379.魔女の弟子と急転直下
「それじゃあエリスさん、ラグナさん、メルクさん、行ってきます」
「夕方には帰ると思いますから」
「はい、みんな…プリシーラさんをよろしくお願いします」
プリシーラさんのライブを二日後に控えたエリス達は理想街チクシュルーブの目の前にある馬車置き場にてプリシーラさん達を見送る。今日はプリシーラさん達がライブ会場を見に行くようだ。
本当ならみんなでついていきたいところだが、生憎エリスとメルクさんはこの街をあまり出歩かない方がいいようなのでお留守番だ、そこにラグナも加えて三人が馬車に残り後は全員プリシーラさんについていく事となった。
「俺としてはまたエリスとカジノに行きたかったんだがな」
「今度こそ出禁にされますよ…、それにあのカジノにはもう行きたくありません」
「そっか、んじゃ留守番頼むぜ」
「何かおみあげ買ってくるねーエリスちゃーん!」
はーいと軽く手を振り理想街へと向かっていく弟子の一団とプリシーラさんを見て、エリスは一息つく。思えばここ最近ずっとプリシーラさんと一緒にいたから…なんでもない日というのは久しぶりな気がするな。
「休息日としちゃあいい日なんじゃないか?」
「ラグナ?」
馬車の縁に座ってみんなを見送っていると、ラグナが隣に座って一緒に日を浴びてくれる。
「ラグナは良かったんですか?みんなと一緒に行かなくて」
「んー、別にいいかな。護衛っていう面じゃついて行ったメンツだけでも事足りるし、ネレイドさん一人で大体片付くだろ」
「そうではなくて、…理想街で遊ばないんですか?」
「闘技場ってのには行ってみたいけど…止められるし」
止めるに決まってるだろ、まさか行って戦いたいとか言わないよな?ラグナが闘技場に参加すればもう間違いなく勝ちまくるだろう。そうなれば間違いなく注目を集める…いやそれ以上のことになりかねない。
「まぁそれは冗談として、今日はゆっくりしたい日なんだ。休める時に休む…それが師範の教えなのさ」
「あ、それエリスも師匠に言われました。休むのもまた鍛錬の一環だって」
「って事は魔女の共通認識ってことか。或いはシリウス辺りが魔女様達に叩き込んだのかもな」
「それはありますね、シリウスは指導者としても超一級だったそうですし」
「魔女級の人間を八人も育ててんだもんなぁ、アレが人並みの事言ってたってのは…今でもちょっと信じられないけどさ」
なんてラグナと他愛ない話をして馬車の縁で太陽の日を浴びる。時刻は昼に差し掛かる頃でまだ日中が伸び始めるような春の只中とはいえ、やや暑く感じることもあるくらいには照った太陽の中…エリスとラグナは腰を落ち着ける。
「アルクカースのみんなは元気かな」
「心配ですか?」
「心配…って事は無い、いや軍の方は心配かな。一ヶ月俺がいないだけで規律が乱れていたしさ。やっぱ多国籍連合軍ってのは難しいな」
「一度の戦いで共闘する分ならみんなも結託出来るんですかね、ずっと一緒となるとやはり軋轢も生まれるのでしょうか」
「みんな、魔女の弟子達みたいに仲良くなってくれればいいんだがな。エリスとデティ以外はみんな出身国も違うのに仲良く出来てるしさ」
「そうですね、でもアルクカースのみんなは元気だと思いますよ。だってアルクカース人って風邪引かないでしょ?」
「どういう偏見!?いやまぁ俺は病気になった事ないけどさ。いや…そういやみんな風邪引かないな…」
「ふふふ、冗談で言ったのに本当に病気にならないんですね」
「はは、ひでぇなぁ」
クスクスと笑い合いながらエリスとラグナは肩を並べる。ラグナははにかみ笑うと犬のように鋭い歯が見えるんだ、真剣な彼もかっこいいけど…こうやって笑うと寧ろ可愛さすら感じてくる。
「でもアド・アストラのみんながどうしてるか気になりますね」
「だな、一応なんかあればメグさん経由で俺の耳に入るだろうけど…。今軍の全権はアーデルトラウト将軍とグロリアーナ総司令に任せてあるから大丈夫だと思うけどな」
「その二人なら大丈夫そうですね」
「おう、最近じゃ八大同盟の動きも消極的だしな…、寧ろこの旅もこのタイミングで良かったというかなんというか」
「ですね、エリスもラグナと旅が出来て幸せです」
「し、幸せって…大袈裟だよ」
「大袈裟じゃありませんよ、エリスも以前旅してる最中何度も思いました。この綺麗な景色をラグナと一緒に見れたらなって…。オライオンでは一緒に旅出来ませんでしたし…今はとても幸せです」
「エリス…」
ちょっとこっぱずかしいけど、本音を言う。旅してる最中…この海を彼と見られたらとかこの山を彼と見られたらとか、何度も思ったんですから。
それが今、ある意味叶ってると思うと…エリスは幸せなんです。
「な、なんか恥ずかしいな…」
「何でラグナが恥ずかしくなるんですか!?」
「いや何となく…」
顔を赤くするエリスと、真っ赤な顔でこっちを見るラグナ。な…なんなんですかその顔…この空気。
こ、こんなのまるで…ラグナが…。
「………………」
「………………」
急に、静まり返る。静かな空間の中ラグナと見つめ合う。周囲に人はいない、この旅が始まって以来となるラグナと完全に二人っきり…いや、彼とこうして二人っきりでゆっくり話すのなんて久しぶりな気が…。
微妙な空気が漂う二人の間、そんな二人の間に突如として影が差し込む。
「ふぁ…すまん、一日フリーだと思ってつい寝すぎた…ん?何してるんだ?二人で見つめ合って」
「え!?あ!メルクさん!?」
「いや別に!?何も!?」
「…?、邪魔したか?」
ふと、馬車から寝癖だらけの頭を覗かせエリス達を見て首を傾げるメルクさんによって微妙な空気が打破される。何やら変な勘違いをしてそうなのは置いておくとしても助かった。
いやエリスとしてはもう少し二人っきりが…いやいや彼と一緒だと心臓がドキドキで爆裂しそうなので、やっぱり助かったかな…うん。
「そ、それより。みんなもう出てったよ、今日はプリシーラのライブ会場の様子を見に行くんだと」
「そうだったか、すまん…久々にこんなに寝てしまった。まだ眠い…ふあぁ」
昨日のメルクさんは色々あってこう…カリカリしていたと言うか、色々切羽詰まった様子だったから不安だったけど、どうやら昨晩はよく眠れたようだ。昼頃まで寝てられるんなら心身ともに健全と言えるだろう。生活習慣的には不健全だけども。
「ん、腹が減った…」
「アマルトがサンドイッチを作り置きしてくれてるよ。『朝飯時に起きてこない奴にはこれで十分だ』ってな」
「助かる、ちょっと食べてくるよ…」
「ああ、俺達もダイニングに戻ろうか、エリス」
「そうですね、ここだとちょっと暑いので」
「うん、それに…昨日の事も話しておきたい」
「昨日の事?色々ありすぎてよく分かりません」
そう言いながら二人で馬車の縁から立ち上がりメルクさんと共に馬車の中のダイニングに戻る。するとそこにはアマルトさんが今朝方本人曰く『パパっと作った』と言われる豪勢なサンドイッチが置かれている。
ややパンは乾いてしまっているが、挟まれているレタスやトマト、チーズやベーコンと言った諸々はまだまだ美味しそうな輝きを放っている。それをメルクさんはありがたそうに手に取るとともに椅子に座り、無言で食べ始める。
エリスとラグナもまたダイニングの戸棚からデティが昨日コソコソと隠していた理想街名物バレットチョコレート…銃弾型のチョコというちょっとどうかと思う趣味のお菓子を取り出し、二人で分け合うように食べ始める。お口が寂しいのでね。
「で?昨日の話って?」
「ん、アマルトが晩飯の時に言ってた奴さ。ロダキーノが…悪魔の見えざる手はこの街から退却するって奴」
「ああ、カジノでの話ですね」
カジノでロダキーノとギャンブルバトルをやってエリス達が手に入れた『悪魔の見えざる手はこの街から手を引く』という話だ。真偽は分からないが恐らく事実と思われるこの情報…それを受けラグナはチョコをポリポリ食べながら『んー』と返事をする。
「あれって本当なんでしょうか、信じてもいいんでしょうか、デティが情報の精査は行いましたが…どうにも信じられないです」
「まぁ、敵の言った言葉を鵜呑みにするのは嫌いだからあんまりしたくねぇけどさ。多分本当なんじゃないかな」
「え?どうしてそう言い切れるんですか?」
「なんで退却するかまでは分からない、けどアイツらとしてもこの街で騒ぎを起こしたくない理由があるんだろう。それにデティが情報の精査をしたならそこに狂いはないだろうしな」
「じゃあ悪魔の見えざる手はプリシーラさんにもう手は出さないと?」
「いや、そうは言い切れないさ。だって『この街』から手を引くとは言ったが…『プリシーラ』から手を引くとは言ってないだろ?」
「あ、そう言えばそうですね」
「それなら嘘は言ってない、一応事実を口にしてるわけだしな」
「ではこの街ではなく別の場所でプリシーラさんを攫うつもり…と」
「だが、プリシーラにはこれ以降のライブの予定はない。次はどこに行くかも分からない、奴らにとっても次のライブがチャンスであることには変わりない…んだけども、さーてどういうつもりなのかねぇと思ってな」
「分かりませんね、…もうこうなったら敵のアジトに乗り込んで聞いてみます?ここから見えてますよね?悪魔の見えざる手のアジトがあるプラキドゥム鉱山地帯って」
「ぶっちゃけもうそれもありな気がしてきたよ」
ここからプラキドゥム鉱山地帯は見える、つまり敵のアジトはもう目と鼻の先にあるんだ。ならもうそこを叩いて『どういうつもりだお前ら!』って敵の髪を掴み上げて聞くのもありだとエリスは思う。
「じゃあ今から行きます?」
「二人で行くか?」
「いいですね」
「やめろ二人とも、第一プリシーラを抱えたままアジトに乗り込むのは危険だと言い出したのはお前だろうラグナ、面倒臭くなるな」
「う……、というわけでこの話は無しだエリス」
「えー…」
しかし、メルクさんに止められこの話は頓挫。まぁエリスも本気でアジトに乗り込もうと思ってたわけではないですよ?敵だって強いですしね。ラグナと二人っきりで挑むのはちょっと怖いです。
まぁ…そういう間怠っこしい話を抜きにすれば、エリスは直ぐにでもアジトに乗り込みたいというのは本音ですけどね。
「ま、まぁ何はともあれですよ、奴等は今までとは攻め方を変えてくるのは事実でしょうしエリス達も何があってもいいように対策しておきましょう」
「ああ、そうだな…攻め方を変えて、…うーん」
「ん?どうしました?」
「んー…、いや…実際どうやって仕掛けてくるのかなと思ってさ。もしプリシーラから手を引くつもりだったなら…ロダキーノ達は最初からこの街にいなかった筈だろ?アイツらだって暇じゃないんだし」
「確かに…、でもそれはアジトが近くにあるから遊びに来てたのでは?」
「そう決めつけるには何か引っかかるんだよ…、何かさ…」
そう言いながらラグナは頬杖をついたままチョコの入った箱を突いたり回したり色々やっている。思考に熱中してるのか非常に手癖が悪い、今も指先で箱を引っ掛け横に倒したりしている。お陰で中のチョコがコロコロと外へと転がり出てしまっている。
「ラグナ、手癖が悪いですよ」
「………………」
「ラグナ?聞いてます?」
「…………まさか」
ラグナはチョコをジッと見つめている。ジッと見つめたまま難しい顔をしてより一層目を険しく尖らせる。
その目はチョコを見つめているようで何か別のものを見ている気がする。あれは…エリスが何かを考えている時にするような目と同じで。
「もしかして、そもそも…いやでも辻褄が合わない。いや…違うのか?…前提として、…じゃあ…、だとすると…いやでも…、うーん…ということは…、チッ…確かめる手段が…」
何やらブツクサとつぶやいている。何か思いついたんだろうか…ならエリスにも教えて欲しいですよ、そう口を開こうとしたら、ラグナに先手を取られた。
「なぁ、エリス…一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
「はい、なんですか?」
「あのさ、そもそも悪魔の見えざる手の───」
「ほう、不思議な馬車だな」
刹那、ダイニングの入り口から声が響く。存在しないはずの他者の声に真っ先に反応したエリスとラグナは臨戦態勢を取る。いやそれどころかラグナに至っては気が立っていたのかエリスでもビビるほどの威圧を全身から解き放ち。
「誰だッッ!!」
ゴウッ!と音を立てて突風が吹くほどの勢いで敵対心を放ち声の主に威嚇をする。…すると声の主は慌てて手を上げ。
「警戒するな、俺だ…」
「…レッドグローブさん?」
「お前すごい威圧だな…」
扉をあけて入ってきたのはエリス達の協力者、レッドグローブさんだった。敵ではない…いや。
「ちょっと待て、あんたなんでここを知ってる、誰から聞いた。外には大量の馬車が停まってたろ…まさか一つ一つ中を改めたとは言わねえよな」
「痕跡を辿るのは得意なんだ、昔そう言うのをしてきたんでな」
「………誰かに聞いたとかでは?」
「ないが?それともお前の身内にお前を売るような奴がいると?」
「いるわけねぇな、だが……いやいい、それより何しにきたんだ?」
フッとラグナは警戒を解いて再び椅子に座る。確かにレッドグローブさんがエリス達の馬車をピンポイントで当ててみせたのは驚きだが…まぁ四ツ字まで上り詰めるような人だ、そう言う技術を持っててもおかしくはないだろう。
それより要件だ、彼がわざわざここを訪ねてきた理由ってのを聞いてみないと。
「いや、単なる共有さ」
「共有?何を」
「決まってるだろ、俺が持ってる悪魔の見えざる手の情報…その全てさ」
「……全て?あんた、そんなに悪魔の見えざる手に詳しいのか?」
今度はラグナだけではなく、エリスも怪しむ。だってレッドグローブさんの笑みが…凄く、凄く怪しく見えたから。
……………………………………………………
「へぇ〜!こりゃあ凄い!今までの会場とは段違いじゃねぇか!」
「うわぁー!流石世界一の歓楽街を名乗るだけはありますね!これ!」
一方、理想街チクシュルーブにてライブ会場の確認に来ていたプリシーラとアマルト達魔女の弟子は…目の前に広がるライブ会場の凄まじさに目を見開いていた。
何せそのスケールがでかい、まず席の数…軽く万には届くだろう大量の席が斜面にさ配置されさらにその上にはライブを見渡せる展望レストランが複数経営されている。一度に凄まじい数の客がライブを観れるよう計算し尽くされて設計されたそれはまさしく観劇の極致。
おまけにステージは円形の湖の上に浮かぶでおり見栄えも最高。多数の魔導具が配置されておりこれらが一斉に動けばそれだけで圧巻の演出になるだろうことは間違いない。
コンクルシオやパナラマでのライブがお遊戯や宴会に見えるレベルの大ステージだ、ライブが始まってないのにワクワクするぜ。
「理想街は毎日のように音楽隊やオーケストラ、旅劇団を招いてここで披露してるんだって。だから即席で用意したパナラマやコンクルシオとはそもそも訳が違うの」
「へぇ、そりゃすげぇや」
「こんなところで劇が出来たら幸せだろうなぁ〜!」
まるで卵を半分にカットしたかのような不思議な半ドーム状の舞台の上をクルクルと回るナリアを見て、アマルトもまた空を見上げる。
「なんてーの?不思議な形のドームだな」
「これはあれですね、音を反響させる作りになってるんですよ。音もまた流れがあるので…こういう風に道を作ってあげれば更に大きくさせることも出来る」
その辺まで細かく考えて作られてるんですよ、そう語るナリアにほおと息が籠る。なるほど、ちゃんとその辺は考えて作ってくれてるんだな。
プリシーラと共にステージを見て回るアマルトとナリア、そんな彼らを横目に離れたところで周囲の魔導具の点検をするのは…。
「どう?メグさん」
「完璧に手入れされています。当日は問題なく動くでしょう」
「流石メグさん…、詳しい…ね」
メグとデティを背負うネレイドの三人だ。特にメグは魔力機構の点検や整備を行える技術者でもある、そんな彼女をして完璧と言えるほどにここの魔導具は整備されているようだ。
なんの問題もない、しかしメグは静かに難しい顔をして。
「しかし、こうして見ると魔導具とはとことん帝国の魔力機構にそっくりですね」
「あー、マレウスが帝国の技術を盗んで名前変えたのが魔導具だっけ?メグさん的には複雑?」
マレウスの魔導具とは、結局のところ帝国の魔力機構と同系統…いやほぼ同種と言っても過言ではない。マレウスが自国で生産した魔力機構を魔導具と名を変えて使っているに過ぎない。それはメグにとって非常に複雑なものらしく。
「そうてすね、まぁまだまだ帝国の方が技術力は上ですがね。下らない模造品に負ける程帝国の技術者はバカではないので、ふふん」
「めちゃくちゃ自慢げ…」
まぁまぁいいのです、所詮模造品ですからと肩を竦めるメグを見て…アマルトはすぐさま別の魔導具へと視線を移す。
確かに、帝国の魔力機構は一種の魔術のようになんでもありだ。動く鉄の巨人とか足が生えて自分で走ってくる大砲とかそんなもんを馬鹿ほど持ってる。対するマレウスの魔導具はかなり規模が小さいように思えるな。
この街の兵士達も銃で武装してはいるが帝国みたいた闇雲な兵器は携行していない。…いやそれとも何処かに格納してあるのか?この街は軍需産業の街だ…帝国並みの兵器がどっかしらにあっても不思議は…。
「当日はマレウス中から偉い人達がくるらしいのよ、だから緊張しちゃうわ」
「へぇ、チクシュルーブさんの招待でですか?」
「うん、そうよ」
ふと、ナリアとプリシーラが話しているのが耳に入る。なるほど、どうやらライブ当日は偉い人達がワラワラやってくるようだ。
偉い奴らってのはいつもみんなで集まる言い訳を探している。なんでも無いのに顔を合わせたら密談でもしてんじゃねぇーの?って疑われるからな。だからこの手の大掛かりな芸術鑑賞会は言い訳としては最適なのさ、コルスコルピにある『エウプロシュネの黄金冠』も似たようなもんだ。
接点のない貴族と繋がりを持ち、感想を言い合うふりをして小声で密談して、なんならワラワラ群がる人の中で政敵を追いやる絶好のチャンスにもなる。…まぁ言っちまえば貴族の中に純粋にライブを楽しみにしてくるやつはいない、悲しい話だけどな。
「へー、すげーじゃん。どんなのが来るんだ?」
でも言わない、アマルトはそんな冷めるような事言わない。心のどっかじゃナリアもプリシーラもわかってるけど。ライブに対して意気込みを燃やす二人に冷や水ぶっかけるような真似はしない。
「色々な人が来るわ、例えばホラ…あそこの展望レストランでお酒飲んでるあの人」
「あん?」
そう言って指差す先にはテラス席で陽を浴びながら昼間から酒を飲む豚みたいな貴族が偉そうにレストランのウエイトレスに怒鳴りかかっている。まぁ簡単に言うと最低な類の客だ。
歯並びは悪く吊り上がった鼻は豚のよう、それでいて身につけてる装飾は一級品ばかりで輝いている。まるで金があれば豚も貴族に見えますね?なんて話を風刺する絵画のような男だ。
「彼はハバリー貿易大臣、反魔女体制派の急先鋒みたいな人ね。昔はレナトゥス宰相とやり合ってたって言う偉い人よ」
「反魔女体制派…ねぇ」
マレウスにおける反魔女派閥はレナトゥス派だけだと思ってたけど、レナトゥスに反目しながらも反魔女体制という点では合致するような貴族もいるんだな。分かっちゃいたけどこの国魔女のこと大嫌いだなぁ。
「あっちにいるのはエルフォルク侯爵、レナトゥス宰相の相談役よ」
「へ?」
そう言いながら指差された先には、無数の黒服を着た護衛に囲まれた七三分けの壮年男性が立っていた。顔には若干のシワが刻まれ彫りの深い顔つきをやや歪めニヤニヤと笑うエルフォルク男爵は、ハバリーとは別のレストランの展望テラスを独占し、ワイングラス片手に…こっちを見ていた。
「なんかこっち見てねえ?」
「多分、私を見てるのね。ほら…私って」
「ああ、エストレージャもレナトゥス派だったか…」
「うん、侯爵とは小さい頃からの縁なの。…いや、お母さんとの縁か…私の事はその付属品程度にしか思われてないかも」
「なるほどね」
つまり、レナトゥスやチクシュルーブ…そして何よりマンチニールのお仲間ってこった。プリシーラを攫おうとするマンチニールの仲間という事はあんまり信用していい人間ではないだろう。と言うかそもそもプリシーラと気安い仲ならあんなに遠巻きからニヤニヤしながら眺めたりはしないだろうな。
「っていうか、みんな反魔女体制派なんだな」
「そりゃそうよ。そもそもこの街を治めるチクシュルーブ様が反魔女体制派の旗本たるレナトゥス宰相のお気に入りなんだもの。二日後この街は反魔女体制派の会合みたいな状態になるでしょうね」
「そりゃ…すげーな」
「でもちょっとだけなら来てるわよ、魔女体制派以外の人も来てるわよ。あそこ見て…あそこのテラスでサンドイッチ食べてる人」
そう言って指差す先には、なんともご機嫌そうな明るいおじさんが美味しそうにサンドイッチを頬張っていた。赤い鼻に金色の髪、でっぷり太ったその姿は柔和な雰囲気を醸し出しておりお付きの護衛もほとんど連れていないことから言われなければ貴族と気づけないくらいだ。
「何あの人」
「あの人は魔女融和派のコットン子爵よ、魔女大国と争うのではなく互いの利益の為に協力するべきだって語る人」
へぇ、そんな奴もマレウスに居たのか。マレウスの貴族がみんながみんな反魔女体制派ってわけじゃないのか。とはいえ宰相や大臣や侯爵と言った面々が反魔女体制の旗を振ってる状況じゃああんまり意味なのかないのかもな。
「あんまり頼りにならなさそうな人だな」
「ええ、まぁでも図太い人よ。国民から売国奴なんて罵られてるのに意見変えない人だし」
「ってかよく来たよなここに、ここは言ってみればアイツにとって政敵ばっかりなわけだろ?暗殺されそうじゃん」
「うん…、多分彼は期待してここに来たんじゃないかな…」
「期待?何を?」
「…本当は、二日後のライブに来る予定だったの。国王様が」
「こ、国王!?」
国王って前エリスが言ってたあれだよな。路地裏でドブネズミ食ってたって言う怪物男バシレウス・ネビュラマキュラ…。あいつまでここに来る予定だったのかよ…!
「国王様は表向きには反魔女体制派か魔女融和派か標榜しては居ないけど、噂じゃ裏では魔女融和姿勢をとってるらしいの」
「え?そうなの?イマイチ信じられない」
「噂だから分からないけどそのせいで今の国王は敵が多いらしいわ、今回も来る予定だったけど…反魔女体制派の宰相から嫌がらせを受けて来れそうにないの。コットン子爵は国王に近づいて敵か味方かを確認したかったんじゃないかな。それで味方なら…ってね」
「なるほど、それで間抜けな芋虫は鳥の巣に入り込んだわけか。可哀想なこったぜ」
まぁぶっちゃけ、反魔女体制と魔女融和とか俺にとってはどうでもいい話だ。そういう政はイオの仕事だ、俺のじゃない。
マレウスと敵対するも迎合するもイオならきっとうまい具合にやってくれるさ。だから俺が今やるべきは…。
「…マンチニール大臣は来てないのか?」
「…来てないわよ、あの人私のライブになんか興味ないから」
「ふーん」
マンチニール大臣とちょっと話がしたかったんだけど。来てないんかぁ…、じゃあ仕方ないか。
「それよりライブの段取りについて話さないとね…ん?」
「お?どうした?」
ふと、プリシーラの動きが止まる。どこかを見て…止まる、何を見てるんだ?何かいたのか?
プリシーラが見ているのは客席の向こう、人通りの多い路上。誰かいるにしても誰がいるかも分からないような道を見て…止まって。
「おいプリシーラ?」
「あ!いや!なんでもないよ!それより先に楽屋に行ってて。そこでライブの段取りの会議するから」
「先にってお前は?」
「ちょっとトイレ!」
「はあ?じゃあメグ!ついてやって…」
「いいよ、どうせ街の中にはアイツらいないんでしょ?それに周りも衛兵が固めてるから大丈夫」
そういうなりプリシーラはテケテケとライブ会場に併設されているトイレに走って行ってしまう。…まぁ確かにこの街に悪魔の見えざる手はいないだろう、周辺だって銃で武装した兵士達が山ほどいる。
何かあっても大丈夫だと思うが……。
なんか…引っかかるんだよなぁ。
………………………………………………………………
「それで?あんたが持ってる悪魔の見えざる手の情報って?」
馬車内部のダイニングに、エリスとラグナとメルクさんの三人が横に並び、まるで尋問でもするかのように問い詰めるのは、エリス達の向かいの席に座った弊衣破帽の男…レッドグローブさんだ。
彼は悪魔の見えざる手の情報を共有したいと言ってここまでやってきた。彼がどういう人間かまるで知らないからなんとも言えないが…本当に情報なんて掴んでいるのだろうか。
「まぁ落ち着け、その前に無駄な時間を省きたい。お前達が掴んでいる悪魔の見えざる手の情報を聞きたい」
「俺達の?…………分かった」
ラグナはわざとらしいと思えるほどの間を置いて情報の提供に合意する。今の間は『不本意です』という意思表示だろう、まぁ言ってしまえばまだエリス達はレッドグローブという人間を完全に信頼するに足る理由はないのだ。
馬をくれたからいい人だろう、チクシュルーブとの間を取り持ってくれたから悪い人じゃないだろう。けど…それでもまだ彼に全幅の信頼を寄せるには足りないのだ。
「俺達が掴んでいるのは幹部五名の顔と名前と使用する魔術、そして組織のアジト…とかかね」
「もう殆ど掴んでいるじゃないか、俺から与えられそうな有益な情報は…そうだな」
するとレッドグローブさんはその革のコートの裏に手を伸ばし、ゴソゴソと何かを漁ると…。
「これくらいしか出せそうにない」
「これは、名簿?悪魔の見えざる手の?」
「ふむ、それもかなり詳細なプロフィールに思えるな…」
手渡されたのは複数枚の情報が書き込まれた名簿だった。誰のプロフィールって悪魔の見えざる手のメンバー全員のだ。全構成員数千人の情報が簡潔にまとめられている。
凄いなこれ…。あ、へぇ〜ロダキーノってあれで元討滅戦師団の団員…ええ!?そうなの!?
「ロダキーノ…アイツやっぱりアルクカース人だったのか。でもそんな名前聞いた事ねぇぞ…、いやもしかしてロダキーノって名前自体偽名?だとするなら心当たりが…」
「む、チクルの奴…あれで元々マレウスの諜報部隊の出だと?」
「他にもムスクルスはアジメク出身の名医だし、ラスクは元デルセクト特殊部隊出身…悪魔の見えざる手の幹部連中は全員他とは一線を画す実力者ばかりさ」
書き込まれている情報はどれも驚きのものばかり、悪魔の見えざる手の幹部は全員元々各方面で実力者と持て囃されていた者ばかりなのだ。特にロダキーノなんかあの討滅戦士団の元団員だってんだから驚きだ、やっぱりアイツ強かったんだな。
「…でも、デッドマンらのところだけ何もないですね。アイツについては分からないんですか?」
「いや、デッドマンの情報はそれが全てだ」
「え?でも…」
他の団員達は元何処何処出身とか元何々隊員とかそう言う肩書きがあるのに、デッドマンにだけ何もない。書かれているのは偽名みたいな名前と年齢だけ、あれだけの使い手がなんの過去も持たないなんて…。
「アイツは元孤児なんだ、それも親に捨てられた孤児だ。だからアイツに過去はない、自分の本当の名前も誕生日だって分からない。捨てられて悪魔の見えざる手に潜り込んでそれからずっと…そうやって生きてきた生粋の人攫いがデッドマンなんだ」
「…………」
親に捨てられ、自分の名前も分からないか。そりゃあまた随分な生い立ちだけど…だからこそ思う。
何故、そんな経験をしておきながら…お前は。与える側に回ったんだよ…とね。
「デッドマンは幼い頃から裏社会で生きてきた男だ。見た目以上年齢以上に修羅場は潜っている、或いはここに書かれている誰よりも奴は強い」
「そうなんですね…ん?」
ふと、プロフィールを見ていて気がつく。このプロフィールみんなそれぞれの立場が明示されているんだ、幹部なら幹部と表示され 幹部補佐なら幹部補佐、構成員なり構成員…と。
そこで気になるのはデッドマンの肩書きが『幹部』である事。そういえばアイツ…自分を纏め役とは言っていたがボスとは言ってなかったな。
「あの、レッドグローブさん」
「なんだ」
「デッドマンはボスじゃないんですね、ならあの組織のボスは誰なんですか?その情報はないんですか?」
「…………」
デッドマンが一幹部であるなら、デッドマンの上にいる人間はいないのか…そう聞けばレッドグローブさんは無表情になる。まるでそこから何かが変わってしまったかのような、或いはそこからが本題なのだと言いたげな顔はゆっくりと糸を引くように口を開き。
「居ない、昔は居たが…今はいない」
断言した、居ない…と。その存在を完璧に否定した…そこに引っかかりを覚える。そもそもの話になるのだが…。
「レッドグローブさん、なんでレッドグローブさんは悪魔の見えざる手にこんなに詳しいんですか」
「それは俺も思ったな、これは詳しい…なんてレベルじゃない、内部事情に精通してる…っていうんだぜ?」
「奴等は裏社会の人間。辞書を引いて情報が出てくるわけじゃないし国籍だって無いだろう。それをよくもまあここまで完璧に調べ上げたな…それとも、元々知っていたのか?」
ラグナもメルクさんもジッとレッドグローブさんを疑うような視線を見せる。確かにこの情報は役に立った…だがいくらなんでも知り過ぎだ、ここまで知ってると逆に怪しいってもんですよ。
何を知っている、何を隠している、何をしたい、何を言いたい、その全てが不明瞭な彼に対して疑心を持つのは当然の帰結。それはレッドグローブさんも理解しているようで…フゥと肩を竦めると。
「情報収集したのさ、元構成員に知り合いがいたから…」
「いつですか?」
「…昨日だ」
「じゃあこの街で情報収集したんですね、その元構成員に会わせてください。エリスからも聞きたいことがあります」
「もう街にいない」
「逃したんですか?」
「それが条件での情報提供だった」
「…なんでエリス達をハブにして一人で情報収集したんですか?エリスたち仲間ですよね」
「だからこうして共有している」
「…………」
「何を疑っている」
「何をでしょうか、別に疑ってませんよ」
「ふっ、そうか」
エリスに睨まれ、何故か嬉しそうに笑うレッドグローブさんの顔を見て顔を顰める。そういう趣味の人か?
何が狙いなんだ、この人は明らかにエリス達に話していない事柄がある。先程から話し口調が明瞭ではないのが何よりの証拠だ、だが…それが何かを追及できない。
非常に…不愉快だ。
「エリス、と言ったな」
「はい、なんですか」
「お前は、…デッドマン達が行なっている人攫いをどう思う」
「どう?」
いきなりなんの話だ、何が言いたいんだ、だけどその問いに対して答えることがあるのだとしたら、エリスが答えるべき返答は一つだけ。
「絶対に許しません」
エリスの怒りが魔力となって全身から迸り、それだけで机が揺れるほどの威圧を放つ。どう思うなんてそんなの怒り以外の何物でもないに決まっている。
「人から何かを奪うという行動自体を、エリスは悪徳と忌避します。ましてやその人の人生そのものを奪い去り金に変えようなどという浅はか極まる行為を生業とする者達に向ける温情はカケラの一つも持ち合わせません」
「へぇ…!」
「例えデッドマンらに如何なる事情や理由があろうともエリスは悪魔の見えざる手という組織を確実に崩壊させ、跡形もなく消し飛ばします。これは決定事項ではありません…確定事項です」
奴等への恨みと怒りを滾らせながら拳を握る。奴等は分かっていない、或いは目を背けている。子供の未来を奪うということの罪の重さを、一人の人間の人生を破壊することの重大さを、それから目を背け金を稼ぎ続けくだらない欲を満たす為に悪事を働くというのなら…エリスは奴等に制裁を加えなくてはいけない。
子供がどれだけ怖い思いをしているかを知るエリスが子供達の怒りを晴らさねばならない、ハーメアの悲哀を知る唯一の人間たるエリスがハーメアの仇を討たなくてはいけない。
拳を握り、燃えるような怒りで全身を震わせレッドグローブの戯言に答えを出す。
「…なるほど、一番欲しい答えだ」
「……?」
その答えを聞いたレッドグローブは、やはり何処か嬉しそうに微笑んでいる。
…一番欲しかった答えだと、これが欲しかったのか?エリスの怒りが?恨みが?なんなんだ、一体なんなんだこの人は。あの目…エリスを見るようでいてエリスを通して別の何かを見る目。
この人はエリスに何を求めて…いや。
(待てよ?…こんな目を最近見たな)
不可解だが、レッドグローブさんの目を最近見た気がするぞ。エリスを通して別の何かを見る目…身に纏う雰囲気や帯びる気配は全く違うが、この目は。
…デッドマンと同じだ、エリスを通してハーメアを見る目。
思えば。レッドグローブさんもエリスを一目見て何かに気がついたような顔をしていた。
…それだけじゃない、レッドグローブさんが冒険者を始めたのが二十数年前…そして悪魔の見えざる手が内部崩壊で八大同盟の座を引きずり降ろされたのも約二十年前。
内部崩壊の理由は裏切り者が出たから、そして居ないボスの存在。二十年前にボスが離反していたのだとしたら…そのボスはどこに行ったんだ?
丁度同年代に、現れた凄腕の冒険者が異様に悪魔の見えざる手に詳しいのは偶然か?その疑わしい男がプリシーラさんの最後のライブ会場に護衛としてやってきたのも偶然なのか?
「…………」
「ん?どうした?エリス?怖い顔して」
ラグナが戦慄するほどに、今のエリスの顔は怖いようだ。でもまぁそうでしょうね…今エリスは拳を握り臨戦態勢を取っているのですから、そしてそんなエリスを見てレッドグローブさんはますます嬉しそうに笑い…。
「じゃあエリス、続けて聞くが…お前はもし悪魔の見えざる手をその手で打ちのめす事が出来たのなら…お前はその手で奴等を殺すか?」
「え?…殺す…?」
「ああ、どうなんだ?恨んでるんだろう」
……こいつ、エリスの事を挑発してるのか?エリスが今怪しいんでいることを理解してそんなことを聞いているのか?だとするなら…。
今ここで、見せてやろうか?エリスの覚悟を…。
「必要とあらば……」
そう静かにエリスが立ち上がった…その瞬間のことであった。
「おい!ラグナ!!いるか!!」
「っ!?アマルトさん!?」
ふと、バタバタドタドタと音を立ててアマルトさんが馬車の中に突っ込んでくるのだ。彼は顔面蒼白で冷や汗をかきながらダイニングの扉を開け…そこに漂うエリスとレッドグローブさんの異様な雰囲気を目の当たりにして一瞬気圧されながらも。
「何やってんだこの大変な時に!」
「落ち着けアマルト、何があった」
「そうだ!ヤベェ!悪い!しくったかもしれん!プリシーラが居ない!」
「はぁ!?マジかよ…」
「何!?どういう事だアマルト!」
唐突に齎されたプリシーラ不在の話し、それを聞いたラグナとメルクさんも立ち上がり事の詳細を聞き出そうとする…そんな中、エリスはチラリとレッドグローブさんを見る。
すると彼は…弊衣破帽で顔を隠しながら、口だけを動かしてこう言ったんだ…『ついに始まったか』と、その口が笑っているように見えたのはエリスの気のせいか?
「トイレに行くって行ったきり帰ってこないから見に行ったら消えてた!悪い!バカなミスした!」
「トイレに行くといったきり?まさか悪魔の見えざる手か!」
「分からねえ!けど今メグやネレイドが全力で探し回ってる!ナリアはチクシュルーブの私兵団に話を通して…デティは街全体を魔力探査をしてる、けど…進展がねぇ!」
「じゃあ本当に…、だがどういう事だ。もう悪魔の見えざる手は撤退したんじゃなかったのか」
「そこも含めて何にも分からねえ!どうしよう!ラグナ!」
「…………」
ラグナはアマルトさんの声を聞き届けるとともに、レッドグローブさんと睨み合うエリスを一瞥する。その視線に何が込められていたのかは分からない…分からなかった、けど彼はそのまま何も言うことなく。
「マンチニールのところに向かう、奴を問い正そう」
「え?でも…答えてくれるか?」
「今は情報がいる、もしかしたら俺達は…何かを見誤っていたのかもしれない。エリス レッドグローブさん、二人も付いてきてくれるな」
「勿論です、ラグナ」
「わかった、行こう」
ラグナは椅子の背もたれに掛けていたコートを羽織り直し一歩踏み出す。その背中を追うようにエリスも彼の後ろに着く…レッドグローブさんも付いてくる。
突如として消えたプリシーラさん、怪しいレッドグローブさん、そして…未だ狙いの見えないマンチニールと悪魔の見えざる手。
霧の中に手を伸ばし、その中で暗躍する者の首根っこを掴む時が来たのかもしれない。