407.魔女の弟子と男のロマン
『捕まった海賊達を見つける方法は単純、俺達も捕まればいいんだよ』
作戦を提示する、アルクカースに古くから伝わる『偽囮作戦』だ。態と負けて相手に捕まり敢えて敵に本拠地へと案内させる古典的な作戦だ。今じゃもう対策されまくって普通は使われなくなった作戦だが森の中を生きる野蛮人どもにゃお誂えの作戦だろう。
捕まった海賊達を見つけ出すために俺達は態と森の中に入り態とラプラプ族に見つかり態と負けた、ピクシスが態と負ける演技がド下手だったせいで危うくバレそうになったがメグの迫真の死んだふりにより事なきを得た俺たちはそのままラプラプ族の捕虜になることに成功した。
丈夫な蔦で腕を雁字搦めにされて…連れていかれたのは例のエレベーターと同じ漆黒の神殿、恐らくこっちが本丸なんだろうと思えるような巨大な神殿の前で檻に捕まっていたアマルト達が巨大な女に殺されそうになっているのを見た俺は咄嗟にその場で行動を開始した。
まず手を縛っていた蔦をブチブチと腕力だけで引きちぎり、吃驚仰天していたラプラプ族の戦士を全力でボコボコにして敵陣営にカチコミをかけたのだ。
神殿の前には多くのラプラプ族の戦士がいる。野晒しになっている黒い柱を黒い剣で削り出して武器を作っているんだ。そこに従事する戦士が大凡百と数十、そして中でも特大級に大きい女…あれが女王だろう。
それが檻に閉じ込められたアマルト達に刃を向けてんだから…許せねぇよな。
「おうおう、俺のダチに何してくれてんだよ原始人どもが…ぶっ殺すぞ!!」
「かかれ!奴らの首を捥ぎ取り髑髏塚に掲げよ!」
「行くぜ!みんな!」
「はい!やってやります!」
既に開戦の狼煙は上がっている、黒い剣を持ったラプラプ族は手を前足のように使いながらこちらに向けて走ってくる。
けど…。
「ッッナメるなぁっ!此れは見えざる神の手、広く 大きく 全てを覆いし大いなる力、その指先に至るまで我に力を与えよ『絶空掌』!!」
「ぐぎゃぁっ!?」
エリスの放つ拳風によりラプラプ族達が吹き飛んでいく、さっきは一人二人を前にあれ程苦戦したのに今はもう十人規模で吹き飛ばせる…何故か?エリスが急に強くなったから?
違う、さっきの戦いはラプラプ族にとって凄まじく有利な状況での戦いだったからだ。視界の悪く向こうはこちらの居場所が分かるのにこちらは分からない、仲間達は互いを見失わないように密着し大規模な攻撃が出来ない状況で戦えば当然不利なのはこっちだった。
しかしここはどうだ?神殿の前は木々が切り倒され広場のように空間を取られている。つまりここはジャングルの中じゃないのだ、ジャングルの中じゃないなら有利なのはこっちだ。
「おっしゃあ!ドンドン来いやぁー!」
「メグ!」
「畏まりました!『時界門』!」
一人暴れるエリスを置いて指示を出すのはメグに対して、彼女の手によって開かれた時界門はその内側から影が溢れ出し。
「いてっ!?」
「いてーっ!」
「視界が通っていれば時界門自体は使えますからね、ご無事ですか?アマルト様、デティ様、海賊の皆様」
時界門から転がり落ちてきたのは檻に閉じ込められていたアマルト達だ、メグの時界門は視界が通っていれば繋げることが出来る。ならばすぐそこにある檻の中にだって穴を繋げることは出来るのだ。
檻で捕らえたくらいならメグで簡単に救助出来る、これで後はもうトンズラこいてもいいわけだが…。
「折角だ、このままこいつら絶滅させてお宝頂くぜ…!」
パキポキと拳を鳴らしながら悠々と歩く、ここまで来たんだ、折角なら思い出づくりの為に財宝でも頂こう。んでもって…ここの連中に見せつけてやろうじゃないか。今の時代の戦闘民族ってもんを。
「イテテ、サンキューメグ!助かったわ!」
「本当にありがとう〜!死ぬとこだった〜!」
「いえいえ、それよりお二人は戦えますか?流石に敵の数が多いので」
「剣がないとなぁ…あ、ともかく任せろ!ラグナ!お前は女王をやれ!他の雑魚は俺たちでやるから!」
「おう!任せた!」
ラプラプ族の数は多い、だがこっちにはそれを吹き飛ばせるだけの戦力がある。今もなおエリスが大暴れして戦士達の数を減らしているし…数的有利はないに等しい。ならば俺が狙うべきは大将首ただ一つ。
そう…女王だ。
「よう、さっき俺を吹っ飛ばしてくれたのはアンタだよな、アンタ名前は?」
「…女王マクタン、貴様の名は」
「俺?俺はラグナだよ、色々聞きたいことあるけど…お前ら、俺のダチを殺そうとしたよな」
「これは異な事を、お前も含めて今も殺そうとしているだけだ」
「なら容赦する理由はないよな」
喧騒の中、ぶつかり合うエリス達弟子陣営とラプラプ族の戦士達…両陣営の戦力が激突する中心にて、ラグナとマクタンは睨み合う。
マクタンは大きい、それに比べればラグナは子供に見えるくらいには身長差がある。オマケに筋骨隆々のラプラプの中でも一層ビッグサイズのマクタンの肉体と比べればこれまたやはりスマートで引き締まったラグナの体は小さく見える。
今からこの二人が戦うと言えば、十人が十人…マクタンが勝つと予見するだろう。だがそんな状況にありながらラグナは悠々自適とストレッチを繰り返し。
「よし、やるか…来いよ原始人、宣言通り…テメェら全員ぶっ潰してやるから」
「生意気な事を、また吹き飛ばされたいかッ!!」
振り下ろされるマクタンの斧、大木を両断する巨大な黒戦斧の一撃は振り上げ振り下ろす…そのモーションが一切目に入らない程速い、まるで突如として攻撃が発生したが如く…落雷の一撃はラグナの脳天を捉え──。
「パワーは大したもんだ…」
「ッ…な!?」
「だが力任せで戦う奴ってのは…大抵ここらが限界だぜ?」
否、捉えていない、振り下ろされた斧はラグナを避けるように逸れて地面に突き刺さり砂埃を上げている。
弾いたのだ、力を一切使わず斧の側面を的確に弾く事により必要最低限の動きだけで斬撃を逸らしたのだ。
「これが武術だ、お前らの島にゃねぇだろ?」
「ッ…くぁぁあああああああ!!!!」
煽るラグナの言葉に激昂したマクタンは猿叫を上げながら斧を振り回す。その様はまるで超小型の乱気流の如くめちゃくちゃに…闇雲に、それでいて力強く…勇猛に、この島一番の戦士でもあるマクタンは猛攻を続け…。
「喧しいッッ!!」
「なっ!?」
されど無意味、ラグナの前では『暴力』は『暴力』足り得ない、圧倒的な『武力』と言う名のラグナの前では。
斧の乱撃はラグナが軽く振るった拳によって爆裂するように弾かれマクタンの態勢が崩れ…。
「『熱拳一発』ッッ!!」
「ぐぼぇぁっ!?」
返す刀で叩き込まれるラグナの熱拳、炎の如き赤く輝く魔力を漂わせる拳が目にも止まらぬ速度でマクタンの腹に叩き込まれ、堪らず吹き飛ぶ。
──轟音を上げ、吹き飛ばされたマクタンは黒い神殿に叩きつけられ砂埃を上げて…一転、静寂が漂う。
「ア…ウソダ…」
「一番強イ…女王ガ…」
ラプラプ族の戦士達が愕然とする。自分達の中で一番強い女王が瞬く間の間にやられてしまったのだから…。
これが狙いだった、こいつらは強い奴を総大将に据えているタイプだ。そいつらは総大将の強さを柱として成り立っている。故にそこを崩せば…この通り。戦意喪失ってわけさ。
「降伏するんなら見逃してやっても…」
もうこれ以上戦う必要はない…そう言いかけた瞬間、ラグナの口は止まる。
感じたからだ、…何をだ?
危機感…とでも言おうか、ラグナの中に搭載されている『直感』と言う名のセンサーが告げるんだ。『まだ終わってない』と。
「ぐ…ぅ、やるものよ…」
「お前、まだ動くかのよ…」
砂埃の中から現れたのは、血を吐きながら満身創痍の姿でなおも立ち続けるマクタンだ。一応今もラグナの持つ技の中では最上位に位置する熱拳一発を受けていると言うのに…それでも立ち上がる奴は初めて見たかもしれない。
「クックックッ…この気持ちはなんだ、腹の底がゾクゾクする、肩が震える、胸が高鳴る…こんな心持ちの戦いは初めてだ」
(……ヤバいな、まだなんかあるぞ)
再度構える、まだ何かある。そんなラグナの警戒に答えるようにマルタンはクツクツと笑う。
不快な笑い方だ、あれはアルクカース人が見せる笑い方によく似ている。自分の中にある獰猛性や本能を抑えきれず口が自然と牙を剥く…そんな笑い方。ベオセルク兄様がよくやる奴だ。
そして、ああいう笑い方をする奴はみんな大概…『アレ』が使える。
…まさか、こいつらも使えるのか!?
「久しく…使いますか、我等が祖先…イナミ様が残した力、我が真なる姿を!」
「まさか…!」
マルタンが体に力を込める…いや力を解放すると言った方がいいのか。普段出している力とはまた別の所から引き出す力。タガを外すと形容した方がいいだろうそれを使った者は皆…人と言う名の獣と化す。
血管が浮き出て、ボコボコと筋肉が風船のように膨らみ、マルタンのシルエットが変わる…間違いない、アレは…
「『争心解放』…!?」
アルクカースの一部エリートにのみ許された所謂戦闘形態…、自らの理性と引き換えに大幅に戦闘能力と身体能力を向上させるそれをマルタンは行なっている。いや理論上は不可能ではない、こいつらの先祖は俺たちアルクカースの元となった古代戦闘民族と同じだ。俺達と同じ血を受け継ぐなら可能…なのか?
ってかこいつがさっきから言ってるイナミって羅睺十悪星のアレだよな。
「グゥ…グゥ…ヴグゥゴガァ…!」
「あ、あれ?」
しかし、俺の予測とは反してマクタンの変異は止まらない、肉体の膨張、理性の消失、それだけに留まらずマクタンの体は文字通り変形していくのだ。
下半身の筋肉が上半身に移るように上半身が膨張し、腕なんか胴体よりも太くなり、ゴリラのように四つ足を突いたかと思えば口元からは牙がニュキニュキと生えライオンのように鋭く尖り、髪は炎のようにメラメラと揺れる。
…怪物だ、もう人じゃない。なんだこれ…争心解放でもここまでの変異は起こらないだろ。
「なんじゃそりゃ…」
「イナミ様が…扱った、我等が先祖が…用いた、真なる戦闘形態、これが私の…『獣心回帰』だ…!」
「獣心回帰…!?」
聞いたこともないぞそんなの!?いや…いや違うのか!そうだよ!アルクカースの争心解放はアルクカース人の長い時と闘争の歴史が作り上げた適応進化だ。古代戦闘民族が使ったそれとは別物!
ならばこれは、争心解放の雛形となった…古代戦闘民族本来の姿、俺たちのご先祖様が使った力と同じものか!?こんな気色悪いのが!?なんかやなんだけど!
「後悔しろ、この力を使わせた以上…これはもう戦いではなく」
グググと再び足を曲げる…いや足が太腿にめり込んでる!?まるでバネみたいに筋肉が圧縮されているんだ。とても人間とは思えない挙動を見せたマクタンはその勢いのまま一気に俺に向けて飛翔し。
「『狩り』だッ!!」
「ぐぅっ!?」
大地を抉って飛んできたマクタンのタックルに堪らず俺の方が吹き飛ばされ二、三度バウンドして森の方へと飛ばされる。
常識離れした威力の突撃、森で俺たちを吹き飛ばしたのはあれか…?くそ、弾き飛ばされるなんて久々だな。
「どんな体してんだ、テメェ…」
「我はイナミ様の血をより濃く継ぐ王族なり、故にイナミ様が用いた奇跡の技を体現することが出来るのだ」
「つまり、イナミはお前みたいなキテレツな動きができる…ってことか?」
「馬鹿を言うな、あのお方はもっとすごい事が出来る…らしい、見たことはないが」
ズシズシと俺を追いかけるように歩いてくる筋肉の化け物をよくよく観察して相手の技の種を推察する。多分…あれは風船と同じ原理だ。
あいつは多分自分の筋肉の硬度を自在に変えられるんだ。柔らかくした筋肉を風船を握るように引き締め上半身に筋肉を集め肉体の増強を行なっている。だから下半身はゴムのように柔らかく上半身は鉄のように硬い。
…と推察しておいてなんだがそんな事出来るのか?下半身の筋肉を圧縮したからって上半身はムキムキにならんだろ普通…。でも実際それが出来てしまっている以上連中の体は俺たちの体とは違う作りをしてるとしか思えない。
「こうなった私はもう止められん、例え誰であろうともなぁっ!」
「チッ!」
マクタンの拳が放たれる、あれはまるで大砲のようだ。威力がではなく拳を打ち出す過程がだ、肩を膨らませ筋肉を集中させた瞬間一気に拳に筋肉を移動させ、その重量移動を利用して拳を放つ。…水の入った筒を振り回すのと同じ原理だろう。
そんなデタラメな拳が大地を打つ度島全体に地震が起こる。それをボカボカと連続して放つんだからこっちは逃げ回るしかない。
「お前ほんとに人間かよ!」
「然り!我等こそ!人間だ!強き者こそが真なる人間なのだ!」
「ぅぐっ!」
振り上げられるアッパーカットが俺の顎を射抜き俺の体が宙に浮く。痛い…苦しい…気持ち悪い、滅多打ちにされながら苦痛に喘ぐ俺が…ふと、口元に熱い物を感じる。
クルリとなんとか体を一回転させ、口元を拭うと…そこには。
「血……」
血だ、さっきの一撃で口の中が切れて血が出てきたんだ。戦いの中で俺は今流血している…流血だ。
なんて、久しぶりなんだろうか。最後に流血したのはシリウスと戦った時…三年前くらいだ、あれからずっと俺は傷の一つも負わずに戦って…いや違うな。
今までのは戦いじゃなく、彼女の言う通り一方的な狩りか蹂躙でしかなかった。…戦いじゃなかった…なら、これは。
(これこそが…闘争だよな)
「ッ…!」
刹那、俺を襲うマルタンの手が止まる…牙が伸び目は赤く充血し化け物の様相となったマクタンの顔に、今浮かぶのは脂汗と恐怖の表情。
(こいつ、急に顔つきが変わった。…人の顔から獣の顔へ…!)
「ゥオラァッ!!」
「ぬぐぅっ!?」
刹那、ラグナの動きが見違えるように変わる。跳躍し瞬く間にマクタンの頭上から振り下ろされる拳がその頭蓋を叩き、衝撃が地面を真っ二つに割りマルタンの体を腰まで大地に埋める。
「動きが…変わった!?」
「違うさ、思い出したんだ…そーいや俺。今大王でも元帥でもないなってことをさ。そう思ったらなんかすげー体が軽くてさ」
「だ、大王…?」
「おう、だからまぁなんだ!ちょっと…付き合えやッ!!」
まるで火薬に火をつけたかのような勢いで飛ぶラグナの拳が、地面に埋まり固定されたマクタンの顔面を射抜けばその衝撃は大地をくり抜き、ゴルフボールのようにマクタンを彼方まで吹き飛ばす。
明確に、先程よりも攻撃力が増している。別にさっきまで手加減していたわけでもないしいきなりラグナの筋肉量が上昇したわけではない。
ただ、動きのキレが増したのだ。
「ぅぐぐ…!なんだ!?なんなんだ!急に───」
「待てやゴラァァアアア!!!」
「ちょっ…」
彼の師匠アルクトゥルスがよく口にする通り…。
『思考とは勝利に必要な物ではあるが、戦闘には不要なものである』
との言葉の真意は、一見矛盾しているものの言いたいことは一つ。勝つ為には考えろ…けど戦うなら何も考えるな。即ち無我こそが武の真髄であるという事。
『あれやこれやとややこしい事を考えて戦ったって集中出来るわけないんだから、だったら殴り合う時くらい何も考えるな。ああ無思考でやれってんじゃないぜ?考えないのはバッグボーン…戦いに関係ない事は全部頭から払い除けろ』
そう語るように、武の真髄には立場や状況などを鑑みる必要性はないのだ。だが今までのラグナはどうだ?…はっきり言おう、色々考えすぎていたのだ。
責任や立場などを、それを今…忘れる事を思い出した。
「何処に行くッッ!!戻ってこいよマクタン!!」
「お前が私を殴り飛ばしているんだろ…ぐげぇっ!?」
ラグナの力は強すぎる、だから無為に本気を出せば周囲に被害が出てしまう…ましてや本気なんか出さなくても勝てるし、そんな事を考えながら三年元帥として指揮をとり続けた彼はいつしか戦士の顔を忘れていた。
眠り付いていた彼の根源的闘争本能に今火がつき、起こしてしまったのだ。マクタンは。
「オラオラオラ!どうしたよ!こんなもんじゃねぇだろ!お前は!」
「ぐっ!?ぎっ!?げぇぁっ!?」
もうこうなったラグナは止まらない、ただ一人の戦士として戦う彼の拳からは雑念が消え去り元々持っていた絶大な威力を取り戻し、周りの被害を気にせず全力で戦い本気で暴れる。
その結果がこれだ。滅多打ちにされるマクタンが島の中を飛び回りながらそれを追いかけるラグナの追撃が四方八方で轟音をあげ地震を起こしている。
「うおぉ!?すげぇ揺れ!?」
「ラグナ様が本気で暴れているんですね」
殆どのラプラプ族の戦士を倒し終えたアマルトとメグはラグナの戦いぶりを見る…というか、島中を飛び回りマクタンをボコし回るラグナの残像を見る。
「アイツ、なんかいつもより強くねぇ?」
「元々無茶苦茶な方でしたが、何やら一皮剥けた様子…」
「今まで忘れてた何かを、ふとした拍子に取り戻した…って感じだな。えげつねぇ…ただでさえ強いのにまだ強くなるのかよ。果てない感じか?アイツ」
辟易するアマルトの顔は何処か嬉しそうだ、…いやアマルトは何処かで感じ取っていた。ラグナが無用な物を背負いすぎていることに。三年前一緒に戦ったラグナはもっと笑っていたしもっとバカだった。
教師として働く彼から言わせて貰えば、ラグナは大人になるのが下手だった。それが良い意味で今解決したということなのだろうが…。
「にしてもさ…」
「はい?何でございますか?」
『オラァァァア!!もっと来いよぉぉおおお!!』
『ぐぎゃぁああああああ!?!?』
「…さっきから起こってるこの地震、ちょっとやばくねぇか?このままじゃこの島沈むぞ…!」
ラグナは迷いを振り切れた、おかげで強くなれた、けどいいことばかりじゃない。周囲の被害を考えなくなったお陰で周囲に被害が出まくりなのだ。具体的に言うとこの島そのものが耐えきれそうにない。
揺れ方がさっきから尋常じゃない、横に揺れるなら分かるけど縦に揺れてんだもん。
「あっはっはっ、何を言いますやらアマルト様。いくらラグナ様がめちゃくちゃでも島一つ沈めるなんて…、そんな事出来る人間が魔女様以外に居るわけが…」
その瞬間、フッ…とメグの脳裏に過ぎる。そう言えばこの島の下は…空洞になっていたな、という事実を。
思い出す、思い出すと共に考える、あのままラグナ様が暴れ続ければ確実に地盤が割れて…。
「沈むぅぅう!?沈みますよアマルト様このままでは!この島が!」
「だから言ってんだろうが!やべぇぞ!とっとと逃げよう!おいデティ!」
「なに?もう終わった?」
「まだ!海賊達に命令出して島を出るように言ってくれ!」
このままじゃ島が沈む、ラグナの全力にこの島は耐えられそうにない。もし沈んだら俺達全員ヤバいかもしれない…だから、ここは海賊達を引き連れて退却することを選ぶ。もうこの際財宝とかどうでもいいだろ!
取り敢えずメグの時界門を使えば脱出出来る、今は確かに遠方への転移は出来ないが視界が通る場所への転移そのものは出来る、メグは遠視の魔眼も使えるし多分船まで視界は通るはずだ。ならとっとと転移して抜け出してしまおう。
「おい!エリス!お前ももう戦うのやめろ!」
「『煌王火雷掌』ッ!二度と逆らうなよ!」
「やめろって!」
未だに戦うことをやめないエリスを羽交い締めにして止める、ってかもう敵全滅させてるのになにと戦ってんだよお前は!
取り敢えずデティに先導させながら海賊達を集めて、メグの時界門を使って道を作り、エリスの旋風圏跳で一気に脱出しよう。船まで視界が通ればそのまま船に乗り込めるしな。…あ!ジャックは…いやいいか、あいつなら海にゃ沈まないし、浮いてるところをタモか何かで掬えば。
「よし、早く島を出るぞ!おい!ピクシス!」
「…………」
「聞いてんのかよ!なにぼーっとして…」
「……あれは」
早く出るぞと連帯行動をピクシスに促すが、なにやら様子がおかしい。マクタンと戦う…というか蹂躙するラグナを見てピクシスはブルブルと震えながら口を開けて放心している。
なにしてんだこいつ。
「アレは…まるでジャック船長のようじゃないか、あの時見せた力はまだ一端だったと言うのか…ラグナ」
「ピクシス…?」
「まさか…ジャック船長はラグナを…」
その目は、怯えた目だ。口元は力んで震え。…何かに怯えている、アマルトはこれでも色んな子供の機微に気づけるよう日々人の感情の揺らぎをその表情から読み取るよう心掛けている。だからこそ怯えていることに気がつく。
何故そんな顔をする?…いやまぁ怖いか!だって俺もヤベェと思うもんラグナの戦いぶりは。けど…そういう感じでもなさそうなんだよなぁ。
「なぁピクシス?」
「え?あ!すまん…聞いてなかった」
「いやいいよ、それよりここは危ないから離脱も視野に入れてる。海賊達の陣頭指揮を取ってもらえるか?」
「ああ、分かった」
「ん、頼むぜ」
取り敢えず優しく声をかけて落ち着けつつ、離脱していく海賊を見送り。再び暴れまわるラグナに目を向けた瞬間。
「どぉらぁっっ!!」
「ぐぎゃぁぁあああ!?」
「うぉっ!?近くに飛んで来たぁ…!」
すぐ近く、例の黒い神殿に向けて隕石のようにマクタンが殴り飛ばされて飛んでくる。その衝撃により神殿が若干浮かび上がりベリベリと地面から剥がれそうになるくらい凄まじい揺れが周囲に響く。
シャレにならねぇ威力だな…、にしても今の衝撃を貰っても黒い神殿には傷一つ着いてねぇ。ラグナの怪力を間接的に食らってもビクともしないとか、なんなんだこれ。
「おっと!大丈夫か?アマルト!」
「大丈夫だよ、つーかお前やり過ぎ!」
「へへへ、悪い悪い」
ごめーんと両手を合わせて無邪気に笑うラグナを見て、ホッとする。ラグナ…やっぱお前はそういう風に笑ってる方がいいよ。あれやこれや気にするなよ、俺はお前が笑ってるとこが好きなんだからさ…まぁそれはそれとして危ないのはガチだが。
「…で?マクタン。まだやるか?」
「ぐっ…ヒィッ!」
一転、ラグナがギロリと視線を向ければ、すっかり萎んで元の姿に戻ったマクタンが鼻血を垂らしながらガチガチと歯を鳴らしながら尻餅をつき、後退りしながら手を前に出し『もうやめてくれ、殴らないでくれ』とすっかりビビり散らす。
色んなしがらみ捨てて、本来の強さを取り戻したラグナが相手じゃいくらラプラプ族の王とは言えこんなもんだろう。ラグナと本気でやり合って勝てる奴なんかいるのか?…いやいるのか?ジャックとか。
そう思うとジャックもヤベェ〜なぁ〜。
「ま、参った!参りました!降伏します!だから!これ以上は!」
「いいのか?女王のお前が俺に降伏するってことは…テメェら部族が俺に屈したことになるけど」
「だからこそだ…、これ以上我々の一族に手は出さないでくれ…」
「…こっちは仲間殺されかかってバチバチにキレてんだけど?それで『ごめんなさい』の一言で終わるんなら苦労はねぇよな」
おお、怖え。ラグナのこういう所はマジでアルクカース人っぽいぜ、最近ジャックに負けた所為かちょっと落ち込み気味だったけど…すっかり調子を取り戻したみたいだな。
「な、なら…なら!差し出す!」
「なにを」
「例のキラキラした石を!おい!皆!あれを持ってこい!」
「キラキラした石…あ!財宝か!よし!許す!」
「許してくれるのか…、わ 分かった、すぐ持ってくるから待ってろ」
「ああ、逃げたらこの島沈めるからな」
「ヒィッ…」
慌てて村の方に戻っていくマクタン達、あの調子ならまた襲いかかって来ることはねぇだろう。しかしなんか上手い具合に纏ったな、どうやら俺達が探すまでもなくヘンリーの財宝を持ってきてくれるようだ。
「ようラグナ、いい感じに纏めたな」
「ん、おう!」
「いい顔だな、やっぱお前はそういう顔してろよ」
「え?…そういう顔?」
無自覚か?まぁいいや、にしても…気になることがこの島に残ってるとしたら。
「しかしさぁ、この神殿…なんなんだろうなぁ」
メグやエリス、デティにピクシスが海賊達を島の外に退避させているが故に、二人っきりになったこの空間では、この異質な黒い神殿はより一層異質に、映えて見える。ラプラプ族はこの神殿が遙か古よりあったと言っていた。
つまりこいつは多分だが十三大国時代の物ってことになるが…。
「ん、そういやさっきもこんな感じの黒い遺跡を見たな」
「え?まじ?」
「ああ、ここに向かって来る途中谷底で見つけた」
「どこ行ってたんだよ…」
「そん時、ピスケスの名前を聞いたな」
「ピスケス…」
確か、十三大国切っての技術国家だったか。その技術力は今現在の帝国やデルセクトを遥かに上回る失われた技術体系の国。ってことはこれはあれか、所謂オーパーツってやつか。
なんて二人で話しながら三角形の神殿を調べる、すると神殿の一部に上に上がる階段を見つけ…二人で顔を見合わせ、なんとなく中に入ってみることにした。マクタン達が財宝を持って来るまで時間もありそうだしな。
「ってことはさ、この神殿はピスケスが作ったってことか?」
「今のところある情報を統合するとそうなるな。なぁ歴史大国のコルスコルピ出身のアマルトよ。お前の方でなんか分からないか?」
「分かるかよ…、そもそも八千年前の文献ってのは前提として残ってないの。残ってた分もアインに焼かれちまったからな、残ってないことに関してはまるで分からん」
「そっか、じゃあこれが何かは分からないのか」
「いや、別に本がなくなっただけだし、生き字引が居るんだからそれに聞けばいいだろ」
「生き字引…ああ、魔女様か。つってもメグが時界門を繋げない今じゃ連絡も取れないからな。魔伝も馬車に置いてきちゃったし」
なんて言いながら二人で神殿の階段を上がると、一つの小さな部屋にたどり着く。三角形の天辺に当たる部分。頂点に辿り着くとそこには。
「なんだこれ」
そこには、ただ一つ。大きな皿が置かれていた。いやこれは皿というよりボウルか?半球型のボウルがドンと置かれたこの光景に異常さを覚えるのは…このボウルが、俺達よりもデカイからかな。
「すげぇデカイ皿が置かれてるな…」
「気色悪い…」
「へ?そんな気色悪いかな」
ふと、ラグナを見ると青い顔をして嫌そうな顔をしてボウルから目を背けている。そんな気色悪いかな、俺には普通の…いやサイズは抜きにして普通のボウルに見えるが。ラグナはまるでとんでもない物を見たとばかりに舌打ちし…鼻を摘み。
「これ、信じられないくらい濃い血の匂いがする」
「血の匂い?…俺にゃわかんね〜けど」
「古いやつだけどな、…けど二、三人の血の匂いじゃない。何百人もここで死んでる、そんな多人数の血の匂いが混じってるんだ」
「マジィ…キモォ…」
そう言えばマクタンの奴。生贄をこの神殿に捧げるとか言って…血を抜き取ってとかどうとか。まさか抜き取った血をこの皿に貯めてるのか!?うげぇ!キモォ!超キモォ!
なんでそんなこと出来るんだか、血が欲しいならテメェの捧げろってんだよな。…って!
「おいラグナ!なにしてんだよ!」
「いや、皿の中になにがあるのかなって」
気色悪い気色悪いって言っておきながらラグナはボウルをよじ登って中を見ようとツルツルの壁面を登っているんだ。こいつもこいつでどういう感性してんだ…。
「中に血がいっぱい入ってたらどうするんだよ!」
「もし今も血が溜まってたらアマルトだって気がつくだろ?」
「そりゃそうか…」
「中がどうなってるか気になるだろ?」
「まぁ、多少は…」
「じゃあ登ろうぜ、こっち来いよ」
こいつは…まぁいいや、これで見ない方がなんか損な気がするし怖いもの見たさって奴だ、見ておくか。
ラグナの誘いに乗って巨大なボウルの壁面を俺もイジイジと登り、そしてその中を見下ろせるよう二人で縁に立つと…。
「ありゃ、空っぽ」
「けど大量の血の跡がある。ここに血があったのは確かっぽいな」
黒いボウルの中は…空っぽだった、なにも入ってない。でもラグナの言う通り中の色はややくすんで錆びたような色合いをしており、大量の血が付いていた跡がある。こりゃ軽いホラーだな、ラプラプ族ってやっぱ怖いわ。
「いったい何人の命が断たれて、この中に血が収められたんだろーな」
「…やっぱアイツらもっとボコっておいた方が世のためなんじゃなかろうか」
「やめろ、お前がこれ以上暴れたらこの島が沈…ぬぉっ!?」
ツルッと滑る、縁に立った足が滑り俺はクルクルとボールのように転がって皿の中へと滑落してしまう。ドジったぁ…。
「アマルト!大丈夫か!」
「大丈夫…でも気分は最悪」
「だろうな、清潔さで言えば便器と同レベルだし」
「言うなよ…」
血が入っていただろう皿の中にダイブなんて気分最悪だぜ、なんか赤黒い粉が体に着くし…うわぁーん最悪〜!シャワー浴びたーい!
……しかし、この間まで血が入っていたなら、その血はどこに行ったんだ?そもそもなんでラプラプ族は皿に血なんか注いでいたんだ?
「…皿の底には穴はないし、液体が滲み出るような素材でもない。納められた血が消える要因がない…」
「よっと、大丈夫そうか?」
「お前、降りてくんなよ…誰が俺を引き上げるんだよ」
するとラグナも気になったのか皿の中へと降りて来る。これじゃ俺を引き上げる奴がいないじゃないか、まぁいいけどさ。
「にしても…うーん、不思議だなぁアマルト」
「なにがだ?」
「生贄って言うけどさ、なにに対しての生贄なんだ?」
「そりゃ、イナミだろ」
「イナミ?羅睺の?なんで?」
「説明が面倒いからまた後でするけどさ。ここの連中は……うん?」
ふと、ラグナに説明しようと立ち上がった瞬間、視界の端でなにかが動いたように見え顔を向ける。恐らくだがラグナも何か見えたんだろう、俺と一緒に全く同じ方向を…つまり皿の根底、中心部に視線を向ける。
するとそこには…。
「これは…」
「苗木…?」
そこには、小さな小さな苗木が生えていた。サイズとしては人の腕よりもちょっと短いくらいの小さな苗木。それが皿の底からニョッキリ生えていたんだ。
なんだこれ、ってかこの苗木…。
「気持ち悪ぅ…この苗木、枝葉が真っ黒だぜ…」
黒い樹木だ、真っ黒でとても生命体とは思えない色合いをしてるんだ。気持ち悪いったらありゃしない、と言うかこんな種類の木…あったか?
「これ、新種かな」
「そうなのか?ってかアマルト植物学とかって分かるのか?」
「お前なぁ、俺を誰だと思ってんだよ。一応学園で授業してる先生だぜ?うちの小学園の必須科目の中に植物学があるのよ、だから当然俺もそれなりにその道にゃ精通してる…けど、こう言う色合いの木は見たことない」
「…………じゃあ新発見?」
そんな喜ばしいもんか?そりゃこれが道端に生えてて、それを俺が見つけたなら喜び勇んで学会に持ってって『アマルトウッド』とか名付けてやりたいところだが…場所が場所だぜ。
「血の溜まる皿の底に生えてる木…もしかしてこれが血を吸い上げてたから、ここに血が溜まってないんじゃのか?」
「…じゃあなにかよ、この木が人の血を吸ってるってのか?」
「吸血植物ってやつだな…、問題は何故こんなものが生えたかだが…ん?」
ふと、黒い苗木に意識を向けると、何やら枝がサワサワ動いてる気がする。ますます気持ち悪い…こいつ自分で動けて…ってあ!
「あ!アマルト!こいつ!」
「逃げてる!?」
なんて言った頃には既に木はニュルニュルと吸い上げられるように地面の中に潜って行って消えてしまう。逃げられた…のか?これ。
「なんだったんだ、あれ」
「分かんない、けど…まさかあの木、下に穴開けて根を張ってたのか?」
「ん?そりゃそうだろ、アマルトも見ただろ?」
「…この神殿に?」
「あ!」
この皿の下にあるのは…黒い神殿だ、ラグナがやっても砕けない、何があっても崩れないこの神殿の下に穴を開けて根を張る植物?そんなもんこの世にあるのか?
……うう、なんか悪寒してきた。
「気味悪いな…」
「うん…」
『き、キラキラした石を持ってきました〜!』
「お、マクタンが財宝持ってきたみたいだな。行くぜ、アマルト」
「ああ、…ってか俺冒険した感が薄ぅ〜い」
その後二人で協力してどでかいボウルの中から這い出て、急いで神殿の階段を降りて行くと…、そこにはラプラプ族の戦士達を引き連れたマクタンがギョッとした顔で俺達の顔を眺めて。
「まさか!儀式の間に入ったのか!?神聖な儀式の間に!!」
そう聞いてくるのだ、あれ儀式の間だったのか…と言う疑問もさておき、即座にラグナは腕を組み。
「おう、なんか文句あるか?」
「い、いえ…」
そう凄むのだ、…エリスも大概アウトローだけどラグナもラグナで結構アレだよなぁ。
ギロリと睨むラグナに怯えたマクタンは慌てて立ち姿を直し。
「こ、これをやるからもう島から出てってくれ。もうこの島には来ないでくれ」
「言われなくても来ないよ…で?財宝は?」
「これだが…」
そう言って、マクタンが差し出す財宝…それを見た俺は、いや多分ラグナもだが…あまりの光景に口があんぐりと開けられる。目を丸くし口を開けダラリと手を下げなんだか脱力したような心地になる。
それほどまでにすごい財宝だったかのか?と聞かれれば『ええまぁ、はい』としか言えない。実際凄いお宝だと思う…けど、それ以上にこれは。
「嘘ぉ…これが財宝ぅ…?」
「ど、どうする?ラグナ、持って帰るか?」
なんというか…『持って帰るのを躊躇する形』をしていたんだ。これ持って帰ったらどうなるかなんて目に見えてるから。
「いやでも、持って帰るしかないだろ…」
「……だよなぁ」
まぁでも、持って帰らない選択肢はないんだがな…。
………………………………………………………………
それから俺たちはラプラプ族から奪い取った『財宝』を抱えて一番最初にやってきた砂浜へと戻る。既にメグ達は海賊達を船に戻してくれているだろうが…その前に回収しないといけないやつがいる。
そう、ジャックだ。流石にあの船の船長を置き去りにしたら何を言われるか分からないからな。だから俺はアマルトと一緒に砂浜に戻ってきたわけだが…。
「ジャック…お前」
「マジかよこの船長」
砂浜に戻ってくると、そこには…。
「うへぇ〜、ラグナ〜アマルト〜、だすげでぐれ〜」
「なんで船から降りてんだお前…」
ボートから降りて陸地に打ち上げられているジャックが居た。陸地酔いをする癖に何故船から降りたんだ。恐らくだが自分の足で船から降りて砂浜まで歩いてきたはいいが途中で陸地酔いで倒れてそのまま動けなくなった…って感じだろうな。
まるで打ち上げられた魚だ、滝のように涙を流しながらヒンヒンと泣きながら助けを求めるジャックに呆れ果てる。
「お前陸地で酔うんだろ、なんで陸に上がったんだよ」
「うう、島全体が揺れたから…お前らのこと助けなきゃって…」
「俺らを?」
「うう、そりゃ心配だろうがよう…」
もしかしてこいつ、態々島の探索に加わろうとしたのも…俺たちの事を助けようとしてくれていたから…なのかな。まぁ陸地酔いするから結局付いては来れなかったんだが…。
…こいつもこいつなりに、色々と責任みたいなものを抱えてるのかな。
「それよりようラグナ…財宝は?」
「あ?ほれ、ここにあるぞ」
そう言ってラプラプ族から奪った『財宝』を見せる、結構なサイズがあるから殆ど引きずって運んできたわけだが。その異質極まる姿を見ながら船に乗せられたジャックの顔色は瞬く間に戻り、財宝の放つ黄金の輝きを目にして…。
「ブッ!アハハハハハハハハ!これが財宝!?面白れぇ〜!」
「すぐ元気になったな、俺はお前の体質の方が面白いよ」
「それよりジャック船長さんよう、これ…売れるのか?」
「材質自体は金だろ?なら売れるさ、アテはある」
確かにこれは材質自体は金だ、芯まで全て純金だろう。そこは間違いない…だがこれを見て笑ったジャックの反応の通り、ヘンリーの残した財宝は普通じゃないんだ。
───そもそものルーツを辿ると、この財宝はヘンリーのものではなくフォーマルハウト様がエトワールから取り寄せたものだ。その貨物船をヘンリーが襲いそしてこの島に隠した…というか奪われたのが事の発端と言える。
つまりこれはフォーマルハウト様の財宝なのだ、俺たちが想像するような宝箱いっぱいの金貨とか宝石の山とかそんな陳腐なものじゃない。なんせ世界最大の大富豪が態々大陸の外から取り寄せたお宝だぜ?
…だから普通じゃないのは分かってたが。
「いくらなんでも…限度があるだろ」
そう言いながら俺は再びそのお宝を見遣る。
それは……『薔薇を加えたフォーマルハウト様の黄金裸婦像』だ。物凄いドヤ顔でポーズを決めキラキラと輝きを放つ純金の黄金像を見てため息が出る。大枚叩いて買い付けたのがこれって…あの人どんだけナルシストなんだ…。
っていうか、これ持って帰った時のメルクさんの反応が今から怖え。何言われるんだろう。
「だははははは!俺も海賊やって長いけどこんなお宝見たのは初めてだぜ!」
「そりゃそうだろうよ、ラプラプ族もこれをなんかよく分からないけど有難がって崇めてたらしいぜ、魔女の落とし子を憎みながら魔女の像崇めるってどういう事だよ」
「ヒッヒッヒッ!面白え冒険してきた見てえだなラグナ アマルト」
「面白いもんかよ…、酷い目にあったんだぞ、アマルトなんかは死にかけたし」
「そうか?にしちゃあ…」
「ん?」
同じくボートの上に乗り、一緒に黄金像を運ぶ俺の顔を見るジャックは…ニタニタと笑いながら顎を撫でる。そんな揶揄うみたいな視線に若干イラつきながらも『なんだよ』と返すとジャックは堪らず吹き出し。
「プッ!けどよ…今のお前の顔、清々しいぜ?いい顔してる。なんかいいことあった顔だろ?そりゃあよ」
「…………」
アマルトにも似たような事を言われたな。…いい顔か。多分…悩みが晴れた事に起因するものなんだろう。と言っても王とか元帥とかしがらみを捨てる言い訳ができただけなんだが…もしかして、最近の俺ってそんなに暗い顔してたのかな。
…思えばあの船の上からみんなを助ける事の責任ばかり考えていた。王が海賊船に乗る事への罪悪感ばかり考えていた。そんな風にいろんなことをごちゃごちゃ考えていたから…俺は。
「うるせぇよ、ったく!それより船を動かしてくれジャック」
「おう、任せな!兄弟!」
だははははは!と笑うジャックによって船は動き出す。こうして俺は宝島の冒険を終えて再び海賊船に戻ることになったのだ。
見つけたお宝と言えばフォーマルハウト様の黄金像なんてロマンのカケラもない代物だったが、…うん。確かに俺はこの島で良い物を一つ見つけられたのかもしれない。
ジャックの言った『ワクワク』、その言葉の意味を…俺はほんの少しだけ理解出来た気がしたんだ。
……きっとジャックは、俺の悩みを何処かで理解してそれをなんとかしようとしてくれていたんだ。なんでこいつがそんな事するのかは分からないがそんなの今に始まった事ではない。
それでもジャックが俺にロマンや夢を語ったその姿は、俺が忘れていたかつての『一人の男』としての姿にとても近しい物だと思ったよ。それを思い出させる為にジャックは…。
…まぁ感謝はしないけどさ、でも…ちょっとはジャックの事を考え直さないといけないかもな。…なんてな。