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388.決戦 孤独の魔女の弟子エリス


『いいかステュクス、例えどれだけ強い力を手に入れようとも如何なる理由を手に入れようとも。人は殺すなよ?』


俺に剣を教えてくれたヴェルト師匠は都度都度俺にそう語った。最初は『人を殺さないなんて当たり前のことだ!』と思っていたが、次第に大きくなりにつれ師匠の言葉に違和感を覚え始めた俺は…こう質問した。


じゃあなんで剣なんて教えてるんですか?と。


剣なんて殺すための道具だ、刃を磨いているのは肉を斬る為だし腕を磨いているのは骨を断つ為だ。そんな道具を使った技術を教えといてセットで不殺の心得もお出ししてくるなんておかしな話だ。


だが師匠は揺らぐ事なくこう答えた。


『剣は、殺す為の道具じゃない。人が勝手に殺す為の道具にしてしまうんだ。剣を持つ人間が望めば…剣は何かを守る道具にも何かを勝ち取る道具にもなる。結局は剣を持つ者の心構えだ』


剣を使って殺すことしか出来ない奴になって欲しくない。剣は持ち主の生き様そのものなのだからと語る師匠の目はひたすらにまっすぐで…憧れるくらい実直だった。


『それにステュクス、お前は軍人でもなければ騎士でもないだろ?お役目の為に剣を振るうわけじゃない。ならお前はお前の信じる道の為に剣を振ればいい、自分勝手でワガママな剣…それはきっと騎士には出来ない誰かを救う剣になり得るんだ』


誰かを救う剣、人を殺す剣では選ぶことが出来ない道。


その時俺はその意味を本当の意味では理解してなかった。人を殺さないからなんなんだ、誰かを救うからなんなんだ、ただ耳障りのいい事を格好をつけて言ってるだけなんじゃないかって。


けど違った、今なら胸を張っている。自分は大事な一線を超えていないと…そして、その一線を前に踏みとどまっているからこそ、『向こう側』に落ちようとする人間を助けることができると言う事を。


…人は殺してはいけない、殺せば戻ってこられなくなる。殺せば…大事な何かを失ってしまうんだ。


……………………………………………………………………


(はぁ、時間巻き戻せるなら巻き戻してェ〜…)


ギリギリ両手で剣の柄を握り締め、必死の面持ちで俺は目の前で猛る怪物となった姉貴…エリスと向かい合う。


もう顔が怖い、信じられないくらいキレてる。まぁこうなったのは半分くらいレッドグローブさんが悪いんだがな。


何故こんな状況になってしまったか、それは全てレッドグローブさんの個人的な復讐計画にある。いや復讐計画とは言うが殺すのは自分じゃない、むしろ殺されるのが自分という世にも奇妙な復讐劇だ。


彼は贖いを求めていた、自身の罪を理解するキッカケになったハーメアの血を継ぐ人間から、恨まれ刃を向けられ復讐される事を望んでいたんだ。だから俺がハーメアの息子と知った時も俺に殺してくれと懇願してきた。


だが、言ってみれば俺はオマケというか…意図しない存在であった事に変わりはない。レッドグローブさんの本命はエリスだ、つまり姉貴に自分を殺させるつもりでこの人は動いていた。


この場に至って本性を現した事態の黒幕を装いつつハーメアの件を告白しエリスの怒りに火をつけ爆発させる。それによって…エリスに自分の事を殺させ、ハーメアの恨みによって死ぬ事を望んだ。


くだらない、どいつもこいつもくだらない。もう居ないの人間への贖いのために死んでどうする、もう居ない人間のために殺してどうする。一体この伽藍堂の復讐の果てに笑うは誰だ?誰もいない。ならやらないほうがいいのは明白。


なのに二人とも引く気配がない。だから…止める、姉貴を止めてレッドグローブさんの妄念を止める。


誰も死なせてたまるか、誰にも殺させてたまるもんか!


「す、ステュクス…お前」


「レッドグローブさん!あんたなに勝手なことやってんだよ!」


「俺は…」


「あんたがやろうとしてる事、何か分かるか?人殺しの手伝いだよ!他人に罪を背負わせようとしてるんだよ!あんた…自分が罪の重さに耐えかねてるからって、その十字架を誰かになすり付けようとするんじゃねぇよ!」


「ッ……!」


エリスから目を離さず背後のレッドグローブさんを怒鳴りつける。俺はレッドグローブさんを守るつもりだけどな、レッドグローブさんにもキレてんだぜ。なに人んちの姉貴を人殺しにしようとしてんだよ。


そりゃあんたはいいだろうよ、ここで死んでそれまでなんだから。でもエリスはどうなる、アンタを殺した十字架を一生背負うことになるのか!?アンタのその勝手な思い込みのせいで?


ふざけんな、ハーメアを攫った件については今までの贖罪から考えて俺は許してもいいと思ってるけどそれはそれとして罪滅ぼしのためにワザと殺されるのは話が別だ。死ぬくらいなら生きろ!そっちの方が余程高潔だよ!


「俺は…俺は…」


「とりあえず、こっちから言えることは以上です。俺今からアレの相手しなきゃいけないんで隅っこの方によっててください」


レッドグローブさんはとりあえずこれでいい、この人は口で言えばそれで終わるからいい。問題はこちら…姉貴の方だ。


「ステュクス!どういうつもりですか!そこを退きなさい!」


「退いたらあんたレッドグローブさんを殺すだろ?嫌だね、絶対退かない」


目がどう考えても普通じゃない、まるで何かに囚われてるみたいだ。恐れるような目…泣き怒るみたいな目。…こんな目…昔見たことあるな。


まぁ今はいい、それより状況の最悪さ加減と来たらどうだ!ノリと勢いで出てきちまったが具体的に出来ることなんかあるのか?俺に姉貴を止められるのか?


星魔剣を使った実力行使で!…と言いたいが、それは無理だろう。


だって見てみろ、今しがた俺をボコボコにして圧勝したはずのデッドマンがそこの瓦礫のベッドで眠ってる。


姉貴にやられたんだろう、左手は弾け飛び右手は根本から折られ両足は切断されている。馬車にでも轢かれたのかよって勢いの傷だ。しかも姉貴には明確に傷も消耗も無い…あのデッドマンを相手に余裕の圧勝をしてみせる女を相手に俺に何が出来るんだ。


(でも、俺が退いたら姉貴はレッドグローブさんを殺す…それだけは看過出来ない)


姉貴はレッドグローブさんを殺すだろう、レッドグローブさんもそれを望んでいるし煽り立てられた姉貴はレッドグローブを殺さなければならないという強迫観念に囚われている。


もし姉貴が殺せば、人殺しだ。


もしレッドグローブが殺されれば、彼の贖罪はそこで終わる。


もし…俺がここで退けば、俺はそんな二人を見過ごしたことになる、きっと俺も…一生後悔する。


だから死んでも…退かない。


「そこに居るのは、ハーメアの仇ですよ…ハーメアを奴隷にした張本人ですよ!それを庇うんですか!」


「だから母さんは病死だ!誰かに殺されたわけじゃ無い!」


「同じなんですよ!そいつのせいで死んだようなものなんですから!」


「ンな事言い出したらキリないだろ!それにレッドグローブさんは今日までその贖いとして数多くの人助けをしてきた、彼なりに償おうとしてるんだよ!」


「それがなんだというんですか、今の善行で昔の行いがチャラになるとでも?」


「今の善行が昔の行いでチャラになるとも思わないだけだ」


「……ふぅ〜…」


姉貴はビキビキと青筋を浮かべたまま大きく息を吐き顔を手で覆う。徐々にレッドグローブさんから俺に標的が移りつつある。俺に対する怒りの方が強調されつつある…よしよしいいぞ、レッドグローブさんは放心しながらも俺に押されて部屋の隅で天を仰いでるし。


…さて、どうしようかな!どうやったら誰も死なせず殺させず事を収められるかな!何にも考えてないや!


「つくづく、貴方とは気が合いませんねステュクス…」


「…の割にゃあっちこっちで会うよな、俺達」


「本当に、エリスは貴方以上に煩わしい存在を知らない。エリスは悪魔の見えざる手を許しません、ハーメアを攫い人生を破壊し殺した連中を許しません、子供達を攫い傷つけた存在を許しません。その大元というならレッドグローブもまた潰すまで…そして」


ビリビリと電流の迸る指先が俺を指差し、ギロリと刃のような目が俺の胸を貫くように睨め付ける。


「邪魔をするなら、お前も殺す」


「なら俺は誰も殺させないし死なせない、あんたにも人殺しはさせない、俺も死なない、止めてみせる!」


「貴方に出来ますか?それが!『旋風圏跳』!」


刹那、爆裂するような風が姉貴を包み込み…その姿が消えた。


「ッッ!?は…速えぇ〜!?」


違う、飛んだのだ。広間の壁を跳弾するように乱反射し部屋中に靴跡をつけながら恐ろしい速度で加速して飛び回ってるんだ。速い…あまりにも速すぎる、そもそもの前提として目で追えない。


アマデトワールで戦った時のアレもまだ全然本気じゃなかったのか!


「魔術を無効化出来るから…勝てると?」


「ッッ!?」


気がつけば俺の体は壁を砕いて廊下に弾き飛ばされていた、側面から殴られたか蹴られたか…ともかく凄まじい衝撃がすっ飛んできた。今この場にあっても何をされたか、何が起きたかも分からない。


勝負にならない、わかってた事だ。デッドマンに勝てない俺がデッドマンを捻り潰す姉貴と真っ向からやって勝てるわけがない。


こりゃ何か作戦がないとやばいかも。


「ッ〜!何いい気になってんだよ!速く動いて小突いただけでもう勝ったつもりか?そんなヘロヘロパンチ何発食らっても痛くも痒くもねえよ!」


「キックですけど」


「へなちょこキックなんか痛くも痒くもねぇよ!!!」


「はぁ…」


あ、呆れられてる…。慌てて瓦礫を蹴飛ばして部屋の中に戻るとエリスが部屋の中央で待っていた。


さて、色々と考えなきゃいけない事が多くあるが…それ以上に急務で進めなきゃいけない事が一つある。


それは…。


(どう終わらせるか…)


この戦いの着地点を考える。まず普通に斬り倒して勝つってのは無理だ、ちょっとレベルが違いすぎる。説得して落ち着かせる…これも無理だ、あの人は俺の話を聞かない。


なら、どうする?姉貴がこの場を引かざるを得ない状況を作ればいいわけだが、力でも言葉でもそれは難し────。


(いや待てよ、確かここって元々鉱山だよな…)


この廊下とか、部屋とかも、元々はこのプラキドゥム鉱山を掘り進めた結果生まれた空間に過ぎない、そしてここが放棄されたのは…崩落の危険性が指摘されたから。


だったら。


(この鉱山を崩落させたら、流石の姉貴も退かざるを得ないんじゃないか?)


いくら姉貴でも山が崩れれば撤退するしかないだろう。とはいえ心配事はいくつかある…まずはプリシーラ、今はすぐそこの物陰に隠れているがアイツが崩落に巻き込まれて死んだら元も子もない。


それに姉貴の仲間や他の捕まってる人、レッドグローブさんとこの山の中には多くの人がいる。それらを巻き込まないようにしないと、と言うかそれ以前に山を崩すとなると…。


(そういえばさっきそこを通る構成員が爆弾で吹っ飛ばすとかなんとか言ってたような…、あるのか?この城にも証拠隠滅用の爆破機構が…。根底からこの城を崩すとなると爆弾は恐らく地下の…)


「何をボーっとしてるんですか?」


「や、やべっ!?」


気がつけば目の前に姉貴がいる、というより一瞬で距離を詰められた。ダメだ、考える時間が足りない!


咄嗟に剣を盾のように構えれば、足元が揺らぐ程の拳が飛んでくる。重い…あまりにも重い、魔術抜きの近接戦でここまで強いか!


「グッ!今の貰ってたら俺死んでたんだけど!?」


「分かりませんか?エリスは貴方を殺すつもりですよ」


「俺のことも殺すつもりか?あんた…そんなに残酷な人なのかよ」


両拳を顔の近くまで上げる構えでステップを踏み、怒涛の乱打を繰り広げる姉貴の攻勢を、剣を振るいなんとか切り抜ける…というか切り抜けている風を装う、普通に防ぎ切れず危うく激突しそうになるそれをションベン漏らす勢いで回避しとにかく被弾だけは避ける。


拳に殺意が乗っている、そんなに俺が憎いかよ、姉貴。


「分かりませんか、いい加減煩わしいんですよ…貴方の存在そのものが!」


「そう言われましても!」


「魔女を寄生虫だなどと口にするお前がエリスの弟だなんて、思うだけでも腹が立ちます」


「き、寄生虫?そんなこと俺言ってないだろ!?」


「言いましたよ!ソレイユ村で!」


「何年前の話だよ!?」


「何年前でも同じですよ!」


「グェッ!?」


足元が爆裂するような蹴りが俺の鳩尾を叩き体が一回転し地面に叩きつけられる。ぐ…苦しい。


けど、…すげぇ記憶力だな。俺ソレイユ村で姉貴に会った時のことなんかもう殆ど覚えてねえよ。ただ怖かったことしか覚えてないよ。


だがこれが、今姉貴を暴走させる要因なんだろう。


『魔女の弟子エリスは一度見た事を聞いた事を経験した事を二度と忘れない』


その噂通り、姉貴は常軌を逸した記憶力を持つんだ。記憶ってのは薄れるものだ、過去の記憶が薄らいだ時人間は初めて前に進む事ができる。どんな怒りも憎悪も時の流れが注いで人は前を向くことが出来る。


それが出来ないんだ…姉貴は。絶対に忘れることが出来ない姉貴の精神は、未だに奴隷だった頃から進んでいないんだ。


俺や、レッドグローブさんや、デッドマンが過去の出来事として捉えているハーメアの事件。もう過ぎ去った出来事が中心のこの諍いの中で…ただ一人、姉貴だけが未だに当事者のままなんだ。


(俺が昔のことだからってレッドグローブを許せたような事がこの人には出来ないんだ、だってこの人にとってはまだ昔のことではないからだ。一生過去にはならないからだ…!)


この怒りは、当時のままの物なんだろう…。確かに俺はこの人がどんな経験をしたかなんて分からない…けどさ。


「姉貴…、あんた意外と可哀想な奴だな。今…初めてあんたに同情したよ」


「いきなり何言ってるんですか、貴方は」


許せないってのは、ずっと苦しみ続けるって事なんだ。折り合いをつけるってのは、怒りから解放されるって事なんだ。


それが出来ないこの人は、怒りから解放される事なく永遠に囚われ続けるんだ…。そう思えば同情も出来るってもんだよ。


「……姉貴、何度でも言うぞ。ハーメアは死んでるんだ、今更何をしても誰も報われない、あんたも含めて誰もな」


「うるさい…」


「誰を何度何人殺そうとも、誰がどこで何人死のうとも、何にも変わりゃしないんだよ…!」


「うるさいって言ってるでしょう」


「あんただって分かってんだろ!レッドグローブを行き場のない怒りのはけ口にしてるだけだ!ハーメアの死を怒りをぶつける理由にしてるだけだ!今のあんたは…ただ折り合いがつけられなくて暴れてるだけだろ!」


「お前は!」


倒れ伏した俺に向けて姉貴が足を振り上げる。この頭蓋を振り割ろうと。黙らせようと怒りを向ける。だが───。


「ッッらぁッ !」


「なっ!?」


待ち構えていた、足を振り上げ片足になった姉貴の足元に向けてそのまま体を回転させて足を払う。


もし、この絶望的な戦いの中に…唯一俺にとって有利に働く点があるとするなら、姉貴が全く冷静じゃないところにある。キレて冷静さを欠いているなら漬け込める隙もある!


「いい加減止まれよ!あんたは何がしたいんだよ!」


「ッッ!」


バランスを崩す姉貴とは対照的に立ち上がり剣を振るう。足を滑らせるように態勢を崩しながらも迎え撃とうと拳を握る姉貴に向けて…俺は。


「『魔衝斬』ッ !」


「ぐっ!」


魔力による斬撃を放つ、けどこれがびっくりするくらい硬くてさ。何かってあのコートがだよ。信じられないくらい斬撃に対して高い耐性を持つのか全く刃先が通らず姉貴を吹き飛ばすだけで傷を一つとして与えられない。


けど!当たった!攻撃が!


「チッ!魔力防壁も切り裂く斬撃ですか…厄介な!」


「頭冷やせよ!バカ姉貴!」


「姉貴姉貴って…エリスを姉と呼ばないでください!」


クルリと即座に起き上がったかと思えば、再び風による加速を用いて…気がついた時にはすでに俺の懐に姉貴の拳が突き刺さっており、思わず胃液が口の端から溢れ出す。


「ぅぐッ!」


「何が仇を取っても意味がないですか、何が報われないですか!だったら!このままレッドグローブを生かしたら!悪魔の見えざる手に罰が下らなければ!ハーメアの苦しみと悲しみは何処へ行くんですか!」


「だから、それは…うっ!?」


残像を残す乱打は俺の視界を埋め尽くし右へ左へ体を揺さぶられる。それはまるで嘆きだ、止めどなく溢れるエリスの落涙そのものだ。その目が映すのはきっと俺ではなく…。


「辱められたハーメアの尊厳は!?失われた彼女の夢は!?本来歩むべき道を歩まず望まぬ男に全てを踏み躙られた彼女の苦痛を…一体誰が掬い取るんですか!」


「それが…レッドグローブを殺すことか!」


「そうです…!ハーメアの悲劇とエリスの過去を知らないお前が偉そうに道徳を語るなッッ!!」


そりゃあそうだ…ってのが正直なところ。エリスに蹴り上げられ何度目かのダウンを取られた俺は言い返す事も出来ず地面を転がる。


俺はハーメアの幸せだった頃の顔しか知らない。奴隷となって牢獄に囚われていた頃一緒にいた姉貴の言葉を否定する権利は本当だったらないのかもしれない。


もしかしたら本当に、ハーメアは心の何処かじゃレッドグローブへの復讐を望んでいたのかもしれない。


俺がやっている事は、ただの道徳心からくるお節介なのかもしれない。


「ぅ…ぁ…」


「邪魔なんですよ。幸せに生きてきた貴方に…エリスの怒りなんて分かりっこないんだから」


倒れ伏した頭の上に姉貴の言葉が降り掛かる。分からないよ…分からないさ、俺は確かにハーメアと幸せな時間を過ごした、そこは絶対に否定しない。


……それでも、いいのかよ。姉貴はそれで。


「貴方は後です、先にあちらを片付けます」


「…………」


俺を置いて姉貴はレッドグローブを見遣る。俺の言葉を受け…迷い想い立ち尽くすレッドグローブを殺す為に。歩み出す。


「お前が、ハーメアを攫った張本人、地獄へ落とした犯人だな」


「……ああ」


「そうか、なら…!」


あんたはそれでいいのか姉貴、確かにあんたは悲劇の中生まれその幼少期は惨憺たるものだったろう。俺よりも辛い目を見てきたのは事実だろう…けど。


「い、いやぁ〜…強いな姉貴。俺もさ…色々修行して強くなったつもりだけど。まるで敵わないや」


「…………」


立ち止まる、倒れ伏した俺の言葉を聞いた姉貴が肩越しで俺を見て立ち止まる。強いよ、あんた強いよ姉貴…けどそれってさ。


「やっぱ、師匠がいいからか?」


「お前が師匠を語るな」


「魔女様だもんな、そんな人に大事にされて育って…いろんなもの与えられたから、あんたは強いんだろ」


「…………」


「そんな強さを使って、あんたは師匠との今までを全部…台無しにする気か」


「ッ……!」


なんとかかんとか起き上がる。確かにその生まれは悲劇だった、だが…その人生の全てまで悲劇だったと断じる事は出来ないんじゃないか?それともあんたは自分の人生そのものが悲劇であったと騙りレッドグローブを殺す気か?


そりゃあ違うだろうがよ!あんたを慕ってる友達やあんたを育てた師匠の気持ちはどうなる!それも…無視するのか?


「お前の師匠は!お前に復讐させるために!育てたのか!」


「グッ…!黙れ!」


「黙らん!見ろ!今を!今までを!お前はずっと奴隷だったのか!今も奴隷なのか!今も…お前は檻の中なのか!!」


「お前ッッ!!」


「だったらそんな檻!俺がぶっ壊してやる!!」


向かってくる、戻ってくる、姉貴が今度こそ俺を黙らせようと戻ってくる。それよりも前に地面に剣をぶっ刺す。さっき姉貴の魔術を吸い込んで俺の星魔剣は容量いっぱいまで魔力が詰まってんだ!使わせてもらうぜ!お前の魔力!!


「エーテルフルドライブ!!」


「ッ!それは!?」


「『魔烈弾』ッ!!」


固めた魔力を穂先から放つ魔烈弾、そいつを地面に向けてぶっ放す。そうすれば当然…地面は崩れ姉貴の体が瓦礫と共に下へ───。


「甘いですよ…『旋風圏跳』」


しかし、風を纏った姉貴は重力に逆らい崩れた地面を置き去りにし上へ逃れていく…。


行かせてたまるか、行かせてたまるか!行かせてたまるかッッ!!


「お前も落ちるんだよ!!姉貴!!」


「っ!?」


「『喰らえ』!星魔剣!」


咄嗟に姉貴に向けて飛び込み斬り伏せる、姉貴をではなく姉貴を包む風を。あの風も魔術だというのなら俺の剣で吸い込むことができる。


光輝く刃は姉貴の風をブツブツと切り裂き編み物を解くように斬り破り消失させる。風がなくなれば当然、姉貴の体は下層へと落ちていく。


そんな姉貴を置いて、一旦崩れる床から逃れ俺は地面を転がってレッドグローブさんの元まで向かい。


「レッドグローブさん!そこの岩陰にプリシーラが居る!そいつやデッドマンを連れて今すぐ外に逃れろ!」


「ッ…だが!」


「ダガーもナイフも無い!贖罪だとか!罰とか裁きとか!そんなモンを欲するなら他人を巻き込むな!お前はまた誰かの人生をぶっ壊す気か!エリスが殺人の咎を背負った贖いをあんたはまたする気か!?何度も過ちを繰り返すな!」


「それは…ッ!わかった…!しかしお前はどうするつもりだ、このまま逃げてもアイツは…」


「俺はこのまま下に行って決着つけてくる」


「決着?エリスに勝てるのか…?」


「勝てないかもな、けど…それでもこの因縁に決着をつけないと。俺もあの人も進めない」


もうこれは俺とエリスの問題だ、あの人の歪みが…心を閉ざす闇がある限り、前に進む事は出来ない。


だったらもうやるしか無い、ここまで来たらやり抜けるしか無い、どんだけ言っても俺やエリスは姉弟何だから。



…………………………………………………………


「ッ …エリスさん」


岩陰に隠れるプリシーラは、深く落ち込んでいた。


ステュクスがエリスさんを止めるため戦いを挑んだ時…プリシーラはやや楽観視していたと言える。


『エリスさんなら、きちんと話し合えば飲み込んでくれる』


そう思っていた、プリシーラがどれだけわがままを言ったりあの人を裏切るような真似をしても怒らず許してくれた寛容なあの人なら、きっとステュクスの言葉を飲み込んでくれると。


…勘違いだった、エリスさんはステュクスやレッドグローブに対して凄まじい怒りと嫌悪感をぶつけて荒れ狂った。私を助けてくれたエリスさんと同じ人物には見えないほどに。


あんな怖い人だったなんてと失望し落ち込んでいるのか?…違うよ、気がつけなかったことに落ち込んでいるんだ。あの人はあんなにも心の中に闇を抱えていた事に私はまるで気がつかなかった。


…私が勝手なことをしなければこんなことにはならなかった。どれだけふざけた人間なんだ私は。


「止めに行くべき?でも…止まるの?」


私が前に出ても、何にもならないかもしれない。そう思えるほどにエリスさんはキレている。


キレている理由は、エリスさんの母親の件…そういえばエリスさん昔奴隷だったって言ってたけど。エリスさんの母親が奴隷だったから、生まれたエリスさんもまた奴隷だったってことか。


…そしてそれを奴隷にしたのが、悪魔の見えざる手…ってことはもしかして。


(もしかして、あんなにも私を助けようとしてくれていたのは…エリスさんは私を母親と重ねていたから?)


あの必死に守ろうとする顔は、エリスさんがどれだけ母親の件を悔やみ苦しんでいたかの証左。あんなにも…必死に。


(私に出来ることは何だろう…)


何かしたい、あの人はステュクスの言う通り母の…いや過去の幻影に囚われている。何かをしたい、私に出来ることを何か……。


「プリシーラ様、ここに居たのですね」


「え?あ…」


ふと、振り向くと…そこにはややムッとしたメグさんと周囲を見回すラグナさんが居た。この人たちも私を助けに…。


「なぁプリシーラ」


「は、はい…」


ラグナさんの低い声を聞いて、そこでようやく悟る。そうだよ…私この人達の事裏切ってるんだよ。ずっと騙して…それで…。


「怪我、無いか?」


「へ?いや…その」


「聞きたいことは山ほどあるけど、今はお前が無事ならそれでいい」


「ッ ……ありがとう…」


申し訳なかった…、ただただ申し訳なかった。この人達に本当のことを離さなかった事や巻き込んでしまったこと、その全てが、申し訳なかった。


「それよりこりゃどう言うことだ、エリスは悪魔の見えざる手と戦っているんじゃ無いのか?あそこの金髪の男は一体…」


「おや?あれは…あっ!ステュクス様!」


ふと、メグさんが顔を青く染め上げエリスさんと戦うステュクスを見てハッと口元を覆う。え?知り合いなの?と言う私の疑問以上に…訝しむようなラグナさんの視線が飛ぶ。


「ステュクス?あれが例の?というかメグ…お前、知ってるのか?」


「あ…いや、その…」


「……いや今は追求しないよ、それより止めるぞ。エリスの勢いがやばい、あのまま行けばステュクスを…弟を殺しかねない!」


「はい!」


そう二人が踏み出した瞬間、ステュクスの一撃が床を砕き開いた大穴にエリスさんが落ちていく。飛べるはずのエリスさんがステュクスの斬撃によってなんらかの影響を受け、風が解けて瓦礫と共にその姿を下へと落としていくのだ。


「ッ!エリス!」


「エリス様!」



「へ?」


落ちていくエリスさんに焦った二人は慌てて大広間へと向かうと、自らも追いかけようと穴の前に立ったステュクスが間抜けな声を上げる。


「え?何あんた達…ってメグさん!?」


「ステュクス様、これはどういうことですか?何故貴方がここに…そもそもエリス様と何故戦っているんですか!」


「いやこれはその、色々ありまして…ってかそっちの赤毛の人は?」


「………………、俺の事はいいだろ。それよりお前どういうつもりだ?お前エリスの弟だろ?…エリスを傷つけるつもりか?」


瞬間、大地が揺れるような威圧が部屋を包む。エリスを傷つけるならお前許さんけど?という威圧だ、遠く離れた私も竦んでしまうような威圧を受けステュクスは冷や汗を湧き立たせるも、怯える事なく。


「違う」


と言ってのける、断言だ。その強い口調を受けラグナさんは腕を組み…威圧を納める。


「そうか、…つまりお前は」


「ああ、姉貴を…止める。そもそも俺じゃああの人に傷一つつけられないしな」


「止める?しかしどうやって…」


「分からない、分からないけど…そうしなきゃ行けない気がするんだ。あの人の目を見てたら…なんとなくそう思った」


なんとなくそう思ったって、自分の姿を見て言ってるのか?今のステュクスは傷だらけであちこち打撲だらけ。さっきは上手く立ち回って傷を抑えていたがこの後もそうとは限らない。地力に差がある以上続ければ何処かで均衡が崩れる。


そうなった時、どうなるかなんて彼も分かるだろうに。それをなんとなくなんて曖昧模糊な理由で飛び込むのか。


流石にラグナさんも止めるだろうと思いきや、彼は頭をくしゃくしゃと掻き。


「参ったな、その目で言われるとどうにも弱い」


「え?目?」


「分かったよ、俺達は取り敢えず城の人達の避難に従事する。それが終わってから…またここに来る、それまで持ちこたえるかそれまでに終わらせておけ」


「お、おう…」


「じゃあな、…エリスは俺たちにとって大切な娘なんだ。頼んだぜ?ステュクス」


「う、うん…ってかあんたほんと誰…」


そう言うなりラグナさんはこちらに戻ってくる、よかったのかな…ステュクスに任せて。ステュクスよりも強いだろうラグナさんが言った方が…。


「いい目だったな、メグ」


ふと、ラグナさんがステュクスに背を向けこちら戻る最中、ポツリと呟いたのが耳に入った。


「ええ、同じ目でした。姉弟ですね…やっぱり」


「ああ、あの目をしたエリスが強いように…多分、ステュクスもなんとかするだろう」


「はい、それでその…彼との関係は…」


「いいよ、後で聞く…それより避難だ。まだ捕まってる人たちを回収するぞ。レッドグローブさん?あんたも手伝ってくれるよな」


「……ああ」


任せた、ステュクスの目を見てこの場を任せた。私よりもエリスさんを知る二人が言うなら。大丈夫なのかな。


そんな不安を他所に、ステュクスは決着をつけるために自らも穴の中に飛び込んでいく…親と因縁に決着をつけるために、今…姉弟対決が最終局面に向かう。


………………………………………………………………


「姉貴ッッ!!」


「……ステュクス…!」


飛び込む、下層に落ちた姉貴を追うために自らも穴に飛び込み決戦に乗り込む。姉貴は下層の瓦礫の中それを押し退け立ち上がり再び冷たい目でこちらを見ている。まだ諦めてないか…いや諦められないんだろう。


諦められないから、アンタは今も囚われてるんだもんな。


「悪いが全部諦めてもらうぜ!復讐も!殺しも!全部!」


「貴方にできますか…それが!!」


「やる!意地でも!」


再び俺を迎え撃つように構えを取る姉貴を見て、少し竦む。また真っ向からやり合えばボコボコにされるだろう。今はもうハイになってるからなんとなってるけど…流石に俺も何処かで限界が来る。


これ以上さっきみたいに滅多打ちにされるのは避けたい。だから…頼むぞ、星魔剣!今まで一番のやつ頼むぜ!


「『魔統解放』!」


「っ…!?魔力覚醒!?」


星魔剣七つの権能の一つ、中にある魔力を全速力で燃焼させ短時間だけ魔力覚醒級の力を持ち主に与える奥の手。維持して居られる時間は短い…けどその分馬力は半端じゃねぇ!この力で一気に押し切る!


「そぉおぉらぁっっ!!」


「ぐっっ!!」


魔統解放を行なっての振り下ろし、その一撃は姉貴の許容範囲を超えており。両手で防いだもののその衝撃が足元に伝わりまたも床が砕け抜けていく。この城…思ったよりも脆くなってるな。この調子で暴れたらそのまま崩落するかもしれない。


(『魔統解放』なら姉貴にも押し勝てる!このまま一気に最下層までブチ抜いて城ごと叩き潰す!)


落ちていきながら加速する両者、瓦礫の雨の降りしきる中俺は更にもう一段階加速するために力を込める。このまま姉貴を地面に叩きつけてまた床を砕いて、それで…。


「そっちがその気なら、こっちも…」


「え?」


ふと、剣を防ぐ姉貴が力を込めるのが見えて───。


「魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス』!!」


「うげぇっ!マジで!?」


光り輝き力が迸る。髪に星の煌めきのような物が瞬き姉貴の力がグングン上がっていく。


本物だ、俺のとは違う本物の魔力覚醒だ。大国の最高戦力級の猛者だけが使える魔力覚醒を使ってきやがった!いや使えるだろうなとは思ってたけど。


この人、ヴェルト師匠と同格…いやもしかしてそれ以上!?


「次は貴方の番ですよ…!」


「え?やばっ!!」


そんな思考の隙間を縫って姉貴の手が俺の胸ぐらを掴み上げるとともにクルリと体制を入れ替えられる。つまり姉貴が上俺が下…関係性を表すかのような構図に入れ替えられ、そのまま迫る下層の床が見えてきて。


「『疾風乱舞・颪打』ッ!!」


「げはぁっ!?」


叩きつけられる、姉貴の肘打ちと共に大地に叩きつけられ俺の時以上に大地が大幅に崩れ去る。隆起し轟音を立てて木っ端微塵に吹き飛ぶ床と共に俺の口から鮮血が舞う…いてぇ…。


「いい加減諦めなさい!自分が間違って居たと言いなさい!さもなきゃ…死にますよ!」


「っ…へへ、俺を殺すつもりなんじゃなかったのかよ」


「ッう…」


「あんただって薄々気がついてんだろ、殺しても意味ない…その先には何もないって。だけどもう引けない所まで来てるんだろ?」


「う、うるさい!」


「意地を張るんじゃ…」


剣の柄を捻り第五の権能『魔天飛翔』を起動させる。柄が開き魔力がジェットのように噴射され落ちて居た俺の体が姉貴を中心に回転し、再び態勢を入れ替え…。


「ねぇよ!『喰らえ』星魔剣!」


「なっ!?エリスの魔力を!」


失った魔力を姉貴の魔力から吸い上げ徴収する。俺の剣は別に魔術じゃなくても…魔力を持つ奴が触れてるだけでも吸い取れるんだ。刃を防ぐ為に剣を掴み続けるしかない姉貴は魔力を吸われ続けるってことさ!


「諦めるのはあんたの方だよ!!いい加減冷静になれ!!!」


「ヴッ!!!」


今度は姉貴を叩きつける、大地を砕く、下層へと飛ぶ。城の上層から無理矢理一直線に下に降り城そのものに串を通したような穴を開けていく。このまま最下層に行って…城を吹っ飛ばす!


「エリスは…エリスは…、あの日々を…もう思い出したくないんです!」


「わかってるよ、いやわかってるなんて言えないか。どうあっても母さんの下で幸せに暮らした俺じゃあんたの辛さを理解出来ない」


「ええそうですよ!、泣きながらエリスを抱きしめることしかしてくれなかったかあさまの顔が!涙が!嗚咽が!デッドマンを…レッドグローブを、悪魔の見えざる手を許すなと叫んでいるんです!!」


しかしそこから更に態勢を入れ替えられ、再び俺が地面に叩きつけられる大穴を開ける。中空にて行われる究極の取っ組み合い、城を破砕する姉弟喧嘩は続く。


妄念だと、俺は思う。姉貴はあの頃の記憶と恐怖囚われすぎている、せっかく明るい未来を手に入れているのに薄暗い過去によってそれを捨てるのか?人を殺した人間は…絶対に幸せになれないんだ!


「だけど、俺は…!いやだからこそ俺は!あんたを止めなきゃいけないんだよ!」


「ッ何故!お前が!エリスを止める!エリスが気に入らないからか!エリスの邪魔をしたいからか!エリスが…エリスの事をなかったことにしたいからか!」


「それが俺の夢だからだよ!!!」


「ッ!!??」


俺の叫びに姉の動きが止まる、その隙に俺は更に姉の腕を掴みあげ体を入れ替える。止めなきゃならねぇ、あんたに人を殺させるわけにはいかないんだ!レッドグローブさんを死なせるわけにはいかないんだ!


誰も死なせない殺させない、これは俺の師匠の教え…そして、俺自身の夢に関わるところだから。だから…!!!


「だから!止まってくれよ!姉貴!!」


「ッッッ!!!」


一層強く、大地が砕け、…今までとは違う景色が見える。城じゃない…薄暗い洞窟のような、どこまでも下に続く闇の大穴。これって城の地下か?ってことはここが最下層。


どこまでも続く黒い岩の壁…その所々に木の箱が打ち込まれている。もしかしてあれが…爆弾か?あれを爆破して鉱山を土台から崩すために…。


けど深い、まだ下には届かない…落ち着くのはまだ先か。


「ッ…エリスは!」


「うぉっ!?」


周囲を見回した一瞬の隙をついて姉貴が俺を蹴り飛ばし拘束から逃れ空中で態勢を整え滑空する鷹の如く斬りつけるような蹴りを俺に向ける。


「ぐぅっ!なんの…これしきィッ!」


吹き飛ばされ壁面に叩きつけられながらも即座に壁を蹴って姉のいる闇の虚空へと挑みかかる。今の一撃で気絶しても良かった、今の一撃で負けて居てもおかしくなかった。


けど体が動く、過去の妄念が今の姉貴を動かすように、俺も胸の内から溢れるなにかが体を動かしてやまない。止まるわけにはいかなかった。


「『魔天飛翔』!」


「エリスは、許せないんです…忘れることが出来ないんです。エリスを叩くあの男の拳…涙を流す母の顔、暗く淀んだ地獄の景色。これに折り合いをつけろと…お前は言うのか!」


飛びかかる俺と迎え撃つ姉貴、両者の激烈な乱打が虚空で飛び交う、何度も何度も火花を散らし徐々に高度を落としながら、二人は火花が照らす向こう側にいる相手を見つめ叫ぶ。


「そうだよ!今あんたが見てるのは記憶だ!過去の出来事なんだよ!今あんたがここでなにをしてもその記憶は消えやしない!」


「だったらどうしろって言うんですか!!」


しかしそれでも上回るのはエリスの方だ、炎雷の拳がステュクスを吹き飛ばし岩壁に張り付ける。


うう…強え、未だ嘗てないくらい強い。ああ、全身から血が出てく…生身で受けていい威力じゃねぇよあれ。あ…左目が見えなくなった、血が入ったか、ってことは頭からも出血してんのか。


満身創痍だ、いつもならここでノックアウト…なのに。やっぱり動く、胸の中の…いやこれは。


記憶か……。


『ステュクス…』


そう呼ぶ母の声が聞こえる、今際の際…病床に伏して喋る事も辛いだろう母が、最後の最後に俺の手を取って口にしたあの言葉…。


『あの子を、お姉ちゃんを…助けてあげてね』


「ッ……!」


食い縛る、朦朧とする意識を無理矢理掴んで意地でも離すものかと抱き寄せる。そうだよ…そうなんだよ、だから俺は止まれないんだよ。


俺の夢の始まり、母の最期の言葉、それを無かったことに出来ないから俺もまた記憶に動かされて戦うんだ。


「ッッッ姉貴ィッ!!!」


「まだ動くか!!!」


「あんたと同じく止まれないんでな!」


よくわかったよ姉貴、記憶があんたを動かすってことの意味が、俺もまた記憶に…いや誰もが記憶に突き動かされて生きているんだ。


あんたが復讐しようとするのも、レッドグローブさんが贖罪のために生きてるのも、俺がこうして戦い続けるのも、全部全部過去があるから動き続けるんだ。


その記憶は、時として成功をもたらし、時として失敗を生み、時として正しい道を示し、時として過ちに運ぶ。人は記憶し記憶と共に生きる人間なんだ。


記憶力がいいとかは…この際関係ないのかもしれない。姉貴がもし普通の人間でも、きっとこう言う風に動いたかもしれない。何かを間違えて復讐に走ったかもしれない。


「『疾風乱舞・怒涛』ッ!」


「ぐぇっ!は…早え、防ぐとかそんなレベルじゃねぇ…」


ボコボコにされて、打ちのめされて、また吹っ飛ばされて壁に叩きつけられて、二人で落ちながらも俺は姉貴を諦めない、動き続け飛び続ける。


記憶が人を作る、俺を突き動かす夢を母が与えた…その記憶が俺を動かすように、記憶が人を作るんだ。


だから…だからこそ!


「ぐぅぅううう!!しつこい!!終わらせてやる…!」


するといい加減痺れを切らしたのか、姉貴が高く飛び上がり俺の頭上に陣取ると、凄まじい量の魔力を迸らせる。


マジか、まだ上があんのかよあんた…どんだけ師匠に鍛えてもらったんだ?どんだけ…愛されてたんだ。


「『旋風 雷響…』」


ッなんか来る!なんだあれ!旋風圏跳ってやつ?いや違う、多分あれ姉貴の必殺技的な奴だ。受けたら死ぬ。


避けるか?いや避けられないだろ、じゃあ全力で防御を…いや、違う!やばいからこそ、一歩…前へ!!


「『……一脚』ッ!!!」


振り下ろされ俺に向けて飛んでくるのは光の槍となった姉貴の一撃、それを前に俺は防御でも回避でもなく、前へ進むことを選び────。


「いけえぇええええええ!!!」


「なにを…!」


投げる、全力で星魔剣をエリスに向けて投げる。俺に空を飛ぶ力を与えここまで打ち合える力を与えていた希の綱である星魔剣を手放し全力で投擲する。


がしかし。


「そんなもので止まりますか!」


弾かれる、星魔剣は弾き飛ばされくるくると回転し…壁に突き刺さる。最期の抵抗を打ち払ったエリスは更に加速をし…。


それで、いい…それでいい、それでいいんだ!!


「『魔流爆』!!」


そもそも、俺が狙ったのは姉貴じゃねぇ。あの剣は強いが姉貴には通じない…俺の剣の腕がそこまで到達していないからここでなにをしても抵抗にもならない。


だから狙ったのは、弾き飛ばされることも折り合いで投げ飛ばしたのは、壁にある…爆弾を狙ってのことだ。


爆弾は剣の放つ魔力爆発に誘爆し破裂し爆煙を吹き出す、更にそれに呼応して他の爆弾も誘爆し、穴の中に爆炎が蔓延し凄まじい衝撃の嵐が吹き荒れる。


「ぅぐっ!?」


その衝撃に煽られ姉貴の動きが止まる、纏っていた光が消え咄嗟にその場で停止し爆風を逃れようとする。


燃え盛る爆炎を防ごうと両手をクロスする姉貴…に向けて、手が伸びる。


「姉貴ッッッ!!!」


「なっ!?ステュクス!?」


俺の手が、姉貴を掴む。いつかのように爆炎に乗ってここまで飛んだんだ。ようやく捕まえた…ようやく!


「…態々手の届く範囲に、防ぐ術も持たずに!」


しかし、そんな俺を振り払おうと姉貴の拳が電撃を纏う。星魔剣を失った俺にはそれを防ぐ手立てはない、それをわかっているから…決めに来た。


「『火雷招』!」


「ッッぅぉおおおおおおお!!!」


でも、ある…剣ならある!まだ師匠から貰ったなんの変哲も無いただの鉄剣、されど苦楽を共にしてきたこの剣がある、それを咄嗟に片手で抜刀して俺に向けられる姉貴の腕を切り上げる。コートに阻まれ切り裂くことができないのは知っている。


けど、剣に弾かれあらぬ方向に飛んだ火雷招の爆裂により、俺たちの身体は一層強く下に向けて加速する。


「なっ!くっ…!」


「姉貴!今だ!」


「え?…」


「今だ、今だよ、今を見るんだよ!!」


落下する、姉貴の体を掴んで額をぶつけ合いながら叫ぶ。今伝えたいことを全部叫ぶ。


「今のあんたを見るんだよ!!今のあんたを作ったのは…その辛い記憶だけか!?」


「ッ……」


「あんたの魔術は!あんたの友達は!あんたの生き方は!全部全部お前を苦しめる地獄だけが作り上げたのか!」


「…………」


「囚われるな!奴隷だった自分に打ち勝て!あんた…そんな弱い人間じゃ無いだろ!!!」


「ステュクス…」


ありったけの想いを込めて、残った体力を全部使い果たす勢いで叫ぶ、その瞬間穴の底に存在していた…広大な地下空間へと落ちる。砂埃を上げ凄まじい衝撃が走りながらも俺は動き。


「あんたの記憶が無かったことにならないなら、他の記憶…師匠や友達との記憶を…無かったことにするなよ」


「…………」


剣を突き刺す、倒れる姉貴の顔の真隣に…姉貴に馬乗りになるように、鉄剣を突き刺し俺は…俺は…。


「育ててくれた師匠や友達が、あんたにはいるだろ…それに恥じない生き方をしてくれよ。殺しや復讐なんかして、全部台無しにしちゃ…ダメだろ」


「…………」


一瞬、姉貴の拳がグッと握られたが…次の瞬間には脱力し開かれる。


そうだよ姉貴、記憶が人を作るなら今のあんたを作ったのもその記憶なんだろ、記憶力のいいあんたなら思い出せるだろ。その地獄を経てもまだ生きていこうと思えるほどに…幸せだった記憶が。


だから、乗り越えてくれ…頼むよ。


「う……」


つーかやべー、血ぃ流しすぎた。頭ガンガンする…ってか冷静に考えたら俺今やばくね?骨何本折れてんだ?…あ、ダメだ。冷静になっちまった。


冷静になったら体が現状を把握しちまった、ここまで来たのに意識が…。


「だから…だから、たのむ…おねがいだから…しあわせに…」


薄れ始める意識、無理をしすぎたのか…流石に…もう、これ以上は。


…閉じていく瞼、朦朧とする視界、その果てに見た最後の景色は涙を溜めて、こっちを見る…姉ちゃんのかおで。




………………………………………………


「ステュクス…」


「…………」


意識を失ったか。倒れてエリスの上に崩れ落ちるステュクスを一瞥した後…苛立ちのままにその体を弾き飛ばす、抵抗はない、意識がないからだろう。


「……なにを、偉そうに」


起き上がり体に着いた砂ほこりを払う。…大きく落ちすぎた、上に戻るのに時間がかかる。というか途中でステュクスが起爆したあの爆弾、鉱山を支える岩盤を崩すためのものだ。地下にこれだけの空間があるなら岩盤が崩れれば鉱山が丸々ここに落ちてくるだろう。


この空間はもちろん、上の城も無事では済むまい。


「チッ、もうレッドグローブを追うどころの話じゃなくなってしまった」


急いで脱出しないと、それにプリシーラさんや子供達も…。レッドグローブに構っている暇は無くなった。


してやられた、ステュクスにしてやられた。悔しいがこの場はエリスの……。


「…ステュクス、貴方はどこまで…」


ここでステュクスを置き去りにすれば、こいつはもう助からないだろう。見捨てていけばそれだけでこいつは死ぬ。


魔女を否定し、メルクさん達に甚大な被害を与え、リオス君とクレーちゃんを攫い、悪魔の見えざる手の首魁を庇い、エリスの邪魔をしたこいつがここで死ぬなら後顧の憂いも晴れるというものだ。


だったらここに置いていって…。


「…俺の夢…か」


ふと、意識に反して口が開いて言葉が漏れ出る。それはステュクスがさっき語った言葉。エリスを止めるのが…彼の夢。


いや、エリスを助けることが、彼の夢…とでも言おうか。


彼はソレイユ村での出来事を忘れてしまっているようだが、エリスはいまだに事細かに覚えている。あれはまだお互いの素性を知らず。仲良くやってた頃。


ソレイユ村で修行をしていた彼が語った…修行する理由。


『早く強くなって姉ちゃんを助けに行きたいんだ』


彼は、アジメクに囚われているエリスを助けにいくために…剣の修行をしていた。まぁエリスはそれよりもずっと前にハルジオンの元から抜け出して師匠に拾われていたから、その努力も全くの無駄だったわけですけど。


…けど、彼はまだその夢の為に…エリスを助けようとしてくれた。復讐はやめろと…人殺しになんかなるなって。


人を殺した人間の顔は、何度も見てきた。特に思い浮かぶのはヴィーラント…あいつの顔だ。あいつに向けてエリスは『人殺しを許容することはない』と啖呵を切ったけど、もしアイツのように復讐に駆られて人を殺したら…あんな風になってしまうのか?


そんな悍ましい存在に成り果てて、エリスは果たして胸を張ってレグルス師匠の弟子と…孤独の魔女の弟子エリスと叫べるか?ラグナ達の友達と言えるか?


……言えない、ハーメアを襲ったレッドグローブたちは許せないけど、けど…けど……。


「ん、崩落が始まってる…急いで外に出ないと」


慌てて上へと戻ろうと歩き出した瞬間、…尾を引かれるように後ろを見る。


そこには、エリスと戦い傷つき、意識を失ったステュクスの姿が─────。


「…………ッ」


こいつは、彼は、ステュクスは…エリスにとって……。



…………………………………………………………


ぐにゃぐにゃと曲がる意識、自分が何なのかなにを見てなにを聞いているのか分からない。俺…今なにしてるんだっけ?もう死んでる?それとも生きてる?分からね…。


「…ぃ…ぉ……ぉい、おいステュクス」


「ぅ…お?」


ふと、頬をペシペシと叩かれ懸濁としていた意識が急に形を持ち始め。覚醒する…俺気絶してたのか?ってか…ここは!?


「はっ!?お、俺は!?ってここどこ!?姉貴は!?」


「目が覚めたか、ステュクス」


「へ?レッドグローブさん?あれ?ここ…」


意識が回復して周囲を見回すと、洞窟の中にいたはずの俺はいつの間にやら外の…鉱山のど真ん中に寝そべっており、星が輝く月夜の中で側に座り込むレッドグローブさんに介抱されていた。


俺、姉貴と戦って地下深くに落ちたはずなのに。それに爆弾も起動させたからあそこはもうとっくに埋まっててもおかしくないのに、どういうことだ?って全身イテェ〜。


「どうなってんだ、こりゃ…」


「悪かったな、ステュクス…」


「あぇ?」


痛みに悶えて再び仰向けに寝そべると、レッドグローブさんが謝ってきた。なにに対しての謝罪だろう、それより状況の説明が欲しいんだけど。


けど、レッドグローブさんの顔は憑き物が落ちたように脱力していて、さっきみたいな…嫌な感じはしない。


「何がですか?」


「色々とだ、お前に助けられた…お前が来なければ俺はまた、取り返しのつかない罪を犯すところだった。他人にこの咎を…擦りつけるという」


「…そうっすね、そこについては俺もちょい怒ってるっすよ、男のやることじゃねぇです」


「そうだな、その通りだ…俺が間違ってたよ。誰かの為に死んでやることが…贖罪になると考えて、それを押し付けようとしていた」


「…でも、謝るってことは、もうやめたんですか?」


「ああ、もう…死ぬのはやめるよ。お前の言う通り今更殺されてもハーメアに対する償いにはならない。ハーメアが既に死んでしまっている以上…俺に出来るのは、同じような悲劇を繰り返さないように死力を尽くすことなんだろう」


あー…あれはエリスに向けたもののつもりだったんだけど、そう言えばあの人もあの場にいたもんな。なんか色々な人に聞かれてたと思うと急に小っ恥ずかしくなってきたぞ?俺なんか他に変なこと言ってないよな。


「それともう一つ、聞いていいか?」


「んー?なんすか?」


「お前は、どうして俺に復讐をしようと思わないんだ?」


「言ったじゃないっすか今更復讐しても意味なんかないって思ってるからで…」


「だがそれでも、ハーメアの人生を踏みにじり台無しにしたのは確かだろう。そこに憎しみは感じないのか?」


「あー…うー、あの…これずっと言おう言おうって思ってたんですけど」


「ん?何だ?」


「いや、姉貴もレッドグローブさんも…ハーメアの人生を踏みにじった、台無しにしたって言うじゃないですか」


「事実だろう」


「さて、それはどうっすかね」


痛みを堪えて起き上がる。姉貴もレッドグローブさんも過敏になりすぎだよ、そもそもハーメアの人生…なんてどデカイくくりで括ってはいるけど、二人ともハーメアの何を知ってるんだって話だよ。俺だってハーメアの人生の全てを知ってるわけじゃないのに。


「どういう意味だ…?」


訝しげに首をかしげるレッドグローブさんの方に首を傾け、…俺は。


「ハーメアの人生は台無しになんかなってない、あの人は強く生きたんだ。その身一つで地獄から這い出て外の世界へ旅に出て、そこで親父って言ういい人見つけて、二人でマレウスっていう安住の地を見つけて、ソレイユ村っていう第二の故郷を見つけて、二人で夫婦という最高の関係性見つけて、俺っていう最高に可愛い子供を産んだ」


「…………」


「あの人は決して、人生を破壊されたとは思ってない。そりゃ辛い目にはあったし地獄だって見た。でもそれを乗り越えてあの人は日々を笑って過ごした。姉貴がハーメアの不幸な部分を見て育ったように、俺はハーメアの幸福な部分を見て育ったんだ。そんな俺がいうんだから間違いないよレッドグローブさん」


「ステュ…クス…」


「ああ、ハーメアは乗り越えて前を見て未来のために生きてたんだ、過去なんて見てなかった。笑ってたんだ…だから俺も母さんの過去のことで誰かを憎んだりなんかしない、だって母さんは幸せだったんだから」


目を閉じれば浮かぶ、みんなで一緒のテーブルでご飯を食べる毎日、一緒に洗濯物を干して笑う日々、陽を浴びて一緒に遊んだ日常、その全てでハーメアは…母さんは笑っていた。


母さんの人生は、決して不幸だけに満ちたものではなかったんだよ。誰かのせいで台無しになんてなってない。


「ッ…そうか…そうか…」


そんな俺の言葉を聞いて、レッドグローブさんは静かに項垂れ…ポタポタと粒のような涙で地面を濡らし、肩を揺らしながら目元を拭う。


「俺に…っ、こんなことを言う資格なんて、まるでないんだろう。けど…けど…」


「はい、なんですか?」


「…幸せになっていてくれていたのだとしたら、…よかった。彼女は…お前と言う、良い花を咲かせることが、出来たんだな」


「へ?花?」


「ああ…、ありがとうステュクス。生まれてきてくれて、本当に…ありがとう。俺はこれからも…償いの為に生きるよ。彼女の不幸の為ではなく、彼女が残した物の為に」


涙で濡れた顔を強張らせて笑うレッドグローブさんの顔を見て、思わず吹き出す。ひどい顔だ、酷い顔だけど…笑えたのならいいよ。


「ふふ、あはは…酷いかオッ!?イッ!いてて!」


「ステュクス…!?」


「いや、笑ってたら…肋が…」


うう、痛え…姉貴のやつ本気で殴りやがって、立ってるのもやっとだよ。ってか俺よくこんな状態で戦ってたな。まぁそれだけやっても姉貴にロクにダメージなんか与えられなかったんだけども。


はぁ、でもいいや…生きてるだけで丸儲けよ。だってあの崩落した城から抜け出せたんだから。


「ああ、そういえばあの鉱山とか中にいた人はどうなりました?」


「中に来た人間は丸々救出した、捕まった人間はみんなラグナ達が理想街に送り届けた、勿論悪魔の見えざる手も全員お縄だ…、それで魔手城は完全崩落、ほれあそこ見ろ。あの瓦礫の山が元魔手城だ、


「え?うへ…跡形もねえ」


見てみれば今俺がいる鉱山の下の方にバラバラになった瓦礫が見える。その殆どが地下に落ちたのか元のそれより大分小さくなってる。すげー…俺も下手したらあの下にいたかもしれないのか。


「はぁー、助かったー。ってかレッドグローブさんですか?俺をあそこから助け出してくれたの」


「いや、違う…エリスだよ」


「へ?姉貴が?」


「ああ、気絶したお前を城の外まで連れ出して。俺に預けてくれた」


「…襲いかかってこなかった?」


「…許すことはないとだけ言われた、そして償い続けろともな。それだけだ」


「そっか…」


姉貴…振り切ったのか、過去の虚像を。地獄に囚われていた心を振り払って前に進んでくれたのか、そりゃよかった…ってか、助けてくれたのは意外だな。


俺はてっきり姉貴には見捨てられるもんだと思ってたけど、なんで助けてくれたんだろう…。


「ああそれと、これを預かったぞ?」


「これ?なんすかこの袋…」


「忘れ物だそうだ」


「へ?…あ!星魔剣!」


手渡された袋の中には最後の最後に投げ飛ばした星魔剣が入っていた。あ、姉貴…もしかしてこれを拾ってくれたのか?あんだけ捨てろとか返せとか言ってたのに、俺に…。


「はぁー、よかったぁー、今更これがない生活とか考えられねぇよ…ん?まだなんか入ってる」


ふと、星魔剣を袋から取り出すと…中にもう一つ、別の何かが入っていることに気がつき手探りでそいつを袋から抜き取ると。


「これ、ポーション?」


「ん、凄い濃さだな。冒険者協会で配られるやつよりずっと良質だ。アジメク製か?」


治癒のポーションの瓶が入っていた、しかも見たことないくらい濃いやつが入っていたんだ。しかも…瓶には付箋が貼り付けられており、付箋には几帳面な文字でこう書かれていた。


『貴方に貸しは作りたくないので、これで返しておきます。それで傷を治して歩いて帰りなさい』


とさ…、ハハッ。あの人…案外可愛らしいところあるじゃねぇのよ。


「ヘヘッ、可愛い姉貴め」


「仲良くなれそうか?」


「分からんない、けど…案外無理じゃなさそうだ」


このポーションを用意して、付箋を貼ってカリカリこの文字書いたと思えば可愛いじゃないか。まだ仲良くできるかはわからない、誤解が解けたかもわからない、けど…もしかしたら。


またあの人と、家族みたいに過ごせる日が来るかもしれない。そう思えるくらいには俺も前進できたかな。


「さーて!これで全部一件落着!帰って理想街で有り金溶かして遊びましょうか!」


「おいおい、お前なぁ…だけど、そうだな」


姉貴の言う通り、ポーションで傷を治して歩いて帰りますか!


星月夜の下を俺は歩く、今はただ唯一…俺と姉貴を繋ぐこの星空の下を。俺は歩く。


誰も死ななかった、殺さなかった、その事実を噛み締めて、今は。

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[一言] 良い兄弟喧嘩だった。倒しても倒しても這い上がってくるしぶとさも決意した時の強さも似た物同士の姉弟でしたね。 いつか辛い記憶を落ち着いて飲み込む事が出来れば、何だかんだいって優しい面倒見の良い…
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