396.魔女の弟子のボヤージュ攻略
湾岸街ボヤージュ。マレウス西部に存在する街々の中では三番目の大きさを誇るマレウス有数の漁師街だ。
そもそもマレウスは外海への進出が他国に比べて重要視されていない。ポルデューク側の海は特に開拓が進んでおらず、貿易なども基本的には外大陸と細々とやる程度で他国と船でのやり取り自体あまりしない傾向にある。
その際たる理由こそ荒れに荒れたマレウス近海にある、変に凸凹した海底や見えない岩礁、そしてエンハンブレ諸島からなる群島によって発生する不規則な海流によりそもそも海に出ること自体かなり危険な国であると言うことも大きい。
なのでこの湾岸街ボヤージュも本来なら交易などに用いられてもおかしくない規模ではあるのだが、ここにいる船乗りは皆漁師ばかり、群島に近づきすぎない範囲で魚を取って売る事を目的とした者達しかいない。
たまーに商船なんかがめちゃくちゃ重装備で群島を超えて他の国とやりとりしようとするが、頻度は少なく成功確率も低いと来たもんだ。
ちなみに名産品は魚とヤシの木、そしてボヤージュバナナと呼ばれる特別なバナナだ。普通の物とは異なり甘みが濃く、かつて王だった者も好んで食べていたという高級趣向品として有名。
それらも全て海に出て船乗り達が獲得して来た資源なのだ、故にこの街は漁師の街、とも呼ばれているそうだ。
ヤシの木が揺れて、進歩した文明を特徴とする西部チクシュルーブ地方にしては珍しく機械の匂いがしない穏やかな街。海から吹き付ける潮風が涼しく避暑地としても有名なこの街へと到着したエリス達は、外に出て絶景の青を堪能したのも束の間。
全員でそれぞれ二人四組に別れて活動を始めた。理由は『黒鉄島へ行く為の船乗りの確保のため』、アテにしていたケイトさんが失敗し自分達で見つけるより他なくなってしまった。故にボヤージュにて黒鉄島へと連れて行ってくれる船乗りを確保する為手分けをして船乗りに声をかけているのだが。
…キィキィとカモメが鳴く、ザザンと埠頭に波が打ち付ける、風に乗った潮の匂いが鼻を擽り港に揚げられた魚をみんなで慌てて運ぶか船乗り達の喧騒がどこかから聞こえる。
そんな穏やかな埠頭にてエリスは。
「頼む!この通りだ!報酬ならばいくらでも支払おう!」
「だーかーらー!金をいくら積まれても俺は黒鉄島へは行かねーっての!」
エリスと一緒に組んで船乗りに声をかけているメルクさんが両手を合わせて頭を下げる、しかし船乗りの反応は芳しくなく。小舟に乗って次の出港の為の準備を片手間にしながらあっちへ行けと手を振るう。
この二、三時間の成果について言う必要があるだろうか、ご覧通りとしか言えないよ。
「どうしてもダメか!どうしても!?」
「どうしても!金がいくら入ろうが死んだら意味ねえだろ。あの島はな!ジャック・リヴァイアの縄張りなんだよ!入ったら殺される」
この人で八人目だ、エリス達が声をかけたのは。しかし八人全員が同じ理由でエリス達の話を断る。
『海魔ジャック・リヴァイアの縄張りには行きたくない、殺される』
この一点張りだ、死ぬ気で守ります!とか迷惑はかけません!とか報酬はいくらでも払います!とかいろんな方法で試したけどこれがてんでダメ。何を言われてもお断りって感じです。
海魔ジャック・リヴァイア…海洋最強の男の影はこの長閑な街にさえ落ちているようだ。
「我々も腕っ節には自信がある、例え海賊船が攻めてこようとも貴方だけは守る誓おう!」
「へんっ!海魔ジャック・リヴァイアの恐ろしさをお前ら陸の人間はしらねぇんだ、あの人はな!どでかい大砲で武装した商船だろうがマレウス海軍の軍艦だろうが簡単に沈めちまう。同業の海賊だってジャックの縄張りにゃ近づかねぇのにただの漁師の俺がなんだって近づけるってんだ」
ジャックはディオスクロア文明圏に存在する八つの海全てに縄張りを持つ大海の覇者だ、彼の縄張りを荒らした者はジャックの報復によって海魚の餌になる、それが海賊だろうがマレウス海軍だろうが関係ないのだろう。
海に生きるからこそ、船乗り達はその恐ろしさを知っている、だからなおのこと恐れるんだ。
「この海に逆らっちゃいけないものが三つある、波と風とジャック・リヴァイアだ。あんたらがなんで黒鉄島なんかに行きたいのかは知らないけど、他所を当たりな…まぁこの街の船乗りで黒鉄島に行きたがるような変な奴はいないだろうけどな」
「あ!ちょっ!ちょっと待ってくれ!」
そんな捨て台詞を残して船乗りは網をまとめてどこかへと立ち去ってしまう、交渉の余地はまるでなさそうだ。
がっくりと項垂れ溜息を吐くメルクさんの背中は哀愁を漂わせ、妙に港とマッチしている。
「ダメだったか」
「まるで聞く耳を持ちませんでしたね」
「ああ、…悪いなエリス。任せろと大口を叩いたのに」
「いえ、エリスもさっき全然ダメだったので」
そもそも前提として黒鉄島へ行くと言う選択肢が船乗り達の中にない、だからいくらエリス達が説得しても取り合ってすらもらえない。
山ほどの金貨をあげるから今から空を飛んでくれって言われて『はい喜んで!』と答える人間がいないように、最初から出来ないことを頼まれて呆れ果てる…そんなどうしようもない感覚が船乗り達から漂っている気がするんだ。
「これは、真っ当な手段で船乗りを見つけるのは無理そうだな」
「他の組も多分難航してるでしょうね…」
「ああ、ここの船乗り達は妙にジャックを神格化しているようにも思える」
「え?神格化…ですか?」
神格化…そう語るメルクさんは海の向こうにうっすらとぼやけて見える群島を睨みつけながら苦々しく頷く。
「ああ、ジャックとその縄張りに船乗り達の方から不可侵の線引きをしているようにも思える。ある種の憧憬、ある種の憧れ…そんな手を伸ばすことさえも憚られる、そう言う感情が見て取れるんだ」
「憧れですか…それは厄介ですね」
海に生きる者としての憧れか、ジャック・リヴァイアは海の男達の尊敬を集めているようだ。誰よりも自由に海を駆け抜け海そのものを従え誰よりも強く海の上で生き続ける男…そんな彼に対して『憧憬』を覚えるが故に彼への反抗心というものが最初から浮かんでこないのだろう。
「ああ、憧れは恐れよりも厄介だ。恐れているなら恐れを解きほぐせば道はある、だが憧れは当人の中で自己完結している、外部からなんとかすることはできない」
「説得や交渉じゃ意味はない…って事ですね」
「ああ、ケイト殿が成果を上げられなかったのも納得だ。しかし参ったな、これではどうやっても黒鉄島へはいけんぞ」
或いはエリス達で船を買い付けて自分達だけで行く方法もある、だがそれで成功する確率はいかほどか?現地の人間ですら死ぬ危険性がある複雑な海流に身を投じて生きて帰って来られる保証はどこにある。
知識と経験がないままに森を歩けば遭難や事故によって人は死ぬ、それと同じように知識と経験がないままに海に駆り出せば同じように人は死ぬ。
自然とは甘く見てはいけないのだ、それがどれだけの力を持つ者であってもだ。
「…そろそろ昼過ぎか」
「昼過ぎに一旦馬車に戻るって約束でしたね。一度戻りますか?」
「そうだな、もう一度粘ったとて結果は同じだろうしな。一度経過を持ち帰ってラグナ達と次の手について相談しよう」
「はい!」
ラグナの頭の中には何やら方法があるような口ぶりだった、今はそれが唯一の希望だろう。そうメルクさんと話をつけた後エリスは踵を返してボヤージュの道を引き返す。
馬車はボヤージュの街の馬車置き場に置いてある。そこへ急げばすぐに戻ることは出来るだろう。
「しかし勿体無い話だよな」
「へ?何がですか?」
ふと、メルクさんが歩きながら目を閉じてそんなことを言うんだ、勿体無い?なんの話だろうか。
「あの群島さ、魔女大国にはああいう島が存在しないからな…あの島を使えばそれこそ海洋拠点として使える。海の資材をあっちこっちで掻き集め放題だ」
「あー、確かにそうですね。今は魚しか取ってないみたいですが島があるってことはその近辺には様々な資源があるってことですもんね」
「ああ、海洋資源の確保は国にとって莫大な利益を生む。デルセクトでも海洋資源を一つ確保するために膨大な資金を投じて海上拠点を建設したこともあったが…あの島があればその必要もない」
海の底はまさしく未知の世界、海底には様々な鉱物が眠っているかもしれないし、まだエリス達も知らないような何かもあるかもしれない。そういうものを確保すれば国や街は潤いより一層強固な国へと成長出来る。
だが、今その群島はジャックという海賊によって握られ正常に作用しておらず、国が海洋資源の確保に乗り出せないでいるんだ。確かに勿体無いな。
「あの群島の放置は確実に国益を損じている、事実として…見てみろ」
「へ?あっちですか?」
そう言って指さすのは街の方だ。理想卿の治める街にしてはやや古風な…或いはぼろっちい街が広がっている。市場も魚だらけだし何より…。
「市場に商人の数が少ないだろう」
「たしかに、全然居ませんね」
この街に来た時も思った、こういう海辺の町とは商人で賑わうもんだ。商人達の旅は海から始まり海で終わると言っても過言ではないくらい海辺の町は商人達に取って大きな意味合いを持つ。
なのに魚を買いに来る商人と数は少なく、やや寂れた印象を受ける。外から見たときはいい雰囲気の町だと思ったが中に入ってみるとちょっとあれだね、寂しい感じがするね。
「この街には商業的な価値がないんだ、魚を売りに出しているとは言えそれだけでは限度がある。ましてやあれだけの船乗りがいても群島側に漁に行けないんじゃ一日の漁果だってたかが知れてる」
「なるほど、街全体にお金が転がってこないんですね」
「ああそうだ、何よりあのソニアがこの街に対して殆ど干渉をしていないのが何よりの証拠だ。あの金稼ぎの亡者もとい天才が触ってないんだ」
そうか、この街が他の街と違って文明的でないのはソニアに見放されているからだ。いくら開拓しても儲けの程が知れているからソニアも手を出していない。つまりこの街はお金を生み出していないんだ。
まぁ、群島に行く事が出来ないというのはそれ程までに損害を生んでいるということか。だがそれほど損害が出ていても船乗り達は群島には向かわない。だってあそこはジャックの物だから…か。
「もしこの街が私のものだったら、私もまた頭を抱えるだろうな…」
「なるほど、エリスにはそういう視点はありませんでした。いつもなんとなくのニュアンスで旅してるので」
「金勘定なんてのは、首長生活で染み付いてしまった卑しい悪癖みたいなものさ。君は純朴なままでいい」
「純朴って……」
コツコツと街を歩きながらギラギラと陽光が差す道を行く。やや汗ばみ肌に引っ付くシャツを身動ぎでズラし周りを見る。何か解決の糸口に繋がるものが無いかを探す…すると。
『嗚呼、麗しきは人魚の国。人の目に捉われる事なく水面の奥に王国を持ちしもう一つの我等。彼女達の導く地は天国か地獄か』
「ん?なんだ?」
「吟遊詩人ですね、珍しい…いや非魔女国家ではメジャーなのかな」
ポロンポロンとリュートを掻き鳴らす吟遊詩人が街中で詩を詠んでいた。あんまり魔女大国では見かけない吟遊詩人、物珍しさにちょっと目が惹かれる。
『青き世界を征く彼女達の真なる国は何処なるや、おお人魚よ我等にその姿を見せたまえ』
「人魚の歌か…、確か船乗りを歌で誘惑して水の中に引きずり込むとかいう存在だったよな」
「の割には歌になってたり、…好かれてるんだが嫌われてるんだか分かりませんね」
「まぁ、物珍しくはあるがな」
人魚伝説、その存在はライノさんによって否定されているがやはり海の街ともなればその影響は大きいらしくああして吟遊詩人によって歌にされる程度には認知されているようだ。まぁ名前だけなら大陸を超えたアガスティヤにも届いてはいるんだが。
「不思議な存在だよな、下半身が魚なんて。見てみたい気持ちはある」
「じゃあアマルトさんに頼めばいけるんじゃ無いんですか?あの人の呪術を使えば下半身を魚にするくらいいけると思いますけど」
「……そういえば以前ガニメデと戦った時も、奴の部下ジャスティスフォースが半人半獣の姿を取っていたな。呪術を使えば一部分だけでも魚に出来るか…なら我々も人魚になれるな」
「あれを人魚と呼んでいいのか分かりませんが、なら後でみんなで海に行ってやりません?人魚ごっこ」
「ははは、いいなそれ。面白そうだしあんなにいい海があるんだ…泳がないと損だろう」
出来れば今度はちゃんとした水着を着たいし、何処かで水着でも買おうかな?なんて思っている間にエリス達は街の入り口付近にある馬車置き場へと到着する。
ここから見た感じ既に馬車の中には人がいるようで…。
「お、帰ってきたか?」
「あ、アマルトさん!」
「おかえりー!二人ともー!」
「ああ、今帰ったよデティ」
アマルトさんとデティのコンビも既に戻っているらしく、馬車の中から顔を出してにこやかに手を振ってくれる。けどあの感じは二人とも成果なしって感じかな。
「全員もう帰ってきてるよ、そっちの成果は?」
「見ての通りだ、ラグナはいるな?」
「おう、奥でネレイドと一緒にアイス食ってる」
「呑気だな…」
馬車の入り口に垂れる敷居布を潜り中に入れば、メグさんによって用意された空調魔力機構とナリアさんが用意してくれた『冷気陣』によってひんやりした空気が漂い、みるみるうちに汗が引いていく。
極楽だ…。
「あ、おかえり二人とも」
「よくこんな涼しい中でシャーベットなんて食えるな…」
「いやこれが最高に美味くてさ。な?ネレイド」
「ん、こんな美味しい雪食べたの初めて…」
「うん、シャーベットな?道端の雪は食うなよ」
中に入れば既にネレイドさんとラグナがリビングの床に座り込み、アマルトさんが用意したであろうオレンジシャーベットを食べていた。それと共にナリアさんとメグさんもソファに座り同じようにチマチマシャーベットを突いている。
いいなぁ、エリスの分はあるのかな…。
「全員成果は無し…でいいのかな?この感じは」
「ああ、俺とネレイドさんの組もアマルトとデティの組もメグとナリアの組も全部同じく成果無し。半分分かってた事とはいえここまで手応えがないとは思わなかったよ」
「みんな、頑なだった…あれは何をどうやっても…動かない」
どうやら全員成果は無いようだ、多分みんな同じような文句で断られたであろうことが容易に想像出来る。多分この街にいる全ての船乗りに声をかけても無駄だろうな。
「試しに俺とネレイドでちょいと脅しをかけてみたがこれも効果無しだったよ」
「何やってるんだ…」
ラグナとネレイドさんの二人で脅しか。この二人の威圧は凄まじいものだろうに…それでも断るなんて余程黒鉄島に行きたく無いんだな。
「俺とデティは二人でこの街の漁師協会に行って来たよ」
「え?漁師協会?」
「うん、港で取れた魚を効率よく商人に売るための、そして船乗りの船を管理するための協会なんだって、この街の街長が会長を兼任する由緒ある組織…ってパンフレットに書いてあった」
そんなのあったんだ、知らなかった。でも確かにみんな個人でやってるわけないか…そういう組合はどこにでもあって当然。しかし…。
「ま!色々と交渉してみたけど完全に断られたな、『協会としては黒鉄島への立ち入りは容認出来ない』ってさ」
「かなり悩んでくれてはいたけど、それでもダメだっていうんだから決意は固いよあれ」
デティが心を読んでそう感じたなら間違いはないのだろう。事実としてこの街は出来る限り群島に近づきたくない…それが答えだ。
「私とナリア様は序でに市場調査をしておりました」
「え?なんで…」
「折角ですのでこの街の名物ボヤージュバナナを買いつけようかと思いまして」
「ああ、あの凄く甘いって噂の」
王様も好んで食べたと言われる高級品、一口食べればもう他のバナナは味が薄くて食べられないと豪語する者もいる程の最高級のバナナがボヤージュバナナだ。食べられるなら食べてみたいが…。
メグさんはゆっくりと首を振り。
「残念ながら船乗り同様見つかりませんでした。どうやらボヤージュバナナはエンハンブレ諸島の方にしか自生していないようです。ジャックが縄張りとしているエンハンブレ諸島へ船を出せない現状では…どうにも」
「ってことは船乗りを見つけないとバナナも食べれないと…」
「いやバナナはどうでもいいだろバナナは。…とここまで無理無理尽くしだが…ラグナ、何か方法は思いついているか?」
「んー?」
もしゃもしゃとシャーベットを頬張るラグナはメルクさんの言葉に反応し、少しの間目を伏せると…。
「ああ、なんとかなりそうだ。予測は出来てたが…やっぱり船乗り達としては黒鉄島に近寄る事が出来ない、いや正確に言うなら『近寄りたくても近寄れない』と言ったほうがいいか」
「近寄りたくても…?」
「ああ、街の様子は見ただろ?この街は財政的にも厳しい。支配者たるチクシュルーブからも見放されてる、いずれ経済的に破綻するのが目に見えている」
ああ、さっきメルクさんと見たやつか。この街はその大きさに反して収入源がこの浜辺と群島の間という限られた範囲で取れる魚だけ。これでは街全体が干からびるのも時間の問題だろう。
「だから、船乗り達…というより漁師協会の『本音』は黒鉄島どころかエンハンブレ諸島そのものを取り戻したい筈だ」
「まぁ、だろうな。あれだけの範囲の海域や浮島を遊ばせておくのは国としても街としても損失でしかないからな」
「だろ?だから本音のところはそうだ…けど海賊相手に萎縮しちまって建前を使ってるのが現状だ」
「だから…どうするんだ?」
「今街は困ってる、困ってるよな?なら…出番だろ。冒険者の」
冒険者の、そう語るラグナはニタリと笑ってウインクを一つかます。
何が何だかよく分からないが、今…エリスはラグナという人間の頼もしさを感じている。やはり彼はエリス達のリーダーだ。
…………………………………………………………
エリス達が船乗り達の捜索を始め、その成果が得られなかった…翌日のこと。
ボヤージュの街の中心に事務所を構える『ボヤージュ漁師協会』にて、頭を抱える男性が一人。
「むむむ、先月よりも悪化している」
そう言って口髭を撫でる丹精な壮年の男性。彼の名をレングワード、この街の街長にしてボヤージュ漁師協会を取りまとめる会長でもある人物だ。ボヤージュは古くから海と共に生きてきた海の街、海の恵みを可能な限り滞りなく利用する為もう八十年も前に作られたこの漁師協会はマレウスを豊かにするため日々奮闘してきた。
ここの海から取れる魚や海洋資源、特に離れ小島から取れるボヤージュバナナやマレウス大ヤシなんかはよく好まれ先々代国王も口にされていたという。魚や珊瑚だけでなく小島でしか取れない特殊な黒い貴金属も全てこの街からマレウスに送り出されていた。
が…それももう十年も前の話だ、今はもう…。
「今月も赤字、これではこの街そのものを売りに出さねばならなくなる…」
レングワードは頭を抱える、提出された収支報告書に並ぶ真っ赤な数字の羅列に頭痛を感じ額を押さえる。
今ボヤージュの街は危機に瀕している、魔獣に襲われているとか津波が起こったとかそういう物理的な危機では無い、財政的な危機だ。
マレウス近海に浮かぶ群島。正式名称『エンハンブレ諸島』を海賊ジャック・リヴァイアによって占領されてより十年、今まで利用出来ていたエンハンブレ諸島の資源の回収が出来なくなってしまった事に起因する。
今までボヤージュの財政を支えていた漁師達の海、その三分の二近い面積を一気に賊に取り上げられてしまったのだ。これにより漁師達の働く場所が激減し使える資源も海で取れる魚に限定されてしまった。
お陰でボヤージュの収益は下がる一方、特に打撃になったのが西方の覇者として新たに君臨した理想卿チクシュルーブの存在。彼女は殆ど利益を出さないこの街をお荷物扱いして全く関与してこなかった。
財政面でも戦力面でも援助はなく、ただただ税金だけが増えた…お陰でボヤージュはますます干からびる一方。
最近では他の港町の方に顧客である商人が流れてしまい魚を売る先も無くなり、八方塞がりだ。
このままじゃボヤージュの街がなくなってしまう、祖父の代から守り抜いたこの街が…嗚呼、どうすればいいんだ。
「何か、漁師協会に大型の取引でも舞い込めば…」
そんな風に、神に祈るように頭を抱えた瞬間だった。
ドンドンドンと激しく扉がノックされレングワードは思わず顔を上げる。
「何事だ!?」
「失礼します!会長!お客様です!」
「客?」
まさかまた昨日の若造二人か?黒鉄島に行きたいとか言ってたあの…、船乗り達の話では何人か街で黒鉄島へ連れて行ってくれる者を探してる奴がうろついていたとの報告も上がっている。
懲りずにまた来たのか、何度言われても無理なものは無理なんだ。そりゃこっちだって黒鉄島やエンハンブレ諸島に行けるなら行きたいさ、けどジャックが居るんだから無理だろう。
「例の若造達なら追い返せ!話す余地はないとな!」
「いえ!違います!ボヤージュと取引をしたい…という商人で、しかもかなり大きな取引を」
「何!?本当か!」
慌てて立ち上がり服を整え扉から飛び出る、取引をしたいという商人だと?しかも大きな取引を、おおこれを渡りに船と言うのか!なんとありがたい!なんと僥倖!これは逃す手はない!確実にものにしなければ!
「ははぁ!お待たせしました!我が街と取引をしたいと?」
そう言ってみ身綺麗な格好しながら応接間へと走ると…そこにいたのは。
「オーウ!貴方がこの街の街長サンですカー!?」
なんか、奇抜なスーツを着た如何にも成金風味の小柄な男性がソファーに座っていた、紫の髪をオールバックで纏めて輝く金縁のサングラスを掛けた小柄な男性は立ち上がると共に歓迎するように両手を広げ…。
「ワタシは、他国で大商会を率いているナリーアというモノでーす!」
「な、ナリーアさんですか?」
ヨロシク!と握手を求めるナリーアに促されるように手を握る、他国で大商会を率いてるナリーア?聞いたこともないなそんな人がいるなんて。だがよく見るとナリーアの背後にはボディガードらしき人物が立っており。
「ああ、怖がらないでー?彼女はワタシのボデーガードのネレイデスでーす」
「……こ、こんにちわ」
「そしてこちらは私のメイドのメグでーす」
「チャオ」
「は、はぁ…」
何やら緊張の面持ちをサングラスで隠すスーツの巨人女と何故かピースをしているメイドを紹介される。メイドとボディガードを連れているということは…もしかして本当に名のある商人なのだろうか。
「ワタシ達はこの街のボヤージュと是非とも取引をしたくて遠路はるばるやってきました〜」
「それはありがたい、何がご所望でしょうか、魚ですか?如何なる魚でも我が街の漁師はすぐにでも取り揃えて…」
「バナナでーす!ワタシはこの国の果実の王様ボヤージュバナナを買いに来まーした!」
「え!?」
ぼ、ボヤージュバナナだと!?いやそれはエンハンブレ諸島でなければ手に入らない逸品、それが取り扱えていればこの街の財政もこんなに苦しくなっていない。魚ならどれだけでも取り揃えられるが…バナナは。
「も、申し訳ないナリーア殿。今ばそのボヤージュバナナは…」
「ワタシは我が祖国の国王より勅命を受けてこの街に来たデース」
「ちょ、勅命…」
「王様は言っていたデース、バナナが手に入れば金は惜しまないと…だからバナナ一本につき金貨一枚で取引したいデース」
「一本金貨一枚!?!?」
なんて美味しい取引なんだ。もし木箱いっぱいにバナナを出すことが出来れば…大儲けじゃないか。これなら赤字分どころかしばらくやっていけるぞ!
「あは、あはは…なるほど」
「バナナを用意してくれればすぐにでもお支払いするでーす、準備は出来てますでーす、メグ!」
「こちらに」
ドスン…とメイドはどこからか大量の金貨が詰められた麻袋を机の上に置く。袋の口から覗く金貨の輝きを見れば自然とゴクリと喉が鳴る。バナナを用意できればこれが…。
だ、だが無理なものは無理だ。残念ではあるがお断りしなくては。
「いやぁボヤージュバナナをそこまでお求め頂けるのはありがたいのですが…その、今は手に入らない物でしてハイ…」
「……なんだって?」
刹那、ナリーアがサングラスをズラしギロリとこちらを睨む、その威圧が体躯に見合わず凄まじいもんだから思わずギョッと一歩引いてしまう。
「手に入らない?トボけた事言っちゃいけませんよ、この国のこの街で取れるバナナが美味しいという話は聞いてるんです…時期だって申し分ないでしょう、なのに渡せないとはどういう了見だ?おお?」
先程までのおちゃらけた雰囲気から一転、ナリーアの放つ威圧に口がワナワナ震える。まずい…この人怒らせたらやばいタイプの商人だ。
「ワタシは国王の勅命で来たと言いましたね、それをやっぱり手に入りませんでしたで帰ったらワタシだってタダじゃすみませんが貴方だって何にもなしじゃ終われませんよ」
「ええ!?なんで!?」
「そりゃあそうでしょう、我々に売れないと言うんですからね…」
何やら話が過激な方に向かっているぞ、まずい…ナリーアは本気だ。
「ワタシ達もタダじゃ帰れないんです。なんとしてでも ボヤージュバナナを手に入れて頂かなければ…!」
「と、とは言いますが…あの島は今海賊の縄張りとなっているのです!」
「海賊の?なら冒険者を同伴させればよいでしょう?この国には冒険者協会の本部もあると言いますし凄腕の冒険者をつけて貰えば持って帰ってくるくらいは出来るはずです」
「そ、それは…しかし」
しかし冒険者如きでジャックがなんとかなるとは思えない。しかしそれをこの人に言っても意味はない、他国から来たこの人はジャック・リヴァイアの恐ろしさを知らない…だから。
そう迷っていると、ナリーアは大きくため息をつき。
「なるほど、それでも渋りますか。でしたら仕方ない…上の者と話すとしましょう」
「上の者?」
「理想卿チクシュルーブ殿に直接依頼しましょう」
「チクシュルーブ様に!?」
それはまずい!もしチクシュルーブ様に話が行けばきっと彼の方は私に銃を突きつけてでも従わせようとする。と言うか従わなければ普通に殺される…!しかも従ってもあの金貨は私達の街に入ってこない、その全てがチクシュルーブ様によって強奪されるだろう。
今、私は突きつけられている。二択を。
危険を冒して報酬を得るか、危険を冒して報酬を横取りされるかの二択を…。この人達は本気だ、ボディガードやメイドの眼光を見るに多分本気だ。ここで断ればそのまま理想街へと向かうだろう。
…そうなったら、…くっ!どの道危険を冒すならせめて…。
「レングワード会長!失礼します、冒険者協会の最高幹部ケイト・バルベーロウから先日の件での謝罪の文が…」
「何!?」
すると見計らったかのように部下がケイト・バルベーロウの魔伝を持ってくる、先日の件とはあれか…黒鉄島へ行く事の出来る船乗りを探して欲しいと言う話か?凄まじく無礼な書き方していたから怒りの長文で殴り返したあの…。
そう思いナリーア殿の前で魔伝を受け取り中身を読むとそこにはツラツラと書き込まれた謝罪と共に…。
『今回の一軒では漁師協会の皆々様に多大なご迷惑をおかけしました。我が冒険者協会に依頼をする際は凄腕の冒険者をつけるとお約束します』
その一文が…、この借りとやらを使えば…凄腕の冒険者を派遣してもらえるのか!なら!
「ナリーア殿…」
「はい、なんでしょーか?」
「そのお話…お受けします」
受ける、もうどの道エンハンブレ諸島へ行かざるを得ないと言うのなら…せめて街を存続させられるだけの金貨を受け取る道を選ぶ。折角丁度よくケイト殿がこんな連絡をよこしてくれたのだから使わない手はない。
それに世界中を旅するジャックだって常にエンハンブレ諸島を見張ってるわけじゃないし、ササっと行ってバナナだけ回収して帰って来れば…行ける!
「それは良かった!でしたら…」
「ですがこちらにも準備が必要ですので…二週間、お待ちください」
「二週間ですか?分かりました、ではまた暫くしてから来ますので…よろしくお願いしますね」
「はい、もしバナナを多く持ち帰れたらその際は報酬の方も…」
「ええ、いくらでも弾みまーす!というわけでよろしくお願いします」
そう言うなりそそくさと退散していくナリーアとボディガードとメイドの三人、いやしかしまるで見計らったかのような出来事が立て続けに起こって…こう言うのを奇跡と言うのだろうか。
…ああ、そうだ。
「お待ちくださいナリーア殿」
「……なんです?」
ふと、呼び止める…いや大した用事じゃないんだが。
「ナリーア殿の祖国というのはなんという国なのですか?」
「…言う必要あります?」
「いやこれからも取引を継続していくなら名前だけでも聞いておいた方がいいかと思いまして」
これからももしかしたらお世話になるかもしれない、何度もバナナを取りに行かされるのは嫌だがもしかしたらこれからのボヤージュを支える大切な収入源になるかもしれないんだ。名前くらいは聞いておいてもいいと思うんだが…。
何故かナリーア殿はこちらを見ず答えない…んん?なんだ?なんで答えないんだ?
…怪しいな、まさかこいつ…ほんとは商人じゃないんじゃ……。
「答えられませんか?ナリーア殿」
「…………」
するとナリーアはクルリと振り向くと、サングラスをかけたまま両手を開き。
「私の祖国はデルセクトとマレウスの間に存在する小さな国ユールです」
「ユール?聞いた事ない国ですね、そんな国が存在するのですか?」
「聞いた事ないのも無理からぬ事。何せそのユールは…表向きにはデルセクトの一部なのですから」
「デセルクトの…一部?つまり貴方は魔女大国の人間という事ですかな?悪いですがボヤージュバナナはマレウス王族も口にされる由緒ある食べ物。魔女大国の人間にボヤージュバナナをお渡しするわけには…」
「言ったでしょう?表向きには…と。ユールは…裏でマレウスと国家的な結びつきがあるのです、言ってみれば…スパイですよ。疑問に思ったことはありませんか?理想卿チクシュルーブがいきなりあれ程の技術を手にした理由を…」
「た、確かに…理想卿チクシュルーブが生み出す技術はどれも未来的で、そしてその系統は…デルセクトに似通っていると。…まさか」
まさか、そのユールという小国と宰相レナトゥスは繋がっていて、両者は裏で取引をしていると?…いやそんな噂を聞いたことは確かにあった。
『理想卿チクシュルーブが作る機械はどれもデルセクトに似ている、もしかしたらチクシュルーブはデルセクトと繋がっているのでは』そんな噂を私も何度も耳にしたが…本当だったのか。
と言うことはそのユールという国はマレウスにとって重要な国で…。
いや違う、そこじゃない…『そこ』じゃないんだ!
「気がつきましたか、そう…私が貴方にユールの存在を伏せていたのは、『貴方がユールについて嗅ぎ回れば理想卿チクシュルーブの反感を買い消されてしまう』と危惧したからですよ」
「そ、そんな…!」
マレウスとユールが裏で繋がっているという情報はこれ以上ないくらい厄を生む情報だ、一市民が知っていい話ではない。マレウスにとってもデルセクトにとっても最悪の情報…もしこれを知ってしまった人間がいたとしたら。
チクシュルーブやレナトゥスは迷いなくその人間を消し去るだろう。
「だから悪いことは言いません、これ以上ワタシを問い詰めるのはやめておきなさい、そしてユールという国の存在について調べるのもよしておいた方がいい…ワタシもここでの話は忘れましょう」
「わ、分かりました、申し訳なかった…私からはもう何もない。バナナはきちんと確保しておくので…その」
「ええ、失礼しますよ」
ナリーアがあれ程の金を持っていた理由も今は分かる、デルセクトの一部ならばあれ程の資金力もあるしマレウスの情報にも精通しておりボヤージュバナナのことを知っていても不思議はない。
…危なかった、下手に勘ぐれば身を滅ぼすところだった…。立ち去るナリーア達の背中を見送り胸を撫で下ろす。
とんでもないことを知ってしまったが、これは私の胸のうちだけにとどめておいたほうがよさそうだな、うん。
「む、それよりも早く協会に依頼の手配をしなくては」
ジャックが縄張りとするエンハンブレ諸島に向かうのは怖いが、それでも我々の家は陸にある。海にいるジャックよりも背中にいるチクシュルーブの方が怖いのだ…。
そう決意を固めて私は冒険者協会への手紙の用意をするのであった。
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「いえーい!バッチリ〜!流石ナリアくーん!」
「一先ず祝杯…でいいのだな」
「おう、暫くすればケイトさんからレングワード会長が出した『エンハンブレ諸島までの渡航に対する護衛依頼』が回ってくるはずだ、其奴を受けて黒鉄島にあるボヤージュバナナを取りに行くって建前で上陸すれば目的達成さ」
ボヤージュの街の一角にあるお洒落なカフェでエリス達は揃って卓を囲み爽やかなジュースで祝杯をあげる。ラグナが立案した計画である『レングワード会長を騙くらかして黒鉄島へ行かせる決意を固めさせる』作戦は見事成功し、漁師協会は黒鉄島行きの船を向こうから用意してくれることとなった。
この作戦を即座に思いついたラグナも凄いが、何より…。
「にしてもナリアさんの演技力は本当に頼りになりますね、オラティオの件といい今回といい…騙せない人間はいないのでは?」
「ナリア様のどんな事態にも即興で対応し、相手に深く探らせない要因を埋め込むそのアドリブ力、私も側で見ていましたが感服の溜息を隠すのに一苦労でした」
「うん、凄かった…」
ラグナが提案した作戦の概要はメルクさんの資金を使ったナリアさんが商人に扮して群島…エンハンブレ諸島にのみ自生するバナナが欲しいとレングワード会長に取引を持ちかける。資金難に陥っているボヤージュとしては…そしてボヤージュの街長としては簡単には断れない内容の話だ。
その上で理想卿チクシュルーブの名前を出して脅しをかけ尻を叩き、『黒鉄島に行って利益を得る』か『ソニアに命令されて黒鉄島に行かされた上で利益もぶんどられる』かの二択を迫る。ソニアへのツテを持ってるわけじゃないからここで断られたやばかったが…。
どうせ黒鉄島に行くなら利益が欲しいだろうしソニアの方を選ぶ程レングワード会長はバカじゃない。事実レングワード会長は自分の意思で黒鉄島行きを決意してくれた。
途中ちょっと危うい場面もあったが、そこはナリアさんの演技力とアドリブ力で乗り切り、架空の国『ユール』という名前を出して信用させた上でユールについて調べられ嘘が発覚するという危険性さえ封じる大金星を演じてみせた。
こういう場面においてやはりナリアさんを頼れるというアドバンテージは大きいと再認識させられる。
「そ、そんな…でも確かに最近僕自分で自分が怖くなってきました…僕、詐欺師の才能あるのかな」
「あるだろそりゃ…、でも実際嘘をついた部分は『ナリアが商人だ』って点だけで取引自体は本物なんだ、バナナ持って帰ってくりゃそのまま金貨をレングワードに渡せる、そうなればこの街の資金難も多少は改善するし上手くやれば漁師達もエンハンブレ諸島で漁が出来るようになるかもしれないしな」
「まぁ、確かにそうですね。でもラグナさんの台本のおかげで黒鉄島へ行くための船が用意出来ましたよ!」
「ああ、ナリアの演技力も凄いがラグナの作戦立案能力も流石だ。やはりお前は私達のリーダーだよ」
「よせやい、照れらぁ」
妙に照れ臭そうにジュースを飲むラグナを皆はやはり認めるだろう。彼はエリス達のリーダーとして過不足ない働きをした、いつもの事だが彼もまたとても頼りになる。
強さも、賢さも、精神面も、やはり彼はエリス達の一段上にあるように思える。こういうのを英雄の器と言うんですかね。
「それより船が用意出来るまでしばらく時間ができた」
「ああ、二週間だったか二週間後に船を出してエンハンブレ諸島に旅立ちバナナを確保し戻ってくると言う話だったな」
「随分かかるね…」
「仕方ない、船乗り達も覚悟を決める時間が必要なのだろう」
まぁ仕方ないだろう、何を言ってもやっぱり黒鉄島に行くのは怖い。協会としても黒鉄島へ行ってくれる船乗りを探すのは苦労するだろう、だがこの街の船乗りを管理する漁師協会なら確実に船乗りを見つけられる、後は待てばいいだけだ。
「それまでどうすんだ?二週間って結構な時間だぜ?」
「そうだな…」
アマルトが椅子にもたれかかりながらストローをピコピコ口元で遊ばせながらラグナに問いかける、それまでの二週間…どう過ごすか。出来れば何か目的意識を持って過ごしたいが…。
「うん、じゃあ二週間は休息期間兼修行期間としよう」
「休息は分かるけど、修行?」
「ああ、ここまで休みなしでき来たから明確に息を抜く時間ってなかったろ?それにみんな自主的に修行をしていたとはいえやっぱり腰を据えて修行する時間は必要だと思う。この旅はただの旅じゃなくて修行の旅なんだしな」
「いいですね、みんなで組手をしたりそれぞれのトレーニング法を共有したり…色々できそうですね」
「我が倉庫には無数のトレーニング器具がございます、一日頂ければそれなりの物をご用意出来ますよ」
「お、いいねぇ。この間のナリアやデティじゃないけどさ、俺ももう少し強くなって頼り甲斐のある男になりたかったんだよねぇ」
修行をすると言うのなら皆それに賛成だ。エリス達はここに強くなるために来ているんだ。しっかり修行してこれからの戦いに備えるのもいい、何より弟子同士の修行は糧になる。
師匠達との修行も効果的だが、多分この段階に至ったならば師匠達に教えられるより弟子同士で試行錯誤して鍛えた方が効果は大きいだろう。
「よっし!決まりだな。なら早速今から…」
そうラグナが修行へ取り掛かろうとした瞬間。
「修行もいいけどさ、海に来たんなら海で泳がない?」
「え?」
ふと、デティが呟くのだ。海で泳ぎたいと…雄大な海を眺めながら。
「この間天番島で遊んだ時はまだちょいあったかい春ごろだったけどさ。こーんなにクソ熱いんだし一回くらいあの海で泳ぎたいなぁ」
「それもそうだな…、うん。じゃあ修行期間の前に休息期間の部分を楽しもう!今からみんなで海へゴー!」
「どっちだよ…、でもまぁそっちも楽しそうだな」
「賛成です、エリスも海で泳ぎたいです、今度はまともな水着で…」
「どうして私を見るのですかエリス様」
鍛えるのも大事だが遊ぶのも大事、なんせエリス達は若者だから。友達と海まで来てトレーニング三昧はあり得ないとばかりにデティの鶴の一声によりトレーニングの前にこの海と夏を満喫することとなった。
久しぶりに何も気にする事なく遊べる時間だ、ここは思う存分遊ぶとしよう。