380.魔女の弟子と親足り得る者
突如齎されたプリシーラ行方不明の報、それはエリス達に衝撃を与えながらもラグナは次の目的を明確にする。
行方の分からなくなったプリシーラさん、それを探しても見つからないなら今この場で最も怪しい人物であるマンチニールを問いただす。そう即座に答えを出したラグナによってエリス達は理想街チクシュルーブへと乗り込む。
エリスとメルクさんは眼鏡をかけて大通りを歩きながらラグナとアマルトさんについていく、そしてその後ろにはレッドグローブさん。今彼に対して何かを言っている暇はない…まずはプリシーラさんを探すのが先決だ。
「悪ぃ…俺油断してた」
「そう自分を責めるなよ、居なくなっただけだ。まだ何もかもが手遅れになったわけじゃない」
「そうだけどよ…」
人通の多い大通りを切り裂きながら走る。どうやらアマルトさんはかなり落ち込んでいるようだ、とはいえ彼も直ぐにその場にいるメンツを纏めて動いていてくれたようでメグさんやネレイドさんは今街中を走り回り探し回りナリアさんは私兵団に連絡、デティは魔力探査を行うと言う万全に近い捜索網を用意してくれた。
ただ、それでもプリシーラさんは見つからない…となるとここからひょっこり現れ戻ってくるってことはないんだろうな。
それに何よりこの人通りだ、チクシュルーブは日中の混雑具合が半端じゃない。日に数万人は行き来するこの路上で何かあっても誰も目にも止めないだろう。
「それよりマンチニールが居る屋敷はこっちで会ってるんだな!」
「はい!先日理想卿が言っていた方角的にあそこの屋敷で間違い無いでしょう!」
「つまりあそこだな!」
すでに見えている、高く聳える白銀の邸宅。あそこにマンチニールさんが泊まっているのか。でも話を聞くにしても入れてもらえるのかな。
「ってかそもそも会わせてもらえるのかな、普通に考えりゃ会ってくれなくね?」
「それにセレブが泊まる宿泊施設というのは基本的には自由に立ち入り出来ん。セレブが好むのは豪奢な装飾などではなく安全性だからな、つまり…」
「エリス達は門前払いを食らう可能性があると…、どうしましょうラグナ」
「考えがある!だから今はとにかく走れ!」
流石ラグナだ、そこまで考えて走っているとは。ならばエリス達は何も心配することはあるまい、よし…このまま一気に加速して屋敷を目指してしま────。
(ん?なんだあれ)
ふと、走っている最中脇道にて人だかりが出来ているのが見える。エリス達が向かう方向とはまた違う…子供用玩具が売っている店の前だ。なんだろう。
『おいおいなんの騒ぎだ?』
『喧嘩みたいよ?ああでももう終わって喧嘩してた人はどっか行っちゃったんだけど』
『なぁんだ面白くねえな』
『でも怖いわよね、剣振り回して喧嘩するなんて…カジノで大負けでもしたのかしら。まだ若そうだったのに』
…どうやらエリス達にはあまり関係ない話のようだ。それより今はマンチニールだ。
マンチニールにプリシーラさんの件を聞く、もしマンチニールが黒幕だったのだとしたら態々特に用事もないのにこの街に滞在している理由も分かる。なんせ攫った後悪魔の見えざる手はプリシーラさんをマンチニールさんに引き渡さなきゃいけないからだ。
だとするなら、もしプリシーラさんが攫われていたとしてもマンチニールさんの所に行けば会えるだろう、そこに居なくとも何処にいるかは聞き出せるしどういう了見かも聞き出せる。
本当はあんまり干渉するつもりはなかったけど、事態がこうも急展開してしまったのではもうエリス達はマンチニールさんに話を聞くしかない。
そして、見極めるべきなんだ。マンチニールさんがプリシーラさんをどうするつもりなのかを…。事と次第によっては…。
「見えてきた!ってすげぇ門!」
アマルトさんが声を上げる、見えるのは巨大な屋敷を守るように聳える壁と鉄格子の門。そしてその前を守る守衛…恐らくチクシュルーブの私兵団だろう。その手にはソニアが開発したショットガンや見たこともない形の剣が握られている。
どうするんですかラグナ、アポを取っても恐らく会えないですし何より時間がありません。プリシーラさんの状況が分からない以上タラタラしてられませんよ!
「……ッ!おい!緊急事態だ!入れてくれ!」
「ん?あれは…」
門に向けて走りながらラグナは吠える、しかし守衛達は答える様子はなくその手の丸みを帯びた剣を突き立て。
「引き返せ、ここは要人の方々が過ごす為の屋敷。お前達のような汚い身なりの人間が近づいていい場所ではない。射殺されたくなければ即刻立ち去れ」
「うぇっ!?ちょっ!ラグナ…アイツら銃構えてるぞ」
問答は無用、そう言いたげに守衛達は五人ほど集まるなりエリス達にショットガンを向けて警戒の意思を示す。いきなりもいきなりだ、ただ近づいただけで銃口向けるか普通…。
だが、そんな銃口にもラグナは怯まず、ゆっくりと歩きながら両手を広げ。
「待ってくれ、二日後ライブ予定のアイドル冒険者プリシーラが誘拐された可能性がある。その行方について知っている可能性があるマンチニール大臣と話がしたい。通してくれないか」
「ダメだ、何があろうとも通すわけにはいかない」
「このライブは理想卿チクシュルーブ様が直々に企画し多額の資金を投じて開いたものだ、俺達にはそれを守り無事開催させる義務がある。そしてそれは…お前達も一緒じゃないのか、理想卿の意に従うのが兵の役目だろう」
「違う、俺達はここを守るよう言われているだけだ。それ以外の事など知るか。それにプリシーラを守るのはお前達の仕事なんだろう?自分の仕事の不出来を俺達に擦りつけるな」
「それ言うなら街に不審な人間が出歩いていると言うのに放置していたお前達の責任にもなるんじゃないのか?俺の仲間が既にカジノで犯罪者の存在を確認している。その事はチクシュルーブの耳に入っているのか?」
「うっ…」
「お前達の仕事の不出来でチクシュルーブが投じた巨額の資金が台無しになる。聞けば既に各地の要人がここに集まっているんだろう、それに対して…どうでもいいと言ったお前の発言は問題じゃないのか?」
舌鋒鋭くラグナは守衛に詰め寄る。ラグナはまさしく喧嘩ならば無敵の存在だ、殴り合いの喧嘩でも口喧嘩でもだ、相手の問題を指摘し立ち退かざるを得ない状況を作る…それがラグナの考えなのだろう。
自分たちのことを棚に上げ相手の不備をつく、嫌らしいやり方だがその効果は覿面で守衛は一歩引く。
「何もここをタダで立ち退いてくれと言っているわけじゃない、協力して欲しいんだ。プリシーラが誘拐されたとなればそれはもう俺たちだけの話にとどまらない。この街の私兵団主体での捜索をしてもらいたい…俺たちは飽くまでサブでいい」
つまり、プリシーラを見つけられた時の手柄はやる。こちらは不備だけをおっ被る。これなら守衛達に損はない、ウィンウィン…と言うにはあまりに守衛達側に傾いた取引を持ちかける。
「…………」
「なんなら後からでも俺たちの方から話すぞ?」
後からでもチクシュルーブに事情を話す、そうラグナが提案すると…守衛がピクリと反応を示す。
「話す?」
「え?あ…ああ」
「お前達どこまで知ってる」
「へ?」
ん?なんか守衛の様子がおかしい…徐にショットガンに指をかけて…。
「お前知ってるな?」
「だから何を、いやもしかしてお前ら────」
刹那、響き渡る銃声。守衛の一人がいきなりショットガンをラグナの額に突きつけぶっ放したのだ。
いきなりの事だった、本当にいきなりショットガンが炸裂して光と音、そして硝煙の匂いが辺りに振りまかれ…エリスは唖然とする。
何が起こってるんだ…。
「賄賂の件を理想卿に話されたら俺達も困っ…え?」
何が何だか分からない、分からないが彼は引き金を引いた。ラグナを始末しようと銃を放った。それでラグナを亡き者にしようと企んだのだろうが…。
悪かった、相手が。何せそこにいたのは…ラグナだったのだから。
「な、お前…なんで…」
「………………」
驚愕する、ショットガンを叩きつけたはずのラグナの額に…傷の一つも付くことなく、寧ろひしゃげて潰れた鉛玉がカラカラと音を立ててラグナの足元に転がったのだから。
銃弾ではラグナの体に傷一つつけられない、だが流石にラグナもいきなり銃で撃たれたのはびっくりしたのかキョトンと口を開けつつも、即座に自分が攻撃されたと悟ると…眼光を尖らせる。
「お前今俺に喧嘩売ったか?」
「ヒッ!?」
ラグナの信条は…いや、アルクカース人と座右の銘は『売られた件は言い値で買う』。
つまり銃を撃たれた時点で、開戦の嚆矢は放たれていることを意味する。ラグナを相手に喧嘩を売ってしまったのだ。
その瞬間ラグナは目の前の守衛の胸ぐらを掴み上げると。もう目にも留まらぬ速度でぐるりと振り回し鉄格子の門に向けて投げ飛ばした。
「ぐぇっ!?」
「き、貴様!全員戦闘態勢!魔蒸武装起動!」
咄嗟に兵士たちは自らの武装を起動させる。コートの下に着込んだスイッチに手を伸ばす…よりも前にラグナの拳が唸る。
「ガァッ!?」
「ヴゲェッ!?」
全身の筋肉をフルに活用した腕の振りから放たれる平手打ち。まるでラグナ自体がその場に唐突に発生した乱気流のように轟音を鳴り響かせ次々と守衛を叩き伏せていく。鎧も骨も叩いて砕いて意識を刈り取る。
そんなラグナの攻撃をなんとかギリギリで躱した一人の守衛が自身の鎧に取り付けられたスイッチを起動させる。
すると…。
「ん?」
「ヒートチェーンブレード駆動!自動装弾完了!覚悟しろ!」
鎧に仕込まれた魔蒸機関が煙を吹いて守衛の動きを更に機敏に尖らせる。オマケにその手に握られた丸みを帯びた剣…否、回転する丸鋸が赤熱しショットガンにも自動で弾が込められラグナに襲いかかってくる。
明らかに向上した戦闘能力、まるで帝国の魔装…いやある意味性能という面ではこっちの方が上だ。魔蒸機関を起動させる前は普通の兵士だった守衛があっという間に歴戦の猛者に早変わり。
自動装填されるショットガン、あらゆるものを融解させる丸鋸型の剣、そして、身体能力向上効果を持つ鎧…他にもまだまだ武器はあるだろう、このレベルの武装を持った兵士を数千人規模で抱えるチクシュルーブの私兵団、確かにこれはパナラマの兵士団とはレベルが違う。
悪魔の見えざる手が『ここでは暴れたくない』と言う気持ちがなんとなくわかった気がする。こいつらと戦争はしたくない…ん?いや待てよ?なんかおかしくないか。
「変なおもちゃ使ってんじゃねぇよッ!」
「へ!?」
「面白い武器だな、面白いだけだけどよっと!」
しかしラグナにはそれらの武器も一切通用せず、ペシリと彼が赤熱した丸鋸を手で叩けばそれだけで武器はガラガラと崩れ、続けざまに拳骨を振り下ろせばそれで終わる。守衛の頭が鎧の中に埋まり…戦いが収束した。
「や、やっちまった!ラグナ!やっちまった!大丈夫かよ!」
「問題ねえ、こいつさっき賄賂とか言ってた。多分こいつら悪魔の見えざる手や表沙汰には出来ない人間から賄賂貰って見逃してたんだ」
「そ、そうなのか?」
ふぅと一息ついたラグナは気絶した兵士を見下ろす。まぁ…だろうな、多分彼らは賄賂を受け取って悪魔の見えざる手を見逃していたんだ。
だって街の至る所に見張りをつけてるような街ですよ?ここは。それが犯罪者を見逃すわけがない、恐らく彼らは悪魔の見えざる手を把握していながら金を受け取って見逃していたんだろう。…この取り乱しようからすると多分ソニアにも内緒で。
「兵士達は犯罪者を黙認し、街の治安低下の要因の一つとなっていた。俺達冒険者はそれを見つけ…是正した。こう言う言い分があればチクシュルーブも表立って俺達を罰したりしないだろう」
「それはあるだろうな、…ソニアはあれでいて賄賂の類は嫌いだった」
「え?そうなんですか?メルクさん」
「ああ、奴なりのポリシーか何かかは知らんが、奴は賄賂よりも実績を好む女だ。こいつらが賄賂を受け取って自分の顔に泥を塗っていたと知れば寧ろ我等を賞賛しこの衛兵達を罰するだろうな」
そう言う実力主義的な面だけは奴の評価出来る唯一つの点だとメルクさんは語る。確かにデルセクトは汚職や賄賂が蔓延る金の国だが、ソニアの所業にそう言うのは聞かない、寧ろソニアは賄賂ではなく相手の弱みを握ることで黙らせるタイプだ。
アイツもアイツなりに大事にしてる部分があるのか、まぁそれを補って余りある悪人だけども。
「それなら丁度いい、中に入ろうぜ」
「ってお前門壊すなよ!」
「はははっ、豪胆だなぁあいつ」
めりめりっ!と音を立てて鉄格子の門を無理やり歪め入り口を作ったラグナは中へと侵入していく。めちゃくちゃだが…これならマンチニールの所へ行けそうだ。
「…………」
「ん?どうしました?メルクさん」
そんなラグナにアマルトさんとレッドグローブが続く中、メルクさんが一人立ち止まりながら気絶した兵士の武装を眺めていた。…気になるのかな。
「気になりますか?」
「ああ、この武装はデルセクトの国軍公認の武装よりも遥かに高度な技術で作り上げられている。その上その効果もデルセクトの武器とは比較にならない」
「…やっぱり、ソニアは兵器開発という面では天才なんですね」
「ああ、…今のデルセクトを支える最新兵器の数々だって、何年も前にソニアが残した設計図を元に作ってるんだ。アイツは間違いなく天才だ…或いは次の時代を闢くような、そんな天才だ」
かつてメルクさんと戦った時ソニアは『魔術は時代遅れだ』なんて口にしていた、けれど今…ソニアが開発した兵器の数々は魔術のそれさえも上回ろうとしている。このままいけば魔術は本当に時代遅れの産物と化すだろう。
そして、魔術を時代遅れと断ずることが出来るほどのの何かをソニアが作り出し、それがレナトゥスの手に渡った時…、マレウスはアド・アストラに匹敵する武力を手に入れるだろう。
そうなったら、どうなってしまうんだ。
「やはりソニアは危険だ、危険過ぎる。きっとこのままでは…奴は新たなシリウスに成りかねない」
魔女様達が技術統制を行ってきたのは、技術の進歩を抑え新たなシリウスの誕生を止めるためにあった。かつて魔術という技術を作り上げそれまでの全てを時代遅れにしたシリウスが大いなる厄災を引き起こしたように。
ソニアが魔術に代わる何かを作り上げれば、ソニアは新たなシリウスとして世に君臨し…また大いなる厄災のようなものが引き起こりかねない。魔女様達が八千年間憂慮し続けたそれが現実のものになってしまう。
「メルクさん、ソニアにはまだ…手は出せません。けどいつかまたエリスとメルクさんの二人で奴を止めに来ましょう」
「ああ、そうだな…あの時と同じように、二人でな」
「おーい、二人ともー!こっちこーい!」
「あ、ラグナ!すみません!」
「今行く!」
今はソニアよりもプリシーラさんだ、彼女がどこに行ったかを確認する必要がある。マンチニールさんがそれを知っていればいいんだけど…。
………………………………………………………………
「こっちだ」
「なんであんたがマンチニールの居場所知ってんだ?」
「言ったろ、一度アイツの護衛をしたと」
荘厳な屋敷の中に入り込む。すると内部は一応ホテルのようになっているようで道はかなり入り組み部屋もかなりの数があった。しかも驚くことにこの屋敷…一部屋一部屋が一軒家くらい広いようだ。
凄い宿だよ、エリスが旅の最中泊まってたホテルが犬小屋のように思える。
そんな入り組んだホテルの中をレッドグローブが案内する、彼はどうやらこの屋敷の中にまで来たことがあるらしく迷うことなくエリス達を案内する。
…そんなレッドグローブの背中を見て…エリスは。
「おいエリス、お前何レッドグローブさんの事睨んでんだ?案内してくれてんのに」
「……別に」
「こわ、笑えよ」
「ニコッ」
「口だけで笑うと余計怖いわ」
アマルトさん曰くエリスはどうやら怖い顔をしているようだ。まぁそりゃあそうだろうよ…なんせエリスは今レッドグローブさんの事を、…疑っている。
いやそれよりも深いところにあるか、この感情は。
「……フッ、ここだ」
そんなエリスを一瞬見たレッドグローブさんは満足そうに笑うと、一つの部屋へと案内する。部屋の立て看板にはマンチニールの名前…つまりここに。
「居るんだな、マンチニール大臣が」
「ああ、…失礼する!マンチニール大臣!先日のレッドグローブだ!悪いが開けてもらうぞ!」
するとレッドグローブはマンチニールの部屋の扉を返事を待たずに開こうとし、鍵がかかっていることを確認した後もう一度扉を押し開け無理矢理開く。これじゃあまるっきり襲撃だ…なんてことを今更言うものは居らずエリス達はみんな纏めて大挙してマンチニールの部屋に突撃する。
「っ!?何事ですか!」
「マンチニール大臣!」
部屋の奥、まるで豪邸の如き部屋の中央に配置されたソファの上に座っていたマンチニール大臣は、先程まで読み耽っていた書物を机の上に置いて立ち上がり…エリス達の、というよりラグナやレッドグローブさんの顔を見て目を見開き。
「貴方達は、プリシーラの護衛の…なんですか?アレに言われて私の襲撃に来ましたか?」
「違う、色々聞きに来たんだ」
「答えるつもりはありません、即刻帰りなさい。さもなくば人を呼びますよ」
問答にもならない、まぁ当然か。彼女からすればエリス達の質問に答えてやる義理もなければ彼女時点で見ればエリス達は襲撃者とさして変わらないのだから。
だけど、そうも言ってられないからここまで来たんです。
「プリシーラが居なくなった、行き先を知らないか」
なんせ彼女は、悪魔の見えざる手の依頼主と言われている人間なのだから。彼女がどこに行ったか分かるはずだ。
それももう悪魔の見えざる手の本部に連れて行かれてしまっているのか?いや彼女が依頼主なら態々本部に連れていくようなことはしなくてもいい。彼女に引き渡しさえすればそれで依頼達成なのだ…だったらやはりプリシーラの居場所を知っているのはマンチニールということになる。
「居なくなった…フッ、アハハハハ。そうですかそうですか」
「笑うのか?仮にも娘だろ」
「娘ではありませんよアレは。それとも私がプリシーラを何処かへやったと思っているのですか?」
「疑ってはいるかな」
「なら答えましょう、私は知りませんよ?どうせ逃げたんでしょう。彼女は重責を負わされれば逃げる女ですからね。私の手元から逃げた時同様また逃げたんです」
すっとぼけているのか、彼女はプリシーラが居なくなったと聞いて笑うと共にテーブルからワイングラスを取り、エリス達に背を向け…眺めの良い大窓へと向き直り優雅にワインを嗜み始める。
「あんたが悪魔の見えざる手を雇ってプリシーラを攫ったんじゃないのか?」
「私が?なぜそんな事を?証拠でもあるので?」
「そう言う証言があるんだ」
「ハッ、そんなものなんの証拠にも成りません。私は何も知りませんよ、とっとと帰りなさい」
しかし、彼女を追求できる証拠は悪いが一つとしてないのが現状だ。エリス達が今までマンチニールに対してアクションを行わなかった理由がこれだ。
なんの追求も出来ない、何も確かめられない。それは分かっていた事だろう、なのに…ここに来て何か分かる事でもあるんですか?ラグナ。
マンチニールの返答を受け、静かに目を閉じるラグナの横顔を見る。
「あんたは、プリシーラのアイドル活動に反対だったんだろう?」
「ええ、そうですよ。だから悪魔の見えざる手を使って攫ったと?」
「ああ、このライブも元を正せばあんたがお膳立てしたって話だろ」
「ッ…、それを何処から」
「プリシーラが言ってたよ、あんたならそう言う事をするってな。そしてチクシュルーブに対して働きかけてた。レッドグローブさん…確かマンチニール大臣はチクシュルーブに対して計画の進捗の話をしていたんだろう」
「そうだな、護衛も連れずに密談のように話をしていたな」
「なっ!違ッ…!」
マンチニールの顔から余裕が消える。慌てた様子で振り向き反論しようとするも…口をパクパクと開閉し何も言えないと言った様子だ。そんなマンチニールにラグナは畳み掛けるように詰め寄り。
「違う?ならなんの用事だったんだ?」
「それは…」
「財務大臣のあんたが態々この街に来る理由はなんだ、疑われてもなお言えない本当のことってなんだ、プリシーラの…娘の事を否定しておきながら、なんであんたはこんなもんを持っている」
そう言いながらラグナが手に取るのは、先程までマンチニールが手にしていた書物…アイドル冒険者プリシーラのライブパンフレットだ、細かいライブの日時や場所が書かれたそれを、マンチニールは読んでいたのだ。
アレを確認すれば、何処にプリシーラがいるか分かる。だから悪魔の見えざる手はプリシーラの居場所を把握することが出来ていたんだ。
「それは……」
「あんたは、プリシーラのアイドル活動を嘲笑って、アイツがどうなろうが知ったこっちゃないと酒を飲んで、…その上コソコソチクシュルーブと話もして、それでもまだ自分は関係ないって言うつもりか?」
「…………」
「プリシーラの活動を認められないんだろう?」
「…………ええ」
その返答だけ聞くと、ラグナはパンフレットを音もなく机に置き直す…すると、くるりと振り向き力なく、目を閉じたままこちらへと戻ってくる。
「分かった、やっぱそう言うことか」
「え?どう言うことですか?ラグナ」
「マンチニールは何も関係ない、悪魔の見えざる手を雇ったのはマンチニールじゃない」
「え!?いや…今の問答で何が分かったんですか」
マンチニールは関係ない、今の水掛け論でそれを断定したのかラグナは腕を組み深く頷くのだ。
「別に問答の内容は意味なんかないよ、追求しても答えが出ないしその答えを正しいかどうか断定する材料だってないんだから」
「それはそうですけど…」
「重要なのは、顔だ」
「顔?…あ……」
そこで、ようやく気がつく。余裕然と笑っていると思ったマンチニールの額に…粒のような冷や汗が浮き出ていることに、アレはラグナに追求されたから出たものではない…唇を噛み締め焦りを滲ませるその顔はまさしく。
「マンチニールさん、あんた意地張るのもそろそろやめにしたらどうだ?プリシーラがいなくなったって聞いて。真っ先にあんたが俺達に背を向けたのは…その焦りを隠すためだろ」
「…………私は…、ッ…私は…」
「……悪いな、ここに来たのは…その可能性を潰すためさ。もしかしたら本当にマンチニール大臣が裏で手を回している可能性を否定しきれなかった。だからそれを確かめたかった」
マンチニールは犯人では無い…そう断言するラグナはチラリとマンチニールさんの顔を見る。
でも違った、マンチニールは犯人じゃ無い。犯人であるかのように錯覚してしまっていただけで…彼女は何もしていない。なら彼女はここに何を?そもそも依頼人は誰なんだ?プリシーラは何故消えた?どうやって消えた?何の問題の解決にもなってないぞ。
「これで全部分かったな」
「いや何にも分かってないですよ!?そもそもマンチニールさんが犯人じゃ無いなら何故ここに!?チクシュルーブとの計画は!?プリシーラさんはどうして消えてどこへ行ったんですか!?」
「落ち着けよ、まぁマンチニール大臣の事情は後にするとして。一つ状況を整理しよう…まずエリス達がマンチニール大臣を疑い始めた原因は?」
「え?…敵を尋問した時、そう言ってました」
「その時、敢えてマンチニール大臣を盾にすることによって本当の依頼人を隠したんだ。その発言が真実であるかの裏取りはまだだ」
「っ…ですが、プリシーラさんがマンチニール大臣ならやりかねないと、今までライブ活動に干渉してきて邪魔されていると。そのうちいつか連れ戻されると…!」
するとラグナは…目を伏せたまま、溜息を吐く。恐ろしく冷たく…それでいて辟易したような溜息だ。それはラグナ自身あまり口にしたくない…そんな己自身への嫌悪感とともに、こう口にする。
「『それも』だとしたら?」
「へ?」
「エリスが尋問で手に入れた情報を補強するため、敢えて最初に印象操作を行なっていたとしたら。『さもありなん』と信じてしまうんじゃないか?」
「それは…そうかもですけど、でもこの情報は…」
「プリシーラからだろ?この情報は」
そうだ、プリシーラさんが先にそれを言って、それから悪魔の見えざる手からマンチニールさんの話が……って、まさか。
「ずっと考えていた、この街から悪魔の見えざる手が手を引くと聞いた時からずっと…考えてた。この街に手を出さずにこの街にいるプリシーラをどうやって誘拐するのか…。そして今何故プリシーラが消えているのか」
「も、もしかして…」
「そうだ、この街に来た時点で悪魔の見えざる手の…いやプリシーラの目的は達成されていたんだ。つまり…この誘拐は、狂言誘拐…つまり悪魔の見えざる手の依頼人はプリシーラ自身だ」
「な…ァッ!?」
な、なんで…そんな事を。いやいやそんなわけないよ!その理屈には決定的な誤りがある!
と…記憶を探れば探るほどラグナの理屈を補強する証拠ばかり出てくる。まずマンチニールさんが犯人だという理屈自体に無理があるのだ。
何せマンチニールさんが依頼人だったら…なによりもエリス達の存在の説明もつかない。だってプリシーラさんの言い分ではマンチニールさんと協会は通じてるんだろう?それでチクシュルーブも抱え込んでこのライブを開き捕まえる為の罠として使った。
…確かに理屈としては通るがそもそも回りくどすぎるし、なにより協会がマンチニールさんに協力してるならヤゴロウさんやレッドグローブ…そしてエリス達を護衛として付ける意味が分からない。誘拐させたいなら実力者を協会側が送るメリットがない。
ならマンチニールも協会もチクシュルーブもシロだったとして、クロだと見せかけていたのはなんだ?全部プリシーラさんのネガティブキャンペーンの所為だ。
そう考えていけば彼女の不可解な点に合点が行く。それは…一番最初にエリス達が出会ったあのコンクルシオでの一幕。
最初はエリス達を信用していないからだと思っていたが…、何故彼女は襲撃にあった際一目散に逃げたのだ?外には敵がいるかもしれないのに、捕まる可能性があるのに、護衛を置いて逃げたんだ?
……理由は単純、あれは逃げたんじゃなくて合流しに行ったのだ。悪魔の見えざる手に合流する為にエリスを置いて外に出たんだ。そして今プリシーラさんが消えている理由は?悪魔の見えざる手が街から手を引いた理由は?
それも簡単だ、彼女は今自分の足で悪魔の見えざる手と合流をしに行っているんだ。悪魔の見えざる手は街の外で待っていればいい、そうすれば街に手を出す事なくプリシーラさんを確保できる。
そういう事だったんだ、けど…。
「分かりません、プリシーラさんが悪魔の見えざる手を雇っていたとしたなら、エリス達に同行する意味がないのでは?コンクルシオで合流に失敗してもパナラマでなら合流出来たでしょう?それ以前にもエリス達から逃げ出すチャンスは…」
「あったか?俺はなかったと思うぜ。なんせエリス…お前がずっと側に居た。コンクルシオでお前の力を見たプリシーラは自分の足で逃げ出しても直ぐに捕まると思っていたんだろう。…って仮説を作る事は出来るけど実際のところは知らん」
「…じゃあ、目的は」
「それなら分かる、多分狂言誘拐でなきゃ実行が出来ない唯一の目的…それは」
そこまで言ってエリスも理解した、というか思い出した。昨晩のプリシーラさんの目…そしてその目をしながら語った夢。
エトワールに行くつもりだ、普通に引退してマレウスを去るより誘拐されましたって形にすれば…全責任を協会に擦りつけられる。エリス達にマンチニールのネガキャンをしておけばその黒幕はマンチニールという事になり彼女にも矛先を向けられる。
自分は夢を達成して幸せになり、残したものに絶望を与えて裏切り、彼女は逃げるつもりなんだ。…ハーメアのように。
「……エトワールに行くつもりなんですね」
「そうだ、全部の責任を協会とマンチニール大臣に押し付けてな。だから確認に来た、マンチニール大臣が本当に関与していないかのな、でなきゃ俺達は曖昧な報告をケイトにするところだった。プリシーラの思う壺になって」
「おいおいマジかよ、って事は何か?俺達結局プリシーラにいいように使われたってことかよ。アイツ…仲良くなれたと思ってたんだが、やっぱ女の嘘は怖えな」
「つまりプリシーラはアマルト達の隙をついて、自分で逃げ出し…プラキドゥム鉱山地帯に、悪魔の見えざる手の本部に向かったってことか?」
「だろうな、ある意味ここが最後のチャンスであり最大のチャンスでもある。一人になれるタイミングを狙ってたのかもな」
ラグナは深く溜息を吐き腕を組む、彼も或いはプリシーラさん自身が悪魔の見えざる手を動かす黒幕である可能性については考慮していたのかもしれない。だがそれでも…こうやって最後の確認に来てしまうくらいには、プリシーラさんを疑いたくなかったのかもしれない。
マンチニールが黒幕ならそれでいい、そんな淡い期待を抱いてここに来た。だが突きつけられたのは酷い現実だけだった。
「…プリシーラが、そこまでして…」
そんなエリス達の話を聞いて、マンチニールは項垂れて譫言のようにブツブツと呟いている。というかじゃあこの人は何しにこの街に来たんだ?
「それよりも、お前達はこれからどうするんだ?」
「へ?」
ふと、レッドグローブが厳しい口調で問いかける。これからどうするのかって?ンなもん決まって…いや違う。そうだよ…どうしよう。
「プリシーラは自分の意志で悪魔の見えざる手のところに行った、これを連れ戻すのか?だがこれはプリシーラ自身の目的だったんだろう?アイツ自身が自分で選択して選んだ道だ…それをお前達は阻止するのか?」
「…………」
「手を引いてやる、というのもある意味一つの選択なんじゃないのか?」
それはそうなのだろう。プリシーラさんは卑劣な手を使っているとはいえそこまでしなくてはいけないくらいには追い詰められていた。その結果 彼女は夢を選んだ。…いいじゃないかそれでも。
ここでエリス達が見て見ぬ振りをすれば、プリシーラさんは念願叶ってエトワール行きだ。そこで彼女は夢を叶えて幸せになるんだ。彼女のことを思えばそれが一番なんだろう…彼女の事を思えば。
「…………」
「あー、まぁ…そうなんだけどさ。これでいいのかなって気持ちはあるし」
そこについてはラグナもうまく答えは出せないようで、ううむと唸ってしまう。
すると…。
「なあ、いいか」
「え?」
ふと、動き出したのはアマルトさんだ。彼は一人軽く手を上げて…ゆっくりとマンチニールさんに歩み寄り、彼女の座るソファの向かいの椅子に座る。その目は真っ直ぐマンチニールさんの目を…迷いを見据えて。
「マンチニールさんだっけ」
「そ…そうよ、何か?」
「ぶっきらぼうな喋り方は娘そっくりだな、いやこの場合はプリシーラがアンタに似てるのか。そういう点じゃどれだけ言っても親だな。なはは」
「…何をいうかと思えば、私とプリシーラはもう親子では…」
「いいや親子だ。何をどれだけ言おうとも、何をどれだけしようとも、親と子の関係は絶対に断たれることはない。それは時に呪いになり時に祝福にもなる…残酷な関係だ」
「なにを…」
何か言いたいことでもあるのか、そう言いたげなマンチニールさんの視線をしかと受け止めるアマルトさんは膝の上に肘を乗せ、頬杖をつきながら不遜にも目を伏せ語る。
「アンタなんだろ?このライブを企画したの」
「…いいえ、チクシュルーブ殿がこのライブの主催者で…」
「違う、主催するキッカケになったのさ。アンタがチクシュルーブに頭下げてこのライブを企画した…さっき言ってた計画云々ってのはなんのことでもない。今俺たちが直面してるライブそのものの進捗を聞きに来たんだ」
「……何を証拠に」
「そりゃお前、これだろ」
そう言いながらアマルトさんが手に取るのはマンチニールさんが直前まで読んでいたパンフレットだ。プリシーラさんの絵が書かれて彼女のプロフィールだのライブの情報だのが書き込まれたパンフレット。
それを指で摘んで持ち上げながら見せつけるとマンチニールさんは気難しそうに目を逸らす。
「これ、この街でたまたま手に取ったって感じじゃない。もう随分前から持ってたな?それこそこのライブツアーが始まったときからずっと…、それを証拠に他の物に比べて折り目が剥げてる。何回も何回も開いて閉じてを繰り返さなきゃこうはならない」
「…………」
「楽しみにしてたんだろ、プリシーラが歌うところを見るの」
「別に、そんな事は…」
「素直じゃねぇなアンタも、そこもそっくりだぜアンタ達。…昨日会った時からずっとアンタの物言いには違和感を感じてた、プリシーラの前で憎まれ口を叩きながらも何か…引っかかるところがあったんだ」
引っかかるところ、そう言えば昨日の夜もそんなこと言ってたな。けどエリスにはそんな物何も感じなかったよ?
でも、感じるというのだアマルトさんは。自分もまた親と喧嘩をする仲であるが故に…分かるのだ。
「俺ぁエリスみたいに記憶力がいいわけじゃねぇからさ、イマイチ覚えてねぇけど…俺の記憶が正しければアンタは、『ライブそのものを否定はしてなかった』…だろ?」
「ッ……」
「なあ?エリス、そうだよな」
そう言えば言ってなかったな、『ライブを開いても無駄だ!』とは言わず『狙われてるなら気をつけて』と嫌味ったらしく言って、『歌なんて歌うな!』とは言わず『好きな歌を歌って生きていければいいですね?』と嫌みたらしく言って…。
ってあれ本心かよ!本気で言ってたのかよ!わっっっっかりづらいよ!プリシーラさんあれを挑発だと受け取ってましたよ!もっと朗らかな笑みで言いなさいよ!
「言ってませんでした、寧ろ頑張って歌えと叱咤激励していました。やや言い方はキツかったですが」
「ほれみろ!…アンタがプリシーラに対してお前はもう娘じゃないって言ったのも、アンタなりの思いやりだろ?もう…エストレージャの事は気にするなって意味のさ」
「………………」
「分かりづらいんだよ、アンタの言い方は。子供は分かってくれるなんて思うなよ?子供ってのはな、親が思ってる以上にバカなんだぜ」
「……私は」
マンチニールさんはただただ力なく項垂れている、その様を慈しむような視線を見せるアマルトさん。
そんな彼の目を見たマンチニールさんは静かに彼と向き合う。分かっているんだよ、アマルトさんは貴方の気持ちを…、多分マンチニールさん以上に。
「アンタは…こっそり応援してたんだろ?プリシーラの活動を、違うか?」
「…何故、分かるんですか?貴方は…私と少ししか顔を合わせていないというのに」
「分かる…ってわけじゃないけどさ、でもアンタからは誰かの夢を踏みにじる様な嫌な視線を感じなかった。そう言う目ってのは見慣れてるから俺分かるんだよね、娘の夢を本気で否定する奴は…こんな部屋取らないよ」
そう言って立ち上がるアマルトさんはマンチニールさんの背後の大窓に手を当てる、眺めの良い景色が広がる大窓の景色の…そのど真ん中には。
見える、二日後プリシーラさんが歌う予定のステージが、よく見える。
「プリシーラの活動に干渉してたのは本当なんだろ?でも…本当はプリシーラの思う様な邪魔や束縛ではなく、寧ろ守っていたんだ。冒険者協会の酷使から」
「…ええ、協会はあの子を都合のいい看板に使おうとしていました。過激な歌を歌わせ、ファンとの無謀な交流をさせて、広告塔に使おうとしていた事が軽い調査で分かりました…だから」
だから…ファンとの境界線を明確に引いてプリシーラと距離を置かせたのか。確かにパナラマでの握手会の時に居た…明らかにヤバい客。協会は寧ろああ言うのを垂らし込ませる為にプリシーラさんを当てがおうとしていたのか。
他にも彼女が歌う曲を強制的に変えようとしていたのは協会の方?彼女の活動を寧ろ過激な方に持って行こうとしていたのは協会側だったんだ。マンチニールさんが何かするまでもなく協会はそのつもりだった。
そこを守っていたのが、マンチニールさんだったと…?
「やっぱりな、そんなこったろうと思ったぜ。協会は普段から冒険者を捨て石扱いしてるしな。悪魔の見えざる手がヤバいってわかってながら雑魚冒険者を壁役に使ったりさ」
「ええ、…だから…私が厳重注意したのですが、それがプリシーラの耳にも届いていたとは…」
「だから誤解された、けど大臣は表立ってプリシーラを応援するわけにはいかない。仮にも家を出て勘当扱いの娘だしな?それに下手に支援して本物のエストレージャの一人娘と知られればそれこそ悪魔の見えざる手みたいな誘拐組織に狙われかねない」
マンチニールさんが今まで影から守っていたのに、全くプリシーラさんの前に姿を見せなかったのは、つまるところそれもまたプリシーラさんを守る為。
この人は…徹頭徹尾プリシーラさんを守るためだけに?協会に文句をつけたり、ライブの為にソニアに頭下げたり…そこまでしていたのか。
「…楽しみにしてたんだよな?今日を」
「…………」
「この街でなら財務大臣が顔を出してもおかしくない。チケットを取らなくてもライブが見られる部屋がある、だから何回もパンフレットを開いて楽しみにして…ようやく今日が娘が歌う姿を見ることが出来る日だった」
「…あの子は、昔から歌が好きな子だった…けど私は、親の責務としてあの子に辛く当たりすぎた。この子を将来困らないくらい立派に育て上げていい生活をさせてあげたかった…だから、歌を捨てろなんて言ったのよ…親のエゴね」
「そうだな、まぁ気持ちは分からんでも無いかな。俺もこう見えてそういう良家の出だからさ…親からそういう責任押し付けられて馬鹿馬鹿し〜って思いながら生きてきたから。責任押し付けるだけで夢を踏みにじる俺の親なんかよりもアンタ幾分立派だよ」
「…そうでも無いわ、結局アイドルをやっているあの子を守ろうとしたのも、私のエゴだったから…だからあの子はエトワールに行きたがっているんでしょう?態々こんな真似してまでもね」
マンチニールさんは大切そうにパンフレットを握りしめ、そこに描かれたプリシーラさんを見て…静かに目を伏せ、一筋の涙が伝う。
親失格だと彼女は思ってるだろう、まぁ合格か不合格かをエリスは決められるわけじゃ無いけどさ、でも…彼女はただ子への愛の為に尽くしていた。彼女を追い詰めてしまった贖罪として…せめてもの償いとして。
「あの子はもうエストレージャに縛られる必要はない、私の娘で無くなってもいい…あの子にはあの子の道がある。だから私はそれを応援したかった…。昔私が絵の道を諦めた様になって欲しくなかったから、けどそれもまた押し付け…」
「押し付けでもいいんだよ、押し付けなきゃ子供は受け取らねえんだから。押し付けた後…それの大切さを教えてやりゃいいんだ。そういう強引さも俺は愛だと思うけど」
「…貴方、優しいのね」
「そういう変なところで素直なのも、プリシーラそっくりだ。アイツは何だかんだマンチニールさん…貴方から色々なものを受け取ってたんだよ」
するとアマルトさんは窓から手を離し、こちらに視線を向ける…プリシーラさんを助けるか、助けないかを迷うエリス達に向けて、強く輝く目を。
「マンチニールさん、聞かせてくれ。貴方はプリシーラの曲を聞きたいか?」
「え?…でも」
「聞きたいか?」
「…ええ」
「うっし、…なら決まりだろ?このままプリシーラがエトワール行っていいわけがねぇ。違うか?」
…その通りだ、確かにエトワールに行けば夢は叶うかもしれない。
けど、けれど!こんなのダメだ!夢をどれだけ叶えても…それで母親と別れたっきりはダメなんだ。次会った時母と再会するのが墓前ってことも十分あり得るんだから。
そうなった時、誰よりも後悔するのはプリシーラさんだ。
「はい!助けに行きましょう!やっぱりお母さんと向き合わせるべきです!」
「そうだな、やはり…決着はつけさせるべきだ」
「…流石だよアマルト、俺じゃそこまで汲み取れなかった。本当に優しい奴だよなアマルトは」
「よせやい照れらぁ照れらぁ、…ってわけで!俺達今からプリシーラ迎えに行ってきます!…そん時までにさっきの誤解は解いておく、だからマンチニールさん…貴方もそれまでに娘と向き合う心の準備済ませとけよ。また誤解される様な事言うな?子供ってのは…いつまでも手元にいるわけじゃ無いんだからな」
「…………ありがとう、本当に」
よしっ!気合い入れますか!と両頬を叩くアマルトさんによってエリス達の次の目的は決まった。
プリシーラさんを迎えに行く、彼女が母親に感じていた束縛は誤解だったんだ!マンチニールさんはプリシーラさんの事を応援していた!これを伝えなければ彼女はいつかきっと後悔する!夢を叶えても後悔する!そんなの悲しいに決まってる!
「フッ、若いな…だが分かった。プラキドゥム鉱山地帯に行くならいい近道を知ってる。付いてきな!」
「レッドグローブ…さん、分かりました。みんな!行きましょう!」
「おう、一丁やるか!」
レッドグローブさんに関してはやや怪しい点はまだある。何故そんな近道を知ってるのかとか聞いてやりたいがここはぐっと我慢。
それよりもプリシーラさんだ。彼女の誤解を解いてここに連れ戻す…エトワールに行くというのならそれからでも遅く無い。
母親との誤解は、解いておかないと絶対に後悔しますからね。