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381.魔女の弟子と笑う魔の手


「よっしゃー!乗り込むぜー!襲撃じゃーい!」


「ラグナ…襲撃の大義名分が生まれた瞬間から元気だな」


「ッたり前よ!もうややこしい事全部解決したんだ、後は力技!いいじゃねぇの!」


「エリスもです!破壊します全てを!」


「悪魔の見えざる手可哀想〜…狂言誘拐引き受けた結果こんなのに襲われるとか完全にとばっちりじゃん」


走る走る、エリス達は走る、目指すはプラキドゥム鉱山地帯にある悪魔の見えざる手の本部…そしてそこにいるであろうプリシーラさんを目指して。


今回の誘拐事件、蓋を開けてみればその黒幕はなんと狙われていたはずのプリシーラさん自身だった。彼女は母の束縛から逃げる為悪魔の見えざる手を使って国外へと飛び立とうとしている。


だが、誤解なんだよ…マンチニールさんはプリシーラさんを縛っていたんじゃなくて守っていたんだ。それを伝えてマンチニールさんと話をしてからでも遅くは無い。


その為に一度連れ戻す必要がある。だからこそ…悪魔の見えざる手の本部へと襲撃をかける。コソコソ隠れてプリシーラさんだけを取り返すなんて真似はしない、どうせこの依頼が終わった後にでも消しとばす予定だったんだ…ならちょうどいいという奴だ!


「こっちだ!付いて来い!」


「ああ!ってかどこ行くんだよレッドグローブさん!街の出口あっちだぜ!」


「行ったろ!近道だ!この街の地下にある坑道を使って一直線にプラキドゥムを目指した方が早い!」


そう口にしながら屋敷の門を出て気絶した兵士達を踏み越えレッドグローブさんはエリス達を連れて走る。異様に悪魔の見えざる手について詳しいこの人をどこまで信用していいか分からないが…それでも今はその情報が頼りだ。


だからなるべく頼らせて…。


「はわっ!?」


刹那、躓く。倒れ伏した兵士の服に靴先を引っ掛けてしまいつんのめりバランスを崩し──。


「エリス!大丈夫か!」


「あうっ、だ…大丈夫です」


しかし、ラグナに受け止められ抱き止められ幸い転ぶことはなかった。彼はいつもエリスが転びそうになると助けてくれて優しいな。…ってか抱き止められてません!?



ひゃわわ…ラグナの顔が近い…、ん?なんかラグナの顔青く無い?どうしたんだろう。


「ど、どうしました?ラグナ…そんなにエリスを抱きしめるの…嫌ですか?」


「いやそんなことは…って違う、メガネメガネ!」


「え?あ!」


転んだ拍子にメガネを落としていた様だ。やばいやばい…この街では下手に正体は見せない方がいいんだった、このままじゃ顔を見られる…!って周りには誰もいないからいいんだけどね。


「ふぅーギリセーフ」


「ふぅ、よかった…」


「何やってんだよお前ら幸先悪いなぁ…ってかさ、今俺達思いっきり本部に乗り込む空気だけど、このメンバーで行くのか?」


「え?…あー」


そこでラグナは思い出したとばかりに周りを見る、ここにいるのはエリス ラグナ メルクさん アマルトさん…そしてレッドグローブの五人だけ、デティ メグさん ネレイドさん ナリアさんの四人は今街でプリシーラさんを探してるんだ。


出来れば彼女達とも合流したいけど…。


『おーい!皆さまー!見つかりましたかー!』


「お!メグ!超超ナイスタイミング!」


するとまるでか見計らったかのようなタイミングでメグさんがこちらに向けて走ってくるんだ、そういえばさっきそこで聞き込みをしてたな。メグさん側もエリス達の存在に気がついていたんだろう。


パタパタと両手を下腹部に合わせ足だけ動かす姿勢のいい謎走法で煙を上げている駆けつけてくるメグさんはエリス達に合流するなり…。


「まだ見つかってないんですか?プリシーラ様」


「いや、どこにいるか分かった。いろいろ説明するよりも前に時界門で全員集合させてくれ!」


「畏まりました!では…!」


───そして、メグさんの手によって魔女の弟子達が強制集合させられる。弟子達には皆メグさんが即座に呼び出せる様にセントエルモの楔を持たせてあるからね。時界門を開けばすぐにみんな集まった。


いきなり呼び出されて困惑するデティ達に向け、エリス達は今あったことと分かった事実を伝える。プリシーラさんは自分でプラキドゥム鉱山地帯に向かったんですよ!ってね。


すると。


「えぇー!じゃあ私達プリシーラにいい様に使われてたってわけ〜!」


「アマルトさんと同じこと言ってますよデティ…」


「そうだったんだ…、プリシーラちゃんが自分で…そこまで思いつめてたんだ…」


「エトワールに向かう為?…プリシーラさん、なんで僕達に相談してくれなかったんですか…」


「ふむふむ、なるほど。風雲急を告げるという奴ですね」


「そうだ、だから今から本部に襲撃かける。悪魔の見えざる手ぶっ潰してプリシーラ連れて帰ってマンチニールさんに会わせる。これで行こう」


ラグナが今からやることを…これから悪魔の見えざる手と一戦構えることを伝えればみんな既に覚悟出来てるとばかりに深く頷いてくれる。いつでも戦う準備は出来ている…このまま向かっても問題なさそうだ。


「よし、いいな?じゃあ案内するから付いて来い」


「分かった!行くぜみんな!」


「おー!」


曰く、この街の地下に存在するという坑道を使っていくそうだ。その入り口がどこにあるかは分からない。だけど敢えて言うなれば…やっぱ地下あったんだな、って言う事だけかな。


レッドグローブは迷う事なく大通りを脇道に逸れ、裏通りを進み、油やなんかよく分からない黒いシミで汚れた通路を右へ左へと進む。次第に一列にならないと通れないくらいの狭い路地に…ポッカリと下に続く階段が現れた。


「なにこれー、これが地下への階段?」


「本当に隠される様にあるんだな」


店と店と間、おそらく両隣の建物を使ってる人もその存在を知らないだろうくらいには完璧に隠された地下への階段をデティとラグナは不思議そうに見つめている。


が、この感じ…見覚えがある。これ落魔窟と同じだ。デルセクトの暗部もまた地上の人間に気取られない様に入り口が隠される様に点在していた。


ソニアめ、どんだけ落魔窟が大好きなんだ。自分でも作ってしまうなんて…。


「懐かしいな、エリス」


「メルクさん、平気ですか?」


「平気だとも、あの地下にいた頃の私とは違う。君が救い出してくれたからな」


「あはは…、そうでしたね」


地下への階段を降りていけば鉄の扉がある…と言う点も落魔窟と一緒だ。ただ何故かドアノブが壊されており引けば開く様になっていた。


「このドア壊れてますね」


「少し前に用事が俺があって壊した」


「どう言う類の用事ですか…」


「それよりもここから下はこの街の暗部だ、中にいる人間に見つからないのは当然、外でこの事は絶対話すなよ。話せばチクシュルーブが殺しに来るぞ」


「怖…」


扉をくぐれば、機械の駆動音が聞こえ始める。地下へと降りる最中レッドグローブがこのチクシュルーブの地下の事を粗方話してくれる。


やはり地下は落魔窟と同じ構造になっているらしく、あちらは地下資源の採掘であったがこちらはどうやら地下に工場がある様だ、作っているのは当然兵器。小型の銃から大型の機構兵器までなんでも作っている。


ここで働かされているのは全員地上で過剰債務に陥った人達だ。カジノとか金融でポカやらかしてチクシュルーブに掴み上げられてしまった人達。作業員の中には見覚えのあるのが何人か居たからそこに付いては間違いないだろう。


しかし、借金地獄に陥れて相手を制御するって…如何にもソニア!って感じのやり方だな。


「こっちだ、物陰に隠れて進むぞ?」


そんな工場の中をレッドグローブさんと進む、幸い作業員は持ち場を離れる事を許されておらず、見張りも作業員に対する物しか存在しない為隠れて進むのは容易だった。


ガリガリゴリゴリとクソ喧しい暗闇の中を進んでいく、そんな中メグさんが階段を降りながら…。


「と言うかあれ、帝国製の工業機ですね」


そう指差しながら言うのは金属を加工する巨大な機械だ。確かにあんなの帝国の生産エリアにあったような気がする。とはいえエリスの記憶にある機械にそっくりではあるが…どことなく細部が違う様にも見える。


「おかしいですね、あれは帝国外に出しているものでも出していいものでもないはず、まさか横流し?技術流出?」


「見た感じかなり古そうだが?最近…それこそ理想街チクシュルーブが出来るよりもずっと前から動いてそうた感じだ」


「あら本当ですね、…うーむだとしたら一体いつからあの機械はマレウスに。どうやってチクシュルーブはあれを手に入れたのでしょう…後で出処を調べておかないと」


この工場にはデルセクトの機械や帝国の機械が入り乱れる様に置かれている。まぁデルセクト製のは分かるよ?ソニアが元々デルセクト人だから手に入れる方法もなんなら作る方法も知ってそうだし。


でも帝国の魔力機構の方はどうやって手に入れたのか。少なくともソニアがマレウスに来るよりもずっっと前から稼働していそうなあの古い機械は、何処からマレウスに流れ込んだのか。


その小さな違和感に何か引っかかりを感じたメグさんは近場の機械に刻まれた番号をメモしに行こうとするけど…あんまり機械に近づくと危ないな。


「メグさん、それよりも先に進みましょう。番号ならエリスが全部記憶しておくので」


「む、そうでございますね。ではお願いします」


「はーい」


階段の隙間からチラリと機械達を一瞥しそれらに刻まれた番号や細かな特徴全てを記憶に焼き付かせる。ただ見るだけでも記憶出来るけど より意識して見れば詳細まで確実に記憶出来る。後でメグさんに共有しよう。


しかし、エリス達結構降りてきたけど。まだ続くのかなぁ…と言うかあの街の地下にこんな大規模な穴があったなんて驚きだ。たった三年でここまで掘削したのか?だとしたら一体…。


「ついたぞ、ここだ」


そうこう言っている間にエリス達は地下工場の最下層。あちこちに穴が伸び複数のトロッコが存在する炭坑へとやってくる。しかし酷い空気だ…、まぁこう言う空気は落魔窟で慣れてますけどね。


「すげぇな、あちこちに坑道が伸びてる…鉄も凄まじい量取れてるな」


「取れてるというより掻き集めている様だ。ここもまた落魔窟と同じだな…」


「こんなに鉄集めてどうするんだろうね」


「そりゃテッポー作るんじゃねぇの?知らねえけど」


人気のない坑道へと降りたエリス達はその圧巻の景色に思わず息を飲む。四方八方に穴が開いておりまるで蜘蛛の巣の様に坑道が作られているんだ。


街の下にこんな大量に穴作りまくったらそのうち街が沈むんじゃないのか?いやその為の地下工場か。あれは街を支える鉄の柱としての一面もあるんだ。とはいえ…だろ、この規模は。


「あっちの坑道はそのままプラキドゥム鉱山に繋がってる。普段は使われていないトロッコを用いれば馬車で行くより速く辿り着けるだろう」


「相変わらず詳しいなレッドグローブさん、あんた本当にこの街に来たの初めてか?」


「今はそういうのはナシだ、ほれトロッコに乗れ」


そう言ってレッドグローブは使われていないトロッコを二つほど指差す。結構大きめなトロッコだな、これならこの人数でも一気に向かえるだろう…。


「そうだな、よし 二組に分かれてトロッコに乗ろう、ネレイドとデティとナリアとアマルトが一緒に乗れ、俺とエリスとメルクさんとメグとレッドグローブさん…ギリギリだがこっちはこれでいく」


「ごめんね…私おっきいから…」


「私が小さいから半々だよ」


「そうですよ、僕達なら窮屈になりませんって」


「いざとなりゃ俺の呪術で小さくしてやるよっと。ほらのろーぜー!」


ひょいひょいと用意されたトロッコに乗り込んでいくアマルトさん達を眺めてなんとなく思う。別にエリスはトロッコに乗らなくてもいいんだけどな、多分自力で飛んだ方が速いし、その辺はラグナも同じだろう。


けど…目の前の錆びたレールの上に置かれた無骨で重厚な鉄の箱。使われなくなって久しいのだろう、ところどころ錆びて傷が付いているがそれでもまだ動けることは車輪の健在さが物語る。


これに乗る…、昔読んだ探検小説にも似たようなシーンがあった。崩れ落ちるレーヴァテイン遺跡群からトロッコで大脱出する探検家…昔は『実在する遺跡をフィクションとはいえ盛大にぶっ壊すなんてどうなんだ?』とは思いもしたが。それでもワクワクしたのは事実だ。


…乗ってみたい、やってみたい、トロッコに乗ってビューんってやつ。


「ラグナ!乗りましょう!エリス先頭がいいです!」


「お?おお、なんか意外に乗り気だな…」


一番ワクワクする席は誰にも譲ってなるものかといの一番にトロッコに乗り込み先頭に陣取る。おお?このトロッコ内部に魔導具を仕込んであるから自分で動くのか。


帝国にはこういう移動用の魔力機構がないから新鮮だな、魔力で動く車か…魔力は動かすものの大きさが大きくなればなるほど使用魔力が跳ね上がる法則があるからちょっと燃費は悪いだろうが、それもまた面白そうだ。


「よっと、意外にしっかりしてるな」


「運び出される鉱石の気分だよ」


「エリス様、私も先頭がいいです」


「ダメです!ここはエリスの席です!」


「喧嘩すんなって、ほら動かすぞ」


全員が乗り込んだ辺りでレッドグローブさんがトロッコを起動させる為のスイッチを押す、するとトロッコは久しぶりの起動で驚いたのかガタガタと数回震えると、徐に車輪を回転させ動き始める。


最初はサビで上手く動かなかったそれも徐々に錆が削られ加速も増していき、あっという間に風を切るほどの速度へと跳ね上がる。


「おー、凄い速度」


「デルセクトの蒸気機関車を思い出すな」


「これ小石とか線路上に落ちてたら我々全員死にますね」


「縁起でもない事言わないでくださいよメグさん…」


ガタンゴトンと音を立てて進んでいくトロッコ、確かにこれを使えばプラキドゥム鉱山へ直ぐに着けるだろう。そしてそれは裏を返せば直ぐに奴等も理想街へとやってくることが出来るという事だろう。


…簡単に行き来出来る場所に人が多く立ち寄り街がある…か、確かに奴等にとっては最高の仕事場所かもしれないな。


「……………」


引き裂かれていく暗闇を見つめる、後ろにはアマルトさん達の乗ってるトロッコがあり振り向けばネレイドさんとそれに支えられたデティが手を振ってくれる。


このまま行けば、エリス達はプラキドゥム鉱山へと辿り着く。悪魔の見えざる手の本部に…そしてそこにいるプリシーラさんを連れ戻すんだ。


きっと戦闘になるだろう、というかエリスは問答無用で戦闘するつもりだ。どの道アイツらには借りがあるんだ…そして。


「……?」


「…………」


レッドグローブをちらりとみれば彼と目が合う。やはり彼もエリスの事を見ているようだった…、彼とのことも考えなければならないな。


「ん、…ん?そういえば」


ふと、メルクさんが何かに気がついたように首を傾げ始める。ブツブツと考えを巡らせるやはりおかしいと違和感を吐露するのだ、それはこの狭いトロッコの中では直ぐに伝搬する。


「どうしたんだ?メルクさん」


「一つ気になることがある、悪魔の見えざる手はプリシーラの依頼で動いてるんだよな?」


「その可能性が非常に大きいってだけさ。なんか気になるところがあったか?」


「ああ、我々が手に入れている情報の中にあったよな…『悪魔の見えざる手はこの依頼によって依頼料以上の何かを手に入れようとしている』というのが。…プリシーラにそれを手渡せる能力があるのか?冒険者協会や王国を相手にしたくないと言っていた悪魔の見えざる手を動かせる何かをプリシーラが持っているのか?」


…確かにその通りだ、状況的に見ればプリシーラさんが依頼人という点は間違いないだろうが…しかし悪魔の見えざる手側から見たらなんのメリットもないじゃないか。


この仕事は奴等にとってもデメリットだらけ、それを補って余りある何かがあるからデッドマン達は依頼を受けた、だったらなんだ?プリシーラさんの依頼に乗ることで奴らに何かメリットが?


ううーん、何にもわからない。


「悪い、その可能性考えてなかったわ。確かにロダキーノが言ってた…金じゃない別の何かを手に入れるためにこの仕事をしていると。じゃあプリシーラがその報酬を支払えないとおかしいよな」


「はて、なんでございましょうか。金ではない何か?愛とかでしょうか」


「そんな陳腐な物ならいいんでしょうが、多分違いますね…」


報酬…この一点が頭からストンと抜けていた。いや別にどうでもいいんですけどね?プリシーラさんを助けた後にでも聞き出せばそれでいいんですけど。


エリスの直感がですね、言ってるんですよ…『なんかおかしい』って。長い旅生活で手に入れた野生的直感が…この問題の放置を嫌っている。


全てのカードが明らかになった台の上で、唯一伏せられたただ一枚のこのカードが…何か、全部をひっくり返してしまうような気がするんだ。


そんな思考の中、レッドグローブが口を開く。


「簡単なことだ」


「え?なんか分かるのか?」


「ああ、…報酬を支払う依頼人がプリシーラではないのさ」


「え?誰かに立て替えてもらうって事ですか?」


「違う、そもそもの前提としてプリシーラはそんなに上手く裏社会の組織を手玉に取れるような人間なのか?悪魔の見えざる手がそんなに律儀にプリシーラの言うことだけを無償で聞くと思うか?…答えはノーだ。奴等には奴等の狙いがある」


「…ッ!まさか…っ!」


そのなんだか抽象的な答えを聞いてメグさんだけが何かに気がつく。エリスですか?エリスは何にも分からなかったです、もっと分かりやすく言えって拳を握りかけたところですよ。


というか…気がついたメグさんの顔がおかしい、妙に冷や汗を流して青くなって、まるで…状況はエリス達が思う以上にやばいと言わんばかりに。


「マズイかもしれません、この事件…誘拐に見せかけた狂言誘拐、に…見せかけた本当の誘拐かもしれません!」


「え!?でも…」


「つまり、プリシーラ様だけなのです。この誘拐が狂言誘拐だと思っているのは、悪魔の見えざる手には更に別の依頼人がいる…!」


「え……」


つまり、プリシーラさんはエトワールに向かっているんじゃなくて。



ハーメアと同じ、地獄に向かっているかもしれない…ってことか。


…………………………………………………………


プラキドゥム鉱山地帯…無数の切り立った岩山が乱立するその剣山の如き地形のど真ん中に存在する、一際大きな岩山がある。


かつて鉱物資源の宝庫と謳われたその山は既に人の手によって掘り尽くされ、アリの巣のように広がった坑道によってくり抜かれこれ以上の採掘は鉱山そのものの倒壊に繋がると判断され、放棄されたマレウス文明繁栄の跡となった。


そんな穴だらけの鉱山を無許可で占領し自らの居城『魔手城』として改造を施した悪魔の見えざる手によって、ここは人攫いのアジトとして生まれ変わっていた。


内部には無数の檻が存在し、攫ってきた人々を閉じ込める巨大な監獄としての顔を隠す魔手城に…今、城主が帰還した。


「長旅ご苦労様デスお姫様。ご気分は如何でしょう」


「最悪よ、…今まで親切にしてくれた人たちを裏切って私はここに来てるんだから…」


魔手城の中腹、今現在組織を纏めるデッドマンの私室たる部屋にて、プリシーラは頗る機嫌悪そうに腕を組み目の前のデッドマンを睨み付ける。


プリシーラはあれからアマルト達を振り切って、街の中で潜伏していたデッドマンと合流し…こうして魔手城へとやってきていた。今まで本気で守ろうとしてくれていたエリス達を裏切ってだ。気分としては最悪なものだ…これでもエリス達には恩義を感じていたのだから。


「フッフッフッ、ええ?貴方は裏切ったのデス。命を賭して守ろうとしていた奴等を見事に欺いて切り捨て自分の利益を優先した。なんとも可哀想な話じゃあないデスか、あんなに頑張って守っていた女が実は誘拐犯を操る黒幕で!最後には切り捨てられる運命にあったなんてね」


「うるさい…!いいからあんたは自分の仕事をして!」


いちいち感に障る男だ、そんな事自分が何よりも分かっている。エリスさん達は本気で私を守ろうとしてくれていた。本当はコンクルシオで私は攫われる予定だったのに…あの人達が本気で私を守ってくれたおかげで計画は頓挫した。


本当なら、馬車を飛び出してデッドマン達と合流するべきだったし最初はそのつもりだった。


けど…けどしょうがないじゃない。あんなに優しくされたのなんて初めてだったんだ、私の歌を聞きたいなんて言ってくれた人は国王様以来なんだ。あの人達と一緒にいてあの人達の期待に応えたいと思うことなんて普通だろう…。


だから、今までずっと一緒にいた。…けどパナラマで捕まえたあの変身魔術の使い手 変幻のコンディオからもたらされた情報。私にぶつかる瞬間耳元で囁かれた…あの話。


『マンチニールが本格的に私を連れ戻す準備をしてる』


という話を聞いて、私はエリスさん達と別れを告げる覚悟を決めた。やはりこのままこの国にいては私はいつまで経っても母の束縛から逃れられない。


エストレージャの呪いから逃げるには…もうこうするしかないんだ。エリスさんともファンともマレウスとも別れを告げて、私は本当の自由を手に入れる。


「約束だったでしょ、私をエトワールに連れて行って。貴方達悪魔の見えざる手は世界各地の奴隷市場に人を売る裏のルートがある…私をエトワールに連れて行くことも造作もない筈よね」


「ええまぁ、全然余裕デス」


「なら早くして、あんまりモタモタしてると何があるか分からないわよ」


「それはそうなのデスが、うぅ〜ん困りましたデス」


「は?何が?」


「いえ、所でプリシーラさん…貴方、我々に支払う報酬はどれくらいでしたか?」


「はぁ?金貨百五十枚…人一人運ぶ料金にしてます破格でしょ?貴方達もそれで仕事を飲んだじゃない」


「そうだったデスそうだったデス、アハハハハ」


「……?」


不気味なデッドマンの態度にプリシーラは嫌な予感を感じ、一歩後ずさる…本当はこんな奴の力なんか借りたくなかった。けど、誰にも気が付かれず外に出るにはこいつら以外の適任はいない。


そう…聞いたんだ、なのにデッドマンは私を敬うような素振りを見せながらも値踏みするようにジロジロと見てくる。気味が悪い、やはり人売りをしてる奴なんて普通なわけが…。


「っ!?え!?」


ふと、一歩後ずさった先に何かにぶつかり思わず振り向くと、そこにはデッドマンの手下の男…ロダキーノが無言で立っていた。こいつ…いつの間に。


「しかしねえ、プリシーラさん。我々も今回の一件には色々と被害を被ってましてね。あれだけいた構成員も幹部補佐も纏めてお縄、私もさっき貴方を待ってる時に襲撃も受けたんデスよ?」


「し、知らないわよ。そんなの」


「オマケに貴方を攫ったとあれば我々は冒険者協会に敵視される。今までみたいは三ツ字みたいな雑魚なら幾らでも対処出来ますがストゥルティのような本物の怪物が出てきたらそれこそ一巻の終わり。もしかしたら顔に泥を塗られたチクシュルーブが激怒して私兵団を率いてここに攻めてくるかも、その上チクシュルーブ経由で王国最強のエクスヴォートまで出てきたら…私達に未来はないんデス」


「だから、それも含めて依頼を受けたんでしょう!?」


「ええ、けど…その報酬が金貨百五十枚…、ロダキーノ?足りるデスか?」


「……全然足りてねえな。そんな端金で相手にしていいメンツじゃねぇ」


「は、…はぁ!?今更報酬を上乗せしろっての!?どんだけ業突く張りなのよ貴方達!」


今更報酬が足りません?そんなむちゃくちゃな話があってたまるか。こうなる事はデッドマン達だって最初からわかっていたかはずだ。なのに今更襲われるのが怖いから嫌ですなんて…そんなバカな話が通るわけがない!


「嫌ならいいわ!他を当たる!」


「ああ結構、貴方はこのままここにいてください?我々は今から別の依頼を遂行することにしますから」


「へ?…何を…」


「丁度別の方からも依頼を受けてるんですよ。『アイドル冒険者プリシーラの誘拐』をね、そしてどうやらこっちの方が良い報酬を出してくれるようなので…今から貴方を攫ってその人に引き渡すとしましょう」


「なっ!?あんた達まさか最初からそのつもりで…!」


マズイ、こいつら最初から私をエトワールに送るつもりはなかったんだ。最初から…私をその別の依頼人に引き渡すつもりで私に従うフリをしていたんだ。私がこいつらを信じて合流するのを…利用して!


「おっと、暴れんなよ」


「きゃっ!ちょっと!離してよ!私をどうするつもり!?」


「さぁな、依頼人に聞きな。俺たちはただ捕まえて引き渡すだけだからさ」


「フフフフ、そういう事デス。間抜けにも自分から護衛を引き剥がしてくれてありがとう!お礼に地獄に連れて行ってあげましょう〜!」


「この…悪魔!」


「悪魔の利用は計画的に、さもなきゃ喰われるのはそっちになりますよ?ンハハハハ!」


「おいデッドマン、こいつどうする?」


「檻に入れておきなさい、私は本当の依頼人様に連絡を取りますから」


「うーい」


「くっ!この…この!嗚呼…!」


嘆く、プリシーラは嘆く。自分はどこまでバカだったんだろうかと嘆いて喚く。


こんな奴らに夢を託したのがバカだった、エリスさん達の言うことを聞かずエトワールに行こうとしたことが間違いだった。こんなことなら…最初から言うことを聞いておけばよかった。


バカだ、バカだ、バカだ、どこまでも私はバカだ…!


「離してよ!やめて!」


「諦めな、お前はもう終わりだよ」


ロダキーノに無理矢理捕まれ引き摺られ、プリシーラはデッドマンの私室から別の檻へと移される。無骨な岩肌のような廊下の奥に、壁をくり抜いて作ったような粗雑な檻に叩き込まれ…私は囚われた。


あんなにエリスさん達が守ろうとしてくれていたのに…それを踏みにじったから。


「う…うう」


「じゃあな、プリシーラさんよ」


「くそ…!」


去っていくロダキーノ、檻の闇の中私はただ地面に倒れ伏し…己の愚かさを呪う。


これが、罰だと言うのか。逃げた罰だと言うのか。だとするなら…私はどれだけ物事を軽視してきたのだろうか、どれだけ私は自分勝手だったんだろうか。


母の言うことに背いて家を逃げ出し、エリスさん達の言うことに背いて街から逃げ出し、ファンの期待からもまた逃げ出し。そうして行き着いた果てがこの牢屋の中…どこに連れて行かれるかも分からない絶望の中へと、私はたどり着いたのだ。


「……ごめんなさい…」


謝る、エリスさんに謝る。あんなに真剣に私を求めてくれたあの人にだけでも…謝りたい。


けど、もはやそれも遅い。私は全てを切り捨ててしまって…。


「アイドル冒険者?まさかあんたがあのプリシーラか?」


「へ?」


ふと、頭をあげて周囲を見回す。私以外にこの牢屋に誰かいるの?


牢屋の中は光源などなく真っ暗だからよく分からないけど、よくよく見てみると誰かいる…。


「貴方は…」


目を細め、観察するように見ていると…声の主の姿が見えてくる。


私とは同じ牢屋に叩き込まれ、両手を縄で縛られているその人の髪は…太陽のような金髪で、私がよく知る顔をしている。


…そう、そこに居たのは。


「エリスさん!」


エリスさんだった、嗚呼…裏切って捨てておいて、いざまた目の前にすると嬉しくなるなんて私はなんと愚かな女なんだ。今更何を言おうとも私は彼女の信頼を踏みにじった、なのに自分が危なくなったからってまた擦り寄りに行くなんて、なんて浅ましい。


事実として名前を呼ばれたエリスさんはなんとも微妙な顔をしている。やはり…私にほとほと愛想を尽かして。


「あー…そういや、アンタの護衛の依頼を受けてたんだったな。でも残念ながら俺はエリスじゃねぇーのよ。大体あの化け物級の女がそう簡単に牢屋になんて捕まるわけないだろ?」


「え?」


「よく見ろ、ってか声聞け、俺は男だよ」


よく見ると…確かにそっくりだけど、エリスさんじゃない。男の人だ…え?誰この人。


「え?誰…?」


「急に酷いな。俺はステュクス、一応これでも冒険者さ」


「冒険者?って…なんで捕まってるの?」


「いやそれがさ…」


ステュクスと名乗るエリスさんそっくりな男はえへへと照れるように笑いここに至った経緯を話す。


と言っても単純な話で、街中で私を待っていたデッドマンを見つけ何をしているのか観察していたら、逆に見つかり戦闘になって…普通に負けて捕まったらしい。


よく見ると顔中痣だらけだ、まぁデッドマンは普通に四ツ字冒険者クラスの実力があるし、その辺の人じゃ歯が立たないだろう。


「つまり、普通に負けて普通に捕まった人?」


「そうです…情けねえよ。こんなことならもうとっとと街を離れてるんだった…、剣も取られたし、はぁーすげーバカ…俺って」


「そう、…私と同じね」


「……さっき、ここを通りかかった奴が言ってたよ。アンタ自分から捕まりに来たんだってな。けどライブ二日後だろ?いいのかよこんなとこ来て、ファンが待ってるんじゃねえの?」


「…うん」


「俺しばらくこの街で過ごしてたけど、アンタのライブが楽しみだって人を何人も見かけたよ。それなのに…自分から捕まりに来たのか?」


「…うん」


「ライブ、どうすんだよ」


今は、ステュクスの言葉がとても痛かった。事実として私はファンを裏切ってしまったから…この街に集まってくれたファンを。ナリアさんも言っていた…ファンは大切にしろと。


何より、私自身が大切にしていた信条…ライブに来てくれた人の幸せを保証するという点を、私は自らの過ちで蔑ろにしてしまった。


「もう…どうしようもないわ」


「どうしようもないか、…戻れたら戻りたいか?」


「分かんない…、戻っていいのかも戻りたいのかも分からない。私は全てを自分で捨ててしまったから」


「捨てたんなら、また拾えばいいだけさ。間違っていたと思ったならやり直せばいいだけさ。一発で正解だけを引き当てられる人間なんていやしないし、取り返しのつかない選択なんてのも…案外無いもんだよ」


「……でも、私はもうここから逃げられない。逃げ続けた私にはお似合いの…」


「不貞腐れんな、逃げられないんじゃなくて逃げてないだけだ。逃げ続けてるんじゃなくて…選択を先送りにしてるだけだ。足掻け、足掻くんだよ。足掻き続けた人間はこんなところで折れやしない」


すると、ステュクスは徐に立ち上がる、両手を縛られた状態で立ち上がり…私を見下ろすと。


「もう一度聞く、ここから戻れたら戻りたいか?まだ足掻く気はあるか?」


「…………私は」


都合のいい話だと思う、自分からここに来ておきながら、捨てておきながら、また戻りたいなんて浅ましいと思う。


けど、浅ましくとも…今はただ、エリスさんに会いたい。一度裏切ってしまった事をファンに一言謝りたい、地獄に落ちるなら…せめてこれだけでも。


「…うん、戻れるか分からないけど、戻れるなら戻りたい」


「…へへっ、よーし!なら今から俺とアンタは脱獄の協力者だな?助かったよ、俺一人じゃここから抜け出せなかったところだ」


「へ?抜け出す…?」


「おう、一緒にここから抜け出して。間違えたところからもう一回やり直そうぜ?」


そう、俺に任せろとばかりに笑う笑みは、やはり…エリスさんによく似ていた。


……………………………………………………


「はい、プリシーラの確保が完了しました、これって依頼は達成デス」


私室で、デッドマンは通信魔導具を使い…真なる依頼主に連絡を行う、長かったがこれで我々の真の目的は達成された。


『ご苦労デッドマン、やはり君達に頼んで正解だった』


「ありがとうございます、それでその…例の報酬は?」


『勿論用意してあるとも、無事我々に引き渡しが完了したら…君に席を保証しよう』


「っ…!ありがとうございます!」


その言葉を聞いて、デッドマンは静かに拳を握る。


ようやくだ。ようやく我々の悲願が叶う、プリシーラを攫いその報酬として…遂に手に入れる事が確約された。


全てはこの為に依頼を受けたんだ。冒険者協会を敵に回しても、この国を相手にしても、なんならマレウス・マレフィカルムと敵対しても、何を敵に回してでも…我々はこれを求めて居たんだ。


『では、明日迎えと共にプリシーラの回収に向かうから、よろしく頼むよ』


「はい、お願いします。コットン子爵」


真の依頼人たるマレウス貴族のコットン子爵の声に感謝を述べ…デッドマンはニタリと笑う。


これで。私はようやくデッドマンとも並ぶ事が出来る…いや、或いは超えたと言ってもいいかもしれないな。


何せこの依頼が終われば私は─────。



─────────────────


全ての始まりは今から一ヶ月と少し前…、まだプリシーラがライブツアーを始めるよりも前の事だった。


かつて、裏社会を二分するとまで言われた闇の王たる悪魔の見えざる手がその座を失って久しく。またその座を奪還することもできないと悪魔の見えざる手は…デッドマンは自暴自棄になって居た。


ここでどれだけ人を攫って金を稼いでも、どれだけの人間を傷つけ貶めても、何にどれだけの損害を与えようとも…失った物は戻らないと悟ったからだ。


何も持たず、何も持たされず、そこから努力して努力して色んな人から色んな物を奪って身につけて居た虚飾が…二十年前の事件によって全て剥がれてしまった。


ボスの…レッドグローブの裏切りにより、デッドマンは八大同盟の肩書きを失い、裏市場へのコネという富を失い、多くの構成員と参加の組織という力を失い、父親として慕っていたレッドグローブという愛を失った。


何持ってなかったのに、更にそこからまた奪うのか…。一体ぼくには何が残るんだ。


そうヤケになって長い月日を過ごした、ある日のことだった。


「ここが悪魔の見えざる手の本部かな?案外埃臭いところにあるんだね」


「は?」


ふと、私室の扉を開けて現れた男の顔を見て、デッドマンはその表情をしかめた。


この魔手城の内部に入り込み、その纏め役たるデッドマンはの部屋を訪れたのはよりにも寄って余所者の…貴族 コットン子爵だったのだ。


「あんた、マレウスの雑魚貴族の…売国奴か」


大手の人攫い組織というのは貴族社会にも精通して居なければやっていけないものだ、貴族の子供は攫えばそれだけで金になる。だからマレウスの貴族は全員顔を覚えておくようにしている。家族構成から何から全部…それがレッドグローブの教えだったから彼は直ぐにそこにいるのがマレウスの雑魚貴族…コットン子爵である事がわかった。


特徴的な赤鼻と呑気そうなタレ目、如何にも無能そうな顔つきはコットン以外あり得ない。しかもよりにもよってこいつは魔女融和派の一人だ。


魔女大国は敵ではない、共に手を結んで一緒に繁栄していきましょうなんて馬鹿らしい事を真顔で言ってのける阿呆共の一派が…こうして自分の前に現れたのだ。


身包み剥いで拘束しよう、それでこいつの家や王国に身代金でもせびってみるか…、そう思った矢先。ハンカチで口元を覆いこの場の空気を吸うことも嫌だと眉を八の字にするコットンは静かに手をこちらに向け。


「待ちなさい、私は君に依頼をしに来たんだよ」


「は?依頼?私達は冒険者のような小間使いじゃないんデスよ。殺されたくなければ直ぐに帰りなさい」


「そうもいかないよ、私は君を紹介されてここに来てるんだ。私の友達が君なら信用出来るってね」


「友達?お前その友達に売られたんじゃないのか?バカなやつ」


「ほう、では直接聞いてみるとしよう。どうなんだね?私は君に売られたのか?」


そうコットンはまるで誰かに聞くように声をかける。デッドマンではなく別の第三者に…だ、けどこの場にはコットンとデッドマンしかいないことは言うまでもない。


のに、これはどういうことか。コットンの目は相変わらずデッドマンの方を向いている…いや?違う、よく見たら…私の背後?


ッ…!まさか…ッ!!


「ジズ」


「まさか、そんなわけないだろう?友達を売るなんてそんな真似。するわけないじゃないか」


「ッ…!?ジズ・ハーシェル!?」


「やぁ、デッドマン…だっけ?大きくなったね」


慌てて振り向けば、そこには『ソイツ』が居た。白い髪 ガラス玉のような青い瞳 片眼鏡を掛けた不思議な雰囲気の美青年…。身なりのいい格好をしながらも行儀悪く机の上に腰をかけニコリと笑いながらデッドマンにウインクをしてみせるこの男には見覚えがあった。


かつて、悪魔の見えざる手が八大同盟だった頃…会議で顔を合わせたことがある。同じ八大同盟の一角にしてゴルゴネイオンに並ぶ古参組織『暗殺一族 ハーシェル家』を取り纏める世界最強の殺し屋ジズ・ハーシェルだ。


しかしどういうことだ、前会ったのはもう二十年以上も前だぞ。あれからデッドマンも大きくなり大人になったというのに。ジズはあれから老ける様子も変わった様子もない…不老だって噂は本当だったのか?


いや、それよりも。


「お前…コットンと友達だと?」


「ああ、もうかれこれ三十年の付き合いになるかな。彼の子供を抱っこしたこともあるよ?」


「魔女融和派の貴族と、魔女排斥機関の大物が…友達だと?そんなバカな話があってたまるか。それともお前…まさか裏切ってたのか?そもそもマレフィカルムには外部の組織と繋がりを持たないって掟が…」


「君それ律儀に守ってる人間がどれだけいると思ってるのかな?それにコットンは確かに魔女融和派だけど…別に魔女を信奉してるっけわけでもないしね」


「ああ、私はただ魔女大国と手を結び奴等の技術力や戦力を手に入れ、奴等が無視出来ない存在にまでマレウスを押し上げる必要がある…と言っているだけだ。どの道非魔女国家である以上どれだけマレウスを大きくしてもアド・アストラには勝てないのだから。利口に立ち回るべきと言っているのに…くだらん感情に突き動かされ理屈も伴わない批判をしてくる市民には困っているんだよ」


「ホントねぇ〜、剣を持って向かい合ったら勝てない相手がいるのなら、一旦剣を納めて背後に回る方が賢い立ち回りだと私も思うよ、コットン」


親しげに話すコットンとジズの二人を見て、この二人が本当に交友関係にある事を悟る。…そういえばボスもこういう組織を運営するなら『外部の協力者』の存在は不可欠だと語っていたな。


けど、今の悪魔の見えざる手にはそれが居ない。それもまたある意味悪魔の見えざる手の衰退の一因を担っていると言えるだろう。


「ジズと私は長い付き合いでね、私がマレウスの貴族間の情報を彼に流す代わりに彼は私の依頼を優先的に受けてくれるのさ、お陰で憎き政敵に頭を悩ませる日々とは無縁の生活を送らせてもらっている、こういう危険地帯にも…私は護衛なしでやってこれるのさ」


「そういう事、分かったかな?デッドマン君?」


「ッ……」


コットンだけなら、容易くなんとでも出来る。身ぐるみ剥ぐのも殺すのも自由自在だ。


だがそこにジズが加わったなら話は変わる。こいつは正真正銘の怪物だ、強くなった今ならそれがなおのこと分かる。今ああして無防備に座っているだけなのに…隙が一切見当たらない。


もしこちらが攻撃の意思を見せたなら、ジズは机の上に置かれた書類…紙一枚で私の首を両断する事も出来るだろう。


そしてそれを分かっているから、ジズは敢えて隙だらけかのように見せかけている。相変わらず恐ろしい男だ。


「それで、本題だけど…君に依頼を持ちかけに来たんだ」


「依頼?あの天下のジズ・ハーシェル様が盗人風情を頼るのか?我々が何かするまでもなくお前が抱えるあのメイド達を使えば…それこそ痕跡も残さず達成出来るだろう」


「まあね、でもこの仕事は他の組織達にバレるわけにはいかない内密な仕事なのさ」


「何?どういう仕事だ…?」


「いや?簡単だよ?アイドル冒険者プリシーラを誘拐してコットンに引き渡せばいい。それだけでいいんだよ」


「か…簡単だと!?」


言ってくれる、確かにプリシーラを攫うこと自体は簡単だ。こちらだってプロだから如何に要人とはいえ攫うこと自体は造作もない。


だが…、攫った後どうする?顔に泥を塗られた冒険者協会が大戦力をこちらに差し向けないとも限らないだろう!


「断る、攫った後どうするんだ。プリシーラを引き渡す前にストゥルティやヤゴロウみたいな最高戦力を差し向けられたら今の悪魔の見えざる手では対処出来ない」


「情けないねぇ、かつて八大同盟に居た組織の言葉とは思えない。けどまぁあの男…ストゥルティが恐ろしいのは分かる、この国でエクスヴォート並ぶ二大看板の一人だもんね?けど安心してくれ、コットンに引き渡す事が出来たら君達は保護される」


「保護?何にだ?」


「それが報酬の話さ、…なぁデッドマン、君は八大同盟に戻る気はないかい?」


「なっ!?」


八大同盟に戻る気は?あるに決まってる…あるに決まってるだろうそれは。またあの座に戻る事が出来れば私は失った物を取り戻す事ができるんだから。


まさか…プリシーラを攫った際の報酬は。


「報酬は…八大同盟への復帰か?いやだが、そんな事可能なのか?」


「残念だけど八大同盟そのものには復帰させられない。あそこは実力で追い落とさない限りは難しい。それにマレフィカルム内での影響力も必要だ、どれだけ強くても影響力がない五凶獣が正式な同盟に入れていないように…実力と影響力、この二つが今の悪魔の見えざる手には不足してるからね。私の手でも復帰させるのは難しい」


「ならこの話はなしだ、支払えない報酬で仕事を受けるわけが…」


「だが、八大同盟のような組織に入れることは出来る…。デッドマン君?私はね、近々マレフィカルムを抜けて独立するつもりなんだ」


「へ…?」


「マレフィカルムを抜け独立し、また新たな魔女排斥機関を作り上げるつもりでいる。マレフィカルム内部の組織の三割も私の独立と共に離反するという話が出来ている、最近入ったようなミーハーの雑魚は一つとしてない。本気で魔女を殺そうと企む猛者だけが私についてくることになっている」


そんな、事して…大丈夫なのか?マレフィカルムは裏社会の王者だ。闇の中で生きていくのに必要な全てを牛耳りその全てを支配下に置く覇者だ。表世界がアド・アストラによって支配されているなら裏社会はマレウス・マレフィカルムだ。


そんな組織を離反して、新たな魔女排斥機関を?しかもそれを主導しているのが古参組織のジズ・ハーシェル?なんか…とんでもない話を聞いているぞ。


「大丈夫…なのか?それ」


「フッ、私はもうかれこれ五十年以上も八大同盟の一角としてマレフィカルムに付き従ってきた。だが…結果はこの通りだ、いつまで経っても何も変わらない。私だって不死身じゃないんだ、寿命だってある…いつまでも待ってられない。なのに総帥は…一向に動こうとしない」


「総帥?…ガオケレナ総帥か?」


この目で見たことは一度もない、だがあのマレウス・マレフィカルムが打ち立てられた五百年前からずっと変わらず頂点に立ち続けているという伝説の存在。実在するかも分からないような存在に対して…ジズは静かに怒りを燃やす。


「ああ、彼女の力は絶大だ、私の見立てでは魔女にさえ匹敵すると見ている。おまけに彼女が直属として抱えるセフィロトの大樹の戦力はどの八大同盟のどの組織よりも強力だと言うのにそれを自己保身以外に用いない…日和見主義なんだよガオケレナは、あんなのに任せていたらいつまで経っても魔女の打倒なんか出来やしない」


誰よりも長くマレフィカルムに所属するが故に、彼は恐らく誰よりもガオケレナの事を理解している。そんな彼が総帥ガオケレナの下に未来はないと断じているんだ。


これは本当にダメそうだな…。


「最近じゃずっと二番手に甘んじてきた別の魔女排斥機関が力をつけつつあるしね」


「別の魔女排斥機関?…確か、『ノヴァグラティア』…だったか?」


「そうそれ、…別の勢力の台頭を許し始めた時点で怪しんでいたけど。やはり総帥の影響力は落ちてる、だから新しい組織を立ち上げるんだけど、その纏め役…今の八大同盟的なポジションに悪魔の見えざる手を加えようと思っているんだ」


「本当か…?」


「ああ、八大同盟の中から離反者を出すのは難しい、彼らはみんな個の塊みたいな連中だからね。代わりにそれに匹敵する組織をいくつか見つけて既に仲間に引き入れている、そのうちの一つが悪魔の見えざる手なんだ」


「…元八大同盟だからか」


「そうだよ、君達が八大同盟だった頃を知る組織も離反者達の中にいる。君達が上に座れば文句をつけたりはしないだろう、君たちはいいまとめ役になる」


「………………」


「私が多くの歴戦組織を伴って抜ければ、マレフィカルムに残るのは制御の効かない八大同盟と役に立たない新参組織、そして動かない総帥だけになる。直ぐに瓦解して彼らは裏社会の王座を降りることになる…そうなった時、次の支配者になるのは私達だ」


「……私達が…」


「ああ、新たな八大同盟の一員として君はまたあの栄光に満ちた日々を取り戻す事が出来る。プリシーラを攫う…こんな簡単な仕事をするだけでね?ね?コットン」


「その通り、私も貴族としてのコネをフル活用してジズを支援するつもりだ。勝ち馬に乗るのは…悪い事じゃないよ?デッドマン君」


「…………」


また、あの時みたいに。いやそれだけじゃない、私が再び八大同盟への道を切り開けばぼくを認めない部下達もぼくを認めざるを得なくなる。レッドグローブと同じ場所まで辿り着けば…越えることができれば、ぼくは…私は…!


「…だが、なんでプリシーラなんだ?」


「ん?それは…」


「それは奴が反魔女運動のプロパガンダとして使われる予定だからだ!」


するとコットンが拳を握り熱弁し始める。そういえばプリシーラは反魔女の旗を振るうレナトゥスの子分であるエストレージャ家出身だったな。


まぁ母親のマンチニールが存在を否定しているから事実かはイマイチリサーチしきれてないけど。


「レナトゥスによってプリシーラはいずれ国民の反魔女感情を煽るような楽曲を歌わされ、国民の意識を魔女大国との戦争へ結びつけ団結させるよう動くだろう!そうなっては魔女大国との戦争は避けられん。今戦えば確実にマレウスは滅ぶ!マレウスは変革すべきなんだ!それを理解しない保守派貴族共の鼻っ柱を折るにはこの計画の要たるプリシーラを消さねばならない!」


なんか、理路整然と語ってる風を装ってるけど大体がこいつの憶測と思い込みじゃないのか?そう伺うようにジズの方へと目を向ければ、ジズは肯定するでもなく否定するでもなくニッコリと笑っている。


なるほど、付き合ってて楽しそうな友達だ。


「奴が易々と人気を獲得し国王に気に入られたのもエストレージャやレナトゥスの裏取引のお陰だ。奴等が裏で国民を先導しているんだ、これを阻止しなければマレウスが滅ぶ!」


「とまぁこんな感じだからさ、折角なら友達の頼みも聞いてあげたいじゃないか」


「…お前にメリットがないように見えるが?」


「まぁね、…あーでも…ちょっとくらいならあるかな。そのお礼に君たちを仲間に引き入れるくらいには、私にも得がある」


それが如何なる物かは分からない、だがアイドル冒険者プリシーラが『あの』レナトゥスが力を入れているプロジェクトなのだとしたら…まぁ分からないでもないか、或いは…さらにその奥を刺激し得る何かがプリシーラ誘拐にはあるのだろう。


恐らくはジズの語る『得』の方が今回の主題だろう。飽くまでコットンを依頼人として立てることで自身の関与を曖昧にしているんだ。


それだけの事をしなくてはならない…ということか。


「分かった、依頼を受ける。ただし達成した暁には…」


「分かってるよ、君も私の仲間として迎え入れる。ただしこの話は内緒で頼むよ?バレたらやばいんだ」


やばい…か。確かにやばいだろうな、マレフィカルムを裏切るつもりでした…なんて話が流布されたら。


いや或いはこれをダシにジズを脅迫することも出来る。なんならジズさえも裏切ってハーシェル家の後釜に私が座ることも出来る。こんなやばいネタを話しておきながら口約束で済ませるなんて…ジズも耄碌したものだ。


「ああ、言っておくけど…もし他の組織に話そうとしたら。分かってるよね」


「……ッ…!?」


刹那、ジズの姿が消え。背後から耳に息を吹きかけられながら…刃よりも冷たいジズの声が響く。


「私を、あまり侮らない方がいい。これは忠告ではなく…長生きの秘訣だ。老人のアドバイスは聞いておきなさい」


「…わ、分かった」


…思わず声が裏返る。ダメだ、忘れてた、この男がどれほど危険かを。


老人?確かに老人だろう。見た目は若いがこいつは既に百年近く生きている。八大同盟の座についてもう半世紀以上、その間こいつは裏社会の恐怖の象徴として君臨し続けてきたんだ。


新興組織の突き上げを半世紀跳ね返し続け、逆に自身の命を狙おうとする殺し屋を返り討ちにし続け、こいつは長きに渡ってその座に座り続けた本物の怪物の一人なんだ。


こいつだけは敵に回しちゃいけない。冒険者協会や王国がなんだ、ジズに比べればなんて生易しいんだ。


もし話そうとしたら、私は殺される。それだけじゃない、私が話をした相手も秘密裏に暗殺し…完全に情報を封殺出来るだけの力がこいつにはあるんだ。


話しちゃいけない、その瞬間私はこいつに殺される。


「うん、じゃあそういうことでよろしくね」


「君の働きに期待する。既に種はジズが撒いてある…上手くやるように」


「種…?」


そんな問いに答えることもなくジズとコットンは悠々と魔手城から出て行ってしまう。


こうして依頼を受けて直ぐの事だった、コットンの言った『ジズの撒いた種』がなんなのか直ぐに分かった。


プリシーラが協会に対する不信感を募らせ、エトワールへの亡命の手伝いをしろと言ってきたのだ。


直ぐにそれがジズが仕込んだ偽の情報である事を理解した、そして私はそれに乗り…あたかもプリシーラを亡命させる手伝いをしているように見せかけた。


…途中でいらない邪魔も入った、もしかしたらケイトの直属の配下と思われる存在の干渉もあった。


だが…だが、結局は上手くいくようになってるんだ。


───────────────────


「ククッ!アハハハ!これで…これで私は…ぼくはまた王座に戻れる!レッドグローブが成し遂げだそれと同じ事をぼくも!ようやく…ようやくだ!!」


そして遂に私はプリシーラを確保した!仕事を成し遂げた!後はこれをコットンに引き渡せば私は晴れて!八大同盟の…いや新たなる玉座へ座ることが出来る!


喜びに体が震える!ようやく悲願が叶うんだ!


「フフ…アハハハ、レッドグローブ…今に見てろよ、組織を捨てた事を後悔するくらいこの組織をでかくしてやるからな…そしてその暁には。へへへ…ひひひ」


まるで耄碌し徘徊をはじめた老人のように、デッドマンは落ち着きなく城の中をウロウロと歩いて回る。もはやその目に希望はなく、ただただ手段を目的と履き違えた復讐の鬼がそこにはいた。


ジズの用意する玉座に座って何をしよう…という考えはない、ただそこに座ることだけが、元いた場所に戻ることだけがデッドマンの悲願だ。組織をまた元の形に戻せばあの日の幸せが戻ってくると…レッドグローブが戻ってきてくれると信じ切っている狂人の目だ。


「ひひひ…楽しみだ、気分がいい…こんなに気分がいいのは何年振りだ」


『あ、あの!』


「ああ?」


しかし、そこへ…至福の時を味わっているデッドマンに冷や水をかけるような声が響く。見てみれば…近くの牢屋に閉じ込められている子供が泣きそうな顔でこちらを見ていた。


…この気分がいい時に…、クソガキがァ…!!!


「…ふゥ〜…、なんデスか?坊ちゃん?」


『く…薬をください!ご飯をください!このままじゃ!お姉ちゃんが!』


「アア?」


牢屋の中を見てみると、小娘が一匹…赤い顔で倒れていた。ああ、そういえばこのガキは飯を弟に食わせて自分は何も食べてなかったんだったか…バカなやつ。


「ご飯ならあげてるでしょう?」


「あんな…少ない量じゃ、それに夜も眠れないし…!お姉ちゃんがこのままじゃ病気で死んじゃうよ!助けて!」


「…………」


「助けて…助けてよぉ!」


ああ…ああ、ああああ!!あああ!!やだやだやだ!こういう子供の泣き声を聞くとイライラが止まらなくなるんデスよ!泣くことしか出来ない!それ以外何も出来ない無力なガキを見てると!ハラワタが煮えくり返って仕方ない!


「ッやかましいんだよ…クソガキィ…!!!」


「ヒッ…!」


「死にそう?なら死ねよ!金にならねえなら生かしとく価値なんかねぇんだよ!クソガキ!」


檻を開け、その中に入り込み…手に持ったステッキでガキの顔を思い切り殴りつける。怒りと憎しみを込めて思い切り殴りつける。


「ギャッ!?…い、いたいよ!許して!許して!」


「喧しい!喧しいんだよ!泣くんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!!」


泣きながら蹲るこいつを見てると…つくづくイライラしてくる!泣いても誰も助けてくれないんだよ!自分でなんとかするしかないんだよ!そんな事も分からないクソガキは!どれだけ痛めつけられても仕方ないんだよ!


何度も何度もステッキで殴打する。蹲り痛みから逃げる子供を何度も何度も…。


「やめ…て!弟を!…傷つけないで…!」


「はぁ…?」


すると、先程まで寝込んでいた姉が弟を守るように覆いかぶさり…助けようとしている。


……なんで、なんでこのガキは泣いただけで助けられてるのに。ぼくの時は…誰も……。


「ギィッ!このクソガキどもッッ!!」


「ゔっ!…大丈夫だよ、…お姉ちゃんが守るからね…!」


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!やだよ!やだ!誰か…」


弟を守る姉、姉が傷つく様を見て涙を流す弟。そしてそれをステッキで殴りつけながら狂気的な笑みを…いや笑みに似た泣き顔で殴打するデッドマン。


「ゥッ…ぅ…!」


「誰か…誰か…」


肉を叩く音が何度も響き渡り、か細くなる姉の悲鳴…それを聞く弟はポロポロと玉のような涙を流し、地面へと落とし…。


「誰か…助けてぇーーーーっっ!!」


ただただ、助けを呼ぶことしか出来なかった。こんな地獄では誰も助けてくれない、誰も助けに来てくれない。そんな事誰もが分かっているのに…それでも彼は叫んだ。



その鳴き声は、洞窟状の魔手城を響き、残響し、木霊し、外まで…届いていた。



…………………………………………………………


「あそこが悪魔の見えざる手の本部…魔手城か、こうして見てもただの鉱山にしか見えん」


トロッコでの旅を終え、プラキドゥム鉱山へとたどり着いた魔女の弟子一行は、目の前に聳える巨大な岩山を見上げる。ここが悪魔の見えざる手の本部だというのだから驚きだろう。


「ただの岩山にしか見えない、けどよくみると換気用の穴も開いてるし、不思議なことに見張りもいる…あそこで間違い無いだろうな」


ラグナは静かに観察する。見たところ見張りの数も多くない…ってことは中に居る戦力もたかが知れてるだろう。なんせ連中は人攫い組織だ、中にはそれだけ閉じ込められている人たちも多くいる。そちらに対する見張りもしなきゃいけないんだから普通の城とは話が違う。


(さて、どう攻めるか。外からパッと見た感じ入り口は複数箇所ありそうだな。そこから丁寧に忍び込んで…ってのはちょっと現実的じゃないか)


攻めるなら出来れば電撃戦で速攻で終わらせたい、長引かせると数的に不利はこっちなんだから。それに俺たちの目的は敵の殲滅ではなくプリシーラの救出。


なら、そっちをなるべく最適化した動きで行くか。


「よし、なら作戦はこうだ…まず俺たちが表で盛大に暴れて敵の注意をこちらに引きつける。その間に探索に優れたデティと即座に離脱できるメグさんが裏口から侵入してプリシーラを見つけ出し確保。救出が終わり次第俺とエリスであの城崩壊させてその隙に離脱…これでいいだろう」


聞いた話じゃあの鉱山は崩落の危険性を指摘されて放棄されている。崩すだけなら簡単に崩せるだろう。俺とエリスの大火力を一気に叩き込めばそれでカタがつく。逆に言い換えれば中に忍び込んで戦うのはその分やり辛い。


よし、これならこっちも万全に戦えるし戦いも即座に終わらせられる。


「一応こういう作戦でいこうと思うけどみんなはどう思う?」


そうみんなの方に視線を移して意見を確認する…と。


…おかしいな、みんなで岩陰に隠れてるはずなのに…一人足りないぞ?


「あ…あー、あのさ?エリスは?」


エリスがいない、さっきまで一緒に隠れてたはずのエリスがいない。するとナリアがポカンとした様子で魔手城を指差し…。


「えっと、なんか『子供の泣き声が聞こえる』って言って…そのまま向こうに飛んでっちゃいました、止める暇もなく」


「はぁっ!?!?!?」


やらかした!そうだった!エリスは子供のことになると抑えが効かないんだ!本当に子供の声がしたかは分からないけど…もしエリスがそれを聞いてしまっていたのだとしたら。もう止められない。


多分、もう一直線に城に向かってたんだろうな…姿が見えないあたりもうあの中…か。


「い、いきなり作戦が瓦解した…」


「で?どうすんだよラグナ。エリスもう行っちまったぞ」


「エリスちゃん一人に戦わせたら危ないよ!いや危ないかな?いや危ないよ!多分!」


「まぁ…エリスは怒ったら止められないからね…、私達でも止められないのに…敵に止められるわけがない…」


「ラグナ様、ご決断を」


ご決断をって、んなもんもう一つしかないじゃないか。


「仕方ねえ!俺達もエリスに続くぞ!こうなりゃヤケだ!あの城叩き壊す勢いで悪魔の見えざる手全滅させてプリシーラも助けるぞ!」


「結局そうなるか、まぁエリスが抑えられるわけがないんだ。それでいい」


「よし!じゃあとっとと終わらせようぜ!」


「はい!僕も頑張ります!」


「とりあえず危なくなったらまた皆様を時界門で外へ運びますのでそのつもりで」


「行き当たりばったりが…最強」


「おっしゃー!全軍突撃じゃーい!」


もうこうなったら仕方ない、後は野となれ山となれだ。或いは更地にする勢いで戦うしかねぇ。


全員で岩陰から飛び出してもう一気に城に向かう。魔女の弟子達全員で悪魔の見えざる手を破滅させる!


「…マジかよ…若いなぁ」


そんな闇雲な突撃を見て、レッドグローブは一人…城を眺める。


ここまで来た、ならば…俺もまた俺の目的のために動こう。


そう覚悟を決めて、彼もまた城へと向かうのであった。



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