421.魔女の弟子と黒鉄島の決戦
それからはひたすらにジャック達を迎え撃つ為の準備に従事した、俺が戦い抜くためにはエネルギーが必要だ。故に兎に角食べまくる必要がある。
といってもこの半無人島みたいな黒鉄島にはレストランがあるわけでもなければ豊富な食料があるわけではない。そこでテルミアは海で魚を取ってくるといって袋と木を削って作った槍を片手に海へと飛び込み、十分そこらで大量の魚を持って帰って来てくれた。
曰くこの島で出来る娯楽と言えば魚取りくらいしかないから普段からこの海で遊び回っていた経験が生きているとのこと。考えてみればそもそもテルミアのバイタリティの高さは凄まじいものだ。何せエンハンブレ諸島を一人で泳ぎ回りレッドランペイジを誘導してしまうくらいなのだ。
ナリアはジャングルを駆け回り沢山のボヤージュバナナを取って来てくれた、これまたテルミア曰くジャックがエンハンブレ諸島を占領しこの島にバナナを取りに来る者がいなくなったお陰か、この島には取っても取り尽くせないほど沢山のバナナがあるとのこと。
島の人達はバナナを食べないのかな?と聞いたらそもそもみんなは地上部分には上がってこないのだとか。
そして取ってこられた魚とバナナを調理してくれるのはアマルトだ、海洋拠点は研究者達の居住空間にもなっていたようで、最低限の調理環境は整っていたらしくそいつを整備して大量の料理を作ってくれた。
全ては、俺がジャックという高い壁を越えるために。
「モグッ…ムグッ…!」
そして俺は兎に角食べる、食べても食べても飽きない味付けをアマルトが施してくれているから食べ始めてもうかなり時間が経っているのに全く手のスピードが落ちない。
「美味い、美味いよ!流石アマルトだ!」
「へへへ、褒めんなよ。ほいさおかわりーっ」
「ありがとう!」
バナナの皮を加工して作ったお皿の上に乗ったどでかい焼き魚をドンと机の上に置いてくれる。これも美味そうだ。
「あ!これ私が取ったやつ!ねねね!私が取ったやつ!もぐもぐ」
「分かってるよ、テルミア。本当に助かってる」
「んへへ!」
すると俺の前で魚がゴロゴロ入ったバナナシチューを食べて笑うテルミアが手を挙げる。彼女もまたこの黒鉄島を守るためになんとか出来ないかと模索してくれているんだ。
「しかしすげぇ大量の魚だな、お陰でラグナに食わせる分は不足しなさそうだ」
「でしょ!人魚になれるからね!私!」
人魚になる、それは今現在のディオスクロア文明圏には残っていないはずの呪術の文献を用いて作られた現代呪術の力によって…だったな。一応アマルトと同系統の魔術のはずだが。
「いいねぇ、俺も人魚になれりゃいいんだが…」
「なれないの?教えてあげようか」
「いいよ、俺…もっといいの使えるから」
「ふーん。にしても美味しいわね!バナナにこんな料理法があったなんて知らなかったわ!そのまま食べるくらいしかないと思ってた」
「全然興味持たないじゃん…、まぁバナナってのは料理に応用しても美味いんだぜ?んー…なんなら作り方教えてやろうか?」
「いいわ、私料理しないから」
「だと思ったよ!」
「でも…いいわね、いつか陸に行って陸人の料理をしこたま食ってやるのも楽しそうね!」
「そりゃあいい」
テルミアは夢を語る、夢を語る彼女はなによりも明るい。ある意味、ここで彼女と出会えたのは良かったのかもしれない。ここまで好意的な協力者を現地で得られたのは幸運と言わざるを得ない。
「で?どうだい、ジャックに勝てそうか?」
「…うーん」
ふと、アマルトに問われて思わず考える。ジャックに勝てそうか…か、いや勝つつもりではいる。何が何でも勝つつもりだ、けど冷静な部分はずっと俺に問いかけるんだ。
『どうやって勝つつもりだ?』ってな、正直楽に勝つなら陸に引き揚げるのが一番だ、けどそれじゃあ意味がない。それはジャックが負けただけであって俺が勝ったわけではないからだ。
となると、戦いの場は海の上に限定されるが。
「ここまで何度かジャックの戦いは見てきたけど、正直…アイツはまだ本気を出してるとは思えねぇんだよな」
「何となくわかるぜ、アイツが戦いの場で『ヤベェッ!』って顔したの見たことないしな。表情を変えたのは精々レッドランペイジとの戦いくらいだが…あれは意味合いが違うしな」
「アイツの底がまだ見えない、そこが唯一の懸念点かな」
「うーん…エリスならここで作戦とか考えたりするよな、アイツがリベンジ戦に強いのは逆転の一手を持って戦うからだし」
偶に即興で考えるけど…と言うアマルトの言葉にまた思考する、逆転の一手か…。相手の戦法を逆手に取った逆転の戦術を使ったエリスは強い。あのシリウスの表情を変えさせるレベルで追い詰めた事もあるあの戦術。
俺も真似してみるか…。
「…………逆転ね」
アマルトが持ってきた焼き魚を食べ進めながら考える。とはいえだ、ジャックに弱点なんかあるのか?陸に上げる以外の弱点を海の上のジャックが持ってるとは思えない。
いや考えろ、俺はここまでアイツと一緒にいた。エンハンブレ諸島を巡って旅をして色々なことを知った、その全てを出し切ればきっとジャックを倒せる方法も思いつくはずだ。
何かないか…何か。
「……っ…!」
思わず力入れすぎてフォークが焼き魚に突き刺さる。
…思いついたかもしれない。あれを利用すればもしかしたら…いけるか?やっても大丈夫か?なんか色々ありそうだけど。
いや、やろう!やってみよう!
「…なんか思いついたみたいだな、ラグナ」
「え?分かるのか?」
「口元、笑ってるぜ?」
「……ふふふ」
思わず口元を触る、笑っているか。そうかそうか…なら大丈夫だろう。きっといける…勝てるぜ。
「よし、…じゃあこれを食い終わったら早速準備してくるよ」
「準備?なんか準備がいるのか?」
「ああ、ちょっと『見てくる』よ」
「……?」
ジャックが来るのは明日、それまでに…しっかり準備をしておかないとな。
アイツの狙いを叩き潰す。…俺の手でな。
……………………………………………………………………
「船長!黒鉄島が見えて来ました!」
「ああ、ご苦労さん」
潮風を全身に浴びて、船頭に立つジャックは目を凝らす。見えてきたのだ、黒鉄島が。
ジャックは手元にアマロから受け取った地図を広げもう一度確認する。アマロが必死こいて方々巡って手に入れた情報。曰く黒鉄島には地下に巨大な遺跡があると言う。
こいつは元マレフィカルムの本部務めの構成員から受け取った情報らしく、曰くかなり古くからマレフィカルムはこの地下遺跡を隠れ家として使用して来たとの事で本部には多くの組織員やマレフィカルムの総帥さえ其処に居た正真正銘の本部だった。
しかし、十数年前…突如本部が崩壊。外から大量の海水が流れ込み大勢の構成員が死んだそうだ。その元構成員は比較的上層に居たから助かったらしいが、其奴はその時点でマレフィカルムから脱退する事を選んだと言う。
理由は言えないと言っていた。だからそれ以上深く聞いていないとアマロは言う。まぁジャックとしても興味はないから別に良かったのだが。
…元構成員曰く、その日は偶然本部の主要メンバーが全員外出していたり崩壊の直前にいつも動かないはずの総帥が消えていたり、色々きな臭い事が起こっていたと言うから、まぁ色々お察しだ。
(しかし、マジであの島に本部があったのか…全然気がつかなかったぜ。…これ、ラグナに教えてやった方が良かったか…いや、もう関係ないか)
ラグナはあの島にマレフィカルムの本部を探しにきていた。結局は徒労に終わっていたんだが、そのことでもせめて教えてやった方が良かったかと一瞬考えたものの、もう居ない者について考えても意味なんかないだろう。
それより今は黒鉄島だ、人魚はその本部の跡地にいるらしい。そこに乗り込んで人魚を喰らえば俺は…テトラヴィブロスを克服出来る、筈だ…多分な。
(我が事ながらこんな胡乱な話に縋るなんて、情けないったらないぜ…)
地図を紐で縛って懐に仕舞う。だがどれだけ胡乱であろうともそれに賭けると誓った以上今のジャックに引き返す選択肢はない。
「ジャック…もうすぐ到着するぞ」
「ティモンか、ああ…黒鉄島だ」
「…………」
ティモンが声をかけてくる。ずっと何か言いたげだが…今日まで何も言わずについて来てくれたことにジャックは静かに感謝する。声には出さないが。
「ジャック、エリス達はどうするんだ?」
「そのままにしておけ」
「一応、部屋の中に閉じ込めたままにしてある。食事も与えているが…逃げ出す素振りは見せていない」
「だろうな、アイツらがその気になればいつでもこの船から抜け出すことくらいは出来るだろう」
「そうなったらどうするんだ?」
「逃げて何処かに行くなら放っておけばいい。もし弔い合戦に来るのなら…俺とお前で対応する、それでいいだろ?」
「まぁ、そうだな」
エリス達の実力ならばあの部屋から出るくらいは出来る。暴れて抜け出すこともできる。そうやってこの船から出て行くならば追いはしない。
だがもしラグナの件に怒り狂って襲いかかってくるなら、ジャックとティモンで制圧する。この二人は海上に於いて無類の強さを誇る。ジャックもそうだがティモンもまた海上最強の名を冠するジャック海賊団の一翼を担う男なのだ。
ここにヴェーラとピクシスも加われば、海の上でジャック海賊団に勝つのは難しいだろう。例えエリス達がどれだけ強くとも、地の利がこちらにある以上奴らの抵抗は意味をなさない。
それを知ってか、エリスは数日前から動かない。文字通りピクリとも動かないのだ、叩き込まれた時の姿勢から一歩も動かない。食事や排泄は行ってるようだが…そうやって動いた後もすぐまた全く同じ姿勢に戻るのだから薄気味悪い。
何を考えているか分からないが、今はそちらに構っている暇はない。
何せ今は、黒鉄島が目の前にあるのだから。
「…っ、よし」
意を決したジャックはクルリと振り向き愛用の巨大なカトラスを手に持ち。背後に揃った部下達に目を向ける。これより上陸を果たす、だがジャック単独の力ではあの島を探索できない…だからこそ。使うのだ。
「お前ら!よく聞け!」
「船長…」
「いつもの船長じゃねぇ…けど」
「ああ、それでも…」
やや狼狽えた船員達。されどそんな事だけで異を唱える者はいない。全員心得ているのだ、ここの船の船長が誰で、船長の命令は絶対であるのだと言うことを。
皆が武器を片手に、甲板の上に揃い踏み、ジャックの言葉に耳を傾ける。
「これから黒鉄島に上陸する、狙う宝は何か…昨日言ったよな。人魚だ、お前らも聞いたことあるだろ…人魚の伝説を」
人魚、この海に残る唯一の謎にしてジャックはでさえその実像を掴んだことのない伝説。されど実在する伝説だ。
その肉を喰らえばこの海で死ぬことはなくなる、永遠の航海が約束される。船乗りにとっては如何なる黄金にも勝るこの海最大の宝とも言えるその人魚が…今。
「あの島には人魚がいる。俺はそれの肉が欲しい、お前らも船乗りならその意味は分かるよな…?」
「……ゴクリ」
「あの島の何処かに、お宝が隠されている。この海で一番価値のあるお宝が!…テメェらの船長がソイツを欲してる!ならテメェらがやることはなんだ!」
なんだ、その言葉が反響し…海賊達の意思に火が灯る。彼らはなんだ、我らはなんだ、言うまでもない、海賊だ。海賊ならば何をする?船長が欲しているものがあるならどうする?…決まってる、決まっているんだよ。
『略奪!略奪!略奪!!』
奪う。襲って奪い壊して奪い殺して奪う。それが海賊、それが世界一の海賊団ジャック海賊団の流儀。そう吼えたてる海賊達の炎にジャックはニタリと笑い。
「野郎ども!略奪の時間だ!目標は黒鉄島!隠れてる人魚を根こそぎ攫ってここに連れてこい!!」
「オォーーー!!」
例えあの島を真っ黒の焼け野原にしても止まらない。ラグナ達の前では見せなかった本来の海賊としての顔を剥き出しにし、ジャック海賊団は黒鉄島に向かって更に吠える。
「よっしゃあ…このまま乗り込むぞ…、…ん?」
近づいてくる黒鉄島を再度睨んだジャックは、その砂浜を見て、眉をひそめる。
何かいる。無人島の筈の黒鉄島に…誰かが立っている。薄ぼんやりと見える人影が…三つ。
あれは…。
「ラグナ達だっ!!」
「なんだと…」
誰かが叫んだ、ラグナ達だと。その声に呼応して先程までに闘志に燃えていた海賊達が一気に毒気を抜かれて皆挙って船の手摺に身を乗り出し海岸沿いにて立つラグナとアマルトとナリアの三人を見る。
あいつら…生きてたのか、いや生きてるってどっかでは分かってた。けど…なぜアイツらが黒鉄島に先回りして…!?
「ナリア君もいる!」
「アマルト先生も!くぅ…生きてたのかぁ…!俺ぁてっきり…もう会えないかと、うう…」
「俺は信じてたー!アイツらは簡単に死ぬやつじゃないって!だってアイツらは俺達の認めた……あ」
ふと我に帰った海賊達が慌ててドタドタと足音を立てて先程までの立ち位置に戻ってさっきまで見せていた獰猛な顔つきに戻り…。
(無理しやがって…、顔が引きつってるぞ、馬鹿ども)
結局、ラグナ達のことを気にしてるのはジャックだけじゃなくて、海賊団の人間全員がそうなんだ。出来るなら笑顔で旅をして、笑って別れる事が出来た方がいいに決まってる…それはそうなんだが。そうはいかないんだ…これが。
「船長、アイツら…戦闘態勢ですよ」
すると、そんな中でも冷静なピクシスが双眼鏡を片手にラグナ達の顔を見遣る。最後までラグナ達を追い出したことに反対意見を述べていたピクシスが、今は誰よりも冷静に冷徹に、ジャックの意思を完遂する為心を殺している。
「ああ、みたいだな」
「意地でも通さない…そんな顔です」
「だな、どうする…?ピクシス」
「……決まってます」
試すように問うが、ピクシスは迷うことなく、双眼鏡を捨て腰の剣に手を当てて。
「船長の意思を邪魔する奴は、俺が斬って捨てます」
「上等だ、ピクシス…聞いたな野郎ども、ラグナ達はどうやら俺達の上陸を阻む気らしいぜ?お前らはやれんのか?やれねぇ奴は…」
「いねぇっす!俺達はジャック海賊団!船長が言うなら!なんでも奪うぜ!」
「……そうか」
目を伏せる、いい奴らだ。こいつらが居たから俺は今日まで馬鹿みたいに楽しく航海が出来たんだ。愛してるぜ…みんな。
だからこそ、今は…情けを捨てる。
「ならやるぜ…!上陸だ!ラグナ共を蹴散らして進むぞ!」
「応ッッッ!!!」
テメェがどうやってそこに来たのかは知らねぇ、だがお前がそこにいるってことはそう言うことなんだろ?
…止めてみろよ、俺達を。ここでケリ…付け直そうぜ…!!!
…………………………………………………………
「む?なんだか外が騒がしいな」
「だね、最近妙に静かだったのにね」
薄暗い部屋の中、メルクリウスとデティが顔を上げる。何やら甲板の方角が騒がしいのだ、最近はいつもみたいに騒ぐこともなく、ワイワイガヤガヤと騒ぐこともなく、まるでお通夜みたいな空気感だったのに…。
一体なんの騒ぎだと縛られたまま首を傾げていると。
「…………来ましたか」
「エリスちゃん?」
ふと、今まで微動だにしなかったエリスが起き上がるのだ。ラグナが来るまで待つと言って頑なに動かなかったエリスが…来たかと言った、それはつまり。
「ラグナが…来たの?」
「はい、きっともう直ぐ来ます」
ネレイドの問いに肯定で返す、ラグナは来る。きっと来る、具体的な根拠はないが…エリスの直感がそう言っているのだ。野獣よりも鋭く尖った野生の勘が。
「フンッ!」
一瞬でロープを引きちぎり、徐に立ち上がるエリスは魔術を使い全員の縄を引き裂く。全身からメラメラと燃えるような闘志を燻らせる彼女のあり方はまさしく燎原の如し。歩んだそばから床が燃えるような錯覚を覚えるほどにやる気だ。
「やるのですね、エリス様」
「はい、きっと奴等はラグナに掛り切りになるでしょう。そこをエリス達が背面をついて挟撃を加えます…多分、場所的に黒鉄島付近でしょうからそのまま島に上陸しましょうか」
「え?そうなの?エリスちゃん」
「はい、ずっと床に耳を当てて音を聞き、どれだけ移動したかを計算してたので」
地図は頭に入っているから、それを使って何処にどれだけ移動したかを常に記憶し続けていた。そう語るエリスの姿にギョッとするデティはようやく思い至る。ずっと横になって動かなかったのは…船が今何処にいるかを把握する為?
「エリスちゃん色々とやばいね」
「それほどでもありません、それより皆さん動けますか?」
「ああ、問題ない。そろそろ動かないと関節が固まりそうだったんだ。丁度いいよ」
「私も…いつでもいいよ」
「私もでございます、船の外に出れれば私も魔術を存分に使えますので」
そう皆はやる気を滲ませる。ここに閉じ込められた時からいつかは戦闘になる事は理解していた。故に覚悟は決めているとばかりに全員が立ち上がる中…口をモゴモゴさせるのはデティだ。
「いや、えっと…戦うんだよね、この船のみんなと…やりづらいなぁ」
デティは生まれながらに相手の魔力からある程度人の感情を読み取れると言う特異な才能を持っている。それ故にジャック海賊団の者達が何を思っているかを一人だけ理解しているのだ。
この船にいる海賊達全員から感じるのは…『申し訳なさ』『罪悪感』『憐憫』、一人として自分達に敵意を向けてないんだ。全員が全員私達のことを想ってくれている、それでもどうにもならない状況だからせめて閉じ込めると言う形に留めてくれている。
そんな相手と戦うなんて果たして出来るんだろうか、エリスちゃん達も本当は辛いのは分かってる。なんとかかんとか…話し合いで済ませられないかなとエリスちゃんを見るが。
「っ…誰か来ます」
ドタドタと部屋の外から足音が聞こえる。誰かがこちらに向かって走ってくる。
『ラグナ君達と真っ向から戦うなんて出来ない!せめて人質を使って大人しくさせよう!』
『ああ!そういえばラグナも最初は人質を取られて動けなくなってたな!』
『エリス達を急いで連れてくるぞ!』
どうやらラグナ達がいるのは本当のようだ、それを大人しくさせる為、無力化させる為エリス達を人質に脅そうと考えているのか。外の海賊達は部屋に向かって走ってくる。
確かにラグナはこの船に乗った当初、エリスを人質に取られて動けなくなっていた。だがそれは海賊達がラグナを傷つけたくないからなのだ。やはり敵意はないと確信したデティが動き出した瞬間。
部屋に掛けられた鍵が音を鳴らし、扉が開け放たれる。
「おいお前達!…って全員縄を!?」
「よ、ヨークさん!?」
ヨークだ、扉を開けたのはラグナ達と一緒にいた教育係の海賊…ヨーク先輩。それと一緒によく食堂に来て新米のエリス達にとても親切に接してくれた海賊達が数人。縄を解き立ち上がっているエリス達を見て驚愕する。
この人達なら話が通じる、デティは咄嗟に身を乗り出してヨーク達と対話しようと…。
「ヨークさん!実は…」
「フッ……!」
「なっ…ぶげぇっ!!??」
しかし、それより早く動いたのはエリスだった。誰よりも速く動きあっという間に部屋の外にいるヨークを殴り抜き吹き飛ばしたのだ。まさしく問答無用、いきなりの出来事に思わずデティも口元を手で覆う。
「エリスちゃん!?」
「な!ヨーク!くそ…!」
「遅いッッ!!」
そこからは語るまでもない、銃を抜いてエリスに攻撃を仕掛けようとした海賊達は制圧される。
エリスの右拳で一人の海賊が上半身を壁に埋め、左の蹴りで一人の海賊が天井に突き刺さり、怯んだ海賊の襟を掴みそのまま首を絞め落とす。あまりの早業、相手が躊躇しているのにこっちは全くの躊躇を見せてないんだからもうどっちが海賊か分からない。
「エリスちゃん…、血も涙も無さすぎない?一応その人達顔見知りなのに、何も思わない感じ?」
「エリス、裏切られるのには慣れてますので」
「えぇ…」
「無駄でございますデティ様、エリス様はつい先程まで一緒に行動していた帝国軍が敵であると理解した瞬間、一切の容赦なく魔術を連射して来た人なので…」
そこで思い至る、エリスちゃんはここまでの旅路で裏切られると言う経験を何度かしてきた。何度も何度も顔見知りに裏切られて来た彼女は最終的に幼馴染のルーカスを相手にしても全くの容赦を見せずに叩き潰すだけの容赦のなさを身につけたのだ。
頼もしいと言うかなんと言うか…。
「デティ、対話によってこの戦いを終わらせようと言うのなら、無駄です」
「え?」
「対話が出来る段階は既に過ぎ去っている。話し合いで解決したいのは双方ともに同じなんです、それでも…どうにもならないからこうして戦っているんですから、容赦はしてられません、エリス達にだって譲れないものがあるんです」
「エリスちゃん…、そうだね。向こうから喧嘩売って来たんだもんね!こっちが譲歩する必要なーし!」
エリスの背から感じるのは完全無欠の覚悟だ。何があろうとも揺れることなく筋を通し続ける鋼の決意だ。今ここで道徳とか倫理とか耳障りのいい言葉を説いた所でエリスは止まらない。それ以上にラグナやアマルトやナリアの三人の身の安全を優先するだろう。
目の前の相手が危害を加えるなら何であれ叩きのめす。それがエリスが長い旅を経て得た答えでもあるのだとデティは納得してエリスと共に歩み…。
「さぁ行きますよ!この船から脱出します!」
「おおー!!!」
…………………………………………………………
動き始めた時。決戦の火蓋が切って落とされた黒鉄島。
海原にて巨大な船を留めるのは世界最強の海賊団と名高きジャック海賊団。
砂浜にて迎え撃つのはラグナ率いる魔女の弟子。
一つの海賊団と三人、戦力比で見れば勝負にもならないほど圧倒的な数の差を持ちながらもラグナ達は一歩も引くことなく砂浜にて仁王立ちを続ける。
「いよいよ来やがったな、ラグナの予測通り予定よりずっと早え」
「ですね、急いで準備した甲斐がありました」
「……ああ」
海の向こうに見えるキングメルビレイ号を見ていると懐かしい気さえしてくる。まだあそこを離れて数日なのに。されど親しみは感じない。
ジャック海賊団はやはり俺たちとやるつもりらしい。事実とキングメルビレイ号からゾロゾロと小舟が出てきて一気にこちらに向かってくる海賊達の顔つきはどれも険しいものばかり。上陸させれば…奴等は人魚の捜索を始めるだろう。
人魚が見つかったら奴等はジャックのところに連れて行くだろう。下手すりゃ村を燃やすだろう。やらせるわけにはいかねぇな。
「……ってかさ、俺ぁてっきり大砲ぶっ放してくるもんかと思ったんだけど、撃ってこないな」
「それに随分遠くに停泊したんですね。もっと近寄ってから小舟を出せばいいのに…」
二人の言う通りキングメルビレイ号はかなり遠くに停まって、そこから小舟での接近を測っている、大砲も撃ってくる気配はない。それは何も俺たちを相手に余裕ブッこいてるわけでも遠慮してるわけでもない。
近づけないし、撃てないんだよ。
「覚えてないか?二人とも、俺達が一番最初にこの島に来た時のことを」
「あ?一番最初?…ああ、そういや俺たちここに来るの初めてじゃないな。確かあん時ナントカって名前の船乗りに見捨てられて、いやその時も俺たちは小舟で接近を…」
「あ!岩礁!黒鉄島の周りにはたくさん岩礁があるから大きな船じゃ近づけないんです!」
そうだ、黒鉄島の周りには岩礁がある。だから船じゃ近づくない。そして近づくないってことは迂闊に砲撃も出来ない。俺達に向けて精密に射撃出来るならいいが船に備え付けられた大砲じゃ精密な射撃は出来ない。
どうせ撃っても俺らには当たらない上に下手すりゃ仲間に当たる可能性もある。だから迂闊にぶっ放せないのさ。それを差し引いても…俺たちを何とか出来る算段が向こうにはあるんだろう。
(雑魚に用はない、問題は三幹部だ…奴等がいつどのタイミングで出てくるか、それが全てだ)
数が多いだけの一般船員はそこまで脅威じゃない。だがヴェーラ ピクシス ティモンの三幹部は別だ、あいつらは特別強い。奴等の登場タイミングと襲撃方法がこの戦いの命運を分けると言ってもいい。
こればっかりはこちらからどうこう出来る物でもない。今は目の前に迫る海賊達を何とかしよう。
「よし、二人とも!迫る小舟を全てぶっ潰すぞ、まず俺が出て…」
「いやいいよラグナ、お前は後ろに下がってな」
「へ?」
「僕達でジャック海賊団の皆さんは何とかします。その用意を済ませてあるんですから、…ラグナさんはジャックさんとの戦いに備えて、無用な体力は使わないでください」
「二人とも…」
そう言って前にズイと出る二人がここは俺たちが何とかすると俺を押しのける。だが二人はマルンの短剣も光の筆も持ってない、そんな状態で戦えるわけ…。
(いや、違うな…俺一人で戦ってるんじゃない。みんなで戦うんだ、俺たちは)
信じるんだ、仲間を。心配だとか、不安だとかってのは仲間の身を案じてるんじゃなくてただ信用していないだけ。俺はアマルトとナリアを信じてないのか?
そんな事あるわけがない、俺は心の底から二人を信じてる。俺が認めた凄い奴等がこの二人なんだ、なら…きっとやり遂げる。
「ああ、分かった。ここは任せた」
「おう!ジャックが出てきたら頼むぜ!」
「僕達上手くやりますから!信じて待っていてください」
「…いつも信じてるよ、二人とも」
ここは任せる、二人に。俺は…ジャックと戦うと決めたんだ。だからここでは手を出さない。
大丈夫、二人ならきっとな。
…………………………………………………………
『行くぜぇぇぇえ!!』
『アホーイ!!』
「どんどん来るな…」
「皆さん…やる気みたいです」
敵は多数、対するこっちは二人っきり。オマケに愛用の武器がない最悪の事態と来たもんだ。これで群がる海賊を蹴散らせってんだからまぁまぁ窮地だよ。
けど不思議と震えは出てこない、…ラグナに信用されていないと思っていた頃の方がずっと辛い、そん時に比べりゃあよ、今はなんていうかすげー心が軽い。
さて、やりますかとアマルトは腰に差した一本のナイフを取り出す。こいつは俺があの拠点で見つけた唯一の武器らしい武器。武器というか…多分その辺の草を切るのに使ってたやつだろうけど。
錆びてガタガタになってた鉄の塊を整備して消毒して綺麗にしたのがこいつ、我ながらいい仕事をしたと刃に映る自分の顔を見る。
「よしっ!ナリア!やるぞ!作戦開始だ!」
「あいあいさー!」
ラグナはこの事態を予見していた、だからこそここで奴等を迎撃するための策を打ち立てていた。
あいつはマジで戦争の天才だ、ロクな武器がなくても戦う手段をこんなに用意してくれていたんだからな。
「よしっと…」
そう言ってアマルトが真っ先に飛び込むのは森の中、ヤシの木が乱立する木々の中に入り込めば、それは今もなおそこにある。
…そうだな、そいつを具体的に称するとするなら『即興投石機』かな?
「まさかヤシの木を使って投石機を作るとはな」
作り方は単純、ヤシの木のてっぺんを縄で縛ってグッ!と引きその辺の岩に括り付ける。そうするとヤシの木が弧を描くように折れ曲がり…今も元の形に戻ろうとグイグイ縄を引っ張っている。
この縄を切ればヤシの木がバイーンと元に戻り、その時の衝撃を使って木に括り付けたヤシの実が飛んでいって、あっという間に投石機と同じ効果が得られるって寸法よ。ラグナ曰くこのマレウス大ヤシは弾力があるからこういう使い方が出来るんだと。
「行くぜー…よっと!」
その縄目掛けナイフを振り下ろす、普通は斧とか使わなきゃ切れない頑丈な縄。されど…俺ってば剣の達人だからさ。こんなチンケなナイフ一本でも縄なんか一太刀で切れちゃうんだわ。
俺によって断ち切られた縄はプツンと小気味良い音を立て、縛り付けていたヤシの木を解放する。束縛を失ったヤシの木はこれ幸いとばかりに一気に元に戻り、凄まじい勢いのまま勢い余って倒れるように海へ向けて穂先を向ける。
それと同時に取り付けられていたヤシの実が射出され、海原を駆け抜ける海賊達目掛け飛び…。
『うぉっ!?なんか飛んで来る!』
『こりゃヤシの実か?こんなもん当たるかー!』
バシャバシャと音を立てて海面に落ちるヤシの実、海賊達の乗る船の間や見当外れの場所に落ちるばかりで命中弾は一つとしてない。まぁ…だよな、だってこれ投石機じゃなくてヤシの木だもん。
いくら似たようなことが出来てもその命中精度は惨憺たるもの、当たるとは思えない。
…そうだ、当たるなんてハナっから思ってねぇんだよ。こっちはな。
「よし!第1段階OK!どんどん行くぜ!だから…」
次々とヤシの木を括り付ける縄を切り裂きながらもアマルトは投石機を続ける。いくら撃っても当たらない投石を繰り返す。
…そうだ、いくら撃っても当たらない、海賊達の船に当たることなく海面に落ちプカプカと海面を浮かぶヤシの実達。これでは投石機の役目を一切果たせていない、相手に当たらないんなら攻撃の意味はない。
…だからこそ、ここはひとつ訂正をしよう。
このヤシの木を用いた機構をアマルトは投石機と称したが…とんでもない。
これは投石機ではなく、もっと相応しい名で呼ぶならば、そう…。
『爆撃機』だ。
「ナリア!頼む!」
「はい!『爆撃陣』ッッ!!」
刹那、ナリアが両手を合わせ魔力を放つ。その魔力と詠唱に呼応し反応するのは…。
先程、アマルトの手によって放たれ、今現在海に浮かび上がるヤシの実…いや違うな、反応したのはヤシの実に書き込まれた『魔術陣』だ。
そりゃあヤシの実ぶっ飛ばしても当たるなんてラグナも思ってなかった、だからこそヤシの実に魔術陣を書き込み、擬似的な爆弾として扱ったのだ。爆撃によって波を起こし船をひっくり返せばそれだけで奴等は動くための手段を失う。
結局のところ、敵を近づけさせないことが最大の防御法。これがラグナの言う『防衛論』だ。
『うわぁぁぁぁああ!!!???』
『ヤシの実が爆裂したぁっ!?』
『気をつけろッ!このヤシの実!ただの木の実じゃない!離れろッ!!』
『離れるってどうやって…ぐぁぁぁあああ!!』
上がる水柱、飛ばしたのはヤシの実だけのはずなのに効果覿面過ぎる。ぶっちゃけアマルトがナメてたところはある。ナリアの魔術陣ってこんなに強力になってたのか。こいつ自分のこと過剰に弱いと思いすぎじゃね?
「よし!どんどん行くぜ!ナリア!」
「はい!アマルトさん!」
これを使えば大多数の小舟の撃退は可能だ、事実かなりの数あった小舟は殆どが横転したり木っ端微塵に吹き飛んで推進力を失っている。けど…いくつか抜けてきたな。
『流石にやるじゃねぇか!だが侮るなよ!俺達は海を駆ける駿馬!この程度で怯むわけねぇだろ!アマルト!ナリア!』
『流石俺たちが認めた男だっ!だがベテランナメんなよ!!!』
数隻抜けてきた、爆風によって発生した波を受け横転した船乗ってた奴等はみんな比較的若い奴ら、対して爆撃を抜けてきた船員は全員ソコソコの年を重ねたベテラン達ばかりだ。
爆風による波を受けた瞬間、船に乗ってる奴等が巧みに体を動かし波に乗って横転を防いだんだ。それを咄嗟にやってのける腕が…奴等にはある。一緒に船に乗ってる時も沢山のことを教えてくれた連中だ。知識と経験は段違いだ。
ヤシの実爆弾では奴等は倒せそうにないな。
仕方ない。
「第二段階に移る、ナリア…お前はそろそろ小舟でキングメルビレイ号に向かえ」
「分かりました、ご武運を…」
砂浜に足跡を残して駆け抜けていくナリアを見送り俺は一人手元でナイフを回す。そうこうしてる間にも海賊達は小舟を動かし海岸沿いに乗り付け…降りてくる。
「よう、アマルト。久しぶりだな」
「おっす、先輩方、この間ぶりっす」
ゾロゾロと降りてくる髭面の海賊…人数にして十二人。それが野太い剣や鈍色の銃を片手に威嚇するように笑い俺に向かって歩いてくるんだ。船の上で一緒に暮らしてた時はなんとも思わなかったが…やっぱりこの人達も海賊、それも世界一の海賊団の一員だ。
一人一人の威圧がシャレにならねぇ、若手共とは経験も実力も違いますって感じだな。
「…アマルトよぉ、お前がなんでここに居て、俺達に楯突いてるか…そこは敢えて聞かないでおいてやるよ、その方がお互いやりやすいだろ」
「ありがてぇっす、あ!先輩方もどうです?ここすげぇうまいバナナがあって…」
刹那、響き渡る銃声。音速を超える鉛玉が俺の頬を掠める。
ユラユラと白い煙を上げるのは海賊達の持つ拳銃、それが以前俺に向けられたまま…問答無用とばかりに引き金に指が当てられている。
「アマルト、事情は聞かない…ってことは、お互いの身の丈は今関係ねぇってことだよな」
「……そうですね」
「ってことはここに居るのは、海賊と海賊じゃない奴…ってことになる。テメェ…海賊を前にナメた口聞いてんじゃねぇぞ」
次は当てる、まるで銃口がそう喋ってるかのように的確に俺の眉間に狙いが定められている。周りの海賊も既に抜き身の剣をギラつかせている。参ったな、俺も魔力防御は出来るけど流石に銃弾は無理なんだけどな。
「そこ退け」
「…そりゃ出来ねぇ」
「殺すぞ」
「死んでも譲れねぇって言ってんのが分からないかい?」
「…船長が人魚の肉を欲してる、俺らはそれを取りに行かなきゃならねぇ、邪魔するなら…マジで殺るぞ…」
脅し、本物の脅し。場末の酒場でチンピラが言う『殺すぞ』とは違った実行力が伴った本物の脅しだ。この人達はマジで俺を殺す気なんだろう、この期に及んで見逃してくれる…流石にそこまで甘くないだろう。
でも…。
「フッ、やっぱ…やさしーっすね、先輩方」
「あ?」
笑う、不敵に。海賊達の眉間に皺が寄る。いやぁだってさぁ。
「マジで殺るぞ…って、教えてくれるなんて優しいなってさ。あんた達はいつも俺に色んなことを教えてくれる」
「…………」
「忠告されるまでもなく、こっちはとっくの遠にマジだぜ…!でなきゃあんたらに弓なんざ引かねえよ!」
「…そーかい」
引かれるトリガー、放たれる銃弾、よりも早く…否、それを察知して動く。
咄嗟に屈んで射線から身を退き、それと共に反転し腕を振るいナイフを投げる。
投擲だ、されど投げたのは海賊に向けてではない、背後のジャングルに向けて刃を飛ばす。それは的確に茂みの中に隠された『縄』を引き千切る。
「テメッ…!?何を!」
「ッこれは!?罠か!」
刹那、縄が千切られヤシの木が動き、それに引っ張られ…罠が作動する。砂浜に埋め込んでおいた縄が慣性によって動いた縄に引っ張られ浮かび上がる。
ラグナ考案のブービートラップさ、同じくマレウス大ヤシを動力としたそれの原理は投石機と同じ。てっぺんに括られた縄を千切ると共に元に戻ろうとするヤシの木の慣性を利用した物。
されどこれは何かを飛ばす為のトラップではない。逆だ…同じく別の縄を曲がったヤシの木の頂点に括り…さらにその先を砂の中に埋めておくことで秘匿する罠。作動と共に縄が引かれ砂から浮かび上がりその上に立ってる奴を巻き込む仕組みのトラップなのさ。
そして、その縄は。
「これ…網か!?」
縄を使って作り上げられた網が、テルミアが編んだ網が目の前の海賊達を引き上げ釣り上げる。これが俺達の海賊撃退計画の第二段階。
ヤシの実爆弾での迎撃に失敗し敵に上陸された際の迎撃罠。罠の手前に陣取って敵を誘き寄せて纏めて一網打尽にするって寸法だが、上手くいったようでなによりなにより。
「ぐぁぁ!なんだこの!小癪な!」
「こんな網なんざ切り裂いて…!」
「おっと!やべぇやべぇ、剣持ってるんだった…大人しくしてもらうぜ?先輩方!」
券を使って網を切り裂こうとするその姿を見た瞬間、俺は髪の毛を数本引きちぎり。
「神の身元を離れ 天より地に降り、名を捨て 体を捨て 新たな力を今与え給う『肉呪転華ノ法』!!」
魔力を引き抜いた髪の毛に通せばそれはドス黒く輝く毒針と化し、そいつを砕いて海賊達に雨霰のように放ち突き刺す。
俺の肉体の一部を介して相手を呪う呪術の一部さ、喰らえば当然。
「ぐっ!?なんだこれ…動けねぇ」
「体が痺れる…なんじゃこりゃあぁ…」
体が麻痺して動けなくなるって寸法さ、まぁあんまり強力な呪術じゃねぇが、今はこの程度で十分だろ。
ラグナもさぁ、俺の事甘く見過ぎだぜ?確かに今俺は愛剣を持ってねぇ、けど戦えないってわけじゃないんだぜ?なんせ俺は探求の魔女の弟子。メインウェポンは呪術なんだからよ。
「まぁ剣があった方がいいってのはあるけど…」
まぁいいや、それよりこれでこっちに攻めてきた海賊は全部潰せたかな。こちらが万全の支度を整えていたというのもあってか…思いの外楽勝だったな。後はナリアがエリスを連れてきてくれれば後は野となれ山となれ。
いつもみたいにエリスが決めて終わりだろう。
「…さて…ん?」
チラリと視線の端に奇妙な物が映る、…小舟だ。誰も乗っていない小舟。それが他の小舟とはやや離れた地点に打ち上げられていた。おかしいな、俺が捕まえた海賊達は目の前に乗り捨ててある舟から降りてきたはずなのに。
…ん?待てよ、数が合わない、小舟に一つにつき四人乗れるとして…なら俺の目の前には三つしか小舟がない筈なのに。
…あの舟、誰が乗ってきた奴なんだ。
「…………ッ!!!」
刹那、背後から砂を踏み締める音がして咄嗟にしゃがめば俺の首があった地点に刃が通過する。斬撃!?攻撃か!
「ッ誰だ!」
クルリと飛び跳ね背後に立つ者を確認する為距離をおけば、その正体はすぐに分かった。なんせ…こいつはよく一緒にいたからな。
「…ピクシス…」
「…避けられたか、お前は相変わらず勘がいい。或いは運か」
ジャック海賊団に於ける三幹部が一人、若くしてあの巨大な船を支える三つの柱として名を馳せる天才航海士…ピクシスがそこに立っていた。両手に剣を、腰には銃を、あの生意気ながらも優しく気遣いの出来るアイツが今…俺を殺す気でそこに立っていた。
さっきの小舟に乗って来たのはこいつだったか。
「…お前だけ、他の奴らのは別行動で来てたか」
「ラグナもお前も狡猾な男だからな、確実に罠があると踏んでいたが…まさかあれだけいた船員が行動を封じられ私だけにされるとは、この期に及んで私はお前を過小評価していたのかもな…アマルト」
読まれていた、読まれた上でこいつは船員を捨て石に俺の下まで迫って来たんだ。相変わらずクレバーな奴だ、だがそういうところもコイツらしい。
しかし参ったな、こいつにゃ俺達の罠が効きそうにない。他の船員と違って俺達のことをつぶさに観察して来たピクシスからすりゃ、俺たちの考えを見抜くなんてわけ無いだろう。
つまり、こっからは…作戦の第三段階、実力行使で行くしかないようだ。
「アマルト、私は他の者のように甘くはない。お前が船長の障害になるなら…容赦なく切り捨てる、だからお前も…今更私の友人ヅラをするなよ」
「…分かってるよ」
深く腰を落として構える。友人ヅラはしないさ、したら辛くなるもんな、お互いさ。辛くても戦わなきゃいけない理由が双方にはあるんだから、なら考えない方がいいってもんよ。
しかし、俺の相手はピクシスか…へへ。
「丁度いいぜ、テメェにゃあの船に乗り込んだ時の借りがあるんだ。そいつを今…返させてもらうぜ!」
「フッ、勝てる気か?お前が?…笑わせる」
「そうかい?だったら…剣貸してくれない?俺丸腰なんだけど」
「はぁ、断る。啖呵を切ったなら…最後まで貫け!」
迫るピクシス、それを相手に俺は…愛剣マルン無しで、丸腰で立ち向かうことになっちまった。
ああ、どうなるんだかな…くそ。でもやるしかない、ラグナに任せろって言ったんだからな!
……………………………………………………………………
「うぉぉおぉおおおおおおお!!!」
飛ばす、飛ばす飛ばすぶっ飛ばす!全力で衝波陣を爆裂させてテルミアさんから貸して貰えた小舟が砕けるほどの勢いで全力で加速して僕はキングメルビレイ号を目指す。エリスさん達はきっとあそこにいる。捕まっているのか、どうしているのか分からない。
でもエリスさん達を助ける役目を背負った僕はそれをやり遂げる義務がある、ラグナさんとアマルトさんが僕に任せてくれたんだ!絶対に助け出してみせる!
『小舟が突っ込んでくるぞ!ありゃあナリア君か!!』
『チィッ!寄せ付けるな!大砲を!』
しかしキングメルビレイ号は黙って僕を近づけさせてくれない、次々と放たれる大砲が僕に向けて火を噴く。こんな木組みのボロ小舟じゃ余波を食らっただけで吹っ飛んでしまうだろう。
だが…ナメないで欲しいな!僕だって…魔女の弟子なんだ!
「ッッうぉぉおおおおおお!!」
小舟の左右に結んだ縄を掴んで船を傾け旋回し砲撃を回避しながら進む。ボートを操る要領で小舟を乗りこなしキングメルビレイ号への接近を試みる。
…ラグナさんの読み通り、砲撃の密度が低い。既に多数の船員を島の上陸へと向かわせてしまっているから船の中に人があんまり残ってないんだ!これなら…行ける!!
「古式魔術陣…瞬風陣『志那都比古』!」
足の裏に書き込んだ風の魔術陣を爆裂させて飛び上がる。エリスさんみたいに自由自在には飛べないけど、僕にだって魔術と言う羽がある。あの日エリスさんが見せてくれた天という名の景色に手を伸ばし僕は船から飛翔しキングメルビレイ号の壁面を駆け上がり乗り込む。
「っとと!上手くいった!」
「乗り込んできやがった…!」
「チッ、海に沈んでくれてりゃあよ…!」
「皆さん」
船に乗り込めば見慣れたキングメルビレイ号の甲板が見える。僕達がいつも磨いていた甲板だ、そこには同じく見慣れた船員の皆さんがいる。
いつも僕達に笑いかけて『調子はどうだい?』とか『頑張ってるな!』とか声をかけてくれたみんながいる。けど…顔が違う。
今は僕に向けて剣を抜き、銃を抜き、牙を剥いて外敵として排除しようと怖い顔をしている。けど分かる…その顔は本心からの物ではなく、海賊として非情な己を演じている事が。
みんな辛いんだ、けど貫かなきゃいけないものがあるから泣くことも弱音を吐くこともなくただひたすらに強かに、彼らは海賊として戦おうとしているんだ。
僕だけが辛いんじゃない、僕だけが甘いことを言ってちゃいけないんだ。
「エリスさん達を返してもらいます!そして!あの黒鉄島には絶対に近づけさせません!!」
「知るか!船長が人魚の肉を欲しがってんだ!邪魔する奴は誰であろうともぶっ殺す!」
「ッ…来る!」
刹那、切りかかってくる海賊の姿を目に捉える。速い、けど目で追える。三年間僕を鍛えてくれた八人の魔女最速のコーチの動きを見続けてきたから、目で追えるんだ!やれる!!
一瞬足を折り曲げ、足裏の魔術陣を発動させ風に乗りながら甲板を滑るように駆け抜け斬撃を回避する。
「速えッ!?」
「ッッうぉぉーーっっ!!」
クルリと体を回転させながら壁を足場に更にもう一度加速し剣を振り終え隙だらけになった船員さんへと突っ込み、僕は左手を突き出し…。
「衝爆陣『武御名方』ッ!!」
「ぐぅっ!?」
左手に書き込んだ衝撃の魔術陣が相手の体を撃ち抜き吹き飛ばし、そのまま向こう側の壁へと叩きつけ大穴を開ける。魔術陣の力を使えば僕だってエリスさんみたいな破壊力が出せるんだ。
左手は痛いけど…。
「まだまだやれます!さぁ!来なさい!」
「やるなぁナリア君、可愛い顔だから油断してたぜ…!」
「君もラグナの仲間なんだよな、なら強えわ」
「仕方ねえ!本気でやってやる!」
一斉にかかってくる、それを足元の魔術陣と左手に書き込まれた魔術陣を駆使して戦う、この三年で僕も近接戦闘法はコーチから叩き込まれている。引けは取らない…けど。
(ジャックさんはどこだ!?ヴェーラさんもティモンさんもいない!?)
一番警戒しなきゃいけない人がいない!もう黒鉄島に向かったのか?三人とも?それはなんか…考え難いというか。
「オラァッ!!」
「おっと!」
背後から斬りかかられ咄嗟に側転で斬撃を回避し、クルリとターンをするように勢いをつけ左手の魔術陣で吹き飛ばす。数は結構減ったはずなのに…それでも多いな。ラグナさんやアマルトさんなら問題なく片付けられるんだろうけど……。
いや!僕だってやるんだ!やり遂げるんだ!
「エリスさん達は何処ですか!」
「教えてやる義理はねぇ!おいお前ら!囲め!身動きを封じるんだ!」
ゾロゾロと僕を囲むように立ち塞がる海賊達、縦横無尽に動き回る僕の行動範囲を狭めることで回避が出来ないようにする算段なのだろう。単純だ…だがこれ以上ないくらい効果的だ。
こうしている間にも船室から次々と新手が来る。…輝晶ノ光筆があれば魔術陣が出せるのに、一応ペンは持ってきてるけど、魔術陣を書く場所が限られる。どうしよう、何か方法はないかな。
演技で乗り切るか…?魔術陣で乗り切るか…?どうする、どうしよう。
「…………」
ジリと後ずさる。僕を囲む包囲網が徐々に狭まる。窮地…そんな言葉が脳裏を過る。
けど諦めるつもりはないよ、僕は。絶対になんとかしてみせる…そう静かに瞳を燃やす。
「やっちまえ!お前ら!」
「ッ……!」
来るか!と左手を構えた…その瞬間だった。
突如、船の上で爆発が発生した。いや爆発というよりは…衝撃波か?巨大なキングメルビレイ号を揺らす轟音が僕達の間に響き渡る。
「な!?なんだ!」
発生源はとある船室、その扉が破裂するほどの勢いで飛んできた何かが甲板の上に転がりもうもうと埃を舞い上げる。その衝撃に海賊達は振り向いて転がってきたそれを見て…驚愕する。
砂埃の中で悶える様に起き上がるのは…人影だ、飛んできたのは人なんだ。しかもそれは…。
「マリナの姉御!」
「チィッ…!」
この船の料理長マリナさんだ、ズタボロのコック服を揺らし愛用の巨大な包丁を剣の様に扱い、ゆっくりと起き上がる。いつも怒鳴っていて怖い人、けど誰よりも優しいはずのマリナさんが今…目を尖らせ額に青筋を浮かべて自分が破壊した扉の方を見ている。
「マリナの姉御!?一体何が…」
「あんた程の達人が何ズタボロにされてんだよ!」
「喧しいよ!…ナメてたんだよ、もうちょい…やれるもんかと思ったんだが、想像以上に強いよ、あの子」
「あの子…?」
海賊達とマリナさんと、そして僕の視線を一点に集めるのは破壊された扉の向こうから悠然と現れるもう一つの影。金の髪と久しく見る漆黒のコートを身に纏う…破壊の化身。
否…あれは!
「エリスさん!!」
エリスさんだ、やっぱりこの船にいたんだ!無事だったんだ!よかった…。エリスさんは僕の声を聞くなりチラリと僕を見てにこりと笑い、直ぐに鋼の眼光に戻りマリナさんを見遣る。
もしかして、マリナさんをあんなにしたのってエリスさん…?全然容赦ないな。
「ッ来たね、エリス!言っとくけどね…あんたらを出すなってジャックから言われてんだ!ここは一歩も通さないよ!」
「何度も言いましたが、エリスは友達の所に行きます。その間に…壁があろうが、敵が居ようが、海が跨ろうが、関係ありません。エリスはエリスが思う道を進み、その障害を全て打破して歩みます」
「おいおいエリスさん!あんたマリナの姉御にお世話になったんじゃねぇのかい!なのにそんな…」
「…貴方達だってエリスの友達に銃や剣を突きつけたじゃないですか。そっちから戦端切っといて怪我したらビビるんですか?そんな甘ったれな気持ちで海賊やってるんなら…今すぐ海賊なんてやめなさい、そうすれば痛い目は見せませんから」
まるで、巨大な岩が動く様な。台風の日に吹き荒ぶ突風の様な。天まで燃え上がる大火の様な、轟音をあげる瀑布のような。人一人が発しているとは思えない程強大な威圧が船を揺らす…否、エリスさんを見る者の体を震えさせる。
エリスさんは敵に対して容赦はしない。徹底した闘争を以ってして如何なる障害を撃滅し進む怪物…そう称される程にこの人は苛烈だ。僕達が互いに互い…面識があるから戦い辛いなどという甘いことを思っている間にも彼女は容赦を捨て敵を倒す。
これが孤独の魔女の弟子エリスという人間…、味方にするとこれ以上なく頼もしい人なんだ。
「ヘッ、いい覚悟の決め方だね…!流石はあたしの見込んだ女!女!だったら斬り殺されても文句はないよね!『フレイムスラッシュ』!」
マリナさんが踏み込む、巨大包丁に炎を纏わせ裂帛の勢いでエリスさんに斬りかかる。その速度たるやとても料理人の動きには見えない。そうだ、この人は世界一の大剣豪タリアテッレさんの弟子なんだ、その技は料理だけには及ばない。
凄まじい速度の斬撃、僕でも避けられるか怪しい速度…されどエリスさんは。
「フンッ!」
避けた、横の薙ぎ払いを若干態勢を低くするだけで回避し、それと共に無防備なマリナさんの腹に拳による一撃を叩き込み甲板が揺れるほどの震動を発生させる。
カウンターだ、…なんて鮮やかな動きなんだ…僕が強くなれば強くなるほどに、エリスさんの凄さが身に染みる。
「ガフフゥッ…!?」
「マリナさん、今まで…お世話になりました。エリス達を守ってくれたこと、この感謝は一生忘れません」
「…ハハッ、ああ…あんたらにも譲れないモンがあるんだろ?…なら、一歩も引くな…」
倒れ伏す、マリナさんがやられた。その衝撃に周囲の海賊達が慄く。三幹部とまでは行かぬまでもこの船に於ける上位の使い手が一撃でやられてしまったのだから。
倒れたマリナさんを踏み越え、その先に待つ僕達を見遣るエリスさん。
「それで…」
「ひっ…」
剣と銃を持ち、荒波を超える海賊達が、声を上げて怯える。その身から滾る圧倒的な武の気配に海賊達が…大の大人が一人の女を見て全身の毛を逆立たせ冷や汗を流しながら怯えているんだ。
キレてる、エリスさんがブチギレてる。
「エリスはそこに居るナリアさんを守る為戦うつもりですが、貴方達は…どう死にたいですか?」
「へ…?…あ」
一瞬、海賊が僕の方を見て直ぐにエリスさんに視線を戻す。その一瞬の隙間を縫うように…エリスさんが海賊達に向けて殴りかかり─────。
『ぎゃぁぁぁぁあああああああああ!?!?!?!』
海原に、キングメルビレイ号に、男達の悲鳴が木霊する。
………………………………………………
結果を簡単に伝えると、エリスさんの圧勝だった。僕があれだけ手こずっていた海賊達をエリスさんは瞬く間に片付けてしまった。魔術も使わず徒手空拳で次々と海賊をボコボコにする様はまさしくアクションスターのようだったと凡庸な感想を残しつつ僕はエリスさんにお礼を言う。
「ありがとうございます!エリスさん!」
「いえ、それよりも無事でよかった、ナリアさん。ラグナ達と一緒に海に沈められたと聞いた時は肝を冷やしましたが…やっぱり貴方達を信じてよかった」
足元にて呻き声をあげる海賊達に目を向けることもなく僕に対して微笑みかけるエリスさんは、安心したようにホッと胸をなで下ろす。やはりラグナさんが言ったようにエリスさん達も僕達を信じて待っていてくれたようだ。
「えっと、他の皆さんは」
「居ますよ、みんな!ナリアさんが来てくれました!」
そうエリスさんが呼べば先程エリスさんが壊した扉の中からヌルリと顔を出すのは…。
「ん、やはり来てくれた」
ネレイドさんだ、気絶した海賊の胸倉を掴み上げながらヒョッコリ現れたネレイドさんは傷ついた様子もなく、エリスさんとネレイドさんの二人で船内の船員を殲滅していたようだ。
「あ!ナリア君!よかった〜!怪我ない!?」
「む!おお!合流出来たか!」
「流石でございます、しかし何故黒鉄島にナリア様達が?」
デティさんもメルクさんもメグさんも無事だ、全員いる!…なんか、助けに来た感ないなこれ。分かってたけどこの人達もやっぱりメチャクチャ強いよなあ。僕がエリスさん達を助けるぞ!って意気込んでたけど、あんまり必要なかったかな。
「せ、説明は後です!今僕達は黒鉄島にいる人魚を守る為にジャックさん達と戦ってるんです!皆さんの力が必要です!」
「…なんで人魚を守るの?」
「というか何故黒鉄島に人魚が?」
「そもそも人魚ってやっぱり居るんだ」
「第一、何故ナリアさん達は黒鉄島にいるんです?」
「そこから…!」
状況が立て込み過ぎてる!説明する時間も惜しいのに説明しなきゃいけない事柄がややこしすぎるよ!でも本当に説明してる時間がないんだ…見た感じ既にアマルトさんは砂浜で戦ってるみたいだし、僕達が助けに行かないと!
「あ、そうだ。ナリアさん、これ」
「へ?あ!僕の服とペン!」
すると、エリスさんが僕に手渡すのは僕がこの船に乗る前に来ていた服と手荷物!海賊に奪われたままだったそれをエリスがなんで…と思ったが、そういえばみんな既にいつもの服に着替えてるな。
多分戦いの中で取り戻してくれたんだろう。ありがたい、このペンがあるのとないのとじゃ話が全然違う。
「ラグナとアマルトさんの荷物も取り返してます、二人は今黒鉄島にいるんですね」
「そ、そうです!早くアマルトさんにそれを届けないと!アマルトさん今剣持ってないんですよ!」
「むむ、それはマズイですね。早く海岸に向かいましょうか」
エリスさんと合流出来た。後は僕達がここから退避してアマルトさんと合流出来れば戦況はかなり良くなる。僕が乗ってきた小舟に乗り直してみんなで黒鉄島に戻ろう…そう話を纏めかけた瞬間。
『ああ、悪いけど…そういうわけには行かないんだよね』
「ッ…この声は」
『ジャックの読み通りに、事が動いてしまったな…残念だ』
唐突に響き渡る、二つの声。警戒して周囲を見回せば…いる。
一人はマストの柱に建てられた物見台の上で、もう一人は船頭にて。二つの影がエリス達を見下ろすようにその姿を陽光に晒している。
誰だ!などという必要がないくらいには、聴きなじんだ声、そして…警戒していた人物達の声。
「ヴェーラさん、ティモンさん」
「やぁ、久しぶり…ナリア君。ごめんね?味方するなんて言っておいて…こんな事になってしまって」
「ああ、俺達としてもお前達に味方してやりたい気持ちはある。だが…それでも俺達は海賊なんだ、海賊は海賊の掟に従って生きるのだ」
操舵手ティモン、風読士ヴェーラ。この船を支える三本の柱にして船長ジャックを誰よりも古くから支える二人の男。それが…今こうして現れたことの意味を理解出来ないほど、僕だってバカじゃない。
「エリス達と戦うつもりですか?」
「ああ、我々の役目は…君達をここに釘付けにすること。謂わば時間稼ぎだね、ジャックが人魚を捕まえるまでの…」
「…誰かがエリス達の身柄を確保しに来ることは分かっていたが、ラグナが来ると思っていたのだが…なるほど、どうやらアイツはこの一件を一人で解決するつもりはないらしい」
垂れる冷や汗、危なかった。あの時ラグナさんを止めきれずラグナさん一人で戦わせていたら…ここでジャックさんの策略にハマっていたかもしれないのか。
…でもある意味よかった、ここに来たのが僕で。
「すみません、ヴェーラさん、ティモンさん、僕達…」
「いい、謝らなくても。我々今から君達に謝らなきゃいけないことをする、だからおあいこだ」
二人の体から魔力が滲み出る、信じられないくらい強力な気配と威圧、僕が以前戦った悪魔の見えざる手の幹部…ラスクよりも何倍も濃厚な力の奔流。ジャックさんだけじゃないんだ、この二人もまた…世界最強の大看板を掲げるに足る、実力者。
「やろうかティモン、久々だね?こうして二人で戦うのは」
「ああ、いつもはジャックが一人で勝手に片付けてしまうからな…お陰で、船員から弱いと思われているようだぞ?俺達は」
「あははは、なにそれ…心外だなぁ」
「その通りだな、…ジャックと喧嘩して、引いたことなど一度もないというのに」
「気をつけてください皆さん、ヴェーラとティモン…この二人、少なく見積もってもアリエ級です!」
「アリエ!?大いなるアルカナの大幹部ですよねそれ!レーシュとかの…!」
「ええ、そのレベルです…こりゃ、黒鉄島に行くの、かなり遅くなりそうかも」
エリスさんでさえ冷や汗を流す、そんな魔力の隆起をそのまま開放するが如く、二人が口にするのは。
「『魔力覚醒』」
「ッ……!」
天が荒れる、海が騒ぐ、世界トップクラスの使い手にのみ許された至高の領域…その絶技を、同時に発揮する。ラグナさんも言っていた…この二人は少なくとも魔力覚醒級だと。
つまり、今から僕達は…覚醒者を同時に二人も相手をしなきゃいけないのか…!!
ゴクリと固唾を飲んでいる間に、その変化は巻き起こし、その名を言祝ぐ。
「『風雲霹靂雷王』…!」
ヴェーラは纏う、まるで己自身が雷雲になったかのように、全身からゴロゴロと落雷を放ち中に浮かび上がり。
「『オーバーウェルム・オールドロジャー』…!」
ティモンは掴む。独りでに動き始めた船の錨を両手に掴み、船全体が光り輝き鳴動を始める。
これが…ジャック海賊団を支える主戦力達の力。三魔人と称えられる男の下で燻る絶対戦力達。
これが…これが!
「さぁ、やろうか…魔女の弟子!」
「っ…望むところです!」
臆してなんかいられない!僕達は黒鉄島の人魚達を守るんだ!
幕を開ける黒鉄島の決戦、魔女の弟子と海魔ジャックの戦力達、海洋の戦いは…最終局面を迎える。