表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
426/835

384.魔女の弟子と地獄で輝く星


「雅夢沙羅ァッ!!」


「グッ!」


「おっとっと!」


振り回される銀色の半液状の剣、凡ゆる物を裁断しながら加速するその攻勢を前にメグと共に相手の隙を伺い…。銃口を向ける。


「ここっ!」


「だから効かねぇよ!『チューイングリード』!」


しかし、チクルの驚異的な反応速度により弾丸は口でキャッチされ…ガムに変えられ鉛色のフーセンがチクルの口元で膨らむ。


厄介な戦法だ…。


「攻撃は剣で、防御は魔術で…か。意外に面倒だぞ」


「こちらが投擲物で攻撃すればそれをキャッチし逆に跳ね返してくる。道具や飛び道具で戦う我々の相性は最悪ですね」


「ちょこまかと…めんどうな奴等だよね君たち」


チクルがガム状の剣 雅夢沙羅を手元に戻しこちらの様子を伺う。


ラグナ達と共に穴に落とされたメルクとメグが辿り着いた螺刃の迷宮。そこで二人は悪魔の見えざる手の幹部…チクルとの激闘を繰り広げていた。とはいえ向こうの攻撃をこちらが捌き、向こうも我々の攻撃を防ぐ千日手にも似た状況が繰り返されているだけだが。


この均衡…出来れば早期に崩したいな。


「ペッ、いい加減諦めてくれないかな。君達の攻撃は効かないんだからさ」


「そういうわけにも行かんさ、こちらも今日はお前達と決着をつけに来てるんだ」


「いい加減この仕事も終わりにしたいですしね」


「はぁ、あっそう…まぁいっか。こっちも手加減する理由はないし…ドンドンやっていこう」


するとチクルはそのボルテージを上げていき、迷宮の壁に立てかけられた新たな剣を掴むと…。それもまたその口で噛み砕き咀嚼しガムへと変えていく。


あれがチクルの武器だ、ガムに変える『チューイングリード』。物体を完全にガムと同一の物質へと変換しながらも本来の性質を失わせない異色の錬金術。あれを使いチクルは武器をガムに変えながら戦うのだ。


「はい雅夢沙羅一本追加。どこまで避けられるかな」


「……っ」


ああいやって作られたガム剣は伸縮自在な上不定形であるが故に刃こぼれもせず、無限に切れ味を保ちながら振り回すことが出来るなら武器だ。正直我が国の兵器開発に用いたいとさえ思える魔術だ。


「で、メルク様」


「なんだ?」


「実際のところどうです?勝ち筋見えます?正直あれ、火力ゴリ押しも通じなさそうなタイプですが」


詰まる所メグは聞きたいのか、勝ち目はあるのか…と。ないなら彼女は逃走を選ぶつもりだろう、それが悪いとは言わん、賢明だ。


だが、大丈夫。


「案ずるな、一ついいアイデアがある」


「ほう、それは一体?」


「それは────」


「誰が作戦会議していいつったよ!『雅夢沙羅双樹』!」


振るわれる二本の雅夢沙羅。単純計算で先程の二倍の手数になったそれはより高密度の攻めを実現する。この狭い路地のような空間を制圧するように放たれる無数の銀線を前に我々は床を蹴り壁を蹴り回避に専念する。


「チッ」


必勝とは言えないかもしれないが逆転のアイデアはある。だがそれを使うにはあのガム剣が邪魔だ!ガム剣をチクルから引き剥がせれば或いはそのまま勝ちに持っていける可能性がある。


そうメグに伝える、チクルは我々の作戦会議を邪魔したつもりだろうが…侮るなよ。私とメグは三年間一緒に仕事をしてきたんだ。


ラグナは軍を、デティは魔術を統べる中、私はカノープス陛下から任された『商業の治世』を行ってきた、当然のようにメグもまた皇帝の後を継ぐ私の補佐を精力的にしてくれた。


私が表から、メグが裏から。二人でアド・アストラの隆盛を作ったんだ…そんな我々が、言葉だけでやり取りしていると思うなよ。


「ッ…」


胸元につけている金属製のバッジを規則性を伴って弾く。なるべくチクルにバレないように…これは私とメグが遠方でやり取りする時に使う特殊な暗号だ。バッジを叩く間隔で文字を形成するそれを使って…メグへ伝えるのだ。


それを受けたメグは無反応…に見せかけ、一瞬私に目配せする。受け取ったか!


「手数で勝負ですか!でしたら私も負けませんよ!メグセレクション!」


すると早速メグは前に出る、私を意識外に追いやるように刃の五月雨の中に身を投じ時界門から武器を取り出す。私が仕掛ける為の隙を作ってくれるか!


「メグセレクション No.71 『空域制圧型魔装 槍霰』!」


「なっ!?お前今どっから武器を…!」


取り出す魔装は巨大な四角型の砲塔。びっしりと内側に大槍を格納したそれはメグの合図と共に一気に射出され、まさしく槍の霞の如くチクルに殺到する。


「ッ…ナメないで、貰えるかな!シルバースパイラル!」


しかしそこはチクルも実力者、咄嗟に手元の剣をクルクルと横に回転させリボンのように二つの螺旋を作り出し迫る槍を切り刻み防ぎ切る。と…同時に。


「何をしようが同じだよッ!」


二本のガム剣の切っ先を再び咥える…と、同時にチクルは大きく息を吸い腹が膨らむほどに吸引すると、その空気を一気にガム剣に注ぎ込み膨らませていく。


まるでフーセンガムのように、みるみるうちに膨らんでいく剣。そうして出来上がるのは切っ先が風船のように膨らんだ異様な剣で。


「邪魔だよ!バブルガムヨーヨー!」


「そんなことまで出来るのですね…!」


風船剣を捻り勢いよくメグに向けて放つ。回転する風船剣はドリルのように尖り空を切り、メグによって回避されたそれは壁に大穴を開けて進んでいく。


これじゃまるで削岩機だ、ヨーヨーの先に削岩機を取り付けて振り回しているようだ。無闇矢鱈に振り回される風船剣は次々と代わる代わる放たれメグが取り出した魔装もまた破壊され全てを粉砕していく。


「僕のガムは無敵だ!如何なる形にも変わり如何なる方法にもなり得る!形が定まらぬ事こそ最強なんだ!」


「う〜ん、なるほど、形が変わるから最強…ならこれならどうでしょう」


そんな風船剣の猛攻を前にメグはのらりくらりと落ちる枯葉のように飛び交い余裕を見せると…、再び時界門を開き、取り出す。


新たなる武器を…。



「メグセレクション No.59『局地路上凍結型魔装 ゼロ・スプリンクラー』アーンド、メグセレクション No.10『使い捨て式どこでもエアコン』!」


「なんだそれ…?」


虚空からニュッと引っ張り出すのは四つ葉のクローバーのように四つのシャワーヘッドがついた魔装と四角い機械型の魔装。


出したのは『ゼロ・スプリンクラー』と『どこでもエアコン』、それらは二つとも直接的な攻撃力を持つものではない。


ゼロスプリンクラーは凍結寸前の冷水を地面に振り撒く魔装だ、名の通り局地…つまりポルデュークの極寒地帯で使い、水で路上を凍結させる為の道具。どこでもエアコンは読んで字の如く、どこにでも設置出来る冷風機だ。


この二つを掛け合わせても攻撃力は生まれない、だが…。


「ッ…!雅夢沙羅が…!」


しかし、ガムは違う。冷水を浴びせられ冷風を浴びせられ、あれほど滑らかに動いていたガム剣はみるみるうちにその動きを鈍らせ、最後には押しても引いても形を変えなくなってしまう。


そうだ、あの剣はガムなんだ。剣としての性質を失っていないだけで本質はガム、故に冷やせば固まり動かなくなる。ある意味ガムである以上避けられない弱点の一つだ。


「どんな形にも変わるというのなら、私はメイドとしてどんな形にも対応しましょう」


「うっ!こいつ…やるじゃないか!でも剣は他にも」


そう言って手に持った冷えたガム剣を捨て、この迷宮の壁に立て掛けられた剣をもう一本手に撮ろうと動くが…、メグからしてみればその動きもまたなんとも緩慢に見えた事だろう。


「遅いッ!!」


「ゲハァッ!?」


刹那、一度の加速で最高速度に達したメグの飛び蹴りがチクルの胸に炸裂し、吹き飛ばすと共にその胸に足を置きチクルの動きを拘束する。


「何すん…ッ!?」


「はい、動かないでください。動いた瞬間…どうなるでしょうね」


咄嗟に起き上がりメグに反撃を繰り出そうとした瞬間。突きつけられる拳銃…メグがすでに取り出していた二丁の拳銃を突きつけられるさしものチクルも竦み、動きを止める。


うむ、これでチクルは剣を手放した。私の指示通り…って…。


(勝っちゃったじゃん)


あれ?ほんとに私の指示伝わってた?いやまぁいいんだけどさ、勝てたなら。


「う…撃てよ、銃弾だろうがなんだろうが食ってやるよ」


「そうですか?二発同時に撃たれる弾丸を同時に食べられると?凄いですね、一発は貴方の口元を…もう一発は貴方の額を狙うのでやれるもんならやってください」


「ッ……」


「…丁度いい状況ですので、貴方に聞きたいことがあります」


「答えるわけねーだろ」


「貴方は『隠星影』の人間ですね」


「ッ!?」


ん?なんだ?メグの奴何を聞いてるんだ?しかもそれを聞かれたチクルの顔は表情が消え…怒りや憎悪を超えた別の感情を剥き出しにし、メグを睨む。


「お前、どこでそれを」


「貴方がマレウスの諜報部隊の出だと聞いたので、マレウスの特殊諜報部隊『隠影星』の人間かなぁと思っただけですよ」


「……知ってたのか、言っとくけど元だからね。しかも抜けて二十年くらい、もう何も…」


「…フラウィオスは元気ですか?」


「え?お、おいおい。お前どこまで知ってるんだよ…」


思わず、構えていた銃を下ろして聞き入ってしまう。フラウィオス…?元気ですかということは人名…?だがそんな名前聞いたこともな…いや?待てよ、フラウィオス…。


何処かで聞いたことがある気がする。フラウィオス…うーん、マレウスの人間なのは確かだが、如何にせよマレウスには殆ど目を向けずに仕事をしてきたから記憶に残っていない。エリスが秘書として働いてくれていたらパッと教えてくれるんだろうが。


「彼はまだマレウスで元気に仕事してますか?」


「お前、なんでフラウィオスの名を知ってる!そこらの人間があの人の名前を知ってるわけが…!」


「貴方には関係ない事ですよ、ただ…まぁなんていうか、私は彼に会いたいだけなんです。そして真実を聞きたいのです」


「無理だろ、あのフラウィオスがお前みたいな小娘の話を聞くわけがない。何を知りたいかは分からないが…奴はマレウスの闇そのものだ、いくら手を伸ばしても届かない、それに…」


「ん?」


…おかしい、チクルの様子がおかしい。何やらワナワナ震え魔力が異様に渦巻いている。何かするつもりか…!


「メグ!」


「はい!大人しくしてください!」


発射する、拳銃を連射し放たれたのは麻酔弾。猛獣を眠らせるそれをチクルに向けて連射するが…止まらない、チクルの蠢動が止まらない。


「もう遅いよ、僕から『後』を奪った事を後悔しろよ…奥の手を使わせた事を!後悔しろよ!!『チューイングリード』!!」


体に突き刺さった麻酔弾がチクルの体の中に飲み込まれるように沈んでいく。その絶叫と共にチクルはその口の中に新たな武器を投入する。次にガムにするのは…この危機的状況でチクルが武器にするのを選んだのは。


「じ、自分を食ってる…!?」


自分だ、腕を噛みどんどん自分を食べていくチクルはあり得ない事だがその腕を肩まで喰らい尽くしていく。やがてチクルの口は己の腕だけでなく体を喰らい足を喰らい自分を食べ尽くしていく。


その異様な光景に私もメグも絶句する。人間がやっていい事じゃない…自分で自分を食べるなんて。


これが、チクルの奥の手…。


「ゔぅううあぁああ…後悔しろ後悔しろ後悔しろ後悔しろぉぉおお!!!」


「メグ、離れろ…少々マズそうだ」


「こ、これは…己をガムに?」


やがて残ったのはチクルだったガム…というよりあれはもうピンク色のヘドロだな、それがモコモコと盛り上がりまるで怪物の如き姿に変貌したチクルが自身の体を気味の悪い音を立てて動かし始める。


…確かに、理屈としては可能だった。人をガムに変える様をコンクルシオで見た時一瞬考えもした…。


奴のチューイングリードは系統としては錬金術に部類される。そして錬金術の卓越した使い手は皆自身の肉体の錬成をも可能とする。体を電撃に変換するグロリアーナ総司令や鋼に変質させるニコラス然り。


ならば、可能だった。チクルが自分の体をガムに変えるのもそれを奥の手として使うのも。


だけど…。


(自分の体を食うなんて真似、普通はしないだろ…)


そんな常識観念が鈍らせた、奴の本気の度合いを図り損ねた。


「ゔぅ…これが僕の本気も本気…『人我無双』!このままお前らも飲み込んでやるぅぁぁあああ!!!」


「やば、メルク様!」


「ああ!退避だ!」


チクルの体はどんどん肥大化していく。ボコボコと膨れ上がりあっという間に廊下を満たし巨大なスライムと化したチクルが我々を飲み込もうと襲いかかってくる。あれに捕まったらそのまま飲み込まれてしまうだろう。


幸いここは迷宮、逃げるスペースはまだある…だが。


「メグセレクション No.59『路上凍結型魔装 ゼロ・スプリンクラー』!メグセレクション No.10『使い捨て式どこでもエアコン』!」


「水よ凍てつけ、蠢き熱を持つ万象の命の灯火を、我が手は奪い遍くを白へと染め上げる。今ここにある全てを、止めろ『錬成・白蓮絶凍地獄』!」


先ほど同様、ガムの温度を下げようと二人揃って冷気を放つ、奴の体がガムならこれでまた止まるはず…なのだが。


「効くかぁぁあああああ!!!」


チクルは無数の腕を生やし近くの松明を掴む。するとチクルに触れられた灯火は一瞬でガムに変わりその性質をチクルに与える…つまり、奴は常に炎の如き熱を持ち続けるようになり、我々の冷気を物ともせず燃え上がりながらますます加速し始める。


「あらぁっ!メルク様これやばくないですか!」


「…火を着けよ 暗く閉ざされた暗夜を切り裂く灯火よ、弾け飛べ 汝は如何なるを切り裂く究極の剣である、この砲火は今 凱歌となる!『錬成・爆火龍星弾』!」


双銃を合わせて放つ極熱の弾丸は、龍を象りチクルへと飛び その粘液の如き体を爆裂により吹き飛ばす…が、形が崩れたのも束の間。直ぐに元に戻りまたも加速を始める。


むぅ、これはちょっとやばいか?あらゆる攻撃を無効化し吸収して自分の力へと変える。触れられればガムとして吸収されチクル自身は肥大化を続ける。


これでは私の奥の手も通じるかどうか分からんぞ。


「アハハハハハハハハ!効かない効かない!言ったろ!無敵ってさ!」


するとチクルは壁に立て掛けられた武器を次々とガムへと変えて吸収すると…、自身の一部を銀色へと変色させる…いや違う!あの色は!


「死ね!無限雅夢沙羅!!」


「ぐぅっ!?」


「痛ッ!?」


先程の雅夢沙羅を無数に作り出し雨霰の様に放ち一気に私とメグの肩や脇腹を貫き鮮血を噴き出させる。


この螺刃の迷宮の真価が今分かった、壁に無数の武器を立て掛けてあるのはこのためだ。チクルがガムの化け物と化して相手に襲いかかりながら、近くの武器を吸収し尽くしドンドン己の力へと変えるために武器が用意されていたんだ。


つまり、これこそがチクル本来の戦い方…何が諜報部隊だ、こんなもの戦場に解き放てばそれだけで戦況が変わるぞ!


「いたた、見てくださいメルク様。脇腹に穴空きました」


「そんなもの見せるな!」


「まぁ、おふざけはこのくらいにして…どうしますか、あれ」


「ぅぅぁああああああああ!!!全員死ねぇぇええええ!!」


「止めようがない…というのが正直な話だが…」


全身から剣を伸ばして暴れ狂うチクルを横目に考える。あれを止める…か、しかしどんな大火力をぶつけても直ぐに再生してしまうし、生半可なものをぶつけて吸収されようものなら目も当てられない。


一応隠しておいた奥の手もあるが、…これだけではな。いや…待てよ?


「メグ、先ほど言った奥の手だが…」


「少々お待ちを、時間を作ります」


刹那、メグが時界門から取り出すのは…デルセクト製の閃光弾。それを取り出すと共にピンを引き抜き瞬く間の間に投擲。


「あぁ?なんだ──────」


何を投げられかも確認せず食べようと大口を開けたチクル…しかし、食べるということは顔を向けるということを意味し、その対応は閃光弾に対する物の中でも最も最悪の対応と言える。


当然、チクルの顔面の目の前で…閃光弾は炸裂し辺り一面を眩い光で覆い尽くす。


「ぐっ!ギャァアア!なんだこれ!閃光弾!?」


「メルク様!今のうちに!」


「あいつ閃光弾効くのか、あんな姿になってるのに」


そんな光の中私はメグに手を引かれて迷宮の奥へと離脱する。これで少し時間が出来たな…ならば。


「それでメルク様、確認したいのですが奥の手とは?」


「あ?ああ、これを使いたいんだ。これを使えばもしかしたらチクルを止められるかもしれない」


そう言って私は懐に収めたそれをメグに見せる。するとメグは数度パチクリと目を開閉し…ハッ!とすぐさま私の意図に気がつき。


「その手がありましたか!ってか私なんでそんな簡単な方法を思いつかなかったのでしょう。直ぐに使いません?それ」


「そう言いたいが、これだけでは数が足りん…チクルがあそこまで肥大化してしまった以上、私が偶然持ってきたこれだけではどうにもならん」


「それは…確かに」


「だから、メグ…お前に頼みたいことが一つある」


私は今、この時今目の前にいる彼女に至上の感謝を込める。


きっと私だけでは勝てなかった。私についてきてくれたのが…メグでよかった。


…………………………………………………………


「待てぇええええ!!!逃すかあぁあああああ!!」


チクルは追う、元に戻った視界の中で逃げる背中を追いかける。先程の閃光弾と溢れる全能感により肥大化した攻撃本能の赴くままに逃げるメイドの背中を追いかける。


いくら逃げ回ろうとも、チクルの無限に伸びる手から逃げることはできない。


「無駄だ!死ねぇっ!」


そしてやがて、刃物と化した触手を無数に飛ばし、遂に逃げるメイドの背中を串刺しにする。何度も何度も、大量の刃を刺しメイドを血祭りにあげる。


「アハハハハハハハハ!まず一人!このままお前の死体を食って…あ?」


しかし、そこで気がつく…串刺しにして引き寄せたメイドの様子がおかしいことに。というか刺した時の感覚がまるで人形のようで…って。


「これ!偽物か!?」


よく見ればそれはメイド服を着た鉄人形であった、足部分には車輪が付き未だにクルクルと回転を続ける鉄人形。これはもしかしなくても…囮だ。


先程の光に乗じてメグが配置したメグセレクション No.22 『デコイ用人型魔装代わりに死んでくれる君』だ。それを自分たちとは別の道に進ませチクルの注意を引いていたのだ。


「こ、こいつぅぅうううう!!!」


小馬鹿にされた、また小馬鹿にされた。そんな怒りのままに鉄人形をズタズタに引き裂けば血の代わりに中から『ハズレ』の文字が書かれた旗が飛び出て…。


「きぃぃいいいいいいいいいいいいい!!!!」


荒れ狂う、荒れ狂う、荒れ狂う、普段は癇癪を起こして暴れるデッドマンを諌める側のチクルが荒れる。


というより、彼は元よりこのような性格なのだ。バカにされるのが嫌だ、見下されるのが嫌だ、軽んじられるのが嫌だ、正当に評価されないのが嫌だ。


『バカにされればキレ散らかす』


これが彼の本性だ、普段は仲間にも見せない本当の顔がこれだ。悪魔の見えざる手幹部のチクルではなく諜報部隊『星隠影』の隊員であった頃の彼が…これなのだ。


元々諜報部隊『星隠影』はマレウスの守護者だ。毎日のように送り込まれる帝国の密偵を影で始末する公安としての役目も持つ星隠影が無ければ今頃マレウスは裏から帝国に骨抜きにされていたし、マレウスの秘匿性も保たれなかった。


少なくとも当時組織で一番の若手だったチクルはそう思っていたが…、それでも感じていた。星隠影は自分の真の力を活かしきれていない。これならこのまま脱退して何処かの犯罪組織にでも転がり込もうか…。


そう考えていた、だが…あの日彼の人生は大きく変わることとなった。


それが変わったのが…当時諜報部隊『星隠影』の局長でもあったウィリアムスの失脚にあった。


というよりウィリアムスの後ろ盾であった当時のマレウス国王イージス・ネビュラマキュラが蠱毒の儀終了に伴いその権威を失墜させ、同時にマレフィカルムの絶大な支援を受けたレナトゥスが国政の中央に君臨したのが原因だ。


レナトゥスは自身の権力体制を盤石にする為『腐敗した王宮の粛清』と称して自身の意にそぐわない貴族や要職を次々と追放し始めたのだ。その御多分に漏れず国王派であったウィリアムスもレナトゥスに放逐され殺害された。


そして代わりに諜報部隊の局長に就任したフラウィオス…、次期国王バシレウス・ネビュラマキュラを擁立した叔父であるフラウィオス・ネビュラマキュラがマレウスの裏の王となった。


今もマレウスとレナトゥスを裏から動かすネビュラマキュラ元老院の長であるフラウィオスによってチクルは……。



チクルは、悪魔の見えざる手を裏から操る諜報員として派遣された。



表向きはウィリアムスと共に放逐され行き場を失ったという形でレッドグローブを騙し、大規模な人攫い組織たる悪魔の見えざる手を制御し他国から入り込む人間を始末する為の存在として扱う為にチクルはここにいる。


ウィリアムスのような生ぬるいやり方ではなく、フラウィオスの過激かつ非人道的なやり方はチクルにあっていた、故に星隠影の中で頭角を現した彼はもう二十年近くここにいる。


今まで冷静なフリをして悪魔の見えざる手を動かしてきた、レッドグローブからデッドマンに移ってからはより一層動きやすかった。組織そのものの採算を度外視した活動によりこの組織が弱体化したのも…ある意味ではチクルという癌の存在が大きいだろう。


「バカにしやがって…バカにしやがってバカにしやがってバカにしやがって!」


バカにされるのは許せない、バカにする奴は許さない、自分はマレウスを裏から救う英雄でありエリートである。悪魔の見えざる手の者達も心の底では見下す彼は今自分を小馬鹿にしたメイドに対して激しい憎悪を募らせる。


「どこに行った!どこに行った!どこに…」


「ここだよ、チクル」


「!?」


振り向く、不定形の体をぐるりと反転させ背後を見る…するとそこには。


「やあ、私を所望かな?」


「お前…!」


メルクが立っていた、軍服を羽織り直し、自慢の軍帽を被って軍人スタイルを取ったメルクリウスがチクルを前に一人で立っていた。


「あのメイドはどこだ?逃げたか?まぁいい、お前を殺せば出てくるだろ」


しかしメイドはいない、自分をバカにしたメイドはいない。だがもはやそんなことチクルには関係なかった…、ともかく目の前の敵を撃滅することしか彼の頭にはなかった。無数に取り込んだ武器の性質を過剰に取り入れてしまったせいで彼の意識さえも武器同様攻撃的になっているのだ。


そんな怪物を前にメルクは。


「お前の相手など、私一人で十分…という奴は。さぁこい…私がその喉元に刃を突き立て怪物退治の英雄譚に仕立て上げてやろう」


「吐かせ、吐かせ、吐かせ吐かせ吐かせ吐かせ吐かせ吐かせ!!!」


ピンク色のブヨブヨとした塊は一瞬にして雲丹のように全身から刃を突き立たせメルクに向けて解き放つ、髪の毛のように群がる触手の先に刃を伸ばしメルクの体を引き裂こうと殺到する。


しかし、メルクとて死ぬ為にここに来たのではない。戦う為にここに来たんだ。


「お前が本気なら、私も本気を出そう…刮目しろ、我が力を!」


胸に手を当てる、我が五体に宿りし神秘なる力。神がこの世を創りたもうたその時よりこの世に存在する原初の力。破壊と創造…その両者をこの手の中に。


「擬似魔力覚醒!『マグナ・カドゥケウス』!!」


光り輝く翡翠の閃光、ニグレドとアルベドを掛け合わせた新たな力フォーム・ウィリディタス…。三年前ローデとの戦いで覚醒したメルクリウスの全力全開。


未だ不完全ながらも魔力覚醒にも届き得るこの力を用いたメルクリウスの強さは未だ健在だ。


「擬似…魔力覚醒…?なんじゃそりゃ、バカじゃねぇの!魔力覚醒ごっこでなんとかなると思ってるのかよ!」


「ごっことは痛い所を突いてくれる。けどそうだ、私のこれはまだ『ごっこ遊び』だ、我が友が居たりし極地に未だ届かぬ半端者の象徴…されど!」


掴む、その指先が虚空を掴む。アルベドとニグレド…万物を破壊する力と万物を創造する力を帯びた指先が虚空を掴めば、何もないところから全てが溢れる。


「錬成!『破壊旋風』!」


「な…ぁっ!?」


メルクリウスに届くはずだった刃が全て黒く爛れて消え去る。今のメルクはなんでも壊せる、如何なる存在も破壊できる、故に彼女に近づけばどんな物質でも塵となる。


これがメルクリウス・ヒュドラルギュルムの力…未だ覚醒に至らずとも護衛も付けずに他国に赴き帰ってくるだけの力を持った王の力。


「チィッ!面倒な!だがそれがなんだ!すぐに治る!」


しかし、チクルの体は今や無限大の容量を持つと言えるまでに肥大化している。どれだけ壊してもすぐにまた元に戻る。メルクリウスの破壊の力は決定打にはなり得ない。


「なら修復不能になるまで壊すまでだ!総員!構え!」


刹那、メルクウリスの背後に無数の銃が現れる。彼女の力によって生まれた銃の群れ、まるで銃士隊が今この場に顕現したかのようにチクルに向けて銃口を向ける。


「対象!ヘドロの怪物!」


軍帽の鍔を掴み、ピッ!と指をチクルに向け…。


「ッてぇーっ!!」


雨粒が落ちるかのように、絶え間なく響き渡る銃声。嵐の中にあるが如くチクルに向けて一方的に投げかけられる鉛玉の乱打。如何に不定形とはいえ続けざまに浴びせられる大攻勢に徐々に押されて押し込められていく。


「う!うう!?この…このぁああああ!!!」


発狂、まるで爆発するように面積が増え鉛玉を飲み込み一気にメルクリウスに殺到する。しかしメルクリウスもそれを押し返すように砲門を増やす。濁流のように押し寄せるチクルと場を圧倒するメルクリウスの大火力が拮抗する。


そんな互角の押し合いに…変化が齎される。


「ッ!」


突如としてメルクリウスの側面の壁が崩れ中から噴水のように溢れ出すピンク色の粘液がメルクリウスに襲いかかる。


「取った!」


チクルだ、彼とて頭のない馬鹿ではない。真っ向からメルクリウスの攻撃を抜けないと理解したならば真っ向から行かないだけのこと、メルクリウスに見えないように壁を崩し自分の一部を切り離し回り込ませたのだ


壁を掘り進みメルクリウスの横っ面を突くことに成功したチクルはあっという間にメルクリウスの体を拘束し締め上げる。


「グッ!」


「このままガムにしてお前も吸収してやる!」


チクルが触れた部位からメルクリウスの体もまたピンク色に変質し…。


「ッ!」


…かけたが、メルクリウスが気合を一つ入れればガム化の侵食が逆に巻き戻る。錬金術師としての腕前が優っている以上チクルに吸収されることはない。


「チッ、面倒な…」


「悪いな、私の方が力は上のようだ」


「言ってろよ、だったらこのまま握り潰してやる」


ギリギリとメルクリウスの体を締め付ける。メルクリウスも破壊の力を纏い触手を破壊しようとするが…、チクルの再生速度が上回っているが故に拘束を抜けることが出来ない。


このまま締め付けられればメルクリウスは綺麗に二分割されることだろう。


だが、その口元から笑みが消えることはない。寧ろ…計算通りだと言わんばかりに。


「何を笑ってる、未だ何かするつもりか?」


「ああ、勿論…最後まで抵抗を、それが我が座右の銘だ」


そう言いながらメルクリウスはまだ拘束を受けていない自由な右手を動かし、銃を握ると共にチクルに突きつける。


「最終勧告だ、降伏しろ。さもなくば撃つ」


「撃つ?…その銃で僕を?…アハッ!アハハハハハハハハハ!ヒィ!ヒィ〜!お腹痛い!お腹痛い〜!なにそれ〜!」


ゲタゲタと笑う、今更そんな銃一丁でどれだけ撃たれても痛くも痒くも無い、なのに偉そうに降伏しろなんて言うメルクリウスを見てチクルは体を震わせ大いに笑う。


「無様!滑稽!憐れ!こんなにも見ていて面白い人間の最後は初めてだよ!」


「……だろうな、お前ならそう言うと思ったよ」


「ああそうだ!そして…死ぬのはお前だよ」


ギリギリと音を立てて軋むメルクリウスの体、痛みに悶えながらも静かに笑うメルクリウスは…その引き金を引く。


すると、銃は火を噴き、鉛玉がチクルに向け螺旋を描きながら飛び…そして。


「パクッと…はい残念!分かりきってたことだけどさ!そんなちっぽけな弾丸なんて効きゃしないのさ!」


弾丸をパクリと食べるガムの塊はニタリと笑ってその巨大な体を震わせ愉悦に悶える…弾丸を食べて、な。


「フッ、美味かったか?その弾丸は」


「は?なにいっ…でぇるん…だ…ぁ?あえ?」


すると、どう言うことか。弾丸を食べたチクルの体がドロリと溶け始めたのだ、脆く柔らかくなっていく体はやがて輪郭を失い、メルクリウスの拘束も維持できなくなり触手が全て池に落ちる。


そりゃあそうだ、迂闊にも食べてしまったのだからな…アレを。


「な…なにを、なにをぐわぜだ!!!」


「案ずるな、お代わりが来る」


「は?」


その瞬間、メルクリウスの背後に開くのは時界門。奥から現れるのは当然メイドのメグだ、彼女は何やら大量の紙袋を片手に現れ。


「メルク様、買ってきましたよ。おや?どうやら効果は覿面みたいですね」


「ああ、ご苦労メグ。おおこれだ!これが欲しかったんだよ」


そう言いながらメグが理想街に転移して買ってきた紙袋に手を伸ばし、中から引っ張り出すのは──。


「理想街チクシュルーブ名産品のバレッドチョコレート、これが欲しかったんだ」


「チョコ…レート!?」


そう、チョコレートだ。今しがたチクルに向けて放ったあの弾丸もまたこのバレッドチョコレート。


弾丸型のチョコレートを錬金術で鉛でコーティングし、ただの鉛玉に偽装しチクルに食わせ、その結果が…これ。


「チョコレートに含まれるココアバターの油脂はガムを溶かし脆く緩く溶かしてしまいそうだ、そこにお前が先ほど食べた松明の熱が加わり…お前の体は急速に溶け始めているのさ。聞いたことはないか?チョコレートとガムは一緒に食べてはならないのさ」


デティが貰ってきたバレッドチョコレートを偶々一つ持っていたメルクリウスは、ガムの仔細を聞いてこの作戦を思いついた。最初はチョコをチクルの口の中に突っ込みガム化を封じるつもりだったが状況が変わった。


肥大化したチクルにはバレッドチョコレート一つでは足りない、だから…メグにお使いに行かせて買ってきてもらった。足りないのなら補充すればいい、そしてその補充が出来るのがメグの強みだ。


「全部で十四箱買ってきてもらったよ。これだけあれば…肥大化した貴様にも効くだろう。当初予測していた物よりも…ずっとな」


チクルの肥大化によりメルクリウスは作戦の変更を余儀なくされた。そう言う面ではチクルのガム化による肥大化はチクル自身を延命させたと言える。


しかし逆に言い換えれば、体全てがガムになってしまった今の彼にとって…このバレッドチョコレートは天敵以外の何物でもなくなってしまった。


「ま、待った!ちょっと待った!」


「断る、既に最終勧告は終わっている。今から行われるのは…先程までのような威嚇射撃ではないからな」


紙袋を引き裂き、中の箱を粉砕し虚空にバレッドチョコレートをばら撒くとともに、作り出すのは先程の銃の群れ。それにチョコレート製の弾丸を装填し…再び全ての銃口がチクルを向く。


今度はダメだ、アレを受けたら終わる。そう理解したチクルはその身を震わせながら必死に助命を乞うが…もう遅い!


「ではな、お前のおかげで…随分昔の私に戻れたよ」


「や、やめ─────」


「…ッてぇーっ!!!!」


チョコレートの一斉掃射、射撃の熱に耐えられるようコーティングされたチョコ弾がチクルに向けて一斉に放たれその身を貫き爆裂する。普通の弾丸なら効きもしないがチョコ相手ではそうも行かない。


避けようにもどんどん脆くなる体はチクル自身にも制御出来なくなり、次々と貫かれ次々と溶かされチクルと言う名の無敵の怪物は今…討伐されようとしている。


「ぎゃぁああああああああああああ!!!!!」


「フッ、任務完了…現場に出てみるのも悪くはない」


「お疲れ様でございます、メルクリウス様」


「ああ、ご苦労」


メルクリウスが背を向けた瞬間。激しい水音と共にチクルは完全に融解し最早立ち上がる気配もない。これにて任務完了…久しく現場の空気を吸って一層凛々しく立ち続けるメルクリウスは満足そうに笑う。


「ところでメルクリウス様」


「なんだ?」


「これ生きてるんですか?死んでるんですか?」


ふと、足元を見るとチクルだった水溜りが広がっている、完全に溶けてしまったようだけど…うーん、生きてるのか?これ。


「死んではないだろ、多分」


「ならいいんですが…あ、これ」


そんな水溜りの中からメグが見つけたのはこの迷宮から出るための鍵だ…いや、鍵だった物とでも言おうか。


当然ながらチクルが持っていたのだから鍵もまたガム化しており、メグが指で摘むとデローンと伸びて途中で千切れてしまう。


「使い物にならなさそうだな」


「ですね、まぁこんなもの無くても出れますがね」


「そうだな、皆もそろそろ終わっている頃だろうし…合流しようか」


軍帽を抜いで髪を振るう、あんまり遊んでいる暇はないんだったな。


とはいえ、他の仲間たちもうまくやっているだろう。


なにせ、彼らもまた魔女の弟子なのだから。


………………………………………………………………


「こっちだ!プリシーラ!」


「な、なんかさっきから城全体が揺れてない?ここ崩れんじゃ…」


走る走る、全力で走る、後ろのプリシーラを庇いながら走る。魔手城の中を全力で駆け抜けながらステュクスは思案する。


(さっきから騒ぎがデカくなり続けてる。下の方からすげぇ震動も伝わってくるし…姉貴やその仲間が戦ってんのか?だとしたらどんな化け物達だよ)


悪魔の見えざる手の幹部達と姉貴とその仲間が戦っていることは道行く構成員のボヤキから把握出来ている。悪魔の見えざる手の幹部達は強い、以前デッドマンと戦った時レッドグローブさんの足止めをした二人…ロダキーノとムスクルスもえげつないくらい強かった。


だがアイツらが出て行ってもどうにもならないレベルで姉貴達は強いのだ、プリシーラはさっきから城の倒壊を気にしてるが…こりゃ強ち杞憂と笑えなさそうだぞ。


(早く外に出ないとマジで城が崩れるかもしれない、その前に愛剣だけでも回収しないと!)


今はただ武器庫に向けて走っている、感じ的にもう直ぐだと思うけど…ん!


「あった!武器庫!」


「あそこにあんたの剣があるの?」


「多分な!なかったら…どうしよう」


「知らないわよ!それより早く!誰か来るかも!」


「それもそうだな!」


廊下の奥に思いっきり『武器庫』と書かれた部屋を見つけ突っ込む、ここに星魔剣ディオスクロアと師匠の鉄剣があればいいんだけど…。


ともかく誰かが武器を取りに来るよりも前に剣を回収しないと、そう慌てて武器庫のドアノブを掴もうとすると…。


「え?」


スルリとドアノブが俺の手から逃げる、…いや違う、俺が触るよりも前に誰かが内側からドアを開けて──。


「やべぇよやべぇよ、もう武器が殆ど残ってねぇ。あの怪物倒すにゃもっと強い武器がいるのにこんな剣しか…あ?」


「あ、やべ…」


開かれる扉、現れる男、悪魔の見えざる手の構成員だ。失念していた…既に誰かが中にいるという事実を。


構成員はパッと俺の顔を見るなりみるみる顔色を変え…。


「ギャーーーッッ!?!?出たぁぁーー!!!金髪の化け物ーーーっっ!!!」


「だ、誰が怪物だ!ってお前!その持ってる剣!」


何故か俺の顔を見て驚愕する構成員が持ってる剣は…俺の星魔剣と師匠から貰った鉄剣!


「俺の剣じゃねぇかっ!!」


「げぶふぅぁっ!?」


殴り飛ばす、咄嗟に構成員の顔面を殴り抜くと何故かパニックになっていた構成員は反抗もせず鼻水垂らしてぶっ倒れる。


なんだったんだ、こいつ。


「大丈夫!?ステュクス!」


「問題ない、なんか俺の顔を見てびっくらこいてる間に倒したから」


「あんたの顔見て?なんで?」


「こっちが聞きて…いや、もしかして」


カリナやプリシーラ曰く、俺の顔は姉貴にそっくりらしい。ってことはこいつもしかして俺の顔を見て姉貴と間違えた?


……どんだけ怖がられてるんだよ姉貴。


「まぁいいや、それよか見ろ!俺の剣!」


「回収出来たのね!…一本は綺麗だけど、もう一本は汚いわね」


「うるせぇ!ちょっとくらい歯に絹着せろや!」


と、ともかくだ、これで剣も回収出来たし構成員と鉢合わせしても多少は対処出来る。これで脱出の準備は整った、なら早いところ出てしまおう。出来ればメグさんとかと合流出来りゃいいけど…あんまりウロつくと姉貴と出くわすかもしれないしなぁ。


きっと目が合えば姉貴は俺を殺しに来る。俺はまだ死にたくないんだ、例え天地がひっくり返っても俺は姉貴と戦わないぞ。


「よし、それじゃあ…」


「ん?お前…!」


刹那、武器庫の外から声が聞こえて。プリシーラの手を引いて背中に隠し剣を構える、まさかまた構成員に見つかったか…そう思ったが、どうやら違うようだ。


「レッドグローブさん?」


「ステュクス…お前なんでここに、プリシーラも一緒に?なんで」


レッドグローブさんだ、なんでここにいるってこっちのセリフ…いやそう言えばレッドグローブさんもプリシーラの護衛をしていたんだったな。姉貴達がここに来てるならこの人もここにいて当然か。


でもよかった、ここでレッドグローブさんに会えたのは僥倖だ。これならこの人にプリシーラを預けて俺だけとっととトンズラ出来る!


「色々あってここに連れてこられまして…、それよりレッドグローブさんがここに来てくれていてよかった!是非プリシーラを外に…」


「……いや、それは出来ない」


「へ?」


なんだ、なんか様子がおかしいぞ。最後に見た時よりもずっと目つきがおかしい…、申し訳なさそうに背を向けるレッドグローブさんの背中からは漢らしさが一抹も感じない。


……もしかして、この人がここに来たのって。


「悪いな、俺はここに…やるべきことを成しに来ただけだ」


「やるべきことを…、もしかしてそれって…」


「……お前には関係ないことだ」


するとレッドグローブさんは武器庫の壁を外し、中に隠してあった古びた銃を手に取り、そそくさと何処かに行こうとする。


やめろよ、やめろよレッドグローブさん!あんた何するつもりだよ!


「待てよ!レッドグローブさん!」


「…罪は、償われなきゃなんねぇんだ」


「だから!話を!」


『なんだ!そこに誰かいるのか!?』


「チッ!こんな時に!」


しかし、俺がレッドグローブさんを止めるよりも前にこの声を聞きつけた構成員が廊下の向こうから走って寄ってくる。その隙にレッドグローブさんも何処かに行っちゃうし…、あー!もー!


「悪い、プリシーラ!」


「何?」


「抜け出すの…もうちょっと後でもいいか?」


「え?あんたまで何するつもりよ」


「レッドグローブさんを止めなきゃならねぇんだ。もしかしたらあの人…死ぬ気かもしれない!」


「え!?」


レッドグローブさんは己の罪の重さに押し潰されそうになっている。ハーメアの亡霊に取り憑かれて裁かれる事を求め続けている。


その結果あの人は俺に『殺せ』と言ってきた。だが俺は断った…断ったら『他に当てがある』とも言っていた。


他の当てってなんだ?なんて考えるまでもない、もう一人のハーメアの血を引く人間に自分を殺させる事で罪を清算しようとしているんだ。


つまり…レッドグローブはエリスに殺されるつもりなんだ!


「もし、レッドグローブさんと姉貴が出会っちまったら…」


レッドグローブさんが『俺がハーメアを攫ってお前を地獄に産み落とした張本人だ』とエリスに告白したらどうなる?


…間違いなくエリスはレッドグローブを殺す!そんな事、そんな事させてたまるか!姉貴を人殺しにさせない!レッドグローブさんも死なせない!今この場で止められるのは…俺だけなんだ!


「レッドグローブさんを追いかけて止める!さもなきゃあの人…どうなっちまうか!」


「……わかった、わかったわ!付き合うから早くしなさい!この城…いつ壊れてもおかしくないわ!」


「分かってる!」


故に走る、構成員から逃げ出しながら再び消えたレッドグローブさんを探す。誰も死なせない!誰も殺させない!全員生きてこの城から脱出させてやる!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ