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385.魔女の弟子と止まらぬ激憤


「『サウザンドサウンド』!はいシャーンシャーン!」


「うぉおおおおお!あぶねぇええええ!!」


「きゃー!来ますよアマルトさーん!」


ナリアを抱えて鍾乳洞を走る。背後で爆裂する音の絨毯爆撃から逃げるようにアマルトは走る。全力全開で鈴付きの剣を振り回し魔術で何千倍にも拡大して放つラスクの猛攻を前にアマルトはプライドも何もなく脇目もふらずに逃げる。


「どこに逃げても一緒!『集音式サウザンドサウンド』!」


そんなアマルトの背中に狙い定め、ラスクは剣を一度振るい足元の水を巻き上げトンネルを作ると共に一点に集音された爆裂音をアマルト目掛け放つ。


何千倍にも拡大された音は最早兵器だ。空気を震わせ全てを破壊する不可視にして不可避の爆撃だ。


「ッ!ちぇぇええええい!」


そんな透明の爆撃をアマルトは横にすっ飛ぶ事で回避し、水の上をゴロゴロ転がりびしょびしょになりながら息を整える。


やっべぇ…戦うどころじゃねぇやこれ。


「逃げてばかりの情けない男、あっちへフラフラこっちへフラフラ、まるでハエね」


「まぁ…逃げることに関しちゃ、一家言あるからな…俺はよぉ、ぜぇぜぇ…」


「すみませんアマルトさん、さっきから抱えてもらって」


「いーんだよ、俺が勝手にやってるだけだしな」


ラスクとこの鍾乳洞で戦い始めてより一度として奴に傷を与えていない事実にアマルトは少々辟易する。ラスクの音波攻撃に対する反撃法が確立していないのだ。


『もしまた会っても俺は別のやつの相手すりゃいいだろ、メルク辺りはああいう音攻撃の奴と戦った経験もあるしそっちに押し付けようかな』なんて甘く考えてたらラスクの方から俺に突っ込んできやがった。


こうなるともうアマルトに出来ることはない。明確な飛び道具を一つとして持っていないアマルトは奴に触れることすら出来ないだろう。


(ナリアもそこまで遠距離に届く飛び道具は持ってないし、相性最悪だな俺たち)


音はどこまでも届く、射線上から外れる以外の対処法がないのが今のところの話。しかもよしんば近接戦に持ち込んでもあいつめちゃくちゃ強いしなぁ。


「あ、そうだナリア。お前アレ使えないか?魔術跳ね返す奴」


「反魔鏡面陣ですか?すみません、あの魔術には使えません」


「そうなん?」


「はい、奴の魔術は音を大きくするところまでで完結してます。それによって拡大された音そのものは自然現象…魔術じゃないから跳ね返せません」


「なるほど、そっか。分かったよ」


ナリアの顔はいつになく真剣だ。こいつもこいつなりに色々考えてくれているんだろう、ナリアはラグナやエリスみたいなパワーで押していくタイプじゃない、色々考えて組み立てて戦うタイプだ。


故に、作戦を立てる時間がいる…そして、その時間を俺が稼いでるわけだが。


「っていうかいつまで抱っこしてるんですか!僕子供じゃありませんよ!」


「お、おお?」


「あらあら喧嘩かしら?」


するといきなりグイッとナリアに胸を押されて引き離される。怒らせたか?流石にずっと抱っこしてるのは。


…………なるほど、しかしどうしたもんかね。


(このまま続けてもいつかなぶり殺しだな)


いつか、俺に限界が来た時俺達は終わる。逃げるのにだって体力がいるんだ、折角敵て戦える分の体力を使って逃げ回ってるんだ。そのうち戦う力もなくなって逃げる力も失って敗北するのは必定。


なら、やけっぱちでもやってみるだけやってみるか。


「よし、じゃあちょっと俺チャレンジしてみるわ」


「え?なにを?」


「ラグナやエリスみたいなパワー押しさ。苦手だけど…そうも言ってられない、ちょっと下がってろ」


「わ、分かりました!頑張ってください!」


ナリアを後ろに下げると共に、一歩…ラスクと向き合う。やれるだけのことはやる、普段から子供達に挑戦することが大事なんてご高説説いてる俺が挑戦もせずに死ねるかよ。


「おや、ようやく戦う気になりましたか」


「おうよ爆音一発芸野郎。テメェぶっ倒すのに小難しい作戦なんかいらねーって気がついたのさ」


「愚かな、ではやってみなさい?それが如何に浅はかだったかを思い知るでしょう!」


「言われなくてもやってやる!その四肢 今こそ刃の如き爪を宿し、その口よ牙を宿し 荒々しき獣の心を胸に宿せ、その身は変じ 今人の殻を破れ『獣躰転身変化』!」


そう詠唱を唱えながら取り出すのはベルトのバックルに仕込んだ血液アンプル。そいつを弾いて飲み込み…変身する。


「『ビーストブレンド』!」


魔獣の血を複数ブレンドして作った俺特製の血液アンプル。内部に含まれた魔獣の力を引き出し変身し、悪魔の如き様相に変化する。


「出た!コルスコルピで見せためっちゃ強いアマルトさん!」


「なんと禍々しい姿、まるで地獄!地獄の業火!地獄の業火の舞!ハイハイハイ!」


「はぁ、こっちはガチでやってんだからふざけるなよ」


魔獣の力を手に入れるこのビーストブレンドなら、或いはラスクの音波も防げるかもしれないねぇ。いや防げるって確証はないんだけどさ、でも…やってみる価値はあるだろう。


そう俺は静かに黒剣を寝かせるように構えを取る、そんな俺を見てラスクも舞をやめ…剣を構える。


「姿が変わろうと同じこと、お相手します」


「そうかい、なら…悔いるなよ!」


水が天井にかかるほどの柱を上げ爆裂する。俺の踏み込みが水を押しのけ一瞬大地を見せる。風を切るような速度でラスクに切り掛かり───。


「ほう!何という速さ!見掛け倒しではありませんか!」


「ったり前だろうが!」


防がれる、巧みに曲線を活かした受けでアマルトの暴力的な速度の斬撃をいなし捌きステップを刻む。


柔能く剛を制すとはよく言ったもので、魔獣の力を得たアマルトの人並み外れた斬撃は一度振るえば足元に水をパックリと切り裂くような真空波が飛ぶほど強烈な一撃だ。


だがラスクの舞踏は傷と害を寄せ付けない。小さな円を無数に描くような動きはどこを斬りつけても相手にもされないかのように打点をズラされる。


(やッぱ尋常ねぇな!魔獣の力を得ても技量で負けてちゃどうにもならねぇか。なら…力押しで行くのはやめるまでだ)


「ん?なにを…」


突如として展開される羽、アマルトの背中に格納されていた蝙蝠の如き羽がいきなり開かれラスクの視界を覆うとともに、羽撃く。


「んぉーっ!!?すごい風〜!?」


風だ、アマルトを横にしてもまだ足りないくらい広い羽から繰り出される猛烈な突風。局所的な攻撃ならともかく流石に風までは捌けないのかラスクは風を一つ受け大きく態勢を崩す。


それでも転倒まで行かないあたり、ラスクの体幹はエゲツないのだろう。だが関係ない…即座に羽を畳んだアマルトはその場で大きく反転し。


「喰らえやぁっ!」


「っっ!?!?」


態勢を崩したラスクを襲ったのは理外の攻撃…尻尾だ。人間には本来生えていない筈のそれをアマルトは利用し、背を向けると見せかけてラスク目掛け振るったのだ。


人の腕ほどもある尻尾を鞭のように振るい、ラスクの顔目掛け一閃する。


「ッ!!」


「当たった!」


刹那、音を立ててラスクの顔面に尻尾が命中し、ラスクの足が大地から離れ…。


(違う!入りが浅い!防がれた!)


意図的に体を後ろにすっ飛ばして衝撃を緩和したんだ、事実としてラスクの顔には傷の一つも付いていない。やられた…!そう感じた瞬間アマルトの脳裏を読んだかのごとく今一番やって欲しくない行動をラスクは的確に現実のものにする。


「『サウザンドサウンド』!」


くるりと宙を舞いながら放つのは音の砲撃。剣と剣をぶつけ合った金属音を拡大してアマルト目掛け集音し砲撃したのだ。


尻尾を振るい背中を向けていたアマルトにはとても回避出来ない、直ぐに体を反転させ何とか両手をクロスさせ砲撃に備える。それくらいしかできないんだ。


「グゥッ!」


砲撃から着弾までが速すぎる、なんせ正真正銘の音速だ。


『あ、使ってきた』


と思った瞬間にはもうぶっ放されてる。故にこれだけの力を得ても防御するのが関の山。


「ヴッ…この、まだまだ!」


しかしそこは伊達じゃないのがビーストブレンド。体表は鋼のように固まっているが故に音の砲撃も物ともしない、いや痛いには痛いけど悶えるほどじゃない。


このまま突っ切っていけるか!


「む!強行突破を!ならば吹き飛ばしてあげましょう!『サウザンドサウンド』!シャカシャカシャーンシャーン!」


剣に付いた鈴を振るい、マラカスのように何度も何度も轟音を繰り出すラスク目掛けて両手をクロスさせたまま突撃する。一撃もらう都度なんか膝から崩れそうになる程の衝撃が走るが…大丈夫、気合いでなんとかなる範疇だ!


「音が効いてない…、なんと頑強な!」


「うぉおおおお!パワー押しぃぃいいい!!」


跳躍、魔獣の脚力を用いた爆裂飛翔。滑空する蜂の如くラスクに迫り腰だめの拳を振るう。剣でダメなら拳で!そんなアマルトの決死の試みを前にラスクの瞳が煌めき。


「『ディメンションスピン』!」


回転する、まるで切り揉むかのような高速回転でラスクは完全に拳の衝撃を流すと共に…。


「『サウザンドサウンド』!」


二本の剣をアマルトの胴体に叩きつけながらの拡音魔術。剣の刃そのものは脅威ではない、大砲さえ物ともしないアマルトの皮膚には傷もつかない。


だが、鋼の如き頑強さを持つのは飽くまで皮膚のみ…その内側は、全生物共通で脆い。


「グブッ!」


アマルトの食いしばった歯の隙間から血が溢れる。爆裂したのだ、アマルトの体内で音が。


剣を相手の体に叩きつけ、体の中で反響する音を増大させ内側から破壊する。そんな悪魔的攻撃を受ければ魔獣と化した体でも耐えきれない。


「ほう!これを食らって人の形を保ちますか!普通なら四肢が弾け頭が爆ぜ胴体が四方に飛び散るというのに!」


「なんつー技、使うんだよ!」


「あははははっ!」


くるりくるりと回転しアマルトの連撃に空振りという結果を与える。そんなラスクに対してアマルトは舌打ちを隠せない。まるで川魚を素手で掴むような…そこに居るのに確かな手応えを得られないんだ、これにダメージを与えるのは至難の業だ。


(こうなったら火ィ吹くか!いやいや…こんな場所でそんなことしたら俺も死ぬって)


こんな密閉空間で火を吹いたら取り返しがつかない、あるいはエリスならその辺覚悟決めてやるんだろうけど…、なんてアマルトが日和ったその瞬間のことだった。


「生半可な攻撃は通じない様子!ならば見せましょうこの水紋の間の真の恐ろしさを!」


跳躍する、アマルトの攻撃から逃れクルクルと回転しながらラスクは天井付近まで飛び上がると、その剣を…。


「『サウザンドサウンド』!」


振るい叩く、鍾乳洞の天井からツララのように垂れる鍾乳石を叩きながら音を拡散する。


──通常の鍾乳石ならこうはならなかった。石灰水が浸み出し侵食しただけの物だったなら、こうはならなかった。


ラスクがこの洞窟を見つけ自らの主戦場として『水紋の間』と名付け使うに至った理由はこの特殊な鍾乳石にある。このプラキドゥム鉱山にて取れる特殊な鉱石が雨水を通し石灰水と混ざることによりここの鍾乳石は通常のものよりも硬く、かつ弾力がある。


叩けば震え音を反響させる。それを見たラスクは思った。


『まるで音叉のようだ』…と。



「なッ!?」


ラスクが通常行う鈴を鳴らして行う音撃が砲撃や爆撃なのだとするなら、洞窟全体が鳴動する音叉の音撃はさながら発破だ。


鉱山を崩し、山を破り、大地を砕く音の爆裂。小さな剣一本で起こす音なんか比較にならないそれが頭上で発生しアマルトを飲み込む。


巧みに音から逃れるラスクはともかくとして、鍾乳石の真下にいたアマルトには最早為す術はない。


洞窟全体を見たす水に波紋が起こる。津波とも思えるほどの波紋が伝わる。その中心にいたアマルトを砕きながら。


「ガッ…うぐっ…!」


咄嗟にアマルトは耳を守った、最早被弾は免れないし防御の意味はないと思い耳を守った。それ故に鼓膜の死守そのものは何とかなったが…肝心の体の方が問題だ。


鋼の体皮が砕け、その端々から血を噴き、内側から爆ぜるように水を血に濡らし倒れ伏す。ビーストブレンドが強制的に解除され喘鳴のようなか細い呼吸と血を発しながら。


「アマルトさん!」


「う…ぐ…」


「おや、一発で終わりですか?まだフィナーレには早いですよ」


ナリアは駆け寄る。血を噴いて倒れたアマルトに駆け寄り膝をついてその頬に手を当てる…、まだ息はあるけど、何ということだ。アマルトさんがやられてしまった…そう言わんばかりに深く悲しみ首を垂れる。


「残ったのは貴方一人ですか、貴方の踊りは評価しますが…敵対した以上殺さねばなりませんね」


「……アマルトさん…」


「…………」


しかしそんなラスクさえも無視してナリアはアマルトの顔に自らの顔を徐に近づけて……。


「って!?せ…せせ、接吻!?キス!?あ、貴方達そんな関係だったんですかー!?」


ボッ!と顔を真っ赤にして顔を重ねるアマルトとナリアから目を背けるラスク、まさか最後に別れの接吻をしようというのか…確かに仲が良さそうだったがカップルだったとは。


「す、済ませちゃいなさい!手早く!そのくらいの時間は待ってあげますから!」


「…心配すんなよ、ナリア」


「ん?」


ふと、キスをしていると思われた二人を見てみるといつのまにかアマルトが体を起こしているではないか。とはいえ息も絶え絶え、あれほどの傷を受けたならもう立ち上がれないはずなのにアマルトは起き上がる。ナリアの頭に手を乗せて。


「でも…」


「大丈夫、このくらいの傷なんか屁でもねぇーのよ俺は。それに分からねえか?俺はお前を信用してるんだ…だから、まだやるよ」


剣を杖代わりに立ち上がる、そんなアマルトを見てラスクは即座に冷酷な表情に切り替わり、再び剣を力強く握る。


「涙ぐましいですね、『仲間のために負けてたまるか〜』ってやつですか?」


「バッカ野郎…、負けてたまるかは負けてる奴のセリフだって俺のダチも言ってたぜ…?勝ってる奴はこういう時こう言うのさ!」


グッ!と背筋を伸ばし、ラスクに向けて指を指すアマルトはこう語る。


「ッ…〜〜?ッ…えっと、なんかいい感じのセリフが浮かんでこない!」


「なんで死にかけで格好つけたんですかアマルトさん!」


「ともかく!…今のでお前の攻略法は思いついた!次はこうはいかね〜からな!」


「はぁ…」


ただのバカか、そう額に手を当てるラスクはアマルトの始末の算段を立てる。


(今ので攻略法を?甘いですね、私も今の戦いで貴方の動きは見切りました。私の彼には決定的に技量の差がある、音も彼は攻略出来ていないですし…これはもう早々に終わらせてしましょうか)


決定的なのだ、戦況は。アマルトはラスクの技量を解決する手段を持っていない、先程の奥の手であるビーストブレンドも結局ラスクに手傷の一つも与えられなかった。剣を振っても当たらず、ラスクの鳴らす爆音に対処も出来ていない。


これでどうやって勝つのか、息も絶え絶えの男に対して恐怖心を感じてやれるほどラスクは繊細な女子ではない。


「ではお好きにどうぞ、我が舞の前に貴方は倒れ伏すことになるでしょうがね!


「そりゃあ、どうかな」


対するアマルトは此の期に及んで至極冷静であった。先程のビーストブレンドが全く通用しなかったのはある意味予想通りだったからだ。


魔獣の溢れる力で押していくビーストブレンドはある程度技量で拮抗した相手にまでしか通用しない。その点で言うとラスクはある意味達人だ、舞踊と剣術を組み合わせたあの戦闘スタイルと奴に有利なこの戦場…今のアマルトには手に余る。


だが、それでもビーストブレンドで挑みかかった理由は二つ。一つは確かめるため、奴の技量とブレンドがどこまで通用するかの言ってみればジャブだ。そしてもう一つは…まぁこっちはいいとしてだ。


少なくとも、アマルトとラスクの間には埋め難き差がある。そこを自覚しているからこそ…彼は立ち上がった、なんとかする方法ならちゃあんとあるんだぜ。


「もういっちょ変身行くぜ」


そう言いながら彼は再びベルトのバックルに手を当て中から血液アンプルを取り出す。アマルトが手ずから作り上げたこの血液アンプル…ビーストを使い残量が減ったそれを取り出し、もう一度変身する。


「その四肢 今こそ刃の如き爪を宿し、その口よ牙を宿し 荒々しき獣の心を胸に宿せ、その身は変じ 今人の殻を破れ『獣躰転身変化』」


アンプル弾き飲み込みながら扱う変身呪術。血液に秘められた力を取り込み変身する。


「またそれですか」


またか、とラスクは呆れる。さっき通用しなかったそれをもう一回使ってもまた同じ結果になるだけ、もしかしたらワンチャンあるかも…なんて戦いの内容ではなかっただろう。


故に彼女はあくびをしながらアマルトの変化を見ている…が。


(ん?おかしい、さっきと姿が違う)


さっきは見るからにおどろおどろしい悪魔みたいな姿であったにも関わらず、今度の返信は非常に控えめだ。


やや背丈が伸びたか?なんか筋肉がちょっとついたか?ってか髪伸びた?ってくらいの変化に留まっている。


「変身する体力も無くなりましたか?さっきほど怖くありませんね」


「そうか?俺としちゃあ『こっち』のが怖いぜ」


(……?、よく見れば髪がやや赤みがかっている?いやでもその程度で…)


そこまで思考して、ラスクは考えるのをやめた。何故か?


それは…アマルトが取った構えが先程とは違ったからだ。


(構えが違う…、どういうことでしょうか)


普通剣士は一度定めた構えを変えることは少ない、余程器用な者でもない限りメリットがあまりないからだ。先程までアマルトが見せていた構えは剣を寝かせるように下に構えるスタイルだったのに今は逆…剣を高く突き上げる大上段の構え。


「さぁ、行くぜ…」


「…まぁなんでもいいです、ぶっ潰してあげましょう!『サウザンドサウンド』!」


まぁなんでもいい、叩き潰せばいいだけだとラスクは魔術を放ち───。



そこからだった、なにもかもが変わったのは。


「ハッ、意外に…遅いんだな」


刹那、音の魔術がアマルトにぶつかるよりも前に…アマルトが動く。水を引き裂き飛ぶ音を見切り、目にも止まらぬ速度で飛翔したアマルトに回避されたのだ。


「なっ!?」


回避された、音を回避された、しかもただ避けられただけではない…完全に見切られ音を掻い潜った上でアマルトはこちらに向かってきた。さっきまで傷を作りながら突っ切って来たのに…!


「一体なにが…!ぐっ!」


「ほらほらどんどん行くぜ!」


肉薄され斬りつけられる、ラクスとアマルトが再び切り結ぶ。その瞬間ラスクに衝撃が走る、物理的な物ではない、精神的なショックが走るのだ。何せアマルトの剣を…。


(受け流せない!?)


一度、二度と切り結ぶ都度ラスクの剣がアマルトの剣に無理矢理押し退けられる。いつもの舞踏で弾いて捌く事が出来ない、何よりショックなのが何故捌けないかもわからない程にアマルトの剣が凄まじい事だ。


「なに!これ!なにが!どうなって!」


「そらよっ!」


「グゥッ!?」


逆に弾き飛ばされラスクはこの日初めて尻を大地につけることとなる。完全にやられている、いきなりアマルトに技量で上回られた。


こんなこと有り得るわけがない、有り得ていいはずがない。そう心の中で唱えるラスクは震える手ですぐに剣を持ち直し…。


「どういう事!?何故急に強く…」


「そりゃ変身したからさ、さっきのビーストブレンドで通じなかったから…今度はこっちのブレイブブレンドで行かせてもらう」


「ブレイブ…?」


そう、これがアマルトの切り札の一つ。ビーストブレンドが魔獣の力と硬い体表を持つゴリ押し防御型だとするなら今使っているブレイブブレンドは技量で押していくタイプ。


それが可能になるまでにアマルトの剣の腕が急激に向上したのだ、何せ先程飲み込んだ血液は魔獣の物ではなく人間のもの……。


────この血液アンプルを使って変身する、というアイデアを思いついた時アマルトが一番最初に行ったのが『過去のデータの照合』だ。


なにに変身した時何ができるか、どれに変身したらどういう風になるのか。その結果魔獣を複数合成するというアイデアが生まれたが…はっきり言ってビーストブレンドは本筋の副産物だ。


本命はヒーローブレンドと…このブレイブブレンドだ。


アマルトは考えていた、シリウスに変身した時のこと。アマルトが本来使えない筈の属性魔術や治癒魔術も使っていたのだ。剰えシリウスの固有技能である『合わせ術法』も使えていた。これはどういうことか?そうか考えれば直ぐに答えは出た。


鳥に変身して飛べるのは何故だ?魚に変身して泳げるのは何故だ?人間にはどちらも出来ない筈なのに、理由は単純…変身した時、その変身した対象の能力だけでなく技能技量も丸々コピー出来るのだ。


アンタレス曰く変身呪術の天才であるアマルトにしか出来ない芸当。これをフル活用するために作ったのがブレイブブレンド…その内容は、歴戦のアルクカース戦士百人分の血液を調合するというもの。


「ブレイブブレンドを使った俺は、そこら辺の兵士や剣士なんか目じゃないくらい巧くなるんだなこれが」


アルクカース人百人だ、ただでさえ身体能力に優れるアルクカース人の中には特別足が速い奴もいれば特別力が強い奴もいる、そういう特別が全部今のアマルトには搭載されている。


その上、彼らが戦いの中で培った戦闘技能も全て合算され、今のアマルトを作り上げているんだ。


百人のアルクカース人が組み上げた戦闘理論を用いて剣を振るえば、ただそれだけでラスクの剣術を遥かに上回る事ができる。それがブレイブブレンドの…アマルトの強さの真相だ。


「今の俺から言わせてもらえばラスク。お前の剣はこれ以上なく稚拙に見えるぜ」


「何を…この!!!」


さっきまで格下と思っていた男にいいように言われラスクはブチギレる。剣を握りしめてその技量を上回ろうと全力を尽くす。


「『スライスウィンドミル』!」


まるでミキサーのように体を回転させ刃を振るうラスク…を、アマルトは一息ついた後軽く剣を動かし、足を微動だにさせず全て弾いてみせる。


「もっとちゃんと剣握った方がいいんじゃねぇの?例えばほら…こういう風にさ!!」


「うっ!?!?」


返す刀とばかりに一撃、凄まじく重い斬撃がラスクを襲い軽く吹き飛ばした上で更に壁に叩きつけ鍾乳洞を揺らす。膂力一つとってもさっきまでのアマルトとは格段に強い。


「カハッ…!」


さっきまでとは段違いだと言わんばかりにラスクが顔を歪める。そりゃそうだよ、アルクカース人百人分の力だぜ?魔獣だって木の棒で殴って殺しちまうような生物だぞ?アルクカース人は。


確かに鋭い牙も硬い爪も強靭な鱗も持たないが、それでも一番恐ろしいのは人間でしたってオチさ。


「アルクカース人ってのは恐ろしいな、そう思わねえか?ラスク」


「…………ええ、そうね」


「おん?やけに聞き分けがいいな。まぁいいや…それよかまだ続けるか?」


「…っ!当たり前…でしょうが!!!『サウザンドサウンド』!」


最早ヤケクソだ、アマルトに飛びかかりながら不可視の衝撃波を放つラスクに先程までの余裕はない。


当然だ、と俺の中のアルクカースの冷静な部分が分析する。ラスクは舞踊と音撃を武器としたスタイルを取っている、だが逆に言えば武器はこれだけだ。剣術も多彩なわけではないし魔術も一種類。


これが打ち破られた時ラスクの強さは脆くも崩れ去る。今まで勝ち得てきた手段が通じない…というのは人から冷静さを奪い去るのだ。


「当たらねえよ!」


アルクカース人の身体能力とはつくづく凄まじいもので、ラスクが音を放つ前に反応して避けることが出来る。放たれた不可視の衝撃波もクルリとバク転し回避することで容易く不発に終わり。


代わりに放たれたアマルトの飛び蹴りがラスクの腹を穿つ。


「ぅぐっ!?」


「ふっ、ははははは!」


そして立て続けに加えられる連撃、連撃、連撃、武器を振るい攻め続けるだけで体の血が湧きたち力が湧いてくる。これがアルクカース人か!これが世界最強の戦闘民族の力か!最高だぜ!


荒々しく燃え滾るアマルトの鬼のような攻勢を見て、ラスクは目を細める。


(まるで、アルクカース人のようだ…)


ラスクは邂逅する、かつてデルセクトの特殊部隊にいた頃のことを。


デルセクト国家治安維持部隊『ディースアーミーズ』…今はもう存在しない特殊部隊であり、かつてデルセクト軍人だった頃のラスクが立ち上げた部隊の名がそれだ。


治安維持…とは名ばかりの金持ちに尻尾を振り貧乏人を弾圧する為の組織だ。金持ち達に媚を売っておけば無限に金が入ってくるんだからラスクは毎日高笑いをしていた。


この舞踊剣術も最初は金持ちへの見世物として習得したものを実践に組み込んだ頃の名残だ。腕っ節なら当時の総司令ニコラスにも引けを取らないと思いより一層貧乏人の弾圧と言う名のビジネスを広めていた…そんなある日だった。


『私の街でチンピラが暴れてるから追い払って欲しい!』


地方の貴族からのそんな依頼を受けてラスクは動いた、まずは部下を三人派遣してチンピラの退治を命令し…音信不通。


仕方ないから次は十人派遣し…音沙汰なし、副隊長と二十人の部隊員を派遣して…連絡途絶。


何かがおかしいと思い始めたのはその辺りだ。いくら戦力を送り込んでもその『チンピラ』を撃退することが出来なかった。戦力が削られ各地での治安維持にも支障が出て、何より依頼を送ってきた貴族からのクレームが凄まじかった。


このままでは折角築き上げた地位が、取り付けた支援が全て水の泡になる。こうなったら仕方ないとラスクは剣を持ちチンピラが居るという街の酒場に乗り込んだ。


その時だ、奴に出会ったのは。


『あ?なんやねんお前、またオレの事追い出しに来たんか?懲りん奴らやわホンマ』


その酒場にいたのは、少年一人だった。酒場の店主も外に追い出し店のもの全部自分のものにして机に座る獣のような少年が座っていた。


事前に聞いた話では、この子はアルクカース人だという。


『お前はアルクカースから来たチンピラか?』


私がこう聞くと少年はヘラヘラ笑い。


『やったらなんやねん、言うとくと正しくはアルクカースと…デルセクト人のハーフや。で?どこの男のチンコから出てどこの女の腹から出てきたんが今…この時の話になんの関係があるっちゅうねん』


この時、ラスクは冷や汗をかいていた。目の前の少年が放つ威圧に気圧されていた。一級のデルセクト軍人であるラスクが酒場を荒らすチンピラ一匹に気圧されていたのだ。


だが戦わないわけにはいかない、名目上の治安維持のためラスクは剣を取り……。


そして敗北した、まだ十歳かそこらの少年に素手でボコボコにされて負けた。剣も使った魔術も使った、なんなら不意打ちも騙し討ちもした。だが負けた…何もかもをへし折られラスクはボコボコにされた上で服を剥がれて店の外に捨てられた。


……後から知った事だった。この少年…ラスクが後に所属することになる悪魔の見えざる手が加入した魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムにて、五本の指に入るとまで称される使い手に育つ、八大同盟パラベラム最強の大幹部 悪鬼ラセツと呼ばれる男であったことを。


何故彼がそこにいて、何故店を荒らしていたかは分からない。なんならラセツを追い出せなかった事に対して貴族が異様に反応を示しヒステリーになりながらラスクを処刑しようとしたのも今にして思えば何かしらの裏があったように思える。


だがそんなことを知らないラスクは、アルクカース人を恨み自分を不当に追いやったデルセクト貴族を恨み、ディースアーミーズを解体して逃げ出すように国外へと逃亡し悪魔の見えざる手に所属した。


その時より彼女はずっとアルクカース人を特に集中して奴隷にするよう努めてきたが…。


今ここでラスクを追い立てるアマルトが、被るんだ。かつてラスクを打ちのめした少年ラセツと。


まぁ、今こうして強くなったアマルトでさえ、かつてまだ少年だったラセツには遠く及ばないのだが…それでも。


(やられてたまるか、やられてたまるか!やられてたまるかっっ!!また!またこいつに全て奪われてたまるか!)


再びラスクの瞳に炎が灯る。燃え上がるように憎悪し、滾り尽くすように激怒し、アマルトへの悪意を募らせる、何が何でもこいつだけは殺す!


「ぅぅぁあああああ!!!」


「お?!」


剣を振るい、アマルトを引き剥がす。いきなり動きが変わり反応が遅れたアマルトは一歩引き…その隙を見逃さなかったラスクは再び天高く飛び上がる。


「負けてたまるか!私はな!私はもう何も失うわけにはいかないんだよ!だから…!」


奥の手を使う、奥の手というより禁じ手だ。そして同時に…あらゆる敵を屠れる最強の攻撃にして最大の奥義を放つ!


「『サウザンドサウンド』ッッッ!!」


「アイツ何してんだ?」


アマルトは首を傾げる、ラスクの行動に意味を見出せなかったからだ。


天井の鍾乳石に二つの剣をぶつけ、鍾乳石ではなく自身の双剣を震わせ音を出しているのだから。


ボンボンと洞窟内に反響する爆音、やかましいにはやかましいが音を出す剣自体を大きく左右に広げているためアマルト達の方には音波が届かないんだ。


「何をするつもなんだあれ」


「『サウザンドサウンド』!『サウザンドサウンド』!『サウザンドサウンド』!」


震える剣は音を出し続ける激突した時の衝撃を洞窟内に響かせながら、震動を続ける剣を左右に広げるラスクは…ゆっくりと腕を閉じ音を出す剣を近づけて始める。


そんな不可解な行動に首を傾げるアマルトとは対照的に、顔面蒼白のナリアは叫ぶ。


「まさか、ハウリングするつもりじゃ…!」


「はう…なんだって?」


「ハウリングです!音を増幅させているんです!」


ハウリング…、魔導マイクなどの拡音魔術を使った際発生する事象の名だ。音を拾い拡大させるマイクとスピーカーを近づけると、マイクが拾った音をスピーカーが拡大し、その拡大した音をマイクが広いさらに拡大し、そのサイクルが発生し不協和音が発生する現象。


まだ魔導マイクが一般的な場であまり使われていないが故にアマルトは知らない、その恐ろしさを。代わりにナリアは知っている…それによって発生する音がどれだけ高音なのかを。


「死になさい、これが私の最大奥義…!」


サウザンドサウンドが宿った双剣は、音を拾い音を出すマイクとスピーカーの双方の役割を果たす。ゆっくりと近づけられるそれらは徐々に互いの音を増幅し交換しドンドン音域を高めていき。


発生する、ラスクが出せる最大音量の爆裂が。


「『レルムベラーゲルン』!」


剣と剣が限りなく近づいたその時。切っ先から放たれる切り裂くような超高音がアマルト目掛け放たれる。いやアマルトだけではない、地上にいる全てに対して音が振り下ろされる。


これがラスクの奥の手、これを使えば無限に高まり続けた音によってこの洞窟が崩れるかもしれないのだ。風船の中で爆弾を爆発させるように行き場を失った衝撃が暴れ狂いこの水紋の間を跡形もなく吹き飛ばすかもしれないから。


故に封じてきた、禁じ手。そのカードを切らせたのはアマルト達だ。もう形振り構ってられるか。


「ッ!こ…これ…」


流石に地上全域に与えられる音を前にアマルトは竦む、こんなもの食らったら二、三回は死ねる。おまけにもうどこに逃げても避けきれないと来たもんだ。


これを使わせてしまった時点でアマルト達の負けは確定、こうなった時点でもうどうしようもない。


その事実を前にさしものアマルトも冷や汗をかきながら大地を見下ろし…。


「これ…これで…」


そして、視線を移す…サトゥルナリアに!


「これでいいんだよな!?ナリア!」


「はい!完璧です!」


──────そう、これでいいんだ。


全ては…サトゥルナリアが描いた台本通りなんだから。


「じゃあ行きます!合わせてくださいアマルトさん!『大衝波陣』!」


既にスタンバイしていたサトゥルナリアは大地に手を当て発動させる、魔術陣を。


すると洞窟全体が鳴動し…『いつのまにか水の下に書き込まれていた巨大な魔術陣』が衝撃波を発生させ水を空中に巻き上げる。



そもそも、この状況。全てはサトゥルナリアの作戦から始まっていた。


────────────────


ナリアは考えていた、この戦いが始まった時からラスクとの戦いにどう勝つかを。


そう考えた時、やはり最有力候補に上がったのは『相手の魔術を跳ね返し勝つ』というナリアの必勝パターンだ。だが面倒なことにラスクの魔術は音を拡大するところまでで完結しており音そのものは跳ね返せないんだ。


……が、これでも彼は役者だ。舞台の上に立ち劇場の奥まで声を届けることを仕事としている男。故に分かっている…音の扱いは。


だから彼はその知識から作戦を考え、アマルトに伝えていた。だが口頭で伝えては意味がない…ならどうやって伝えたか?


それは。


『っていうかいつまで抱っこしてるんですか!僕子供じゃありませんよ!』


『お、おお?』


アマルトに抱きかかえられているのを拒絶する…のを装い、彼に手を押し付けるフリをしてその手の中のメモを、作戦内容の書かれたメモをアマルトに手渡していた。


そこからアマルトは即座にメモの内容を把握して…実行に移した。


そのメモの内容は。


『一度、ラスクと本気で戦うフリをして一旦負けてください。その際血を振りまいてキレると助かります』


あまりにも非人道的な事が書かれていたのでアマルトも一瞬ビビったが、ナリアがやれというのならやろう。


それ故に彼は一度負けると分かっていたビーストブレンドで戦いを挑んだのだ。防御力に秀でたビーストブレンドならサンドバッグ役に最適だ。ボコボコに打ちのめされ態と血を流し相手に吹き飛ばされるフリをして負けを演じた。


ナリアも驚いたり騒いだりするフリをしながら全ての顛末を知っていたのだ。それを巧みに隠しながら彼はアマルトが戦っている間にこっそり地面に巨大な陣形を描く。


そうしている間にアマルトが吹き飛ばされ倒れ伏したのを見て、即座に駆け寄り次の作戦を伝えた。


『って!?せ…せせ、接吻!?キス!?あ、貴方達そんな関係だったんですかー!?』


ラスクがキスと勘違いしたアレだ。そういう空気を出しながら顔を近づけ、接吻するフリをしてアマルトに次の作戦を伝えた。


見かけほどダメージを負っていないアマルトはそれに答え、ナリアの言う通りに動いたのだ。ビーストブレンドで挑んで負けたのも、その後にブレイブブレンドを使ったのも全て作戦通り。


その作戦内容こそ。


『次はラスクを追い詰めて、大技を出させてください。今のラスクはアマルトさんを侮っています…だから』


一度手酷く敗北したように見せかける事で油断を誘い、その後追い詰めることで逃げ道を断ち。見事ナリアはラスクに最大奥義を使わせるに至った。


あとはもう、幕を引くだけだ。


─────────────────


「なっ!?水が!?」


衝破陣によって舞い上げられた水を見たラスクは驚愕する…、しかし逆転劇はまだ終わりではない。


舞い上げられた水に向かって手を伸ばすアマルトは、詠唱を行う。


「人を呪わば穴二つ、この身敵を穿つ為ならば我が身穿つ事さえ厭わず『呪装・黒呪ノ血盾』!」


血を固め武器とする呪術、それはアマルトの血であればどんな形にもどんな硬度にもなる。今回固めるのは…打ち上げられた水だ。


このためだ、態と血を流し足元の水に血を混ぜたのはこの為だ。血が水と混ざり合い希釈されてもなおアマルトの力は作用する。水を巻き込み硬化するそれはアマルト達の頭上で壁となる。


半分水、半分血の半液状の大盾は地上と上空を分ける壁となる。


「更に駄目押しのーー!!氷結陣『水光姫』ーっ!!」


そこから更に加えられるナリアの冷気により半液状の黒壁は完全なる防壁となった。これで…逆転の駒は揃った!


「これで!」


「壁は音を反響させる!だろ!」


その通りだとナリアは頷く、全てはこの為に仕掛けを施し続けたんだ。血を振りまいて壁を作る土壌を生み出し、アマルトを戦わせる事でラスクに油断を生じさせ、その上で追い詰め、最大奥義を使わせ…それを壁で跳ね返す。


ラスクのいる空間とナリア達のいる空間は黒壁によって完全に遮断された。例え音であろうとも入ってこれない…ならば音はどこに行くか?


決まってる、そんなもの…決まっているんだ。



「な…な…なぁっっーーーー!?!?」


音は、壁によって跳ね返る。反響した音は壁によって拡散しラスクに向かって跳ね返る。


「ッッ──────!!!」


乱反射、ラスクのいる狭い空間を音が何度も反響を繰り返す。四方八方から殴られるように全方位の衝撃波に叩きのめされるラスクの悲鳴は自身が生み出した音に掻き消されなおも響く。


そして…。


激しい爆発音と共に氷の壁が砕け、向こう側のラスクが見える。耳から血を流し力なく落ちてくるラスクが見える。最大最強の奥義を跳ね返されその身で浴びることとなったラスクは気絶をし─────。


「まだだぁっ!!!!」


しては、居なかった。目を血走らせフゥフゥと息を吐きながら剣を掴み落下しながらアマルトとナリアを目指し怪鳥のように両手を広げる。最早これが最後の力だ、それでせめて道連れに!


「来ると思ってたよ!」


しかし、その抵抗さえも読まれていた。壁が砕けた先に待っていたのは…既に剣を振りかぶって待機していたアマルトだった。ラスクが最後の最後で道連れ覚悟で突っ込んでくることを読んだ彼は…その身に滾る戦闘民族の血を最大燃焼で解放する。


「今までの仕返しだ!とくと受け取れや!争心解放!!」


「なッ…!?」


アルクカース人の固有技能『争心解放』、それは全身の血を滾らせる。燃えて燃えて、燃やして燃やして、なおも飽きたらぬ闘争の炎はやがて、彼の血を使った剣にまで引火する。


「『黒呪の争炎剣』ッ!」


まるでアルクカース人の闘争心と言う名の火に焼べ、勝利への渇望と言う名の槌で叩いて作ったかのような荒々しく無骨な大剣と化した黒剣が燃え上がる。


絶対に勝つ、死んでも勝つ、何が何でも勝つ。そんな飽くなき闘争本能の赴くままにアマルトは剣を大きく振りかぶり…丁度真上に落ちてくるラスクを正眼に捉え。


「そんなに舞いたきゃ…!」


「ヒッ…!!!」


振り下ろすは爆炎の刃、洞窟を照らす確かな篝火、闇を切り裂き放たれる一条の光となった斬撃はラスクの体を包み込み────。


「宙でも舞ってろッッッ!!」


「ギッ…ァガァッ!?!?」


吹き飛ばす。天井を破砕しどこまでも飛んでいくラスクの短い悲鳴を響かせながら…アマルトは大地に剣を突き刺す。


これで終わり…だろうよ。


「フゥ〜!どうよナリア!さっきの決め台詞は!」


「うーん!42点!」


「42点満点中?」


「1000点満点中です!」


「クッッソ低いじゃねぇか!」


そんなことある!?もっとウィットに富んだ感じのセリフの方が良かった!?いやまぁセリフ選びは上手く行かなくとも作戦自体は上手くいったからいいんだけどもな。


いやしかしナリアめ、中々にやるじゃないのよさ。正直こいつがいなけりゃ勝てるかどうか怪しかったまであるくらいには強敵だった。


…帝国との戦いの時に泣きべそかいてた頃に比べたら、デカくなったもんだよ。


「ナリア」


「へ?なんですか?」


「サンキューな」


「ッ!ッッ〜〜〜!!」


頭をポンポンと叩いて歩き出す。もうここには用はねえんだ、とっととこんな陰気臭いところから出ちまおう。そんでもってプリシーラを連れて帰って、母親と再開させて、それで…早く寝たい。


いや疲れた〜。


「ってかここどうやって出るんだ?出口どこだよ」


「落ちてきた所を登って行きますか?」


「えー、ダル〜…」


勝利を収め、平穏を手にしたアマルトは頬の血を拭い歩き出す。他の幹部とか後の疲れることは全部他の奴らがやってくれて…。


あ、そうだ。エリスの奴どうしてるだろうか、かなりブチギレてるみたいだったけど…まさか殺しとかしてないよな。


……不安だ。


「よし!取り敢えず登ってでも上に戻るぞ!ナリア!」


「え?冗談なんですけど…というか鳥にでも変身してくれれば…」


「もう変身材料がないので諦めろ!さぁ行くぞ!」


「ひぃーん…」


ともかく急ぐ、なんか嫌な予感がするんだよ。


……………………………………………………


「来た!来たぞ!金髪の怪物だ!撃ち殺せーー!!」


「うぉおおおーーー!!」


「やらせてたまるかー!!」


物陰に隠れていた構成員は一斉に飛び出し部屋に入ってきた怪物に対してチクシュルーブ製の猟銃を連射する。奴はもう既に城の戦力の殆どを潰してしまった、このままじゃこの組織は壊滅だ!


そんな焦りを抱いた構成員達は最後の大反撃に出る。魔手城の大広間…そこで待ち伏せを行い入り込んできた金髪の怪物を一斉射撃で撃ち殺す。そんな必勝とも思えた作戦だったが。


「まだこんなにいましたか、クズども…!」


「ヒィ!?き…効いてねぇー!?!?」


硝煙と砂埃の中から現れた金髪の怪物…エリスは、自らの魔力防壁で銃弾を全て弾き返し、コツコツと靴音を立てて大広間を歩く。


その顔は修羅、立ち姿は鬼、有様は破壊神。彼女はその拳一つで悪魔の見えざる手を悉く潰し壊滅させてしまったのだ。


「も、もうだめだー!」


「た、助けてください!お願いします!なんでもしますからー!」


「ひぃー!おかーちゃーん!!」



「助けて?お母さん?…貴方達は子供達のそんな悲鳴を聞いて、助けたのですか!親に引き合わせたのですか!」


拳を握る、恐怖のあまり逃げ出す構成員を追いかけあっという間に追いつくと共に。


「エリスは許しません、子供を傷つける存在は!誰一人として!許しません!!」


「ギャァー!!!」


「た…助け…うげぇっ!?」


「もうやだー!!あぐぉはぁっ!?」


殴る、一撃で構成員の体が岩壁にめり込む。


蹴る、天井を突き破る勢いでどこまでも構成員が飛んでいく。


叩きつける、逃げる構成員の襟を掴み三度頭の上で振り回した後地面に叩きつければ頭から腰まで石畳に埋まる。


許さない、許さない、許さない。一人として許さない、大人から傷つけられる子供の記憶をいまだに持ち続けるエリスは…憎悪の炎を燃え上がらせ怨敵を壊滅させてもなお暴れる狂う。


だってまだだから、まだ…一番ぶちのめさなきゃいけない奴を見つけていない。


「ひぃ…ぐぅ…だ、だずげ…」


「ん?まだ意識がありましたか…、丁度いいです」


先程殴り飛ばした男が地面を這う。どうやらまだ意識があるようだ、ならば丁度いい。


今エリスが探している男を、あの子供達に傷をつけた男を、デッドマンの居場所を聞くとしよう。拷問でもなんでもして痛めつければ簡単に吐くだろう…そう思いその胸ぐらを掴み上げる。


すると構成員は目に涙を浮かべて両手で頭を守り。


「ひ、ヒィ!?も…もう殴らないでぇっ!」


「ッ…!」


そう、言うんだ。殴られたくないとばかりに首を振ってエリスから逃げるように…、エリスを恐怖し、エリスを恐れ、エリスから逃げようと────。


『この役立たずが!貴様なんぞ死んでしまえ!このグズが!』


『ヒッ…ご、ごめ…ごめん、なざい…許して、も…もう殴らないで…お父様』


…耳障りな言葉が耳を突く、嫌な景色が目に映る…。


「チッ!」


「は…え?殴らない…のか?」


「そう言う気分ではなくなりました、とっとと失せなさい!」


「ひぃ〜〜!」


掴んでいた男を投げ飛ばし、己の手を見る。構成員達を殴り飛ばし返り血で汚れた手を。


…今のアイツの顔、あの恐れている顔、殴られる事を嫌がる顔。あれじゃあまるで…エリスが。


「ッ…嫌な時に嫌なものを思い出してしまいました」


「おや?奇遇デスね、私もデスよ…今最悪の気分デス」


「…………」


声が聞こえる、エリスの背後に立つ男が。内側に秘める激烈なる怒りを下手くそな抑え方で隠しながらエリスに向けてにこやかに声をかける。


この声は、…ようやく出てきたか。


「デッドマン…!」


「おや?貴方そんな顔するんデスね。久しいデスねハーメアの娘…こんな所で会うなんて、我々は運命で結ばれているようデス」


デッドマンがステッキ片手に微笑みかける。そのステッキをよく見れば…血が付いている。ではやはりこいつがさっきの子供達を殴りつけた張本人。ハーメアを攫い子供達まで傷つけ…どこまでもエリスの神経を逆撫でする男だ。


「探しましたよ、デッドマン」


「ほう、私を?」


「ええ、貴方には今日…罪の精算をしてもらいます。今まで積み重ねたそれらを全て…痛みとして、エリスが貴方に刻みつけます」


「ハハハッ、恐ろしいデスねぇ。けど…キレてんのはそっちだけじゃねぇよ。こっちだって折角うまくいきかけた全てをぶち壊されそうになって…ドたまに来てんだよ!!」


「そんなもん知ったこっちゃありません!ここで…今日ここで!貴方を地獄に落とす!その為にエリスはここに来たんです!」


真具ディオスクロアを展開し、深く腰を落としながら構えを取る。見せてやる…痛い目と地獄を。


「上等デス…今度はきっちり、ぶっ殺す!!」


ギリギリと拳を握るエリスとステッキを握るデッドマン。互いの怒りが共鳴し合い…今。


ぶつかり合う。

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