故に回避も不可。となれば…取れる手段はただ一つ。


アマルトだってここまで罠を張り巡らせて来ているのだ、正々堂々、などという形にこだわる必要性はどこにもなかった。


「『ディグレシオンマネハール』…」


「ッ……」


使用する、迫るアマルトに対して…ピクシスは必殺の魔術を。


その瞬間アマルトの世界は…捻転する。


…………………………………………………


最初からその存在は頭の中にずっとあった。


『ディグレシオンマネハール』


ピクシスの持つ魔術であり、マイナーでありながら極限まで極め抜くことで対人必殺の域にまで高めた方位魔術。これがピクシスの手元にある限り感覚器に依存する人間ではピクシスに勝つことは不可能。


追い詰められればきっと使って来ることは分かっていた、だが有効な対処法が浮かぶことは終ぞなかった。デティに意見を聞いてみても『あれは極められ過ぎててもう別物、私でもどうすればいいか分からない』なんて頼りない答えが戻ってきた。


故にアマルトはピクシスにこの魔術を使わせる前に一気に決着をつけたかったのだが。


「『ディグレシオンマネハール』…」


「ッ……」


使わせてしまった、一歩まで迫った瞬間ピクシスは使ってきた。この発動速度の速さが現代魔術の強みでもあるのだが、使わせてしまったのだ。


その瞬間アマルトの視界はグルリと回り足が地面を見失い思わず地面に滑り倒れる。


気持ち悪い、頭がガンガンする、目眩が酷く視界が定まらない。


これがピクシスの方位魔術、喰らえば誰でも倒れる最悪の対人魔術。これを使われた以上もう打つ手がない…!


「終わりだ、アマルト」


「くっそ!」


その声に反応してやたらめったら剣を振るい振り下ろされるピクシスの剣を弾き、めちゃくちゃに足を動かし千鳥足でジャングルの奥へと逃げる。


幸いと言うべきかはわからないが、船の上で使われた時は立つこともままならなかったが今は違う。どうやら船のように揺れる足場とは異なり地面が固定されているからか、立って走ることは出来る。


だが…。


「とてもじゃねぇが、戦えない!…あて!」


こうやって走るだけでもやっとだ、気がつくと体が勝手に左右に引っ張られ倒れそうになるし、ただ走ってるだけで木に頭をぶつける。


こんな状態じゃとてもじゃないがピクシスとなんか戦えない、万全の状態でも攻めきれないのにこんな状況で勝てたら神だぜ俺は。


『逃げられると思うか、アマルト』


「チッ…追って来るよな、当然」


後ろから声がした気がする。多分追ってきてるんだろうがそれも曖昧、感覚が狂わされている以上逃げる事も難しいときた。


でも『ディグレシオンマネハール』に狂わされた感覚は数分程で元に戻ることは分かってる、それまで逃げ切れば…。


(いや、その後どうする!どうすりゃいい!元に戻ってもまた同じ魔術使われりゃ結果は同じ。この魔術を突破しないとピクシスには勝てない)


頭を悩ませる、どうすれば攻略出来る。人の感覚器を持つ以上奴の魔術から逃れる術は何処にもない…となると。


「うぉっ!?撃ってきやがった…!」


あちこちで木が破裂する音が聞こえる。ピクシスが銃を撃ってるんだ、もうこれは当たらないことを祈りながらとにかく距離を取るため回る視界を的確に捉えて走り続ける。この逃走に意味はない、今はただこの回る視界が元に戻るのを待って…それで。


「っ…戻った!…ってやべ…」


ピタリと治るように視界の捻転が戻り、ようやく周囲をしっかり見渡せるようになったと思いきや、そこで俺は最悪のミスをしたことを悟る。


木がない、ジャングルの中にポッカリと空いたスペースに俺は出てしまった。不自然なまでに空いたこの空間は…島の中心。


そう、村がある近い席に続く昇降機が露出した島の中心部に来てしまったのだ。


「ッッ…!だぁ!撃つな!」


背後から放たれる弾丸を剣で弾きながら背後へと後退すれば、銃を両手に構えたピクシスがゆっくりと茂みを切り裂いて現れ…この異様な空間を前にする。


「なんだここは、木がない…」


「へ、へぇ〜不思議だなぁ〜」


「…ジャングルの中に開いた穴のような空間、そう言えば見たことがあるな…こんな不思議な空間を、そうだ…翡翠島の中心地 髑髏塚もこんな風に木が避けるように空間を作っていたな」


え?そうなの?それ俺知らない、俺がラプラプ族に捕まってる時の話だよね。なんて俺が突っ込むまでもなくピクシスは顎に指を当て考え続け。


「そして髑髏塚には…地下遺跡に通じる昇降機があった。そして人魚は…地下にいると船長は言った、つまり…」


ギロリとピクシスは見る、この広場の中心に隆起した…昇降機を。


「そこか、そこに人魚がいるんだな」


「いやっ!いないよ!あれは…あれは!なんだろうね!俺もずっと不思議に思ってるんだわ!」


「フッ、ここぞと言う時の演技力はカスだなアマルト。ナリアを見習え」


「ぐっ…」


ヤバい…これもう逃げ回れない、ピクシスが昇降機の存在に気がついてしまった以上俺はもうピクシスから距離を取ることは出来ないんだ。俺が離れればこいつは迷うことなく昇降機に乗り込み…人魚の村へと突撃する。


そうなりゃ終わりだ、俺たちの負けだ。それはダメだ…絶対にダメだ。


けど…。


「さあ、そこを退け…今なら見逃してやらん事もないぞ」


「答えなんて…分かってるくせによう…」


俺には真っ当な武器がない、血のブレンドもない、ディグレシオンマネハールに対する有効な手立てもない、ジャングルにあったブービートラップもここにはない。


何もない、打つ手が何も…、おまけにここに逃げ場までなくなったときたら…万事休すもいいところ。どうすりゃいいんだ…これ。


「さぁ、アマルト…選べ、引くなら見逃す来るなら斬る、だがお前は引かないんだろう?なら…来い」


両手に剣を持ち直し構えを取るピクシスに対して俺は一歩引くしかない。それしか出来ることがない。


行くしか…ねぇのか、死ぬって分かってて…それでも。


「来ないなら、こちらから行くぞ!」


「ッ…!ああクソ!」


迫るピクシスの両剣、挟み込むような斬撃を姿勢を低くすると共に、逆手に持った短剣をアッパーカット気味に振るう。されどそんな物でなんとかなるなら俺はここまで苦戦していない。


身を引いたピクシスの髪にさえ触れることなく俺の剣は空を切り。


「『羅神万剣・闇禍』ッ!!」


「ぅぐぅっ!?」


まるで波に揺れる海藻の如く縦横無尽に振るわれる剣撃に防御も回避も間に合わず身を切り裂かれる、痛みと衝撃に怯んだ俺に続くようにピクシスはさらに動き。


「はぁっ!!」


回し蹴り、羅針盤の如くグルリと体を回しての蹴り…けど、見えている!何度も受けるか!


そう意気込み跳び箱の要領で飛んでくるピクシスの足に手をつき飛翔し回避、そのまま短剣を持ち替え大きく振りかぶる。このまま叩き斬って…。


「甘い、甘いよアマルト。君が私の動きに慣れたように…私も君の動きに慣れている」


「なっ…!」


そこには振るった剣を捨て、そのまま銃に持ち替えこちらに向けているピクシスの姿が…。


「ぐぅっ!?」


撃ち抜かれる、左肩を。血を吹きながら地面を転がる。いってぇ…クソ痛え!けど急所じゃなくてよかった!あれがもうちょい右に寄ってたら俺死んでた…!


「くっ…ぅ…」


「ほう、まだ剣を持ち私を睨むか…君の奮戦には賞賛を送りたいところだ」


「うるせぇ…!」


使えるのは片手だけ、故に右手で剣を持ちピクシスに突っ込む…フリをする。


「っ…!」


咄嗟に斬撃が飛んでくると錯覚したピクシスは剣を構え迎撃の姿勢を見せるが、甘いのはそっちだよ。これはお前には見せてないよな!確かそうだった気がする!


「傷、独占する事能わず。傷を与えし者、許される事能わず。剣を持つ者に裂傷を、弓を持つ者に風穴を、病める事も健やかなる事も傷つく事も今分け与えん『黒血呪烈槍』!」


「なにっ!?」


撃ち抜かれた俺の左肩の風穴から流れ出る血液が、即座に固まり槍と化しピクシスへと放たれる。血を媒介とした魔術、呪術にはそう言うのも多いのさ!呪術使いに血を流させたからって勝ちに近づいたとは限らねぇんだよ!


「くっ!魔術か!?貴様こんな技を隠し持って…!」


「ったり前よ!俺を誰だと思ってんだよ!」


剣を振るい飛んできた黒槍を弾くがその威力にの高さに思わず体勢を崩すピクシスに追い打ちを仕掛けるように、俺は左肩の傷に指を突っ込み血がベッタリついた手で地面を撫でて。


「我が意思に従いその身を分け与えよ、今より汝は我である、我は汝である、我が敵は汝の敵である!『土忌形代令』!」


血を塗りたくった地面が変色する。ウチのお師匠さんが得意とする『血によって世界を己と同義とする制圧呪術』さ、それにより今地面に生い茂る草々は俺の意のままに動くようになった。


草が動く、突如として伸び上がり縄のように押し固まりピクシスの足を縛りその場に拘束する。


「ぬっ!?」


「俺ぁこの世で一番偉大な呪術師の弟子様だぜ!」


血を周囲に振りまき呪術の支度を終えた俺は、血の塗りたくられた手を地面に叩きつけ魔力を解放する。大技行くぜ…!こいつでトドメにしてやる…!


「導きの道標となるは我が赤の罪。十と四十八の戒を崩せし我が手によって今その身を煉獄へと叩き落とし全てを終わらせん。紅蓮の刃に裂かれ悶えよ『円頓殺戒崩陣』!」


周囲に振りまかれた血液が俺の魔力を通し、世界ごと螺旋を描き刃となってピクシスに迫る。こいつが俺の大技呪術。別に温存してたとか隠してたとかではなく普通に使用条件が血をブチまける事だから使いたくなかったんだわ。


だって痛いじゃん、バケツ一杯の血を用意出来るだけの血をガンガンブチまけられるお師匠さんみたいに俺はイカれてないのよ?


でもこいつで…行けるか?いや…ダメだ、動きは封じたが。


……口は閉じてない!


「…フッ、『ディグレシオンマネハール』」


「ぐっ!」


視界が再び捻転する、これだ、これがあるんだよ!この瞬間から俺はピクシスを捉えられなくなる。こうなってはもう打つ手がない、だからここからはお祈りだ。


頼む、当たってくれ、俺の呪術。狙い定めなくても当たるように態々大掛かりな呪術にしたんだから!祈るように俺は頭に手を当て回る視界の中にピクシスを収めながら膝をつく。


祈る、頼むと、だが…。


「ッ…!奥義…『羅神万剣・大戦冠』!」


刹那、まるで出来の悪い編み物のように無数の斬撃が飛び、俺の拘束を切り裂き迫る呪術の刃を切り裂き…ピクシスは依然として無事。凌がれた…見立てが甘かった。


動けない俺と動けるピクシス、もうこうなったら…勝負ありだ。


「ここまでだな…フンッ!」


「ぅぐぅっ!?」


膝をつく俺は容易く蹴り飛ばされる、ゴロゴロと地面を転がり昇降機を背に俺はぐったりと倒れる。左肩から溢れる血が水溜りを作り俺を沈める。…ヤベェ…マジで死ぬ。


「よくやったよお前は、けど…相手が悪かったな」


「……っ」


せめて、何か方法があれば。ピクシスの魔術を打ち破れる何かがあれば。


人の感覚器を狂わせる必中にして必殺の魔術。これを攻略する方法さえあればいい、だが何も思いつかない…。


…いや人の感覚器なら人じゃなくなればいいのか?それこそ魔獣の…いやダメだ!この島には魔獣がいない!それに俺の用意したブレンドも今は手元にない。ダメか…いや何かあるはずだ。


「…まだ諦めていないのか」


「…まぁな、諦めちまったら…取りこぼした可能性にも気がつけなくなる…、何もかも手遅れになってから…後でああすりゃよかったこうすりゃよかったと、後悔するくらいなら…ギリギリまで粘った方がお得だろ…」


「…………当てつけか?」


「ある意味…な」


そうさ、ピクシス…お前は諦めている。父同然のジャックをお前は諦めている。だから…そんな苦しそうな顔してるんだろ?


「…何が海賊の掟だくだらねぇ…」


「なんだと…?」


「船長に従うのが海賊の掟?馬鹿野郎…テメェら元々無法者だろうが!何今更いい子ぶってんだ!欲しい物を手に入れるために戦うのが海賊じゃねぇのか!テメェは…一番欲しい物を前にして、今更お利口にするのかよ…それがお前の海賊の在り方かよ!」


「また!俺を惑わせる気か!」


惑ってんのは自分のせいだろ!今絶賛迷ってるのは自分だろ!お前はそれでいいのかよピクシス。お前は俺のこと嫌いかもだけど…俺はそんなにお前のこと嫌いじゃなかったんだぜ?そんなお前が、後から後悔するところを、見たくねぇのよ、俺は。


「諦めんなよ…ピクシス」


「お前はもう、諦めろ」


突きつけられる拳銃、…ダメか。もう…ここまでか。


もはや如何なる言葉も届かない、もはや如何なる攻撃も通じない。


もうどうにも出来ないと囁く諦念に首を横に振って答え、俺は最後まで考え…考え、考え尽くし。


「終わりだ…」


今、引き金に指がかけられ……。





「やぁぁぁぁあああああああ!!」


「っ!?」


刹那、響き渡る気炎万丈の猿叫。俺のじゃない、ピクシスのでもない、これは背後のジャングルから響く…。


「テルミア!?」


「うぉぉおぉ!私の島から出て行け海賊ぅぅ!!」


「なんだ!?なんなんだあれは!?誰なんだ!?」


テルミアだ、自分で用意したバナナの葉の鎧とヤシの実の兜を着込み、木を削って作った槍を手にジャングルから突っ込んできた。あいつ!村にいろって言ったのに!


「この腐れ陸人!私の友達から離れろ!」


「チッ!誰かは知らんが邪魔をするなら!」


しかしピクシスの方が速い、俺に向けていた拳銃をテルミアに向け…ってヤベェ!


「くそっ!喰らえや!」


「なっ!」


させてたまるかとアマルトは咄嗟に腰の袋に手を当てそいつをピクシスに向けて投げ飛ばす、それを反射で片手に持った剣で切り裂くピクシス…しかし。


いいのかい、そんなことして…だってそいつは。


「ひっ!?虫!?」


俺が釣りに使っていたフナムシ入れだぜ!?切り裂けば当然元気なフナムシが飛び出してピクシスの周りを這い回る。虚仮威しの最終手段に残しておいたそいつでピクシスの気を引いた瞬間、テルミアが槍を振りかぶり。


「アマルトを殺す気ならまず私を倒してからにしなさいよー!オラオラ!痛がれ!痛がれ!」


「ぐっ!?やめっ!」


槍でポカポカとピクシスの頭を叩く、いや槍なのに殴打かよ!?こいつ本当に戦いの経験ないのな!しかも武装した海賊相手にそんな装備で…無鉄砲過ぎるぜ、テルミア!


「くっ!この小娘ッッ!!」


「ぎゃっ!?」


しかしそんな抵抗も露と消える、フナムシを振り払いそのまま手に持った剣でテルミアの体を叩き切り吹き飛ばす…。き…斬られ…!


「テルミア!?」


「大丈夫!バナナの葉は硬いの!」


そう立ち上がるテルミアの体にはぱっくりと割れた傷が…葉っぱの鎧に刻まれてる。血は出てない…無事かよ!ゾッとしたぜお前!


「それより何しに来た!危ねぇから村にいろ!」


「村?まさかこいつ…人魚?だが足が…」


混乱するピクシスを置いてテルミアに怒鳴りつけると。テルミアは腰のポーチから何かを取り出し。


「届け物!あんた私達と同じ魔術が使えるんでしょ!それもあたし達のよりずっと強力な奴を!だったら…あたし達にも使えないこれを!使えるはず!!」


刹那、投げ飛ばす…テルミアは投げ飛ばし俺に届け物を与える。それは…村の秘宝。


『レッドランペイジの毒針』!


「猛毒はないから武器には出来ない!けど!あんたなら!」


「へっ…そう言うことかい!最高だぜ!!テルミア!!」


ああそうさ、俺はテルミアの使う呪術よりずっと強いのを使えるぜ、なんたって俺は世界一偉大な呪術使いのお師匠さんから太鼓判を押されるくらい。


変身が得意なんだぜ!?


「な、何をするつもりだ!アマルト!」


「何って決まってるだろうよ、ピクシス!」


構える、短剣を捨て毒を失ったレッドランペイジの針を。確かにこいつは武器としては使えない…だがそれでもレッドランペイジの一部であることに変わりはない。


ならば、使える…変身が。見てろよテルミア…これが本物の!!


「その四肢 今こそ刃の如き爪を宿し、その口よ牙を宿し 荒々しき獣の心を胸に宿せ、その身は変じ 今人の殻を破れ」


光り輝く躯体、力を発する五体、大地を揺らし天を破り海を荒らすは今は失われし『海洋最強の力』。海魔ジャックさえも上回る正真正銘の最強が…一時的に蘇るのだ。


「『獣躰転身変化』!!」


「ッッッ……!?」


膨らむ、膨らむ、アマルトの体が隆起し膨らんでいく。まるで押し寄せる肉の津波…否、赤い波濤だ…。


そこから発せられる圧力と魔力がドンドン増加していく、いや増加なんて生易しいものじゃない…これは最早昇華。アマルトという男が別次元の何かへと変じていく。


「あ…ああ…ああ!?」


ピクシスは恐怖する、徐々に形作られていくその巨体に…余りにも見覚えがあったから。ラグナがあれだけ苦労して倒し、船長ジャックをあれだけ恐怖させ、ピクシス自身も『これは自分では倒せない』と悟ってしまった…あの怪物が。


レッドランペイジがそこに現れたのだ。周囲のジャングルを押し潰し、黒鉄島の半分を覆い、見上げるほど強大にして巨大なレッドランペイジが…今目の前に。


「な、なん…なんだそれ」


『………………』


「ヒッ……!」


ギロリとレッドランペイジがピクシスを睨む、ただそれだけで押し潰されそうな程の重圧が肩に乗る。これは…アマルトなのか?今確かにアマルトが魔術を使って変身したように見えるが…な、なにかの冗談だろ。


だってそんな、こんなメチャクチャな話があるわけがない。あのレッドランペイジが今私の目の前に現れるなんて…そんなことあるわけが。


そうやって怯えるピクシスがおかしいのか、レッドランペイジが…あの無感情の怪物が、笑う。


『ォォォォォオォォォオオオオォォォォォ!!!!』


「ッッッッッ!?!?!?!?」


脅かすように軽く吠えればそれだけで大地が震え、蒸気船の汽笛の如き重音が木々をなぎ倒し声だけでピクシスを吹き飛ばす。


本物だと理解する、本物だと嫌でも理解させられる。今…レッドランペイジが蘇ったのだと。


「くっ、クソォッ!そんなメチャクチャが!許されてたまるか!アマルト!これは一体どういうことだ!くそっ!」


起き上がり必死に銃撃を行う、二丁拳銃による乱射を加える。レッドランペイジに怒りを叩きつけるように全弾纏めて放出する…がしかし。


『…………ふぁぁぁ』


「き、効いてない…」


効かない、痛くも痒くも無い、大砲だって効かないレッドランペイジの肉体に豆粒みたいな鉛玉を叩き込んで何になる。レッドランペイジも…いやアマルトも大して気にすることなく大欠伸をかます始末。


「っバカにして!ならば…『ディグレシオンマネハール』!!」


全力全開の方位魔術、空間が歪むほどの波動をアマルトに向けて放つ。方向感覚を狂わせその間に状況を打開する方法を考えて……。


『……無駄だぜ、ピクシス』


「ッ喋った!?」


『お前のそれは人間の為に作られた魔術だ、魔獣にゃ効果が薄いんじゃないか?少なくとも今の俺にゃあ特に何も起こらないけど?』


ん?とバカにするように眉をあげるアマルトを前に己の手を見る。そんなはずは無い、魔獣の感覚だって多少は狂わせることができるはず…いや分からない。


分からないんだ、これほど巨大な生命体に対して使ったことは一度としてない。レッドランペイジの中に生物と同じ感覚器があるか分からない。これが…レッドランペイジを不滅足らしめた『秘匿性の高さ』か。


ラグナは、こんなものを一から手探りで戦って倒したのか!?


「凄ーい!凄いわ凄いわ!アマルト!貴方最高よ!!」


『あははははは!だろう!スゲェだろ!』


「凄いけどクソやかましいわ!静かに戦いなさい!」


『…へいへい、つーわけだ。悪いがピクシス…形勢逆転みたいだな』


「う…!」


十本の尾がユラユラと天を覆う、人間の体…その数倍はありそうな巨大な目がピクシスを見る。来る…来る…来る…!


何か手は?剣?無理だろ、銃?効かなかった、魔術?それもさっき試した。後は…。


(……あ、無理だ)


無し、打つ手無し、アマルトが味わった絶望以上の絶対的な絶望がピクシスの心をボッキリとへし折る。これはもう…無理だと。


そしてそんな立ち尽くすピクシスを前に…レッドランペイジは、アマルトは全身に穴を作り出し。


『そんじゃあ行くぜ?手加減してやっから死ぬなよ!そして…時間やるから考えろ!テメェがしたいことを!テメェがやるべきことを!掟だなんだに縛られるんじゃねぇよ!!』


「ッ……!」


息を吸う、息を吸い込み、ビュウビュウと音を立てて世界の空気を一気に吸い込み風船のように膨らんだアマルトは…一気に前面に穴を作り出し、空気を排出する。この動き、この攻撃はラグナの時にも見せた…これは。


ああ、なるほど…凄いな。


船長とラグナ、あの二人はやっぱり凄い。


こんなデカくて恐ろしい怪物を前にしても恐れることなく笑い、立ち向かい、立ち続ける。遠くから見てる時は何も思わなかったが…いざ前にすると痛いほどに感じる。怖いって。


船長…やっぱ俺、まだまだですよ。一人前になんかなってませんよ、だからまだ側にいてください、いつか俺が…貴方みたいにこんな怪物を相手に立ち向かえるくらい強い男になれるまで、側にいて下さいよ…。


まだまだ、色々なことを教えてほしい…居なくならないで欲しい。


まだ、貴方の背中は…あんなにも遠いんだから。


『超極大空気弾ッッッ!!!!』


……爆裂した、黒鉄島の大地が一直線に破裂し後を作る。世界を削る突風がジャングルに穴を開け海に波を起こし世界の果てまで続いていく。


これこそが、レッドランペイジの力。二百年と海洋最強の座を死守し続けた…今は亡き絶対王者の力。


それを前に、ピクシスはの体は儚くも吹き飛ばされ…枯れ葉のように吹き飛ばされるのみであった。


…………………………………………


「うぐっ…うぅ!…キッツ〜!やっぱレッドランペイジに成り切るのはちょい負担が重いか!けどすげぇ力だ!あの力があれば俺ラグナにも勝てるか!?いや無理か!あいつこのレッドランペイジを倒してるんだもんな!まじ怪物かあいつ!」


変身を解き、その肉体的負荷に膝をつきながらもあまりの力に興奮するアマルト。出来ると思ってやったけどさ、実際出来ちまった…。


マジかよ、すげぇモン手に入れちまった!レッドランペイジの力!?これ…そこらの雑魚魔力覚醒よりか百倍は強えぞこれ!すげぇよ。


「っ…ピクシスは」


と慌てて目の前を見ると…ジャングルにポッカリと穴が空いていた。海の向こうまで穴が空いていた。…いや手加減したはずなんだけど…ピクシス死んでねぇよな、これ。


ちょっと強すぎるか?あのサイズの攻撃力…少なくとも市街地じゃおいそれと使えないのが難点か。でも…いいもの手に入れたと手の中にあるレッドランペイジの針に目を向ける。


一国を滅ぼし得るオーバーAランクの力か…。


「アマルトー!やったわね!海賊ぶっ飛ばしたわ!」


そう言ってすっ飛んでくるのはバナナの鎧に傷を作ったテルミアだ。装備は傷ついたが…本人は至って無事そうだな。…ったく、無茶しやがって。


「お前なテルミア!村にいろって言ったろ!なんでここにいるんだよ!」


「ふぇっ!?だ…だからあんたに…届け物しようと…思ってたのよ、そしたらあんた殺されかかってたから…守ろうと思って…それで…」


ウルッ!と一気に涙ぐむ。分かってるよ…お前が俺を心配してくれた事くらい。けど…いやまぁ言うまい!実際助かったわけだしな。


「…助かったよテルミア、お前のおかげで海賊を倒せた」


「っっー!でしょ!もう!感謝しなさいよ!ね!ね!」


「ああ、…友達を助けるため…か。でも俺だって友達が傷つくのは見てて辛いんだぜ?お前が切られた時はゾッとしたし」


「わ、悪かったわね。私の計算ではあれで倒せるはずだったのにあいつが思いの外タフだったのよ」


「そうかい…」


「それより!そのレッドランペイジの針!やっぱり使えたわね!それあげるわ!」


「え?いいんかい?これ秘宝だろ?」


「別にいいわ、族長権限!」


「お前まだ族長じゃねえだろ…、でもありがとよ。助かるわ」


正直返せと言われても地面に寝転がり手足をバタバタさせながら『ちょうだいちょうだい!』と駄々をこねるつもりだったくらいには欲しい代物だったし、くれると言うのならありがたく貰い受ける。


これがあれば、俺はもっと強くなれるからな。


「さぁアマルト!そのレッドランペイジの針を使ってドンドン変身しなさい!そして残りの海賊も全部海の藻屑にするのよ!」


「……いや、その必要はねぇな」


「は?なんで?まだ居るでしょ?」


「ああ、居る…けど必要はないんだ」


だって、戦ってるのは俺一人じゃない。みんなで戦ってるんだ。だから俺は俺の仕事をしただけで十分なのさ…それより。


「それよりさ、テルミア」


「なに?」


「…医療品持ってきてくれね?俺…肩撃ち抜かれてんだわ」


変身したところで傷は治らない、後でデティに直してもらうにしてもちょっと肩に穴空いてるのはきついっすわ、出来れば応急処置したいんで医療品持ってきて?とテルミアに頼むと。


「分かったわ!村から医療品持ってきてあげる!ついでに衣料品も持ってきてあげる!あんた今全裸だしね!変身した時服破けたみたいだし」


「先言ってくれるかな!?」


お前!?よく見たら俺!フルチンじゃねぇか!言えよ!早く!お前!むしろなんでお前は平然としてんだよ!


そんじゃあね!待ってなさい!と口にしながら昇降機で戻っていくテルミアを見送りながら、俺はゆっくりと座り込む。


…はぁ、なんとかなった…。


こっちはなんとかしたぜ、みんな。後のことは頼むぜ?まぁ…みんななら上手くやるか。


あいつらならきっと…な。



……………………………………………………………………


「むぅぅ〜、参りましたね。これは」


「ちょっと…想像以上に強い…」


「くぅ、これが三幹部の力…」


「って言うか魔力覚醒した奴をを二人同時に相手とか無理すぎー!」


今、海原にて水を引き裂きながら高速で進むのは魔女の弟子達が乗り込んだ小さな小さなボートだ。それをナリアの衝波陣で加速させながら水上を駆け抜ける駛馬の如く高速で移動しているのだが。


それに乗り込む魔女の弟子達の顔色は芳しくない。


今、皆が相手をしているのは…ヴェーラとティモン。ジャック海賊団を古くから支える大幹部二名。両者ともに魔力覚醒を使える実力者だ。


「…天と海、それが両方一緒に襲ってきているようですね」


エリスが船の上で睨む…その先に見える景色は。


……まさしく災害。魔力覚醒という代物が起こす天変地異だ。


『どうした!逃げるばかりでは我々は倒せんぞ!』


まずは海、まるで子供が好き勝手気ままに遊ぶプールのように波が立ち荒れ狂う。その中心で海を煽るのはレッドランペイジにも匹敵する巨影。


もっと具体的に言おう、暴れてるのは船だ。超弩級の巨大艦船キングメルビレイ号が無数の錨を振り回しながらまるで一つの生き物のように暴れている。おまけに前面は大きく裂け目と口が出来ていて益々怪物らしい見た目をしている。


…あれはティモンさんだ、どうやらティモンさんの魔力覚醒『オーバーウェルム・オールドロジャー』は自身が乗り込む船と同化する肉体進化型の魔力覚醒をのようだ。言ってみればロダキーノと同じ肉体を別の物質と同化させるタイプの魔力覚醒…同化する物の質によって強弱が変わる扱いづらい魔力覚醒がティモンさんのそれなのだ…が。


ここで同化しているのがあのキングメルビレイ号だということが問題なのだ、少なくともエリス達がこの航海で見てきたどんな船よりも巨大で強靭なあの船が意思を持って襲いかかってくる。ただそれだけで影響力は甚大だ。


そして、そんなキングメルビレイ号の頭上にて鎮座するのは。


『そんなものかい?魔女の弟子の力というのは。ちょっと残念だなぁ…』


超巨大な積乱雲。それがゴロゴロと雷を落とし荒れ狂う豪雨を撒き散らしながら人の形を保ちながら天にぶら下がっている。あれはヴェーラさんの魔力覚醒『風雲霹靂雷王』の力の一部だ。


雲を取り込み雷雨として纏わせ肥大化する属性同一型の魔力覚醒。それが天を支配し意のままに強力な自然現象をボカボカぶっ放してくるんだ。下手すりゃ古式魔術級の一撃が雨のように飛んでくる…ただそれだけでこれ見た影響力は甚大。


ティモンの船を支配する『オーバーウェルム・オールドロジャー』。


ヴェーラの天を支配する『風雲霹靂雷王』。


ジャックの海を支配する『カルタピサーナ・レヴィアタン』。


これら三つが加われば…まさしく海洋における無敵の布陣が完成するんだろう。彼らジャック海賊団が世界最強と呼ばれる所以がなんとなく理解出来る。


この場にジャックがいたら太刀打ち出来なかった、そう感じるくらいにはティモンとヴェーラの連携は完璧だ。


「言ってくれますね…アイツら」


「どうしますか…エリスさん、あの二人の連携…ちょっとシャレになりません。このままじゃ近づくこともままなりませんよ」


ティモンが自らの砲塔を使い雨霰のように砲弾をばら撒きながら暴れ波を起こし、こちらから攻撃すると天を覆うヴェーラが雨と雷で全て撃ち落としつつおまけとばかりにこちらにも落雷が飛んでくる。


互いに互いをフォローしながら莫大な攻撃範囲を利用して相手を攻め立てる。強力な連携だ…打ち破るには、方法が一つしか思いつかないくらい強力だ。


「大丈夫ですよ、エリスに考えがあります」


「本当か!?エリス!」


「何するの!?教えて!」


「簡単ですよみんな、…エリスがヴェーラをぶっ飛ばすのでその間にティモンをぶっ飛ばしておいてください」


「えぇ…!?」


連携が強力ならこっちも連携して相手の連携を崩す、これしかない。つまり役割分担ですよ。


空を飛べるエリスが天を制し、海を駆けるナリアさん達が船を叩く。うん、合理的。


「というわけでお願いします!」


「あ!ちょっと!」


なんてナリアの声も虚しくエリスは飛び立ち荒れる天へと登って行ってしまう。


…ティモンをぶっ飛ばしておいてくださいって…。


「あれ、なんとか出来るんですか?」


『さぁ来い!海賊の恐ろしさを見せてやろう!』


残された弟子達は見上げる。自分達の何百倍も大きな巨大艦船キングメルビレイ号を…。


なんとかって…どうするの?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です! かなりギリギリの戦いでしたね。最終的にどうにかなったとはいえピクシスの魔術が厄介すぎました。 アマルトにとってはこれ以上ない報酬のあれですが、そういえば変身の呪術って媒…
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