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408.魔女の弟子と羅針盤の示す先


それから俺たちは翡翠島から帰還して、奴等の財宝を奪い凱旋することとなった。船の上に戻ると既にエリス達が島に乗り込んだ海賊達を引き連れ甲板の上で何があったかの報告というか自慢話というか。興味津々とばかりに質問を繰り返す居残り組に色々と話していた。


『おーい、ただいまー』


なんて感じで声をかけながら俺とアマルトが例の財宝…フォーマルハウト様の黄金像を持って帰ると、それを見た海賊達が歓声を上げる。


…けど、フォーマルハウト様の顔を知る魔女の弟子達は口をあんぐりと開け驚愕し、特にメルクさんは…。


『これはどういうことだ。後で説明をしろ』


と俺の肩を叩きながら怒りに満ちた表情を向けてきた、いや俺に怒られても……。


そんなこんなで翡翠島での冒険と戦いを終えた俺達は再び航海へと戻るのだが。…その前に重要なことが一つ残っていた。


「さぁて、次…何処行くかなぁ」


今日も今日とて慌ただしく仕事をする海賊達でごった返す甲板の上、出航を始めた船の上で風を浴びるジャックが呟いた一言が…あっという間に周囲に伝播し、一瞬…静寂が訪れたかと思いきや。


「船長!次の行き先が決まってねぇなら俺行きたいところあるんだけど!」


「俺トツカに行ってみたいッス!」


「そろそろブレトワルダ王国に行ってみませんか!船長!海賊天国って噂のあの国に!」


「帝国の天番島にすげぇお宝が隠されてるって噂がぁ!」


「おいおいお前ら、一人一人言えよ」


次の行き先を決める…という一大イベントが残っていた。この船は基本的に次に何処に行くかの決定権を皆が持つ。まぁ優先権で言えば船長>操舵手>航海士>船員の順だがそれでも船員達には決める権利がある。


そしてジャックは積極的に行き先を決める方ではないらしく船員達は積極的に、食いつくようにジャックに次の行き先の提案をし始める。


それを見ていたのは俺達魔女の弟子、女性陣がまた厨房に戻ってしまったのでまた男子三人組になるわけだが。


「来たな、ラグナ」


「ああ、遂にな」


アマルトと目を合わせる、遂に来た。ここで次の行き先を黒鉄島にすれば俺達は黒鉄島に行くことが出来る。黒鉄島に行ってまた翡翠島の時のように探検すれば何か見つかるかもしれない…。


何より目的を達成すりゃ、後は逃げるだけだ。逃げるだけならなんとでもなる気が最近してきている。


(けど思ったよりも船員の勢いがすごいな)


しかし想像していたよりも船員達の猛プッシュの勢いがすごい。精々二、三人が提案するくらいだと思っていたのだが…これがもうほぼ全員に近い量でジャックに群がっているんだ。


こいつら全員を押しのけ、納得させた上で黒鉄島に行かなければならないのか。…っていうかトツカとかブレトワルダとか、確かこれってディオスクロア文明圏の外の国の名前だったよな。もし次の行き先がそんなところになったら帰って来るのも一苦労だしどれだけ時間がかかるかも分からないぞ。


「船長!俺…」


「ああ待て待て、俺ぁ一人一人の意見を聞きたい、なぁ?」


すると周りの意見を抑えてジャックがこちらをチラリと見る、『お前も行きたいところあるんだろ?』と言いたげな視線に若干感謝しつつ…俺は前に出る。


「なぁ!みんな!」


「おん?どうしたんだいラグナ君」


「まさかラグナもどっか行きたいところがあるのか?」


そう声を上げれば海賊達が俺の意見に興味津々とばかりに視線を向ける。どうやらみんな新入りの俺が何処に行きたがるか…そこに興味があるようだ。注目されてるならありがたい。


よし…。


「なぁ、実はさ。俺…黒鉄島に行きたいんだ」


「黒鉄島…」


しかし、その興味の視線は俺の『黒鉄島』のワードを聞けば即座に失われる、逆に浮かぶのは疑問符。頭にハテナを浮かべて全員が首を傾げ。


「黒鉄島って、あそこだよな。エンハンブレ諸島の中心の」


「なんだってそんなところに?あそこ何にもないで有名だよな」


「精々ボヤージュバナナが自生してるくらいだろ」


「前海洋拠点もあったけど…そんなところに今更行ってもなぁ」


不評、そんな言葉が浮かぶほど周囲の海賊達の受けは悪い。彼らは黒鉄島に何もない事を知っているんだ。だから俺の意見を聞いても食指が動かない。


これ納得させるの厳しいぞ…と、咄嗟にジャックに助け舟を期待するように視線を向けると。何故かジャックは大きく肩を落としてため息を吐いており。


「で?ラグナ、他に言いたいことは」


「え?いや…それが俺の意見だけど」


「はぁ、がっかりだぜラグナ。そうじゃねぇだろ…」


「は?」


そうじゃない、そんな諌められる言葉に目を丸くしているとクルリとジャックは俺から視線を外し背を向けると。


「それで?他に意見があるやつは?」


「あ!俺はデルセクトの海に!」


「俺はオライオンの方に!」


お、おいおい…すげぇ軽く流されちゃったんだけど、まるで意にも介されてない。海賊達の興味もすぐに別のものに移りもう俺の意見も忘れられているようだ。やり方が悪かった?そうじゃないってどういうことだ?


っていうかやばい、ここを逃したら次はいつ来るか分からない。なんとしてでも 意見を通さないと…。


「なぁ!おい!俺は……」


「待った!船長!」


「ピクシス…?」


咄嗟に身を乗り出そうとした俺に代わり、ジャックを止める声がする。ピクシスだ、普通の船員よりも強い決定権を持つピクシスが双腕を組みながら仁王立ちし。


「次の行き先も何も!あの黄金像を早い所お金に換えないと!正直いつまでもあれは置いておけません!」


「あー…確かにそうだな」


「だから次の行き先を決めるのはあれを売却した後にしてください」


「ん、分かった!なら次の行き先は『秘密島ブルーホール』だ!そこで金作った後改めて行き先を決めるぞ!宝はそのまま持ってても意味はねぇ、だろ?」


「アイアイキャプテーン!」


次の行き先を決めるのは黄金像を売ってから…という形に決まった。ある意味助かったのか?あのまま俺が意見してても黒鉄島行きは難しかったし…猶予が出来たと思えば、うん。


次の行き先は秘密島ブルーホールという場所になった、それで文句はないと船員達もまた次々と仕事に戻り、ジャックも自室へと帰っていく。


…そんな中、その場に残り続けたピクシスは腕を組んだままチラリとこちらを見て。


「おいラグナ」


「え?あ…なんだ?」


「お前、黒鉄島に行きたいんだな?」


「ああ、そうだ」


「…彼処には何もないが、それでも行きたいというのなら意見を通さないといけない。さっきみたいなやり方じゃダメだ、次はもっとやり方を変えるんだ。分かったな…一応猶予は作ってやったから」


「……ピクシス」


もしかしてピクシスの奴…俺に助け舟を出してくれたのか?あのままじゃ俺の意見が通らないと悟ったから。だから一旦別の目的地を出して時間を稼いで…へへ。


「ありがとな、ピクシス。助かったよ」


「なっ!笑うな!お前には翡翠島で助けられたからな…、借りをそのままにしておくのは主義に反するだけだ!」


「な〜んだよ〜、お前義理深いんだなぁ案外よぉ〜」


「ええい!絡んでくるな!アマルトの癖に!」


「俺の癖して絡んでもいいだろうが!」


キャイキャイと騒ぐアマルトとピクシスの二人を眺めていると、なんだか笑いがこみ上げてくる。ピクシスは俺が思ってるよりもずっと義理深く律儀な奴なようだ、口は悪いし態度もキツいが…まぁその辺は愛嬌って事でさ。


「ってかさぁピクシスぅ」


「ダル絡みするな…」


すると、何やらピクシスと肩を組むアマルトが何か気になったのか。ちょっとだけ真面目な顔で口を開くと。


「その秘密島ブルーホールってなんだよ、そこって遠いのか?」


ああ、さっきジャックやピクシスが言ってた島の名前か。あの黄金像を売りに行くってことは翡翠島みたいに文明の匂いを感じない島…ってわけじゃなさそうだけど。


「ああ、お前らはブルーホールに行くのは初めてだったか。ブルーホールっていうのはな…まぁ簡単に言えばブラックマーケット…闇市だ」


「闇市…ってかブルーなのかブラックなのかどっちかにしろよ」


「やかましい。我々はこういう生き方をしてるからな、真っ当な質屋に行って宝を買って貰うってわけにはいかない。だから皆それぞれが略奪した物を金銭に変える為に開かれた海賊の為の市場がある場所が秘密島ブルーホール…ってわけだ」


つまり言ってしまえば犯罪者の為の違法市場ってわけだ。とんでもない島があったもんだな、いやそういう島があるからこのエンハンブレ諸島は海賊の楽園なんて呼ばれているのか。にしてもさぁ…。


「それ、マレウス側は把握してるのか?」


「してるわけないだろ、してたら闇市じゃない」


まぁだよな、そんなどデカイ市場があるってのにマレウスは何やってんだよ。レナトゥスも案外大したことないのか…?なんて侮っているとピクシスはフッと何故か決め顔で笑い。


「把握出来るわけがない、陸の人間には絶対に見つけられない。だから俺達は安心してあの島に行くことが出来るのさ」


「え?見つけられない?普通の島じゃないのか?」


「正確に言うと島ですらない、ブルーホールはな…この世界で最も巨大な船なんだ。だから常にエンハンブレ諸島の中を移動して一定のルートを回遊しているんだ、俺達海賊はそのルートを把握してるから見つけられるが、心得のない人間には見ることさえ叶わない。まさしく秘密の島ってわけさ」


「船なのか…!そりゃ見つけられないわ」


「だろう?今ブルーホールは円卓島ターヴルの近くに来ているだろうし、うん…一日二日で着くだろう。それまでに…何か方法を考えておけよラグナ、それ以上の助け舟は出せないからな?」


「…ああ、ありがとな、ピクシス」


「フンッ、それだけだ…ってかアマルト!いつまで私と肩を組んでるつもりだ!離せ!」


「へいへーい、いてっ」


移動する巨大船ブルーホールか、すごいもんがこの海にはあるんだな。どんな船なんだろう、どんな所なんだろう、今からワクワクが止まらねぇな。


なんて全霊の笑みでピクシスに礼を言うと、やっぱりちょっとだけ小っ恥ずかしそうに『やることがあるから』とだけ言い残してピクシスはアマルトを背負い投げして何処かへと消えていく。


彼には感謝しないと、だからこそ必要なのは万の礼ではなく一の結果だが…はてさてどうしたもんかな。


「…ん?」


「どうしました?ラグナさん」


ふと、これからの展望について考えていたら…視界の端に、もっと具体的に言うと船室の扉の一つがほんの少し開いていて、その隙間からデティがちょいちょいと手招きしている。何してるんだあいつ…いや、そうだった。


「アマルト、ナリア、ちょっとこっち来てくれ」


「ん?どったよ」


「どうしました?」


デティが大々的に俺を呼ばないと言うことはあまり表沙汰に出来ない事なんだろうと一人で納得しつつ二人を連れてデティが開けている船室へと出来る限り注目を集めないよう自然に入る…すると。


「お、全員揃ってるな」


扉を開けると、その中にはデティだけでは無く女性陣が全員揃っていた。どうやらここはあまり使われていない部屋らしく薄暗くややカビ臭い、だからこそ闇の会合にはもってこいだな。


「ごめんなさい、ラグナ…急に呼んじゃって。ピクシスとの話は終わりましたか?」


「問題ないよエリス、それより俺達をここに呼んだのって…」


「そうだよ、ピクシスの魔術の件」


中でも特に真面目に剣呑な顔をしているデティがふんすと鼻息荒く気合を入れる。そうだ、俺達をここに呼んだのはピクシスの魔術の件。ラプラプ族に対して使った『ディグレシオンマネハール』の事だ。


奴がその魔術を使うとラプラプ族がまるで船酔いしたようにその場に倒れてしまったんだ、恐らくアマルトとナリアに対して使った物と同じ。本当はその場で聞きたかったがそう言う状況じゃなかったからな、終ぞ翡翠島を出るまでそんな落ち着いた時間は来なかったからここまで伸びてしまったが。


ようやく聞けそうだ。


「ディグレシオンマネハール…だっけ?俺とナリアに使ったあの気持ち悪い魔術の名前」


「ピクシスさんのあの魔術を食らうと、なんか…今まで味わったことのないくらい気持ち悪くなって、船酔いしたみたいになっちゃったんですよね。あれってなんなんでしょうか」


「うん、あれはね…『船酔いみたい』じゃなくて実際二人は船酔いしてたんだよ」


「へ?」


デティは語る、ピクシスの使う魔術の正体を…。それは船酔いのような魔術ではなく船酔いそのものだと、つまり。


「つまり何か?ピクシスの魔術は船酔いさせる魔術ってことか?」


そう問いかけるとデティは小さく首を振り…。


「違うよ、それは飽くまで副次効果。ピクシスが使うディグレシオンマネハールの通称は…『方位魔術』なの」


「方位…魔術?」


聞いたことのない魔術系統だな、禁忌魔術…ってわけでもなさそうだが。


「なんなんだ?その方位魔術って」


「そのまま、方位が分かるんだよ。方向感覚に作用する魔術だね、使うとどっちが北でどっちが南かとか分かるだけ。言っちゃえば超々どマイナー魔術…だって習得しなくても方位磁石や羅針盤を買えば済む話だからね。態々勉強してこれを覚える人はいないから…すごーく知名度のない魔術なの」


聞いてみるとちょっと便利そうだ、戦場においても東西南北の方角を知るのは非常に重要。古くから人が太陽の位置や星の配置で方角を知ろうと努力したのはそれだけ人の営みにとって方位がそれほど重要だったからだ。それを魔術一つで知れるのは便利だが…便利止まり、その手の道具を使えば済むと言うのならそれまでだ。


だが、解せないな。どう考えてもピクシスはそれを戦闘用として使っていた…。


「それがどうすれば、人を倒せるような魔術になるんだ?それともそう言う効果があるとか?」


「本来は無い、ピクシスはこの方位魔術を…恐らくだけど極限まで極めている。これが属性魔術だったなら魔力変換現象が起こっているだろうレベルで。だから…ピクシスはこの魔術で他人の方位感覚を狂わせる事が出来るんだよ」


「方位感覚を狂わせる…、それってつまり」


「そう、この魔術は人の感覚に作用する…。相手の方位感覚を狂わせれば三半規管がアッパラパーになって人は立ってることも出来なくなる。その感覚は船酔いに非常に酷似してるんだ」


船酔いの原理は、簡単に言えば脳みそが慣れない刺激を連続して受けて自律神経に危険信号を送ることで発生する。方位を狂わせ感覚を高速で回転させれば人の脳は誤作動を起こしてその慣れない刺激が連続して発生し、結果として船酔いを起こす。


ってわけか。


「タネとしては古式幻惑魔術に似てると思うよ。あれも神経に作用する魔術だから」


「なるほどねぇ、厄介だな…俺もネレイドさんと戦った時は苦労させられた」


「…そう?、ラグナは…私と戦った時も…比較的余裕そうだった」


別にそんなことはないけど…。


「まぁでも、タネが分ったならそれでいい。厄介ではあるが対処法はありそうだし」


「それだけじゃないよ」


「へ?」


「というか、ここからが一番大事な話」


まだ話は終わってない、とデティは頬から冷や汗を垂らしながら言うのだ。まだなんか…あったか?


「言ったよね、ピクシスは属性魔術なら魔力変換現象が起こってる可能性があるレベルで方位魔術を極めてるって」


…魔力変換現象、属性魔術を極めた場合発生する弊害…或いは極意。体から溢れる魔力が常にその属性に変換されて体外に排出されてしまう現象で、俺は見たことないけど審判のシンなんかは体中から電流が溢れ、炎帝アドラヌスは常に体が燃えていたと言う。


属性魔術を使い過ぎると、体が勝手に魔力を慣れ親しんだ属性に使ってしまうんだ。常に体が燃えていたりしたら日常生活に弊害が出る反面、魔力変換現象を起こした者の属性魔術は他の追随を許さない威力を発揮する事もある。


それと同じ段階までピクシスは極めている…つまり、全身から方位が溢れているのか!?ってどう言う状況よ。


「ピクシスは常に無意識にこの魔術に似た波長を全身から溢れさせて、人の方向感覚を狂わせているの、いや正確に言うと船の行き先に方向感覚が狂わされちゃうの…ねぇラグナ?前ってどっち?」


「は?前?どっちってんなもん決まってんだろ」


前って今俺が見てる方向だろ?何簡単なこと聞くんだよと指差すと…。


「あ、あれ?」


「ラグナ、今自分が後ろを指差してるの…分かってる?」


気がつくと俺はくるりと振り向いて後ろを指差していた。あれ?おかしいな…でもこっちの方角が前な気がする。いやこれ…船の先を指差してるのか?まさかこれが…ピクシスの力だってのか。


「この船はピクシスの方位魔術の影響を受けている、だからこの船に乗ってる人はみんな人間羅針盤みたいな状態なんだよね」


「へぇ〜…ん?それってまさか」


方向感覚が狂わされる、言われて初めて気がつく話だが別に弊害は殆どない…けど。それは飽くまで俺だけの話。方向感覚を狂わされて一番煽りが行くのは誰だ?…決まっている。


「うん、メグさんが時界門を作れなかったのはピクシスの方位魔術の影響を受けて方向感覚が狂っていたからだよ」


メグさんの時界門は行き先をしっかり把握していないと発動しない。つまりこんな風にめちゃくちゃな方向感覚じゃ時界門は何処とも繋がらないんだ。


思えば、メグさんが時界門を使えなくなったのはこの船に乗ってから、あの島でも作れなかったのは側にピクシスが居たから。つまり…。


「ピクシスがいる以上、メグさんは時界門を使えないってことか」


「そうなりますね、いやぁ〜よかったぁ〜、私もう陛下から授かった魔術が使えないのかと思いましたよぉ〜。安心安心」


「言うほど安心でしょうか、ピクシスさんがいる限り使えないと言うことは…結構面倒な状況ですよ、今からピクシスさん海に捨てます?」


「いや、そう言うのはしなくていいよエリス」


ピクシスがこの船にいる限りメグさんは時界門を使えない。それほどまでにピクシスの存在は大きい、奴が船から降りるか意識を失うかのどちらかでも起こらない限りこの制約は外れない…だが。


別にいい、今は少なくともこのままでいい。…というか待ってほしいんだ。


「しなくていい?ならこれからどうしますか?ラグナ」


「もう少し…時間をくれ、ここの奴らを説得して…黒鉄島に向かわせるようにするから」


説得してみる、確実に。そうして俺達だけ黒鉄島に降りれば後はなんとでもできることが分かった。だから脱出とかそういうのは待ってほしい。


そう伝えると。


「分かりました、ラグナがそういうのなら信じます!」


「ああ、そうだな。ラグナに展望があるなら信じよう」


「そうだね…」


弾けるようなエリスの笑みと共にみんなの信じるという言葉が寄せられる。今の俺は王ではないし元帥でもない、けどみんなのリーダーではある。この期待には答えるとしよう。


「よし、それじゃあ…」


『おーい!ラグナー!』


「おん?なんだろう…」


『ラグナ〜!どこだ〜?酌しろ酌〜』


「ジャックだな、お前好かれてんなぁ」


「うっせぇよ、…はぁ仕方ない。ちょっとジャックのところに行ってくるよ」


ジャックが外で俺のことを呼んでいる。またいつもみたいに俺に酒を注いで欲しいとかそんなんだろう。あいつ俺が王だって知ってるはずなんだけどな…。


でも丁度いい、ちょっくら行って打診してくるか、黒鉄島行きの話のさ。


「じゃ、行ってくるわ」


「おう、気いつけろよ」


「なんのだよ」


そう言い残し、俺はみんなと別れてジャックの元へ向かう…。


…………………………………………………………


そんなラグナを見送るアマルト達は一先ずその場に腰を落ち着ける。本当なら直ぐに持ち場に戻ったほうがいいんだが…せっかくいいサボり場所を見つけたんだし、ちょっとくらいサボってもいいだろう。


「ふぅ、しかし翡翠島じゃとんでもない目にあったぜ」


「大変そうだったね…聞いたよ、なんか凄いのが居たって」


「曖昧だなぁ、まぁ実際そうだったが…」


ネレイドがポワポワした様子でアマルトに微笑みかける。しかし翡翠島…あそこにあった黒い遺跡…なんだったんだろうか。流れで放置してきてしまったが、なんかあれもう少し調べた方がいいものだったんじゃないのか?


「ああそうだ!」


「ど、どうしたよメルク、急にでかい声出して」


「流れで問い詰めるのを忘れていた!おいアマルト!あの黄金像!あれはどういうことだ!あれはどう見てもマスターの像だろ!」


やっべぇ〜…面倒なことになったな。ってか俺に言うなよな…。仕方ない、ここは適当にごまかして…。


「あれは昔の海賊がフォーマルハウト様から奪ったものらしいですよ」


「あ!おい!ナリア!」


「あ!ごめんなさい!」


「なぁ〜にぃ〜!?じゃああれは元々マスターの物か!?それを海賊がぁ〜!?」


ナリア…正直に言うからメルクの奴バチギレじゃねぇかよ。まぁナリアのそう言う正直なところは俺めちゃくちゃ好きだけどさぁ〜今じゃねぇよ。このままじゃメルクが『あの黄金像を取り戻すぞ!』とか言い出しかねない。…こうなったら。


「そ、そういやぁよ。メルク…お前が今住んでる神殿の名前、なんだっけ?」


「は?なんで今なんだ?」


「いやよ?ラグナ曰く翡翠島で見つけた遺跡でピスケスの名前を聞いたらしいんだ。ピスケスって確かお前の家の名前にも付いてたよな」


「ああ、ピスケス・アウストリヌス・デルセクト・ミールニア・フォーマルハウト大夏離宮殿だ」


よくパッと出てくるな…。


「大国ピスケスはマスターが昔赴いてその技術力に痛く感動したそうだ。故に自らの神殿にも名前として残しているし、デルセクトがそもそも技術大国なのもマスターが大国ピスケスのような国を作りたかったから…と言う理由でもある」


「へぇ、そうなのか。ラグナと話したんだが…もしかしたらその神殿、ピスケス由来の物かもしれねぇ」


「何?本当か?…だがピスケスの技術はその殆どが既に消失している。地理的にオフュークス帝国の隣国だったからな。魔女様達とシリウスの決戦の折にオフュークスごと吹き飛んでいる。今現在の地理的に言えばデルセクトの目の前の海がピスケスのあった地点だな」


「…ってことはこのマレウス近海の隣でもあるってことか。吹き飛んだ国の一部が翡翠島になっててもおかしくねぇな、実はさ…持ってきてんだよね。俺」


「は?何を」


実は海賊達には言ってないが…持って帰って来ているんだ。不可抗力で本当は持ってくるつもりはなかったがなんとなく返しそびれたそれ、つまり…。


「連中の持ってた黒い剣、未知の鉱石で作られた剣だ」


そう、絶対に壊れないと言われている不朽石アダマンタイトで作られた剣だ。あの乱戦の中武器のない俺は咄嗟に落ちてたこれを使って戦ったわけだが。この通り懐に収めて持ってきてしまったんだ。


それを見たメルクの顔色が変わり。


「…なんだこの鉱石、見たことない作りをしているな。一見黒曜石のようだが若干輝きの質が違う、何より強度や材質が桁違いに良い…これが技術大国ピスケスの剣?」


「正確に言うならピスケスの技術で作られた石を削って出来た剣だよ」


「ラプラプ族はこれを武器として戦っていたのでございます、強度に関しては折り紙つき…なんせラグナ様の怪力を受けても崩れなかったのですから」


「それは相当だな、借りてもいいか?」


「ああいいよ、錬金術師のお前ならなんか分かるかなって」


俺の手から剣を受け取ったメルクは何やら訝しげに顎を撫で、そのまま刃を触ったり軽く叩いたりと材質を確かめる。メルクは錬金術師だ、この手の話に関しては地味に博学だしもしかしたらなんかすげー発見があるかもだろ?何よりこの剣に夢中になってる間は問い詰められないで済む。


「どうですか?メルクさん、エリスもこの材質の石は見たことなくて」


「私もだよ、だが…知らないわけじゃない」


「え?知ってるんですか!?」


「知っていると言うか…似たような物に覚えがあるだけだ、こうして触ってこの剣に含まれる成分や元素を大まかに調べて見た感じ、アルベドとニグレドに似ている気がする」


「は?なにそれ、アルベド?ニグレド?」


そう俺が首を傾げるとエリスが補足として説明してくれる。まぁ言ってみれば錬金術師のすげー武器?的な奴だそうだ。デルセクトがその技術を全てかき集めて作られた二つの結晶…因みに今それはメルクの体内にあるらしい。食ったのかな?


「アルベドやニグレドのように特定の効果を恒久的に発揮し続ける鉱物と考えれば、この二つは非常に似通っているようにも思える。だがアダマンタイトなんて名前はそのものは聞いたことがないな」


「そもそもアルベドとニグレドってどうやって作ったんだよ」


「知らん、というよりよく分からん。設計も経緯も全部な」


「お前同盟首長だろ…」


「私の管轄で行われたものなら全部把握してるがアレは私が生まれる前に開始されたプロジェクトだしな。それにマスターがシリウスの影響で正気を失い始めた頃に開始されたから正直誰から始まったプロジェクトなのかも分からないんだ」


「そっちもそっちで謎が多いな…」


アダマンタイトを作る事が出来るピスケスとそのピスケスに影響を受けたフォーマルハウト様が作った国デルセクト、この二つの関係性は深いのか浅いのか…よく分からんなぁ。


ただ一つ分かったことがあるとするなら、このアダマンタイトはやはり自然のものではない…ということだ。デルセクトの作った超兵器と似てる物が自然界にあるとは思えねーしな。


まぁ、帰ったら魔女様あたりに突き出して教えてもらうか。


「さて、それはそれとしてアマルト。お前あの黄金像をどうするつもりだ…!」


「げっ、忘れてなかったかぁ…」


その後、アマルトはメルクを小一時間程説得しなんとか『あとでメルク自身が買い戻す』という条件付きであの黄金像を海賊達が売ることを了承したのだった。正直俺達にアレを売るな!っていう権利はないし、そもそもあんな危険な思いして手に入れたのが知り合いの顔した黄金像一つはシャレになんねぇって。


ってか、結局ラグナにイナミとかラプラプ族のこと言うの忘れてた…あいつも多分忘れてるだろうな。まぁいいや、あとで言えば、それより今はメルクだ。


と…そんなアマルトの苦労も露知らず、キングメルビレイ号は秘密島ブルーホールを目指すのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ■誤り? ・次の話をみて気がついたのですが、翡翠島からブルーホールに着くまでの時間がこの話では一日二日なのに次話では一週間以上掛かっています。 『「だろう?今ブルーホールは円卓島ター…
2023/11/23 12:03 百千鳥(三鳥ヶ参)
[良い点]  熱意が、熱意が足りないぞラグナー。……こういう決め事では無駄に声と態度がデカくてわけのわからん自信に満ち溢れてるやつの意見が一番通りやすい。  ザカライア、アマルト、ピクシスという可愛…
2023/11/23 11:40 百千鳥(三鳥ヶ参)
[良い点] 更新お疲れ様です! 次は秘密島ブルーホール。移動する島、もとい船らしいですけどそんな大きな船でも案外見つからないものなのかな。 と、いうよりは私の想像以上にマレウスの海が広いんでしょうね…
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