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415.対決 波濤の赤影レッドランペイジ


波濤の赤影レッドランペイジ…、その出現は古く二百年も前にとある海底にて誕生した。アカエイ型のCランク魔獣のクリムゾンレイが天文学的な確率を超えて突然変異を起こした個体、それがレッドランペイジの正体だ。


海水を取り込むという力を持って生まれるクリムゾンレイ、しかしこの個体には本来存在するはずの『限界』というものが存在していなかった。普通はそんな欠陥個体どこかで野垂れ死ぬのが関の山なのだが…。


この個体は生き残った、長い年月をかけて限界の無い己の体を肥大化させ続け本来は持ち合わせない複数の能力を獲得し、巨大に…巨大に…巨大に成長を続け、遂に人類に牙を剥いた。


マレウスの海岸沿いに現れたレッドランペイジはその圧倒的な力により人の街を破壊し尽くした、止めに来た冒険者も国軍も全てぶっ殺して本能のまま暴れ狂い、やがてマレウスの海岸沿いに破壊出来る街がなくなった頃…ひっそりと海の底に沈み姿を消した。


それからも頭上を通り過ぎる船を沈め、人を殺すことに快感を覚えながら暇潰しのように生き続け二百年。海上に浮上し久しく見る人の営みの気配を発するブルーホールを破壊しようと襲いかかった。


いつものように潰されて沈むはずだったブルーホール、いつものように殺されるだけの人類、それがレッドランペイジの普通になり始めていた時…現れた。


同じく、天文学的な確率を超えて生まれた…人類の突然変異、自らと同じ赤を持つ者。


ラグナ・アルクカースが、レッドランペイジの前に現れたのだ。


『ギシャァァアアアアアアアアアア!!!』


「やろうぜ!レッドランペイジ!もうナメた真似は出来ねぇぞ!!」


広大なエンハンブレ諸島の間を流れる複雑な海流の中継地点に存在する円卓島。周囲の島や瓦礫などが載積して誕生したこの莫大な土地を持つ無人島、その平坦な地形のど真ん中に鎮座したレッドランペイジは吠え立て、その咆哮に怯むことなく突っ込むラグナ。


この状況はラグナの奮戦によって作り上げられたものだ、彼がレッドランペイジを釣り上げるという無茶を罷り通して生み出した矛盾。海から出てこないはずのレッドランペイジが陸地にいるというこの状況こそ、これ以上ないチャンス。


海水を吸収して回復するレッドランペイジの能力が封じられている今こそ、奴を倒すチャンスなんだ!


「フッッ!!」


ラグナの踏み込みが砂浜に靴跡を残し、矢の如き速度でレッドランペイジへと挑みかかる

しかし…。


『ギシャァッ!』


「うぉっ!?危ねぇ!?」


それを許すほどレッドランペイジも甘くない、即座に尻尾を振り回してラグナの道を遮る。あの尻尾には毒があるんだ、さしものラグナも毒を受けては動けなくなる。あの尻尾の攻撃は受けてはいけないと警戒を露わにした瞬間。


レッドランペイジの肉体が裂け…間から射出されるはエクスプローシヴレモラ、爆雷鮫を利用した一斉爆撃にてラグナ諸共大地を吹き飛ばそうと攻め立てる。


「うぉぉぉっ!?」


避け損ねる、というか攻撃範囲が一々馬鹿でかい。避けきれない、一斉に周囲ごと全てが爆裂し、爆煙に飲まれてゴロゴロと転がる。


強い、陸に打ち上げられてもそこはオーバーAランク、強さそのものは全然減退してねぇ。寧ろ釣り上げられてバチバチにブチ切れて全力を出してきてやがる。さっき戦った時よりもずっと強い、こりゃ…難敵だ。


「面白え!そうこなくちゃ!釣り上げた魚は活きがいいに限るんだよ!!」


ザリザリと何度も砂を蹴飛ばし立ち上がると同時にトップスピードで走り出す。あいつはもう再生出来ない!なら一撃ぶつけりゃこっちのもん…だけど、それを理解しているからかレッドランペイジを俺を必死に近づけまいと攻勢を更に激化させる。


『グォォォォオオオオン…!』


「あぇ!?なにそれ!?」


突如レッドランペイジの体が一回り小さくなる…と同時に十本ある尻尾のうちの一本が風船のように膨らむのだ、先端だけまん丸に膨らんだそれはまるで鉄槌のように天に掲げられる。


まさか、体の中の海水を移動させて、肉体の比率を変えたのか…!?そんなことまで出来んのかよこいつ!


『ギシャァアァァアアア!』


「くっ!疾風我が手に宿り 颶風この身を走らせる、押し寄せ 押し退け 駆け抜けろ旋風『碧天・五風連理』 !」


速度強化の付与魔術を咄嗟に使い駆け抜ければ俺の背後の大地が纏めて鉄槌尾に叩き潰され巨大なクレーターが出来上がる…と同時に、底の方に紫色の液体が滴る。あのデッカい尻尾にも毒があるのか…、貰ってたら死んでたぞ…!


『グシャァアア……!』


「むっ、また魔獣か…!」


そこに続けざまに飛んでくるスピアーダーツの怒涛の連射、それを続けざまに走り抜けジグザグに走り弾幕から逃げ回る。避けたスピアーダーツは大地を貫通して地面に穴を開け地下へと消えていく。


ただでさえ強力なスピアーダーツの貫通力がレッドランペイジの強烈な射出で勢いを得て信じられない威力になってんだ、これも食らったら俺でもやばい、けど…。


(攻撃パターンがさっきよりも少ない…!)


先程戦った時はここに水砲弾も加わっていたが、それがない。海水を吸い上げられないから砲弾として射出出来ないんだ。


奴の強さ…その最大の要因は『無限である事』だった。無限の回復と無限の攻撃、足元の海水から無限に獲得出来る武器の数々が今はない。今だって放っている魔獣も決して無限ではない、さっきみたいに補充も出来ない、だから…。


「先にバテるのはお前の方だよ、レッドランペイジ…!」


『グギャァァアアアアアア……!!』


吼える、自らが持つ唯一の武器である尻尾を乱れるように振り回して俺一人を狙う、それを飛び跳ね飛び越え、スライディングで下をくぐり、身を翻し回避してとにかく進む。攻め手は苛烈だがさっきほどじゃない。


節約でもしてんのか?レッドランペイジ。こういう時なまじ知能があると苦しいな…!!


「甘いんだろ!算段が!…そこッ!!」


天から降り注ぐ尻尾の突きをクルリと回避すると共に手を大地につけ、クラウチングの姿勢を取ると共に隙だらけとなったレッドランペイジの眉間へとすっ飛び、空中で膝を曲げ蹴りの姿勢を取る。貰った…!


『グゥゥッ……!』


と…思いきや、レッドランペイジが動く。今まで見せたことのない動き…それは恐らく魚で言うところの『エラ』に当たる部分を解放しそこから吸引を行なったのだ…つまり呼吸だ。


周囲のヤシの木が引っこ抜かれそうな勢いで息を吸い込み風船のように膨らんだ瞬間…、俺が狙いを澄ませたレッドランペイジの眉間に…穴が開く、まるでこれは。


海上で行なった水砲弾…?だがここに水は、いやまさかこれは…!!


『ビュォッ!!』


「空気弾ッ!?」


見えない鉄槌に殴りつけられたように空を駆ける俺の体が急転換し吹き飛ばされ、弾き返され地面を数度転がる。


…そうだ、アイツの体は風船のように膨らむんだ。なら飛ばせるのは水だけじゃない…ただ水の方が威力があるから使ってるだけで、その気になれば大きく息を吸い込んで吐き出すだけで空気の弾丸をぶっ放す事が出来るんだ。


この情報はなかった、さっきの尻尾を膨らませる攻撃も情報になかった。…やっぱこいつ海の上じゃ全然本気出してなかったな…!


つまり、今の今まで、二百年間沈めてきた船や海賊達はこいつにとってお遊びのようなものだったわけだ。こいつにとって…殺戮は娯楽だったわけだ。


ナメやがって…魔獣風情が…!


「この世の覇者は人間様だぞ…!テメェら獣のなり損ないがデカイ顔していい場所なんて、陸にも海にもねぇんだよ…!!」


瞳孔を開き、燃える呼吸を吐き、闘争心を高め、起き上がる。残念ながら俺ぁ人間であってバースデーキャンドルじゃねぇんだ。息ふきかけた程度じゃ消えてやれねぇよ。


『グギギギギギ……!』


その様を見て、いつもなら容易く殺せるはずの人間がいつまでも食らいついてくるこの事態に怒りを覚えたレッドランペイジは歯軋りのような音を立てて尻尾を揺らめかせる。


しかし、思っていたよりもレッドランペイジの抵抗が激しい、この俺が近づけない程とは思いもしなかった…。


所謂奥の手、それを切っているんだ…レッドランペイジは。けどな…テメェだけじゃねえんだよ。奥の手を隠し持ってるのは…!


「ふぅぅ…!見せてやるよ、この世の覇者たる人間様の、デカイ面を…!」


大きく息を吸い、次いで大きく吐く、滾るような闘志の炎を鎮め、目を伏せると共に想い描くのは…螺旋。


「かぁぁぁぁ…!すぉぉぉぉぉ…!」


『ギッ……!?』


そこでレッドランペイジは見るだろう、その瞳を見開き何が起こっているのかと観察するだろう。


何せ、今…目の前にいるラグナを中心に、砂浜が綺麗に螺旋を描いているのだから。まるで見えない人間が棒を引いて砂浜に絵を描いたようにラグナの足元を中心に螺旋の模様が繰り広げられる。それと共に…ラグナの体から吹き出る赤い闘志の色が、変わる…。


「魔力覚醒…『拳神一如之極意』…『其の弐』」


スッと空気を切り裂いてラグナは目を伏せたまま構えを取り直す。


…シリウスとの戦いで己の力不足を感じた弟子達がそれぞれ様々な力を開花させていったのは今更言うまでもない事だろう。エリスは『ボアネルゲ・デュナミス』を、アマルトは『血のブレンド』を、ネレイドは『防壁破壊術』を。


皆、新たな力に開花した中で、その魔女の弟子達の中で最強の座に居座るラグナだけがなんの進歩もなかった、…なんて事は絶対にない。寧ろ彼こそ最も成長したと言ってもいい。


それは、『自分の魔力覚醒って、無駄な部分が多くないか?』という一つの疑問から発した新たな道。


ラグナの魔力覚醒は自身や周囲の流れを操ると言うもの、これにより敵の攻撃を流し、流れるように相手に一撃を加えるという強力無比なものだ。だがそんな流れを無視出来るほど強力な力を持ったシリウスや流れの意識を断てる程膨大な攻撃を行えるレッドランペイジには効果が低いんだ。


それは、無駄な部分が多いから。師範は言った…『魔力覚醒で手に入る特異能力はオマケだよ』ってな。つまり俺の流れを操る力は所詮オマケなんだ、まぁ確かに流れの支配なんて武の基本中の基本だし魔力覚醒してなくても出来るっちゃ出来る。


なら無駄なのは周囲の流れを操る部分、これを使って敵の攻撃を受け流すなんて甘えたこと言ってるから俺の魔力覚醒は真の力を発揮出来ない。


ならこれをもっと強くするにはどうすればいいか?…そこで思いついたのが。熱拳一発…握力で魔力を圧縮して擬似魔力覚醒を起こすこれを。


『全身で使う』という無謀。


「ふぅぅぅぅ……!」


周囲に拡散した魔力を搔き集める、周囲の流れを支配する為に使っていた魔力を、俺の肉体に向けて流す。全ての魔力を体内に収める、これにより俺は周囲の流れを操る力を失う、もう空気の流れを操って敵の攻撃を反らしたりとかも出来なくなる。


能力の一部封印、その絶大なデメリットを受け入れると共に、俺は…新たな世界の扉を開く。


「ッッ…入った…!!」


刹那、赤く燃える炎のような魔力が一層濃くなり、濃度を増した炎は一転…赤から青へと変色する。青い炎に身を包み、青い輝きを両拳から放つ威容へと変化したラグナは新たな魔力覚醒の段階、『魔力覚醒・其の弐』へ至る。


第一段階で魔力を圧縮すれば、力だけは第二段階の魔力覚醒と同程度の出力を発揮できる。


ならば、今…周囲の魔力を圧縮して全身に身に纏えば、今ラグナが位置する第二段階を超え…同じく、力だけは…限りなく第三段階へ近づくことになるのだ。


エリスのボアネルゲ・デュナミスと同じく、第二段階を極限まで極め抜いた魔力覚醒の完成形。


其の名も。


「『蒼乱之雲鶴』!」


身を包む炎はゆらりと揺れて、流れる雲のようにラグナの周囲を漂う。これが今の俺の全霊、ベオセルク兄様も張り倒した…アルクカース最強の姿だよ。


『ギ…ギ…ギィッ…!』


「今の俺は小さく見えるか?大きく見えるか?そんな事どっちでもいいか、少なくとも…今の俺はお前より強いぜ」


小さく手を開き、構えた手を動かしクイクイと手招きし挑発する。レッドランペイジは魔獣だ、きっとこの挑発がなんなのか分からないだろう。だが分かる…今俺がレッドランペイジを下に見ているのは。


それは海の王者としての傲慢なまでの意地か、二百年間築き上げた無敗のプライドか、自分より何千倍も小さい生物にナメられて切れない奴はいない、アリが宣戦布告してくりゃ誰だって牙を剥く。


それと同じように、レッドランペイジは荒れ狂い、尻尾を激しく振り回し…。


『ギィィィィイイイイアアアアアアアア!!』


振り回し突き出す、嵐のように振るわれる横方向の連撃、雨のように降り注ぐ縦方向の叩きつけ、十本の尻尾を利用した縦横無尽の三次元攻撃、当たれば即死の死の乱気流、さっきまでのラグナなら血相変えて逃げていただろう。


だが今はちげぇよ、ナメんなって言ったろ?…人間をッ!!


「フッ…!」


振るう、足元に向けて拳を。振り抜いた拳は地面に叩きつけられ…その瞬間、発生する爆発にも似た衝撃波、それは世界と言う名の銅鑼を鳴らす棍棒となって周囲に不可視の波を発生させる。


『ギッ!?』


触れてもいない、ラグナはレッドランペイジに指一本触れていない、ただ地面を叩いて衝撃波を発生させただけなのに、レッドランペイジの尻尾達がただの衝撃波に押し流され弾き飛ばされる。


あり得ない、ただ力の余波だけでこんな事が起こるなんて…!?きっとレッドランペイジはそう言いたかっただろう。だがあり得るのだ…今のラグナは、レッドランペイジの不敗神話を破壊し得る…戦神となったのだから。


「次はこっちから行くぜ…?」


…蒼王乱之雲鶴、それは体外の流れを支配する力を一時的に封じると共に周囲に拡散した絶大な魔力を一点に集中し、オマケとされる能力を丸々『身体強化』に回す荒技。これによって得られる身体能力は常軌を逸した段階に達しており、付与魔術との併用も可能である事も加味すれば…ある意味近接最強の魔力覚醒、その候補の一つに躍り出る事も出来る程。


そこから繰り出される一打は…最早人の拳の域に留まらない。


「『蒼拳…』!」


握りしめる、蒼炎が噴き上がり更にそれが螺旋を描いて再び拳に凝縮される。熱拳一発のように掌に収まり切らぬ魔力量は拳をはみ出て太陽の如く煌めき、レッドランペイジの顔面を狙い……!


「『…一閃』ッッ!!」


殴り抜く…と表現していいものか、その場面を見た誰もが疑問に思っただろう。何せ拳を振り抜いて発生した事象はどう見ても『ただのパンチ』が起こしていい影響ではない、確実にその範疇を超えている。


何せ一撃を放った瞬間、レッドランペイジの体に大穴が開き、その奥の海にまで穴が広がり果てまで轟音が響いたのだから。


ただでさえ強烈なラグナという男が、ただでさえ強力な付与魔術を使い、その上で更に限界を超えて力を解き放ったのだ。その力は最早古式魔術と同程度、手足を振るうだけで天変地異を起こせる段階にまで辿り着いていたのだから。


「ふぅぅ〜…!ッシャァッ!」


息を整えラグナは吼える、奥の手の中の奥の手である『蒼乱之雲鶴』を切ってそれが通用したことを喜ぶ。何せこれはラグナの底…限界なのだから。


蒼乱之雲鶴は強力無比な状態ではあるもののいくつものデメリットを抱えている。体外の流れを操る力を失うのは勿論。


流れを操る魔力を体内に取り込み、それを常に内側で動かし続けているのだ。つまり体内の流れを操り血流の速さを常に加速させ続け肉体速度を強引に引き上げる事で身体強化の一助を行なっている。それに伴い過剰に新陳代謝が活性化し爆発的な能力を得ているのだが、当然そんな事をすれば体内のエネルギーがバカスカ減っていく。


ラグナが先ほど食事を行なって補給した分が目に見えて減っていく、常にラグナという火に体内エネルギーという薪を焚べ続けているに等しい状況なのだ。長く使えばあっという間にエネルギー切れになって動けなくなる。


故に奥の手、これが通じなかったその時がラグナの最期なのだから。


「けど…これで…!」


大穴を開けられ絶命したレッドランペイジの死骸を見て、浅く笑う。これで仕留めた…よな。


終わった、よかった、蒼乱之雲鶴の一発で仕留められて。こいつを長く維持するとどうなるか…まだ俺でも分からないんだ。


あんだけ食って体力を回復した筈なのに、もう体に倦怠感を感じ始めている。そりゃそうか、まだ第二段階にいる筈の自分の体を無理矢理第三段階級にまで高めてんだ、どっかで皺寄せが来るのは分かってた。


「はぁぁ〜〜…でもこれで…」


膝をついて蒼乱之雲鶴を解除しようとし、一息入れた……その時だった。


『ウゴゴ…ゴゴゴゴ…』


「ッ…!?なんだ…!」


声が聞こえた、レッドランペイジの声が。おかしい、奴はもう仕留めた筈だ。陸上に追いやったらもう再生出来ない筈のレッドランペイジを今…仕留めた…は…ず。


「おいおい、どうなってんだよ…これは!」


『ォォォォォォォオオオオオオオ…………!!!!』


急いで視線を上げれば、そこには…再び『元の姿に再生したレッドランペイジ』の姿があった。


再生した?生き返った?なんでだ。こいつ…海水が無きゃ再生出来ない筈だろ…なんだ、どこで間違えた、何が間違っていた。


……まさか、こいつ…!


……………………………………………………………………


「どーなってんだよアレ!今ラグナ間違いなくレッドランペイジを殺したよな!?あいつもう再生しないんだよな!?話が違うぞ!」


「ギャーーー!あそこまで追い詰めたのにまた再生したーー!もーダメだー!!」


頭を抱えるアマルトとその太腿に抱きついてワンワン泣き始めるデティ、二人はキングメルビレイ号から事の趨勢を伺っており、今しがた見せたラグナの超常的な力もそこから発せられる絶大な一撃も見ていた。


そうしてレッドランペイジは見事打ち倒され大団円!みんなハッピーエンドの万々歳!かと思いきや、みるみるうちに再生を始めまた元に戻ってしまったんだ。まるで海上にいた時と同じように。


どうなってるんだ、話が違うとアマルトと同じように周りの海賊達も戦慄き始める。


『やっぱりレッドランペイジは殺せないんだー!』


『もうダメだ!終わりだ!逃げないと!』


『なんでだよぉ!夢くらい見せてくれよぉ!!』


蔓延り始める絶望、漂う諦念、ここまで追い詰めておきながらまた振り出し、やはり断片的な情報を集めだけでは足りなかったんだと海賊達が絶望する中…一人顎に指を当て考えるヴェーラはハッと顔を歪める。


「…ッ!まさか!」


「まだなんかあるのかよぉ!ヴェーラさん!」


「アレどうやれば倒せるの!?教えてよぉ!」


「落ち着け二人とも!」


ヴェーラに食ってかかるアマルトとデティを引き剥がすピクシス、彼もまた少なからぬ衝撃を受けているものの…、何かある事は察している。


レッドランペイジは神でも無ければ自然そのものでもない、倒せる存在のはずだ。ならあの再生にもタネがある。


しかし、海水を使って再生する筈のレッドランペイジがまた再生した、これは如何なる事態かと皆がヴェーラに注目する、するとヴェーラは慄いたように手すりに手をあて。


「ダメなんだ、まだ奴は倒せない…!」


「どういう事!?」


「海水袋だ!奴の体内には海水を貯めておける袋があると言ったろう?奴はきっと体内に貯蓄してある海水を攻撃ではなく再生として用いたんだ…!」


「はぁ!?」


海水袋、吸引した海水を溜め込んでおく海水を自身の再生に使った。確かに再生に必要なのは『海』ではなく『海水」だ、なら腹のなかに入れておいた分を使ってもなんら問題はない筈。


…だが!


「そんな情報なかったよな!?体内に残ってる分も使えるなんて情報!」


無かったのだ、レッドランペイジがそんな行動をするという情報はどこにも。だから俺達はレッドランペイジを引き揚げる事に躍起になっていた、だが現実は違った、奴は陸上でも体内に海水があればやはり再生できる。


ここまで理不尽とは誰も思わなかった、ここまで不死身だとは誰も予想していなかった、そんな情報がなかったから…。


「当たり前だろうアマルト君、当たり前なんだ…!」


「何が!?」


「居なかったんだよ!誰も!レッドランペイジが誕生してより二百年間誰一人としてヤツをあそこまで追い詰めた存在が!」


「うっ…!」


そう。情報は飽くまで二百年間海賊達が挑み続けた中で集めた情報。それまで一度としてここまで追い詰められたことがなかったが故に誰も知らなかった。尻尾を膨らませたり空気弾を発射したり、そんな行動を取るまでもなくレッドランペイジは海賊を沈められたが故に…この奥の手を使う事はなかったのだ。


だがそれは、逆に言えば…。


「つまり、レッドランペイジは今…追い詰められてる、って事ですか!」


「そうだ!言ってみればあれは身を切る悪足掻き、レッドランペイジにとっての切り札ではなく単なる足掻きでしかない!体内の海水は確かに膨大だが無限じゃない、いつかは再生にも限界が来る!それまで何度も何度もレッドランペイジを殺し続けるんだ!」


海水袋に入った海水が切れればレッドランペイジは今度こそ再生出来なくなる、つまりここからは持久戦。ラグナのスタミナが切れるかレッドランペイジの海水が切れるかの潰し合い。


「ッ…ラグナ!気張れぇっ!ここからだ!」


「いけいけラグナー!ぅー!もっと船近づけられないかなぁ!私の治癒がここからじゃ届かないんだけど…!」


「治癒か、よし…ならギリギリまで近づいて…」


そうピクシスが声を上げた瞬間。


『ォォォォォオォォォオオオオォォォォォ!!!!!』


「うぉっ!?」


刹那、轟くレッドランペイジの咆哮。今までの咆哮とは違う…そう誰しもが察することが出来るほどの激憤に満ちた怒号、それが海を揺らしたかと思えば…。


『ギシャア!ギシャア!』


『ギギィ!ギギィ!』


「な!何だ!?魔獣共がいきなり活性化を…」


今まで海賊船が振り撒いていた血味玉に夢中になっていた魔獣達がいきなり血味玉を無視して急転換し陸地に乗り上げたレッドランペイジの方へ、円卓島へ向かい…。


『ギャアォッ!』


「あ!あいつ!海水を飛ばしてレッドランペイジにかけてる!」


凄まじい量の魔獣がレッドランペイジを助ける為かバシャバシャと暴れ水をかけたり、ブラストフィッシュのような水を操れる魔獣は海水を放ちレッドランペイジにかけ始めたのだ。海水を受けたレッドランペイジはその水を即座に皮膚から吸収して再び力を蓄え始める。


「まさか、命令か…!?」


「そんな優しいものじゃないよあれ、魔獣達…みんな変に怯えてる!多分命令じゃなくて『脅し』だよ!助けろって!」


「マジかよ…!」


デティが感じる魔獣達の感情、それはまさしく恐怖そのもの。魔獣王が使うような魔獣のコントロールではなく魔獣の生存本能に直接刺激を与える『恫喝』、それを用いてレッドランペイジは魔獣達を動かしているんだ。


こんな情報もなかった、それほどまでにレッドランペイジは追い立てられて…ってそうじゃない!


「魔獣だ!魔獣を全部沈めないとあれじゃレッドランペイジが海の中にいるのと同じだ!」


「くっ、そうだな!全艦!魔獣の掃討に努めろ!ラグナがレッドランペイジを倒せるように!!」


声を張り上げ旗を振りかざし周囲の海賊船に指令を送り、一斉に魔獣達に対して攻撃を加え始める海賊艦隊。ここからは総力戦だ、互いの総大将を助ける為に…露払いは俺たちがしないと!


「デティ!俺らも出るぜ!」


「うん!…ってかさぁ」


ふと、デティは周囲を見回す。戦いに出るのはいいんだけど…。


「ジャックはどこ?」


「え?…あ」


ふと、周囲を見ると…いない。キングメルビレイ号にジャックが…居ない。



…………………………………………………………………………


『グルルルルォォォォオオオオオ……!!」


「上等だ!百回でも千回でもぶっ殺し続けてやるよ!!」


本性を現し隠していた能力も全て使ってラグナの抹殺に動き始めたレッドランペイジ。十本の尾を全て使って鞭のようにラグナに対して何度も何度も振るう。


対するラグナは蒼乱之雲鶴を続行し雨のような怒涛の連撃を拳から放たれる衝撃波で弾き張り合う。天災の如き魔獣と真っ向から張り合い続ける。


「だぁぁぁあああああらぁっッッ!!」


『ギィッ!!』


パワーではラグナが上回っている、速度でもラグナが上回ってる、されどレッドランペイジは耐久力と手数でラグナを圧倒する。両者の激烈なる攻め合いは数秒間続いた後…。


「取った!」


ラグナが制する、触手を潜り抜け再び接近したラグナは両拳に蒼光を纏わせ…。


「『蒼拳天泣激打』ッ!!」


両拳を用いての怒涛の拳撃、一撃一撃が熱拳一発を上回る高速の連打で一気にレッドランペイジの顔面を消し飛ばす。大きく吹き飛ばされた前部分…されど。


『グググゴゴシャァァアアアアアア!』


再生、それと共に全身から電流を放ち地上に降臨した積乱雲の如く辺り一面に剛雷を乱射しラグナを吹き飛ばす。


「ぐぅっ!」


全身から黒い煙を放ちながら大きく吹き飛ばされ開けられた距離を見て舌を打つ。流れを操る力や魔力を内側に仕舞っているせいで流れによる回避も出来ないし、平気でこっちの魔力防御もブチ抜いて来やがる。


「ナメんじゃねぇ!『蒼拳龍砲』!」


グルリと体を反転させ拳を突き出す。生み出されるのは魔力防壁を殴り飛ばすラグナの持つの遠距離技『熱拳龍垓』と『風天 終壊烈神拳』を掛け合わせた最大級の激風。拳型になって飛ぶ蒼炎は真っ直ぐレッドランペイジに飛び…。


『ォォォォォォォオオオオオオオ!』


刹那、レッドランペイジは尻尾を十本目の前に重ねて壁を作り、ラグナの魔力を弾き返してしまう。尻尾は弾け飛んで消し飛ぶ物の本体は無事、本体が傷つくより尻尾のが安くつくと計算したのだ。


くそっ、やっぱ防がれたか。アイツだって防御くらいするよな…やっぱりアイツを吹き飛ばすには近づかなきゃダメか!


『グギョァァァァアアアアア……!!』


「ヘッ、いい声出すようになったじゃないか。遊びじゃねぇって…ようやく分かったか?」


飛んでくる尻尾、その穂先は鋭い剣へと変わる、恐らくスピアーダーツ辺りを取り込んだのだろう。切断能力が増した尾は今までのそれと比較にならない鋭さを秘めて振るわれる。


「おっと!」


俺が飛ばす衝撃波も切り裂き振るわれるそれを屈んで避ける、流石に触れないで防御するのは限界か。まぁいい、そろそろ…目も慣れてきた!


「『風天 終壊烈神拳』ッ!!」


その場で静止し放つ正拳突き、それは再び絶大な突風を作り出しレッドランペイジの顔色を変えさせる。何度やっても無駄とばかりに再び尻尾の盾を作り出しラグナの攻撃を防ぎ切る。


がしかし、…いくら計算して考えて行動する知恵ある魔獣とは言え、劣るな…人間には。


「テメェ、尻尾全部防御に使っちまったら…何で俺を止めるつもりなんだ?」


『ギョッ!?』


爆裂する砂塵と共に尻尾の壁を掻い潜って現れるラグナに驚愕の声を上げる。先ほどの攻撃と共に跳躍し、自らが起こした風に乗っての接近、そこまで読みきれないとは…戦略に関しちゃ素人か?


さっきの連打でダメならもっと強めのやつ行くぜ!


「どっせいッ!」


繰り出すは張り手、いやビンタとでも言おうか。手を開いて一直線に突き出しレッドランペイジの眉間をぐにゃりと歪め深々と突き刺す。何の変哲も無い張り手…されどこれこそラグナの持つ最大にして最悪の殺傷奥義。


普段は人間相手に使う事さえ戒めている所謂『禁じ手』。それがこの…。


「『超々多重付与・重量属性三千連付与』ッ!!」


それは付与魔術、ラグナがかつて使っていた多重付与をこの場で発動させる。されどいつもと違う点を挙げるとするなら、…この付与がラグナ自身に付与されたものではなく。


『グッ!?ギョベェァッ!?』


───レッドランペイジの肉体に付与された物だからだ。


アルクトゥルスやラグナの使う肉体付与魔術という使用形式が廃れてしまった理由は単純。付与魔術の負荷に耐えられる者が現代にはあまり居ないからだ。自らの体に付与すれば四肢が弾け飛び最後には頭部が炸裂し死に至るという惨たらしい最期を迎えることになる。だから誰も使わない。


それを、ラグナは今武器として用いたのだ。当然簡単なことでは無い、剣や槍と違って複雑な筋繊維と細胞で構築された他者の肉体に付与するのは勝手知ったる己の体に付与するのとは訳が違う。誰にでも出来ることではない…、付与魔術をアルクトゥルスの下で極め抜いたラグナにだけ許された、特級の破壊術。


受ければ当然、付与の負荷に耐え切れなかったレッドランペイジの肉体はボコボコと膨らみあっという間に過剰に空気を送り込まれた風船のように破裂する。


「あんまりこういう技は趣味じゃねぇんだけどな…」


クルリと反転し地面に着地するラグナと共にビチビチと地面に落下するレッドランペイジに肉片。これを再生するのは結構難しいだろ…。


(しかし、毎度思ってたけどレッドランペイジの体をいくら吹っ飛ばしても中から魔獣って出てこねぇな。海水を貯める袋とかも露出しないし、…体内を別空間にする魔術、みたいなのも使えるのかな)


なんて少しの猶予の間に考える。帝国には似たような魔術を使うトルデリーゼさんという人がいる。あれと似たような感じで普通に体の中に入れてるのとは感じが違うのかもな。


魔獣は魔術を使う獣だから魔獣と呼ぶ。そういう芸当が出来てもなんら不思議は…ん?


「おかしい、…肉片が再生しない」


ふと、余所事を考えている間に再生するものと思い込んでいた周囲の肉片がピクリとも動かないことに気がつく。再生しない?おかしいな、もう死んだのか?


にしちゃ最後の最後まで元気だったけど…。


『ラグナーーーー!!!』


「うぉっ!びっくりした」


ふと、脳内にデティの声が響く。なんだこれ…あ!念話か。例の声を遠くの個人に飛ばす魔術の…ってかなんかメッチャ焦って…。


『上見てーーーー!!』


「上?…あ!まさか!?」


ふと気がつく、毎度毎度、俺はレッドランペイジの体を粉微塵に吹き飛ばして殺している…けど、一度として細かな肉片から再生するのではなく残った体の残骸から再生していることに。


もしかしてだが、奴の再生は『最も大きな肉片を核として再生する』のではないか?だとしたら一番大きな肉片はどこだ、上だ、デティの言ってる頭上だ。


そこを慌てて見上げれば、天高く飛翔する…『尻尾』があった。レッドランペイジの十本あるうちの一本…それが丸々残って空中を舞い、そこから肉体が再生し始めていた。


(まさか、自分が消しとばされる事を察して敢えて尻尾を一つ、切り離して空中に…?ヤベェッ!あのまま尻尾が飛ぶ先は───)


海だ、尻尾は海に向かって飛んでいる。まずい、あのままじゃまた海の中に逃げられる!!


あの野郎!しっかり戦略立てられるじゃねぇか!まさかこんな罠を俺に仕掛けてくるなんて…!


「くそ!行かせるかッッ!!」


慌てて俺も飛翔する、あのまま放置すれば海に落ちてレッドランペイジはまた無限の再生能力を得る、消耗させた分も全部チャラになる。そして今度は二度と同じ手に引っかからないだろう、俺達を本気で殺そうと仕掛けてくるだろう。


勝ち目がなくなる、絶対に海に落とすわけには行かないと半端に再生しながら海へと飛ぶレッドランペイジを追いかける。


『グギギ…!』


尻尾を核として再生しているからか、いつもよりも再生が遅い。切り離された断面図からボコボコと吹き上がる肉塊は血を滴らせながらギョロリと瞳が表出し俺をギロリと睨む。捕捉された…!


『グゴォァッ!!!』


あんな体になっても能力は健在か、血を吹き出しながら中からエクスプローシヴレモラを噴き出させ飛び上がる俺に向けて連射する。仕留める気は無い、ただの時間稼ぎ…俺を少しでも足止めし海に落ちるまでの時間を稼ぐ。


それ故か狙いは乱雑、されど爆炎の弾幕は俺から道を奪い速度を取り上げる。


「ぐぅっ!?熱ィッ!?」


空中じゃさしものラグナも自由には動けない。空気を蹴り軌道を変え直撃は避けるものの爆炎までは避けられない。全身を焼かれながらなおも加速しレッドランペイジに迫るが…。


(ヤバい、速度が足りない…追いつけない!)


追いつけない、爆発を使って更に加速したレッドランペイジはみるみる遠ざかり海へと向かって自由落下を進める。ダメだ…今逃すわけには。けど…これじゃあどうにも…!


そんな諦念が俺の心の中で顔を出し始めた…その瞬間。


『ラグナぁぁぁぁぁああああ!!!!』


「ッ…!」


突如、太陽の光の中から一筋の影が現れ…俺の名を呼ぶ。この声は…間違いなくあいつだ、何故そこにいるのかわからない、何をしているのかもわからない、けど。けど…そいつは俺のピンチを察してか、颯爽と天空から現れる。


「何情けねぇツラしてんだ!!」


「ジャック!お前何してんだよ!?」


ジャックだ。ジャックが何故か空の向こうから現れ一気にレッドランペイジに向けて急降下する。なんでお前が空から降ってくんだよ!


「はっははー!テメェがピンチになるのを待ってたのさ!そして活躍の場面が来たと思って勢いよく飛んだら、飛び過ぎた!」


「バカか!ってかどうするんだよお前!」


「こうするのさ!」


ジャックは頭上からレッドランペイジを強襲する、けど海の上じゃなきゃお前も戦えないだろう。


しかしジャックは恐れる事なくレッドランペイジの進行方向を塞ぐように落下し飛びかかる。


『ギィッ!?』


まさか新手が来るとは思っても見なかったレッドランペイジはジャックへの対応が遅れる。その隙に…強く握りしめた豪腕を振りかぶり、ジャックは……。


「テメェに殺された船員達の無念!!今晴らしてやるぜぇっ!『マーレ・ドミネーション』ッッ!!」


叩きつける…と同時に放たれる海洋魔術、…そうだ。


レッドランペイジは自らの体を海水で構成している、つまりアイツの体もまた海水、体が海水であるならば、ジャックの魔術で操作が出来るんだ!


「『荒波』ッッ!!」


『グギゲェゴォッ!??』


放たれたマーレ・ドミネーションにより体内の海水を操られ、内側から爆裂するように海水がレッドランペイジの体を引き裂く。それと同時に大量の血と海水がレッドランペイジの傷から流れ落ちていく。


有効打、間違いなく今のレッドランペイジにとって最も食らいたく無い一撃だ!体内の残り少ない海水をさらに流出されれば奴の再生限界はグッと近くなる。


流石だジャック、お前やっぱり…。


「へへ!このまま陸地に押し流してやるよぉっ!」


そう拳に力を込め、更に殴り抜き。島の方へとレッドランペイジの肉塊を殴り飛ばす、最高の角度と勢いだ、これならアイツをまた陸地に戻す事も──────。




……刹那、それは悔し紛れの抵抗か、或いは最後のすかしっ屁か、殴り飛ばされたレッドランペイジが残った尾を鋭く振るい。


「ぐぅっ!?」


ジャックの胴を切りつけ、胸に深い切り傷が生まれる…。


「ジャック!!」


「ぐっ、がぼぁっ!?」


やられた!毒だ!今の一撃で毒が巡ったんだ。傷をつけられた瞬間ジャックは苦しそうに吐血し空中で踠き力なく海へと墜落していく。


まずい、まずい!ジャックが受ければ死は免れない毒に侵された、このまま放置すればこいつは間違いなく死んでしまう!ダメだ…死なせるわけには行かない!


「ジャック!」


思わず更に深く空中で踏み込んで落ちるジャックの体を受け止める。毒の影響か、抉られた胸の切り傷が更に侵食するように広がっている。このままじゃ死ぬ…なんとかしないと、なんとか…!


「へ、へへ…馬鹿野郎め、なんでこっち来るんだよ…、レッドランペイジを…追いかけろって…」


「そんなことしたら、お前が死ぬだろ!」


「死んでもいいだろ…俺ぁ海賊、世に疎まれ人に恨まれ死を願われる側の人間。…俺が今日死ねば、来年のこの日は祝日になるぜ…」


「バカなこと言ってんじゃねぇ!」


大慌てでキングメルビレイ号を探す、海面に存在する海賊船、今も魔獣達と戦争を続けている船々の中でも一際大きな船を見つけ、その甲板を遠視で見れば。


デティが既にスタンバイしている。ばっちこいとばかりに両手を広げウンウンと首を縦に振っている、よし!


「今助けてやるから絶対に死ぬなよ、ジャック!」


「……なぁ、ラグナよ…」


「なんだ!まだなんかあんのか!?」


口の端からダラダラと血を流すジャックは、血塗れの口元をニタリと歪め。


「お前は、一人で戦ってんじゃねぇ…。いつだって一人で進んでるわけじゃねぇ。自分一人が矢面に立てば全部解決出来るほど、世の中…甘くはねぇ」


「……ッ…」


「どんなに強くても、助けてもらえるんだぜ…仲間がいるならな。助けられることは、恥ずかしくないし、悪くもない。現に今…俺が、そう感じてるようにな…」


「ああ…そうかいッ!!!」


大きく振りかぶり、ジャックの体をキングメルビレイ号に向けて投げる。投げ飛ばす、今…ジャックの言葉に対して問答で返す余裕なんてないと、言い訳をしながら。


「デティーーーーッ!!!頼んだーーーーーッッ!!」


ジャックの治療はデティに任せる、彼女が対応するなら絶対に大丈夫だ。既に投げ飛ばしたジャックの体を優しく風でキャッチし即座に古式治癒による治療にかかる彼女の手際の速さに深く頷きながら。


睨む、円卓島を、既に円卓島に叩きつけられそこで再生を終えているレッドランペイジが憎々しげにこちらを見ている。


悪いなレッドランペイジ、どうやら海の王者は…お前じゃねぇみたいだ。


「ッ……!!」


加速する、虚空の上を走り飛躍し円卓島の中心へと降り立ち砂塵を舞い上げる。今度こそ…レッドランペイジにトドメを刺すために。


『グギィ!グギィ!グギャギャギャ!!!』


「焦ってんなあ、もう最初の大物感が影も形もありゃしねぇ」


大地に降り立ちレッドランペイジを見遣れば。もう余裕がないのだろう、全身から口や瞳を無数も表出させ、蛸の足や毒魚のヒレなどを畑のように沸き立たせ、最早アカエイというより無数の魔獣の集合体のような悍ましい姿へと変貌していた。


その醜い姿は俺達への怒りの発露か?それとも死にたくないという生への執着か?


「まぁ、どっちにしても諦めろよ!海に生きてりゃ…こういう事もあるもんだ」


あともう少しで終わる、この戦いが。そうどこか確信めいて悟る。


レッドランペイジはもう体内に殆ど海水が残ってない。少なくともさっきみたいに体の大部分を吹き飛ばされればもう元には戻れないだろう。事実さっきのジャックの攻撃で海水を失ったからか…やや小さい。さっきに比べて少しだけ小さいんだ。


それと同時に、こっちもあと少しなんだよ。残存エネルギーがもう殆ど残ってない。蒼乱之雲鶴を実戦投入するのが初めてとはいえ、のっけから飛ばしすぎた感があるな。


俺もレッドランペイジももう後がない。故に今から始まる攻防を制した方がこの戦いの勝者となることは必定。


「………………」


『ォォォオオオオオオオオオ!!!!』


ジャック、お前は確かに海賊だよ…俺の敵さ。けど…この海じゃそういう肩書きには縛られないんだろ?だったら、お前はもう…俺の友だよ。


故に討とう、ジャック…お前が失った船員達の無念を、ここで俺が晴らす!お前の代わりに!


「行くぞ、お前も覚悟…決めろよな!!」


『グギャァォォォオオオオオ!!!』


最後の疾走、どの道ここで終わるんだ、出し惜しみは無しで全力全開で加速する。踏み込んだ先の砂が固まり結晶化する程の力強い疾駆でレッドランペイジに向けて飛ぶ。


対するレッドランペイジもまた動く、…この戦いが始まってより今この時に至るまでレッドランペイジにとって人はただ叩き潰されるだけの存在にすぎなかった。それ故に先程まで行ってきた行動は全て『殺害』…その一点に集約されていた。


だがしかし、ここまでラグナと戦ったレッドランペイジは今初めてラグナを敵として認識した、敵…自然界における捕食者被捕食者のような『敵』ではなく、戦闘・戦争における『敵』。


即ち、今この場においてレッドランペイジを殺し得る『脅威的な存在』としてラグナを認知したのだ。


『グォォォォオ!!』


「っ…」


まず行われたのは尻尾と触手による波状攻撃。まさしく波濤の赤影と何相応しい攻撃の津波、大地を覆い尽くしこの砂浜だらけの孤島に突如として赤い茂みが生まれたのではないかと錯覚するほどに殺到するレッドランペイジの魔の手。


「ぐぅぉっ!?」


一瞬、時間にすれば一秒にも満たない時間だが…生み出された蛸の足にラグナの手が絡め取られ動きが止まる。とはいえそんなもの即座に引きちぎれるのだが…問題は一秒にも満たない時間とはいえ立ち止まった事にある。


今この場の支配権はレッドランペイジが握っている。そんな状態で隙を晒せば…即座に趨勢はレッドランペイジに傾く。


「ぐっ!?」


続けざまに叩きつけられた蛸の足が突如、激突と同時に爆裂する。内部にエクスプローシヴレモラでも仕込んでいたんだろう。いきなりの爆発に面を食らってバランスを崩したラグナに追い打ちをかけるように数本の蛸足がラグナに向かい。


「ッッ〜〜!?」


蛸足の先端が四つに裂け内側からスピアーダーツが射出される。付与魔術により絶大な貫通能力を得たダツが数本、ラグナの腹に突き刺さり鮮血を噴き出させる。


痛みに悶えるラグナ、されど直ぐさまダツを抜き去り慌てて態勢を立て直そうと飛び退くが、そこには。


「あぶね!?」


後ろに毒の尾が回り込み道を塞いでいる事に気がつく。慌てて立ち止まると再びスピアーダーツが飛んでくる。


執拗な攻撃、まるで人間が蟻一匹を始末するため全力を尽くしているが如く、執拗に、あらゆる手でラグナを殺そうと食いかかってくる。


必死、そんな言葉さえ浮かぶほどの攻撃。しかしそんな必死な攻撃を前に…ラグナは今勢を挫かれている。


「ッ…!」


飛んできたスピアーダーツを腕の入れ替えるような動作で弾き流し徐々に遠ざけられている己の立ち位置に歯噛みする。


蒼乱之雲鶴を維持出来る時間、それが一分を切った。このまま持久戦を仕掛けられたらこっちがヤベェ、それを理解しているからか、これを凌げば自分の勝ちであることを本能で察知したからか、レッドランペイジは今残った全てを投入してきている。


お陰で身動きが取れない、無数に飛んでくる触手と毒尾の連撃、その間を縫うようにやたらめったら魔獣を投げかけてくる。


踏み込む隙もない、一歩踏み込めば強引に押し切れる段階まで来てるのに…!


「クソが…!」


『ギィィィイイイイイイイイイイ!!!』


充血した目をこちらに向けるレッドランペイジの顔には覚えがある。あれは三年前…シリウスが追い詰められて最後の最後に見せた目に似ている。


死んでなるものか、まだこの世にしがみついてやる、邪魔をするな、殺してやる。そんな様々な感情が入り混じった『現世に喰らいついて離そうとしない獣の顔』だ。


こうなった奴はとにかくしぶとい、それと同時に…脆い。


何か一つ、想定外の事が起こるだけで脆く崩れ去る。それも自分が軽視していた…普段なら気にも留めない、小さな小さな『キッカケ』によって…崩れるもんだ。


シリウスの時はメルクさんの持っていた現代の武器、それを軽視したが故にシリウスは負けた。


そして今回なら、そう。例えば…。


『ギィィィイ────ゥギィッ!?』


刹那、レッドランペイジの側面が爆裂してその動きが止まる。…メラメラと燃える爆炎に側面を包まれレッドランペイジが目を白黒させる。


一体どこから何が飛んできたのか?あの爆発はなんなのか?言うまでもないさ。


『あ、当たった…?』


海の向こうの小さな海賊船、名前も知らない小さな小さな海賊船の若い船員。まだ新入りだろう若い船員が煙を吹き出す大砲を前にレッドランペイジを見て驚愕している。


彼が大砲を撃ってレッドランペイジを攻撃したんだ、けどいつもなら大砲なんて食らっても屁でもない筈。なのに今レッドランペイジは大砲に撃たれて悶え苦しんでいる。


…そうだよ、レッドランペイジが今まで大砲を無効化出来ていたのはその再生能力と『水の鎧』があったから、熱に反応して体から海水を吹き出して爆炎を防いでいたから大砲が効かなかったんだ。


だが、その水の鎧を出せるだけの海水が残っていないからか、あんな小さな大砲に撃たれただけでレッドランペイジは傷つき、そして…その傷さえ、癒えていない。


『おいお前!何勝手なことやってんだ!』


『で、ですけど船長見てください!アイツ!大砲に撃たれて苦しんでます!傷も…治ってない』


『ッ!そんだけ弱ってんのか…!でかした!おいみんな!レッドランペイジが弱ってるぞ!今だ!撃て撃て!ラグナさんを援護しろッッ!!』


『おおお!!』


若い船員の小さな勇気…或いは状況をなんとか打開しようと動いた結果、大砲が効く事がバレてしまった。どれだけめちゃくちゃに暴れても弱っているのは事実なんだ。


『ギィ…ギィッ!』


「へっ、ジャック…お前の言った事、正しかったよ」


俺は一人で戦ってない、そうだよな。レッドランペイジ…お前が今戦ってるのは俺じゃねぇ。


お前が殺し続けて来た人類、お前が二百年殺戮して来た海賊、お前が…今まで下に見て来た海を生きる者達が全員が!お前の相手なんだよ!


『今だー!一斉砲撃ー!』


『ギィ…ギィ…ガギィィィィィイイイ!!』


四方八方から加えられる怒涛の砲撃の数々、爆炎を上げて燃ゆるレッドランペイジ。取るに足らぬと今まで放置を続けてきた海賊達に今レッドランペイジは追い詰められている。


今際の際、二百年と見ることのなかった明確な死がレッドランペイジに過ぎる。このまま行けば倒せる…!


(いけるか…!?…いや待てよ…!)


燃え続けるレッドランペイジ、あっという間に円卓島は火の海と化しこのまま行けばレッドランペイジを倒せると誰もが思い果敢に攻める中、ラグナだけがそのレッドランペイジの姿に危機感を覚える。


蝋燭の火は、消える瞬間が最も大きくなるという。ならば悠久の時を灯り続けた巨大な蝋燭が見せる最後の輝きもまた。壮絶な物になる可能性が高い。


『グギャ…グギィ…ガガガガガ…!』


砲火に苛まれるレッドランペイジは今初めて生命の危機に直面している。そんな危機的状況に陥るのは生まれて初めてだ。何せレッドランペイジは海の中では無敵、完璧に等しい生命であったが故に危機に直面すると言う事自体が初経験。


安全というぬるま湯に浸かり続け、いつしか忘れていた本能が目覚めたのか。


或いはジャックの一撃を貰いその感覚を思い出したのか、今まで使ってこなかった、いや…そもそもその存在すらレッドランペイジは百と数十年程前に忘却の果てに捨て去ってしまった力を呼び起こす。


海の上にあって使う必要のない力、それは……。


『グォォォオォォォオオオオォォォォォ!!!!!』


『吼えた!?まだあんな力が…ってこれは!』


「マジか!」


それは今この状況の大前提すら崩しかねない最悪の力…。


そう、魔獣とは魔術を使うから魔獣なのだ。ならばレッドランペイジも魔術を使う。一つは無意識に使っている肉体の別次元化。これによりレッドランペイジの体内に入った物は風化と老化から解放され永遠にその体内へと保管される。ラグナが何度か吹き飛ばしても中から魔獣が出てこなかったのはこれが原因だ。


そして…『もう一つ』。こちらは海の上にレッドランペイジがいる以上使う必要性が皆無であるが故にそもそも使用の選択肢すら浮かんでこなかった代物。そう…その魔術に名前があるとするなら、こう呼ぶだろう。


「これは…マーレ…ドミネーション!?」


ジャックが使う海洋魔術、それと同じく海を操る魔術を…レッドランペイジが使っている。事実として今レッドランペイジの咆哮を受けた海がまるで摘まみ上げられた布のように持ち上がり波を起こして海賊船に襲いかかるではないか。


(これは間違いなくジャックのマーレ・ドミネーション。使えたのか…!?いや使えても不思議はないが、よりにもよって『ここ』でか…!)


せっかく生まれ始めたチャンスが…潰える。海が荒れては船はなす術がない。挫かれている、勢いが。別に死の淵から生還するのは構わない、最後の最後に大技をぶちかましてくるのはいい。


だけどよりによってだろ、こっちだってもう後がねぇんだぞ!


『ォォォォォォォォオオオ……!』


だがそれはレッドランペイジも同じ、もっと早い段階から使っていれば海を動かすことも余裕だっただろう。だが既に満身創痍で体力も底をつきかけている。


だから、それを少しでも回復させようと水柱を作り上げ海を持ち上げ自分の真上へと運んで行く。海水を浴びてまた回復するつもりか。


どっちだ、どっちを対処する!レッドランペイジを殺しに行くか!?それとも頭上の海水!?どっちもやるだけの体力も時間もない!レッドランペイジを殺せればそれでいい、けどまだあいつに余力が残っていたら…今度こそ終わる。


(どうする…どう…いや、もう迷う必要はないか)


そうだ、俺は一人で戦ってるわけじゃないんだ。ならきっと…きっと!


「決める…!!!」


信じて走り出す、狙うはレッドランペイジ…残った全ての力を用いて奴を殺しに向かう。その間も海水は水柱を作り上げレッドランペイジに向かっていく。


間に合うか、ラグナが殺すのが先かレッドランペイジの回復が先か、一瞬が成否を分ける分水嶺。


先手を打ったのはラグナだ、既にレッドランペイジに触手を作る余裕もない、尻尾を振るう労力は魔術行使に回してるからさっきまでの攻めの壁がない。なら…このまま突っ込む!!


「『蒼拳…』!」


『ギィッ!?』


海水を浴びようと集中していたレッドランペイジがようやく俺に気がつく、だが遅い!頼むぜ…これで決まってくれよ!


握った拳を開き、作る抜き手は渦潮の如く畝りを上げて。


「『螺旋穿通槍』ッ!」


『グベェッ!?』


真っ向から貫く、師範から最初に習った『穿通拳』。拳を捻りながら放つ突きの基本を極限まで高めた一撃は蒼光を纏う一条の槍と化し、レッドランペイジの肉体を貫き通す。


体ごとレッドランペイジの肉体を突き抜けたラグナは明滅する蒼の光を纏わせ慌てて振り向き背後のレッドランペイジを見遣る。これであいつが死ねば海水による回復は意味をなさない!…けど。


『ググッ…ゲェッ…!』


「まだ生きてんのか!」


まだ、まだ生きている、再生は鈍化し未だに肉体が真ん中から破けた異形を保ちながらも生きている。どんだけしぶといんだ…!


『ギィ…ギィ…ギィ〜〜!』


まるで笑うようにレッドランペイジがニタリと瞳を歪める。既にレッドランペイジの頭上には魔術で持ち上げた海水がある。もう魔術を行使し海を動かすだけの余力はない、だがもういいんだ、このまま魔術を解除すれば海水は自由落下にしてレッドランペイジに降り掛かる。


そうなればまたレッドランペイジは完璧な形に元通り。消耗したラグナなど軽く殺して今度こそ海洋最強の生命体としてこの海に君臨することができる。


勝った!自分はこの難局に打ち勝った!そうレッドランペイジは勝ち誇りながら海水を動かす魔術を解除し、力を失ったように海水がレッドランペイジに降りかかる。


…けど、いいんだ。俺は選んだ、海水ではなくレッドランペイジを選んだ、それは…ジャックの言った言葉を信じたから。いや…違うな、信じたのは。


…仲間だ。


………………………………………………………………


「うわぁー!!もうだめだー!!!」


「ここまでか…!!!」


既に太陽は海に沈み始める黄昏時に、赤く染まった海の向こうで対面するラグナとレッドランペイジを見遣るアマルトとジャックを治療するデティは歯を食いしばる。


ここまで追い詰めておきながら最後の最後で魔術を使ったレッドランペイジによって戦局がひっくり返される。あのまま海水がレッドランペイジに触れればそれだけで全部が終わる。


なんとか…なんとかしなくといけないのに!


「なんとも出来ねぇのか!デティ!ヴェーラさん!」


「間に合わないよー!!!」


「くっ!あの量の海水を一撃でなんとかするなんて…それこそジャックでもない限り…!」


デティとヴェーラさんを頼るも二人ではあの量の海水をなんとかするだけの力はない。肝心のジャックも今は毒にやられて気絶している。


ここまでか、…でもラグナはきっと俺達があの海水をなんとかすることを期待している。けど…けど!!


「……ッ!何か来る!」


「え?」


刹那、ピクシスが顔を上げる。何か来る、それを感じて見る方向は円卓島の向こう、ブルーホールが浮かぶ方角を見れば…。


たしかに、何か来る。何かが接近する気配を感じる。…いや、この魔力は…!!!



キラリと、一瞬ブルーホールが煌めいたかと思えば、地の底から響くような声が、天に轟く。


『旋風……!!!』


「来た!これは…!」


「嘘ぉ!これってまさか…!」


キラリと煌めく星の光の如きそれは、一瞬にして円卓島上空に迫ると共に、レッドランペイジに降り掛かる海水を捉え。…膨大なまでの熱を放つ。


あの光は、あの力は、あの声は…!


「エリス!!」


「『雷響一脚』ッッッ!!!」


エリスだ、毒にやられて気絶していたはずのエリスがブルーホールからすっ飛んでくると共にそのまま海水へと必殺の蹴りを放つ。その威力たるやあれだけ膨大だった海水をまとめて蹴飛ばし海の方へと吹っ飛ばす程で…。


『ギィッッ!?!?!?!?』


あまりの事態にレッドランペイジもまた目ん玉飛び出させて驚愕する。何せ唯一の希望の光だった海水が、いきなり飛んできた何かによって吹き飛ばされてしまったのだから。


そのまま雷となったエリスはキングメルビレイ号へと飛んできて、アマルト達の前に降り立つ。


「すみません!遅れました!」


「エリス!!お前大丈夫なのかよ!?」


「大丈夫じゃないよね!?まだ安静してないと!」


バチバチと魔力覚醒の光を漂わせるエリスは二人の前に降り立つと共に苦しそうに息を吐き出す。まだ毒の影響で乱れた魔力が体の中で渦巻いてる筈だ、その身に降り掛かる倦怠感は凄まじい筈だ。


なのに彼女は強く立ち上がり、荒れ狂う海の向こうのラグナを見遣る。


「彼が戦っているのに、寝てられません。エリスも戦います…!」


燃え上がる闘志、それを見て思い出す。そうだった、こいつ戦闘経験は俺たちの中で抜群。だから当然…『やられ慣れてる』んだ!


何度も何度も戦闘不能まで追い詰められて育ったエリスの体は敗北に慣れている。故にズタボロの体の動かし方を心得ている。だからこの場に確実に駆けつけるとラグナに読まれていた、故に任された、ここ大一番を!!


「さぁて、ラグナと一緒に…ぐふぅ!」


「倒れたー!?」


「だから言ったじゃん!まだ万全じゃないって!」


「行きます…エリス行きますう〜!!」


しかし既に体力を使い果たしたのか、一歩踏み出した瞬間その場に倒れ伏しカサカサと死にかけの虫みたいに手足を動かし戦いに赴こうとするエリスをとりあえずとめる。こいつ悲しきバトルマシーンかよ…、本当はアルクカース人なんじゃねぇの?


「待てよ、エリス」


「うう、アマルトさん…」


「ここはラグナに任せようぜ」


あの海水をエリスに任せたとってことはだ、…あいつの中には既に勝利の方程式が出来上がってるんだろう。


なら、決めろよ、ラグナ。ここにいる全員がお前を信じてるんだからさ。


……………………………………………………


「流石エリスだッッ!!」


『ギィィィィイイイイ!!』


人は一人では戦えない、戦っていない、多くの人に助けられながら戦っている、進んでいる。


俺一人が傷ついて戦えば、それでいいと思っていた。だから俺はこの場に一人で立った。けど違うんだな、俺は別に…この場で一人じゃなかったんだ。


『ラグナー!やっちまえー!!』


『あと一息よー!!!』


『伝説作っちまえー!!』


みんなが居たから、ここに立てている。


みんなの助けがあったから、ここまで戦えている。


『俺達が見た夢を!現実にしてくれー!!』


『レッドランペイジのいない海を見せてくれー!!』


『お前ならやれる!信じてたー!!!』


何度も何度も助けられた、俺一人じゃ勝てなかった。


みんながいる、それが…人の強さなのかもしれないな。レッドランペイジ…お前みたいにいくら強くても、お前一人で完結してるようじゃ。


人間には勝てないぜ。


『レッドランペイジの二百年を!』


『終わらせてくれー!』


『俺達の英雄ッーーーー!!!!』


司法を囲む海賊船から響き渡る声援に応えるように拳を掲げる。もうエネルギーが切れかけた筈の体に力が篭る。あり得ないことがあり得てしまう。


不可能が可能になっていく。


夢が現実になる。


俺が、そうする!


「『我流…奥義』!」


『ゥギ!ギャギャ!!』


構えを取るラグナに戦意喪失したレッドランペイジは慌てて尻尾を動かして這いずって海を目指す。今まで攻めに全て使っていた尻尾を始めて逃亡に使う。しかし動けない、あまりに遅い、海水を使いきり半分ほどの大きさに縮んだレッドランペイジでも…もう逃げられない。


レッドランペイジ…お前何ナメたことしてんだよ、お前に挑んだ海賊達は、お前を倒すと夢見た海賊達は!死ぬまでテメェと戦ったんだぞ!!!


やられても、怯えても、また戦いに出たんだ。身の程を思い知らされてもまた戦ったんだ、勇気を振り絞って戦ったんだ、アイツらは…アイツは!


なのに都合が悪くなったら逃げてなかったことにしようとするテメェが…、この海最強を名乗っていいわけがねぇだろうがッッ!!!


「『蒼拳ッッ』!!」


飛び上がる。全身に蒼い炎を滾らせる、己の闘志を燃やし尽くすが如く。蒼く蒼く、煌々と、輝くそれは船を導く篝火の如く。


『ギィィィィィイイイイ!?!?!』


そんな蒼い炎を見上げるレッドランペイジは、恐怖に怯えたように咆哮を上げる。その声にもう力はなく、海賊達を怯えさせることもない。


何せそれは、断末魔となるのだから。


「───────ッッ!!!」


降下、降り注ぐラグナは加速に加速を重ね放つは我流奥義、アルクトゥルスから与えられた『十大奥義』にも並び得るラグナのラグナだけの奥義。


彼が始めて、その手で掴んだ一つの答え。


「『一釘澪標』ッッ!!」


轟音を上げ地面に、レッドランペイジに叩きつけられる全身全霊の一撃。それは蒼い釘の如く深く食い込みレッドランペイジに突き刺さる。


その一撃は海さえ揺らし、激しく荒れ狂う衝撃波はレッドランペイジの残った肉体さえも吹き飛ばしていく。力の奔流…それに飲まれた肉体は、再生することもなく血と水を噴き出させる。


「っと!…どうだッ!!!」


クルリと後転し再び構えを取る。今の一撃はラグナの全てをかけた一撃だ、これを食らって死なないなら…俺はそこまでの男だったということになる。


ラグナの拳を受けズタズタに引き裂かれたレッドランペイジは中心から大きく凹み、動く様子も再生する様子もなく…。


『グギギギギギ…!』


「ま、まだ生きて…!?」


しかし、拳を受けたレッドランペイジは徐に体を起こす。まだ生きていたのか、ならもう一度と踏み込もうとするが…。


「ぐっ!…力が…!」


その瞬間立ち消える蒼い炎、完全に切れたのだ…エネルギーが。最早これまでかとレッドランペイジを睨み付けると、奴はベリベリと肉体を剥がし、中からエクスプローシヴレモラを表出させラグナを狙う…が。


『ゴッ…キィ…』


既に、中のエクスプローシヴレモラは事切れていた。死んでいたんだ、中の魔獣が…それを知ってから知らずかレッドランペイジはムゾムゾと動く、今度は左側から既に生き絶えたブラストフィッシュを吐き出し、右側からスピアーダーツが肉を割き現れ。


『ゴッ…ゴッ…ゴォォオォォ…』


轟音を上げながら次々と死に絶えた魔獣を体から吐き出していく、ドバドバと吐き出し魔獣の死骸の山を作り出し、それでも止まることなく溢れ続ける中身、終いにはなんか古びた木材や鉄材なんかもゲボゲボとラグナの方に吐き出す。


…これ、もしかして攻撃じゃなくて、中に飲み込んだものを体の中に留めておけなくなったのか?この飛んできた木材や鉄材は全部船のパーツだ。


海水と共に飲み込んだ…自らが沈めた船の残骸、それを次々と吐き出し、ゴミの山を作り出し見る影もない程に縮んだレッドランペイジ…それが、最後に吐き出したのは。


『グッ…グッ…グッゥ…!?』


膨らむ、レッドランペイジの頭部が膨らむ、中に押し込んだ物を吐き出すように膨らみ続ける頭部は、やがて…光り輝き始める。


そうだ、海賊船を飲み込んでいたなら、二百年間飲み込み続けて来たなら、そいつもあって然るべき!


そうだ、あれは…。


『ゲボァァァァァァアァアアアアアアアアアアア!?!?!?』


激しい断末魔、肉体が縮み切り生き絶えるレッドランペイジが最後に頭上向けて吹き出したのは…黄金の雨!


海賊達が船の中に溜め込んでいた金銀財宝の数々が天目掛けて吹き放たれているんだ、しかもその量!二百年分!あまりにも膨大すぎる黄金の数々が夕日を浴びて黄金に輝き、雨となってラグナに降り注ぐ。


…そうか、もうアイツも事切れていたんだ。そして死ぬ間際に…自身が取り込んできた物にも牙を剥かれ、ああして破裂して消えたのだ。


「フゥ〜〜あぁぁ〜〜!終わった〜〜!」


天を仰いで黄金の雨を見る、終わった…勝った、勝てた!勝ったんだよ俺たちは!


二百年間誰もなし得なかったレッドランペイジの討伐をやり遂げたんだ!これからは、この海は!


「俺達の物だーーーっっ!!」


黄金の空へと拳を掲げ、万来の喝采を浴びるラグナ。


不可能と言われ続けてきた何もかもを超えて、全てを可能とした。遍くを切り抜け、切り開き、道を作り上げるその様こそ。


まさしく、人は……英雄と呼ぶのだろう。



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 今回の話の最後の部分から英雄は不可能を可能にする者、遍くを切り開いて進んでいくものみたいなニュアンスを感じました。そういえばシリウスの至った第五段階「覇征開闢」からもすべ…
[良い点] いやーラグナ株がどんどん昇っていくのを感じますねー。エリスはいつも無茶ばかりで心配になりますし、海賊達の想いを背負って導く彼の姿はまさしく“英雄”ですね。こりゃ王様どころじゃないわ [一言…
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