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418.魔女の弟子と人魚伝説


「すまないなエリス メグ、荷物運びを手伝ってもらって」


「いえいいんですよ」


「お手伝いできることがないから聞いたのは我々なので」


船内を歩く影が三つ、木箱を抱え歩くのはエリスとメグさんとピクシスさんの三人だ。何故このような組み合わせで歩いているかというと…。


まぁぶっちゃけて言いますと、エリス達がピクシスさんに仕事がないか聞いたんですね。厨房での仕事も慣れたもんでマリナさんから任された仕事もあっという間に終えて、最近じゃデティやメルクさんも一人前に仕事ができるようになったのでエリスとメグさんは手持ち無沙汰になってしまいまして。


だからと言って暇だから休んでまーす…というのが出来ないのがエリスとメグさんだ。ピクシスさんに聞けば常に何かしら仕事があるとは聞いていたので彼を見つけて二人で話を聞いたところ。


何やら先日貰った大量の食料の置き場に困っているらしく、いつも使ってる食料庫がいっぱいになっちゃったんですね。だからと言って廊下に放置するのもあれなので…これから普段使われていない空き部屋にこの食料を移そうと考えていたそうです。


エリスもメグさんも力には自信があるので喜んで立候補したというわけです。


「しかしラグナ達はどこに行ったんだ、今こそあいつみたいなバカ力が必要だというのに」


「たしかに、さっきまで甲板の掃除をしてたんですが…」


こういう仕事になった時一番最初に頼られるのはラグナだ、事実ラグナなら三人で分割して持ってる荷物を一人で運べるだろう。そう思いピクシスさんもラグナを探してたらしいんですけど。見つからないんですよね。


まぁなんだかかんだキングメルビレイ号も広いですし、何処かにはいると思うんですけど…。


「しかし、これだけの人が暮らしていて使っていない部屋があるとは驚きでございます」


「それはまぁ…そうだな、この船は船長が自分で設計図を引いて作ったらしくてな」


「え?ジャックさん船の設計図も作れるんですか?」


「いや、純粋にここにこの部屋が欲しい、部屋はこれだけ欲しい、ここはこうして欲しいと職人に対して要望を書き殴っただけの雑な設計図だと聞いている。その時闇雲に部屋を増やし過ぎたんだ。船長的には部屋は多ければ多いほどいいと思ってたらしくてな…当時はまさか持て余すとは思ってなかったといつも言っている」


「なんですかそれ…」


部屋というのは多ければ多いほど用途が増えるし手狭に感じることもない、だが同時に部屋というのは掃除などの手入れが必要だ。部屋が一つ増えるごとに作業量は倍々に増えていく。多ければいいというものでもない。


のだが、どうやらジャックさん的には欲望の赴くままに理想を追求したようだ。だからこんなに大きな船になってしまったんですね。


「ということは、この船はジャック様の理想の船…ということになるのですね」


「ああ、なんせ夢の航海を共にする何よりの相棒だ、この船に乗る誰よりも船長はこの船を大切にしているよ」


そんなジャックさんが誇らしいとばかりにピクシスさんは無垢に笑う。夢の航海を共にする…か、ちょっと違うかもしれないけれどエリスにとっての馬車みたいなものですかね。


…そういえばもう海に出て結構経ちますけどエリス達の馬車…大丈夫ですかね。馬車馬のジャーニーもいますし…今どうなってるのか、考えるだに恐ろしいんですけど。


「お、見えてきたぞ」


「はい?見えてきたって…あれが空き部屋ですか?」


そう言って指さされるのは甲板から船内に入り、廊下の奥にある階段を降りて、さらにその奥の廊下に向かい、曲がり角を何度か曲がって、埃を被った階段をもう一回降りて、人気のない薄暗い廊下の一番奥に見えるなんか不気味な扉をピクシスさんは指すのだ。


あれが使われてない部屋?まぁ使われてる部屋に見えないけど…。


「なんか汚いですね」


「仕方ないさ、ここの辺りには滅多に人も来ないからな。私の手入れも行き届いていないのだ…悔しいことにな」


何が悔しいかよく分かりませんが、ピクシスさんは扉の前に荷物を置いて懐からハンカチを取り出す。それでドアノブをキュッキュッと磨き、親指と人差し指でドアノブを摘んでなるべく接触面を少なくした状態でドアノブを捻り出す。


潔癖か…。


「……ん?」


刹那、使われていないという部屋の扉のドアノブがカチリと音を立てて捻られると同時に感じるのは気配、部屋の奥から…何かを感じたんだ。


おかしい、ここは使われていない部屋のはず。それに先程ピクシスさんがドアノブの埃を拭き取った時に誰かの手の跡は付いていなかった。


部屋の中には誰もいないはず、なのに確かに何かが動く気配がする。やばい…迂闊に開けるのは危険だ。


「ピクシスさん、ちょっと待…」


しかしエリスの制止も虚しく、扉は迅速に開かれ中の光景がエリスの目に飛び込んでくる。


部屋の中は…あれ?何もいない?部屋の中は真っ暗で何も置いておらず、生き物がいるようには見えない。エリスの勘違い?


「ッ…!?なんだ!?」


「違う、やっぱり何かいる!?」


刹那、部屋の中を包む闇が動いた、闇の中で何かが動いたではない…そもそも闇自体が蠢いたのだ。剰え法則を無視して部屋の中の闇が意思を持った化のように影が伸びるが如くエリス達の足元に伸びてくる。


どういう現象だ!?影が光の方向を無視してこちらに伸びるなんて…無視?無視…あ!


「これ虫!?フナムシ!?」


フナムシだ、フナムシの大群だ、もうびっくりするくらい大量のフナムシの大群勢がザザザザと音を立ててエリス達の足元を這い回るんだ。もしかしてこいつらこの使われていない倉庫の中で繁殖してたのかな。


だから船の中でフナムシを見る回数が多かったんだ。まさか使われていない部屋で増えてるなんて…何食って生きてたんだろうこいつら、しかし別に虫が苦手ではないエリスとしてもこんだけ大量に虫がいるとちょっと気味悪いですね。


こりゃあ虫嫌いはたまらな…。


「あ……」


違うわ、いたわ、虫嫌い。確かラグナとアマルトさんがいうに…。


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!?!?!?!?」


ピクシスは虫が嫌いだ、足元を這い回るフナムシの大群を前に全身の毛を逆立てて悲鳴をあげて…。


「キャァァァァァア!?!?虫ぃぃぃぃいい!?!?」


「ってメグさんも!?」


すると今度はメグさんまで悲鳴をあげてピクシスさんと抱き合ってヒョコヒョコと泣き喚き始めるのだ。メグさんまで虫が嫌いなのか?知らなかったな…。


「ちょっとメグさん!貴方虫嫌いなんですか!?」


「嫌いでございます嫌いでございます!特にこういうカサカサしたのが嫌いなのです!ムカデとかッ!ご…ゴッ!ごき…ごひぃ〜…ぶひぃ〜…とかぁっ!」


「ごひぶひ?ああ、ゴキブリ」


「言わないで!!フナムシの感じがご…ゴヒッ…アレに似てて気分最悪でございますぅっ!!エリス様助けて助けてぇっ!」


うーん、これはいつもみたいにふざけてる感じじゃないな、そういえば馬車の至る所に虫除けの仕掛けが目立たないように配置されてたのはそういうことなのかな。でもおかしいな、エリスの記憶が確かなら…。


「メグさん帝国ではカブトムシとか好きって言ってなかったですか?それに蜘蛛型の魔獣とか倒してましたし」


「カブトムシはカブトムシでしょ!?それに魔獣も魔獣でしょ!?」


感覚が分からない、虫嫌いの人の感覚が。虫は虫でもカブトムシはいいのか?…うーん。エリスは別にそこまで虫嫌いじゃないですし、昔旅してる時は普通に虫捕まえてましたし。食べたこともありますし。


「ガクッ…」


「ぎゃぁぁぁあ!足上がってきた!」


しかし本当に辛そうだ、ピクシスさんなんかメグさんに抱きつかれたまま白目を剥いてるし、メグさんもメグさんで涙ポロポロ流して泣いている。


だがなんとかしろと言われてもこの量はな。この船ごとぶっ飛ばしていいならなんとかなりますけど…虫除けの魔術も一応持ってますけど、これ虫除け云々のレベルを超えてるしなぁ。


「もう!もう!もうダメ!限界!」


するとメグさんは遂に発狂し、手を前にかざすとともに。


「『時界門』ッッ!!」


「えっ!?使えるの!?」


空間に穴を作り中から取り出すのは帝国の道具、しかしそれはピクシスさんがいる場じゃ使えない筈では。当のピクシスさんは目の前に…あ。


そうか!気絶してる間は魔術が解除され魔力も弱まるから使えるようになるんだ!まさかメグさんはそれを見越して……な訳ないか。


「メグセレクション No.6『超強力吸引掃除機構』!!ぅぉぉおおおおおおお!!!」


取り出したのは何やら細長い筒だ。それが先端の口から吸い込む風を放ち周囲のフナムシを次々と吸い込み、筒を通じて管を通って時界門の向こう側へと消えていく。多分本来は埃や塵を吸い込む用途の掃除器具なのだろう。


そいつを使ってフナムシを片付けていくメグさんをボーッと眺める。これエリス何かする必要ないな。


「ぅぉぉぁぁぁあああああああ!!ぜぇ…ぜぇ…消えた!?消えました!?」


「もう居なくなりましたよ」


「やったーーー!!」


そういうなりメグさんは時界門を閉じて掃除器具を収納すると両手を上げてぴょんぴょこ跳ねる。しかし意外だなぁ…メグさんって明確に弱点らしき弱点はないと思ってましたが、あるんだ…弱点。


いいこと知ってしまったかもしれない。


ああそうだ、いいことと言えば…もう一つ。


「ん?んん?おや?こんな道端で寝てしまったか、何やら悪夢を見た気がするがきっと気のせいなのだろう」


起き上がるピクシスさんを見てややほくそ笑む。メグさんはピクシスさんがいる限り時界門をほぼ使えないに等しい状態になる。だが意識を失えば…それもまた消え失せる。


これは有益な情報だ、これがあるならエリス達はいつでもこの船を脱出できる。ピクシスさんを後ろから羽交い締めにして首をキュッとやればいいだけだし。


「大丈夫ですか?ピクシスさん」


「ああ、問題ないよ…」


そう言って彼に手を差し伸べ引き起こす。まぁ色々あったがこれで倉庫はきっと使え…む?


「ん?どうした?」


ピクシスさんが問う、エリス達にではない。エリス達の背後…廊下の奥から集団となって歩いてくる海賊達だ。この航海で慣れ親しんだ船員達がゾロゾロとこっちにやってくるんだ。


それを見て、異様な何かを感じたピクシスさんが眉を潜めながら首を傾げる、エリスも傾げる、メグさんは息を切らしている。


そんな中、海賊はエリス達に何かを言う前に……。


銃を…突きつけてきた。


「動くなよ、エリスちゃん」


「……どう言うつもりかは知りませんが、ソイツを突きつけられて穏やかに笑ってられるほどエリスは優しくないですよ」


「なっ!?貴様ら!イタズラのつもりなら度がすぎるぞ!」


銃を突きつけられたエリス達を守ろうとピクシスさんが立ちはだかる…だが。


「これはイタズラじゃねぇ、船長の命令だ、あんた達をもうこの船の乗組員とは見なさない…だそうだ。大人しく拘束されな」


「え?ジャックさんが?」


「ジャック船長が!?何をそんな…バカな…いや、事実なのか…!?」


すると海賊達の集団の奥からエリス達に見せつけられるのは…。


「くっ、すまん…エリス…」


「ごめんね…人質に取られちゃった」


「ごめーん!エリスちゃん!私が捕まったせいでみんな抵抗出来なかったの〜!わだじのぜいで〜!」


メルクさん、ネレイドさん、デティの三人が縄で縛られている。メルクさんは申し訳なさそうに俯き麻縄で両手両腕を二重で縄に縛られ、ネレイドさんは錨を引き上げる頑丈な鎖で雁字搦めにされ、一番最初に捕まり人質にされたであろうデティは縄で吊るされプラーンと垂れている。


どうやら、イタズラとかではないようだ。ジャックがエリス達に対して攻撃を仕掛けてきたのだろう…。何があったかは知らないし、どう言うことかは分からない。


だが…!


「エリスの友達を離しなさい、さもなきゃ…ここにいる全員、全身の皮を剥いで塩水に浸けますよ…!!!」


「うっ…!」


全身から滾る怒りを隠すことなく全員を睨む。例えお世話になった人たちだろうとエリスの友達に傷をつける奴らは全員許さない。敵になると言うのなら仕方ない、この船叩き割って沈めてやる…!!


そう…一歩踏み出した瞬間。


「そうか、ジャック船長がそう言ったのか…なら、仕方ないな」


「ッ…!」


ピクシスさんが、呟く。


「『ディグレシオンマネハール』」


「ぐっ」


「うぅ…」


刹那、放たれる幻惑の波動。ピクシスさんがいきなり敵に回った…さっきまでエリス達を守る立場だったのに、ジャックの命令だと知るや否やエリス達に対して方位魔術が放たれた。


ただそれだけでエリスとメグさんが膝をつく。


(き、気持ち悪い…地面が踊ってる…)


視界がぐるぐる回る、地面が上に行ったり下に行ったりぐねぐね畝って何がどうなってるのか分からない。これだ…この船に乗った当初食らった魔術。人の方向感覚を狂わせ無力化する魔術…こいつがある限り、人間はピクシスさんの前では立ってられない。


「悪いが船長がお前を拘束しろと言うのなら、例えお前達であろうとも容赦はしない。拘束させてもらうぞ」


「ぐっ…ナメる…なァッ!」


しかし、意地と根性で立ち上がりピクシスさんに向け拳を振るい、その頬を殴り抜いた。


「ぐぅっ!?」


と思いきや、悲鳴をあげたのはエリスの方だ。ピクシスさんだと思って殴ったのは地面だった。方向感覚が狂いすぎてどこに誰が居るか分からない、首を振ってもピクシスさんが見つからない。


気がつけばエリスは死にかけの虫のように地面に倒れ込みバタバタと暴れていた。地面はどこだ、敵はどこだ、上はどっちだ、下はどこなんだ。まるで分からない…水中みたいに上下さえ分からない。


バタバタと暴れているうちに力が抜ける、吐き気がすごい…うう。


「大人しくなったな…、拘束しろ!」


「エリス!」


「エリスちゃん!メグさんも…!」


「うう、厄介な魔術…」


動けなくなったエリスとメグさんは呆気なく捕まってしまい、体を縄で縛られる。特にエリスは危険と判断されたのか手も足も体も全部縄で縛られ簀巻きにされ身動きが出来なくなってしまう。


「船長はこいつらを閉じ込めておけと言ってました」


「そうか、ならちょうどいい…すぐそこに空き部屋がある。そこに放り込んでおけ」


「ま、待ちなさい…!ピクシス!」


全員揃って先ほどフナムシのお家になってた部屋に放り込まれる。そんな中ぐるぐる回る視界から来る気持ち悪さを必死に抑えてピクシスを呼び止める。するとピクシスの足音が止まり…。


「なんだ…?」


「もう、終わった気ですか…?まだエリス達にはラグナがいます、彼を敵に回す怖さは…貴方も知ってるでしょう」


「ッ……」


まだラグナがいる、例えエリス達全員が動けなくなろうともラグナがいるならまだ逆転の目がある。彼が無事なら…そう言うと、今度は別の声がする。これは…ヨークさんか?


「あー…言い辛いけど、ラグナ君とアマルト君…そしてナリア君は助けには来ない、既に船長によって海に叩き出された。この大海原のど真ん中でだ。悲しいが…生きてはいないだろう」


「なっ!?ラグナ達がやられただと!?」


「そ、そんなわけないじゃん!ラグナ達は強いよー!」


「だけど…ジャックも…強い」


「悔しいですが事実かもしれませんね…うっ、気持ち悪い」


「……ラグナ達が…」


「……そういうことだと、殺されたくなければ大人しくしているんだな。次はこの銃を脅しではなく本来の用途で使うことになるからな」


既にジャックと戦い海に沈められた…って?そんな話を聞かされると共にエリス達の前の扉は閉められ、エリスとメグさんの狂わされた方向感覚も治まってくる。


どうやら、エリス達は捕まってしまったようだ…まさかいきなりジャック達が敵になるなんて。


気を許し過ぎたか?いやそもそも何故急に敵対なんだ?襲うならもっと良いチャンスはいくらでもあったはずだ。何故このタイミングなんだ…。


「うへーん、ごめんねメルクさーん!ネレイドさーん!私が捕まっちゃったから〜!」


「いいさ、厨房で皮剥きをしてる最中にいきなりだ…いくらデティでも対応出来まい」


「最初なんかの冗談だと思ったんだよね…、魔力からは全然殺意も敵意も感じなかったから…」


「彼らも使命で動いているんだよ…」


「……それにしても、ラグナ達…大丈夫かな」


ガキン!と音がしてネレイドさんが立ち上がる、見れば彼女の足元には引きちぎられた鎖の残骸がある。やっぱり…ネレイドさん、態と捕まったふりをしてましたね。


「ね、ネレイドさん鎖引きちぎれるの?」


「うん、このくらいなら」


「ならなんで捕まったの…?」


「海賊はみんなを捕まえるつもりだったから、このまま捕まってた方がみんなと合流出来ると思った。…状況が掴めない上に船の上じゃ逃げ場がない、今はみんなと合流する方が先決…。でも…ラグナはここに来ないみたいだね」


「うん…ジャックに海に放り出されたって…」


「もし本当だとしたらいくらラグナ達でもまずいんじゃないのか?」


メルクさんやデティが不安そうに俯く、そんな中エリスはただ一人…簀巻きにされたまま動かず横たわり続ける。確かにラグナが海に放り出されたのはまずい、一緒にナリアさんやアマルトさんも放り出されていたならいくらラグナでも二人を抱えたままでは海の上を走れまい。


ラグナがエリス達の所に来るのは、無理と考えるのが普通だ。


「…どうする?ラグナ達がここに来ないなら、我等だけでこの船を乗っ取るか?」


「そーだね!船を奪ってラグナ達を迎えに行こう!」


「…………それはどうかな」


「へ?どう言う事?ネレイドさん」


「…………エリスはどう思う?」


ネレイドさんは問う、どうおもう?と…そんなの決まっている。ラグナは助けに来れない、ならエリス達が取るべき行動は一つ。


「…ネレイドさん、その鎖を体に巻いてまだ捕まったふりを続行してください」


「え!?なんで!?エリスちゃん!」


「ん、そうだよね…分かった」


「え!?え!?どう言う事〜!?」


「落ち着いてくださいデティ、ラグナは来ますよ」


「でも…海に落とされたって」


「それでもです、きっとラグナはエリス達を助けに戻ってくる。アマルトさんもナリアさんもその程度の事でどうにかなる人たちじゃありません。…この船の海賊達は手強いですから、みんな揃ってからの方が戦いやすいです」


エリス達が取るべき行動は一つ、ラグナが助けに来れないなら…『それでもラグナ達を信じて待つ』のだ。正直、エリス達五人で戦えば船員くらいなら蹴散らせるだろう…だがジャックと三人の幹部はどうだ?


三幹部の実力は凄まじい、特にティモンさんとヴェーラさんからは凄まじい魔力を感じた、その上海の上では無敵のジャックが向こうにいる。海の真ん中で戦って勝てるかはちょっと微妙だ。


ラグナ達の助けが要る。だからエリス達は待つのだ、彼らが戻ってくることを。


「絶対絶対、ラグナは来てくれます…絶対に」


そうですよね、ラグナ…貴方なら例え海が立ちはだかろうともエリスを助けに来てくれる。エリスは信じていますから…ね。


……………………………………………………………


「船長、どういうことですか!急にこんな…エリス達はキングメルビレイ号の船員達ですよ!船員同士の争いは御法度!それは貴方が定めた不文律でしょう!」


「……………………」


ピクシスは必死に訴える、船頭に仁王立ちし船の進む先を見据えて何も言わないジャックに対して明確に怒りを向ける。憧れのジャックに対してここまでの怒りと疑念を持ったのは生まれて初めてだ。


だが、そんなピクシスの必死の訴えにもジャックは答えない。


「貴方も常々語っていたでしょう!ラグナは素質がある!エリスは器用だ!アマルトまで賢い…ナリアは優しい、メルクは規律正しくデティは可憐でネレイドは頼りになりメグはなんでも出来る、こんな奴らと一緒に旅が出来るのは光栄だと!それなのになんでこんなことを!」


「…………」


「答えてください!いきなりエリス達を拘束し…剰えラグナを海に沈めた!?何を考えているんですか!」


エリス達を拘束した時は心が痛んだ、その上ラグナ達が海に沈められたと聞いた時は仰天して…こうして船長のところに来てしまうくらい、ピクシスは怒り狂っていた。


ラグナは…気持ちのいい男だった、確かに彼らは正式な船員ではないが、頼りになるしガサツなうちの船員と違って気も効くし、…もし自分がこの船の船長になったら、あんな男を副官に置きたいと本気でも思うくらいにはピクシスはラグナを評価していた。


なのに、なんでこんなことに…。


「ピクシスよぉ…」


「っ…船長……」


するとジャックは肩腰にピクシスを見据える、それも今まで見たことないくらい冷徹な目で。


「お前、絆されてんじゃねぇぞ…。アイツら元々俺の縄張り荒らした余所者だぞ、俺の許可なくエンハンブレ諸島に来る奴らは全員敵だ、ラグナもサミュエルも同じ敵なんだよ」


「でも…ラグナ達は……」


「甘い事を言うな、海賊なんて騙し騙され裏切り裏切られが常なんだ。お前にもそう教えただろ」


「そうですけど…でも…!」


割り切れない、割り切れない。例え船長の言うことが正しくても同じ船に乗り同じ航路を共にした者をピクシスは真の意味で敵として見ることは出来なかった。


何より、今の船長は普通じゃない。自分の憧れた人は…こんな目をしたりしない。


「やめろピクシス、何を言ってもムダだ」


「…ティモンさん」


すると、そんなジャックの近くで舵輪を握るティモンさんが小さく首を振るう。誰よりもジャック船長と長い付き合いの彼が…諦めろと口にするその事態にピクシスは少し…少しだけ、絶望する。


「今のジャックは誰にも止められん、こいつはもうこれ以上続ける気は無いんだ」


「続ける気は無い…?何をですか、こんないきなり何もかもひっくり返すような真似して、何が…!」


「お前はまだ若い、割り切れないのはわかる、だが…それでも割り切れ。ジャック海賊団の一員なのだと名乗るなら、ジャックの言葉は何よりも優先しろ」


「っ……!」


拳を握り悔しさのあまり俯く、正しい…ティモンさんのあり方はいつも海賊として正しい

だからこそこの人がジャック船長の味方をしている事が何よりも苦しい。


すまないエリス、君達をあの部屋から出してやることは…どうやらで出来そうにない。


「ティモン、あとどれくらいで黒鉄島に着く」


「…今のままなら後五日だ」


「なら俺が加速させる、ヴェーラ!お前も風を送れ!三日以内に行くぞ!」


「あいあいさ〜」


「…………」


何故、もうラグナ達がいないのに黒鉄島を目指すんだ?何か隠しているのか?だとしたら何故船長は私に何も言わない。言ってくれない。


私は…もう、どうしたらいいか分からない。


「ピクシス」


「船長…?」


「迷うくらいなら、船に乗るな」


「っ……」


投げかけられた船長の厳しい言葉…。だがそれも罷り通る、ここは船長の船だから。


…ああそうだ、迷うくらいならこの船に私の居場所はない。…迷うくらいならな、なら…迷わない。私の居場所はここだけなんだから。


「…………」


「…納得したか?なら行くぞ、黒鉄島に!全部終わらせる!」


黙って俯いたピクシスを見て、ジャックは表情を変えずただ前を見る。今はそれ以外を見ない、ただ前だけを。


そうしないと、誰よりも…ジャック自身が迷いそうだったから。迷うくらいなら…ラグナ達を海へ沈めていないというのに。


過去の己を思わせる男と決別した時から、振り返る選択肢はどこにもない。


…………………………………………………………


……冷たい。


それが第一に感じた印象だ、朦朧とした意識の中皮膚が周辺の温度を察知し軽く震える。


……寒い。


それが第二に感じた印象だ、なんだかとても肌寒い。今俺…何してるんだっけ、ジャックにいきなり攻撃されて、それで…海に落とされて。


ああこんなこと前にも会ったな、ジャックと初めて会ったの日のことだ。あの時もこうしてジャックに沈められて、死んだと思ったら…生きてて。


それで…あれ?俺夢見てたのかな、ジャックに攻撃される夢もあいつの話を聞いたからとか…ああなんだ、じゃあ早く起きて仕事をしないと。今日も甲板を磨いて、それで…。


「ん……」


むくりと起き上がる、するとなんだか体がちょっとだけ重い気がして体を見る。


…なんか、体に鎖巻きつけてあるんだけど。どういう状況?そういやジャックと最初に会った時もこんな風に俺が鎖に繋がれてて。


隣を見たらアマルトとナリアがいて…あれ!


「ナリア!?アマルト!?なんでお前らも鎖に繋がれてんだよ!?」


「お前もだよ…」


「え?あれ!?ってかここどこ!?」


ふと周りを見ると、異様に薄暗い。どうやらここは檻の中らしい、しかも壁が黒い、鉄格子も黒い、…しかもこの質感。翡翠島グリーンパークにあった未知の遺跡に似ている気が…。


ど…どど、どういう状況だよ本当に、何が起きてんだこれ…。


「どうやら僕達捕まってしまったらしいですよ」


「捕まった?誰に?俺達ジャックに海に流されたよな、何か知らないか?アマルト」


「…………」


「アマルト?」


「ツーーン」


なんか、アマルトにそっぽ向かれたんだけど。なに?その反応、泣きそうなんだけど、そんなことしないでくれよ…悲しいじゃんか。


じんわりと瞳に涙が宿る、大切な仲間にそんな態度取られたら悲しいよ俺。


「あ〜えっと…アマルトさん、怒ってるみたいでして」


「怒ってる?…あ」


そこで思い出す、そういえばジャックに襲われた時…アマルトに怒られたんだった、ジャックがなにを考えているかを、知っていながらアマルトに黙っていたことを。いやアマルトだけではない、ナリアにもみんなにも黙ってた。


「あぅ…その、隠し事してたの…怒ってる…よな」


隠し事をしてきたつもりはない、いつかは話そうと思っていた。けどそんなの言い訳だ、事実として俺はアマルト達に共有するのを躊躇った、都合のいい言い訳を並べて事態から遠ざけたのは…事実だ。怒らせてしまった…。


「その、すまん…いやすみません」


「…………いや、その」


するとアマルトはなにやら気まずそうにこちらを見て…。


「まぁ、隠し事されたのはいいんだけどさ。全部が全部共有してくれ!って言いたいわけじゃないのよ。まぁ言えない事もあるよなって…」


「え?じゃあなんで怒って…」


「怒ってるのは、なんか最近…お前が俺達を遠ざけてるような気がしてたから。隠し事されてた上に自分一人で戦うって言われて、ついカッとなっちまって…俺の方こそ悪かったよ、足引っ張って」


唇を尖らせ申し訳なさそうに目を伏せる、そこで考えるのは…。


遠ざけてたか?そんなに。意識がない、確かに隠し事の件はアマルト達を遠ざけてたかもしれないけどさ。それ以外のことでは俺はアマルト達を頼りに………。


「意識なしって感じか…」


「あ、ああ。でも俺はいつもアマルト達を頼りにしてたつもりなんだ…」


「そっか、でもお前…ジャックの船に乗ってから自分がなんとかしなきゃって思う場面が多かったんじゃないか?」


「…………うん」


思ってた、だって元々を正せば俺がミスったからジャック達に捕まったわけだし、みんなに頼られて…それで。


「確かにお前から見れば俺達は弱いかもしれない、けどだからってお前の後ろにいてジッとしてろなんて言われても無理だよ。俺達だって…お前のことが好きなんだから」


「…………」


「お前一人に背負わせて、それで待ってろって…そんなに俺たち、情けないか?」


ハッとする、アマルトにそれを言われて思い出す。


レッドランペイジを釣り上げる時体験したもどかしさ、何か出来ることはないかと探すけどなにも出来ない、そんな焦燥感。もしかして俺は…自然とみんなにそんな思いをさせてたんじゃないか?

ただ一人で解決出来る気になって、実際は一人じゃなにも出来なくて、なのにみんなに辛い思いさせて。


…俺、思い上がってたな……。


「……そっか、悪い…」


「…………どうしようナリア、今度はラグナが落ち込んじまった」


「ラグナさんは真面目な方ですからね、アマルトさんもまた…」


「…………」


「あー……」


空気が最悪だ、自分でも分かる。けど今は反省させてほしい、やはり俺は間違えていた。みんなを俺が守ろうと前に出る余り、後ろの仲間の顔を見逃していたとはなんたる不覚か、…ジャックの言っていた。


部下ではなく仲間…という言葉が身に染みる、そうだよ、アマルト達は部下じゃないんだ。なのに俺は…。


「む?」


ふと、反省の中檻の外から気配を感じて顔を上げる。…なんだ?何か来る?


「どうした?」


「何か来る、多分俺達を捕まえたやつだ」


「へぇ、なら顔を拝んでやろうじゃねぇか」


「今度はどの海賊に捕まったんでしょうか僕達は」


反省だなんだと言ってる場合ではないな、今このなにも掴めない状況を察するため俺はジャラジャラと鎖を引きずって鉄格子の前に立つ。


すると…鳴り響くのは足音ではなく、ジャバジャバと言う水音…何かが水の中を泳ぐような音がして、目を凝らす。


するとどうだ、檻の外にあったのは…水だ、というよりこの檻がある建物自体が半分浸水してるのか?俺たちを閉じ込める檻を中心とした広大な部屋は、その殆どが水によって満たされている。そしてその水の中を何かが泳いで…。


「っ…!?なんだ!?」


跳ねる、水しぶきをあげて高く高く跳ね上がる…そのシルエットは。


上半身は、人間。


下半身は、魚。


これって…もしかして。


「人魚ォッ!?」


「うそーっ!?」


「マジか…!?」


アマルトとナリアが声を上げる、いやいやマジかよ、人魚かあれ…ってそうだ、人魚は実在するんだ。ジャックが言っていた…けどこうして間近で見るとまた。


高く跳ね上がった人魚は空中でクルリと身を翻し、俺達を閉じ込める檻を前にスタッと音を立てて着地し…ん?あれ?おかしいな、どうやってあの足で着地するんだ?だって下半身は尾ビレだろ?なのになんで…。


「フンッ、起きたか…下賎な陸人共」


「は?」


そうして目の前に現れたのは、なんとも気の強そうな金髪の女だった、目鼻立ちは普通に人間、エラもないし鱗もない、普通の女の子。街で見かけてもちょっと美人だなくらいの感想しか出てこなさそうな…そんな普通の女の子。


チラリと下半身を見れば、そこには普通に足がある。おかしいな…さっきは確かに足が。


「この…聞いているのか!クズ共ッッ!!」


すると女はいきなり激怒して拳を握り、俺の鼻っ柱を思い切り殴り抜き…。


「っっ〜〜!?!?硬ぁっ!?」


逆に女の方が弾かれコロコロと後ろに転がっていく、別に魔力防御もしてなかったんだが…。


「あいつ無茶するよ…」


「ラグナさん殴るって…素手で鋼鉄殴るより痛いのでは」


「くぅ〜っ!?なにこの硬さ!?陸人はみんな貝みたいに硬いのか!?」


「いやこいつだけだから」


おいおいアマルト、俺別に貝みたいに脆くないよ…しかし。


状況から考えるに…俺達をここへ閉じ込めたのはこの女ということになるが、さっき見せた姿といい、この黒い遺跡といい、まさかここって。


「おい、えーっと…あんた名前はなんていうんだい?」


「はぁ?陸人が偉そうに…フンッ!だが私は答えてやるぞ!私は礼儀正しいからな!陸人と違ってな!」


すると赤く腫れジンジンと痛む右手を隠しながら女はフンッと胸を張り…。


「私は誇り高き蒼の末裔、人魚のテルミア!貴様ら薄汚れた陸人と違って私は高潔なんだ、敬えよ!」


「人魚!?」


「じゃあやっぱ人魚じゃん!ってか足は!?魚じゃないのか!?」


「はぁ?全く陸人の言葉は理解しかねるな、余程知能が低いのだろう、可哀想に。私は優しいからな、同情もしてやるぞ、陸人にはしないが」


「どっちだよ…!」


人魚、そう名乗ったのだ。ってことはやっぱり『あの』人魚だよな…なのに足はある、どういうことなんだ。気になるけど…すごーく気になるけど、今はそれ以上に…。


「なぁ、テルミア。もしかしてお前が俺達をここに運んだのか?」


「ん?ああそうだ、お前達三人を連れて泳ぐくらい私には訳ないからな!貴様らが溺れないよう配慮もしてやった、感謝しろ!」


つまりこいつが俺たちを助けてくれたということか、海に流されてそのまま漂流するところだったのを捕まえて泳いでここまで運んでくれたと。そして人魚族たる彼女が連れて来る場所と言ったら…今んところ俺は一つしか知らない。


「まさか、ここが黒鉄島か?」


「そうだ、……………何故知ってる!?!?!?」


「やはりか…」


「え?ここ黒鉄島なの?」


「なんで一目で分かったんですか?」


ナリアとアマルトが聞いてくる、そうだな…俺が黙ってたから知らないよな。うん、言おう。


「ジャックが言ってたんだ、人魚の住処は黒鉄島にあるって…奴は人魚を探してるんだよ」


「マジで?それが黙ってたこと…か?」


「まぁそうなる、まだちょっとあるけど…そっちは後でいいかな」


「ああ、構わねえよ、今は目の前のそいつのが先だ」


……忘れてたけど、アマルトはこれで聞き分けが良く理解力も良い方だ。もっと早くから共有してたら何か違ったのかな…。


「やはり!貴様らは海賊ジャックの一味だな!?」


するとテルミアは激怒し出してまた俺のことをポカポカ殴る、ああもう…話が渋滞してやがる。


「貴様らジャック海賊団が我々人魚の命を狙ってることは分かってる!というかそもそも海賊達はみんな私達を殺そうとする!お前達も一緒だ!」


「なら…俺たちを殺すのか?」


「フンッ、本当はそうしてやりたいが、違う。お前達は人質だ、お前達の身柄を拘束しジャック達を追い払うのに使う、こいつらを殺されたくなかったら引き返せとな」


「…なるほど」


段々話が読めてきた、人魚は海賊がその身を狙っているのを知っている。そしてどういうわけかジャックが人魚の身を狙ってる事もこいつらにはバレている。だからそこを自衛するために人魚は俺たちを人質に取ったんだ。偶然流れてきた俺たちを捕まえてこれ幸いとな。


全ては防衛策のために、けど…。


「悪いけど俺達もうジャック海賊団の人間じゃないんだ」


「へ?」


「あの船からも叩き出された身だ。人質としての役割は果たせないぞ」


「な、なんだと!?もっと早く言え!」


「えぇ〜?もっと早くって言ってもさぁ、そもそも船の外に追い出されて流されて来てる時点で普通は気がつかねぇかな」


「うっ…!そこまで考えてなかったとは陸人達にはとても言えない」


「もう言ってるよ…」


シュババ!とアマルトのツッコミに対して両手で口を隠す、さてはこいつ相当素直だな?聞かれた事全部に答えてるし。


しかし、そうか…人魚達側も自分の命が狙われてる事を知ってたのか。その為にこんなことまで…。


「くぅっ!この…どこまでも忌々しいな陸人!そもそも第一お前!」


「え?俺?」


ふと、テルミアが俺を指差し『そうだ!お前だ!』と怒鳴り散らす、なに?俺もう怒らせるようなことした?


「お前がレッドランペイジを倒さなければこうはならなかったんだぞ!」


「は?なんでレッドランペイジの名前が出てくるんだよ」


「あれは私が海底から目覚めさせた存在だ!たーくさん血味玉を用意してちょっとづつちょっとづつあそこに誘導したのに!」


「な!?あれお前が誘導したのか!?」


「当然だ、レッドランペイジは恐ろしいが泳ぎは遅いからな、私なら簡単に逃げられる。だから血の匂いで徐々に徐々に移動させて…」


「違う!そこじゃない!レッドランペイジの所為でどれだけの人間が死の危機に直面したと思ってるんだ!アイツがどれだけ危険か理解してるはずだろ!お前も!」


流石にそれは関しては俺も怒るぞ、アイツがブルーホールに近づいた所為でどれだけの人間が怖い思いをしたと思ってるんだ、エリスが傷ついて…みんなが絶望して、それをこいつが?こいつが原因だったのか!


そう怒鳴るがテルミアも一歩も引かず激怒し返して。


「なら私達は今も命の危機に瀕している!海賊達の間に広まったくだらない噂話の所為で!私達はいつもこの海を追い回されて生きてきたんだ!!」


「っ…噂話?それってもしかして…」


「ああそうだ!人魚の肉を食えば海の上では死ななくなる?馬鹿馬鹿しい!そんなわけあるか!私達はなにも特別なことはない…陸人と同じ、…人間なんだぞ!」


「人間…!?いやお前ら…人魚だろ?」


「……さっきの疑問に答えてやる、私達の足がどうなっているか…だと?決まっている」


するとテルミアは服の中からペンダントを取り出す、丈夫な鎖に繋がれた先にくっついているのは…干した魚の鱗?


それを静かに掲げながらテルミアは、口遊む。


「『イミテーション・トランス』…」


その言葉と共にテルミアの体は光り輝く、その光は、その言葉は、紛れもなく『魔術』だ。


それもこの光や現象は見たことがある、そう…似ているんだ。これは…。


「呪術か…?いや、まさか現代呪術!?」


アマルトが思わず口を塞ぐ、現代呪術…本来は存在しないはずの現代の呪術系統。デティをして無いと断言したはずのその光は、アマルトが動物に変身するときの光によく似ている。


呆気にとられる俺達、そうしている間にテルミアの光は収まり…その姿が露わになると。


「…これで満足か、これで分かったか、陸人」


「これ…人魚…?」


人魚だ、紛れもなく人魚、腰から先が鱗に覆われ足が尾ビレになって地面に座り込んでいる。これが俺達がさっき見た人魚の姿、エリスがあの日見た人魚の正体…?


「私達は人間だ、ただ特殊な魔術を使えるだけのな。この魔術を使えば私達は体の一部を完全に魚にすることが出来る…ただそれだけなんだよ」


「お、おお!?おおおおお!おいおいおいおい!マジかよ!これ現代呪術だろ!?変身呪術だろ!?」


「な!?なんだお前は!」


「嘘だろ、奇跡的だ。奇跡的な半端具合だ!シャレにならねぇくらい半端だ!こんな半端な変身は古式魔術でも実現出来ない!お前すごい半端だな!」


「喧嘩売っとんのか!!!」


アマルトは語る、半端なのだと。古式呪術ではテルミアのような体の一部を完全に変身させることはできない。それは古式呪術が完璧すぎるからだ、完璧であるが故に半端は出来ない。だから体の一部を完全に変身させるなんて細かい芸当は出来ないのだ。


代わりに現代呪術なら、そもそもが半端であるが故に整合性が取れた完璧な一部変身が可能となる。呼吸器も人間と魚のものが半端に混ざり合い、内臓や骨格も半端に混ざり合う。これは古式呪術では出来ない芸当。まぁ代わりに現代呪術の方は完璧な全体変身は出来ないのだろうが。


「お前!これどこで学んだ!現代呪術は魔術界にも認知されてない失伝魔術扱いなんだぞ!!」


「決まっている、我々の祖先がかつて住んでいた島で文献を見つけたんだ…それをご先祖様が解析して作り上げた、…まぁその島も文献も海賊の襲撃で全て焼失してしまったがな」


「だぁぁぁ!ってことは完全に失伝じゃねぇか!惜しいなぁ…いやでもここに使い手がいるし、これを使えば誰でも人魚に……ハッ!」


アマルトは気がつく、そうだ…これを使えば誰でも人魚になれる。裏返せばテルミアはなんら特別なことはないただの人間ということ。メグさんが語った一万年前の亜人種人魚の生き残りでもなんでも無い。


ただの人間なんだ、ただ認知されていない現代呪術を使うだけの…ただの人間。


「気がついたか?そうだ、私達はただの人間…それなのに周りと違う姿になれるからという理由だけで、…『肉を食べれば海で死ななくなる』というデマが広まったんだ!」


「お前みたいに噂に尾ビレがついたってことか、人魚だけに」


「お前よくこの空気でくだらない冗談言おうと思えるな!」


「ごめんなさい…」


今のはアマルトが悪いよ…。


「人魚の肉を食えば海賊として不死身になれる、そう考えたバカな陸人達は私達を殺そうと追い回した!中には…生きたまま喰われた同胞もいた!故郷は何度も焼き払われその都度私達は逃げて、怯えながら毎日を過ごして来たんだ!貴様ら陸人…いや海賊のせいでな!」


「……そうか」


「ブルーホールを襲ったのもその為だ、亡き同胞の復讐と、我々の安寧の為と、そして…家族を守る為の!最後の抵抗だったんだ!それをお前は潰したんだ!」


「…………」


「聞いた話ではジャック・リヴァイアがもうすぐこの島に来るらしいな、我々人魚の肉を狙って…。バカなやつ、我々を喰らおうともこの海は克服出来ないというのに…」


「…………」


それが、人魚伝説の真実。蓋を開けてみれば…ただの理不尽な迫害。事実では無い噂を信じて海賊達は人魚を追い回し、追われる理由のない人魚が…いいや、ただの人間達がもう何十年何百年も狙われ続けている。


テルミアの怒りも最もだ、けど。


「悪いな、それでも俺レッドランペイジを倒した事は謝れない」


「何を…!」


「ブルーホールには海賊じゃない人間も大勢いた。そいつらにも家族がいる…そのことを思えば見逃せばよかったとは到底思えない、君の気持ちを鑑みてもだ」


「フンッ、陸人とは分かり合えないとは思っていたが…ここまでとはな!」


するとテルミアは這いずって近くの水溜りまで進み。


「ともかく、お前達の沙汰は追って下す!」


「ええ!?俺達もう海賊じゃないのに!?」


「だとしても汚い陸人であることに変わりはないわ!」


「そんなぁ…」


がっくりと項垂れるアマルトを置いて人魚は水の中に飛び込んで消えてしまう。大凡の状況は掴めた。人魚達は海賊を恨み、謂れのない理由で追い回されるのに辟易している。だから俺たちを捕まえ人質として使う予定だった…ってわけか。


「はぁ、俺海に出てから捕まりっぱなしじゃね?」


「エリスさんみたいですね」


「全くだよ」


するとアマルトは諦めたようにどかりと壁にもたれて座り込むと。


「んじゃ、ラグナ、話してくれるんだよな?」


「ん?」


「ん?じゃねぇよ、さっきの話の途中だ、ジャックと何を話したか…もう全部教えてくれる気になったんだよな?」


ニッと微笑む彼を見ていると、毒気が抜かれるというかなんというか、もう気にしてない…ってことはないんだろうが、怒りや嫌な空気を引きずるつもりはないようだ。こうしているとつくづく思い出す、彼が俺より年上であることを。


アマルトは大人だな。


「分かった、そして悪かった、話すかどうか迷っていたんだが実は…」




そして、俺は余すことなくアマルト達に話した。


ジャックが人魚を狙っている理由、その人魚の情報の出所とそれに従った場合ジャックがどうなるかの展望、そして俺達を船に乗せた理由。それぞれを事細かに話し、アマルトは静かに『うん』と頷き。


「ん、共有さんきゅー、ありがとうなラグナ」


「いや…、もっと早く話していればよかったな」


「いやな態度とったのは謝るからそんな顔しないでくれよ…、オホン!それよりだ。まずいんじゃねぇの?今手元にある情報だけで推測すると…」


「はい、ジャックさんは人魚の正体を知らないんですよね?もしジャックさんが人魚を食べられたとしても海で死なない力は手に入らない、その事に気がつかないままテトラヴィブロスに行こうもんなら…!」


ナリアが語る危惧、それはそのままジャックの生命に関する話になる。もしジャックが人魚の肉を食っただけでテトラヴィブロスに挑めると思ってあの魔海に飛び込んだら、帰ってくるどころの話じゃない。


死んでしまうかもしれない、マレフィカルムに入る以前にだ。


「ああ、だからなんとか説得したかったんだが…そんな暇もなかった」


「もしくは、説得されるのが怖かったかだな」


「へ?怖かった?」


アマルトは体を巻く鎖を鳴らしながら目を閉じて懇々と語る。


「ジャック自身が何を言ってもやっぱりジャックはラグナのこと評価してただろうし、そんなお前に面と向かって否定され続けたらちょっと考えちまうだろ?んで、自分でも納得してない事を無理矢理飲み込んで納得してたジャックからしたらその『ちょっとした思考』も怖いわけだ、だから俺たちを叩き出した…」


「つまりジャックさんは本気で僕達の事を敵視して追い出したわけじゃないんですね」


「ああ、まぁ自分勝手極まる話だがな。自分の都合で船に乗せといてやっぱ都合悪いから出てけはねぇだろう」


アマルトの言葉を聞いてハッとする、そうか…ジャックは今も迷っていたんだ。迷わない事を迷っている、だから俺達を海に叩き出しそもそも会話をする暇を与えなかった。


俺がこの船の面倒を見るならよし、見ないならこれ以上一緒にいると決意が揺らぐから…。


アイツ、バカじゃないのか。もっと正直に色々言えよ…。


「やっぱりアマルトに相談するべきだったな、君は俺より賢い」


「やめろ湿っぽいこというのは、それより次の議題は今この現状をどうするか…だろ?そういうのを考えるのはお前の仕事だ、ラグナ」


「…そうだな」


ゴソゴソと体を動かせば体に巻きつく鎖がちょっと邪魔に思えてくる、だから俺は親指と人差し指の第二関節で鎖を挟み。


バチン、と…ペンチの要領で鎖を断ち切り拘束を解く。


「考えてみるよ」


「お前、今指だけで鎖を引き千切らなかったか…?」


「相変わらず凄い力ですね…」


「こっちの方が静かでいいだろ?それより二人の鎖も切るよ」


ナリアとアマルトの同じく指で挟んで断ち切り、俺は再び座り込み考える。


分かっているのは三つ、ここは黒鉄島、人魚はここにいる、ジャックはここを目指している。


この三点だ、一番重要な情報が出揃っているから今後の方針も決めやすい。まず気にするべきはジャックの動向だが、まぁ間違いなく奴はここに来る。とするなら近いうちに再会は出来るだろう。


そうなった時、俺が取るべき行動はなんだ?……。


「でもびっくりですねアマルトさん、ジャックさんがマレフィカルムと関わりがあったなんて」


「あーな、それは俺も思ったよ。三魔人は空魔ジズを除いてマレフィカルムと関わりのない人間だと思ってたけど、まぁ…裏社会の人間なら粉かけないわけないよな」


考えていると、ナリアとアマルトの会話が耳に入る。


「ジャックさんがマレフィカルムの人間ってことは…あの人も魔女大国を襲ったりするんでしょうか」


「それはもう襲ってね?いやでもこれからは略奪ではなく襲撃のために襲撃してくるようになるのか。最悪ジェミニ号とか襲いそ〜」


「…それは阻止したいですね、絶対に」


二人の会話を聞いていると、出来ることではなくやりたい事が見えてくる。するべき事ではなく為すべき事が見えてくる。


…そうだな、やるべき事は最初から明白だったな。


「よしっ!決めた!」


「お?決まったか?どうするんだラグナ」


「…俺達で人魚達を守るぞ、ジャック達がここを襲うってんなら…好きにさせるわけにはいかない」


「ですね、ここの人達は人魚じゃなくてただの人間だってジャックさんに教えてあげないと!」


「下手すりゃそのままテトラヴィブロスに行っちまいそうだしな。けどよ…その為にはここから出してもらわんとならんぜ?」


「そうだな…」


檻というのはただ拘束する為にあるわけではない、これは『お前達に好きに行動させるつもりはない』という意思の表れでもある。例えここを出ても人魚達に敵対視されていては守るも何もない。


というかこの檻、翡翠島にあったやつと同じだけど…そもそも壊せるのかな。


「うーん、この檻頑丈だな」


コンコンと格子を叩けば、例の特徴的な甲高い音が鳴り響く。やっぱりこれ…翡翠島にあった、えぇっと…アマルト曰く『不朽石アダマンタイト』だったか?古の大国ピスケスが作ったっていう。


って事はあれか?ここが黒鉄島でここに遺跡があるって事は、ライノさんの言ってた遺跡云々は本当にあったってことか。


「壊せるか?」


「分からん、マジでやったら多分壊せるかな」


「でも壊しても人魚のテルミアさんから怒られるんじゃ…」


「別に怒らせときゃいいだろ、ここで寝てても怒られそうだし…ん?」


すると、何やら震動を感じる。地面が揺れてるんだ…まだ何かあるのか?そう思っていると目の前の水面に複数の影が映り。


『大変だ!早く逃げろ!』


『急げ!こっちだ!襲われる!』


「な、なんだなんだ!?」


水面から声がする、まさか人魚の声か?こいつら水の中でも喋れて…ってそれより!襲われる!?逃げる!?まさかもうジャックが!?


「おい!どうなってるんだよ!おい!テルミア!いるんだろ!テルミアー!!!」


「うるさい!陸人!」


アマルトが叫べば逃げ惑う影に伴って水面からテルミアが顔を見せる。よし!いるな!


「何があったんだ!ジャックが来たのか!?」


「違うわ!どっからかこの遺跡に魔獣が入り込んだの!」


「魔獣…?」


「泳ぎが早い奴だし…遺跡の中にいるんじゃ外には逃げられないし…!」


『来たぞー!』


すると、奥の水面からかなり大きな影が顔を出し、牙が無数に見え隠れする馬鹿でかい顔を覗かせ…。


「ひっ!来た!アバレクマノミ!」


『ギシャァァアアア!!!!』


アバレクマノミ…そう呼ばれたオレンジ色の蛍光色を持った凶暴そうな巨大魚は『自分、人食べますんで』と自己紹介しているような恐ろしい顔つきで人魚達を追い回している。


あれが入り込んだ魔獣?やばそ〜。


「確かあれBランクの危険魔獣じゃないか?」


「分かってるわよ低俗な陸人め!あ!そうだ!お前ら生贄にするか!アイツが陸人を食べてる間に私達が逃げればいいんだ!」


「おいおい…」


「よし!そうと決まればお前ら出ろ!そして食われろ!」


いきなりとんでもないことを言い出すテルミアにやや呆れながらも…都合がいいとほくそ笑む自分がいる。なんて都合のいい事が起こってくれるんだ、あのアバレクマノミに感謝しないとな。


人型に変身して檻を開けようとするテルミアを手で制する。


「な!何よ!」


「その必要はない、自分で出る」


「へ?」


両手で黒い鉄格子を掴む、普通の鉄の格子なら握っただけでちょん切れるんだが…そこはアダマンタイト、簡単には壊れない。


けど、壊せない強度じゃない。絶対に壊れない、絶対に形を崩さない、そんな存在はこの世にはない。形あるものは全て壊れる、壊せる。


ならば。


「ッッぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」


「ちょっ!?無理よ!?壊せないからねそれ!絶対に壊せな…」


刹那、全力で力を込める俺の力によってアダマンタイトが、ピシリと亀裂を通し。


「オラァッ!!」


「なっ!?ななな!?なぁーっ!?はへぇーっ!?!?こここ壊したーっ!?!?」


そのまま檻に蹴りを加えれば黒い鉄格子はガラスのように砕け散り粒子となってそこらを漂う。そうして遮る物のなくなった道を歩み、俺は檻の外へと足を踏み出す。俺を閉じ込めておける檻なんざこの世に存在しねぇよ…!


「ギャーッ!陸人が出てきたー!?」


「おいテルミア!」


「はひっ!?」


「俺がお前ら守ってやる、だからここは任せろ!」


「いや、でも…あんた陸人で、海賊で…」


「俺は海賊じゃねぇよ」


上着を脱いで、目の前を泳ぐアバレクマノミを見下ろす、アイツを倒して信頼を勝ち得る、

まずはそうしないと人魚を守るどころじゃなくなる。


俺はジャックを止める、人魚達を殺すなんて暴挙は絶対にさせない。俺はあの船の船長でもなければアイツの代わりでもなんでもない、俺は…。


「俺はラグナだ!陸の王だから、そこんとこよろしく!」


「ラグナ…?」


俺は俺だ、俺がやりたい事をやりたいようにやる!例え何処に在っても何であろうとも!俺は俺の道を押し通す!

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