377.魔女の弟子と絶対賭博伝アマルト
「何やってんだ俺は」
レッドグローブさんと別れたステュクスは、姉であるエリスが怖いという理由から彼の依頼を断り大慌てで街を離れる…予定だったのだが。
『悪いカリナ、お前達はパナラマに先に向かっておいてくれ。後から俺も追いかけるからさ』
そう言って仲間達を先に隣町のパナラマに向かわせステュクスだけがこの街に残り続けていた。パナラマならここより物価も安いし仕事もありそうだし何より安全だからだ。
だがそれならなんで俺はここに残り続けているのか?遊ぶため?そんなわけない…いや、遊んでるのも一緒か。
レッドグローブさんの事が気になっているのに…あれから声もかけられずに呆然と数日過ごしていたからだ。もうこの街には姉貴達が来てるかもしれないのに…俺はただただ答えも出せないまま今もこうして理想街に留まり続けている。
…レッドグローブさん、あの人を放っておけない。かといってじゃあ俺に何が出来るってわけでもない、でも何かしたい。じゃあ何をすればいい?そんな考えがグルグルと頭を回転する。
「はぁ、ほんとに…みんなに迷惑かけて何やってんだ俺は」
俺の頭はごちゃごちゃだ。母さんを地獄に追い込んだ悪魔の見えざる手、その元リーダーのレッドグローブさん、そしてこの街に来て俺の命を狙ってる姉貴。全部俺に関係する物ばかりなのに俺はそれから逃げるわけでも逃げないわけでもなくただただ漠然と彷徨っている。
…って言うか、俺はそもそも何がしたいんだ。
物価の高いこの街に滞在し続けたせいで俺個人のへそくりももう底を尽き掛けている。故にその路銀確保にカジノ『アルカディア』に立ち寄っているわけだが…これじゃあ遊んでるのと変わらねえよな。
「はぁ…」
「お客様?先程からお客様は随分勝っている様子で、今の勢いのままノーブル…」
「ああいいよそういうの、ケッコーです」
幸いカジノでは普通に勝てたので数日分の旅費くらいは稼げたが…こっから俺はどうすんだ?いつまでもグダグダして姉貴と鉢合わせたらそれこそバカだよ。
じゃあこのまま街を出るか?でも…なんか最後に見たレッドグローブさんの様子。なんかあの人…危ない感じがした。あのまま放っておけば死んでしまうような…そんな感じが。
「はぁ…」
さっきからしつこく声をかけてくるカジノ店員をようやく撃退できた事に一息つき、俺は店を出る前に休憩室に向かう事にした。路銀節約のために宿も取ってないし…ちょっと屋根のあるところで休みたい。
「あ、あった。あそこが休憩所…ん?」
ふと、休憩所に近づいたところで気がつく。先客がいた…いや先客がいたことはいい。問題はその格好…。
座っていたのは女だ、こちらに背を向け座る女。その女が着ているのはメイド服なんだよ、あのお屋敷とかで貴族様に仕えてるあのメイドだ。それが休憩所で一息ついていた、否が応でも目立つその光景を前に…俺は今までの悩みを忘れる程に衝撃を受けた。
だって…あの格好は、あの後ろ姿は…。
「トリンキュローさん…」
数年前、ヴェルト師匠と一緒に消えてしまった俺の恩人…トリンキュローさんにそっくりだったから。あの人は年中どこでもメイド服を着てる奇天烈な人だったし、何よりあの後ろ姿…見間違えるわけがない、トリンキュローさんだ!
俺が旅に出た理由であるヴェルト師匠の捜索。その最もヒントになるであろう人物…ってか普通にトリンキュローさんのこともずっと探してたんだ!まさかこんなところにいるなんて!
「っ……!」
俺は思わず駆け出してトリンキュローさんとも思われる女の背中に手を伸ばす。
久しい再会、ようやく会えた恩人、そのあまりの嬉しさに震える唇を必死に抑えて、俺はなんでもないように声をかける。
「なぁおい、あんた…」
そんな俺の声に反応して、トリンキュローさんはゆっくりと立ち上がりこちらに振り向き…。
「ん?如何されました?」
「え?」
「あ…」
そこでようやく気がつく…別人であった事に。よく見ればトリンキュローさんの紫の髪色よりも少し明るいクリーム色の髪であることに、何より声音がずっと丁寧で鈴の音のように可愛らしくて。
何より、見覚えがあった。トリンキュローさんではなく…別の。
「エリス様の弟さん?」
「姉貴の…仲間…?」
確かこの人、アマデトワールで姉貴と一緒にいたメイドの…。振り向いて俺の顔を見て驚愕するメイドと驚いて動けない俺。
別人?人違い?いやでも異様にトリンキュローさんに似てたような、ってか今はそれどころじゃなくない?だってこの人姉貴の仲間だろ?つまりこの人は…。
アド・アストラの追っ手…。
「ッやべ…!」
「お待ちください!」
咄嗟に反転して逃げようとした瞬間、凄まじい速度で俺の手は握られその場に留められる。早え!?ってか力強!全然振りほどけねぇ!終わった!すぐにここに姉貴が現れて俺殺されるんだ!
「やめてくれ!やめて!俺死にたくない!死にたくないんだよ!」
「違います!落ち着いて!殺しませんから!」
「嘘だ!そう言って姉貴に突き出すんだろ!」
「突き出しません!落ち着いて!危害は加えませんから」
「…ほんとに?信じてもいい?」
落ち着いて、そう語る彼女は一向に俺を張り倒さないし関節も決めてこない。力強く手は握っている物の痛くもない。ってことは本当に俺に何もする気がないのか?いやでもこの人アド・アストラの追っ手で姉貴の仲間だろ。信じていいのか?
「ステュクス・ディスパテル様…ですよね?」
「あー…うん、そうだけど」
「私はメグ・ジャバウォックと申します。少しでいいので私と話しませんか?」
「…なんで?」
「私は、…貴方と貴方のお姉さん。エリス様と仲直りをして欲しいからです」
「えぇ…」
危害を加える気はないみたいだが…まぁまたなんとも無理難題を言うもんだな、この人も。
………………………………………
「あ〜…えっと、そのぉ……」
「緊張しなくても大丈夫ですよステュクス様、もしエリス様が現れてもなんとか誤魔化しますので」
「はは…ありがたいっす」
皆と一旦離れて休憩をしていたところ、いきなり声をかけてきたのは意外も意外…エリス様の弟にして少し前アド・アストラを騒がせた男 ステュクス・ディスパテルだった。
アマデトワールで別れた後この街に来ていたとは。…何というか、彼も運がないというか気が合うというか。
目の前でモジモジと緊張しているステュクスと共に休憩所の椅子に座り彼の顔を見る。やはりこうしてしっかり見ると彼がエリス様の弟であることが分かる。鼻のところとかもうそっくり。
「ってか、やっぱり姉貴もこのカジノにいるんすか?」
「居ますね、今は別れて遊んでいるので何処にいるかまでは分かりませんが」
「じゃあいきなり後ろから現れることもあるんすよね…」
「まぁ彼女は確かに神出鬼没な所はありますが…、大丈夫ですよ」
彼とエリス様は今喧嘩中だ。いや喧嘩なんてレベルじゃないな、エリス様は彼を確実に憎んでいるしステュクス様もエリス様を確実に恐れている。健全な姉弟関係とは言えない。
理由は彼がベオセルク様の息子娘を誘拐したのと、星魔剣ディオスクロアを盗み出しメルク様の立場を危ういものにしたから…と本人は語っているが。どう考えてもそれ以前からエリス様は彼を恨んでいた。まぁエリス様の立場からすればステュクス様は受け入れられるものではないでしょうけども。
それでも、私は彼とエリス様の仲を取り持とうと思っている。だって姉弟が殺し合うなんて絶対に良くないし、何より…お姉ちゃんは大切にしてあげて欲しい。会えなくなってからでは遅いんだから。
「さて、最初にいくつか聞きたいのですが、良いですか?」
「まぁ、答えられる範囲でなら」
「簡単な事ですよ、貴方がヘリカル製鉄所から星魔剣ディオスクロアを盗んだ件です」
「…やっぱりそうですよね」
「ええ、星魔剣はアド・アストラの最高機密であることは分かっていますよね?」
「勿論、厳重に隠されていたのもこれが大切な物ってのも分かってます」
「それを盗み出せば、六王メルクリウスの顔に泥を塗り、確実に狙われると分かっていましたよね」
「…ああ、分かってた。その上で持ち出した」
「盗んだ理由は、なんですか?富のため?名声のため?それともアド・アストラへの恨みから?」
「違う!断じて違う!俺は…ヘリカル製鉄所の社長ジュリアンの暴走を止めるために剣を持ち出したんだ。これが無けりゃアイツは…」
やはりそうだったか…というのが第一の感想。私達冥土大隊も今回の一件について調査をしていた、そして調査の結果 ヘリカル製鉄所を任されているジュリアン・タイガーアイは虚偽の申告をメルクリウス様に行い軍の要請を行い、それを用いてギアール王国へのクーデターを企んでいた。
本人は誤魔化していたが、証拠は揃っているからここは間違いない。だが結果としてそれまで頓挫した、我々が暴き立てるよりも前に計画は潰えていた。
理由は単純、軍の要請理由として用意していた『星魔剣の最終実地試験を行う為に軍の援護が必要です』という言い分が、星魔剣の紛失により使えなくなったからだ。
「やはり貴方はジュリアンの企みに気がついて、それを止める為には動いていたんですね」
「え?…えっと、そうですけど…信じてくれるんですか?」
「最初はただの偶然と思いましたよ。盗人が持ち出したせいで偶然計画が潰れたとね。でも…貴方がエリス様の弟である事と先日のアマデトワールの一幕を見て確信しました。貴方は悪意で盗んだわけじゃない」
「アマデトワールの一件…って俺がボコボコにされたアレっすか?」
「ええ、貴方はエリス様に本当の事を何度も話そうとしていましたし、攫われたというリオス様とクレー様も貴方のことを好いていましたからね。何か誤解が生じているのかと思っておりました。…ああ、あと」
「あと?」
「私の友達のエリス様の弟が、そんな極悪人なわけないな…とね?」
「は…はは、姉貴好かれてんなぁ…」
エリス様は良い人だ、過激で敵に対して容赦がない部分もありある意味では怖い人かもしれない。だが同時にあんな優しい人も中々いないと思う、私はそういう優しさに救われた人間の一人ですからね。
「しかし、…また無茶をしましたね。星魔剣を盗まなくてもやりようはあった気がしますが?」
「あ、あん時はあんまり余裕がなかったんで…」
「そういう変な思い切りの良さもそっくりです…、やはり私としては貴方とエリス様には仲良くして欲しいんですが」
「…今のままじゃ多分無理だな」
「私の方から誤解は解きますが?」
「誤解は理由に過ぎない、原因じゃない。俺と姉貴はもう随分昔から…こんな調子さ」
「仲良くは出来ませんか?」
「…分からねえ、というかあの姉貴と仲良くしてるってヴィジョンが想像出来ないな。俺にとっちゃ怖い人だから…」
うーん、これは根深そうだな。ステュクス様の恐怖とエリス様の憎悪が二人の関係をややこしいものにしている。でも逆説的にこれが無くなれば上手くいくとも言える。
エリス様は敵対者に容赦がないが友好的な人間にはとことん甘い。プリシーラさんなんかいい例だ、出会ったばかりの彼女にどれだけ辛く当たられてもエリス様の中でプリシーラ様は『敵』ではなかったから攻撃的にはならなかった。
エリス様の中の『敵と味方』の線引きの中からステュクス様をスライドさせれば、二人の関係修復の一助になれると思うんだが。
(難しいなぁ…)
同時に思う、かなり難しい…と。エリス様が一度敵として認定した人間を味方として受け入れる例は殆ど存在しない、私やアマルト様も敵対してはいたがエリス様の中で明確に敵認定されていなかったからこうして今は上手くやっていけている。
だが代わりにヘットのような一度完全に敵対した存在にはどれだけ親切にされ助けられても最後まで味方として認めなかった。
彼女の凄まじい記憶力は一度確定した関係性を水に流すということが出来ないんだ。エリス様の認識を変えるのはかなり難しい。
エリス様が敵対者として認定しながら、今はその存在を友好的に認めている存在なんて…それこそ一人か二人しか思い当たらない。
「…なぁ、その…提案は嬉しいんだけどさ。無理しなくてもいいぜ?俺としてはアド・アストラからの指名手配だけでも解いてくれればありがたいし」
「既に指名手配は差し止めてありますよ、最初から刺客なんて派遣していません」
「え?そうなの?」
「ええ、あまりアド・アストラをナメないでください。組織にも所属していない人間一匹…アド・アストラが本気で敵対したと認めたならば一ヶ月も生存させているわけがないでしょう」
「そ、それもそっか…ん?だったら何であんたらマレウスに居るんだ?あんたらアド・アストラの人間だろ?俺を追ってきたんじゃ…」
「そちらはまた別件でございますのでご安心を」
「の割にゃ行く先々で会うけど…」
「偶然か…或いは運命というやつでございますね」
「死神にでも好かれてんのかよ俺は。けどもよかったぁ〜、アド・アストラに狙われてないなら安心して羽を伸ばせるよ」
「いえ、油断しないでください?アド・アストラは確かに貴方を狙ってませんがエリス様は違います」
「へ?姉貴はアド・アストラの人間だろ?だったら狙うなって言えば…」
「あの人に首輪を嵌められるならとっくにしてます、エリス様はアド・アストラの六王でさえ制御出来ません。彼女が本気で貴方を殺すと言い出したら…悪いですが私達では止めようがありません」
それこそラグナ様くらいじゃないと止められない。いや一度目標を定めそこに進むことを決めたエリス様はもしかしたらラグナ様でも止められないかもしれない。彼女の決死の行進は如何なる存在さえも蹴散らしてきた、時には自分よりもずっと強い奴さえもぶっ潰して進んでディオスクロア文明圏一周なんて偉業を成し遂げたんだ。
だからもし何処かでエリス様の怒りと憎悪が限界点に到達しステュクス様を殺害することを決めてしまったら、止められない。
ある意味アド・アストラ全軍に追い回されるよりも怖いかもしれませんね。
「彼女は既に魔女大国最高戦力級の実力を持ってます、下手をすれば人類最強たる将軍とも渡り合えるでしょう、そんな彼女に狙われている事を自覚してください」
「あ…はい、じゃあやっぱその…関係修復の方でお願いしても。めちゃ怖いんで」
「畏まりました、お任せを」
「それでその…具体的には何を?」
「寝ているエリス様の耳元でステュクス様の名前を連呼して深層心理に仲直りしたいという感情を植えつけます」
「…うまくいくんすかそれ」
「まぁそれ以外にも色々と動いてみますのでご安心を、それまで貴方は出来るだけエリス様に見つからないようにお願いしますね」
「分かりました、まぁでももう少しこの街に滞在する予定なんで…街中は歩かないようにしときますね」
「お願いします、それでは」
立ち上がる、ステュクス様の話は聞けた。彼はエリス様を怖がってはいるがエリス様を憎んではいない、ならエリス様の方を何とかすればこの関係は修復出来る。
それに、やはり彼がエリス様の弟であることも確認できた。やっぱり悪意で星魔剣は盗んでいなかったんだ。
「……?なんすか?俺の顔ジロジロみて」
「いえ、やっぱりエリス様の顔に似てるなぁと思っていただけです」
「そ、そうっすか…、あ!えっとこの星魔剣ってどうしたら」
「そのままお持ちください、私が持ち帰るわけにも行きませんしね。また後日メルクリウス様にお伺いを立て正式な沙汰を考えますので」
正直、星魔剣が今この場で発生させる脅威なんて魔女排斥側に奪われ鹵獲される事くらいだが、鹵獲されたってその技術の流用には数十年規模でかかるだろう。
それ以上に恐ろしかった星魔城オフュークスももうこの世にはない。エリス様はシリウスの血を脅威として捕らえるだろうが、それも高が知れている。
ならばこのまま持たせても構わないだろう、私が下手に持ち帰ってもエリス様から『ステュクスに会ったんですか!?奴は今どこにいるんですか!』って聞かれて面倒なことになりかねないしね。
「分かったよ、じゃあ俺はこれで…」
「ええ、お気をつけて…」
そう言って立ち上がりその場を後にしようとするステュクス様を見て、ふと…気になったことがあるのを思い出す。そもそもの話だが…。
「あの、その前に一ついいですか?」
「ん?なんすか?」
「何故、私に声をかけたんですか?」
そもそも彼は何故私に声をかけたんだ?反応を見るに顔を見て私であることに気がついて…それから逃げようとした。つまり私を私と認識していないにもかかわらず声をかけてきたんだ。
そこが、ちょっとだけ気になった。
「ナンパですか?」
「違いますよ!…えっと、あー…」
と、ステュクスは考え込む。彼が声をかけた理由などメグは知る故もない…なんせこれはただの人違いなのだから。
「人違いっすよ、知り合いに似てる気がしたので」
「知り合いに?」
「はい、俺その人のこと探してるんすよ」
その時ステュクスの脳裏に一つの考えが浮かぶ。ステュクスが探しているのはトリンキュローと師匠であるヴェルトだ。メグに話しかけたのだってトリンキュローに後ろ姿が似ていたからという単純極まりない理由。
今まではこの身一つで二人を探していたけど。…アド・アストラが敵ではないと分かった今、メルクリウスにも意見出来る彼女に頼んで二人を探してもらう事も出来るんじゃないか?
ここで俺が探しているのはヴェルト師匠とトリンキュローさんです…と言えば、彼女は協力してくれるだろうか。
(…いや、この人に言ってもしょうがないか)
しかしその考えも直ぐに振り払う。そう言えばヴェルト師匠とトリンキュローさんは昔魔女といざこざがあってマレウスに逃げてきたっていうし。
もしここで二人の名前を出したら魔女側であるアド・アストラに『お前あの二人の知り合いなの?もっとよく話聞かせろよ』って折角緩みかけた相手方との関係が拗れかねない。
だから話すのはやめておこう、そう考えたステュクスはメグに何も言うことなく『じゃあこれで』と手を上げてその場を後にする。カジノにはエリスも居る、長居したら見つかり兼ねないからだ。
「……?」
そんなステュクスの背を見送るメグは静かに首を傾げる。
まぁ何にしてもステュクスとの接触は出来た。彼とエリス様の関係を取り持ち少なくとも姉弟で殺しあうような展開は避けなければならない。
今のエリス様は本当にステュクス様を殺しかねない勢いだ、彼女にそんなことさせられない。それに…うん、やっぱりステュクス様にはお姉さんは大切にしてほしい。
ステュクス様だけじゃない、…姉という存在が蔑ろにされたり不仲になっているのを見たくない。
いつまで経っても見つけられない姉の存在をそこに見るからこそ、私は動くのだ。
(そう言えば…エリス様の話ではまだ姉様は生きているとの事でしたが、今貴方はどこに居るのですか?…トリンキュロー姉様、会いたいです)
空魔の館で別れて以来、生き別れてしまった姉の影をステュクスの背中から感じ…私は歩き出す。
まずは…みんなと何食わぬ顔で合流するところからだ。
………………………………………………………………
「さぁやろうぜ、俺は情報を…お前は女を賭けたゲームをさ」
「貰うのは俺だけ、お前は差し出す側なんだよ」
「ハッ!勇ましいねえ!伝説的に好きだぜお前!」
カジノ アルカディアの最上階、富豪たちが消えて静まり返った賭場の真ん中で、テーブルを挟んだロダキーノとアマルトさんの対決が始まる。
これからやるゲームは単純なダイスロール、互いに三つづつ数字が大きい方が勝つ…ただそれだけのゲーム。
問題はこのゲームの賭けの対象。ロダキーノは自分の情報…そしてこちらは金貨数万枚とエリスだ。とても釣り合っているように見えないが…こういうゲームに持ち込まれた時点でエリスはロダキーノという男の悪辣さをナメていたとしか言いようがない。
気を抜けるには勝つしかない…、そんな緊迫したゲームの中ロダキーノは。
「おっと、その前に…おーい!オーナー?」
「へ?はい?」
カジノの奥の柱で隠れて見ていた禿げ上がった小太りの男がワタワタと走ってやってくる。あれがこのカジノのオーナーなのか?なんか冷や汗ダラダラだけど…。
「テメェ何コソコソ隠れて見てんだよ」
「い、いや…その…」
「いや言わなくてもいいぜ、分かるよ。お前も伊達にカジノのオーナーやってない、見たいんだよな…互いの魂を賭けた真のギャンブルを、ギャンブラーとして見逃せねぇよな」
「……はい」
「ならその手伝いをしろ、…このゲーム…もし最後に負けた方が勝った方への配当分を支払えなかった場合、超過分としてこの街の金融に取り立てさせろ」
「はぁっ!?なんじゃそりゃ!?」
その提案にアマルトさんは何度目かの絶叫をあげる。だってそうだろ…こっちは一度にダイヤメダル千枚を賭けなきゃいけない。現金にして金貨一万枚…。
それをもし、超過して負けた場合…例えばダイヤメダル三千枚分超過して負けたらアマルトさんは金貨三万枚という借金を追うことになるのだ。とてもじゃないが払いきれない、メルクさんに頼ってもすぐには出せないような膨大な額の借金だ。
そんなもの受け入れられない。
「分かりました、私がチクシュルーブ様にお伺いしこの方の名義で超過分の取り立てをしていただくよう願います。まぁただ…負ければ返済の余地もなく『彼処』行きでしょうが」
「グッ…!」
彼処とはつまり他の負け犬たちが連れて行かれた場所だろう。このカジノの黒い部分が外に伝わっていないということは負けた人間は二度と其処から出られなかったことを意味する。
つまり簡単に言えば死ぬのだ、死ぬのと同じなのだ。
「返済はお前自身でしか受け付けられない、他の人間に払ってもらうことはできない、…つまり地獄行きだな」
「…………」
「それでいいならやろうぜ、このサイコロに命賭ける覚悟があるんならな…」
そう言ってロダキーノは気軽にサイコロをカップの中に入れる。ロダキーノはいいよな、失うものがないんだから…いや彼もある意味命をかけているのか?聞く内容によっては彼は組織を裏切るようなことを喋らなくてはいけない。
そうなれば、そんな裏切り行為を見逃す程デッドマンは甘くない。彼もまた粛清を受けることになる、つまり簡単に言えば死ぬのだ。彼の場合は物理的に。
これは命を賭けたゲームなんだ。
「…勝てばいいんだ、問題ねえ」
「頑張って!アマルト!」
「応援します!アマルトさん!」
「おう…!」
でも大丈夫だ、アマルトさんなら勝てる。そんな声援を受けアマルトさんもカップの中にサイコロを入れ…。
「よし、ならサイコロをカップに入れたまま振れ。そしてカップを上げる前に…結果を確認する前にいくらベッドするか決めな」
「あいよ…」
二人とも静かにカップに入れたままそれをテーブルに叩きつける。中で転がるサイコロが静かに結果を作り出し、カップの中という誰も認識出来ない空間で留まり続ける。
この結果を確認する前に…いくら賭けるか、だが。
「俺は銀貨を二枚賭けるぜ」
「こっちはメダルを千…これでいいんだよな」
互いにベッド分はロダキーノが2、アマルトさんが一。つまり勝者はどうあれ三枚得ることになる。
エリスたちの残弾は二万枚…一度に賭けられるのが千だから実質残弾は二十回分。対するロダキーノも同じ。…相手の残弾がなくなったら終了、故にこれはまだ様子見の段階。
同時に勝負の趨勢を占う大切な一手、負けられない!
「頑張れ!」
「頑張ってください!アマルトさん!」
「じゃあ行くぜ…?」
そんな声援の中、二人は静かにカップを開け…結果を確認する。
結果はロダキーノの目は4、4、6…合計114、ダイスを三つ使っているから最大数は18であることを考えるとかなりの目だ。この時点ででアマルトさんが一つでも1の目を出したら勝ち目はない。
…対するアマルトさんの目は。
「なっ!?」
見えるのは真っ赤な数字、つまり…1、1、1…合計3。考え得る中で最も最悪な目を踏んだ。
勝つどころじゃないぞ、なんだこの馬鹿げた結果は。
「おっと、運がねぇなあんちゃん」
「嘘だろ!?こんなのあるのか!?1だけって…俺初めて出したんだけど」
「おめでとさん」
「めでたくねぇよ!…どうなってんだ」
どんなに言っても勝負はついた。アマルトさんは自分が出した百枚に加えロダキーノが提示した賭け分二枚…その百倍である二百枚を支払わなくてはならない。つまり二万枚のうち一気に三千枚が消し飛んだことになる。
全体の六分の一近くを失ったのだ。
「へへへ、大儲け。ツイてるねぇ」
「…………」
「どんどん行くぜー、ほらサイコロ振れよー」
アマルトさんはサイコロを訝しむように触る、けど特に何も見つからなかったのか舌打ちをしながら再びサイコロをカップに収める。ピンゾロが出る確率は大体二百十六分の一…そんな果てしない確率を初手で踏むなんてどう考えてもおかしい…そう考えるも理屈が分からない。
「お願いアマルトー!」
「行けます!ぶちかましてくださいアマルトさん!!」
「わかってる、次こそ勝つ…!」
そんな声援と共にアマルトさんとロダキーノは二人ともにカップごと台にサイコロを叩きつけダイスロールを行う。
出来るならここでさっきの勝ち分を取り戻したい、だが今残弾数的に負けているアマルトさんは大きく出ることが出来ない。故に。
「俺は…千枚」
「消極的だな、尻すぼみしちまったかな?じゃあ俺はさっきと同じ銀貨二枚だ」
大きくは賭けない、何かを掴むようにメダルを百枚台に乗せる。だがロダキーノが大き賭けている以上これで負ければまた三百枚持って行かれることになるのだ。
「それじゃあ行くぜ?」
そう言って意気揚々と台に伏せたカップを持ち上げ中のサイコロを確認するロダキーノ…その出目は。
5.5.6…合計16。相変わらずの出目だ…これに勝つには6.6.5か6.6.6の二通りしか存在しない。
だが…再びアマルトさんが持ち上げたカップの中身…そのサイコロが叩き出した出目は。
「…おいおい!」
1.1.1…またしてもピンゾロ。最低点…!
「アッハッハッ!こんなことあるんだなぁ!」
「あるわけねぇだろ! ぜってぇなんかタネがあるだろこんなの!」
立ち上がる、こんなのイカサマだ…何か確実にイカサマされている。でなきゃ二回も連続してピンゾロなんか出るわけがない。
だが…分からない、ロダキーノのサイコロばかり大きな目が出続けるのは分かる。だがアマルトさんのサイコロばかりピンゾロを出すのが分からない。考えられるとしたらサイコロそのものに仕掛けがあるとかだ、中身に錘を入れてるとか…だけど。
「このサイコロ自体なんかイカサマされてんじゃねえのか!?」
「それはあり得ません、そのサイコロは当カジノで使われているものです。オマケにこのゴージャスフロアで…ですよ。イカサマなんて仕込まれていません」
「それにその俺が差し出した六つあるサイコロの中からお前が自分で選んだじゃねぇか。なんならサイコロを交換するか?」
「ぐっ…」
ロダキーノとオーナーの二人の言葉にその言葉は潰されることになる。ノーブルフロアはイカサマだらけだった…けどここは富豪や貴族と言った面々を相手にするゴージャスフロア。失礼がないようイカサマと言った類のものは存在しない。
それを確かめるようにデティの方を向けば…。
「…残念だけどその二人は嘘を言ってないよ、そのサイコロにイカサマはない。ちなみに魔術や魔力機構の類も疑ってみたけどサイコロもロダキーノも不自然な魔力を放ってない」
「マジかよ…!」
デティはイカサマの線を否定する。嘘を見抜ける彼女だからこそロダキーノもオーナーも嘘をついていないのが分かるのだ。
となると、一体どういうことなのか…訳もわからずアマルトさんは椅子に座り込み頭を抱える。
「で?…どうする?続けるか?」
「……今更引けるかよ、続けるに決まってる」
不透明な嫌な予感、漠然とした不安、それがまるで沼のようにエリス達の足元を包む。
どうすれば良いのか、エリスに出来ることをあるのか、分からない…分からないけど、今エリスがすべきことは一つ。
「アマルトさん、頑張って…!」
彼を信じて祈ることだけだ。
…………………………………………………………
「また俺の勝ちだな、なんか歯応えなくてがっかりだぜ…お前本当にそのメダルどうやって稼いだんだよ」
「……っ!」
あれからまた負けた、合計四ゲームやって俺は全敗。あれだけあったメダルは残り二千枚へと減っていよいよ跡がなくなってきた。
次…俺が百賭けてロダキーノがまた二枚賭けて、そんでまた負けたら俺は凄まじい借金負うことになる。ただでさえメルクからも借金してるってのに。
「……どういうタネが」
ただ負けただけなら別にいい、けどこの四ゲーム全部俺はピンゾロで負けてる。ロダキーノは時に2とか3とかしか出ないような比較的『運が悪い出目』と言えるようなものを出してはいるが、ピンゾロを出してたら相手が何を出しても勝てやしない。
もうこれは運とかじゃない、四回連続ピンゾロって一体どんな確率だよって話だしな。だから何かタネがある気がする、けど試せることは全部試した。
サイコロを変えたりカップを変えたりもした、相手が何かをしていないかデティに関しもさせたし怪しい感情の揺らぎがないかも確かめさせた。
けど結果は無し、何をやっても結果は変わらない。ロダキーノは清廉潔白…ということになってしまった。
(どうなってんだよこれ、一体どこにイカサマを仕込む余地がある。こんなあからさまな結果が出てんのに過程が全く分からねえ、どうやったら俺の目をピンゾロに固定出来るんだ…)
ロダキーノを睨みつけあいつの一挙手一投足に注目する。ロダキーノは俺の視線を受け何やら面倒臭そうに溜息を吐き。
「あのな、そんなに見ても何にもねぇって。俺はイカサマしてねえよ」
「信じられるかよ…!」
「バカにされてるな?確かに俺は犯罪者だが…だからこそ奪うなら力で奪う。ギャンブルに見せかけた一方的徴収なんて手の込んだ事するかよ」
「だったら…この結果はどう説明するんだよ!」
「そりゃ単純にお前が不甲斐ないだけだろ?」
「ぐっ…!」
確かに現状それを否定する材料はない。なんの証拠も上がっていない以上俺はイカサマを指摘できない。
だが何かあるはずなんだ、絶対に何かあるはずなんだ。
「それよりほら、早く最後のゲームをやろうぜ…」
「…………」
このままサイコロを振ったらまたピンゾロが出る気がする。何かを解決しないと俺は終わる。
だが何を解決すればいい、何をどうすりゃいいんだ!なんでピンゾロばかり出るんだ!
「あ、アマルト…私達は信じてるよ!」
「そうです!最後まで諦めちゃダメです!アマルトさん!」
「…ああ」
ほら、仲間達も応援してくれてるじゃないか。どんなに俺がダメダメでも文句も言わずに応援してくれてる。俺を信じてくれているからだ。
だからどんな時でも応援を…。
「頑張れ!アマルトさん!」
「…………ん?」
ふと、エリスの応援が耳について…何か引っかかる。
…エリスが応援。確かこいつノーブルフロアに上がる前こんなこと言ってたな。
『偶然なんかじゃありません!エリスは今まで沢山のゲームをしてきました。カード、スロット、ルーレット、競馬、そのどれもが大外れ!カードで役を作ったことは一度もありませんしスロットが揃った事もない、ルーレットはエリスのかけたところを避けるし競馬なんて…エリスが応援しただけで馬がいきなり興奮して負けてしまうんですから!』
って言っていた。
『エリスが応援しただけで馬がいきなり興奮して負けてしまうんですから!』
って…言ってた。
『エリスが応援しただけで』『負けてしまう』ってさ…。
「頑張れー!アマルトさーん!」
…もしかして、俺がピンゾロしか出ず勝てないのって……。
「ってバカヤロウお前何俺の応援してんだッ !!」
「ピィッ!急に怒らないでくださいよぅ!」
「そうだよアマルト!私達はアマルトの事を思って応援してんだよ!」
「そうだぜあんちゃん、負けが込んでるからって女に当たるなんて伝説的にダサいぜ」
「うるせぇ!関係あるか!おいエリス!お前俺を応援してどうすんだよ!お前が応援するのは俺じゃねぇだろ!」
「へ?…あ!まさか!」
「そうだよ!だからお前が応援すべきは…」
俺の言葉の意図を理解したのかエリスはドタドタと走り俺の隣からロダキーノの隣に移動する、そうだ!お前がすべきは俺の応援じゃねぇ!俺に勝ってほしいならお前が応援すべきは。
「頑張れー!ロダキーノさーん!」
「は?なんで俺の応援なんてしてんだ?」
「いいから、おいロダキーノ!それより続きやろうぜ!俺は全財産を賭ける!」
ドンッ!とサイコロの入ったカップをテーブルに叩きつける、俺の予測が正しければこれでいいはずだ。ダメなら俺は終わり!だから賭けるぜ!エリス!お前の負け運に!
「はぁ?なんでもいいが…じゃあ俺は五枚賭けるぜ、いいんだな?お前の残高はメダル二千枚、負ければ借金は金貨七万枚だぜ?死ぬぞ?」
「そいつはどうかな?」
「余裕たっぷりだねぇ、ならいくか!」
ロダキーノもまたサイコロ入りのカップを叩きつけ、見つめ合った俺たちは一瞬の間を置いて…。
「頑張れ!ロダキーノさん!」
カップを開く、すると…見えるのは俺の出目。そこにはようやく見えた黒が並んでいる。
5.6.5!俺らしい数字!合計16!
対するロダキーノは…。
「は!?え!?ピンゾロ!?」
1.1.1のピンゾロ…さっきまで俺が出してた出目を今度はロダキーノが出している。
やっぱりそうだ!エリスに応援されてたから俺はピンゾロしか出せなかったんだ!くそッ!危うく死ぬところだったぞエリス!お前どんだけ疫病神なんだよ!
「な!?なんじゃこりゃ!?…どうなってんだ!?」
「こっちが聞きてえよ、けど…どうやらこの勝負。もらったみたいだな!」
「は…はぁ!?こんなの偶然だろ!次は三枚だ!」
「俺は五千枚!」
再び。出揃うカップと賭け金、さっきの勝ちで俺のメダルも戻ってきているし…何より。
「頑張れ頑張れロダキーノさん!気合い入れなさい!エリスが欲しいんでしょ!頑張れ頑張れ!」
俺には勝利の女神が…いや、向こうに敗北の魔神が着いてんだ。負けるわけねえよ!
…………そこからの逆転は早かった。
ロダキーノはもう1以上を出すことは出来ないと確信して大きく賭けるアマルトによって奪った筈のメダルをどんどん吸い取られていくロダキーノは混乱の極みにあった。
事実としてアマルトの予測通り、彼は何度勝負に出ようともピンゾロしか出せなかったのだ。あれだけアマルトが苦しんだピンゾロ地獄に今度はロダキーノがかかった。
アマルトの時と違うのは、アマルト自身がこの地獄の特性を完全に理解し利用している点にある。もうここからひっくり返すことは出来ない。
「よっしゃあ!6のゾロ目!乗ってきた!」
「またピンゾロ…!?何だこりゃ。なんなんだよこれ」
ロダキーノは頭を抱える。彼はそれなりギャンブルは嗜む方だし笑ってしまうくらいの不運に見舞われた事だってそりゃあ何度もある。
だがこれは全くの別、不運とかツキがないとかそんなレベルの話じゃない。まるでありとあらゆるギャンブルの神からそっぽ向かれたような。…何をやっても無駄になる様な何かが背中にべっとりと張り付いて剥がれない様な。
例えるなら…そう、例えるなら。
(まるで、死神に鎌を突きつけられているような…もうどうあっても助からないような。そんな感じがする)
こんな嫌な感じを味わったのは生まれて初めてだ。なんなんだ一体…!?
「そろそろお前の銀貨も尽きそうだなあ?」
「…………」
完全な形勢逆転、アマルトは全てのメダルを取り戻し今度はロダキーノ自身の銀貨も貪り始め…彼の手には数枚の銀貨が残るばかりとなった。
ここまできたら負けることはないだろうって所まで追い詰めたのに、そっから連続ピンゾロで負けましたなんて…こんなギャンブルあるのか?
「フレーッ!フレーッ!ロダキーノ!やっちゃえやっちゃえロダキーノ!フレフレロダキーノ!」
「…もしかして、コイツなのか?」
さっきから喚いている金髪の女に目を向ける。コイツが応援し始めてからロダキーノは勝てなくなった。まさかコイツに応援された人間は一切勝てなくなるのか!?どういう類の物の怪だよコイツ!
「やめろ!俺を応援するな!」
「イヤです!エリスは貴方の勝利にブロンズメダル一枚賭けます!さぁ頑張って!」
「こ、こんなのフェアじゃねぇだろ!」
俺はヒリつくギャンブルがやりたかったんだよ!勝つか負けるかの勝負がやりたかったんだ。なのにこんな一方的な…。
「おいおいロダキーノさんよぉ、なぁに言ってんだ?俺達ぁお前に何もしてないぜ?エリスはただ応援してるだけじゃねぇか。それをお前…負けが込んでるからって女に当たるなんてダサいぜ?伝説的にな」
「グッ!」
「さあ、賭けろ賭けろ!結果は分かり切ってるがな!俺は俺の勝ちにメダル五千枚!お前が幾らかけようとも同じだぜ!?」
残り銀貨数枚のロダキーノにとってその賭け金は致命。もはやいくら賭けても結果は同じ…その言葉通りロダキーノの返事を待たずアマルトはカップを上げる。
結果は5.6.6…計17、対するロダキーノは…見るまでもない。
「…ピンゾロ…!」
最後の最後までピンゾロ、真っ赤な出目がそこに広がっていた。
負けた…あそこから。
「嘘だろ…こんなことありえんのかよ、このゲームだけで一体何回ピンゾロ出たんだよ」
がっくりと項垂れるロダキーノ。どんな負けでも負けは負け、ありえないことも起こり得るのがギャンブルだ、そういう理不尽さが好きでこういう趣味を持ってはいるが…流石に今回のはなぁ。
だが別にいいかとも割り切る。だってこっちには特に失うものなんかないのだから。
……………………………………………………
「それより、わかってるよな」
アマルトは静かに見据える。エリスを使ってなんとかかんとか勝利を収め借金もなし、こんなヒヤヒヤした勝負を持ちかけたのも全てはロダキーノから情報を引き出すためだ。
そう促すとロダキーノは静かに頭を掻いて…。
「わーってるよ、なんでも好きなことに答える。だがお前ら…俺から話を聞いてどうするつもりだ?言っとくが俺だってロクでもない類の人間だ、喋るところまでは保証するがその後のお前らの行動次第じゃ…どう出るかわからんぜ?」
「聞かれたことだけに答えろや、…おい」
そう言いながら俺はエリスに向けて促す。聞くことはお前が決めろ、そもそもの提案はお前なんだ、俺はその手伝いをしただけ。結果はお前が受け取るべきだ。
そう視線で訴えるとエリスは静かに頷き。
「では、ロダキーノさん。…貴方達は誘拐組織の人間と言いましたが。この街に拠点はあるんですか?」
「ふぅーん、…あるぜ?場所は裏通りの酒場…その二階の倉庫を間借りして事務所にしてる、店の名前は『信天翁』で二階に行くとき店主に『ウオッカを持ってきた、代わりにラムを貰う』と言えば通してくれるぜ」
「そこまで答えてくれるんですか?」
「どうせこの後聞くつもりだったんだろ?だったら間怠っこしいのはナシだ」
ペラペラと答えるロダキーノの様子に違和感を覚える。こいつ自分の情報を喋れば命に関わるとか言ってたよな。だからそのゲームはお互いの命を賭けるゲームになる…そういう話だったんじゃねぇのか?
なのになんだその態度は、妙だな。
「おい、お前…そこまで喋っても大丈夫なのか?」
「ん?ああいいぜ?どうせ俺達もうこの街から退却してウチに帰るし」
「はぁ!?…フカすんじゃねぇぞ。こちとらバカみたいな金額かけてテメェに勝ったんだぞ!」
「怒るなよ、事実なんだからしょうがねぇだろ」
チラリとデティに視線を向ける。すると返ってくるのはやはりロダキーノは嘘をついていないという答えだけ、つまりロダキーノは徹頭徹尾こっちに嘘をついてなかったってことか?
…イカサマをしなかったのも、最初から情報を喋っても問題なかったから?ふざけんなよ、ならこいつは戯れで俺を殺そうとしたってか。…いやそもそもそう言う奴らだったな。
「ってことは、この街ではお仕事をしないんですか?」
「ああ、そのつもりだったが事情が変わった。街から悪者は居なくなるから安心しな」
「……でも」
分かるぜエリス、悪魔の見えざる手は今回の仕事に多大な損害を出してる。今更手を引くとかそういうことをできる段階ではない。なのにここまで来ておいて『やっぱナシ』はないだろう。
けど、それでもロダキーノは帰るようだ。ってことはもうプリシーラは狙わないのか?くそッ…プリシーラの名前出して聞きたいけどそこまでしたら流石に疑われる。
「もういいか?さっきも言ったがここには最後の思い出づくりに来てんだ、そろそろ帰らんとマジでドヤされる」
「あ…ああ、分かった。信じていいんだよな」
「いいよ、俺は仕事以外では嘘はつかない主義なの」
そういうなりロダキーノは席から立ち上がる、本当にもう帰るのか…そんな疑念が漂った瞬間。
チンッ…と、昇降機が到着した音が鳴り響く。皆特に意識することもなく自然と開く昇降機の扉に注目する。
「あ?」
だがアマルトだけがふと思い至る。ここゴージャスフロアだよな、そう簡単に来れる場所じゃないよな、一体誰が…。
そんな思考の答えは直ぐに出る。開ききっていない両開きの扉の隙間から白い素足が伸び…床を捉える、タンタンとリズムを刻むように現れたのは。
「ロダキーノ、そろそろ帰らないとデッドマンがお怒りの舞」
「…あ」
「ん?…え?」
そこに居たのは、コンクルシオでアマルトと戦った女…踊り子剣士。中指のラスクだった。
つまりは、そうだ。俺はラスクに顔を見られている…正体がバレているって事で、ラスクは俺の顔を見るなりポカーンと口を開き。
「ッッ!!お前!中指のラスク!」
「其方はコンクルシオで戦った冒険者!」
「あ?なんだよラスク、知り合いか?」
「知り合いも何も!こいつは敵よ!貴方何やってたの!?」
「え!?敵!?…アマルトってまさかプリシーラの護衛の?ってことは、ははーん…どうりでそっちの金髪がハーメアに似てるわけだわ、アッハッハ!確認しときゃよかった!」
唯一の出入り口である昇降機の入り口を塞ぐように立つラスク、そして豪快にエリス達の後ろで笑うロダキーノ…。
やべぇな、挟まれた。いやでもこっちは三人だ…ここでコイツら縛り上げるか?
「まさか貴方達もこの街に来ていたとはねの舞」
「来てるに決まってんだろ、俺達ぁプリシーラの護衛だぜ!」
「はぁ、結局バレてしまいましたか…まぁいいです、どの道貴方達は全員ぶっ潰すつもりだったんですから。遅いか早いかの違いです」
「ヒュー!!エリスちゃんやる気満々じゃーん!」
コキコキと拳鳴らすエリスと背中合わせで構えを取る。相変わらずこいつ仲間にするとめっちゃ頼りになるな、敵だと怖いけどさ。
まぁでもエリスの言う通り、遅いか早いかだ。バレちまったもんは仕方ねえ…やっちまうか!
「ふっ、私達幹部を相手にどこまで…!」
「あ?あー!待て待て!やめろ!俺は戦うつもりねえよ!ラスクもやめろ!」
「は?」
するとロダキーノは慌ててラスクの元に駆け寄りやめろと耳打ちする。戦う気は無いと両手を上げるのだ…いやいや。
「お前らに戦う気がなくても、こっちにはあるんだよ」
「ええ、エリス達は貴方達の存在を許していません」
「怖えな、だがこれはお前らの為でもあるんだぜ?」
「は?どういう意味だよ…」
「そのままの意味さ、ここは理想卿チクシュルーブの庭だぜ?しかもお気に入りの稼ぎ場たるこの場所でお互いガンガンやり合えば…どうなるかな?」
「…………」
「俺らはいいぜ?別にさ。元々追われる側だし、でもお前らはどうだ?これからこの街でライブするんだよな?それなのに領主に追われる側になってもいいのか?」
「…チッ」
確かにここでやるのは得策じゃねぇな。理想卿チクシュルーブに敵対されると後が面倒だ…。
手は出さない方がいいか、どの道戦えばこのカジノ一つ吹っ飛ばすほどに被害が出るんだから。故に俺は静かに短剣をさらに収める…。
「これでいいんだよな」
「上出来、じゃあ俺達も大人しく帰ることにするよ。さっきも言ったがもう俺達はこの仕事から手を引いた、コンクルシオやパナラマみたいに襲撃かける真似はしない…ってかこの街じゃそれも出来ない。王貴五芒星の街で騒ぎ起こせばマレウス王国軍を相手にすることになるしな」
「そういう事、では我々は帰りますの舞!ハイ!」
そう言いながらニタリと笑い昇降機に乗って降りていくロダキーノとポーズを決めて閉まるドアの中へと消えていくラスク。二人の幹部は瞬く間に俺達の視界から消え…一瞬膨れ上がった敵意は直ぐに収まり始める。
「…はぁ、鉄火場にならなくてよかった」
「ヒヤヒヤしたねぇ〜…私もここでバトルにならなくて一安心だよ」
「エリスは別に良かったですよ、邪魔するなら全員吹き飛ばします」
「お前がやる気なのが一番怖えよ…ん?」
ギリギリと握り締められるエリスの拳に気がつく。…指先が白く滲んでいる、こいつ相当前から拳を握りしめてたのか?
…そうか。
「お前、ずっと我慢してたのか?」
「…………」
「攫われた子供達の事だな?」
「…はい」
なるほど、こいつからしてみりゃロダキーノ達は母親の人生踏みにじったクズでありエリスにとっての不可侵たる子供の安全性を脅かしている存在でもある。
いつものエリスなら問答無用でカチキレててもおかしくなかったか。こいつもそれなりに冷静だったわけか、いやまあそれなりにだけど。一般目線から言うと十分過激ではあるけども。
「…この依頼が終わったら、絶対助けますから」
「そうだな、ってかさぁ!アイツら帰るってマジかな」
「本当みたいだよ、ロダキーノからもラスクからも騙してやろうって魔力は漂って来なかったよ。本当にこの街から手を引くみたい」
「手を引くってもなぁ…うーん、ここで考えても仕方ねぇ。三つの頭で分からないことは八つの頭で考えよう。そろそろ集合しに行こうぜ」
「そうですね、…これだけあれば。みんなに勝てますね」
そう言ってエリス達が見やるのは先程賭けに使ったダイヤメダルの山。これがあればみんなに勝ったも同然だろう。
…そろそろみんなと合流しよう、ロダキーノ達の話も聞かせたいしね。
…………………………………………………………
「と言うわけで!はい結果発表はい俺達の勝ちはい確定〜!」
「いえーい!ピース!大儲け!」
「まぁこのメダル全部アマルトさんのですけど」
そうしてエリス達は一階のフロアに戻り、約束通りみんな揃って休憩所に集合して互いの戦果を発表することになったのだが。
みんなの稼ぎ分を見るよりも前に結果は明らかだ。なんせエリス達はメダルを台車で運び込んでるわけだからね。それを見たみんなの顔は驚き一色。
「お、驚いた。アマルトはギャンブルが得意だと聞いてはいたが…まさかここまでとは」
「俺達の稼ぎはゴールドメダルを十数枚だ。いい感じで勝ててたんだが途中でカジノ側の人間がうるさくてよ…上に上がらねえかってさ。怪しいから全部断ってたんだがお陰で集中出来なかったぜ」
「私は最初に素寒貧、あとはメルクさんとラグナさんが稼いでくれたのよ」
ラグナ・メルクさん・プリシーラさんチームの稼ぎはゴールドメダル数枚だと言う。それでも大した儲けだ、普通に言うなら大勝ちもいいところだろう。そして例にも漏れずラグナ達もノーブルフロアに誘われていたらしい。まぁもし誘いに乗っててもノーブルフロアにメダルは残ってなかったろうが。
「えー、我々はですね」
するとメグさんがこほんと咳払いをすると、メグさん ネレイドさん ナリアさんのポルデュークチームは揃って両手でピースを作ると。
「我々全員!」
「大負けしてメダル0枚です!」
「ぴーす…」
「いやなんで誇らしげなんだよ…」
いえーい!大負け!と公言する三人はどうもツキに見放されていたようで一階のゲームでメダルを使い尽くしてしまったようだ。まあ、それはエリス達もなんですけどね…。
「じゃあ今回はアマルト達の勝ちか」
「賭け事ってのは奥が深いんだな。今回で痛感したよ」
「へへへ、いやいやまぁまぁそれほどでも。一瞬ヒヤッとした所はあったがなぁ」
メルクさんとラグナに褒め称えられもう鼻を天井近くまで伸ばして高々と言った様子のアマルトさん。事実として今回は彼の頼もしさを痛感させられた、そしてエリスの負け運が最早超常現象レベルであることも理解した。二度とカジノ行かね〜!
「ん?」
ふと、視線を感じて振り向くと…そこにはメグさんが。何やら彼女が気にした様子でエリスを見ている気がして…ちょっと気になった。
「どうしました?」
「え?あ…いえ、なんだかエリス様とアマルト様って兄妹みたいですよね。いやアマルトさんの場合弟かな?うう〜ん弟いいですね」
「……何が言いたいんですか?」
「いえ、なんでもありません」
何が言いたいか分からないとエリスが眉を顰めると彼女はスッと身を引く。まぁ普段からよく分からない事言う人ではありますが今回は輪を掛けて変ですね。
第一エリスは弟って響きが嫌いです。
「でさ、アマルト」
「ん?なんだいラグナ君。カジノのコツでも聞きたいかね?」
「それも気になるけど、この大量のメダルどうするんだ?換金するのか?」
「あー…まぁもう遊ばねえしな。換金しとくか…おーい!そこのスタッフ君!俺の勝利の証を換金しとくれやー」
と、ホールのスタッフに声をかけて大量のメダルを現金に変換しようと試みる。通貨でメダルを買ったように、このメダルを通貨に戻すこともできる。それがカジノという存在が旨味を発揮する場面でもあるのだが…。
「あ、えっと…この量は…」
「え?出来ないの?」
「そ、そうですね。流石にこれだけの勝ち方をされるのはちょっと想定していないので、チクシュルーブ様に声をかけて…数ヶ月待っていただければ」
「そんなに待てねえよ…、俺達ぁ旅から旅の根無し草だぜ?数日後にはここ出てくっての」
「そう言われましても…」
エリス達は一同揃ってそりゃあそうだと首肯する。このメダルの枚数はちょっと異常だ。そこらの貴族だってこんなに稼がない。今回のこれはエリスというちょっと反則気味の手段を使って稼いだ額ですしね。
無理と言われれば仕方ないのだが、アマルトさんは何か思いついたのか…。
「わかったよ、じゃあ換金はしねえ。但しこれは貰って行くぜ?」
そう言いながら彼はメダルの山から一枚ダイヤメダルを拾い上げ、貰って行くと公言するのだ。それを見たスタッフはそれならばと大きく頷き。
「畏まりました、ではそちらのメダル一枚を換金ということで…」
「違うよ、俺が貰うのはこのメダルそのもの。んでこれを通行許可証にしてくれや、また俺がこのカジノに来た時無料でゲームが遊べる…言っちゃえば生涯フリーパスだわな、それにしてくれ」
「え!?生涯無料でこのカジノを!?」
「おう、当たり分はまた返すからさ」
賞金はいらないから代わりに一生このカジノで遊べるようにしろと…無茶なお願いを言っているように聞こえるが実際あのメダルを通貨に変換すれば彼は事実として一生遊んでいけるくらいの金額を得ていることになる。
そこを現金無しで収めてくれるならそれなりにいい提案だとは思うが。
「さ、流石にそれはちょっと…、他のお客様の目もありますし」
「え〜!じゃあ〜このメダル全部をさ〜、換金してよ〜!ねぇ〜!は〜や〜く〜!」
「それは…わかりました、ではそちらを生涯無料パスとさせていただくようオーナーや理想卿様に掛け合いますので…」
「お、サンキュー!」
トボトボと帰って行く店員、彼はこれから上司やオーナーになんでそんなこと許可したんだ!と詰られんだろうなあ。可哀想に…。
「ところで。このメダルどうすればいいんだ?」
「さあ、その辺に投げ捨てて拾う人見ます?」
「マジやめろって…」
「フロントで返却すれば良いだろう、それよりレッドグローブ殿が言っていたアポの時間が気になる。そろそろ外の空も赤らむ時間だろう、とっとと出てしまうぞ」
「そうですね」
台車を押してフロントに向かうエリス達、楽しいカジノタイムももう終わり、これからエリス達はレッドグローブさんが取り付けてくれている理想卿チクシュルーブへの挨拶に向かわねばならない。
理想卿チクシュルーブか…どういう人なんだろう。エリスが想像している通りの人間だったら…ちょっとやばいんだけど。
カジノのフロントまでやってくれば、ラグナやアマルトさんが手に入れたメダルを換金せず返還することへの説明をしている。その間エリス達は暇…と思ったら。
『おい!今外でパレードやってるみたいだぞ!』
『嘘!今!?早く外に出なきゃ!乗り遅れる!』
「む?何やら騒がしいな」
「なんか、パレードって言ってますね」
エリス達の目の前を血相変えた人間が通り過ぎるのだ。それが二人や三人程度なら『騒がしい連中もいるもんだ』で済むけれど。それが十人二十人…下手したらもっといるかもしれないくらい大量の人々が洪水のようにワッと!外に殺到するんだから驚きだ。
しかもみんな口々にパレードって言っているの。その様子をメルクさんと一緒に眺めていると。
「気になりますね、ちょっと見に行きましょう」
「あ、おい!」
ラグナ達が手続きを済ませると同時にメグさんが足をシャカシャカ動かして人の洪水と一緒に外へと流れていってしまう。本当に楽しそうなことが好きだなあの人は。
仕方ないのでエリス達も揃って渋々…というか普通にもう出る予定だったのでメグさんについて行くようにカジノの外に出ると。
そこに広がっていたのはやや暗くなり始めた空の下、開かれていた宴だった。
「うひゃ〜!夜になるとまた一層綺麗ですね〜!」
「ん…目がチカチカする…」
多数の魔力ライトがチカチカと光り輝き路上を照らし、空の代わりに地上に太陽が昇ったのかと言わんばかりの光量で街を照らす。そんな光に圧倒される聴衆の中…路上に開けられた一つの道。大量の人の海を二分するような道を…何かが通っている。
光り輝く巨大な車のようなそれはゆっくりと街中を行進しながら大歓声に見舞われながらノロノロトロトロと進む。もしかしてみんなあれを見に来たのか?
…っていうか、よく見たら車の上に誰かいる。
「来たぞ!チクシュルーブ様のパレードカーだ!」
パレードカー、恐らく魔力機構で動いているであろうそれを見て驚く。帝国には転移魔力機構が発達していることもあり移動用の車型機構は存在しない。故に初めて見ることになる自律駆動式の巨大機関。
その車の持ち主は、家のように大きなパレードカーの天辺に位置どり、虹色に輝く光源に照らされながら、揚々の両手を広げている。
『あははははは!皆さん!ご機嫌よう!私が作り上げた理想の楽園は楽しんでいますか?皆様に幸せを届けることこそ我が使命、もしお金が足りないというのなら…私から少ないながらに餞別を差し上げましょう!』
そう言いながら車に乗ったソイツは両手を広げ何をこちらに向けて振りまいた、金色に輝く何かをパラパラと…ってこれ!
「金貨!?」
「うそーっ!?あの人金貨を振りまいてるの!?アマルトじゃん!」
「だからやめろって…、それマジで黒歴史なんだから…。ってかエラく気前がいいなアイツ」
金貨だ、金貨を振りまいて行進してるよあの車!なんなんだそれ!どんだけ金持ってるんだ!?
「金貨だ!金貨!俺のだ!」
「退け!それはワシのだ!」
「私の!私の金貨!」
振りまかれたそれを拾うため、皆が皆地面に屈んで金貨を拾い上げる。そうか…みんなこれを拾う為に慌てて外に出たんだ。なんせタダでお金が貰えるんだから。
気がつけば、エリス達以外の人間が首を垂れていた。まるで目の前を行進するソレを敬うように平伏し頭を下げて跪いていた。みんなが揃って…金貨を拾う為に頭を下げる、その様を見て車の上の女は笑う…げたげたと笑う。
『あはははは!あはははははは!さぁ楽しみなさい!遊びなさい!この街で!この街…我が理想卿チクシュルーブの名の下に!』
笑っているのは…仮面を被った怪しげな女。紫のドレスに金の刺繍が走り光源に照らされ輝くその姿。そして目に入る…赤の髪に緑のメッシュ…。
彼女こそがこの街の支配者にして王貴五芒星の一角…理想卿チクシュルーブ。
そして……。
「やはり…お前だったのか…!」
「メルクさん、あの人…!」
そしてエリス達は知っている、エリスとメルクさんはあの仮面の奥を知っている。あの下劣な笑い声と一目見て分かるほどに特徴的な髪色…。
エリスとメルクさんはずっと疑惑は持っていた、だが今それが確信に変わった。変わってしまった。
間違いない、王貴五芒星 理想卿チクシュルーブ…その正体は。
ソニアだ。
デルセクト国家同盟群の元五大王族クリソベリア最悪の女王…ソニア・アレキサンドライトだ!!