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378.魔女の弟子と再会の悪魔令嬢


「ここが街の中心…摩天楼ロクス・アモエヌス…か」


「全面ガラス張り!まるで鏡の塔みたいだな」


見上げるは眠らない街チクシュルーブの中心に聳える塔。全面をガラス張りにしていることもあり街の光を反射し夜でありながら太陽のように輝くそれを、エリス達は今前にしている。


「でさ、もう入ってもいいんだよな?もうアポ取れてんだよな」


「レッドグローブ様の仕事がうまく行っていれば入る事も出来るでしょう。まぁこれだけ立派な塔ならば受付で確認すればアポが取れているかの確認もできるでしょう」


エリス達はここに領主への挨拶をしに来ている、レッドグローブさん曰くここの領主…王貴五芒星の一人理想卿チクシュルーブはメンツを気にするタイプらしい。故に数日後この街でライブさせていただきますプリシーラとその他大勢でございますっ。て挨拶しとかないと後が怖いとのこと。


故にレッドグローブさんが待ち合わせ場所に指定した酒場に向かうと店主から『もう既にアポは取れてる、指定の時間に摩天楼ロクス・アモエヌスへ来てくれ』との伝言が伝えられ今エリス達はそのように行動している。


エリス達はこれからマレウスで五本の指に入る権力者に謁見する。今イケイケのチクシュルーブだ…緊張する、けど。


「メルクさん、あれはどういうことですか。なんで…なんでデルセクトで軟禁状態のソニアがマレウスで大貴族なんてやってるんですか」


「…………」


問題はそこじゃない、問題なのは理想卿チクシュルーブの正体。あれは間違いなくデルセクトにいた五大王族の一人ソニア・アレキサンドライトだ。あんな頭のおかしい奴見間違えるはずもない、何よりここまで得ている情報とも全て合致する。


分からないのは奴がここにいる事だけ、そのことについてメルクさんに伺うと…。


「…先に言っておくと、私はソニアがここにいる事を知らなかった。奴がどこに行ったか…その足取りは一切終えていなかった」


「つまり、軟禁状態から逃れていたのは知っていたと?」


ソニアはデルセクト内紛の首謀者として、そしてヘットという魔女の敵対者と共謀した罪で同盟がその身柄を確保しデルセクトの最果ての砦に軟禁されている状態にある。と聞いていたのだが…まさか解放されていたのか?


「勿論だ…、なんせ私の目の前で奴は逃げ果せたのだから」


「逃げ果せた?」


「……ああ、今思い出しても腹ただしい」


逃げていたのか、しかし王貴五芒星が生まれたのは三年前だぞ。ということは少なくともソニアは三年も前から砦から逃げていたことに。


いや…三年前?そういえば三年前にデルセクトで事件が起きていたな。…まさか。


「…すまんな、今まで内緒にしていた」


「いいですよ、…今までってことは今から話してくれるんですよね?」


「ああ、話す…みんな聞いてくれ」


すると摩天楼を前にしたメルクさんは静かに皆の注目を集めると…厳かに話し始める。


「実は、三年前起こった『逢魔ヶ時旅団によるデルセクト襲撃事件』…あの時逢魔ヶ時旅団はソニアを狙ってデルセクトに襲撃を仕掛けてきたんだ」


「逢魔ヶ時旅団が…ソニアを」


三年前、シリウスを撃破し疲弊した状態でデルセクトに戻ったメルクさんを襲った事件。逢魔ヶ時旅団によるデルセクト襲撃事件…この戦いは熾烈を極め、メルクさんも戦線に立ちグロリアーナさんを投入したがそれでも収まらず。最終的にフォーマルハウト様が逢魔ヶ時旅団の団員の過半数を消し飛ばすことによりなんとか撃退できたという話だ。


シリウス戦でデルセクト側が疲弊していたとはいえ大国一つを相手取り痛み分けに持ち込むほどの戦力を持った逢魔ヶ時旅団が…デルセクトに襲撃をかけた理由がソニアを狙ってのことだと?


「奴等は我等との戦いの最中ソニアを解放し、ソニアとヒルデブランドは旅団に連れられどこぞへ消えていたんだ…」


「そうだったんですね…」


「我々も全力で戦ったが…屈辱の結果だったよ」


そして一ヶ月前、エリスがアド・アストラに戻った時もメルクさんは逢魔ヶ時旅団に挑み瀕死の重傷を負ったのだ。思えばその時戦場になったのもクリソベリア…ソニアの国だった。


メルクさん的には、ソニアを取り戻したいという気持ちがあったのだろう。ソニアは世の災禍そのものだ、自由にさせていれば何が起こるか分からない。だというのに二度も阻まれ彼女としては屈辱以外の何物でもないだろうな。


「ソニアってのはあれだよな、昔アルクカースとデルセクトが戦争になりかけた時デルセクト側で戦争を目論んでたって奴」


「そうです、ソニアは大量の武器を作りアルクカースとの戦争で同盟が混乱している間にデルセクトの乗っ取りを画策してたんです。もしかしたら…アルクカースにも手を伸ばそうとしていたかもしれません」


「俺達もナメられたもんだぜ…、しかしソイツが今マレウスで王貴五芒星やってるって?厄の匂いしかしねえな」


ラグナは苦々しい顔で摩天楼を見上げる、もしソニアがまた同じような事を企んでいるのだとしたら最悪以外の何者でもない。


「すまん…、話せばエリスが逢魔ヶ時旅団に喧嘩を売りに行くと思って…今まで内緒にしてしまった」


「まぁ、エリスとしても危機感を覚える話ですしね…でもそうですか、ソニアは逢魔ヶ時旅団と…」


ってことはソニアは今も逢魔ヶ時旅団と一緒に行動しているのか?それとも助けられるだけ助けられて後は手を切っているのか?そもそもなんで逢魔ヶ時旅団はソニアを助けたんだ?例の戦いで旅団だって団員を半数以上失うって大損害被ってるのに。


するとアマルトさんがんーと顎を撫でながら何かを考え。


「なぁなぁ、もしかしてソニアに聞けばなんか知ってたりしないかな」


「答えてくれるわけがないだろう、奴は明確に我等の敵だぞ。寧ろ顔を見たら襲いかかってきかねん!」


「それに厄介な事に今のソニアの後ろにゃレナトゥスも居る。実力行使に出るわけにも行かねえな」


「あーそっか、ってかこりゃマジでレナトゥスとマレフィカルムの関係って線も濃厚になってきたな」


逢魔ヶ時旅団によって助けられたソニアが今、チクシュルーブと名を変えてレナトゥスと共にマレウスを改革してる…か。


この三つを線と線で繋げばそれぞれ関係があるとも言えなくもないが。そもそもその線の出所が分からない。なんで逢魔ヶ時旅団はソニアを助けたんだ、なんでソニアはレナトゥスに手を貸してるんだ。レナトゥスは何をどこまで知ってるんだ。


分かるようでいてまだ明確にはなんとも言えない。


「っていうかメルクさん!エリス達このままこの建物に入ってチクシュルーブと顔合わせたらヤバいんじゃないですか!?」


エリス達はソニアに顔がバレてる。さっきのパレードも危うかったけど位置的に見えていなかったと信じたい。というか見えてたら絶対速攻で攻撃仕掛けて来ただろうし大丈夫だと思うが流石に。


『どうもこんにちわ、孤独の魔女の弟子エリスです。久しぶりですね!』


なんて言いながらそのままこの塔に入ればエリスは一撃でドタマをブチ抜かれる。あいつはそういうことする奴なんだから。


「案ずるな、そういうこともあろうかとメグにこれを用意させた」


そう言いながら取り出すのは変装用のウィッグと…メガネ?いやこれ。


「偽装魔力機構!」


エリスがアド・アストラに潜入する時使った奴だ!確かにこれがあれば正体がバレることはないだろう。


……いや、それ使用した本人から言わせてもらうと結構バレますよ。少なくとも二、三人にはバレてましたし。


「これだけじゃ足りません、メルクさんはその軍服脱いでください!別の服に着替えましょう!」


「それを言うならお前もその黒コート脱げ!お前のトレードマークだろそれ!」


「エリスはあの時執事服着てたからいいんですよ!ソニアにはこの服装見せてません!」


「お前がその服着てるのは世界中で有名なんだ!」


「いーからヤバいなら二人とも着替えて来い!メグ!やれ!」


「畏まりましたラグナ様。『時界門』」


そうしてエリス達は瞬く間にメグさんによって二人揃って更衣室に放り込まれ、着替え…もとい変装をすることとなった。そのままの姿ではソニアと顔を合わせた時が怖いしね。


……しかしソニアか、まさかまたあいつと顔を合わせる事になるなんて、…あいつ怖いんだよなぁ。もしまたあいつとやり合わなきゃいけないとなると…ちょっと気が滅入る。


……………………………………………………


「お待ちしておりました、プリシーラ御一行様」


「うん、出迎えご苦労様。レッドグローブからの連絡は来てる?」


「勿論でございます、どうぞこちらに。チクシュルーブ様がお待ちしております」


領主館たる摩天楼ロクス・アモエヌスへと踏み込んだプリシーラ達を出迎えたのは豪華絢爛なロビー。ガラス細工の調度品や大理石の柱と床、そしてこの街を象徴する歯車と金貨の紋章が壁に立てかけられる大広間にて係の人間が待っており、礼儀正しく出迎える。


パナラマのルクスソリス領主館とは天と地ほどの差と言えるほどに違う。資金力も技術力もなにもかも違う。ここまで立派な建物はステラウルブスの白銀塔以来だ。以来だ…とは言ったけど言うほど昔じゃないな、二週間くらい前の話だし。


「ってかさぁ」


すると、弟子達の中でアマルトさんが立ち止まり。チラリとこちらに…エリス達に目を向ける。


「あのさ、マジでその格好で行くのか?」


ため息まじりの声が響く、呆れたような諦めたようなそんな声でジロリとエリス達の格好を揶揄するのだ。


「無論」


「当然です」


「いやでも、…お前らちゃんと鏡見たか?相当バカだぞ」


そう言ってエリスとメルクさんはお互いを見合わせる。


メルクさんの格好はボサボサと跳ねた紫のウィッグを被りグルグルメガネとマスクを装備。ピンクと白の水玉のシャツと黄色と赤のストライプズボンを履いて完全にメルクさん感を抜き切ったクソダサファッション。


エリスは鼻眼鏡を装備し全身を甲冑で覆うと言う客観的に見れば気でも触れたのかと思えるようなファッションでこの場に望んでいる。


うん、なんの問題もないよ。だってこれなら絶対にエリス達の正体に気がつかない。


「これでいいです」


「そうは言うけどよ、一周回って変装臭いぞ。逆に怪しいって」


「それに領主様に会う格好ではないですね」


「いつもの二人の方が…可愛いよ?」


「ネレイドさん、そう言う話じゃないのよ、エリスちゃん達はね?」


みんなには不評なようだがこのくらいしておきたいと言う気持ちの方が大きい。バレたらなにされるかわからないんだよ?みんなはソニアの恐ろしさを知らないからそう言うことが言えるんだよ。


「まぁ、いいじゃないですか。それよりレッドグローブさんが奥で待っているらしいので急ぎましょう」


「ああ、エリス達の格好についてはあれだが。そもそもメイドやシスターの格好したのが混じっているコスプレ一座なんだから今更だろ、あははは」


「ラグナ様!?もしかして私今あの格好と同列に扱われてます!?」


「シスター服そんなにダサい…!?」


「…みんなうるさい、怒られるよ」


なんてプリシーラさんのお叱りの言葉でエリス達の歩みは再び進み始める。まぁ格好のことはいいんだ、今はそれよりこれからチクシュルーブに…ソニアに会うと言うことの方が重要だ。


ソニアは拷問大好きだ、常に拷問する理由を探している。そんな奴の前で不手際を働けばそれだけで死に直結するかもしれない、気を張っていかないと。


「皆さま、こちらになります」


すると係りの人間がエリス達を大広間の奥に招く。そこにはカジノにあったみたいな昇降機が設置されており、エリス達全員を中に入れてもあまりある巨大なそれは全員を中に収めると同時に扉が閉まる。


それと共に係りの人間が昇降機のボタンを操作し…ゴウンゴウンと音を立ててこの摩天楼を駆け上がる。よかった…この高い塔を一から昇っていくのかと思ってた。


「チクシュルーブ様は頂上でお待ちです。それまでチクシュルーブ様の偉業とこれまでの功績のお話をしましょう」


動き出した昇降機の中で係りの人間が虚ろな目で聞いてもいないのに語り出す。多分客人を昇降機に乗せたらこれを言うことになっている決まりなのだろう。まるで朗読でもするような淡々と係りの人間は口を開いていく。


「チクシュルーブ様は三年前宰相レナトゥス様により取り立てられた貴族でした。当然積み上げた歴史もなく西方貴族の激しい反発に遭いながらも彼女はその手一つでこの街…理想街チクシュルーブを作り上げたのです」


三年前…というと丁度ソニアが逢魔ヶ時旅団に連れ出された時と一致する。あまり時間的な間が空いていないことから恐らくデルセクトを離れてからすぐにレナトゥスの元に行ったのだろう。


それからすぐに王貴五芒星に取り立てられてこの街を作った…か。


「理想卿チクシュルーブ様の手腕は他の貴族を圧倒していました。なによりも秀でていたのは商業的なセンス…、ありとあらゆるサービスを考案し夢のような技術の数々で彼女はあっという間に西方の覇者へと上り詰め昨今の繁栄があります」


こういう言い方はあまりしたくないが、ソニアは人としては最低だが為政者としてはまさしく一級の腕を持っていたと言えるだろう。


何せ彼女は幼い頃に親を殺し自らの手で王位を簒奪してからずっとその政権を維持し続けてきた。兵器製造の産業に手を出し同盟内の武器生産を一手に担い軍部にコネを作ると共に軍からの資金の流れをあっという間に形成。


そしてまだスマラグドスやアンスラークスなどの他国が導入に消極的だった蒸気機関をいち早く取り入れ街全体を蒸気機関で覆い稼働させ武器工場の効率化に成功させた。その上数多くの工場を国営で開き市民の働き口を提供、人手と自国通貨の外国流出を防ぎ自国内で景気を完結させた。


お陰でデルセクト同盟内部でクリソベリアの失業率は最小、市民ごとの収益は最大と国全体で不況知らずの状態を作り上げた。そして纏まった金を手に入れてからは金融事業を開きこれも成功させ隣国ホーラックを借金漬けにして事実上の属国化させるまでに至った。


工場を作り市民を働かせ金の流れを作り、武器を作り金を呼び込み、金融で金を支配する。このルーティンを年端もいかない頃から作り上げたのがソニア・アレキサンドライトという人間なんだ。


武器の製作技術も銃の腕も天才的だが、そういう国家運営の面でもソニアはまさしく天才的だった。これで人格も伴っていればデルセクトはカストリア随一の大国になっていただろうな。


「そうして作り上げられた理想街チクシュルーブは万民の幸せの為に日々稼働しています。チクシュルーブ様の永遠なる願い…全ての人間の幸福のために彼女は今日も働いているのです。全ては我等民草のために」


…けどソニアはそんな立派な人間でもないことをエリス達は知っている。表では猫を被りながらもその裏に隠した本性はまさしく獣。


民の幸せなんて考えてもいない、ただ自身の立場を保存するために民を使っているだけなんだ。


「なので皆様もチクシュルーブ様を敬いましょう、敬い尊敬し崇拝し尊び讃えましょう。彼の方を信じれば皆救われるのですから」


「神かなんかかよ」


「ある意味ではそうでしょう、チクシュルーブ様は混沌としたマレウスの救いの神なのです」


言ってのけるか、この人が頭でなにを思って本心ではどう考えているかは分からないが少なくともそれが罷り通るような街であり、領主なのだろう。


「着きました、この先にてチクシュルーブ様がお待ちです。私の案内はここまでですのでどうぞ先へお進みくださいませ」


「ん、ご苦労さん」


ゆっくりと開く昇降機の扉、少しの時間を置いただけでエリス達は労することなくあの高く聳える塔の最上階に来たのか。その辺は魔術による転移と変わらずイマイチ感覚が掴めないがどうやらエリス達は理想卿チクシュルーブが…ソニアが待つ階層へとたどり着けたようだ。


促されるがままに昇降機を降りて廊下に歩み出し、エリス達に一言も述べる事もなく無言で扉を閉めた係りの人間により…エリス達は取り残されることとなる。


「なんていうか薄暗い廊下だね」


「灯りくらい付けろよな」


エリス達が辿り着いた廊下は薄暗く、そして気味の悪い静かな暗黒の回廊だった。脇道はない、ただただ真っ直ぐ続く一本道。


なんの音も聞こえない、先の景色も明瞭には見えない。分からない…とは人の恐怖心を増幅させるものであり、はっきり言えばこの廊下凄く怖い。


「…………」


「大丈夫ですか?メルクさん」


「……ああ」


ふと、メルクさんを見れば顔を青くして震えているのが見える。思えば彼女はソニアをとても恐れていたのだった。


幼い頃、ソニアが自分自身の両親を殺す様を目の前で見せられてから彼女はソニアを恐れて生きてきた。バカみたいな借金地獄を前にしても彼女に従ってしまうくらいには恐れていた。


何が何でもソニアを解放すまいと戦ったのだって…メルクさんがソニアを怖がっているからだ。


そしてその恐怖を共有できるのはきっとこの中ではエリスとだけだと思う。だからエリスはその震える手をしっかりと握る、大丈夫…今はエリスも一緒にいますよ、もし何かあっても前みたいに二人で乗り切りましょう。


「大丈夫ですよ、メルクさん」


「…エリス、ありがとう」


だから安心してください、そうメルクさんの手を掴んで微笑むと彼女も多少緊張が解けたのか、口元を緩めて笑う。エリス達はソニアを倒してるんです、そうやって未来を勝ち得たんです。何かあっても大丈夫、二人ならね。


そんな風に二人で手を繋ぎながらみんなで暗い廊下を歩む。自身の足音がコツコツと響き渡る程に静かなそれをただ一直線に歩く。


数分くらいかな、体感ではもっとした気がするけどしばらく歩いていると見えてくる扉。係りの人間が言っていた扉だろう。


「この先にいるのかね」


「多分な、エリス…もういい」


「はい、分かりました」


扉を前に一瞬ギュッとメルクさんが手を握るとそのまま手を離し、息を整え…見据える、その先を。


「じゃあいいな?みんな」


「ああ、いいぞ」


「問題ありません」


「いつでもいいよ」


そしてラグナは扉を叩き挨拶をすると共に、扉を開く…するとそこには。


「ああ、ようやく来たか」


広がる豪奢な大部屋、暗い廊下とは一変…光り輝くようなリッチな部屋、赤い絨毯と銀細工の壁掛け、黄金の調度品が並ぶ大富豪の部屋ですって看板が立てられそうな、そんな部屋の真ん中でレッドグローブさんがこちらを振り向き安堵した表情を見せる。


と…ともに、その奥に…奴が座っていた。


「あなた達が例の冒険者…」


「諾、そのようで」


(ッ…!ソニア!それにヒルデブランドもいる!)


ソファに座り足を組む仮面の女とそれに付き従う巨体の鉄仮面メイド、理想卿チクシュルーブとその従者がそこに存在している。


そして、そのシルエットはかつてデルセクトで見たものと同じ…。ソニアとその従者ヒルデブランドそのものだった。


あまりの衝撃に動けないエリスとメルクさんと共にレッドグローブさんが『お前らなんでそんな格好してるの?』とばかりに眉を顰めて居る。けどこっちもいろいろ事情があるんです!放っておいてください!


「理想卿チクシュルーブ様、此度のライブツアーへの援助誠に感謝いたします」


するとプリシーラさんが前へ歩み出てチクシュルーブに…ソニアを前に跪く。そんなに前に出たら危ないよ!と言いたいがソニアだってそこまで狂ってない。彼女の態度を見て気を良くしたのかフッと笑うと。


「いえ、構いませんよ。貴方の歌は国王様も大層気に入られています、その歌を我が街の民にも聞かせてあげたいと思ったまで…寧ろ話を受けてくれたプリシーラ様と協会の皆様には感謝しかありませんよ」


まるで慈母のように語るその姿もまた覚えがある。ソニアは普段は猫をかぶって居るんだ…、優しいフリして近づいて、一度相手の首を掴んだら離さないのがソニア・アレキサンドライトなんだ。


「しかし、聞いたところによればプリシーラ様は今悪賊にその身を狙われて居るとのこと。今そうして冒険者の皆様方に守られているとはいえさぞ不安でしょう」


「いえ、みんな頼りになる人たちばかりなので」


「そうですか、それは良かった。ですが此度のライブについてはご安心を…私が手塩にかけて育てた私兵団にて貴方達を守りますので。我が私兵団の軍事力はマレウス随一…賊が来ようとも我が愛すべき街の人々やプリシーラ様には指一本触れさせませんとも」


「感謝します、チクシュルーブ様」


とはいうが、エリス達はソニアを疑って居る。それはソニアがソニアだからではなく悪魔の見えざる手がの依頼主があのマンチニール大臣ではないかとの疑いがあるから。


マンチニール大臣もチクシュルーブも同じレナトゥスの派閥に加わる者同士という接点がある。ならこの二人が結託してプリシーラさんを陥れようとして居る可能性も決して否めない。


信頼出来るかと言えば微妙なところだ。


「ああそうだ、お母様の件ですが」


「へ?」


え?お母様?マンチニールさんの話するの?え今?普通関与を疑われたくないなら話さないんじゃ…。


「マンチニール大臣も今この街に来られているそうですよ」


「え!?お母様が!?」


「ええ、まぁ仕事の話でこちらに来られたようですが…、暫く会えていないなら顔を見せてみては?」


しかもマンチニール大臣もこの街に!?態々来てるの!?


…なんかおかしくないか?態々依頼主たるマンチニールがこの街に来て何をするんだ?攫われるところを見に来たのか?それとも受け渡しを円滑にするために現場に来てるの?だとしても結託してるチクシュルーブがそれエリス達に伝える意図が見えない。


もしかして…ソニアは今回の一件に無関係?そんなことあるか?


「お、お母様が…この街に…?」


「はい、彼女が居るのはこのビルの裏手の白銀の屋敷の…」


「その必要はありませんわ、理想卿殿」


ピシャリ!と声が響き渡る。静止したのは誰か?少なくともエリス達じゃない…エリス達の後ろ、エリス達に続いてこの部屋に入ってきた新たな客人がチクシュルーブの声を遮ったのだ。


目の前のソニアに集中し過ぎて背後を取られてることに気がつかなかったが、振り返ってみれば確かにそこには一人の女性が立っていた。


真紅の髪と鋭い眼光は誰にもたれることもなく生きてきた強さを感じる。ドレスではなくスーツを着込む麗人とも呼べる彼女の顔にはやや皺が刻まれて居るものの、それを老いと見る者は恐らくいないと確信出来るほどに彼女はある種の自信と自覚に満ちて居る。


何より…あの顔、プリシーラさんに似て居る気が。


「お母様……!」


「え?じゃあこの人が…」


お母様…つまりエリス達の背後に立ち、足を開き手を後ろに回す姿勢で直立する彼女こそが。


マレウス財務大臣にしてプリシーラさんの母親…マンチニール・エストレージャその人…ということになる。


いかにもキツそうな顔をしたマンチニールはギロリと鋭い視線でプリシーラを睨むと。


「母?…私に娘などいません」


「え…?」


「高貴なるエストレージャの血を引く者は代々その高い責任感と使命感を買われ、ネビュラマキュラ王家様よりこの国の金庫番を任されし誇りある一族。自らの使命や家の名を背負いながらも外に逃げ出すような娘など、存在しません」


「ッ…!」


居ないと…言い切った、自分に娘はいないと娘を前にして言い切った。そりゃプリシーラさんだってマンチニールのことは嫌いだしエストレージャの役目だの使命だのに辟易していたのは事実だろう。


けど、実の親に面と向かって拒絶されるなんて体験をして…平気でいられる人間なんかいやしない。事実としてプリシーラさんはその言葉にあからさまに衝撃を受けたように唇を震わせる。


「な、何よ…今更。あんなに私を引き止めておいて、今更居ない?存在しない?ほんとに冷たいのね…貴方は」


「事実です、やはり貴方はマレウスの財務を守護するには不足です」


「やはりってなによ…!第一アンタ!冒険者協会に掛け合って私の事今も束縛してるじゃない!」


「なんのことやら、虚言も大概にしなさい。冒険者がこの国の財務大臣を嘘偽りで糾弾しようと言うのですか?」


「事実でしょ!それに私は知ってるんだからね!あんたが私を…!」


「待てって!待て待てプリシーラ!落ち着けって!」


今にも殴りかかりそうなプリシーラさんを羽交い締めにして止めるアマルトさんのファインプレーにより加熱した一旦場の空気はクールダウンするものの、今度は逆に絶対零度の如く冷え冷えとした空気が漂う。


まるで部屋の中に氷の塊でもおいて居るかのような冷気に似た何かが充満する。何処から?決まってる。


「………………」


ソニアだ、自分の家で自分を差し置いて自分の目の前で赤の他人が急に喧嘩始めれば誰だって機嫌の一つも悪くなる。


腕を組み、指先でトントンと叩き、爪先で貧乏揺すりをして、『私は今とても苛立っています』と言いたげに下唇を尖らせこちらを見ている。アマルトさんが止めたのはそれをいち早く察知したからだ、このまま続けていれば何を言いだしたかわかったもんじゃない。


「…申し訳ありませんチクシュルーブ殿。お見苦しいものをお見せしました」


「いえ、良いのですよ。しかし娘さんとの喧嘩も程々に」


「これはもう私の娘ではありません、…アイドル冒険者などと。珍妙な格好をして練り歩くなどチンドン屋の間違いでは?」


もしかしてエリスとメルクさんの事見て言ってる?いやいやこれはねぇ!止むに止まれぬ事情がねぇ!あってねぇ!


「…数日後にライブ…でしたか?そんな催し物を開くようですが、聞けば貴方は何やらその身を狙われている様子で、それなのにこのような場所に赴いて大丈夫なのですか?」


「……アンタ…!」


まるでそれは挑発のようだった、狙われているんだろう?と…その狙っている組織を雇っている癖をしてマンチニールはクスリと笑うと踵を返し。


「もう貴方は私の娘ではありません、エストレージャの面汚したる貴方の存在を私は容認していません。ですが…気をつけて、後から何かあっても知りませんから」


「……!!」


「では、貴方の好きな歌とやらを歌って生きていければいいですね、フフフ」


フリフリと手を振ってマンチニールは来た道を戻って帰っていく。…帰ってった、何しに来たんだあの人。


「何あれ…めちゃ余裕って感じ」


余裕たっぷりで嬉々として帰っていくマンチニールの背中を見てデティは唇を尖らせる。まぁ実際余裕だろう、悪魔の見えざる手を雇っているのはマンチニールだがそれを立証する証拠は何もない、奴を捕まえて『お前犯罪組織雇ったろ!憲兵に突き出したるわ!』と言っても何にもなりゃしない。


彼女が何故この街に来て、何故ここで顔を出したのかはよく分からないが…それはある意味余裕の現れなのかもしれない。プリシーラがどれだけもがこうともお前は私の掌の上だと公言するような仕草、相当性格悪いなあいつ。


「………………」


「ん?どうしました?アマルトさん」


「……いや」


ふと、アマルトさんが立ち去るマンチニールの背中を眺めているのが見えて──。


「ところで貴方」


「え?」


マンチニールが立ち去り、張り詰めていた空気が緩和したかと思った瞬間…ふと、声をかけられそちらに視線を向けると。


目の前に、チクシュルーブの顔があった。


「ヒェッ!?」


「それにしても随分変わった格好をしているんですね、マンチニール大臣ではありませんがまるでチンドン屋のような格好…貴方も冒険者なのですか?」


「あ、いや…」


見られている、いつのまにかエリスに歩み寄ってきたチクシュルーブに…ソニアに見られている。え?嘘…バレてる?こんなに厳重に変装したのに?


「そっちの貴方も、見えないかもしれませんけどここ領主館ですよ?それをサーカスの見世物みたいな格好をして…もしかして私、ナメられてます?」


「い、いや…そう言うわけでは」


そしてその注目はメルクさんにも飛び火する。『ほら言ったじゃん』とばかりにアマルトさんがため息を吐く。


仮面の奥でソニアの糸目が開かれ、エリスとメルクさんを睨みつける。疑っている…怪しいんでいる。まるで目の前にある肉を食うべきか食わないべきか…それを悩む卑しい野良犬のようにエリス達を嗅ぎまわるソニアの視線がエリス達を釘付けにする。


「…貴方、名前は」


ソニアが特に怪しむ素振りを見せるのはメルクさんだ。その目で睨まれたメルクさんはトラウマを思い出したのか…、ドッと冷や汗をかく、名前を聞かれた。ここで名を名乗ればソニアは服の裏側に隠している拳銃を抜くだろう。


だから。


「わ、私…いやわたすはメーブというものダス、ンいやぁこの街はすげぇだなぁ。わたすみてぇな田舎モンにゃあ見たことないものばっがりでびっくらこいちまっただよ。ツクスルーブ様ぁ」


「は……?」


へへへと笑いながら頭をかくメルクさんを見てソニアはポカンと口を開ける。大真面目な顔して問い詰めたら返ってきたのだがこれだ、他の弟子達もソニアも唖然とするほどになりふり構わないメルクさんの演技は場の空気を凍りつかせ…。


「あ、あー…悪いなチクシュルーブ様、こいつマレウスの辺境の出でさ。イマイチ周りとズレてるところがあって目立つかもしれないが腕は立つしいい奴なんだ」


咄嗟にラグナが助け舟を出せばソニアもそれで納得したのか『ふゥん』と軽く鼻で笑うと、懐から何やら一枚の紙を取り出す。


「まぁいいや、それよりお前ら…こいつを知ってるか?」


「へ?…ぃっ!?」


そう言って取り出したのは…似顔絵だ。誰の似顔絵って?


エリスのだよ、デルセクトを訪れた当時の幼いエリスの顔がその紙には書き込まれていた。


「そ、それは?」


「私はこいつを探している、まだ正式に指名手配してるわけじゃねぇが探してる。もし見つけたら私のところに連れてこい、報酬は金貨三千枚…生かして連れてきたらその三倍は払う」


「それはまた、随分気前のいい話で…」


「私はな、こいつに煮え湯を飲まされてるんだ…この私がだ。もし見つけたら絶対に言え?分かったな」


「は、はい」


こいつ…エリスの事探してんのかよ。なんでエリスなの!?貴方事捕まえたのメルクさんですよね!?いやメルクさんは表向きにはステラウルブスにいることになってるから旅人のエリスを探してるのか…。


エリスを捕まえればそのままメルクさんも釣れると考えているから…、こ…怖え!


「分かったよ、見かけたら連絡する。それでライブに関してだが…」


「あ?あー。おほん…ライブは理想街チクシュルーブの一角の楽劇エリアを丸々貸し切って大々的にやります、それまでの過ごし方はそちらにお任せしますのでよろしく」


「ありがとうございます、それでは俺達はこれで」


「ん、では」


ラグナがエリスとメルクさんを庇うよう立ち、ソニアの視線から隠すように間を歩いてくれる。既にソニアはエリス達に興味を失ったのか自らもまた玉座の上へと戻っていく。


なんとかなった…のか?挨拶も終わったし帰っても良さそうだ。


「帰るぞ、みんな」


「は、はい…ありがとうございます、ラグナ」


「助かった…」


「いいって、…でもこの街にいる間はそのメガネ外すな?殊の外あの女ガチだぜ?」


「ああ、そのつもりだ」


「うう、とんでもないことになってしまいました…」


「…あんまりこの街を遊び歩くのは控えた方がいいかもな」


まさかとは思ったが、本当にソニアがこの街にいるなんて。奴はマレウスで何をするつもりなのか…あのソニアが金を稼いで名声を得てチヤホヤされるだけで満足するとは思えない。或いは狙いがあるのはレナトゥスの方か…それとも逢魔ヶ時旅団か。


…見えてこない、未だ事態は判然としない。


それでも一つ言えることがあるのだとするなら。今エリスが直面している謎はエリスが今まで経験したなによりも複雑で奥深いところにまで至っているということだけ。


レナトゥス…ソニア…マレウス・マレフィカルム…マンチニール…、分からないことがだらけだ。


……………………………………………………


昇降機が閉じる音がする、恐らく客人が帰ったのだろう。先程この部屋を訪れたレッドグローブとプリシーラ…そして八人の冒険者達。ああ後マンチニールもか、あまり部屋を尋ねられるのが好きではない身からすると此度の来訪はなんとも気分が悪い。


「はぁ、クソウザってぇ…」


玉座の上で仮面を外し、蒸し暑いとばかりに理想卿チクシュルーブは…否、ソニアは嘆息する。今日はもう来訪は締め切って…趣味に没頭するとしよう。


いや、その前に一つ気になることがある。


「ヒルデ…」


「是、どうされましたか?お嬢様」


チラリと視線を向けるのはソニアに付き従う従者兼護衛のヒルデブランド。それが大きな体をゆっくりと折り曲げ礼をし、ソニアの顔に耳を寄せる。


ソニアの視線は今もなお閉じられた扉の向こうにある。気になるのは先程の来訪者の中の一人…いや二人か。


「お前はどう思った、あのメーブとか名乗った奇天烈女の事」


「答、ただの変質者かと」


「…そうだよな、ただのキチガイか」


「問、何か気になることでも?」


「いや…」


あのメーブとかいう女、見てくれはバカだし口を開けばもっとバカだった。ソニアはバカが嫌いだ、その手の手合いと絡むのは時間の無駄だと考えている。故にああいうのとはいつも距離を置いているんだが。


…メーブを前にした時、ソニアの背中が冷えたのを感じた。まるで何かに脅かされるみたいな…、天敵を前にしたような、底冷えする感覚。


その感覚に名をつけるならば『恐怖』、ソニアはメーブを前にして恐怖した。理由は分からない、頭のおかしい奴が目の前に現れて単純にビックリしただけかもしれない…けど。


(この感覚は以前も味わった事がある、あれは…)


そうだ、あれは…まだガキだった頃のメルクをはじめて目にした時、味わった感覚によく似ている。


あの私を糾弾するような目、私という悪を燃やし尽くさんとする正義の目、私を容認しないという確たる意思。それを前に…私は恐怖したんだ。


『ソニア…お前は、お前という悪は生まれながらにして常に正義に怯えていたんだな』


…あの日、クリソベリアでの決戦でメルクが語った言葉。悪を滅ぼすために存在する正義…悪は私、メルクは正義、つまりメルクとは私を滅する存在なのだ。


それ無意識で悟った私は奴を虐め抜いた、初めてだよ…何かを虐めていて楽しくなかったのは。


その時と似た感覚を今味わっている。つまりメーブはメルク同様私に破滅を齎す存在ということか?


……或いは、メーブこそが……。


「気に入らねえな、アイツ」


「成、始末しますか?奴等を」


「やめろ、今の私は王じゃねぇ。あんまり好き勝手やるとレナトゥスにどやされる。それに…」



「それに、今お前にゃ別にやることがある。だろう?スポンサー様よォ」


「ッ!?」


まるでソニアの言葉を代弁するように卑しい口が開く。誰が言った?右を見るも左を見るも誰もいない、奥の扉は開いていないし唯一の入り口たる昇降機が動いた気配もない。


なら何処に…。


「慌てるなよ、ここだ」


「ッ…!テメェオウマ!勝手に入るなつってんだろ!」


そいつはソニアの真上にいた、玉座の縁に足をかけ座っている人相の悪い傭兵。病的なまでに白い肌と黒く染まった目元…そしてサメのような牙を持った男がいつの間にやらこの部屋に入り込みヘラヘラと笑っているんだ。


名をオウマ、ソニアをあの砦から連れ出した張本人にして世界最強の傭兵団逢魔ヶ時旅団の旅団長…そいつが、いきなり現れたのだからソニアも驚き服の裏の銃を取り出し向ける。


しかしそんな拳銃怖くもないとばかりにオウマはニタリと笑う。


「やめとけ、それで俺は殺せねえよ」


「テメェ、いつの間に入り込んでやがった!」


「今さっきだよ、俺の魔術知ってるだろ?」


「ぐっ…!」


そうだ、こいつは元々帝国の軍人だったのだ。それも皇帝が自ら作り上げた現代魔術である特記魔術を使う特記組出身の軍人。


つまりこいつは空間と時間を操る皇帝カノープスの力の一部を継承しているという事。その力の凄まじさはソニアも目にしている。故に分かる…こいつは本物の化け物だと。


こんな拳銃一丁じゃ相手に出来ねえ。


「慌てんなって、進捗聞きに来ただけだよ、後活動資金の催促をな」


「はあ?この間山程金貨やったばっかりだろうが」


「使っちまった、ぜーんぶな」


「ケッ、ゴミカス金銭感覚野郎がボケ吐かしてんじゃねぇよキンタマ引っこ抜くぞ。金ならまた用意しておく、勝手に持ってけや」


「サンキュー!お前がスポンサーに着いてからウチは金に困った試しがねぇ!やっぱお前を仲間にして正解だったぜ」


ソニアは逢魔ヶ時旅団のスポンサーとして彼らを支えている、理想街チクシュルーブはそのためのシステムとも言える。


娯楽という霧で街を覆い、メダルという仮想通貨で金銭感覚を狂わせ、巧みに金を落とさせその上で破産させる。そうやって手に入れた小銭をオウマに渡しているに過ぎない。本命の銃火器産業が軌道に乗ればさらに莫大な額の金が転がり込んでくることになるのだからそんな足元の銭拾うような真似はしなくてもいい。


それにソニアの腕をもってすればこのマレウス市場で稼ぐのなんざ容易い。魔女大国に大きく劣る技術力と纏まりのない国勢、そしてメルクのマーキュリーズ・ギルドが一切介入していない唯一の市場にして…国王がアレだ。


チクシュルーブと名乗り始めてから半年でこの国の市場を支配したソニアにとって金なんてのは蛇口を捻れば湧いて出る水と同じだ。そいつを代価に世界一の傭兵から自由を保証されるなら安いモンだ。


「金貰ったならとっとと帰れ、今日は客ばっかで応対に飽きた。店仕舞いだ」


「へぇ、珍しく客が来たのか?誰だ?」


「マンチニールとプリシーラ、及びその護衛」


「マンチニール?…それとプリシーラ?あのアイドル冒険者の?もう到着したのか」


「あ?お前プリシーラ知ってんのか?」


ふと、珍しくなってオウマを見上げる。この浮世離れした怪物みたいなやつがアイドルファンなんて俗物の権化みたいな趣味を持ってるとは思えなかったからだ。


「知ってるだろそりゃあよぉ、プリシーラって言えば今絶賛イケイケのアイドルだろ?マレウスに住んでて名前知らない奴なんかいねえよ」


「ハッ、案外お前も人間っぽいところがあんだな。なんなら私の特権で特等席用意してやろうか?特別に握手券もつけてやるよ」


「いらねーよ、キョーミねぇー。あ!でもサインは貰っといてくれや、手下にファンがいるんだ、そいつに自慢してぇから」


グヒヒと笑うオウマに気味の悪さを感じつつ…一つ、ソニアは気になる点を見つけ眉を顰める。こいつ…なんでも知らないのか?と。


「おいオウマ」


「なんだよ」


「プリシーラは今悪魔の見えざる手…という組織に狙われているそうだ。お陰でライブも厳戒態勢だ」


「へぇ、それの相手をしろって?別にいいぜ?お前ならタダで依頼受けてやる、安心しろよ一日もありゃ皆殺しに出来る」


「違う、悪魔の見えざる手は元マレウス・マレフィカルムの組織だと聞いた。お前らと同じ組織だろ?今回の一件はマレウス・マレフィカルムは関係ないのか?」


ソニアだってバカではない。プリシーラが狙われていると聞けばその相手の顔くらいは調べる。その過程で出てきたのが悪魔の見えざる手と言う名の組織、更に調べればそいつらは元マレウス・マレフィカルムの八大同盟の一角だったとも聞く。


それ以上の詳しいことは何も分からなかったが、奴等はマレフィカルムなのだ。なのにオウマは何も知らないのか?


そう聞けばオウマは再びヘラヘラ笑い。


「関係ねえな、だって元だろ?マレフィカルムにゃ外部の組織とは絶対に手を結ばないって鉄の掟があんのよ。手を結ぶんならマレフィカルム内部で…ってな、だからもう機関を抜けた連中と俺たちはつるまねぇよ」


「じゃあ連中はマレフィカルム関係なく動いてると?」


「当たり前だろ、寧ろ…守れ」


「守れ?…どういう意味だ」


「そういう意味だよ、プリシーラを悪魔の見えざる手に渡すのはちょっとまずい。まぁ誰かは知らねえけどプリシーラにはケイト・バルベーロウが付けた護衛がついてるからお前が何かする必要はねえかもな」


不可解だ、いや不愉快だ。このバカが知ってて私が知らない事情があることが気に入らない。何故オウマか。プリシーラを守ろうとする、何故プリシーラが悪魔の見えざる手に渡るのがオウマの不都合に繋がる。


…いや、これ以上変に詮索するのはやめておこう。オウマは昔私と組んでたヘットとは次元が違う悪党だ、こいつがバックに抱えてる物は私の想像を遥かに絶する程に根深く広大だ、それを敵に回すのはマズイ。


「ただし、身辺警護は護衛の冒険者に任せるとしてだ…お前には別の方向で動いてもらいたい」


「あ?なんで私なんだよ自分でやれ」


「いいやお前の方が早い、護衛の冒険者が守りだとするならお前は攻めだ。悪魔の見えざる手を動かしてる黒幕が…依頼主が必ず何処かにいる。それを見つけて殺せ、そういうのはお前の専売特許だろ」


「依頼主?貴族か?それとも何処ぞの富豪か?」


「貴族ってことは分かってる、其奴が依頼をしていることだけは掴んでるが誰かは知らねえ」


「クソ役に立たねぇ奴だな、私は探偵じゃねぇんだよ。けど…まぁ分かったよ、けどその依頼主とやらは私がどういう風に料理してもいいんだよなぁ?」


「そこは任せる、お前がやりゃあ生きてるってことはねぇだろ、ヒャハハ」


「そうかい、なら任せな」


深く深く玉座に腰を下ろす、何がどうなってるやら分からないが大事なパートナーの頼みだ。


しかし、…いきなり持ち込まれた話と思ってはいたが。なかなかどうして面白そうな裏事情がありそうじゃないか。


アイドル冒険者か…胡乱で面倒な存在だと興味もなかったが、もう少し考えを変えてみるか。


…………………………………………………………


「いやぁ、緊張したねぇ!」


「いろんな意味でな!」


それからエリス達はみんな揃って街の外まで出て馬車へと戻ってきた、途中でレッドグローブさんとは別れ、今日は一旦解散…と言えことになった。レッドグローブさん的には街でホテルを取ってくれると言っていたがエリス達的には馬車もあるし何よりソニアの街に宿泊するのは怖いので引き続き馬車で寝泊まりすることとなった。


一日遊んだ上にあの緊張の場面、もうエリスはヘトヘトですよ…腰をかけたソファに泥のように張り付いてもう立ち上がれそうにありません。


「しかし、まさかマジでこの街の領主がメルクさんと因縁のあるソニア・アレキサンドライトだったとはな」


「あの仮面の人が昔メルクさんに嫌がらせしてたって人ですか?なんかずっと僕達を見て怒るのと笑うのを我慢してました。情緒不安定なんですかね」


「何にしても厄介なのに目ェ付けられてるよ、俺達さ」


メルクさんからソニアの話を聞いたみんなはまぁ何ともはや…という感じだ。今のところソニアは敵ではないが味方でもないと言った立ち位置だろう、まぁ敵側に傾いてはいますがね。


「ああ…正体がバレたら速攻で何かしらのアクションを取ってくるだろうな、エリスの事も指名手配するみたいな事を言っていたし…、本当に正体がバレてないんだよな、なぁ?デティ?」


「ムグムグ…ん?何?」


「お前聞いてなかったのか…っていうか何食べてるんだ?」


ふと、ソニアの本心を知るためにデティへと声をかける、彼女ならソニアがエリス達の正体に気がついていたかどうかを知ることが出来るだろう。…が、当のデティは本気に何やら箱に手を突っ込みモゴモゴと食べているのだ。


この状況で?というより何を…。


「あ、これ?これね。さっきロクス・アモエヌスを出るとき受付の人に貰ったの。理想街の名産品なんだって、名前はえっと…バレットチョコ!」


「じゅ…銃弾型のチョコか、こんなものまで作ってるとは」


「理想街は富と武力の街。内部には多数のカジノと金融を有する『富』、外部には数多の銃火器を販売する『武力』、その双方の顔を持ち合わせているらしくそのチョコは武力を誇示する一環だとか。ちなみにカジノにはメダル風チョコが売ってましたよ、さっき確認しました」


何処から持ってきたのか理想街のパンフレットを開きながら楽しそうに語るメグさん曰く、やはりこの街でもソニアは銃を作っているらしい。でも不思議だな、クリソベリアには多数の銃工場があったのにこの街にはそんなものある気配がない。


…まさか地下に債務者を強制労働させるための地下工場があるとか言わないよな。…ある気がしてきたぞ。というか絶対あるな、これ。


「あと、ソニアが気がついてるかどうかって線はなさそうかも。怪しむような所はあったけどそれはメルクさんの格好が変だったからだよ」


「そ、そうか。ならばいい」


「ってかチビ助!テメェ晩飯前に腹に溜まるもん食うんじゃねぇ!これは没収!」


「あー!アマルトのケチー!チョコは鮮度が命なんだよー!」


「お前の魔術で凍らせとけ」


「ぶー!ぶー!」


ともあれソニアはエリス達の正体に気がついてはいない。ならばそれはいい、正体に気がつかない限りソニアの側から干渉はないと見ていい、だったら奴の脅威度は下げてもいいだろう。


問題は悪魔の見えざる手とそれを雇うマンチニールだ。悪魔の見えざる手は撤退すると言っていたし、この街にマンチニールが来たのも不可解だ。


「というかさ」


「ん?なんですか?」


ふと、声を上げるのはプリシーラさんだ。おずおずと手を挙げ…質問がありますと言った様子。なんだろうか、エリスとしてもプリシーラさんに聞きたいことがあるんだけど。


「いや、ずっとね?ずーっと思ってたんだけどさ。エリスさん達って本当に何者なの?絶対普通の冒険者じゃないよね」


「ん?なんでです?エリス達は普通の冒険者ですけど」


「いや!いやいや!絶大ないでしょそれ!だってあの理想卿チクシュルーブの謎に包まれてた正体も一瞬で看破したし!それがデルセクトの元大王族の一人?その上そいつと面識があって剰え恨まれてるって…普通の人じゃないよね!?」


「普通の人ですよ」


「今更その言い訳は無理くない!?も…もしかしてさ、メルクさんってデルセクトの同盟首長のメルクリウス様とかだったりする?デティさんも…確か魔術導皇ってデティフローアって名前だよね。アルクカースの王様の名前は知らないけど確かラグナ的な感じの名前だった気が…」


流石にバレるよな、ここ最近はプリシーラさんが何も言わないのをいいことにエリス達もあんまり隠してなかったしな。うーん、だとしても正直に言うわけにもいかないし…何よりここで実は魔女大国の人間ですなんて言ったらまたプリシーラさんに嫌われて…。


「もしみんなが魔女大国の偉い人なら!私をエトワールに連れて行って!」


「へ?エトワール…?」


そこで返ってきたのは嫌悪の言葉ではなく希望の言葉。エトワールに連れて行って欲しい…と言う願いだった。


そういえば彼女の親衛隊が言っていたな。プリシーラさんは昔エトワールに行くのが夢だったって…あれまだ諦めてなかったのか。


エリス達は静かに顔を見合わせる、どうしようかな…と。そんな中メルクさんが静かに口を開き。


「それは、亡命したい…と言うことか?」


「…うん、さっきのお母様の反応見たでしょ。こんなところにまで顔を出して私を逃がさないつもりなんだ…その上対話だって出来ないし。このままじゃいつか私の歌はお母様に破壊される!その前に私…エトワールに行きたいの!」


「ならこの国のファンはどうする。協会にだって恩義があるんだろう」


「それはそうだけど…、魔女大国の偉い人ならなんとかなるし。それに私はこんな国よりももっと大きな…」


「無責任な事を言うな!お前はエストレージャの責任から逃げその上さらに慕ってくれているファンへの責任からも逃げるのか。そんな半端な奴が…海を渡って成功できるわけがないだろう!」


「っ…!」


厳しい言葉だ、けど同時に事実だとも思う。プリシーラさんがここで何もせずにエトワールに行くのは…はっきり言えば逃げだろう。こう言う言い方はあんまり好きじゃないがこれはプリシーラさんの為を思っての事だろう。


だってさ、親が嫌だから外国に行きますって。それは結局彼女がエストレージャの家から逃げたのと一緒じゃないかな。彼女はそれをやってエストレージャに多大な禍根を残し今彼女の首を絞めている、ならまた同じことをすれば同じように禍根を残す。


雪だるま式に増えていった禍根はいつかきっとプリシーラさんの首を絞める、その時は今よりももっと強い力で…。


なら、そうならない為には逃げではなく別の道を選ぶ必要がある…のだが。


「ならメルクさんは私に一生この国で飼い殺しにされろっての!?」


「プリシーラ、まずは逃げるのではなく母との関係に決着をつけるんだ。外国への挑戦はそれからでも遅くない」


「無理よ!見たでしょ!話も聞かない認めもしない、そもそも犯罪者使って私を攫おうとしたり協会に働きかけるような奴と…どうやって和解するの!?」


「和解はせずともいい、だがまた逃げれば君はきっと後悔する。後悔を抱えたままじゃ…君の歌は曇るだろう」


「………………」


「それにな、冷静に考えてみろ。デルセクトの同盟首長や魔術導皇が揃ってこんな所で冒険者なんてやってるわけがないだろ。我々は他よりも偶々多くの事柄を経験しているだけだ、特別なことなんて一つもない」


「そりゃ…そうだけど、今じゃないと…」


メルクさんの叱咤で意気消沈するプリシーラさん。けど納得はしていないのか目を背け小声で何か言ってる。まぁ正論で言い負かしたって相手の意見を変えられることは少ない、ここで彼女に如何に懇々と愛国心や義侠心を説いても意味はないのだろう。


それでも…エリスとしては、プリシーラさんがなにも悩まず歌える未来を得て欲しいと思う。そしてその未来はきっとエトワールにはないんじゃないかな。


「悪い、出過ぎた事を言った」


「……ううん、私も…ごめんなさい」


「…………」


「…………」


うーん、空気最悪。メルクさんもやっぱり少しカリカリしてみたいだし…ここは。


「よし!それじゃあご飯食べましょうか。明日から数日はフリーみたいですしプリシーラさんのライブツアーのラストを色鮮やかに飾れるよう今から気合入れてきましょー!というわけでアマルトさんとびきり美味しいご飯をお願いしまーす!」


「いつも出してんじゃん、とびきり美味しいの。まぁいいや、オラお前らもいつまでも引きずってないでダイニングで食器の準備!ハイハイ!行く行く!ハイハイ!」


こういう時は話の腰をへし折るに限る。それを理解してくれたのかアマルトさんもまた手を叩いてみんなをダイニングに押し込んでいく。


プリシーラさんやメルクさんも美味しいご飯食べればちょっとは明るくなるでしょう。


「ふぅ、なぁエリス」


「ん?どうしました?」


ふと、みんなをダイニングに押し込みアマルトさんの二人っきりになったタイミングで、アマルトさんがなにやら神妙な面持ちで首を傾げているのだ。まだなんかあるのか…?


「いや、お前マンチニール大臣の事どう思った?」


「マンチニール大臣…ですか?」


「うん、お前だから聞くんだけど」


どう…と言われましても。


「特になんとも、でも悪魔の見えざる手の依頼人なら悪い人なんでしょうか」


「曖昧だな…」


「しょうがないですよ、ちょっとしか話をしてませんし」


「まぁそっか、悪いな答えづらいこと聞いて」


「別にいいんですけど、どうかしました?」


「んーいやぁ、なんか…気になるんだよなぁ、マンチニール大臣の物言いが」


「気になる?何か変な事を言ってました?」


「言っていた…というより、言ってなかった…というか、俺もよくわかってないんだなこれが」


「アマルトさんこそ曖昧じゃないですか」


「そーなんだけどねー、さーて!もう飯は作ってあるし食べますかー、今日の晩ご飯は俺の好物で得意料理の超絶特盛ボロネーゼ!業者みたいにたくさん作ったからいっぱい食べてくれよなー。あ、デザートにシャーベットも作っているからよろしく」


そう言いながら誤魔化すようにダイニングへと向かうアマルトさんの背中を見て、エリスも少し考えてみる。


本当に、今見えているものが正しいのかを…。

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