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409.魔女の弟子と海面に揺れる影


翡翠島を離れてより一週間、またも何もない航海の日々が続いていた。時々サミュエルみたいな恐れ知らずが喧嘩を売ってくるがその都度ジャックとラグナのコンビが敵船を叩きのめし追い払う。そして宴をやって、馬鹿騒ぎして、毎日を過ごす。


忙しいけど楽しい毎日、ブルーホールを目指す航海の日々、それらを超えて俺たちはようやくもうすぐブルーホールに着く…という段階までやってきていたのだった。


「もうすぐブルーホールに着くなぁ、そろそろ見えてきてもいいと思うんだが…」


そんな風にボヤきながら望遠鏡で海を眺めつつチラチラと手元の懐中時計を確認するジャックは顎を撫でる。日時、座標、タイミング、全てバッチリなはずなのに見えてくるはずの物が見えてこないのだ。


おかしいな、そう首を傾げるジャックを見上げるのは。


「なんか間違えたんじゃねぇのか?」


「そんな訳あるかよ、素人のラグナ君は黙ってな〜?」


「この…ッ!」


ラグナ…俺だ。後ろには雑用に励んでいる船員やアマルトとナリアがいる。それを差し置いてラグナは今ジャックの隣でボーッとしている。


…言っておくと今俺は、別にサボってるわけじゃないぞ?


「じゃあラグナ、お前ならこういう時どうする?」


「こういう時?ブルーホールが近づくのを待つんだろ?だったらすぐ近くの島に船を止めて身を隠すかな。ウチの船は有名だからまた誰かからケンカ売られるかもしれないし」


「その通りだ、補足すると停泊する島はよく選べ?島に近づきすぎると岩礁に乗り上げる。ついでに岩礁があるかどうかの見分け方を教えてやる、いいかよく聞け」


…ジャックの補佐をさせられているんだ。翡翠島から財宝を持って帰ってきたあの日から俺だけが雑用の任を解かれ、その代わりに一日中ジャックの隣に立ってジャックの仕事の補佐をさせられている。


時に海流の読み方を教えられ、時に海戦の立ち回りを教えられ、時に海の常識を教えられ、さっきみたいに状況状況に応じて問題形式で俺の見解を聞かれたり。まるで師範と修行してるみたいに色んなことを教えられながらこいつの仕事を手伝わされている。


こうしてやっていて思う事だが、ジャックの仕事は別に手伝わなきゃいけないほど多忙じゃない。まぁ今までずっとこいつが一人でやってきた事だし当然と言えば当然なんだがな。


「しかし、ラグナ…お前本当に覚えがいいな」


「ここにくる前に俺が何やってたか、あんた知ってるだろ」


「確かに、お手の物か。流石はアルクカースの…おっと」


ふと、ジャックは口を塞ぐ。チラリと後ろを見ると操舵手のティモンさんが舵を取っている、俺の正体はキチンと内緒にしてくれているらしい。事実としてピクシスやヨーク先輩は俺の正体を知らないままだし…ジャックは俺が思ってるよりも意外に義理堅いらしい。


それにジャックは俺のことをかなり評価してくれているようだ、けどまぁ…黒鉄島行きの提案に関しては未だ許諾されていないんだがな。というより…。


『目的地を決める話は今の目的地に着いてからがこの船のルールだ。だからお前の話は今は聞かねえ』


だとさ、だから許諾されていないというよりまだその話が出来ていないという方が正しいかな。


「どうしたジャック、お前最近ヤケに仕事熱心だな?」


「あ?あんだよ。俺ぁいつも真面目に船長やってんだろ?」


「フッ、どうだかな」


ティモンさんが揶揄うようにジャックを横目で見る。確かにティモンさんの言うように最近のジャックは非常に熱心だ、少なくとも俺が知る限りでもジャックはいつも船長室に入り浸っていたり船員と駄弁っていたり真面目な印象は受けない。


だが最近はどうだ?ジャックは日中酒を飲まないばかりか遊ぶような素振りも見せていない。その代わりに俺を指導する時間を増やしている…まるで。


「ジャック、ラグナを海賊にでもしたいのか?」


「は?何言ってんだよ」


「お前の最近の様子を見ていて思っただけだ。ラグナを重用し可愛がり、剰えお前の知る航海術を惜しげもなくラグナに教えている。まるで海賊としてやっていく後輩に教え込むようにな」


「別に、無知のままじゃ使い物にならねぇから教えてるだけだよ、それに…こいつはこいつで真面目ちゃんだからよ、教えてて可愛いってのはまぁあるかもな?」


ニッと笑いながら俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。…なんだよ、つまり暇つぶしがてらに俺に色々教えてるってのか?こいつ、ふざけてんのか。ったく…。


「そうか、ならいい。…だが分かっているよな?ラグナやその仲間たちは海賊じゃないし海賊になるつもりもない。俺だって海賊だが望まない者にそれを強要するほど悪辣じゃない、寧ろ船を降りたいと言うのなら直ぐにでも港に送ってやるべきだと思うが」


「わーってるよ、お前俺のおかーちゃんか何かか?」


「ラグナが有能で、頼り甲斐があるからとお前が酷使している様が見ていて情けないからだ。ラグナ…嫌ならいつでも言えよ?」


「あはは、まぁ甲板の掃除させられてるよりは楽なので…」


「ほれみろ!ラグナは俺と一緒がいいんだよ!」


「別にいいとは言ってないだろう」


「別にいいとは言ってないけど…」


「なんだよなんだよ!お前ら二人して!船長泣いちゃうぞ!」


いい年したおじさんがそんな情けない事言うなよな…。ブーたれるジャックを一先ず置いておいて俺はもう一度船頭から海を見る。


俺達が今目指している島…秘密島ブルーホール。実際のところは常に移動を続ける巨大船らしいのだが、それが現れる筈の地点にやってきたのに一向に姿を見せないのだ。


考えられる可能性はいくつかある。まずブルーホールが沈んだ可能性、島じゃなくて船なら沈むこともあるだろう。

そしてもう一つ、ブルーホールはエンハンブレ諸島の複雑な海流を利用して常に移動を続けているらしい、なら何かしらの要因で海流が変わってルートが変わってしまった可能性。


そしてもう一つあるとするなら。


「ジャック、場所はここで間違い無いのか?」


このだだっ広い海のど真ん中、陸地と違って風景も大して変わらない。なら座標が間違っている可能性も残っている。そうジャックに伝えると。


「間違えるわけねぇだろ、この俺が。見てみろ…あそこを」


「あそこ?」


そう言って指差されるのは、海のど真ん中に浮いた島だ。丸い島…そう形容できる程に丸い島。バカが書いた浮島みたいに丸い形をしてヤシの木が数本生えただけの簡素な島…というより海の真ん中に生まれた陸地みたいな島がそこにはあった。


「アレは円卓島ターヴル、あの島の近くをブルーホールは通過することになってる。あんなわっかりやすい島を見間違えるはずないだろ」


「た、たしかに。ってかなんだあの島…変な島だな」


変な島だ、その島には砂浜しかなく、山や土が存在しない。砂浜だけで構成されていながらかなりの面積を誇る異様な島に首を傾げていると、ティモンさんがすかさず補足を入れてくれる。


「アレは島とは名ばかりの砂の山なんだ。アレは複雑なエンハンブレの海流の間に生まれた隙間でな。周りの島から流された砂があの地点に放り出され、それが積み重なり生まれた島なんだ、だから砂浜だけしかあの島にはない」


「へぇ、つまり長い年月で出来ちゃった島って事なんですね」


「へへへ、ラグナ…あの島の砂はフカフカでな?彼処で寝転ぶとすげぇ気持ちいんだとよ。まぁ俺は上陸出来ないけど、気持ち悪くなっちゃうから」


「難儀な体質だよな、ほんと」


しかし場所が間違ってないとなると…他に何か要因があるか?遅れている理由…、想像がつかないな。ちょっと不安になってきたぞ、大丈夫か?これ。


そう俺が不安に思っていると。


「船長船長!」


「あ?どうしたよ、ヨーク」


ふと、ヨーク先輩が慌てた様子で甲板から船頭に上がってくる。慌てている…とはいうが切羽詰まった様子では無く、俺の顔を見るなり『出世したな!』と笑顔を向けるくらいには余裕があるようだ。


「どうしたんですか?ヨーク先輩」


「いや、さっきアマルト君達と一緒に釣りしてたらさ…見たこともない魚が釣れて、船長にも見せようかと思って」


「なに!?見たことない魚!?見たい見たい!見に行こうぜ!ラグナ!」


「お、おい!」


見たことない魚、そのワードを聞くなりティモンさんも呆れるようなワクワク具合を見せて俺の手を引き甲板まで走り抜けるジャック、見たことない魚って…そこまでワクワク出来るもんか?


…っていうか、見たこともない魚で思い出したけど、ジャックは人魚とか見たことあるのかな。


なぁんて、気にする暇もなく俺とジャックは甲板まで降りて…。


「あ!ラグナ!」


「おう、アマルト。仕事頑張ってるか」


「へへ、まぁな。そっちは?」


「微妙だよ」


黒鉄島行きの件はまだ進んでないしな、と甲板にてナリアと共に屯するアマルトに軽く挨拶をする。どうやらヨーク先輩と一緒に釣りをしていたらしく、アマルトの足元には相変わらずすごい量の魚が積み上がっている。


そして。


「見てくださいラグナさん!さっきヨーク先輩が変な魚釣ったんですよ!これ見たことない種類の魚らしくて」


「どれどれ…?」


そう言ってナリアが指差す地面には、ヨーク先輩が釣り上げたという未知の魚がのたうち回っていた。…別に俺も魚に詳しい方じゃないが、そこに転がっている魚を見た率直な感想を述べるなら…こうだ。


「気持ち悪…」


気持ち悪いんだ、大きさは俺の腕ほどに巨大で、体色はまるで色を抜いたように真っ白、おまけに目もまるで死んだみたいに白く染まっており、全身が白一色、その割には口から生える牙は外側に曲がっており凶悪な印象を受ける。気持ちの悪い魚だ。


こんな気持ちの悪い魚は見たこともない。…食欲すら分からない、俺これ食いたくない。


「へへへ、見てくれよ船長!こんなヘンテコな魚見たことないだろ?あの賢いアマルト君も知らないんだからきっと新種だぜ!」


「へぇ、そうなのか?アマルト」


「まぁな、つっても海洋学は専門外だからマジで新種かは分からないけど」


俺が問いかけるとアマルトは肩を竦めながら知らないと言う。アマルトが知らないなら新種であるかの有無は置いておいてかなり希少である事は間違いないんだろう。


にしても海にはこんな変な魚もいるんだな。海を冒険すると新発見の連続だ、そういう面は面白いと思…ん?


待てよ?おかしくないか?なんで何年も海にいるこいつらでも知らない魚がいるんだ?こいつらは日常的に釣りをしてるのに。本当に知らないのか?


「なぁ、ジャック…これ」


そう、さっきからずっと黙ってるジャックの方へと視線を移し、彼の意見を問おうと目を向けると…。


「…ッ……!」


そこにいたのは、俺が知るのほほんとしたいつものジャックではなく。未だ嘗てないくらい余裕のない、冷や汗を流し目を見開くジャックの姿が…。


「ジャック…?」


「船長…、あの、なんでそんな顔…」


「バカヤロウッッ!!ヨークッッ!!」


「え…!?」


刹那、ジャックは今まであげたことのない怒鳴り声を上げて目の前の白い未知の魚を掴み上げると共に、…海に向かって放り投げたのだ。せっかく釣り上げた珍しい魚をだ。


思わずヨークや俺は追いかけるように船の手摺に乗り出し…。


「ああ!せっかく釣ったのに!」


「ちょっ!ジャック!いきなりなにを…」


「伏せろッッ!!」


その瞬間、ジャックが俺とヨークの頭を押し付け床へと伏せさせる…と。



共に、響き渡るのは轟音…否、爆音だ…。


「っ!?爆発!?」


慌てて視線を前に向ければ、ジャックが放り投げた白い魚が空中で爆炎を噴き出しキングメルビレイ号の巨大な船体を底から揺らすほどの爆発を発生させたのだ…。


な、なんだ。まるで爆弾みたいにあの魚が爆ぜ散ったぞ…ってかあのままにしてたら俺ら全員…。


「な、なんだ!?なんだあの魚!?船長!あれは一体…」


「ありゃあ『エクスプローシヴレモラ』…通称爆雷鮫とも呼ばれる、魔獣だ」


「魔獣!?」


魔獣、爆雷鮫と呼ばれるエクスプローシヴレモラが今の気持ち悪い魚?ってかレモラってコバンザメだよな、気持ち悪いやつだと思ったらあいつもコバンザメかよ!俺二度とコバンザメ食べない!


「あいつらはストレスが極限まで達すると全身から魔力を発して自爆魔術を使うんだ、それを船に張り付いた上でやられたら…どんな船でも沈んじまう、船乗りの天敵だ」


「ひぇ…そ、そんなのが…」


「ってかヨーク先輩!?あんたも海賊だろ!?なんでそんなヤベェ魔獣知らねぇんだよ!」


「い、いやだって…あんなの聞いたことも」


ヨーク先輩はこの船に乗る前から海賊やってたベテランだろ?というか海賊やってるならそんなクソヤベェ魚釣り上げてなに喜んでんだよと問い詰めるが、ヨークは本気で知らなかったらしくワナワナと震え…。


「いや、無理もねぇ。エクスプローシヴレモラは普通はその辺を回遊してない…普通の海賊なら一生出会わないことも普通にある、知らなかったのも無理はないさ」


「え?そうなんですか?船長」


「ああ、…普段は『とある魔獣』に追従してる筈だ、一匹でそこら辺をウロウロしてるわけが…」


なんて言っていると、ふと…俺は海の方から何かを感じる。何かって何だよって話だが、本当に説明出来ない何かなんだ。薄ら寒い…嫌な気配のようなものを。


「おい!ラグナ!ジャック!なんか海が騒がしい!」


「ラグナさん!何かきます!」


「なんだと…!」


咄嗟にアマルトとナリアが海を指し示す、それに伴い俺もまたジャックの手を払いのけ立ち上がり海を覗き込むと…そこには。


「海が…血で染まってる!?」


海が真っ赤だった、あれは恐らく血…人の血ではなく魚の血だ。何かが下で魚を食い荒らしてる。何がいるんだ…いや間違いない、あれは。


「魔獣の気配です!」


「え?エリス」


ふと、後ろを向くとエプロン姿で包丁とまな板を持ったエリスが突っ立ってた。エリス?君はなんか…仕事中だったんじゃないの?なんでここに?


それよりも!魔獣の気配!そうだ!下で魔獣が魚を食い荒らしているんだ!


事実、海の下には何かがうねるような振動が伝わってくる、ヤバい…このままじゃ船が。


「来るぞ!総員戦闘態勢!ヴェーラ!ピクシス来い!船を守れ!」


「ここに!」


「あいよ〜!キャプテン!」


「ラグナ!お前も出ろ!」


「分かってる!アマルト!ナリア!船の防衛頼んだぞ!」


「任せとけ!」


「はい!全力で!」


その言葉と共に俺とジャックは即座に荒れ狂う海に飛び込み…。まるで餌が降りてきたことを喜ぶように海面が膨れ上がり、そいつは…否、そいつらは姿を見せる。


『グギャォォォオオオオン!』


「うへっ、多い…」


海面から現れたのは凄まじい量の魚型魔獣。タイだのヒラメだのとポピュラーな奴からマンボウやタコとか選り取りみどり。普通の魚との違いを強いて言うならそいつら全員血に飢えた目をして俺達を殺そうとしているくらいかな。


「群れか…ッ!?だがこんな数の魔獣が大挙して現れるなんて、やっぱおかしいぜ!なんか!」


「ビビるなよジャック」


「ビビってねぇ、テメェこそ日和るなよ!」


「誰に言ってんだ!」


魔獣は普通別種族と群れを組まない、俺の経験則から言わせてもらうと魔獣は基本的に同じ種類…あるいは近縁種としか組まないのが通例、まぁ…俺は『とある例外』を知ってるからあり得ないとは思わないけどな。


考えたくないが…いや今は考えてる暇もない!


『来るぞ!ラグナ!』


アマルトの声が響くと共に、俺は海面を駆け出し水面を飛び上がる魔獣の群れへ飛びかかる。そんな俺を目視した瞬間まるで魔獣達は隊列を組むように配置を変え…迎撃の姿勢をとる。


いの一番に向かってきたのは…なんだあれ、細長い槍みたいな銀色の魚、なんだあれ!?


『気をつけろラグナ君!それはスピアーダーツだ!』


「ヴェーラさん!?」


船の上から雷の魔術を放ちながら魔獣の群れを蹴散らすヴェーラさんが叫ぶ、そういやあの人元学者か…。


『スピアーダーツ!ダツ型魔獣の通称『穿槍魚』!奴の鼻先の刃は常に貫通強化型の付与魔術を帯びている!受ければ貫通するぞ!』


「うげっ!付与魔術!?あぶねぇ魚だ…なぁっ!」


ダーツのように飛んできたダツを手で掴んでそのまま薙ぎ払うように腕を払い飛んできたスピアーダーツを纏めて衝撃波で引きちぎる。確かに刃は硬いが…胴は案外脆いなァッ!


『す、スピアーダーツを素手で引きちぎった?』


「そらどんどん来い!」


そう俺が叫んだ瞬間、海面から顔を出す…巨大な魚、それが口を開けたままこちらを睨み。


「うぉっ!?」


放たれる凄まじい勢いの水弾、まるで砲弾のような一撃が俺を狙って次々放たれる、なんだあれ!?


『気をつけろラグナ君!それはブラストフィッシュ!通称『大砲魚』!テッポウウオのように水を吐く魔獣だがその威力は…』


「もう知ってる!」


そのまんまだなブラストフィッシュって!ってかあんなのも海にいるのかよ!あれが船を狙ったら一巻の終わりだぞ!?


幸い狙いは俺だけなのか数十匹のブラストフィッシュは俺一人を狙って代わる代わる連射してくる。こいつら存外頭いいぞ!?全然近づけねぇ!


「くっそ!面倒くせえ!!」


こうなったら水弾全部無視して突っ切るか?怪我するかもしれないけど怪我くらいなんてこと…。


「『蹴波』ッ!!」


「あ…」


刹那、放たれる水弾…ブラストフィッシュが放つそれよりもさらに一回り大きくふた回り勢いの強いそれが目の前のブラストフィッシュの横っ面を叩き纏めて薙ぎ払うように吹き飛ばし、その肉片がピチピチと水底に沈む。


これって…。


「おうラグナ!なに遊んでんだ!」


「遊んでねぇ!」


ジャックだ、海を蹴り上げ砲弾のように放つ例の技で魔獣を一掃したんだ。相変わらず海の上だとめちゃくちゃ強えな…!


「気ぃつけろよ、魔獣は人を狙う。そしてその優先順位は人数の多い方だ、つまり…」


「連中は直ぐに船を狙い始める、だから俺達が暴れて危険度で上回れってことだろ」


「その通り!出来がいいな!ラグナ!」


二人で海の上を駆け抜け迫る魔獣の群れを吹き飛ばす、八本の足が槍になった『デーモンオクトパス』。全身から電気を放つハリセンボン『サウザンドエレキ』。羽の生えた鮫『フライングシャーク』。バラエティに富んだ大量の海洋魔獣達。


だがそれらも全て海の上に立つ二人の男達によって駆逐される。


「『熱拳龍垓』ッ!!」


ラグナの放つ熱波の如き一撃が一直線に駆け抜け海を破り、魔獣の死骸がバラバラに弾け飛ぶ。


「『砕波』ッッ!!」


ジャックが振るう拳に合わせ、海が鳴動し放たれる巨大な蒼の拳骨。拳型に固めた海水が一気に放出され一撃で数十物魔獣を海の藻屑へ変える。



そして、それを船の上から眺めるアマルトは…。


「つ、強え…二人ともまじ強え」


「はい、ラグナさんとジャックさんが一緒に戦えば…本当に無敵ですね」


ナリアも思わず生唾を飲む。魔女の弟子最強の男と海洋最強の男…どちらも譲らぬ一騎当千ぶり、あの二人がいればこの海に敵は居ないんじゃないかと思えるほどの活躍だ。


「そりゃァッ!」


「邪魔くせえぇっ!」


背びれが刃となったマンボウ…『ブレードサンフィッシュ』を正面から殴り抜き跡形もなく吹き飛ばすラグナと、頭が八つあるウツボ…『ヤマタノウミヘビ』の首をカトラスで纏めて断頭するジャックの二人は…その活躍とは裏腹に小さく舌打ちをする。


「チッ、キリがねぇ…」


「同感、海底からドンドン増援が来てる」


キリがないんだ。倒しても倒しても海の底からお代わりがやってくる。このままではいつかこの防衛戦線も決壊する、そうラグナが嫌な想像をした瞬間…。


過ぎる、足元を大きな影が…海の下を通って俺達を抜いた魔獣がいるんだ。ヤバい…抜かれた!そう慌てて振り向いた瞬間。


「キシャァアアアアアアアア!!!」


「し、シーサーペント!?こんな大物まで!?」


ヨーク先輩が悲鳴をあげる、船に向けて顔を出したのは巨大な海龍…シーサーペント。海洋魔獣の中で随一の知名度を誇るあの魔獣が有名なのは、それだけ人的被害を出しているから…つまり超危険なやつだ!


「やべっ、直ぐに戻らないと…!」


反転、即座にシーサーペントが食らいつこうとしている船に戻ろうと身を翻した瞬間…。


「ッ…!?」


揺れたんだ、大気が。圧倒的な威圧…絶望的な殺意、身を鋭く引き裂くような悪寒が俺の背筋に走る。一体なんだ…この感覚は、…あの船から出ているのか!?


まるで煙のように蔓延する重圧はシーサーペントの動きを止める、魔獣さえも怯えるほどの何かが急激に膨らみあの船から噴出している。


あれは…。


「下魚が…!」


エリスだ!船の上で包丁とまな板を持ったまま…眼光を赤く煌めかせ凄まじいまでの殺意を視線に乗せてシーサーペントを睨んでいるんだ。嘘だろエリス…お前睨みつけただけで魔獣を止められるのかよ…、流石だ!


「喧嘩売るなら…、相手を選べよ…ッ!!」


「ギ…ギギ…!?」


魔獣は生物を模して作られた人工生命体、それが今もなおシリウスの魔力によって製造され続けている謂わばあのクズの嫌がらせ、生命の模造品に過ぎない。だが生命ではある。


生命である以上、持っている。効率よく死を避けるために『恐怖』と言う名の危機感知センサーを。それ故に魔獣もまた恐怖する…今目の前に立つ明確な死を。


それがエリスだ、全身から溢れるどす黒いオーラが死神を形成しシーサーペントに刃を向ける。その様がここからでも幻視出来るほどなんだ、シーサーペントの目には今何が写っているか予測するのにこれ以上容易いことはない。


そして同時に、シーサーペントが今何を考えているかも…またわかる。


「ギ…ギョァァァァァァアアアアア!?!?」


「凄い!凄いですよエリスさん!魔獣がひと睨みで逃げて行きしました!」


「どっちが魔獣だよ…」


「なんですか?アマルトさん」


「なんでもないです!」


船の上にはエリスがいる、その安心感を確認しつつラグナは逃げていくシーサーペントを放置し再び魔獣の大行進に目を向ける。


船の方は大丈夫だろうが、流石にあの大群は無視出来ない。正攻法でもなんとも出来ないとなると…。


「フッ!!」


波を蹴り海面から顔を出したポイズンセバスティクスをタックルでブチ抜きながらジャックを目指し…。


「ジャック!」


「オラァッ!なんだ!」


波を操り生み出す水刃で芝刈りの如く魔獣達の頭を切り裂くジャックの背後に飛び…伝えるのはこの状況を打開する策、正攻法で無理なら頭を使うまで…。


「ジャック、俺がなんとかするからそのあとお前がなんとかしろ」


時間がないからこんな超曖昧な内容にはなるが、それを聞いたジャックはニッと笑い。


「いいぜ、任せた!」


受けてくれる、お前なら引き受けてくれるって信じてたよ!そしてなんとかしてくれるとも信じてる…だから、


「じゃあ行ってくる!あとは頼むよジャック」


そう言って飛び込むのは海の中、鼻をつまんでバタ足で潜水すれば目の前に見えるのは…牙、眼光、鱗、針、敵意殺意悪意の嵐。水底から這い出てくる怪物の群れがよく見える。すげぇ数だ…こいつらを一匹一匹まともに相手してたらキリがねぇ。


だから、そう頭の中で計画を組み立てながら更に足を加速させバタバタとラグナは海の中を降下していく。迫る魔獣を無視して目指すのは海底。


海の中にあって矢の如く、切り裂くような泳法で魔獣の間をすり抜けようやく見えてきた地面を睨む。


(っし…行くぜ!)


クルリと水中で反転して海底を踏みしめ着地すると同時に、上を見る。遥か頭上に見える淡い輝き…海上を見据えつつ、全身に力を込める。海の中だから付与魔術が使えないのは痛いが…ここは気合と根性でなんとかしよう。


(『熱拳…』)


いつものように全身の魔力を滾らせて、それを全力の握力で圧縮し起こすのは擬似的な魔力覚醒。更にそこからもう一段階…足先に魔力を溜めた上で全力の踏み込みを行い足先でも魔力圧縮を起こし…、右手と右足、それぞれに炎の揺らめきの如き魔力を纏う。


この一撃で、全部ひっくり返す!


(『衝天』ッ!!)


溜め込んだ物を爆裂させる…というのは武術の基本中の基本、いやそれ以上に人体の基本だ。パンチを打つ時は腕を曲げるだろう、高く飛ぶ時は足を曲げるだろう。バネと同じように溜められた力は解放された時勢いと破壊力を生む。


これも同じ原理だ、熱拳一発の要領で足に魔力を溜め…一気に足に溜めた魔力を爆裂させ、推進力を得るのだ。


炸裂した魔力は炎を吐くように真っ直ぐラグナを海底から海上へと引き上げる。…周囲の海水も巻き込んで。


『ぅぅぅぅぉぉおおおおおおおおお!!!』


ゴボゴボと空気を吐きながらも気合の絶叫を海底に轟かせるラグナの全力急浮上はただそれだけで上方向への海流を生む。その身一つで海底の水を掬い上げるような極大掌底…それは当然周りの魔獣達をも上へ上へと引き上げ…。


「どぉおりやぁぁっっ!」


「おお!スゲェッ!」


ジャックも思わず声を上げる、海底から一気に飛び上がってきたラグナの拳が海を破り巨大な水柱を作り上げ海の中にいた魔獣を纏めて空へと叩き出したのだ。


超常現象じみたラグナの怪力と、超自然的なラグナの武術が合わさり作り上げられた光景。海水が乱れ飛び魔獣が空中に投げ出され、吠えるラグナ…その有様を見たジャックは、殊更燃える。


「お前がここまでやったんだ!俺も応えにゃ男じゃねぇよな!」


その手のカトラスを空中へ投げ捨て両拳を合わせると共に全身の魔力を滾らせ息を吐くと共に、久々となる『其れ』を発動させる。


「魔力覚醒!『カルタピサーナ・レヴィアタン』ッッ!!」


「なっ!?お前魔力覚醒使えんのかよ!?…いや使えて当然か!」


その怒号と共に海が荒れ狂う。海洋最強の男が用いる海洋最強の魔力覚醒、海という概念に干渉する概念抽出型の大技。其れを用いたジャックは『海の支配者』から『海そのもの』へと昇華する。


海の如き青い髪へと変化した其れを振り回し、吠えると共に放たれる魔力。


「行くぜェッ!!『海闊天空』ッッ!!」


掴む、本来は掴めないはずの海を布のように掴み上げると共に投げ飛ばす。投げ出された海はそのまま形を変え渦を巻き天空へと続く渦潮を作り出しラグナによって吹き飛ばされた魔獣達を余すことなく吸い上げ水圧を持ってして全てを握り潰す。


雲に螺旋の跡を残すほどの大現象、そんじょそこらの魔力覚醒とはレベルの違う破壊力と攻撃範囲。海に着水し泳ぎながら空を仰ぎ見るラグナにある種の畏怖すら抱かせる程のジャックの強大さに…周囲が静寂に包まれる。


(つ、強え〜。ジャックの奴…前に俺と戦った時は全然本気を出してなかったのか…)


「ハッハッハッ!イェーイ!大勝利!」


空中に投げ捨てたカトラスをキャッチし、魔力覚醒を解除するジャックは腰に手を当て快活に笑う。海のように広い度量と海のように恐ろしい男…あれそこまさしく海の男、と言うんだろう。


…勝てるのか?もし俺はジャックと本気で戦ったら、勝てるのか?


分からない、分からないけど…。


(戦ってみてぇ…!本気で…!)


感じる、胸の高鳴りを。やっぱ俺…まだまだだなぁって感じるのと一緒に、今俺…楽しくてたまらないよ、ジャック。


「おうラグナ、ご苦労さん。お前のおかげで魔獣を掃討出来たよ」


「ジャックがいたから、後を任せられたんだ」


「ヘッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇのよさ。ほれ、船に戻るぜ?勝利の宴だ!だははははは!」


豪快に笑うジャックはそのまま俺を引き上げ、おんぶすると共に海の上を歩き穏やかな小波を踏み越え船に戻る。


頼りになる男だよ、ジャックはさ。海賊にしておくのが惜しいくらいだ。でもきっとこいつは海賊をしてるから強いんだろうな。


「ってかおんぶはやめろやッ!」


「だはははは!暴れんな暴れんな!海に沈めるぞ!」


「いいって!走って帰れるから」


「しかし海の上走るってお前すげぇよな、俺が言うのもなんだけどさ」


「ほんとにな!」


「だはははははははは!」


笑うジャックの背中で揺らされながらため息を吐く、こういう強引なところはどうにかならないもんか…ん?


「なんだ?」


「お?どうした?ラグナ…ってこれは」


ふと、周囲に人の気配を感じて周りに目を向けると、その視線の先の水平線に見える影。あれは…船か?ッ!あの船海賊旗を掲げてる!しかも…すげぇ数の海賊船!?


「ジャック!海賊船だ!」


「ああ…」


「数十?下手すりゃ百か!?おい!あっちの迎撃にも行くぞ!」


すげぇ数の海賊船、水平線を覆うような海賊船の軍隊に思わず身を乗り出しジャックにもう一戦の準備を整えるように言うが、ジャックは浅く笑い。


「その必要はねぇよ、ありゃ敵じゃない」


「は?なんで分かるんだよ」


「知り合いの船ばかりだ」


「へ?」


知り合い?…ああ、なるほど。そう言うことか、つまりあの船達は。


『おぉーい!ジャック〜!お前そんなとこで何してんだよ!ギャハハハハハ!』


『あら、あのジャックが私達より先に来てるなんて珍しいわね』


『ぅおーい!ジャック〜!金欠も極まって遂にベビーシッターでも始めたか〜?』


『見ろよ!あのジャックが子供をおんぶしてらぁ!アハハハハハ!』


「うっせぇカスども!全員沈めるぞ!」


「これ、全部ブルーホールを目指してやってきた海賊達か」


近づいてきた船達は、海賊達はサミュエルの様にジャックに恨み節を言うこともなく笑いながら大騒ぎしている。きっとこいつらもブルーホールを目指してやってきた海賊達なんだろう。


でもその肝心のブルーホールが時間になっても来ないんだが…ん?待てよ?おかしくないか?


この海賊達はみんな同じタイミングで遅れてやってきた、先んじてここに来たのは俺達だけ…なんでだ?普通ならこいつらも俺達と同じタイミングでこの海域に来て然るべきなのに、百近い海賊船がみんな揃って遅刻なんかするか?


『どうしたよジャック!随分早えな!』


「ブルーホールに立ち寄ろうかと思ったけど中々来ないんだよ!もう三十分も遅れてる!なんかあったのか!?」


そう言ってジャックは懐から懐中時計を取り出しクルクルと振り回す…しかし、周囲の海賊達は。


『は?何言ってんだよ、俺達は時間通りにここに来たんだぜ?お前の時計の方がおかしいんじゃねぇの?』


「は?…うーん」


そう言ってジャックは手元の懐中時計を確認する。それを俺も覗き見てみると…これ、さっきからずっと時間変わってなくないか?ってかよく見ると秒針も動いてない気がするけど。


…まさか、これ。


「あっ!やっべぇ!この時計壊れてるヤツだ!」


「バッッッッカかテメェは!お前が海に沈め!」


「だはははははははは!やらかしたぁーっ!」


『ギャハハハハハ!またジャックのやらかしが出たぞー!こりゃ一日快晴だぁー!』


つまり何か?お前その壊れた懐中時計を見て『おかしい、時間になっても来ない』とか言ってたのか?アホか、気づけよ!ずっと時間が変わらないことに!こんな馬鹿だとは思わなかった!!まぁ気がつかなかった俺も俺だけどさぁ!


「やべぇやべぇ、またティモンに怒られるわ」


『ぎゃははは!ほれジャック!見てみろ!そうこう言ってる間に来たぜ!ブルーホールが!』


「お?マジ?」


そう指さされる先、逆側の水平線にも影が見える海賊船達と同じシルエット…ではない。


見えるのは、島だ。文字通りの島…そのシルエットが陽炎の向こうでだんだん大きくなる。…近づいているんだ、とても船とは思えない巨大極まる影がだんだんとこちらに。


『今日も時間通り、来たぜ?アレが俺たち海賊の天国!』


「ラグナ、よく見とけよ。この国なき世界たる海に国旗を掲げる唯一の『国』…秘密島ブルーホールの凄さってやつをさ」


「あれが…」


ジャックの背中から乗り出して見る。その近づいてくる影を、ようやく全容が拝めるその島を。


……ザルディーネが言っていた、この海の伝説の一つ。見たら死ぬと言う海に浮かぶドーナツ、冗談みたいな話が一つあったよな。


それはきっと…あれなんだ。ブルーホールが海に浮かぶドーナツなんだ、だってその形はどう見ても。


「成る程…青の穴…か」


引き連れるのは数千の船、その中心に浮かぶのはそこらの島なんか蹴散らして進みそうな超巨大艦船、幾百の帆を掲げる…『丸い船』だ、まるでドーナツのように真ん中だけ穴が空いたその船の上には国がある、建物があり畑があり街がある…。


街を乗せた移動する島、あれこそが海賊の為の海賊だけの海賊による海賊の島…秘密島ブルーホール。


「すっげぇ…あんなのがこの海にはあるのか」


「だはははは、あんなのばっかさ…この海はロマンと笑いで満ちているんだからな」


笑うジャックと共に目を輝かせる、見たこともない動く島に俺も笑いを抑えきれず…二人で海の上で笑う。


なんておかしいんだ、この海は。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  たった一匹の魚にしては爆破の影響力がデカァアイ。……もしかしてどうせ死ぬから魂もいっちょ燃やしとくかみたいなノリで破壊力上げてる? この魚。  なんで縁天体さんは魔獣を察知できるんです…
2023/11/25 15:31 黒居大軽率
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