400.魔女の弟子とジャックと言う男
ジャック海賊団、世界一の海賊船キングメルビレイ号を駆り大海を征く海の覇者。海賊の中では比較的珍しく自らが課した法や掟に則って動く者達であり、無法者でありながらその統率力は並みの賊を遥かに凌駕し一国の軍隊にも勝る団結能力を持つ。
まさしく海の上では敵無しの海賊団、その船の上に…今俺達はいる。
「オウ新入り、しっかり磨けよ」
「うーい!」
「えー、もう床綺麗じゃんかよー、磨く必要ある〜?」
「違うますよアマルトさん、これは毎日掃除してるから綺麗なんです。一日でも怠ったらすぐ汚くなっちゃいますよ」
「そう!そのとーり!ナリア君は分かってるねぇ!」
巨大なキングメルビレイ号の甲板を海賊服を着ながらラグナとアマルトとナリアの魔女の弟子男組はモップ片手に肉体労働に励む。
俺たちは今ジャックの船の船員として働かされている。全ては俺が失態を演じジャックに敗北したからだ。危うく海に沈んで死ぬところだった俺達をジャックは引き揚げ、何を思ったか船員とすると宣いこうして働かされてしまっているんだ。
海のど真ん中で、しかも海洋最強の男が見張るこの現状ではそもそも逃げ出すにも方法がない。しかし海賊としてしっかり働き信頼を得れば船の行き先を決める権利を得られるというのだ。
だから俺たちは序でにそいつを利用して今度こそ黒鉄島に行くつもりだ、黒鉄島に行くまでに脱出の算段を立てておき、黒鉄島の調査が終わり次第トンズラをこく計画…まだ概要しか決まってないが今はこれを指針として動いている。
その為にもまずは海賊達の信頼を得なくてはいけない、信頼ってのは口八丁手八丁で得られるもんじゃない、真面目にしっかりやる事だけが信頼を得る近道なのだ。
だから先輩海賊のヨークの指示に従って甲板を掃除してるってわけさ。
「ふう、どうだいヨーク先輩、なかなかに綺麗になったんじゃないか?」
「おう、…お前ら三人とも意外に真面目だな、しかもこの甲板清掃の洗礼を受けてもまだピンピンしてらぁ、俺が新入りの時なんかはここ掃除するだけでももうクタクタだったのに」
「そりゃこんなだだっ広い甲板をガンガン太陽照りつける中やってりゃな!」
とアマルトはヘラヘラ笑うが、実際過酷であることに変わりはない。熱射病の怖さはこの間味わったばかりだ。ナリアに帽子を被せて都度都度水分補給させてたからなんとかなっただけだ。
というかそれ以前にナリアは普通に掃除というものに手馴れていた、なんでも旅劇団時代は毎日のように散らかった劇場を掃除して回ってたから慣れてるそうだ。ナリアは本当になんでもできるな。
「じゃ、次行くか」
「うへぇー、まだあんの〜?」
「勿論、このキングメルビレイ号はデカイからな!」
そう言いながら甲板の上を歩いて俺達を連れ回しヨークの背中を見て、ふと気になったことを聞いてみる。
「そういえばさ、ヨーク先輩は…」
「ヨークでいいよ、先輩って言えるほど俺も歴が長いわけじゃないし。そう呼んでくれるのは嬉しいけどさ」
「あ…そう、ならヨークさんはさ。なんでこの船に乗ってるんだ?元々海賊を?」
「んぅ?まぁ世間話し程度にはいいか。俺は元々海賊だったんだよ、この船に乗る前から海賊やってて…元は別の海賊団の所属だったんだ」
海賊同士のあれそれは分からないが、そういう今居るところを抜けて別の所に行くってのはありなのかな。なんて気にしているとアマルトが…。
「それありなの?ほら賊ってそういうのはめっちゃ気にするじゃん」
「勿論ナシだよ、絶対ダメだ。一度着いてくって決めた船長と船には死ぬまで付き合うのが俺達海賊の流儀…なんだけど、なんていうのかな。そういう流儀を無視してついて行きたくなる何かがジャック船長にはあったんだなぁ」
「好かれてるな、それはやっぱりこの海賊団が強くて大きかったから?」
そう俺が伺うとヨークは足を止めずに背中を向けたまま静かに首を横に振る。
「違うな、強さとか賢さとかそういう話じゃないんだ。…実はさ!俺ってば夢があるんだ、古代通貨って知ってるか?」
「ああ、魔女通貨が出回る前に使われてたって言う古のコインだろ?」
魔女時代になる前の…所謂十三大国時代に使われていた通貨、つまり八千年前のを古代通貨と呼ぶことがある。魔女が世界を治めるようになると共に世界から姿を消したとされるその通貨…けどまぁ実際はシリウスの大厄災の所為で大国が残らず消し飛んだから物理的に消えただけなんだけどな。
「俺はさ、いつかその古代通貨を手にするのが夢なんだ」
「え!?古代通貨を!?」
そりゃ…無理だろ、今のところ古代通貨が見つかった例はない。噂では帝国の宝物庫に僅かに保管されているという話も聞くが何処かから発掘されたなんて話は一切聞かない。なんせ八千年前だ、ただでさえシリウスの件もあるし時間経過だってある、現存してる物なんてもう…。
「今無理って思ったろ」
「え?ま…まぁ、実例がないし」
「よく言われるよ、俺が元々乗ってた船の船長も船員もみんな言ってた。けどジャック船長だけが笑わなかった、何事も笑い飛ばすあの人は俺の夢を聞いた時だけ笑わなかった…そして肩を組んでこう言ったんだ」
『誰もが笑う夢?上等じゃねぇかよ、そりゃつまりお前だけが見れるお前だけの夢ってわけだ。海にゃ遮る物は何もねぇ、見るなら水平線の向こうまで届くような見果てぬ夢を見てこそ海賊だろう!』
「そう言って俺の夢を肯定してくれた…、やっぱ見るなら夢は誰かと見たいだろ?俺はジャック船長と夢見たかった。そう思わせる物があの人にはあるのさ」
そう語るヨークの背中からは…熱を感じた。熱狂だ…ヨークはジャックに惚れ込んでいる。男にここまで言わせるんだ、アイツの侠気それは程のものなんだろう。
…これが、アイツの船長としてのあり方なのかな。
そう話し込んでいる間にもヨークは船の中へと入っていく、俺達もそれに続く。甲板も広いが内部は尚も広い、何人もの海賊達が常に忙しそうに何かに熱中しており、まぁ指揮官的な立場から言わせてもらえば理想的な現場と言える。これを作るのは難しいが…それをさせるのがジャックのカリスマなんだろう。
「よし、話してる間に着いたな。一応案内するぜ?ここは備品倉庫だ。うちの船にはいくつか倉庫があってさ、武器庫・食料庫・宝物庫ってな感じで多くのものを載せててな?ここは比較的どうでもいいものや日常的に使う物を収納しておくための倉庫なのさ」
そう言いながらヨークが案内するのは入り組んだ船の奥。船の尻にあたる部分だ。
やっぱ武器庫とかもあるんだ…。
「おお!宝物庫!?折角なら宝物庫の掃除してぇなぁ俺!」
「僕も!海賊の財宝見てみたいです!」
「バーカ、宝物庫はジャック船長しか普段は入れないようになってんだよ。許可なく入れるのは操舵手のティモンさんとか航海士のピクシスさんとか、後は風読士のヴェーラさんくらいなもんだ」
「えー、いけないのかよ〜」
「流石にな、どれだけ統率取れてるって言っても俺達海賊だし…そうホイホイ宝物庫に出入り出来てもロクな事に何ねぇだろ」
「まぁ確かに」
ちょっと残念だなとアマルトは笑う、まぁ確かに俺も海賊の財宝に興味がないわけじゃない。世界一の大海賊ジャックが溜め込んでいるお宝ってのは一体なんなのか…気になる、気になるが。気になるだけかな。
「それよりここの掃除も大変だぞ、一番ごちゃごちゃしてるからな」
「ごちゃごちゃしてるのか…」
「うちに整理整頓出来る人間なんて一人しかいないからな。後は全員大雑把、使ったら使いっぱなし置きっ放しの常習犯ばかりよ、あははは」
なんてロクでもない事を言いながらヨークは地獄と化しているという倉庫の扉を開く…すると。
「…ん?あれ?意外に片付いてんじゃん」
「確かに〜、なんだよやれば出来んじゃんよぉ〜」
「え?え?おかしいな」
俺とアマルトで倉庫の中に首を突っ込んでみるとこれが意外に片付いている。釣竿はサイズ順に並べられているし、娯楽品は種類順や大きさ順で並べられている。はっきり言えばかなり几帳面に収納されてるんだ。
これが散らかってるなら俺たちの馬車なんて恐ろしいことになっちゃうよ。と思いきやヨークも首を傾げており、どうやらこれは不測の事態らしい。
「ん?なんだ?掃除に来たのか?悪いな、先に片付けてしまった」
「え?あ!ピクシスさん!」
すると、倉庫の奥から帳簿を抱えた若い…それこそ俺達より年下、エリスと同じ歳くらいの男がやってくる。茶髪の髪、生意気そうな目つき、何より気になるのは腰に差した二本の剣と二丁の銃と重武装をした青年で…そいつが倉庫をすでに片付けていたのか悪いなと謝りながら俺たちの顔を見て。
…って、こいつ。
「あ!お前!」
「っ!お前達は!」
こ、こいつだ!エリスに銃を突きつけてた若い海賊!アマルトとナリアを無力化したやつだ!
咄嗟に俺は拳を構え、アマルトも剣を抜こうと腰に手を当てるも何もない事に気がつき即座に俺の後ろに隠れ…っておい!戦えよ!
「テメェ、エリスに銃を向けてたやつだよなぁ…!」
「ふんっ、そういうお前は船長にボコボコにやられてた三下と私に負けた四下二人じゃないか」
「負けてねぇ!」
「俺達も負けてねぇやい!あん時は気分が悪かったんだい!」
「そーです!気持ち悪かったんです!」
「ふんっ!どうだか…」
ニタリと笑う若い海賊は俺達を見下すように首を曲げる、この野郎。ここでやろうってのかと俺も深く腰を落とすと…。
「あー待て待て!やめろって喧嘩は!ピクシスさんも!今はこいつらも船員なんすから!乗組員同士で殺し合いはご法度でしょ!?」
「ピクシス?こいつが例の…航海士?」
「ふんっ、そうだったな…命拾いしたな」
この偉そうなのが航海士?航海士ってのはあれだろ?航海の全てを管理する航海の頭脳だろう?それがこんな若手が務めてんのか…?
「まぁいい、自己紹介くらいはしておいてやる。お前たちも今は我々の仲間…という扱いだしな、私はこの船唯一の航海士ピクシス・バラクーダ。お前達船員の上に立つ者だから私の命令は聞くように」
「はあ!?誰が…」
「待て待てってアマルト君、この人は船長直下の三幹部の一人なんだよ。頭もいいし戦えばバチクソ強え。ここで喧嘩しても勝てるかわからんだろう?ね?だから喧嘩やめてくれ」
「三幹部?こいつが?」
「そうだ、海洋最強の右腕が私だ。事実としてお前達にも勝ってるだろう」
「あの気持ち悪いやつ…あれお前がやったのか?」
「そうだ、逆らえば即座に無力化するからそのつもりでいろよ」
エリスやアマルト達を一瞬で立てなくしてしまう魔術…、それが何かは分からないが確かに普通に戦えば俺も同じようにされちまう可能性が高いな。何よりあのジャックが右腕に置いてるってことはこいつも相当強いんだろう。
「あー…お前もエリスと同じ歳のアレか…」
「ん?なんかあるのか?アマルト」
「いや後で話す…」
「それよりピクシスさん、倉庫はこいつらに掃除させるつもりだったんですよ。なのに航海士の貴方がこんな雑務を…」
「あ、その…すまない。何かしてないと落ち着かないんだ、君には新人の教育を頼んでいたのに邪魔をしてしまったな」
「いやまぁいいんですけど…航海士は航海士の仕事しててください、雑務は俺達でも出来ますけど航海士は貴方しかできないんですから」
「それもそうだな、では失礼するよ」
するとピクシスは後ろに手を組みながら胸を張って偉そうに俺達の横を通り過ぎ…たかと思いきや俺の隣で足を止め、ギロリと俺を睨む。
「ラグナとか言ったな」
「ああ、なんだよ航海士さん」
「貴様、あまりジャック船長に気に入られてるからって調子に乗るなよ、あの人は私の…」
「え?俺気に入られてるの?」
「なっ!?お前…!」
刹那、何が気に食わなかったのか。ピクシスは咄嗟に俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす、それを振り払おうと俺も反応しようかと思ったが…それよりも先に何かが目に入ってしまう。
ピクシスの足元を高速で疾駆する小さな影、カサカサと動くあの動きは…。
「フナムシか…?ん?」
そうポツリと呟くと、その瞬間…俺の目の前からピクシスの姿が消失する。今先まで目の前にいたのに、一体どこに…と、そこで徐に視線を上に向けると。
「…なぁ航海士さん、あんたなんでそんなとこにいるんだ?」
「…………別に」
何故か、天井に張り付いていた。しかも冷や汗めっちゃダラダラ流しながらどう考えても別にで済まされない状況で。
何やってんだこいつ。
そんな風に俺が呆気にとられている間にも、俺たちの中でそういう人の機微に敏感ながらも誰よりも気にしない男であるアマルトが何かに気がついたように…。
「…あ!ああ〜!もしかしてお前、虫嫌いな感じか?」
「なっ!?怖いわけないだろあんなもの!馬鹿たれ!虫とか二度というな!アホ!」
「なははは、あ!天井に虫!」
「ギャッ!?」
「嘘ピョーン!ピョンピョンピョーン!」
「ご…この…ッ!」
嘘に翻弄され天井から即座に降りてきて猫みたいに地面に這い蹲るピクシスを見下ろしもう悪魔みたいに笑うアマルト。こりゃ虫が嫌いで決まりだな…、まぁ人には好き嫌いとかあるし、仕方ない…のか?
「貴様ー!また張り倒すぞ!」
「なっはっはっ可愛いやーつ!」
「くぅ〜〜!屈辱〜〜!」
「お?いいのか?また虫出るかもだぞ?」
「やめてやれよアマルト、本気で苦手みたいだ。その…悪かったよピクシスさん、うちのアホがアホやって」
「ふんっ、別に虫は苦手ではないがな!だがお前の態度に免じて今日は許してやる!」
「ああ、ありがとう…けどなんでそんなに遠くにいるんだよ」
何故かピクシスは既に遥か彼方の物陰に隠れてしまっている、ここまでくるともう哀れの領域だな。
プリプリと怒ったピクシスは物陰から顔だけ出して、ビシッと控えめに指をさし。
「ともかく!この船では規則は守れよ!新入り!わかったな!」
「ああ、善処するよ」
「その哀れむような目をやめろーー!!くそーっ!折角新入りに威厳を示そうと思ったのに…くそくそくそ!なんで海にまで虫が出るんだ…」
そうしてピクシスはプリプリと怒ったまま、何処かへと去って行ってしまった。アマルトの言う通り…可愛いやつではあったな。
「はぁースッキリ、これでさっきの溜飲は下がったってもんよ」
「アマルトさんって人に嫌がらせをする時だけ僕にも迫るくらいの迫真の演技しますよね」
「もうやめてやれよアマルト君、ピクシスさんは本当に虫が苦手なんだ。虫が苦手だからああやって常に船の清潔を保とうと頑張ってるんだから」
「あ、そうなの?そんな苦手なんだなぁ」
「虫が苦手って感覚はよくわからないけど、俺にとっての寒さみたいなもんだって考えたらちょっと可哀想だったな」
「確かにな、まぁそれはそれとしてこれからフナムシ見つけたら捕まえて取っとこう」
アマルト…、まぁいいか。しかし気になるワードがあったな…そう。
「なあヨークさん、三幹部ってなんだ?」
「え?」
さっき聞いた…この船の海賊団の三人の幹部。ピクシスは事前に名前を聞いて姿も見ていたから知っているが、残りの二人については情報はゼロだ。まぁそれらしき名前はさっき聞いたが…。
それでも、もしその三幹部が脱出の障害になるなら会ってどんな奴かは見ておきたい。
「三幹部ってのは言ってみればこの船の副船長的な立場にいる人たちさ、みんな強いし頼りになるし…そうだ!次の掃除場所にいるだろうし会いに行ってみるか」
本当に、あっけなく会わせてくれるんだな。ありがたいことに変わりはないけど…変に色々考えてる俺が馬鹿みたいだな。
………………………………………………………………
航海をする際に置いて、重要とされる役職が三つある。
一つが航海士、船の全てを管理し積み荷を下ろしたり目的地までの航路を決めたりともかくなんでもかんでも出来る頭のいい奴がなる職。
次に操舵手、謂わば海の御者。船を御者動かす役目を持った責任重大な役職。立場上船長の次に決定権を持つ場合が多いほどに重要な職。
そして最後が…風読士、近頃推進力を内蔵した機構船が増えてきつつある時代においてその数を減らしつつあるのがこの風読士だ。その仕事内容は単純明快…。
「ここが船頭部分だ、どうだい眺めは最高だろう!」
「おお!すげぇ!」
「海を引き裂いて進んでる、こりゃあ圧巻だなぁ」
「わぁ〜!」
船頭から身を乗り出して前を見れば、風を受け進む帆船の行く先が見える。と言っても何もないんだがな…。
見えるのは青、空の青と海の青、それを引き裂いてキングメルビレイ号は果てしない旅路に挑む。何にもないけどそこには確かにロマンがある、この先に何があるのか…それを確かめに行くロマンが。
「海も波もジャック海賊団の前じゃ道を譲る、そうやって俺たちは旅してるのさ」
「すげぇな…」
白い波を引き裂いて、青い海を駆け抜ける。ただそれだけの出来事でしかないその景色が無性にかっこよく感じるのは俺達が男の子だからだろう。
「キングメルビレイ号はただ大きいだけじゃない、世界一の船なのさ」
「世界一ってのも頷ける話だよな」
「そうだな、にしても変だな」
「へ?何が?」
「海を見てみろ、…今吹いてる風は向かい風の筈だ。なのにこの船は波にも風にも逆らって進んでる」
「え?あ本当だ…」
帆船ってのは風を動力にするという性質上風や波には絶対に逆らえない筈なのに、このキングメルビレイ号はグングン加速を続けている、これはそもそも物理法則に反してないか?
そう思っているとヨークが自慢げに。
「そりゃうちには優秀な風読士が居るからな」
「風読士?さっきから気になってたけどなんだそれ」
「おん?知らないのか?常識だろ…いやお前ら船乗りじゃないんだったな。ならいいこと教えてやるよ…あれ見てみろ」
そう言いながら指をさすのはパンパンに張った帆の隣に立った見張り台、そこに見えるのは手を掲げる紅いローブの男の後ろ姿…。
青白の髪にまん丸いメガネを掛けた優男はその身から瀑布の如き魔力の波を滾らせて風を捉える帆を見て…チラリとこちらに目を向け俺達に気がついたのか軽く手を振ってくれる。
「あの人が三幹部の一人風読士のヴェーラ・レイザークラムさんだ。風読士ってのは帆船を動かす動力たる風を魔力を動かしより効率よく船を動かす役割の事、いい風読士が乗ってる船ってのは速く動けるのさ」
「いやちょっと待てよ?じゃあこの船を動かしてる風って…その人が一人で?」
「ああ、あの人の風魔術の腕はとんでもないレベルにある。特に風で加速させることに関してはもしかしたら世界一かもな」
「…………」
もう一度帆を見る、魔眼で魔力の流れを見る。すると確かに頭上には突風が吹き荒れており帆船を前へと推し進めている。特筆すべきはその出力…確かに凄まじいレベルだ。地上に吹けば家屋が吹っ飛ぶレベルの風を頭上にだけ吹かせて下には一切気取らせないなんて、魔術師として相当な腕を持っていると言える。
「なぁラグナ、あの魔術多分…」
「ああ、現代旋風圏跳とでも言おう魔術だな。魔力の流れがそっくりだ」
確か名前は『アフクラテス テスタメント』だったかな?エリス程のスピードやキレの良さは持ち合わせないが、その範囲と馬力じゃある意味元来の旋風圏跳すら上回るかもしれない魔術だ。まぁもう殆ど別の魔術みたいな形になってるけどな。
「にしても凄いなぁ、こんな大きな船を一人で動かしちゃうなんて」
「それは違うな、例えどれだけ良い腕を持った風読士が居ようとも船は一人では動かせない。ヴェーラもそれを深く理解しているからこそ偉ぶることなく毎日を真面目に職務に費やしているんだ」
「へ?」
ふと、声をかけられ首を曲げると、そこにはまるで柱みたいにデカい男が立っていた。筋骨隆々の体と黒い肌、師範よりもデカい身の丈と額を覆うように巻かれた青いバンダナが特徴の大男。
それが舵輪を手に俺たちを見て…ん?あれ?なんかおかしくないか?
「えっと…」
「ああ!ティモンさん!すみませんこいつら…」
「分かっている、またジャックの奴が拾ってきたんだろう。いつものことだ」
「へへへ、あーっと!この人はウチの操舵手のティモン・ベルーガさん。この人も三幹部の一人でジャック船長に次ぐ我が海賊団のNo.2だ!」
「ん、操舵手のティモンだ。災難なのは理解するが迂闊に海賊の縄張りに足を踏み入れたお前達の危機感の無さにも非がある、殺したりなんだりはしないからその代わりキチンと働くんだな」
「は…はぁ」
操舵手…船の上では船長に次ぐ決定権を持つと言われる謂わば海の上の御者。舵輪を操り船を動かす役目を任されるに足るほどにティモンからは真面目な雰囲気を感じる。実質剛健にして愚直なまでに真面目、そんな言葉が似合うほどに無口でクールな仕事人って感じの人…なんだけど。
俺が気になってるのはそこじゃなくてさ。
「あの、ティモンさん?なんで舵輪握ってるんですか?」
「何故?おかしなことを聞く、操舵手は舵輪を握るものだ、そんなことも知らないのか?」
「いやそれはわかるんですけど…」
両手で舵を握る姿は確かに操舵手として様になってると言える…けど、けどさ!
この人が握ってるの舵輪だけなんだよ!どこにも繋がってない宙ぶらりんの舵輪単体を握って何してんのこの人!?
「何故舵輪を単体で…もしかして船を操る魔術をそれで行使してるとか?」
「いや、ティモンさんは極度の人見知りでさ。舵輪を握ってないと不安で人に話しかけられないんだ」
「えぇ…」
「こ、こらヨーク。船員とはいえあまりその話をするな、まぁ…その、舵輪を握っていればそう言う事はないから安心しろ」
安心しろって何を?だから常に舵輪を握って歩き回ってるってこと?結構な変人だな。
「ティモンは昔から引っ込み思案でジャックが声かけてくれなければ海にも出れなかったもんね、ずっと海を冒険するのが夢だったなんて言ってたのにさぁ」
「っ!ヴェーラ!」
するといつのまにか俺達の頭上を何かが通過し太陽の光を遮る、見上げればエリスのように風を纏って羽のように空中を漂うヴェーラがニコニコと手を振っている。あそこから飛んできたのか…しかし。
(これが三幹部か、見た感じ…かなり強そうだな)
ピクシス、ティモン、ヴェーラ…三幹部全員をこの目で見たが、一人として弱いのはいない。全員身に纏う魔力と立ち振る舞いに隙を感じない、少なく見積もっても悪魔の見えざる手の幹部よりも強い。
世界最強の海賊団を支える三人の幹部達、こいつらのうちの誰かが船長と言われても信じてしまうそうな程に凄まじい威圧だ。
「やぁ新入り君達、話はジャックから聞いてるよ。にしても珍しいよね、いくら船を沈めたからってそこに乗ってる全員の命を助けて船乗りにしちゃうなんてさ」
「そうだな、いつものアイツなら見捨てて笑いながら酒を飲んでいただろうに…」
「え?そう…なんですか?俺はてっきり毎回こう言う風に助けてるもんかと」
「アハハハハ、僕達ジャック海賊団が一体どれだけの海賊団を相手に戦ってるの思うんだい?月に十隻二十隻は軽く沈めてるのに…一々乗組員を助けて仲間に加えてたらキリがないよ」
た、確かに。海賊同士の抗争も普段からあるだろう、ましてやジャックは今この海の王と呼ばれている男だ、さぞ敵は多いだろう。それを一々拾い上げて助けてたらこの船じゃ足りないくらい乗組員が増えてしまう。
じゃあなんで俺たちを助けたんだ?…分からん。
「ジャックは認めた奴しか船には乗せない男だ、そして船に乗せる判断は奴が独自に行なっている。俺達ではその心を慮る事はできない…どうしても気になるなら、本人に聞いてみたらどうだ?」
「本人?」
と、ティモンが俺の後ろを顎で指す。それに促され後ろを見れば、船頭に配置された扉がゆっくり開き…。
「うぃ〜、酒無くなっちまった。おーい!誰かー!酒くれー!」
顔を真っ赤にする勢いで酔っ払い、酒瓶を持って振り回すダメ人間がそこにはいた。…ジャックだ、アイツ呑気に酒なんか飲みやがって…と睨んでいるとジャックが俺に気がつき、パッと嬉しそうに笑うと。
「おうおう!新入りのラグナ君じゃないのよさ!その格好なんだ?似合ってるじゃんかよ!だははははは!」
「お前らに着させられたんだろ!ってか寄るな!酒臭い!」
「ああ?俺が酒臭いんじゃねぇ…お前らが酒臭くないんだよ!」
「わけわかんねぇよ!」
うへへと笑いながらだる絡みをしてくるジャックは俺の肩に腕を回し酒臭い呼気を蔓延させる、臭い…!
「珍しいなジャック、いつもは酒は夜しか飲まんだろ。何かいいことでもあったか?」
「お?おおティモン!まぁな!だははははは!」
「ほーんと、ジャックは面白い男だよね〜」
「だははははは!」
ティモンもヴェーラも相当な手練れだ、だがそんな二人が自ずと従い彼らを部下とすることが出来るジャックの強さは…それこそ常軌を逸したレベルのものだ。こんな昼間から酒飲んでる奴が海の上じゃ俺より強いんだから納得いかね〜。
「ラグナ、お前マジでジャックに好かれてんのな」
「なんかこうして見てると仲良しみたいです」
「そんなこと言ってないで助けてくれ…」
「何言ってんだラグナ!俺たち仲良しだろ?おお?」
「仲良くねえだろ!どう考えても!ってか離れろ!」
「チッ、連れねぇな…まぁいいや。それよかウチの船で働く決心はついたかよ」
思い切りジャックを引き剥がせばジャックはヨタヨタと千鳥足で後ろへ引き、尻餅をつく。そのまま地面に胡座をかいて大アクビをしながら…聞いてくる、決心はついたかと。
「…まぁな、海の上じゃ逃げ場もないし、仕方ない」
「ふぁあ〜〜…」
「おい!あくびすんな!」
「あ?ああ、悪い悪い、あんまり眠たい事言ってるからよ…」
「はぁ?でも…この船には乗組員にも行き先を決められる権利があるんだよな?」
「ん?おう、あるぜ。ただし全員が行ってもいいと思える理由があるならな」
「…なら俺は黒鉄島に行きたい」
そう言うとジャックは面白そうにニタリと笑い、頬杖をつくと。
「へぇ、黒鉄島ね。あそこにゃなんもねぇぜ?前行った事あるから知ってる。中は変に入り組んでる癖して本当に何もないんだから拍子抜けの島だ、けどそこに行きたいのか?」
「行ったことあるのか?じゃあ…黒鉄島には遺跡があるって聞いたんだが、それも見たのか?」
「遺跡…?」
ジャックは小さく首を傾げ腕を組むと…。
「あったか?そんなの。なぁヴェーラ」
「そう言えばそんなこと言ってる研究者が一人いたね、けどそいつに付き合ってジャングルの中に探検隊が入ったらしいけど何にも見つからなかったと聞くよ。大方白昼夢でも見たんだろうって」
「いや、あるはずなんだ、そこにあるはずなんだ。何かしらの人工物が」
「熱弁だな、なるほど。つまりお前らはその遺跡を目指して黒鉄島に行こうとしてたってわけか。けど同時にそれは見つからなかった…存在しないと言う意見もある…と」
ジャックは腕を組みながらウンウンと頷く、ヴェーラは遺跡が見つからなかったと言ってはいるが…そこにマレフィカルムの本部があるなら確かに遺跡は存在するはずなのだ。少なくとも俺は…俺たちはそう信じてる。
すると、ジャックは笑いながら俺の目を見ると。
「面白え、探検隊も俺も誰も見つけられなかったジャングルの中の遺跡か。ロマンじゃねぇか」
「ロマンかは分からないけど俺達はそこを目指してる、連れて行ってくれるなら連れて行って欲しい」
「ああいいぜ、と言いたいが今はもうすでに行き先が決まってるからな…それが終わるまでにお前の意見を誰もが聞きたいと思えるくらい、デッカい男になってみせろ」
「そんな事言われなくても…、行き先…?そう言えば今この船は何処に向かってるんだ?」
「お?言ってないか?じゃあいいぜ、特別に教えてやる。ついてこいよ」
するとジャックは徐に立ち上がりついてこいとジャックが出てきた扉の中に俺たちを誘うけど…。
「俺たち今掃除の仕事の真っ最中なんだけど」
「あ?ンなもん…ティモン!代わりにやってやれ!」
「操舵手がか?俺は忙しい」
「じゃあヴェーラ!」
「僕もずっと風作らなきゃいけないしなぁ」
「じゃあ〜…しょうがない、後で俺が一緒に雑巾掛け手伝うから、来いよ」
「いやあんた船長だろ…」
「どーしてもお前に見せたいんだよ〜!いいから来いって!アマルトもナリアも来い!」
「あ!ちょっ!」
「なんか面白そうだな、ナリア」
「ですね、なんかワクワクしてきました」
なんかアマルトもナリアもさっきから危機感無さすぎじゃないか!?なんて言う暇もなく俺はジャックに引き摺られて扉の奥に連れ込まれる、何故かヨークは扉の前まで来て中に入るのはちょっと…と言う顔をしてその場に残ってしまう。
なんだ?この先に何があるんだ?
「なぁジャック、俺は今何処に連れてかれてるんだ?」
「別に大した事ねぇよ、船長室だ」
「それ俺を連れ込んでもいいのか?さっきまで敵だったのに」
「今は違うだろ、それに船長室なんて大したモンじゃねぇって…船長がいるだけの部屋だし、最悪フッ飛んで無くなってもいいし」
「いいわけあるかよ…」
ってか離せ!とジャックの手を振り払い、自分の足で歩き出す。扉の奥には階段があり、奥へ奥へと通じている。
「にしてもさぁ、ジャック船長よう」
「ん?なんだよ」
するとアマルトが頭の後ろで手を組んでジャックに気軽に話しかけると。
「アンタ、聞いてた話とイメージがだいぶ違うな」
「そうなのか?他人がどう言ってるとか気にした事ねぇしな」
「ウチの国じゃアンタは悪魔の権化だって言われてるよ、海を這いずり回る巨大な蛇のような男で略奪の限りを尽くす最悪の男だと」
「だはははははは!なんじゃそりゃ。略奪?まぁするけどよぉ俺ぁ略奪よりも専ら宝探して売っぱらう方が好きだな」
「そうなんですか?」
「おうよ、だって船襲っても手に入るのなんか金だけだろ?金なんか飯と酒を買うくらいにしか使わねぇし…、金貨だ銀貨だを抱えてても船の上じゃ意味がねぇ、けど宝は違う。何より達成感がある、宝箱見つけて開ける瞬間の…『俺はこの海と自然を相手に勝ったんだ!』って感覚が好きなのよ、その為に生きてるってかさ〜?」
まぁ!中身取ったら直ぐに売っぱらって酒に変えちまうんだけどな!だはは!と笑うその豪快さは彼の全てを表しているように見える。
生活が苦しくて、奪うしかなかったから海賊をやってるとか。
腕っ節があって、奪う側に回れるから海賊をやってるとか。
この世に絶望して、奪う事で復讐する為に海賊をやってるとか。
そう言う理屈のない男、ただ海に在り、ただ海賊として在り、ただ己の生き方を貫くが故の海賊。そんな芯の強さを彼の背中に感じる。
惜しいな、こんな出会い方こんな立場こんな状況じゃなけりゃ…。
「おう、ここ見ろ。ここが俺の船長室だ、別に入っちゃいけないとかはないから自由に出入りしていいからな」
「ここが…」
そう言いながら開かれる階段の奥の部屋、恐らくキングメルビレイ号の船底に近い場所にあるであろうそこには、大量の本と大量の資料、そして豪華な机や丸められた海図がたくさん詰まった箱が置かれており、意外なほどに整頓されていた。
「…もっと汚いモンかと思ってた」
「汚くするとピクシスがうるさいからな。それよりこっちだ…次の目的地を表した海図がある」
そう言って俺達を部屋の中に入れ、机に広げられた海図には、エンハンブレ諸島の奥地への航路とその奥にある島の一部にドクロのマークが書き記されていた。
「なんだこれ」
「これはな、この間敵船から奪った宝の地図だ」
「宝の地図!僕初めて見ました!本当にあるんですね!そういうの!」
「おうともさ!海賊は宝の地図を書くモンなんだ!俺だって書いてるぜ!まぁ宝全部すぐ売っちまうから宝箱の中身は全部空っぽなんだけどな!だははははは!」
宝の地図…俺も初めて見た、昔読んだ冒険小説にそんなような話があったけど…実物を見る日が来るなんて感動だ。なんか…ワクワクしてきたな。
いやいや、今はみんなの身がかかってる状況なんだ、ワクワクなんかしてちゃダメだよな。
「曰くこの宝ってのは、遥か昔存在した伝説の海賊ヘンリーが略奪した宝だってんだからワクワクするよな!」
「ヘンリー…ですか?すごい人なんでしょうか」
そうナリアがアマルトに視線を送ると、どうやらアマルトは知っているらしく静かに頷くと。
「おいおい、ヘンリーってもしかしてヘンリー・ピストリクスか?あの伝説の『黄金海賊』の」
「お!知ってるか!アマルト!お前さては勉強してるな?」
「知ってるのか?アマルト」
「おう、ヘンリー・ピストリクスって言えば…史上初めて栄光の魔女フォーマルハウト様の私財を盗み出すことに成功したって言う伝説の海賊さ」
ゲッ、よりにもよってフォーマルハウト様の財宝かよ…メルクさんには言えないな。
ジャックはその話をなんとも自慢げにしたり顔で語り出し。
「フォーマルハウトはポルデュークのエトワールから買い寄せた様々な芸術品と自らの私財を無数に乗せた船を無防備にもマレウスの近海を経由して船でデルセクトへ運ぼうとした…、当然船には大量の砲門や軍人を乗せて財宝を守らせたが、そこに喧嘩を売ったのがヘンリー・ピストリクスさ!」
「今から二百年くらい前だよな、その船をぶっ潰して財宝を奪ったヘンリーは一躍有名に。本人も使っても使いきれない量の金を得て『世界で一番の金持ち海賊』になったって話だ、まぁ…その件についてはフォーマルハウト様も激烈に怒ったそうだが…」
「だはははは!魔女の顔を真っ赤に出来るなんて海賊としてこれ以上の名誉はないだろ!ま!最終的にヘンリーはフォーマルハウトの派遣した軍隊に捕まって処刑されたそうだが…その前にヘンリーは自分の財宝を世界中の島々に隠した、そのうちの一つがこれだ」
そう言ってジャックは指差す、フォーマルハウト様が二百年前に海賊に奪われた財宝か…フォーマルハウト様は今も昔も世界一の大金持ちだ、その人の財宝財貨となればそりゃ凄まじいモンだろう。
その一部であっても、海賊達にとっては使い余す程のものであることに変わりはない…それがマレウスの島に隠されてたのか。
「もしかして、この財宝を取りに来る為にマレウスの海に戻ってきてたのか?」
「おう、本当は別のとこに行く予定だったんだがその前にこんな宝の地図を拾っちまったからな。宝を前に待てが出来る程海賊はお利口じゃねぇ、とっととこいつを奪って一儲けしようかと思ってな」
「…そっか……」
どうしよう、メルクさんには言わない方がいいよな。これ…。
「なぁラグナ」
「ん?なんだよ」
「ワクワクしないか?宝の地図と二百年前の大財宝」
「え?いや…まぁ、ちょっとくらい」
「フッフッフッ!素直じゃねぇな!まぁいいや!折角一緒に航海できるんだ、楽しんでこうぜ!」
そう言いながらジャックは俺の背中をバシバシ叩いて笑う、…さっきまで殴り合いの喧嘩してたってのにこいつは本当にフレンドリーだな。ちょうどいい、ティモン達の言ってたことを聞いてみるか。
「じゃあ俺からも聞いていいかジャック、なんで俺を船に乗せた」
「あ?そりゃお前、船の上の戦利品は全部俺の…」
「けどそれ、いつもやってるわけじゃないんだろ?だったら俺達だって見捨ててもよかっただろ」
「……見捨てて欲しかったのか?」
「いや、そう言うわけじゃないけど…」
するとジャックは再び腕を組みながら笑い、俺を見下ろしながら…。
「この船には俺の認めた奴しか乗せない、つまりお前らは俺に認められたのさ」
「……なんで?認められるようなことあったか?」
黒鉄島の上で出くわして、その後秒で沈められた。この間に認められるような行動なんて一つとしてしてないと思うけど…。
「まぁなんでもいいじゃねぇか!この船に乗っていることそのものが俺に認められている証みたいなモンだ。特にラグナ」
「え?俺?」
「おう、お前にゃ期待してるぜ」
期待?俺に?…なんなんだ、全く分からない。俺はこいつに何を期待されて何を認められているんだ。こいつは俺に何をさせたくて…船に乗せたんだ?
全く、なにもかも分からない、ジャックという男の考えていることが…なにも。
「さ!甲板に戻ろうか!あ、俺の分の雑巾ある?」
「なんでアンタが雑務に乗り気なんだよ」
「だはははは!一応俺の船だし!自分で掃除しないと!さぁ!掃除頑張るぞ新入り君達!」
だが、少なくとも一つ分かることがあるとするなら、ジャックという男は俺が海賊に抱くような浅ましく低俗な男ではないということ。好かれる男には好かれるだけの理由がある…ということだけだった。