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417.魔女の弟子と一転の航海


「マレフィカルム…に?」


突如、ジャックから告げられた衝撃の言葉。黒鉄島に居る人魚の肉を食えばジャックはテトラヴィブロスに行けるようになる、だが…それを完遂したらマレフィカルムの傘下に入らなきゃいけなくなる?なんでだよ。


お前、マレフィカルムに入るのかよ。よりにもよって…お前が?


夜天の下、静かな波の音だけが響く月海を背にしたジャックが、こちらを見て笑うような息を漏らし。


「ああ、そもそもこの情報は俺がマレフィカルムに入るのと引き換えに八大同盟の一人 イノケンティウスから貰った情報なんだ。この方法が上手くいったなら…俺は義理を通さなきゃならねぇからな」


「な、なんでそんなとこ頼ったんだよ!あいつらテロリストだぞ!」


「だって、俺海賊だし。頼れるってなったらそりゃ同じ穴の狢しかいないだろ」


なぁ?分かるだろ?と肩を竦めながら笑うジャックに苛立ちが募る。お前何ヘラヘラしてんだよ…!


「お前、魔女と敵対するつもりか?」


「そうなるだろうな」


「…魔女に恨みでもあんのか」


「ねぇ、義理だと行ったはずだ」


「俺が言うのもなんだが…死ぬぞ。お前が将軍を撃退したのは随分前の話だろ、アド・アストラが設立されて魔女大国の軍事力は跳ね上がった、個の武力程度で凌げるレベルじゃねぇんだよ」


「だろうな、軍艦の数も所属してる奴らの強さも、装備も兵力も前とは段違いだ。で?」


「…何より、俺がお前を倒さなきゃいけなくなる」


「だっはっはっはっ!…今更情けねぇ事言うなよ、俺は俺の道を選んで進んでる、お前だってそうだろ。それがカチ合ったならぶつかり合うのが定めってもんだ」


「そうじゃねぇ…!俺は、俺はお前を魔女排斥の一員として倒したくない。だってお前は…海賊だろ!?お前はそこに誇りを持ってたんじゃないのかよ!」


「…まぁ、な。でも仕方ない事なんだよ、そう言う約束なんだから。たとえ口約束でも守るのが賊ってもんだ、そこを反故にしたら何も信用出来なくなる。そう言うのは疲れるだろ」


ジャックは海賊だ、海賊として海を駆ける事に誇りを持っていた。なのに魔女排斥機関の一員になんかなったら尖兵として使い潰されるのが目に見えてる。それでいいのかよ、そんなんでいいのかよ。


「ほかに、方法はないのか…態々その方法を選ばなくても」


「無い、少なくとも俺はこの海に出てからずっと探し続けてきたんだ。それでも見つからないってことはないって事なんだよ。…俺だっていつまでも若いわけじゃねぇ、自分の旅の終わりを…どっかで見つけなきゃいけない歳まで来てんだ」


「歳を言い訳にすんなよ、第一お前が居なくなったらこの海賊団はどうなるんだ、船長不在でやってくのか…!」


「そこだよ、俺がお前を拾った理由…」


「え…?」


俺を…拾った理由?今まで教えてくれなかった。理由?…聞きたくねぇ、聞きたくねぇ。聞いたら俺は…こいつの話をが受け入れることになっちまう。聞きたく無いのに、ジャックは問答無用で口を開き。


「俺が居なくなった後の海賊団の面倒を…見てやってくれねぇか。嫌なら船長にはならなくてもいい、けど…こいつらにはこいつらの夢がある。その面倒を見て欲しい…お前なら、俺の代わりにこの船の奴らを束ねられるはずだ」


「なんだよ…その話、つまりお前…俺を拾ったのは、テメェの尻拭いさせるためかよ!!」


「ああ、そうだ。お前は義理堅く…強く…仲間思いで、何より慕われている。そんなお前なら俺のいなくなったこの船を任せられると思ったから、拾ってやったんだ。あの日仲間を守る為に立ち上がり俺と戦う覚悟を決めたお前を見てな」


そんな理由で俺たちを助けたのか…!自分がいなくなった後の海賊団の面倒を俺に見せる為に。だから航海の仕方や船長のあり方を俺に…!?


ふざけんなよ…、ふざけんなよ!


「ふざけんなよ!誰が見るか!テメェの船の人間の面倒くらいテメェで見ろ!」


「ダメだ、そう言うわけにはいかない。マレフィカルムの所に行けばこいつらには無用な死を見せる事になる。第一…奴らの手先になったら夢を追うどころじゃなくなる」


「だからって…」


「お前に海賊やれって言ってんじゃねぇ、ただ仮の船長としてこいつらの旗になってやって欲しい、私掠船として雇って好きに使ってもいい、だから…」


「それ以上…!」


背を向ける、ジャックが頭を下げようとしたから…目を逸らす。下げるなよ、頭を。海魔ジャックが他人に頭を下げるな。


「聞きたく無い…!」


「……ラグナ…」


「じゃあな、今の話は聞かなかった事にする…」


急いで立ち去る。バカな話を聞いた、聞いてしまった。なんだよ…お前、それでいいのかよ。夢を叶える為なら何してもいいのかよ…!


クソっ、見損なった!見損なったぞ!ジャック!お前はもっとこの船を…仲間を大切にしてると思ってたのに、海賊としての矜持を持ってる男だと思ってたのに…。


全部全部、俺の思い込みだったのか?勝手にお前に幻想を抱いていただけなのか、だとしたら俺は…バカだよ。


……………………………………………………………………


タカタカと駆けて消えるラグナの背中を見て、ジャックはため息を吐く。


「行っちまいやがった」


これでも勇気を振り絞って告白したつもりなんだぜ?この話はまだ誰にもしてないんだ。お前だけに言ったんだ、ラグナ。


俺はマレフィカルムの一員になる、こればっかりは避けようが無い。そりゃ俺だって魔女相手に喧嘩を売るのも、やりたくも無い航海をするのも嫌だけどさ。それ以上に夢を叶える手段を前にしてあれこれ理由つけて背を向ける方が嫌なんだよ。


もう手段は選んでられない。選びたく無い。例え何を言われようとも俺は如何なる手段を用いてテトラヴィブロスに行く…誰も俺を止められねえんだよラグナ。


「……まぁ、この話に理解を示すような奴なら最初からこの船には乗せてねぇしな」


俺がラグナ達をこの船に乗せたのは、この船の後を任せられると…あの日、黒鉄島で出会ったラグナの瞳を見て直感で悟ったからだ。


若き日に、まだ小さかったティモンとヴェーラを守る為に巨大な海賊船に喧嘩をふっかけたあの頃の俺にそっくりだったから。いや、あの頃の俺よりもずっと強く鮮烈な瞳を持ったお前なら、この船の奴らも文句を言いやしない。


「だから頼むぜ、ラグナ…」


そして、もし…本当に俺がテトラヴィブロスから帰ってこれて。マレフィカルムの尖兵に成り果てたらさ…。あいつらの言いなりになるのも嫌だし、ラグナ…その時はお前が俺を殺してくれよな。


そうすりゃ、俺の航海にも盛大に幕を閉じられるんだからさ。


「本当に、あの日…お前に出会えてよかった…、そろそろ動くか」


海を眺める、段々の近く黒鉄島。…海賊ジャックが乗り込む最後の島が。


近づいてくる。


それと共にジャックは感じるのだ、この旅の終焉を。


………………………………………………………………


「はぁ〜、いつまで俺たち甲板掃除させられんだよぉ〜」


「なんて言いつつアマルトさん、最近モップが様になって来ましたね」


「うっせ〜!」


「………………」


それから次の日、俺達はいつものように甲板を掃除して過ごす。もう日常になってしまった光景を前に…俺は何も考えられずに呆然とモップを動かしていた、黙々と淡々と。


いや嘘だ、何も考えてないってのは嘘。頭の中は昨日の話でいっぱいだった。


ジャックはこれからマレフィカルムに入る?その為に海賊団を抜ける?一晩経っても全然冷静になれねぇよ。剰え自分が抜けた後の海賊団の事を頼むとか…バカじゃねえのかあいつ。


そして昨日のことがなかったかのように、アイツは今も船頭で笑ってる。


なにもかもらしくねぇよ…。


「…どうした?ラグナ、お前随分静かだな、らしくもねぇ」


「へ?」


ふと、気がつくと目の前でアマルトが首を傾げていた。俺の顔を覗き込んで不思議そうな顔で。


「またなんかあったのか?悩んでるなら言ってみろよ」


「話くらいなら僕達も聞けますよ」


とは言うが、言っていいのかこれ。ジャックは俺以外にあの事を言ってなかった。アマルト達を信用しないわけじゃ無い、だが日中の船という閉鎖空間の中、どこで誰が聞いてるかも分からない今この時に…ジャックがこの船を降りようとしている事を口にするのはまずい気がする。


下手すりゃ船員達がごった返す大事に…いや大事にするか?船員達だってジャックが抜けるのは嫌だろう、みんなで押しかければ…いやダメだ。


ジャックには止まる選択肢がない、全員で反対すればアイツは独力で黒鉄島に行き人魚食ってそのままテトラヴィブロスに直行する。アイツにその選択肢がある以上下手に口外するのはむしろ悪手、だからここは…。


「別に、なんでもないさ。ただ黒鉄島に行ったら…と思ってたらな?」


「ん?んー……ああ、そうだな…黒鉄島での調査が終わったら、この海賊団ともおさらばする。でいいんだよな?」


アマルトがぐっと顔を近づけて小声で述べる。ああそうだとも、そこで俺たちもまたこの船を降りるんだ…。


「なんだかそう思うと寂しいですね、やっとみなさんと仲良くなれたのに」


「つっても海賊だぞ?ここの奴らは」


「海賊でも、いい人だって知っちゃったらもう前みたいには思えませんよ」


「まぁそりゃそうか、ってかラグナ。まさかお前もうすぐ船降りるからっておセンチになってたのか?似合わねーな」


「うるせーよ、ほれ。仕事するぞ」


「へいへい」


なんとか誤魔化せたようだ。しかし、なーんか嫌だな、友達に嘘つくってのは…気分が悪い。出来るなら共有したいけど、今は状況が状況だしな。


「やぁ、三人とも、今日も真面目だね」


「ん?あ!ヴェーラさん」


「お、俺たちサボってねっすよ!」


「分かってるよ、君達はうちの船でも真面目な子の部類に入るからね」


すると、甲板を掃除する俺たちの元にやって来るのは、この船の風読士のヴェーラさんだ。珍しい人に珍しい時間に会ったな、この人いつも日中は帆を動かす為風魔術を行使してるから基本いつでも忙しそうなのに。


「珍しいですね、この時間に」


「ん?ああ、今は風読の仕事の必要はないからね」


「え?そうなんですか?」


「ああ、風読士って言っても毎日毎日朝から晩まで風を作ってるわけじゃない、と言うか普通は一日に二、三度…緊急時に無理矢理船を動かしたりする程度なのさ、僕が自分から精力的に動いてるだけでね」


そう言うなりヴェーラさんは海を眺め、エンハンブレ諸島の海流を一瞥すると…。


「このエンハンブレ諸島には常に海流が流れてるって知ってるよね」


「はい、いつもその日によって流れの向きを変えるから航海がすごく難しいって」


「そう、だけどいつも流れを変えると言っても基本的に海流は島に沿って流れるからね、知識があればある程度読むことも出来る。今この海流は黒鉄島に向かっているからね、僕がどうこうする必要はないのさ、だから暇してるんだ」


なるほど、海流があるなら勝手に船が黒鉄島に運んでくれるってわけか、風を作るまでも無いなら風を作らなくても良い。普段激務に追われてるんだからこう言うときくらいは仕事をしなくてもいいだろう。


するとヴェーラさんは近くの樽に腰を下ろし。


「ちょうどいい、黒鉄島がどんなところか…聞きたく無いかい?」


「お!そりゃ嬉しい!聞こうぜ、ラグナ」


「ああ、と言っても俺たち一度ライノさんって言う海洋学者さんから聞いてるんですけど」


「多分だが僕は彼より詳しいと思うよ?なんせ海洋拠点が無くなった後も何度か立ち寄ったしね」


たしかに…ライノさんはもう十年以上も前の事と言うだけあり結構曖昧で朧げな口ぶりだったな。ここらでおさらいしておくのもいいかもな。


「よし、じゃあお願いしますヴェーラさん」


「ん、任せたまえ。…黒鉄島は少々特殊な島でね。何より特殊なのはその地形、形はこう…」


するとヴェーラさんは手を重ね皿のようにすると俺達に


「平地、完全なる真っ平ら。なんの起伏もない島に特有の植生が広がっている、そんな島さ」


「平地…そんなに特殊ですか?」


「島には多かれ少なかれ起伏が在るもの、まるでヤスリに掛けて整えたような石材みたいなね、不思議な平地なんだ」


「ふーん…」


「そして、植物以外何もない」


「本当に何にもないんですか?」


「本当にと念押し出来るほどあの島の何もかもを知ってるわけじゃないが少なくとも僕の知る限りでは無いね。でも…君達は彼処にマレフィカルムの本拠地があると思っているんだろう?」


「え?…なんでそれ知って…」


とアマルトを見ると、どうやらブルーホールで行動したときにそれを言っていたらしい。別に言ってもいいとは思うが…昨日の話を思い出すと、なんかそれを言ったのはやばい気がするな。だってジャックはマレフィカルム側の…ん?


待てよ?ジャックがマレフィカルムと関係あるなら、普通俺を黒鉄島に近づけたがらない気がするんだが…、アイツその辺は全然気にしてないよな。ジャックは知らないのか?それともこれも何かの罠か?


「正直行ってみないと分からないけどさ、もし本部突いて中からマレフィカルム出てきたら僕達も一緒に戦うからさ。存分に頼ってね」


「え?一緒に戦ってくれるんですか?味方じゃないんですか?マレフィカルム」


「へ?…別に味方じゃないけどなぁ。アイツらウザいばっかりで別に強くないから嫌いなんだよね、まぁ流石に八大同盟クラスの奴等が出てきたら分からないけど、雑魚組織くらいなら蹴ちらせるよ」


あ…そっか、あの話はジャック個人の話だから別にいいのか…。寧ろヴェーラさんの反応が普通なんだ、同じ裏社会の人間だからこそ海賊とマレフィカルムの仲は悪い。


だって仲が良かったらとっくに迎合して一緒になってるしね。一緒になってないと言うことはそれだけマレフィカルムに対して思うことがあると言うことだ。


「まぁ…、もしそうなったら…ジャックはどう動くか分からないけど…ね」


と思ったらこれあれだ、ヴェーラさんも知ってるやつだ、ジャックがマレフィカルムに入ろうとしてるの。単に俺がその話を知らないからこう匂わせてるだけで知ってるんだ。


多分、ヴェーラさんとティモンさんの二人は知ってる。ピクシスは…分からないな、俺がジャックなら言わないな、アイツ色々とまだ若いし。


「まぁぶっちゃけさ、マレフィカルムの本部ぶっ潰すに当たってジャック海賊団の助けが借りられるならありがたいに越したことないよな」


「そうですね、ジャックさんはとても強いですし…ヴェーラさんは…」


「あはは、一応僕も強いからね?これでもジャック海賊団三本の柱の一つだから、…あ!ならレッドランペイジの時に助けに入れよってのは無しね」


「別に今更何も言わないっすよ…」


あははの朗らかに笑うヴェーラさんを、チラッと魔視眼でその実力を測る。


…やっぱり、強いな。分かってたことだけどヴェーラさんもティモンさんも強い、ピクシスも強い、なんだかんだ言いつつ他の船員もそれなりにやる。組織力という面では悪魔の見えざる手が雑魚に見えるくらいには精強だ。


もしこいつらが丸々マレフィカルム入りしてたらやばかったな…、まぁジャック単体でも十分やばいんだが。


「まぁ、だから安心してくれよ。僕達は君達の味方…」


「おうおう、なんの話してんだよ〜サボり魔共〜」


「ん?おやジャック、我が海賊団切っての怠け者にそう言われるとは光栄だな」


「ヴェーラ…お前辛辣過ぎない?」


すると今度はその会話に大手を振って混ざってくるのは…今俺の頭を悩ませる原因たる男。ジャックだ、昨日のセンチな雰囲気は何処へやら、こいつ本当は二重人格なんじゃねぇのかと疑う程に今日は明るくいつもの雰囲気で俺たちの元へとやってくる。


「ジャック…」


「……なんだろよラグナ、湿っぽい顔向んな、シケが来るだろ」


そんなジャックを前にして平静でいられないのは俺だ。何を言っていいかわからないけど…何か言ってやりたい、そんなモヤモヤが脳裏によぎり…。


「どうしたの…?ラグナ…」


「へ?ネレイドさん?」


ふと顔を上から覗き込まれ目を見開くと、ジャックの隣にいるネレイドさんに気がつく。大き過ぎて気がつかなかった…ってかなんでネレイドさんがジャックと一緒にいるんだ?珍しい組み合わせだな…。


「どうしたの?」


「いやこっちのセリフだよ、ネレイドさんがなんでジャックと…」


「聞いてくれよラグナ!ネレイドの奴しつこいんだよ…!」


「しつこい?何をしてるんだ?」


「別に…ただ、聞きたいことがあっただけ…」


聞きたいこと?ネレイドさんがジャックに?なんかあったか?と俺が首をかしげると、ただそれだけでネレイドさんは答える気になったのか静かに息を吐き意を決して。


「山魔モース・ベヒーリアについて聞いている」


「山魔?ジャックと同じ三魔人の?」


「そう、…ジャックなら何か知ってると思って」


「知ってるって…別に同僚ってわけでもないんだからそんなに面識ねぇっての!第一アイツ山賊だろ?海に出る勇気もなく陸で海賊の真似してる連中のことなんざ知らん!」


まぁ…そうだな、三魔人の括りも周りが勝手に言ってるだけだから別にジャック的にはモースの事なんざ知らんよな。何故ネレイドさんがジャックにモースの事を聞いてるのかは分からないが…分かることが一つあるなら。


ジャック…お前俺にネレイドさんを押しつけに来たな。


「ねぇジャック、ちょっとでいいから教えて、『そんなに』面識がないってことは『ちょっとは』面識があるってことでしょ?」


「しつけぇなぁ…、おいラグナ、お前のツレだろ?なんとかしろよ」


「無理だよ、ネレイドさんはこれでいて頑固なんだ、この人の意志を変えるのはもう…すっごい難しいんだから」


アマルトもナリアもウンウンと頷く、この人は頑固だ。この人の頑固さは俺もアマルトもナリアもオライオンで体験してる。この人は自分が納得出来ないならたとえ一人になっても戦い続ける人だ、例え俺たちが何を言っても変わらないだろう。


だから。


「知ってることでも話してやれよ、それでこの人も納得するから」


「そーそー、ネレイドは頑固だけどさ、意固地じゃないんだ、聞き分けもいいしさ」


「はぁ、チッ。仕方ねぇか。つっても俺が知ってるのってモースの外見くらいだぜ?それももう何十年も前に偶然会ったのが最後だし」


「それでいい、…モースは…私に似てる?」


「は?なんだそりゃ」


なんでモースの外見とネレイドさんの外見が似てるのを聞きたいのかは分からないが、それが聞きたいなら答えてやれとジャックに目で伝えると。


ジャックはネレイドさんをジロジロ見て、軽く考えて…。


「いや、まっっったく似てないな」


「ホッ……」


似てない、その言葉を聞いて何故か胸をなで下ろすネレイドさん。何がしたいんだか…。


「似てないな、全然似てない。モースと言えばあれだぞ?肉の塊みたいにブヨブヨのデブ女だぞ?膨らんだフグ同然の顔した動く山みたいなブサイク女だ。それにひきかえどうだいネレイドの可愛らしいことを」


「えへへ…」


「あー…でも背が高いのは似てるか、まぁ背丈なんて似てるうちにも入らんのかもしれんけど」


「………、ありがとうジャック、勉強になった」


「ん、おう」


結局、ネレイドさんが何を言いたかったのかよくわからないまま、全員が首を傾げてその背中を見送る事となる。あの人は何を考えてるかよく分からない所は昔からあった、けど無駄なことをする人じゃないのもまた昔から変わらない。


何かあるんだろうが…、聞き出すのは野暮か。


「モースの話なんか聞いて何がしたいんだか」


「それよりジャック、海流の速度が予定より早いみたいだけど大丈夫かい?」


「ん?ああ、予定より早く黒鉄島に着くだけだ。最悪海流が変な方向に逸れても俺がなんとかするよ…ああ、ラグナ アマルト ナリア、お前らその仕事が終わったら俺の部屋に来いよ、用があっから」


「用?」


ジロリとジャックから嫌な視線を感じて皆が小さく息を飲む。何の用だとアマルトとナリアは戦慄するが…俺にはわかる。


きっと昨日の続き、何だろうな。


……………………………………………………………………


「さて、よく来てくれたな…三人とも」


それから、モップ仕事を終えた俺達はジャックの言う通り船長室へと招かれることとなる。ここに来るのはもう三度目、ジャックの長年の夢の軌跡たる書籍が敷き詰められた本に囲まれたこの部屋で静かに威圧を放ちながら座るジャックを前に…俺はただ臆することなく前を見る。


「なんだよ、急に用なんて」


そう言いながら再び俺は本棚を見る、前来た時は『たくさん本があるなぁ』と漠然と思ったものだが。今見ればジャックが何を求めているかがよく分かる。


テトラヴィブロスに関する文献、海の秘宝に関する文献、そしてテトラヴィブロスの力を克服する方法を模索した跡のような…様々な眉唾物の文献。どれも長い時間をかけて集められたものだ。


ジャックがどれだけ昔から海の秘宝を求めていたかが分かる。どれだけ思い焦がれて憧れ手を伸ばし続けてきたかがよくわかる。


そうやって永遠とも思える時間を使って調べに調べて…この海の隅から隅まで調べて、行き着いた答えが人魚の肉なんだろう。別に人魚を食う分にはこの際構わない、問題はその情報の出所…。


ジャック…お前は、どこまでも夢に焦がれ続けているんだな。


「…ヘッ、なんだなんだ?俺が珍しく怖い顔してたから嫌なこと言われると思ってビビったのか?可愛い奴だなお前ら」


「いやビビるだろ、ほんとに珍しく怖い顔してたわけですし」


「ぼ、僕たち怒られるのかと思いましたよ」


「だっはははははは!怒らねぇ怒らねぇ、むしろ褒めたいくらいだ。お前らはいい仕事をしてるよ。おかげで毎日甲板はピカピカだ!」


クルッと裏表が入れ替わるようにジャックはすぐに表情を変えケラケラと笑う。どっちが本音なのか分からない。冷徹な海賊として顔と海賊らしからぬ柔和な顔…どっちがどっちなのか。


「まぁ軽く雑談でもと思ってな?お前ら黒鉄島を目指してるだろ?んでそこがお前らの目的地な訳だが…どうする?そこに着いたら、お前ら船降りるか?」


「降りるかって…降ろしてくれるのか?」


「まぁ、強要はできんしな」


昨日とは一転、俺を船長に据えてこの船を任せると言っていたのに今は俺を船から降ろしてもいいと口にするジャックの口ぶりに混乱する。いいのか?俺降りても…。


てっきり俺は『お前には死んでもこの船にとどまってもらうぜ!』って襲いかかって来るものと思っていたが。


「じゃあ降りてぇ、俺らやることあるし」


「そうですね、僕達はやることがあってマレウスに来ましたし、もし黒鉄島で目的が達成出来ても…帰る場所があるので」


「いいねぇ、やることや帰る場所があるってのは…」


アマルトとナリアの言葉を聞いて深く頷いたジャックは、今度はこちらを見る。


「で、ラグナ…お前はどうするんだ」


どうするか、それは昨日のことも含めてなのか…。


ダメだ、思考が昨日の出来事に縛られ過ぎて視野が狭くなっている気がする。ずっと悶々と考えて。俺らしくもない。いつもならもっとビシッ!といろいろ決められるのに。


「…俺は、この船に留まるつもりはない」


「……ってことは…昨日の話はノーかい。そっか、残念だ」


そう口にすると、ジャックは徐に立ち上がる。その様に思わず構えを取りそうになるがジャックに手で制され動きを止める。何をするつもりなのかと黙って見ていれば…ジャックは淡々と歩き、船長室に隣接した部屋…宝物庫の扉の前に立つ。


「ところで三人共、お前達には夢はあるか?」


それは、いつぞや俺に向けて投げかけられた『問いかけ』。


「俺にはある、いつか見た海原の向こうへの憧憬。それこそが俺がこの海にしがみつき続ける理由だ。夢があるから人は頑張れる…とはよく言うが、同時に夢って残酷だよな」


異様な雰囲気で語り続けるジャックの背中、それは静かな炎を携えて燃え続ける。いや…燃えていたんだ、ずっと。俺と出会った頃からジャックの執念の炎は永遠と燃え続けていたんだ。


「夢は、何かを犠牲にしなきゃ叶えられない。夢を追う過程で得た何かを両手いっぱいに持ってちゃ…せっかく前にした夢を掴み損ねる。いつかは選ばなきゃいけない日が来る…夢か、夢ではない何かかを」


「ジャック…お前は」


「ああ、ラグナ…俺は夢を選ぶ。本当はお前に代わりに持っていて貰いたかったんだが…そうもいかないようだ」


フッと浅く笑いながらジャックは閉ざされた宝物庫の扉に手を当て、小さく…何かを呟く。


まずい気がする、何かまずい気がビンビンする。話の流れがなんか不穏だ、まるで今の問答は…『何か、取り返しのつかない分岐点』だった気がする。


「お、おいおいラグナ、ジャック、お前らなんの話ししてんだよ。二人だけ訳知り顔で匂わせるような話をして俺を仲間外れにするのやめてもらえる?」


「ああ、悪い悪いアマルト…俺ぁ昨日ラグナと大事な話をしてな?俺はさ、お前らを船に乗せたのはお前らにこの船を任せたかったからなんだよ」


「へ?は?任せる?おいラグナ、どう言うことだよ」


「い、いやその…」


「お前やっぱなんか知ってて隠してたのか?今日一日悩んでたのは…この事かよ、なんで黙ってた、なんで誤魔化したりなんか…大事な話なんだろ?」


いや別に隠してたわけじゃ…いや隠してたんだけど、ってか今それどころじゃない気が…。


「それでさぁ、俺ぁ昨日ラグナと話した後、寝床であれこれ考えて思ったんだよな。俺はラグナ達に船を預けたいから船に乗せた、けどラグナはそれを拒否した。まぁ仕方ないよな、こればっかりは強要出来ないから」


だからさ、と言いたげにジャックはクルリとこちらを向くと…。


「じゃあ、俺お前らを船に乗せてる理由ないよな」


ニコッと、似合わない笑みを浮かべたジャックが…そう言うんだ。


笑顔だ、牙を見せた笑顔。それと共に放たれる…離別の告白。


その、瞬間だった…ジャックが部屋に置いてあった巨大なカトラスを手に取ったのは。


「ッッ……!!!」


「え!?」


ナリアが思わず驚愕の声を上げる。当然だ、だっていきなりジャックは俺たちに向けてカトラスを振るってきたんだから。


そいつを俺の蹴りで止めて全員を守る。こいつ…やって来やがった…!攻撃してきやがった。


つまり、もう…そう言う事かよ!


「ジャックさん!?いきなり何を!?」


「な!?なんで攻撃なんか…!」


「ジャック…テメェッ!!」


「ラグナ!俺の目的をお前が果たせないならテメェに用はねぇ!」


ガキンと金属音を打ち鳴らし俺とジャックの一撃が虚空を叩く。用はない、それが全てなのだろう、事実としてジャックは俺にこの船を任せるためにあの時命を助けた、ならそれが叶えられないならジャックが俺に対して情を向ける理由はもうない。


「やめてくださいジャックさん!なんで僕達を攻撃するんですか!?」


「なんで?テメェら俺を勘違いしてねぇか?…俺ぁ海賊、海魔ジャック・リヴァイアだぜ?俺が善意でお前らを助けたと思ってたのかよ、好意で一緒にいたと思うかよ、宝のない島に上陸しないように…海賊は理由もなく人は助けねぇんだよ!」


「宝のない島…?、…ッ!?」


その瞬間呆気を取られた俺にジャックの手が伸び俺の体がそのまま振り回され、ジャックが背にした宝物庫の扉に叩きつけられる。


「ラグナ!…ッテメェジャック!ダチに手ェ出すんならテメェと言えど容赦しねぇぞ!」


「そうです!あなたが敵になるなら僕達だって…!」


「喧しいッッ!!」


アマルトとナリアも急いで臨戦態勢を取るが、この狭い部屋の中、先に戦闘態勢を取っていたジャックの方が一手先を行く。二人の体をカトラスの腹で叩きさらに吹き飛ばし、宝物庫の扉に寄りかかる俺の体に降りかかり、三人分の体重を受けた扉がついに限界を迎え、蝶番が弾け飛び扉が後ろへと倒れる。


「ぅぐぅっ!?」


「げふぅ!?」


「痛っ!あ!ラグナさん!アマルトさん!大丈夫ですか!?」


俺は二人の体を受け止め、アマルトはナリアの体を受け止め、三人重なるように宝物庫の中に倒れる。


開かずの間だった宝物庫の中に倒れた俺たち、そんな俺たちが見た部屋の中…その光景は。


「え…?」


そこに広がっていたのは…闇だ、船長室の隣にある部屋の中には…何もなかった。ただ埃を被った古びた部屋が、そこにあるだけだった。


何も置かれてない…?何も?…なんだこれ、これが海魔ジャックの…宝物庫?


「テメェらをあの日、海から引き上げたのは間違いだったみたいだな」


「っ…やめてくださいジャックさん!」


「そうだぜ!テメェラグナとあんなに仲良くしてたのにいきなりそんな、情とかないのかよ!?いきなりめちゃくちゃ過ぎるぜ!」


「情があるなら海賊なんかやってねぇよ…」


冷たい目をしたジャックが剣を担いで俺たちの元へと歩いてくる。始末する気か…!


くそっ、何か間違えたのか!?俺はこいつの話を受けるしかなかったのか!?…俺は、此の期に及んでも、まだジャックのことを…!


「くそっ…!」


慌てて二人を押しのけ立ち上がりジャックと戦おうとする…が。


「ちょっ!待てよラグナ!何一人で行こうとしてんだよ!」


「は!?俺が一人で戦う!二人は後ろに隠れてろ!」


「なんでだよ!テメェ一人で戦って負けてんだろ!?」


「そんなの関係ないだろ!」


アマルトに引き止められる、何言ってるんだ…今そんなこと言ってる場合じゃ…。


「仲間割れか?…情けねぇな、お前ら全員…海に沈んでろ!!」


「ッッ!?」


刹那、剣を振るったジャックの怪力と共に放たれる剣風、それは俺たち三人の体を吹き飛ばして余るだけの威力を発揮し、枯葉でも飛ばすように俺たちの体を大きく大きく吹き飛ばし、何もない宝物庫の向こう側にある窓ガラスを突き破り…。


「ぬぉぁっ!?」


「あ!やべぇー!!」


「きゃぁぁぁああ!!」


吹き飛ばされる。放り出される、船の外へ。海の中へ、三人揃って、俺たちはキングメルビレイ号から叩き出され、そして─────。



水飛沫をあげる、何もない広大な海原のど真ん中に。


…………………………………………………………


「ふぅー……」


剣を振るい、船の壁に大穴を開けたジャックは、深く深く息を吐く。


これで良かったのだと言い聞かせるように、目を伏せて。


「……お前が悪いんだぜラグナ、お前が少しでも好意的な答えを返してくれてりゃ…俺は」


昨日、ラグナに意を決して話をしたのが間違いだった。断られるのは目に見えていた。この長い航海生活の中でラグナがジャックを理解したように、ジャックもラグナという男を理解していた。


アイツは情に流されて動く男じゃない、そこは分かっていた。断られたら『まぁそうだよな!仕方ない仕方ない!』と笑って、ラグナ達を陸に送り届けて穏便にさようならするつもりでいた。こんな風に牙を剥くつもりなんか毛頭なかった。


だが、あの時…俺を否定したラグナの顔を見ていたら、思ってしまった。


『船に乗せたのは間違いだった』と。それはアイツが俺の話を断ったからじゃない…、アイツをこの船に乗せたのが俺にあまりに似ていたからという話と同じように。


今の俺の姿を糾弾するアイツの目が、昔の俺に似過ぎていた。


まるで、まだ若く世間を知らないガキだった頃の俺が…今の俺を見て断固として拒否しているようにか見えてしまった。実際昔の俺が見たら今の俺は情けなく映るだろう。


己の手で夢を叶えると決意しておきながら、マレフィカルムの力を借りて、剰えその傘下に入ろうとしている。俺が一番嫌いな流れじゃねぇか。


それを必死に押し殺して、長い時間かけて折り合いつけて、らしくもなく言い訳をタラタラ流して、ヘラヘラ笑って作り上げた俺の覚悟が…ラグナの目を見ていたら、全部ひっくり返されるような気がした。


折角決めた覚悟が揺らぐ、だから俺は若き日の己との決別をするためにも…ラグナをこれ以上船に乗せては置けなかった。これ以上一緒にいたら俺は……。


「…………」


もう後には引けねぇんだよラグナ、もうやっぱりなしは出来ないんだよラグナ、俺はたとえ若き日の己の情熱をぶっ殺してたとしても、進み続けるしかないんだ。


だから悪い、わがままだけどさ。やっぱ海に沈んでくれや。


「……俺はテトラヴィブロスに行くんだ、例えマレフィカルムの傘下に入ろうともな」


この何もない宝物庫にあの日誓ったんだ、俺はもう引き返さないと。


「何事だジャック!お前船内で暴れるなど…ッ!?」


「ティモンか…」


騒ぎを聞きつけてやってきたティモンに、俺は静かに目を向ける。ちょうど今…過去の己にケリつけたところだ、もう憂うことなど何もない。


「お前…ラグナ達は」


「舵をとれ、一刻も早く黒鉄島へ向かえ」


「い、いやだがこれは…」


「船長の命令だ!聞けねぇのか!ティモン!!」


「っ…分かった…」


あとは黒鉄島に行って人魚を食らうだけだ、その血肉を一口でも口に含んだだけで…海賊としての己が死ぬことになろうとも、俺は行く。


夢を叶えず死ぬことは…絶対に許されないのだから。


…………………………………………


波を切り裂き航海を続けるキングメルビレイ号、その背後に広がるは無限の青…広大な海原。


そんな大海洋のど真ん中に…小さく小さく、顔が浮かび上がる。


「あれがレッドランペイジを殺した船…、やっぱり黒鉄島に向かってる…、許せない…絶対に…させるもんか」


それは何かに対して恨みをぶつけるように歯軋りをする。これ以上船を進ませてたまるか…と。


そんな中、それは目にする。


「ん?なんか流れてくる…あれは、人?」


それは、何かを思いついたようにしめしめと笑うと再び潜水を開始し、動き始めるのであった。


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