413.魔女の弟子と海原の英雄
「ラグナおかえりー!ってすごい怪我!直ぐに治癒するね!」
「ああ、悪ぃ…デティ…」
レッドランペイジが襲来し未曾有の危機に晒されたブルーホール、その危機はラグナとジャックによって一時的に遠ざけられた。されど完全に去ったわけでは無い、レッドランペイジは執念深い…一度こちらに目をつけたなら必ず戻ってくる。
奴の唯一の弱点として機動力のなさがある。戻ってくるまで時間がある…だからそれまでになんとかする為の作戦を立てべく俺とジャックはブルーホールに戻ってきた。
ジャックに支えられ埠頭に帰還すると、デティやアマルト、ナリアにメルクさん ネレイドメグとエリスを除いた弟子達全員が出迎えてくれた。
「悪いなラグナ、一人で戦わせて…俺、情けねぇよ」
「いいって、俺が引けって言ったんだしさ。それよりエリスは?」
申しわけなさそうにするアマルトに気にするなと手を振って、周りを見る。周囲にはエリスの姿はない、レッドランペイジの毒を受けて動けなくなったとは聞いたが…大丈夫なのかな。デティがここにいるってことは多分大丈夫なんだろうけど。
「大丈夫、かなり落ち着いたよ。傷の対処も解毒も終わってる、けど毒の影響で魔力が乱れてて…そのせいで目を覚ませないでいるんだ」
「そうなのか?」
「体内の魔力はまだ魂と細い紐みたいなもので繋がってるからね、意識もまた魂から生じるもの…その意識が乱れた魔力でぐちゃぐちゃに掻き乱されてるの。でも容態としては落ち着いてるから…今はブルーホールにある診療所で寝てるよ」
「そっか、いつ頃目覚める?」
「分からない、でも直ぐには無理…毒が消えても倦怠感は残るから、少なくとも今回の戦いには参加出来ないよ…」
「……分かった」
エリスが即座に対応してくれたから俺が到着するまでの時間が稼げたとも言える。アマルトやメルクさんが頑張ってくれたのもあるし、…ほんとみんなには頭が上がらないよ。
みんながここまでやってくれたんだ、後は俺でなんとかしたいんだが…。
「はい!治癒終わり!また戦いに行くんでしょ?」
「ああ、けど今のままじゃ無理だ。どうやらレッドランペイジは海水を吸って再生する能力があるみたいでさ」
「な、何!?海水を吸ってだと!?海の中にいる奴がそんな能力を持ってたら倒しようがないじゃないか!」
「…水みたいに元に戻ると思ったら…、水そのものだったんだ…」
「そ、そんな!どうしたら…」
「ヒキョーだー!」
「その作戦を考えるんだ、今から」
エリスが昔戦った奴の中には闇がある限り無敵…なんてデタラメみたいな魔力覚醒を使う奴がいたそうだ。多分原理は同じ、海水を無くせばレッドランペイジは再生しない。けど海を消すなんてこの世から闇を消す以上に不可能だ。
どうすりゃいいんだか、さっぱりだが…頭捻って考えないとみんな死ぬんだ。やるしかない。
「なぁジャック、お前…レッドランペイジについて詳しいよな、海水による再生のことも知ってたし」
「ん?まぁな、昔はアイツを倒してやる!って躍起になって調べてたし」
「じゃあ他にも情報はあるか?」
「無い、ぶっちゃけて言っちゃえばレッドランペイジが俺達人間に対してどこまで本気でやってるかも分からないんだ。マジになった時どんな奥の手が飛び出してくるかも分からない」
「そうだよな…」
レッドランペイジにどこまでの知性があるかは分からない。けど奴は感じているはずだ…『海にいる限り自分は負けることはない』と。故にどれだけ攻撃されても怒りはすれど危機感を感じることは皆無だろう。
故に、マジになる事も奥の手を使う事もない。…何が出来るかまだまだ不透明なんだ。
「じゃあ、このブルーホールに…レッドランペイジを倒そうと、お前みたいに昔は燃えてたやつとか言っているかな?」
「あ?ンなもん山ほどいるに決まってんだろ、レッドランペイジを倒した奴は言っちまえばこの海の英雄になれる。みんな英雄になりたいもんだろ?だから若いうちはみんながみんなレッドランペイジ打倒を目指す。けどどっかで現実を知るか普通にレッドランペイジに殺されるかして…みんな諦める。そういうもんさ」
「なるほど、そりゃいいこと聞いた」
つまり、海賊はみんなレッドランペイジを倒したいと思ってるわけだ。でも太刀打ち出来ないから諦めた…謂わば負け犬の巣窟。いいねぇ、負け犬…絶対強者に喧嘩売るなら負け犬以上の適任はいねぇよ。
「よっし!取り敢えず作戦会議をしよう。他の海賊達とも話がしたい、勿論アマロとも」
「ほ、他の海賊達ともか?」
「ん?なんか問題あるのか?」
そう治癒を終えた俺が歩き出したところ、メルクさんが何やらバツの悪そうな顔で頬を掻く。何か問題でもあるのだろうか、そう問いかけると彼女は一瞬何かを言い出しかけた瞬間…。
「いや、実際見てもらった方が早い。口で言うよりそう言うのは君の目で見てもらった方が良いだろう、時間も惜しい」
「ん、分かった」
「こっちだよ、ラグナ…みんなが集まってるのは」
ネレイドさんの案内で海賊達が集まっていると言う地点…先程までレッドランペイジがいた側のブルーホール外縁へと向かう。そうやって歩いている間にも…俺は頭の中で状況を整理し、レッドランペイジを確実に倒す方法を模索する。
今度こそ、絶対にアイツに勝つために。
………………………………………………………………
そうこうしてる間に、俺達はブルーホールの外縁へと到着する。するとそこにはブルーホール中の海賊が全員集まっており、総勢二千人近い人間がごった返していた…のだが。
……俺が思ってるより、状況は悪かった。
『俺達の船、沈められちまった…!』
『あんな怪物倒せっこない!今のうちに逃げないと!』
『殺される!あんなのに喧嘩なんか売れるわけない!』
地面に倒れ伏したり、膝をつきながら頭を抱え恐怖に悶える海賊達。中には先程まで勇ましく魔獣と戦っていた者やメグさんが救出した水浸しの海賊達もいる。
『何言ってんだ!こんだけ戦力がいるなら全員で船出してレッドランペイジを殺すべきだ!』
『逃げるったってどこに!?海にいる以上アイツからは逃げられない!』
『殺される前に殺すんだ!それしか生き残る道はない!』
一方、勇ましく戦う道を説く海賊もいるが…目が異常だ。血走って鼻息が荒い、あれは正常な精神状態じゃないな。一種のパニック状態、気が動転して変に高揚しているだけだ。あれは勇気ではなく蛮勇…放っておけば無茶やらかして死ぬタイプの状態だ。
そして。
『おかあさん…どうなっちゃうの?』
『大丈夫、大丈夫よ…』
『アア、もうお終いネ…みんな魔獣に生きたまま食われて死ぬのヨ』
海賊ではなく、ブルーホールに住まう者達だろう。弱々しく現状を悲観し絶望する者達も中には混ざっている。彼らには戦う力がない、それでいて他の海賊のように外に逃げる船もない。絶海の孤島という檻の中に閉じ込められた上でレッドランペイジという目に見える災害が迫っていることに絶望しているんだ。
「ラグナ様、これが『現状』でございます。ブルーホールという閉鎖空間が人々から正常な思考を奪っております。今のままでは総力を挙げて戦うどころか…先程までのようにブルーホールから援護を出すことさえ難しいでしょう」
「無理もないよ、だってあんなデッカい怪物が目に見えてこっちを殺そうとしてるんだもん…狂わなきゃやってらんないよ」
デティの言う通りだ。人ってのは脆い生き物だ、戦ってる最中はいいが下手に考える時間を与えると途端に崩れる。レッドランペイジを遠ざけ時間を稼げたのは良かったが…同時にブルーホールの人達に冷静に考える時間を与えてしまった。
冷静になって考えりゃ、逃れようのない死が刻々と迫ってるんだ。狂わない方がどうかしてる。
先ずは、この人達を落ち着けるところからだな…。
「ん?…ジャックか!」
「おうアマロ、部屋から出てくるなんて珍しいな」
「んなこと言ってる場合じゃねぇのよさ今の状況は!」
すると、雑踏の中からドスドスの重そうな音を立てて海賊服姿の巨漢が、このブルーホールの顔役アマロがやってきてジャックに詰め寄りながら捲したてる。
「レッドランペイジは倒せそうか?今の状況はかなりやばい…ここにいる人間全員恐怖でおかしくなっちまってる。俺が抑えてなけりゃ今すぐ全員船を出して逃げるなりレッドランペイジの所に行っちまいそうだ」
「倒せそうか?んー、俺にゃ無理だな!勝ち目ゼロ!だははははは!」
「おま…!」
ゲタゲタと笑うジャックにアマロは引きつった顔でドン引きする。いやまぁ気持ちはわかるが…たしかにジャックでは無理だ。ジャックとレッドランペイジの相性は最悪、ジャックは海の上でなきゃ戦えないのにレッドランペイジは海の上にいる限り傷つかないんだからな。
だからジャックではどうやっても倒せない…のだが。
「そこはお前、嘘でも倒せるって言ってれなきゃ困るじゃねぇのよさ!だって…」
『おい!今の聞いたか!?アイツ…ジャック・リヴァイアだろ!?』
『最強の海賊まで無理だって言うなら…俺達じゃ俄然無理だろ!』
『やっぱり死ぬしかないんだー!おかーちゃーん!』
「バカ!ジャック!余計混乱させてどうすんだよ!考えろ!」
「だってぇ、事実だしぃ」
ブー…と唇を尖らせるジャックに思わずため息が出る、こいつ本当に船長かよ。おまけにこいつは名前だけは超売れてるからな、あのジャックで無理なら余計無理と更に絶望とパニックが蔓延し始める。収拾つかねぇぞこれ。
「だがジャックで無理ならこりゃいよいよヤベェじゃねぇのよさ…、俺も逃げようかな…」
「おいアマロ、お前が逃げたらこのブルーホールはどうなるんだよ。あれだけ俺に無責任だなんだって説いておきながらテメェ、そりゃねぇだろ」
「そ、そりゃ…お前が出ればなんとかなると思ってたから。でも…無理なんだろ?レッドランペイジは倒せないんだろ?」
「…………そうさねぇ」
すると、ジャックはその問いに答えることなく…俺の方へ目を向ける。その視線の移動に気がついたアマロもこちらを見る。試すような視線と縋るような視線…その交錯する先にいる俺にジャックは…。
「なぁラグナ、お前はどうだ?倒せそうか?」
そう、聞いてくるんだ。ジャックには無理だ、その戦術の性質上どうやってもジャックではレッドランペイジは倒せない。なら…俺は?と。
…今しがた俺も倒せず危うく負ける寸前まで行ったんだが…そうだな、倒せるとかどうかと聞かれりゃ、答えは一つしかないよな。
「倒せる」
「へぇ…」
「そ、そいつは本当かい…いやだが確かにアンタなら…」
ジャックは目を細め、俺の正体を知るアマロは納得したようにゴクリと生唾を飲む。
どうやって倒せるかを聞かれているんじゃない、まだ…やる気があるかどうかを聞かれてるんだ。確かに俺だって他の海賊達同様『もう無理だー!』と言えるなら言いたいさ。でも俺が諦めたら仲間はどうなる?エリスはどうなる?…引けねぇんだよ俺は。
だから崩さない、ファイティングポーズだけは、絶対に。
「ッ…頼む!ラグナ!」
すると、アマロは俺の肩を両手で掴み、その目から涙を流し唇を震わせながら、今まで抑えていた恐怖の感情を爆発させながら俺に迫り。
「ここには俺の妻もいる、子供だっている。俺が面倒を見てる部下や弟同然の商人達も山ほどいる。そしてそいつらにも生活と家族がいる、それがこのブルーホールなんだ…ここが沈んだら全部が魔獣に食い尽くされる。それだけは許容出来ない…!だからた頼む…頼む!このブルーホールを救ってくれ、俺達を…助けてくれ!」
このブルーホールは国でもあると形容したように、海賊や商人だけでなく、ここに住まう者もいる。商人の家族か…或いは海賊達の妻か。大勢の人間がここにはいる。
表沙汰には出来ない人間達、お天道様の下を歩けないような者達、真っ当に生きられなかったならず者達のためのならず者の国。助ける義理とか言い出したらそんなものはないのかもしれない。
けど…それでも。
「…任せろ、ぜってぇ助けてやるから。俺があの怪物ぶっ潰して…ここを守ってやる」
「おお、…おお!」
そんなもんは今関係ねぇんだ。海賊だなんだなんて言ってる状況じゃない、ここの人達にはここの人達の生活がある。海賊だって人間なんだ…見捨てている理由なんかどこにもねぇ。
守る、そして勝つ。例え何があろうとも。そう俺が断言すればアマロはボロボロと涙を流し歯を食いしばりながら俺に縋り付き。
「感謝する…やはりお前は、ジャックが見込んだだけの事はあるようだ…!」
「いやいや、別に…普通のことさ」
「そう言えるのが何よりの証拠だ。よし!タダで守ってもらおうとは思わねえ!俺の権限に掛けてこのブルーホールにあるものはなんでもどれだけでも使っていい!全力で支援する!だから頼む!レッドランペイジを倒しこのブルーホールを救ってくれ!」
「ああ、…任せろよ」
やるだけやってみる、なんて悲観に満ちた答えではなく、間違いなく…確実にやり切ると言う覚悟を示しながら俺はアマロの肩を叩き…、目の前で右往左往している海賊達へと向かう。
レッドランペイジを倒すには今のままじゃ無理…なら現状を変える必要がある。きっと俺とジャックだけじゃ勝てない、ならここにいる人間全員の力を借りればいいんだ…その為にはまず。
『なぁ!俺達もお前らの船に乗せてくれよ!俺達の船さっきの戦いで沈んじまって』
『お願いします我々も船に!…いえせめて私の娘だけでも!』
『ぜ、全員は乗れねぇよ!』
「まじーな、ラグナ…下手すりゃここで…」
「ああ…」
流石はアマルトだ、歩み出す俺の隣に立ち周囲の海賊や住人を見て苦々しい顔を浮かべている。ここから逃げたいけど船を失った海賊…ここから逃げたいけどそもそも船を持ってない住人、そいつらが船を持ってる海賊に船に乗せてくれと懇願している。
だがとてもじゃないが全員は乗れない、ましてや今船持ちの海賊達は『レッドランペイジに戦いを挑む派』と『逃げたい派』に別れてる。ここから逃げ出そうとしている連中が乗れる船は全体の半分程になる…とてもじゃないが退避出来る状況じゃない。
もし、この状況が長く続けばどうなるか?…混乱を極めた人間は何をしでかすか分からない。船を持ってる海賊を襲って海賊船を奪おうとする奴も現れるかもしれない、そうなれば終わりだ。戦々恐々とした奴らにとって少しの刺激が発火剤になり大爆発を起こす可能性がある。
具体的に言うと、ここで殺し合いが始まるかもしれない。生き残りをかけたバトルロワイヤル…そんなの今してる場合じゃない。
「なぁ、俺に出来る事はあるか?」
「ん?…んー」
アマルトに出来ることか…、うん。ある。
「ある、料理作ってくれ…それも超大量に」
「え?全員で食うのか?」
「悪い、俺が食いたい。さっきの戦いでめちゃくちゃ消耗しちまったから」
「ん、りょーかい。食いごたえ満点のフルコースをお見舞いしてやるよ。だからしくじるなよ」
「分かってるよ」
任せなと敬礼しながら道を逸れるアマルトはアマロへ食材の融通を打診しに向かう。もし作戦がどのような物になったにせよ…レッドランペイジと直接対決が出来るのは現状俺だけだ。
なら、さっきまでみたいな戦い方じゃ勝てない。…あんまり好きじゃないが『奥の手』って奴を使う時が来たのかもしれない、けどその為には莫大なエネルギーが必要になる。それをアマルトに用意してもらわないと…アレの発動もままならねぇ。
「さてと」
パキポキと指を鳴らして気合いを入れる。まずは混乱の極致にある人々に教えるんだ…今何をすべきかの目的を。
『このままじゃ全員死ぬんだ!』
『殺される前に殺すんだ!全員で赤影に突撃だ!』
「おい、みんな…聞いてくれ」
『え?』
声を通す、大声ではなく、それでも人々の耳に入る『よく通る声』で呼びかければ…全員がこちらを向く。注目を集めれば数人の海賊が俺のことを指差し。
「た、確か…あんたはレッドランペイジと戦っていた…」
「ああ、俺はラグナって言うんだ。よろしくな?」
ニッと笑顔を向ければ周囲の人間はやや怪訝そうに眉をひそめる。なるほど、今の俺に対する評価はこんな感じか…。
レッドランペイジと戦った勇敢な男…ではなく、ここでレッドランペイジを倒そう!と無謀を喚いている海賊達と同じ種類の過激派だと思われているようだ。
「なぁ!あんたもレッドランペイジと戦うべきだと思うよな!」
「あんなのと戦って勝てるわけないだろ!ラグナ君!君ももう分かったんじゃないのか!?アレには勝てないって!」
「まぁ落ち着けって、一旦腰据えてさ?ゆーっくりしようや。別にレッドランペイジは今すぐここに来るわけじゃないんだしさ」
「何言ってるんだ!奴は確実にここに来るんだぞ!」
「ふぅ〜…」
近くの樽に腰を落ち着け半狂乱になる海賊達を前に息を吐く、まずはリラックスさ、肩肘張ってレッドランペイジが死ぬんなら俺ぁ幾らでも張るよ。けど現実はそうじゃない、なら落ちったっていいはずだ。
「冷静になって考えてみろよ、まず戦うって言っても…ここにいる連中が全員で大砲を撃ってもレッドランペイジには火傷も負わせられないぜ?それで倒せるのか?」
「そ、それは…じゃあ逃げるのか!?」
「逃げるって何処に?今ここは…このマレウスの海はレッドランペイジの物なんだ。この海にいる限り奴の脅威は消えない。全員でマレウスの海を捨てるのか?」
「それは…だが…!」
「分かってるよ、でも…今必要なのは挑む勇気でも逃げる強かさでもないんだ」
落ち着いたトーンで、何を言われてもペースを崩さず、ただただ淡々と樽に腰を落ち着けながら対話する。今必要なのは戦う勇気でも逃げる強かさでもない。
今必要なのは…何か?
「なんだよ…」
「ここさ、これを使えば…俺達ぁこの難局を乗り切れる」
そう言いながら指差す、己の頭を。トントンとコメカミの辺りを指で叩くと海賊達は目をキョトンとしながら目を丸くし。
「髪?」
「頭蓋骨じゃないか?」
「石頭…」
「知恵だよ、俺達に今必要なのは知恵だ。勇気でも強かさでもなく…俺達の知恵があればレッドランペイジに、勝てる」
知恵だ、今俺達に必要なのはこれだよ。そう提示し海賊達の意識をそこに向ける。
「確かに俺たちには魔獣のような爪はない、牙もないし体躯もずっと小さい。けどそれでも俺達は魔獣達に負ける事なく未だこの世界の覇者足り得ているのは何故か?…魔獣共にはない知恵があるからさ」
「でも、そんなもんでどうやって…」
「レッドランペイジは嵐みたいなもんさ。この中で嵐を力で無理矢理追い払える奴はいるか?」
そう聞けば全員が首を横に振る。そうだよな、嵐を吹き飛ばせる奴なんか限られた超人くらいしか出来ない、みんながみんな嵐の前では無力だ。けど…。
「じゃあ嵐が来た時の対処法を知ってる奴は?」
「帆をしまう…とか?」
「あと風を横っ面で受けないように船頭を風上に向ける…?」
「錨を下ろしたら船が横転しなくなるよな」
フッと思わず笑う、おずおずと答え始める海賊達を見て笑う。嵐を払う力を持ってる奴はいない、だが嵐に対処する方法を知ってる奴はこんなにいるんだ。
「そうだよ、そうなんだよ。お前らはみんなこのマレウスの複雑な荒波を超えてここまでやって来た海の男だ、みんな嵐が来た時の対処法は知っているんだ。それと同じさ、力がなくとも知識があれば人は天の怒りにさえ打ち勝つ事が出来る!」
「でもレッドランペイジの対処法なんて知ってる奴は…」
「いない?本当にそうか?…ここにいる全員昔はレッドランペイジに挑もうとしていたんじゃないのか?」
「そりゃ昔の話だよ、今は思わない…」
「現実を知っちまったからな…」
「魔獣一匹にも手こずるのに…レッドランペイジなんて」
打ちのめされた負け犬の顔だ、全員が現実を知って現実から逃げた負け犬だ。だが…負け犬だってその口の中には牙を隠し持っているもんだ。例えば…。
「それでも、昔は挑もうとしていた…レッドランペイジの情報を集めていたんじゃないのか?」
「そりゃ昔は…」
「死に物狂いで調べた時期も…え?」
「は?お前も調べてたのかよ…!」
「そう言うお前も、逃げるとか言ってたくせにお前!」
「いやだって見るだろ夢くらい、昔はレッドランペイジを倒してこの海の英雄にって夢を」
「まさかここにいる全員、レッドランペイジについて調べてたのかよ…!」
どうやら、想像もしなかったようだな。海賊が全員レッドランペイジについて調べていたことを。奴は海の男にとってのある種の夢だ、全員が奴を倒すために少ない情報を海中からかき集めていた時期があった。
けど、それも現実に打ちのめされていつしか机の棚の奥にしまい込んでしまった。普段は出会えば殺しあう中だからお互いがお互い同じ夢を持ってたことなんて知りようもない。
けど実際は、ここにいる全員が…レッドランペイジに対して、奴の喉元を食い破る為の牙を研いで、今もなお隠し持っていたんだ。
「ほらな?ここにいる全員が必死に集めた少ない情報を掻き集めれば…案外なんとかなるんじゃねぇのか?」
レッドランペイジの恐ろしい点はその未知性にある。事実として出会った海賊が諸共沈められているから噂話の伝説になってしまうくらいには奴は人間を逃さない。
…けど、伝説として話は残ってる。二百年間忘れ去られることも無く今もなお話が残ってるってことはだ。いるんじゃないのか?ジャック達みたいに襲われながらも命からがら逃げ延びた奴がほんの少しだけ、そいつらが…いつかレッドランペイジを倒してくれる奴のためにこの海に残したかすかな情報のカケラ。
それが二百年と言う時をかけて降り積もり、それをここにいる海賊達が必死こいて集めてきていた。ならそれを組み合わせる時は…今なんじゃないのか!
「二百年だ、二百年間俺達人間はこの海でレッドランペイジに脅かされて来た、殺され破壊され続けてきた。だがその間もかつての人々は多くの物を残し続けてきた…それは宝島の財宝にも勝る宝となって、今俺達の手元にある!宝ってのはそのままじゃ価値はない…使わないと意味がない、だろ?」
「……ここにいる人間の知恵を、集めれば」
「おう、二百年の間に一度だってあったか?これだけ大量の海賊が一堂に会してレッドランペイジを倒す為に力と知恵を合わせるなんて瞬間が…!」
「………………」
海賊は冷静になって周囲を見回す、そこには自分以外の千人超えの海賊達が…。今ここにいるのは全員味方だ、確かに人間一人一人の手ではあの空には届かない。
だがここにいる全員の手を合わせれば…星だって掴めそうだろう?
「なんか、俺…今行けそうな気がしてる」
「ここにいる全員がレッドランペイジの情報を持ってるなら…」
「それを合わせれば、あの不死身の怪物を倒す方法だって…浮かぶかもしれない!」
「や、やれるのかよ…本当に!」
「でもこの機会を逃したら…もう二度と…!」
「そうだ!今しかねぇんだ!奴を倒せる瞬間は!」
海賊達が乗ってきたところで一気に盛り上げる為に俺は樽の上に立ち声を張り上げ押し上げる、皆の闘争心を。
「二百年だ!俺達は二百年奴に道を譲り続けてきた!その間も先人達が多くの知恵を残し俺達に武器を与えてくれていた!知恵と言う名の武器をだ!それが今この場に集ったと言うことは…つまり、今なんだよ!奴に譲り続けてきた道を!俺達が取り戻す瞬間は!!」
「奴に譲り続けきた…そうだ、あいつがいなけりゃ俺達は…!」
「この海は、俺たち海賊の物…!」
「ああ!だから全員で力を合わせ!全員で考えて!為すぞ!大偉業!未だ嘗て誰も見たことのない…レッドランペイジの居ない海を!最初に拝むのは俺達だ!!!」
刻むぞ歴史に名を!!そう雄叫びを上げれば、皆も揃って高揚する。逃げるんじゃない!挑むんじゃない!俺達はレッドランペイジと言う名の嵐を乗り切るのだ!ここにいる船員全ての知恵と力を結集して!
「やるぜ!みんな!!!」
「おお!なんか…やれる気がするぜ!」
「知恵を出すくらいなら俺達にも出来そうだ!」
「アイツの情報は山ほど調べてんだ!それを使う時がついにきたんだな!」
「海賊の恐ろしさを!見せるのは今なんだ!」
「よぉぉぉーーしっ!全員!時間はある!全員で知恵を出しまくって作戦考えるぞ!!!今から軍議じゃーーーっ!!」
『おぉぉおーーー!!』
響く雄叫びは、一つ一つはか細くとも、束ねればレッドランペイジの雄叫びにも負けぬ轟音となって海を震わせる。力がなくとも良い、勇敢でなくとも良い、だが知識があるなら人は戦えるのだ!
よし!こっからだ!こっから軍議で奴を倒す作戦を考える!
「ラグナ様は本当に人々を高揚させるのが上手いですね」
「そう……だね、ラグナは…理想的な将軍」
そんな様を遠くから眺めるメグとネレイド達魔女の弟子は、いつものようにラグナが人々を束ねるのを見て感心する。彼の言葉はまさしく火種だ、人々を燃え上がらせ戦いへと赴かせ、そして勝利をもぎ取ってくる。
勇気がなく、心が折れ、膝をついた人間でももう一度戦えると思わせ、そして共に勝利する。人と言う種族の中で最も王に相応しいのは彼なのかもしれないと思わせてしまうくらいには彼にはそう言う才能がある。
と同時にメグは軽く冷や汗を流す。
「ほんと、ラグナ様が魔女側の人間でよかったと思いますよ…」
「それは…私も思う、ラグナがもし反体制側の人間だったら…とんでもない事に、なってた」
もし何かが違って、彼が王ではなく魔女排斥派の人間だったら、革命の旗印を振るい無関係の民衆さえ巻き込んで世界をひっくり返せていたかもしれないと本気で思える。ラグナのような人間が魔女排斥派に居なくて本当に良かった。
もし居たら、魔女大国と魔女排斥派のパワーバランスは今のように拮抗していなかった。
「でも味方だからこそ、ラグナさんは頼りになります…ですよね?」
「…そうでございますね、それは本当に」
ニコッと笑うナリアに毒気を抜かれ、メグもまた微笑む。そうだ、ラグナは我々のリーダーだ、彼が勝つと言ったらきっと勝つ。
だから、あんなどでかい怪物にだって…きっと勝てる。我々は今本気でそう思っている、そしてそれはきっと…現実になるのだから。
………………………………………………………………
「さて、情報は出揃ったな」
ラグナによって発された『対レッドランペイジ作戦会議』はこのブルーホールの顔役アマロの厚意により普段は宴会場として使われている大広場に机やらなんやらドンドンと置いて臨時の軍議場を置いて恙無く進んでいた。
既に目の前には大量の紙束が置かれここに集うた海賊全員がウンウンと頭をひねっていた。あの紙には海賊達が集めたレッドランペイジの情報が書き記されている。紙に書き留めてある物だけではない、紙を紛失してまった物や記憶の中にだけある物は全てメグさんが紙に書き起こしてくれた。
そうして集めた情報の中には同じ内容の物がいくつもあったが、それはそれで信憑性が増すから良しとして…。
「まず纏めると…レッドランペイジは体内に無数の魔獣を飼っていると」
海賊達の情報提供により奴の体内にいる魔獣の種類も大分分かった、エクスプローシヴレモラやブラストフィッシュだけでなく、タイラントクラーケンやウォーシャークと言った大型の物を体内にて飼育し状況によって体外に排出し武器として使う力があるらしい。
また、レッドランペイジには取り込んだ魔獣の能力をそのまま強奪して使用する力があるらしいが、これは長い時間維持出来ず一度使ったら暫くは使えなくなるそうだ。海賊達の中にいた海洋学者が言うにレッドランペイジはその性質上常に自身の細胞が死滅再生を繰り返している性で外部から接収した能力は細胞と死滅と共に消えてしまうらしい。
俺は魔獣の種類を背後のボードに書き記す、その魔獣の仔細も海賊達は事細かに教えてくれた。
「そして次に、海水を取り込み武器とする能力」
レッドランペイジは常に大量の海水を体内に溜め込み、それを超圧縮で放出し砲弾として使う能力がある。とある海賊が持ってきた『百年前の学者が命懸けで行なったレッドランペイジの考察書類』を読むに…。
奴の体の八割は『海水袋』と呼ばれる袋が占めており、あの巨体も異常に肥大化した海水袋が限界を超えて水を取り込み膨れ上がったが故の姿…と考察されている。どうやらレッドランペイジは『クリムゾンレイ』と呼ばれる同じアカエイ型の魔獣が突然変異を起こした存在のようで、元々ボートほどの大きさだったクリムゾンレイが限界を超えて海水を吸収し続けた結果…あそこまで大きくなったのだろうと推察されている。
袋の圧力を利用して放つ水砲弾の威力は、少なくとも水棲魔獣達の中では間違いなく最強格の威力であることは間違いない。
「あとは、尾っぽの毒針…」
エリスがやられた毒だ、奴の十本の尻尾には強力な毒を分泌する毒針がある。本来のアカエイは一本巨大な刃のような針が先端についているだけだ、レッドランペイジは細かな毒針が鱗のように尻尾中に張り巡らされているらしく触れただけで毒に侵されるそうだ。
この毒の致死性は高く、喰らえば死は免れないそうだが…デティでなら解除できるそうなので一旦危険度は下のものとしておく。
「他にも色々、水の鎧、魔獣の操作、吸引…」
他にも多くの能力がある。周囲の海水を操ったり体内から海水を噴き出させ、それを鎧のように身に纏うことで爆発や炎から身を守る『水の鎧』これがある限り海賊のメインウェポンたる砲撃はまるで意味をなさない。
他にも魔獣に対してある程度の命令権があるらしく、奴が吠えると多くの魔獣が集まってくるそうだ。中には自分から進んでレッドランペイジを助けるようなそぶりを見せる奴もいる…らしいのだが、命令の強制力はアインやタマオノ程強くはないらしく、近くに人間がいると命令を無視して食いに行くそうだ。
あとは吸引…これは能力と呼べるか怪しいが、これで大量の海水や体内の魔獣を補充しているらしい。その上恐ろしい勢いで海水を持って行くから船も引き寄せられてそのまま沈められることも多数。
ザッと出揃っている情報は大体これくらい。他にもあるにはあるがそちらは信憑性が薄い噂話と言うことで切り捨てている。
まぁ簡単に言えば、レッドランペイジは海水を操り武器とする事に特化した超巨大魔獣で、一撃一撃の規模は大きいもののやってること自体はそこまで複雑ではないという事。レッドランペイジの元となったクリムゾンレイの能力が拡張された範囲のものしか無い辺り、やはり奴は突然変異の個体なのだろう。
ここまで聞けば、ただ単に恐ろしいだけの魔獣だが…更にそこに、奴を無敵たらしめる能力がある。それこそが…。
「最後に、海水を自分の肉体に変換する…謂わば無限再生能力」
これはジャックが戦いの中で考察して行き着いた答え、レッドランペイジには周囲の海水を吸収して自らの肉体へと変換する再生能力がある。その再生速度は半端ではなく瞬きをしたら全部元どおりになってるくらい速い。
おまけに自分の周りに吸収出来る海水がある限り永遠に再生し続けることが出来るため、奴はどれだけ傷つけられても海水がある限り生き続けることができる。これが厄介極まりない、海の中を泳いでいる癖に海水の中にいる限り無敵って…。
あと、海賊達が持ってきた情報の中にあった…謂わば補足のような情報にはなるが。どうやらオーバーAランクの魔獣は皆高い再生能力を持つことで有名らしい。
というのも、数十年前マレウスに現れた同じくオーバーAランクの大魔獣キングフレイムドラゴンもまた周囲の炎を食べて回復する能力を持っていたとか。これのせいでマレウス王国軍は大損害を被りマレウスは滅びる一歩手前まで行ったそうだ。
そこを救ったのがキングフレイムドラゴンにタイマンを持ち掛け単騎で討伐を果たした現冒険者協会の会長『大冒険王』ガンダーマンなのだが…、マジであいつたった一人でオーバーAランクの魔獣を狩ったのか?だとしたら若かりし頃のガンダーマンは……。
まぁそこはいい、蛇足だしな。今は目の前の危機について考えねば。
「これが、俺たちの持ってる情報の全てだ…」
「若い頃集めた情報、これを使えば勝てるのかい?ラグナ」
「そこを今から考えるのさ。まぁ能力自体はそこまで複雑じゃ無いが…問題はこの再生能力だよな」
皆、そこに頭を悩ませる。再生能力が現状最も厄介な関門と言える、何せ他のどの能力に対して完璧な対策を立ててもこの再生能力がある限りレッドランペイジは傷一つつかないのだから。
「難しい話だな、海水がある限りったってもここは海のど真ん中だ、海水がない場所なんてのは何処にもない」
そう語るのは場所を貸し与えてくれたここの顔役アマロだ、顔役としてブルーホールを守るためアマロは積極的に俺達に色々なものを貸してくれている。ここの軍議場もそうだし、落ち着いた海賊達を纏め上げてまた混乱しないよう統率を取ってくれている。
ジャックが台頭する前の時代の大海賊だけあり、肝っ玉の太さは相当なものだ。
「ああ、正直そこが一番の難関だ。だが逆に言い換えればこれさえなんとかできれば俺達の勝利は確実なものになる。故に意見を募りたい、何か良い案はないか」
そう俺が机を叩きながら前のめりになると周りの海賊達もまたウンウンと頭をひねり始める。すると早速…一人の海賊が手をあげる。
「私に一つ名案が」
「なんだ、バルバロッサ」
手を挙げたのは赤い髭で口元を隠した通称『赤髭のバルバロッサ』の異名を持つベテラン海賊だ、ジャック曰くこの海で俺の次に喧嘩売っちゃダメな命知らずだという。そんな彼が出した名案は。
「大量の爆薬でレッドランペイジを空へと浮かび上がらせれば奴の体が海水に浸かることはなくなる。そこを一斉攻撃で仕留めれば奴に回復の隙を与えず倒せるのでは?」
「ふむ…なるほど」
とは言うが、あんまり現実的じゃないな。あの巨体を持ち上げるだけの爆発となるとそれこそ島一つ吹き飛ばすだけの火薬が必要だ。そして何より爆発は下から起こす事となるが火薬を海水に漬けるわけにはいかない。
「少し現実的じゃないな、火薬が海水に濡れたら使い物にならなくなる」
「む、確かに」
「だが発想はいい、奴を海水から離れさせる…その方向で思考すれば答えに行きつけそうだ、流石はベテランだな」
「それほどでも」
「じゃあ私からも一つ!」
今度手をあげるのは美少女海賊団の船長メアリー・ボニー。デティほどじゃないが小さな体躯を持った可憐な海賊がめいいっぱい手を掲げる。
「なんだ?メアリー」
「海魔ジャックは海を操る力を持つと聞く、だからそこにいるジャックの力を使って海水を遠おざければいいんじゃないかな?」
「だ、そうだが、いけるか?ジャック」
「無茶言うな…!出来るわけねぇだろ!レッドランペイジがどんだけでかいと思ってんだよ!その量の海水を一気に動かせると思うんじゃねぇ!アホメアリー!」
「なんだとクソジャック!」
「まぁまぁ、けど考え方はいいんじゃないか?それにジャックでも無理なことが分かったし、いい発案だったよ」
「えへへ」
実際問題無理だろうことはなんとなくわかる。魔力で動かす物の質量が増えれば増えるほど術者の負担は増す。それは海水の量も同じこと、ジャックが本気でやって動かせる海水の量はさっきの大津波を見る限りかなり多いみたいだが…。
それでもレッドランペイジを完全に海水から切り離し、その状態を維持つ続けるのはいくらジャックでも難しいだろうな。
「では次はオレが名案を出してやろう、感謝しろ」
そう言って次に名案を提示してくれるのは…巨漢海賊団の大船長モーガン提督だ。ムキムキボディに槍みたいに尖った髭が特徴の巨漢は腕を組みながら不敵に笑い。
「要するに海水から離れさせればいいわけだろう?なら奴の周りの海水を凍らせれば『海水』ではなくなる。氷山でも下に作って浮かび上がらせれば奴の治癒は損なわれる筈だ」
「ほう、確かに名案だ。けど…デティ?専門家的にこの意見はどう思う?」
「うーん…」
海を凍らせるなら魔術が必要だ、で…魔術を使うならデティに聞いたほうがいいんだが、意見を伺ったデティは少々難色を示し。
「やっぱりあのサイズがネックかな、あれだけ大きな魔獣を完全に海から離すだけの氷山を作ろうと思うとかなり時間がかかる。魔術師が百人体制でレッドランペイジに張り付いて氷属性の魔術を一時間くらい使う必要があるよ」
「そっか、デティでも無理か?」
「うーん、海を一瞬で凍らせるとなると、魔力覚醒が使える属性魔術の達人が必要かな」
デティは魔術の達人ではあるが属性魔術の達人ではない。…魔力覚醒が使える属性魔術の達人となると思い浮かぶのはエリスだが、そのエリスが今は動けない状態だ。
「この中に属性魔術を得意とする魔力覚醒者はいるか?」
と、俺が海賊達に聞いてみるが…該当者はなし、誰も手を挙げない。そりゃそうか、魔力覚醒が使えてなおかつ属性魔術が得意な人間なんてそう簡単にはいない。あとネレイド、君は手を挙げなくていい、君が魔力覚醒出来るのは知ってるけど君は属性魔術が使えないだろう。
ネレイドの霧を使っても…流石にレッドランペイジを持ち上げるだけの力は作れないし。
うーん、思ったより難題だぞこれは。
「この案も、難しいみたいだ」
「ぐぬぬ…」
「けど…うん。段々と形になり始めてる、みんなが代わる代わる意見を出してくれてるからどんどん計画が現実的なものになっている。何かの上に乗せて海から浮上させるって案は物凄くいいと思う」
「ほうほう、私の計画の出来の良さに気がつくとは流石はこの作戦の纏め役である」
がっはっはっと笑うモーガンを尻目に俺は腕を組み考える。出てくる計画はドンドンブラッシュアップされ現実的なものになっている、海の中にいるレッドランペイジが海水を吸収出来ない状況に追い込む…、つまりレッドランペイジを海から追い出すという状況を作り出せば良い。
氷の大陸を作ってその上にレッドランペイジを乗せるってのは名案だと思ったんだが。
「でもさぁ、こうやって考えてるけどよぉ」
すると、一人の海賊が悲観的に俯きながらボヤキ始める。
「どれだけ考えてレッドランペイジを海から追い出しても、そこからあいつを討伐出来なきゃ意味ないだろ…?」
「た、確かにそうだ…」
「結局アイツが強いのはどんな状況でも変わらないか…」
おっと、悲観的な空気がみんなに伝播しつつあるな。でもまぁ確かにレッドランペイジを海から追い出してもそこはまだ第一関門でしかないというのはその通りだ、そこから奴を撃破する為に戦わなくてはならない、だけど。
「ああ、そこは安心してくれ。レッドランペイジが再生出来ない状況になれば俺が責任を持ってアイツを倒すよ」
「俺がって…まさか一人で?」
「ああ、一人でだ」
「出来るのか?さっきは互角だったように見えるが…」
「互角だったのはアイツが何度も再生するからだ、それに…俺だってさっきの戦いで全部を出し切ったわけじゃないんだぜ?まだ奥の手が残ってる」
「お、奥の手?」
そうだ、奥の手だ。俺だってただ何もせずボーッとこの三年間を仕事に費やしたわけじゃない。またシリウスみたいな強敵が現れた時、少しでもみんなを守れるようにする為に…師範の教えを受けて『とある高み』を目指した。
エリスが天番島で見せたボアネルゲ・デュナミスに匹敵するような、凄いやつをな。
「ならなんでそれをさっき使わなかったんだよ」
「さっきのは状況下でも使おうとは思ったんだぜ?けどちょっと…エネルギーが足りなくてさ」
「エネルギー?なんじゃそりゃ」
と海賊が疑問を浮かべた瞬間……。
『ラグナ!出来たぜ!俺のフルコース第一陣!』
「お!出来たか!アマルト!」
そう言って荷台を押しながらこちらにすっ飛んでくるアマルト、彼が運んでくるのはそりゃあもう大量の絶品料理の数々だ。流石アマルトだ…超美味そう〜!
「へいおまちど!好きなだけ食え!」
「サンキューアマルト!これでエネルギー補給が出来るぜ!」
「エネルギーって…腹が減ってた感じか?」
「まぁ似たようなもんだ!これで全力が出せるよ!」
俺の体は師範の度重なる修行で改造され普通の人間とは作りが違う。俺が食事を行えば、取り込まれた食べ物は即座に俺の体の中で独自のエネルギーに変わり保管される。故に俺は今後の人生で一生満腹感を味わえなくなった代わりに絶大な力を常に発揮することが出来るようになっている。
だから当然、全力でやろうとすればエネルギーが要る。最近船の上の生活で食事を切り詰めていたせいであんまり回復出来ていなかったんだ。そんなカツカツの状態な上であの戦い、もうエネルギーは底を尽き掛けていた。
この補給でレッドランペイジとの戦いに備えないと。
「…そういえば、俺達も朝から何も食べてなかったな」
ふと、俺の食事を見て海賊達が腹を鳴らす。真面目な会議の最中に飯を食べるのはちょっと失礼だったな…いくら必要な事とはいえ。
そんな俺と海賊達のやりとりを見て笑い男が一人…このブルーホールの顔役であるアマロだ。
「フッ、なら丁度いい!今から宴会するぞ!酒を飲み飯を食べながら作戦を考えるんだ!今日は大判振る舞いだ!このブルーホールにある物は全部タダで飲み食いしていい!好きなだけ飲んで食え!!俺が許すじゃねぇのよさ!!!!」
「おお!アマロさん!あんたぁ男だよ!」
「ウヒョー!なんか気分も上がってきたー!」
「酒だ酒だ!酒持ってこーい!酒を飲んだらいい案が浮かぶ気がするぜー!」
流石はアマロだ、空気を察して一番士気が上がることを言ってくれた。お陰で煮詰まっていた会議の空気は今絶頂へと至った。
エリスもよく言っている、デカい戦いの前だからこそ飲んで食う。食べて戦いに備えて、食べて明日を生きる覚悟を決める…と。
ならそれは、ある種の挑戦状だ。レッドランペイジを倒し明日も明後日もその次も…生き続けてやるっていう俺達の宣戦布告。
さぁ、ドンドン食べて…生きるぞ、俺たちは!
……………………………………………………
「アイヤー!お待ちどー!超特大炒飯と山盛り餃子セット!たくさん食べてたくさん戦いなよー!」
「こっちも完成でい!超特盛天丼!食える時に食えるだけ食えい!」
『うぉおぉぉぉおおおお!』
そしてあれから海賊達は食べまくり飲みまくりテンションを上げ続け見た事ないくらいの大騒ぎを続けていた。運び込まれる大量の料理と酒、こんだけ大判振る舞いしても大丈夫かとアマロに聞けば『近々食料を大量に買い付ける予定があるから大丈夫、それに意気消沈してブルーホールまで沈むような結果になるくらいなら安いもんさ』と豪快に笑ってくれた。
お陰で海賊達はさっきみたいに落ち込むこともなく皆嬉しそうに楽しそうに騒いでいた、これが恐怖を和らげる要因になってくれているなら…、贅沢ってのは心の鎮静剤だからな。
「はむっ…むぐっ…」
かくいう俺もそんな軍議場の一角でひたすらにエネルギーの補給に努めていた、ロブスターの丸焼きを手で掴みへし折れば軽快な音を上げ甲殻が割れ中から柔らかな身がまろび出る。そいつを食いちぎる様に咀嚼した後ついでに残った甲殻も口に入れパリパリと食べ終える。
かなりのエネルギー補給が出来たな、もう動く分には問題なさそうだ。けど…あれを発動させた上で更に長時間動くとなると、少し心許ないか。もうちょっと食べておくかな。
「ラーグナ」
「ん?アマルト?」
すると、宴の喧騒の中アマルトが更に俺の近くに追加の料理を持ってきてくれる。アマルトは仕事が早い上に的確で…作る料理全てが絶品だ、こうして作業じみた目的で食べる事自体に申し訳なさを感じるくらい彼は良い仕事をしてくれている。
本当に、彼は頼りになる男だ。
「お代わりだ、まだ足んねーだろ?」
「ああ、ありがとう」
「ん、進捗の方はどうだい?いい感じのレッドランペイジやっつけ大作戦、思いついたか?」
「ん〜…」
これは、勝利の宴ではない。飽くまで気分高揚の為の処置であり…ここに集まっている人間の脳みそには『レッドランペイジを倒す為の方法を考えなければならない』というお題目が課されている。
海賊達の中にはそれを忘れてる奴も何人かいるが、責任感の強い船長達は馬鹿騒ぎに参加せずアレコレと案をまとめて俺に聞いてきたりしてくれている。
だが…いい案は出てくる、実現できれば確かにレッドランペイジから海水を奪うことが出来る物ばかり、だが…実現出来ない。
デティが言った様にあのサイズがネックなんだよな…奴から海水を奪おうにもあれだけ大きくちゃあな。
故に、浮かんでない。俺もさっきから考えてるけど良い案が一つも浮かばないんだ。
「ダメだ、まだ思いついてない」
「そっか、こういう時エリスが居てくれりゃ逆転の閃きーッ!なんつっていいアイデア出してくれるんだろうけどな」
「ああ、本当に…」
エリスが現場離脱しているのが痛すぎる。属性魔術の達人である彼女が出来る芸の広さは他の追随を逸脱している。それに彼女自身の異様なまでの勝負強さはこういう窮状にあって閃く。きっと彼女ならこういう場面でも即座に答えを出して俺たちを導いてくれているはずなのに。
「俺も色々考えてんだけどさ〜、これが全然浮かばねぇの」
「え?悪いな」
「悪い?なにが?」
え?…いや、悪いなぁと思ったから言っただけなんだけども、なんでアマルトがそこに食いついたのかちょっと分からなくて目を丸くしてしまう。
「い、いや。料理までさせてんのに…悪いなぁって」
「そういうお前はレッドランペイジと一人で戦うつもりなんだろ?」
「え?…うん」
「…一人でか?俺たちの助けは要らないか?」
「…………」
要るか要らないかで言えば、どっちかっていうと欲しい。けど…。
「大丈夫、俺一人でなんとかするよ」
事態はレッドランペイジだけには収まらない、奴は大量の魔獣も連れている、それを対処しなければならない、となると出来れば戦力になる魔女の弟子は一箇所に集中させたくない。
だから、アマルト達には別の対応をして欲しい。それに俺が本気で暴れたら正直なにが起こるか分からないし…。
そう俺が答えるとアマルトは…。
「…………、そっか。まぁ確かにあのどでかい怪物の相手はお前が相応しいかもな」
「安心してくれ、絶対なんとかするからさ」
「してるよ、いつもな。それよかラグナよう、何にもアイデア浮かばねーならアイデアの女神様に願掛けにいかねぇか?」
「は?願掛け?女神?」
「エリスの見舞いに行くんだよ、気にしてんだろ?ずっと」
「う……バレてたのか」
ジロリとこちらに視線を向けられ思わず顔を硬ばらせる、バレてたのか…アマルトはそういうところは本当に聡いからな。うん、心配だよ、本当なら直ぐにでも顔を見に行きたかった。
…願を掛けにか、そりゃあいい。
「うっし!見舞いに行くか!」
「ああ、後で追っかけるから先行ってろよ」
「え?アマルトは?」
「鍋を火にかけたままなんだ、それだけ処理していく」
「分かった!」
いそいそとテーブルに残った料理とアマルトがさっき持ってくれたおかわりを食べたり持ち運びしやすい様に箱に入れて立ち上がる、じゃあ先にエリスのところに行ってるな!
──────と、手を振って立ち去るラグナを眺めながらボーッとするアマルトはふと、頭をコリコリとかいて…。
「一人で行く…か」
ボソリと呟く、ラグナは一人でレッドランペイジに戦いを挑むらしい。まぁそりゃ今のところあの怪物と真っ向切って戦えるのはアイツしかいないのはわかるけどさ。
「……そんな頼りねぇかな、俺」
守る、任せてくれ、安心してくれ、…か。まぁ…ラグナからすりゃ、俺たちは守る対象…だもんな。
…………………………………………………………
「デティ、エリスの様子はどうだ?」
「あ、ラグナ。様子は普通…かな?悪くなってないけど良くもなってないかな。まぁここからいい方にも悪い方にも転ばないよ、後は目覚めるだけなんだし」
ブルーホールの診療所に顔を出せばデティとメグが心配そうにエリスの看病をしてくれていた。
そして、診療所のベッドには…白いシーツを胸のあたりまで乗せ、静かに横たわるエリスの姿があった。
「…エリス」
「毒は完全に取り除けています、しかしエリス様は多量の毒を浴び魔力障害を起こしていた為…という説明は受けましたね」
「ああ」
目を閉じ、力なく動かないエリスの姿を見ていると、胸が締め付けられる。なんとかしてやりたいという気持ちで頭が一杯になる。けど俺に出来る事はない、古式治癒魔術の使い手にして医療の総本山たるアジメクの導皇であるデティがやれるだけのことをやったのだ、もう出来る事はないのだろう。
…顔色は良い、呼吸も安定している。ただ今は目を覚ますのを待っているだけの段階。デティがそこまで持って行ってくれた事はわかってる…けど。
「…エリス、俺…頑張るよ」
静かに隣に座って、その手を優しく握り締める。守りたい…彼女を守りたい、その一心で俺は力を得て強くなったんだ。今…その時が来ているのなら俺は全霊を尽くして戦い通さねばならない。
敵は強い、大きく果てしなく、恐ろしい。だからエリス…せめて見守っていてくれ、ただそれだけで俺は無限に力が湧いてくるんだから。
「………………」
「……エリス」
彼女は答えない、握り返しもしない、ただただ静かに寝息を立てている。…彼女が次に目覚める時には、何もかもを終わらせておきたいな。
「エリスちゃんはね、ラグナ」
「ん?」
するとデティが俺の肩越しにエリスの顔を見て…ふと呟く。
「アイツを倒すにはラグナの力が必要だって言ってた。あのエリスちゃんが後のことをラグナに託してたの、それだけこの子はラグナの事を信用してる…だから」
「ああ、分かってる…エリスは言いたいんだろう?俺に」
『みんなを守ってくれ』と…。そう言えばデティも静かに頷く。分かっているよエリス、必ず守ってみせる。もう誰も傷つけさせない…!
…うん、よし…気合い入った。
「悪いなデティ、邪魔したよ」
「え?もういいの?」
「顔を見れただけで十分満足だ。それにほら…いつまでもここでこうしていていいわけじゃない、レッドランペイジは今もこのブルーホールを目指して進んでいるんだ。なら出来る限りのことをしておきたい」
「そっか、私に出来る事があったらなんでもいいなね!」
「私も、ここでなら時界門も使えるでしょうし必要なものがございましたら仰って頂ければ用意いたしましょう」
「ありがとう、二人とも」
必要なこと、やれること、そう言ってもまだ何をするか何が必要かも定まってないんだ…時間がないのは重々承知だが、何にも浮かばないのは仕方ない。
…でもみんなを焚きつけた身としては、そろそろ何か答えが欲しいな。
(…エリス、君ならどんな答えを出す?不死身にして無敵のレッドランペイジをどうやって攻略する)
エリスの顔を眺めても、答えは返ってこない、こればかりは俺が答えを出さないといけないようだ。なら仕方ない、頭をフル回転させて考えようと俺は立ち上がり、エリスに背を向ける。
「じゃあそろそろ会議に戻るよ」
「ん、頑張ってね」
「私もエリス様の体を拭き終わったら会議に戻りますね」
「頼むよ、それじゃ」
それだけ言い残し、俺は診療所を後にすべくエリスに背を向けたまま歩き出し、木の床を叩くように歩いて考える。
さて、そろそろ答えを出そう、どうすればレッドランペイジを倒せるかを…。
「ふむ…」
診療所の扉を閉めて、お弁当代わりに持ってきたアマルトの料理を摘みながら考える。良い作戦を。
外に出れば、相変わらずブルーホール中で馬鹿騒ぎが繰り広げられている…。そんな喧騒を耳に情報を整理する。
レッドランペイジは海水を使って戦う、魔獣を操り水を噴射し毒の尾を振り回して戦う。そのどれもが恐ろしいが一番厄介なのはあの再生能力とサイズ。
奴の体が海に浸かっている以上そこから水を吸って無限の再生能力を発揮する、故に奴を倒すには完全に海水から切り離す術をこちらが講ずるより他ない。だがあのサイズを丸々動かして海水から出すとなるとかなりの重労働。
そもそも海水から追い出してどこにやる?空中?それとも俺達が足場を用意してその上に乗せる?…どちらも現実的じゃない。いや現実的ではないだけでこの二つは良い案だとは思う。実現させ出来るならそれでいい…そのレベルまで来ているんだ。
問題は実現する方法…、あの巨大な体をどうやって動かすか。その一点にかかっている、そんな気がするんだ。
「何も浮かばね〜、爆薬を用意するにしても魔術を使うにしても今この場にある分だけじゃとても足りないしな…ん?」
ふと、喧騒の中…馬鹿騒ぎに興ずる事なく大人しくしている一団を見つけ、興味を惹かれる
もしかしてまだ不安に駆られている人がいるのかな?だとしたら励まさないと…そんな風に思いお節介ながら歩み寄ると…。
「あら?ラグナ様?」
そこで大人しくしていたのは例のブルーホールに乗っているだけの民間人だった。海賊達の妻か娘か、或いはここに駐在している商人か、それとも解放された元奴隷の住民か。素性はわからないがアマロのとこにいた美女が地べたに座って大人しく…いや、これは何かの作業をしているのか?
「何してるんだ?」
「いえ、我々は海賊の皆様と違って船も持ってませんし、何より戦えませんので…何か役に立つことは出来ないものかと考え。ブルーホールの非戦闘員の皆さんでこれを作っていたのです」
そう言って差し出されたのは、真っ赤な球だった。いやかなりブニブニで柔らかく赤色も妙に鮮明で…ちょっと気持ち悪い代物が手の中に握られていた。
「えっと、これは?」
「ああ、ラグナ様はまだ知らないのですね。これは『血味玉』と言いまして…このように水で溶いたパン粉を丸めて固めた物に、我々の血を混ぜるんです」
そう言いながら一人の住民が血味玉を作る様を見せてくれる。やや固まったパン粉をこねこねと捏ねて、その上で親指にちょこっとだけナイフで切り傷を作り、血を混ぜ込んで作る血のパンみたいな物、それを数十人規模で山ほど作っていたんだ。
何だってそんなこと…。
「これを海に振りまくと、海水に溶けて血が広まり、魔獣がそれを『人の肉』と勘違いして食べに来るんです。海の上で魔獣に会った時はこれを囮にして逃げるのです。海賊の間に伝わる古い知恵ですね」
「なるほど…」
海賊達の知恵は嵐や大波に対処する方法に留まらず魔獣に対する対処法なんかもあるのか。これは知らなかったな、でも確かに有効かもしれない。魔獣は人を食うものだ、だから血の色や匂いを水中で感じ取れば肉と誤認して食べに来ることもあるだろう。
「レッドランペイジは多数の魔獣を引き連れています。それらに対して少しでも有効な道具となるかと思いまして…、戦いでは役に立てないですから、このくらいは」
「そうか、…ありがとう、大事に使わせてもらうよ」
そうか、魔獣に対して有効な道具か。…これって多分レッドランペイジにも有効だよな、あいつもまた魔獣なのだから。
そうだ、これを使ってレッドランペイジを陸地に誘き寄せるのはどうだ?丁度近くにめちゃくちゃデカイ孤島の円卓島ターヴルがある。あそこならレッドランペイジを打ち上げても余るほどのスペースがある。
血味玉を振り撒いてレッドランペイジを陸地まで誘き寄せてそこから…っておいおい、出来るわけねぇよ。レッドランペイジだって血味玉におびき寄せられてる陸地まで上がってくるわけがない。子供じゃないんだから。
…うーん、これは没だな。
「でも無理しすぎないようにな」
「はい、分かりました」
恭しく礼をする彼女は血で塗れた手をギュッと握りしめながら頭を下げる。無理をするなというには遅すぎたかもしれない、既に相当無理して血味玉を作っているんだから。
赤く染まった手は、ある意味彼女の覚悟の表れか。いや彼女だけじゃない…ここにいる全員の覚悟そのものか。
「ブルーホールは我々の故郷です、だからどうか…故郷を守ってくださいませ」
「…ああ、任せろ」
彼女達もまた、ここを守るために必死なんだ。…だったら俺も必死に考えよう。無理だなんだなんて言っても始まらない、多少無茶でもそろそろ何かしらの作戦を…。
そう考えながら俺は会議場に戻る為非戦闘員のみんなに別れを告げ再び歩き出す。その間も腕を組んで何か良い作戦がないかを考え続ける。考え事をする時はこうやって体を動かすと血流が良くなって脳が活性化して良いアイデアが浮かびやすいとは聞くが。
絶賛脳みそフル稼働させてもアイデアが浮かばないくらいには今俺達が直面している問題は難題だ。
『デッケェ風船用意させてさ!レッドランペイジを空に浮かべるのはどうだ!?』
『大量の油を海に流してレッドランペイジを燃やすのは!』
『塩流して塩分濃度上げたら死ぬんじゃない?』
今こうして歩いている間にもあちこちから海賊達のアイデアが生まれている、みんなよく考えるな…でも。
浮かんでくるアイデアに一つの法則がある事に俺は気がつく。それは海賊達が用意するアイデアは全て『物品を大量に用意して』という点が似通っている気がする。或いはメグさんに頼めば用意出来るか?いや流石にレッドランペイジをどうこう出来るだけの物を一気に用意しろってのは無理だろう。
時間を貰えれば油だろうが塩だろうが、多分風船も用意出来るが…その方向性じゃ今のところは無理だ、なら…物を用意しない方法はどうだ?
……どうだ?なんて格好つけてみたものの具体的な方法はまだ…。
「……ナリア?」
ふと、歩いていると今度はブルーホールの外縁に腰を下ろし、海と向かい合ってる彼の姿が目に入る。何してるんだろう…。
「あ、ラグナさん。いや僕も何か役に立てることがないかなって考えて…、ほら。ネレイドさんやメルクさんは軍議の経験があるからラグナさんみたいに作戦立案で役に立てるし、メグさんやデティさんはエリスさんの看病が出来るし、…僕じゃこの方向じゃ役に立てそうにないので」
「いやそんなことはないと思うけど…、それで何してるんだ?」
「お魚釣って少しでもラグナさんが食べられる量を増やそうと思って、…ラグナさんが少しでも力をつけられれば、きっと何とかなると思って」
そう言いながらナリアは海に釣り糸を垂らして真剣な顔をしている。俺に少しでも多くの物を食べさせるために、例えそれが微々たるものであっても決して腐らず、自分に出来る最高の働きを求める…か。
ナリアの姿勢には思わず俺も襟を正す勢いだ、ナリア…そんなに俺のことを信じてくれているんだな。
「ラグナさんが全力を出せれば、倒せない敵なんていません…!だから、僕は少しでもラグナさんの全力全開の、お手伝いをしたいんです…!」
「ナリア…」
「って言っても全然釣れないんですけどね、あはは。…僕も少しは役に立ちたいなぁ」
そう寂しげに肩を落とすナリアを見て不思議に思う、何言ってるんだ。お前はもう十分役に立ってるし俺はお前をこれ以上ないくらい信頼してるのに、まだもっと活躍するつもりなのか?それじゃ俺も立つ瀬がないよ。
…ナリアがこんなに頑張ってるなら俺ももっと、そう思わざるを得ない。
「俺も頑張らないとな、…レッドランペイジはこれに任せてくれ、ナリア」
「任せて……、はい…んぉ!?」
刹那、ナリアの釣竿がビンビンと動き始める、ま…まさか魚がかかったのか!?
「ら!ラグナさん!どうしましょう!魚がかかったみたいです!」
「ひ、引け!引くんだ!」
「あ!!はい!!」
むぐぐと力を込めて顔を真っ赤にするナリアはそのまま後ろに倒れこむ勢いで震える釣竿を引っ張り、畑に植えた野菜でも引き抜くみたいに海の中から釣り糸を引き出す。
「あ、いて!」
そう尻餅つくとともに、目の前の海からチャプンと音を立てて魚が飛び出してくる。連れてたのはイキのいいアジだ。小さいながらに活力に満ちたアジがナリアの足元でピチピチと跳ねる。
「つ、釣れた!釣れましたよラグナさん!」
「おお!よくやった!」
「これ食べて元気になって下さい、ラグナさんが最高の力を発揮できればレッドランペイジになんてチョチョイのチョイですから!」
「あ…ははは」
チョチョイのチョイか、そう出来ればいいんだが…現状はその前段階、奴とどうやって戦うかの作戦を決めている段階、つまり俺がまだナリアの期待に応えられる段階にないんだ、情けない話だがな。
せめて、レッドランペイジをどうにかこうにか海水から切り離す方法が思いつけば、俺も全力で戦えるんだが……ん?
「…僕も、これで少しは役に立てましたかね」
「…………」
「ラグナさん?」
アジを見る、…ナリアが釣った魚は、今も活力を全身から放ちながらピチピチと跳ねている。
跳ねている、跳ねているんだ…、アジが。それを見ていると…ふと。
思いつく、一つの作戦を。
作戦だ、あれだけ考えて浮かばなかった作戦が、今目の前で跳ねる魚を見て思いつくんだ。
これ、行けるか?行けるんじゃないのか?…いや、上手く行かせる…!!!
「役に立てたかだって?ナリア…何言ってんだよお前は」
「あ…ぅ、そうですよね。この程度じゃ…」
「立ったも立った…!最高だぜナリア!お前のおかげでなんとかなりそうだ!ヒャホーッ!ナリア!やっぱお前は最高に頼りになるよー!!」
「えっ!?ええ!?そんなに!?アジ釣っただけで!?そんなに!?」
ナリアを抱き上げ飛び跳ねる!浮かんだ!浮かんだよ!逆転の一手!最高の閃きが!これさえあれば!勝てる…勝てるんだ!レッドランペイジに!!
そうだよ!何でこんな簡単なこと思いつかなかったんだ!ナリアがいてくれなきゃ俺ぁこんな簡単なことにも気がつけなかった!やっぱりナリアは最高の仲間だよ!!
「あ?おーい!何やってんだよラグナ、エリスんとこ行ったんじゃないのかよ」
「アマルト!」
「バカテンション高えな、何があったんだよ」
ふと、アマルトがどうしたんだよとやや呆れた様子で近づいて聞いてくる、聞いてくるんだ。聞いてくれるか?何があったか、俺も是非とも共有したいと思ってたんだよ。
「へへへ、実はさ。思いついたんだ、レッドランペイジを倒す作戦が!」
「は!?マジかよ!すげぇじゃん!どうするんだ!?どうすりゃあの化け物倒せるんだ!?」
「んふふ、それはな…」
そんなアマルトの問いに答えるように、俺は静かに…足元のアジを掴み上げる。そう…ヒントはこれだ。これを見て思いついた逆転の一手…それは。
「レッドランペイジを…釣り上げるッ!」
「…………は?」
「へ……?」
キョトンとするアマルトとナリア。そうだ、これこそがレッドランペイジを倒せる唯一の作戦。これが…俺の逆転の一手さ!