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387.魔女の弟子と悪魔の見えざる手


罪には罰が必要だ。


罪のためにギロチンは存在し、罰は究極の贖いであり。罪を注ぐには罰を受けるより他ないのである。


レッドグローブは二十年にも及ぶ贖罪の旅の果てに行き着いた答えこそがこれだ、レッドグローブが求めているのは許しではなく罰なのだと気がついた。


どれだけ人を助けても、どれだけ人を救っても、後悔は大きくなる一方だ。一度やってしまったことは覆らない…何かで上塗りすることは出来ない。


これは自分勝手な事だと理解している、だけど…年数を追うごとに大きくなる後悔の念。ハーメアによって自覚させられた罪の重さ、今まで幾多 幾百の人達に対する贖いは最早罰を与えられるより他ないのだ。


「…………」


レッドグローブは一人、懐かしい景色を歩む。もう二十年も前に捨てた居城…魔手城の中を歩み想いを馳せる。


ハーメアの言葉から始まった罪の自覚、凍っていた心に熱が灯るには全てが遅かった。何かを自覚するには遅すぎた。知らないままならその方が幸せだったのだろう、傷つけた人間の顔など見えなければそれでよかったのだろう。


だがレッドグローブは見てしまった、覗き込んでしまった、目に入れてしまったら…もう終わりだ。彼はその時点で罪と罰の泥沼に足を取られて狂気に沈んでいった。


狂うように助け、傷つくように助け、死ぬように助け、手を投げ打つように助けた。全ては泥沼から少しでも這い上がるために…だがもがけばもがくほど彼の心は荒み、幸せになった人々の笑顔の光を浴びるほどに、自分の背にまとわりつく罪の影が殊更強調された。


そんな日々を二十年と過ごし、ある種の諦めを得ていた。自分は一生悔いて生きていくことこそが罰なのだろうと割り切っていた。


そこに、現れた…ハーメアと同じ顔を持つ女、その名もエリス。


十年前にマレウスで冒険者をしていたということもあり軽く調べればその素性は割れた、アジメク出身の魔術師で世界各地に武勇伝を持つ魔女の弟子。魔女…という点は置いておくとして。


なによりも目を引いたのはアジメク出身という点。ハーメアを売った先と年代も場所も一致する。その上あの顔…間違いなくエリスはハーメアの娘だ。


そこを理解した瞬間、レッドグローブは自身の制御を失い動き始めた。


諦めていた『罰』がそこにある、真の贖罪がそこにある。


ならば、罰せられなければならない。俺はエリスの手によって裁かれる定めにあるのだ。


狂ったようにエリスによる罰を求めたレッドグローブはエリスの仕事に同行し、彼女に疑念の種を植えた。意図的に悪魔の見えざる手との共通点を見せつけ自分が敵であるという認識を植えつけた。


そして、今…俺はエリスの元に向かおうとしている。今城の大広間でエリスはデッドマンと戦っている。


デッドマンは強い、だが…恐らくだがエリスが勝つだろう。だから俺はそこに。


「ここか…」


エリスとデッドマンの激戦が音となって響く部屋の前にやってきて、覚悟を決める。


俺は今日、ここで…遂に。


…罪を贖う事が出来るんだ、いや…贖われるべきなのだ。


もう、俺はこれ以上背負って進めそうにない。


俺を殺してくれ、エリス。


……………………………………………………………………


「デッドマン!」


「はは!いい顔デスね!エリスぅっ!」


城のエントラスでぶつかり合うエリスとデッドマン、コンクルシオ以来となる二人の再戦の火蓋が切って落とされた。


修羅の如き激怒を見せるエリスを迎え撃つデッドマンはそのステッキを振るいエリスに何もさせまいと果敢に攻め立てる。


「あはは!コンクルシオの時のことを忘れましたか!?私に半死半生の淵まで追いやられたのを!今回は手加減なんかしないデスからね!」


「それはエリスも同じですよ!こちとらもう…どうしようもないくらいブチ切れてるんですから!」


応酬、打撃と打撃の激しい応酬。この一撃で相手を仕留める覚悟と少しでも相手に苦痛を与える執念が滲み出る至近距離での殴り合い。


魔力防壁を纏わせたデッドマンのステッキは生半可な鋼剣すら真っ向から叩き折るほどの威力と硬度を持ち合わせる。人の腕になんかぶつければ即座にへし折れるだろう、それを強く左手で握り時に振るい時に突き時に回す。


優雅にも見える所作の節々に垣間見える殺意を隠すこともなくエリスに叩きつける。


しかし、それにすら対応するのがエリスの速度だ。


「フッ!よっと!」


「む……」


デッドマンが面白くなさそうに顔を歪める。エリスの攻撃を弾き切れないのだ。


右足を軸として振るわれる左足での蹴りの連打。体を反転させての回し蹴り、関節の存在を疑う程柔軟な蹴り上げ、それら全てで一つの体勢から巧みに放ちデッドマンのステッキを逆に弾き返す。


コンクルシオで見せた動きよりも数段速く鋭い、何より一撃一撃に殺意が乗っている。こんな物頭にもらおう物なら卒倒間違いなし…そんな蹴りがデッドマンの鼻先一寸で縦横無尽に駆け巡っているのだ、さしものデッドマンも冷や汗が飛び出る。


「フフフフ、にしても怒ってますねぇ〜」


「ええ、キレてますよ。自分でもびっくりするくらい!エリスは貴方に対して激怒しています!」


エリスの籠手が一直線に飛び、デッドマンのステッキとぶつかり合い空気がビリビリと震動する。その力は全くの互角…いや、怒りの滲むエリスの拳の方が若干デッドマンを押し始めている。


怒りだ、怒りだ、怒りだ、天を衝く激怒がエリスに無限の推進力を与えている。その怒りを前にしたデッドマンが感じるのは恐怖?…違う違う。


「はっ!阿呆らしい」


侮蔑、怒るエリスを見て侮蔑の感情を湧き立たせる。何に対してそこまで怒るというのだ、他人に対して何をしてもお前には関係ないだろう。


「私が何をしようと貴方には関係ないでしょう、それとも…これに怒りを感じているんデスか!?」


「ッッ!」


態と、デッドマンはエリスへの攻撃をズラし大広間に配置された空の檻をステッキで叩き煽るように大きな音を立てる。


暗喩だろう、中に入っていた子供達を脅すような素振りを見せてエリスに見せつければ…まさしく効果覿面。


エリスの目つきがより一層鋭くなる。


「お前ッッ!!!」


エリスの頭の中の一番頑丈で一番太く一番キレちゃいけないなにかがブツン!と音を立ててブチギレる、果てのない怒りに燃料が投下され更に動きにキレが増し…。


まるで噴火の如くエリスの蹴りが一気にデッドマンに殺到する。最早容赦する意味を見つけられないとばかりに攻め立てる。


「馬力では不利か…!」


咄嗟にデッドマンは一歩引く、馬力では不利だが長物を持つ自分はリーチという点では有利だ、故に相手の攻撃が届かない距離から叩きのめす。


そう…考えてしまった。それが地獄の始まりであるとも知らずに。


「ッ『旋風圏跳』!」


「なっ!?」


急加速、エリスの体が一瞬で風に包まれ残像を残すほどの速度ですっ飛んできたのだ。これはまずいとデッドマンもステッキを立てて防御の姿勢を取るが…エリスの狙いは『そこ』には存在していなかった。


エリスが狙ったのは…。


「っ急降下した!?」


軌道が鋭角に下へと折れ曲りただでさえ低空で飛んでいたエリスは地面に着くほどの超低空で滑るように飛びデッドマンの足を払った。


「ぅぐっ!?」


矢のような速度で飛ぶエリスがそのままデッドマンの足目掛け膝蹴りを見舞ったのだ、これにはデッドマンもバランスを崩し前へと転倒する…と。


そこからエリスは更に身を翻し、地面に手をつきながら体を縮め…一気に解放するように地に足つかぬデッドマンの体を蹴り上げた。


「ぁがっ!?」


「許しません、許しませんよ…デッドマン!」


遥か上空へと蹴り上げられたデッドマンに襲い来るエリス。超加速で膝蹴りを腹に加えたかと思えば離脱、直ぐに戻ってきてこめかみに飛び蹴りを加えたかと思えば離脱、両手をクロスしたタックルでデッドマンを轢き撥ねれば即座に離脱。


攻撃と離脱を繰り返すヒットアンドアウェイを全方位から三次元的に加え続ける。杖一本ではとてもカバーしきれない多方向からの連続攻撃にデッドマンは宙を舞うことしか出来ない。


(ぐっ!くそ!それは卑怯だろ!)


体を丸め攻撃から逃れようとするデッドマンは心の中で悪態を吐く、だってそうだろう。こっちは飛べないのに向こうは自由に空を飛び回って離脱も接近も思いのままなのだ。


空中戦は不利…なんてレベルじゃない、そもそも空中戦じゃ勝負にならない。羽を持っている隼と羽を持たない獅子が上空で殺しあうようなものだ、獅子がどれだけ強くても両手足を空に投げ打たれた状態では抵抗もままならない。


(くそっ!一度地上に…!)


「苦しめ…もがけ!デッドマン!」


「げはっ!?」


早く地上に、地上に降り立ちさえすれば動きようもある。しかし再びエリスが空中でデッドマンを蹴り上げ更に標高が上がる。


標高が上がればまたエリスの主戦場だ、また抵抗出来ない時間が続く。なんとか杖を振るってとにかく下を目指すが…。


「逃がしません!」


「ッッグ!?」


降りれない、落ちない、逃げられない!何度も何度も何度も蹴り上げられて標高が下がらない。上空と言う名の檻に監禁されているようだ、逃げ場のない空間で抵抗の術を持たないまま甚振られ続ける。


まさしくワンサイドゲーム。一方的に暴力を振るわれ続ける現状にデッドマンの怒りが頂点に達する。


(反則だろ、こんなの。こんなクソみたいな戦法があってたまるか!)


「分かりますか、デッドマン…」


「っ何が…ごはっ!?」


「これが!貴方が子供達に暴力を振るい!与えた痛みと恐怖です!逃げられず抵抗も出来ず!ただただ一方的に殴られ続ける気持ちを少しでも理解しなさい!」


「ぁがぁっ!?」


怒りのままにステッキを振り回せば、エリスの膝蹴りがそれを回避しデッドマンの顎を打ちのめす。これが恐怖だ、これが痛みだ、そしてこれが子供達の怒りそのものだ。檻に囚われた子供達に対してデッドマンがやったのがこれ…いやそれ以上に悪辣で許し難い行いだ。


その罰を、制裁をエリスは与えるのだ。


「しッッッたことかそんなモン!弱い奴が悪いだろうがッッ!!」


「なら、文句を言うのはやめなさい。今は貴方が悪い」


「このッ!なめ腐りやがってぇぇぇえ!!!!」


頭の中の何かがグツグツと煮えたぎりブッツリと切れる。そちらがそのつもりならもう容赦はしないとデッドマンは右手を前に突き出す。


「もう容赦しない!くたばれエリス!『デッドマンズハンド』!」


突き出すは右手、その手に書き込まれた紋様を見せつけ発動させるデッドマンズハンド。手足印法術と呼ばれる特殊詠唱にて詠唱もなく発動させられる絶技。


彼はこれを習得するために、左腕と両足…そして四人の奴隷の命を犠牲にした。他人から取り出した魔力脈を移植し唯一適合できたのがこの右手だけだった…が。


それだけの犠牲を払うに値する物を彼は手に入れた、この技があれば『あの女』にも勝つことが出来る。そう確信させるだけの力がこの右手にはある。


コンクルシオでもエリスに対して瀕死の重傷を負わせるに至ったその力を解放して…。


「『四指・死者の業風』」


折りたたむのは人差し指、そこに込められた四指・死者の業風を発動させる。繰り出される突風は全てを破砕しこの状況さえも打ち砕く。この魔術でエリスの作り出した空中の檻を破壊して…。


「そういえば貴方、指を折り曲げて魔術を発動させるんでしたね」


「へ?」


ふと、視界が影に遮られる。気がつくと魔術が発動するよりも前にエリスがデッドマンに肉薄し曲げようとした人差し指をガッシリ掴んでいるではないか。


指を曲げ切らなければ魔術は発動しない、つまりこうすればデッドマンは魔術を使えない…いや、それだけじゃない。


「じゃあ、こうしたら魔術…使えませんね」


エリスの手に力が篭る、人差し指が内側では無く外側に向けて折り曲げられて──。


「ぐっ!ぎゃぁぁあああああああ!指…指がぁっっ!!??」


絶叫、あまりの痛みに地面へと転がり落ちてなお悶絶し右手を抑える。


…そこには綺麗に逆方向に折り曲げられた指が…、つまりエリスはへし折ったのだ。


デッドマンの人差し指を、ボッキリと。


「ぼくの!ぼくの指がッ !」


「それでもう人差し指の魔術は使えませんね、あと残り四つ…それでエリスを倒せますか?」


「ぅ…ふぅー…ふぅー…!許さん!絶対に許さん!」


へし折られた指は動かない、折り曲げることが出来なければデッドマンはもう人差し指の魔術を使えない。完全に…デッドマンの魔術が封殺されたのだ。


「最初はシロップかなんかで貴方の指を固定しようかと思ってたんですけど。こうした方が早いですよね。貴方に容赦する必要がないことに気がついたおかげで思いつきました」


しかもエリスはそれを真顔で言ってのける。バキボキと拳を鳴らし感情のない顔で激怒しデッドマンの残りの指を狙う。


もし、魔女がこの場にいたならばきっとこういっただろう。


『まるでレグルスみたいだ』と…。


「容赦する必要がない?そりゃこっちのセリフ─────げばぁっ!?」


ステッキで殴りかかったデッドマンに対してエリスの蹴りが炸裂する。爆発音にも似た強烈な打撃音を響かせデッドマンを蹴り飛ばす。


ダメージと指折られた少なからぬ動揺がデッドマンの動きを鈍らせている。もうさっきまでのような繊細な動きは出来ない。それを意識した瞬間…デッドマンの心の中に小さな何かが生まれる。


「ぅぐ!寄るな!寄るな!」


闇雲にステッキを振り回してエリスの打撃を阻止しようと子供のように暴れる。しかし、そんなデッドマンの動きをエリスは『悪足掻き』と断じ…掴む。


「あッ!?」


「この左手は義手でしたね。確か…魔導技術を用いているとか」


掴み上げられる、左手を万力のような力で掴まれ身動きが取れない。


確かにこの手はデッドマンが失った本来の手を補う為に作り上げた魔導義手だ。レナトゥスが使うのような超一級品ではないもののそれでもう高度な技術を使っていると言えるだろう。


しかし、エリスは知っている…魔導技術が根本的な部分では帝国の魔力機構と同じであること、そして帝国の魔力機構の構造を。


だからなんだ?だったらどうする?決まっている…、そう言わんばかりにエリスはデッドマンの左腕に一気に魔力を送り込み。


「がぁっ!??」


爆ぜる、デッドマンのステッキを持つ左腕が爆発四散する。ポンプのように大量の魔力を送り込まれたことで擬似魔力脈が堪えきれず爆発したのだ。


星魔城オフュークスが爆発したのと同じ要領だ、送り込まれる魔力が正常に動かなくなり一気に義手が機能不全に陥り耐えきれず自壊した、つまり…。


「これで、ステッキも握れませんね」


「ヒッ!」


デッドマンは武器を奪われた、指の折れた右手ではステッキを握れない。何より…武器を全て封殺された事実がデッドマンの動きを殺す。


一切の情け容赦なく打ち込まれるエリスの詰めの一手にデッドマンは心の中に生まれた小さなタネ…恐怖心が増大し、冷や汗がダラダラと溢れ始める。


恐怖は狂気を生み、半狂乱になりながらデッドマンは右手を翳し…。


「『デッドマンズハン──」


「遅い」


今度は中指と薬指、一気に二本掴まれ瞬く間に外に折り曲げられる。ボキリと嫌な音を立てて不快な感触がデッドマンの脳みそを突き刺し、次いで痛みが駆け巡る。


「ぁがぁっっ!!い 痛い!痛い痛い!」


殴られるのはいい蹴られるのはいい、だが指先への負傷はダメージ以上に精神に来る。数百本の末梢神経が一気に訴える激痛は肉体への損傷の度合いに比例せず大きい。


故にデッドマンは地獄を見る。怒り狂う阿修羅が見せる地獄に踊る。


「ひ…ヒィッ!」


もはや抵抗の術がない、もう逃げるしかない。狂気に苛まれたデッドマンは慌てて身を反転させエリスから逃げようと───。


「逃がさないと言ったはずです!『振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん、『薙倶太刀陣風・神千切』!」


風の斬撃を伴ったエリスの足払いが逃げ出そうとするデッドマンの両足を…義足を二本切断する。ふくらはぎの中頃からプッツリと切断され歩くことさえままならないデッドマンは宙に投げ出され…。


「『煌王火雷掌』ッ!!!」


「ぅぎぃっっ!!!」


一条の光がデッドマンの顔面を殴りつける。一直線の光芒を残すエリスの拳が爆裂しデッドマンを吹き飛ばしたのだ。達磨同然となったデッドマンは受け身を取ることもできず壁に叩きつけられ瓦礫と共に沈む。


一方的、ただただ相手に何もさせず容赦なく攻め立てる。拳と足に乗る純粋な激怒の念…この時デッドマンは気がつく。


コンクルシオでのエリスと、今この場のエリス…これらは完全に別物であるということを。


「が…こんな、デタラメなことがあるかよ…」


少なくともコンクルシオでは互角に戦えていた。だというのに子供を一人二人殴っただけでこんなに強くなるのかよ。アホか、そんな話し合ってたまるか。


「ふっ…はは、けどこれで勝ったつもりかよ。ぼくにはまだ…これがあるんだよ」


奴はまだデッドマンの勝ち目を潰しきれていない、残っているんだ…親指が。


まだエリスに見せていない最後にして第五の魔術『五指・死門の解放 』。これが残っている限りデッドマンには勝ち目が残り続ける。


直撃させればそれだけでエリスを即死させられる最強にして最悪の魔術。品がないから好きじゃないが…もうそんなこと言ってる暇はないな!


「はははっ、死ね…『デッドマンズハンド』」


狙いを定めるように右手を翳し、今…最後の魔術を────。


「『五指・死門の解放 』!」


親指を折り曲げ魔術を放つ…その直前、飛来する影、それがデッドマンに向けて銃弾の如く放たれる。


「え?」


「そもそも、指を折るよりも前に…そっちをなんとかすればよかったですね」


飛んできたのは石だ、拳くらいのサイズの石。それが向こう側にいるエリスに蹴飛ばされて銃弾みたいな速度ですっ飛んできて、デッドマンの肩を砕いたのだ。


「あ…」


肩の骨が砕かれ、だらりと垂れる右手。力を込めても動かない。握ることも出来ない…つまり。


完全に、抵抗出来なくなった。左手もない右手も動かない両足も役に立たない。


「あ…あああ…あああ!」


ガタガタと震える、何も出来ない己と今目の前で怒りに燃えるエリスの二人しかいないこの空間に恐怖を覚える。


もう、逃げることも抵抗することも出来ない…。


「こ、殺される…!」


「その通りですよ、貴方はハーメアの人生を破壊し、子供達をこれで何度も何度も殴りつけた…ですよね」


いつの間にやらデッドマンのステッキを手に持ったエリスが目の前にいる。それが…重なるんだ。


(あの目、あの顔、あの姿…こ、これは…)


何もかもを見透かす識の目、黒いコートを身に纏い、ステッキを持つその姿は間違いなく。


かつて、デッドマンの自尊心を奪ったあの女に…あまりに似ていた。


…………………………………………………………


レッドグローブが離脱した後、しばらくの間はデッドマンも必死に…そして真面目に組織を運営しようと努力していたと思う。


もう去ってしまった物は仕方ない。寂しいけれどあの人の残した組織を少しでも留めて八大同盟の座だけは死守しなくてはとデッドマンはレッドグローブに代わる強い指導者になろうと努力した。


杖術を極め、魔術を修め、鍛えに鍛えて他の八大同盟に並ぶ為努力した。まぁ結局新興組織の『メサイア・アルカンシエル』との抗争で敗北してしまい八大同盟の座を降ろされることになったのだが…、それを不服としたデッドマンはマレフィカルムに抗議したのだ。


「ぼく達は負けてない!メサイア・アルカンシエルが卑怯な手を使ったから遅れを取っただけだ!真っ当にやり合えばぼく達の方が強い!なのにどうして卑怯者のメサイア・アルカンシエルが同盟入りしてぼく達悪魔の見えざる手が追い出されなきゃいけないんだ!」


「とは言いましても…」


マレフィカルム本部の黒鉄島の遺跡城に集まった三人の同盟長とセフィロトの大樹の大幹部栄光のホドを前に熱弁するデッドマン、しかし相手の反応は芳しくなく…。


「卑怯な手を使って負けたって、君裏社会の抗争をスポーツか何かと勘違いしてるのかな?卑怯も非道も上等の世界だろう?なのに真っ当にやりあったらって…なら君達もそうすればよかっただけだろう?」


やれやると苦笑いするジズは溜息を吐き席に座ったまま笑顔を崩さない。


「どの道、レッドグローブの奴が抜けた時点でお前らの格落ちは否めなかったんだ、妥当な結果だと思うがね」


葉巻を吹かしながらニタリと笑うセラヴィ…、悪魔の見えざる手最大の商売敵パラベラムの長は笑う、悪魔の見えざる手が影響力を失えばもう裏社会の覇権を取ったにも等しいからだ。


「八大同盟の鉄則は、強き者が残り弱き者が去る。この掟を守れぬならばそもそも強さに関わらずお前達は八大同盟失格だ」


そして、魔女狩りの王の異名を持つイノケンティウスは姿勢を崩さぬままデッドマンを突き放す。負けた方が悪い、弱い奴は立ち去れ、何を言ってもそれしか帰って来ないことに腹を立てたデッドマンはステッキを振りかざし。


「今までマレフィカルムの活動資金にどれだけの援助をしてきたと思ってるんだよ!悪魔の見えざる手が居なくなれば困るのはマレフィカルムだろ!」


「そうでもない、残念だが子供のお前が思っているよりも組織というのはしぶといものなのだ」


「恩義は感じないのか!情はないのか!仲間じゃなかったのかよ!」


「恩も情もない、そもそも我等は仲間ではない…ただ敵ではないだけだ」


「なにを…!」


イノケンティウスはまるで打っても響かない鉄のような男だ。何を言っても無理の一点張り…どれだけ訴えても規則は規則だと突き返してくる。今悪魔の見えざる手が八大同盟を追い出されれば凋落は免れない。


せっかくレッドグローブが残したものを残せなくなる、それだけはなんとしてでも防がねばならない…ならば。


「なら、ぼくがここでお前達に勝ったら…お前達の席を貰ってもいいんだよな、それが規則なら…問題ないだろう」


「む…」


イノケンティウスは初めて顔をしかめる、対するジズとセラヴィは笑う、いや嘲笑う。


「おやおや、そう来たか。いやぁ想像だにしなかったねイノケンティウス」


「あっははははは!面白えな。お前が俺達に勝てるとは思えないが?」


「そんなのわからないだろ!卑怯な手でも何でも使って…」


「やめておけ、デッドマン」


「っ…」


制止する、乗り気なジズとセラヴィとは異なりイノケンティウスはやめろと制止する。相変わらず表情は堅苦しいままだが…。


「お前とて分かるだろう、ここにいる者は余を含めレッドグローブを遥かに上回る力を持つ。未だレッドグローブを超えられぬお前が…戦って勝てるとは到底思えん」


「うるさいよ!クソ老害!」


「なんとでも言え、だが本気でレッドグローブの跡を継ぎ悪魔の見えざる手を復興したいなら…一時の情に惑わされるな。埋伏の時を覚え力付け直せ、お前にはまだ時間があるだろう」


「甘いなぁイノケンティウスは、こういう生意気なのはさ?もっとガツンと言った方がいいんだよ?」


「囀るなジズ、デッドマンの言った通り余も少なからずレッドグローブには思うところがある。あの気風の良い男を余は気に入っていた…奴が残した遺産ならば、こうも無碍に消えていくのは看過出来ん」


なんだよ…そんな、説教臭いことを聞かされるためにぼくはここに来たんじゃない!ぼくの言うことを聞かないなら…ここで!


杖を鋭く握り、足を開き、構えを取る…ここでこいつらを倒して、なんとしてでも レッドグローブの残したものを守る。


「おっと、どうやら彼はやる気みたいだよ?イノケンティウス。どうする?」


「…はぁ、仕方ない…せめてもの温情だ、余が相手をしよう」




「いえ、ここは私が相手をします」


「っ!?」


刹那、デッドマンは振り返る。全く気配を感じなかったが今確かにそこに誰かいる。そう思い振り返ってみると…そこには。


「なんだ、お前…」


女が立っていた。黒い外套を身に纏い漆黒の三角帽を被った黒髪の女。銀の杖を肩に乗せゆらりと歩く女がいた…いた、居る…居るのに。


(なんなんだこいつ、こうして目の前にしてるのに全く気配を感じない。ほんとにそこにいるのか?)


何も感じないのだ、その女からは人間が醸し出す雰囲気というか…気配というか、そう言ったもの全てを感じなかった。目の前にしてもしっかりと認識できているか怪しい。


いや違う、こいつ気配がないんじゃない…魔力を全く感じないんだ。


(魔力を感じない、小さいんじゃない……本当に一切無いんだ)


全く感じない、1ではなく0…一切の魔力をこの女からは感じないんだ。この世の全ての人間が魔力を持つというのに、戦ったことすらないそこらの農夫でさえ少なくとも魔力は持つというのに、この女からはそれを感じない。


一切魔力を醸し出さない人間というのを初めて見たから、気配がないと錯覚してしまったんだ。


なんなんだこいつ…。


「知識のダアトか…、お前がここに来るとは珍しいな」


「ッ …知識のダアト?こいつが?」


知識のダアト…その名は確かに聞いたことがある。マレウス・マレフィカルム最強の組織八大同盟、それを従わせるセフィロト大樹の十人の大幹部、更にその中でも最強と謳われる存在。


つまり構成員の総数が億を超える世界最大規模の組織マレウス・マレフィカルムに於け最高戦力、最強の魔女狩りと呼ばれるイノケンティウスやクレプシドラでさえ勝ち目のないと言われる無上の存在…それこそがこのなんの魔力も持たない女だというのか。


「今日はいい天気でしたので、軽くジョギングをして汗を流していました。全ては健康のために」


「け、健康?」


「ええ、見たところ貴方は随分不健康そうですね。目元のクマから見るに夜も眠れていなさそうだ。そんな体では万全に戦えないでしょう、ここは一旦退きなさい…さもなくば」


「さもなくば、お前がぼくの相手をすると?」


「…ええ、ここで暴れては総帥の眠りを妨げる。それはあってはならないことだ」


「ふんっ、何が最強だよ。何にも魔力を持たない小娘がぼくを止められるとでも?」


向き直り、ダアトを前にする。こいつがマレフィカルム最強…ならこいつを倒せば、イノケンティウス達も文句を言わないだろう。


「なら相手をしろ、お前を倒せばぼくがマレフィカルム最強だ、誰にも文句を言わせない」


「…………何があってもやりますか、仕方ありません。ジョギングのアフターケアストレッチ代わりに戦いましょう」


互いに杖を構える、マレフィカルム最強の知識のダアトが構えを取る。もはや止められない二人を見て…イノケンティウスは目を伏せ、小さく呟く。


「愚か者…、其奴は今この世界に於いて、将軍ルードヴィヒと並び人類で最も魔女に近づいている女だぞ、余以上に…勝ち目などない」


──────そんなイノケンティウスの言葉通り勝ち目なんかまるでなかった。


ダアトの強さはレッドグローブが子供に思えるほどに凄まじかった。正直何が起こってるのかも半分くらい理解出来ないくらい強かった。あの戦いでデッドマンが出来たことと言えば苦痛にあえいで悲鳴をあげるくらいだった。


上手に、綺麗に、丁寧に、音を立てずなるべく静かに気を使ったダアトを相手にデッドマンは一分も経たずして床に倒れ伏した。口も聞けないくらい叩きのめされた。


「これで分かりましたね、そしてセフィロトの大樹の幹部に牙を剥いた罰です。貴方達はこれよりマレフィカルムから追放します」


「ぁ…が…ぅ…」


答えることもできないくらいボコボコにされた。幹部に逆らった罰としてマレフィカルム追放を言い渡されながらデッドマンが感じたのは…虚無感。


こんなのが居るんじゃどれだけ頑張っても意味なんかない、どれだけ頑張って組織を立て直そうとして無駄、馬鹿馬鹿しい…頑張るなんて、馬鹿馬鹿しい…。



へし折られた、『あの女』…いや知識のダアトにデッドマンは全てをへし折られた。恐怖の象徴にして絶対の存在として記憶されたそれが、今また目の前に。


…………………………………………………………………………


「ひ、ひぃぃい!!やめてぇ!やめくれぇっ!」


「ダメです、貴方は傷つかねばならない」


「ひぃいい!!」


杖を振りかぶる、こいつはハーメアを奴隷にして子供達を傷つけた最悪の男…、何が何でも許すわけにはいかない。こいつは傷ついて当然の男なんだ!


(誰かが罰を与えなければならない!こいつを誰かが…罰さなくてはいけない!)


「ゆ、許して…許して!」


役に立たなくなった四肢を動かしてエリスから逃げようとするデッドマンを足で押さえつけ、一発…杖が風を切りデッドマンの頬を撃ち抜く。


「ぁがっ!?…ぁ…」


「まだまだこんなもんじゃ済ませませんよ、お前は…お前は…!!」


怒りで脳みそが蒸発しそうなくらい怒り牙を剥く、こいつをもっと痛めつけなくてはいけない。痛めつけろと…言うんだ。


ハーメアが、子供達が、エリスの耳元で『もっと恨みを晴らせ』『こいつは傷ついて当然だ』『やれ』『殺せ』と…その声に従いエリスは再び杖を振りかぶ…。


「も、もう…殴らない…で…」


「グッ…!」


──まただ、また…その言葉。やめろ、そんな目で見るな、怯えきった目で見るな、お前が悪いんだろう全部!なのにそんな目でエリスに助けを乞うな!エリスは…エリスはただ当然の怒りをぶつけて。


「あ……」


刹那、頭に切れるような痛みが走り…触る。傷はない…いや今はないとでも言おうか。


そこは、かつて…エリスの父ハルジオンに、燭台で殴りつけられ血が出た場所だ…その時も確か、ハルジオンは燭台を振りかぶりながら言っていた。


『お前が悪いんだろう!そんな目で見るな!このグズ!ゴミ女!!』


殴りつけながら己を正当化するような言葉を吐いていた。抵抗も逃げることも出来ないエリスを殴って…。


そこではたときがつく。今…抵抗出来ないデッドマンを捕まえ、杖を振りかぶる己の姿が、ハルジオンと全く同じであることを。


…エリスの中にあるハーメアの血が、エリスにいろんなものを与えたように。


…エリスの中にはあるんだ、同じく…あの男の血が。エリスは…あの男の血を引いているんだ。


「あ…い…ぐぅっ!」


「……?」


痛い、頭が痛い。エリスは何をしてるんだ、何をやってるんだ、これじゃエリスが何よりも嫌悪する存在と同じみたいじゃないか。あの男の血を証明しているみたいじゃないか!


なんでだよ!あの男のようなことをしているのはデッドマンの筈だろ!なんでこうなるんだよ!なんで!なんで…っ!


「ぅ…うう、忘れたい…忘れたい…消えてくれ、消えて…」


「何が…」


消したい、この記憶を消したい。いつまで経ってもエリスを縛り続けるこの記憶を消し去りたい。このままじゃエリスは…。


頭を抱え、グラグラと揺れるように後ずさる…もう意識を保つのもやっとなデッドマンを放って頭痛と激怒に歯を食いしばり、向けようのない怒りとエリスの胸を刺し貫く記憶に苦しみ悶える。



どうしたらいいんだ、どうしたら…。


「困ってるみたいだな、エリス」


「っ…レッドグローブ…?」


刹那、振り返るとそこには…レッドグローブがいた、もしかしたらと思わせるあの男が、疑念を伴ってエリスの目の前に……。


「ボス…!」


「は?」


今、デッドマン…なんて言った?ボス?…ボスだって?レッドグローブを見て、今そう言って…。


ガンガンとうるさい頭を黙らせるように、怒りを噛み締め…睨む。



「…まさか、レッドグローブ…」


「ああ、そうだ。…その通りだ」


すると、レッドグローブはフッと何かを諦めたような、そして同時に決心がついたかのような笑いを一つ秘めると。その両手を広げて…笑う。


唐突に、そして見計らうかのような…全て最初から計画していたかのようなタイミングで現れたレッドグローブは、エリスの怒りに油を注ぐ。


「そうだ!俺こそが悪魔の見えざる手の頭領レッドグローブだよ!助けに来たぞ!デッドマン!」


「あ…ああ、ボス…ボス…帰ってきて…くれて…」


「………………レッドグローブ、貴方それ本気で言ってるんですか?」


「ああそうだ!悪かったな…ハーメアの娘。お前の母のようにお前を騙して!それとも血は争えないか!俺の掌の上で親子共々踊る運命にあるのか!」


まるで芝居かかったように仰々しく叫ぶレッドグローブを、いつものエリスなら問いただしたりとかもっと詳しく話を聞いたりとか、出来たのかもしれない。


けど、かねてより疑問を抱き、デッドマンの態度を見て、レッドグローブの告白を聞いて…エリスは思ってしまった。


こいつが、悪魔の見えざる手のボスなんじゃないかって。


異様に悪魔の見えざる手の内部事情に詳しく、エリスに付きまとうような姿勢を見せて、ハーメアのことを知っていて、そしてこの場に現れた。疑うには十分過ぎる材料が揃っている。


それだけで、苦痛と激怒の坩堝に飲まれた今のエリスを動かすには十分すぎた。


「お前、ハーメアを…!」


「その通りだ、お前の母を捕まえ奴隷にしたのは俺だ。お前の母をアジメクに売り捌いたのは俺だ!憎いか?憎いか俺が!」


「…憎い…憎い!!」


「なら、なら殺してみせろ!俺を!母の仇を討ってみろ!エリス!」


「ぐっ!ぅぐぅううううう!!!!」


怒る、怒る、怒る、こいつがハーメアを攫った張本人。かつてデッドマン達を動かしハーメアを攫った張本人。こいつこそが…エリスの地獄の始まり作った男!!



許さない許さない許さない!殺す…殺す、殺さないと…殺さないと。殺さないと…ハーメアの魂とエリスの人生が…報われない!


「レッドグローブゥッ!!!」


「ははっ、いい顔だ…そうだ、恨め…憎んでくれ、俺を…罰するんだ」


「ぅぁぁぁあああああああああ!!!!」


全身の魔力を滾らせ、デッドマンを捨て置いてレッドグローブに飛びかかる。あの地獄の記憶がエリスを突き動かす、あの地獄に産み落とされた恨みがエリスを動かす。最早頭の中は復讐と怒りしか無く…エリスはレッドグローブに向けて。


「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ !!!!」


込めるは殺意、渦巻く雷を怒りに変えて、今目の前に存在する男と今もなお頭の中で響き渡る地獄の記憶…どうやっても消し去ることの出来ない地獄の記憶を今度こそ、完全に殺し去る為に。


エリスは今、殺意に身を任せる。


「『火雷招』っっ!!!!!」


「…そうだ、それでいい。ようやく…だな」


泣き喚くような詠唱が響き渡り、天に向けて許しを乞うような雷鳴が木霊し…抵抗することもないレッドグローブに、今炎雷が走り…。



レッドグローブを殺し──────。



「『喰らえ』ッ!星魔剣ッッ!!」


「なっ!?」


「っ…お前は!」


刹那遮るような影が、エリスとレッドグローブの間に割り込み、怒りの炎雷をその銀の剣で切り開き全てを吸い尽くし消し去ってしまう。


露と消えるエリスの殺意、未だ燃え滾る憎悪は囁く。


殺せてない…レッドグローブを…まだ、と。


……誰だ、邪魔したのは…!!!


「ふぅ〜…何やってんだよ、何やってんだよ!レッドグローブさん!姉貴!」


「…ステュクス!」


銀の剣を構え、怒りの表情を浮かべながらこちらを睨むその顔は…間違いない、エリスと同じハーメアの息子である、エリスの弟であるステュクスだ。


なんでここにいるとか、何をしてるとか…そんなのは今どうだっていい。


「貴方、分かってるんですか…ステュクス」


「何が!」


「そいつはハーメアの仇ですよ、それを庇うんですね」


「仇…?何言ってんだよ姉貴、あんたも知ってるだろ!母さんは誰かに殺されたわけじゃない!レッドグローブさんは関係ないだろ!!」


「関係ないこと無い!そいつがハーメアを攫って!地獄に叩き落としたんだ!殺したも同然だ!」


「だから殺すのか?だからあんたは人の命を奪うのか!?悪いが…そんなもん人を殺す理由にゃならねぇよ!」


「何を…お前、あの地獄を知らないお前が…ハーメアがどんな目にあったかも知らないお前が!エリスがどんな思いをしたかもさ知らないお前が!!!エリスの復讐を否定するのか!!」


「する!!どんな理由だって…人を殺していい理由にはならないんだよ!だから誰も死なせない!殺させない!姉貴を人殺しになんかさせない!レッドグローブさんを死なせない!もし止まれないんだったら…俺が止めてやるよ!クソ姉貴!!」


絶句し放心するレッドグローブを押しのけ、エリスの前に躍り出るステュクスは叫ぶ。


ハーメアの仇を討ち、悪魔の見えざる手に引導を渡せるという時に訳の分からないことを言いやがって。こいつは、本当に…どこまでも煩わしい男だ。


なら、もういい…ここでこいつも。

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