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外伝:一方その頃の魔女様は


八人の魔女の弟子達が旅に出てより数週間、主要となる六王の内半数が離脱し冥土大隊の師団長や闘神将などの大物を欠いたアド・アストラだったが、予想されていたよりもずっと…こちらは上手くやっていた。


残った六王であるイオとヘレナとベンテシキュメら三人が頑張って回していたからだ、そしてその下につく者達の尽力によってアド・アストラは安定している。エリスが事前にレイバンという不安因子を取り除き下の人間達が逆らおうという気が失せていたの方も大きいかもな。


一応、ラグナ達はみんなそれぞれ遠征に行ったり極秘プロジェクトに関わっていたりする…という体裁も用意しておいたからしばらくは大丈夫だろう。


「しかし、にしてもあの調子で帰って来られるのはいつになるんだ…」


「お前が言い出した事だろうがよ」


「言うな」


サングラスを掛け、ステラウルブスのお洒落なカフェにてレグルスは漆黒のコーヒーを一口含む。目の前にアルクトゥルスという筋肉ダルマが座ってなければ優雅な午後の一時だったというのに。全く…。


「せっかく弟子の勝利を祝ってコーヒーを飲みに来たというのに」


「はぁ?勝利だぁ?」


エリス達は早速どこぞの組織と…確か悪魔の見えざる手?だったか?それと戦い勝利したようだった。


エリスも一時は危うい場面を見せたが、どこからか現れたエリスそっくりな男によって止められ事なきを得た…あれが誰なのかよく分からないが、大した働きだったよ。


と、私は満足しているが、アルクトゥルスは逆に不満らしく。


「あんなもん勝利と呼べるか、そもそもアイツらは本物の同盟から見りゃ下の下だ」


「そうなのか?元八大同盟だろ?元とは言え敵の首魁の一つを倒したのは大したものだと思うが」


「本物の八大同盟があの程度なわけねえだろ、でなきゃとっくに帝国が潰してる」


まぁそれもそうか、連中の主力は少なく見積もっても魔女大国に対抗できる程度の実力がなければ…そもそも魔女大国とマレフィカルムの対立の構図は作り出せず、一方的に蹂躙されることになるだろう。


「敵の幹部は強いのがいっぱいいるぜ、上澄み連中の強さならアド・アストラを上回るかもしれない潤沢さだ…ワクワクするよな」


「フッ……」


全くこいつは、こう言うところは変わっていないな。強い奴がワンサカいてワクワクするだと?…まぁ分からんでもないな。強い奴との戦闘は自身の力に変わる。


私達も当初はシリウスにまるで敵わなかったが、何度も何度も様々な強敵との戦いを繰り返すことにより急激な成長を遂げられた。エリス達にもそういう戦いの中での成長を期待している面はあるんだがな。


「あーあー羨ましいぜー、オレ様が出て行ったら一発で終わっちまうもんなぁ」


「戦いを楽しむには些か我々は強くなりすぎたな」


「本当だよ、世界の裏で蠢く巨大秘密結社との戦い?…オレ様もやりたかったなぁ」


「いや我々が経験した戦いも中々のものだったろう、十三大国のうち十国以上を相手にしたんだから」


「それはそうだけど…、懐かしいな。レーヴァテインはどうなったのかね、結局あれは上手くいってたのか?ちょっと期待してるんだけど」


「知らん、興味もない」


なんて昔話に花を咲かせていると…大通りの方を兵士の一団が慌ただしく駆けていくのが見える。…妙だな。


兵士達が具足を鳴らす時は決まって動乱の気配がする、それをアルクトゥルスも感じ取ったのかやや剣呑な雰囲気を醸し出し。


「ああ?なんだ…?」


「珍しいな、ここ最近平和だったのに…いきなり兵士達が慌ただしく駆け出し始めるとは」


しかも駆け出しているのはアジメクの兵団だ、何かあったのか…と思い顔を向けていると、駆け出す兵団のうちの一人がこちらに目を向け…。


「あ、レグルス様」


「ん?」


そう銀髪の少女がポカンと私の顔を見て指を指すのだ。…なに人の顔見て指差してんだこいつ、私はな…私に向かって指を差されるのが一番嫌いなんだよ。


「おいレグルス、キレんな。ってか知り合いか?」


「知り合い?知り合い…」


「おーい!レグルス様〜!」


知り合い…知り合いか、私のことを知ってるみたいだし知り合いなんだろう。と言うかものすごい可愛らしくこっちに駆け寄ってきてるから知り合いなんだろう。


うん、知り合いだ…知り合いだと思う、けどちょっと待て?今思い出すから、えーっと…えーーっと…うーん。


「いや知らん」


「おい!思い出すの諦めんなよ!」


「ちょっとちょっと!私ですよ!レグルス様!ほら!ムルク村にいたアリナですって!エリス姐の妹分の!」


「あ?あー…いたなそんなの」


確かにこんなようなのがエリスに張り付いて回っていた気がする、いや全然普通に忘れてた。


この子はアリナだ、魔術の才能だけで言うならあのウルキにも匹敵する超天才。然るべき師につけば瞬く間に世界の上位に食い込む可能性の塊。そしてエリスの妹分を自称する若き萌芽だ。


「もう、私達結構会ってましたよね…」


「そうだったかもな」


「あー、悪ぃな。こいつ大体の人間に対してこうなんだ、別にお前のことが嫌いなわけじゃないから安心しな、オレ様が保証する」


「は、はあ…」


「それよりアリナ、なんだあの騒ぎは…。甲冑の音が喧しくておちおちコーヒーも飲めん」


チラリと見遣るのはアリナが先程まで同行していた一団だ。鎧を着込み腰には剣。他にも魔装や旅装などを持ち合わせている辺り…ふむ、これからピクニックって感じじゃなさそうだ。


「いやぁそれが私もよく分かってなくて、なんかこれから天番島に行くみたいです」


「天番島?もう魔女会議は終わっただろう」


「ほら、エリス姐がぶっ壊したあの城。あの城から流れ出た『燃料』の回収の為今もアジメク兵団と帝国軍が残って作業してるんですよね」


燃料?ああシリウスの血か。天番島上空に飛翔した星魔城オフュークスをエリスが木っ端微塵にしてしまったからな、振りまかれた血液の大部分は海に溶けてしまったがまだ無事だったタンクの中に残っているものがあるのだろう、詳しい部分は知らんがまだ回収作業は続いていると…。


まぁ捨て置くこともできんし回収するならすれば良い、だがこれからサルベージに行くなら剣や鎧は必要か?ましてやアジメクの主戦力たるアリナが同行する必要はないだろう。


「だが、その回収作業に何か問題が生じたと?そんな辺りか」


「正解です、…どうやら天番島が襲撃を受けたそうです」


「ふむ…」


襲撃を受けた…?このタイミングで?魔女会議が終わり本来なら蛻の殻になってるはずの天番島に?今?妙だな。


ましてや彼処にはアンと言う名の師団長が居たはず。あれは師団長の中でもかなりの使い手、それが居ながら襲撃を許したと言うのも気になる話だ。


「敵の戦力は?」


「不明です、だから大事をとって私とクレア団長が出撃するんです。既に団長が向かっているのですけど…まだ終わらせて帰ってこない辺り、敵の襲撃って…どんな規模なのかな」


「………………」


静かにアルクトゥルスと目を見合わせる。あまりにも足りない情報…だが私達魔女が長い戦いの中で構築した第六感…直感とでも言うべきセンサーが反応している。


この話…聞き流していいものでもなさそうだぞ、と。


………………………………………………………………


もうもうと上がる黒煙、轟々と燃え盛る火炎、大地は砕け木々はなぎ倒されこの世の楽園と呼ばれた筈の天番島は地獄の様相と化してしまった。


この島で活動していた帝国軍、及びアジメク兵団…両軍合わせて二百名のアド・アストラ兵はこの島を守るために懸命に戦った。戦い戦い戦い尽くしたが…結果はこの通り。


突如として受けた襲撃によってアド・アストラ軍は壊滅させられた、今も轟音は島の中に響いているが…それはもう『戦闘』ではなく『抵抗』に変わっている。


「グッ…ぁが…!」


「そんな、…アン団長が……」


この島を守るために帝国より遣わされた皇帝の虎の子との異名を持つアン・アンピプテラは血みどろになり大地に倒れ伏す。師団長屈指の実力を持つ彼女が島を守ることもできず満身創痍となって叩きのめされた。


他の兵士たちも同じだ、剣は折れ鎧は砕け口や目から血を流しながら朦朧とする意識でそれを見る。


これ程の被害を及ぼしたのは…襲撃を仕掛けてきたのはマレウス・マレフィカルムだ。その大兵団が海原を埋め尽くす勢いで攻め込んできたのかと言えば…そうではない。


攻め込んできたのは、たった一人。その一人にこの島の兵団は手も足も出ず一方的に蹂躙させられたのだ。


「………………」


燃え盛る森を背に立ち尽くすその影は、足元に転がるアンを面白くなさそうに見下ろしため息を吐く。まるで期待外れとでも言わんばかりの態度に苛立ちを浮かべるのは。


「随分余裕ね…コンチクショウ」


クレアだ、この島の兵団を救援するためアジメクのエリート兵団を率いて転移してきた彼女もまた、立っているのがやっとの傷だ。全身から血を流し剣を地面に突き刺しぜえぜえと息を整える。


救援に来た兵団もやられた、この島で唯一奴に対抗出来そうな数少ない戦力の一人であるアンがあそこまで容易くやられた、アド・アストラ最高戦力であるクレアもまたズタボロだ。


…絶望、あまりにも圧倒的過ぎるその男の姿に兵士達は皆絶望する。あんな強い奴がマレフィカルムにはいるのかと。


「余裕…?バァカ、テメェは虫相手に余裕や快感を得るのかよ、ただ退屈なだけだ…久し振りの大立ち回りだと思ったら、ただの雑魚潰しだったんだから」


「言ってくれるじゃない、…誰が雑魚だって!?」


「俺以外の全員だろ、この世の全員…な」


紅の瞳を見開くその男は牙を剥いて笑う。あれがこの島に現れたたった一人の襲撃者…絶望の権化。その名も…。


「大口ね、…バシレウス・ネビュラマキュラ」


その名も、バシレウス・ネビュラマキュラ。数年前マレウスから姿を消したと言われていた男が、今マレフィカルムの一員となって圧倒的力を振るっているのだ。


「あんたマレウスの王族でしょ、それがマレフィカルムに加担してアド・アストラに喧嘩売るって…意味わかってんの?」


「あー?だったらどうするよ、マレウスに戦争ふっかけるか?別にいいぜ?好きにしろよ、滅びるなら滅びちまえあんな国。けど…テメェらがどれだけの軍勢を率いてきても、俺を殺すのは無理そうけどな」


目を細め、三日月のように裂けた口の端からバカにするように舌を出すバシレウスを見て、一周回って冷静になる。ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ。


だがこいつは…多分徹頭徹尾嘘は言ってない。そんだけこいつは…。


「ぅ…ぅぉおおおおおお!!!!クレア団長はオラが守るだぁぁあああ!!」


「っ!ダメ!ジェイコブ下がって!」


そんな中、傷だらけの体を引きずりながら最後の力を振り絞り立ち上がるのは護国六花の一人…大柄な体と優しい心が特徴の花々騎士ジェイコブ・カランコエ。それが巨漢の己の身の丈よりもさらに大きなハンマーを振るいバシレウスへと突っ込んでいく。


ジェイコブだって雑魚じゃない、その不意打ちのタイミングは素晴らしかったし速度も申し分ない、普通なら入る不意打ちだ…が。


「お前みたいな悪い奴を倒すために!オラは騎士になっただよ!」


「ぁあ?」


「悪事は見逃せねぇッス!」


今、相対しているバシレウスという男は普通ではない。


「この世で一番悪い事って何だと思う」


バシレウスの姿が消える、クレアの目でさえもそう見える。地面を隆起させ目にも止まらぬ速度で消えたバシレウスを見つけるのにクレアの目でも一秒かかった。


「それはな…」


「んなっ!?」


背後だ、巨漢のジェイコブの頭を背後から片手で掴むように飛んでいたバシレウスはニタリと笑いながらその手に力を込め。


叩きつける、ジェイコブの頭を地面に打ち付け…更にそこから瞬時に態勢を変え、蹴りを…いや踏みつけを加える。


「弱え奴が強い奴に逆らうことだよ、雑魚は大人しく岩の裏に張り付いて怯えて暮らせよ!永遠に!」


その一撃はジェイコブを地面に埋め込み、蜘蛛の巣状に地面にヒビを入れ天番島の中心が窪地に変わる。


砕け散り隆起した地面と轟音を立てて崩れていく世界、たったの一撃で島の地形を変えてしまった。


「が…ぅぉ…!」


「平和とか何か守るとかご大層な名目並べるならもっと強くなったらどうだ?弱い奴に守れるのはなんもねぇだろうがよ、おい」


砕け散った地面から吐き出されるジェイコブは辛うじて生きているようだが、歯は粉々に粉砕され顎の形は変形し白目を剥き瀕死の様相で力なく倒れる、アジメク屈指のタフネスを誇るはずのジェイコブが…あの有様だ。


「このッッッ!!!」


そんな部下の勇敢さを嘲笑う男を、バシレウスを許すわけにはいかないとクレアは力を振り絞り、魔力をかき集め再び燃え上がらせる。その熱は光となり、光は力となり…一陣の風を起こす。


「『神閃のミストルティン』ッ!!」


放たれるのは最高速の魔力覚醒、刹那の解放により光速にまで達する斬撃を放つ魔力覚醒『神閃のミストルティン』。あのシリウスでさえ初見で面をくらいその胴体を引き裂いた斬撃で一気にバシレウスの首を狙い──。


「で、それもう見飽きたけど、そっから先があんのか?」


「ッッッ─────」


二本だ、バシレウスがこの魔力覚醒の対処に使ったのは指二本。人差し指と親指で的確受け止める。馬鹿力。いやそれだけではない、インパクトの瞬間だけ的確に空中で飛ぶことにより背後に衝撃まで逃している。


凄絶な怪力、圧倒的技量、そして絶対的な実力、その全てに裏打ちされた動きがコンマ数秒に凝縮されている。


「ナメるな…ッッ!!」


しかしそれで止まってなるものかとクレアは更にそこから加速する、一秒しか持たない魔力覚醒を多段で発動させ爆竹のように背後で爆発させ一気にバシレウスの体を炎の海の中へと押しやり吹き飛ばす。


「ハッ、いいねぇ…!」


「『神閃衝』ッ!」


破裂、バシレウスの拳とクレアの剣が触れ合い炎の海に大穴を開ける爆裂が生まれたかと思えば───。


「なんだ…あれ…」


周囲の兵団は見る。火の海を駆け巡り、空に紅の線を残しながら島全体を舞台に目にも留まらぬ速度で激戦を繰り広げる二人の姿を。


その姿は最早見えない、剣とバシレウスの眼光が残す僅かな光芒だけが残滓となって空中に残り各地で轟音を鳴り響かせる。もうこれは付いていけない、自分達が間に入ることも出来ない。


この世の最上位の人間だけが立てる舞台が今、目の前にある。


「『黒剣大山縦割り』ッ!」


「ハハハッ!」


クレアの一撃が島を両断し間に海水が流れ込み、地表の温度に焼き焦がされ亀裂から水蒸気が吹き出す。爆発的に生まれた水蒸気が空へと登り積乱雲を生み出し天を焼き焦がす雷鳴を生み出し始める。


「ぅはははは!魔女大国最高戦力…だったか?それで?」


「うっさい!『全力全開…』!」


割れた大地の上で尚も激しい攻防を続けるクレアとバシレウス。クレアの黒剣が火花を散らしバシレウスの拳を弾きその一瞬と隙を突き、右手に力を込める。


幾百幾千幾万幾億の鍛錬を乗り越えたのその腕に鬼神が宿るが如く、右手の筋肉だけが異様に隆起し絶大な魔力を纏いバシレウスに狙いを定める。


「『神閃衝』ッ!」


魔力覚醒を応用し光の斬撃を光速で振るう『神閃衝』、それを今持ち得る全力の力で撃ち放てばそれだけで世界が両断される。


振るう横薙ぎが真横に一閃を放つ、射線上にある木や岩どころか島の外の波さえも切り裂き開く。恐らく天空から見てもクレアの一撃が目視出来ただろう。されどバシレウスは本来人間では対応出来ない速度の斬撃を悠々と姿勢を低くし回避する。


クレアの天災の如き強さを前にしてもバシレウスは面白おかしく笑うばかりでその体からは一滴の血も流さず、同じ威力の一撃を返し島を揺らす。


「ぐぅっ!まだまだぁぁあ!!!」


一瞬でクレアの体は音速に達し焦土の平地と化した島の上を耕すように乱撃を放つ。そしてバシレウスもまた同じくその輪郭をボヤけさせ消失するが如く加速する。


クレア・ミストルティンという女は今この世界でも上から数えた方が早いだろう、マレウス・マレフィカルムの最高幹部くらいしか彼女の相手など出来ないだろう。その実力は未だ第二段階にありながら第三段階の強者にすら匹敵すると言ってもいい。


三年前の羅睺との戦いから、以前までの鍛錬を百倍に増やした彼女の強さはまさしくアジメク始まって以来最強…歴史に名を残すレベルにまで達している筈だ。


なのに…押されている。


「こちとら、アジメクの誇り背負ってんのよ…!」


それを感じているからこそクレアは引けないのだ、自分はアジメク最強の騎士。即ち己の敗北はアジメクの屈服、それだけは決して許容出来ない。何百万といる自身の部下達の誇りと矜持の為…彼女は限界を超え魔力覚醒を乱発する。


「『無窮極大…』!」


「おお!?」


放たれる閃光の蹴りがバシレウスの体を吹き飛ばす、吹き飛ばすそれよりも速く…更に速く、全てを追い越す速度で加速を続ける。


「『全身全霊全力全開…』!」


追い討ち、吹き飛ばされたバシレウスの背後に回り更に蹴りを、そこから更に追いついて剣による振り下ろしを、クレアの残す軌道が網目状に広がる程に凄まじい速度を生み出しバシレウスの足が地に着く事を許さず連撃を加える。


「『無闇矢鱈闇雲滅鱈…』!」


無限とも思える連撃が最高速度に達した瞬間、抵抗することもできないバシレウスを天高く蹴り上げ、己もまたその全ての加速を一点に集中。勢いを殺さずバネのように足を縮め一気に空高く飛んだバシレウスを追いかけ…。


「『神閃衝』ォッ!!」


文字通り、クレアに出せる全力全開、クレアが持つ全身全霊、全てをその一撃に込めた究極の斬撃が天に柱を打ち立てるが如く切り上げバシレウスの体を切り裂き…。


「誇りとか、矜持とか、プライドとか尊厳とか…」


「ッ…!嘘でしょ…!?」


否、受け止められていた。クレアの剣に噛みつき顎だけで今の一撃を受け止めていた。いやそれだけじゃない、あれだけの連撃を受けながらバシレウスの体には傷の一つも見受けられない。


防がれていた、防がれた上で乗っていた、バシレウスにはそれが出来るだけの力が…。


「くだらねぇ、テメェの力をテメェの為に使わない…そんなカス野郎に俺を止められるかッッ!!!」


「ぐぅっ!?!?」


そして返ってくる、クレアの全霊以上の蹴り。蹴り落とした衝撃だけで割れた孤島が更に二つに裂け島の両端が隆起し持ち上がる。文字通りの島を割る一撃を受けたクレアは…。


「あーあ、もうちょっと遊びに付き合えよ」


「ぅ…ぐ」


白目を剥き全身から血を流し倒れ伏し意識を失う。そんなクレアを見てもバシレウスは詰まらなさそうに首を鳴らす。


遊びだ、お遊びだ、あれほどの強さを持つはずのクレアがバシレウスの遊び半分の力の前に為すすべ無く倒される。


クレアは強い、アンも強い、二人は確かに強者だ、…がバシレウスはさらにその上をいく。強すぎるのだ、二人が強者ならバシレウスは絶対強者。凡ゆる食物連鎖の頂点に立つ人間の更に上に立つ最悪の生命体。


或いは、ともすれば将軍さえも超え…今現在人類最強の座に座っているであろう男なのだから。


「ぅ…が…あ…」


倒れ血を口から吹き出し意識を失ったクレアと、傷の一つもなく笑っているバシレウス。勝敗は明白だ…あれほどの強者が敵方にいる。その事実だけで周囲の兵士は戦意喪失し立ち上がる気さえ失せてしまう。


「で?…次は」


雷鳴轟く天空と火を噴く大地の狭間にて、煉獄の如き瞳を光らせる悪魔が…否、魔王が振り向く。次は誰が相手をすると問いかける。


だが相手になんて出来るわけがない、今辛うじて意識を保っている兵士達も先程バシレウスの腕の一振りで吹き飛ばされ骨を砕かれた者達ばかりなのだ。それが立ち向かって何になる。


「…つまらねぇの。せっかくダアトもホドもいねぇから暇つぶしに出掛けて来たってのに。アド・アストラには今こんな腑抜けしかいねえのか。だったらややこしいことせず戦争なりなんなりふっかけてやればいいもんを」


バシレウスがここに来たのは天番島の兵力に打撃を当たるためでも、シリウスの血を回収するためでも、ここに何か用があったわけでもない。


ただ暇だったから来た、ただそれだけだ。言ってみれば彼にとってこれは虫を小突いて遊ぶのと同じ、最初からこれは暇つぶしの遊びに過ぎないのだ。監視役二人が外れたからその間に軽く遊んでやろうと闇から這い出てきただけなのだ。


「もう相手がいねぇんなら、このまま帝国にでも行くか?ああいや、流石にそりゃかったりーかなぁ」


彼の目は見据える、海原の向こうにある筈の帝国…その首都マルミドワズを、ここからそれを見据えるだけの遠視を扱える彼はそのまま一歩踏み出し───。


「なら私が相手をしようか、ネビュラマキュラの怨念」


「あ?」


刹那、バシレウスの体が吹き飛ばされる。彼の体が始めて外部の鑑賞で動いた、轟音を上げ余波で天が割れるほどの一撃を放ち突如として現れたそれは拳を鳴らし…バシレウスを睨む。


「よくも、好き勝手やったな」


レグルスだ、孤独の魔女レグルスが…天番島に降り立ったのだ。


………………………………………………………………


「アリナ!救助者を!」


「はーい!ってクレア団長がこんな傷を…!?」


燃え盛る大地の中叫ぶ、幸いとして船はまだ無事だ、それに傷ついた者達を乗せれば離脱は出来るだろうと目算するレグルスは周囲の被害を見て目を尖らせる。


(なんて凄惨な…)


私がここに来た理由は一つ、この島に異様な物を感じ取り。アルクトゥルスを置いてアリナを掴んだまま天番島へと飛んだのだ。そして来てみればこの有様、天番島はもう沈むだろうというところまで来ている。


それなりに大きな孤島が人間の手でここまで破壊されるというのは些か信じ難いが…事実として島とこの島の兵団は破壊された、ここに襲撃をかけてきた…バシレウス・ネビュラマキュラによって。


「あぁ?テメェか魔女ってのは。意外に見かけは人間と変わらねぇな」


私のそれなりに本気の一撃を受けても平気な顔で炎を引き裂いて現れるバシレウスを見て、向き直る。


こいつが襲撃者だ、こいつがクレア達を倒した。そのお手並みは拝見させてもらっていたが…正直言ってこの私でさえ驚くほどバシレウスの力は凄まじい。それにこいつの名前…。


(バシレウス・『ネビュラマキュラ』…か)


オフュークス帝国にて、あのクソッタレ皇帝トミテが唯一気を許した男。セバストス・ネビュラマキュラと同じ姓、最終決戦前にして姿を消したセバストスが何処ぞで生き延び血脈を絶やすことなく八千年間という歴史を積んだ…その集大成とも言える男がこいつなのだろう。


一を全とすることを目的としたクリサンセマムと対をなす全を一とする事を命題とするネビュラマキュラ。この二つはある意味大いなる厄災の残り香だ。ネビュラマキュラが八千年かけて何をしたかは知らないが…。


やはりこいつ…そっくりだ、シリウスと。


「八千年の時をただ怨讐に過ごしたネビュラマキュラが、今更地表に這い出て…何が目的だ?」


「別に目の前を這いずってたアリが邪魔だったから戯れに踏み潰しただけ。そこに目的意識なんかあるわけねぇだろ」


アリ…か、あのクレアを虫ケラ呼ばわけりとはな。それが許されるだけのものがこいつにはあるのだろう、実際クレアを相手にして手傷はなし…なんなら私の一撃を受けても傷はつきつつも未だ健在な辺りを見るにこいつは相当…。


「…フンッ、そんなに暴れたいなら…私がやってやる。来るか?それとも逃げるか?」


「願ってもねぇ。こんな機会見逃せるか…俺は最強だ、誰にも負けねえ」


そう語るバシレウスの威圧が一気に重くなる。来るか────。


「疾ッッ!!」


か細い呼吸と共にバシレウスが飛翔する。速い…ただの跳躍でエリスの旋風圏跳の数倍近い速さとは。


こいつ、間違いなくこの年代では最強だ。魔女の弟子達では相手にならん。


「荒々しい拳だ…!」


振るわれるバシレウスの剛拳を腕でガードすれば、それだけで手が痺れる。こんな感覚いつ以来か…。


「ガァァアアアアアアアア!!!」


無限とも思えるほどにバシレウスの拳が殺到する。重い、なんと重く鋭い拳。そして…なんて。


(なんて…空虚なんだ)


空虚だ、バシレウスの攻撃からは何も感じない。血の流れも心臓の鼓動も生命の躍動も…まるでただ戦うためだけに作り上げたかのような手だ、何かを掴むこともなく何かを得ることもなく、ただただ壊し続けた手の中には何もない。


ゾッとする、バシレウスにではなくこんな人間を作り上げようと考えた者の感性に。これはある種…人という生命体への冒涜だ。


しかし、それは裏を返せば。拳に余分な物が乗っていないとも言える、それは拳の凶器化を推し進め、威力だけを高めていく。


「死ね…死ね死ね死ね!魔女ォッ!」


「確かに強い、だが…まだ足りん!」


「ッ!」


弾く、その拳を我が拳で弾き続けざまに叩き込む一閃…。それはバシレウスの胴を居抜き、天鼓の響きを打ち鳴らす。


「ぅぐっ…!だははは!痛えのなんか久しぶりだ。楽しめそうだよお前となら!」


奴の足が宙に浮いたのも束の間、即座に地面に手を伸ばし無理矢理体を引きつけると同時に着地し、四つ足で強引に進路をこちらへ変更し再び突っ込んでくる。


化け物じみた身体能力だな、こいつ…いや、身体能力だけじゃないか!


「やろうぜ…!『ブラッドダインマジェスティ』ッ!」


刹那、バシレウスが魔術を放つ。その手に込められた真紅の光を投げつけるように地面に一つ…叩きつけると。


「むっ…!」


刹那、炎によって焼け焦げた大地がグツグツと煮え立ち赤から黄色に、黄色から白に変色し灼熱を放つと共に、まるで泡のように膨らみ爆裂したのだ。バシレウスの叩き込んだ高密度の魔力が丸々熱エネルギーに変換されたのだろう、まるで手のひらサイズの太陽を地面にぶち込んだみたいに島の八割が融解し蒸発、天に白の光柱が屹立する。


(なんて威力の魔術だ、一撃で天番島が消失した…!こいつ、油断ならん!)


「ひゃはははは!!」


辛うじて残った足場が噴石のように空高く舞い上がり雷雲の中へと突っ込む、そんな暗雲と黒煙の闇の中をバシレウスが高笑いを響かせながら突っ込んでくる。


他の噴石を足場にこちらまで飛んできたか!


「上等だ、私とも速さ勝負がしたいか!」


こいつをこのまま暴れさせればどれだけの被害が出るか分からん、故にこちらも攻勢に出るため噴石から飛び上がりバシレウスと闇の中の打ち合いに興じる。




──────天空で行われる神速の攻防、バシレウスは一度クレアとも島を舞台に同じことをやった。それを目撃した兵士達は今みんなまとめてアリナによって船に乗せられ全速力で天番島跡を離れている。バシレウスが今しがた放った災厄の一撃により海は荒れ狂いただ離れるだけでも難儀する状況の中。


天を見上げた兵士は安堵する。クレアと戦ったバシレウスの力を前に恐れた自分の判断は間違いではなかったのだと。


何せ今、天空で行われている戦いは…クレアと行ったそれよりも数段激しく、数倍速く、有史以来上から数えた方が早いくらい高度な打ち合いが繰り広げられている。


それを見た兵士は想う。


『まるで、天体のようだ』と…



「ハハハハハハハ!」


「まだ速くなるか…」


打ち合う打ち合う打ち合う、魔術と拳を織り交ぜた神速の戦い、あらゆる物質がスローに見え今打ち上がった噴石がまだ宙に浮いている程に、二人は速く…そして凄絶に打ち合う。


拳と拳が触れ合う刹那に煌めく閃光、魔術と魔術が打ち合う瞬間輝く光芒、それらの事象が瞬く間に繰り広げられる…故に生まれる、天体の如く星々が煌めき暗雲と言う名の夜空を照らす遍く光が…地上からは見えるのだ。


「ハァッ!!」


「ぐぇぅ…」


しかし、その激しい打ち合いを制するのは当然の如くレグルスだ。バシレウスは胴体に一撃入れられ苦しそうに喘ぎ落下していく。まぁまだ倒せてはいないだろうがな、戦ったからこそわかる、あいつはこの高さから落ちてもビクともしない。


それ以上に驚いている、バシレウスの強さが計り知れ無さすぎるんだ。そもそもこの私と数十度も拳で撃ちあえる時点で異常事態だ。身体能力は少なく見積もっても人類最強クラス、その上一撃で島の八割を蒸発させる魔術の腕を持ち合わせた…戦闘の天才。


しかも、奴はまだ人として開花していない。つまりまだまだ強くなる余地があるという事。


危険だ、危険過ぎる。


「どうやらお前はここで始末する必要がありそうだ!」


「だったら殺してみろよ!魔女ォッ!」


落ちていくバシレウスの両拳が赫く煌めき、天を征く流星の如く雷雲の中を旋回し多段超加速の内に槍の如き蹴りを突き出すように放つ。


「『ブラッドダイングライフ』ッッ!」


「────『旋風圏跳』!」


更に加速、両者の速度は限界を超え世界の形さえも歪める程の速度に到達し…戦いは万象を置き去りにする段階へと行き着く。


「解せないな。貴様それほどの力を持ちながら何故今の今まで名が知れていない!」


「過保護な親気取りが何人もいるもんでね、そいつらが居なけりゃ…こうして存分に暴れられたのによ」


縦横無尽、三次元的に空間を使った加速魔術のぶつかり合いは暗雲の中に幾何学的な複雑な軌道を描き続ける。この戦いがもし地上で行われていたならば先程のクレアとの戦いとは比較にならない惨状を地表に残していただろう。


「その保護者とは…マレウス・マレフィカルムか?」


「だったら何だよ!」


「ならば殺すまでだ、貴様は私の敵なんだろう!」


多段、そう形容するより他ない連撃がレグルスに向けて炸裂する。蹴りがレグルスの目の前で炸裂し音と火花が破裂する程の威力で怒涛のように押し寄せる。


だが…それで揺らぐレグルスではない、ギラリと煌めく瞳はばバシレウスの顔面を居抜き。


「───『鬼哭電落拳』!」


「ぅがぁっ!?」


振り下ろされる雷鳴の一撃。否…電雷の如きレグルスの拳がバシレウスの顔面を叩き抜き、その身を落雷にて捕らえ地面へと急降下させる。だがそれだけで諦めるバシレウスではない、雷速で落ちる体をすぐさま立て直し、再び加速魔術にてレグルス目掛け飛翔しようと───。


「──『障翳重殺亡球』!」


「ぅおっ!?」


追い討ちの如く放たれた漆黒の魔力球、過剰に増大させた重力そのものを放ち無理矢理バシレウスの体を地面へと叩き落とす。


幸運だった、バシレウスは確かに強い。今この世界を生きる人類の中でも間違いなく最上位に位置する人間だ、僅かながらもレグルスを相手に打ち合える人間なんてそうそういない。


もし、こいつがマレウスにて…エリス達の旅路の前に立ち塞がっていたら、きっとエリス達では対処出来なかった。ここで私がこいつを始末出来る事そのものが幸運だった。


(危険な芽はここで摘む…!)


地面へと落ちていくバシレウスを追いかける、重力を百倍にして地面に叩き落としたが…多分あいつはその程度では死なない。この手で古式魔術を叩き込んで跡形もなく吹き飛ばさなければならない。


でなければ奴は…。


「っと…!」


僅かながらに残った天番島の大地へと降り立てば、目の前に上がる土煙。どうやらバシレウスは受け身も取れず墜落したようだ…が。


「ぅはぁ〜…やっぱ、これだよな」


起き上がる、バシレウスは瓦礫を押しのけ自身の頭から流れる血を見て何とも嬉しそうに笑う。痛がる素振りもなければ怯みもしないか…。


異質な男だ…、そう思っているとバシレウスの瞳がチラリとこちらを見て。


「…あんた、孤独の魔女レグルスだろ」


「ん?ああそうだが?」


「エリスは元気か?」


「……何?」


思わず顔色を変える、こいつエリスの事を知っている?そういえばマレウスで一度会って…その時婚姻を迫られたとか言っていたが…まだエリスの事を諦めていないのか。


「貴様、エリスをどうするつもりだ」


「俺の伴侶にする、鎖で繋いで手足をもいで俺に随伴させる。俺がこの世の全ての人間を殺し尽くす様をエリスと共有する…アイツは俺の唯一の理解者になれる女だ」


「ふざけるな、何が理解だ…そんな事この私が許すと思うか」


「へへへへ…、許すとか…許さねえとか、ンなもん関係ねぇ…」


フツフツと傷ついたバシレウスの体から魔力が溢れる、痛めつけられてなお体が燃え上がる、留まるところを知らない力は何かの閂を失ったかのように氾濫を起こし大地を覆う。


「誰に許されずとも関係ない!この世は成るよう成り為すがまま為す!だから為すがままに成る!俺を止められる奴はいねぇ!」


「ッ…!」


こいつ、シリウスと同じ事を…!


ダメだ、もう生かして置けない。まだこいつは私が止められる段階だからいい…だがもし何かのきっかけを得ればこいつは…。


第二の大いなる厄災になる、そうなった時…私では止められないかもしれない。そうなる前に殺さなくては…!


「悪いが、ここで殺させてもらうぞ…!」


「ハハハハハハハ!上等ゥ!生き残った奴がこの先も道を歩む!至極単純で分かり易いじゃあねぇか!」


際限なく膨れ上がるバシレウスの真紅の魔力それは天を荒らし海を怯えさせ大地を震わせる、戦いの中でも強くなっている…!手遅れになる前私が!!


「─────『火雷招』ッ!」


「『ブラッドダインスレイヴ』ッ!」


放たれる二つの光、両者が放った極大魔術は狭い大地の中で荒れ狂い残った天番島の地表を消し去り完全に地図から消し去る。


迸る力、明滅する光、膨れ上がっていく二つのエネルギーは激突を続け…やがて。


事態が動く。


「うっ…!」


バシレウスが苦しそうに表情を歪める、自身が全力で放った魔術がレグルスの気合を込めただけの魔術に押され始めているからだ。彼はまだ魔女の段階にいない、今の世界を統べる最強存在を相手に撃ちあえる段階にいない、故に当然の帰結とも言える劣勢。


ゆっくりと、それでいて覆し難い勢いでバシレウスの魔術は押し込まれていき。


「ぐっ!ゔおおおおおおお!!!」


絶叫と共にバシレウスの魔術は掻き消され、目の前にレグルスの炎雷が迫る。彼がここまで明確に死を感じたのは久しいだろう、それほどまでに絶望的な差を見せつけられた上で彼の体は光の中へと消し去られ─────。


「バシレウス殿!」


「むっ!?」


レグルスは見る、炎雷がバシレウスの体を消し去るよりも前に何者かが横から飛び込みバシレウスを射線上から外しその身を救う様を、空振った炎雷は一直線に進んでいきやがて天に昇り宇宙まで飛んでいく。


邪魔された…新手か!


「『アブソリュートゼロワールド』!」


「ッ!」


瞬間、周囲の気温が一気に氷点下へと達し燃え上がる海を一気に凍結させ…氷の大陸を作り上げる。バシレウスの魔術じゃない…奴はここまで器用なことは出来ない。


「何者だッ!邪魔をするなら容赦せんぞ!」


氷にヒビが入るほどの怒号をあげ、青白い銀世界と化した視界を移し、新たに現れたそれらを見やる。


影は三つ、それが力を使い果たしぐったりしたバシレウスを小脇に抱え、こちらを見ている。見慣れない一団が…状況を見るに恐らく。


「…マレウス・マレフィカルムか?」


「然り、我等三大組織の一角魔女抹消機関ゴルゴネイオンが大幹部。『十天魔神』なり」


十天魔神と名乗るのは黒い方位を着込みキラリと輝くハゲ頭の人相の悪い男が軽く一礼して見せる。


ゴルゴネイオンの名前は私でも知っている、恐らくだが最も苛烈に魔女世界への叛逆を行った大組織で、唯一魔女大国と本格的に事を構えて生き残った現行最古の魔女排斥組織。


マレウス・マレフィカルムという枠組みが出来るよりも前から魔女排斥の旗を掲げて活動してきた歴史があるだけにその組織力はマレフィカルム中最強クラス。帝国だって正面から争う事を嫌がるくらいには層が厚いと言われるその組織の幹部が今…三人も我が前に現れる。


「魔女を前に名乗らぬは不敬でしょう、私は十天魔神の一人『第三星神のホプキンス』と申す者」


私から見ても大したものだと褒めてもいいくらい凄まじい魔力を帯びさせるハゲは己をホプキンスと名乗る。それに追従するのは背後の二人。


「イエス、私は『第九氷神のグラソン』。魔女討滅任務の遂行を」


青い髪青い鎧…そして霜を帯びた剣をゆっくりと氷の大地から引き抜くは氷神の名を冠する女グラソン。半ば沸騰に近い状態あった海を一瞬で氷の大地に変えてしまうくらいの氷結魔術の腕前を持つ氷の女は表情一つ変えずこちらを見遣り。


「そしてぇ〜!同じく『第十剣神のジンチョウ』とは、ア!拙者の事よぉ〜!!!」


奇妙奇天烈、トツカ文化の歌舞伎の如き様相をした男はトントンと片足で軽くステップを刻むと共に首をグリンと動かし決めポーズを決めながら寄り目になって何たらかんたら言い出す。


ただ…特筆する点があるとするなら、その背には六本の刀が納められており、奇妙な言動とは裏腹に一切の隙を感じないといったところか。


こいつら、流石にマレフィカルムを支える大組織の幹部達だけあってレベルが違うな。もしこいつらが一人でも悪魔の見えざる手の本部に乗り込んで行けば、一時間と経たず向こうの幹部を皆殺しに出来るだろうことは容易に想像出来る。


そんな大物が、ここに何を…なんて言うまでもないか。


「…おいウスラハゲ、何邪魔してんだ…いいとこだったろうが」


「うむ?お言葉ですがバシレウス様、総帥より帰還命令が出ております。我々は貴方を回収に来たのです…これ以上の遊興は控えていただこう」


「テメェが俺に指図出来る立場かよ、と言うかまさか…この俺に尻尾巻いて逃げろなんて言わねえよな」


「そう言うつもりではありましたが、…このままでは納得されませんか」


「ノー、ホプキンス。キング・バシレウスはこう言いたいんだ、魔女排斥を名乗るなら魔女を前にして逃げるな…と」


「然り!然り!ア!しかぁ〜りぃ〜〜!我は魔女の敵対者!なればこそ!なればこそぉ〜!」


やや辟易としたホプキンスとは裏腹に、氷の騎士グラソンと歌舞伎者ジンチョウはやる気に満ちており両者共に剣と刀を構える…なるほど。バシレウスを助けに来たが、それはそれとして魔女を前にした魔女排斥が逃げてもいいのかと…そう言いたいんだな。


「…大人しくバシレウスを渡せ、さもなくば命の保証はせんぞ」


「それは出来ませんな」


「そうか、…私は二度同じ事を言うのが大嫌いだ。言っておくが…もう一度今のような生き残るチャンスが来ると思うなよ」


魔女排斥が魔女を前に逃げ出せないと言うか理屈は大したものだ、だが私から言わせればそれは蛮勇以外の何者でもない。生きられる権利を自ら放棄する愚の骨頂でしかない。


第一、この私が刃と殺意を向けられて、冷静に対処出来ると思うなよ…!!


「ほう!これが魔女の魔力!なんと凄まじい…!」


ホプキンスが顔色を変える、普段抑えて目立たぬようにしている魔力を表に出しただけで氷が砕け欠片となった氷が宙へと浮かぶ。バシレウスもゴルゴネイオンも…誰一人生かしてはおかん…!!!


「凄まじい魔力だ、マレフィカルムがあれほどの戦力を持ちながら世界の闇に押し込められている理由がよくわかると言うもの」


「イエス、だがだからこそここで殺せばノープロブレム、我等の行軍は一気に世界を埋め尽くす」


「なればこそぉ〜!ここでお命頂戴せん!」


そう言いながら臨戦態勢を取る氷騎士グラソンと歌舞伎者ジンチョウ…しかしそれを手で制するホプキンスは、私の魔力を前にしても薄ら笑い。


「待て、まず私が試そう…我が最強の一撃で!」


「む、ホプキンスが動くか」


するのホプキンスはバシレウスを小脇に抱えたままその手を天に掲げて、裂帛の気合と共に魔力を解放する、その魔力の壮絶な事と来たら…天で騒ぎ立てる雷鳴を沈め空を掌握する。


…これは。


「『トリキュミアコミティス』ッ!!」


刹那、まるで天の門が開くように雷雲がこじ開けられ青空が垣間見える。その青の中に光る紅蓮の光は熱を放ち徐々に大きくなって…いや違う、あれは。


「隕石か」


雲を引き裂き天より飛来するのは隕石だ、ホプキンスは宇宙空間にあったそれを引き寄せ『星落とし』を行なったのだ。


星辰魔術の亜種、通称『星間魔術』。宇宙のタヴが用いた『銀河魔術』が星の力を借りて戦うのだとすればこちらは星そのものを武器にする物理特化魔術。これもまた失伝したものと思っていたが…残っていたのか。


「ホプキンス…ホプキンス!大きすぎじゃないか!?」


「狼狽えるなグラソン!並大抵の隕石では魔女は殺せん!!」


大きい、あんなもの地面に落ちたらそれだけでどれほどの被害が出るか…!氷騎士グラソンが慌てるほどにホプキンスが落とす隕石は巨大であり雷雲を通過すると共に蒸発させ凄まじい速度でこちらに飛来する。


…流石は最大の魔女排斥組織と呼ばれるゴルゴネイオンにて幹部を務めるだけはある。隕石を引き寄せるまでが魔術であるが故に私の現代魔術の無効化もあの隕石には通じない。そしてこのまま落とせばそれだけで私に被害を与えられると……。


甘いな…魔女が…落石一つでどうにかなるとでも、思っているのか…。


「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色、この世は在るようにして無く 無いようにしてまた在る、無とは即ち我であり 我とは即ち全であり 全とは即ち万象を意味し万象とはまた無空へ還る、有は無へ転じ 万の力は未生無の中ただ消え去る」


手の中で作り上げるのは『無』、何も無いを作り上げ練り上げ頭上の隕石に向ける。白く淡く輝くその光を見たバシレウスはホプキンスに抱えられたまま小さく目を見開き。


「あれは…レナトゥスの、いやあっちが元本か…」


静かに事の行く末を見据えるバシレウスに見せつけるように放つ、古式虚空魔術…!


「『天元無象之理』!」


かつて、エリスと共に旅をしている最中魔女との戦いで何度も使ったこの魔術。結果として魔女を救う為に使っていたが…別にこれは相手を無力化する魔術ではない。


その効果は『射線上に存在する全てを消し去る』と言うのが本来のもの。


私の裁量で魔女の肉体と命を残していたに過ぎない。というか普通にこれは危ない魔術なんだよ、だから魔女相手にも使うのを躊躇ったのだ。私が裁量を誤れば…魔女の肉体でさえ消し去ってしまう。


それこそ、シリウスにだってこの魔術は効いたのだ、この世に消し去れないものはない。


「────!!??光が!」


「…虚空魔術、…面白くねえ」


天へ登る白光が一瞬輝けば、激しい轟音と共に頭上の全てが消え去る事となる、雲も塵も煙も。


「む、我が奥義が…立ち消えたと?」


ホプキンスは驚いた様子で頭上を見上げる、あれほど巨大な隕石が一瞬にして欠片も残さず消え去った。その事実に半ば納得がいくような驚きを含みつつ…彼は再びこちらに向き直る。


「今のが古式魔術ですか、我々の使う魔術の大元となった古の奥義。なるほど確かに破格ですな」


「ああ、それで?必殺の奥義とやらが消えてしまったが…次はどうする?超必殺の奥義でも放つか?」


「あはははは、そのような物はござませぬ、今まではあれでカタがついていましたからな…しかし」


はて、とホプキンスはとぼけたように顎に手を当て首をひねると…。


「今のが必殺の奥義だとは言いましたが、一体いつ誰が…『我が奥義は一発限り』と言いましたかな?」


「……何?」


再び天が赤く染まる、その濃度は先ほどよりも何倍も濃い。当然だ、見上げればわかる。


何せ、先ほど消し去った隕石の後ろからさらに無数の煌めきが熱と光を強めながら空を引き裂いているのだから。


もしやあれは隕石ではなく…。


(流星群か…!)


まるでこの世の終わり、数え切れないほどの流星群が続々と空から降り注いでやってくるのだ。サイズは先ほどのものより小さいがイヤらしいのはその数と面積。さっきの巨大隕石とは比較にならん範囲で降り注いでいる。


あれを作り出しているのが目の前のたった一人の男によるものだと?…なるほど、確かに伊達ではない。


(しかし、これはまずい…)


レグルスは見上げる、空の流星群を。数え切れない程の流星群…さっきのは一発だったからよかった、だが今回の数はまずい。


だってこの数は…対処が……。


(面倒くさい…!)


面倒だった、無理とかではない、出来ないこともない、だが普通に面倒だぞこれ。どうせあの流星群の対処をしているうちにまたあのハゲが新しいのを呼び寄せるんだろう?隕石一つに対処するのも苦労する普通の人間達ではあのハゲを止めることは絶対に出来まい。


はぁ、しょうがない。面倒だから…無視しよう。


「あの程度の小石なら頭に当たっても平気か。無視してお前らを先に殺すとしよう」


刹那、氷の大地を爆裂させるレグルスの踏み込みが神速を与え、人間の肉眼では捉えることが出来ない最高速でホプキンスでさえ反応出来ない亜音速の蹴りをその頭蓋に放ち───。


「何別のに目移りしてんだよ!俺の相手をしろよ俺の!」


「なっ!?バシレウス!?」


しかし、その蹴りもホプキンスの腕から抜け出たバシレウスの足によって防がれる。あれだけ痛めつけたのにほんの少しホプキンスの腕の中で休んだだけでもう全回復か!苛立つほどにタフだなこいつ!


「む!流星群を無視してこちらに!バシレウス殿まで戦いに!くそっ!早く離脱を…!」


「ノー!何腑抜けたことを言っているホプキンス!今は魔女もが疲弊している!今がチャンス!」


「そのとぉ〜りぃ〜!我らが絶技で今悪なる魔女を、屠らんぅ〜!!」


「ええい面倒だ!全員纏めてかかって来い!」


降り注ぐ流星群が氷の大地に降り注ぎあちこちで爆裂が引き起こされる中、全快したバシレウスとグラソンとジンチョウの相手をする。厄介なのはバシレウス…こいつさっきよりも動きが良くなっている。


私を相手に殴り合いに応じ殴られても蹴られてもすぐさま戻ってきて飛びかかってくる、しかも今はそこに…。


「『アイシクルソード』!凍てつけ…魔女!」


「チッ!面倒な剣を使う!」


氷騎士グラソンの扱う霜を帯びた剣による斬撃を腕で防げば、私の体を守る防壁が凍りつく。この氷の大地を作り出すほどの冷気を操るグラソンの氷結魔術の練度の高さは言うまでもない。


「ア〜!『回転六門閃』!」


しかもそこに飛びかかるのは歌舞伎者ジンチョウの六刀流の斬撃が飛ぶ。刀を空中に投げ捨て虚空で代わる代わる別の刀に持ち変え不規則な軌道の回転斬りが凍りついた私の腕から目掛け飛んでくる。


というかそれはもう剣技というより曲芸だろ、サーカスで見たぞ!


「邪魔すんなテメェら!お前らからぶっ殺すぞ!」


「ノー、我等は貴方を助けに来ただけ!貴方の命令を受け付けているわけではない!」


「然り然り!我らが王はイノケンティウス様ただ、ア、ひとぉ〜りぃ〜!」


しかしバシレウスとの連携は皆無、寧ろバシレウスは二人を押しのけ一人で戦おうとする、そういう面での強かさは持ち合わせないか。まだまだ若いな。


「ゴー!一気に攻めるぞ!ジンチョウ!」


「相分かった!グラソン殿!」


「…………」


バシレウス程ではないがこの二人も中々にやる、グラソンの氷結魔術はエリスの古式魔術の二倍近い出力がある、ジンチョウの斬撃も一見奇抜だがアマルトやアマルトが戦った相手であるラスク程度なら片手間に殺せるほどの技量がある。


これが…マレフィカルムでトップを張る組織の幹部達か。今のエリス達では些か相手をするのは厳しいな。


何より。


「ぅがぁぁあああああああ!!!」


「お前はいい加減止まれ!」


氷の大地を踏み砕きながら爆発的な攻めを見せるバシレウスの強さはそんな二人を大幅に上回っている。


───もし、エリス達が旅を続けるなら、こんな怪物達ともぶち当たることになるのか。


「『氷結大刃創地獄』!」


地面に食い込ませた氷剣が更に大地を凍りつかせ針山地獄のように隆起させ私の動きを縛ると同時に…。


「むぅーん!魔力覚醒『六手暴蓮入道』!」


六腕の巨人となったジンチョウが暴れ周り全てを粉砕する、しかもそこに畳み掛けるようにバシレウスの鋭い追撃や降り注ぐ流星群が加わり、人間一人に対する火力としてはあまりに過剰な攻勢が繰り広げられる。


ただ、その中で一人冷静なのは…。


「グラソン!ジンチョウ!やめろ!バシレウス殿も!今は退却のことを考えるのだ!」


隕石を操る星神ホプキンスだ、彼は今の戦いを誰よりも俯瞰的に見つめ冷静に分析していた。そしてその分析の結果…今この場にあり火力ではどうやっても魔女を倒すことは不可能であるとの答えを叩き出していた。


何せ…この攻勢の中、レグルスは。


「…………」


バシレウスだけを見ていたからだ、グラソンの攻撃もジンチョウの攻撃も視線を向けずに回避していたのだ。今はバシレウスが全力で戦っているからいい、だが彼は一度レグルスによって殺されかけている、また同じようにバシレウスが戦闘不能に陥れば…この均衡は崩れる。


だから今は引くことだけを、そう叫ぶも。


「魔力覚醒『絶対零度之夜刀神』!」


「『巨大無限六門千』!」


氷の化身と化したグラソンと巨大化したジンチョウは止まることなくレグルスを攻め立てる…一国の軍隊程度なら一秒と掛からず皆殺しに出来る量の氷槍が降り注ぎ城すらも両断するジンチョウの六連斬撃が氷の大地を切り崩す。


止まらない、止められない、最早二人を止めることはできない…そう判断したホプキンスは。


「終わりだ、バシレウス…エリスは渡さん」


「グッ…!」


バシレウスの腕がひしゃげる。二人の魔術を乗せた拳がぶつかり合いバシレウスが押し負けたのだ、最早これ以上の戦いは不可能、故に。


「御免!バシレウス殿!」


「なっ!!テメェ!」


再び、先ほどバシレウスを助けた時のように小型の隕石の上に乗りバシレウスの体を掴むと共に空を駆け抜けその場からの離脱を図った、というよりホプキンスの目的は最初からこちらだったのだ。


「な!待て!」


逃すわけにはいかない、ここで殺す。そう決めていたレグルスは即座にホプキンスを追おうと駆け出すが…。


「逃すか!我らと戦え!魔女!」


「貴様の相手は!ア我ら也〜!」


最早離脱など目にも入らない二人が、氷の化身となり氷そのものとなったグラソンと数十メートルの入道と化したジンチョウが立ちふさがる。


周囲の氷全てを操る力を得たグラソンがレグルスを阻むように幾千の剣と幾千の槍を作り出して射出し、ジンチョウの巨大な刀が降り注ぎ。


「邪魔だッッ!!」


その瞬間初めてレグルスの注意が二人に向く──。


「ノー!喧しい!この場で氷像と化せ!『死滅の絶対零度』!」


放たれるグラソンの奥義、両手に集めた絶対零度の冷気が光線となってレグルスに飛翔する。当たればどんな物体も静止するグラソンにとって最強の技…それを受けたレグルスは。


「──『氷々白息』!」


放つ、吹雪の息吹を軽く吹きかける。エリスが使えばただの低級氷結古式魔術。されどレグルスが放つのならそれは。


「なっ!あ!?わ 私の冷気が!?」


絶対零度さえも凍らせる至上の冷気となる。自らが放った氷が逆に凍らされ、氷の化身となっているはずのグラソンもその息に飲まれた瞬間真っ白な氷像と化し完全に芯まで凍りついてしまう。


「退け!」


一撃、凍りついたグラソンの体にレグルスの拳が飛び、芯まで凍りついたグラソンの体はバラバラに吹き飛び跡形もなく粉砕、氷のカケラが宙に舞う。


「グラソン殿が死んだ!?おのれぇ〜!仇討ち仇討ち〜!」


「お前も…!」


仇討ち萌える大入道により振るわれる六本の刀、それが一斉にレグルス一人を狙うも、如何なる斬撃も剣術も通じないとばかりにその全てを一撃で蹴り砕きレグルスの足によりジンチョウは武器を失い…。


「死ね!」


「ぐぶうっ!?」


代わりとばかりに折れた巨大な刀身を蹴飛ばしジンチョウの胸を串刺しにする。血を噴き倒れ伏し覚醒が解除され絶命するジンチョウを無視してレグルスは更に走り抜ける。


「────『旋風圏跳』!逃すか!」


空を駆け抜け離脱するホプキンスを狙う、かなり距離を開けられているはずなのにレグルスの風は瞬く間にホプキンスに追いつき始める、瞬く間にその背中が肉眼で目視できる程に近づいたレグルスは怒号を挙げ加速する。


「待てッッ!!殺すぞッッ!!」


「っ!グラソンとジンチョウが足止めすらできんとは!これが魔女の力か!」


「…………………………」


ホプキンスは決して遅くない、隕石の速度をそのまま自身の素早さに変換し飛んでいるのだ、普通なら追いつくことさえ不可能な速度で今彼は飛翔している。


それに追いつきかけているレグルスが異常なのだ、最早追い越す勢いだ。このまま行けばホプキンスもすぐに追いつかれ殺されるだろう。


それを分かっているのか、それとも興味がないのか。バシレウスはホプキンスに抱えられたままレグルスの顔を見てペロリと舌なめずりをし。


(あれが今の世界最強…、人ならざる境地。あの女が…ガオケレナが俺に辿り着かせようとしている境地か。なるほど、確かに今の俺には修行が必要だな)


魔女というものを始めて体感した、打ち合うことは出来たがまだ勝てる段階ではない。それを肌で理解した、今までは自分より強い奴なんかいないと修行を半分サボっていたが。


どうやら、俺はまだまだ強くなれるようだ。それはレグルスの必死な顔が物語っている。


(まだ最強じゃないなら、なればいい…あの時みたいに。…帰ったらまぁちょっとくらい真面目に修行してやってもいいか)


「ぐぅっ!このままでは追いつかれる!覚醒を使うか!?だが!」


足元の景色が海から地表に変わる、どうやらホプキンスとレグルスのチェイスは海洋を飛び越しポルデューク大陸に至ったようだ、それを見たバシレウスはシめたと笑う。


「おうハゲ、そのまま進めよ。何があってもな」


「な?何をする気ですかな!?バシレウス殿!」


「嫌がらせ」


するとバシレウスは自身の血だらけの腕を更に捻って血を拭き出させるとともに…口にする。


「我が内を流れる命脈の力よ、神より賜りし神秘の力を今我が手中に加え輝きを灯さん。此れは悲劇でもなく惨劇でもなく」


「ッ!?あれは…!」


レグルスは思わず立ち止まりそうになる、今バシレウスが自身の血を口に含みながら放とうとしているのは…。


間違いない、古式魔術だ。だが魔女を師に持たない筈の奴が何故古式魔術を、というかそれ以前にあの魔術は…。


「あれは…!?」


古式紅血魔術…?魔力と共に魔力を増幅させる効果を持つ血を振り撒き魔術の効果を爆発的に増加させる魔術だ、羅睺十悪星の狂人ハツイが使う物と同じ魔術にして…。


『唯一シリウスが作った覚えがない』と口にした異形の魔術。そうか、バシレウスが使っていたあの超火力の魔術は全部紅血魔術の現代版だったのか。いやだがおかしいぞ、紅血魔術はもう失伝して久しいというのに…。


何故失伝した魔術を、何故古式魔術を、バシレウスが使える!



「…須らくを真なる道へと導きし天啓である『紅玉灼道大亡葬』!」


バシレウスが腕を振り払えばルビーの如き輝きを秘めた血が虚空で舞い散り、それが魔力を帯びて増幅し、あっという間に天を覆うほどの質量へと変化し、巨大な血玉が無数に散らばり地面へ…ポルデューク大陸へと落ちていく。


(まずい、まずい!あれはまずい!)


隕石を前にしても揺るがなかったレグルスの危機感が警鐘を鳴らす、あれが地面に落ちればそれだけで凄まじい大爆発を生み出す。下には国もある、人も住んでいる、そんな中にあんなものが落ちればどれだけの死傷者が出るか想像もつかん!


「ッハハハハハハハ!アハハハハハハハハ!選べよ魔女!全か一か!犠牲か栄光か!選べるのは一つ!なんて…お前は俺を選べないよな」


「くっ…!」


くそっ、意外に強かで計算高いな…!その通りだ!私はもうバシレウスを追うことは出来ない。クルリと反転し地面へと向かう、あの血玉を放置出来ない!


「思い切り飛ばせハゲ!チャンスはくれてやったぞ!」


「むっ!此れは僥倖!否!好機か!捕まっておれよバシレウス!魔力覚醒!『光陰流星』!」


バシレウスの言葉に応じてホプキンスが覚醒を行う、全身から火を放ち更に加速し…消えていく、視界から。


「チッ、────『天蓋大々朱簾』!」


地面へと降り立つと共に展開する、空を塞ぐ落し蓋の如き巨大な防壁を簾のように広げ大地を守護する、と同時にバシレウスの放った無数の血玉が防壁に触れ…。


「ッ ─────!!」


思わず目を塞ぐ、大地が揺れるほどの轟音が防壁の向こうで響き渡る。雲を消し飛ばす程の威力の爆発は、焼け付く光を防壁越しに飛ばしポルデュークの凍った大地が若干溶けて雪の積もった銀世界が消失するほどの熱量を生み出す。


とんでもない威力だ、…八千年前の強者達を思わせる程に凄まじい威力。それをあの未だ若き青年が放ったと言うのか。


「…………もう追いかけるのは不可能か」


血玉から大地を守るため一度降下してしまった以上追撃を仕掛けるのは不可能、うまくしてやられた…だが。


「あまり私を侮るなよ、逃げた方向さえわかれば直ぐに見つけられる…」


バシレウスの魔力の質は覚えた、直ぐに捜索を開始すれば例え空に逃げようが地下に逃げようが見つけられる。


奴は野放しにしてはいけない、あまりにも危険すぎる上に未だ成長の途上にある。もしあいつが何者かの…それこそ我等の把握していない古式魔術を扱う絶対強者の下で師事すれば瞬く間に手がつけられなくなる。


奴の資質は魔女を上回っている、才能も実力も魔女の弟子達とは比較にならない、だから早く見つけないと。…奴らが向かったのは。


「ッ …マレウスか…!」


まずい、あそこには今エリス達がいる…!バシレウスとエリス達が鉢合わせれば間違いなくエリス達は殺される、はっきり言って…今のバシレウスの強さは私の肉体を乗っ取った時のシリウス以上だ、八人がかりでも勝ち目がない!


万全の私と互角に打ち合ったんだぞ…、いやまぁ私もある程度周囲への被害を気にして力を抑えたり臨界魔力覚醒を使わなかったり、全力ではなかったが…。


それはきっとバシレウスも同じだ、あれ程の強さを持った男が覚醒を習得していないわけがない。いや…古式魔術を使えるという事は…。


「下手をすれば。アイツも臨界魔力覚醒を…」


極・魔力覚醒から上へ登るには古式魔術が不可欠だ、そしてそこに至る為のキーをバシレウスは手にしている。これは…やばい。


「直ぐにでもマレウスに向かって…!」


「待て!レグルス!」


追いかけようとした瞬間、声が響き渡り何者かが私の襟を掴み上げ静止する。 このクソ忙しい時にどこのどいつだ!ぶっ殺してやる!!


「っ…カノープス!?」


殴り殺してやろうと後ろを振り向くとそこにはカノープスが時界門から身を乗り出しこちらに現れていた…が、問題はその顔、私に対して滅多に向けることのない怒りの表情を浮かべムッとしたカノープスに思わず意気消沈しシュンと脱力し立ち止まる。


「な、なんだカノープス。その顔は」


「レグルスよ、我は今怒っているぞ」


「なにが…だ」


「アド・アストラの理念は理解しているだろう。奴らは我等の力を借りない、我等は干渉しない、それが決まりだ」


「っ!そんなこと言ってる場合か!?お前もあれを見ただろう!あれはアド・アストラでも対処出来るか分からんのだぞ!」


事実として師団長は戦闘不能、最高戦力の一人クレアもバシレウスには傷一つつけられなかった。奴を倒そうと思えば将軍やグロリアーナと言ったアド・アストラ最強の戦力をぶつけるより他ない。


だというのに、そんな…今更アド・アストラが如何の斯うのと言ってられるか!と言いたかったが、カノープスは静かに首を振り。


「だとしてもだ、目の前に障害があるからやっぱり我々が前に出て道を作ってあげます…ではダメなのだ。例えアド・アストラが崩壊の危機に瀕しても例え今の人類文明が滅びる結果になろうとも、我等はもう干渉するべきでない」


「何故だ!それでもお前は人類の守護者か!」


「守護者ではない、少なくとも今はもうな。…我等とて生半可な覚悟で一線を退いたわけではない、ここから先は今の人類が奮起しなければならない、例え新たな大いなる厄災が巻き起こされようとも…今の人類だけで乗り切るべきだ」


それは…ぐぬぅ、大国の統治をしていない私ではこの領域の話に突っ込めない。任せると言ったのはカノープス達今まで人類を守護していた者達だ、そこに私が関与できる分野はない。


だが…だが、それでもあれはダメだろう。


「分かっているのか、カノープス…バシレウスは第二の大いなる厄災になり得る男だぞ。今はまだ我等でも対処出来る段階にいるからいい…だが次もし奴が同じように表世界に姿を現した時、我等よりも弱い保証はどこにもない。奴は魔女をも超える魔王になるかも知れんのだぞ」


「ならば信じよ、我等の弟子がバシレウスを打ち破り厄災の芽を摘むことを。今はまだバシレウスよりも弱くとも…いつまでも弱いままとは限らん、あの子達は我々に成長の輝きを見せ続けただろう?ならば…」


「エリス達がバシレウスを超える事を祈れ…か」


…エリスは強い子だ、自分より強い奴を何度も倒してきた。そして成長し続けそいつらも超えてきた、だから今回も…か。


今のエリス達ではバシレウスの前に立つことも出来ないだろう。だが…今の旅の中で成長出来たなら、きっと。


「……分かった、信じる、というより信じている。エリスは負けない、誰にもな」


「ならば良い、今は静観しろ…というかお前はやりすぎだ、天番島が地図から消えただろう…全く、まぁもう魔女会議の必要性もないからいいか。むしろあれ程の戦いで人的被害もなく島一つ吹き飛んだだけで済んだのは奇跡か」


はぁとため息をつくカノープスを置いて私はマレウスの方角を見やる。バシレウス…それにゴルゴネイオンの幹部達、全員凄まじい強さだった。


それを超えていくのは生半可なことではない、だが元々生半可な旅ではないことは理解して私は送り出したんだ、なら今更ビビるな。


信じるぞ、エリス…お前ならきっとバシレウスという厄災をも超えて、魔女に代わる存在へと成長してくれる事を。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  やはり魔女は別格ですね。弟子組の戦闘を見た後だと際立ちます。……というか最低でも覚醒上位な敵幹部がふたりも処理されてるの弟子達の成長に影響しませんかね? [気になる点]  『旋風圏跳』が…
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