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383.魔女の弟子と悪魔の舞踏


「っと!…なんだここ、地下にこんな空間が…」


魔手城へと突入したラグナ率いる魔女の弟子達一行はそのエントランスで幹部達の罠にはまり城の地下空間へと落とされる事となってしまった。


おまけにロダキーノ達の攻撃で俺達はそれぞれ散り散りになってしまった、まんまと相手の思惑通りの場所へと俺達は移された。


そうやってたどり着いたのがここ…、エンラトンスからかなりの距離落ちてきて、ラグナがようやく再会した地面を踏みしめた時、目の前に広がっていたのは。


「遺跡?いや地下闘技場か」


壁に刻まれた鬼の彫刻、それがぐるりと円を描きリングを作り上げている。まるで闘技場の如き様相に…ちょっと心が躍る。なんかいい雰囲気だなあ…俺の家の地下にも欲しい。


「ここはこの俺ロダキーノの伝説の舞台…『鬼ヶ島』さ」


「お、来たか」


すると目の前の一際大きな鬼の像の上に降りてくるのは、桃色の髪をたなびかせる鎧の戦士。伝説を謳い天下無敵を自称する悪魔の見えざる手最強の幹部ロダキーノ…、桃源のロダキーノだ。


そいつは自慢げに顎髭を指で撫で俺を見下ろす。この俺ロダキーノの…ってことは恐らく先程の攻撃でみんなが飛ばされたのはそれぞれ幹部が得意とするフィールドってところか。小細工とも取れるし、良い手とも取れるな。


「孤立無援の陸の…いや地下の孤島。ここには助けも来なければ邪魔も入らない、唯一出る方法は…俺からこの鍵を奪うことだけ」


「へぇ、それ他のみんなにもやってんのか?」


「勿論、俺たちの役目は商品の移動が完了するまでの足止めだからな」


クルクルととも手元で鍵を回す、なるほど…あれを奪わなければ外には出られない。そして鍵を奪うには倒すしかない…か。


いいねえ、ゾクゾクしてきた。やっぱそうじゃないとな!


「お前をここに閉じ込めるだけでもぶっちゃけ俺の勝ち確定なんだが、そんなの面白くねえだろ?」


「そうそう、こんないい舞台用意してんだから殴り合おうぜ…、今日は丁度両手がフリーだからさ」


こいつらの目的は時間稼ぎ、城の中にいる攫った人達を別のところに移す為の時間稼ぎ。あんまりウカウカしてると取り返しのつかないことになるだろう。


けどそれは俺達全員が奴らの罠にハマっていた場合の話だ。幸い既にエリスが先んじてこの城に忍び込んでいる。子供を傷つけられてブチ切れたエリスが半端な事するはずがない、きっと今頃巣を突かれたフォートレスブレイカーみたい暴れてるだろう。頼もしい限りだ。


なら、ここは逆に考える。エリスが動いている間幹部をここに釘付けにする。時間稼ぎをしているつもりが実は時間稼ぎされてたって寸法さ。


「へぇ、乗り気だな…なぁ、やる前に一つ聞いていいかい」


「なんだ?大体のことは答えてもいいよ」


「お前の名前はラグナ…だったな」


「…まぁな、昨今珍しくもないだろ」


魔女大国の国王の名前をつける…ってのは珍しい話でもない。父様の代は父様の名前が国内に溢れたし お祖父様の代はお祖父様の名前が、そして今は俺の名前がありふれた名前になりつつある。


「そりゃ最近のガキの話だろ、…俺はこれでもアルクカース出身でな。昔は魔女に仕えていたこともあった」


「聞いてる、討滅戦士団所属だろ」


「は?誰か聞いて…いや想像がつくからいいや」


ロダキーノは元討滅戦士団所属…あのアルクカース最強の魔女直属部隊だ。昔はただただ漠然に強いと思ってたが…最近になってその異常さを殊更感じてる。


たった一人で魔女排斥組織を制圧できる帝国師団長、よりも強いと言われる教国四神将…よりも強いのが討滅戦士団だ。ぶっちゃけて言えばチーム単位で考えれば世界最強のチームだし、世界中の軍が集合したアド・アストラ連合軍に於いてもその強さはダントツ。


まぁそれでも正確に言うなら魔女直属だから余程のことがない限り国王の俺でも動かせないんだけども…。


んで、こいつは元討滅戦士団の一員だってんだから驚きだよな。まぁ第二段階に至っている時点で妥当ではあるけどな。


「ああ、先代国王ジークムルドの継承戦にも参加したんだぜ。まぁ俺はジークムルドの弟の方に乗ったから負けたんだけどな」


「違う、お前が勝たせられなかったんだ」


「違いねえや、まぁともかくだ…俺はジークムルドに私怨がある。そしてお前は…奇遇なことにジークムルドの跡を継いだラグナ・アルクカースと名前も年齢も同じときた…お前ひょっとして」


「これ以上語るなよ、お前もアルクカース人なら…こっちで聞け」


握った拳を突き出しロダキーノに見せる。こいつに一々身の丈話をしてやる必要はないし、するつもりもない。でも知りたいんなら…手前で勝手に味わえ。


「へっ、いいねぇ…んじゃあやるか。今日はマジだ…後悔すんなよ!『三重付与魔術・神速属性三連付与』ッ!!」


大地に降り立ち、構えを取った瞬間急加速するロダキーノの体。凄まじい濃度の付与魔術…俺がガキの頃に使ってた奴と同じ多重付与だってのに、出力じゃ段違いにロダキーノの方が上だ。


「フッ…!元討滅戦士団所属ってのは嘘じゃなさそうだな!」


「あんな連中と一緒にするなよ!俺はもう討滅戦士団最強のデニーロさえも超えてんだ!」


高速で振るわれるロダキーノの拳はただそれだけで轟音を打ち鳴らす。まるで弾丸が発射されたかのような衝撃波を伴うそれを半身で避けて掻い潜る。


デニーロを超えたって、あの人もうとっくに現役引退してんだろ。こいつが討滅戦士団だった頃も既にデニーロさんは全盛期を超えていた。それなのに何を偉そうに…何より。


「今のアルクカース最強が誰かお前知らねえのか?」


「あ?…ッ!?」


受け止める、その拳を受け止める。真正面から神速の拳を受け止めて…吼える。


今のアルクカース最強が誰か知らないのか?デニーロでもない、ベオセルクでもない、…他でもない。


「オラァッッ!!」


「ぐぅっ!?!?」


俺だよ、世界最強の武闘派大国アルクカース最強は…この俺だ。それをよく味わえよ…!テメェが従僕すべきだった存在の拳を!


一気に拳を引き寄せると共に叩き込むカウンターの一撃。それは瞬きよりも短く、音よりも早く、ロダキーノの顔面の形を歪め。


次の瞬間には、後方の鬼の彫刻が崩れる。吹き飛ばされたロダキーノが壁を砕いたのだ。


「さて、やろうか…」


「グッ…なんじゃそりゃ…、お前そんなに強かったのかよ…!」


手招きでロダキーノを挑発する、今ので準備運動は終わったから…次からは全力で殴り飛ばしてやれるから安心しな。


………………………………………………………………


「ようこそここが我が最高の舞踏場!『水紋の間』!これから行われる至上の舞にどうぞご期待を」


「なんだここ、変な場所に落っこちちゃったよ。大丈夫か?ナリア」


「はい、アマルトさんが助けてくれたので」


「おーい?聞いてー?ここ『水紋の間』〜!」


はぁとアマルトは周囲を見回す。エントランスの床が崩れてさ?ラスクに吹っ飛ばされて、そんで落っこちたのがここ…。


足元にはくるぶしまで浸かるくらいの水。上にはトゲトゲと尖った岩、そしてなにより静謐なこの空間…恐らくここは、鍾乳洞って奴だろう。見るのは初めてだけどいい空間だね、雰囲気があるよ。


目の前に敵がいなけりゃ一服したいところなんだけどな。


「貴方達はここで死ぬのです、私が貴方を殺すのです、これぞ殺意の舞!」


「なるほど、ここでダンスバトルですか…この僕が受けて立ちます!」


「下がってろナリア、今回はどうにもふざけてくれる場面じゃなさそうだ」


目の前で水をバシャバシャと踏み鳴らしながら踊り狂う女剣士…いや踊り子か。以前コンクルシオで痛い目見せられた中指のラスクが俺の前に今居るんだ。しかも仲良くお話しするような空気じゃねぇ。


「で?やるかの?それとも今日は話だけして終わり?」


「そんなわけないでしょう!貴方達のせいで私達の全てが台無しになりつつあるのですよ!」


「マジで?頑張った甲斐があったよ。やっぱ結果が目に見えると頑張る気持ちが湧いてくるよな」


「どこまでもふざけた男。それともそれは虚勢ですか?コンクルシオで私に殺されそうになった時の記憶でも思い出しているのでしょう」


「言うほど殺されそうだった?俺」


「僕達は負けませんよ!そこを退いてください!」


「ふっ、ここから出たければこの鍵を奪うより他ありませんよ?そして貴方達にそれが出来ますかね!」


クルリと体を回転させた瞬間…ラスクの動きが加速する。来るか…!


「ナリア!後ろ下がってろ!んで援護よろしく!」


「はいっ!頑張って!」


「どこに逃げようとも同じ!ハイッ!殺戮の舞!」


まるで人間ゴマとでも言おうか。高速回転するラスクは凄まじい体感で体を真っ直ぐに保ったまま剣を回転しながら振り回すのだ。あれはもう剣術じゃなくて曲芸の域だ。


「人を呪わば穴二つ、この身敵を穿つ為ならば我が身穿つ事さえ厭わず『呪装・黒呪ノ血剣』ッ!」


その斬撃を防ぐのは黒剣、確かに俺は前回こいつに負けかけた…けどよぉ!一回勝ったからって油断してると痛い目見るぜ?少なくとも俺は一回見せられたことがあるよ!痛い目!


「あーはははははは!回れ回れ!回れ私ー!全てを微塵切りにするまで〜!」


「俺は玉ねぎか!」


「……?」


「あ、ツッコミが通じてない。お前料理しない感じ?」


「喧しい!」


見た目はまさしくバカだ、くるくる回る人間なんて見てて滑稽以外の何物でもないだろう。けどこれがまた手強い。次々とやってくる刃物の波状攻撃の速度はドンドン加速し、真っ向から防ぐのが難しく……。


「ラスクさん!軸がブレてます!」


「え、嘘!」


刹那、ナリアの声にピタリとラスクの動きが止まり…って!


「チャーンス!」


「なっ!?謀ったな!?」


動きが止まったラスクの剣を弾いて一撃、斬撃を叩き込もうと大上段の一撃を叩き込むが…すぐさまナリアの言葉が嘘であることに気がついたラスクによってスルリとミミズみたいな動きで避けられてしまう。


惜しい、惜しいが…ナイスだナリア。


「サンキューナリア!」


「いえいえ、まぁ実際は磯なんですけどね?」


「いや俺には違いがわからんけど」


「この…よくも私の舞踏を…!許しません!許しません!許しませんの舞!ハイ!」


しかし面倒くせえ奴だな、ノリも戦闘スタイルも面倒くせえ。実際こいつはこれでクソ強い、三年間修行した俺でもついてくのにやっとなレベルだ。


そういや、エリス達が確保した情報の中にこいつの前歴があったな…確か、デルセクトの特殊部隊出身…だったか?けどそれを聞いたメルクが『デルセクトにはそんなものなかったはずだが…』と首を傾げていた。


ただバカ強いだけの踊り子じゃないのかもしれないな。


「シャーン!シャンシャン!ズンズン!ダカダカ!怒りの地団駄ダンス!」


…もしくはただはのバカか……。


………………………………………………………………


「逃げ回ってばかりじゃ勝てないけど、さっきまでの啖呵は嘘だったわけ?」


「グッ!厄介な魔術だな…!」


「きゃー!メルク様ー!ガムの雨が飛んできます!」


所代わり、メルクリウスとメグの二人が悪魔の見えざる手の幹部チクルの手によって飛ばされたのは地下空間の一つ、チクル専用の戦場…その名も『螺刃の迷宮』。


遺跡のような石レンガによって作られた迷宮。壁に立てかけられているのは剣に槍と無数の武器がかけられておりメグ曰く『他にも至る所に罠が仕掛けてあります』との事。


そんな空間の中、私とメグはチクルが放つ銀色のガムの雨から逃げ回っている。アレは鏃を噛み砕いてガムに変えた粘性の刃だ。ガムに変えられてもその性質は変わらない。あんなにブニブニしてるのに石壁を切り裂いてしまうくらいには鋭利なのだ、訳がわからない。


「あーあ、ウロチョロされんの面倒だな…仕方ない」


すると、チクルは自身の魔術…変質魔術『チューイングリード』の詠唱を唱える。あの魔術を使って噛んだ物はガムと同じ粘性物質に変えられてしまう。例えそれが剣鉄でも炎でも人間でもだ。


奴はそれを武器に様々な物をガムに変えて吐きかけて戦うのだ。故に私は奴が次に何を口に入れるかを観察する…、すると。


「ガブッと」


「剣…!?」


剣だ、チクルが持っていた剣…その刃部分をガブリと数度噛んで口から出す。すると剣の刃は見る影もなく歪み刃は潰れぐちゃぐちゃに変形しているではないか。そんな気色悪く変形したガムの剣をチクルは大きく振りかぶると。


「『雅夢沙羅』ッ!」


振るう、横薙ぎに一閃。ガムとなり緩くなった剣はその遠心力に耐えられずやがて鞭のように伸び…あり得ないほどの広範囲に振るわれたのだ。


そして、先も言ったがガムになってもその性質は変わらない…つまり、あんな風になっても剣は剣なのだ。故にアレは…。


立派な斬撃となる!


「メグ!危ない!」


「きゃっ!」


咄嗟にメグを押し倒せばガムとなって伸びた剣が射線上の全てを切り裂いて目の前に真っ直ぐな横線を引く、壁も柱も何もかも切り裂き、目の前の全てを裁断し伸びたガムはスルスルとチクルの手元に戻っていく。


なんて切れ味の剣だ。それを鞭のように振るいその上伸縮自在と来たか。


「くっ、凄まじいな…」


「言ったろ本気って。こいつは僕の愛剣『雅夢沙羅』、ガムとなりいかなる形にも変わる剣はどんなものでも切り裂く。悪いけど君たちの生け捕りはもう諦めてるんだ…死んでくれるかな」


銀色のガムとなった剣を手でいじりブラブラと垂らすチクルは気怠そうに牙を剥く。突飛な魔術と思ったが…案外使い道があるんだな。


「メルク様」


「ん?どうしたメグ…と言うより怪我はないか?」


「大丈夫です、それより…皆さんと合流しなくてもいいのですか?」


「…………」


メグの力があればバラバラに散った仲間を戻すことが出来る。この場に全員集まればチクルの打倒は可能だ、それが一番利口な方法だろう。


だが…。


「いらん、奴くらい一人で倒せなければ…先はない」


だがいい、そんなことしない。そんなことしなくても倒せなくてはいけない。


我々はこの先の戦いでより強力な敵と戦わねばならない時が来る。それこそ逢魔ヶ時旅団のような連中とだ。いくらチクルが元八大同盟の幹部とは言え今の歴代最強と言われる組織達と比べれば一段劣るのは間違いない。


そんな相手に対して『小細工など必要なかったな』と言えるくらいの勝ち方をしなくてはいけないのだ。


「ですがそんなこと言ってる場合でもないのでは、これは実戦…死ぬ可能性もあります」


「だからだ、メグ…三年間私の仕事を補佐してくれたお前なら分かるだろう。私はこの三年間実戦から離れていた、いくら修行をしていたとはいえ…これでは鈍ってしまう」


三年間私はアド・アストラのディオスクロアでの勢力圏拡大に従事してきた。それは良い、だが実戦から離れ過ぎていた。修行は続け強くなれたとはいえ…軍人だった頃に比べれば今の私は些か惚け過ぎている。


私は思い出す必要がある、三年前…エリス達と修羅場を潜り抜けた時の自分を。


「私は仲間に助けられる存在ではない、背中を預けられる存在になりたいのだ。だから…危なくなったからといってすぐに仲間を呼び寄せるような、そんな情けない自分になるわけにはいかないんだ」


「メルク様…」


「だから待ってくれ、私に戦わせてくれメグ…後生だ」


チクルは強い、この状況はある意味ピンチだ、ピンチだからこそ…丁度いい!


そんな私の言葉を聞いたメグは静かに笑い…。


「かしこまりました、でも一人では戦わせません。…私も目の前で友達が戦ってるのに指を咥えて見てるだけの人間にはなりたくないので」


「メグ…、そうか、分かった。ならば共に行くか」


「ええ、やってやりましょう!」


「気合十分だね、…けどその威勢がいつまで続くか。見ものだよ」


鞭のようにしなる剣を片手に構えを取るチクルに対し再び構えを見せる我々を嘲笑う。相当な余裕だ…けど。


悪いな、我々が見てるのはお前じゃないんだ。お前の後ろにいる更なる強敵を我々は見据えているんだ。故にお前の存在は…飛び台代わりにさせてもらう!



…………………………………………………………


「ムゥゥッン!」


「フンッッ!!」


「頑張れー!フレッフレッ!ネレイドさーん!」


崩れかけたエントランスで両手を交わし力くらべに興ずるネレイドとムスルクス。それを観戦するデティはネレイドを応援しながら…考える。


(やっぱムスルクスの体…異常だ)


本来ムスルクスとネレイドの間には、筆舌に尽くしがたい力の差がある。もう殆ど魔女の領域に踏み込んでいるネレイドは、パワーだけなら弟子の中で最強…世界でも有数の力持ちだ。


そんなのと互角に張り合いが如く力比べに挑むムスクルスの姿は、当初見た姿よりも数段膨れ上がり筋肉ダルマの如く様相と化している。純然たる筋肉の化身となったムスクルスは世界有数の力を持つネレイドとパワー面で互角なのだ。


(これが経絡術か…)


それもこれもムスクルスが持つ『経絡術』と呼ばれる独自の技術故だろう。魔力の道や筋肉を指圧する事で刺激し肉体に変化を与える術…、アジメクに古来より伝わる経絡治療から発展した技術。


自分を強化するのも相手を弱体化するのも自由自在。こんな厄介な技があるなんて知らなかった…、私魔術以外は門外漢なもので。


「ホァアアアア!!経絡矢指打」


「おっと…」


指を鏃のように尖らせ打ち込まれる一撃を咄嗟に身を引いて回避するネレイドさんの頬に伝う冷や汗、あれを受けたらネレイドさんでもヤバいんだ。


ネレイドさんのような肉体的な超人でも、肉体そのものに影響を与える経絡術には弱い…相性は最悪だ。


「学習したか、我が経絡術の恐ろしさを」


「うん…それ嫌だね」


「フフフ、アジメクにて磨きをかけた一子相伝の秘術を前にすれば如何なる存在もかくも脆いものよ」


「え!?一子相伝!?それアジメク伝来でそんな昔から伝わってるものなの!?知らなかった…!」


「いや私が開祖だ」


「相伝してないじゃん!」


なんだこいつ…。


しかしそれでもムスルクスの恐ろしさは確かなものだ、あのネレイドさんが攻めあぐねるくらいには強い…。


やっぱり私も援護すべきかな…!


「ネレイドさん!私も手伝うよ!」


「え?でも…」


「いーから!」


「フンッ、そんなチビに何が出来る…、寧ろ我が経絡術の真の恐ろしさを見せてやろう!」


手伝うと言った私にやや難色を示すネレイドさんの隙をついて、ムスルクスが動き出す。奴はいきなり片足を上げて、足の親指の付け根に自身の人差し指をブスリと突き刺すと。


「秘技!岩鉄気穴!」


「なにそれ」


「この経絡を突かれたものは血中の老廃物や余剰魔力が皮膚状に浮き出て体の内側から健康な状態になるのだ!」


「健康」


「そして、皮膚上に浮き出たそれは…鎧となる!」


そんな事ある?と言いたいが事実としてムスクルスの体は徐々に岩のような硬質な何かによって覆われ、まるで岩の巨人の如き様相へと変化する。岩鉄の鎧…それを身に纏った瞬間。


「喰らえ!鋼鉄筋肉アタック!」


「ッ…!」


砲弾の如くネレイドさんに突っ込んでくる。パワーの上に硬さを得たムスクルスの突撃はネレイドさんでさえ受け止めるのがやっとなのか、足がフワリと宙に浮かびその体が壁に叩きつけられただでさえ崩れかけた城がより一層粉砕される。


「ぐっ、硬い…!」


「まだまだ!秘技!安眠気穴!」


「なっ!?」


両手でムスクルスを受け止め無防備になったネレイドさんの首元に、ムスクルスの指が突き刺さる。


突かれた!経絡を突かれてしまった!そう焦るデティの不安を他所に…その効果は一瞬でネレイドを襲う。


「あ…う……ぐぅ…」


「寝ちゃったーーー!?!?」


経絡を突かれ苦しんだかと思えば、次の瞬間にはなんとも気持ちよさそうに目を閉じ鼻ちょうちんを作るネレイドさん。戦いの最中に寝てしまった…それはもう殆ど気絶と同じだ!?


「ふはは!突けば安眠まっしぐら!翌日はお目目ぱっちり!安眠気穴の心地はどうだ!」


「毎晩突いて欲しい!ってか起きてー!ネレイドさーん!」


「すやぁ…」


「もう遅い!お前が起きるのは地下の底だ!」


眠ってしまったネレイドさんの体をムスクルスは持ち上げると共に、ラグナ達が落ちていった大穴へと投げ飛ばす。起きていたならば抵抗も出来た、だが絶賛快眠中のネレイドさんでは為すすべも無く穴の闇の中へと消えていく。


や、やられちゃった…ネレイドさんが…。


「ふむ、この高さから意識を失ったまま落ちればただでは済まん…次はお前だ」


「うっ…」


ネレイドさんに匹敵する巨体と化したムスクルスが、岩の巨人となったムスクルスの目が。こちらを向く…わ、私をやるつもりか!


「や、やるかー!?私だって強いんだぞ!!」


「威勢のいい事だ、さぞ健康なのだろう」


「え?まぁ、生まれてこのかた病気は一、二回くらいしかしたことありませんし…」


「良いことだ、…お前のように健康な人間が世の中に溢れていたならば…私もここまで歪み果てることはなかっただろうに」


ふぅ…とやや悲しげに拳を握るムスクルス、その手はなんとも遣る瀬無さそうだ。そういえばこいつ…人攫い屋をする前は、医者だったんだよな。


「貴方、アジメクの医者だったんでしょう」


「そうだ、かつてはあの医療の総本山アジメクで人々を救うために日々この経絡術を磨いていた。全てはこの世から傷病をなくすためにな」


「立派な志じゃん、なんで辞めちゃったの?なんでこんなことしてるの?」


「それは……、無駄だと知ったからだ。私の経絡術では人なんて救えない」


だらりと手を下ろすムスクルス、…まぁ確かにその経絡術でこの世全部の傷や病を無くすのは無理かな。そういう世界は医療従事者全員の望みではあるし、みんな目指してはいるけど…心のどっかじゃ分かってるんだよ。人が人である限り、傷つくことも病む事も止められない。


だがムスクルスはそれを本気で通そうとしていた、私からしてみれば立派だ。


なのに…。


「君は、先代魔術導皇ウェヌス・クリサンセマムを知っているか?」


「へ!?」


知ってるもなにもお父さんですけど…。


「先代魔術導皇はな、不治の病を患っていた。まだ彼が王だった頃…私はまだ真っ当な医者だった。故に彼の病を治そうと心血を注いだのだ…」


「え、そうだったの…?」


「ああ、だが結果は歴史が物語っている。私は彼の病を治せなかった、なのに…魔女スピカは無情にも病人たるウェヌスを導皇として酷使した!私の見立てでは彼は職務に追われてさえいなければ…もっと生きられたはずだった!」


「…………」


「ウェヌス・クリサンセマムは若くして死んだ。医療の総本山たるアジメクを統べる魔女の手によって殺されたようなものだ、その時悟ったのだ…、医療など医術など…馬鹿馬鹿しいと!人なんて救えないと!」


「…………貴方は」


「故に私はこの術を人の救済に使うことをやめ、私利私欲に用いると決めたのだ。そして、私自身が誰よりも強く健康であり続けることで…我が正当性を魔女に示す。その為に私はここにいる」


拳を再度握り直し決意に燃えるムスクルスは…語る。かつて私の父を助けようとしてくれていたことを、そして救えなかった罪悪感とそれを酷使したスピカ先生への憎悪を。


…父を救えなかったか、先生を恨んでいるか、そうか…。


「私としたことが、敵を前に語ってしまったな。だが何故だろうな…君には語らねばならないと、大胸筋が私に語りかけるんだ」


大胸筋ありがとう…。


「さぁ、お話は終わりだ…私は君を」


「ねぇ、君さ…人を救うことをやめたって言ってたけど」


「ん?なにかな?」


「ほんとはさ、まだ諦めてないんじゃないの?人を救うことを」


「…なにを馬鹿馬鹿しいことを」


馬鹿馬鹿しい?私には分かるよ…貴方は心の底では馬鹿馬鹿しいとは思っていない、むしろ図星を突かれたと焦っている。何より私に過去を打ち明けた時の貴方の心は…何よりも躍っていた。


「経絡術を今も磨いているのは、今は亡きウェヌス・クリサンセマムへの弔いじゃないの?」


「……違う」


「だって貴方は『救えなかった』って言ったじゃない。それって…今も出来るなら救いたいと思ってるってことでしょう?ウェヌスを酷使されて今も怒ってるってことは、今も患者のことを考えているってことでしょ」


「違う…」


「ほんとに?貴方の大胸筋に…胸に聞いてみたら?」


「……お前は!」


彼もまたアジメクの人間だというのなら、私には彼を止める義務がある。そして…もし彼がまだ医師としての志を捨てられないなら。


「来なさいよ!私があんたのことコテンパンにしてその行いすら過ちであったことを証明してやるー!」


「ほざけ!無力な子供めっ!」


刹那、ムスクルスが踏み込む。それは崩れかけた床をなおも砕き凄まじい勢いで私に向けて突撃してくる。


速い、あまりにも速い、ラグナやネレイドさんみたいな近接戦能力のない私には到底対応出来ない速度…!だけど!


「『タイタンウォール』!」


「むっ!?」


地面をペシリと叩いて作り出すのは岩石魔術『タイタンウォール』。地面を変形させ壁を作り出す自傷操作にてムスクルスの突進を阻む。


壁に激突し、岩の壁を砕き失速するムスルクスを見据え、私も両手に魔力を滾らせる。私だって弱くないんだよ。


「『フレイムクルーアル』!」


「何という魔術の腕!貴様ただの子供ではないな!」


ピューと逃げ出しながら振りまくのは炎の断刃。高密度の炎を勢いよく飛ばせばあらゆるものを焼き切る剣となる。その斬撃を前にムスクルスは堪らず身を屈め回避を選べば…空を切った炎は岩の壁をドロリと溶かす。


「だが!その程度では私には勝てんぞ!」


「まだまだ!『マリポーサラスティマ』!」


振りまくは粉塵魔術『マリポーサラスティマ』。蝶の鱗粉にも似た粉末を周囲に振りまくその魔術は光を浴びてキラキラと輝きムスルクスの体を包む。


「な!何だこれは…ぐぬぅ!目が!」


催涙効果もあるその鱗粉を前にムスクルスは慌てて目を擦り顔を覆う、けどいいのかな。そんな無防備に体を丸めて。この魔術はさ…催涙効果『も』あるんだよ?


その本懐は別にある、それは…。


「はい『フレイムアロー』」


その粉は可燃性なんだ。ほらよく言うじゃん?ぶちまけた小麦粉に火をつけた爆発するっての…何だっけ?


粉塵爆発か、私の出した小さな篝火は鱗粉に包まれるムスクルスに激突した瞬間…急激に大燃焼。凄まじい火柱を上げムスクルスの体を包み込む。


「ぐぬぁぁぁぁあ!?このぉぉおお!!」


「あ、平気なんだ」


慌てて地面を転がり火を消し去るムスクルス、その体を包んでいた岩鉄の鎧は焦げて崩れ、全身を黒く染めながらも立ち上がる。思いのほかダメージを受けてないっぽいな。


「この…!我が岩鉄鎧を…!だが私には無限の再生もある。これがあれば…『ロンドリジネェ』!」


「え?あ!継続治癒!?ダメ!」


「むはははは!もう遅い!我が体はすぐに完治を…」


ロンドリジネェ…常に体を回復させ続ける継続治癒魔術。それをムスルクスは使えるのだ…高等治癒魔術たるロンドリジネェを何とかしない限り彼を倒すことはできない。


けど…けどさぁ、そもそもね?


何とかしてないわけがないじゃん。


「むははは…は…は?なんだ、体が…ぐっ!?ごぇっ!?」


刹那、傷が治った瞬間、ムスルクスの体がボコボコと膨れ上がりゲロゲロと嘔吐しながら蹲り経絡によって強化していた体がみるみるうちに縮んで元の体に戻ってしまう。


ほら言ったじゃん、ダメだって。


「なっ!ぐっ、この症状は過剰治癒による肉体負荷。私が治癒の配分を間違えた?そんなわけが…」


「治癒させたのは私、貴方が治癒するよりも前に傷を治し…その上でロンドリジネェの効力も引き上げた。だから貴方は勢い余って過剰治癒しちゃったんだよ?」


「何…!」


過剰治癒…治癒魔術も行き過ぎれば毒になる。水を与えられすぎた植物が根腐れを起こすように人もまた行きすぎたエネルギーを内包すれば逆に負担になる。ムスクルスは先ほどの治癒で許容値をオーバーしてしまったせいで筋肉に逆に負担がかかり経絡が解けてしまったんだ。


このくらいのこと、私にはわけないんだよ。確かにムスクルスは治癒魔術の達人かもしれない、けど…私の師匠は世界最強の治癒魔術の使い手 スピカ先生なんだよ?そもそも技量じゃ私の方が上だよ。


「私さえも上回る治癒魔術だと…貴様何者だ」


「さぁてね?」


「ぐっ…うう、気分が悪い…視界が回る」


よろよろと立ち上がるムスクルスは…はっきり言って私に良いようにやられている。


ネレイドさんであれほど苦戦したのに私ならこんなにもあっさり、つまり私はネレイドさんより強い?


そうじゃない、単純に相性の問題だ。


無限に治癒をし肉体を破壊できるムスルクスと、ネレイドさんの相性が最悪なように。


無限に魔術を使え、治癒魔術を根底から揺さぶる事の出来る私とムスクルスの相性は最悪。じゃんけんみたいなものよ。


「くっ、気分明快気穴!肉体の不調を改善し気分をスッキリさせる経絡!二日酔いや不眠にも効果覿面!」


しかし、そんな不調もムスルクスの経絡術によって打ち消され彼の体で暴れていた治癒のエネルギーはスッキと立ち消え、ムスクルスはなんとも気持ちよさそうにホッと一息つく。


あれを世のため人のために使えていたなら…。


「どうやら私は、お前を侮っていたようだ。あの巨人の影に隠れている小鼠とばかり…」


「私は隠れてたんじゃなくて応援してたの!」


「お前相手には、私も本気を出さなくては危なさそうだ…、筋肉や内臓への負担を考えると使う気にはなれんが。仕方ない」


「まだなんかあるの?」


「ある!我が秘奥義を見よ!」


するとムスクルスは両手を大きく広げ…交差するように両腕の関節部位にブスリと指を差し込む。また経絡術…いや違う!あれ魔力を注ぎ込んでる!?まさか…!


「魔力動脈を刺激して…!」


「その通り!魔力動脈に我が魔力を注ぎ込み循環速度を加速させる!それにより我が全身の魔力はより一層に滾り!それは肉体にも影響を与える!!」


「そんなことしたらアンタ死ぬよ!魔力動脈は血管より脆いんだよ!」


「知っているわそんなこと!ほぁあああああ!!!」


更に大きくなる、さっきまでの強化とはレベルが違う。もはや人と呼べるかも怪しいほどに、ネレイドさんすらも上回るほどに巨大化していくムスクルス…もう指一本で私の体よりも大きい。


これが、ムスルクスの本気…!


「秘奥義…!絶対無敵気穴!肉体の限界を超え身体能力を魔力覚醒並みに向上させる我が奥の手だ…!これを用いた私は、まさしく絶対無敵!!」


「ちょっと!過剰戦力!」


振るう、巨大化したムスクルスが拳を振るう、その一撃が私に向けて振り回される。大慌てで足をシャカシャカ動かして逃げ回れば壁に激突した拳が穴を開け、更に飛んだ瓦礫が向こうの壁も砕き、衝撃波が城全体を揺らす。


嘘じゃん!こんなの!ラグナレベルのパワーだよ!


「このぉ!『フレイムタービュランス』!」


このままじゃ殺される、そう感じた私は全力で炎の竜巻を引き起こす…しかし。


「むぅ〜効かんわッッ!!」


その雄叫びによって私の魔力が掻き消される。あの声…魔力を帯びてる!全身に魔力を循環させてるから呼吸にも魔力が乗ってるんだ!やば!怪物じゃん!


「ピャー!!!」


しかもその衝撃波は私の体もコロコロと転がしていくほどに凄まじい。声一つでこれなんだ…あのパンチ食らったら私、ホットケーキみたいに潰れちゃう!


「どうだ、我が秘奥義の冴えは…!」


「ひぃぃん…」


ってかどうしよう、魔術効かないと私何にも出来ない!こうなったら…『アレ』使おうかな。


私の正真正銘の切り札、アレを使えば…私は勝てる。


でも…。


『デティ、貴方のそれは強力過ぎる。私も貴方の資質の高さには驚いているんです…魔女の想像の範疇さえも超えるその力は、使う場面を考えたほうがいい。生半可な相手に使えば逆に殺しかねない』


そうスピカ先生も言っていた、私の切り札はクリサンセマム家八千年の努力が作り上げた究極の奇跡なのだ。生半可な相手に使えば逆に殺してしまうかもしれない、ムスクルスは私の本気を受け止められるのかな。


多分…無理だ、ああなったムスクルスも私の本気を受け止めれば確実に死ぬ。


だってこの力は…『デティフローア=ガルドラボーク』はシリウスの……。


「むはははは!このまま決めてやろう!」


「あー!でも使わないと私が死ぬー!」


うぐぐ、でも殺すくらいなら死んだほうがマシ!私はアジメクの導皇!命を奪ったら…奪ったら。





『全部全部お前のせいだ、全部全部お前がいたからだ!デティフローア…お前がみんな殺した』






「ッ─────!?」


刹那、ノイズのかかった視界に怨嗟の声が響き渡る。なんだこれ…なんだ今の、え?…分からない。


分からないけど、今の声…私が殺したって…、え?…私…誰も殺してなんか……。


「死ねぇぇぇ!!秘技!死命気穴!」


「あ!やべっ!ぐぅっ!?」


しかしそんな幻聴について考える暇もなく、いやそんな幻聴に惑わされている暇に…ムスクルスはその丸太のような指を私の胴体に突き刺し…気穴を突く。


や、やられた…経絡を…。


「むははは!これは私が作り上げた最悪の経絡!受ければ内部の魔力が暴発して確実に死ぬ!お前はもう死ぬのだ!」


「ぁ…がぁっ!?ぅぐぐぐぅ!」


突き込まれた気穴は私の体を乱し、私は思わず蹲る…。冷や汗が止まらない、体が熱い、これはもう…止められない。


「むはははははは!さぁ!死ぬがいい!」


「ぅ…ぅ…ぅぅう」


これは…これは、この経絡は…………。




「うぉおおおおおおおおおお!!元気いっぱーーーーーい!!」


「へ?」


最高だー!なんか凄い力が湧いてくる!なんかなんでも出来そうな万能感に溢れてる!うぉぉ!今ならシリウスでも腕相撲で倒せそうだー!!


「な、何が…」


ムスクルスは困惑する、今に死ぬと思われていたデティが元気一杯に飛び回り走り回り始めたからだ。目を丸くしあまりの驚愕に鼻水を垂すムスクルスは己の指を見る。


(おかしい、何が起きているんだ。奴の経絡は確かに突いた…何かの間違いか?ええい!仕方ない!こうなったら!)


再度指を突き立て、はしゃぎ回るデティの体に向けて…。


「喰らえ!爆殺気穴!受ければ肉体が爆ぜ散り死に至る!」


「ぎゃー!」


突いた、今度こそ確実に死の経絡を突いた、しかしそれを受けたデティは…ほにゃと頬を綻ばせ。


「なんか、いい気持ち…優しい気持ちになる」


「はぁ!?何がどうなって…ええい!四肢捥気穴!四肢が剥がれて死ぬ気穴!噴水気穴!血が穴という穴から飛び出て死ぬ気穴!無呼吸気穴!息が出来なくなる気穴ー!!」


「うわぁー!肩のコリがほぐれていい気持ち〜!体の疲れが解けて最高〜!鼻詰まりが治った〜!」


「ぬぐわぁぁぁあああ!なぜ死なない!なぜ苦しまない!なぜ平気なんだ〜!!!」


突いても突いても意図しない効果が出てデティがますます元気になっていく。何がどうなっているのか分からない、こんなこと初めてだ…そう思い、今度はデティの体を見て。


ムスクルスはある一つの事実に気がつく。


「まさか……」


再度見る、自身の指を…デティの体とほぼ同サイズになった自身の指を。常人とは思えない小ささのデティの体を。


まさか…まさか。


「か、体が小さ過ぎて私が意図した経絡がつけないのか!?」


「うるせー!!!!」


小さすぎるんだ、経絡とは体のサイズに由来する、だからネレイドの経絡は異様に突きやすかった。しかし代わりにデティの経絡は異様に突きづらい。あの小さな体はギュッと色んな経絡が至る所に詰まっておりムスルクスの肥大化した指ではとてもつけそうにない。


経絡術は繊細なんだ。突く場所が一ミリでもずれたら別の効果が出てしまう。…デティの体に的確に経絡をつくには元の指でも難しい、あんなの針でも使わなければ的確な経絡はつけない!


「そんなバカな…、私の経絡が…!」


「むふふん!なんか分からんがよし!とにかくよし!お陰で長い仕事生活で積もりに積もった肉体的な疲労が全快!今の私は私史上最強だぁー!」


「だ、だが経絡が使えなければこの拳で叩き潰すのみ!死ね!」


「ギャーッ!ヤベェー!!」


拳を振り上げるムスクルス、デティの危機は終わっていない。流石に拳で叩き潰されたら元も子もない。


絶体絶命のピンチに手足をバタバタさせるデティ、逃げる!?どこに!?魔術使う!?また声で防がれる!アレ使う!?ヤダーッ!


「潰れろ!」


「せめて優しく!お願いしまーす!」


死を覚悟し遺書を書き始めるデティ…しかし。



「させない…!」


「むっ!?貴様は!」


「ネレイドさん!?」


穴から這い上がりムスクルスの体を後ろから羽交い締めにして動きを止めるのだ。ネレイドさん…穴に落ちたはずなのに、一体どうやって。


「貴様!落ちたはずでは!?」


「うん、落ちた。けど下で頭打って起きた。から登ってきた」


「どんな速度!?」


見ればネレイドさんの頭の上にはぷっくり可愛いたんこぶが出来てる。あの穴…結構深いところまで続いてると思ったんだけど、たんこぶできるだけで済むんだ。


「貴方のおかげでお目目ぱっちり、気分最高」


「ぐっ!ええい!また経絡を!」


しかし、ムスルクスには突けない。ネレイドがいる背中には…肥大化した腕では届かないのだ。これではどうやってもネレイドさんを止めることはできない…!


「デティ、ごめんね…もっと早くから貴方を頼ってればよかった…」


「え?いやその…」


「やっぱり貴方は強いんだね…、だからお願いする」


「もがっ!?」


するとネレイドさんはその手でムスルクスの口を押さえ…あ、これなら。


「魔術が使える…!」


魔力の篭った声が出ないなら!ムスクルスは魔術を防げない!ましてやネレイドさんに掴まれているなら防御も回避もできやしない!


よし…任された!私のとっておきで決めるよ!ネレイドさん!


「すぅー!『アミーキティアカノン』!!」


両手を振り上げ、作り上げる光の球。高密度の魔力乱流によって加速されたそれは一つの衝撃となって凝縮される。それを手で掴み…放つ、ムスルクスの無防備な腹筋に。


「ぐっ!?ガバァッ!!!」


「うっ、すごい衝撃…!デティ!凄いよ…!」


吹き飛ばす、ムスルクスもネレイドさんも、常軌を逸した巨体の二人を吹き飛ばすほどの衝撃波が走りムスルクスの腹にどデカイ痕を作りながら二人は空を舞い。


「後は、私が決める!デウス・ウルト…」


そのままムスルクスの腹に手を回し、吹き飛んだ勢いを利用して体を縦に回転させるネレイドさん、アレはネレイドさんの必殺技デウス・ウルト・スープレックスだ!けど…行ける、これなら行ける!


「私も手伝う!」


「スープレ…へ?」


風を纏い飛び上がるとともにネレイドさんにしがみつき、使う…イメージするのはエリスちゃん。あの子が大空を駆けるように私も…。


「『ジェットウインドウ』!」


「っ!加速した!」


風を噴射しネレイドさんの体を更に回転させる、それはもはや勢いを超え推進の域に達し。遠心力は更に膨れ上がり、ムスクルスを抱えたネレイドさんは一つの球体のように高速回転を行う。


「いけー!ネレイドさん!」


「うん…!エリスみたいに名前をつけるなら、これは…!」


「むぐぅぉ〜!やめ…」


叩きつける───。


ムスクルスの制止の声を掻き消す轟音と共に、通常のそれよりも何倍も加速し威力を高めたネレイドさんのデウス・ウルト・スープレックスが…否。


「名付けて、ジェットデウス・ウルト・スープレックス…私とデティとツープラトン」


「そう!ツープラント!」


「ツープラトン…」


「ご…がぁ…」


ただでさえ強力なデウス・ウルト・スープレックスを強化したジェットデウス・ウルト・スープレックスを受け、岩の床に沈むムスルクス。あまりの衝撃にその体はみるみる縮み…更に床が沈む。


崩れかけた床に今の一撃は強力過ぎた。崩落が加速しムスルクスは瓦礫と共に…穴へと吸い込まれていく。


(むぅう、…私は…ここまでか…)


諦め目を閉じるムスルクス。思えば自暴自棄になって人攫い組織になんて組みしたのが間違いだったのか。


多くの人を救うために勉強し編み出した技で多くの人を傷つけ人生を踏みにじり過ぎた。そう思えば…この結末も納得だ。


(ああ、ウェヌス様…今そちらに向かいます。その時は今一度…私の非力さを謝らせてほしい…)


ウェヌス様…、私が救えなかった偉大な王。あの方こそ我が光だった…。しかしそれも全て私の非力さ故に救えず死なせてしまった。


スピカがウェヌスを殺した…なんて魔女排斥らしい文句を思いついてからずっと口にしてきたが、違うんだ。


ウェヌスが死んだのは私のせい。医者が患者を救えなかったことを他人のせいにして私は救いを求めていた…だけだったんだ。


最後にそれを再確認できて…よかっ……た……。




「何一人で気持ちよくなっての!」


「は?」


刹那、落ちるムスクルスの手を誰かが掴む。


今にも崩れそうな穴の縁に身を乗り出したネレイドが…ムスクルスの手を掴み上げ、デティがネレイドの上でムスルクスを叱咤していたのだ。


「だいじょう…ぶ?今…引き上げる…」


「な、何故私を助ける…私はお前達の敵で、多くの人を傷つけ…」


「でもあなたにはやり直す手段とチャンスがある!それを蔑ろにして見捨てるほど私は非情ではないの!」


「お…おお」


見上げる、あれだけ小さかったデティを見上げる形になってようやく気がつく。天井の光を後光のように浴びて輝くあの茶髪は…ウェヌス様そっくりだ。


まさか…まさかあの子供は、いやあのお方は…。


「あと、言っておくとウェヌス・クリサンセマムは魔女スピカに酷使されてたんじゃない。最期まで己の意思で職務を全うしたの!最期まで建ち続けたのはあの人の誇り高さからなの!決して誰かに要求されたからじゃない!」


「な、なんだと…」


「そして、ウェヌスは語っていた。『自分を治そうと努力してくれる医師のみんながいるから私はまだ戦える、そんな彼らの頑張りに報いいる為に…私は最期まで導皇としてあり続ける』と!…貴方の頑張りは無駄なんかじゃない。ウェヌスを支えた幾多の医者が作り上げた一日が…多くの人達の未来を、魔術界の未来を、…ウェヌスの未来を確かなものにしたんだよ」


「っ……私の、努力が…ウェヌス様…私は…私は…ッ!」


なんと、なんと恥ずかしいことをしていたのだ。ウェヌス様がお褒めくださっていたのに…私はなんと恥ずかしい生き方をしてきたのだ。患者があんなにも誇り高く生きたのに…医者たる私が…!


「だから生きなさい、償いのために」


「…………、あ、ああ…そうだな」


まだやり直せると言うのか、まだ生きてもいいと言うのか。少なくとも今死んでもウェヌス様に合わせる顔がないか。


ゆっくりと引き上げられ、倒れこむムスルクスはもう立ち上がれなかった。


傷ついたからではない、己を恥じて…立ち上がれなかった。


「よし、これでいいね!」


「貴方の経絡術…いいことに使えばきっと多くの人を助けられる、私今…とっても元気」


「……何故、私にやり直すチャンスを…」


「ん?そりゃあ…」


デティは一仕事終え、息を整えながらゆっくりと見上げるムスルクスに向けて指をさし。


「あんたが医者で」


そして己を指差し…。


「私が…私だからよ」


「ッ…やはりお前は、いや貴方は…」


「ふんだ、関係ないもんね」


「……痛み入る」


デティはむくれながらもムスルクスの体を治癒する。その心を読み取りもう戦意が無いことを感じ取ったからだ。


だが、それを受けたムスルクスの心中に…一つの変化が生まれた。それは…。


「貴方、傷治したからどっかに生きなさい。そして人生を踏みにじった人達の分まで生きて、それ以上の人を救いなさい」


(…なるほど、今なら…レッドグローブの気持ちも…よく分かる)


暖かい光を受け、蹌踉めきながら立ち上がるムスルクスは…小さく首を振り。


「いや、私も手伝おう…」


「へ?何を?」


「ここの人達を救出するのだろう、プリシーラを助けるんだろう。ならば私が道を案内しよう」


「え?いいの!?」


「人を助けて生きろと言うのなら、…こうするべきだと思った。また医者に戻ることが出来るなら、私は組織にも牙を向こう」


「…ならお願いね!ムスクルス」


「ああ…」


やり直す、それが許されるなら…と再び立ち上がるムスルクスは前を見る。かつて組織を抜け今更生の道を行くレッドグローブの背中を幻視して。


ボス…やはり貴方は正しかった。


「…やっぱり凄いねデティは、敵も改心させちゃうんだから」


「そんなことないよ、それよりラグナ達も直ぐに上に上がってくるだろうからその前にここに捕まってる人達を解放しよう!」


「ああ、私が案内しよう。こっちだ」


歩み出す、ラグナ達もまた敵を倒し上に上がってくると信じてデティは歩む。


ってかエリスちゃん大丈夫かな、先に行って暴れてるみたいだけど…って。


(さっきよりも怒りが大きくなってる…)


今のエリスちゃんは史上最大規模で怒ってる。


これ、逆に大丈夫かな…真顔で心配しちゃうよ。


…………………………………………


『ギャー!!!』


『誰か!誰か助け───』


『居たぞぉぉぉおおお!!』


部屋の向こうから銃を乱射する音が聞こえる、暴れる音が聞こえる、肉を壁に叩きつける音がか聞こえ、やがて静かになっていく。


「はぁ…はぁ…」


「落ち着けよジョン、大丈夫だ…ここにいれば絶対」


「でもケリー…あの怪物が仲間を…」


悪魔の見えざる手の一般構成員ジョンとケリーは個室の中で小型拳銃を手に壁にもたれて息を整える。突如として現れた怪物から逃げてここまでやってきたけど…どうやら逃げ遅れた仲間達はもうダメなようだ。


「そう悲観するなよ、あいつらは俺らよりもいい武装を持ってたろ?大丈夫…今にアイツを倒して戻ってくる」


そう言うケリーは些か楽観がすぎる気がする…そう言いかけた瞬間。


コンコン…と扉が音を立ててノックされる、穏やかなノックだ…もしかして本当に仲間があの怪物を倒して。


「ほら見ろジョン、あいつらならやってくれるって信じてたよ」


「でも…ま、待て!ケリー!」


でもなんかおかしい、そんな虫の知らせを感じたジョンは咄嗟にケリーを止める、しかしケリーは既に扉の鍵を開けてしまっており…外にいるであろう仲間を迎え入れる為に個室の扉を開け…。


「遅かったじゃないか、お前らならやるって信じて…」


そう、ゆっくり扉を開けた…次の瞬間。


ガッ!と音を立てて外から扉が掴まれる、強引に扉をこじ開け良いて知る指は…仲間の血で濡れている。


あの怪物だ!仲間が全員やられたんだ!


「ケリー!扉を閉めろ!」


「わかってる!けど!こいつ!力が強…こじ開けられる!」


必死にドアノブを掴んで止めようとするが相手の方が力が強く、どんどん隙間が大きくなって…もう一本の腕がドアの隙間から伸び。


「グガァッ!?」


ケリーの顔面を殴る。そうしてケリーが怯んだ瞬間…その手がケリーの顔面を掴み部屋の外に連れ出そうと引きずり始める。


「うわぁぁぁあ!!助けて!助けてくれジョン!殺される!」


「ケリー!ケリィィイイイ!!」


助けようとこちらも手を伸ばしたさ、しかし既に遅く…ケリーは悲鳴をあげながら扉の向こうに連れ去られ…。個室にはジョン一人になった。


扉は閉じられ、密室となった空間に響き渡るのは。


『うわぁぁぁあ!!!やだぁぁああ!!!助けて!誰か助け────』


「ケリー…」


ケリーの断末魔。数度銃を発砲する音が聞こえたが…そこでケリーの声は途切れた。ケリーは…やられたんだ。


「ぐっ!殺されてたまるか!殺されて!たまるか!」


次は俺だ、死んでたまるか!そう叫ぶジョンは扉に鍵をかけ、机や棚を扉の前に引きずりバリケードを作る。この扉は絶対に開けない…開けたら殺される!


「はぁ…はぁ、ははは…ザマァ見ろ怪物」


壁にもたれかかる、扉はここの一つしかない…ここを塞げば奴め入ってこれない。


大丈夫…俺は大丈夫、そう譫言のように呟きジョンが己の武器である銃を抱きしめ、その場に座り込んだ。



次の瞬間。


「え?」


壁が、崩れ穴が出来た。ゴリゴリと音を立てて腕が岩の壁を砕きながら向こう側から血塗られた腕が伸びて…ジョンの頭を掴む。


「うぉぉぉおお!?!?!?やめろ!やめてくれぇぇぇ!!」


そのままジョンの頭を掴み上げ、腕が開けた小さな穴の中に引きずり込んでいく。パニックになったジョンの抵抗を物ともせず仲間の血で汚れた腕は、まるでジョンを食べるかのように穴の中に引きずり込み…そして。


『ぎゃぁぁあああああああああ!!!』


悲鳴木霊する無人の密室。ジョンの悲鳴は…城中に響き渡るのであった。




「もう大丈夫ですよ、みんな」


部屋の外でジョンを殴りまくり気絶させた怪物は…否、エリスは部屋の中で隠れていた子供達に向けて微笑みかける。


「もう、怖い人たちいない?」


「助けてくれるの?お姉ちゃん」


「安心…?」


顔を出す子供達、そこに広がるのはボコボコに叩きのめされた無数の構成員と…返り血を浴びて微笑むエリスの姿。


たった一人で数十人の構成員をぶちのめしたエリスは、ニッコリと微笑み。


「はい、もうすぐ外に出れますからね!」


グッ!と親指を立てる。悪魔の見えざる手の崩壊は…近い。

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