399.魔女の弟子とジャック海賊団
失敗だった、軽率だった、甘かった。
ラグナは自らの判断の危うさを今になって後悔していた。まさかあそこで海賊船に出くわすなんて、まさかザルディーネが逃げるなんて、不測の自体が重なったとは言えそれでも失敗は失敗だった。
もっと慎重に行くべきだった、島に上がる前にしっかり索敵をしたり安全を確保する為にまずは一人俺がボートで斥候をしたり、海賊船と海の上で接敵する愚を犯さない方法はいくらでもあったのに、それを怠ったからみんなの命を危険に晒した。
…どこかで、油断していた。今の自分の強さなら多少の不測の事態も力押しでなんとかなると油断してたんだ。俺はみんなの命を預かっていたのに…それを蔑ろにしてたんだ。
バカだ、こんなバカな指揮官どこにも居ない。間抜けやらかして全滅なんて…笑えもしない。
……全く、何のために、俺は…。
「おい、おい…起きろ」
「んっ…んん」
ふと、何かに頬を叩かれ目を覚ます。あれ?俺どうしたんだっけ…。
そうだ、黒鉄島に上陸する前にジャックと出くわして…船を沈められて海に放り出されたんだ。みんなも一緒に海に沈んで…それで。
ん?あれ?海の中じゃない?俺今陸に居るぞ?どうなったんだ?
そう思いうっすらと目を開けると。
「ようやく起きたか、これだから陸の坊やは」
「あ?海賊?」
場所は室内、湿気で蒸し暑い小さな木の部屋の只中に古びた銃を構えた海賊風味の…というかまんま海賊のバンダナを巻いた男が二、三人俺を見て笑ってる。
何見てんだこの野郎と立ち上がろうとすると、体が鎖で雁字搦めにされていることに気がつく…捕まってる?なんだこれ。
「よう陸の坊や達、気分はどうだ?」
「なんだこれ、どうなってんだこれ…」
「なんだそりゃ、沈んでたお前らを引き上げてやったってのにお仲間共々例の一つも言えねぇのかよ」
「沈んでた…仲間?」
ふと、首を左右に振ると、俺と同じように鎖で拘束されたナリアとアマルトの姿があった…俺と同じように、捕まっていた。
「ナリア、アマルト…」
「おっすラグナ、寝起きはどうだい?俺は最悪だよ」
「うう、どうやら僕達捕まってしまったようです」
「捕まった…ってことはこいつらは…」
「ご名答、と言うにはちょいと遅いか?ええ?ラグナ君よぉ」
そう…声がする、俺達を嘲笑うように部屋の扉を開けてー酒瓶片手に悠々と靴音を鳴らすその男の声に…聞き覚えがある。それも今さっき聞いた声だ…こいつは。
「ジャック…!」
「へい船長、起きやしたぜ」
「ん、ご苦労さん。ったく寝坊だよクソガキ共、ウチの船は五時半起床が基本なんだぜ」
「テメェ…」
ジャックだ、俺達を沈めた海賊ジャックだ。余裕の笑みで酒瓶を仰ぐ男が扉の縁に寄り掛かりこちらを見下している。こいつのせいで、仲間達はみんな海に…それなのに呑気に酒なんか飲みやがって。
「どう言うつもりだよ、海から引き揚げて鎖で縛って…捕虜のつもりか?」
「捕虜じゃねぇ戦利品だ、襲った船に乗ってる物は全部俺達海賊のもんなんだ。テメェらも含めて全員な、だからお前らは俺達に略奪されたのさ」
「戦利品ってか?ふざけやがって、なら俺達を人売りにでも引き渡すか?」
「人売り?バァカ、奴隷になんざ興味はねぇ。ってかお前今の状況分かってんのか?テメェら全員俺達に捕まってんだぜ?しかもここは船の上…海のど真ん中だ、逃げられると思ってんじゃねぇよな」
「ッ…」
剣先を突きつけられ舌を打つ、最悪の状況だ。海賊に敗れて捕まり、その上で海のど真ん中に連れていかれるなんて。これじゃあ脱出しようにもどこに向けて逃げたらいいかも分からない。
俺の判断の甘さが引き寄せた最悪の事態、俺の責任だ…俺がなんとかしないと。
「じゃあ…どうするんだ?」
「決まってる、海の上ではどんな物でも使い尽くすのがモットーなんだ。だからお前らにゃこれから俺の船の一員として働いてもらう」
「はぁ?俺達に海賊になれってのかよ」
「なれってんだよ、丁度男手が欲しかったんだ。見たところ威勢だけは良さそうだしな、存分に働いてもらうぜ?泣いても喚いてもここじゃパパもママも助けてくれねぇよ、だははははは」
「誰が海賊になんてなるかよ!」
「はぁ、お前なぁ…俺が助けなきゃお前ら全員今頃死んでたんだぜ?なのに偉そうなこと言うなよ。俺が拾った命だ、好きにしてもいいだろ?」
ンな訳があるかよ、海賊になんて死んでもなるか。第一俺ら全員を助けた?そもそも沈めたのはお前で…あれ?
「ッ…エリス達は!?」
ふと、高笑いするジャックや海賊達を差し置いて周囲を見回す。ここにはアマルトとナリアしかいない…エリスもデティもメルクさんもメグもネレイドもいない。女性陣が丸々いない。どこに行ったんだ、仲間を全員助けたならエリス達も居るはずだろ。
「エリス達をどこにやった!」
「エリス?ああ女か。女は別の場所にいるぜ?」
「エリス達をどうするつもりだ…!」
「どうするつもりって、海賊船の上で女にやってもらうことなんて…一つしかねぇだろ、なぁお前ら!」
「へい船長その通りですぜ、ヒヒヒ…これが終わったら俺も味わいに行かせてもらうつもりだよ」
「へへへへ、今から楽しみでヨダレが止まらねぇぜ」
ヒッヒッヒッとヨダレを垂らしながら下劣な笑う海賊達を前に愕然とする、まさかこいつらエリス達を………許さねえ。
許すわけがねぇだろ、そんなこと!させてたまるかよ!
「この…クズ共が…ァッ!」
「おいおい暴れんな…っておいおい!」
全身に力を込めて身を縛る鎖を思い切り引っ張る、ギシギシと音を立てて歪み始める鎖を前に海賊達の顔色が変わる。慌てて銃を俺の方に向けるが…遅い!
こんな鎖程度で俺が縛れるか!
「ッオラァッ!」
「嘘だろ!こいつ鎖を引きちぎりやがったぞ!」
「象かこいつ!っ動くな!」
アマルトとナリアを縛る鎖も握りつぶした瞬間振り返り銃を向ける海賊達の…その銃口もまた握り潰す。
「はぁ!?どんな馬鹿力…ぐぇっ!?」
「こいつシャレになってね…がはぁっ!?」
殴り飛ばす、周囲の海賊を纏めて薙ぎ倒し、向かう…未だ余裕綽々の表情で俺を見るジャックに。
「へぇ、来るかい」
「テメェぶっ潰してこの船頂いて俺達は陸に帰る!エリス達も返してもらうッ!!」
グルリと体を回転させるように放つ回し蹴りは反動で床を引き裂きジャックの体を吹き飛ばし、部屋に大穴を開けて奴の体をそのまま外へと放り出す。
「ラグナ!お前相変わらず無茶するな…」
「ありがとうございますラグナさん!」
「いやいい、それよりエリス達を探してくれ!俺はジャックを倒してくる!」
「倒してくるってお前…いけるのか?」
「問題ない!」
そうアマルト達に言い残し部屋に開いた穴から外に出ると…、カモメの鳴き声と波の音が聞こえてくる。海だ…目の前に海が広がってくる、どうやら俺達は本当に船の上にいるようだ。
周りを見ても陸らしきものはどこにも見えない、こりゃ自力で脱出するのは無理そうだな…。
ってかジャックはどこに…。
「おーい、陸の坊や〜。俺とやるんだろ〜?ほら来いよ」
「っ…あいつ」
ふと、声をかけられて視線を向けると船の下から聞こえてくることに気がつく。するとそこには揺れる海面を足の裏で捉えて海の上に立ち、来いよと全くダメージを受けた様子のないジャックが立っていた。
あいつ俺の蹴りを食らって…いや寸前で剣でガードしたのか、ってかなんであいつ海の上に立ってんだ。ええいもうどうでもいい!
「上等だこのやろう!」
「いいねぇ!男の喧嘩はそうじゃねぇと!」
船から飛び降り海へと向かい、足が沈むよりも前に海を蹴り、海上を疾走しジャックに飛びかかる、ここでこいつをぶっ倒してみんなを助けないと!
「うぉ!俺が言うのもなんだけど海の上走るとかやべぇなお前!」
「うるせぇ!」
海上じゃちょっとやり辛いけど、深く踏み込み更に加速すると共に手を開き、作り出すのは手刀…それを捻りながらジャックに放ち。
「穿通拳ッ!!」
「ッ重てぇなぁ!」
「ッラァッ!」
俺の一撃が容易くジャックのカトラスに防がれるも、即座に身を翻し体全体を回転させ歯車のように蹴りを放つ。久々と言える全力の攻撃。しかしジャックはそれすらも片腕を盾に防ぎ若干吹き飛ばされるに留め再び笑う。
「だははは、なんだよお前!やれば出来るじゃねぇか!なのになんであの時退却なんて選んだよ!迎撃なんて選んだよ!最初から一も二もなく俺達の船を沈めようと思えば出来たろ!俺を弾き飛ばそうと思えば出来たろ!」
「はぁ!?あれは戦略だよ!より安全な方を…」
「戦略?バァカ!だから負けんだよ…テメェがやってんのは戦争か!?違うだろ!こりゃあただの…喧嘩だよッ!!!」
するとジャックは大振りに剣を振りかぶり…。
「『風波』ッ!!」
「なっ…」
剣が振り抜かれるとともに波が荒れ狂いまるで意思を持ったように螺旋を描いて俺に向かって飛んでくる、なんだあれ…いや魔術か!海の上に立ってるのも海を操るのもこいつの魔術。
これが海洋最強の二つ名の所以か!
「ぐっ!」
防ぐ、が…不安定な足場に加え無尽蔵の質量から放たれる重撃に体を打たれ吹き飛ばされる。海そのものを武器にしての攻撃…そりゃあ海の上なら強いわけだ!
「まだまだ行くぜ!『蹴波』ッ!」
振り抜かれる足、波を蹴り抜けばそこだけ海が切り抜かれ音速に近い砲弾として俺に向けて飛んでくる。速い…その上。
「ぅっ!!」
重い…!両手をクロスさせて防ぐので精一杯だ、しかも防いでるのに全身に衝撃が響き渡る。まるで天を衝くような巨人に殴り飛ばされてるみたいだ…!
強え、こいつ強え…!まだこんなにも強い奴がこの世にいたのかってレベルで強い!マジで海上なら将軍クラスか!
「オラァッ!ボーッとしてんな!」
「チッ!うるせぇってんだろ!」
「だはははは!威勢が良いな!俺ぁそう言うのが大好きなんだよ!」
波に紛れて切りかかってくるジャックの一撃を防ぎ返す刀で蹴りを加えるがそれすら容易く避けられる、更にもう一度海を蹴って態勢を立て直した上でもう一度拳を振るい…。
「甘い甘い!『高波』ッ!」
「うぉっ!?」
刹那、拳を振るおうとした瞬間足元の波がグンッと引き上がり俺の足を捉え足を引っ張り拳がジャックに届かず空を切り…。
「『男波』ッ!」
続くように払われたジャックの腕に呼応し足元の波が一気に荒れ狂い爆裂し俺の体を吹き飛ばす。その一撃すらも凄まじい威力であり、踏ん張りの効かない足元では到底受けきることも出来ず空を舞う。
「ぐぅっ…」
「だはははははっ!海の上で俺に勝とうなんて百年早えよ!」
海に打ち付けられそのまま体が沈む、くそ…マジで強えぞあいつ。慌てて泳いで海上を目指すが…その時感じる。
この海全体からジャックの魔力を、今ここにある全てがジャックの剣なんだ。奴にとってこれは剣にも盾にもなる。ジャックにケンカを売るってことはつまりこの海全部を相手にすることに近しい。
…行けるのか、それ。いや!勝たないと!エリス達が!
「この…」
「おお?まだやる気か?良い目をしてる。つくづく俺好みの男だな、陸で遊ばせとくにはもったいねぇ、どうだ?マジで俺の船に乗らないか?お前とならこの海の果てにもいけそうだ」
「うるせぇ、誰が海賊になんてなるか」
「海賊はいいぜ?楽しいし面白いし、何よりロマンがある!陸にはねぇロマンがな!」
海の中から頭だけ出してジャックの話を聞くが…受ける気なんかあるわけがない、俺はアルクカースの王だ、それが海賊になんか身を落としたら国民に顔向け出来ない。何より負けて傘下に加わりましたなんてアルクカースの誇りが許さない。
「一生言ってろ、俺はテメェの下にはつかねぇ!お前の命令も聞かねえ!」
「下?命令?何言ってんだお前は」
「うるせぇ!俺は帰るんだよ!やるべきことがあるんだから!」
普通にやってても勝ち目がない、こうなったら付与魔術を使うか、でもあんまり盛大に暴れてあそこの船が横転でもしたら…もしかしたらあそこにはまだ拘束されてるかもしれないエリス達がいるかもしれないんだ。
…でも、このままやってたら勝ち目が…。
『動くな!』
「っ…!?」
その瞬間、海から声が響く…するとそこには。
『動けばこの女の命はないぞ!』
そう、何やら若い海賊が銃を突きつけ何かを言って…いや、銃を突きつけてるのは。
『ら、ラグナ…』
「エリス!?」
エリスだ、鎖で拘束されて耳元に拳銃を突きつけられているエリスだ。まだ体力が回復しきってないのかやや青い顔で若い海賊に支えられて不安げにこちらを見ている。ダメだ…魔力防壁を展開出来ていない、あの状態で銃弾を食らったらエリスは…。
そしてその足元には…。
『どうなってんだこれ…ってか剣も無しじゃ流石にキツイ』
『うう、動けません』
エリスと同じように青い顔で倒れ伏すアマルトとナリアの姿もあり、二人も同じように銃を突きつけられている。まさかあの二人も…何かされたのか?
「くっ…」
「ったく、ピクシスの奴余計なことを。まぁいい、そう言うわけだがまだ続けるかい?ラグナくんよ」
「…………」
「だはははは、決まりだなぁ。こりゃあ殊の外…いい拾い物をしたかもなぁ」
…ここは、仕方ないか。エリス達を殺されるわけにはいかない……。
………………………………………………………………
「というわけで、お前らにゃ今日から俺達の船の一員になってもらうぜ?取り敢えず危ないから衣服等は没収、うちの元船員のお古があるからそれを着ときな」
「……まんま海賊服じゃんかよ」
あれからジャックの言うことを飲んで、俺達三人はこいつらの言うことを聞くこととした。どこかの部屋に再び連れ込まれて今度は拘束されずにこいつらの話を聞く。今力任せに暴れても状況は好転しない。だから…とは言ったが。
まるで海賊みたいな服を着させられて、ちょっと気が滅入る。なんでこんな格好してんだ俺…。
「悪いな、ラグナ…せっかく助けてくれたのにまた捕まっちまって」
「ごめんなさい…」
ふと、隣を見れば俺と同じように海賊服を着てアマルト達が何やら申し訳なさそうにシュンとしていた。二人ともエリスを助けようとしてくれたみたいだが…何をされたのか、二人とも倒れて無力化されてしまったんだ。
あの若い海賊、恐らく奴がなんらかの魔術を使ってエリスやアマルト達を無力化していたのだろう。敵方の戦力を把握しないで向かわせた俺にも落ち度がある…二人が落ち込む必要はない。
「いやいいさ、それより二人とも大丈夫か?倒れてたけど」
「ああ、それがアイツを前にした瞬間…こう、なんてぇの?地面を見失う?的な感じがしてさ、グルグル目が回って気がついたら立てなくなってたんだ…あの感覚は、なんて例えるのがいいかな」
「あれは船酔いですよ、あれは一番キツイ船酔いをした時に似てました、それで立てなくなって…力も入らなくて」
「船酔い?」
船酔いか、確かにここは船の上だがそんな都合よく敵を前にして一気に船酔いするなんて考えられない。多分なんらかの魔術なんだろうが…。
いや今はいい、それよりこれからの事を考えないと。
「大丈夫だ、それより切り替えていこう。今はエリス達を見つけるのが先決だ」
「おう、なんかされてるっぽいことは言われてたが…無事っぽいぜ?」
「この船のどこかにいると思うんですけど…どこにいるかまでは」
「…探さないとな」
「って聞けよ!お前ら分かってんのか!?お前らは新入り!俺先輩だぞ!」
「あ?」
すると、俺たちに向けて怒鳴り声をあげる其奴を睨みつける、こいつは俺達に海賊服を届けた海賊船の船員、俺に銃を向けていた奴の一人だ。バンダナにシマシマ水兵服の見るからに弱そうなのだ。
それが俺の視線を受けてギョッと顔色を変え。
「な、なんだよ。さっきみたいに暴れてもダメだからな」
「別に暴れねえよ、でも海賊になったつもりもねぇからな」
「ああ?まぁなんでもいいか。ともかく船長がお前らを船に乗せると判断した時点で俺たちはお前らを迎え入れるつもりだ。船長の温情に感謝しな、でなきゃお前ら全員黒鉄島で死んでたんだからな」
「…………」
そこについてはまぁ…うん、ジャックが俺たちを船に乗せると判断しなければ死んでいたのは確かだ。状況はあれだが全員生存出来てることに関しては…ああ、感謝はしないといけないとは思う。けどだからって奴の言う通りになんてなる気は無い。
「まぁなんだ、ともかくよろしくよ新入り達、俺はこの海賊船『キングメルビレイ号』のド下っ端のヨークだ」
そう言うなりヨークは両手を広げる、先程見たがこの船名前はキングメルビレイ号って言うのか…、凡そ海賊船とは思えない巨大さを持つ、海の王者に相応しい船だ。やや使い込まれた木製の床と木目の壁…どちらもよく整備されている。
ジャック達は相当この船を大切に扱っているらしい。
「自分で下っ端とか言うかよ…」
「そりゃお前らもだぞ?言っとくがこの船は客船じゃねぇからお客様はいない、乗るなら仕事をしないとな」
「仕事?誰が…」
「…赤髪の、お前ラグナってんだっけ?」
「ああ?なんだよ」
「船長はお前の事を痛く気に入ってる、あの人が誰かに惚れ込むなんて早々ねぇ事なんだぜ?」
「別に嬉しくなんか…」
「それにこうも言ってた…『もし、俺達の船に乗って…ある程度の仕事をしたならば。好きな島に連れて行ってもいい』ってな、お前ら黒鉄島に行きたかったんじゃねぇのか?ウチの船は船長以外にも行きたい島があったらリクエストしてもいい決まりがあるんだ」
「え?連れてってくれるのか?黒鉄島に?」
「まぁその為には、他の船員が納得するだけの働きをしないといけないけどな?他の奴らの願いをねじ伏せて『まぁラグナの願いだったら聞いてもいいかな』って思えるくらいこの船に貢献するんだな」
「………」
何か、いいように使われそうな気がするが…それでもいい提案だとは思う。ジャック・リヴァイアはボヤージュの船乗り以上に海に精通した男だ。何よりジャックにはジャック自身の縄張りの件なんか関係ない…ある意味最も安全に黒鉄島に行くことが出来る船がこの船だと言うことになる。
……今、ジタバタしても抜け出せないなら。黒鉄島にだけでも言ってみるのはいいだろう。
「…分かった、俺たちは黒鉄島に行きたいんだ。ジャックが連れて行ってくれるなら…この船に乗ってもいい。それでいいかな、二人とも」
「いいんじゃね?まぁ海賊になるのは嫌だけどさ」
「ラグナさんが決めたならきっとそれがベストです」
二人とも…まだ俺のこと信用してくれるんだな。よし…なら。
「よし分かった、この船に乗るよヨーク…こんな打算剥き出しでもいいのか?」
「船長ならきっとそれもまた笑ってくれるだろうよ、さぁてそれなら早速仕事だ。ウチの船に乗る新入りはまず船の清掃をしながら船のどこに何があるかを知ってもらう。というわけでほれ」
そう言いながらヨークは近くの戸棚からモップとバケツを取り出して俺達に押し付ける。海賊船の清掃をしろってか…ここで反発しても仕方ないか。
「わーったよ」
「聞き分けが良くて結構、それじゃあ早速案内するぜ…、ようこそ新入り。ここが俺達の船!キングメルビレイ号だぁっ!」
バァン!と扉を片手で開け、外に広がる光景を見せつけるヨークと…その背後に見える、光り輝く景色は…。
「お、おお…」
思わず声を上げる、さっきまでは全然余裕がなくてしっかり見てなかったが、よくよく見てみるとこれは……。
──そこに広がっていたのは、青い海を駆け抜ける要塞。
デルセクトや帝国の軍艦もかくやと言うほどに立派な大船舶。木組みの船の甲板が遥かに広がり大木のような柱が帆をはためかせ、年季の入った壁や階段が見える、そんな大きな大きな海賊船だった。
一応アド・アストラの海軍を指揮した経験のあるラグナは理解する、この船はとても良い船だ。腕のいい職人と頭のいい設計家が無尽蔵の金を使って作られた夢の船だ。装備面、居住面、性能面、あらゆる面においてこの船は優れている。
「でけぇ…なんつー船だ」
「さっきはよく見る機会がなかったが、改めて見るとすげぇでけぇな。外から見てもデカかったが中に入るとまた…」
「立派な船ですね…」
「だろう?へへへ、こいつはキングメルビレイ号。ジャック船長率いるジャック海賊団の大軍艦さ!どんな嵐も吹っ飛ばし海の果てまで行ってくれる頼れる奴だよ」
船の規模から考えるにザッとこの一隻だけで数百人は居住出来る、事実として甲板には大量の海賊達が犇めいており。
『木材をこっちに持ってきてくれ!』
『倉庫から今日分の資材の運び出しはまだか?当番に早めにやるように伝えろ!』
『午前の点検終わりました!』
そして大量の海賊達は余すことなく全員が働いている、決められたルールに則り全員が確実に仕事を遂行している。っていうか海賊って意外に真面目に働いてるんだな。俺はてっきり…。
「もっと遊んで自堕落なものかと思ってたけど意外に…」
「働いてる…そう言いたいのか?」
「え?」
ふと、ヨークが笑いながらこちらを見る、だって海賊って賊だろ?賊はもっと自堕落なものかと思うのは当然だろう。
「まぁ!わからねぇでもないかなその感想は。俺も海賊になる前はそう思ってたし。でもな?海の上で生きてくってのは大変なんだ、海は怖いしちょっとしたきっかけでここにいる全員が死ぬかもしれない、船長はそれをよく知ってるから全員で万全を尽くす。その為のルールを作ったのがあの人さ」
「ジャックが…ルールを」
「そうさ、無法者には無法者なりの法がある。それがジャック船長の座右の銘なのさ」
ジャックがここの船員達を動かすルールを。…ちょっとした油断で仲間が危機に陥るというのは俺も今実感している、対するジャックはキチンと理解して仲間を死なせないように万全を尽くしている…か。
「んで、さっきも言ったがこの船に働かない奴の居場所はない。お前らも海に捨てられたくなけりゃ必死に働くんだな」
「ここを今から掃除するのか、…見てるだけで気が滅入るぜ」
「まぁ、劇団の下積み時代みたいなものですね」
肩を落とすアマルトと何故かやる気のナリア、その二人を差し置いて俺は周囲を見回す。確かに全員が全員働いている、遊んでいる雰囲気はない…けど同時に。
エリス達の姿もどこにもない。
「なぁヨーク」
「ん?なんだよ」
「仕事をするのは構わない、けど流石にエリス達に合わせてくれ。心配だ…」
もし、こいつらに下劣な真似をされているんだとしたら…そんな不安がある限り俺は真っ当に動けそうにない。そんな不安を口にするとヨークは…。
「あー、確かにお前らとしても心配か。まぁもう会わせてもいいだろう、顔合わせるだけだけどな?こっち来い」
「え?会わせてくれんの?」
「会わせろって言ったのはお前だろ?」
「いやそうだけど…」
てっきりこう、人質みたいなもんで『会いたかったらアレをしろ』『守りたかったらコレをしろ』とか命令する口実に使うもんかと思ってたよ、実際俺それを言われたら逆らえる気がしないし。
でもヨークはなんでもないことのように笑いながら案内すると言ってくれる、殊の外簡単に会わせてくれる事に驚きながらも甲板を歩くと、ちょうど俺たちの向かい側の壁に配置された扉、やや大きめの木製の扉であり、一層人の気配が濃いその扉に手をかけるヨークは…。
「それじゃあ先ずは案内するぜ?、この部屋は…」
そう言って開かれる扉、その隙間から溢れる熱気と凄まじいまでの熱量、ムワッと漂う熱とむせ返るような男臭さに目を細める俺たち三人が目にしたのは…。
『おーい!腹減ったよー!飯くれー!』
『こっち!新しく二皿追加!早くしてくれ!次の仕事ががあるんだ!』
『あいよー!ちょっとまちなー!』
「ここは、俺達海賊の生命線、食堂さ!」
漂う芳醇な香りと飯を搔っ食らう海賊達の熱気、だたっ広いダイニングの奥にカウンターがありそこに無数のシェフ達が慌ただしく料理をしている。
食堂だ、いたって普通の食堂…ここにエリス達が?そう目を丸くしていると。
『いやぁ、これエリスちゃんが作ったのかい?メチャクチャ美味そうだ!美人で料理も出来るなんて凄いんだなぁアンタは』
『あはは…、それより仕事があるって言ってましたよね、早く食べちゃってくださいね』
そういいながら、海賊に大皿に乗った魚の丸焼きを手渡すエプロン姿の美少女が…って!
「エリス!?」
「え?あ!ラグナ!」
エリスだ、エリスがいる。普通に食堂で働いてる、エプロンを着て頭に三角巾をつけたウエイトレスみたいな姿でこっちを見てる…無事、なのか?無事…っぽそうだな。
「エリス!大丈夫か!」
「ラグナも!怪我はありませんか!?さっきジャックと戦ってたみたいですが…」
食堂を駆け抜けエリスとカウンター越しに手を取り合う、良かった…無事みたいだ。何か変なことされてるわけじゃなさそうだ…。
よかった…本当に良かった…。
「よかった、俺はもう…ほんとに心配してて…」
「エリスもですよ、何が何やら分からないうちに連れ出されて…見ればラグナとジャックが戦ってましたし。というかその格好…なんなんですか?」
「いやそれは俺のセリフで…」
互いに互いの格好を見合う、俺は海賊服、エリスは水着にエプロンという背徳的な格好。お互いさっきまでとはまるで違う格好に目を丸くする。これは。互いに状況の打ち合わせが必要かな。
「ってかなんで水着にエプロン…、まさかジャック達に脅されて!?」
「いえ、暑いのでエリスが勝手に」
「…………」
もっと自分を大切にしてほしいな、エリスは可愛いんだから…。
「と、取り敢えず状況の確認をしよう。他のみんなはいるか?」
「ええ、みんな厨房にいますよ。メルクさーん!メグさーん!デティ〜ネレイドさ〜ん!ラグナが来てくれました!」
そうエリスが厨房に向けて声を飛ばすと…、調理機材があれやこれやと置かれた乱雑な厨房の中をドタドタと駆け回る音が聞こえ、所狭しと並ぶ料理人達を押しのけ、彼女達がやってくる。
「ラグナか!?皆無事か!」
「アマルト様もナリア様も居ますね」
「よかった〜、これで全員集合だね〜!」
「ん、よかった…」
「ぜ、全員エプロンつけてんだな」
みんなエリスみたいにエプロンを装着した姿で厨房の方から現れる、しかも水着着用で…ウチの女性陣の女子力がやや心配だ。 いや、ともあれこれで全員の無事が確認出来た…一先ずよかったとしておこう。訳のわからない状況に一区切りがついのはいいことだ。
「お?何お前ら水着エプロンなんてニッチな格好してんの?え?暑いから?お前らすごいな色々な意味で」
「わぁ、皆さんとまた会えてよかったですぅ」
「アマルトさんもナリアさんも無事でよかった…というか二人も海賊みたいな格好してますね。まさか三人とも海賊になったんですか?」
「その、これには深い訳があってさ…取り敢えずエリス達の方から先に何があったか教えてくれるか?」
「え?あ、はい…まずエリス達はですね」
そう言ってエリスはカウンター席に座り俺たちに向けて、今まであったことを話す。と言ってもエリス達も目が覚めたのはついさっきらしく、この厨房の奥で目が覚めたらしい。
俺たち同様拘束されていたエリスは即座に鎖を引きちぎって抵抗しようとしたが、銃を突きつけられ怯えるデティや抵抗出来ない仲間を守る為にここは大人しく奴等の言う通りにする事を飲んだ…まぁその辺は俺と同じだ。
俺を鎮圧する人質として外に出された時、エリスはチャンスとばかりに抵抗しようとしたが…こちらもアマルト同様、エリスを拘束した若い海賊に掴まれた瞬間目が回り余りの吐き気に動けなくなってしまい、あえなく再び拘束されることとなった。
そうしてエリス達もまた、この船で働かされることになったのだが…そこで任されたのが。
「つまり、エリス達はこの船の食堂で働くことになった…って事か?」
「はい、言うことを聞かないわけにも行かなかったですしね。状況を掴めないうちは大人しくしておこうとみんなに提案したのです」
「そっか、流石だなエリス。けど…アイツらの言ってた女にさせる仕事って」
給仕かよ紛らわしい。味わうとかヨダレが止まらないってアイツらただの食いしん坊だったのか…クソッ、変に焦らせやがって…。
でもエリスがみんなを纏めて居てくれたおかげである意味助かった、この海上でジャック達と争うのは得策じゃない。今は彼らの言うことを聞くべきだ。
「本当は直ぐにでも脱出してラグナ達と合流するつもりだったんですけど…、どうやらエリス達給仕係は昼間は食堂と厨房から出ることを許されていないらしくて。料理人や海賊の目もある中を五人で揃って移動するのは難しく…」
「それならメグは?時界門を使えば脱出も合流も思いのままだろう?」
そうメグに問いかけるとメグは申し訳なさそうに静かに首を横に振り。
「申し訳ございません、使えないのです…時界門が」
「え!?」
「マジかよ!?」
「嘘ぉっ!?」
男組三人が揃って声をあげる、と言うか正直一番の頼みの綱として『まぁ最悪メグと合流できれば時界門で帰れるからいいか』と思っていた節があった為、最後のアテが外れ皆揃って立ち上がる。
「正確に言うなれば時界門自体は使えるのです、視界内に繋げる動作は問題なく行えます。しかしセントエルモを用いた遠隔転移を行おうとすると…なぜか何処とも繋がらず。ラグナ様を呼び寄せることも馬車に帰ることも倉庫から物を取り出すことも出来ないのです」
何故そのような事になるのかまるで検討がつきません、このような挙動を時界門がするのは初めてなのでとメグは恭しく頭を下げる。
マジか、使えないのか。なんで使えないんだ…?時界門には俺たちの知らない制約がある?いやそれをカノープス様が教えていない理由が無い。とするとジャック達に何かをされていると考えるのが妥当だが…ううむ。分からん。
「と言うわけです、外に出ることも出来ずあえなく囚われの身となり良いように使われるのには抵抗はありましたが…、それでもエリス達八人が無事だったのは幸いですね」
「幸いかなぁ〜、私さっきからずっとじゃがいもの皮むきさせられてるんだよ〜、生まれて初めてだよあんなに芋触ったの〜」
「私もだ、台所に立ったのなんて学生時代以来だ…」
「私も…、テシュタル的に料理をするってこと自体…ちょっと抵抗…ある」
デティやネレイド、メルクさんは今の扱いにかなり不満があるようだが、それでもメグとエリスがいるなら役立たずとして捨てられることはない…と思いたい。
「それで?ラグナの方はどうなんでしょうか、ジャックと戦っていたのは知っていますが…」
「ああ、実はさ…」
と、俺もまたここまでのあらましをエリス達に説明する。海の上でジャックと戦うのは得策じゃ無い、ましてや勝ったとしてもこの海の只中じゃどうしようもない。暴れて力任せの解決が出来ない以上ジャックの要求を飲むしかない。
幸いこの船には行き先を船員でも決められる制度があるようなので、せっかくなら黒鉄島に連れて行ってもらうため今はジャックの言うことを聞こうと思うとエリス達に伝えると。
「分かりました、ラグナがそう選択するならエリス達もそれに従います」
「うむ、ラグナを信用しよう。今の扱いは不満だが幸い君達は自由に行動できるようだしな」
「黒鉄島に連れて行ってもらえたらその後は成るように成るでしょ〜」
「それまでに、何故時界門が使えないかも調査していただけるとありがたいです」
「ああ、任せろ」
みんなもまた俺を信用して任せてくれる、一度失敗した身ではあるが…挫けてなんかいられない。みんなの期待に答える為にも今は黒鉄島への指針をジャックに取らせるよう動いてみよう。
そう大まかな方針が決まると…、ふとアマルトがカウンターに頬杖をつき。
「にしてもよ、ここの海賊団の連中思ったより強いぜ。この船を脱出するにゃいつか連中とも戦わなきゃいけないんだろうが…やっぱ伊達じゃねぇな、世界一の海賊団ってのは」
と自信なさげにため息をつく、言ってみれば俺達はこの短い期間に二度もジャック達に敗北した事になる。ジャック海賊団…海洋最強の男が率いる世界一の海賊団と言うだけあり、その戦力は凄まじい。
まだその全容は掴めていないが、少なくともジャック一人でも悪魔の見えざる手以上の戦力であることは間違いない。マレフィカルムに所属してないだけでその戦力は間違いなく八大同盟クラスだろう。
…海の上でやり合えば、まず間違いなく勝ち目はない。
「ラグナでさえジャックには苦戦してた、ってことは俺達はじゃちょっと勝てそうにないな。悔しい話だけどよ」
「そうですね…」
「…………」
皆、ジャックの強さにやや意気消沈する。…俺が不甲斐ない戦いを見せたから皆の士気を下げてしまったんだろう。…だが事実としてジャックは強い、俺たちの勢いをへし折る程度には。
下がりきった皆のテンションを上げようと、何かを言いたいが…何も思いつかない。そうヤキモキしてると。
「何サボってんだい!あんた達!」
「あ!料理長…」
「料理長?」
厨房の奥から怒鳴り声が響き、ズカズカと荒い足音を立ててそいつは現れた。青い髪と筋骨隆々の逆三角形の体を誇る巨躯の女、ネレイド程とはいかないものの見上げるようなその女は人間一人分くらいの大きさの包丁を片手に持って俺達を睨みつける。
「ああ?あんたがエリス達の言ってたラグナってのかい?」
「えっと、この人は…」
「この人はこの厨房を任されてる料理長さんですよ、名前は…」
「アタシの名前はマリナだよ!この海の上で馬鹿野郎共が生きていくのに必要な餌作ってる飼い主だ、あんたらも海で生きていきたいならアタシにゃ逆らうんじゃないよ!」
マリナ、そう名乗った女料理長は海賊にも負けず劣らずの豪胆さを見せ胸を張る、多分こいつがエリス達を見張ってる看守的な存在なんだろう…。
「あ?マリナ?」
「ん?なんだいあんた、アタシの顔ジロジロ見て…」
「んべっつにぃ〜ん」
一瞬アマルトが何かを気にするようにマリナ料理長の顔を見るも、直ぐにトボけたように再びプイッとそっぽ向いてしまう。そんなアマルトの失礼な態度にも目もくれずマリナ料理長はエリス達に目を向け。
「それより何サボってんだい!エリス!メグ!あんた達に頼んだ魚の鱗取りはもう終わってるんだろうね!」
「ああ、それなら私とエリス様でもう終わらせて…」
「序でに料理して出しておきましたよ、ここに余りがありますので味見どうぞ」
「んん?ペロッ…んっ!美味い!あんた達筋がいいとは思ってたけどやっぱり只者じゃないね!これなら既に一線級だよ!あんた達みたいな子が手伝いに入ってくれてありがたいったらないね!ウチの厨房にゃ荒くれしかいないから助かるよ!」
「いやぁ、エリス達は慣れてますので」
エリスの作ったか魚のソテーをひと舐めし絶賛するマリナ料理長、エリスはそもそも旅で料理を何度も作ってきた実績があり、メグに至っては皇帝直属の従者長…即ちプロだ。いきなり見ず知らずの厨房に叩き込まれても上手くやっていけるだろう…。
だが。
「それにひきかえ…デティ!メルク!なんだいあのじゃがいものメチャクチャな皮の剥き方は!芋一つ剥けないなんてどんな生き方してきたんだい!」
「うっ…」
「ひんっ!」
料理に慣れてないメンバーは怒られてしまう、少し怒り方が厳しいんじゃないかと思ったらマリナ料理長の持ってきたじゃがいもは酷いもんだった。皮は残ってるしゴリゴリに身を削ってあるし初心者云々抜きにしてもかなりひどい出来だ。まぁ…怒られるだろうな、あれは。
「だって私達じゃがいも剥いたことないだモーン!」
「そうなのかい?ならやり方教えてやるからしっかり覚えなよ」
「む、面目無い…」
「いいんだよ、慣れてないこと任せたアタシの落ち度さね。出来ないことは教える、知らない事は覚えさせる、料理なんて覚えりゃ誰だって出来るんだからね」
「ねぇ…マリナ料理長さん…」
「ん?なんだいネレイド」
「人参…皮むき失敗しちゃった…」
すると、今度はネレイドが申し訳なさそうにぐちゃぐちゃになった人参を持ってきて…ってあれ、まさかあれも皮を剥いたつもりなのか?皮を剥くどころか粉砕されちまってるよ。まぁネレイドさんは力は強い反面ああいう繊細さを要求される作業はどうしてもサイズ的に難しいんだ。
俺たちはそれを理解しているが、マリナ料理長はそんなこと御構い無しに怒鳴り声を…。
「あははは、いいんだよ。アタシはちゃんとあんたが頑張って他のを見てたからね。一生懸命手を抜かずやったんだ、そこはちゃんと評価するよ!」
「料理長…」
「この人参はスープの具材にしちまおう、そうだネレイド。あんたに任せられそうな仕事を思いついたら一つ頼めるかい」
「うん…!」
い、いい人だ…。海賊船の乗組員とは思えないくらい良識に溢れ器のでかい人だ。ネレイドの失敗を怒らずメルクさん達の失敗も受け流す、それでいて豪快に笑い捕虜であるエリス達の腕も認める。
こりゃ、確かに料理長を任されるわけだ。
「あんた、ラグナって言ったね」
「え?あ、はい」
「エリスやジャックから話は聞いてるよ、なんでも襲われた上でいきなり海賊やれなんて無茶苦茶言われて付き合わされてるんだってね」
「は、はぁ…」
そう言われるとメチャクチャな話だよな、襲われた上に捕まって海賊やれって、メチャクチャな無法だ。無法極まりないが…それが海の法なんだろう。
「可哀想にねぇ、あんたみたいに若いのが。でも悪いが船から奪い取った物はウチの物ってのはジャック海賊団の不文律なのさ、それに付き合うも付き合わないもあんたの勝手だが少なくともアタシ達はそれをあんた達に強要する。時に力や恫喝を持ってしてね、アタシが言えた口じゃないだろうけど折れんなよ!あんたもなんか目的があるんだろ?それを見失うんじゃないよ、世の中やることやってりゃなるようになるんだからね」
頑張りな!と俺の肩を叩いて励ましてくれるマリナ料理長の温かさに思わずホロリと泣きたくなるが、彼女の言う通りでもある。
俺達はリスクを折り合いで海に出た、そして失敗した。今はその精算をする最中にある、故にこの海賊船の上から無事生きて帰る為に今はシのゴの言わずに前を見るしかないんだ。暴れてもなんの解決にもなりゃしないしな。
「エリスちゃん達はアタシに任せな!ウチの船員の中には確かに色に溺れたボケ野郎が居るが…そう言うのからは守ってやる、だから安心しな」
「ありがとうございます、マリナ料理長」
「おう!だからあんた達もしっかり働いてきな。海賊やるのは抵抗あるだろうが少なくとも命助けられた恩分くらいは働きで返すんだ」
まるで、母のような存在であるとラグナは思う。マリナのぶっきらぼうながらもしっかりと相手の心情を汲み取るその姿勢に母のような面影を見る…と同時に。
おっかないなとも思う、こんな人もジャックは抱え込むほどに船長として魅力的なのだと。
脱出とか、現状への抵抗とか、そういうのは一旦忘れて…今はジャックと向き合うべきかな。
「よし!さぁ仕事だよ!アタシ達もこれから昼飯の支度があるんだ!あんた達も昼飯までしっかり働いてきな!タダ飯喰らいは許さないからね!エリスの手料理食いたきゃ汗水流してきな!」
「…ああ、分かったよ。エリス達の無事も確認出来たし俺達も動くか、二人とも」
「あいよ、まぁ命の恩云々に関しちゃお前が殺しかけたんだろってツッコミどころはあるが事実として助けられてるしな。その恩分くらいは働くか」
「ふふふ、にしてもなんか楽しみですね。僕ちょっと海賊って興味があったんですよね!」
カウンターから立ち上がり行動を開始する、まず取る指針は…大目標は『ジャックに黒鉄島へ行かせるよう仕向ける事』、現状脱出の手段が一つもない以上黒鉄島へ指針を取らせてそこの調査にジャックを利用する。
その為にはやらなくてはいけない事が沢山ある、まずこの海賊団の戦力の把握と黒鉄島に着いた後脱出する為メグが転移出来ない理由を探す事、そしてこの海賊団の信頼を得る仕事をして異論なく黒鉄島へと赴かせる事…そして。
(ジャックの事を、少しでも知ろう)
今のままジャックとやっても勝てるかどうか分からない、少しでも奴について調べて次戦う時…確実に勝てるようにしとかねぇと、みんなから任されたんだ、俺がやり通さないと。
「よし!エリス!メグ!あんた達は仕事が出来るからね!何人か部下を持たせるから上手く使いな!デティとメルクはアタシが仕事のやり方教えてやるからついてきな!ネレイドもこっちだよ!昼飯時は一番の戦場だからね!気ィ抜くんじゃないよ!」
「はい、お任せをマリナ様。このメグもう目ん玉飛び出るくらいパッキパキに仕事しますので、後悔しないでくださいよ?後悔させますが」
「まさか海賊の飯を作る日が来ようとは…」
「もうじゃがいも見たくないよ〜」
「ん…行く」
エリス達も取り敢えず今はマリナに従い仕事をするようだ、気合いを入れて腕捲りするマリナについていくメグやメルクさん…と、そんな中エリスが立ち止まり。
「ラグナ?」
「ん?どうした?」
「仕事、頑張ってきてくださいね。エリスも美味しいご飯作って待ってますので」
「お、おう」
えへっと恥ずかしげに笑う彼女はトコトコと照れ隠しをするように厨房の奥へと隠れてしまう。仕事に行ってる俺をご飯と一緒に待ってくれる?エリスが?な…なんか、いいな。メチャクチャ気合い入ってきたんだけど…。
「オッシャー!!!この船全部ピカピカにするぞー!」
「うぉっ、なんか急に気合い入ってやんの…」
「なんかいいですね〜この感じ〜」
やってやる!エリスの飯を食う為に!掃除だろうがなんだろうが!やってやるよ!そう鼻から蒸気を吹き出しながら気合いを入れて振り向くと、そこにはずっと待っていてくれたのかヨークが立っており。
「あ、話終わったか?」
「ああ、ありがとう。これで憂いなく仕事できるよ」
「いやいやいいっていいって、しかしなるほどねぇ…確かに心配だろうなぁあんな子が海賊に捕まってたとあっちゃあな?隅に置けないねぇこのこの」
「そ、そりゃ仲間だからな。それよりも早く仕事ってのを教えてくれよヨーク先輩」
「お?おお、いいなそれ。先輩かぁ…くぅ〜!甘え上手だねぇ〜!いいぜ!このヨーク先輩がきっちり仕事教えてやるからついてきな!」
ダッカダッカと進んでいくヨークの後ろをついていく、なんかとんでもないことになっちまったが…それでもやるべき事は変わらない、とっとと黒鉄島に行ってそれまでに脱出の算段立てて、この船おさらばしちまおう。