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405.魔女の弟子と翡翠島グリーンパーク


「お、見えてきたぞ!あれが宝の地図に書き記された島じゃないか?」


「おお、あれが」


サミュエルの襲撃から数日後、エンハンブレ諸島に戻ってきた俺達はようやく宝の地図に書き記された島へとたどり着いた、つっても遠目からじゃ他の島と何が違うんだかちんぷんかんぷんだが…。


「俺全然わからないんスけど、ティモンさんは分かるもんなんですか?」


「もう長いからな、感覚的に分かるようになるもんさ」


隣にて舵をとるティモンさんに聞けばあれは間違いなく宝のある島…通称『翡翠島グリーンパーク』だという。


曰く、緑が豊かで陽の光を受けてキラキラと輝く様から翡翠の名を冠するらしい、確かにここから見ても緑が豊か…っていうか、あれは鬱蒼としたジャングルって呼ぶんじゃないのか?


しかし翡翠島…?どっかで聞いた気もするが思い出せないな…。


「凄い島ですね…他の島もそうですけど、エンハンブレ諸島は緑が豊かですね」


「ああ、それ故かつてはああいう島から多くの資源を取りに船乗り達が海に繰り出していたそうだ、まぁそれもジャックがエンハンブレ諸島を縄張りにしてからは目減りしたが…」


「あー…はい、聞きましたよ。ボヤージュの街で」


「聞いていたか、まぁ聞くか。ジャックとしてはエンハンブレ諸島を他国の海賊に荒らされたくなかったから…という言い分もあるらしいが、お前達陸の人間からしたら迷惑極まりない話だろう」


悪いな、代わりに謝罪する…そうティモンさんは静かに頭を下げる。ここ数日この人と話をして見て分かった事だけど。


ティモンさんは極めて真面目かつ話の分かる人だ、海賊活動は悪い事でそこにどれだけの言い分があろうとも咎められるべき行為だと理解しながらもジャックの海賊活動に手を貸しているタイプ。


理性的で理知的なこういうタイプが副官として側にいるとさぞやりやすいだろう。ジャックが隣に置き続けるわけだ。


「おいジャック!翡翠島が見えたぞ!」


「お!いよいよか!へへへ!お宝との待ち合わせ場所だな?遅刻しねぇように急がないと」


「そう慌てるな、島は逃げない」


「そういう問題じゃねぇよ、おう野朗ども!島が見えたぞー!!!」


ティモンさんに呼びつけられたジャックがニヤニヤと楽しそうに上機嫌で現れると共に船員達に上陸の合図を告げれば、まるで勝鬨のような大歓声が鳴り響く。


…思えば久しぶりの陸地だな。


「お?あれが宝島か?」


「うわぁ、なんかボサボサの島ですね」


アマルトとナリアも船の縁にもたれかかりながら島を眺める、…しかし宝島か。


昔の俺はああ言うのに憧れ夢を語っていたとエリスは言っていたな。…じゃあ今目の前にして夢を感じるかといえばよく分からない、代わりに使命感はある。なんかしなくちゃなぁ〜という曖昧な使命感。


これが夢か?と言われれば違う気もするし、う〜ん難しいなぁ。


「おうラグナ!アマルト!ナリア!お前らも宝島に上陸したいか?」


「え?いいのか?」


「ああいいとも!海賊船に乗ってて宝島の探検はしちゃダメなんて…そんな極悪非道な事は言わねぇよ」


行ってもいいのか、海賊船の中に閉じ込めておきたいってわけじゃないのか。行っていいなら行きたいな…。


「おいジャック!正気か!?」


「あんだよティモン、いいだろ?別にあの島からラグナ達だけで逃げ出せるわけじゃないし…」


「そうじゃない!あの島がどれだけ危険か分かってるだろう、…下手したらラグナ達が死ぬぞ!」


「へ?死ぬ?」


ポカーンとアマルトが口を開く、俺も目を丸くする、え?なに?死ぬの?えっと危険な感じ?


「だはははははは!死ぬって!大袈裟だな…。まぁ危ないのは事実だけど大丈夫だろ!ラグナならよ!だははははは!」


「考えなしか…」


「な?ラグナ?アマルト?ナリア?行きてえだろ?あの島!はい決定!」


「おい勝手に決めるなよ!」


「だははははは!おぅし!上陸の支度を始めろーい!どんな宝が待ってるか楽しみだな!だははははは!」


手を叩いていつも以上に笑い叫びながら船員達に上陸の支度をさせるジャックを見送り肩を落とす、いつも以上にめちゃくちゃだな。


しかし翡翠島…危険なのか、…なにがあるか俄然ワクワクしてきたな。三又首のドラゴンとかいるかな、山みたいなカニとか出てくるかな。その先にある宝を…ってなに考えてんだ俺は、仲間が傷つくかもしれないんだから…。


「しかし危険って、なにがあるんですか?ティモンさん」


「行く気なのか?ラグナ」


「ジャックがああ言ってる以上行くしかないでしょう、それなら少しでも情報が欲しい」


「俺も何だかんだ乗り気だぜ?面白そーじゃん」


「僕もです!」


「お前らな…まぁいいだろう、翡翠島は我々ジャック海賊団がこの海を牛耳る前からマレウス王政府より立ち入りが禁止されていた危険領域なのだ」


そう言いながらティモンさんは翡翠島を目を細めながら見つめ───。


刹那、俺の中の直感が体を動かし拳を振るう…するとガキンと鋭い金属音を立てて拳が何かを弾いて海の中へと落ちる、いや…これ、何か飛んできた!?


「何だ!?今島の方からなんか飛んできたぞ!」


「ラグナ!鏃だ!」


「鏃!?矢を撃ってきたのか!?ってかあの島って人がいる!?」


「チッ!俺としたことが船を島に近づけすぎたか!ヴェーラ!風だ!距離を取るぞ!」


次々と島の方から矢が飛んでくる、まるで砦を攻める時みたいな一斉掃射に堪らずティモンさんとヴェーラさんが連携して船を動かし矢の届かない範囲まで退避する。


何だったんだ、あの島…無人島じゃないのか?


「ふぅ、ここまでくれば大丈夫か?」


「ティモンさん、もしかして今のが…あの島の『危険』ですか?」


「ああその通りだ、あの島は古来よりマレウスの海にあってマレウスの物ではない。あの島に生きる少数民族『ラプラプ族』の島なんだ」


「ラプラプ族…?」


ティモンさんは語る、ラプラプ族とは古くからあの島に住まう固有の少数部族であると。されどそれ以上の事は殆ど分からずあの島とマレウスとの外交的な関わりは全くと言っていいほどにない。彼らがどういう生活をしていてどういう風に生きているのか…全てが謎に包まれているんだ。


だが強いて言うなれば二つ、ラプラプ族は皆凄まじい戦闘能力を持ちかつて海で名を馳せた凄腕の海賊が島に乗り込んだところただの一人も生還する事なく皆殺しにされた事。そして彼等は俺達の持っていない特殊な技術を持ち合わせているという事。


調べようにも彼等の外敵への攻撃が苛烈過ぎて近づく事も出来ず、かなり古い文献しか残っていない為真偽の程も分からないというのだ。


……そうだ、それほどまでに翡翠島とは未知の島なのだ。エンハンブレ諸島にある島の中で随一の危険地帯にして未だ解明されぬ未開の地、海賊も船乗りも帰ってこない死の島があそこだ。


「なんか間抜けな名前だな」


アマルトはそう言うがその手の部族が馬鹿にできないことを俺は知っている。うちの国にもカロケリ族ってのがいるからな。その手の部族は国の手を借りずに自身の力だけで生きていくことを選択しそれを成しているもの達だ。


自分達で社会を形成し、魔獣や外敵から故郷を守るために力を磨く少数民族の強さは…いや容赦のなさは時として訓練された兵団よりも恐ろしいことがある。


ラプラプ族…それがあの島の危険なのだ。


「名前を聞いて侮った海賊達はみんな死んだよ、奴等がこの海で何と呼ばれているか知っているかアマルト」


「いや知らない、今初めて聞いたし」


「通称は『船殺し』…島に近づく船を全て外敵と見なしさっきみたいに矢を射かけて攻撃を仕掛けてくる、うっかり入った漁師や上陸しようとした海賊達は全員奴等に殺されている」


「そ、そんなやばいんすか?」


「ああ、恐ろしい存在さ…、運良く島に上陸出来ても…帰ってきた話は聞かない」


もう一度俺は鬱蒼としたジャングルを見て…顔を歪める、確かに危険だ。さっきの矢の速度や威力はとてもじゃないが海を挟んだ向こう側に届いた物とは思えないくらい勢いがあった、島に上陸すればもっと強力なのが飛んでくる。


何より恐ろしいのは奴等はあのジャングルで生きていると言うこと。視界の悪いジャングルの中で土地勘に富んだ少数民族にゲリラ戦を仕掛けられたらプロの軍人でも対応出来ないぞ…!


「そんな島に俺たち今から行かされるんすか」


「嫌なら俺からジャックに頼もうか?お前達はこの船と旅に命を賭ける理由はないだろう?」


「だってさ、どうする?ラグナ」


「俺が決めてもいいのか?」


「いつものことだろ?この手の決断はお前に任せてる。そうやって来ただろ?なにを今更日和ってんだ」


頼むぜと言いながら肩を叩く、決断は任せると。まだ頼ってくれるのは嬉しいな…なら考えるとしよう。


まずあの島に俺達が向かうメリットとデメリット、まぁ言うまでもなくデメリットは危険であること、敵の戦力もここからじゃ判然としないし強行軍をするには些か敵に有利な地形すぎる。メリットは…宝物は別に俺達のメリットになり得ない、強いて言えばジャックの信頼を得られることくらいか?


…メリットとデメリットが釣り合っていない、仲間を守ると言う点で言うなれば打って出る必要性はないが…。


(夢…か)


ジャックは俺達を船に乗せそして降ろさないのには理由があるような口ぶりだった、それってつまり例の問いかけ…夢だ何だにかかっていることじゃないだろうか。そこについてもっと俺が明瞭な答えを得られれば、ジャックがなにを考えているかの答えも得られるんじゃないか。


確たる証拠はないし保証もない、けどこのままじゃ現状が変わらない気もするし…。


「行こう、俺達もあの島に」


「へへへへ、だよな?ああいいとも、お前が言うなら行こうじゃないか」


「めちゃくちゃ嬉しそうだな、やっぱアマルトも行きたかったのか?」


「さぁてね、というわけでティモンさん。俺達もあの島に行きますよ」


「そうか?…そうか、まぁ止めはしない。では至急あの島に上陸するメンバーを選ぶとしよう」


「え?全員で行かないんですか?」


「言ったろう、あの島の奴らは船を狙ってくる。この船を守る人員も必要だ」


確かに、宝物を見つけても帰ってきたら船が沈んでました!とあっては帰るどころかあの島から出られなくなる。この船の防衛は必須、ならこちらに戦力を残す必要もあるか。


「こちらは海賊団の中から上陸メンバーを選定する。ラグナ…君も魔女の弟子の中から誰を連れていくかを選んでくれ」


「選ぶ…何人まで大丈夫ですか?」


「五人までだ、手漕ぎボートのサイズや数量的に君達を乗せられる五人までを選んでほしい」


あの島に上陸出来るのは八人の弟子の中から五人まで、五人まで選べるというより三人置いていく事を考えたほうがいいな。


…あの島の攻略に役立ち、なおかつこの船の防衛に必須な人員を分けていけば自ずと答えは出る。


よし…じゃあ連れていくのは。


………………………………………………………………


「それじゃ行ってくるぜ〜!ティモン!船頼むぜ〜!」


「ジャック…お前も行くのか、まぁ…言っても聞かないだろうから止めんが」


そうして俺達は上陸用ボートを漕いで翡翠島へと向かう、キングメルビレイ号は大きいからその分的になりやすい、なのであの島に近づくには小さなボートで接近するより他ない。


故に俺たちは沖合から上陸用ボートを三隻出して宝島攻略の為に必要な人員と共に出発する。一隻につき乗れるのは七人まで、つまり二十一人の海賊達があの島に向かうわけだ。


海賊団側からはジャックが選んだ精鋭達がボートに乗り込んでいる、先のサミュエルのとの戦いでも活躍した優秀な人員が剣や銃で武装して乗り込んでいる。


特筆すべきはあれか?ヨーク先輩も乗ってるし…。


「よく聞けお前ら、船長はお前達を信用したかもしれないが一応お前達は囚われの身、下手な動きがないように私が見張るからな」


「まぁまぁピスケス、せっかくの探検なんだし楽しもうぜ」


俺達と同じボートに乗る航海士ピスケスと船長ジャックだろう。俺達に目を光らせるピスケスとは対照的にヘラヘラ笑いながらボートに揺られるジャック。ジャックの言う通り心配しなくても逃げない、と言うか逃げられない。


この二人に関してはまぁ妥当な人選だと思う、ヴェーラさんとティモンさんが居残りなのはあの二人は船を動かすのに必要だからだ。あの二人がいれば最悪ラプラプ族の襲撃があっても船を動かして逃げられるしね。


そして、俺達魔女の弟子から選んだメンバーは。まず俺は当然として…。


「宝島かぁ、ワクワクするなぁラグナ」


アマルト、武器庫から頑丈な剣を借り受け持ってきた彼は近接戦で非常に役に立つと思う。何より教師として培った知識は未開のジャングルで大いに力になる。


「エリスも楽しみです、なんかこう…気が高ぶりますよね」


エリス、冒険で得た知識と絶大な戦闘能力は勿論のこと、多様な属性魔術を扱える彼女が一人いればある程度の事態には対応出来る。


「ジャングルでございますか、これは良い土産話が出来そうでございます」


メグ、万能のメイドを自称する彼女の多芸さは未知の事態に於ける剣となる。時界門が封じられているからと言って彼女は別に弱くなったわけではない、銃と剣を借り受け戦闘能力も万全だしきっと頼りになる。


「いぎだぐない〜〜!」


そしてデティ、本人は『死んでも行きたくない!!』と言っていたが残念…この場で治癒魔術を使えるのは彼女だけなんだ。出来れば回復役は欲しいから頭を下げて頼み込んでその上で首根っこ引っ掴んで連れてきた。頼むよデティ。


メルクさんとネレイドとナリアは留守番だ、若干ネレイドは行きたがるような素振りを見せていたがこと防衛という点において幻惑魔術は無類の強さだ、彼女が幻惑魔術で船の居場所を誤認させている限り射撃は怖くない。そして魔術の幅が広いナリアと同じく遠距離攻撃で応戦できるメルクさんを残しておけば船の方は安全だろう。


あとは俺達があの島に行って宝物を取ってくるだけでいい…って寸法さ。


「ほい、『小々波』」


ジャックが海に手を当てながら魔術を使えば波が起こり、三隻のボートは漕ぐことも無く勝手に翡翠島の方へと向かっていく。こういう時死ぬほど便利だな…ジャックの魔術は。


「さて、最後に確認しておくか。宝の地図の内容を…君達も頭に叩き込んでくれ?」


「ああ、頼むぞエリス」


「ラグナも自分である程度覚えてくださいよ」


そう言いながらボートの中で地図を広げるピスケスの元にみんな集まり古びた紙を七人で見守る。そこには翡翠島と同じ形の緑の図形、ある一点にドクロのマークが書き込まれた地図を見つめる。


「詳しいことは全く書き込まれていませんね、地形や情報などは無く…ただ場所だけを示しています」


ふむ、とエリスは地図を眺めて『不親切な地図だ』とため息を吐く、まったくもってその通りだと俺も思う。これじゃ地図を見てもあの島の詳細は分からない。


「宝の地図とはこういうものだ、元来これは宝を何処に置いておいたかの覚え書きのような物。何も知らない人間が見て分かるようには出来ていない」


確かに言われてみればその通りだな、これは元々『黄金海賊』ヘンリーが宝を一旦隠しておくために書き記した地図だ、後で取りに行く時何処に隠したかを思い出すためのもの。何も知らない俺達が見ても分からないが、一度あの島に上陸していたヘンリーならばきっとこれを見ただけである程度のことはわかったはずだ。


「でも私、分かりますよ。宝はきっとこの髑髏の所にあるのでございますね?昔冒険小説で読みました」


「ああ、きっとそうだろうな」


メグが指差すのはこの地図唯一の情報、島の中心に書き込まれた髑髏のマークだ。しかしなんで髑髏のマークなんだ?普通こう…一目見て宝物と分かるようなマークにしないか?まぁそういうものなんだろうから突っ込まないけどさ。


「あの島に上陸し帰ってきたのはヘンリーしかいない為島の情報は殆どないが、島の中心には『髑髏塚』という場所があるらしい…きっとそこに宝物が埋められているんだろう」


「髑髏塚ねぇ…おっかねぇ名前だことで、しかしそんな危険な島なのによくヘンリーは上陸出来たよな」


そうアマルトがボートの少ない面積を占領するように横になると、チッチッとジャックが指を振りながら違う違うと首を振る。


「チッチッ、違うぜアマルト、ヘンリーだから上陸出来たんじゃねぇ…ヘンリーが上陸したからあの島に上陸出来なくなったのさ」


「え?どゆこと?」


「そもそもの話、魔女相手にも略奪しかけるような海賊が島に上陸してそこの住民に何もしないと思うか?盛大にやらかしてヘンリーはあの島の住民にどでかい恨みを買ったのさ…だから髑髏掲げた船は一つとして残さず沈めちまう、って話が通説として広まってるぜ?」


「ああ…なるほど」


つまり、ヘンリーが外界と隔離された翡翠島に『船は恐怖の象徴』という認識を持ち込んでしまったが故に翡翠島は船乗り達にとっての恐怖の象徴にもなっちまったわけだ。シャレにならないことをしてくれたもんだよな。


っていうか、略奪か…。


「なぁジャック」


「分かってるよ、今回は略奪ナシだから安心しな。そもそもあんな島の中だけで生きてる連中と戦争ふっかけて何を取るんだ?俺達ぁ壊し屋じゃねぇんだ、儲けがないなら奪わねぇ、今回はヘンリーの遺産だけだ」


「なら、いい」


もしジャック達が無意味にラプラプ族から物を奪ったり殺したりするなら俺達は加担出来ない、それどころか止めに入らなければならない。心まで海賊になったつもりはないんだからな。


「んぁ〜憂鬱〜」


「そう落ち込まないでくださいよデティ、ワクワクしませんか?財宝とか探すの」


「財宝とか持ってるしなぁ…、あ!でもキラキラした指輪とか欲しいかも」


「だははははは!いいねぇ!さぁて!そろそろ上陸だぜ!気合い入れろや!野郎ども!」


『アホーイ!』


「静かにしろって!ラプラプ族に気がつかれたらその時点で戦闘だぞ!」


ったく何考えてんだこいつら、そうこうしてる間にもボートは翡翠島の海岸に着く。…しかし妙だな、てっきり俺はボートで移動している間も弓による攻撃が飛んでくるもんだと思ってたけど…思いの外あっさり上陸出来たな。


そう考え込んだ瞬間───。


「な!なんだ!?」


刹那、背後から轟音が響き渡る。…船だ、キングメルビレイ号が大砲をぶっ放してる、攻撃してる?島を?…いや違う。


「始まったみたいだな」


ジャックが呟く、見ればキングメルビレイ号に近づこうとする小舟の群れに向けてジャック海賊団達が大砲で牽制してるんだ。もしかしてラプラプ族が船に乗り込んで直接攻撃しようとしてるのか!?


「マジかよ…どんだけ船が憎いんだよ…!」


「大砲を撃っているようですが、牽制以上の効果はなさそうでございますね」


「はい、小舟相手じゃ命中させるのも一苦労です…」


精々爆発で波を起こして小舟を遠ざけるくらいだろう、あまり時間をかけると本当にあの船が沈められかねないな。


「どうするラグナ…このまま進むか?」


「あの船にはメルクさん達がいる、直接乗り込まれてもネレイドがなんとかするはずだ。それよりとっとと帰るためにも財宝を見つよう」


まるで戦争のようなその光景を見て、ピクシスが事前に大砲の準備をしていた理由に合点が行く、きっとこの為に準備してたんだろう。準備を重ねていたなら直ぐにやられる事はないしその為の戦力も残してある。


今は前に進むことだけを考えよう。


「ラグナの言う通りだ、アイツらはアイツらで上手くやる。俺達は俺達で上手くやろう!さぁ!宝島に上陸だ!」


「あ!船長待って!」


小舟が流されないよう重石を沈めて準備するピクシスや他のボートの船員達を放ってジャックはズカズカと浜辺に降り立ち靴で浅瀬の海水を蹴飛ばしながら進む。これから始まる冒険にワクワクしてるって感じだ。


…確かに、ちょっとワクワクするかも。鬱蒼とした木々に阻まれた向こうに何があるか…。


いや待てよ、危なくないか?だってあの木々の向こうにはそれこそラプラプ族がいるかも…。


「ジャック!危ないから一旦戻って来い!」


「大丈夫大丈夫、俺を誰だと…ウッ!」


刹那、浜辺から出て、砂浜に乗り出した瞬間…ジャックの顔色が変わりその足が止まる。何事かと思う間もなくジャックは全身脱力し力なく膝から崩れ落ち倒れこむのだ。


や、やられた!?いきなり!?


「ジャック!大丈夫か!」


「ら…ラグナ…」


急いで浅瀬を超えてびしょびしょになりながら俺は浜辺に倒れるジャックの体を起こす、矢で射られたか!?いや…ん?あれ?体に傷なんかないぞ?傷一つないのにジャックは確かに脱力してる。


なんだ…何があったんだ。


「おい、ジャック…何があった!」


「あ…ぅ…き…き…」


「き?」


「気持ち悪い…」


「は?」


顔を真っ青にして冷や汗をかき、ウッ!と喉の奥から湧き上がる何かを押さえ込むように口元に手を当て蹲るジャックの様子は、傷ついて倒れたというより…あれだ。


まるで船酔いしたスピカ様みたいだ、でもここは船の上じゃないしそもそも海賊が船酔いで倒れるか?


「ジャック船長!だから言ったじゃないですか!船長に宝島の探索は無理だって」


「う、うるせぇピクシス。俺は宝島の探検を…うぇっ…」


「そんなこと言ったって…」


「なぁピクシス、何が起こってるんだ?ジャックはなんで倒れて…」


「見ての通り、酔ったんだよ…陸に」


「は?陸に?陸に酔ったって…まさか陸酔い?」


船酔いならぬ陸酔い?聞いたこともないぞそんなの。でも確かにジャックは陸地を踏みしめた瞬間酔って倒れてしまった。…しかし陸に酔う要素なんかないだろう…。


「船長は幼少よりずっと船の上で生きてきた、つまり船長にとっては船上が私達にとっての陸なんだよ。私達には分からない感覚だが船長は陸に上がると直ぐに目を回して倒れてしまうんだ…」


「気持ち悪いだろ…だって、地面が揺れないんだぜ…動かないんだ…こんな感覚、気持ち悪くならない方がおかしいだろ…ウッ」


なるほど、ジャックにとって船の上の環境が平常なんだ。そういう風に育ってしまったが故にジャックは絶対に船酔いしない、俺達が陸で酔わないように。その代わりにジャックは陸地で酔う、俺達が船の上で酔うように。


ちょっと信じられない話だが事実としてジャックはその場からまったく動けそうにない。……いやなんでついてきたんだよこいつ。


「仕方ない、ジャックは一旦ボートに乗せて船番でもさせよう」


「そうだな、ではラグナ。運んでもらえるか?」


「待てピクシス…ラグナ、テメェら船長を船番にしようなんていい度胸…ウッ」


「歩けもしねぇ奴が偉そうに言うな、ほれ!船の上に残ってろ!」


「うげぇっ!」


ボートの上にジャックを投げ飛ばす、動けない奴を海岸に残しておいたら危なっかしいったらないからな。ジャックはフラフラと船の上に落っこちたかと思えば…直ぐに顔色を元に戻し…。


「ッだぁー!クソ!俺も行きてーよー!!」


「船長、我々が宝を持って帰ってくるのでお待ちを」


「ああ、俺達に任せとけよ」


「はい、エリスも頑張るので」


「うう…くそう」


船の上なら大丈夫なようでジャックはさめざめと泣きながらボートの上で待機する。その様を見てるとちょっと可哀想になるな…あんなに宝島を楽しみにしてたのに本人の体質的に陸地を受け付けないんだから。


ジャックが一人残って翡翠島探索メンバーは二十人…か。


「それじゃあジャングルに入るぞ、まずは…」


「いや待てラグナ、指揮は私が執る、全員一纏まりになって島の中心を目指す。全員付いて来い!」


「アイアイピクシスさーん!」



「あ!おい!…」


早速、と言わんばかりにピクシスは剣でジャングルを切り裂いて密林の中へと踏み入り、二十人近いメンバーを率いて木々の中へと消えていってしまう。いやまぁこの場で一番立場が上なのはピクシスだけど…。


「ピクシス様、先に行ってしまわれましたね」


「だな、…で?あれ大丈夫なのかよラグナ」


「ラグナはどんな指示を出すつもりだったの〜?」


取り残された魔女の弟子達で密林を眺める、俺がどんな指示をって…そりゃ。


「まず密林の地形を把握したかった、少数を率いて斥候を立てて安全を確保してから行きたいかな。敵の位置も道も分からないんじゃ戦う事も進む事もできないし」


「ラグナ様の言うことには一理…いや三理くらいございますね。戦争とはより強力な武器を持つ側が勝つのではなく、戦場の事をより理解している者が勝ちます。今我らには地の利がございません」


「その通り、だから先に情報収集したかったんだが…」



「何やってるんだラグナ!隊列から逸れるな!行くぞ!」


ピクシスの奴、妙に逸ってるな。ジャックが脱落してからいきなり指揮権を主張して…立場としては問題ないのだろうけど、いつもならもっと冷静だろうに…。


「仕方ない、みんな行こう。ピクシスについて行くけど…気をつけてくれ?多分既に敵は俺達に気がついてる」


「あいよ、任せな」


「お任せを、こう言うジャングルでの戦闘は得意なので」


「エリスちゃん、ラグナ、私の事守ってね」


「ええ、エリスが守りますよ」


仕方なし、俺達もジャングルの中に踏み込んでいく。砂浜を踏み越えれば背の高い木々が屋根となり鬱蒼とした葉のカーテンが視界を遮る、一切手入れをされていないありのままの自然、森そのものが俺達を囲む。


これが翡翠島のジャングルか…。


「うへぇ、蒸し暑…」


「木々がサウナのように熱気を閉じ込めているようでございますね」


「これ、ちょっとでも離れたらお互いを認識出来なくなりますよ」


「ああ、みんなでくっついてピクシスについていこう」


「えー!こんなに暑いのに〜!?」


「我慢だ」


互いにくっついた状態で目の前を列になって歩くピクシスたちの部隊についていく。アマルトと言うようにこの島は暑い、染み込んだ海水や雨水が太陽の熱で蒸発し熱気となって地表に出るもののそれを木々が遮り、まるでサウナのように閉じ込めているからとても暑いんだ。


ただ歩いているだけで汗が噴き出る、そんな中ピクシス達が鉈や剣で切り開いた道を俺達も辿る。


「…ねぇラグナ」


「ん?どうした?」


ふと、エリスが俺にくっつきながら口元だけ微笑み…。


「楽しいですね」


そう言うんだ、楽しいと。頭上を見れば見たことない鳥がキイキイ鳴いて木を見れば見たことない虫が見たことない小虫を食ってる、完全なる未知の世界。エリスはこう言う世界が好きで旅をしてる…。


別に俺はそんなこともないんだけど…でも。


「ああ、なんか楽しいな」


なんだか楽しい。エリスに言われるとそんな感想が湧いてくる、心の底が何かに炙られるような感覚…滾るとでも言おうか。


冒険にワクワクするなんて初めての経験だ。


『クッ!蔦が邪魔だな…』


「お?なんかピクシス困ってるみたいだぜ?」


「仕方ない、助けに行くか」


なんて思っている間にピクシス達の進軍が止まった、大方硬い蔦に進路を塞がれているんだろう。仕方ない、何か手伝えることはないかと俺達は一列に並んだ海賊部隊の横をすり抜け先頭のピクシスの元へ向かう。


すると、鬱蒼した獣道のど真ん中を分厚い蔦が絡み合って壁を作っており、それに必死に鉈を振り下ろして切り裂こうと頑張っているピクシスの姿が目に入る。何やってんだ。


「おいピスケス」


「ん?ああラグナ、すまない。直ぐにこんな蔦切り裂いて道を作るからちょっと待って…」


「いいよ、この蔦…かなり分厚いからな、俺が引きちぎった方が早い」


「す、すまん…」


別にいいよ、気にしてない、寧ろ俺としてはもっと頼ってほしいんだ。折角ついてきたなら何かの役に立ちたいしな。


しかし、分厚い蔦だ、人の腕ほどあるぞ。そんな分厚い蔦が木々の間を縫うように絡まっていて壁のように獣道を封鎖している。脇をくぐり抜けてもいいが…この視界の悪さだ。横道に抜けた瞬間下が崖になってても気がつきにくい。少しでも道があるならそこを通った方が…。


「……ん?」


「…っ!ラグナ、これ」


「ああ、今気がついた…」


エリスが険しい顔で蔦を見る、彼女が言いたいことには既に気がついている。


エリスと俺が気になったのはこの蔦…、よく見ると草むらに隠れるように、『結び目』がある。こんな変な風に生える蔦があるか?…そんなわけない。


この蔦を結んだ奴がいるんだ…!


「しまった…罠かッ!!」


迂闊だった、この蔦は意図的に結ばれたバリケードだ!獣道を封鎖してそこを通る奴を足止めするための城壁だ。そして当然のことではあるが城壁がある場所には…。


「うっ!なんだ!?」


すると背後でアマルトが声を上げる、慌てて振り向けばそこには…。


「何があった!アマルト!」


「わかんねぇ、なんか落ちてきた…なんだこれ」


アマルトの肩に黄色い液体がべっとりと付いている、水?いや蜜?…どれも違う、何かが頭上の木に引っかかっていて恐らく蔦を触った拍子に木が揺れて落ちてきたんだろう。


しかしなんなんだ?この黄色い液体は…いやこれもしかして。


「うわっクサっ!アマルト臭いよ!」


「ゲェッ!これ腐った卵かよ!最悪、この臭いキツい上に中々取れねぇんだよなぁ…ったく」


卵だ、それも腐った卵。それが木の上に引っかかっていたのかアマルトの肩に当たってべちょべちょに濡らしているんだ。しかも最悪なのはその臭い…少し離れていても臭うくらい嫌な臭いに気分を害されていると。


「うわっ!なんか降ってきた!」


「くさっ!腐った卵だ!」


「なんだなんだ!?いっぱい降ってくるぞ」


蔦によって生まれた揺れから木々が揺らめき卵が頭上からいくつも降ってくる。それに当たった何人かの海賊達は最悪だと言わんばかりに卵を払うが臭いは取れない…。


なんだこれ、明らかに自然の物じゃない。人工物だ、結ばれている蔦といいこれは…あ。


まさか、この卵って…!


「アマルト!直ぐに服を脱げ!」


「ええ!?なんで!?いや言われなくても卵の匂いつくから脱ぐけどなんでそんなに慌てて…」


「マーキングだ!!敵は臭いで俺達の位置を察知しようとしてる!全員卵が付いた服を脱げ!」


「っな!?」


マーキングだ、この蔦を突破しようと攻撃したら木々が揺れて腐った卵が落ちてくるように罠が仕掛けられていたんだ。そして卵に当たればその臭いが付着し…そいつはこのジャングルの中で自分の位置を周りに教えながら動くことになる。


つまりこの蔦は迎撃用の罠!そして当然、次に来るのは…!


「ぐぁっ!?」


「ぎゃっ!?弓だ!弓で撃たれた!」


「ッもう始まった!動きが早すぎる!」


ビュンビュンと音を立てて茂みの向こうから的確に矢が飛んでくる。しかも視界の悪いジャングルの中で確実に俺達の位置を察知して射撃して来ているんだ。


ラプラプ族だ!連中が攻めてきたんだ!だが早い!早すぎる!罠が作動してから仕掛けてくるまでの時間が早すぎる!


「全員散るな!屈んで敵の射撃を回避しろ!」


「チッ!どうなってんだこの矢の威力!信じられねぇくらい重いぞ!」


アマルトが飛んできた矢を剣で弾けば、あまりの威力にその手がビリビリと震える。あのアマルトが真っ向から受け切れない?そう思い飛んできた矢を捕まえるように掴むと…。


(この矢、毒の類は塗ってないけど…材質が分からない、なんだこの黒い鉱石は)


掴んだ矢はまるで黒曜石のように輝いていた。見たこともない鉱石だ…鋭く、硬く、それでいて凄まじく重い。それを矢の形をしているんだ…つまりラプラプ族にはこの恐ろしく硬い鉱石を加工する技術があるってことだ。


これ…少数部族だと思って侮ってるとマジで死ぬぞ…!


「ラグナ様!どうしますか!」


「……退却は恐らく敵の予測の範疇だろう、どうせ今頃同じように蔦で封鎖されている筈だ」


ここまで手際がいいなら退路を潰さないわけがない、どうせみんなで一斉に来た道を戻ったらまた頑丈な蔦が道を阻んでる筈だ。なら…!


「エリス!周りの木だけ吹き飛ばせるか!」


「楽勝です!振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん、『薙倶太刀陣風・扇舞』!!」


敵がどこにいるか分からない以上動きようがない、故にエリスに周囲の木々をなぎ倒すよう指示をする。そんな指示にもエリスは即座に答えてくれる、風を手元に集め薙ぎ払うように振るえばそれは不可視の斬撃となって周りの木を切り裂き俺達の周囲にスペースを作る。


視界が晴れた瞬間、俺は両手を叩き全力で声を張り上げ。


「来いッッ!!俺ぁここに居るぞ!狙うなら俺を狙え!」


敢えて目立つように両手を広げる、そんな無謀な俺を殺そうと矢が次々と俺に向けて射掛けられるが…効かねぇよ!そんなもん!


「っと!こんなもんか!こんなのじゃあ俺は殺せねぇぞ!!」


『ナラバ死ネ!!』


「っ!」


刹那、周囲の茂みが切り裂かれ上半身裸の筋骨隆々の男達が姿を現わす。黒い肌黒い髪赤い瞳と体中に入った白い紋様!こいつらがラプラプ族か!どこも部族は似たようなファッションだな!ってかめっちゃカロケリ族に似てる気が…。


「赤毛ノ男ガ指揮官ダ!潰セ!」


連中の動きは実に合理的だ、矢を射かけられ殆ど戦闘不能になった海賊達を放置し、矢を弾いていた俺を指揮官として睨み全員が手に持った黒色のマチェットを抜き放つ。刃は鋭く研がれており持ち手に乾かした葉を巻きつけた簡素な物。


だが、あの剣…ヤバイぞ。あんな切れ味の剣は市場にも滅多に出回らない。こいつらなんなんだ…!?


「チェァーー!!」


「フッ!!」


いきなり切り掛かってきたラプラプ族の戦士の一撃を魔力防壁で弾くと共に、カウンターでその鳩尾に一発叩き込む…と。


「ウグェ!?…キサマ!」


「倒れねぇ!?やべ…!手加減し過ぎた!?」


殺さないようある程度力をセーブしたつもりだったが…どうやらこいつら俺が思ってる以上に頑丈みたいだ。吹き飛ばないどころか俺の一撃貰っても怯むことなくまた切りかかってくるとは…!


「『旋風圏跳』ッッ!!」


「ガハァ!?」


「エリス!?」


しかし、俺が倒し損ねたラプラプ族の戦士に飛んで来るのはエリスの風蹴。こちらは俺と違い全く容赦とか手加減とかされたものではなく、戦士の体は錐揉み回転し木を三つくらいへし折って飛んでいき…戻ってこない。


すげぇ…流石エリスだ。


「ラグナ!こいつら強いですよ!」


「ああ!みたいだな!」


「うわー!!しかも数が多いよ!?囲まれてる!」


「チッ!離れるなよデティ!」


「これは参りましたね…」


気がつけば既に俺達は包囲されていた、しかも人数がシャレになってねぇ。凄まじく強い戦士が二十人近く、オマケにさらに奥で十人近くの戦士が蠢いて倒れた海賊達を縛り上げ何処かに持って行っている。


殺さないのか?…どこに連れて行くつもりだ。


「待て!私の部下をどこに連れて行く!」


「神ノ元ダ、感謝シロ!」


「神…!?ぐぅっ!」


ピスケスも咄嗟に助けに行こうとするが、戦士の馬力が違いすぎる。ピスケスの斬撃は容易く防がれた上で弾き飛ばされ地面をゴロゴロと転がる。


神の元へと連れて行く、なんだろう…あの世に連れてくってことか?それって殺すって意味?よく分からんが好きにさせていいわけではなさそうだ!


「エリス!メグ!包囲を突破して海賊達を助ける!アマルトは俺と一緒に!デティは治癒を!離れるなよ!」


「はい!」


「畏まりました!」


「おうピクシス君よぉ!テメェもっと強えだろ!マジで戦えよ!」


「喧しい…!言われなくても!」


アマルトに引き起こされたピクシスも戦列に加わりラプラプ族の包囲に立ち向かう、連中みんなオライオン人みたいな体格してる上にあの赤い瞳…あれはまるで。


ええい!今は関係ない!こいつらにゃ手加減は必要ないって分かってんなら、それも織り込みで…!


「オラァッ!!」


「ゲブフッ!?」


──殴る!目の前のラプラプ族の土手っ腹に一撃叩き込めば戦士の足元が爆裂しそのまま奥の木を叩き折りながら飛んでいく。


普通の人間なら内臓が破裂して口からこんにちわしてるくらいのパワーで殴ったんだが…。


「ウ…ウウ…」


生きてる、オマケに意識もある。すげぇなこいつら。っていうかさっき全力で殴った感覚が…変だ。異様に凝縮された筋繊維ととても人間とは思えない硬く太い骨格、アイツら本当に俺達と同じ種類の人間か?


…いや、待てよ?そう言えば聞いたことがあるな。アイツらの正体に近いものを昔師範から聞いたことがある。…って事はもしかしてこいつら。


…認めたくないけど、そういうことか。


「『旋風圏跳』!」


「冥土一式・無影の歩み…からのパンチ!キック!パンチ!チョップ!この人凄く体硬いです!」


「だぁぁ!クソ!こいつら硬え!あ!剣折れた!」


皆戦士達の頑強さに苦戦を強いられる。エリスみたいに馬力&火力特化のタイプはいい、しかしメグやアマルトのような武装が限られるタイプはかなりキツそうだ。


「…退いていろ!アマルト!メグ!巻き添えを食らいたくなければな!」


「ピクシス?何を…」


すると剣を構えたピクシスが魔力を滾らせながら戦士達に突っ込むと…。


「『ディグレシオンマネハール』!」


使った…魔術を!ピクシスの体から放たれる光を浴びた戦士達は瞬く間の間にグラリと体幹を失い、まるで足が力を失ったようにガクリと倒れ…。


「ウッ…動ケナイ…」


「あー!お前それ!俺に使ったやつ!」


アマルト達が倒れた時と同じだ。まるで船酔いしたみたいに力を失い倒れてしまう魔術…あれがピクシスの魔術か!


ピクシスの魔術を見た瞬間、俺は背後のデディに視線を移す、見たよな?デティ。そう視線で伝えればデティはこくりと頷く、どうやら知ってる魔術みたいだ。


あれがどういう魔術か聞きたいが…今はそんな状況じゃない、後で落ち着いてから聞くとしよう!それより今は戦闘だ!


「ドォァラッシャァッ!!」


近くに転がる丸太を掴んで振り回し戦士達を吹き飛ばす、この程度じゃダウンしないが今は包囲を突破するのが先決だ、手勢という面で後れを取っている以上まずは倒れた海賊達を回収してデティの治癒でまた動けるようにする方が良い。


しかし…。


「グヌゥ…コイツラ強イゾ、援軍ヲ呼ベ!」


「援軍!?まだ居るのかよ!」


そんなアマルトの情けない声が響く、そりゃあそうだ…!今ここに割かれている戦力はどちらかというと『一端』でしかない、本命はキングメルビレイ号を沈めようとしている方だ…!ヤバイな、これ以上頭数が増えて人海戦術で攻められたら収拾がつかない!


どうする、最後の手段にはなるが俺とエリスが全力出してこの島吹っ飛ばす勢いで暴れるか?だがその後どうするよ…!


そう悩んでいた…その瞬間だった。


『援軍の必要はない!』


「ソノ声ハ!」


「大王様!」


ラプラプ族の戦士達が色めき立つ。突如として響いた声に戦士達が希望を見出す…大王様と呼んで。


一体何が来るのか…そう身構えた瞬間の事だった。


『グゥァアアァァァァァア!!!』


そんな魔獣の如き咆哮と共に俺達の横っ面の森が一気に爆裂するように吹き飛び…。


「え?」


俺の体は、宙へと舞い上がった…いや違う。これ吹っ飛ばされてるのか!?


いきなり走る衝撃に俺やエリス、ピクシスやメグは吹き飛ばされ木々を薙ぎ倒して飛ばされる。恐らく今のは『大王様』とやらの体当たりだ、感触的にそうだろう。ただ尋常じゃないのはその威力、だって俺が吹き飛ばされる程だぞ…!つまり。


「ぐぅっ…!」


「あぁっ…!?」


「痛いでございます」


メグやエリス、ピクシスも苦悶の表情を浮かべて森の中を吹き飛ばされている、一撃でこれとか…一体どんな化け物なんだ、その大王とやらは。


なんて考えてる暇はねぇ!直ぐに戻って戦いに行かないと…海賊達が連れていかれてしまう!


「っなめるんじゃねぇ!!」


クルリと空中で身を翻し俺は地面に足をついて着地した…と思いきや。


ずるりと足が滑る、茂みや草で見えなかったが…どうやら俺が着地した場所は急斜面になっていたらしく、あえなく俺はバランスを崩し後ろに引っ張られるように斜面を転がる。


「うぉ…おぉおおお!?!?」


「きゃー!?」


「あ〜れ〜!」


「ッ!クソ!止まれない…!」


ゴロゴロと玉のように転がるエリスと両手を広げ側面から転がるメグ、ピクシスは即座に態勢を立て直し止まろうと両手を斜面につけるが…、草や柔らかい腐葉土は崩れピクシスを下へ下へと押しやっていく。


ってかこれヤバイ俺も止まれない!地面に腕を突き刺しても地面が柔らか過ぎて直ぐに崩れちまう!


そうてんやんわやとしているうちに斜面は終わりを告げ…。


「あ…」


俺は投げ出される…空中に、どうやら下は崖になっていたらしく、射出されるように俺は崖の下へと落とされ。


「っ!くそ…すげぇ飛ばされちまった」


地面に叩きつけられる、まぁ幸い地面が柔らかいってことは落ちても大したダメージにはならない。俺をふんわりと受け止めるクッションのように歪む草の上でゴロンと体を起こし俺は即座に周りを見る。


…恐らくここは島の間に出来た亀裂みたいなものらしい、左右を見れば道のように続く窪地が続いており、前後には崖壁がある…これまた幸いなことに高さは大したことないから駆け上がって斜面を一気に勢いのまま走りきればまた元の場所に戻れ──。


「ラグナ!危ない!」


「へ?ぐぇっ!?」


刹那、頭の上からエリスが落ちてきて潰される…。


「すみませんラグナ!」


「い、いやいいよ…エリスは軽いから…」


「では私も失礼します」


「メグ!?げはぁっ!?」


続いて落ちてくるメグに再度潰され──。


「うわぁぁぁあ!?」


「ちょっ!?ピクシ…ずぁっ!?」


そして最後にピクシス、全員纏めて俺の上に落ちてくるもんだから身動きが取れな…ん?


「あれ?ラグナ様、なんか沈んでませんか?」


「え?あれ?…」


なんか、視点がどんどん下に…みんなが乗ってるから地面が潰れてるのかな。…というより、これ。


「ラグナ!これ地面じゃなくて…」


「蔦だ!蔦の上に葉が重なって地面に見えてるだけで…!」


「ラグナ様!更に下にこのままじゃ落ちます!」


「そう思ってんなら退けよ!?」


俺の大声に呼応してか、地面が…いや崖と崖の間に張り巡らされた蔦がビリビリと破け、俺の体が更に沈む、それと同時にエリス達の体も一緒に沈み…。


「お、落ちる!?」


「時界門を…!」


「もう間に合わねぇ!?」


バリバリと音を立てて崩れ落ちる地面、引き裂かれた蔓が俺達を更に下へと誘う。俺達が崖の底だと思っていたところはただ蔓が張っていただけ、本当の崖底は…。


「み、見えない!?」


見えないのだ、少なくともこの目では底が…!


あ…これ、死んだかも。


………………………………………………


「はぁ〜…ドジったな」


「だねぇ…まさか上陸早々…こんな事になっちゃうなんてねぇ」


前を見る、木製の格子に硬い蔦が巻かれて作られた簡素な檻。両手は同じく蔦で拘束され…言ってみりゃ捕まってるんだな、俺達は。海賊に捕まった上で更にもう一段階捕まるとは、エリスかよ。


「はぁ、最悪だぜ…どうなるんだ俺達」


「分かんない、ラグナ達無事かな」


「無事だろ、この島が沈んでも死なねえよ」


そう牢屋の中で呟くのはアマルトとデティ、先程ラグナがラプラプ族の大王様とやらの攻撃を受け吹き飛ばされたのと一緒に俺達もまたぶっ飛ばされたんだが…これが運悪く運ばれてる海賊達と同じところでさ。衝撃のダメージが深くて気絶しちまって…起きたらこれだ。


目が覚めて周囲を見回したら既に檻の中、森の中にポツンと建てられた檻の中で他の海賊達と同じ檻に入れられて野ざらしよ。どうなるんだこれ。


「ねぇアマルト、この手錠みたいな蔦って引きちぎれる?」


「無理だな、これ剣でも切れねぇ奴だぞ?そっちは?魔術で檻ぶっ壊せるか?」


「壊せるけどさ…あれどうするの?」


そう言ってデティが見るのは檻の外…まぁ居るんだよな、見張りがウヨウヨ。どうやらここはラプラプ族の村の中らしい、木と藁で出来た原始的な家っぽい物が見えるし、もし脱獄を試みたらあれが一斉に襲ってくるよな。


後ろの海賊達は完全に戦意喪失し檻の中で横たわっている、船乗り殺しとも呼ばれるラプラプ族に捕まってるんだ。絶望もするか。けどこれじゃ脱獄した時襲いかかってくるラプラプ族の戦士達とは戦えねぇよな。


(しかしどうなるんだ俺達、殺されねぇ所を見ると…殺す気は無いのかなぁ)


「………………」


周りをウロつくラプラプ族は俺達を見下ろす、その視線は冷たく殺意が宿っているようにも見える。なのになんで手を出さねぇんだ?


「はぁ〜、まぁでもラグナとエリスちゃんが無事ならなんとかしてくれるかなぁ〜」


「ああ、きっとアイツらならなんとかしてくれるさ。それまでここで待ってようや」


エリスが居たなら強行突破も出来たが剣のない俺と近接戦が苦手なデティの二人じゃここは突破出来ない、ここは大人しくしよう。一番頼りになる男が無事なんだから。


「というわけでさ、ラグナ来るまでしりとりしようぜ!」


「いいよ!じゃあ最初はりんご…」


「お前達…」


「あ?」


すると、檻の外に誰か立っていることに気がつく。びっくりした…気がつかなかった。だってこいつ…あんまりにもデカすぎて木かと思ったんだもん。


っていうか、この声…連中が大王とか呼んでた例の…。


「呑気だな、忌々しい海賊」


「お前が…ラプラプの王様か?」


見上げる巨大さ、筋骨隆々の体と浅黒い肌、骨を削って作った鎧を身につけた…女だ、ネレイドを見てるからあんまり驚きはないけどこいつもデケェ〜…いやラプラプ族全員デカいんだけどさ、まぁ全員ネレイドほどじゃねぇけど。


しかし女だったのか、大王様ってか女王様じゃね?


「然り、我はこの島の守護者…ラプラプの王マクタン=セブ、貴様達忌々しい海賊を死滅させるラプラプの刃なり」


「俺ってば本当は海賊じゃないって言ったら信じる?」


「私も私も!本当は海賊じゃないの〜!」


「今更命乞いか?だがもう遅い…お前達は神の元へと行くのだ」


ダメだな、聞く耳持ってねぇ。言葉は通じるってことは一応ディオスクロア公用語は使えるみたいだが…。


はぁ、苦手だよ。こういう有無を言わせないタイプは。


「神の元?信仰心豊かだねぇ。お前らもテシュタル教徒かい?」


「テシュタル?なんだそれは。我らが神はそのような名前ではない」


「あ、そう…」


「それよりも今のうちに覚悟は決めておけよ、お前達はこれより神の供物として生贄にするのだから」


「は?イケニエ…?生贄!?え!?俺達が!?」


「ギャーッ!私達食べても美味しくないよー!私チビだから!食べる所少ないし!」


「お前プライドもクソもねぇのかよ…」


「死にたくないもーん!」


ギャーン!と泣き喚くデティと騒ぎ立てる俺を見てため息を吐く女王マクタンはもうすんごい冷めた目で俺を見て…。


「静かにしろ、お前達は既に神の御前に居るのだ」


「え?神様いるの?」


「ああ、見よ…神の威容を、そして刻め、その名を…」


その言葉と共にマクタンが指を鳴らせば…奥の茂みが退けられる、村の奥…そこに生い茂り視界を遮っていたジャングルの奥地にあったのは。


奴らが使っていた黒い剣や黒い弓と同じ材質で作られた…巨大な牛の、いや牛と人間を掛け合わせたような巨大な魔神像だ、ムキムキの体にどでかい斧を持ったツノの生えた男の像。あれがこいつらの神?


…………あれ?なんだ?どうしてだろう。俺こいつらの事なんか何も知らないのに、あの像見たことある気がする…。


「あれこそ我らの神にして、我等ラプラプ族の大いなる祖先…大祖神イナミの御姿だ」


「……は?イナミ…?」


「ね、ねぇイナミって確か…」


慄く、だって…こいつらが神と崇める祖先の名は、あの羅睺十悪星の一角…凶夜振るう壊天イナミと同じ名前なのだから。いやそうだ!見覚えがあると思ったらあの斧と顔!イナミじゃねぇか!?


ってことはこいつら…羅睺十悪星の子孫!?なんでこんな孤島に居るんだよ!そんな奴らが!


(オイオイ!マジかよ!こいつら…俺達が思ってるよりも、ヤバい奴らなんじゃねぇのか!?)


「イナミ様への供物としてお前達を捧げる、忌々しい海賊…いや、我らが祖を殺した魔女の落とし子達よ…!」


なんか…想像してるよりも、話がデカくなってきたぞ。


ヤバいかもしれねぇ、ラグナ…早く助けてぇー!!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ラプラプ族……一瞬ラプラス族に見えて『ぜ、全智の悪魔!? ってことは族全員が現代識確魔術的な物を……』と慄然したのは私だけじゃないはず……?  陸酔いですか。現実にも同じ字でオカヨイな…
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