406.魔女の弟子と古代の残り香
「うっ…いてて…全員無事か」
「なんとか…」
「お尻打ちましたが無事でございます」
「くっ…かなり落とされたな」
ガラガラと崩れる岩肌の上で起き上がるラグナは、共に崖に落ちたエリスとメグとピクシスを見遣る。どうやら全員無事…怪我はないらしい、まぁ全員俺の上に落ちたからだろうけどさ。
…俺たちは今宝が眠るとされる翡翠島へ上陸を果たし、宝探しをしている最中だったんだが、原住民たるラプラプ族の凄まじい攻勢により分断、アマルト達と逸れ俺達はコロコロ転がって崖の下に真っ逆さま。
故に今こうしてここに居るんだが…。
「何処だここ…」
周りを見る、落ちたのは洞窟の中…というには妙に明るい、というか普通に木も生えてるし草も生い茂っている。
ただ岩の壁と岩の天井に囲まれただけの広大な世界がそこには広がっていた。俺達があの高さから落ちても平気だったのは生い茂げっていた木々がクッションになってくれたから…のようだ。
島の地下にこんな馬鹿でかい空間が…?立ち上がって見回せば川も流れてるし鳥とか鹿もいる。本当に一つの世界みたいだ、そんな途方もなく広い地下世界…いやトンネルか?それが見えないくらい向こうまで続いてる。そしてそれはどう見ても島の外にも延々と繋がっているように見える。
「なんでしょうかここ…、こんな緑豊かな洞窟見たことありませんよ」
「洞窟なのでしょうか、まるで地下渓谷のようです」
「というか、私達が落ちてきた穴は何処だ…」
ピクシスが上を見れば…天井に小さな穴が空いているように見える。俺たちが落ちてきた穴があんなに小さく…どんだけ高いんだ、いや逆に今俺たちがいるのはどんだけ地下なんだ。
「まさかグリーンパークにこんな巨大な地下空間が広がっていたなんて」
「翡翠島の伝承は殆ど伝わっていないからな。正確な情報など一つもない、辛うじて帰ってきた黄金海賊ヘンリーの口伝くらいしか伝わっていない…未知の洞窟や空間があってもおかしくはないが」
そう言ってピスケスは広がるトンネルの向こうを見回そうとするが…奥が見えない、果てがないようにも思える。
「これはどういうことだ、明らかに島の面積を超える程の洞窟が地下にあるだと?じゃあこの洞窟の向こう側は…海の下?」
「ということになるだろうな、何か分かるか?エリス」
「え?なんでエリスに聞くんですか?」
「いや、なんか分かるかなって、前にもこんなことあったし」
「ああ、ありましたね…んー…エリスの所感を言わせてもらうと」
するとエリスは岩の壁に手を当て、数度撫でると…。
「この洞窟は自然に出来たものじゃありません」
「ってことは人が作ったのか?にしちゃデカいが」
「いえ、人がなんらかの意図を持って作ったにしては壁面が荒すぎます。…何か…巨大なものが地下を移動した時に出来た、そんな穴のように思えます」
「巨大なもの…って、少なくともこの穴のサイズを考えたら、ちょっと現実的じゃないんじゃないのか?」
だって一つの世界とも見紛うような穴を掘り進んでどこかへと移動した何かの後…ってことだろ?つまりこの穴と同サイズの何かが這いずったということ。こんな巨大な生命体がいるとは思えない、それこそオーバーAランクの魔獣の数倍はデカイぞ…見たことないけど。
存在していたなら間違いなくこの星最大サイズの生き物ということになる。そんなのが海の底を掘り進んで移動したって…。
「現実的でなくとも今この場に現実として穴があり天然のものではない以上そうとしか考えられません」
「ふむ、帝国もこんな巨大な生命体は確認していません…」
「…………この穴」
するとピクシスは穴の奥を見据えた後、反対側の穴を見て顎に手を当てると。
「この穴、黒鉄島の方角からきているな」
「え?分かるのか?」
「航海士だからな、方角は分かる」
そんなもんなのか…?
「そして、大陸の方へと向かっている」
「え?ってことは黒鉄島にいた何かが今はマレウスにいる…ってことか?」
「分からん、その逆でマレウスにいた何かが黒鉄島に向かったのかもしれないし、黒鉄島を超えてその奥に行ったのかもしれないし逆に大陸を超えてどこかに行ったのかもしれない。ただ今ここで見える穴の方角的にそうというだけだ」
不気味な話だな、ちょっと怖くなってきたぞ…なんなんだろうこの穴、というかこの島。不気味すぎないか?
「それより!今は地上に戻ることを考えるぞ!一刻も早く戻らねば我が船員達がラプラプ族に殺される!」
「それもそうだな、よし!エリス!俺達全員を抱えて地上まで飛べるか?」
「無理ですよ、ちょっと全員抱えて飛ぶには高すぎますし危なすぎます」
「なら…」
そうメグの近くに寄って耳元に口を当てる。
「ああん、ラグナ様いきなり盛らないでください、繁殖期ですか?」
「ふざけてる場合かよ、それよりあの船を離れたけど…時界門は使えないか?」
「おっと、そうでございました。一応試してみますか」
するとメグは目の前に手を掲げ…。
「一応馬車の方に繋げてみますね…『時界門』!」
そして空間に穴を開ける…けど、相変わらず穴は曇ったようにあやふやでいつもみたいな明瞭さは見受けられない。
「……ダメでございますね、繋がりません」
「マジかよ、船を降りてもダメなのか?」
「…何故なのでしょう、ちょっと本気で不安になってきました。もしかして私このまま一生時空魔術を使えないんじゃ…」
「おい、ラグナ メグ、何をやってるんだ?」
「いやなんでもないよ…」
訝しげにこちらを見るピクシスに対して誤魔化しつつ考える、なんで時界門が使えないんだ?船にいるから使えないかと思ったがこうして陸地に降りてもダメと来た。こうなるともう要因が一つとして浮かばない。
何が原因でメグは時界門を使えないんだ。
「おいラグナ、何を考え込んでいる」
「あ、いや…」
「ともかく出口を探すぞ」
「出口を探すって…あるのか?」
「あると信じる他ない、少なくともここでジッとしていても外には出られないだろう」
確かに…ピクシスの言う通りだ。エリスやメグの力を使って上に上がることは出来ない、或いは俺達三人の力を合わせれば案外なんとかなるかもしれないが…同時に俺の頭にこんな打算も浮かぶ。
(これだけ大きな穴なら別の場所に通じる出口もあるかもしれない)
このまま上に戻っても、きっと飛ばされた俺達を探すラプラプ族の戦士達とかち合いまた戦闘になる。そうなったら下手したら余計時間を食う可能性もある。だったらこの洞窟を利用させてもらおう。
これだけ広大な地下空間なら島の別の場所に通じる穴もあるかもしれない。そこから這い出て敵の虚をつけば動きやすいだろう。
唯一気がかりなのがアマルトとデティがいない事だ。きっとあの攻撃を受けて吹き飛ばされた地点が違ったのだろう、デティだけなら不安だったがアマルトも一緒ならきっと大丈夫。二人は一緒にいると信じてこちらは海賊救出に向かおう。
それ故に俺達は取り敢えず見切りをつけて歩き出す。
「やや足元がデコボコしてる以外は地上に比べて幾分歩きやすいな」
「上は信じられないくらいのジャングルでしたからね、それに比べてこっちは木々も疎らですし視界も良好です」
ちょっと足元がデコボコしてて油断すると足を取られそうになる事以外は非常に歩きやすい。芝生から生える木々は上と比べて精々平野に生える木程度の間隔を空けているから視界も明瞭で…。
「しかし、あのラプラプ族達…私が想像していた以上に精強だった、危険だ危険だと聞いてはいたがあそこまでとは」
ふと、ピクシスが呟く。下を向いてトボトボと芝生を踏みしめながら歩く様は完全に自信喪失って感じだ。彼とて油断していたわけではないだろうがそれでも自分の過失で部下を全員囚われてしまったのだ。
…気持ちはわかるよ、俺もその自信喪失を絶賛味わってる最中だからな。
「確かに、エリスも世界各地を旅してきましたがあんな頑強な人間はかなり珍しいですね」
「何?エリス…君は各地を旅していたのか?」
「ええ、たくさんの国を旅してきました。その最中『個人で強い人』というのは何人か見てきました…けど『人種的に強い』というのは、それこそアルクカース人とかオライオン人とか限られた人達だけで、そしてここはアルクカースでもオライオンでもない…」
「この島に住んでるだけであんなにムキムキになるのは凄いですね、もしかしてここの食べ物に何か秘密が?」
エリスとメグが首を傾げながら歩く…けど、俺は知ってる。奴らの正体を。
「多分だけど、俺…ラプラプ族の正体知ってるかも」
「へ?本当ですか?ラグナ」
「うん、あの瞳…あの肉体…あの肌、恐らくだけど…ラプラプ族はアルクカース人だ」
その言葉を聞いて皆足を止める。ラプラプ族はアルクカース人…そんな言葉を聞いて皆俺の方を見て…、特にエリスは眉をひそめる。
「違うと思いますよラグナ、エリスもアルクカース人はよく知ってますけどアルクカース人の骨格や筋肉はあんな感じじゃありません。もっとスマートで筋肉がギュッと纏められてます、何よりここはアルクカースじゃありませんよ」
「ああ悪い、違うんだ…言い方が悪かったかな」
少し誤解させてしまったようだ。確かにエリスの言うようにラプラプ族とアルクカース人は強さこそ似ているが体格は全く違う。アルクカース人の中にあんな無駄に筋肉をつけたやつはあんまりいない。奴らの筋肉は自然についたもの…そこはアルクカースとは違う。
けど、あれはアルクカース人だ、何故なら…いや正確に言うなら。
「正確に言うなら、彼等は『アルクカース人と同じルーツを持つ人種』と言ったところかな」
「…同じルーツ?」
「ああ、師範が昔言ってたんだ…アルクカースを建国する時厳しい自然環境に対応出来る人間を選んで国に招き入れていたって、つまりアルクカース人は祖先の段階からそもそもが精強だった」
アルクトゥルス師範が言うに…アルクカース人はそもそも複数の戦闘民族の血を受け継ぐ存在なのだとか。
と言うのも、師範はアルクカースを建国する際生き残ったディオスクロア人と一緒に生き残った複数の戦闘少数部族も連れて行ったそうだ。いくつもの部族…それが長い時をかけて別の戦闘部族やディオスクロア人と交配し、長い時をかけて戦い尽くし、その中で淘汰と適応進化を繰り返し、戦争に特化した形に姿を変えたのが今の天然の戦争屋アルクカース人。
つまり、アルクカース人は複数の戦闘民族達の血を受け継いでいるんだ。その中に…ラプラプ族の祖先となった戦闘民族も居たのかもしれない。けどその全てを回収してアルクカースに引き入れられたかと言えば実際は怪しい。
例えば、アルクトゥルス師範について行くことを拒否して、ディオスクロア王国の近海に浮かんだこの島に移り住んだ奴らもいたかもしれない。何かの拍子にこの島に飛ばされてしまいそのまま出られなくなった奴らもいたかもしれない。其奴らは極少数でこの島で繁栄し…ラプラプ族として島の支配者になった。
「この閉鎖された島の中ではアルクカースのように他部族との交配も戦争による淘汰や適応進化も起こらない。だから取り残された古代戦闘民族の当時の姿を残したまま今もこの島で過ごしていても不思議はないだろ?」
「確かに、この島はエンハンブレ諸島の一部。今の発達した航海技術でも苦難とされる激烈な海流の中から出られずに島に居続けたなら…或いはありえるかもしれませんね」
「絶海の孤島となった地では、天敵に脅かされることなく育った種が古代の姿を留めたまま生息し続けているという例もある、強ち間違った話ではないのかもな」
「なるほどなるほど、つまりラプラプ族はアルクカース人の大元となった古代戦闘民族と同じ血を受け継ぎ、そしてアルクカース人とは違い進化せずに残った…所謂アルクカース原人と言ったところでございましょうか」
アルクカース原人…確かにそう言ったほうがいいかもしれない。八千年も昔の古代戦闘民族達…アルクカース人の元となった奴らと同じ姿と体を持った者達がきっとラプラプ族なんだ。
アイツらが持っていたあの赤い瞳、あれは間違いなくアルクカース人特有の瞳だった、きっと俺達の瞳はその古代戦闘民族達から受け継いだ名残なんだろうな。
「ラプラプ族…アルクカース原人達はアルクカース人同様怪力を秘めた肉体と高い闘争本能を持つ。けどアルクカース人は奴らのような馬鹿力は失ったが同時により合理的戦争に特化した。デカい図体と膨れ上がった筋肉はどっちかっていうと戦闘じゃ邪魔だからな、ちょっと動いただけでエネルギーを必要とする量の筋肉なんて戦場じゃ足手まといだし」
「そう思うと興味深いですね、…古代の色をより濃く残した民族、それが今も人知れずこの島で繁栄を…ですか」
「ああ、きっと海賊に対する敵意はヘンリーの所為だろうけど、元々ここの奴らは戦うのが好きだったんだろう」
ヘンリーは多分、古代戦闘民族達の血を再び呼び起こしてしまったんだろう。余計なことをしなけりゃここの人達は戦いを忘れて生きていただろうに、一度戦いの味を知っちまったらもうダメだ、何百年経とうともここの連中は戦いを求め続けるぞ。…と考察してみるが実際のところは分からんがね。
「ほう、ラグナ?君の師は考古学者か何かかい?八千年前だの古代戦闘民族だのと」
「え?あ…まぁ似たようなもんかな」
「君がまさか考古学者の師匠を持つとは知らなかった、まぁアルクカースの源流の一部がこの島に残り続けていた…なんて荒唐無稽な学説は聞いたこともないがね」
そうやってピクシスは笑うが、師範が言ってるのは学説じゃない、過去にあった本当の出来事なんだが…まぁそれを言っても仕方ないか。
「しかしあれから結構歩いたが…思えば出口はこっちにあるんだろうか」
「お前が最初にこっちに歩き出したんだろうが!」
ふとピクシスが立ち止まって周囲を見回す、なんだよこいつ、てっきり何か思い当たる節があるのかと思って何にも考えずタラタラ喋っちゃったじゃないか。
「大丈夫だと思いますよピクシスさん」
「何?どう言うことだエリス」
「きっと出口はこっちにあります」
「分かるのか?」
「ええ、周りを見てください」
そう言いながらエリスは周りを見回す、俺もピクシスも周りを見やる。そこには生い茂る芝生と木の実をつけた木々、そして細々と流れる川がある…何かあるか?
「そもそもここの木々はどうやってこの地下空間で繁栄したと思いますか?」
「あ…そう言えばどうやってだ?」
「ふむ、…鳥でございますね」
「メグさん!正解!」
「へ?鳥?」
頭上を見れば確かに鳥が飛んでる、多分だがこの地下空間には奴らの外敵のなるような存在がいないんだろう。悠々自適と飛んで…あ、今アイツ糞落としてったぞ。汚なねぇな…。
「鳥は木の運び屋なんです、木の実を食べてその中にあるタネを飲み込み、糞として別の場所に運び木はそこから生息域を広げるんです。彼等がここに入り込めるから木や草はこの中で増えていったんでしょうね」
「なるほど、で?それが今の話と何か関係が?」
「上を飛んでる鳥と翡翠島にいた鳥は同種です、ここに生えてる木も同じく同種。つまりあそこを飛んでる鳥は全て翡翠島から来ていると言うことです、ならば彼等が出入り出来る穴が何処にかにあるはずです」
「おお!確かに!言われてみれば!」
「そして…、鳥は皆ある一方向から来ています…それが、あそこです」
ビシッ!と指差す先にあるのは遠くの壁面に刻まれたヒビ…大きなヒビ、そこから鳥が出入りしているんだ。あそこから森の鳥が入り込んでるのか!だとしたらあそこから外に出られるかもしれない!
「おお!すげー!流石エリス!」
「えへん!」
「凄いぞエリス!君には感謝をしなくては!まさかここまで聡明だとは思いもしなかった!」
「なんか腹立つ物言いですねピクシスさん」
「ヨッ!エリス様!ヨッ!」
「えへんえへん!」
胸を張って鼻高々なエリスをみんなで褒め称える、本当に可愛いし賢いし最高の女の子だなエリス。君は本当にすごいよ。
「よっしゃ!あそこまで急ぐぞ!」
「おー!」
そうみんなで雄叫びをあげながらデコボコとした大地を駆け抜けて亀裂を目指す、しかし…このトンネル。本当に不思議だな。いったい誰が何のために開けたトンネルなんだ?全く分からない。
アルクカース原人のことと言いこのトンネルのことと言い、エンハンブレ諸島には…いやマレウスにはきっと多くの秘密が隠されているんだろう。
何せ、八千年前の大いなる厄災の残り香を最も濃く残した国なんだ。何があっても不思議じゃないのかもしれない。
「よっと!これが亀裂だな…近くで見るとなおデカいな」
小高い丘から飛び降りれば目の前に亀裂がやってくる、遠目から見ても大きかったが近くで見ればなおのことデカい。これなら人でも問題なく入れそうだ、問題があるとするなら…ここから上にどうやって登るかだが…。
「ん?ラグナ!この亀裂の中に階段がありますよ!」
「は!?階段!?」
慌てて亀裂の中に入ってみれば…そこにはまるで誰かが作ったかのような黒い石煉瓦で作られた階段がずーっと上まで続いていた。
何じゃこりゃ、なんでこの洞窟の中に階段なんか、そんな都合のいいことあるか?それも亀裂の中に…。
「これ明らかに人工物ですよね」
「ああ、しかもこの黒い石煉瓦、ラプラプ族が武器に使ってたやつと同じものだ。なんなんだこれ…」
コンコンと黒い煉瓦を叩けば異様に高い音が返ってくる。石というよりは金属に近いものなのか?だとしたらなおのこと不思議だ。ラプラプ族にこんな蓮臥を作るだけの技術があるとは思えないし、何よりこれだけの謎の鉱石を島から出られないアイツらが一体どうやってこさえたんだ。
「でもこの階段上に通じてますよ」
「ってことは地上に通じてるんだろうけど…」
「登るのか?」
「しかないでしょう、ラグナ様…先に行ってください、怖いので」
「えぇ…まぁいいけど」
階段を見上げながら登る、靴が黒い階段の上に乗ればまるで鉄琴のような甲高い音が鳴る。本当に未知の材質だ…下手したらこの鉱石の方が宝物より希少なんじゃないのか。
「お、すげ…あっちこっちに鳥の巣がある」
「この階段、恐らく何かしらの地下遺跡の一部がヒビにより表出したものなのでしょう、そして鳥達がなんの偶然かこの安全地帯を見つけて纏めて自分達の巣にしてしまったと」
「地下遺跡…」
そんな風に何にも考えずみんなで階段を上りながら天井付近に出来た窪みに出来た鳥の巣を見つめ足を動かす。メグが考察するにこれは元々あった地下遺跡で、あの地下空間が出来た際地下遺跡の一部を削り取り偶然表出したものだろうとのこと。
しかし変な遺跡があったもんだな…真っ黒な遺跡なんて、…ん?黒い遺跡?
(あれ、確か黒鉄島にもそんなのがあるってライノさんが言ってたな…)
ライノさんが言っていた黒鉄島の伝説、密林の奥に少しだけ見えたという黒い遺跡の話。それってさ…今まさに俺達がいる遺跡と同じじゃないか?
黒鉄島にも黒い遺跡がある、ここにも今黒色の石煉瓦で出来た遺跡がある。これって何かの偶然か?
「なぁピクシス」
「なんだ、何かあったか?」
「いや、ただ気になるんだけどさ…お前らってエンハンブレ諸島の全ての島を冒険してたりするか?」
「何言ってるんだ、エンハンブレ諸島は全部百近くある島々の総称だぞ。総面積で言えば魔女大国の半分はあるとされている、全部は回ってない…精々は七割程度。この島にだって初めて来た」
「結構回ってるな、じゃあさ…他の島にもこんな感じの遺跡ってあったか?」
「遺跡?……うーむ、他の島も隅々まで探索したわけじゃないから確定させられないが、少なくとも私はこういう遺跡は初めて見た」
初めて見たのか、ひょっとしたらエンハンブレ諸島にはこういう遺跡が複数あるのかと思ったが…いや、ライノさんも遺跡をたまたま見かけただけで発見自体は出来てないし、あったとしてもピクシスが見つけられなかった可能性は十分あるな。
いやまぁだからなんだって話なんだけどさ、けど気になるじゃん。この遺跡はどう考えても現行文明の技術を遥かに凌駕する加工技術で作られている、もしこれをラプラプ族みたいに武器加工に使えれば戦争事情がひっくり返る。
下手したら、世に出ない方が平穏かもしれない程だ。
「けど、黒い遺跡の話は他所で聞いたことはあるな」
「へ?あるのか?」
「ああ、それは…」
「レーヴァテイン遺跡群…ですね?ピクシスさん」
「ほう、聞いた事があったか」
エリスが顎に指を当てながら目を輝かせる、さっきからずっと自信満々だな。
にしてもレーヴァテイン遺跡群?聞いたことある様なないよな……。
「レーヴァテイン遺跡群っていうのはマレウスの極東にある遺跡の名前です。別名世界最大の大遺跡…街一つ分の面積を数多くの遺跡が重なり合い、地下深くまで続く地下迷宮の名前です」
「へぇ、世界最大の地下迷宮?それってヴィスペルティリオにある地下迷宮とどっちが大きいんだ?」
「それは例外ですよ、表向きには出てませんから」
そっか、あれも街一つ分の遺跡群だったしな。しかも魔女大国の中央都市の、まぁ俺達が殆どぶっ壊しちまったからもうあんまり形は残ってないけど。
あれと似た様な物がマレウスにもあるのか、マレウスには八千年前の遺跡が数多くあるという話だったが…その中でも特大級の遺跡ってわけか。
「五年ほど前の地殻変動によって表出した遺跡都市レーヴァテインはどういうわけか全く風化しておらず、当時のままを保っているそうだ」
「当時って?」
「推定だが八千年前」
「え!?」
マジかよ、八千年前の遺跡なんて残ってるのかよ!?と言いたいところだが前述したヴィスペルティリオの地下遺跡はモロ八千年前の物だ。いつかアマルトも言ってたがあの時代はマジでなんでもありだからな…残ってても案外不思議には思えない。
「宰相レナトゥスの主導で遺跡の調査が行われていたそうだが…、曰く遺跡のある一部分が、黒く染まっているそうだ、その黒い石材はどうやっても切り出すことも動かすことも出来ない未知の物質で出来ているとか」
「それって、ここと同じじゃん」
「ああそうだ、宰相レナトゥスはなんとしてでも黒い石材を手に入れたかった様だが、現行の技術力ではそもそも加工すら不可能と知るや否や遺跡の土地権ごと何処かの商会に売り払って調査を丸投げしたらしい」
「商会って…どこの誰だよそんな酔狂なモン買い付けたのは」
「なんと言ったかな…、陸じゃそれなりに名を馳せている商会だと思ったが、なにぶん海賊なものでな。陸の事情にはあんまり詳しくないんだ…これも数年前に聞いた話だから今どうなってるのかさえ分からん」
「ふーん…」
レーヴァテイン遺跡群か…、ここと同じように黒い石材がある遺跡、もしかしたら調べれば何か分かるかもしれないな。もし黒い石材を回収出来たりしたらかなり有用なんだが…。
あのレナトゥスが匙を投げる程と言うのならば相当な難易度なんだろうな。
「あ、ラグナ様ラグナ様」
「ん?」
「前前、前見てください。なんか部屋につきましたよ?」
「え?あ、本当だ…」
そうこうしている間に階段は終わりを告げ俺達は階段の上にあった空間へとやってくる。というか部屋だ、そこにあったのは真っ黒な部屋。光源がなく部屋自体黒いから何も見えない…かと思いきやこれまた不思議なことに光源がないにも関わらず部屋の中は明瞭に見える。
多分黒い石材のおかげだ、ただ固いだけじゃなくてこういう効果もあるのか?だとしたらいよいよ不思議さも極まるってもんだ。
「部屋があったぞ」
「他には?」
「他には…」
部屋を見回すと、まぁ大きさとしてはそれなりだが、何もない。真四角な部屋には何もなくただ黒い壁面が見えるだけ、道が続いているようにも見えないしどこか別の階段があるようにも見えない。
…行き止まりか?
「何もない、何も」
「む、それは困ったな。ここ以外道はないはずだろう」
「いやそれはおかしいですよ、じゃああの鳥はどこから入ってきてるんですか」
全員で部屋を見回し何かを探すが、穴らしきものも無いし、鳥が入ってくるスペースもない。完全な行き止まりだ。
「参ったな、どこにも繋がってない」
「…というかおかしいですよ」
「鳥が入ってくる入り口がないって話か?それなら…」
「違います、ここはまだ地表に到達していません」
「…どういうことだ?」
エリスの言葉に首を傾げる、それに答えるエリスが言うに、階段によって俺たちは確かに地表に近づきはしたもののまだ地上に出られる程浮上はしていないと言うのだ。確かにさっき下から見た感じ俺達は相当な距離落ちてきていた。落ちるとき開けた穴が小指の爪の先程に見えるくらいの距離だ。
それを階段で上がろうと思えばもう少し時間がかかって然るべき、しかし俺たちはまだ数分しか歩いてない。まだ地上にはついていないはずだ。
「まだもう少し上に通じる道がないと鳥が下までこれません」
「と言っても…こうやって探した感じ何も…」
「あ!ラグナ様!ラグナ様!なんかありました!」
「へ?」
ふと、メグが部屋の角を指差して何かあると言うのだ。けどそちらを見ても何も……あ!いや違う!ある!石材と同じ黒色だったから気がつかなかったけど確かに隅になんか置いてある!しかも…結構デカい。
「なんだこれ、箱?」
「箱というには少し大きすぎますね、私ならこれは…棺桶と呼びますかね」
メグの言う隅によってみれば確かにそこには人間一人が入るだけの箱が置いてある、というより形としてはまんま棺桶だ、なんだこれ…不気味だな、未開の遺跡の奥地に未知の棺?どう見ても嫌な気配しかしない。
というか出口でもないし…。
するとピクシスははたと顔色を明るくし。
「もしや、これがヘンリーの残した宝では?」
「は?何言ってんだよ、どう考えてもこれは棺桶で宝箱じゃねぇだろ」
「分からんぞ?普通の箱では入らないから棺に代わりに入れたのかもしれん。きっと中には想像を絶するような莫大な金貨や宝石の山が入っているのかもしれない」
「……どういう状況だよ、そんな量なら宝箱分割した方がまだいいだろ。棺桶にわざわざ入れるか?」
「開けてみるまで箱の中の物が何かを断じる資格は誰にもないだろ」
そりゃそうなんだが、…こういう一面を見るとこいつも海賊なんだなってのがよく分かる。宝箱を前にした海賊は自分の欲を抑えられない。まぁ目の前にあるのは宝箱じゃなくて棺桶なんだが。
「よし!開けてみよう!」
「やめろよ、中に死体とか入ってたらどうすんだよ」
「その時はその時、スカを引いたと思えばいい」
「倫理観どうなってんのお前」
「むむ、しかしこれどうやって開けるんだ?取っ手とかないのか?」
ピクシスは俺の意見も聞かずに棺桶に張り付いてあれやこれやと触ってどこかに取っ手か何かを探す。普通に引っ張ってもビクともしないこの棺桶を開けるのは難しいだろう。
というかこれ、本当に箱なのか?そもそも。だって棺桶みたいだから俺たちは棺桶って呼んでるだけで元は違うのかもしれない。この遺跡はどう見ても普通じゃない、俺たちの常識を頼りに断定するのは早計かもしれない。
「これそもそも箱じゃないかもしれないぞ、棺桶みたいだからと言って棺桶とは…」
「いや、叩いた感じ中に空洞がある。空洞があるなら中に何かあるってことだろう…ええと、何かないか何かないか…ん?なんだこの突起」
するとピクシスは何か突起を見つけたのか、それを手で触ると…。
『コチリ』と音を立てて突起が沈む…というかこれ、もしかしてスイッチ?
──そう誰もが息を飲んだ次の瞬間。
『ピピッ…』
「え?」
ブォン…と音を立てて棺が駆動音を立てて僅かに入った切れ込みから漏れ出るように淡い青色の光を放つのだ。これ…棺じゃなくて、魔力機構?いやでも俺が知ってる帝国の魔力機構よりもずっとずっと高度な…。
『認証…』
「へ?喋った?」
喋った…というかさっきから箱が凄まじい勢いで駆動して揺れてるんだが、これどうなるんだ?
『ピピッ、外部認証を確認。現行時刻確認…失敗、内部タイマーの破損を確認、当機体による任務続行は不可能と推定、強制解放行います』
「お、おいラグナ、なんとかしろ」
「なんで俺なんだよ!?お前がなんとかしろよ!」
「なんとかって!どうすればいいんだ!?というか何が起こるんだ!?」
「爆発とかだったらどうしましょうエリス様」
「だとしたら逃げ場がありませんね、諦めます?」
「だから迂闊に触るなって言っただろうが!」
「こんなの予測できるかー!!」
俺に胸ぐらをつかまれながらヒンヒン泣き始めるピクシスは最早どうにも出来ないとばかりに勝手に起動し始めた棺を放って逃げ出そうとする。こいつ意外に根性ねぇな!クソッ!どうすりゃいいんだ!こんな未知の棺桶の止め方なんて分かるわけねぇだろ!!
そうこうしている間に棺桶はみるみるうちに白煙を上げ始め…。
『プロジェクト・アトラハーシス…完了、良い朝を』
「今昼頃だー!うわー!爆発するー!」
「落ち着けよ!爆発って感じじゃない…これは」
刹那、ガコン…と音を立てて棺が駆動し、…ゆっくりと上部の蓋が開くのだ、ピクシスがどれだけ動かしても開かなかった棺桶が…徐に蓋を割るように開き、中から煙を吹き出し中を露わにする。
するとそこに入っていたのは…。
「ウッ…アッ…アア…」
「え?人…?」
人だ、黒い棺桶の中に入っていたのは人…それも真っ白い髭を蓄えたボロ布を着込んだおじいさんが、呻き声をあげながらトロトロした動きで這い上がり、起き上がる。
人が入っていた?人?…ってかこの人、誰?
「えっと、これがお宝ってことは…無いよなピクシス?」
「どう見ても違う、どう見てもな!おい!そこの老父!お前は誰だ!」
「…ぅう…あ?」
老父はまるで状況が分からないとばかりに周りを見回し、ワナワナと震えながら騒ぎ立てるピクシスの方を見ると…。
「■■■■■■■、■■■■■■?」
「は?」
何か言ってる、けど何を言ってるか分からない。なんだ…言語が違うのか?確実にディオスクロア公用語じゃない、じゃあ何語?外大陸の人間?いやそもそもこの人はここで何を…。
「■■■、■■■■■…■■■■■」
「だから!何言ってるか分からないよ!そもそも俺達の言葉通じてるか!?」
「ピクシス様、待ってください…何やらこのご老人の様子が…」
おかしい、見るからにおかしい、震えが酷すぎる、というか何をそんなに焦って…。
「■■……ピスケス…」
「へ?」
唯一、聞き取れた言葉…ピスケス。その言葉を口にすると共に老父の体が煙を上げて。
「アァ…ッ…」
「っ!?ご老人の体が!」
「砂になって…朽ちていく!?」
まるで急速に朽ちていくように老人の体が砂になって消えていく、何がどうなっているのかさ理解するよりも前に老人はあっという間に骨だけになり、骨もまた砂となり、服も残す事なく跡形もなく消えてしまった…。
消えた、人間が目の前で…どうなってんだこれ。
「消えた…?死んだのか?それとも幻?」
「分かりません、けど今この人が言った言葉…」
「ピスケスだったか?だが私の名前はピクシスだぞ?」
違う、老人が口にしたのはピクシスの名前じゃない…ピスケス、その名前は確か。
「なぁエリス、ピスケスって確か」
「はい、十三大国時代の国の名前です。師匠曰く…当時世界最高の魔力機構建築技術を持った技術大国だったとか」
だよな、ピスケス…メルクさんが住んでる宮殿にも名前が入っている。『ピスケス・ナントカ・カントカ・ドウタラ・コウタラ大夏離宮殿』とかそんな名前だった気がする。
つまり、魔女様達が生まれた八千年前にあった古の国の名前…それをあの老人は今際の際に口にしたのだ。それが何を意味するのか、何を伝えたかったのか、まるで分からないが…一つ言えることがあるとするなら。
この棺、いやこの遺跡そのものが…もしかしたら、八千年前の大国ピスケス由来の…。
『任務の完了を確認、敵対勢力鹵獲に対する処置として当機体の処分を開始』
「え?」
すると今度は棺の方が白い煙を上げてグズグズと溶け始め…あっという間にスープの煮凍りみたいに跡形も無くなってしまった。
…………なんだったんだ…。
「えっと、これは…」
「なんだったんでしょうね」
「さっぱり分かりません」
「…ビビって損した…、というか結局出口なんて無いじゃないか!」
思い出したかのように騒ぎ立てるピクシスの頭にはもう先程の出来事の記憶はないかのようにまた部屋の中をバタバタと動き始める。色々ありすぎてメッキが剥がれてるなピクシスのやつ。
「慌てる必要はありませんよピクシスさん」
「何が!?」
「きっとこの部屋のどこかにもさっきみたいに隠れたボタンがあるはずです、あんな高度な技術を持った人達が作ったであろうこの遺跡にはきっとエリス達の想像も出来ないような何かが隠れていてもおかしくないです」
「それはそうだが…見つかるのか?そんなボタンなんて」
そう言いながらピクシスがそこら辺の壁にもたれかかった瞬間。
……『コチリ』と音がする。これはさっきの同じ…。
「え?あれ?あ!背中にボタンが!?」
『昇降機駆動開始、地上への移動を開始します』
「な!?なんだ!今度はなんだ!?」
「声が部屋中に…」
ピクシスが謎のボタンを押した瞬間…重音が響き渡り部屋全体が鳴動を始める、一体何が起こるのかと思えば…。
「くっ!?」
「体が急に重たく!?」
「た、立てん…!」
刹那、体の全てが鉛に置き換わったように重くなりズシンと圧迫される。重力が強くなったのだ…恐らくこの部屋全体が急激に上昇しているが故にその負荷が部屋の中の俺たちにもかかってるんだ。
ピクシスやメグ、エリスでさえ二本足で立つことが出来ず床に倒れ伏し重力に押し潰される。それほどの速度で今この部屋は地上に向けて移動をして…。
「みんな!大丈夫か!」
「逆に何故お前は立ってられるんだ!」
「いや俺は…鍛えてるし」
普段から師範に超重力付与魔術で激烈に重くした甲冑を着させられるとかそういう無茶振りみたいな修行してるから、正直体が鉛みたいに重くなった程度ならまぁ…。やれって言われたら俺ここで縄跳びできるぜ。
「そういう次元か…?お、部屋が止まったか?」
ふわっと体が浮くような感覚を味わったかと思えば、部屋の駆動音は止まる。恐らくだが地上への移動が完了したんだろう。
しかし昇降機か、確か似たようなのをデルセクトで見た気がする。エレベーターって名前で籠の中に入ると二階へ連れて行ってくれる便利な機械だ。多分これはエレベーターと同じ類のものなんだろう…まぁ随分技術力は違うみたいだけど。
まさかこの部屋そのものがエレベーターだったとは…ということは目的地に着いたのなら恐らく。
『昇降機停止、扉を開きます』
その音声と共に、俺達の目の前の壁が音も無く開き外の苛烈なまでの陽光を中に差し入れる。思わず目を細めつつ表に出れば…。
見えるのは緑、俺達がさっきまでいた密林が見える。どうやら地上に戻れたらしい。
「ま、眩しい…」
「どうやら地上に戻れたようでございますね」
「だな、…っておいおい」
皆で揃って外に出る、さぁこれからみんなを助けに行くぞ…ってな感じで気合いを入れようかと思ったが、外に踏み出し辿り着いたそれを見て若干驚愕する、何せ…。
「こ、このエレベーター…地表を食い破って外に出てるぞ…」
外に出れば、もう凄まじい勢いで大地が砕かれ、内側から張り裂けるように地面が捲れ上がりエレベーターが突き出ていた。こいつ、地面を食い破って表に出たのか。
「どういう構造なんだよ…」
「恐らくではありますが、このエレベーターはかなり昔から起動していなかったのではないでしょうか。それこそ数千年単位で…」
「なるほど、本当ならもっとスマートに地上に出る筈だったのに、そこに長い年月をかけて土が累積して…結果完全に埋まっちまってたってわけか。じゃあどうやって鳥達はこの中に入ってたんだ?」
「それは恐らく、このエレベーターが本来到着する地点に多少なりとも穴が空いていたか、或いは通れるスペース自体は残っていたのだと思います。鳥はそこを通って地下に行っていたのでしょうが…それも完全にぶっ壊してエレベーターが出てしまったので確認する術はありませんがね」
まぁぶっちゃけどうでもいいか、それより今は。
「それより捕まった海賊達を探しに行こうぜ、宝探しはその後だ」
「そうだな、…船長から預かった船員達だ、なんとしてでも 全員生還させなくては」
「そう言えばジャックさんは大丈夫なんでしょうか、海岸に一人で置いてきてしまいましたけど」
「大丈夫だろ、少なくとも海の上ならあいつは誰にも負けない」
その気になれば自分で海に飛び込んで応戦とかも出来る、トチ狂って陸地に上がってきていない限りジャックがラプラプ族に負けることはない。
それより今は俺達が動かなければ状況は変わらない、海賊達が生きていることを前提として動いているが…いつまで無事かも分からないんだから。
「よし、それじゃあ行こう…と言ってもどこに連れていかれたかなんてまるで分からんが…ん?」
エレベーターから降りて、外に出て…ふと気がつく。ここらは木が少ないな。
さっきまで俺たちが居たようなジャングルの中というよりここは平原とでも言おうか。やや他と比べて木が少ないなだらかな地形が広がっているんだ。
「どうやらここは平原のようですね、というかちょっと不気味ですね」
「え?なんでだ?」
「だってこの平原、木が変に枯れてます、ほら」
そう言われて周りを見回せば、確かに木が枯れてる。木が少ないと感じたのはここらの木に葉が実っていなかったからだ。痩せ細るように枯れて乾いた木々がエレベーターを中心に乱立する様はまるで天に向けて槍を向けているように見えて、ちょっと不気味だ。
「え?でも妙でございますね、ここの木…枯れているのに木の実が付いてますよ」
「は?枯れてたら普通木の実は出来ないだろ…って本当だ、枝になんか付いてる」
枯れた木々の枝の先には丸く実った何かが付いている。おかしな木だ…枯れてなお実をつけるなんて、これもこの島特有の何かなのだろうかと興味を抱いて俺は一本の枯れ木に近づいて木の実をよーく凝視する…と。
「……ん?なぁ…俺の見間違いかな」
「どうした、ラグナ」
「これ、木の実じゃないように見えるんだけど…っていうか、そのこれって…」
「ん?木の実…?」
近くに寄ってきたピクシスが俺と同じく枯れ木を見上げる、枝の先についた木の実…それは俺が知るものよりかなり大きく、人の頭ほどの大きさがあるビックサイズの木の実…というか。
うん、これ…。
人の頭だわ。
「ぎゃぁぁぁぁあああ!?!?!?ここここここれ!木の実じゃない!?人の頭!?」
「正確にいうなら頭蓋骨だ、それがぶっ刺さってる。それもここの枯れ枝全部に」
枯れ枝になっているのは木の実じゃない、白く風化した髑髏…頭蓋骨だ。それが突き刺さるようにぶっ刺さっているんだよ、それもここにある枯れ木全部に。全ての枝にくっついているから木の実と勘違いしてしまうほどに。大量の髑髏が飾られていたんだ。
「ラグナ…お前なんで平気なんだよ…!」
「異常事態過ぎて逆に冷静になったというか…ヤバいな、この島の住民。俺たちが思ってる以上に危険かもしれない」
恐らくここに飾られている髑髏は全て島に乗り込んでラプラプ族に殺された者の末路だろう。奴らはただ殺すのではなく頭を捥ぎ取り木に突き刺すんだ。
どういう事なのかはさっぱりだが、奴らはそういう風習があるのだろう…ということは恐らく捕まった海賊達は…。
急いで助けに行かないと!
「というか、ラグナ」
「ん?なんだ?エリス」
「ここじゃないですか?ほら…宝の地図に書き込まれていた髑髏のマーク」
「あ…確か、髑髏塚…だっけ?確かにここが髑髏塚じゃなかったらどこが髑髏塚なんだってレベルでここは髑髏塚っぽいな…」
思ってたよりも髑髏塚だな、下手な地獄よりも地獄だぞ…。しかしとするとここにヘンリーの財宝が?あるようには見えねぇな。
しかしここがこの島の中心なのか?地下を通ってきたから実際のところ俺たちの現在地点を確認する術がないから本当にここが髑髏塚かも分からない。
うーむ、……………うん。
「兎に角ここにあるだろう財宝探しは後だ!今は海賊達の救出を優先する!あんまり時間かけると他の奴らもここの髑髏の仲間入りをしかねない!」
「ですね、エリスも同意します」
「財宝を前にして立ち去るな…と船長はいうだろうが、今は致し方あるまい」
宝はいつでも取りに戻れる、だが失われた命は二度と戻らない、今は海賊達の救出が先決だ。
「しかしどうする、ラプラプ族が今どこにいるのか、そして海賊達が何処へ連れ去られたのか、まるで分からんぞ…どうやって探すんだ」
「探す方法ならある、まぁここは一つ俺に任せてくれよ」
「任せてくれって…だが」
「大丈夫ですよピクシスさん、ラグナが任せてくれと言ったなら…きっと大丈夫ですから」
「そ、そうなのか?」
策ならある、間に合うかはちょっと微妙だが…確実に、そして即座にラプラプ族が海賊を連れ去った場所を見つける方法はあるんだ。
だから…待っててくれよな、みんな。
…………………………………………………………
『ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ』
「あのー、俺らどこに連れてかれるんですかねー」
「先生じゃないけど乗り物酔いしそうだよ〜」
「黙っていろ」
ぐらぐらと揺れる檻の中、デティとアマルトは呆然と脱力した様子で横たわる。格子の向こうに見える景色は横にスライドしており、延々と続くジャングルの中を移動する。
…そう、移動しているんだ。どうやら俺たちが入っていた檻は持ち運びが可能なタイプらしく数人のラプラプ族で抱えながら運ばれている真っ最中。おまけにどこに連れて行かれるかの説明もなしと来たもんだ。
流石にそのくらいのお話はしてもいいんじゃないの?って部下達に檻を運ばせているこの森の女王マクタンに声をかけるが、帰ってくるのは冷たい一言。冷た過ぎてソルベになりそうだよ。
「いいじゃねぇかよ!聞かせるくらいさ!」
「そーだ!そーだ!おーぼーだ!!」
「だから喧しいと言っている!」
「ひゅん!」
刹那、マクタンが檻を叩き俺たちの身体が揺れる、おっかねぇ…。ってかデティ…秒で俺の後ろに隠れるんじゃねぇよ。
「お前達は我らが神イナミ様の生贄にすると言ったはずだ」
「生贄ってねぇお前。もしかして生贄を捧げたらそのイナミ様が復活するとか言うんじゃないよな」
「イナミ様はまだ死んでいない」
死んでるよ、少なくとも俺はそういう風に聞いてるし三年前の戦いでももう一回死んでるよ。っていうかじゃあ何か?イナミ様はまだ死んでないとして、そいつに生贄捧げて何しようってんだよ。
「我等はイナミ様の残した意志だとこの島の古い言い伝えにある。我等の祖先は魔女という存在と敵対しそして傷を負ったと…彼の方を再びこの地に招来するには魔女の落とし子の血がいる、そう言っていた」
「言っていた?誰が?ってかお前らが海賊を襲うのってヘンリーに酷い目に遭わされたからじゃねぇの?」
「ヘンリー?誰だそれは」
「ほら、二百年前この島を襲った海賊で…」
「二百年…ああ、聞いたことがあるな。何やらキラキラした石をこの島に隠しに来たついでに我等の先祖に喧嘩を売った海賊が居たと。だがそいつは我等の祖先がボコボコにして追い返したそうだが?酷い目にあってなど居ない」
「へ?…」
そこでふと気がつく、いくらフォーマルハウト様の輸送品を襲うような命知らずでも…ここの馬鹿みたいに強い部族に勝てるのか?と。
結論を言おう、無理だ。ここの連中は海の向こうの船にも矢を当てられるような怪物がゴロゴロいるんだぞ?どんな大艦隊連れてきてもラプラプ族にトラウマを与えるような損害を叩きつける事は出来ない。
……もしかしてヘンリー。ボコボコにされたのが恥ずかしくてその事を黙ってたんじゃ…。
「当時のラプラプ族の王は非常に心優しい人物だったと聞く。故にそいつらの差し出すキラキラした石を預かると共にこの島の地図をくれてやったそうだ」
「……地図?」
「ああ、この島の危険地帯を書き記した地図だが…」
「まさかその地図って…」
…あの地図、髑髏のマークが書いてある宝の地図って、あれってこいつらが書いたやつかよ!そもそも宝の地図でもなんでもねぇの!?いや宝があるのは事実だがあの髑髏マークは宝物がある地点を示したものではなくこの島の危険地帯を表したものだったのか!?
くそっ!思い浮かぶようだぜ!この島から帰還したヘンリーがあの地図を片手に。
『俺はこの島に財宝を隠したんだぜ?』と目の上にたんこぶを作りながら自慢する様が。実際はラプラプ族にボコされて宝を奪われただけなのに!
だが思ってみれば全部憶測なんだ、あの宝の地図の信憑性もヘンリーが襲ったからラプラプ族が海賊を恨んでるって話も髑髏のマークの地点に宝物があるって話も、全部何も知らないジャックとピクシスの憶測なんだ!それが絶対の事実だと保証するものは何もなかった!
蓋を開けてみれば、ラプラプ族は海賊を恨んでいるわけじゃないし、あれはそもそも宝の地図でもないし、そもそも宝が埋まっている地点なんてのもあの地図には書かれていなかった。
うざってぇ詐欺に引っかかった気分だぜ…!
「ってかじゃあお前らはなんで海賊を襲ってんだよ!」
「イナミ様の生贄の為だと言っている、五十年前…この島を訪れた一人の魔術師が言っていたんだ。我等の神を再びこの世に呼び戻すには海の向こうからやってくる船乗りや海賊達を血祭りにあげ生贄に捧げ続ければ良いと…」
「なんじゃそりゃ…お前それ信じたのかよ」
「彼女は恩人だからな、我等にこの黒剣を与えてくれた。この島にある黒い遺跡の岩をその手で削り取り加工しこの剣を与えてくれた…故に我等は彼女を信じる。黒の魔術師ガオケレナを」
「ガオケレナ…?誰だそりゃ…」
「話はもういいだろう、それよりもうすぐ到着するぞ?…この島随一の危険地帯に」
「危険地帯…ってつまり、あの地図に書かれた髑髏のマークの場所…?」
「ああ、島の中心地帯…『黒星神殿』へな」
掻き分けられる木々、退けられる草むら、その奥にある…開けた空間。
そこに鎮座する黒い神殿、黒曜石よりも黒く輝く謎の物質で作られた柱がいくつも鎮座した奥にある…三角の大神殿、こんなのがこの島にあったのか。
「ん…アマルト、あれ」
「あ?」
ふと、デティが指差すのはいくつも鎮座する黒い柱のうち一つ、それに群がるラプラプ族は手元に持った黒い剣で柱を削り取り、矢に加工しているところが目に入る。
なるほど、あのあり得ないくらい硬い剣とか矢をどうやって加工してたか気になってたが、同じ材質の剣を使って柱を削り出して作ってたのか。ガオケレナってのが作った一本からああやってが増やして武器を増産してたのか。
ってことはここにある黒い柱や神殿は全部あれと同じ未知の鉱石で作られてるのか。
「ねぇ〜?大王さん?あの黒い鉱石ってなんなんだい?」
「我等もよく分からん、口伝では伝えきれないくらい昔から…或いは我等の祖先がこの島に居着いたその時からあったとされる神殿だ。如何なる鉄や石を使っても砕く事が出来なかったが故に今日まで残り続けていたのだ」
「…メチャクチャ貴重な神殿じゃねぇか!?何削り取ってんだよおい!」
「知らん、だがガオケレナは言った…あれは『不朽石アダマンタイト』、魔女でさえ生成不可能な太古の技術の結晶だと」
「不朽石アダマンタイト…ねぇ」
重く、硬く、崩れず、劣化しない、万能の石。はるか昔からこの島に存在していた未知なる技術か…ここまで聞かされりゃ俺も大体は予測がつくぜ。ありゃあ多分十三大国時代の遺物だ。
あの時代はマジでなんでもありだからな、経年劣化しない材質の石を作り出す技術がありました!って言われても普通に納得出来るぜ。それにそもそもこの島はシリウスとの戦いの中で生まれた瓦礫の一つだ。
つまり、今はもう吹き飛んで消滅してしまった大国の一部でもある。ディオスクロア文明には残っていない技術が残存している可能性が最も高い地でもある。それをお前…削り取って剣だの矢だのにして消費してますって…コルスコルピの学者が聞いたら泡吹いて失神するぞ。
「とんでもねぇもん見ちまったかもしれねぇな、こりゃ世紀の大発見だ」
ラプラプ族に守られ船乗り殺しの逸話に守られ今の今までこの島から生還した人間がいなかったから発見されなかった未知の神殿。俺は今歴史の目撃者になってるかもしれない、このことを祖国に報告すりゃ俺はこの神殿の第一発見者として歴史の教科書に…。
あ、いや、これはもうガオケレナってのが発見してたのか。じゃあ俺は第二発言者?…ん?というかそのガオケレナってのはなんでこの神殿の事を知ってたんだ?
「さて、神殿に着いたから…お前らを解剖するぞ」
「いやちょっと待てぇっ!?解剖!?いきなり!?」
「うぎゃー!私美味しくないよー!!」
ドスンと神殿の前に檻が置かれ、俺たちを囲む壁みたいな巨人達が両手に持つは鋭利なナイフ。
こいつらマジか、こいつらマジか!こいつらマジかよ!!マジで俺らのこと殺そうとしてるのかよ!?そんな…場所移しただけじゃねぇか!?
「い、生贄って!解剖したら死ぬけど!?死贄になるけど!?」
「構わん、イナミ様が食らうのは血のみ、余分な部分は捨てる」
「余分!?贅沢なやつだな!余すことなく調理してみろ!…じゃなくて、なんでわざわざここに移してからなんだよ!」
「知らん、そういう仕来りだ。我々は五十年前からこの島を訪れた者達をこうやってイナミ様に捧げてきた。頭を切り裂きそのうちより溢れる血を神殿の上部にある盃に注げばイナミ様が飲み干してくださる。余った部分は全部髑髏塚に捨てる、それが我々の儀式だ」
「仕来りだぁ?ここまで来て仕来りだ伝統だに殺されてたまるかよ…!」
「ほう?なら…抵抗するか?」
「うっ…」
後ろを見れば海賊達はさっきから一言も発さない辺りもう完全に生を諦めている、唯一目が生きてるのはデティだけだが…どうするよ。抵抗するったって…神殿の周りにゃそれこそ百人近い戦士がいる。おまけにその戦士の中で特段強い女王マルタンも目の前にいてこっちにゃロクな武器もないと来たもんだ。
抵抗するにしても手段がない、かといってじゃあ諦めますって言える程…今生に悔いがないつもりもない!
「ただじゃやられねぇぞ…!」
「わ、私も戦うからね…!」
「フッ、…なら威勢が良い者から二匹、イナミ様に捧げるとしよう」
振り上げられる、マルタンの丸太のような腕とその先に握られた漆黒の斧。イナミを彷彿とさせる邪悪かつ凶悪な笑みを前に脳みそを回転させる、なんとか出来ないか、なんとかならないか、俺に出来ることはないか、この状況を切り抜けるにはどうすればいい。
考える、考えるけど…浮かばねぇ。アイツみたいに…ラグナみたいにここぞって時にいいアイデアが出てこない。
ああラグナ、やっぱお前は凄いやつだよ…。
「さぁ…死ね!」
「ッ…!!」
そんな友の顔を思い浮かべながら迫る刃を前に俺は静かに歯を噛み締めて──。
刹那、鳴り響く轟音…というか、爆裂音。
「………なんだ、今のは」
マルタンの手が止まる…と共に側面から飛んでくる。何がだ?…人がだ。
「ギャァァァァア!?」
「女王様!タスケテ!バケモノガ!」
ビュンビュンと音を立てて側面の森から飛んでくるのはラプラプ族の戦士達だ、皆ボコボコに殴られ血を吐きながらマルタンの足元まで飛んできて転がり、息も絶え絶えになりながら助けを求めるんだ。
そのあまりの事態にさしものマルタンも手を止め、向き直る。戦士達が飛んできた森の方を。
「何者だ…!」
『……ほらな、言ったろ』
メリメリと音を立てマルタンの視線の先にある木々が薙ぎ倒される、片足で木の幹を踏みつけそれだけで木をへし折るその男は、得意げに腕を組みながらマルタンを見て笑い、背後に引き連れた仲間達に語る。
あれは…って、言うまでもないよな。来てくれるって信じてたしさ、なぁ?
「…遅えよ、ラグナ」
「こうすりゃ、簡単にこいつらの居場所が分かるってさ?おい!アマルト!デティ!生きてるか!」
「凄い、まさかこんな手段があったとは…」
「ね?言ったでしょう?ラグナに任せれば大丈夫だって」
「というかアマルト様とデティ様も捕まっていたんですね」
豪快に笑うラグナの背後にはエリスやメグ、ピクシスもいる。全員いる!アイツらが揃ってるなら…!行ける!
しかし、そんな襲撃を前にして臆するラプラプ族の戦士達ではなく、皆突然の闖入者に対して柱を切り出す作業をやめ手元に持った黒い刃をラグナ達に向け構えを取り始める。…その数百と数十、凄まじい数だが…ビビらないのはラグナ達も同じだ。
「よう、テメェがこいつらの言う王様だな。そいつら俺のダチなんだ…返してくれるか」
「断る、此奴らはイナミ様の生贄にするのだ。お前達も含めて全員死んでもらう」
「ハッ、言うねぇ!ならやってみ…ん?イナミ?なんでイナミの名前が今…」
「かかれ!ラプラプの戦士達よ!魔女の落とし子を殺せ!!」
切って落とされる戦いの火蓋、翡翠島に隠された漆黒の神殿にて…この島始まって以来の最大の戦いが巻き起こるのであった。