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404.魔女の弟子と海の上の戦い


「敵襲か!状況はどうなってる!!」


ピクシスが怒号を上げながら甲板に上がる、敵船襲来の報…それを受けた俺もまたピクシスに追従すると既に船員たちが武器を抱えながら鋭い目つきで甲板に集合していた。


送風士のヴェーラや操舵手のティモンは勿論、船長のジャックもまたいつになく険しい表情を浮かべている。全員が全員…今の状況を窮地として捉えているのだ。


「おうピクシス、遅かったな。敵だぜ」


「船長!敵は誰ですか!」


「ほれ、周りを見ろ」


船員たちを守るように立つジャックが周りを見るように促す、するとこのキングメルビレイの周辺には…既に多くの海賊船が浮かんでおり、完全に包囲されるように囲まれていた。


(…ヤベェ状況だな、数は全部で十五隻くらいか?まるで艦隊だ)


十五隻の大型海賊船が砲塔をこちらに向ける、そんな最悪の状況の中…包囲を指揮するように中心に陣取るのは更に一際大きな海賊船。真っ赤に塗られた船体に黄金の装飾が成された豪華絢爛な軍艦。掲げるドクロもまた金と紅の豪華仕様。


そんな輝く船を見たピクシスは忌々しそうに歯噛みし。


「サミュエル海賊団…!またアイツか!」


「おう、サミュエルの野郎…今回はガチみたいだぜ?」


サミュエル海賊団…あの黄金艦を指して苛立つピクシス、どうやらこの艦隊の指揮を取るのはサミュエルなる人物のようだが、俺はよく知らない。なのですぐ近くにいたヨークを捕まえ。


「なぁ、サミュエル海賊団ってなんだ?」


「はぁ?いや…お前らは知らないか、サミュエル海賊団ってのはウチの船を付け狙う私掠船さ」


ヨークは懇々と俺に分かるように説明してくれる。


サミュエル海賊団…通称『海賊王子』サミュエル・ザラタンが指揮する海賊団であり私掠船…つまり国が略奪を認めた国家公認海賊だ。


彼等に私掠船の権利を与えているのはカストリア大陸の中に存在する小国ザラタン王国…、そうだ、つまり船長のサミュエル・ザラタンは正真正銘のザラタン王国の第一王子なのだ。その王子が海軍をそのまま海賊に仕立て上げ他国の積荷を奪ったり海賊から黄金を奪ったりして国の国費に当ててると言うある意味色々凄まじい国の海賊達。


特筆すべきはその資金力。王子が直々に船長をやっているだけあり国費の七分の一を海賊活動に使っており、船も装備も常に最新式。その装備を使って海を荒らして回ってるらしく、貿易商からも同業の海賊からも恐れられる存在だという。


その資金を使って作られたであろう黄金艦の艦首に立つ一人の男が高らかに笑いながらキングメルビレイ号に語りかける。


『ハァーッハッハッハッ!遂に見つけたぞジャック・リヴァイア!今日こそお前達の船が沈む日だ!』


真っ赤なコートに真っ赤な海賊帽を被った金髪の青年、見るからに育ちが良さそうな彼はカトラスを振り回しながらジャックに吼えたてる。あれがサミュエル・ザラタンか…。


そんな声に応えるようにジャックも船頭に立ち。


「あんだよサミュエル!また新しい船をパパに買ってもらったのか?この間俺達に沈められたばっかりなのに懲りねえ奴だな!」


『喧しい!あれは古くなってたからね!どの道買い換えようと思っていたんだ!君達みたいに古臭い船をいつまでもいつまでも後生大事に使ってるようなゴミカス海賊団とは資金力が違うのさ!ハァーッハッハッハッ!』


「そっか!じゃあ退いてくれ、俺達用事あるから」


『退くわけないだろ!それより君達!僕に返す物があるんじゃないかい!?この間僕達の船から奪った宝の地図!アレは僕達の物だ!早く返してくれたまえ!』


宝の地図?…そういやジャックが俺たちに見せてくれた宝の地図、あれ海賊船から奪ったもんだとか言ってたけど。まさかあれサミュエルから取り上げた物だったのか!?


「あ?あ〜、あれか!」


『そうだ!あれは僕達が見つけた物だ!これから回収に行こうとしていたのに!早く黄金を持って帰らないとアド・アストラへの上納金が払えない!』


「上納金だぁ…?」


チラリとジャックがこちらを見る。いや俺を見るな、他国の金関係はメルクさんの領分なんだよ。


でも大凡想像はつく、サミュエルは上納金と言っているが…実際はマーキュリーギルドから買い付けた商品の支払いだろう。ここからでも見えるがサミュエルの乗っている船に搭載されている武器は全部マーキュリーギルドで取り扱っている物だ。


大方、奮発していい装備をマーキュリーギルドから買って、宝で支払おうと考えていたんだろう。


支払いを少し待ってもらっている間に宝を回収しそれを支払いに当てようと思っていたらジャックに奪われた。このままじゃマーキュリーギルドに払う為の金が無い、マーキュリーギルドへの支払いが滞ればギルドからの支援を受けられなくなる。それは小国にとっては致命的だ。


だからああも躍起になってるんだろうけど…支払い能力がないのに高い買い物する方が悪いだろそれ。


『この際だ!君達の蓄えている財宝も貰おうと思ってね!我が国の艦船を全て出撃させて君達を包囲した!大人しく宝の地図と君達の持ってる財宝を寄越せば今回だけは見逃してやろう!』


「へぇ、断ったら?」


『沈めるに決まっている!言っておくが今日は本気だぞ!我々も命がかかってるんだ。我々もメルクリウスの怒りは買いたくない!金が払えなければきっと奴らは僕の国を滅ぼすだろう!』


そんな事しねぇよ…多分。


「ん?なんだ?私の名前が呼ばれた気がしたが?」


「あれ?皆さん甲板に集まってどうしたんですか?」


「あ、エリス、メルクさん」


すると外の喧騒を聞きつけて船内からエリス達女性陣が現れる。外に出れば武装した海賊達の剣呑な空気を感じ取りみんなの顔つきが変わる、皆それなりに修羅場をくぐってきているからこそ鉄火場の空気はわかるのだ。


「ラグナ、これはどういう事だ?」


「襲撃だそうだよ、…ジャック。あんた恨まれてるな」


「恨まれてこその海賊だろ?…サミュエル!悪いが宝は全部売っちまった!宝の地図は今から宝を回収に行くからその後でよかったら返すぜ!」


『巫山戯るなぁ!!…フンッ、如何に海洋最強の男とは言えこの状況で随分余裕だな。ここにある船は全てザラタン王国海軍の主力艦ばかり、オマケに搭載している砲台は全てデルセクト製の錬金大砲!』


「む、あの錬金大砲…ザラタン王国に売ったやつか、確か砲火と共に周囲に黒煙を油に変換し振りまき、海をも燃やす炎上兵器…だった筈だ。あれで撃たれたらいくらこの船が大きくともあっという間にヴェルダンだぞ」


アハアハと笑うサミュエルの見せつける大砲、デルセクトが作り上げた第三世代型の錬金大砲は三年前のシリウスとの戦いでも戦果を挙げた今の兵器業界に於ける最先端だ。普通自国の城とか要衝たる要塞に配備するものを海賊船に搭載してるんだからまぁ凄い豪華仕様だ。


『この状況もお前ならなんとか出来るか?ジャック・リヴァイア…!』


「問題ねぇなぁ!」


とジャックは言うが状況は最悪だ、敵船は皆キングメルビレイ号を囲むように陣取っている。艦船ってのは基本的に側面にしか大砲が付いていない、つまり正面の背後を取られた時点でほぼ勝負は決まっている。両側面に攻撃を仕掛けたとて囲まれている現状では迎撃も逃走もままならない。


もうこの状況は戦いとは呼べない、この状況に持って行かせないまでの段階を戦いと呼ぶ。この段階はもう勝負あり…チェックメイトの状況だ。


『へぇ!また君が一人でこちらに突っ込んで来るかい?いつもみたいに。だけど君一人でその船を守れるかい?言っておくがすでに大砲に弾は込めている。君が何隻沈めようともその船を見逃すことはない!』


「へっ、問題ねぇって言ってんだろ。なんせこっちには…ラグナがいる!」


「え!?俺!?」


「頼むぜラグナ!指揮とってくれ!」


「お前船長だろ!お前やれよ!」


「俺指揮とかそう言うの無理なんだよ、いつも全員個々人で考えて動くってスタンスだからよ。でも今回はそうも言ってられないようだ」


それでよく船長やってこれたな!いやそれが罷り通るくらいジャックが強いってことだろう。しかし今求められるのは個人の強さではない…だから俺が指揮取れって?


無茶を言う、こんなほぼ投了寸前の盤面から巻き返しなんて。普通は出来ないぜ。


…普通ならな。


「…仕方ねぇ、この船には俺の仲間も乗ってるからな。俺で良けりゃ指揮取るぜ…各人!それでいいか!」


「い、いや…新入りのラグナが指揮って…船長が言うなら信頼するけど、マジでやるんすか船長」


「ああ、行けるだろ。こいつは…そう言うの得意だろうしな」


俺の正体を知るジャックはニタリと笑いながら見下ろしてくる。その顔に周囲の船員達はややたじろぐ…、周りから見りゃ俺はただの新入りだ。それがいきなり船長から指揮なんて異様でしかないだろう。


だが、ジャックがこの調子じゃ頼れない、船を沈められてまたみんなが海に沈んでいく様を見たくはないからな。


「ラグナが指揮を取るんですね、それなら安心です」


「ええ、こう言う状況はラグナ様の専売特許なので」


「ねぇねぇラグナ!私達に出来ることある!?」


「私達、なんでもするよ…」


そしてエリス達もまたやる気とばかりに腕まくりをし。


「ラグナ!ヤベェ状況だけど行けるか!?俺なんでもやるぜ!」


「はい!僕達も手伝います!」


「みんな、…よし!やるか!」


アマルトやナリアも駆けつけ、魔女の弟子が揃い踏む。確かに状況は最悪だが…なんとも出来ないことは無い。俺達の力を合わせればこのくらいの窮地なんてことはないだろう。


故に俺は、手元の手札を確認して…作戦を立てる。


…………………………………………………………


『さて!?そろそろいいかなぁ!?宝の地図を返してくれないか!?君たちの船ごと沈んでも困るからね!』


そして数分、サミュエルが痺れを切らした辺りでジャック海賊団は動き出す。船の指揮をジャックからラグナに移し、この窮地を脱する為…。


「…それで行くんだな?ラグナ」


「ああ、間怠っこしいのは嫌いだろ?」


「だはははは、違いねぇや」


作戦を伝えたジャックは俺の考えた計画を聞いてなんとも嬉しそうに笑う。敵としてみればこれ程恐ろしい男はいないが、味方にすればこれ以上頼りになる男は海の上にはいない、海洋最強の男ジャック…その力を存分に使ってこの場を切り抜ける。


「本当に行けるのかな…」


「ラグナの力を疑うわけじゃねぇけどよ。流石にこのピンチは俺達でも…」


しかし周りを見ればやはりまだ不安に思う物は多いらしい、…士気が低いか。


仕方ない、ここからで一つ起爆剤を投下しておくか。


「ジャック、その帽子貸してくれ」


「え?いいけど?」


と、ジャックから『自分は海賊ですよ』と語るような名刺代わりみたいな海賊帽を受け取り頭に被り、海賊の代名詞のカトラスを片手に俺は船頭に立つ。今だけは…俺がこの船の船長だ。


「聞け!お前ら!!お前らはなんだ!お前らは海賊か!?」


「あ?ああ?何言ってんだ、そりゃ俺たちは海賊で…」


「違う!世界最強の海賊だろ!星を覆いし大海を征き、陸にその名を轟かせるジャック海賊団…その船員達だろう!」


「ッ…!」


「津波を恐れず!大嵐を恐れず!なによりも恐るべきこの海を恐れないお前らが…こんな所で大砲向けられた程度でビビるのか?それとも船長の背中に隠れて自分は世界最強のジャック海賊団の一員です…なんて名乗るのかよ!」


燃えるように語る、叫ぶように燃やす、誇りと矜持を。


思い起こさせ闘志を滾らせる。業火の如く燃えるラグナの気迫が伝播し、火の粉は瞬く間に燎原を燻らせ焔となる。


ラグナの士気向上の口頭の効き目は抜群だ。特に手前のあり方に誇りを持つ男には特に。


「目の前を見ろ!敵がいる、船がある。なら俺達のやることなんか一つしかないだろ!」


「おお、…おお!」


「剣を持て、銃を持て!導火線に火をつけ帆を張り前を見ろ!俺達の恐ろしさを見せつけろ!俺達の力をこの海に示せ!」


「おおお!」


「野郎ども!!略奪の時間だ!!」


振るう、カトラスをサミュエルの乗る船へ突きつければ一気に膨れ上がるやる気と士気、宣戦布告だよ。かましてやろうぜ!


『な、なんだあ!?やる気か!上等だ!総員!あの船を沈めろ!沈めちまえ!』


『で、ですが王子!あの船には宝の地図が…!』


『そんなもの後からサルベージすればいいだろ!』


初手が遅れる、奴らの動きが初手から遅れる。奴らにとってジャック達は憎い相手だがそれ以上にこの船から取り返したいものがある以上攻めるのには覚悟がいる。


だから囲むだけ囲んで脅しをかけたんだ。いつでも沈められるのに沈めなかったってのはそう言うことだ。


サミュエル王子、あんた船長にゃ向いてないぜ。


「メグ!砲火を!」


「畏まりました!」


そこから動くのはメグだ、自慢の速度で大砲に次々と弾を込めると共に一閃するが如くその全てに火をつける。確かにメグは今なんらかの影響により時界門が使えない…いや。


正確に言うなれば帝国の倉庫から物品が取り出せないだけだ。時界門そのものは使える…つまり。


「『時界門』ッ!」


メグの時界門は『自身の認識している領域を繋げる魔術』だ、それ故にセントエルモの楔のようなマーカーがあれば距離関係なく繋げる…ってだけ。普通に視界内に収めていれば時界門自体は繋ぐことができる。


ならば、こうやって遠視の魔眼で遠方の敵船を視界に収めていれば…大砲の砲門自体を敵船に密着させるように転移させることも可能と言うことで───。


「ファイヤー!!」


刹那、俺たちを囲む艦船のうちの一つが内側から張り裂けるように爆裂する。大砲による零距離射撃。回避も防御も不可能な接撃に敢え無く船は燃え盛り沈んでいく。


『な、なんだ!何事だ!』


『王子!船が一隻やられました!』


『何をされた!砲弾は飛んでない筈だろ!魔術か!?だが奴らの船にこんな魔術を使う奴は…!ええい!撃て撃て!反撃しろ!!』


「メグ!引き続き攻撃を!そしてデティは…!」


次の瞬間こちらに向けて放たれる赤く輝く砲弾、サミュエル達が錬金砲弾を撃ってきたのだ。メルクさん曰く爆裂すると共に黒煙を可燃性の油に変換し更に延焼させるという例の砲弾を一発でも貰えばそれだけでこの船は致命傷を負う。


だからこそ任せる。


「防御を!」


「アイアイキャプテーン!『アブソリュートミゼラブル』ッッー!」


船を覆うように荒れ狂う虹色の光、デティが操る分類不能の絶対魔術が船を守るように荒れ狂い砲弾を爆裂させることなく消滅させる。


デティの使うこの魔術が作り出す防御力はまさしく魔術界最強。如何なる攻撃も消滅させ無効化する、故に砲弾はこちらに届くことなくこっちの攻撃はデティの張った魔術による結界を通り抜けて直接敵船を爆裂させる。


『敵の手の届かないところから一方的に棒で叩く』…原始の時代から変わることのない必勝法こそがこれだ。


「よし、他の人員は全力でメグの補佐を!砲弾をありったけ大砲に詰めろ!ネレイドは幻惑魔術で敵を撹乱!メルクさんはデティと一緒に敵の攻撃を防いでくれ!」


「なぁ!ラグナ!俺に出来ることは!」


アマルトが前に出る、アマルトに今出来ることは…。


「今んとこ無い!」


「そっか…まぁ俺今剣持ってないしね…」


「アマルトさん!僕と一緒に砲弾運びましょう!」


皆で次々と用意された砲弾を大砲に詰め、メグがそれを撃ち込み敵船を沈めていく。これで大方はなんとかなる…後は。


「ジャック、…お前は正面の敵を沈めてくれ、俺は後方の敵船を沈める」


「おう、いいぜ」


船頭を降りて、後方へと向かう。ジャックとすれ違い背中越しに彼へと作戦を伝える。メグが攻撃出来るのは同時に一隻まで、ここから一気に決めるなら俺とジャックの二人で敵の包囲を食い破る方がいい。


だから、今はジャックに背中を預ける。


「いい演説だったぜ、ラグナ」


「こういうのはいつもやってるんだよ」


「へへ、そっか。やっぱ俺の目に狂いはなかったな…お前を船に乗せたのは正解だった」


「はぁ?」


何やら意味深なことを言うジャックに思わず振り返ろうとすると、ジャックに背中を叩かれ無理矢理歩かされる。そんなジャックはこちらを見ず手を振りながら船頭へと向かっていき。


「だはははは!笑って行こうぜラグナ、嵐の中にあってこそ船長は笑うべきだ、だはははは!」


「ジャック…何が言いたいんだか」


軽く肩を竦めた後、一度肩を回し関節を解す。まぁいい、今は敵がいる、そっちを片付けるべきだろう。


軽くストレッチを終えた後、そのまま船の上を疾走し船尾から海に飛び降り、そこから全力で足を振るい体が沈む前に足を踏み出し海の上を走る。


「いくぜぇ!おい!!」


『な!なんか走ってくる!?』


海の上を走る俺を見たサミュエル海賊団が慌てふためく、後方を囲む船は全部で4つ!あれ全部ぶっ飛ばす!


『海の上を!?ジャックか!?』


『いやジャックじゃ無い!誰だあれ!』


「うるせぇ!!十大奥義…!第二!」


深く深く、形のない地面を踏み込み飛び上がる。感覚としては体を蹴り上げると言った方が正しいのか。


空へと駆け抜ける体は弾丸の如く、折り曲げ突き出した膝は角の如く、師範から賜った十の奥義の、その二を今敵船目掛け撃ち放つ。


「『大山雄牛穿通角』ッッ!!」


『ギャァァァァッ!?!?』


射線上にある全てを吹き飛ばし進む雄牛の如く、光の矢となった体は目の前の船を穿つ。衝撃によって引き裂かれるように穴が爆裂し既に遥か彼方まで飛んでいた俺の背後で火柱となった船が轟音をあげて跡形もなく海に沈む。


『い、一隻沈められた!?しかも蹴りで綿みたいに…』


『海を燃やせ!あいつを近づけさせるな!』


船を一隻吹き飛ばされ慌てて動き出す残りの三隻は俺に向けて紅の砲弾を撃ち放つ。砲弾は海に衝突すると共に爆裂し油を振りまき海を燃やす。直ぐに俺の周りは文字通り火の海と化してしまうが…。


関係ねぇ、こんなもんで俺が止まるかッ!


「洒落臭ぇぇええええ!!『熱拳龍咆』ッ!!」


拳に魔力を集めそれを全力で握り潰し、擬似的な魔力覚醒を拳で起こすと共に振り払う。それを魔力防壁を応用し巨大な拳の形に整形し撃ち放つ。師範の語る武術の極致…殴らず殴る究極の拳は打ち付ける風の如く目の前の船を叩き、一撃で積み木の城を崩すように吹き飛ばす。


「まだまだ来いやぁぁぁあああああ!!!」


……………………………………………………………………


「アイツ災害かよ…」


そんなラグナの闘いぶりを眺めるアマルトは辟易しつつ分かりきった結末を見届ける。ラグナが出たなら戦艦だろうがなんだろうが相手にならない、事実物の数秒で船を二つも沈めちまいやがった。


ジャックの方もすげぇ戦いをしてるし、海洋最強の男と魔女の弟子最強の男が組んで戦っている以上負けはないか。


「ちょっとアマルトー!サボらないのー!」


「うへぇ、俺必要かなぁ?」


とデティに怒られちゃうけど俺いるか?船の人間も全員総がかりでメグを支えて砲弾詰めてるし、俺が出来ることなんて限られている。


それこそ、アンプルの入ったベルトやマルンの短剣さえあれば俺もラグナほどじゃないが似たようなことは出来るけどさぁ、流石に何にも無しの無手じゃ俺なんかヘッポピーの…ん?


『エリスちゃんは手伝わなくていいからな!』


『そうだぜ!こりゃ俺達ブ男の仕事さ!』


『危ないから船内に隠れてな!』


『え、でも…』


すると甲板の上で砲弾を運ぼうとするエリスが船内に押し込められそうになっている。おいおい、うちの大戦力が戦力外通告食らってら。


今のエリスはこの海賊船のマドンナだ、可憐で華奢で料理が上手くて愛想のいい可愛らしい女の子として海賊達の人気を集めているエリスだから、今この戦いの場には近づけられないと海賊達は善意で言ってるんだ。


まぁ、ここに来てからエリスはずっと大人しいからな。役者だった親譲りの顔の良さと大人しくしてたら礼儀正しい女の子であるエリスを海賊達がそう見るのは仕方ない。けどアイツの本性というか…本来の顔を知ってる俺からすると凄いギャップだ。今すぐそいつを海に放り出してみろ、あそこにある船なんか秒で沈めるぞ…。


「エリスちゃん凄い人気だね」


「ああ、だから言ってんだよいつも。もっと大人しくしてりゃお前もモテるって…お?」


そこでふと気がつく、デティの奴こんな所で雑談してていいのか?だってこいつは今…。


「っておい!デティ!余所見すんな!」


「へ?あやば!」


刹那、デティが余所見をした瞬間、こいつの張ってる魔術の膜に隙が生まれ、その隙を掻い潜って敵の砲弾がこっちに飛んでくるのだ。馬鹿野郎お前!…いや話しかけた俺も悪いか!しゃあねぇ!


「ヨーク先輩剣借りるぜ!」


「え?あ!おい!」


即座に動き近くにいたヨークの腰からカトラスを抜き去り、飛翔。飛んできた砲弾に向け飛びかかり…。


「『断斬 タリウッザーレ』!」


一閃、迫る砲弾をカトラスで切り裂く…と同時にカトラスが俺の力に耐えきれず根元からひしゃげる。やっぱ普通の剣じゃ一振りが限度か!


でも砲弾は叩ききれたし問題ナーシ…。


そう俺がほっこり笑顔になった瞬間、当然の如く両断された砲弾が俺の目の前で爆裂し───。


「いぃっーー!?!?」


吹っ飛ばされる、爆裂すると共に油が飛んできて俺の体が燃え上がりあっという間に火達磨だ。幸い甲板の上に墜落出来たから大慌てで転がって炎を消す。


「アチアチ!燃えた燃えた!」


「無事かアマルト君!」


「ふぅー、あ!ヨーク先輩!大丈夫っすよ、髪チリチリアフロになったけど」


「どんな体してんだよ…砲弾が目の前で爆発したのに」


それは思う、けど無事だししょうがない。船は無事だしデティのエラーをカバーできたらいい。全身燃えて服も黒ずみ体も傷だらけだけどさ、見た目ほどはダメージもないんだぜ?まぁ見た目だけなら重傷だが。


まぁいい!これで仕事できたろ、と立ち上がろうとした瞬間。


「あ……」


目に入る、海賊達に船室に押し込まれそうになっているエリスと目が合う。黙ってこちらを見るエリスの目が…目に入るんだ。


……やばいと直感で思ったよ、だってエリスのあの目。


「アマルトさん…!」


やばい!エリスのやつ『プッツン』してる!エリスが今まで大人しかったのはエリスの琴線に触れるような事柄がなかったからだ。エリスが許さないことと定めている状況が起こらない限りエリスは大体のことを笑って流す。


だがエリスの許せないこと…『魔女の否定』『子供が虐げられる』そして『仲間が傷つく』この三つが侵害された時、エリスは一切の容赦をしなくなる!


「アイツら…ッ!!」


エリスがキレた、少し前まで見せていたほにょほにょした顔から一転、牙を剥き目を釣り上げ瞳孔を狭め髪を逆立たせ魔力を滾らせる。敵を前にした時のエリスの顔だ。


やべぇ、アイツが怒りに任せて行動すると大概ロクでもないことになるんだ、というかロクでもないことになるレベルで大暴れするんだ。止めないと!俺は無事だよ!だから…そう言うよりも早く。


「え、エリスちゃん?どうしたんだいその顔…」


「退いてくださいッッ!!」


「うぉっ!?なんつー力!?」


強引に海賊を押し退けラグナのように船を疾駆し海へと飛び込み。


「『旋風圏跳』ッッ!!」


「うわぁっ!?エリスちゃんが飛んでった!」


「何!?エリスが!?」


まさしく矢の如く、風を切って海の上を切り裂くように飛んだかと思えばエリスは一瞬で砲撃を行った敵船に肉薄し…。


ああ、いつものパターンだ。


『なんか来たッ!?』


『鳥か!?砲弾か!?』


『いや人だァッ!?!?』


「テメェら全員海の底に沈めてやるッッ!!『煌王火雷掌』ッ!」


刹那の間に高く飛び上がったかと思えば叩きつけられる一閃の拳、落雷の如く船に深々と突き刺さるエリスの拳により船体はまるで爆発寸前の爆弾の如く四方から光を漏らし赤熱したように光り輝き…そして。


────吹き飛ぶ、轟音と爆音を轟かせ船が一つ丸々吹き飛んだ。


アイツほんと加減できないやつだな…、でもまぁ俺の為にそんなに怒ってくれるのは嬉しいんだけどね。


「うがぁぁあぁあ!!エリスはエリスの友達を傷つけるやつは一人として許しません!!全員消し飛ばします!!」


にしても、燃える船の残骸の上に立つアイツの姿のなんと禍々しい事か。悪魔か何かかアイツは。


「え、エリスちゃんって…」


「あ…ああ、あんなに」


そんな様を見て呆然とする海賊たち、可哀想に…エリスに幻想を抱いていたツキが回ってきたようだ。残念ながらエリスはああいう感じだよ、少なくとも俺と出会った頃からあんな感じだよ。


にしてもやっちまったな、幻想とは言え都合のいいイメージを持たれてたのに…それもこれでご破算だろうに。これからは海賊達にビビられて…


「可愛い上に強えなんてすげぇや!」


「かっこいいぜエリスちゃん!」


「惚れ直したぁっ!」


「……はぁ、あんまり心配はいらなさそうだな」


『全員エリスが沈めます!今のうちに水着に着替えて泳いで帰る支度をしなさい!!』


「アイツもアイツで二重人格かよ…」


……………………………………………………


後方をラグナが、側面をメグ達と不慮の事態ではあったがエリスが担当して包囲を破壊していく。ラグナもエリスもその強さは弟子達の中でも頭一つ飛び抜けている。


だから海賊船だろうが一級の艦船だろうが敵じゃない。だが…それ以上の強さを見せるのが。


「ほらよ!『蹴波』ッ!」


『ぎゃぁぁあぁっ!?』


ジャックだ、『マーレ・ドミネーション』を使うジャックは足元の海全てを武器に出来る。彼が足を振るえば海が切り取られ砲弾として飛んでいく。その質量は巨大な海賊船を一撃で破砕し海の藻屑に変える。


彼からすれば艦船なんか道に転がる小石みたいなものだ、軽くあしらって吹き飛ばす事が出来るんだからそもそも敵にすらならない。


『ええい!ジャックめ!忌々しい男め!お前さえいなけりゃこの僕が海の王者だったのに!!』


「海の王者ねぇ、名乗りたきゃ名乗ればいいだろうがサミュエルよぉ」


サミュエルの言葉を下らないと鼻で笑う、いやそもそもジャックは海の王者なんて呼び名さえ下らないと笑う。


海は国じゃない、海は人のものじゃない、誰かのものじゃない。その上に立って王冠を被ることの何と下らない事か。


海は海のものだ、それそのものが一個の生命体といってもいいくらい海とは恐ろしいものなんだ。今まで数多くの海域を制覇してきたが…それでも俺はまだこの『海』って奴に勝てちゃいない。


そんな俺が、この海の王者だって?チャラチャラおかしいったら無いぜ。


『喧しい!今ここでお前を殺して僕が海の王者になってやる!』


「俺に勝ててないお前が、海に勝てるとは思えねぇけどなぁ」


『だから喧しいって…』


すると船から顔を出したサミュエルは、巨大な砲台を取り出してジャックに向ける…。見たことのない形の砲台…いや砲座だ、なんだあれ。


『あはははは!これぞお前用の最終兵器!ガトリング砲だ!死ねぇ!ジャック!』


複数の銃が合体したみたいな銃を動かしながらジャックを狙うサミュエル…だが。


「はぁ、お前…つまんねぇよ」


振るう、剣を、振り上げる。それと共に海は高く波を立て…サミュエルの船に降りかかり瞬く間に水浸しにしてしまう。


「ぶわっぷ!?あ!ガトリング砲が濡れて!おい!動け!動けって!」


あれが銃や砲の一種であるなら、水をかければそれだけで機能しなくなる。そんな事も分からず喧嘩売ってきたなんて…どこまでも小物な男だ。


やっぱ喧嘩はもっとワクワクする奴じゃねぇと面白くねぇ。その点で言うとサミュエルはタイプじゃない、金で集めた船と船員でゴリ押してくる、そこにはロマンも何もない。そういう航海の仕方もあるんだろうが…俺は好きじゃねぇな。


「さぁてどうするよサミュエル、お前のお仲間の船は全部沈んだようだぜ?」


『え?え?…そんな』


ラグナ達がいい仕事をしてくれた、いつもならヴェーラやティモンが担当する仕事を代わりにやってくれた、やっぱアイツらマジで強えんだな。既に十数隻あったサミュエルの船は残り一隻のみ…勝負ありだろ。


さぁ!ここからどうする…サミュエル!


『っ…っ!退却!退却退却!』


「はぁ…っぱ逃げんのか…」


『逃げるんじゃない!戦略的撤退だ!』


「撤退ねぇ、お前…船長に向いてねぇよ、サミュエル」


慌てて反転して逃げていくサミュエル。海に置き去りにされた部下達を放って自分だけ逃げる、船長なら船員を守れ!とは言わねえよ?言わねえけど…所詮はその程度の覚悟で挑んでるって事だろう。


強い武器を手に入れたから、強い船を手に入れたから、それで大きくなったつもりでいるうちはまだまだだ。本当にいい船長ってのは嵐の中でこそ笑うものだ、例えどれだけ劣勢に立たされようとも不敵に笑う奴が最後に勝つのさ。


血相変えてベソかく奴は死んでも勝てない。


「はぁ、面白くねえの」


振り返り、船に戻ろうとすると…ふと、景色が見える。エリスとラグナが置き去りにされた船員達を救助して即興で作った木片に浮かべ近くの島まで送っている。別にあんな奴ら放っておけばいいのに。


俺なら助けない、俺は見込みのある奴以外は助けない。何故なら海に出た時点でいつだって魚の餌になる覚悟は決めていて然るべきだからだ。俺だって今この瞬間に死んで海に沈むなら本望だと思っている。ラグナ達が助けている海賊達もそういう覚悟は持ってるだろう。


…ラグナは見込みはあるが。


「やっぱり、甘いな…まだまだ」


或いはその甘さも…、いや…俺が言えたことじゃねぇか。


…………………………………………………………


「だっはっはっはっ!いやぁ助かったぜ!お前ら全員強いのな!」


膝を叩き笑うジャックは此度の勝利を祝うように甲板に船員を集めて俺達を褒め称える。先程の戦闘、かなりの窮地であったもののこちら側の戦力も潤沢ではあったからやり方を間違えなければそうそう負けないと目算を組んでいた。


そして実際に戦いに出てみれば敵船は一隻を残して全て撃沈、俺とジャックの二人で打って出ただけでサミュエルの艦隊はブクブク沈んっていった。気がついたらエリスも何故か戦闘に混ざっていたがまぁそこはいい。


「ああ、俺の仲間達はみんな強いよ。頼りにもなる」


「だな、いい仲間を持ってる」


ニッと笑うジャックは樽を玉座のように扱いながら祝いの酒を開ける。仲間達が頼りになるのは当然だが…それ以上に思うのは。


やはり、ジャックは海の上では無敵だと言う事。


奴等の持っていた海を燃やす砲弾、初手でジャックではなく船の方を狙う戦法、近づかれた時のためのガトリング砲。サミュエルが用意した全てはジャック一人に対してのものだった。


十数席で囲んで最新鋭の装備を揃えて作戦を立てたのがジャック・リヴァイア一人のためのものであり、そしてそれすらも跳ね除けるジャックの強さ。この男が海賊業界で…そしてこの海でどれほど絶対的かを改めて思い知らされた。


海洋最強は伊達じゃないな。


「あんだけ徹底的に叩きのめせばサミュエルの奴ももう二度と関わってこないだろう。まぁさっきの戦いは実際ちょっとヤバかったが…それもお前らのお陰でなんとかなった!」


「ああ!流石だぜラグナ!今まで新入りなんて言って悪かったな!」


「アンタやっぱ船長が見込んだ男だぜ!」


「お前みたいに強い奴が乗ってくれていたなら俺達も安泰だぜ!」


「あははははは!こりゃお祝いだな!ウチらの海賊団の大勝利と最高の船員の大活躍のお祝いを!」


周りの海賊達ももうすっかりお祝いムードだ、喜色に溢れ手を叩いて大喜び、…やっぱいいな。勝った後のこの馬鹿騒ぎってのは、いくつになってもこう言う雰囲気は好きだぜ?俺は。


「さてラグナ、そろそろ俺の帽子返してくれね?」


「よーし!船長命令!今日は甲板で飲めや歌えの馬鹿騒ぎだ!天下無敵のジャック海賊団の勇猛さを海に知らしめてやろーぜー!!」


「アイアイラグナキャプテーン!アンタ最高の船長だぜー!」


「あ!おい!船長は俺だよ!?」


ジャックの船長帽を被り直しながらカトラスを掲げて大いに叫ぶ、俺達は勝った、俺達は生き残った、勝ったなら飲もう!生き残ったなら食おう!それが勝者の特権だ!


俺が船長命令を出せばあっという間に船員達は厨房の方に駆け込みあれやこれやとご馳走を持って甲板に並べ、瞬く間に宴が開催される。


「おいおいアンタ達、何料理長の許可無く食材使ってんだい!」


「あ、マリナさん…」


「肉とか生のまま食ったら腹壊すよ!お祝いに相応しい料理作ってやるから全員手を貸しな!酒蔵も開放だ!今日は夜まで飲みまくるよ!」


「ヒュー!流石マリナの姉御だぜー!」


「あの、…俺の意見は?船長の俺の意見…まぁ宴は賛成だけどさ、うーし!俺も飲むぞー!」


だはははは!と笑いながら海賊達を引き連れマリナ料理長と共に厨房へと駆け込み更に豪勢な宴を開くための準備にかかってしまい、甲板には俺達魔女の弟子だけが取り残される。


「なんていうか、嵐よりも嵐のような人達ですね」


「だな」


ちょっと呆れたように笑うナリアを見て、同意するメルクさんを見て、同調するように微笑んでいる仲間を見て、思う。ジャック達は海賊で正直嫌な出会い方をしたが…こうして関わってみると気持ちのいい奴らで、一緒に旅をしていると好感すら抱いてしまう。


寧ろジャックという男のあり方は、アルクカース人的な価値観から見ると非常に好みしいこともあってか、俺はちょっと…あいつの事が好きになりつつある。


きっとみんなも、現状を悪くは思ってないんだろう。


「ってかさぁラグナ」


「ん?」


ふと、何故か黒焦げアフロのアマルトに声をかけられ振り向くと頭に乗せたブカブカの海賊帽がズレて、ちょっと位置を直す。その様を見てアマルトは笑い。


「お前、似合ってんな」


「え?何が?海賊が?」


「言い方は悪いけどな、でもああいうのを率いてる時のお前はなんか…らしいっていうかさ」


「そうかぁ?、…お前俺のことどういうイメージで見てるんだよ」


「いやいや、別に海賊率いるのがらしいってんじゃねぇ。ただ誰かの前に立って笑ってるお前がらしいって言う話さ。最近のラグナはさ、なーんか…ずっと考え込んでて元気なかったろ?」


「……そう、かな」


元気がなかった…そう言われて、なんだかギクリと居た堪れない顔をする自分がいる。


けど弁明させてほしい、別に元気がなかったわけじゃないんだ。ただこの状況とみんなを危機に陥れてしまった自分の不手際に落ち込んでただけで…いや一緒か、子供みたいに不貞腐れてただけか。


「悪い…」


「は?なんで謝るんだよ」


「いや、…その…変に元気なくて」


「いや別に悪いとは言ってねぇって…、まぁ最初は面食らったけどここも悪いもんじゃねぇしさ、なぁエリス」


「なんでエリスに振るんですか」


「いやお前さっき戦ってる時めちゃくちゃイキイキしてたじゃん、やっぱ厨房じゃ猫被ってたのか?」


「そう言うわけじゃありませんけど、愛想は振りまいてるつもりでしたよ。でもやっぱりエリスは厨房にいるより戦ってる方が好きですね。久々に暴れてスッキリしましたし、やれるならエリスが一人で全部の船沈めても良かったですよ」


「お前思想がキルゼムオール過ぎるだろ…、引き続き猫被っとけよ…」


なはははと笑うアマルトが肩を叩き『な?』と笑う、何が『な?』なのかは分からないが多分慰められてるんだろうな。


しっかりしないとな、俺も。


…………………………………………………………


「いぇーい!宴だ宴だ!大勝利ビクトリー!」


そしてそれから、厨房から山程食材持ってきてみんなで飲めや歌えやの大騒ぎ、幸いみんなが魚を釣ってたからその分食料に余裕があったのだ。それらを今日盛大に振る舞い大騒ぎする。いつもなら食事に規律を求めるマリナ料理長も。


『騒ぐ時に騒ぐために普段は規律を重んじるんだ!こんな時まで硬いこと言ってんじゃないよ!』


と、宴そのものには協力的でいてくれた、彼女もまた海賊を取り仕切る者として締める時と緩める時の間隔はキチンと理解しているようだ。


「ナリアちゃーん!歌ってくれー!」


「いいですよー!では僕らの勝利を祝しまして一曲〜!」


樽の上でくるりくるりと回りながら歌うナリアを酒片手に手拍子で囃し立てる海賊達。


「うぇぁはははは!また俺の勝ち〜!全ドリ〜!ぅえはははは!」


「またアマルトの勝ちかよ!」


「む…ぅ、なんと言うことだ…」


「ピクシス君はギャンブル弱っちいなぁ!あははははは!」


「こいつ!次は勝つ!」


海賊達やピクシスを相手にポーカーをしながらバカ稼ぎするアマルトは酒瓶片手にゲラゲラと笑う。もうすっかり出来上がって酔っ払い状態だと言うのに何故か賭け事に関しては凄まじい強さなのだから不思議だ。


「エリスちゃんって強かったんだな…」


「え?エリスは強いですよ、エリスだけじゃなくてメグさんもメルクさんもネレイドさんも」


「デティちゃんもすげー魔術使ってたし…チビなのに」


「敬えよー!?」


先程の戦いで活躍したエリス達もまた羨望の眼差しを向けられながらも厨房から酒や料理を運んできて精力的に働いている。曰く『騒ぐより働いてる方がいい』からだとか。


みんなもうすっかりこの船に馴染んでる、宴も盛り上がる一方でもう夜だと言うのに今さっき宴を始めたみたいな雰囲気だ。


そんな賑やかな宴を少し離れたところから眺めながら感傷に浸る。勝利の宴というのはとても良い。こんな風に楽しく騒げるならまた勝とう、また生き残ろう、そんな活力が湧いてくる宴が俺は大好きだ。


いいもんだな、みんなが元気で笑ってるってのは。それは心の底から思えるよ。


「お前は、向こうで騒がないのかい」


「ん?あ…ジャック」


ようと少し離れたところで一人で壁にもたれかかる俺に、ジャックが木製のジョッキを片手にやってきて、隣にどかりと腰を下ろす。…あ、そうだ。


「悪りぃな、流れで船長帽借りちまって、返すよ」


そう言いながら頭の上の船長帽を返す、髑髏が書き込まれた真っ赤な帽子、正直めちゃくちゃかっこいいけどこれはこの船の主人の物だ。俺がいつまでもつけてていいものじゃない…そういうとジャックは。


「別に返さなくてもいいぜ、つけてろよ。似合ってるぜ」


「え?いやでもこれはお前の…」


「船長ってのは船長帽をつけてるから船長なんじゃねぇ。みんなの命を背負ってるから船長なんだ…そういう意味じゃ、今回の戦いでみんなを守ったお前も船長足り得ると思うぜ」


「なんだそりゃ、船長足り得るからって別になるわけじゃねぇだし、何よりこの船の船長がお前であることに変わりはねぇだろ、王に冠が必要なように船長にゃこれが必要だよ」


「そうか?…船長ねぇ」


俺から帽子を受け取り指先でクルクルと回すジャックは感慨深そうに船長帽の髑髏と目を合わせる、しみったれた空気だ。こいつはどうやら見た目の割に静かに酒を飲むのが好きみたいだな。


「俺ぁさ、最初は海賊船の船長になるつもりなんか…全くなかったんだぜ?」


「え?」


唐突に切り出される話に目を丸くする、海賊になるつもりはなかったって…そりゃ世の中にはそういう奴もいるだろうけど、海洋最強の大海賊がそれ言っていいのかよ。


「俺の両親はさ、元々船乗りだったんだ。オヤジもオフクロも船に乗って世界各地を旅する冒険家だった。出産も船の上で行ったし子育ても船の上、俺はずっと海で生きてきた。最初に陸にあがったのは…七歳くらいの時かな」


「マジで海の上で生まれて生きてきたんだな…」


「おう、ガキの頃から両親と一緒に海を駆け抜けてさ。ディオスクロア文明圏に囚われず世界中を旅して回ったのさ、その時は両親みたいに純粋に冒険家として生きていくもんだと思ってたんだがな…」


グビグビと口の端から酒を零しながらジャックは遥かな水平線と一等輝く旅人の星を眺める。その目は遠く果てしない過去を想起するようでいて…今を見つめるようでもある。


「潮目が変わったのは両親が死んだ時かな、運が悪かった。色々な要因が重なり船が横転してよ、俺を守るように抱きしめて死んだ両親の腕の中で目覚めた時は無人島に流れ着いててさ…歴戦の船乗りでもあっけなく死ぬくらい、海は怖いものなんだって…あの時思い知ったね」


「…そっからまた海に出たのか?」


「おう、両親をその島に埋めて、木を切り倒して船を作って港を目指してもう一度俺は航海する道を選んだ。どれだけ怖く恐ろしい場所でもここは俺にとっての全てだったからな…だから仲間を集めてもう一度海に出た、どうせ陸じゃ生きてけないしな!だはははは!」


その時の仲間がティモンとヴェーラか、しかしよくもまぁもう一度海に出ようと思えたな。船が横転して無人島に流れ着き両親が死ぬなんて相当な経験のはずなのに。それでもジャックは海に出たいと思えるほどの意地を見せ今ここで海洋最強と呼ばれているのか。


「まぁその後すぐに海賊船に襲われてさ、仲間守るために死ぬ気で戦ったらなんかその海賊船の船長になっててさ」


「どういう状況だよ…」


「まぁ元々持ってたボートよりいい船だったから船長になって、海で生きてくために海賊やってたらほれ…いつの間にやら海洋最強の男なんて呼ばれるようになってさ?」


「大事なとこ飛ばしすぎじゃねぇ?」


「最初は夢を叶える為だったけど…気がついたらいつの間にか色んなもん背負って肩書きまで得ちまって…しょうがないから船長やってんのさ俺は」


「………………」


こういうこと言うのはあれだけど、なんかジャックの気持ち…ちょっとだけ分かるかもしれない。しょうがないとか成り行きとか言ってはいるがジャックは別に渋々船長をやってるわけじゃない。海賊船の船長という肩書きに誇りを持っている…俺はそう言い切れる。


だって…。


「…俺も、似たような感じさ。最初は祖国の戦争を止める為…ただそれだけだったのに、成り行きで王様になっちゃって…今こんな状況さ」


俺もそうだからだ。最初はデルセクトとアルクカースの戦争を止める為に王位継承戦に臨んだ。けどそこで勝てちゃったから王位を継承してしまっただけであの時の俺の目的は王になることじゃなくて無益な争いを止める為だった。


しかし、だからと言って王である事を煩わしいと思ったことはない。寧ろ王として在れる今の己に対して誇りすら持っている、出発点は関係ない、どこに行き着きどう思うかが大切なんだ。


だからきっとジャックも同じように思ってるはずだ、海賊になるつもりはなくとも今の海賊としての自分に誇りを持っている…と俺は思うよ。


「へぇ、俺達似た者同士かもな」


「一緒にすんなよ」


「だははははは、…まぁそうさな。一緒じゃない、仲間に対して責任を取る奴と取れない奴じゃあ雲泥の差って奴だ」


「うっ…」


急に辛辣だな、でも確かにその通りだ。責任云々を思うなら俺はいつまでもここでこうしていていいはずが無い。仲間達を一刻も早く海賊達から解放することに尽力するべきなのに。


…うん、ちょっと試してみるか。


「なぁジャック」


「なんだい相棒、お前も酒飲むか?」


「酒は戒めてんだ、それよりさ。…俺達を船から降ろしてくれないか?」


「……黒鉄島に行くんじゃねぇのか?」


酒瓶を一口仰ぐ、こちらは見ない、ただ俺の船を降ろしてくれという言葉にジャックはその問いだけを返す。


黒鉄島に行きたいかと言われれば…行っておきたいという気持ちはある、その方が調査は確実だ、けど…飽くまで調査だ。


「後回しでもいいと思っている、俺達にはここで時間を無駄にしている暇はないんだ」


「……後回しでも?ラグナ…そりゃ良くないぜ、それは逃げだ、お前は逃げるのか?」


「別に逃げてねぇよ、ただ状況が悪いから…」


「撤退?…そう言いたいのか?」


「…………」


「まぁ俺もお前らをいつまでも船の上において置くつもりはない、アルクカースの国王様を船員としてこき使ってたらいつかアド・アストラの大艦隊が俺達を殺しに来るだろう。流石にそうなったら俺もおしまいだ…けど、今はまだ降ろせねえ」


「なんでだよ、そこまでしてなんで俺を船に…!」


「……俺がお前を気に入ってるからさ、今日は話せて楽しかったぜ。もうすぐ宝島だしそこも楽しもうぜ?相棒」


それだけ言い残しジャックはその場に酒を置いて宴の喧騒の中へと消えていく。結局…まだ降ろして貰えそうにない。その理由がジャックの中にはあるようだが…どうにもこうにも。


俺を気に入ってるからまだ船から降ろしたくない?そんな腑抜けみたいな理由で俺を船に乗せ続けてるのか?


それとも、何かお前にゃ企みがあるのか?…ジャック。


………………………………………………………………


「クソ!クソクソクソクソ!ジャックめ!忌々しい奴!」


「サミュエル王子、落ち着いてくださいよ…」


「これが落ち着いていられるか!我が国の戦艦が十隻以上も沈められたんだぞ!大損害だ!デルセクト製の兵器も水の底!宝の地図も奪われたまま!最悪だ!最悪の日だよ!本当に!」


ジャックに敗れ物の見事に敗走を決めるサミュエル海賊団は夜の海に轟くような怒号を響かせていた。船長サミュエルの癇癪だ、あれだけ用意し自信満々に包囲して挑んでこの様なのだから文句の一つも言いたくもなる。


「けど王子ぃ、やっぱジャックに喧嘩売るのは無理っすよ。他の海賊も言ってたじゃないっすか、この海でやっていくにはジャックの縄張りを避けてやっていくしかないって。あいつマジでヤバいですって」


「忌々しい!海の上でなら魔女大国に邪魔されずに稼げると思ったのに!あの男さえいなければ…!」


クソクソ!と叫びながらサミュエルは強く地団駄を踏む…すると。


「おお?船が揺れた」


「王子、地団駄踏みすぎですよ」


グラリと船が揺れたのだ、根底から揺さぶられるように。それを受けサミュエルは自身の足を見る…ただ地団駄を踏んだだけでこの巨大な船が揺れるか?


「い、いや、地団駄じゃ船は揺れないだろ。まさかさっきの戦いで船のどこかに傷でも出来たんじゃないのか?」


「え?でもジャックは俺たちに水しか被せてないような…」


「いいから探してこい!この役立たずのグズども!」


そう怒り狂いながら懐の拳銃を引き抜き天に向けて発砲する…、すると再び船が揺れる、今度はさっきよりもなお大きく。尋常じゃない揺れ方だ。


「おかしい、どう考えても…やっぱりどこかに傷があるはずだ」


「しかし傷なんかどこにも…」


そう言って船員の一人が船の手摺から船体を眺めるように見下ろすと…、そこには揺らめく闇の如き海が広がって…。


その闇の中を、覆うような影が…船の下を通過した。


「な、何か…何かいる」


「は?なんだと?」


「何かいます…船の下に何かいます!それも信じられないくらいデカい何かが!」


サミュエルや船員達全員で船の下を見る、するとそこには闇を切り裂く巨影がぬらりと蠢き波を立て、船を揺らしているではないか。


驚愕すべきはそのサイズ、一般的な艦船よりも巨大なこの王国海軍の軍艦が小舟に見えるほどの巨大さ、まるで一つの島が海の中にあるみたいな…そんな膨大で果てしない影が通過する。


なんだこれは…。


「これはなんだ、鯨か?いや鯨なんかよりもずっと大きい…、まさか魔獣?だが」


こんな巨大な魔獣なんかいるわけがない、島と同サイズの魔獣なんか聞いた事も…、いやある。


このマレウスの海に伝わる伝説。御伽噺だと笑い飛ばした…伝説の魔獣。


────百年に一度の周期で現れると言う生きる災害、協会指定危険度オーバーAランクの大魔獣。人類最高位の使い手とされる魔女大国の最高戦力でさえ手も足も出ず、その討伐には魔女が出撃しなくてはならないと言われている…。


そんな災厄の魔獣がこのマレウスの海にいるという噂を耳にした事があった。二百年前に出現しそれ以降誰にも討伐される事なく生き長らえ、この海に悠久もの間…頂点に君臨し続ける最強の生命体。その名も…『波濤の赤影』レッドランペイジ!


それが、これ?そんなバカな…実在したなんて。


「こ、コイツ!こっちを見てる!」


「襲ってくるぞっ!!」


揺らめく赤影、島程の大きさの影が揺らめけばそれだけで波が起こる。海が動くようなそんな衝撃が船に走る。根底が揺らぐような揺れはレッドランペイジが起こしていたのか!


「た、大砲を!」


「いや全速力で船を移動させて退避を!」


「もうダメだー!」


「お、落ち着け!落ち着けお前ら!船長命令だ!」


足元に二百年誰も倒せなかった伝説の魔獣がいる、その事に混乱し恐怖で慌てふためく船員達を落ち着かせようとサミュエルは声を上げるが誰も聞いていない、誰にも聞こえていない。


そうしている間にもレッドランペイジは動き出し…。


「っ!?なんだぁっ!?」


突如爆音と共に海から水柱が上がり中から天を衝くような巨大な槍が…いや真っ赤な触手が姿を現したのだ。


「あれがレッドランペイジの触手…?なんて巨大なんだ、触手一本で城程の高さがあるなんて」


蠢く真紅の触手、それが二本、三本と水を破裂させながら海から現れ船を逃すまいと囲み覆うようにねじ曲がりサミュエル達の船を狙い…。


「あ、ああ、ああぁぁあああああああ!!!!」


───夜闇に響き渡る爆音と断末魔の悲鳴。光の届かぬ深海の底から這い出し悪魔の触手は頭上を通る人を許さず、海そのものの怒りとして顕現し、あらゆる船を沈める。


そのあり方はまさしく…厄災。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  物騒な世界だから『強さ』は種の繁栄的にモテるための要素筆頭では……ハッ!? そういえばアマルトさん大貴族の出だったから護衛とか付けられてて必要ないのか。  サミュエルー……とりあえずザ…
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