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420.魔女の弟子と黒鉄島探索


キラキラと朝日が昇る黒鉄島。陽光に照らされ木々が輝くジャングル、全体的に窪地型に凹んだこの島の中心地、何もない…本当に何もない島の中心地、その地面が。


ムクリムクリと隆起を始める、まるで海底の泡が地上へと湧き出て破裂するように、地面の土を巻き上げて内側から現れるのは巨大な黒い槍…否。


「はい、ついた!地上!」


「これ、昇降機だったんだ」


遺跡の一部の機構、昇降機が地面をぶっ飛ばして外に吹き出てきたのだ。半ば強引に外に出た昇降機の中から現れるのはラグナ達魔女の弟子男組と、海の民族…人魚の少女テルミアの四人だ。


…ジャックに船から追い出された俺は偶然テルミアに拾われ、なんの因果かあれほど焦がれた黒鉄島へとたどり着いてしまった。そこで人魚達を守る為ジャックを迎え撃つ決意を固めた俺はその日人魚の村に滞在し一夜を明かし。


そして次の日、テルミアの案内で黒鉄島の地上を探索することとなったのだが、乗せられた昇降機が強引に地面を砕いて思いっきり地上へと突き出て…ちょっとビビった。


「どう言うことだこりゃ、どう考えても正常な軌道じゃねぇよなこれ」


アマルトが昇降機から降りて地上に突き出て、塔みたいになった昇降機などの遺跡の一部を見る。確かに地上を砕いて外に出る昇降機なんて聞いたこともないな。


「いや、もしかしてこれ…逆なんじゃないか?」


「は?どう言うこと?」


俺は一つの推察をアマルトに耳打ちで教える。そもそもこの遺跡…俺達が地下遺跡だと思ってるだけで本当は、というより本来は『地上に突き出ていた遺跡』だったんじゃないかな。


ほら、エンハンブレ諸島は元々シリウスと魔女様の戦いで飛んできた瓦礫が島に変化したもの、つまりこの島も元々はぶっ飛ばされた大地の一部だったんだ、多分この遺跡は元々地上に出ていたものだったけど、飛んできた拍子にクルリと一回転してしまい、本来外に出ていた部分が海底に引っかかり逆さの状態で島になってしまった。


だからこうして昇降機を起動させても、本当は地下に向かうはずなのに逆になってるから地上に出てしまうんだ。正式な挙動ではないから無理矢理大地を砕くなんて強引なやり方になってしまう。


「ってことは翡翠島にあったあれは奇跡的に遺跡が上向きで飛んできただけってことか?」


「それか、俺達が上だと思っているだけであれも元々は地下にあった部分とかな」


「なるほどな、本来の形なんて俺達には分からないんだし、それもあり得るか。遺跡の内部も殆ど水没してるから元々の構造も分からんし」


「飽くまで推察だけどな」


「当たってそうだぜ?それ」


俺達は昇降機から降りて、突き出た黒い遺跡を見る…そこで一つの疑問が解消される。


これだ、多分…ライノさんが見た黒い遺跡はこの突き出た昇降機の部分だ、普段は地中に埋まってるけど起動させると地上に出てくる。ライノさんは偶々地上に昇降機が出ている時に見かけたから見ることが出来たんだ。


…けどそれは同時に、その時誰かが遺跡の中で昇降機を動かしたということになる。もしかしたら浸水でここから退去することになったマレフィカルムが動かしてたのかもしれないな。


「私達は普段海底に空いた遺跡の穴を使って出入り出来るけど貴方達はそういうわけにもいかないもんね、だから始めてこの昇降機使ったけど…酷い乗り心地だったわ」


そう言って俺達の隣で腕を組むのは…族長の孫娘テルミアだ、一応ボヤージュの街などに伝わる人魚伝説の正体…ということになる子だ。若干思い込みが激しく行動力が爆裂してる部分はあるが、いい子だ。


「さ!この島を探索するんでしょ?私にとってはこの島は庭みたいなもんだから案内してあげる!」


「ありがとう、テルミア。頼むよ」


「って言ってもなーんにもないけどね」


両手を頭の後ろで組んだテルミアは俺達の前を歩みながら呑気にジャングルを歩く、その無警戒さにふと気になって周囲の気配を探るが。


魔獣の気配がない、そう言えば翡翠島にも居なかったな、この手の孤島には魔獣が湧かないのかな。それならテルミアの無警戒さも頷ける、まぁ魔獣が出なくても猛獣や危ない虫は出るだろうから多少は警戒したほうがいいんだろうが。


「あ!見て見て!ラグナ!アマルト!ナリア!あれ見て!」


すると茂みの奥に入っていったテルミアが何やら喜色に満ちた声を上げるのだ、今度はなんだとアマルトに目を向けると彼は苦笑いをしながら肩を竦める。まぁ見てと言われたのだ、見に行こうと俺達は茂みを取っ払いテルミアを追うと。


「あれ!」


と茂みの中で木の上を指差すテルミアが俺たちを待っていた、木の上…そちらに視線を上げると。そこには…なんか木の実があった。オレンジ色のラグビーボールみたいな…なんだあれ。


「なんだあの木の実、見たことない奴だな」


「アマルト知らないのぉ〜?あれね!ボヤージュバナナって言うんだよ」


「あれが!?バナナ!?めっちゃ丸いけど…」


「色もオレンジですけど」


「あれが……」

そう言えば忘れてたけど俺たち建前としては俺を取ってくることになってるんだよな。しかしあれが例のボヤージュバナナとは…俺たちの知っている湾曲したブーメランみたいなフォルムとはかけ離れた形をしてるな。


「ラグナ!あれ取って!」


「え?いいけど」


「でもよぉ、自然のバナナって中身タネだらけで美味しくないぜ?」


「そうなの?よっと」


軽くジャンプし遥か頭上に実をつけているバナナをもぎ取って着地する、こうして持ってみれば分かるけどかなり中身が詰まってるのかズッシリしている。オレンジ色で楕円形の不思議なバナナ、俺たちの知るものよりもずっと大きなそいつを一人一人に配る。


「いいこと教えてあげる!皮の剥き方にね、コツがあるの。この上の方を潰して千切るように…こうやって」


するとテルミアは石で楕円の頂点を潰し、ふにゃふにゃになったそれを指で摘んで捻るように引きちぎり、中から白い身を穿り出す。それを真似して俺たちも同じようにやって中身をほじくると。


「ん?種が全然ない」


「ボヤージュバナナが種をたくさんつけるのは新芽だけ、後から出てくる実はだんだんと種をつけなくなってくるの、この木は古いから種をつけないの」


「へぇ…」


「そして木が歳を取れば取るほど果実の甘みは増していくの、食べてみて!」


「ん」


がぶりと味に齧り付けば、甘い…甘いぞこれ。こんなに濃厚なのに優しい甘みで刺激が少ない、俺甘いのあんまり好きじゃないけどこれなら幾らでも食べられそうだな。


「おお!美味しいです!美味しいですよテルミアさん!」


「んふーっ!でしょー!」


「すげぇなこれ、身がこんなに大きいのに雑味が少ない。これを使えば砂糖無しでも美味いケーキが作れそうだ」


「こりゃ、レングワードさんも欲しがるよな…」


これが名産だと言うのなら納得だ、そしてこれを収穫出来なくなるのはボヤージュの街にとってマイナスにしかならない。古の王が好物としていたと言う話も強ち盛ってないかもしれないな。


「うーん!美味しい〜!ほっぺた落ちちゃいそうです〜!」


「ああ、こりゃあデティにも食べさせてやりたいな…………あ!」


刹那、アマルトがバナナを食べながらギョッと顔を青くして俺を見る。


「な、なぁラグナ?俺達デティ達をあの船に置いてきちまったけど…大丈夫かな」


「あ!そうでした!まだあの船にはみんなが残ってました!」


「お、お前ら…今まで忘れてたのかよ…」


「いやぁ、手前の出来事でいっぱいいっぱいで…」


まぁ確かに仕方ないか、こっちもこっちでわけわからない状況に叩き込まれてたわけだし。あわあわと震えるアマルトと頭を抱えるナリアを見ていれば決してみんなの事を軽視していたわけではないことはわかる。


でも大丈夫。


「大丈夫だよ、みんななら上手くやる。向こうには危機的状況対応するプロフェッショナルのエリスや荒事に関してはプロのネレイドさんもいる。元軍人のメルクさんだってそう言う状況の経験はあるし、何よりメグもいる。だからみんなもみんななりにベストに動いていてくれている」


「そっか…で、デティは?」


「みんなが守ってくれる」


「それもそうか、…確かにあいつらが下手こくとも思えない。きっと上手い具合にやり過ごしてくれてるだろうな」


ああそうさ、みんな俺達を信じて動いてくれているはずだ。だから俺たちもみんなを信じてここで戦う用意をするんだ。安心…していいわけではないが、かといって不安に思う必要はないよ。エリス達は弱くないんだから。


「ふーん…」


すると、何処からか木のスプーンを取り出して岩を椅子代わりにして座るテルミアが鼻を鳴らし。


「ねぇ、エリスってあれ?ムキムキの金髪?」


そういうのだ、なんでテルミアがエリスのこと知ってるんだ…?


「そうだけど、…知ってるのか?」


「ボヤージュの港で泳いでたわよね。チビと一緒に」


「あ、ああ…ってもしかして」


そういえばエリス、港で人魚を見たって言ってたな。まさかそれが…。


「私、エリスの泳ぐ姿が人魚そっくり過ぎて『何人魚が陸人の近くで泳いでんのよ!バカじゃないの!?』って声かけに行こうとしたら…陸人でびっくりしたのよ」


「お前、あそこにいた人魚だったのかよ…!」


「って事はエリスの奴、マジで人魚見てたのか。やべぇー俺全然信じてなかったわ」


「あのエリスっていう奴?私の事追い掛けて泳いで来たけど、すんごいスピードだったわよ。あんなスピードで泳ぐ陸人なんて見たことない、多分あいつ人間じゃないわよ」


人間だよ、多分な。しかしそうか、あの時見かけない人魚はテルミアだったんだな、こいつ港の近くに人魚っぽいのを見かけて声をかけに来るくらいには同族思いなんだな、まぁ無鉄砲だが。


「ん、美味しかった!」


「で?テルミア。この遺跡以外にこの島には人工物は無いんだよな」


そうアマルトが問いかける、一応俺たちが地上に出てきたのは…情報を集めるためでもある。地下の遺跡は確かにマレフィカルムの本部だった形跡があった、けど既に放棄されて久しいらしく何かわかることがないか調べようにも殆どが浸水してるせいで調べようがないんだよな。


書類だなんだはほぼ全滅、奇跡的に形を留めてる物も触れれば崩れてしまう。かといって他に何があるわけでもない、だから浸水していない地上に何かないか探しに来たんだが…。


「ないわよ」


だよな…、地上になんか置くくらいならそもそも地下に拠点を構えない。地上は完全にマレフィカルムも手をつけてないか。


「そっか…」


「……あ!でもあれがあるかも」


「あれ?」


「うん、探してるのとは違うかもだけど。折角だから案内してあげるわ!貴方達の役に立ちたいもの!」


そう言うなりテルミアは食べ終えたバナナをぽいっと捨てて立ち上がり、付いて来い!とばかりにその辺の棒を拾って剣のように振り回しながら歩き出す。


「まだ俺食い終わってないんだけど」


「僕も…」


「歩きながら食べればいいさ、さぁ行こう」


「…ってかラグナ?お前バナナの皮は?」


「それも食ったけど…?」


「…………」


まだバナナを食べてるアマルト達の何やら呆れたような視線を受けながら、俺達もまたテルミアについていく。


…………………………………………………………


テルミアが言う地上にあると言う唯一の人工物、それはそのまま森を突っ切って海岸沿いに出て、浜辺に出ればすぐに見えてきた。


何があるんだろうとやや期待していたが…目にして直ぐに分かった、ああ…そういやこれがあったなと。


「海洋調査拠点か」


「これ、そう言う名前なんだ」


浜辺に建設されたかなり大掛かりな大規模建造物。館と称するにはやや飾り気が少ないが…それなりの大きさの屋敷がそこには打ち立てられていた。一目で分かる、これはライノさんやヴェーラさんが所属していた海洋調査拠点。


十数年前にマレウス理学院の命令によって海洋調査を名目に建てられた拠点がこれだ。時系列的にマレフィカルムの拠点がなくなった直後にこの島にやってきたマレウス研究員達が作り使っていただろうそれが今目の前にある。


波や潮風でやや朽ちかけているが、まだ中は無事そうだな。


その海洋拠点の扉の前に立ち腰に手を当て胸を張るテルミアはえへんと笑い。


「昔がなんだったかは知らないけど、これ!私の秘密基地なんだから!」


「秘密って割には、結構目立ってる気がするけど?」


「いいの!村の人達に見つかってないんだから、あんまり生意気なこと言うと入れてあげないわよ!」


「えぇ…」


別にそれお前のモンじゃねぇだろ…、なんで呆れているとクルリとテルミアは振り向いて。その海洋拠点を仰ぎ見ると。


「……私、納得してないから」


「え?何が?俺達がこの島にいること?」


「ちーがーう!そこはもう納得してるって言うか…ありがたいなって思ってるから。…私が納得してないのは現状!」


そう言うなり彼女は手をバタバタと動かし怒り散らす、現状…というと。ああ、そういうことか。


「私たち海の民族は、いつも海賊に追い回されてる。だから目立つ場所には村は置かないし…目立つ場所にも行けない。いつも猛獣がいるようなジャングルの近くとか、あんなカビ臭い遺跡の中とかに集落を作ってる」


「……ああ」


「早い時は数年周期で村を捨ててるから村も全然大きくならないし、暮らしも良くならない。…私達何かした?何もしてないよね…」


何もしてないのに、人里では暮らせない。くだらない噂話の所為で人魚を襲う人間が地上やこの海には溢れてるから。テルミア達に出来ることは目立たないようにひっそり暮らし、見つかれば逃げることだけ。


そうやって暮らしても、殺される人間は後を絶たない。いつまでもいつまでも一目に怯えて暮らして行かなくては行けない。あんな暗い地下の深くで、何もしてないのに…だ。


「…私、納得してないの。今の暗い暗い地下の村で一生を終えるつもりはない!私の夢は太陽の光を浴びる場所に!これくらい目立つ場所に!こんな大きな家を作ってそこで一生笑って生きてやることなの!」


「…でもそれをしたら、殺されちゃいますよ…」


「分かってるわ、だから…一生掛けて、死ぬまで死ぬ気でなんとかする為に動くの。それが夢だから」


そう語るテルミアの姿は、まさしく海に映る太陽そのもの。燃えたぎっているんだ、荒れ狂う程に飢えているんだ。人魚伝説が生まれて数百年、誰も覆す事の出来なかったこの海の常識を塗り替えて、いつか地上に館を作る。


俗物的で、なんとも現金な夢だ。けど…いい夢だ。


「…いい夢だ、テルミア」


「へ?」


「そうだよな、夢ってのは…そうじゃないと。叶え甲斐がないもんな」


静かに思う、ジャックに投げかけられたお前の夢は何か。…国の繁栄や国民の幸せは俺の夢ではなく俺の使命だ。俺個人の夢じゃない。


じゃあ何が俺の夢なのか。テルミアのように燃え滾る熱を前にしていたら…なんとなく思い出したことが一つある。俺個人の夢と言えるような何か、夢と言えるかは分からないがテルミアのように胸を張って言えることが一つ、俺にもあるじゃないか。


「…ありがとうテルミア、お前の夢を聞かせてくれて」


「なっ!なんでお礼言うのよ!頭撫でるなー!」


礼を言いながらテルミアの頭を撫でると、怒ってしまった。子供扱いし過ぎたか?


誤魔化すように走り出したテルミアはそのまま拠点の扉を開けっぱなしにして奥へと引っ込んでしまう。入っていいのかな…。


「ラグナ〜、お兄さんはどうかと思いますよ〜。エリスというものがありながらさぁ」


「何がだよ、それより拠点の中も見てみようや。なんか分かるかも」


「何かあるとは思えねえけど…」


なんて言いながら俺達は拠点の中へと入ると…まぁ、研究拠点だからな。中にあるのは決まっている、海洋調査に使うための道具と本ばかり、…こういうのって退去するにあたって持ち帰るもんじゃねぇの?


それが丸々残ってるって、…そういえば退去した理由はジャックがエンハンブレ諸島を占領したからだったな。って事は取るもの取らずに大慌てで逃げ出したのかな。


(意味ない気がするけどなぁ、研究成果も持ち帰らずに退去しちまったら)


或いは重要な物はキチンと持ち出したのかな。…なんて思いながら俺達は拠点の中を歩いて見学して回る。テルミアが整備してるからか埃っぽさはない、けどテルミアが興味のないもの…主に研究成果の本とかは全部埃を被ってるな、アイツ分かり易すぎるだろ。


「ふむ…」


やや軋む床を踏んで、本棚に並べられたうちの本を読む。…これは本国からの魔伝を纏めてあるファインダーかな?…送られてきたのは。


(マレウス理学院か…)


確かマレウスの学問を司る機関…だったか、名前くらいは俺も聞いたことがある。けど知ってるのは名前だけ…、このマレウス理学院はマレウス政府の中でも特大級のブラックボックスなんだ。本部の場所も分からないし、具体的にどんな活動してるかも分からない。


パラパラと送られてきた文書を読み情報を纏める。エリスがいるなら彼女に渡して記憶してもらうところだが、居ないんだから仕方ない。わがまま言わないで自分で記憶しよう、なんか面白いことが書いてあるかもしれないし。


と思い読み続けてみたが…うーん、全然面白くないぞ。


(延々と『成果を上げろ』ってネチネチ言われてら、まぁここまで大掛かりな拠点作っといて何にも分かりませんじゃ済まんしな…)


ひたすら成果の催促ばかりが続く、マレウスの海洋生物の調査報告書を纏めて提出したようだがそれでも理学院の怒りは収まらない。やれ『レナトゥス閣下がお怒りだ』とか『レナトゥス閣下の期待を裏切りつつある』とか。すごい回数レナトゥスの名前が出てくる辺り、これはレナトゥス肝いりの計画だったんだろう。


読んでる側からすると頑張ってもらいたいところだが、結果はご覧の通りだしな。


(……ん?)


すると、最後のページに書かれた文書の文体が違うことに気がつく。今までネチネチ書かれていた責めるような口調ではなく、丁寧でかつ達筆な文字で書かれたそれは、ジャックの台頭や大した成果を挙げていない現状を鑑みてこれ以上の海洋調査に意味を見出せないとして計画の凍結を命じる文章が書かれていたが。


…最後に書かれた送り主の名前、これは。


(理学院長…ファウスト・アルマゲスト…か)


理学院を統べる者の名前が記されてる。聞いたことの無い名前だ、まぁ理学院自体謎に包まれた組織だから仕方ないが。…覚えておくか。


パタンと本を閉じればやや埃が舞い上がる。うーん、マレフィカルムについて何か分からないかと思ったがこの分じゃ大した情報は得られそうにないな。


まぁ、別に海洋拠点もマレフィカルムについて調べてるわけじゃないし仕方ないといえば仕方ないんだが…。アマルトの言う通りを探すのはあんまり頭のいいやり方ではないか。


「あ?おいおいテルミア、お前なんだその格好」


「ん?」


ふと、俺とは別の本棚に寄りかかり適当に本を読み込むアマルトの声に反応し振り返って見てみると。そこには拠点の奥からズカズカと現れたテルミアを見て。


「なんじゃそりゃ」


「ふんすっ!」


そのテルミアの格好を一言で表すなら…武装だ。頭にはヤシの実を加工して作ったヘルメット、胴には乾いたバナナの葉を編んで作られた帷子、そして手には木を削って作られた槍。何ともみすぼらしい衛兵がそこにはいた。


「これはね、この島に誰か上陸して人魚を捕まえようと襲ってきた時のために私が用意した武装よ!みんなジャック海賊団と戦うのよね!私も戦うわ!故郷なんだから!私もやる!」


「お前、…そんなにこの島を…」


「兄さんは族長の家系の者としてみんなを守るために戦った!だから私も!兄さんみたいに戦うの!」


「……そっか」


みすぼらしい、あまりにもみすぼらしい武装だ。これならまだ海賊の装備の方が優秀だ。だが…それを笑う者は一人もいない。それは全てテルミアの愛郷心から来る決意の表れだったから。


自らも族長の血を引く者として、非力であろうともそれを認めず戦う力を求めるその姿は、高潔そのもの。きっと、あのまま俺たちが船に乗ってこの島に上陸してたら、テルミアは一人でも戦ったんだろうな。


海賊相手にも、臆することなく…か。


「…心意気は上等だ、だがお前戦ったことないだろ?テルミア」


「何よ!関係ないわ!いつも森の中で鍛えてるのよ!」


「分かってるさ、でも向こうは銃も大砲も持ってる」


「だから…何よ」


本を机に置いて、俺はテルミアの前に立つ。よく見れば手が震えている、目も潤んでいる、怖いんだろう?怖いに決まってる、怖いものさ、戦うってことは…怖いことなんだ。


恐れるなとは言わない、怖いんなら戦うなとは言わない。恐ろしかろうか怖かろうが戦わなきゃいけない時は来るからな。だから。


「無理だって言いたいの?」


「いいや?…それでも戦おうとするお前の姿は、勇敢だと思ったんだ。…安心しろテルミア、お前の故郷には指一本…触れさせない、だからお前は村の方を守ってやってくれよな、海は俺らが守るからさ」


「……あんた、本当に頼りになるのね」


王は民のそばにいろ、戦場に出るのは兵隊の役目。そして俺がその兵隊になる。あの村には指一本触れさせない、絶対にな。


「…分かったわ!戦場は任せる!だから守り抜きなさいよ!」


「ああ、任せろ。…丁度いい。みんな聞いてくれ!ジャックと戦うための会議をする」


「ん、分かった」


「あ、はーい!」


俺が一声かければみんな集まってくれる。皆本を置いて部屋の中心に置かれた机の前に集まる。丁度海洋拠点ということもあり、この島と周辺の海域を書き記した地図もある、こいつを使って作戦を立てる。


といっても。


「つってもよ、作戦ったってもこっちの戦力は三人だけだぜ?作戦もクソもないだろ、全員で一斉にかかろうぜ」


「…いや、そういうわけにもいかない」


確かに三人で一気に行った方がいいかもしれない、敵は強いしな。でもそれじゃダメなんだ。


「…俺はジャックとタイマンで戦う」


「…………」


「…………」


俺はジャックと一対一で戦いたい、そういえばアマルトは微妙な顔を、ナリアはあわわと口を震わせる。…だよな、そんな顔されるよな。


「…まぁ、確かにジャックは強いぜ?…だから、お前一人で戦うのか?」


「アマルト…」


アマルトの微妙な表情の正体はそれだ。また自分一人で背負いこんで自分達を遠ざけようとするのかと。分かってるさ、昨日言われたからな、何度も同じ過ちを繰り返すつもりはない。


確かに俺はみんなが傷つかず俺が一人で済ませられるならそれが理想だと思っている、だがレッドランペイジの時に身にしみた。俺が一人でやれる領域には限度がある。それに無理をしてみんなに不安な思いだってさせたくない。


俺が一人で終わらせられるなら、それは俺の一人よがりでしかないんだ。そこは身に沁みた…身に沁みたよ。だから。


「違う、アマルト…役割分担だ」


「役割?」


「多分俺はジャックと戦ったらそれ以外の事は多分何も出来なくなる。相手はジャックだけじゃない、その間に島に乗り込まれたら終わりだ。それにエリス達のことも助けないといけない…だから、アマルトは乗り込んでくる海賊達を撃退してくれ、ナリアはその間に船に乗り込んでエリス達と合流してほしい。エリス達が戦いに加われば一気に形成を逆転出来る」


「わ、分かりました。テルミアさん、ここに船はありますか?」


「は?ないわよ、私達使わないもん…あ!待ってね?確かここに古いけどボートがあったはず」


「それがあれば十分です!衝波陣で一気に加速するなら船は軽い方がいいですから」


「…それでいいか?アマルト」


「…………」


アマルトは腕を組み、大きく息を吐いて…。


「へへっ、任せとけよラグナ、俺絶対やってみせるからさ」


ピース!と指を二本立てる。その笑顔を見てようやく理解する、頭で分かってたそれが心の底でようやく理解出来た。


そうか、俺が守りたかったのはみんなの笑顔なんだ、傷ついてもボコボコにされても最後に笑ってられるから…俺はみんなを守りたかったんだ。たとえ敵を退けられてもみんなから笑顔を奪ってちゃ意味がないよな。


だって俺たちは八人で一つのチームなんだから、どんな敵にも…八人で挑んで八人で笑い合えればそれでいいんだ。


「ふふっ、そうだな!お前ならぜってぇやれるって俺信じてるよ!」


「本当か〜?昨日のことで俺の顔色伺ってんじゃねぇの〜?」


「そんなことないよ、俺はいつも二人のことを信じてる。俺よりずっと賢いアマルトと俺よりずっと色んなことができるナリアをいつも頼って信頼してる。今回も同じさ、俺一人じゃやり遂げられないから」


「う、嬉しいこと言ってくれるじゃんよ…」


「ラグナさんが僕たちのことそんなに見てくれてるなんて思いもしませんでした」


「え……?」


俺そんなに仲間のこと見てないように見えてた俺みんなのこと死ぬほど信頼してるつもりだったんだけど…。これからはもっと口に出すようにしようかな。


「しかしよお、そういう話抜きにジャックを一人で抑えるなんて出来るのか?こう…言いにくいけど、お前でもジャックを相手するのは難しいと思うが…いや、陸に上げりゃあいつ無力か」


「いや、決着は海でつける」


「な!?それは無理じゃないですか!?レッドランペイジと同じで海の上にいるジャックさんは本当に無敵じゃないですか!」


「それでも、…必要なんだよ。まだ俺の頭の中でも纏まってないから上手く口には出せないけど、そういう決着のつけ方じゃダメな気がする」


ジャックとは海で、タイマンで決着をつける。俺の中にある薄ぼんやりとした何かがそういうんだ。そうしないと…本当の意味でこの一件を終わらせることは出来ない、そんな気が。


確かに無茶なのはそうだ、レッドランペイジに勝てたのは奴を陸に打ち上げたから。海の上のジャックは陸に打ち上げられたレッドランペイジ以上の強敵だろう。それでも俺は…ただ勝つだけではダメだと思うんだ。


「決着のつけ方ね…なんとなくわかったぜ、お前がそういうんならきっと正解だと俺は思う」


「確かに、終わらせるならビターエンドよりもハッピーエンドの方がいいですしね。分かりました!」


「ありがとう、二人とも…」


感謝する、頼もしい味方がいることに。二人がいるなら俺はジャックに専念できる。やはり俺は一人じゃダメなんだ、みんなと一緒じゃないとな。


「よし、そうと決まれば腹拵えだ。出来れば大量に食って蒼乱之雲鶴の為のエネルギーを貯めておきたい」


「お、レッドランペイジの時に使った奴だな、わかったぜ。となると大量に食材がいるな…カツカツの村から貰うのは気が引けるし、どうするか」


「なら私が魚たくさん取ってくるわ!なんだかよくわからないけどレッドランペイジを倒した時のパワーを出すには食べなきゃダメなんでしょ!任せなさい!私は魚取り名人なんだから!」


「よし!頼むぜテルミア!俺も潜って魚取ってくるから!」


戦いに備えよう、飯食って覚悟決めて、それくらいしかできないけどそれで十分だ。ジャックが到着するまでの間に準備を…。


「そう言えばジャックさん達は六日後くらいにここに来るんでしたね、ならそれなりに時間が…」


そうナリアが口にする、確かにヴェーラさんはそのくらいの時間だと言っていたな。それなら時間はあるけど…本当にそうか?


「…違うと思う」


「へ?」


「なんとなく思うんだ、ジャックは俺たちを追い出して迷いを捨てた…なら、きっと凡ゆる手段を使って加速してくると思う」


「……ってことは」


「…到着時間は大幅に短縮されるはずだ、俺の見立てだと…もってあと二日、それくらいで着くはずだ」


「……二日、直ぐですね」


「あいつら航海に関しちゃプロだからな、後先考えなきゃそれくらいやってくると俺も思うぜ?」


きっと、ジャック達はなりふり構わずこちらに向けて加速してくると思う。それなら時間はそんなにないと思うんだ。悠長に構えてる暇はない。


「…二日で出来る限りのことはやろう、準備しておくに越したことはないからな」


「分かりました、なるべく急ぎますね」


「頼むよ、よし!さぁ急ぐぞ!ジャック海賊団にリベンジだ!」


「おー!」


「ワクワクしてきたわね!海賊団だろうがなんだろうがぶっっっちめてやるわ!!」


「だからお前は村にいろって…」


俺たち三人の魔女の弟子とテルミアを加えた四人、それで…世界最強の海賊団達からこの黒鉄島を守り抜く。そうしなければ人魚達の命もジャックの命も失われてしまう。


絶対に、絶対に誰も死なせない。例えジャックと戦うことになっても。


海洋最強の男と戦い、勝つぞ…俺は!

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