表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
424/835

382.魔女の弟子と地獄の復讐鬼


「あんた、ナイフなんて隠し持ってたのね」


「まぁな、何かあった時のためにいつも隠し持ってたのさ。でも手を縛られてちゃ結局使えなくてさ。プリシーラのおかげで助かったよ」


ナイフで檻の鍵を破壊し、ステュクスは一息つく。色々あって…というか普通に無茶やらかしてデッドマンに捕まりこうして魔手城まで連れてこられてしまった俺だけども。


一体どんな因果か、例のアイドル冒険者プリシーラも俺と同じ檻に入れられてしまったのだからさぁ大変。


一応、レッドグローブさんの頼みは断ったけど…やっぱそれでも見捨てられないのが人情じゃん?本人も戻る気があるみたいだし、折角なら脱出するついでに助けてやろうって思ったわけさ。


…街まで戻せば姉貴達がなんとかしてくれるだろう。それにこういうところで恩を売っておいたらメグさんの言う和解ってのもうまく行くかもだしな。


「ところでプリシーラは戦えるか?」


「全然無理」


「よし、俺も剣がないと戦えないんで…、先に取られた俺の愛剣を取り戻しに行く」


本当なら速攻で脱出したいところだけど。師匠から貰った愛剣と星魔剣だけは取り戻したい、捕まった時諸共没収されちまったからな。あれがないと俺戦えない、戦えないと仕事ができない。


なのでアイドル助けた次は俺の相棒を助けにいこうと思う。


「…にしても見張りの数が少ねえな」


「多分、パナラマでエリスさん達が殆ど全滅させたから城の中に人が少ないんだと思う」


そんな話もあったな、組織を全滅させかけるってどんな強さだよ。やっぱ姉貴の仲間もアド・アストラの精鋭とかなのかな。メグさんもかなりの使い手っぽかったし。


牢屋から顔を出して周囲を見るが、やはり人はいない。これならコソコソ城の中を動き回ることも出来そうだ。


「へへへ、これなら楽勝でなんとかなりそうだ」


「でも気をつけてよ、…ここには悪魔の見えざる手の幹部達が勢揃いしてるんだから。見つかったら対処出来る?」


「出来ませんねぇ〜、流石に俺じゃ荷が重そうだ…よし、取り敢えずこっちだ」


「ちょっと…!」


プリシーラの手を握り無人の廊下を歩く、しかし本当に見張りがいないな。これなら歌の一つでも歌っても大丈夫そうだぞ。


歌…そういえば。


「そういえばあんたアイドル冒険者だよな。旅しながら各地で歌ってるんだっけ?」


「今雑談?どんな神経してるのよあんた。…まぁね…一応マレウスの中なら一通り回ったわ」


「へぇー、すげー」


歌を歌いながら旅か…、うちの母ちゃんも昔そういうのやってたっていうな。役者として各地を巡っていた頃の話をする母さんはとても楽しそうだったな。


…俺には役者としての才能がまるでないからそういう事は出来ないけど、自分が魅せる何かで誰かを喜ばせられるってのは凄いことだよな、本当に。


「……ありがとね、ステュクス」


「え?何急に、なんで今お礼?」


「さっき、アンタが言ってくれた奴よ。一度捨てたならもう一度拾えばいい…そう言ってくれたから、私はこうして歩けてる。…エリスさんやファンを裏切った私に道を示してくれた。けど…正直分からないわ、戻ったところでみんなの前でどんな顔をして良いかなんて」


「そこについては俺も知らねえよ、けど…お前は求められてるんだろ?」


「へ?」


俺がふらふらと理想街を歩いている時、何度も耳にした…『プリシーラのライブが楽しみだ』ってファンの言葉。一度や二度じゃない回数聞いた心待ちにする言葉。


プリシーラがどう思ってるかは知らないけどさ、好かれてるんだよ。みんながみんなプリシーラを好いてこの街に来てくれているんだよ。だったらそんな怯えた顔する必要はないんじゃないか?


「そりゃ、お前は過去に一度裏切ったかもしれない、未来がどうなるかなんて分からない。けどさ…だからこそお前には今しかないんじゃないか?」


「今…?、っ!」


「そう、楽しみにしてくれていたファンの為、今まで守ってくれた人の為、お前は今を生きるしかないんだ。それを求められているんだから…それに応じるのがアイドルだろ?だから今に…」


「今に、没頭する…」


「へ?あれ?なんで俺が言おうとした事分かったんだ?そういう魔術使える感じ?」


「同じことを言ってくれた人がいた事を思い出したのよ…。いえ、その人の言ったことを今ようやく理解出来たって言ったほうがいいかしら」


俺の言葉のおかげか、同じ事を言った人のおかげか、プリシーラは吹っ切れたように前を見る。


そうだ、何はどうあれ今は今しかないんだ。今を必死に頑張った人間には過去を帳消しにするだけの未来がやってくるんだから。取り返しのつかないことなんてのは無いんだ、だったら前を向こうぜ。


「今を生き、今に没頭する…か。…そうね…私はただただ『今』から逃げてただけだったのね」


「口で分かったような事言うのは簡単だよ、それを本当に証明するには…ここから逃げ出さないとな」


「ふふっ、そうね。ところでアンタ今自分の剣を探してるのよね」


「ああ、愛剣なんだ。置いていけない」


「それ何処に置いてあるか知ってるの?」


「いや全然、だから途方もなく歩いてる」


「アンタひょっとしてとんでもないバカ?」


うるせーな!仕方ないじゃんかよー!なんか倉庫的なところにあるのかなぁって思ってたんだけどその倉庫が見当たらないんだよ。今のところ闇雲に歩くしか方法がないけど…どっかに地図でもあれば。


『こっちだ!急げ!』


「っ!?人の声!?」


「やべっ!?見つかったか!プリシーラ!こっちだ!」


いきなり、背後から声が響く。恐らくこの城の見張りか何かだろう。剣がない今は抵抗出来る状態にない!ともかくプリシーラを連れて物陰に飛び込んでから見つからないようお祈りする。


すると…。


「この城に襲撃しかけるなんて!」


「ヤロー!ぜってぇーぶちのめしてやる!」


「おい!武器庫に急ぐぞ!ありったけの剣や弓を持っていくぞ!」


物陰に隠れた俺たちなんか目もくれず、複数人のゴロツキ達はバタバタと一直線に走っていく。…ホッ、よかった…見つからなかった。


「ってか、襲撃者?」


「…もしかして、エリスさん…?」


「いっ!?マジ?」


「そんな、裏切った私の事を…助けに来てくれたの…、どこまで貴方は…」


プリシーラは至極嬉しそうで感極まって涙さえ流してるが、泣きたいのはこっちも同じだ。この城に姉貴が来てるって?それがマジなら相当やばい、武器もない状態でエンカウントなんかしたもんなら俺は…。


ッ…!武器庫!武器庫があっちにあるって言ってたな!


「プリシーラ…、まずは武器庫に向かおう」


「え?…うん、そうね。それに城の中でもしかしたらエリスさんに会えるかも。エリスさんに会ったら…謝らないと、私が間違ってたんだ」


「ああ、そうだな…」


俺としては会わない方がいいんだけどね。その時はプリシーラ差し出して逃げようかな…いや許してくれそうにねぇ〜…。


早くこの城から逃げないとマジで殺される!!


……………………………………………………………


「どっこいしょォッ!」


「ギャァッー!!」


ラグナが一度、腕を振るえばただそれだけで一度に数十人は吹き飛び、岩の壁に叩きつけられ気を失う。まさしく天下無双 一騎当千の実力を前に悪魔の見えざる手の構成員達は恐れ慄く。


「な、なんなんだよこいつら!なんでこんな化け物が城に入り込んでんだよ!」


悪魔の見えざる手の本部…鉱山を改造して作られた洞窟の城『魔手城』、そのエントランスでは今熾烈な戦いが繰り広げられていた。


襲撃者は七人、たったの七人がいきなり正面門を吹き飛ばし喧嘩を売るような啖呵を吐いた後襲いかかってきたのだ。当然悪魔の見えざる手の構成員達は武器を手に迎撃にかかったが。


「甘い!燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現、群れを成し大義を為すは叡智の結晶!、駆け抜けろ!『錬成・烽魔連閃弾』!!」


「ひぃ!なんだアイツ!こんなバカなことが…グギィッ!?」


メルクリウスの銃火砲が放つは黄金の弾幕、それはまるで蜂の群れが如く意思を持って虚空を飛び交い群がる構成員達を一度に複数人も貫き爆裂する。


たった一人で戦略兵器が如き強さを見せるメルクリウスは、漆黒の軍服を爆風にはためかせ、煩わしそうに前髪を払う。


「フンッ!城の防備が甘過ぎる…そんなもので私達を止められると思うな…!」


「で、デケェ…なんだよあれ…」


岩の壁を砕き砂塵を舞い上がらせながらその巨大な手で構成員達を薙ぎ払い叩き伏せていく巨人…ネレイドのその戦いぶりを形容するなら『無敵』だろう。


構成員達が必死に剣を振るい、矢を射かけ、銃を撃ち、魔術を放っているにも関わらず彼女に傷の一つもつかないのだ。


剣や弓はその筋肉に弾かれ、銃や魔術は何故か狙いが定まらず外れてしまう。こんな奴を相手に太刀打ち出来る人間なんかいるのか、そもそもネレイドは人間なのか。それさえも分からなくなるほどに…恐ろしい。


「ひゅー!すごーい!ラグナー!ネレイドさーん!メルクさーん!やっちゃえー!」


「やっぱりあの三人って物凄く強いですね」


「メルクは特にこう言う有象無象蹴散らすのが得意だからな…ってかチビ助!お前も戦えや!」


「私は回復役なの!怪我したら治すの!…まぁこの分じゃ怪我しなさそうだけど」


そしてそんな三人の後ろで雑魚を蹴散らすアマルトとナリア、そしてさらにその後ろで物陰に隠れるデティが歓声を飛ばす。最初は真正面から突撃なんて無茶だと思いもしたが。


よくよく考えればそこまで無謀な話でもないのだ、何せ。


「おい!誰か!幹部補佐呼んで来い!」


「いねぇよ!誰もいねぇ!幹部補佐全員この間捕まっただろ!」


「だぁー!そうだった!」


「じゃあどうすんだよこれー!」


既に幹部補佐は全員捕まっている、パナラマでの戦いに全員投入した結果全滅してしまったのだ。つまり敵の真っ当な戦力は五人の幹部しかいない…後の有象無象はラグナやネレイドさんがなんとかしてくれるんだ。おまけに敵の数も多くないし…行ける!


「それよりデティ様、今のうちに」


「あーそうだったね、ちょっとまってね…」


その間にデティはメグの補佐を受ける。メグが持ってきた簡易探査魔力機構…スーツケースに収められたその機構を使いデティは己の魔力探知能力を高め城の中をぐるりと探る。


「うっ、人多…」


一瞬、城の中にいる人間の多さにビックリする。構成員じゃない…弱々しい魔力、恐らく捕まえられている人たちだろう…。


それらの魔力の中から見知った魔力を探る。一つ…城の中心に嵐のように荒れ狂う魔力を見つけるが、多分これはエリスちゃんだ。ちょっと信じられないくらい怒っているが…多分あの調子なら大丈夫。


「それと…ええと…あ!見つけた!」


見つけた、城の上層に見知った魔力を見つける。これは間違いなくプリシーラだ、…移動しているようだ、それも誰かに連れられて…んー?この魔力、プリシーラを連れ出してる魔力何処かで感じた気がするんだが…思い出せない。


もしかして幹部かな…。


「プリシーラを見つけたよ!城の上層!誰かに連れられて移動してる!」


「襲撃を受けて移動させているのか、そもそも俺達から逃げているのか、どっちにしろ居場所が分かったのは僥倖!このまま上にいくぞ!」


「ふははは!この先には行かせんぞ!この俺!次期幹部補佐の──」


「邪魔」


「ちょっ!?せめて名乗らせぃぃぃぃぁあああああ!?!?!?」


最早誰にも止められないとばかりにラグナは目の前の男をヒョイと城の外に手首のスナップだけで投げ飛ばし悲鳴が遠ざかっていく。


このまま上層部に行けばプリシーラと合流出来る、ならこのまま敵を蹴散らして行けば……。


なんて、上手くいくわけもないか。魔力探知を行うデティは既に捉えていた。高速でこちらに向かってくる高密度の魔力が四つある事を。


「待ってラグナ!来る!魔力反応が四つ!多分…」


「幹部か!」


刹那、奥に進む為の扉をラグナ同様蹴り飛ばし、頑丈な鉄の扉が宙を舞う。まるで私達を迎え撃つように現れた影もまた四つ…。


「ご明察、まさかここまで突っ込んでくるなんて気合入ってんな…、まるで伝説だぜお前ら」


「ロダキーノ…」


ロダキーノだ、あのカジノで見かけた桃色の髪をした鎧の男。いや…でもカジノで見せていたような余裕や自信はどこにも見受けられない。その額には青筋が浮かび見るからに苛立っている様子が見て取れる。


「やはり雑魚など何人居ても役にも立たない、構成員の選別をするべきの舞」


「ムゥウウン…、我々がやるしかないか」


「クチャクチャ…まぁーいいじゃん、どの道この手でやらなきゃ気が済まなかったんだしさ」


それだけじゃない、ラスク…ムスクルス…そして見た事ないガムを噛んでる男、多分あれがメルクさんと戦ったチクルという男なんだろう。


デッドマン以外の大幹部が四人。私達の迎撃にやってきた、まぁそりゃ迎撃にくるよね、ここコイツらのアジトだもん。それくらい予想してたよ私だって。


「ん?おお、やっぱカジノで見かけたアンちゃんもいるじゃんかよ、アマルト…だっけ?今日はあの厄病神いねぇの?」


「うっせぇーよテメェー!何がこの街から離れるだよ!こんな狙いがあるんだったら言えよ!」


「だはははは!聞かれてねぇからな!…しかし、やってくれたよな。お前らさ」


苛立ちを隠さず腕を組み、トントンと貧乏ゆすりをするロダキーノを中心に、幹部達が横並びに立つ…まるでここから先には行かせないと言った様子だ。故に私達もまたそれに倣い並ぶ…こっちは七人、向こうは四人、数的にも有利…ん?!あれ!?レッドグローブさんいない!?どこ行ったのあの人!?


「やってくれた?お前らが先に仕掛けて来たんだろうが」


「違うな…この事件は最初から結末が決まっていたんだよ。誘拐する側も誘拐される側も最初から織り込み済みで演じていただけ…なのにお前ら、そこをマジになって潰してくれてさ。この話んややこしくしたのはお前らなんだぜ?」


「お前らがなんて事ない慈善団体だったら俺達だってここまで来なかった、でもそうじゃないだろ。どうせプリシーラを誘き寄せて別の依頼人にでも売り払うつもりなんだろ?」


「おっとっと…お前らマジで勘が冴えてんのな。こりゃガチで捨て置けねえや」


「ってことは、やっぱ今の予測は当たりか。誰だ?お前らの後ろに黒幕は、ついでにそいつの顔面にも一発入れてえんだけど?」


「お前らにゃ関係ねえ〜だろ〜?聞き出したきゃまたカジノで勝つんだな。今度はあの厄病神無しで」


へへへと、笑うロダキーノの態度にアマルトが『二度とやるかー!』とキレる。…そんな中ラグナだけが冷静に、そして激烈に闘志に燃える。もう今更小手先の何かで戦いは避けられない…こいつらを超えていくしかないのだ。


「いいよ、お前ら張り倒して自分達で調べるから」


「相変わらず、赤毛のニーちゃんは剛毅だねぇ」


「我々に一度殺されかかったのを忘れてしまったのですかの舞!」


「ムゥウフゥ〜今度は絶対に逃がしませんぞ?」


「全員ここで殺すから、お前ら入れる檻とかここにはないの」



「殺されかかった?いつの話してんだ?昨日見た夢の話か?…ここでカエルみたいに潰されるのはテメェらだよ」


「そうだそうだー!それに今日はこっちは七人いるんだからね!数的に有利!全員で羽交い締めにしてボコボコにしようよ!ラグナ殴る担当ね!」


「いやしないよ…、エリスもだけどデティも大概物騒だよな…、まぁでも数的にはこっちが有利だ。文句言うなよ」


数で負けていると言うのにロダキーノ達は余裕そうだ。確かにコンクルシオでは苦戦させられたけど今度は違う、あの時と違って私達も離脱が目的じゃない。最後まで付き合ってあげられるよ。


パキポキと拳を鳴らすラグナの歩みを見て、ロダキーノは笑う。その笑みを見て…何よりも先に警戒を示すのは、ラグナ自身だった。


「…なんだ?まだなんかあるのか?なんで笑ってんだ…?」


「分からねえかよ、お前らこの城がただの隠れ蓑だと思ってるか?…違うんだよな。いざって時はキチンと迎撃出来るような仕掛けがあるんだ」


すると、ロダキーノがゴキゴキと音を立てて関節を鳴らすと共に拳を作り…全身から魔力を吹き出させるとともに、ゆっくりと膝をつく…何かするつもり?いや…もしかしてあれ。


「ッ!やべ!みんな!一旦外に───」


「もう遅えよ!皆殺しにされろ!『三重付与魔術・破砕属性三連付与』!!」


振るう、いや叩きつける。破砕属性が乗った拳を地面へと叩きつければ岩で出来たこの城の床はいとも容易く崩れてしまう。その瞬間思い出すのはこの鉱山が元々採掘され尽くした坑道であったことを。


ならば当然、この城には上もあれば…下もある!


「うぇっ!?」


「床が崩れて…!」


崩れ落ちる床、足場としての力を失い体が重力に引っ張られていきバランスを崩す弟子達。その隙を狙って…悪魔達は皆それぞれ目を輝かせる。


「さぁて!お前は俺と一緒に行こうや!赤毛のニーちゃん!」


「チッ!また分断するつもりか!」


すっ飛んできたロダキーノのタックルに押されラグナが誰よりも早くロダキーノと共に崩れた地面の闇の中へと落ちていく。これは分断だ…地下に広がる坑道迷宮に私達を落として各個撃破するつもりなんだ!


やば…うちのメンツの中に飛べるのってエリスちゃんしかいない…!


「では私は一番簡単そうな貴方を選びましょうか…の舞!」


「だぁーやっぱかッ!俺お前苦手ー!」


「アマルトさん!くっ…!」


飛びかかり切りかかってくるラスクの一撃を剣で弾く…そのワンアクションによってアマルトは復帰の機会を失う。崩れ落ちる地面と共に落下していく彼をなんとか助けようとナリア君もまた闇の中に飛び込み…。


「なら…私の相手はお前か!」


「仕方ありません、ここは応じましょう…と言うか前回何もさせてもらえなかったマジで腹たってるのでリベンジしたいです私!」


「クチャクチャやる気だね…乗り気なら結構、今回は俺も本気で行くよ!」


そして、腰の剣を抜いたチクルに狙われるのはメルクさんのメグさん、これ…コンクルシオで戦った人達を狙ってるんだ…!ってことは次に狙われるのは。


「ムゥァッッ!先にお前をやらせてもらうぅぅうう!!」


「ギャー!筋肉ダルマがこっち来たーっ!」


筋肉法師ムスクルスが狙うのは私だ、その丸太のような腕をクロスさせまるで大砲の弾のように突っ込んでくるそれを前に私は成すすべもなく…ってこれ!落ちる前に私死ぬ…。


「させないッ!」


「ムキィッ!?」


しかし、その瞬間を阻むようにネレイドさんの蹴りが炸裂する。全身を使い跳躍したはずのムスクルスを片足一本で蹴り返すと言う怪力を見せたネレイドさんは私を優しく抱きとめると共に…。


「よっと!」


落ちる前に壁に指を突き刺し、壁面に足をめり込ませ落下を阻止する。うお…この人岩の壁をビスケットみたいに砕いて無理矢理足場にしてる…超人じゃん。


「この程度じゃ私…落ちないよ」


「むぅ…!まぁいい、分断は出来たからな…!」


崩れた部屋から跳躍だけで脱出し、崩れていない床へと着地を果たす。肉体面においてはラグナさえも上回るネレイドさんにかかれば…床が抜けた程度じゃ落ちるに値しないのだろう。なんとなく手の届く範囲にいた私もついでとばかりに助けられネレイドさんの肩に座る。


やっぱりネレイドさんは頼りになるなぁ。


「みんな落ちちゃった…どうしようデティ」


「多分みんななら大丈夫でしょ、敵を倒したら上がってくるよ」


「ムフハハハハハハ!なんと甘い算段か!我々がただお前達を分断するためだけに下に落としたと思うか!下にはな!我々幹部に与えられた専用の部屋があるのだ!各々の力を完全に引き出せる部屋がな!そこに敵を落とし幹部が撃破する!それがこの城の防衛機構よ!」


…つまり下にはそれぞれの幹部が得意とするフィールドがあるってことか。だから床を砕いて無理矢理そこへ移動させたと。でもそれ使うのに一々床砕かないとダメなの?めっちゃ効率悪くね?


「本当ならば、我が筋肉部屋へとお前達を招待したかったのだがな」


「知らない、お前だけ落ちてろ」


「フンッ!だが我が武器はこの筋肉のみ!筋肉は戦場を選ばない!ここでも大いにその力を発揮できることに変わりはないわ!」


「はぁ、…しょうがない。前のリベンジ…やろうかな」


崩落しかけたエントランスの床に私をゆっくりと下ろしててくれるネレイドさんは、その場で柔軟を始めムスルクスの撃破を覚悟する。でも…このエントランス、今にも完全に崩れそうだよ?ここで戦うの?危なくない?


それをこんな、辛うじて崩落から残っただけの足場で戦うなんて…。


「大丈夫?ネレイドさん」


「大丈夫、リングくらいの広さがあれば…私はどこでも戦える」


「フゥゥウウン!では参ろうか。今日こそ…筋肉の名の下にお前達を処刑しよう!」


「ならば私は、神の名の下にだ!」


崩れかける部屋、その只中で互いの筋肉をぶつけ合うネレイドさんとムスルクスによって…この城での決戦の火蓋が切って落とされたのだった。


…………………………………………………………


「ああ?派手にやってんなあ」


「すげー音、怪獣でも攻めてきたのかよ」


「おいお喋りしてる暇なんてないぞ、早いとここいつら別の拠点に移さねえとうちの組織破産しちまうぞ」


「うーい」


ラグナ達がエントランスでロダキーノと邂逅していた頃、城の中層に無数に存在する攫ってきた人間を檻に閉じ込めるための部屋…通称『在庫部屋』のうちの一つで、悪魔の見えざる手の構成員達は檻に入った商品達を外の拠点に移そうと鍵を持ち出し在庫部屋にやってきたのだ。


「まずは移動させやすいガキどもから移すぞ」


「ガキの奴隷って殆ど値打ちもつかねえだろ?それより大人の男とか女をさぁ」


「女は後で薬仕込んで眠らせてから移動させる、男は置いてく、そのあとこの城諸共爆弾で吹っ飛ばす…それがデッドマン様のご命令だとさ」


「男は抵抗するからな、まぁ妥当だけど…相変わらずおっかねぇな」


「いいからやるぞ、ったく…俺子供嫌いなんだよなぁ」


手早く移動させないと手遅れになる。故に構成員達はバラバラに散って子供達の囚われた檻に向かっていく。


そんな中比較的若い構成員は気だるそうに自分の肩を揉みながら部屋の中を歩き。


「あー、こいつらパナラマから連れてきたガキか?ったくデッドマン様も手加減抜きで殴るんだから」


「う…うぅ…」


その中の一つ、先程までデッドマンが痛めつけていた姉弟が囚われた檻を前にする。デッドマンは異常なまでの子供嫌いで有名だ。ただ声をかけられただけでステッキで殴打しボコボコのボロ雑巾にされた姉弟が折り重なり虫の息で倒れている。


「こりゃ移してもすぐ死ぬな、でも泣き喚かれても面倒だしここで殺しとくか?ひひひ」


そしてここにいる構成員もまた子供が嫌いだ。故に彼は懐からナイフを取り出し…姉弟に迫る。


「う…ヒッ!?こ…来ないで」


「うう、お姉ちゃん…」


「ひひひ、ほらほらクソガキども。どっちから先に死にたいよ。それくらい選ばせてやるよぉ!」


ナイフを突きつければ虫の息の姉弟は喉からか細い悲鳴をあげ震えだす、それを前に性的快感を得た構成員はよだれを垂らしながら檻の前でイタズラに刃をちらつかせる。


「やめて…弟だけは…弟だけは…」


「お姉ちゃん、怖いよぉ…!」


「ひゃははは!!ほらほら選べよ!どっちから死にたい!いつまでもいい子ぶってないで選べよ!」


姉弟が押し付け合う様を見たいとばかりに構成員は檻を掴み仕事もせず血走った目で叫ぶ、どっちから殺そうか どっちから痛めつけようか、どう絶望させてやろうどう殺そうか…。


「さぁ!姉から死ぬか!?」


「うぅ…!」


「それとも弟から死ぬか!?」


「お姉ちゃん…!」


「ヒャハハハ!怖がれ!怖がれ!さぁ〜!どっちから行くか〜?」


「エリスは貴方から死ぬべきだと思いますけど」


「…は?」


ふと、聞き慣れない女の声がした。


何事かと、男は立ち上がり何気なしに、反射的に振り向くとそこには…。


女がいた、黒いコートを着た金髪の女の子が…逆光で影になっているためその顔は見えないが、見慣れない女が───。


「お前どっから入り込ん……」


刹那、女が構成員の顔を掴む。


「だんだ───ゲブェッ!?」


反応を一切する暇もなく、構成員の頭が檻に叩きつけられる。頑丈な鉄製の鉄格子が頭の形をくっきり残すほどに歪み、男の悲鳴が響き渡る。


まるで空から鳥の糞を浴びせかけられたが如く避けようのない不運。唐突に襲い来る暴力を前に為すすべもなく、ただただ朦朧とする意識の中激痛だけを感じる。


「子供を甚振る存在は…エリスが許しませんッ!!」


「ガボガァッ!?」


そのまま頭を掴み引き抜くように寄せると共に、胡桃を割るかのように男の頭に膝蹴りを加えそこからさらに肘打ちを落とし、短い断末魔と共に男は気絶…白目を剥き鼻は潰れ、うつ伏せに倒れこむと共に血溜まりを作る。


その様をただただ冷酷に眺める金髪の女…エリスは激憤を隠す事もなく修羅の如き面持ちで歯を噛み締める。


「……フンッ」


留まるところを知らぬ怒りで最後に気を失った男の頭を蹴飛ばし、子供達に目を向ける。


────可哀想に。


傷ついた体は痣と血が滲み、頬には涙の跡…目は赤く腫れどれだけ怖い思いをしたかを如実に語る。


大人から、一方的に浴びせられる暴力と不当な怒りとは…子供にとってはこの世の如何なる刃よりも恐ろしく、消えない傷を残すものだ。それを理解する事もなくただただ己の快楽の為に子供を甚振る存在などこの地上には存在する必要性が一切ない。


「大丈夫ですか?怖い思いをしましたね。でももう大丈夫ですよ…助けに来ましたから」


「た、助けに…?」


「ええ、そうです」


子供達を閉じ込める鉄格子を掴み、捻じ曲げ穴を作るどころか鉄格子を蔓でも引き千切るかのようにブチブチと素手で切り離し、子供達を檻から解放し二人揃って抱きとめる。


「可哀想に…こんなに傷ついて、ごめんなさい…エリスがもっと早く助けに来ていれば…こんな思いはしなかったのに」


傷ついた子供達を見ていると涙が出てくる、もっと早く助けにくればよかった。このアジトの場所を聞いた時点でここに飛んでくればよかった。エリスは無力だ…。


「あ、あの…貴方は…」


「あ、それよりほら。ポーションをいくつか持ってきました、飲んでください」


これだけ傷つきていては逃げられない、何よりこんな汚い場所だと破傷風に成りかねない。子供達が傷ついている事自体は容易に想像出来たから、メグさんにありったけのポーションを用意してもらっておいた。


流石に師匠が作った物程イカれた効果は持ってないが、それでも世界最高峰の技術を持った帝国が医療の総本山アジメクと手を組んで作った奇跡のポーションだ。きっと傷もよくなるはずだ。


「あ、傷が治っていく…お姉ちゃん」


「うん、動ける…ケホッケホッ」


「ポーションは病気までは治せません。だから貴女達は一旦物陰に隠れておいてください…後で必ず外に連れ出してあげますから」


「え?お姉さんはどうするの?」


「エリスは他の子供達を解放します。後貴方達をいじめた大人達にちょっとしたお仕置きをね」


「おしおき…」


男の子がチラッと視線を移す、先程この子達をいじめていた構成員を見てるんだ。あんまり見ない方がいいと思うけど…、あ、それより。


「それより、貴方達を傷つけたのは誰ですか?」


「傷つけたの?」


「ええ、貴方達の傷は全て打撲痕でした。拳で叩いたにしてはやや細長い…先程の男はそんな武器持ってませんでした。誰か別の人がやったんでしょう?」


まぁ、大体想像はつくけど。


「う、うん…なんか貴族みたいな服を着て、杖を持った…男の人…」


「ああごめんなさい、恐ろしい記憶を思い出させてしまいましたね。でも分かりました…」


デッドマンだ、デッドマンがやったんだ。なるほど…アイツはクズだと思っていたが無抵抗の子供に対してこういう事もするやつなんだ。


彼は地獄に落ちるべきだ、あのような残虐非道を行う人間を存在させてはいけない。最も惨たらしい方法で血の海に沈めなければならない。


「さ、向こうに」


「う…うん」


「行こうお姉ちゃん、歩ける?」


「大丈夫だよ…」


お互い助け合い、姉弟揃って二人で支え合い歩いて行く子供達を見て…エリスは目を伏せる。彼らはパナラマの子供達だという、つまり攫われてからずっと子供達だけで助け合って生きてきたんだ。


なんて強い子達なんだ、あの子達はここにいる醜い大人達よりも何千倍も素晴らしい人間だ。あの子達が大人になれば未来はきっと明るいだろう。


「姉弟…か」


その点で言うと、姉弟で助け合えていないエリスは…良い人間ではないのだろうな。


「おい!さっきの音はなんだ!?何があった!」


「うぉっ!?血を噴いて倒れてら…いったい誰がこんな酷い事を…ん?」


「…………」


どうやら新手が来たようだ。先程倒した男を見て慄く構成員達が四方から寄ってくる…そして、その男達の手には。


「うう…」


「誰か助けて…」


「おかーさん…」


鎖に繋がれ、首輪を嵌められた子供達がいる。何処かに移すつもりなんだろう…まるで家畜のように扱い、またどこかの檻に閉じ込め不当に暴力を振るうつもりなんだろう。


着せられた服は汚れ、あちこちに傷が見える子供達の怯えた顔は、彼らがここに来てどれだけの経験をしたかを物語る。そして、それは再び…エリスを燃え上がらせる。


「な、なんだお前は!お前がやったのか!?」


「誰だよお前!襲撃しに来たやつか!?」


「エリスが誰かって?…そんなの決まってるでしょうが…」


怒りに震える手を握り、ゆっくりと立ち上がり…子供達を閉じ込めていた鉄格子の一つを掴み…外す、力任せに引き抜き一本の鉄の棒として握り、子供達を家畜扱いするゴミどもに向き直る。


「エリスはエリスです…、お前らを地獄に落としに来たんだよッッ!!」


振るう、鉄の棒を振り被り絶叫をあげる。怒り咆哮で何もかもを吹き飛ばすように。


こいつら全員…地獄に落とす!!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ