391.魔女の弟子と星魔剣が目指す最果て
「本当に本当に、ありがとうございました。エリスさん…みんな」
プリシーラのライブは無事終わり、盛り上がりも喧騒も昨日の夢の如く立ち消えいつもの日常が戻った理想街チクシュルーブにて…エリス達とプリシーラさんは最後の挨拶を述べる。
プリシーラさんの護衛の仕事はこれで終わりだ、護衛を終えたならばエリス達はまた別の場所に旅に出なければならない。ラグナが持ってきた黒鉄島の情報を精査する為に一度アマデトワールに向かって調べなければ。
だから、ここで彼女とはお別れだ。時間にして一ヶ月もない旅路だったけど…それでもその間ずっと一緒に晩御飯を食べた間柄でしたからね。お別れの挨拶は大切です。
「みんなのおかげで…私、成長出来ました。この恩…絶対忘れません、また何処かで会ったらその時は必ず恩返しさせてください」
「そんなかしこまらなくてもいいさ、でもそうだな。俺達もマレウスでの旅を続けるつもりだからいつかまた会うかもな」
エリス達は既に馬車にて待機し出発を待つばかりとなっている。そんなエリス達の馬車に駆け寄ってきたプリシーラさんは繁々と頭を下げている。
最初の頃に比べれば随分態度も軟化した、その分余裕ができて成長出来た…と言うことなのだろうな。
「しかし、いいのか?我々はこれからアマデトワールに向かうが…」
「いいんです、私はこれから母と一緒に王都サイディリアルに向かいます。冒険者協会の本部で今後の活動についてお話しします、これからも…私は歌っていたいから」
メルクさんの問いに静かに首を振る、母マンチニールさんはここにプリシーラさんの歌を聞きに来た。ならライブが終わった以上帰るのは当然…そこにプリシーラさんも同行すると言うのだ。まぁつまり、言ってみれば彼女は家に帰るんだ、家出をやめて母と真摯に話し合うために。
序でに本部に行って色々と話し合うんだろう。彼女が国外へ逃げることを選んだのは半分勘違いだがもう半分は協会の扱いの悪さがあるしね、そこに対して何も言わずにスッと姿を消すより話し合いをした方がよほどいい。
「そうか、これからもマレウスで…か」
「はい、また各地でライブも開きます、これからもファンのみんなの誇りとなれるように努力します。みんなが守ってくれたこの身を少しでも多くの人の役に立てたいので」
「立派だな、十分だ」
その答えにメルクさんもご満悦だ、エトワールに逃げ出すより余程いい答えにメルクさんは腕を組み目を伏せ頷く。立派、十分、その通りだろう。
「…ナリアさんも本当にありがとう、貴方の指導のおかげで私もっと歌える、もっと踊れる、またいつか貴方ともステージに上がりたいな」
「いいですね、僕もプリシーラさんと一緒に歌いたかったです、出来ればその時は…」
「?、その時は?」
「……いえ、なんでもありません」
ナリアさんとしては、名前を偽らず本当の自分としてプリシーラさんと一緒にステージに上がりたいんだろう、実際には難しいだろう…少なくとも今は。それらが叶うのは全部終わってラグナ達がマレウスとの話し合いを済ませた後だろうな。
「みんなには、一人一人お世話になって。お礼を言い尽くしたいけど…そうすると日が暮れちゃいそう。みんなの足枷にはなりたくないから…最後に一つだけいい?」
「ああ、大丈夫だぞ?」
「じゃあ、…エリスさん」
「え?エリス?」
「うん、私のライブ…どうだった?」
おずおずと、エリスの顔を伺いたてながらそう問いかける彼女の問いに。自然とみんなの視線もエリスに集まる。どうだった…か、そりゃあ良かったですよ。彼女には歌を歌っていて欲しかったし、そんな歌を聞きたいとエリスは望んでいたわけですから。
…でもそれは、ハーメアとの同一視があったから。でももうそれはしない、それは彼女に対して失礼だと気がつけたから。
だから…だから。
「…いい夢を見させてもらいました」
夢だ、エリスの幻想も夢想も含めて良い夢だった。プリシーラさんの未来への願いを込めた『今よりも良いものを』と感じさせる夢も含めて良い夢だった。
それらを見せてくれたことに、感謝する。
そんなエリスの言葉を聞いたプリシーラさん、静かに微笑み。
「良かった、貴方にそんな顔をさせられたなら…私にも出来ることがあったんだなって感じられるから」
「え?顔?」
「うん、顔。エリスさんは笑ってる方がいいから」
そう言われて顔を撫でる、確かに…笑ってる。うん…笑ってる、だって…いいものを見せてもらったのだから、楽しいと思える体験をしたのだから、その事実を記憶できたのだから。エリスは…うん、あの時間はとても幸せな物だったと断言出来る。
それが顔から溢れて落ちていたことにようやく気がつく。笑えていることに。
「それだけ、じゃあねみんな。また何処かで」
クッ!と手を振って背中を向けて去っていく彼女の背中を八人で見送る。今までずっと守ろうとしてきた彼女がああやってエリス達の元を離れていくのを見ると…いよいよ仕事が終わったんだなぁと感じさせられる。
…これで、この依頼も終わり…か。ここでの戦いは終わりエリス
「なんつーか、感慨深いモンだな。最初会った時はサイテー女だと思ったけど。意外にいいやつだったし」
「も〜!アマルトったら〜!そんなこと言ってわりかし最初からプリシーラちゃんの事メチャクチャ気にかけてたじゃん!昨日もなんかしてたみたいだしさぁ〜」
「うっせぇチビ」
「ァんだとッ!モッぺん言ってみろや!!!」
「喧嘩するなデティアマルト、でも…感慨深いのはそうだな」
ラグナが再び視線をやる頃にはプリシーラさんは街の門をくぐって中へと消えていった、思えば最初は確かにワガママ娘で飛んでもないやつだと思いもしたが。一緒に旅をしてみれば意外に可愛くて使命に真面目なところがあって、いい子ではあった。
「また、会えるといいね」
寂しげな空気が漂う中ネレイドさんが口を開く。誰も答えないが静かに頷き布が擦れる音だけが響く…、また会えるといいねか。ふふふ、大丈夫ですよ。
「大丈夫ですよ、絶対会えます。エリス達は国を出るわけじゃないんです、旅を続けてればきっと会えます。だって…国を出て世界中バラバラであるはずの友達と今こうして旅を出来てるんですから、国の中にいるなら簡単に会えますよ」
旅が終わり、別れを経験するのは今に始まったことではない。そうやって国を出てもう二度と会えないかもしれないと思って手を振りあったみんなと今こうして一緒にいるんだから…またすぐに会えますよ。
「…エリスが言うと、確かにそんな気がする」
「言葉の重みがちーげなー」
「本当だよな、エリスとまたこうして会えてるもんな」
「別れには再会がセットですからね、エリスさん!」
「なんなら会いに行ってもいいですね、エリス様はほっとくと三年くらい会いに来てくれませんし」
確かに〜と肯定の言葉と共に肘でコツコツと四方から突かれる、あれれ…おかしいぞ、いいこと言ったつもりなのに恥ずかしくなってきた。というか会いに行かなかったのはごめんって言ったじゃん…。
あー!もー!
「からかわないでくださーい!それよりもうアマデトワールに行きますよー!エリス達には制限時間があるんですから!」
「確かに!そういやそうだった。最初の一ヶ月でなんか納得しちまったけど俺たちまだマレフィカルムの影を掴めてるかどうかもわからねぇんだった!」
「ああ、早めに帰れるならその方がいい、とっとと終わらせて帰るぞ!」
「よっしゃ!じゃあ早く出発するかー!」
ラグナが拳を掲げて再びエリス達は旅路に出る。エリス達の旅はまだ終わらない、その終着点がどこかも分からない、闇に包まれ星と星を繋いでいくような不確かな旅路。
だけど大丈夫、この八人ならやっていける。そう確信を得られた最初の一ヶ月にエリス達は更に勢いを強め…前へ前へと前進していくのだった。
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「で、プリシーラさんを護衛してチクシュルーブでお別れでして来たと。ライブも成功、狙ってた悪魔の見えざる手も崩壊…百点満点ですよエリスさん!」
あれから五日ほどかけてチクシュルーブから一直線にアマデトワールを目指して出発したエリス達は冒険者協会支部に到着し協会の幹部のケイトさんに報告をしていた。一応依頼主は彼女だし、依頼は達成したら依頼主に報告するのが常識だ。
しかし、ケイトさんに会えるのはエリスだけ。ラグナ達とは会わないとケイトさんが公言したことによりエリスは再び一人でこの部屋へと招かれた。
理由は一応『ほら、魔女大国の大王と面識があると色々アレですから。というか私が嫌というか…緊張でどうにかなっちゃいそうですし』だそうだ、ならメグさんやナリアさんみたいな一般市民はいいかと聞けば、もう面倒なのでエリスさんだけで。と言われてしまった。
まぁ、別にいいんだけどね。
「いやぁ〜助かりましたよエリスさぁ〜ん。あのライブツアーがポシャッたら協会の経営はガクーンと落ちて、また貧乏貧困暮らしに戻るところでした…」
「大袈裟ですね…」
「大袈裟なものですか、もしそうなってたら私も解任されてたかもですしね。私解任されたらこの歳で再就職先を見つけなきゃいけなくなるんですよ!?普通なら隠居しててもおかしくない年齢なのに!」
ケイトさんほどの人間なら普通にどこでもやっていけそうだが…そういうもんでもないのかな。
ケイトさん、プリシーラさんをもっと大切に扱ってくださいよ。彼女協会の扱いに色々不満を持ってましたから」
「あらそうでした?扱いに不満ですか…。すみませんね、我々もアイドルのプロデュースの経験はなかったもので。普通の冒険者と同じ扱いをしてしまいました」
…随分嫌味な言い方だな。あの扱いは他の冒険者と一緒だから我慢しろって言いたいのか?でもあの人は剣も握れないくらいひ弱なんだ。それを扱い利用するなら、それ相応の扱い方は心得てしかるべきだと思いますけど。
と言う顔をする、まぁ言ってみればムッとする。すると。
「あー…はい、分かりましたよ。そんな顔しないでください、貴方と喧嘩したくないので…私達も考えを改めます」
「分かりました、今彼女は本部に向かってるのでそちらの方で彼女を助けてあげてください」
「分かりました、…というか意外に義理堅いんですね」
「余計なお世話です」
さて、報告は終わったし…話を次に進めようか。
「それで、ケイトさんの方はマレウス・マレフィカルムの本部の場所は分かりましたか?」
これはエリス達の報酬だ、金ではない…情報を得るためにエリス達は彼女に協力したんだ。依頼を達成して、報告して、報酬を受け取る。このルーティンは変わらないだろう?そうケイトさんに述べると申し訳なさそうに頭を掻き。
「いやいや、流石に物の数週間じゃ分かりませんって。いくつか情報は仕入れましたけど…今はそれが確かなのか。確たるソースや信用に足る証拠を集める段階です、なのでもう少しお待ちいただければ有用な情報を渡せるかと」
「そうですか、…そういえば悪魔の見えざる手が言ってたんですけど。黒鉄島に奴らの本部があるそうですけど」
そう、エリスが口にするとケイトさんはやや眉を顰めて。
「調べたんですか?あなた達の方で調べるなら私の協力要りませんよね」
露骨に態度が悪化する。確かに契約の中にはエリス達の方から調べるのはやめてくれ…というものがあったが、正直それに意義を見出せていない以上エリス達がその約束を守る理由はあんまりない。守らせるだけの信用がまだケイトさんにはない…ケイトさんがエリス達をあまり信用していないのと一緒にね。
「別に調べてません、ただ向こうから勝手に言ってきたんです」
「どういう状況……まぁ、いいですけど。でも黒鉄島ですか…あり得るかもしれませんね」
「そうなんですか?」
「ええ、昔ならいざ知れず。今は無人島になってますからね」
んー、そうじゃないんだよな。ロダキーノが本部に出入りしてたのは二十年以上前…対する黒鉄島が無人島になったのは精々十五年前程。それまで普通に人が出入りして往来も多くあったと聞くし、黒鉄島が無人島だからという理由はあんまり意味はないんだが。
そこに尽きて懇々と話す必要はないかも知れない。
「それに今は曰く付きの島ですからね」
「曰く付き?なんかあるんですか?」
「知りませんか?…『マレウスの人魚伝説』」
「人魚…」
人魚か、確かリーシャさんの二つ名がそれだったな。下半身が魚で海を自由に動き回る亜人がマレウスの海にはいる、そして戦うリーシャさんの姿がまるで人魚のようだ…というところからその話は来ているらしい。その人魚の話の出所は黒鉄島だったのか。
「人魚はね、男の船乗りを歌で誘い出し海底に引きずり込んで食べてしまうらしいですよ!」
「食べるって…」
なんとも恐ろしい話だ、人と同じような姿をしていても同じ生き物ではないようだな。
「でもね、代わりに…逆に人魚を捕まえてその肉を食べると、いいことがあるらしいですよ」
「えぇ?いいこと?」
いやいや、仮にそいつらが人間を食べるとしても見た目は人間に似てるんだろう?よく食べようって気になれるな。しかもその肉を食うといいことがって…。
とい訝しむと、ケイトさんはこっそりと口元を手で隠しながらエリスに顔を寄せ。
「人魚の肉を食べると、海の上で死ななくなるそうです」
「は?」
「溺れることもなく、サメに喰われる事もなく、病にかかる事もなくなるそうですよ。海の上でならね」
「なんですかそれ、どういう原理で…」
「さぁ知りません、でもその肉を食べると二度と陸にも上がれないそうなので実質海に閉じ込められるようなものですね」
なんとも胡乱な話じゃないか、そもそも陸に上がれないのなら一体誰がその話を広めたというのだ。第一肉を食べただけでそんなことになるのは思えない。そもそも人魚の存在自体疑わしい。
「それ魔獣なんですか?」
「さぁ、そこは分かりません。だって人魚を確かにその目で見たことのある人間はいませんし、そういうのが居るかも知れない…って言う船乗りの証言だけじゃどうにもね。クローゼットの中のモンスターを倒してくれって依頼まで受ける程協会は切羽詰まってませんし」
「なるほど、だから人魚『伝説』ですか…もし本当にそんなのがいたら、確かに船で近づくのは怖いですね」
「そうですね、出回り始めた頃から船乗りに行方不明者が出始めて…人魚らしき存在の目撃情報も増え、みんな怖がっちゃ行って海洋調査の拠点が放棄された…という面もあります」
「そうだったんですね…」
だが、これはある別の考えたも出来る。例えばマレフィカルム達が黒鉄島を出入りする人達を追い出すために流した嘘の情報が人魚伝説、それを隠れ蓑に本部の存在に気がついた人間を裏でこっそり殺して行方不明者に仕立て上げて…結果的に海洋調査拠点を追い出した…うん。
これなら、筋書きも通る。なら一応調べてみる価値はあるか。
「…ケイトさん、エリス達その黒鉄島を調べたいです」
「え?ああ、分かりました。では冒険者協会としてもなるべく支援します…けど」
「けど?何か問題が?出来れば船だけでも用意して欲しいんですけど」
「その船の調達が難しいんですよ。黒鉄島へ向かうには現地の船乗りの協力が不可欠ですが。今黒鉄島に立ち寄ろうとする人間はいません」
「…人魚伝説のせいで?」
そうエリスが伺うと、ケイトさんは静かに首を横に振る。まだ…別の問題があると、そう言いたげな視線は静かにこちらを見上げ。
「言いましたよね、人魚伝説を恐れた船乗り達が黒鉄島を放棄した…面もあると、でも一応海洋調査は国が取り仕切るプロジェクトですよ?現地の人間が怖いです…って言っただけで停止するようなもんじゃありません」
「た、確かに…じゃあ他に何が」
「あの海、いやマレウス近海…黒鉄島周辺の海はとある海賊によって占領されたから誰も立ち寄れなくなったのです。調査のための船乗りもまとめてそいつにやられました、国が軍艦率いて討伐に向かっても全滅しました、もう手がつけられないから半ば放置している…だから現地の船乗りも近寄らないのです」
「……まさか、その海賊って」
聞いたことがあった、マレウス近海を縄張りとするとある海賊の話。マレウス近海どころかディオスクロア文明圏の殆どの海を自らの領域と定め支配する…絶対なる海の王者の存在を。
そいつの名前は、確か…。
「海魔ジャック・リヴァイア…、あの海は奴の縄張りなのです」
別名海洋最強の大海賊。海の上でならば将軍さえも退けると呼ばれる…三魔人の一角が、エリス達の旅路に大きな暗雲をもたらすのであった。
…………………………………………………………
「いぇーい!かんぱーい!」
「乾杯ってお前な、ミルクで良くそんな上機嫌でいられるなステュクス」
「へへへ」
相変わらずボロい酒場で俺とレッドグローブさんはジョッキを酌み交わす。姉貴に殺されかかって数日、普通なら全治数ヶ月の怪我を負った俺もあのポーションのおかげで全快。全ての問題を解決した俺とレッドグローブさんは記念に一緒でカジノで大暴れ。
するとこれがノリに乗ってまぁ大儲け出来たもんだから、こうして一緒にお別れの小さな飲み会を開いてるってわけよ。
「にしても意外だな、お前ギャンブル得意なんだな」
「得意ってか、まぁマイナスにしないよう立ち回るコツを知ってるだけっすよ。前はとにかく資金難でしたからね、偶にカジノに入って宿代賭けて稼いだもんですよ」
「綱渡りみたいな生活してたのはお前…」
だからやめたんだ、あんな綱渡り生活二度とごめんだってんで安定した職についたらあれよあれよとえらい事になっちまった。まぁでもいいんだ、風向きはいい方に向かってる。
結局姉貴とぶつかり合うことにはなったけど、殺されることはなかった、ってことはあの人も人並みの情があるってことだ。それが分かっただけでも殴られた分の儲けはあったし、マレウスに来た意味はあった。
ま、まぁ…次会っても同じように見逃してもらえる保証はないわけだが…。そこはメグさんに期待しよう。
「…ありがとうな、ステュクス」
「ん?なんすか?」
すると、レッドグローブさんが俺の目を見て恥ずかしそうに酒を飲む。なんだろう…もしかしてこの人、俺に奢ってもらう気か?
「奢りませんよ、ここワリカンっすからね?」
「そっちじゃねぇ、…俺を助けに来てくれたこと。過ちを正してくれたことさ」
「ああ、そっち…ってその話は方したでしょ、俺が勝手にやったことで。あれは俺の価値観の問題なんですから」
「だとしてもだ、態々街にとどまっていたのも…そのためなんだろう?」
「ま、まぁ…」
そうだな、うん…俺が残ってモヤモヤしてたのは、レッドグローブさんが死ぬつもりなんじゃないかって部分が引っかかってからだ。それでもレッドグローブさんを止めに行かなかったのは…踏ん切りがつかなかったから。
俺の勘違いなんじゃないか、そもそも俺に止める権利とかあるのか、第一どうやって止めるの?という思考が挟まり止めには行けなかった。まぁその場面を前にしたらそんなこと言ってられなかったんだけどね。
「もう死なないでくださいよ、あんなこと二度としないでください」
「分かってるよ、お前に助けられた命だ…これからも冒険者として働いて、少しでも多くの人達を救って生きていくよ。その道を選ばせてくれたこと…感謝する!」
一気に酒を仰ぎ飲み、そのままの勢いで俺に深く頭を下げてくれる。別にこの人に頭を下げさせたかったわけでもないし、感謝されたくてやったわけでもないと俺のニヒルな部分が嘯くが。
でも、嬉しい…救えたんだな。俺は…この人を。
「俺にも出来る事がまだあるなら…生きていく。けどよステュクス」
「なんです?」
「お前はこれからどうするんだ?」
「これから…」
どうするって…どうしよう。最初はサイディリアルに向かうつもりだったけどメグさん曰くアド・アストラは俺を狙ってないらしい、姉貴のことはあるが…あの人が俺を見逃したってことは別に追いかけ回してるってことはないんだろう。
なら慌ててサイディリアルに向かう必要はないのかもしれない。
……けど。
「俺は仲間と合流してサイディリアルに向かいます」
「そうか、分かったよ。また会えるといいな」
「はい、そん時はまたよろしくお願いします」
サイディリアルに向かう、当初の目的が無くなったにせよ…やっぱり一度行っておきたい。今の俺はあまりにも弱い、実力的にも立場的にも。それが強くこのチクシュルーブで実感出来た。
だから、アイツに会って…少しでも強くなろう、そして自分で何かを解決出来る立場を得よう。そうなった時…悲しいかな、俺に頼れるのはあの人しかいないんだ。
「じゃあなステュクス、達者でやれよ。…あん時のお前かっこよかったぜ」
「えへへ…」
「…………、俺もお前みたいに真っ直ぐだったら、…アイツを、デッドマンを…あそこまで歪ませる事も、なかったのかもな」
「へ?」
そう何かを呟いた後レッドグローブさんはコートをたなびかせ去っていく。その背中には…あまりにも多くの物が乗っている気がした。そして同時に背中は語る…こうはなるなよ、と。
「………………はぁ」
一人残された俺はミルクをチビチビ飲む。しかしなんかドッと疲れちまったな…一気に物事が解決しすぎて、宙ぶらりんな状態だ。俺の人生これからどうなるんだろう。
カリナ達は上手くやってるかな、ウォルターさんには迷惑かけたな、リオスとクレーはいい子かな。みんなに早く…会いたいな。
「俺も、行くかな」
みんなと合流しよう、そう思い立ち懐からミルク代を取り出し立ち上がろうとした…その時だった。
「失礼します」
「あ?」
そう、声がした。酒場のスイングドアを開きながらこの粗雑な場末の酒場には不釣り合いな上品な声が。その声に反応して酒場で呑んだくれる酔っ払いが目を向け…。
「うぉっ!?」
「マジか…」
「なんで…」
一気に酔いが覚めた…とばかりに青い顔で椅子から落ちそうな勢いで姿勢を崩す、そして当然…俺もまた口をあんぐりと開けて目を見開く。その声と姿にあまりにも見覚えがありすぎたから。
「な!?お…お前、なんでこんな所に」
「えっと…あ、やっぱりここにいた。ステュクス」
「い、いやいや!なんで!」
そいつは俺の顔を見るなりパタパタと両手を嬉しそうに振って、トコトコと白いドレスで風を切ってこっちに駆け寄ってくる。けども…いやいやいや!お前こんなとこで何してんだよ!なんでこんな所にいるんだよ!お前が!
「うふふ、ようやく会えましたねステュクス、ずっと…その、えっと…ずず…ずっとあ、あいあい…会いたかったです」
「メチャクチャ噛むな…、大丈夫か?疲れてんじゃないのか?」
「大丈夫です!ほら!こんなに元気!」
ムッ!と両手の力こぶを強調するが、あまりにも非力、めっちゃ腕細いじゃんかよ。相変わらずのへっぽこみたいだな…。
「…なぁ、なんでこんな所にいるんだよ」
「えっと、本当はここで開催されるプリシーラちゃんのライブを見に来る予定だったんだですけど…もう終わってしまったみたいで」
「あー、数日前にな」
「残念です、けどさっきプリシーラちゃんに会った時…言われたんです。自分を救ってくれた人の名前を…エリスという方と、ステュクスという金髪の剣士がいたって」
「ぷ、プリシーラのやつ…」
救ってくれたって、別に俺はなんもしてねぇのにな。いや檻からは出したか、なら助けたことになるのか?分からん。
「それを聞いて私、ピーンときました。貴方なら困ってる人がいたら放っておかない。私の時のように助けてくれるって…だからこの街に貴方がいると思って探したんです」
「そうだったんだな、態々会いに来てくれるなんて。たははちょっと照れるな」
「えへへ、貴方がこの国を離れると聞いた時は…ちょこっとですけど寂しかったんですからね。でもこうして戻ってきてくれて私とっても嬉しいです」
そう言いながら両手の指を合わせてモジモジと揺れる『彼女』を見てなんか頬が熱くなる。こうして会うのは一年ぶりか。あれから立派にやれてるみたいで嬉しいし、なんなら俺の事を覚えていてくれただけでも嬉しいよ。
「まさか、俺の事を覚えておいてくれてるなんてな」
「え?」
「てっきり忘れられてると思ってたよ、まぁこっちから会いに行くつもりでは会ったんだけども…」
「どういうことですかステュクス!私が貴方を忘れる!?そんなことな…え!?貴方から会いに!?も、もう!怒っていいんだか喜んでいいんだか分からないので感情を揺さぶる時は一種類でお願いします!」
「何言ってんだお前…、いやだって当然だろ」
俺の事を忘れてると思うのは当然だろ。だってこいつは…。
「だってお前は、この国の王…レギナ・ネビュラマキュラなんだから、俺みたいな一介の冒険者を覚えてるわけがないだろ」
白い瞳、赤い目、そしてお飾りの小さな王冠と純白のドレスを身に纏った美麗なる少女。彼女こそがマレウスを統べる当代の王…レギナ・ネビュラマキュラだ。
突如行方不明になった先代国王にして兄であるバシレウス・ネビュラマキュラに代わり突如国を任されることになったレギナとの出会いは一年半くらい前。
レギナが王になる事を承服しない者達から差し向けられる刺客を俺が追い払った事からレギナと知り合えたんだ。最初は夜中外を出歩いていたら暗殺者に襲われてるレギナを見てさ、そん時はエクスさんも近くにいなくて…俺が咄嗟に戦ってレギナを守ったんだ。
それから彼女から正式に依頼を受けてエクスさんが戻ってくるまでの一週間戦い抜いた、毎晩毎晩…徐々に強力になっていく刺客の群れを撃退し続け、俺はこの国の王を守り抜いたんだ。
とはいえ表向きに公表すれば今度は俺が狙われかねないから正式に表彰してもらってはいないが、それでも俺はレギナに貸しがある。その貸しを頼りにしてサイディリアルに向かうつもりだったんだ。
「忘れるわけありませんよ、貴方が私を守ってくれたおかげで…この国は奴らに乗っ取られずに済んだのですから。それに…何より命の恩人ですし、戦ってる貴方はその…か…カッコよ…ごにょごにょ」
「?、まぁ…でもそうだよな、レギナはしっかりした奴だから。そういうところは忘れないか。あはは」
「うう…」
「ってかエクスさんは来てないのか?」
「外で待ってます、…ねぇステュクス」
「ん?なんだ?」
ふと、決意を秘めたような顔をするレギナに思わず表情が硬くなる。なんだ?どうしたんだろう。こんな真面目な顔をするなんて…何が。
「実は、貴方がこの国に来ていると聞いて。また依頼をしに来たんです」
「お、俺に?一応冒険者だからその…依頼は協会通してもらえるのがありがたいんだけど」
「ダメです、協会は信用出来ません。この国で信用出来るのはエクスだけです…何より、これからの戦いを思うなら、私達だけじゃあまりにも力が足りない」
「……戦い?」
「はい、…ステュクス。また私を…いえ、このマレウスという国をまた救ってくれませんか?今私達が直面する問題を解決するには…貴方の力が必要なんです」
それは、レギナからの…新たなる誘い。『俺の冒険』が…『俺達の戦い』へと変革した瞬間であり…。
世界を二分する大決戦…その中間に生まれた小さな光から手を差し伸べられたのであった。
……………………第十二章 終