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397.魔女の弟子と常夏サマー


「ぅぅ海だぁー!ぃやっほー!」


寄り来る白波の如く、ピョコーンと砂浜で飛び跳ねるデティは雄大な海を前にして楽しそうに雄叫びを上げながら海に向かって突撃し…。


「…よし、砂浜でお城作ろ」


「いや泳げよ!さっきまでのテンションどこ行ったのよ!?」


サッと立ち止まりその場で砂遊びを始めた。


そんなエリス達は今ボヤージュの街の砂浜に来ています。黒鉄島行きの船乗りを見つけることに成功し、こうして何も気にすることのなくなったエリス達はレングワード会長の言葉によって二週間の猶予期間を得た。


この期間を使って一番最初にやるのがこの弟子達で揃っての海水浴、海に向かう途中でみんなそれぞれの水着を買って、海で遊ぶための道具も買って準備万端で砂浜に到着し、皆思い思いの時間を過ごすこととなったのだ。


「えー、泳ぐって。足つかないし…」


「沖の方まで行けばネレイドだってつかねぇよ。その為に浮き輪も買ってんだろ?」


「そうだけど…、流されたらどうするのさ!」


「その為にメグのコインも持ってんだろ」


「う、ああ言えばこう言う…、じゃあアマルトいっしょに泳いでよ〜」


「別にいいぜ、今度ウチの小学園で子供達に泳ぎを教えるつもりなんだ。その予行練習に丁度いい」


「どう言う意味さそれ!」


デティとアマルトさんがたったか先に海へ走っていく。そんな二人を見送りながらエリスは…。


「どうですか?メルクさん、メグさん。エリスの水着…可愛いですか?」


「ああ、思いのほか似合ってるよ、やはり君は着飾れば綺麗なのだからもう少しお洒落するべきだな」


「はい、似合っていますよエリス様。流石です」


水着を見せつけていた。漆黒に輝くビキニ、師匠の髪色を思わせるこの水着を一目で気に入り購入したのだ。いやぁ、自分で着る物を選んで買うって経験が殆ど無かったからちょっと不安でしたが似合っているようなら良かったです。


「普段自分を着飾る為の物なんて殆ど買わないので、変にならなくてよかったです」


「そう言えばエリスはいつも同じシャツと靴を履いていたな。もっと色々着替えれば良いのに…私はエリスの色んな姿を見てみたいぞ」


「いやぁ、エリスにはそう言うのは上手く出来ませんよ」


そう言うメルクさんも水着姿だ、ただしエリスと違ってデルセクトから取り寄せた私物。というよりデルセクトのファッションブランドがメルクさんの為にと贈って来た最高級の水着だそうだ。海の如き深い青がメルクさんらしい。


メグさんはなんかメイド服みたいな水着着てます、言葉にして違和感しかありませんが本当にメイド服みたいな水着なんです、信じてください。


「やっぱ海はいいよな、ネレイドは今日は泳ぐのか?」


「うん、折角だしね」


「みんなで海、楽しいですね」


いつぞや天番島で使った水着と同じ物を着込んだラグナと特注の特大水着を装着したネレイドさん、そして全身に日焼け止めを塗りこんだナリアさんが揃って準備運動をしている。


みんなで海、と言ってもこの間天番島でやったばかりだから特別感はないが、それでも楽しいことに変わりはない。


「さて、それじゃあエリスも今回は本気で泳ぎますか」


「お、エリスも泳ぐか?こっち来いよ!」


「エリスちゃーん!エリスちゃんも泳ごう〜!」


「ええ、それじゃあ行ってきます。メルクさん メグさん」


「ああ、気をつけろよ」


軽く準備運動を済ませ、助走をつけてデティ達の待つ海へと全力で駆け抜けクルリと空中で一回転して思いきり飛び込む。


スルリと潜り込むように海面を突き抜ければ、音は即座にくぐもりブクブクという音共に泡が体を撫で、あれほど暑かった日差しを水が防ぎ代わりにエリスに極上の清涼感を与える。


海の中、とても涼しい、そして静かだ。


(世界が青い、魚が泳いでいる、…綺麗だ)


目を開き魔眼術を用いれば海の中でもくっきりと物を見通すことが出来る。マレウスの海には色々な生き物が住んでいる。色鮮やかな魚や色取り取りのサンゴ、そして上から降り注ぐ揺れる光、海は恐ろしい場所であると同時にこんなにも美しいのかと再認識させられる。


軽く、泳いでみるかな。


(泳ぎ方は師匠から習ってますからね、軽くやってみますか)


当然ながら、師匠から泳ぎの指南は受けている。というより敵に水の中に引きずり込まれた時の対処法…とでも言おうか。


師匠は言った、人という生き物が足を得たのはそれが陸で生きていく上での最適解だったからだと。そして同時に海で生きる者は足ではなく尾びれを得た。ならばこそ尾びれは水中での移動に対する最適解なのだろうと。


だから海では『足』ではなく『尾びれ』を意識して動けと、両足を合わせうねらせる様に水を蹴って加速する。数大きくの修行で鍛え上げられた両足の脚力はそんじょそこらの魚には負けやしない。


瞬く間に魚を追い抜き海中をビュンビュンと加速して縦横無尽に泳ぎ回る。まるで旋風圏跳を使っている様な感覚だ。


(気持ちいい、海とは…水の中とはこんなにも自由なんだ)


水を弾き飛ばす様に泳ぎ泳ぎ、一気に海上を目指し浮上して加速のまま飛び跳ね太陽へと駆け抜ける。


「プハァッ!きもちー!! 」


「イルカかよお前は…」


「エリスちゃんすごーい!人魚みたーい!」


バシャリと音を立てて再び海へと着水すれば、浮き輪にしがみつくデティとそれを支えるアマルトさんがこちらを見ていた。


人魚みたいか…人魚が本当に居るとしたら人魚はいつもあんな感覚を味わっているのかな、


「海、気持ちいいですね」


「お前泳ぎも得意なんだな、なんか意外だわ」


「まぁあんまり水中では戦いませんしね」


「そういう意味じゃねぇっての。でもお前の運動神経凄いし泳ぎくらい訳ないか」


「そういうアマルトさんは泳げるんですか?」


「ナメんな、泳げるわ。でも…あっちと比べると普通かな」


あっち?そう指さされる先には…。


激しく立ち上る水柱、海を引き裂く鏃が高速で海上を駆け抜け白い壁を二つ作り出す…いやあれは。


「おっしゃああああああああああ!!」


ラグナだ、ラグナが高速で足をシャカシャカ動かして海の上を走ってた。いやあれは泳ぎというよりも…なんだろう、曲芸?多分見せればお金貰えるよあれ。


あれと比べれば普通って、流石にエリスも魔術抜きで海の上を走るなんて芸当出来ませんよ。


「海の上走る人間初めてみたかも」


「エリスもですよ、っていうかあれ楽しいんでしょうか」


「本人は物凄く楽しそうだよ」


もうラグナ一人で黒鉄島まで行けるんじゃないか?どういう原理で走れてるんだろう…。


「相変わらずむちゃくちゃな奴だよなラグナって、体をめちゃくちゃ鍛えてるから出来ますってレベルじゃないだろあれ。もうあいつだけ別の物理法則で動いてるんじゃね?」


「あり得ますね、まぁラグナは置いておいてエリス達は大人しく泳ぎましょうか」


「いやお前の泳ぎも大概だったよ」


「もうみんなずるいよ、私もエリスちゃんみたいにビュンビュン泳ぎたいー!ラグナみたいに海でめちゃくちゃしたいー!」


うわーん!と手をバシャバシャと海面に打ち付け暴れるデティ、彼女は泳ぎがあまり得意ではないのかさっきから半分溺れかかってる。とはいえデティは元々体が強い方じゃないしそんなすぐに泳げる様になんて…。


あ、そうだ。


「そうだ、アマルトさん。呪術でデティの体を魚に変えられたりしません?それこそ人魚みたいに」


昨日メルクさんと話した内容を思い出して口に出してみる。理論上は体の一部を魚に変えて擬似的に人魚みたいになることは出来るはずなんだ。そうアマルトさんに頼んでみると彼はグェッとあからさまに嫌そうな顔をして。


「えぇ、出来るよ。出来るけどさぁ」


「ほんと!?じゃあやって!!アマルト!私人魚になりたい!」


「出来るけど!クソ面倒なんだよ!体丸ごと魚に変えるならまだしも下半身だけ魚?あのな。魚は尾びれがあるから泳げるんじゃなくて生来からそう言う体の構造してるから海の中でも平気なの。それをお前…呪術で内臓の配置を変えたり骨の形を作り変えたりとか…どんな労力だよ」


「出来ないの?」


「理論上は出来る、理論上はな?だから実質無理だよ」


そこまで言われてようやく把握する、確かに難しい。魚と人間のハーフのような姿にするには両方の性質を損なわず両立させなくてはならない。それを実現するには内臓の形や骨の配置まで全て計算し尽くしておかないと成立しない。


ガニメデさん達は半人半獣のような姿になりはしたものの、あれは呪術が不完全だったから。言ってみれば両方の特質を備えつつも両方の特性を半端に損なったなりそこないだったのだ。完璧に人魚のようになることはできない。


「それを言ったらデティ、お前こそねぇの?泳げるようになる魔術とか…それこそさ、現代呪術的なやつで自分で変身すればいいだろうが」


返す刀で現代呪術でも使えばいいとアマルトさんは言う。確かにデティは現代魔術ならなんでも使える、普段使わないだけで現代付与魔術も現代錬金術も現代幻惑術も現代魔術陣もやろうと思えば全部使える、それが魔術導皇という存在だからだ。


だが…。


「ないよ、現代呪術なんて」


「あれ?そうだっけ?」


そう、無いのだ。現代において呪術だけが失伝している。治癒や付与といった魔女様の技は現代魔術となって今の時代に残っている場合も多いが呪術だけが現代呪術として残っていないのだ。


故にデティは呪術だけは使えない、デティが使えるのは『合法的に現代に名を残している魔術』にのみ限るのだ。


「現代呪術は所謂『失伝魔術』に入るの。その存在は確認されているけど明確に証明する物品や設計図たる文献が残っていないから現代に呪術の使い手はいないの」


「そういやそんな話昔聞いた気がするな…」


「だからアマルトは現代では物凄く貴重な呪術使いなんだよ。魔術導皇的な視点から言わせてもらえば本当はアマルトが所有する呪術を一つ一つしっかり研究した上で本当に使用していいものにのか精査する必要があるかな」


「うぇ、急に真面目になんなって…」


「本来なら失伝魔術はそういう扱いを受けてしかるべきってだけの話。言ってみれば魔術導皇の認可が降りてないわけだし半分禁忌魔術と変わらないの。まぁ…そんなこと言い出したら古式魔術全部それに入るから間怠っこしい事言わないだけ」


だから悪用はしないでね〜と言いながら波に流されていくデティを捕まえる。ともかく呪術で人魚になるのは無理なようだ、残念だ折角面白い体験が出来ると思ったのに。


「ん、じゃあエリスがデティの浮き輪を全力で推して泳ぎましょうか?そうすれば擬似的にもエリスの速度が味わえるんじゃ無いでしょうか」


「いいねそれ!やってやって!」


「はい、では…」


ラグナみたいに無茶苦茶は出来ないけれど…、静かにデティの浮き輪を掴んだまま再び両足を魚のように、いやアマルトさんの言葉を借りるならイルカのように…。


全力で水面を蹴る────。


「ビョッ…!?」


加速、スピードがもたらす新たな景色は何もかもを置き去りにする。水面は切れるように道を開けエリスとデティは大海を吹く風の如く蒼の世界を飛翔する。


「エリスちゃん!エリスちゃん!速すぎ!」


「これがエリスの見ている世界です!」


「ごわい!!」


トビウオってのかな、実物を見た事ないけどきっとそれもこんな風に泳いでいるんでしょうね。波に煽られ宙を何度も飛びながら泳ぎ続け速度に酔う、そんな風に岸から離れて全力で泳ぎ続けていると。


「……ん?」


ふと、何かが目に入った。エリスの横を…誰かが泳いでいる。水中に人影が見える…誰だ?アマルトさんかな?それともメグさん?エリスに追いつくなんてやるじゃないか。


「アマルトさんですか?それともメグさん?凄いスピードですね!流石です!」


「……いや、エリスちゃん。アマルトもメグさんも海岸にいるけど…」


「え」


ふと、デティに促され泳ぎながら海岸の方を見ると…居る。アマルトさんもメグさんも…ラグナもメルクさんもナリアさんもネレイドさんもみんな居る。じゃあ…今エリスの隣を泳いでるのって…誰?


「だ、誰ですか!?これ!」


「…こいつ、魔力の形が人型…いやちょっと違う。もしかして…」


刹那、海の中に映る影は何かに気がついたのか水中で急激に方向転換をしてみせる。人間にはどうやっても不可能な軌道…と共に、見える。


水面を飛び出る大きな尾ひれ、青い鱗に包まれた尾ひれがついた人影がエリス達から逃げるように海の中を泳ぎ去る…。


間違いない、あれは…。


「人魚だ!?」


人魚だ、間違いない。あのサイズの魚がいるわけないしそもそもシルエットが人型だったし、人魚だ…本当に人魚がいたんだ!


「人魚!?ほんとにいたの!?エリスちゃん!捕まえて!」


「つ、捕まえ!?捕まえるんですか!?わ、分かりました!」


咄嗟にデティの浮き輪から手を離し水中に潜り込み、更に加速し逃げる人魚を追いかける。水中に潜れば…やはり如実に見える。人魚の背中。


上半分は人間なのに下半分が魚だ、本当に居たんだ…人魚が!


(待ちなさい!)


せめて姿だけでも見たい!故に全力で加速して人魚を追いかけるが…ダメだ、速い!速過ぎる!何だあの速度!エリスじゃ全然追いつけない!凄まじい速度で海の中を泳いでる。魚とかそう言うレベルじゃない!


くそッ!ここまで来て逃がせるか!


(───『旋風圏跳』ッ!!!)


本来、水中では魔術は使えない。空気がなければ呼吸は出来ない、呼吸出来なければ発生も出来ない、故に水は魔術師の天敵だ。だがエリスには関係ない、詠唱なしで一気に魔術を再現できるエリスなら水中でも魔術を使うことができる。


水の中で風を起こすなんてよく分からない現象が発生し、ブクブクと全身を泡が包み一層加速し始める。地上に比べれば幾分速度は落ちるが…これなら追いつける!


(あと少し!)


『……チッ、追いついて来てる!何アイツ…!陸人の癖して速すぎでしょ…』


(え!?)


今、声がした?人魚の声か?あいつ水の中でも話せるのか…と言うか今こっちを見て…。


チラリとこちらを見た人魚のオレンジの髪と黄色の瞳がエリスを見る、そこには確かに知性の輝きが見える。人魚は魔獣じゃないのか…本当に海に住む人間だとでも言うのか。


『こうなったら…!』


(あ!待って!)


しかしそんな思考さえ許さず人魚はグルリと体を動かした…その瞬間。


──────人魚の姿が、海の闇の中に消えた。


(嘘!?消えた!?この一瞬で!?)


一体どうやって消えたのか、人魚が消えた地点まで泳いで見ると…その現象の正体が分かる。


人魚が消えた地点からまるで海底が断崖のように深くなってるんだ。そして辛うじて見える海崖の底は…ボコボコに穴が開いて穴開きチーズみたいになってる。きっとあの穴は魔女様達が八千年前繰り広げたシリウスとの戦いの残滓なのかもしれない。


そんな穴だらけの海底が延々と見えなくなるまで続いている。古の決戦場とでも言おうその光景を見てなんとなく察する。人魚はこの穴の何処かに逃げ込んだんだ、あのスピードで急降下したから消えたように見えただけ。


あの穴のどこに逃げたかも分からない、穴同士が地下で繋がっているかも分からない。これは…完全に逃げられたな。


(にしても、海の底がこんな事になってるなんて…。魔女様とシリウスの戦いってどれだけ激しかったんだろう…)


そもそも大陸に穴を開けて海を作ってしまうなんてシリウスの力は相変わらず超絶しすぎてるだろう。この穴一つ一つを魔女様かシリウスが開けたと思うと…ある意味この穴もある意味古代の遺跡のようなものなのかもしれないな。


(仕方ない、帰ってデティに謝りますか)


人魚を捕まえられなかったのは残念だけど、人魚の存在は確認出来た。…本当に居たんだ、人魚は。


…………………………………………


それからデティを回収して浜辺に戻ると既にみんな揃ってエリスを心配そうに見つめていた。


そんな中ラグナがエリスの方へと歩み寄り。


「どうしたエリス、随分気合い入れて泳いでたけど」


「…人魚が居たんです」


「なんだって?」


「居たんですよ、さっきそこに人魚が。それを追いかけていたんですけど逃げられました」


そう言って人魚がいた地点を指差すが…みんなポカンとした顔でエリスのことを見てる、まぁその反応も無理はないだろうけども…。


「マジで言ってるのか?」


「はい、こんな事で嘘なんかつきません」


「いや、なんかの見間違いとかさ」


「そんなことありません、喋ってました。水中で、それに追いかけてる時確かにその姿も見てましたし…信じられませんか?」


「エリスの事は信じてるけど、受け入れがたい部分が大きいかな…だってライノさんも存在は否定してたし」


確かにライノさんは否定していたし、人魚を肯定する存在なんてのはこの国にも殆ど居ないだろう。だが事実としてエリスは見たのだ、人魚を今そこで。


するとメグさんが小さく手を挙げて。


「実は、陛下に定期報告ついでに人魚についての話を伺ってみたのです」


「カノープス様にですか?なんて言ってました?」


「それが、人間と異なる姿をした人間…所謂亜人と呼ばれる存在については陛下も聞き及んだことがあると」


亜人…御伽噺の中にしか出てこないような半獣人や半魚人と言った人とは違う人を指す言葉だ、それについてカノープス様は何か知っているのか。というかメグさんってカノープス様に定期報告なんてしてたんだ…。


「それで、なんと?」


「亜人という存在は確かにこの世に居ます、いえ居たと言った方が正しいでしょうか。少なくとも八千年前の文献にはそのような存在が二千年ほど前まで確認されていたと陛下は言っていましたが…陛下の生きた八千年前にはもうそのような存在は確認出来なかったと」


「えっと、八千年前の時点で二千年前には確認出来たってことは一万年前には亜人みたいなのは居たって事ですか」


果てしなさすぎてちょっとびっくりだな、一万年前にも居たんだから今もいるよ!とは言えないな。八千年前でさえ遥か昔なのにそれより前となるとな…。感覚が麻痺しそうになるけどそもそも八千年前だって信じられないくらい昔なんだから。


「飽くまでその可能性が高いというだけです、しかし大いなる厄災により八千年前より前の文献は軒並み消え去ってますし、唯一それらが確認出来たであろうディオスクロア大学園の地下図書室は…」


「アインの所為で焼失したな」


「はい、なのでこれは事実上の…」


「つまり今はもう居ない…と?」


「居たとしても一万年の間一度として人類に存在が露呈しない…というのは些か難しい話かと」


「でも事実として居ましたし…」


あれが一万年前にいた亜人の人魚なのか、それともまた別の存在なのかは分からない。けど少なくともこの街で言われる『人魚』はいた、そこは変わらない事実なのだ。


とすると、亜人ではない人魚…という事になるか、まぁどう考えても答えなんて出ないんだけど。


「エリスが嘘をつくとも思えんしな」


「けど説明がつかないのも事実ですね…まるで小説みたいな話ですし」


「うーん…」


みんな、摩訶不思議な存在を前に悩み始めてしまう…、すると。


「まぁ、さ」


ラグナが手を叩いてみんなの注目を集めると、人魚がいた青い海を見遣り。


「俺の祖国アルクカースにも戦乙女の伝承がある、死力を尽くして戦い尽くした者の前に現れる紅金の女神がいるってな。他にもアジメクには花の妖精がいるらしいしデルセクトには地下深くに金色の鱗を持つ竜がいる…って話だろ?」


「全部まやかしだがな、まぁ居たら面白いとは思うが」


「人魚もそれと同じさ、居るか居ないかじゃなくてさ、その存在がチラリと垣間見える程度が面白いんじゃないかな?それを無理に考えて正体を暴き立てる必要はない。こういうのは『居るのかな?居ないのかな?居たらいいな』で留めておくのが一番さ」


神秘とは分からないから神秘的なのだ、暴き立てれば一気に陳腐となり魅力は失われる。そういうものは遠目で見てその存在に妄想を掻き立てる方が一番面白く、かつ健全な楽しみ方だとラグナは言う。


確かに、別に人魚の正体を暴き立てたとて得られるのは一時的な達成感だけだろう。なら別に無理してその正体について考えるだけ不毛か。


「確かにそれもそうだな、ラグナの言う通り人魚の正体を暴き立てたとて…と言う話だな」


「それもそうかもー、エリスちゃんに捕まえてとは頼んだけどその後の展望全くないや」


「デティ…そんないい加減な理由でエリスに捕まえてって頼んだんですか…」


「ごめんねー!」


まぁいいですけど、にしても…うん。やっぱり楽しいな。


人魚はいる、ならばきっとこの世にはまだ暴かれていない神秘的な未知が転がっているんだ。その未知がある限りエリスのワクワクは止まらないだろう。


この世はどこまでも面白い、エリスはそう言い切れますよ。


「それよりもっと面白いことしようぜ、例えばこれとかさ!」


そう言いながらラグナが取り出したるは、風船…否。


「ビーチバレー…?」


「うん、最近ステラウルブスで流行ってるんだろ?これ。サイラスが言ってたよ、海に行ってこれをやらない奴は実質海に行ってないって」


「そうなのか?ネレイド、スポーツ大国オライオンなら何か分かるだろう?」


「んー…、オライオンに海で遊ぶ人いないし…よく分からない」


そりゃああの極寒地獄の只中にて水着で砂浜で遊ぶ人はいないだろう。けどラグナの頭にも疑問符が浮かんでいるあたり、ビーチバレーについてわかる人間はいないようだ。とは言えあの賢いサイラスさんが言うなら実際海に来たらビーチバレーをしないといけないんだろう。


「ルールは多分普通にバレーと一緒だろ、やろうぜ!」


「ふっ、面白そうだな…。チーム分けはどうする?」


「とりあえずラグナとネレイドは分けようぜ、この二人が一緒になったら他が束になってもスポーツ関連の事柄じゃ敵わねぇし」


「ん、じゃあチーム分けは…」


そうして何やらよくわからないままにみんなノリでビーチバレーをする事になった。取り敢えず戦力を公平にする意味合いでラグナとネレイドさんを別のチームに分け、残りをアミダで振り分ける。


メグさんが線を引いてコートを用意し、何処からともなくネットを持ってきてあっという間にビーチバレーの用意が整う。


まぁいいでしょう、エリスも競い合うのは好きです。みんなもなんだかんだ体を動かすのは嫌いじゃないし、何より負けるのが大嫌いなので目の前に争う場所を用意されれば闘争心が滾るのは必然。


皆ウォームアップを終えてビーチバレーに挑む。


「よし、んじゃあ負けた方が罰ゲームにするか?」


「いいな、負けた方が男装するとかどうだ?向こうは女だけだしな」


「そりゃメルクが見たいだけじゃね?」


「なら衣装選びは僕に任せてください、かっこよくして見せます」


ラグナチームはキャプテンラグナとメルクさんアマルトさんナリアさんと物の見事に男性陣が向こうに偏ってしまった、普通なら異議申し立てするところだが…。


「ならラグナは女装ですね、アマルトさんには女物の水着を着てもらいます」


「まぁそれは素晴らしい、ではこのメグ…特注品をご用意しましょう」


「うぉしゃっー!ぶっ殺す!」


「…………」


こちらだって負けてない戦力だ、エリスとメグさん、デティと…何よりネレイドさんがいる。ビーチバレーのルールがバレーと同じならネレイドさんの身長はアドバンテージ以外の何物でもない。


負けない戦力…いや勝てるメンバーが揃っている、罰ゲームを受けるのはラグナ達の方だ。


「へへへ、流石エリスだ…唆ること言ってくれるぜ」


「負けませんよラグナ、今のうちに海水を頭から浴びて起きなさい…泣いた時誤魔化せますからね」


バチバチとエリスとラグナの間で火花が飛ぶ、さぁこれからビーチバレーを始め…。


「ねぇ、一つ聞いていい?」


ふと、ネレイドさんが何か気になったように口を開き…突如、爆弾を投下する。


「これ、『魔術は有り』?」


「…………」


魔術は有り?有りかだって?そんなものエリス達のバレーに持ち込めばどうなるかなんて容易く想像もつく、アリかナシかで言えば当然ナシだ、下手すりゃこのビーチが吹き飛ぶ…けど。


ラグナとエリスは笑う、凶悪に口角を上げて。


「有りだ」


「有りに決まってます」


「…いいね」


エリス達の戦いに魔術は不可欠だ、後で『魔術があれば勝てた』なんて冷や水の如き言い訳をされても困る。勝つなら完全無欠の勝利を、負かすなら完膚なきまでの敗北を。それがエリスの座右の銘ですよ。


「それじゃ…エリス、サーブは任せるよ」


「いいんですか?ゲームの形を作っちゃいますよ」


「やってみろ、俺を相手に出来るならな」


ラグナからボールを受け取り、コートの端に立ち…みんなに目配せを行う。コートに立ち前にメグさんにもネレイドさんにもデティにも動きの大まかな流れは伝えてある。その通りに動けばラグナ達に何もさせずに勝つことができる。


「行きますよ!ラグナッッ!!」


「来いッッ!!」


高く放り投げたボールを手で打ち、ラグナのコートへと叩き飛ばす。なるべく低く回転を意識して高速機動で放たれるボール…しかし。


「やるぞ!アマルト!取れよ!」


「アイアイ!」


機敏な動きでコートを駆け巡るメルクさんによって容易く受け止められたボールは弾かれ浮いたボールをアマルトさんが絶好の位置…ネット前へと運べば、当然…決めにかかってくるのは。


「最高のボールだ、二人とも!」


ラグナだ、ボールは未だ降下せぬ程の高さにあるというのに跳躍の一つでそこまで飛び上がり美しいフォームで手を上げたかと思えば、全身鋼鉄の如き筋肉で出来たバネが一気に蓄えられた力を解放する。


「行けオラァッ!」


……ラグナの怪力の事だ、いつぞやみたいに誤ってボールを破砕する事だろうと踏んでいたが、どうやら彼はそこから成長していたようだ。ボールは割れる事なく銃弾の如き速度で射出される。ボールを割らずにかつ常識外れな威力で叩き出す…彼がただの怪力バカではなく技量と技術を武器とする武闘家であることの証左だろう。


「来ます、受け止めてください!」


最初、ボールを受け止めるディフェンス役を決める時…エリスはネレイドさんにそれを任せようとした、彼女の場合ただ突っ立って手をあげるだけで大体のボールを防げるからだ。


けど、向こうにラグナがいる以上高さは防御力に直結しない、事実凄まじい高度と威力でぶっ放して来てるんだ。ネレイドさんの手の届かない角度からボールは打ち込まれている。


そこでエリスがディフェンス役に選んだのは。


「メグさん!」


「畏まりました、『時界門』!」


メグさんだ、彼女の手によって生み出された時界門はラグナの凄絶な速度のアタックを吸い込み、もう一つ開いた上方向を向いた穴から射出され強引に軌道を変える。


メグさんならば相手がどんなボールを打ってきても関係ない、ボールの軌道をどんな方向にも変えられる。勿論ボールが上方向に飛んでいけば…これ以上ないくらいの絶好球となる。


フラフラと勢いを失い落ちてきたボールをエリスが受け止めてパスする、その先に待つのは巨神…否。


「行くよ〜…」


ネレイドさん、その巨木のような腕をブンと振り下ろせばただそれだけで殺人級の一撃となる。彼女がスポーツ大国オライオンにて神に愛された肉体を持つと言われる所以こそこれ。如何なるスポーツでも万能にこなせる身体能力と身長、これこそがエリス達の剣となる。


しかも、今回は魔術ありという点が大きい、何せ。


「移ろう虚ろを写し映せ『一色幻光』」


「ゲェッ!?ボールが増えた!?」


ネレイドさんが打つと共に幻惑魔術で増加するボール、様々な軌道で飛ぶボールが一気に十数個もコートに現れる。ただでさえ重く速いボールが無数に増える、これは打てまい!


「チッ、いきなり切り札切らせるかね普通!」


「流石ネレイドさんです!」


しかし、敵陣営は怯むことなく動き出す。アマルトさんは血の入ったアンプルを一飲み、ナリアさんはペンを取り出し。


「『ヒーローブレンド』!」


「『複写凝固陣』!」


アルクカース人の血を用いた身体強化と共に虚空に生み出される無数の魔術陣、空間を凝固させ足場とする魔術陣を使いアマルトさんが高速で空中を飛び回り全てのボールを手当たり次第にトスして回る。


「だぁぁーーー!どれが本物だよ!?全然わかんねぇ!あ!これか!感触がある!」


そんな力業で強引に本物のボールを引き当て強引に空中にトスをし。


「『Alchemic・steel coating』!ラグナ!全力で打て!」


「お!ボールを硬くしたのか!サンキュー!本気でやれるぜ!」


それをパスするメルクさんによって風船状のボールが鋼鉄のように固まる。加減して打っていたラグナにとってこれ以上ない朗報だ、打ち上げられたボールを目掛け再び手を上げ飛ぶラグナ、さっきのやつ以上のが来るか!


「おっしゃぁああ!!ぶっ飛べっっ!!!」


「はい!『ウインドカーテン』」


「あれっ!?」


しかし、ラグナの手前に来たボールがフワフワと軌道を変えラグナの手から逃げる。デティだ、デティがやったんだ。咄嗟に風魔術を用いてボールを動かしたのだ、その範囲は非常に小さくともラグナの手から離れればそれだけであの一撃は空振り無効となる。


「そんなのありかよ!」


「ありだもんねー!ほれほれ『ウインドカーテン』!打ってみろ〜!」


この世の現代魔術師全ての頂点に立つと言われるデティの魔術によってコート状をフラフラ漂うボール、あれではどこに落ちるか全く予想が…。


「ナメんじゃねぇ!チビフローア!」


「な!」


刹那、飛んできたアマルトさんによって強引にボールが弾かれエリス達のコートに飛んでくる。デティの魔術を見切って打ち込んだんだ、ラグナほどとは言えないがそれでもアルクカース人の身体能力を百人掛け合わせたその一撃は十分凄まじい。あれを受け止めるのは難しいが…こっちにはメグさんがいる!


「メグさん!お願いします!」


「はい!『時界…」


メグさんがボールに向けて手をかざしたその瞬間…。


「───『石界天光一条』!」


既に詠唱を済ませていたメルクさんの手から紅の光が放たれる、あの光どこかで見たことが…ってあれは!


「あ……」


石化の光だ!フォーマルハウト様が前使ったアレと同じ錬金術だ!肉を石へ変える錬金術。その紅の光に貫かれたメグさんが一瞬で天に手をかざした水着の石像へと変えられ、力なく砂浜に倒れる。


「ギャー!!!メグさんが石にされちゃったー!!!そんなのありー!?」


「ありだとも!何度も同じ手を使わせるか!」


「ッ!『旋風圏飛』ッ!!!」


メグさんが動けなくなった以上エリスがやるしかない、咄嗟に風を纏い滑り込むようにボールの下に入り込み打ち上げる。


「デティ!メグさんを元に戻せますか!」


「出来る!」


「ネレイドさん!」


「ん!任せて!」


打ち上げたボールをもう一度ネレイドさんに打ち上げてもらって時間を稼ぎ、その瞬間にデティに石になったメグさんを元に戻してもらう。彼女の治癒魔術なら簡易的な石化くらいなら解ける。再びボールが降下する頃にはメグさんの治癒は終わり…。


「あれ?私今石になってました?」


「なってました!」


飛び上がる、落ちてきたボール目掛け風を纏ってエリスが飛ぶ、今度はエリスが決めます。やってやります!全員吹っ飛ばす!


「『煌王火雷掌』ッッ!!」


叩き込む炎雷の一撃、硬化したボールならば全力で打てるのはあちらだけじゃないんだ!炎と雷を纏った弾丸は一気呵成にラグナの陣地に攻め入る。


「っべーよ!っべーって!エリス目がマジだ!」


「まだまだ!メグさん!あれを!」


「む!はい!『乱立時界門』!」


しかもそこからメグさんの時界門を使う、生み出すのは無数の時界門、それをラグナ達の陣地に生み出すのだ。エリスの放った弾丸アタックは時界門潜りまた別の時界門へと移り、ラグナ達の陣地の中を縦横無尽に駆け巡り撹乱する。


「チッ!やはりメグが鬼門か!デティの方から石にすべきだった!」


「ってかこれどうすんだよ!ネレイドのよりタチ悪いぞ!」


「あわわ…!」


このまま撹乱して撹乱して、撹乱し尽くして…そして。


「そこです!」


開く、新たに下向きの時界門がラグナの陣地のど真ん中に、そこから現れる高速のボールは一気にコートに向けて落下を…いや射出を始める。これで終わりだ!


「ッ!そこか!?」


「それルール違反だろ!何かしらの!」


「あ、これ無理なやつだ…」


そう誰もが諦める、何せ地面から少ししか離れていないところに出来た時界門から、雷の如き速度でボールが放たれるのだ、これに反応出来る人は…。


「させるかぁぁぁあああああああ!!!」


ラグナだ、全力で砂の上を滑走しスライディングで僅かにしか無い時開門と地面の間に滑り込み炎と雷を纏ったボールを弾くために拳を振るいトスを行おうと全霊を尽くす。


「このぉぉお!!砕拳遮る物は無く! 斬蹴阻む物無し!武を以て天を落とし 武を以て地を戴く!我が四肢よ剛力を宿せ!! 『十二開神・来光烈拳道』ォッ!」


「ッ…古式付与!?」


ラグナの体が光り輝く、あれは複数の付与魔術を体に何重にもかける古式多重付与だ、ただでさえ手がつけられないのに、あれを用いたラグナの身体能力はその一挙手一投足が大魔術級となる。


事実としてラグナはエリスの前例の一撃を加えたボールを片腕一歩、拳の一つで押し返し…。


「いっけぇぇぇぇ!!!」


「おお!弾いた!あれを!」


「チッ、流石ラグナ…」


弾かれてしまった、あれを。殆ど決まったようなものだったのに、やはりラグナの身体能力…というより彼の勝機を掴む天運は凄まじいものがある。


さて、次はどう攻めるか…そう腰を落として趨勢を伺う。


「アマルト!ボールが落ちてきたら俺にパス!メルクさんは援護を!ナリアは魔術陣で煙幕を張ってくれ!」


「はい!」


「任せろ!」


「いやパスはいいんだけどさ…」


そう言いながら上を、ボールが飛んで行った方向を見上げるアマルトさんはポリポリと顎先を指で掻くと。


「そもそもボール…どこ行ったの?」


「………………」


「………………」


「…………あー…」


見上げるとそこには青い空が広がっている、打ち上げたボールをの姿はどこにもない。ラグナの拳で弾かれた瞬間、物凄い勢いで上昇し…落ちてこない。


「…あー、えっと…そのうち落ちてくるんじゃないかな」


ラグナのその言葉を最後に、それ以降ボールが落ちてくることはなかった、一分…二分と待ってもボールが帰ってくる気配はない。まぁそりゃラグナが付与魔術まで使って本気で打ち上げたらそりゃあそうなる。


「落ちてきませんね」


「だな」


「どこ行ったんだろう…」


「宇宙まで行っちゃったんじゃないですか?」


「今頃太陽にぶつかってたりして」


「ラグナ様の力ならあり得ますね」


ボケーっとみんなで上を見続けて、なんとなく察する。これいくら待っても戻ってこないな。


ボールがないんじゃ試合は続けられないな…。


「まぁ、なんだ…取り敢えずさ。ラグナは罰ゲームな」


「え!?俺だけ!?」


「うん、ボールどっか行っちゃったしもう試合続けられないだろ?」


「そりゃ!そうだけど…!?なんか釈然としない…!」


「服は僕が選びますから安心してくださいねラグナさん」


「裏切ったなナリア!」


取り敢えず満場一致でラグナが罰ゲームを受ける運びとなった、まぁあのまま続けていたらみんなヒートアップしすぎて大変なことになってたと思うから丁度いい幕引きだと思いますよ、エリス的にはね。


「ってかエリスさぁ、前々から気になってたんだけど」


「ん?なんですアマルトさん」


「いや、お前ゲームとかはすげー弱いくせしてなんでバレーはそんなに強いんだよ…」


「知りませんよそんなの。でもエリスはボードゲームとかは弱いですが昔からこういう体を動かす遊びでは基本負けたことありませんよ」


「どういう判定なのさ…」


だから知らないって、でもこういう体を動かすタイプの遊びはエリスの中では普通の戦闘と同じ括りなんですよね。これでも負けてたら殴り合いでも勝てませんし。


「にしてもいい鍛錬になりました、あれはもう遊びというより完全に模擬戦でしたね」


「あ、それなー。正直遊び半分だったけど途中から俺もガチだったし、チームワークのいい練習にもなるし、案外偶にはみんなでこうやって遊ぶのもいいかもな」


だよなーとアマルトさんがこちらを指差しながら笑う。皆も静かに頷くあたりみんな今のビーチバレーで得るものが多かったんだろう。


ボールを高速で打ち合うという性質上判断は一瞬で行動は瞬間で行う必要があり、バレーのルール上一人では何も出来ない、必ず仲間にパスする必要がある。そして声かけをして連携を高めて魔術を使ってより良い行動を繰り返す…うん、素晴らしい修練だ。


「師範達はある意味これを期待してたのかもな」


「みんなでビーチバレーをするのをか?」


「違うよ、弟子達で高め合うことをさ。ぶっちゃけ今の試合は普段師匠方につけていただいてる修行のそれよりもより一層実戦的だった、きっとこれからも八人で戦うことになる以上連携を高めるのも必須だし…今の俺たちに必要なのは基礎鍛錬よりもこういう連携鍛錬なのかもしれない」


「なるほど…一理あります」


エリスの言いたいことを全て言語してくれましたね。みんなで何かをやる、みんなで戦っていく、みんなで目的を達成する、これがエリス達に必要なものなのかもしれないですね。


「なるほどー、じゃあまたなんかやる?」


「そうだな、じゃあ次はビーチフラッグでもやるか、魔術ありで」


「ビーチフラッグってあれだろ?砂浜のかけっこだろ?それメグに勝てる気がしないんだけど…、それに次はエリスが俺達に直接火雷招とか撃ってきそう」


「エリスそんなことしませんよ!」


なんてワイワイみんなで話している中、ふと…この会話に入ってきていない人に気がつきそちらを見やる。


「メグさん?」


「……え?どうされました?」


「いや、なんか考え込んでますけど…」


「いえ…何も……」


「…?」


明らかに何かを考え込むメグさんに、首をかしげる。いつもならこういう話には真っ先に飛びついてきそうなのに…何か気になることでもあったんだろうか。


(…今のラグナ様のトス…あれは)


そんなエリスの心配をよそにメグは一人で自らの手を見つめながら考える。思考の内容は先程のラグナのトスだ。ボールを天空へ消しとばしたあの全力のトス…あの時メグだけが違和感を感じていた。


それは…。


(どう考えてもおかしい、今…ラグナ様、私の時界門を破壊してませんでしたか?)


ラグナは時界門から落とされたボールを真上に飛ばした、当然ながら真上には時界門があったはずだ。だがボールは空へと飛んで行った…時界門を貫通させて、だ。


その時メグは感じた、自分が作り出した時界門が地面に落ちた皿のように割られる感触を。ラグナが本気で腕を振り上げた衝撃で時界門が割れてボールが空へと飛んだのだ。


あり得ない、時界門は空間を歪めて出来た穴だ、物理的干渉は絶対に受けないはずだ。それはもう空間を…世界そのものを破壊したとしか思えない。


魔術も使わず、ただの腕力だけでそんなことが出来た事例は聞いたことがない。それこそアルクトゥルス様でさえそんなこと出来やしない。


世界を破壊する拳…その片鱗のようなものを受け、メグは一人考える。


(昔から考えていましたがラグナ様ってちょっと強すぎじゃありません?魔女様から修行を受けているのは私達も同じ筈なのにあの人だけ成長のスピードが常軌を逸している)


魔女様達は口を揃えてラグナ様を『英雄の資質を持つ男』と呼ぶ、あのシリウスもラグナ様を『英雄の卵』と呼んだ。


もしかして、ラグナ様は我々が思っている以上に…特別な存在なのではないか。それこそエリス様のような何かを秘めた存在なのでは。


(…英雄、ですか…)


皆でビーチフラッグの準備をするラグナ様を見て、うっすら思う。魔女の弟子達がこの時代に集結した理由、シリウスが本格的に動き始めたタイミング、そして…アド・アストラの誕生。


世界は生まれ変わりつつある、ならば…その新たな世を率いるのは、魔女さえも超える…。


「よーし!ビーチフラッグ最強選手権第1レース!エリスVSアマルト!位置についてよーい…ドン!」


「『風刻槍』ッ!!」


「初手で砂浜ごと吹っ飛ばすやつがあるかぁーっ!!」


(少し、小難しいことを考えすぎましたかね。エリス様もよく言ってますもんね…分からないことを考えても仕方ないって…なら今は)


ブンブンと首を振って遊び始めた仲間達の元へ駆け寄り…。


「皆さま!なに私の得意そうな分野で私をハブにしてるのですか!見せてやりますよ!無双の魔女の弟子の無双を!」


「ワープできる奴と競争なんかできるかー!」


今はただ、この瞬間を楽しむこととするのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  弟子全員の水着姿! ●エリス〜黒ビキニとはまた攻めた恰好を……そしてそんなにもセクシー方面なのに轟く雷鳴と荒れ狂う波濤が支配する暗海の中、遠くを見据えながら腕組みしているのが最も似合う…
[一言] 更新お疲れ様です。 亜人の話が出てきてしかも1万年前の話なので資料もない、 あの人魚の住処に行ったら1万年前の貴重な資料が出てきたりしたら熱いですね。 それよりもラグナが時界門を割ったのが気…
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